IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日鐵住金溶接工業株式会社の特許一覧

特開2024-123527メタル系Ar-CO2混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024123527
(43)【公開日】2024-09-12
(54)【発明の名称】メタル系Ar-CO2混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/368 20060101AFI20240905BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20240905BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 320A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023031021
(22)【出願日】2023-03-01
(71)【出願人】
【識別番号】302040135
【氏名又は名称】日鉄溶接工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【弁理士】
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】兼島 裕紀
(72)【発明者】
【氏名】笹木 聖人
(72)【発明者】
【氏名】宮田 幹人
【テーマコード(参考)】
4E084
【Fターム(参考)】
4E084AA03
4E084AA09
4E084AA17
4E084AA18
4E084AA20
4E084AA21
4E084BA02
4E084BA03
4E084BA04
4E084BA05
4E084BA06
4E084BA08
4E084BA09
4E084BA10
4E084BA11
4E084BA12
4E084BA14
4E084BA18
4E084BA23
4E084BA29
4E084CA03
4E084CA13
4E084CA23
4E084CA24
4E084CA25
4E084CA26
4E084DA10
4E084EA06
4E084HA06
(57)【要約】
【課題】溶接作業性が良好で特に低温靭性が良好な溶着金属が得られるAr-CO2混合ガスを使用するガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、C:0.04~0.12%、Si:0.10~1.10%、Mn:1.5~2.4%S:0.010%以下、P:0.03%以下、Cu:0.5%以下、Ti:0.01~0.1%未満、B:0.001~0.006%、Al:0.10%以下、さらに、フラックス中に、SiO2換算値:0.20%以下、Na2O換算値とK2O換算値:0.02~0.10%、F換算値の合計:0.003~0.120%を含有することを特徴とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮と、鋼製外皮に充填されたフラックスと、を含むAr-CO2混合ガスを使用するメタル系Ar-CO2混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤであって、
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
C:0.04~0.12%、
Si:0.10~1.10%、
Mn:1.5~2.4%、
S:0.010%以下、
P:0.03%以下、
Cu:0.5%以下、
Ti:0.01~0.10%、
B:0.001~0.006%、
Al:0.10%以下を含有し、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Si酸化物のSiO2換算値の合計:0.20%以下、
Na酸化物及びK酸化物の1種又は2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計:0.02~0.10%、
弗素化合物のF換算値の合計:0.003~0.120%を含有し、
残部が鋼製外皮中のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不純物からなることを特徴とするメタル系Ar-CO2混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
Ni:2.0%以下、Mg:0.2%以下の1種または2種を含有する、請求項1に記載のメタル系Ar-CO2混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項3】
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
Mo:0.2%以下、Cr:0.1%以下、V:0.1%以下の1種または2種以上を含有する、請求項1又は請求項2に記載のメタル系Ar-CO2混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタル系Ar-CO2混合ガスを使用するガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤであって、溶接作業性が良好で特に低温靭性が良好な溶着金属が得られるメタル系Ar-CO2混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、高能率で溶接作業性に優れており、建築、鉄骨及び海洋構造物等の分野に広く使用されている。また、近年では、風力発電設備の鉄塔(パイプ)などにも使用されており、良好な低温靭性が求められている。
【0003】
特にメタル系Ar-CO2混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、ソリッドワイヤに似て生成スラグ量が少なく、溶着効率が高い。また、溶滴が小粒であるため、大粒のスパッタの発生量がソリッドワイヤより少ない。そのため、溶接部や溶接トーチのノズルにスパッタが付着しにくく、溶接部やノズルのスパッタ除去作業が軽減される。また、MnやSiなどの合金剤や脱酸剤の酸化によるスラグ化の度合いが小さいため、スラグ生成量を少なくすることができる。さらに、ワイヤ中に酸化物が少ないため溶接金属の低酸素化を図りやすく溶接金属の低温靭性の向上に有効であるために広く適用されている。
【0004】
これまでフラックス入りワイヤにおいて、各種の開発が進められてきた。例えば、特許文献1には、高張力鋼の溶接において良好な靭性を有する溶接金属が得られるAr-CO2混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが開示されている。しかし、Si、Ti及びBの含有量の範囲が適切でないため-60℃で良好な低温靭性を得られないという問題があった。また、Sの含有量の範囲が適切でないため良好な低温靭性が得られないだけでなく、溶接金属に高温割れが発生しやすくなるという問題もあった。
【0005】
また、特許文献2には、溶接入熱が大きくても良好な強度と靭性を有する溶接金属が得られるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが開示されている。しかし、Mnの含有量の範囲が適切でないため、Ar-CO2を適用した溶接では、溶接金属の強度が過剰となり-60℃の低温靭性が得られないという問題があった。
【0006】
特許文献3には、490~550MPa級鋼の、大入熱・高パス間温度での溶接で、良好な強度を有する溶接金属が得られるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが開示されている。しかし、Ti及びBの含有量の範囲が適切でないためAr-CO2を適用した溶接では、溶接金属の強度が過剰となり-60℃で良好な低温靭性が得られないという問題があった。
【0007】
特許文献4には、100%CO2ガスとAr-CO2混合ガスとを兼用できる高張力鋼用のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが開示されている。しかし、Ar-CO2混合ガスでのワイヤ成分では、C及びTiの含有量の範囲が適切でないため-60℃で良好な低温靭性を得られないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2020-203302号公報
【特許文献2】特開2019-104026号公報
【特許文献3】特開2019-42746号公報
【特許文献4】特開2015-47604号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明は、上述した問題点を解決するために開発されたものであり、アーク安定性等の溶接作業性が良好で、溶接欠陥がなく、適切な強度と良好な低温靭性を有する溶接金属が得られるメタル系Ar-CO2混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、メタル系Ar-CO2混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、アーク安定性が良好で、スパッタの発生が少なく、スラグ剥離性が良好で、ビード外観及びビード形状に優れ、溶接欠陥がなく、適切な強度と特に-60℃での低温靭性が良好な溶接金属を得るべく、種々の検討を行った。
【0011】
その結果、金属酸化物や弗素化合物などからなるスラグ成分、および脱酸材や合金材などからなる金属成分の添加量を最適化することによって、良好な溶接作業性、適正な強度及び-60℃で良好な低温靭性を有する溶接金属が得られることを見出した。
【0012】
前記課題を解決するための本発明の要旨は、以下の通りである。鋼製外皮と、鋼製外皮に充填されたフラックスと、を含むAr-CO2混合ガスを使用するメタル系Ar-CO2混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤであって、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、C:0.04~0.12%、Si:0.10~1.10%、Mn:1.5~2.4%、S:0.010%以下、P:0.03%以下、Cu:0.5%以下、Ti:0.01~0.10%、B:0.001~0.006%、Al:0.10%以下を含有し、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、Si酸化物のSiO2換算値の合計:0.20%以下、Na酸化物及びK酸化物の1種又は2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計:0.02~0.10%、弗素化合物のF換算値の合計:0.003~0.120%を含有し、残部が鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不純物からなることを特徴とする。
【0013】
また、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、Ni:2.0%以下、Mg:0.2%以下の1種または2種を含有することも特徴とする。
【0014】
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、Mo:0.2%以下、Cr:0.1%以下、V:0.1%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明のAr-CO2混合ガスを使用するガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤによれば、アーク安定性が良好で、スパッタの発生が少なく、スラグ剥離性が良好で、ビード外観及びビード形状に優れ、溶接欠陥がなく、適切な強度と-60℃での低温靭性が良好な溶接金属が得られる。従って溶接能率の向上、溶接金属の品質向上を図ることが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明のAr-CO2混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの成分組成及び含有率の限定理由について説明する。なお、各成分の含有率はフラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で表すこととし、その質量%を表すときには単に%と記載して表すこととする。
【0017】
[鋼製外皮とフラックスの合計でC:0.04~0.12%]
Cは、溶接金属の強度を向上させる効果がある。また、アークを安定させる効果がある。Cが0.04%未満であると、その効果が十分に得られず、溶接金属の強度が得られない。またCが0.04%未満であると、アークが不安定となり、スパッタ発生量が多くなる。一方、Cが0.12%を超えると、溶接金属の強度が過剰に高くなり低温靭性が低下する。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でCは0.04~0.12%とする。なお、Cは、鋼製外皮から添加するのに加え、金属粉及び合金粉としてフラックスから添加できる。
【0018】
[鋼製外皮とフラックスの合計でSi:0.10~1.10%]
Siは、溶接金属の強度及び低温靭性を向上させるとともに、溶融金属の粘性を高めてビード外観及び形状を良好にする効果がある。Siが0.10%未満では、溶接金属の強度が低くなりすぎ、また、低温靭性が低下する。また、Siが0.10%未満では、ビード外観及びビード形状が劣化する。一方、Siが1.10%を超えると、溶接金属の強度が高くなりすぎ、低温靭性も低下する。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でSiは0.1~1.10%とする。なお、Siは鋼製外皮から添加できるのに加え、金属Si並びに、Fe-SiやFe-Si-Mn等の合金粉としてフラックスから添加できる。
【0019】
[鋼製外皮とフラックスの合計でMn:1.5~2.4%]
Mnは、溶接金属の強度を向上させる効果がある。Mnが1.5%未満であると、溶接金属の強度が低くなりすぎる。一方で、Mnが2.4%を超えると、溶接金属の強度が過剰に高くなり、低温靭性も低下する。また、Mnが2.4%を超えると、Mn由来のスラグ生成量が増加してスラグ巻込みが発生しやすくなる。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でMnは1.5~2.4%とする。なお、Mnは、鋼製外皮に添加できるのに加え、金属Mn並びに、Fe-MnやFe-Si-Mn等の合金粉としてフラックスから添加できる。
【0020】
[鋼製外皮とフラックスの合計でS:0.010%以下]
Sは、溶接金属の低温靭性を低下させ、また高温割れを発生させる成分の一つであり、鋼製外皮及びフラックス原料に微量に含まれる不純物である。Sが0.010%を超えると、低温靭性が低下し、また高温割れが発生する。そのため、Sは0.010%以下とする。なお、S含有量は好ましくは0.007%以下とする。
【0021】
[鋼製外皮とフラックスの合計でP:0.03%以下]
Pは、溶接金属の高温割れを発生させる成分の一つであり、鋼製外皮及びフラックスの原料に微量に含まれる不純物である。Pが0.03%を超えると、高温割れが発生する。そのため、Pは0.03%以下とする。
【0022】
[鋼製外皮とフラックスの合計でCu:0.5%以下]
Cuは、0.5%を超えて添加すると高温割れが生じやすくなる。従って、Cu含有量は、0.5%以下とする。なお、鋼製外皮にCu系めっきが施されている場合、当該めっきは鋼製外皮の一部とみなす。
【0023】
[鋼製外皮とフラックスの合計でTi:0.01~0.10%]
Tiは、脱酸材として作用するとともに、溶接金属中にTiの微細酸化物を生成し溶接金属の靭性を向上させる効果がある。Tiが0.01%未満であると、溶接金属の低温靭性が十分に得られない。一方、Tiが0.10%以上であると、溶接金属中にTiCが生成し低温靭性が低下する。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でTiは0.01~0.10%とする。なお、Tiは、鋼製外皮から添加できるのに加え、金属Ti及びFe-Ti等の合金粉としてフラックスから添加できる。
【0024】
[鋼製外皮とフラックスの合計でB:0.001~0.006%]
Bは、溶接金属を微細化させ低温靭性を向上させる効果がある。Bが0.001%未満であると、溶接金属の低温靭性が低下する。一方で、Bが0.006%を超えると、溶接金属の強度が過剰となり低温靭性が低下する。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でBは0.001~0.006%とする。なお、Bは、鋼製外皮に添加できるのに加え、Fe―BやFe-Mn-Bの合金紛、硼砂、コレマナイト等の酸化物などとしてフラックス添加できる。
【0025】
[鋼製外皮とフラックスの合計でAl:0.10%以下]
Alは、スラグ剥離性が劣化するため、含有しないことが好ましい。特にAlが0.10%を超えるとスラグ剥離性の劣化が顕著になる。従って、Alは0.10%以下とする。なお、Alは、必須元素ではなく、含有率が0%とされてもよい。
【0026】
[フラックス中のSi酸化物のSiO2換算値の合計:0.20%以下]
Si酸化物はビード止端部のなじみを良好にしてビード外観及び形状を良好にする効果があるため含有させてもよい。しかし、Si酸化物のSiO2換算値の合計が0.20%を超えると、溶接金属中の酸素量が増加し、低温靭性が低下する。従って、Si酸化物のSiO2換算値の合計は0.20%以下とする。なお、Si酸化物は珪砂、長石、珪酸ソーダ及び珪酸カリからなる水ガラスの固質成分等としてフラックスから添加できる。Si酸化物のSiO2換算値の合計は、好ましくは0.15%以下である。
【0027】
[フラックス中のNa酸化物及びK酸化物の1種又は2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計:0.02~0.10%]
Na酸化物及びK酸化物はアーク安定剤として作用し、アークの安定性を良好にする効果がある。Na酸化物及びK酸化物の1種又は2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計が0.02%未満では、アークが不安定となって、スパッタ発生量が増加する。一方、Na酸化物及びK酸化物の1種又は2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計が0.10%を超えると、アーク長が長くなりアークが不安定となって、スパッタ発生量が増加する。従って、フラックス中のNa酸化物及びK酸化物の1種又は2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計は0.02~0.10%とする。なお、Na酸化物及びK酸化物は、珪酸ソーダ及び珪酸カリからなる水ガラスの固質成分、カリ長石、Na2Ti37等の酸化物等としてフラックスから添加できる。Na酸化物及びK酸化物の1種又は2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計は、好ましくは0.03~0.07%である。
【0028】
なお、Na酸化物及びK酸化物が添加される、珪酸ソーダ、珪酸カリは、Si酸化物、Na酸化物及びK酸化物 のそれぞれの物質の含有量に含まれるものである。つまり珪酸ソーダは、化学式Na2 SiO3、珪酸カリは、化学式K2SiO3とされているところ、Si酸化物であることから、SiO2換算値により換算することが可能である。また、上記化学式からなる珪酸ソーダ、珪酸カリは、それぞれNa酸化物、K酸化物であることから、Na2O 換算値、K2O換算値としてそれぞれ換算することが可能である。本発明において、同じ珪酸ソーダ、珪酸カリからSi酸化物としての成分と、Na酸化物及びK酸化物としての成分をそれぞれ抽出し、それぞれの成分の範囲を限 定することで新たな効果を見い出したものである。
【0029】
[フラックス中の弗素化合物:F換算値の合計:0.003~0.120%]
弗素化合物は、アークを安定化させる効果がある。弗素化合物のF換算値の合計が0.003%未満では、アークが弱くなり不安定となる。一方、弗素化合物のF換算値の合計が0.120%を超えると、スパッタ発生量が増加する。従って弗素化合物のF換算値の合計は0.003~0.120%とする。なお、弗素化合物はCaF2、NaF、LiF、MgF2、K2SiF6、Na3AlF6、AlF6等としてフラックスから添加でき、F換算値はこれらに含有されるF含有量の合計である。弗素化合物のF換算値の合計は、好ましくは0.003~0.030%である。
【0030】
[鋼製外皮とフラックスの合計でNi:2.0%以下]
Niは、溶接金属の低温靭性を向上させる効果がある。しかし、過剰に含有させた場合、溶接金属の強度が過剰となり、また、高温割れが発生しやすくなる。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でNiは2.0%以下とする。なお、Niは、鋼製外皮から添加できるのに加え、金属Ni、Fe-Ni等の金属粉末としてフラックスから添加できる。
【0031】
[鋼製外皮とフラックスの合計でMg:0.2%以下]
Mgは、溶接金属の低温靭性を向上させる効果がある。しかし、過剰に添加した場合、スラグ剥離性が劣化する。従って、Mgは0.2%以下とする。なお、Mgは、鋼製外皮から添加できるのに加え、金属Mg、Al-Mg等の合金粉末としてフラックスから添加できる。
【0032】
[鋼製外皮とフラックスの合計でMo:0.2%以下]
Moは、溶接金属の強度を向上させる効果がある。しかし、Moが0.2%を超える場合、溶接金属の強度が過剰に高くなり、低温靭性が低下する。従って、Moは、0.2%以下とする。なお、Moは、鋼製外皮に添加することができるのに加え、金属Mo、Fe-Mo等の金属粉末としてフラックスから添加できる。
【0033】
[鋼製外皮とフラックスの合計でCr:0.1%以下]
Crは、溶接金属の強度を向上させる効果がある。しかし、Crが0.1%を超える場合、溶接金属の低温靭性が低下する。従って、Crは、0.1%以下とする。なお、Crは、鋼製外皮に添加することができるのに加え、金属Cr、Fe-Cr等の金属粉末としてフラックスから添加できる。
【0034】
[鋼製外皮とフラックスの合計でV:0.1%以下]
Vは、溶接金属の強度を向上させる効果がある。しかし、Vが0.1%を超える場合、溶接金属の低温靭性が低下する。従って、Vは、0.1%以下とする。なお、Vは、鋼製外皮に添加できるのに加え、金属V、Fe-V等の金属粉末としてフラックスから添加できる。
【0035】
本発明のメタル系Ar-CO2混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの残部はFe及び不可避不純物である。例えば、Feのその形態は、鋼製外皮中のFe、フラックス中の鉄粉、Fe-Mn、Fe-Si-Mn、Fe-Ni等の鉄合金粉のFe分である。
【0036】
また、フラックス充填率は特に規定しないが、生産性の観点からワイヤ全質量に対して8~20質量%とすることが好ましい。
【0037】
本発明のAr-CO2混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、帯鋼をパイプ状に成形し、その内部にフラックスを充填した構造である。ワイヤの種類としては、帯鋼を成形して成る鋼製外皮の突き合わせ部を溶接した継ぎ目無しタイプと、鋼製外皮の突き合わせ部を溶接しない継ぎ目有りのタイプとに大別できる。本発明においては、何れのタイプのワイヤも採用することができるが、鋼製外皮に継ぎ目の無いワイヤは、ワイヤ中の全水素量を低減することを目的とした熱処理が可能であり、また製造後のフラックスの吸湿が無い。そのため、溶接金属の拡散性水素量を低減することができ、耐低温割れ性の向上を図ることができるので、より好ましい。
【0038】
本発明に係るAr-CO2混合ガスを使用するガスシールドアーク溶接用メタル系フラックス入りワイヤの直径は特に限定されないが、例えば、1.0~2.0mmである。
【実施例0039】
以下、本発明の効果を実施例により、具体的に説明する。
【0040】
まず、鋼製外皮にJIS G3141:2017 SPCC帯鋼を使用し、その帯鋼をU字形にして成形し、乾燥させて水分を十分に除去したフラックスを充填した。その後、鋼製外皮の合わせ目を溶接した後、表1に示すワイヤ径1.4mmまで伸線し、各種フラックス入りワイヤを試作した。なお、フラックス充填率は10~18質量%とした。
【0041】
【表1】
【0042】
表1に示す試作したフラックス入りワイヤを用いて、溶接作業性及び溶着金属性能を調査した。
【0043】
溶着金属性能は、JIS G 3126:2015 SLA365に規定される板厚20mmの鋼板を用いてJIS Z 3111:2005に準じて表2に示す溶接条件で溶着金属試験を実施した。
【0044】
【表2】
【0045】
溶接作業性の調査項目は、溶着金属試験時に目視にてアークの安定性、スパッタ発生量、スラグ剥離性、ビード外観及びビード形状の良否とした。また、同時に溶接割れの有無も調査した。
【0046】
溶着金属試験は、溶接した溶着金属部の板厚中心部からA0号引張試験及び衝撃試験片を採取して機械性能を調査した。
【0047】
(アーク安定性)
溶接時にワイヤ先端と鋼板間に発生するアークの長さの変動が少ないことが好ましい。アーク長の変動が少ない場合を安定、変動が多い場合を不安定とした。
【0048】
(スパッタ発生状況)
溶接時のスパッタ発生量が少ないことが好ましい。溶接時のスパッタ発生量が少なかった場合を良好、スパッタ発生量が多い場合を不良とした。
【0049】
(スラグ剥離性)
溶接後、ビード表面に生成したスラグをチッピングハンマーにて叩いた時、スラグに亀裂が入り、その後簡単に除去できる場合を良好とした。
【0050】
(ビード形状・外観)
ビード外観及び形状が美麗で均一に揃っている様子であれば良好と判断し、ビード外観及び形状の一部または全部が不揃いで安定していない様子であれば不良と判断した。
【0051】
(溶接欠陥)
機械試験片採取前に、JIS Z 3104に規定される放射線透過試験で溶結欠陥の有無を判断した。
【0052】
(溶接割れ)
ビード表面上に割れが1つでも認められた場合は「有り」とし、各パス溶接後に割れの有無を目視で評価した。
【0053】
(機械性能)
強度の評価は、引張強さが570~680MPaを良好とした。衝撃試験の評価は、-60℃におけるシャルピー衝撃試験(vE-60)を3回実施し、吸収エネルギーの平均値が80J以上を良好とした。これらの結果を表3にまとめて示す。
【0054】
【表3】
【0055】
表1及び表3中のワイヤ記号W1~W22が本発明例、ワイヤ記号W23~W39は比較例である。本発明例であるワイヤ記号W1~W22は、フラックス入りワイヤの鋼製外皮とフラックスの合計でC、Si、Mn、S、P、Cu、Ti、Bが適量であり、フラックス中のSi酸化物のSiO2換算値の合計、Na酸化物及びK酸化物の1種又は2種以上のNa2O換算値とK2O換算値の合計、並びに弗素化合物のF換算値の合計が適量であった。そのため、これらの本発明例では、アークが安定し、スパッタ発生量が少なく、スラグ剥離性が良好で、ビード外観及び形状が良好であり、溶接欠陥もなく、溶接割れも発生しなかった。さらに、これらの本発明例では、引張強さ及び吸収エネルギー等の機械的性質が良好であった。
【0056】
また、ワイヤ記号W1、W8、W10、W14~W17、W20、W22はNi及びMgの1種または2種が適量添加されているので、溶着金属の吸収エネルギーの平均値が120J以上と極めて良好な結果であった。
【0057】
さらに、ワイヤ記号W1、W2、W4、W8、W11、W14、W20はMo、Cr及びVの1種または2種以上が適量添加されているので、溶着金属の引張強さが630MPa以上と極めて良好な結果であった。
【0058】
表3中の比較例であるワイヤ記号W18~W33では、メタル系フラックス入りワイヤの鋼製外皮とフラックスの合計で成分が本発明で規定する範囲外であったため、1つ以上の評価項目において不合格となった。
【0059】
ワイヤ記号W23は、Cが少ないので、溶着金属の引張強さが低かった。またCが少ないので、アークが不安定になり、スパッタ発生量が多かった。さらに、Bが少ないので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0060】
ワイヤ記号W24は、Cが多いので、溶着金属の引張強さが過剰となり、吸収エネルギーが低値であった。
【0061】
ワイヤ記号W25は、Siが少ないので、溶着金属の引張強さが低くなり、吸収エネルギーが低値であった。またSiが少ないので、ビード外観・形状が不良であった。さらに、Mgが多いので、スラグ剥離性が不良となった。
【0062】
ワイヤ記号W26は、弗素化合物のF換算値の合計が少ないので、アークが不安定となった。
【0063】
ワイヤ記号W27は、弗素化合物のF換算値の合計が多いので、スパッタ発生量が多かった。また、Crが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0064】
ワイヤ記号W28は、Mnが多いので、溶着金属の引張強さが過剰となり、吸収エネルギーが低値であった。また、スラグ巻込みが生じた。さらに、Na2O換算値とK2O換算値の合計が少ないので、アークが不安定となり、スパッタ発生量が多くなった。
【0065】
ワイヤ記号W29は、Tiが少ないので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0066】
ワイヤ記号W30は、Tiが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0067】
ワイヤ記号W31は、Pが多いので、高温割れが生じた。また、Vが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0068】
ワイヤ記号W32は、Sが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であり、また、高温割れが生じた。
【0069】
ワイヤ記号W33は、Si酸化物のSiO2換算値の合計が多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。また、Niが多いので、溶着金属の引張強さが高くなり、また、高温割れが生じた。
【0070】
ワイヤ記号W34は、Mnが少ないので、溶着金属の引張強さが低かった。また、Alが多いので、スラグ剥離性が不良となった。
【0071】
ワイヤ記号W35は、Bが多いので、溶着金属の引張強さが過剰となり、吸収エネルギーが低値であった。
【0072】
ワイヤ記号W36は、Cuが多いので、高温割れが生じた。
【0073】
ワイヤ記号W37は、Na2O換算値とK2O換算値の合計が多いので、アークが不安定となり、スパッタ発生量が多くなった。また、Moが多いので、溶着金属の引張強さが過剰となり、吸収エネルギーが低値であった。
【0074】
ワイヤ記号W38は、Siが多いので、溶着金属の引張強さが過剰となり、吸収エネルギーが低値であった。