(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024123802
(43)【公開日】2024-09-12
(54)【発明の名称】大豆組織化物の製造方法
(51)【国際特許分類】
A23J 3/16 20060101AFI20240905BHJP
A23J 3/22 20060101ALI20240905BHJP
A23J 3/00 20060101ALI20240905BHJP
A23L 13/00 20160101ALI20240905BHJP
【FI】
A23J3/16 501
A23J3/22
A23J3/00 504
A23J3/00 505
A23L13/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023031500
(22)【出願日】2023-03-02
(71)【出願人】
【識別番号】000236768
【氏名又は名称】不二製油グループ本社株式会社
(72)【発明者】
【氏名】佐本 将彦
【テーマコード(参考)】
4B042
【Fターム(参考)】
4B042AC10
4B042AD36
4B042AK10
4B042AK13
4B042AP02
4B042AP15
4B042AP22
(57)【要約】
【課題】高温を必要とするエクストルーダーを用いず、風味の変質を抑えながら組織化物を調製する方法を提供する
【解決手段】
大豆粉の水分散液から等電点沈殿にて分離した、含脂濃縮大豆たん白沈殿を原料に、加水して弱酸性とした生地を110~135℃の加熱を行うことで、蛋白質が硬質の組織化物となること。この弱酸性の生地を加熱油中へインジェクション注入することで繊維状の硬質の組織化物となること。中性とした同じ生地を加熱すると軟質の組織化物となること。更に、軟質の組織化物を用いて繊維状の硬質の組織化物を結着させることで、肉様素材を調製できることを見出した。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記1)~3)の全工程を経ることを特徴とする、大豆組織化物の製造方法。
1)未搾油大豆粉を水に分散し、pH4~5の等電点沈殿で、含脂濃縮大豆たん白を分離する工程。
2)工程1)の含脂濃縮大豆たん白に加水し、pH4~8.5、かつ水に対する蛋白質の質量の比率(P/W)が0.2~0.4の生地を調製する工程。
3)工程2)で得られた生地に対し、110~135℃の加熱を行い、該生地を組織化させる工程。
【請求項2】
加熱前の生地中の蛋白質が熱変性を受けていない、請求項1に記載の大豆組織化物の製造方法。
【請求項3】
大豆粉の乾物中における、11Sグロブリンと7Sグロブリン含量の合計が24質量%以上である、請求項1または請求項2に記載の大豆組織化物の製造方法。
【請求項4】
水に対する蛋白質の質量が0.25~0.4である生地を、pH4~6で加熱することにより硬質の大豆組織化物を調製する、請求項1に記載の大豆組織化物の調製方法。
【請求項5】
水に対する蛋白質の質量が0.25~0.4である生地を、pH4~6で加熱油脂中にインジェクション注入することで、繊維状の硬質の大豆組織化物を調製する、請求項1に記載の大豆組織化物の製造方法。
【請求項6】
水に対する蛋白質の質量が0.2~0.35である生地を、pH6~8.5で加熱することで軟質の大豆組織化物を調製する、請求項1に記載の大豆組織化物の製造方法。
【請求項7】
請求項4または請求項5で製造した硬質の大豆組織化物を、請求項6に記載の軟質の大豆組織化物で包含する、肉様素材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大豆粉を原料に組織化を行う、大豆組織化物の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
大豆蛋白質は、特有のゲル化力を発揮する性質から、食品の物性改善に幅広く利用されていると共に、栄養価の高い健康食品素材としての利用も増大している。
【0003】
大豆蛋白質は適切な水和状態で加熱されることにより、ゲル化する特性を持つ。このゲル化には分子間のジスルフィド結合が重要な要因とされ、特に大豆に含まれるグロブリンがこの要因を担う。この特性を利用して加熱によって肉様素材が調製される。肉様素材は昨今、大豆ミートとも呼ばれており、JAS規格でも検討されている。地球温暖化などの環境問題の対策や人工増加に伴う蛋白質供給不足の懸念、いわゆるプロテインクライシスが問題となっている。そしてプラントベースドフードの肉様素材は畜肉の代替素材として、蛋白質補給食メニューの需要増加に対する緩和策として開発が進んでいる状況がある。
【0004】
肉様素材製造の一般的な方法は以下である。少量の水と大豆由来原料が、エクストルーダーという押し出し装置によって、高温圧力せん断によって混合され、常圧に開放される際に膨化と共に組織化が起こる。常温流通しているものはこの乾燥物が多い。例えば、特許文献1もその一例である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開2020/071310号パンフレット
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Sugiyama et al. Food Chemistry Advances, 1, 100115, 1-8, 2022.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述したエクストルーダーによる大豆の組織化では、150℃程度の高温にさらされるため、風味の変質や、好ましくないフレーバーが発生する場合がある。風味の変質を防ごうとすれば、水分を多くして加熱温度を低下させる方法が有効であるが、常圧に開放した場合に水分が多いために飛び散り、生地をつなぎとめることができない場合がある。この対策である、冷却ダイにより十分に冷却した生地を常圧に開放する工程は、処理できる生地量や処理速度に制約が起き易い。
【0008】
本発明の目的は、肉様素材のような組織化物の製造において、エクストルーダーを使用せず、エクストルーダーより低温の加熱処理によって風味の変質を抑えながら組織化物を調製する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記の課題に対して鋭意研究を重ねた結果、大豆粉の水分散液から等電点沈殿にて分離した沈殿すなわち含脂濃縮大豆たん白を原料として、これに加水して弱酸性とした生地に対して、110~135℃の加熱を行うことで、蛋白質が硬質の組織化物となること。この弱酸性の生地を繊維状に成形した後に加熱、あるいは加熱油中へインジェクション注入することで、繊維状の硬質の組織化物となること。中性とした同じ生地を加熱すると軟質の組織化物となること。更に、軟質の組織化物を用いて硬質の組織化物、好ましくは繊維状の硬質の組織化物を結着させることで、肉様素材を調製できることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、
(1)下記1)~3)の全工程を経ることを特徴とする、大豆組織化物の製造方法。
1)未搾油大豆粉を水に分散し、pH4~5の等電点沈殿で、含脂濃縮大豆たん白を分離する工程。
2)工程1)の含脂濃縮大豆たん白に加水し、pH4~8.5、かつ水に対する蛋白質の質量の比率(P/W)が0.2~0.4の生地を調製する工程。
3)工程2)で得られた生地に対し、110~135℃の加熱を行い、該生地を組織化させる工程。
(2)加熱前の生地中の蛋白質が熱変性を受けていない、(1)に記載の大豆組織化物の製造方法。
(3)大豆粉の乾物中における、11Sグロブリンと7Sグロブリン含量の合計が24質量%以上である、(1)または(2)に記載の大豆組織化物の製造方法。
(4)水に対する蛋白質の質量が0.25~0.4である生地を、pH4~6で加熱することにより硬質の大豆組織化物を調製する、(1)に記載の大豆組織化物の調製方法。
(5)水に対する蛋白質の質量が0.25~0.4である生地を、pH4~6で加熱油脂中にインジェクション注入することで、繊維状の硬質の大豆組織化物を調製する、(1)に記載の大豆組織化物の製造方法。
(6)水に対する蛋白質の質量が0.2~0.35である生地を、pH6~8.5で加熱することで軟質の大豆組織化物を調製する、(1)に記載の大豆組織化物の製造方法。
(7)(4)または(5)で製造した硬質の大豆組織化物を、(6)に記載の軟質の大豆組織化物で包含する、肉様素材の製造方法。
である。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、エクストルーダーを使用せず、エクストルーダーより低温の加熱処理によって風味の変質を抑えながら、大豆を原料にした組織化物を提供することが可能となる。
また、繊維状の組織化物を調製した上でこれを結着することで、繊維性の組織が多い畜肉、特に牛肉に類似した、肉様素材の調製も可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】各グロブリンを大豆粉から分画する方法である。
【
図2】含脂濃縮大豆たん白の調製と加熱方法の例示を示す図である。
【
図3】P/W=0.26の含脂濃縮大豆たん白生地について、プレ(1次)加熱およびゲル化(2次)加熱の温度が、軟質の組織化物である加熱ゲルの破断荷重に及ぼす影響を示す図である。
【
図4】加工法が異なる各素材の、加熱(2次)ゲルの破断強度の比較を示す図である。
【
図5】P/W=0.32の含脂濃縮大豆たん白生地について、ゲル化(2次)加熱時のpHおよび塩濃度が、硬質の組織化物である加熱ゲルの破断強度に及ぼす影響を示す図である。
【
図6】P/W=0.32,pH5.0の含脂濃縮大豆たん白生地について、プレ(1次)加熱およびゲル化(2次)加熱の温度が、硬質の組織化物である加熱ゲルの破断強度に及ぼす影響を示す図である。
【
図7】考案される肉様素材調製方法の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(大豆組織化物)
本発明の大豆組織化物とは、後述する方法で調製した、大豆蛋白質を主体した固型物である。大豆組織化物は更に、軟質の組織化物と、硬質の組織化物に分類される。硬質の組織化物は繊維状等の構造を持つこともできる。硬質の組織化物を軟質の組織化物で結着させることで、肉様の組織となったものも含む。また組織化後に凍結乾燥等により乾燥することも可能である。
【0014】
(大豆粉)
本発明の大豆粉とは、原料である大豆を粉砕したものである。粒度分布の平均粒子径が30μm以下とすることが好ましい。原料大豆は含脂大豆であり、熱変性を受けていないものが好ましい。具体的には、含脂大豆を粉砕した大豆粉や後述する含脂濃縮大豆たん白等も含め、本発明の110~135℃の加熱を行う前の大豆蛋白質は未変性のものが好ましく、その指標は水溶性窒素指数(NSI)で定める。NSIが70以上、例えば、75以上、80以上、85以上、90以上、93以上、95以上、が好ましい。
また、含脂大豆とは、圧搾や有機溶剤で脱脂されていない大豆である。より具体的には、乾物あたりの脂質含量が13質量%以上、15質量%以上、20質量%以上である含脂大豆であることが好ましい。上限としては30質量%以下が好ましい。油分が低いと大豆組織化物が固くなり、食感が悪化する。さらに、大豆粉の乾物中に、11Sグロブリンと7Sグロブリンの合計が24質量%以上あることが好ましく、11Sグロブリンが16質量%以上、かつ7Sグロブリンが8質量%以上あることが最も好ましい。NSIが低い原料、7Sおよび11Sが少ない原料、脂質含量が高い原料を用いると、後述する組織化物が弱くなる場合がある。
【0015】
(7Sグロブリン)
本発明における、「7Sグロブリン」とは、β-コングリシニンとも呼ばれ、一般には3種のサブユニット(α’,α,β)から構成される糖蛋白質である。これらのサブユニットはランダムに組み合わされ、3量体を形成している。等電点はpH4.9付近で分子量は約17万である。また70℃付近で熱変性する性質を有する。本発明では、単に「7S」と略記することがある。
【0016】
(11Sグロブリン)
本発明における、「11Sグロブリン」とは、グリシニンとも呼ばれ、酸性サブユニットと塩基性サブユニットがジスルフィド結合によって結合し、それらを単量体として6つが集まった6量体を形成している。分子量は約36万である。また90℃付近で熱変性する性質を有する。以下、単に「11S」と略記することがある。これら7Sグロブリンおよび11Sグロブリンの定量方法は、実施例にて説明する。
【0017】
(蛋白含量とNSI)
粗蛋白含量は、ケルダール法にて測定する。その際の窒素換算係数は6.25を乗じる。後述する7Sグロブリン、11Sグロブリンの定量のみ、燃焼法を用いる。
また、NSIは所定の方法に基づき、全窒素量に占める水溶性窒素(粗蛋白質)の比率(質量%)で表すことができ、本明細書においては以下の方法に基づいて測定された値とする。すなわち、試料2.0gに100mlの水を加え、40℃にて60分間攪拌抽出し、1,400×gにて10分間遠心分離し、上清1を得る。残った沈殿に再度100mlの水を加え、40℃にて60分間攪拌抽出し、1,400×gにて10分間遠心分離し、上清2を得る。上清1および上清2を合わせ、さらに水を加えて250mlとする。No.5Aろ紙にてろ過したのち、ろ液の窒素含量をケルダール法にて測定する。同時に試料中の窒素含量をケルダール法にて測定し、ろ液として回収された窒素(水溶性窒素)の試料中の全窒素に対する割合を質量%として表したものをNSIとする。
【0018】
(大豆粉の水分散)
本発明は未搾油の大豆粉を水に分散させた後に等電点沈殿にて得た沈殿である、含脂濃縮大豆たん白を使用する。水抽出された大豆成分は、次の工程にて酸性に調整された際に沈殿しない成分が除去される。大豆粉の水分散液としての溶媒のpHは特に限定されず、アルカリ添加によってpHを調整してもよく、例えばpH7.0~8.0のような微アルカリ側にpHを調節してもよい。
抽出に用いられる溶媒の量は特に限定されず、例えば大豆粉に対し水を5~20質量倍、好ましくは、9~15質量倍の水を加えて分散する。水の加水倍量は20倍以下を規定するものではなく、それより多くてもよい。
【0019】
抽出温度は、4℃~80℃、好ましくは10℃~65℃、さらに好ましくは45℃~55℃で抽出する。11Sグロブリンの変性温度を超える90℃以上にすることは好ましくない。抽出時間は特に限定されない。抽出時間の例として、1分間~10時間、10分間~2時間、例えば5分間以上、10分間以上、15分間以上、20分間以上、30分間以上、60分間以上、90分間以上、等が挙げられる。抽出時、撹拌を行ってもよい。撹拌速度は、例えば100~5,000rpm等が挙げられる。
【0020】
(沈殿の分離)
抽出後、分散液を等電点沈殿し、沈殿である含脂濃縮大豆たん白を回収する。大豆蛋白質の等電点沈殿はpH4~5、好ましくはpH4.3~4.9、更に好ましくはpH4.5~4.8が例示できる。pH調整のために使用される酸は特に限定されず、有機酸、無機酸が適宜使用できる。例えば、塩酸,硫酸,リン酸,酢酸,リンゴ酸,クエン酸,乳酸等が挙げられる。
【0021】
酸性へのpH調整後、大豆粉分散液を遠心分離、濾過等により固液分離する。横型遠心分離、スクリュープレス、豆腐製造に用いられるろ過布など、これら分離装置と縦型遠心分離機を組み合わせて不溶沈殿成分を回収する。回収した含脂濃縮大豆たん白はオカラを含んでいるが、目的に応じてオカラを部分的に大豆粉分散液から除去し、蛋白質の含量を高めることもできる。
含脂濃縮大豆たん白の回収後は、水分調整として、必要に応じて脱水、加水を行う。水に対する蛋白質の質量の比率(P/W)が0.25~0.40になるように調整することが例示される。
【0022】
(含脂濃縮大豆たん白)
含脂濃縮大豆たん白について、更に説明を行う。上記の様に調製した含脂濃縮大豆たん白は、酸性沈殿性の蛋白質(主要大豆グロブリンを含む全蛋白質の約9割の蛋白質)、脂質および、おからの成分からなる。通常の蛋白質含有量の大豆粉から含脂濃縮大豆たん白を調製すると、含脂濃縮大豆たん白の乾物中、蛋白質が45~70質量%、脂質が15~30質量%、ならびに炭水化物が5~30質量%含まれ、炭水化物はおからと言われる食物繊維が主となる。含脂濃縮大豆たん白中の脂質やおからなどの炭水化物は、加熱誘導ゲル化の機能は持っておらず、実質的に生地に含まれる水分と蛋白質量がゲル化に大きく関与する。そのため、後述する水に対する蛋白質の質量の比率(P/W)の値が重要となる。
【0023】
(含脂濃縮大豆たん白生地のミネラル)
含脂濃縮大豆たん白の加熱前の生地は、pHを調整することがある。このために添加されるアルカリは、特に限定されず、例えば、水酸化ナトリウム,重曹,消石灰などがあげられる。
含脂濃縮大豆たん白はイオン強度を調整することもできる。ここで添加される塩の種類は特に限定されず、例えば、無機酸塩,有機酸塩,アルカリ金属塩が挙げられる。例えば、塩酸塩,硫酸塩,リン酸塩,硝酸塩,酢酸塩,ナトリウム塩,カリウム塩などが挙げられる。より具体的に、塩化ナトリウム,塩化カリウム,塩化マグネシウム,硫酸ナトリウム,硫酸カリウム,硫酸カルシウム,リン酸ナトリウム,リン酸カリウム,リン酸カルシウム,酢酸ナトリウム,酢酸カリウムなどが挙げられる。食品に用いることのできる塩類であれば特に限定しない。
【0024】
(含脂濃縮大豆たん白生地の加熱)
含脂濃縮大豆たん白と適度の水を合わせた含脂濃縮大豆たん白生地は、加熱によりゲル化することで組織化することができる。ゲル化のためには、水に対する蛋白質の質量の比率(P/W)が0.2~0.4、pHは4~8.5、加熱温度は110~135℃,5~20分間であり、115℃~125℃、7~15分間が好ましい。水分およびpHがこの範囲を外れると、適切な強度に満たない場合がある。加熱温度が低いと加熱ゲルの硬さが十分に示されず、加熱が強すぎると、ゲルが崩壊の方向に向かい、加熱ゲルの硬さが低下するとともにフレーバーの変質も起きやすくなる。また、加熱時間が短いとゲルが形成できない場合がある。加熱は蒸散を抑制し水分量の変化を抑えた状態で行うことが好ましい。具体的には加圧環境下での加熱や、非常に短時間で所定の温度に達するフライ等の加熱方法が例示できる。
尚、ゲル化加熱前の含脂濃縮大豆たん白は熱変性を受けていないことが好ましい。また、熱変性に至らない範囲で、事前に加熱を行うことで、その後の加熱による生成するゲル強度をコントロールすることもできる。熱変性の状態は後述する軟質の組織化物と硬質の組織化物で異なるが、これは7Sグロブリンおよび11Sグロブリンの変性温度に関連する現象であり、詳細は後述する。
【0025】
(硬質の組織化物の調製)
含脂濃縮大豆たん白の水分、pH、あるいはイオン強度を調整し、加熱することで、強い組織や繊維状組織を有した硬質の組織化物が調製できる。加熱前の含脂濃縮大豆たん白生地の水分は、水に対する蛋白質の質量の比率(P/W)が0.25~0.40、好ましくは0.30~0.35であり、pHは、4.0~6.0、好ましくは5.0~5.5、イオン強度は、NaClの場合には0.05質量%~2質量%、好ましくは0.05質量%~1質量%、さらに好ましくは0.1質量%~0.5質量%である。このとき、最終調製物の品質に関連して、必要に応じて、味剤や色素を添加することができる。
硬質の組織化物は、ゲル化加熱の前に70℃を超える温度の加熱を受けることで、構成する7Sグロブリンが熱変性を受け、ゲル化力が低下する場合がある。
【0026】
(繊維状の組織化物の調製)
硬質の組織化物は、生地を加熱油脂中へインジェクション注入等を行うことで、繊維状に加工することも可能である。含脂濃縮大豆たん白の水分、pH、あるいはイオン強度を前述の範囲に調整し、流動性のある状態で油脂中にインジェクション注入し、所定時間浸漬することで、繊維状の組織化物が調製できる。繊維の太さは、インジェクション針の穴の径に比例する。このとき、最終調製物の品質に関連して、必要に応じて、味剤や色素を添加することができる。
また、含脂濃縮大豆たん白の生地を繊維状にして加熱する手段は、加熱温度等の条件が同じであれば特に限定しない。具体的には、0.3~5.0mmの直径の生地を油中に押し出すことが例示できる。更に好ましくは0.5~1.0mmの直径である。また、インジェクションの他に繊維成型が可能な成形機を用い、繊維状に成形した後、油中ではなく、連続加圧加熱機により所定の加熱を行うこともできる。
加熱温度は前述した様に、品温としての達温が110~135℃で行う必要がある。油脂へのインジェクションを行う場合は、同温度に調整した油脂を用いる。油脂の種類は、大豆油,菜種油,米油,コーン油,パーム油,その他の動植物脂、及びこれらの分別油,硬化油,エステル交換油をあげることができ、これらを適宜選択し使用できる。
【0027】
(軟質の組織化物の調製)
含脂濃縮大豆たん白は加熱条件を変えることで、弱い組織を有した軟質の組織化物を調製することもできる。加熱前の含脂濃縮大豆たん白生地の水分は、水に対する蛋白質の質量の比率(P/W)が0.20~0.35、好ましくは0.25~0.30であり、pHは、6.0~8.5、好ましくは7.0~8.0、イオン強度は、特に限定しない。使用する塩類等は、前述の硬質の組織化物の調製と同様である。
軟質の組織化物は、ゲル化加熱の前に90℃を超える温度の加熱を受けることで、構成する11Sグロブリンが熱変性を受け、ゲル化力が低下する場合がある。
【0028】
(硬質の組織化物の結着による肉様素材)
硬質の組織化物は、そのまま用いることもできるが、この硬質の組織化物を結着材でまとめることで肉様素材に加工することができる。例えば、硬質の組織化物をほぐし、結着剤でまとめることで、ハンバーグやソーセージに類似した食材を提供できるし、繊維状組織化物を結着剤でまとまとめると、畜肉特に牛肉様の食素材とすることもできる。ここで用いる結着材には、種々のゲル化剤等を用いることができるが、本発明の、軟質の組織化物を用いることが好適である。
繊維状組織化物に軟質の組織化物としての含脂濃縮大豆たん白生地を1:5~10:1の質量比率で混ぜ込み、充填し、必要であれば脱泡して、加熱温度は、105℃~130℃、好ましくは110℃~120℃、加熱時間は、5分間から30分間、好ましくは10分間~20分間加熱して冷却し、固化し、結着させる。このとき、最終調製物の品質に関連して、必要に応じて、味剤や色素を添加することができる。
【0029】
(保存・流通形態と用途)
前述した軟質の組織化物、硬質の組織化物、繊維状組織化物および肉様素材の保存・流通形態は、菌の増殖を抑制できれば、冷凍、冷蔵、常温でも可能であり、特に限定されない。乾燥物にすることも可能であり、その際は使用前に加水することで元の肉様素材となる。
【0030】
(用途)
本発明により得られる肉様素材は、ハンバーグやミートボール,ギョーザ,肉まん,シューマイ,メンチカツ,コロッケ,そぼろ等の加工食品にミンチなどの畜肉の代替素材として添加して利用することができる。
【実施例0031】
以下に実施例を記載することで本発明を説明する。尚、以下の部、%および倍量はそれぞれ質量部、質量%、および倍質量とする。
【0032】
実験例1:<原料大豆の蛋白質組成分画分析>
各種の大豆について、以下の方法で7Sグロブリンおよび11Sグロブリンを定量し、結果を表1に示した。各質量は乾物中のものである。また、フローを
図1に示した。
【0033】
1)HISによる抽出
予め大豆粉の水分を測定し、固形分8gに対して高塩濃度溶液(HIS:0.1%の亜硫酸水素Naを含む1M 硫酸ナトリウム水溶液)72gを加え、さらに1N 水酸化ナトリウム水溶液を2.7ml加えた。混合物は25℃で1時間攪拌後、18,000×g,10分間の遠心分離を行った。遠心分離によって、上層のクリーム層1、中間層の水層1、下層の沈殿1の3層が得られた。中間層は、遠心チューブを傾けて、スチールメッシュを通して、硬いクリーム層の混入を防ぎながらビーカーに移した。これを水層1とした。
【0034】
2)クリーム層1の洗浄
1回目の遠心分離にて得られたクリーム層1は、得られた質量の4倍量の高塩濃度溶液(HIS)を加え、さらに1N 水酸化ナトリウム溶液を0.2ml加えた。混合物は25℃で10分間攪拌した後、18,000×g,10分間の遠心分離を行った。遠心分離によって、上層(クリーム層2)、中間層、下層(沈殿2)の3層が得られた。中間層は、遠心チューブを傾けて、スチールメッシュを通して、硬いクリーム層の混入を防ぎながらビーカーに移した。これを水層2とした。
【0035】
3)第二抽出
前述の遠心分離によって生じた沈殿1は、その9倍量の水を加え、さらに1N 水酸化ナトリウム溶液を0.3ml加えた。混合物は25℃で10分間攪拌した後、25℃にて18,000×g,10分間の遠心分離を行った。遠心分離によって、上層の水層、下層の不溶物(沈殿3)の2層が得られた。水層は水層3として採取した。
【0036】
4)水層MIXとABSの分離
水層1,2,3は、混合して、水層MIXとした。このとき、水層3は塩濃度が低いため、HISの濃度に合わせるように、硫酸ナトリウムと亜硫酸ナトリウムを加えた。そして、水層MIXは、6Nの塩酸を添加することによって、pHを4.5に調整し、18,000×g,10分間の遠心分離を行った。遠心分離によって、上層の水層、下層の沈殿4の2層が得られた。水層は水層(ABS)として採取した。
【0037】
5)11S分画物の調製
得られた全てのABSの4分の1質量を測りとり、11Sグロブリン(Glycinin)を沈殿物として採取するため脱イオン水にて11倍希釈し、30分静置後、3,000×g,5分間の遠心分離を行った。生じた上清D1と沈殿D1を採取した。さらに上清D1は、1Nの水酸化ナトリウムでpHを5.2に調整し、脱イオン水にて3倍希釈して30分静置後、3,000×g,5分間の遠心分離を行った。遠心分離によって、生じた沈殿D2を先ほどの沈殿D1と合わせてファルコンチューブに採取し、1NのNaOHを0.3ml加え、脱イオン水を加水し、12.5gにして分散溶解させ、11S分画物とし、蛋白質測定用サンプルとした。
【0038】
6)7S分画物の調製
上清D2には、大豆ホエー蛋白質と7Sグロブリン(β-conglycinin)が含まれる。7Sグロブリンを不溶物として採取するため、6Nの塩酸を添加することによって、上清D2のpHを4.7に調整し、一夜冷蔵して7Sグロブリンの不溶化を促した。その後、3,000×g,5分間の遠心分離を行った。遠心分離によって、生じた上清(大豆ホエー)と沈殿(7Sグロブリン)を採取した。沈殿物は、ファルコンチューブに採取し、1NのNaOHを0.3ml加え、脱イオン水を加水して12.5gにして分散溶解させ、7S分画物とし、蛋白質測定用サンプルとした。
【0039】
7)7Sグロブリンおよび11Sグロブリン蛋白質の定量
蛋白質濃度が0.5%~3%程度になるように調製した各フラクション溶液(11S Fr.: 12.5g, 7S Fr.: 12.5g)から2g程度を燃焼法にて窒素定量した。その際の窒素換算係数は6.25を乗じた。原料の大豆粉固形分100g当たりの各フラクション蛋白質量を算出した。
大豆粉に含まれる蛋白質量は、大豆粉固形分1.0gをファルコンチューブにとり、1NのNaOHを0.5ml加え、加水して25gにして、良く分散し、約2g程度を燃焼法にて窒素定量し、先述のように蛋白質を定量し、大豆粉固形分100gあたりに含まれる蛋白質量を算出した。
8)SDS-PAGEによる蛋白質組成の確認
各フラクションの溶液からSDS-PAGEサンプルバッファーにて希釈した液を調製し、2μgの蛋白質をSDS-PAGE分析にアプライし、蛋白質の組成を確認した。
【0040】
<含脂濃縮大豆たん白の中性加熱ゲル(軟質の組織化物)の調製>
含脂濃縮大豆たん白の中性加熱ゲルの調製方法を
図2に示した。大豆粉4gを50mL容ファルコンチューブに加え、蒸留水48gを加え1N NaOHを0.35mL加え、pHを7.2~7.5に調整した。次に、プレ加熱を各条件の温度で30分間加熱制御し20℃になるまで水冷した。冷却された大豆粉の水分散液に1N HClを1.9mL加え、pHを4.5~4.7に調整し、蛋白質を等電点沈澱させた。その後、遠心分離(3,000rpm,5分間)を行った。上清のホエーを取り除き、沈殿部分に相当するカードを吸水紙で内容量が8g以下程度になるまで脱水した。脱水したカードを含脂濃縮大豆たん白として、50mL容ファルコンチューブに再回収した。
【0041】
得られた含脂濃縮大豆たん白に、1N NaOHを各条件のpH(7.0~7.5)になるように加えた後、蒸留水を内容量10gになるように加え、スパチュラを用いて均一になるまでよく混合した。蓋をして、室温で一時間静置した後、再度スパチュラにて混合した。その後、遠心脱泡(3,000rpm,2分間)を行った。加熱によるチューブ内の空気の膨張を最小限にするため、脱泡後のファルコンチューブにラップで覆った木製の充填棒(φ25mm×87mm)を入れ、脱泡された生地を軽く抑えた状態でチューブの蓋をした。そして、各条件の温度で所定の時間、オイルバス BO400/410型(ヤマト科学株式会社製)でゲル化のための加熱を行った。その後、20℃になるまで水冷し、5℃の冷蔵庫で30分間冷却した。
【0042】
<ゲルの回収と物性測定>
冷却したファルコンチューブから木製の充填棒を取り出し、15分間以上室温で静置した後、加熱によって生地が固化した加熱ゲルを取り出した。約1.5cmの厚さになるようカッターナイフでカットし、破断強度をレオナー(RHEONER II CREEP METER RE2-3305C:株式会社山電製)にて測定した。20Nロードセル(株式会社山電製)にプランジャー(φ5mm,球形:株式会社山電製)を取り付け、サンプルの厚さ15mm、格納ピッチ0.03sec、測定歪率80%(分離大豆たん白の加熱ゲルは90%)、測定速度1mm/sec、接触面積5.0mm^2に設定し、1試料につき3点測った平均を破断強度とした。破断荷重(gf)と破断変形(mm)をデータとして記録した。
【0043】
<大豆品種の含脂濃縮大豆たん白加熱ゲル破断強度測定>
プレ加熱が室温で、ゲル化の加熱が115℃,10分間の場合の各大豆品種を原料に調製した含脂濃縮大豆たん白加熱ゲルの破断荷重を表1の右端のカラムに記載した。7Sが8質量%以上、11Sが16質量%以上含まれる品種は、ゲル破断荷重が特に高い傾向にあった。
【0044】
表1 大豆の蛋白質組成および含脂濃縮大豆たん白の加熱ゲル(軟質の組織化物)破断荷重
【0045】
実験例2
<含脂濃縮大豆たん白の中性加熱ゲル(軟質の組織化物)の調製>
エンレイ大豆を原料に使用し、実験例1に示した方法により、プレ加熱(1次加熱)とゲル化の加熱(2次加熱)の温度をそれぞれ変化させて、含脂濃縮大豆たん白中性加熱ゲルの破断荷重に及ぼす影響を確認した。尚、以降の検討の含脂濃縮大豆たん白は、全てエンレイ大豆を原料とした含脂濃縮大豆たん白を使用している。エンレイ大豆を使用した含脂濃縮大豆たん白は、乾物当たりの回収率は75質量%、蛋白質含量は54質量%、蛋白質のNSIは89.2だった。実験に際し、加熱ゲルを調製するための生地に含まれる水に対する蛋白質の質量の比率(P/W)は一定(0.26)として調製した。また、ゲルのpHはpH7.3にて調製した。
プレ加熱(1次加熱)とゲル化の加熱(2次加熱)の、2段加熱によるゲル形成方法を
図3に示した。各温度でプレ加熱された大豆粉分散液から等電点沈殿により含脂濃縮大豆たん白を調製して中和後、ゲル化のための加熱を行った。ゲル化の加熱温度は、破断荷重が最大値をとる温度帯を調べた。本実験においては、115℃付近にて最大破断荷重を示し、至適加熱温度帯は豆腐などの加熱温度帯よりも高かった。しかしながら1次加熱が95℃の場合のみ、この温度帯における最大破断荷重は認められなかった。このことから、115℃にて最大破断強度を呈するためには、プレ加熱は、11Sグロブリンが変性しにくい温度帯である必要がある。
【0046】
比較実験例1
<大豆粉の直接使用>
ゲル化の加熱条件115℃,10分間加熱を用いて、実施例2と同様な手法にて、分離大豆たん白(SPI)、並びに等電点沈殿処理を行ってない、大豆粉をそのまま使用したゲルの強度を測定した。P/W比0.27の条件で、SPI、大豆粉、含脂濃縮大豆たん白の破断強度を測定した結果を
図4に示した。
破断荷重は含脂濃縮大豆たん白で304.0(gf)、大豆粉で258.2(gf)、SPIで244.0(gf)だった。実施例である含脂濃縮大豆たん白は、SPI、大豆粉で作製したゲルより高い破断荷重を示した。
【0047】
実験例3
<含脂濃縮大豆たん白の酸性加熱ゲル(硬質の組織化物)の調製>
含脂濃縮大豆たん白の酸性加熱ゲル(硬質の組織化物)の調製方法も
図2に示した。実験例1と同様であるが、等電点沈殿により得られたカードは中和でなく、酸性域(pH5.3)、弱酸性域(pH5.7)になるように1N NaOHおよび所定の塩類を加えた後、所定の条件で加熱を行い、冷却した。
酸性域(pH5.3)、弱酸性域(pH5.7)の両領域について、1次加熱55℃, 30分間、2次加熱115℃,10分間にて調製した含脂濃縮大豆たん白ゲルの破断荷重に及ぼす塩濃度の影響について調べた。結果を
図5に示す。
比較程NaCl濃度の低い場合に、特に酸性域にて、破断強度が高い傾向にあった。
【0048】
実験例4
実施例3により、ゲル破断荷重が最大となった酸性域(pH5.3)で、塩濃度を0.1%に固定し、加熱温度を変化させ、同様な検討を行った。プレ加熱(1次加熱)を25℃,55℃,75℃および95℃の4条件で各30分間、ゲル化の加熱(2次加熱)を105℃,115℃,120℃,125℃、および130℃の4条件で各10分間実施して調製した含脂濃縮大豆たん白ゲルの各破断荷重を
図6に示す。
プレ加熱が、25℃,55℃であった含脂濃縮大豆たん白加熱ゲルの破断荷重は、ゲル化加熱温度の上昇に伴い増加した。特に、プレ加熱が55℃であった場合の破断荷重は120~130℃の二次加熱の場合で最大値638.3~690.0gfを示した。一方、プレ加熱が75℃,95℃であった場合にはゲル化の加熱の加熱温度が120~130℃の加熱であっても破断荷重の顕著な増加は認められなかった。
【0049】
実施例1<牛肉様素材の調製>
繊維状組織化物を軟質の組織化物で結着した肉様素材の調製を
図7に示した。55℃,30分間のプレ加熱を行った含脂濃縮大豆たん白生地(P/W=0.33,pH5.3,NaCl 0.5質量%)を注射器に入れ、2mmφの針穴から120℃に温調したパーム油の中に注入し、10分間加熱後、取り出して油を切りながら冷却して繊維性の硬質の組織化物を調製した。その組織化物2質量部に対して、結着材として軟質の大豆組織化物用に調製した、含脂濃縮大豆たん白(P/W=0.25,pH7.3)生地1質量部を混合し、容器に充填し、115℃,10分間加熱し、冷却することで、肉様素材を調製した。この食感は、牛肉ミンチの加熱ゲルに似た食感を呈していた。
【0050】
実施例2<挽肉様素材の調製>
硬質の組織化物の破砕物を軟質の組織化物で結着した肉様組織を調製した。55℃,30分間のプレ加熱(1次加熱)を行った含脂濃縮大豆たん白生地(P/W=0.34,pH5.0)を、125℃,10分間の加熱(2次加熱)を行うことでゲル状の硬質の組織化物を調製した。この組織化物をミンチにした内の2質量部に対して、結着材として軟質の大豆組織化物用に調製した、含脂濃縮大豆たん白(P/W=0.25,pH7.1)生地1質量部を混合し、容器に充填し、115℃,10分間加熱(2次加熱)し、冷却することで、肉様素材を調製した。この食感は、ハンバーグに似た食感を呈していた。
本発明により、大豆を原料にエクストルーダーを使用せずに肉様素材を製造する製造技術を提供する。エクストルーダーという設備を使用しないことによる設備化の容易さ、また、オカラを含むことによるフードロス対策にも利点がある。