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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024123646
(43)【公開日】2024-09-12
(54)【発明の名称】磁歪膜および電子デバイス
(51)【国際特許分類】
   H10N 35/85 20230101AFI20240905BHJP
   H01F 10/13 20060101ALI20240905BHJP
   H10N 35/01 20230101ALI20240905BHJP
【FI】
H10N35/85
H01F10/13
H10N35/01
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023031243
(22)【出願日】2023-03-01
(71)【出願人】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】岡野 靖久
(72)【発明者】
【氏名】野口 隆男
(72)【発明者】
【氏名】中野 睦子
(72)【発明者】
【氏名】大川 和香子
(72)【発明者】
【氏名】田中 美知
【テーマコード(参考)】
5E049
【Fターム(参考)】
5E049AA01
5E049AA04
5E049AC01
5E049BA30
(57)【要約】
【課題】磁気歪定数dλ/dHが大きく、さらにしきい磁場HTHを低減することが可能な磁歪膜と、それを有する電子デバイスを提供すること。
【解決手段】磁歪膜の横断面で、単体では強磁性を有しない特定元素の組成比が、周囲よりも高い高組成比領域が、まだら状に観察される。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
横断面で、単体では強磁性を有しない特定元素の組成比が周囲よりも高い高組成比領域が、まだら状に観察される磁歪膜。
【請求項2】
前記横断面で、前記高組成比領域に含まれる前記特定元素の組成比よりも前記特定元素の組成比が低い低組成比領域が存在し、前記低組成比領域は、前記高組成比領域を囲むように、相互に連続または断続的に連なっている請求項1に記載の磁歪膜。
【請求項3】
前記横断面で、前記低組成比領域の幅が1~10nmの範囲内である請求項2に記載の磁歪膜。
【請求項4】
前記横断面で、所定長さの仮想直線に沿って、前記特定元素の組成比の極小値が複数観察され、
隣り合う前記極小値の間の距離が、3~15nmの範囲内である請求項1に記載の磁歪膜。
【請求項5】
前記特定元素の前記極小値は、60nmの長さの前記仮想直線の間に、5つ以上で観察される請求項4に記載の磁歪膜。
【請求項6】
横断面で、単体では強磁性を有しない特定元素の組成比が、周囲よりも高い高組成比領域と、前記高組成比領域に含まれる前記特定元素の組成比よりも前記特定元素の組成比が低い低組成比領域と、が観察され、
前記横断面で、所定長さの仮想直線に沿って、前記特定元素の組成比の極小値が複数観察され、
前記極小値は、60nmの長さの前記仮想直線の間に、5つ以上で観察される磁歪膜。
【請求項7】
非晶質である請求項1~6のいずれかに記載の磁歪膜。
【請求項8】
前記特定元素は、少なくともBを含む請求項1~6のいずれかに記載の磁歪膜。
【請求項9】
前記低組成比領域では、強磁性に寄与する元素の組成比が、前記高組成比領域よりも高い請求項2または3または6に記載の磁歪膜。
【請求項10】
前記高組成比領域は、前記横断面と垂直な方向に所定高さ以上で連続している請求項1~6のいずれかに記載の磁歪膜。
【請求項11】
請求項1~6のいずれかに記載の磁歪膜を有する電子デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁歪膜、および磁歪膜を有する電子デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
たとえば特許文献1および特許文献2に示すような磁歪膜は、外部から磁場が印可されると伸びや縮みなどの変位を発生させる性質(磁歪特性)を有している。磁歪膜は、様々な電子デバイスに応用され、アクチュエータ、スピーカ、磁気センサ、発電デバイス、エネルギー変換デバイスなどの電子デバイスに応用されている。
【0003】
振動アクチュエータやスピーカとして利用する場合は、磁気歪定数dλ/dHが大きいほど電流に対しての立ち上がりが早くなる。また、磁気歪定数dλ/dHが大きいほど、応力に対する磁化の変化(感度)が大きくなる。各電子デバイスにおいて、磁歪膜には大きな磁気歪定数dλ/dHとともに、微小な外部磁場に対しても出力可能とするために、しきい磁場HTHの低減も求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2011/016399号
【特許文献2】特開平6-220602号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような実状に鑑みてなされ、その目的は、特に、しきい磁場HTHを低減することが可能な磁歪膜と、それを有する電子デバイスを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、しきい磁場HTHを低減することが可能な磁歪膜について鋭意検討した結果、横断面で、単体では強磁性を有しない特定元素の組成比が、周囲よりも高い高組成比領域が、まだら状に観察される磁歪膜が、しきい磁場HTHを低減させることができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明の第1の観点に係る磁歪膜は、横断面で、単体では強磁性を有しない特定元素の組成比が周囲よりも高い高組成比領域が、まだら状に観察される。本発明の第1の観点に係る磁歪膜では、磁気歪定数dλ/dHが大きく、さらにしきい磁場HTHが小さい。このため、微小な外部磁場に対しても応答可能である。
【0008】
なお、本発明の第1の観点に係る磁歪膜の磁気歪定数dλ/dHが大きく、さらにしきい磁場HTHが小さくなる理由としては、必ずしも明らかではないが、次のように考えられる。すなわち、単体では強磁性を有しない特定元素(非磁性元素)の組成比が高い高組成比領域をまだら状に作ることで、それらの高組成比領域の間には、強磁性に寄与する元素(磁性元素)の組成比が高い領域が狭い範囲で形成される。その結果、磁気双極子サイズが小さくなり、磁化反転に必要なエネルギーが小さく、弱磁場での応答がよくなると考えられる。また、磁歪膜の磁気歪定数dλ/dHも大きくなる。
【0009】
好ましくは、前記横断面で、前記高組成比領域に含まれる前記特定元素の組成比よりも前記特定元素の組成比が低い低組成比領域が存在し、前記低組成比領域は、前記高組成比領域を囲むように、相互に連続または断続的に連なっている。低組成比領域では、強磁性に寄与する元素(磁性元素)の組成比が相対的に高くなる。このように低組成比領域が高組成比領域を囲むように、相互に連続または断続的に連なっている磁歪膜によれば、さらに、磁気歪定数dλ/dHが大きく、さらにしきい磁場HTHを低減させることができる。
【0010】
好ましくは、前記横断面で、所定長さの仮想直線に沿って、前記特定元素の組成比の極小値が複数観察され、隣り合う前記極小値の間の距離が、3~15nmの範囲内である。このように極小値が観察される磁歪膜によれば、磁気歪定数dλ/dHが大きく、よりさらに、しきい磁場HTHを低減させることができる。
【0011】
好ましくは、前記特定元素の前記極小値は、60nmの長さの前記仮想直線の間に、5つ以上、さらに好ましくは6つ以上で観察される。なお、仮想線は、所定長さの直径(たとえば60nm)の円形断面の観察範囲の中心を通る任意の線であってもよい。
【0012】
本発明の第2の観点に係る磁歪膜は、
横断面で、単体では強磁性を有しない特定元素の組成比が、周囲よりも高い高組成比領域と、前記高組成比領域に含まれる前記特定元素の組成比よりも前記特定元素の組成比が低い低組成比領域と、が観察され、
前記横断面で、所定長さの仮想直線に沿って、前記特定元素の組成比の極小値が複数観察され、
前記極小値は、60nmの長さの前記仮想直線の間に、好ましくは5つ以上、さらに好ましくは6つ以上で観察される。
【0013】
本発明の第2の観点に係る磁歪膜でも、第1の観点に係る磁歪膜と同様な理由から、磁気歪定数dλ/dHが大きく、さらにしきい磁場HTHが小さい。このため、微小な外部磁場に対しても応答可能である。
【0014】
好ましくは、前記横断面で、前記低組成比領域の幅が1~10nmの範囲内である。このように低組成比領域が観察される磁歪膜によれば、磁気歪定数dλ/dHが大きく、よりさらに、しきい磁場HTHを低減させることができる。
【0015】
好ましくは、磁歪膜は非晶質である。また、磁歪膜には、結晶解析ピークが実質的に観察されないことが好ましい。
【0016】
好ましくは、前記高組成比領域は、前記横断面と垂直な方向に所定高さ以上で連続している。このように高組成比領域が観察される磁歪膜によれば、さらに、磁気歪定数dλ/dHが大きく、さらにしきい磁場HTHを低減させることができる。
【0017】
好ましくは、前記特定元素は、少なくともBを含む。
【0018】
本発明の電子デバイスは、上記のいずれかに記載の磁歪膜を有する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は本発明の一実施形態に係る磁歪膜の要部断面図である。
図2図2は本発明の一実施例に係る磁歪膜試料の膜厚方向に垂直な横断面における3次元アトムプローブを用いたB元素の組成比を示すマッピング画像である。
図3図3は本発明の一実施例に係る磁歪膜試料の膜厚方向に平行な縦断面における3次元アトムプローブを用いたB元素の組成比を示すマッピング画像である。
図4A1図4A1図2に示す仮想直線に沿ってB元素の組成比プロファイルを測定したグラフである。
図4A2図4A2は他の実施例について図4A1と同様にB元素の組成比プロファイルを測定したグラフである。
図4A3図4A3図4A1に示すB元素の組成比プロファイルに、Fe元素の組成比プロファイルを重ねたグラフである。
図4B図4Bは本発明の比較例に係る磁歪膜試料について、図4Aと同様にしてB元素の組成比プロファイルを測定したグラフである。
図5図5は本発明の実施例および比較例に係わる磁歪膜試料について、磁場と磁歪λとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0021】
図1に示すように、本発明の一実施形態に係る磁歪膜2は、基板4の上に直接または間接的に形成することができる。「間接的に形成してある」とは、磁歪膜2と基板4との間に、バッファ層、電極膜、圧電体薄膜などの他の機能膜が介在していてもよいことを意味する。図1において、磁歪膜2は、X軸およびY軸を含む平面に沿って存在しており、基板4側に位置する主面20aと、基板4の反対側に位置する主面20bとを有する。なお、磁歪膜2の膜厚方向は、Z軸と一致しており、X軸、Y軸、およびZ軸は、相互に垂直である。
【0022】
基板4の材質は、特に限定されず、たとえば、単結晶であることが好ましいが、多結晶でも非晶質であってもよい。基板4としては、Si、PZT、MgO、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3 )、ニオブ酸リチウム(LiNbO3 )、ガラスなどが挙げられる。また、基板4の形状や寸法は、特に限定されず、磁歪膜2を適用するデバイスの種類や用途に応じて適宜決定すればよい。
【0023】
磁歪膜2は、アモルファスであることが好ましく、特に、アモルファスの軟磁性合金を含むことが好ましい。軟磁性合金としては、たとえば、Fe-Si-B系合金、Fe-Cr-Si-B系合金、Fe-Ni-Mo-B系合金、Fe-Co-B系合金、Fe-Ni-B系合金、Fe-Al-Si-B系合金、またはFe-Co-Si-B系合金、Fe-Si-B-Cu-Nb系合金、Co-Fe-Ni-Si-B-Mo系合金、Fe-Ga-B系合金、Fe-Sm-B系合金、Fe-Tb-B系合金などが挙げられる。磁歪膜2の断面では、上記のような軟磁性合金からなるアモルファス相が主相として存在する。
【0024】
ここで、アモルファスとは、結晶のような長距離秩序は有していないが、短距離秩序は存在する原子配列の状態を意味する。磁歪膜2の原子配列は、3次元アトムプローブ(three-dimensional atom probe,以下 3DAP)、X線回折(XRD)、透過型電子顕微鏡(TEM)による電子線回折、TEM像の高速フーリエ変換処理(FFT)、TEM像の位相コントラストに基づく画像解析、中性子線回折(ND)などにより解析することができる。X線回折(XRD)や電子線回折において、回折ピークや回折スポットが現れる場合、結晶に起因する長距離秩序が存在すると判断でき、ハローパターンが現れる場合、アモルファスの短距離秩序が存在すると判断できる。なお、長距離秩序と短距離秩序とは併存可能である。
【0025】
たとえば、XRDの2θ/θ測定により磁歪膜2の構造解析を実施した場合、磁歪膜2のXRDパターンは、2θ=30°~60°の範囲において、半値幅が0.5°以上のブロードなハローパターンを有し、結晶に起因する回折ピークが観測されないことが望ましい。TEMの電子線回折で磁歪膜2の構造解析を実施した場合には、輪郭が不鮮明な同心円状のハローパターンが観測され、結晶に起因する回折スポットや、多結晶の存在を示すデバイ・リングは、観測されないことが好ましい。
【0026】
前述のとおり、本実施形態の磁歪膜2は、主相がアモルファス相であるが、長距離秩序を有する結晶相が含まれていてもよい。磁歪膜2が結晶相を含む場合、磁歪膜2のXRDパターンには、アモルファス相に起因するハローパターンと共に、結晶相に起因するピークが観測されることがある。ただし、磁歪膜2の非晶質化度は、90%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましく、100%であることがさらに好ましい。
【0027】
非晶質化度は、たとえば、磁歪膜2の断面に占めるアモルファス相の面積比率により算出することができる。位相コントラストによるTEM像やHRTEM像では、結晶質部分では、格子が規則的に配列している様子が確認でき、アモルファス部分では、規則性のないランダムな模様が確認できる。そのため、位相コントラストに基づいて、結晶相とアモルファス相とを識別して、アモルファス相の面積割合を概算することができる。
【0028】
磁歪膜2の厚みtmは、特に限定されず、たとえば10nm~10μmの範囲内、あるいは300nm~1μmの範囲内であってもよい。厚みtmは、たとえば、図1に示すような断面写真を画像解析することで求められる。厚みtm のばらつきは、たとえば±5%以下であることが好ましい。
【0029】
図1では、X-Y平面と直交する磁歪膜2の断面を示している。この磁歪膜2の膜厚方向(Z軸方向)の略中央部の複数箇所において、3次元アトムプローブを用いて、横断面(Z軸に垂直な断面)におけるホウ素(特定元素の一例)の組成比のマッピング画像を撮像すると、それぞれの観察箇所において、図2に示すような結果が得られる。
【0030】
なお、図2において、観察範囲は、直径が所定長さ(たとえば60nm)の円の範囲内である。図2においては、白色(明)に近いほどホウ素(B)の組成比が高く、ホウ素の組成比が周囲より高い高組成比領域2bが、まだら状に観察される。また、図2においては、Bの組成比が低い低組成比領域2aが存在し、低組成比領域2aは相互に連続または断続的に連なって、高組成比領域2bを囲んでいる部分を有する。
【0031】
なお、本実施形態において、B元素の組成比とは、測定対象の微小領域(たとえば3DAPにて測定対象とすることができる最小限の測定対象領域)において、その領域における測定対象元素の全ての元素の割合を100原子%とした場合におけるB元素の原子%割合を示す。たとえば測定対象元素がFe、Co、SiおよびBである場合に、Fe、Co、SiおよびBを100原子%とした場合におけるBの原子%を、Bの組成比として定義することができる。
【0032】
本実施形態では、黒色(暗色)に近いほどB元素の組成比が低く、白色(明色)に近いほどB元素の組成比が高いが、暗色と明色は、逆であってもよい。
【0033】
低組成比領域2aの幅Wは、好ましくは1~10nmの範囲内、さらに好ましくは、2~6nmの範囲内、あるいは2~5nmの範囲内である。
【0034】
図2に示す直径が所定長さ(たとえば60nm)の円の観察範囲の中心を通る所定長さの任意の仮想直線HLに沿う分析範囲(X:5nm、Y:60nm、Z:5nm)について、1nm間隔で61ポイントのB元素の組成比分布を測定すると、図4A1に示すように、B元素の組成比(原子%)の極小値(図4A1に示すx印)が、所定数以上観察される。
【0035】
図4A1に示すB元素の組成比(原子%)の極小値は、図2に示す仮想直線HL上に存在する各低組成比領域2aにおけるB元素の組成比の極小ピーク位置に対応する。また、図4A1に示すB元素の組成比(原子%)の極大値は、隣り合う極小値の間に位置し、図2に示す仮想直線HL上に存在する各高組成比領域2bにおけるB元素の極大ピーク位置に対応する。
【0036】
図4A1に示すようなB組成比のプロファイルから、図2に示す高組成比領域2bは、隣接するB組成比の極小値に対して、好ましくは0.5原子%以上、さらに好ましくは1.0原子%以上で、高い領域として定義することができる。あるいは、高組成比領域2bは、図4A1に示す観察範囲内のB組成比の平均よりも組成比が、好ましくは0.2原子%以上、さらに好ましくは0.4原子%以上で、高い領域として定義することもできる。低組成比領域2aは、高組成比領域2bの間に位置する領域として定義されることができ、図2に示すように、まだら状に観察される高組成比領域2bを連続的または断続的に囲むように形成される。低組成比領域2aと高組成比領域2bとの境界は、たとえば図2に示すようなマッピング画像の明暗の境界として、隣接する組成比のピークとバレーの中間値を示す位置を境界と判断することもできる。
【0037】
本実施形態では、図4A1に示すように、B組成比の極小値は、60nmの長さの仮想直線HLの間に、好ましくは5つ以上、さらに好ましくは6つ以上観察される。本実施形態では、隣り合う極小値の間の距離(周期とも言う)Lが、好ましくは3~15nm、さらに好ましくは5~10nmの範囲内である。
【0038】
なお、本実施形態において、B組成比の極小値の数と、隣り合う極小値間の距離Lを測定する際には、以下の条件を満足する極小値のみをカウントして測定する。すなわち、B組成比の極小値とは、その極小値に隣接する二つの組成比の極大値の双方とのそれぞれの組成比の差異が、0.5原子%以上あり、しかも極大値のいずれかとの組成割合の差異が1原子%以上ある極小値のみを、測定対象の極小値として定義する。
【0039】
図4A3は、図4A1に示すB元素の組成比プロファイル(実線)に、Fe元素(強磁性に寄与する元素の一例)の組成比プロファイル(点線)を重ねたグラフである。図4A3に示すように、B元素の組成比の極小値を含む領域(図2に示す低組成比領域2a)では、Fe元素の組成比が高く、B元素の組成比の極大値を含む領域(図2に示す高組成比領域2b)では、Fe元素の組成比が低くなる。
【0040】
図3に示すように、前述した所定幅Wを有する低組成比領域2aは、膜厚の方向(Z軸方向)に所定高さ以上で連続している。また、図3に示す縦断面では、複数の低組成比領域2aが、間に高組成比領域2bを挟みながら、縦縞状に観察される。縦縞状の低組成比領域2aが伸びる方向は、Z軸に対して略平行であるが、好ましくは±45度以内、さらに好ましくは±30度以内で、多少傾斜していてもよい。
【0041】
また、低組成比領域2aが連続するZ軸方向の所定高さは、図1に示す磁歪膜2の厚みtmにもよるが、磁歪膜2の厚みの50%以上が好ましく、さらに好ましくは80%以上、あるいは100%が好ましい。また、このような所定高さの低組成比領域2aは、たとえば図3に示す観察範囲内で、X軸またはY軸に沿って、好ましくは5つ以上、さらに好ましくは6つ以上観察される。
【0042】
なお、図2または図3において、「低組成比領域2aが連続する」とは、所定幅W以上の長さ(または高さ)で高組成比領域2bにより断続されている場合以外は全て連続していると、本実施形態では判断する。また、本実施形態において、縞状とは、必ずしも直線状である必要はなく、うねりや波線状部分、稲妻状部分などを含んでいてもよく、縞の内の少なくともいずれかが分岐していてもよい。
【0043】
このように図2に示す横断面では高組成比領域2bがまだら状に観察され、図3に示す縦断面では高組成比領域2bが縞状に観察される本実施形態の磁歪膜2によれば、しきい磁場HTHを低減させることができると共に、大きな磁気歪定数dλ/dHを有する。
【0044】
磁歪膜2が低いしきい磁場HTHを有することで、磁歪膜2を含む電子デバイスは、微小な外部磁場に対して素早く応答することが可能になる。また、磁歪膜2が大きな磁気歪定数dλ/dHを有することで、磁歪膜2を含む電子デバイスでは、入出力の変換効率が高く、所定の入力信号に対してより大きな出力を得ることができる。そして、磁歪膜2を含む電子デバイスは、高い変換効率を有するため、デバイスの小型化が容易である。
【0045】
本実施形態の磁歪膜2は、たとえばアクチュエータ、スピーカ、磁気センサ、エネルギー変換デバイス、振動子、マイクロポンプなどの各種デバイスに利用することができる。たとえば磁気センサとしては、磁歪膜に積層した圧電基板の起電力で検出する磁気電気センサ、圧電膜と磁歪膜をSiカンチレバー上に積層した共振型の磁気センサなどがその例としてあげられる。また、電気磁気または磁気電気変換器などとして用いる磁歪膜と圧電膜を積層した構造の電子デバイスにも適用することができる。
【0046】
次に、図1に示す磁歪膜2の製造方法の一例について説明する。
【0047】
磁歪膜2は、真空堆積法により、基板4の上に直接または間接的に形成することができる。真空堆積法としては、スパッタリング法、真空蒸着法、PLD法、イオンビーム蒸着法(IBD法)などが挙げられ、特に、スパッタリング法を選択することが好ましい。また、アモルファス組織を含む磁歪膜2を形成するためには、真空度、基板温度、不活性ガスの流量、および、成膜圧力などの成膜条件を所定の範囲に制御することが好ましい。
【0048】
スパッタリング法で成膜する場合、成膜時の真空度は、0.1Pa以下とすることが好ましく、0.05Pa以下であることがより好ましく、0.02~0.05Paの範囲内であることがさらに好ましい。成膜時の真空度とは、成膜中における成膜室内のプロセスガスと残留ガス等その他のガスによる圧力の合計を意味しており、値が低いほど真空度が高いことを意味する。一方、成膜前の成膜室内の圧力は、1.0×10-5Pa以下とすることが好ましく、5.0×10-6Pa以下であることがより好ましく、1×10-6Pa~5.0×10-6Pa以下の範囲内であることがさらに好ましい。
【0049】
図2に示すように、横断面で、高組成比領域2bがまだら状に観察される磁歪膜2は、上記のように成膜前の真空度を高く設定したうえで、成膜時の基板4の温度を低くすることで発生し易くなる。具体的には、基板温度は、60℃未満であることが好ましく、15℃~40℃の範囲内であることがより好ましい。
【0050】
また、成膜時には、Arなどの不活性ガスを導入するが、不活性ガスの流量は30sccm以上であることが好ましく、150sccm以下であることが好ましい。
【0051】
また、成膜圧力は、0.016Pa以上であることが好ましく、0.08Pa以下であることが好ましい。なお、単位:sccmは、1atm(1013hPa)で25℃の条件に換算(標準状態換算)した場合の流量cm3/minを意味する。
【0052】
本実施形態では、基板温度などの成膜条件と共に、成膜後のアニール条件が、まだら状の高組成比領域2bの発生に影響していると考えられる。成膜条件やアニール条件で、まだら状の高組成比領域2bの発生に影響する理由は、必ずしも明らかではないが、たとえば、以下に示す事由が考えられる。
【0053】
成膜中またはアニール中の元素のマイグレーション(移動)が高組成比領域2bの形成促進に寄与しているものと考えられる。成膜温度やアニール条件によって元素のマイグレーションの起こりやすさや量が変化し、ある条件の範囲内でまだら状の高組成比領域2bを有するアモルファス組織が得られると考えられる。
【0054】
基板4の上に磁歪膜2を形成した後、エッチング法もしくはリフトオフ法などにより、磁歪膜2に対してパターニング加工を施してもよい。また、基板4に対して切断やエッチングなどの加工を施してもよい。
【0055】
なお、基板4の上に磁歪膜2を形成した後、パターニング加工する前または後に、磁歪膜2のアニール処理を行うことも好ましい。アニール処理を行うことで、磁歪膜2のしきい磁場HTHを、さらに低減することができると共に、磁気歪定数も、さらに向上させることができる。アニール条件としては、特に限定されないが、好ましくは100~400°C、さらに好ましくは200~400°C、特に好ましくは250~350°Cである。
【0056】
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内で種々に改変することができる。
【0057】
たとえば、前述した実施形態では、高組成比領域2bに含まれて単体では強磁性を有さない特定元素として、Bを例示しているが、特定元素としては、B以外に、Si、C、Al、P、Ge、As、Sb、S、Ga、Snなどの元素を少なくともいずれか1つ以上を含んでもよい。あるいは、特定元素としては、Bと共に上記で例示した元素を含んでいてもよい。
【0058】
また、たとえば、前述した実施形態では、低組成比領域2aに含まれる強磁性に寄与する元素として、Feを例示しているが、強磁性に寄与する元素としては、Fe以外に、あるいはFeと共に、Co、Niなどのいずれか一種以上であってもよい。
【実施例0059】
以下、本発明を、さらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0060】
実施例1
シリコン基板の上に、Fe72Co8 Si128 から成る磁歪膜組成となる条件で、磁歪膜を製造した。磁歪膜は、超高真空DCスパッタリング装置を使用して形成した。成膜条件は、以下の通りであった。成膜前の真空度を1.0×10-5Pa以下としたうえで、成膜時の真空度を0.03Paとし、出力を200W(DC)とし、印加磁場を6400A/mとし、不活性ガスとしてArガスを流量60sccmで装置内に供給し、基板温度を5℃に冷却した基板上に成膜を行った。なお、実施例1については、成膜後のアニールを実施しなかった。
【0061】
磁歪膜の成膜後、シリコン基板を、短手方向の幅10mm×長手方向の幅40mmの寸法となるように切断した。なお、シリコン基板の平均厚みは、640μmであり、磁歪膜の平均厚みtmは、500nmであった。高周波誘導結合プラズマ(ICP)分析法を用いて、磁歪膜の合金組成を分析したところ、Fe72Co8 Si128 であることが確認できた。
【0062】
上記の方法で製造した実施例1の磁歪膜について、以下に示す評価を実施した。
【0063】
(ICPおよびXRDによる解析)
高周波誘導結合プラズマ(ICP)分析法を用いて、磁歪膜の合金組成を分析したところ、実施例1の磁歪膜組成は、Fe72Co8 Si128 であることが確認された。また、XRDにより磁歪膜の構造解析を実施したところ、XRDパターンでは、2θ=30°~60°の範囲において、ハローパターンのみが確認でき、結晶からの回折ピークは検出されなかった。すなわち、実施例1の磁歪膜は、非晶質化度が100%のアモルファスであることが確認できた。
【0064】
結果を、表1に示す。表1において、非晶質の項目のYとは、磁歪膜2の非晶質化度は、90%以上であることを示しており、Nとは、磁歪膜2の非晶質化度は、90%未満であることを示している。また、表1の結晶解析ピークにおいて、Yは、結晶からの回折ピークが検出されたことを示し、Nは、結晶からの回折ピークが検出されなかったことを示している。
【0065】
(3DAPによる分析)
得られた磁歪膜について3DAPを用いて評価するために、磁歪膜を針状に加工して試料とした。試料は、図1に示す磁歪膜の所定の厚み深さ、たとえば図1に示す磁歪膜2の厚み(500nm)の中間位置を含むようにした。試料の観察領域の横断面(X軸およびY軸を含む断面)となる直径はφ60nm程度とした。磁歪膜の成膜方向である厚み方向(Z軸方向)の試料の長さは200nm程度とした。図2に示すような横断面(X軸およびY軸を含む断面)において各合金成分の元素分布をマッピング画像(図2では、B元素の組成比のマッピング画像)として取得する場合、針状の試料から10nmの厚みでスライスしたものを観察面とした。図3に示すような磁歪膜の成膜方向である厚み方向(Z軸方向)において各合金成分の元素分布をマッピング画像(図3では、B元素の組成比のマッピング画像)として取得する場合、5nmの厚みでスライスしたものを観察面とした。
【0066】
図2に示すようなマッピング画像の横断面において、観察範囲の中心を含む仮想直線HLに沿う分析範囲(X:5nm、Y:60nm、Z:5nm)について、特定元素としてBの原子%を測定した。結果を図4A1に示す。図2図4A1に示す結果から、B元素の高組成比領域2bがまだら状であるか否かを判断した。結果を表1に示す。表1において、XY面(横断面)まだらの項目がYとは、以下に示す条件を全て満足する場合であり、そうでない場合には、Nと判断した。
【0067】
すなわち、XY面(横断面)まだらの項目がYとは、図2において、幅Wが1~10nmの範囲内の低組成比領域2aにより連続的または断続的に囲まれる高組成比領域2bがまだら状に観察され、しかも、図4A1に示すB組成比の極小値(x印)が、5つ以上観察される場合である。また、その条件を満足しない場合をNとした。なお、B組成比の極小値とは、その極小値に隣接する二つの組成比の極大値の双方とのそれぞれの組成比の差異が、0.5原子%以上あり、しかも極大値のいずれかとの組成割合の差異が1原子%以上ある極小値のみを、測定対象の極小値として定義する。
【0068】
また、XZ面またはYZ面(縦断面)縦縞の項目がYとは、図3において、高組成比領域2bが縦縞状に観察され、しかも、縦縞を構成する高組成比領域2bが、X軸またはY軸に沿って、5つ以上観察される場合である。また、その条件を満足しない場合をNとした。
【0069】
(磁歪特性の評価)
磁歪膜の磁場-磁歪の関係を示す曲線を測定し、その磁場-磁歪の曲線から、しきい磁場HTHと、磁気歪定数dλ/dHと、を算出した。具体的には、磁歪膜に対して、外部より0~6400A/mの回転磁場を印加し、磁歪膜に発生するひずみ量をレーザ変位計により測定することで、磁場-磁歪の曲線を得た。
【0070】
そして、0.1ppmの磁歪λが発生した際の外部磁場の大きさを、しきい磁場HTHとして算出した。また、磁場-磁歪の曲線の傾きの最大値を、磁気歪定数dλ/dHとして算出した。結果を表1に示す。また、実施例1における磁歪膜の磁場-磁歪の関係を示す曲線の一例を図5のEx.1に示す。FeCoSiB系の組成の磁歪膜では、しきい磁場HTHは、79.58A/m(1Oe)未満を良好と判断し、32A/m以下をさらに良好と判断し、28A/m以下をさらに良好と判断した。
【0071】
実施例2
磁歪膜の成膜後に、アニールを200℃で実施したこと以外は、実施例1と同様にして、磁歪膜を製造し、同様な評価を行った。結果を表1に示す。
【0072】
実施例3
磁歪膜の成膜後に、アニールを250℃で実施したこと以外は、実施例1と同様にして、磁歪膜を製造し、同様な評価を行った。結果を表1に示す。また、実施例3における磁歪膜の磁場-磁歪の関係を示す曲線の一例を図5のEx.2に示す。3次元アトムプローブを用いたB元素の組成比を示すマッピング画像を図2および図3に示す。
【0073】
実施例4
磁歪膜の成膜後に、アニールを350℃で実施したこと以外は、実施例1と同様にして、磁歪膜を製造し、同様な評価を行った。結果を表1に示す。また、実施例4におけるB元素の組成比プロファイルの測定結果を図4A2に示す。また、実施例4における磁歪膜の磁場-磁歪の関係を示す曲線の一例を図5のEx.3に示す。
【0074】
実施例5
基板としてSiの代わりにPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)を用いた以外は、実施例3と同様に、磁歪膜を製造し、同様な評価を行った。結果を表1に示す。
【0075】
比較例1
磁歪膜の成膜後に、アニールを450℃で実施したこと以外は、実施例1と同様にして、磁歪膜を製造し、同様の評価を行った。結果を表1に示す。また、比較例1における磁歪膜の磁場-磁歪の関係を示す曲線の一例を図5のCex.1に示す。さらに、比較例1において、実施例1と同様にして、B組成比のプロファイルを測定した結果を図4Bに示す。図4Bに示すように、60nmの距離での極小値の数が4以下であった。
【0076】
比較例2
基板を保持する基板ホルダーを液体窒素で冷却しながら成膜を行った以外は、実施例1と同様にして、磁歪膜を製造し、同様の評価を行った。結果を表1に示す。また、比較例2における磁歪膜の磁場-磁歪の関係を示す曲線の一例を図5のCex.2に示す。
【0077】
実施例6~9
磁歪膜の組成を、それぞれCoFeB((Co75Fe258020)、FeGaB((Fe80Ga208515)、FeSmB((Fe80Sm209010)、FeNiB((Fe75Ni258020)とした以外は実施例2と同様に、磁歪膜を製造し、同様な評価を行った。結果を表2に示す。
【0078】
比較例5~8
アニールを450℃で実施したこと以外は各実施例5~8と同様に、磁歪膜を製造し、同様な評価を行った。結果を表2に示す。
【0079】
【表1】
【0080】
【表2】
【0081】
評価1
表1に示すように、3DAPにおいて、図2に示すように、磁歪膜の横断面に
まだら状の高組成比領域2bが観察され、図3に示すように、磁歪膜の縦断面に縦縞状の低組成比領域2aが観察された実施例1~4の磁歪膜では、比較例1および2に比較して、HTHが低くなることが確認できた。また、特に実施例2~3の磁歪膜では、実施例1に比較して、磁気歪定数が向上することが確認できた。
【0082】
評価2
表2に示すように、磁歪膜の組成を変化させても、実施例2および比較例1と同様な結果が得られることが確認できた。すなわち、各実施例5~8では、各比較例5~8に比較して、それぞれHTHを低くすることができることが確認できた。
【符号の説明】
【0083】
2… 磁歪膜
2a… 低組成比領域
2b… 高組成比領域
20a,20b… 主面(膜表面)
4… 基板
図1
図2
図3
図4A1
図4A2
図4A3
図4B
図5