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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024123545
(43)【公開日】2024-09-12
(54)【発明の名称】企業価値評価システム
(51)【国際特許分類】
   G06Q 10/00 20230101AFI20240905BHJP
   G06Q 10/04 20230101ALI20240905BHJP
【FI】
G06Q10/00
G06Q10/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023031052
(22)【出願日】2023-03-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 2022年3月4日掲載,<https://aiit.ac.jp/master_program/bsde/pbl/>,<https://aiit.ac.jp/documents/jp/master_program/bsde/pbl/2022miyoshi_y_pt.pdf>
(71)【出願人】
【識別番号】305027401
【氏名又は名称】東京都公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】100137752
【弁理士】
【氏名又は名称】亀井 岳行
(72)【発明者】
【氏名】三好 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】川原田 雪彦
【テーマコード(参考)】
5L010
5L049
【Fターム(参考)】
5L010AA04
5L010AA20
5L049AA04
5L049AA20
(57)【要約】
【課題】企業の非財務情報と企業価値との因果関係を明確化して、価値を評価すること。
【解決手段】非財務情報に基づきトピックモデルを用いて非財務情報を定量化する定量化手段(102)と、非財務情報が定量化された情報と財務情報とに基づいて、操作変数法を用いて、需要供給曲線を導出して経済モデルを構築する経済モデル構築手段(103)と、評価対象の企業に係る情報と、構築された経済モデルとに基づいて、評価対象の企業の価値シミュレートするシミュレート手段(104)と、を備えた企業価値評価システム(1)。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
企業の財務情報と非財務情報とを取得する取得手段と、
前記非財務情報に基づき、トピックモデルを用いて、トピックを抽出して前記非財務情報を定量化する定量化手段と、
前記非財務情報が定量化された情報と前記財務情報とに基づいて、操作変数法を用いて、需要供給曲線を導出して経済モデルを構築する経済モデル構築手段と、
評価対象の企業に係る情報と、構築された前記経済モデルとに基づいて、評価対象の企業の価値をシミュレートするシミュレート手段と、
を備えたことを特徴とする企業価値評価システム。
【請求項2】
予め定められた期間中において、各企業において共通していたトピックである基調トピックと、各企業において変遷したトピックである経時変化トピックと、を有する前記トピック、
を備えたことを特徴とする請求項1に記載の企業価値評価システム。
【請求項3】
前記非財務情報が定量化された情報に基づいて、前記需要供給曲線のモデル化に用いる説明変数群として、投資額、研究開発費、社会貢献活動支出額、利払い前・税引き前・減価償却前利益、持続可能な開発目標開示に係る複数表彰の有無、社員の平均年齢、企業の時価総額、を用いる
ことを特徴とする請求項1に記載の企業価値評価システム。
【請求項4】
前記操作変数法における内生変数として投資額を使用し、操作変数として研究開発費、社会貢献活動支出額および利払い前・税引き前・減価償却前利益を使用し、外生変数として持続可能な開発目標開示に係る複数表彰の有無、社員の平均年齢および企業の時価総額を使用する
ことを特徴とする請求項3に記載の企業価値評価システム。
【請求項5】
導出された前記需要供給曲線を、統計的仮説検定を用いて統計的有意性の有無を調べる前記経済モデル構築手段、
を備えたことを特徴とする請求項1に記載の企業価値評価システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非財務情報および財務情報を使用して企業の価値を評価する企業価値評価システムに関する。
【背景技術】
【0002】
企業について公開されている情報において、財務情報のような数値の情報だけでなく、持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)の達成度合いのような非財務情報も使用して、企業の価値を評価する技術に関し、下記の特許文献1~4に記載の技術が公知である。
【0003】
特許文献1(特開2022-110831号公報)には、SDGsの達成度合いに関する要因に基づいて、要因と達成度合いとの因果関係を導出して、企業価値の向上させる有効手段を判定して、企業価値の向上を支援する技術が記載されている。特許文献1では、因果関係の導出や有効手段の判定に使用される指標は、要因を説明変数とし、指標を被説明変数とする統計モデルを使用し、回帰分析で指標を導出している。
【0004】
特許文献2(特許第6956292号公報)には、対象国の株式指標である親指数の重回帰分析から親指数の予測値を得て、親指数の予測値や個別企業の純資産やPBR(株価純資産倍率)の単回帰分析から修正時価を算出し、個別企業の時価総額と修正時価から個別企業の非財務リスクにかかわる被財務リスク関連情報を算出する技術が記載されている。
【0005】
特許文献3(特許第4018718号公報)には、調査対象企業の経営財務情報と特許情報との相関値と、調査対象企業の株価ランクやブランド価値のランク、含み資産のランク等の市場価値情報と、の差から、企業価値の妥当性を算出する技術が記載されている。
【0006】
特許文献4(特許第6229988号公報)には、会社の財務情報と業種情報に基づいて、業種が近いとされる複数の類似会社についての会社・財務数値行列を非負値行列因子分解(NMF:Nonnegative Matric Factorization)処理により、会社の類似度を行列要素とする類似度行列と、財務数値の類似会社群に対する貢献度を行列要素とする貢献度行列とに分解して、類似会社との対比で、対象の会社の価値を算定可能な技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2022-110831号公報
【特許文献2】特許第6956292号公報
【特許文献3】特許第4018718号公報
【特許文献4】特許第6229988号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
(従来技術の問題点)
特許文献1に記載の技術では、SDGsへの取り組みのような非財務情報に対して統計モデルを使用している。よって、特許文献1に記載の技術では、いわゆる内生性問題が考慮されていない問題がある(特許文献1の段落「0032」~「0040」参照)。ここで、経済モデルにおいて、説明変数と誤差項との間に相関があるときに、内生性(endogeneity)があるとされており、説明変数が内生的であれば、推定されたパラメータは一致推定量ではなくなり、推定値が統計学的に信頼されるものとはなりえない。
また、特許文献1に記載の技術では、「SDGsの達成度合いに関連する要因を取得する」ことは、例示されているサプライチェーンが前提となっており、当該サプライチェーン以外に適用するのは事実上困難である問題がある(特許文献1の段落「0013」、「0016」~「0018」、「0021」参照)。
【0009】
特許文献2に記載の技術では、非財務情報を数値化して回帰分析を適用して非財務リスク量として、株式市場の代表的な株式指標(TOPIX等)にかかる株価純資産倍率(PBR)を用いている(特許文献2の請求項1参照)。ここで、株価純資産倍率(PBR)は、現在の株価が企業の資産価値に対して割高か割安かを判断する投資尺度の一つである。しかしながら、業種や会社の成長フェーズ(創業期であるか老舗であるか)によっても差が出るなど、PBR由来の非財務情報の数値化についての客観性は限定的であるから、企業価値の評価指標としての信頼性に乏しい問題がある。
また、特許文献2に記載の技術では、非財務リスクのリスク量やリスク割合などの非財務リスク関連情報を把握する手法は、回帰分析により補正したPBRから算出した値であるから、依然として企業価値の評価指標としての信頼性に乏しい懸念がある。さらに、特許文献2に記載の技術では、回帰モデルに挿入されている変数は産業特性の影響を受けているが、その影響については、前述の内生性問題が未解決のままであり、因果関係の解明は極めて困難である問題がある。
【0010】
特許文献3では、特許情報が必須、前提となっており、特許情報の価値評価は、IPC別出願件数や発明者数などの出願情報や個々の特許文献に係わる「類似率」などに基づいている(特許文献3の段落「0005」、「0016」参照)。しかしながら、特許の価値は「誰が保有する」「どのように活用される」、「市場環境」などの要因により大きく変動するため、評価が難しく、企業価値に連関する特許情報を適切に数値化できない問題がある。
【0011】
特許文献4に記載の技術では、財務情報及び業種情報に基づいた非負値行列因子分解(NMF:Nonnegative Matrix Factorization)処理を行っているが、非負値行列因子分解(NMF)は負の値を取らないのに対し、実社会では負の値を取り得る財務データにそのまま適用するのは無理があるのは自明である。
【0012】
本発明は、企業の非財務情報と企業価値との因果関係を明確化して、価値を評価することを技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記技術的課題を解決するために、請求項1に記載の発明の企業価値評価システムは、
企業の財務情報と非財務情報とを取得する取得手段と、
前記非財務情報に基づき、トピックモデルを用いて、トピックを抽出して前記非財務情報を定量化する定量化手段と、
前記非財務情報が定量化された情報と前記財務情報とに基づいて、操作変数法を用いて、需要供給曲線を導出して経済モデルを構築する経済モデル構築手段と、
評価対象の企業に係る情報と、構築された前記経済モデルとに基づいて、評価対象の企業の価値とをシミュレートするシミュレート手段と、
を備えたことを特徴とする。
【0014】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の企業価値評価システムにおいて、
予め定められた期間中において、各企業において共通していたトピックである基調トピックと、各企業において変遷したトピックである経時変化トピックと、を有する前記トピック、
を備えたことを特徴とする。
【0015】
請求項3に記載の発明は、請求項1に記載の企業価値評価システムにおいて、
前記非財務情報が定量化された情報に基づいて、前記需要供給曲線のモデル化に用いる説明変数群として、投資額、研究開発費、社会貢献活動支出額、利払い前・税引き前・減価償却前利益、持続可能な開発目標開示に係る複数表彰の有無、社員の平均年齢、企業の時価総額、を用いる
ことを特徴とする。
【0016】
請求項4に記載の発明は、請求項3に記載の企業価値評価システムにおいて、
前記操作変数法における内生変数として投資額を使用し、操作変数として研究開発費、社会貢献活動支出額および利払い前・税引き前・減価償却前利益を使用し、外生変数として持続可能な開発目標開示に係る複数表彰の有無、社員の平均年齢および企業の時価総額を使用する
ことを特徴とする。
【0017】
請求項5に記載の発明は、請求項1に記載の企業価値評価システムにおいて、
導出された前記需要供給曲線を、統計的仮説検定を用いて統計的有意性の有無を調べる前記経済モデル構築手段、
を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
請求項1記載の発明によれば、トピックモデルを用いて非財務情報を定量化し、操作変数法を用いて需要供給曲線を導出して経済モデルを構築することで、企業の非財務情報および財務情報と企業価値との因果関係を明確化して、価値を評価することができる。
請求項2記載の発明によれば、基調トピックと経時変化トピックとを使用しない場合に比べて、経時的に変遷したトピックと、経時的に変遷しないトピックとを明確にできる。
請求項3記載の発明によれば、説明変数群として、投資額、研究開発費、社会貢献活動支出額、利払い前・税引き前・減価償却前利益、持続可能な開発目標開示に係る複数表彰の有無、社員の平均年齢、企業の時価総額を使用できる。
請求項4記載の発明によれば、内生変数として投資額を使用し、操作変数として研究開発費、社会貢献活動支出額および利払い前・税引き前・減価償却前利益を使用し、外生変数として持続可能な開発目標開示に係る複数表彰の有無、社員の平均年齢および企業の時価総額を使用することで、内生性問題を解消した経済モデルを構築できる。
請求項5記載の発明によれば、統計的有意性がある需要供給曲線を確認できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は本発明の実施例1の企業価値評価システムの説明図である。
図2図2は本発明の企業価値評価システムの実施例1のコンピュータ装置が有する制御手段の説明図である。
図3図3は実施例1のトピック抽出の一例の説明図である。
図4図4は実施例1のトピックモデルの処理の一例の説明図である。
図5図5は実施例1のトピックモデルの出力結果の一例の説明図である。
図6図6は需要供給曲線の説明図であり、加重平均資本コストを縦軸に取り、投資額を横軸に取ったグラフである。
図7図7は表式化した供給曲線の一例の説明図である。
図8図8は比較例の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
次に図面を参照しながら、本発明の実施の形態の具体例(以下、実施例と記載する)を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
なお、以下の図面を使用した説明において、理解の容易のために説明に必要な部材以外の図示は適宜省略されている。
【実施例0021】
図1は本発明の実施例1の企業価値評価システムの説明図である。
図1において、本発明の企業価値評価システム1は、情報処理装置の一例としてのコンピュータ装置2を有する。
コンピュータ装置2は、コンピュータ本体3と、表示部の一例としてのディスプレイ4と、入力部の一例としてのキーボード6およびマウス7と、を有する。なお、実施例1では、コンピュータ装置2は、通信回線11にケーブルCbを介して接続されており、通信回線11を通じて、情報処理装置の一例としてのサーバ12や他のコンピュータ装置13、タブレット端末14、スマートフォン15等との間で情報の送受信が可能となっている。なお、コンピュータ装置2はケーブルCbを介して通信回線11に接続する構成を例示したが、これに限定されず、無線LANや携帯電話回線、Bluetooth(登録商標)等、任意の無線通信方式で情報の送受信を行うことも可能である。
【0022】
前記サーバ12や他のコンピュータ装置13としては、財務情報や非財務情報を配信するサーバ、コンピュータ装置を使用可能である。実施例1では、財務情報の一例として、株価の情報や株価指数の情報、有価証券報告書の決算情報、国債の利回り、株式市場のリスクプレミアム(マーケットリスクプレミアム、市場リスクを負うことによって得られるリスクフリーレートに対する超過リターンの期待値)の最新および過去のデータ(ヒストリカルデータ)等を使用可能である。
また、実施例1では、非財務情報の一例として、有価証券報告書の中で数値ではなく文章で記述されている「事業の状況」および統合報告書に記載されている数値化されていないテキストデータ部分を使用可能である。統合報告書に記載されたテキストデータとしては、各企業が発行するCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)レポート、環境報告書、サステナビリティレポート等に含まれるデータが使用可能である。また、非財務情報としては、SDGs関連のデータベース(例えば、金融データの提供を行う会社のデータベース)で提供されている「SDGsへの取り組み指標」を併用することも可能である。
【0023】
(実施例1の企業価値評価システム1の制御手段の説明)
図2は本発明の企業価値評価システムの実施例1のコンピュータ装置が有する制御手段の説明図である。
図2において、実施例1のコンピュータ本体3は、制御手段の一例としての制御部100を有する。制御部100は、外部との信号の入出力および入出力信号レベルの調節等を行うI/O(入出力インターフェース)、必要な起動処理を行うためのプログラムおよびデータ等が記憶されたROM(リードオンリーメモリ)、必要なデータ及びプログラムを一時的に記憶するためのRAM(ランダムアクセスメモリ)、ROM等に記憶された起動プログラムに応じた処理を行うCPU(中央演算処理装置)ならびにクロック発振器等を有し、前記ROM及びRAM等に記憶されたプログラムを実行することにより種々の機能を実現することができる。
制御部100には、基本動作を制御する基本ソフト、いわゆる、オペレーティングシステムOS、アプリケーションプログラムの一例としての企業価値評価プログラムAP1、その他の図示しないソフトウェアが記憶されている。
【0024】
(実施例1の制御部100に接続された要素)
制御部100には、キーボード6やマウス7等の信号出力要素からの出力信号が入力されている。
また、実施例1の制御部100は、ディスプレイ4等の被制御要素へ制御信号を出力している。
【0025】
(制御部100の機能)
実施例1の制御部100の企業価値評価プログラムAP1は、下記の機能手段(プログラムモジュール)101~104を有する。
【0026】
情報の取得手段101は、財務情報取得手段101aと、非財務情報取得手段101bとを有し、企業価値の評価を行うために必要な情報として、まず評価対象の企業の属する会社群の各企業の財務情報と非財務情報とを取得する。実施例1では、財務情報と非財務情報は、一例として過去5年分を取得するが、これに限定されない。要求される精度や仕様等に応じて、過去3年分としたり過去20年分とする等任意に変更可能である。また、実施例1では、財務情報および非財務情報は、評価対象企業Y1に加えて、評価対象企業Y1が属する会社群Xを構成する企業X1,X2,…,Xnの情報を取得する。なお、会社群Xは、一例として業種別で会社群を構成することが可能であり、日本標準産業分類に基づいて会社群を構成することが可能である。
【0027】
財務情報取得手段101aは、企業X1~Xn,Y1に関する財務情報を取得する。財務情報は、コンピュータ装置2に予め記憶された財務情報を取得することも可能であるし、通信回線11を介してサーバ12や他のコンピュータ装置13から取得することも可能である。
非財務情報取得手段101bは、企業X1~Xn,Y1に関する非財務情報を取得する。非財務情報は、財務情報と同様に、コンピュータ装置2に予め記憶された非財務情報やサーバ12や他のコンピュータ装置13から取得される非財務情報を使用可能である。
【0028】
定量化手段102は、トピックモデルを用いて、テキストデータのみからなる非財務情報のみから、当該テキストの潜在的なトピックを定量的に抽出する。実施例1の定量化手段102は、自然言語処理の分野で用いられる統計的潜在意味解析の一つで「言葉の意味」を統計的に解析していくトピックモデルを用いて、非財務情報取得手段101bで取得した非財務情報の定量化(数値化、いわゆる、見える化)をする。トピックモデルとは、文書ごとのトピック分布とトピックごとの単語分布に従って、文書が生成されたとする生成モデルである。実施例1では、トピックモデルの代表的な手法である潜在ディリクレ配分法(Latent Dirichlet Allocation:LDA)を適用して、非財務情報の見える化を行った。LDAでは、各文書に(潜在)トピックがあると仮定し、統計的に共起しやすい単語の集合が生成される要因を、(潜在)トピックという観測できない確率変数で定式化する。なお、トピックモデル自体は従来公知であり、例えば、<https://qiita.com/kenta1984/items/b08d5caeed6ed9c8abf1>や<https://spjai.com/topic-model/>等に開示されているため、詳細な説明は省略する。
【0029】
図3は実施例1のトピック抽出の一例の説明図である。
具体的には、実施例1の定量化手段102は、まず、「SDGsへの取り組み情報」等の非財務情報(非数値情報、テキスト情報)から、トピック(意味)を抽出する。
図3において、一例として、非財務情報において、「政治・経済」、「スポーツ」、「科学・技術」、「芸能」等のトピックが存在し、「政治・経済」に含まれる単語として「国会」、「内閣」、「GDP」、「アジア」、「民主主義」、「安全保障」、「不景気」等の単語が存在したり、「スポーツ」に含まれる単語として「野球」、「サッカー」、「ゴール」、「優勝」、「ボール」、「オリンピック」、「練習」、「怪我」等の単語が存在したり、「科学・技術」に含まれる単語として「人工知能」、「IoT」、「進化」、「スマホ」、「通信」、「ノーベル賞」、「法則」、「自然現象」等の単語が存在する場合を考える。
【0030】
図4は実施例1のトピックモデルの処理の一例の説明図である。
図4において、実施例1の定量化手段102は、非財務情報(テキスト情報、文書情報)における単語の出現順序ではなく、相対的な出現頻度に注目し、有価証券報告書等の各文書において、文書ごとの潜在的なトピック(意味)を確率的に推定するモデルを構築する。
具体的には、まず、抽出されたトピックのディリクレ分布(α)から文書(N)毎のトピックの分布(各トピックの登場確率)θNnを求め、各文書のトピック分布θNnから、単語(n)の潜在トピック(単語が即する可能性の高いトピック)を多項分布(確率分布)により求める(推定する、抽出する)。多項分布は、トピックの確率と単語の総回数を入力とし、トピックの回数を出力する。
また、抽出されたトピックのディリクレ分布(β)から各トピックにおける単語の分布(どの単語が出現する確率が高いか)φKvを算出する。
ここで、各トピックの名称は当該トピックに割り当てられた単語の集合から、その名前の意味するところを人間(作業者、オペレータ)が解釈して名付ける。
トピックの抽出は、過去5年間分のデータについて年度別に行い、単語の分布φKvから各トピックに含まれる頻出語上位の単語(例えば、10単語)を年度ごとに抽出し、頻出語上位の単語の経時変化を出力する。
なお、トピックや単語は例示したものに限定されず、使用する非財務情報や会社群、時代の変遷等に応じて異なる。
【0031】
図5は実施例1のトピックモデルの出力結果の一例の説明図である。
そして、実施例1の定量化手段102は、一例として、会社群Xに属する企業X1において、調査期間中、共通していたトピックである基調トピックと、調査期間中に変遷(シフト)があった経時変化トピックの変遷と、を抽出する。図5において、一例として、会社群Xに属する企業X1における基調トピックとして「企業、社会、価値、貢献」を、経時変化トピックとして「技術、製造、開発」、「販売、増加」から「環境、推進」への変遷が抽出された。また、企業X2における基調トピックとして「材料、開発、拡大、市場」を、経時変化トピックとして「生産、製品、需要、市場」から「企業、社会、価値、貢献」ならびに「研究開発、ライフサイエンス」への変遷を抽出した。企業X3における基調トピックとして「製品、リスク、情報、管理」を、経時変化トピックとして「環境、推進」から「材料 開発、拡大、市場」への変遷を抽出した。
【0032】
整理すると、基調トピックと経時変化トピックは、以下の表1のようになる。
【表1】
【0033】
経済モデル構築手段103は、非財務情報が定量化された情報と財務情報とに基づいて、統計的因果推論手法の一例としての操作変数法を用いて、需要供給曲線を導出して経済モデルを構築する。すなわち、統計的因果推論手法の一例としての操作変数法を使用して、いわゆる内生性問題を解決し、変数間の因果関係の明確化をする。なお、操作変数法自体は従来公知であり、例えば、<http://user.keio.ac.jp/~nagakura/zemi/instrumental_variable.pdf>、<https://www.weblio.jp/content/操作変数法>や、<https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2022/3456_03>等に開示されているため詳細な説明は省略する。実施例1の経済モデル構築手段103は、財務情報取得手段101aで取得した財務情報と、定量化手段102での非財務情報の処理結果とに基づいて、経済モデルを構築する。
【0034】
図6は需要供給曲線の説明図であり、加重平均資本コストを縦軸に取り、投資額を横軸に取ったグラフである。
ここで、経済モデル(需要供給曲線)において、価格をWACC(加重平均資本コスト)に量を投資額に擬制した場合、投資額が増加すると、WACCは増加する(図6の地点a、地点b参照)。ここで、供給曲線の右シフト(供給曲線SからS′へのシフト)を起こすことができれば、WACCは減少する(図3の地点b、地点c参照)。よって、経済モデルの構築におけるポイントは、第1に統計的な有意な供給曲線を表式化すること、第2に供給曲線を右シフトさせる要因を見出すこととなる。実施例1では、統計的因果推論手法の一例としての操作変数法を適用して、変数間の因果関係の明確化をする。
【0035】
具体的には、実施例1の経済モデル構築手段103は、まず、定量化手段102の処理結果に基づいて、供給曲線のモデル化に用いる説明変数群として、投資額、研究開発費、社会貢献活動支出額、利払い前・税引き前・減価償却前利益(EBITDA:Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization)、SDGs開示にかかる複数表彰の有無[ダミー変数]、社員の平均年齢および時価総額を選択する。実施例1では、一例として、表1に示した基調トピックおよび経時変化トピックの場合は、以下の表2のように説明変数を選定する。
【表2】
【0036】
統計的因果推論手法の一例としての操作変数法を用いる場合に、一番難しいのは、操作変数法における説明変数、特に「操作変数」の選択である。実施例1では、まず、第1ステップとして、LDAの処理結果である「基調トピック」および「経時変化トピック」から対応する説明変数の選定を行う。前記表1および表2に示したように、ここで、定性データ(LDAの処理結果)に基づいて、定量データ項目(説明変数)との橋渡しを行う。
【0037】
次に、第2ステップとして、選定した説明変数を、ドメイン知識を活用して内生変数、操作変数、外生変数に振り分ける。ここで統計的仮説検定により、操作変数が、単に内生変数と相関があるだけでなく, 強い相関を持つことを確認する。
表1、表2に示す例では、操作変数法における内生変数として投資額、操作変数として研究開発費、社会貢献活動支出額およびEBITDA、外生変数としてSDGs開示にかかる複数表彰の有無[ダミー変数]、社員の平均年齢および時価総額、をそれぞれ設定する。
【0038】
そして、設定した説明変数(内生変数、操作変数、外生変数)を用いて表式化(モデル化)した需要曲線、供給曲線を導出する。例えば、直線近似の供給曲線を導出する場合は、図6のグラフにおける傾きと切片の値を導出する。具体的には、操作変数法を実施するにあたり、2段階最小二乗法と呼ばれる線形回帰手法を使用することが可能である。
なお、線形回帰手法は、従来公知であり、例えば、<https://blog.deepblue-ts.co.jp/effect_verification/iv/>等に開示されているため、詳細な説明は省略する。
なお、2段階最小二乗法を用いる妥当性の検証、すなわち、説明変数の外生性の検定は、Wu-Hausman検定により行うことができる。Wu-Hausman検定は、従来公知であり、例えば、<https://py4etrics.github.io/19_IV2SLS.html>や、<https://spureconomics.com/test-of-endogeneity-durbin-wu-hausman-test/>等に開示されているため、詳細な説明は省略する。
実施例1の場合、検定統計量であるp値(帰無仮説の元で検定統計量がその値となる確率のことであり、このp値が小さいほど、検定統計量がその値となることはあまり起こりえないことを意味する。例えば、有意水準5%の場合、p値が5%以下の場合には、帰無仮説を棄却し、対立仮説を採択する。)は0.0017(帰無仮説「変数は外生的である」を有意水準1%で棄却できる)であるから、2段階最小二乗法を用いることは適切と判断できる。
なお、p値については、従来公知であり、例えば、<https://bellcurve.jp/statistics/glossary/2172.html>等に開示されているため、詳細な説明は省略する。
【0039】
図7は表式化した供給曲線の一例の説明図である。
なお、モデル化された需要曲線、供給曲線について、統計的仮説検定により統計的有意性の有無を調べることが好ましい。図7において、実施例1の経済モデルにおいて、投資額(対数値)、SDGs開示に係る複数表彰の有無、社員の平均年齢、時価総額(対数値)、定数(図6のグラフにおけるy切片)、について、過小識別検定(Anderson canon. corr. LM statistic)のp値(統計学的な仮説が正しいかを判定する基準となる値、p値が小さいほど偶然取る値ではない=統計的な有意性あり)を計算した。図7に示すように、投資額等の各パラメータでp値が5%(=0.05)よりも小さい値となっており、過小識別検定において統計的な有意性があることが確認された。
さらに、過剰識別制約検定であるSargan検定のp値を計算したところp値は0.785であった。Sargan検定では、p値が有意水準5%を超えていることが望ましい。つまり、「p値が有意水準(5%)を超えている」ならば「全ての操作変数と誤差が無相関且つ誤差が均一分散」という過程(帰無仮説)が棄却されない。よって、「全ての操作変数と誤差が無相関である」という操作変数の前提条件を満たしていることを意味する。すなわち、Sargan検定は、「帰無仮説が棄却されない」のが望ましい統計的仮説検定である。なお、Sargan検定は、従来公知であり、例えば、<https://py4etrics.github.io/19_IV2SLS.html>等に開示されているため、詳細な説明は省略する。
【0040】
シミュレート手段(企業価値算出手段)104は、評価対象の企業Y1に係る情報(投資額、研究開発費等)と、構築された経済モデル(需要供給曲線)とに基づいて、評価対象の企業Y1の価値としての加重平均資本コスト(WACC)をシミュレート(導出)する。なお、加重平均資本コスト(WACC)は従来公知であり、例えば、<https://keiriplus.jp/tips/wacc-toha/>等に開示されているため、詳細な説明は省略する。
したがって、会社群Xにおける評価対象企業Y1のWACCを算出することで、既存会社X1~XnのWACCに対する評価対象企業Y1のWACCの差や比を使用して、評価対象企業Y1の会社群Xにおける価値(WACC)の高低を判断、評価することが可能である。
【0041】
(実施例1の作用)
前記構成を備えた実施例1の企業価値評価システム1では、定量化手段102において、自然言語処理の分野で用いられる統計的潜在意味解析の一つで「言葉の意味」を統計的に解析していくトピックモデルを用いている。したがって、非財務情報の見える化の精度と汎用性が確保される。そして、経済モデル構築手段103では、財務情報および定量化された非財務情報に基づいて、統計的因果推論の一例としての操作変数法による経済モデル(需要供給曲線)が構築される。よって、統計的因果推論手法の一例としての操作変数法を用いることで、いわゆる内生性問題を解決し、変数間の因果関係が明確化される。
【0042】
特許文献1,2に記載の技術では、内生性問題があったが、実施例1では内生性問題が解決できる。
また、特許文献3のように定量化が困難な特許情報を用いておらず、汎用性が確保されている。
さらに、特許文献4のように非負値行列因子分解(NMF)を使用する場合に比べて、より現実に則した評価、分析が可能である。また、実施例1では、特許文献4のようにWACC算出に際して財務情報に基づいた類似会社の選別をする場合に比べて、類似度の高い類似会社がない等の事情がなく、より精度、汎用性が向上する。
よって、実施例1の企業価値評価システム1では、企業の非財務情報と企業価値との因果関係を明確化して、価値を評価することができる。
【0043】
特に、実施例1の企業価値評価システム1では、トピックモデルにより定量化した非財務情報と財務情報とに基づいて、統計的因果推論による経済モデル(需要供給曲線)の構築を行うことにより、難易度が高い操作変数の条件を満たす説明変数を効率的に選択することができる。このため、分析目的(例えば、企業のサステナビリティへの取り組みが企業価値指標(WACC)に及ぼす影響)に適応した、統計的に有意な経済モデルを効率的に得ることができる。
また、実施例1では、上場企業は法律上の開示義務のある有価証券報告書に記載されている財務情報と非財務情報を情報解析の対象とするため、特許文献1のように特定の業種によらず適用可能である。
【0044】
さらに、実施例1では、非財務情報の見える化=定量化、数値化するのに、特許文献2のようなPBRではなく、トピックモデルを用いて、精度と汎用性を確保している。また、実施例1では、予測対象(評価指標)であるWACC(加重平均資本コスト)は、会社が債権者や投資家に支払うべきコストであるから、投資家からみれば投資に対する期待収益となる。よって、企業と投資家を結ぶ指標でもあり、企業の価値を適切に評価可能である。なお、実施例1では、評価指標としてWACCを使用したがこれに限定されない。利用者が取得したい指標(例えば、PBR等)に応じて評価指標を変更可能である。
【0045】
(比較例)
図8は比較例の説明図である。
次に、実施例1と同じ入力(財務情報、非財務情報)を使用して、定量化手段102として、トピックモデルではなく、単語の関係性(単語同士のつながり)をネットワークにして表現することで因果関係を明確にしようとする共起ネットワークを使用した場合で実験を行った。なお、共起ネットワークとは、n個の連続する単語を各頂点とし、それらを接続することで、単語の関係性をネットワークとして表現するものである。単語間の類似性(距離)の導出にはJaccard係数(類似性測度)などを用いることができる。共起ネットワークにより単語の関連性を可視化することができ、出現頻度の高い表現の把握や文全体の趣旨の理解に応用できる。なお、共起ネットワークは、従来公知であり、例えば、<https://www.tus.ac.jp/today/archive/20220411_3957.html>等に開示されているため、詳細な説明は省略する。比較例では、Jaccard係数(類似性測度)による共起ネットワークを使用して基調トピックと経時変化トピックの抽出を試みた。
図8に示すように、共起ネットワークを使用して単語どうしのつながりを表現されたが、図8から会社群Xに属する企業X1~Xnにおける基調トピックおよび経時変化トピックを抽出することができなかった。このため、以後の処理手順(経済モデル構築手段103、シミュレート手段104)を実行できなかった。
【符号の説明】
【0046】
1…企業価値評価システム、
101…取得手段、
102…定量化手段、
103…経済モデル構築手段、
104…シミュレート手段、
X1~Xn,Y1…企業。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8