(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024123548
(43)【公開日】2024-09-12
(54)【発明の名称】細胞接着性支持体及び細胞培養方法
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20240905BHJP
C12M 1/14 20060101ALI20240905BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20240905BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12M1/14
C12N5/071
【審査請求】有
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023031060
(22)【出願日】2023-03-01
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000241463
【氏名又は名称】豊田合成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002789
【氏名又は名称】弁理士法人IPX
(72)【発明者】
【氏名】森部 真也
(72)【発明者】
【氏名】平野 稔
(72)【発明者】
【氏名】深野 達雄
(72)【発明者】
【氏名】岩田 晃輔
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA01
4B029AA21
4B029BB11
4B029CC02
4B029DG08
4B029FA15
4B029GB06
4B065AA90X
4B065AC20
4B065BD50
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】細胞接着性と細胞観察性とを両立させることが可能な細胞接着性支持体等を提供する。
【解決手段】本発明の一態様によれば、細胞接着性支持体が提供される。この細胞接着性支持体は、基材と、透明性を有する被覆層とを備える。基材は、樹脂から構成される。被覆層は、基材の表面の少なくとも一部を被覆するように形成される。被覆層は、細胞との親和性が樹脂よりも高い材料から構成される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞接着性支持体であって、
基材と、透明性を有する被覆層とを備え、
前記基材は、樹脂から構成され、
前記被覆層は、前記基材の表面の少なくとも一部を被覆するように形成され、
前記被覆層は、細胞との親和性が前記樹脂よりも高い材料から構成される、
細胞接着性支持体。
【請求項2】
請求項1に記載の細胞接着性支持体において、
前記被覆層は、無機化合物から構成される、
細胞接着性支持体。
【請求項3】
請求項2に記載の細胞接着性支持体において、
前記無機化合物は、チタン化合物、ジルコニウム化合物、ストロンチウム化合物、及びリン酸カルシウム系化合物からなる群から選択される1種以上を主成分として含有する、
細胞接着性支持体。
【請求項4】
請求項1に記載の細胞接着性支持体において、
前記樹脂は、ポリウレタン、ポリスチレン、ポリカーボネート、シリコーン、及びフッ素樹脂からなる群から選択される1種以上を主成分として含有する、
細胞接着性支持体。
【請求項5】
請求項1に記載の細胞接着性支持体において、
前記基材は、複数の空孔を有する多孔質体である、
細胞接着性支持体。
【請求項6】
請求項1に記載の細胞接着性支持体において、
前記基材は、平板状をなし、その厚さ方向に貫通する貫通孔を有する、
細胞接着性支持体。
【請求項7】
請求項6に記載の細胞接着性支持体において、
前記貫通孔の孔径は、0.1~100μmである、
細胞接着性支持体。
【請求項8】
請求項1に記載の細胞接着性支持体において、
前記被覆層の厚みは、0.1nm~5mmである、
細胞接着性支持体。
【請求項9】
請求項1に記載の細胞接着性支持体において、
前記被覆層の光透過率は、前記基材の光透過率の90%以上である、
細胞接着性支持体。
【請求項10】
請求項1に記載の細胞接着性支持体において、
前記細胞は、上皮細胞である、
細胞接着性支持体。
【請求項11】
請求項10に記載の細胞接着性支持体において、
前記上皮細胞は、気道上皮細胞、嗅上皮細胞、肺胞上皮細胞、皮膚角化細胞、角膜上皮細胞、腸管上皮細胞、尿管上皮細胞、及び膣上皮細胞からなる群から選択される1種以上である、
細胞接着性支持体。
【請求項12】
細胞培養方法であって、
播種工程と、培養工程とを備え、
前記播種工程では、請求項1から11までの何れか1項に記載の細胞接着性支持体に細胞を播種し、
前記培養工程では、播種された前記細胞を培養する、
細胞培養方法。
【請求項13】
請求項12に記載の細胞培養方法において、
前記培養工程では、培養された前記細胞の前記細胞接着性支持体における被覆率が閾値以上である場合、前記細胞の培養を終了させる、
細胞培養方法。
【請求項14】
請求項12に記載の細胞培養方法において、
前記培養工程では、培養された前記細胞の経上皮電気抵抗値が閾値以上である場合、前記細胞の培養を終了させる、
細胞培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞接着性支持体及び細胞培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、バイオコーティングされた基材を調製するための方法が開示されている。
【0003】
この方法は、選択された基材に蒸着される生物活性表面コーティングに関する。ほとんどの金属または非金属基材に蒸着されて表面を提供する表面ナノ構造膜コーティングは、組織/細胞接着の強化を促進するように設計することが可能である。骨芽細胞、線維芽細胞および内皮細胞を含む付着細胞は、生存能力を保持し、適切な条件下で直ちに分化および増殖する。線維芽細胞および内皮細胞は、ナノ表面構造シリコーンを除くほとんどのコーティング基材上で良好な付着および成長を示す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に開示された方法では、培養細胞を観察することが困難であるため、細胞接着性と細胞観察性とを両立させることができなかった。
【0006】
本発明では上記事情を鑑み、細胞接着性と細胞観察性とを両立させることが可能な細胞接着性支持体等を提供することとした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様によれば、細胞接着性支持体が提供される。この細胞接着性支持体は、基材と、透明性を有する被覆層とを備える。基材は、樹脂から構成される。被覆層は、基材の表面の少なくとも一部を被覆するように形成される。被覆層は、細胞との親和性が樹脂よりも高い材料から構成される。
【0008】
このような態様によれば、細胞接着性と細胞観察性とを両立させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図2】被覆層120の表面の状態を示す図であり、(A)SEMの二次電子像(1000倍)、(B)SEMの反射電子像(1000倍)を示す。
【
図3】被覆層120の表面の状態を示す図であり、(A)SEMの二次電子像(1000倍)、(B)SEMの反射電子像(1000倍)を示す。
【
図4】細胞培養用足場100の製造方法を示すアクティビティ図である。
【
図5】細胞培養用足場100を使用した細胞培養方法を示すアクティビティ図である。
【
図7】細胞培養用足場100のA-A断面図である。
【
図8】細胞培養用足場100の両面で細胞を培養した状態を示す図である。
【
図9】(A)SEMの二次電子像(1000倍)、(B)SEMの反射電子像(1000倍)を示す。
【
図10】(A)EDXの画像(1000倍)、(B)EDXの元素分析結果を示す。
【
図11】SEMの二次電子像(5000倍)、SEMの反射電子像(5000倍)を示す。
【
図12】(A)EDXの画像(5000倍)、(B)EDXの元素分析結果を示す。
【
図13】(A)SEMの二次電子像(1000倍)、(B)SEMの反射電子像(1000倍)を示す。
【
図14】(A)EDXの画像(1000倍)、(B)EDXの元素分析結果を示す。
【
図15】SEMの二次電子像(5000倍)、SEMの反射電子像(5000倍)を示す。
【
図16】(A)EDXの画像(5000倍)、(B)EDXの元素分析結果を示す。
【
図17】気道上皮細胞を培養したサンプル上の表面観察画像である。
【
図18】サンプル上における気道上皮細胞の細胞被覆率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を用いて本発明の実施形態について説明する。以下に示す実施形態中で示した各種特徴事項は、互いに組み合わせ可能である。
【0011】
1.第1実施形態
第1節では、第1実施形態について説明する。
【0012】
図1は、細胞培養用足場100を表す構成図である。本実施形態では、細胞接着性支持体の一例として、細胞培養用足場100について説明する。細胞接着性支持体は、各種細胞を接着(付着)させて支持可能なものであればよく、細胞培養用足場100以外にも、例えばカテーテルのような医療用器具であってもよい。細胞培養用足場100は、基材110と、被覆層120とを備える。これらの構成要素についてさらに説明する。
【0013】
このような細胞培養用足場100は、被覆層120の表面に細胞200を付着させ、この細胞200が増殖できる足場となるものである。
【0014】
細胞200は、例えば、動物由来の細胞であってもよく、結合組織に由来する細胞(骨細胞、線維芽細胞、免疫細胞、周皮細胞、内皮細胞、炎症性細胞等)、筋組織に由来する細胞、神経組織に由来する細胞、上皮組織に由来する細胞(以下「上皮細胞」ともいう。)等であってもよい。細胞200は、上皮細胞であると好ましく、この上皮細胞は、気道上皮細胞、嗅上皮細胞、肺胞上皮細胞、皮膚角化細胞、角膜上皮細胞、腸管上皮細胞、尿管上皮細胞、及び膣上皮細胞からなる群から選択される1種以上であってもよい。
【0015】
基材110は、樹脂、好ましくは可撓性を有する樹脂から構成される。可撓性を有する樹脂は、特に限定されることなく、例えば、ポリオレフィン(ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン-プロピレン共重合体、エチレン-酢酸ビニル共重合体、架橋型エチレン-酢酸ビニル共重合体等)、ポリエステル、ポリ塩化ビニル、ポリウレタン、ポリアミド、ポリアミドエラストマーのような熱可塑性樹脂等が挙げられる。また、ポリスチレン、ポリカーボネート、シリコーン、及びテフロン(登録商標)/ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などのフッ素樹脂であってもよい。これらの樹脂は、1種を単独で使用しても、2種以上を併用してもよい。基材110が可撓性を有する樹脂である場合、人工皮膚等の生体材料への応用が可能となる。
【0016】
可撓性を有する樹脂は、ポリウレタンを主成分として含有すると好ましい。ポリウレタンは、加工性、細胞観察性、強度、構造多様性を有し、柔らかい培養基材としての用途に対応することができる。ここで、本明細書において、「XがAを主成分として含有する」とは、Xに含まれるAの量が、好ましくは60,65,70,75,80,85,90,95質量%以上であり、100質量%であってもよいことを意味する。
【0017】
基材110の形状は、特に限定されることなく、例えば、粒状、ペレット状、ブロック状、管状、又は平板状であってもよい。これにより、細胞培養用足場100として、基材110の形状に対応するものが得られるため、細胞接着性支持体としての用途の多様化に対する要求に対応することができる。
【0018】
基材110の形状は、平板状であると好ましい。基材110が平板状である場合、個々の形状のバラツキを小さく抑えることができるため、細胞200を培養する際に与える影響を最小限に抑えることができる。
【0019】
基材110の形状は、管状であると好ましい。基材110が管状である場合、その管の外部に細胞200が安定的に接着可能であるため、例えば医療用カテーテルに適用することができる。この場合、細胞200は、医療用カテーテルを挿入される患者自身の細胞が該当する。またこの場合、医療用カテーテルを挿入された患者自身の細胞がカテーテルと密着するため、使用時に雑菌等が体内に侵入することを効果的に抑制することができる。
【0020】
また、基材110が管状である場合、その管腔内に細胞200を保持した状態で体内にアクセスすることが容易であるため、例えば細胞治療(細胞として例えば膵島B細胞等)の細胞保持担体として利用することができる。
【0021】
被覆層120は、基材110の表面の少なくとも一部を被覆するように形成される。本実施形態では、被覆層120は、基材110の上面(一方の面)の全体を被覆するように形成されるが、上面と下面の両面全体を被覆する場合もある。被覆層120は、基材110の全面を完全に被覆している必要はなく、例えば、島状に点在していてもよい。基材110の一方の面に対する被覆層120の被覆率は、10%以上あればよく、さらに可撓性を求める際には5~90%あればよい。また、被覆層120は、亀裂のあるひび割れ構造状に形成されてもよい。
【0022】
基材110上に形成された被覆層120は、透明性を有する。ここで、「透明性」とは、被覆層120の表面において、細胞200等の被写体を十分に観察可能な状態であることを示す。被写体を十分に観察可能な状態は、観察光(紫外光、可視光、近赤外光、赤外光、遠赤外光)の波長の1/10以上のサイズのランダムな凹凸構造が無いことにより、確保される。すなわち、被覆層120の表面が、光散乱を起こさない程度に十分に平滑な表面である場合に、透明性が確保される。
【0023】
図2及び
図3は、被覆層120の表面の状態を示す図であり、(A)SEMの二次電子像(1000倍)、(B)SEMの反射電子像(1000倍)を示す。
図2及び
図3に示すように、被覆層120の表面に、観察光の波長の1/10以上のサイズのランダムな凹凸構造が無い場合に、透明性が確保される。
【0024】
被覆層120は、光透過性を有する材料から構成されてもよい。被覆層120は、細胞200との親和性が基材110を構成する材料(可撓性を有する樹脂)よりも高い材料から構成される。
【0025】
ここで、「光透過性」とは、観察性という観点から、主に、紫外光、可視光、近赤外光、赤外光、遠赤外光に対する透過性の事を指す。また、「光透過性を有する」とは、例えば、光透過率が所定%以上であることを示し、具体的には例えば、10,15,20,25,30,35,40,45,50,55,60,65,70,75,80,85,90,95,100%であり、ここで例示した数値の何れか2つの間の範囲内であってもよい。
【0026】
また、「光透過性を有する」とは、基材110に対する光透過率が所定%以上であってもよく、具体的には例えば、10,15,20,25,30,35,40,45,50,55,60,65,70,75,80,85,90,95,100%であり、ここで例示した数値の何れか2つの間の範囲内であってもよい。被覆層120の光透過率は、基材110の光透過率の90%以上であると好ましく、92.5%以上であるとより好ましく、95%以上であるとさらに好ましい。これにより、細胞培養用足場100の細胞観察性を十分に高めることができる。
【0027】
なお、光透過率が上記に満たない材料であっても、被覆層120の表面に上記ランダム凹凸構造が無い場合は、透明性を確保可能である。この場合、例えば、露光時間を上げることにより、被写体を十分に観察することができる。
【0028】
さらに、「細胞200との親和性が可撓性を有する樹脂よりも高い材料」とは、例えば、細胞200が接着して増殖しやすい性質を有する材料のことを示し、ポリスチレンと細胞200との親和性(例えば細胞200によるポリスチレンの細胞被覆率)を100としたとき、10,15,20,25,30,35,40,45,50,55,60,65,70,75,80,85,90,95,100,105,110,115,120,125,130,135,140,145,150,155,160,165,170,175,180,185,190,195,200であり、ここで例示した数値の何れか2つの間の範囲内であってもよい。
【0029】
被覆層120は、細胞200との親和性が高い性質を有することにより、細胞200の付着(接着)、増殖、進展を促進させる基質となり得るものである。
【0030】
被覆層120の厚みは、0.1nm~5mmであればよく、好ましくは0.1nm~1μmであり、より好ましくは0.1nm~100nmである。具体的には例えば、0.1,0.2,0.3,0.4,0.5,0.6,0.7,0.8,0.9,1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,20,30,40,50,60,70,80,90,100,150,200,250,300,350,400,450,500,550,600,650,700,750,800,850,900,950,1000nm(1μm),2,3,4,5,6,7,8,9,10,20,30,40,50,60,70,80,90,100,150,200,250,300,350,400,450,500,550,600,650,700,750,800,850,900,950,1000μm(1mm),2,3,4,5mmであり、ここで例示した数値の何れか2つの間の範囲内であってもよい。
【0031】
被覆層120は、その材料の性質に応じて厚みを設定することで、細胞培養用足場100全体としての可撓性(柔軟性)が低下するのを抑制しつつ、適切な細胞観察性を得ることができる。
【0032】
被覆層120の材料は、無機化合物から構成されてもよい。この無機化合物は、チタン化合物、ジルコニウム化合物、ストロンチウム化合物、及びリン酸カルシウム系化合物からなる群から選択される1種以上を主成分として含有してもよい。
【0033】
チタン化合物は、特に限定されることなく、例えば、塩化チタン、炭化チタン、窒化チタン、フッ化チタン、リン化チタン、酸化チタン等のうちの1種又は2種以上を混合して用いることができる。
【0034】
ジルコニウム化合物は、特に限定されることなく、例えば、ジルコン、二酸化ジルコニウム、タングステン酸ジルコニウム、塩化ジルコニウム、チタン酸ジルコン酸塩等のうちの1種又は2種以上を混合して用いることができる。
【0035】
ストロンチウム化合物は、特に限定されることなく、例えば、塩化ストロンチウム、硝酸ストロンチウム、酢酸ストロンチウム等のうちの1種又は2種以上を混合して用いることができる。
【0036】
リン酸カルシウム系化合物は、特に限定されることなく、Ca/Pモル比が1.0~2.0の各種化合物を用いることができ、例えば、ハイドロキシアパタイト、リン酸三カルシウム、リン酸二カルシウム、フッ素アパタイト等のうちの1種又は2種以上を混合して用いることができる。
【0037】
2.製造方法
第2節では、前述した細胞培養用足場100の製造方法について説明する。この製造方法は、準備工程と、反応工程とを備える。
【0038】
図4は、細胞培養用足場100の製造方法を示すアクティビティ図である。第2節では、このアクティビティ図の各アクティビティに沿って、説明するものとする。ここで、反応工程は、特に限定されることなく、例えば、物理成膜法、化学成膜法、原子層堆積法など、種々の方法により実行されうる。
【0039】
まず、準備工程では、基材110を準備する(アクティビティA110)。そして、反応容器内に載置された基材110に対して被覆層120の原料を導入する。
【0040】
続いて、反応工程では、被覆層120の原料を反応させつつ、基材110とも反応させて、基材110の表面に被覆層120を形成させる。(アクティビティA120)。
被覆層120の形成時や形成後に、例えば、表面処理、酸化処理、加熱処理等の追加の処理を行ってもよい。
なお、被覆層120の特性は、原料の種類、被覆層120の形成条件、追加の処理の処理条件等を適宜設定することにより、調整することができる。
【0041】
3.細胞培養方法
第3節では、前述した細胞培養用足場100を使用した細胞培養方法について説明する。この細胞培養方法は、滅菌工程と、播種工程と、培養工程とを備える。
【0042】
図5は、細胞培養用足場100を使用した細胞培養方法を示すアクティビティ図である。第3節では、このアクティビティ図の各アクティビティに沿って、説明するものとする。
【0043】
まず、滅菌工程では、基材110の消毒処理を行う(アクティビティA205)。
【0044】
基材110の消毒処理は、特に限定されることなく、例えば、70%エタノールあるいはそれに代替可能なアルコール溶液(イソプロパノール等)に15分程度基材110を浸漬させ、その後十分にアルコール溶液を除去することにより行なわれてもよい。なお、この方法以外にも、エチレンオキサイドガスによる処理、乾熱滅菌処理、ガンマ線照射処理などの滅菌(殺菌)処理を採用することができる。
【0045】
続いて、播種工程では、細胞培養用足場100に細胞200を播種する(アクティビティA210)。
【0046】
細胞培養用足場100の大きさは、適宜設定されればよく、例えば、使用するウェルプレートの大きさに適合するように設定されると好ましい。これにより、細胞200を培養する際の好適な環境を設定することができる。
【0047】
播種される細胞200の数は、培養目的に対して1以上の任意の数に決定することができる。仮に基材面全面を被覆することを想定した用途においては、細胞培養用足場100の上面(細胞200を播種する領域)の単位面積(1cm2)あたり、100~1000000個であると好ましく、1000~5
00000個であるとより好ましい。細胞を播種する際には、細胞200を液体培地に懸濁された状態で行われる。
【0048】
続いて、培養工程では、細胞200が播種された細胞培養用足場100を液体培地(培養液)に浸漬させた状態で、細胞200を培養し、単にその状態のまま生育させるか、増殖させるか、あるいは分化させる(アクティビティA220)。
【0049】
液体培地の温度は、細胞200の種類に応じて適宜設定されればよく、15~50℃であると好ましく、25~40℃であるとより好ましい。これにより、細胞200を効率よく増殖させることができる。
利用される液体培地は全てのものが利用可能であり、例えば、MEM培地、DMEM培地、Ham's F12培地、DMEM/F12培地、EMEM培地、αMEM培地、RPMI1629培地、RPMI1630培地、RPMI1640培地、IMDM培地、Fischer's培地、McCoy's培地、William's培地等が挙げられる。
【0050】
続いて、培養工程では、所定条件が満たされた場合、細胞200の培養を終了させる(アクティビティA230)。
【0051】
所定条件として、例えば、(1)細胞200の細胞培養用足場100における被覆率が閾値以上になった時点、(2)培養された細胞200における所定の遺伝子やタンパク質の発現量が閾値以上である場合、(3)経上皮電気抵抗が閾値以上である場合、(4)細胞形状が特定の形状になった時点、(5)液体培地中のサイトカインその他分泌物や老廃物成分が特定の値を取った時点、等を設定可能である。
【0052】
ここで、各所定条件について説明する。(1)実験の目的に合わせて設定された細胞200の被覆率(例えば、0.1~100%)を、例えば顕微鏡観察等を使用した目視観察により判別する。(2)遺伝子の発現量を細胞200からRNAを抽出し、リアルタイムPCR装置等により特定の細胞に分化した際のマーカー分子の設定閾値に達した時点とする。(3)実験の目的に合わせて設定された閾値を、例えば公知の経上皮電気抵抗測定装置により測定する。仮に、シート状の基材110において、細胞200の被覆率を100%まで形成させる場合、細胞種により大きく異なるが、例えば、20~10000Ω・cm2の値を基準としてもよい。(4)例えば、神経細胞特有の軸索のようなアスペクト比の高い形状、血球系細胞のような球状形体、マクロファージ等の仮足構造体、筋肉のようなサルコメア構造や多核化した融合細胞、心筋細胞のような自発的な収縮運動等の確認によって判別する。(5)細胞200が浸漬されている液体培地を採取し、ELISA(Enzyme-linked immuno-sorbent assay)等で目的のサイトカイン種が特定の濃度になった時点、又は、液体培地中の成分(例えば、グルコース等)が特定の濃度以下まで消費された時点、又は、細胞200が液体培地中に放出した老廃物等の成分が設定した閾値に達した時点とする。
【0053】
続いて、所定条件(2)について説明する。所定の遺伝子の発現量は、公知の遺伝子発現解析法を用いて定量されてもよいし、抗体を利用したタンパク発現量として決定することもできる。
【0054】
細胞200の培養を終了させる指標である閾値は、実験の目的により決定することができ特に限定されないが、基材を覆う細胞シートを形成したい場合において、80%以上であると好ましく、90%以上であるとより好ましい。この場合、細胞200が十分に増殖したことがわかる。
【0055】
所定の遺伝子は、タイトジャンクションの構成成分を合成するための遺伝子であり、例えば、オクルーディン、クローディン、トリセルリン、アンギュリン、ZOファミリー、JAMファミリー、シングリンファミリーを構成する遺伝子のうちの1種又は2種以上であると好ましい。これらの成分は、タイトジャンクションを形成した時のみに遺伝子が高発現することから好適である。
【0056】
4.第2実施形態
第4節では、第2実施形態について説明する。第2実施形態では、第1実施形態との相違点を中心に説明し、同様の事項については、その説明を省略する。
【0057】
図6は、細胞培養用足場100の鳥瞰平面図である。
図7は、細胞培養用足場100のA-A断面図である。
図8は、細胞培養用足場100の両面で細胞を培養した状態を示す図である。
【0058】
基材110は、複数の空孔を有する多孔質体であってもよい。複数の空孔は、例えば、化学反応発泡法、ポローゲンリーチング法、ハンドミキシング発泡法、簡易発泡法、注入法、フロス注入法、スプレー法等の各方法を用いて形成することができる。
【0059】
基材110が多孔質体である場合、複数の空孔は、隣接する空孔同士が連通する連通空孔を含んでいてもよい。かかる連通空孔は、平板状の基材110を厚さ方向に貫通する貫通孔111を構成する。すなわち、基材110が平板状をなす場合、基材110は、その厚さ方向に貫通する貫通孔111を含むと好ましい。これにより、
図8に示すように、細胞培養用足場100の両面に2種類の細胞(細胞210及び細胞220)を培養して、2層の細胞組織を作成することができる。この場合、基材110の両面に、それぞれ被覆層120が形成されると好ましい。
【0060】
貫通孔111の直径(空孔の孔径)は、特に限定されることなく、0.1~100μmであると好ましく、0.5~10μmであるとより好ましく、1~7.5μmであるとさらに好ましい。これにより、1つの細胞に対して1つの貫通孔111が対応することとなり、細胞培養用足場100の両面に、2層の細胞組織を互いに確実に分離した状態で作成することができる。
なお、基材110は、厚さ方向に貫通する貫通孔111を有する平板状の緻密体で構成されてもよい。
【0061】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されることなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【0062】
5.その他
次に記載の各態様で提供されてもよい。
【0063】
(1)細胞接着性支持体であって、基材と、透明性を有する被覆層とを備え、前記基材は、樹脂から構成され、前記被覆層は、前記基材の表面の少なくとも一部を被覆するように形成され、前記被覆層は、細胞との親和性が前記樹脂よりも高い材料から構成される、細胞接着性支持体。
【0064】
(2)上記(1)に記載の細胞接着性支持体において、前記被覆層は、無機化合物から構成される、細胞接着性支持体。
【0065】
(3)上記(2)に記載の細胞接着性支持体において、前記無機化合物は、チタン化合物、ジルコニウム化合物、ストロンチウム化合物、及びリン酸カルシウム系化合物からなる群から選択される1種以上を主成分として含有する、細胞接着性支持体。
【0066】
(4)上記(1)から(3)までの何れか1つに記載の細胞接着性支持体において、前記樹脂は、ポリウレタン、ポリスチレン、ポリカーボネート、シリコーン、及びフッ素樹脂からなる群から選択される1種以上を主成分として含有する、細胞接着性支持体。
【0067】
(5)上記(1)から(4)までの何れか1つに記載の細胞接着性支持体において、前記基材は、複数の空孔を有する多孔質体である、細胞接着性支持体。
【0068】
(6)上記(1)から(5)までの何れか1つに記載の細胞接着性支持体において、前記基材は、平板状をなし、その厚さ方向に貫通する貫通孔を有する、細胞接着性支持体。
【0069】
(7)上記(6)に記載の細胞接着性支持体において、前記貫通孔の孔径は、0.1~100μmである、細胞接着性支持体。
【0070】
(8)上記(1)から(7)までの何れか1つに記載の細胞接着性支持体において、前記被覆層の厚みは、0.1nm~5mmである、細胞接着性支持体。
【0071】
(9)上記(1)から(8)までの何れか1つに記載の細胞接着性支持体において、前記被覆層の光透過率は、前記基材の光透過率の90%以上である、細胞接着性支持体。
【0072】
(10)上記(1)から(9)までの何れか1つに記載の細胞接着性支持体において、前記細胞は、上皮細胞である、細胞接着性支持体。
【0073】
(11)上記(10)に記載の細胞接着性支持体において、前記上皮細胞は、気道上皮細胞、嗅上皮細胞、肺胞上皮細胞、皮膚角化細胞、角膜上皮細胞、腸管上皮細胞、尿管上皮細胞、及び膣上皮細胞からなる群から選択される1種以上である、細胞接着性支持体。
【0074】
(12)細胞培養方法であって、播種工程と、培養工程とを備え、前記播種工程では、上記(1)から(11)までの何れか1つに記載の細胞接着性支持体に細胞を播種し、前記培養工程では、播種された前記細胞を培養する、細胞培養方法。
【0075】
(13)上記(12)に記載の細胞培養方法において、前記培養工程では、培養された前記細胞の前記細胞接着性支持体における被覆率が閾値以上である場合、前記細胞の培養を終了させる、細胞培養方法。
【0076】
(14)上記(12)に記載の細胞培養方法において、前記培養工程では、培養された前記細胞の経上皮電気抵抗値が閾値以上である場合、前記細胞の培養を終了させる、細胞培養方法。
もちろん、この限りではない。
【実施例0077】
以下、本発明の具体的な実施例について説明する。なお、以下の実施例は、本発明を限定するものではない。
[1]細胞培養用足場の製造
以下に示すようにして、各実施例及び比較例において、それぞれ、細胞培養用足場を製造した。
【0078】
(実施例1)
まず、厚さ1mmのポリウレタン基材(基材110)の上に、原子層堆積法を用いて、酸化チタン膜(被覆層120)を成膜した。原子層堆積法は、一般的な方法として例えば下記の参考論文が挙げられる。参考論文:Atomic layer deposition of TiO2 from tetrakis(dimethylamino)titanium and H2O, Thin Solid Film, 545, (2013), 176-182.
【0079】
ここで、実施例1の原子層堆積法による成膜条件は、次の通りである。(1)原料のチタン化合物の温度を75℃に設定した。(2)原料系配管温度を120℃に設定した。(3)チタン化合物の導入前に、反応容器を真空引きし、反応容器内の圧力を1×10-4Paに設定した。(4)キャリアガスとしてアルゴンを使用し、当該アルゴンの流量を30sccmとした。(5)チタン化合物の導入間隔(パルス幅)を0.25秒とした。
【0080】
(6)チタン化合物の導入後、酸化剤により処理した。その後、(7)反応容器内を排気処理(パージ)した。
【0081】
上記(1)~(7)のプロセスを100回繰り返して、酸化チタン膜が成膜されたポリウレタン(細胞培養用足場100)を得た。
【0082】
(比較例1)
酸化チタン膜を成膜させることなく、厚さ1mmのポリウレタン基材をそのまま使用した。
【0083】
[2]評価
実施例1で得られた細胞培養用足場100及び比較例1で得られたポリウレタン基材(基材110)の表面を走査電子顕微鏡(SEM)で観察し、エネルギー分散型X線分析(EDX)により元素分析をした。評価の例として、実施例1で得られた細胞培養用足場100及び比較例1で得られたポリウレタン基材の表面の観察画像及び元素分析結果を
図9~
図16に示す。
【0084】
実施例1は、
図9~
図12に対応する。
図9は、(A)SEMの二次電子像(1000倍)、(B)SEMの反射電子像(1000倍)を示す。
図10は、(A)EDXの画像(1000倍)、(B)EDXの元素分析結果を示す。
図11は、SEMの二次電子像(5000倍)、SEMの反射電子像(5000倍)を示す。
図12は、(A)EDXの画像(5000倍)、(B)EDXの元素分析結果を示す。
【0085】
図10(B)の元素分析結果は、次の表1に示す。なお、表1では、炭素(C)を含めずに値を算出した。
【0086】
【0087】
図12(B)の元素分析結果は、次の表2に示す。なお、表2では、炭素(C)を含めて値を算出した。
【0088】
【0089】
比較例1は、
図13~
図16に対応する。
図13は、(A)SEMの二次電子像(1000倍)、(B)SEMの反射電子像(1000倍)を示す。
図14は、(A)EDXの画像(1000倍)、(B)EDXの元素分析結果を示す。
図15は、SEMの二次電子像(5000倍)、SEMの反射電子像(5000倍)を示す。
図16は、(A)EDXの画像(5000倍)、(B)EDXの元素分析結果を示す。
【0090】
図14(B)の元素分析結果は、次の表3に示す。なお、表3では、炭素(C)を含めずに値を算出した。
【0091】
【0092】
図16(B)の元素分析結果は、次の表4に示す。なお、表4では、炭素(C)を含めて値を算出した。
【0093】
【0094】
図9~
図16及び表1~表4を比較すると、実施例1で得られた細胞培養用足場100では、表面にチタン化合物である酸化チタン膜(被覆層120)が形成されているのが確認された。一方、比較例1で得られたポリウレタン基材では、表面に酸化チタン膜は確認されなかった。
【0095】
次の表5は、シリコンウェハ上に原子層堆積法を用いて形成した酸化チタン膜の膜厚を測定した結果である。原子層堆積法は、50サイクル又は100サイクルとした。酸化チタン膜の膜厚の測定には、分光エリプソメトリーを用いた。
【0096】
【0097】
続いて、実施例1の細胞培養用足場100、比較例1のポリウレタン基材、及び市販のポリスチレン製細胞培養用足場(コントロール)(以下総称して「サンプル」ともいう。)を、それぞれ直径14mmで切り抜き、24ウェルプレートに入れ、気道上皮細胞を播種した。そして、播種から11日目に、細胞染色用色素(製品名:Calcein-AM)により気道上皮細胞の生細胞を染色し、公知の画像解析法により、サンプルの細胞被覆率を計算した。
【0098】
図17は、気道上皮細胞を培養したサンプル上の表面観察画像である。
図18は、サンプル上における気道上皮細胞の細胞被覆率を示すグラフである。
【0099】
コントロール上では、気道上皮細胞は接着かつ増殖し、表面を効率的に被覆することが観察された。実施例1の細胞培養用足場100では、基材110として細胞接着性が高くないポリウレタンを使用したにもかかわらず、気道上皮細胞が増殖した。比較例1のポリウレタン基材上では、気道上皮細胞はほとんど接着、増殖、進展しなかった。
【0100】
上記実験例によれば、細胞接着性が高くないポリウレタンを基材として使用したとしても、基材の表面を酸化チタン膜で被覆させることにより、被覆率を10倍程度向上させることができることが分かった。この被覆率の向上は、細胞接着性が高まったことが要因であると考えられる。したがって、本実施形態によれば、細胞接着性と細胞観察性とを両立させることができることが分かった。