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特開2024-123969オーステナイト系ステンレス鋼の熱間圧延鋼材及びその製造方法
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  • 特開-オーステナイト系ステンレス鋼の熱間圧延鋼材及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024123969
(43)【公開日】2024-09-12
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼の熱間圧延鋼材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240905BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240905BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20240905BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D8/02 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023031826
(22)【出願日】2023-03-02
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】柘植 信二
(72)【発明者】
【氏名】楠 献一郎
(72)【発明者】
【氏名】犬塚 純平
(72)【発明者】
【氏名】山本 洋一
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA08
4K032AA09
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA15
4K032AA16
4K032AA17
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA24
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA32
4K032AA33
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA39
4K032AA40
4K032BA01
4K032CA02
4K032CA03
4K032CB00
4K032CB01
4K032CB02
4K032CC04
4K032CD00
(57)【要約】
【課題】TMCP技術と合金元素による高強度化を享受しつつ、容器用途への適用が可能な加工性と溶接継手特性に優れる経済性の高い鋼材を得る。
【解決手段】本発明の熱間圧延鋼材は、所定の化学組成を有し、log([Ti]×[N])が-3.7以上、かつ、Md30=413-462([C]+[N])-9.2[Si]-8.1[Mn]-13.7[Cr]-9.5([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]で表されるMd30が-30~+40の範囲内にあり、X線回折で測定されるミクロひずみが0.0005以上0.0025以下、結晶粒度番号が7番以上、常温の引張強さが690MPa以上かつ880MPa以下、伸びが35%以上であることを特徴とする。ただし、[X]は元素Xの含有量を質量%で表した値である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.060%以下、
Si:1.50%以下、
Mn:0.10~3.0%、
P :0.045%以下、
S :0.030%以下、
Cr:16.00~20.00%、
Ni:6.00~10.00%、
O :0.0001~0.008%、
N :0.010%以上、0.100%未満、
V :0.01~0.30%、
Ti:0.001~0.015%、
Nb:0.001~0.060%、
Co:0~0.30%、
Cu:0~2.00%、
Mo:0~2.00%、
W :0~1.00%、
Al:0~0.100%、
B :0~0.0040%、
Sn:0~0.050%、
Ca:0~0.0050%、
Mg:0~0.0030%、
REM:0~0.10%、
Zr:0~0.030%、
Hf:0~0.080%、
Ta:0~0.100%
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物である化学組成を有し、
log([Ti]×[N])が-3.7以上、かつ、
下記式1で表されるMd30が-30~+40の範囲内にあり、
X線回折で測定されるミクロひずみが0.0005以上0.0025以下、
結晶粒度番号が7番以上、
常温の引張強さが600MPa以上かつ780MPa以下、
伸びが35%以上
であることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼の熱間圧延鋼材。
Md30=413-462([C]+[N])-9.2[Si]-8.1[Mn]
-13.7[Cr]-9.5([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]
… (式1)
ただし、[X]は元素Xの含有量を質量%で表した値である。
【請求項2】
質量%で、
C :0.060%以下、
Si:1.50%以下、
Mn:0.10~3.0%、
P :0.045%以下、
S :0.030%以下、
Cr:16.00~20.00%、
Ni:6.00~10.00%、
O :0.0001~0.008%、
N :0.100~0.250%、
V :0.01~0.30%、
Ti:0.001~0.015%、
Nb:0.001~0.060%、
Co:0~0.30%、
Cu:0~2.00%、
Mo:0~2.00%、
W :0~1.00%、
Al:0~0.100%、
B :0~0.0040%、
Sn:0~0.050%、
Ca:0~0.0050%、
Mg:0~0.0030%、
REM:0~0.10%、
Zr:0~0.030%、
Hf:0~0.080%、
Ta:0~0.100%
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物である化学組成を有し、
log([Ti]×[N])が-3.7以上、かつ、
下記式1で表されるMd30が-40~+30の範囲内にあり、
X線回折で測定されるミクロひずみが0.0005以上0.0025以下、
結晶粒度番号が7番以上、
常温の引張強さが690MPa以上かつ880MPa以下、
伸びが30%以上、
30℃の孔食電位が0.35V以上
であることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼の熱間圧延鋼材。
Md30=413-462([C]+[N])-9.2[Si]-8.1[Mn]
-13.7[Cr]-9.5([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]
… (式1)
ただし、[X]は元素Xの含有量を質量%で表した値である。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の熱間圧延鋼材を製造する方法であって、
下記式2で求められるT1(℃)以下、かつ、1050℃以上の温度Tでスラブを加熱し、
上記スラブの厚さt0(mm)と、下記式3で求められるTc(℃)以上の温度域での圧延後の厚さts(mm)がlog(t0/ts)≧0.3を満たし、かつ、Tc(℃)以下800℃以上の温度域での累積圧下率が10%以上30%以下である制御圧延を行う
ことを特徴とする熱間圧延鋼材の製造方法。
T1(℃)=13500/(5.6-log([Ti]×[N]))-273
… (式2)
Tc(℃)=1030+100[N]+30[Mo] … (式3)
ただし、[X]は元素Xの含有量を質量%で表した値である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体の容器として用いることができ、高強度で加工性に優れ、溶接継手特性が良好な固溶化熱処理省略型のオーステナイト系ステンレス熱間圧延鋼材とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
オーステナイト系ステンレス鋼の強度を上昇させる手法として、熱間圧延工程での加工と温度を制御する熱加工制御(以降TMCP)と呼ばれる技術が適用可能であり、特許文献1~5などがオーステナイトステンレス鋼板のTMCP技術にかかる発明として開示されている。
【0003】
また、ステンレス鋼の強度を合金元素により高める方法としては、Nを含有させることが一般的であり、SUS304N1、304N2、304LN、316LNなどのオーステナイト系のN含有鋼がJIS鋼種として規格化されている。上記2つの方法を組み合わせることで、高強度の熱間圧延鋼材を製造することが可能であり、たとえば特許文献6などが開示されている。高強度化が図られると、肉厚の低減により鋼材重量を減少させた構造設計が可能になり、需要家に対して経済的な材料提案が可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公平3-66368号公報
【特許文献2】特公平5-82453号公報
【特許文献3】特公平5-75809号公報
【特許文献4】特許第3799179号公報
【特許文献5】特許第3000860号公報
【特許文献6】特許第6176208号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】ISIJ International,2019年,59巻,3号,567-572
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、前記の方法で製造される高強度のオーステナイト系ステンレス鋼の液体を保持する容器用途への適用を図るべく、液体を格納する容器に用いられている事例調査を実施した。その結果、固溶化熱処理材については、実用例があるものの、TMCP技術で高強度化されたステンレス鋼の熱間圧延鋼板の液体への容器としての適用例は調査した範囲で見出せなかった。
【0007】
このような容器の一例として、俵型のタンクを製造するためには、鋼材に塑性加工を加えて、鏡板と呼ばれる部材を製造する必要がある。通常のオーステナイト系ステンレス鋼厚板の用途では、強い塑性加工を加えることは多くないが、上記のタンクの鏡板については、強い塑性加工が加えられる点が特徴である。
【0008】
さらに、これらの容器は塑性加工が加えられた厚板に溶接をほどこして作製される。TMCPで製造されたオーステナイト系ステンレス鋼の厚板は熱間加工で導入されたひずみを有しており、溶接の熱影響により溶接金属近傍の母材においてひずみ解放と強度低下が生じる。この溶接熱影響部近傍の強度低下が大きくなりすぎると構造体としての強度に影響を及ぼすようになるため、TMCP技術で強化された鋼材では溶接熱影響部の強度低下がおこりにくい材質設計が必要となる。
【0009】
このような背景のもと、TMCP技術と合金元素による高強度化を享受しつつ、容器用途への適用が可能な加工性と溶接継手特性に優れる経済性の高い鋼材を開発することを本発明の課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記のTMCP技術で製造したオーステナイト系ステンレス鋼の熱間圧延鋼板の容器用途への適用を図るため、鋼の化学組成、熱間圧延方法を変化させて得られた鋼材の常温引張特性と溶接継手特性を評価した。その調査研究の中で、TMCP技術で製造した熱間圧延鋼材の引張強さと伸び及び溶接継手熱影響部の硬さは、(1)結晶粒微細化元素の添加とスラブ加熱から再結晶温度域の制御圧延を通じた鋼材の結晶粒微細化、(2)未再結晶温度域の制御圧延により鋼材中に残留させるミクロひずみの量、(3)鋼材のマルテンサイト変態に対する安定度、(4)溶接熱影響部での硬さ低下を抑制する合金元素添加、の4つの項目の総合した制御によって所望の特性が実現されることを知見するに至った。
【0011】
本発明は上記の知見に基づき、さらに検討を進めなされたものであって、その要旨は以下のとおりである。
【0012】
[1]質量%で、C:0.060%以下、Si:1.50%以下、Mn:0.10~3.0%、P:0.045%以下、S:0.030%以下、Cr:16.0~20.0%、Ni:6.0~10.0%、O:0.0001~0.008%、N:0.010%以上、0.100%未満、V:0.01~0.30%、Ti:0.001~0.015%、Nb:0.001~0.060%、Co:0~0.30%、Cu:0~2.0%、Mo:0~2.0%、W:0~1.0%、Al:0~0.10%、B:0~0.0040%、Sn:0~0.050%、Ca:0~0.005%、Mg:0~0.003%、REM:0~0.10%、Zr:0~0.03%、Hf:0~0.08%、Ta:0~0.10%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物である化学組成を有し、log([Ti]×[N])が-3.7以上、かつ、下記式1で表されるMd30が-40~+30の範囲内にあり、X線回折で測定されるミクロひずみが0.0005以上0.0025以下、結晶粒度番号が7番以上、常温の引張強さが600MPa以上かつ780MPa以下、伸びが30%以上であることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼の熱間圧延鋼材。
Md30=413-462([C]+[N])-9.2[Si]-8.1[Mn]
-13.7[Cr]-9.5([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]
… (式1)
ただし、[X]は元素Xの含有量を質量%で表した値である。
【0013】
[2]質量%で、C:0.060%以下、Si:1.50%以下、Mn:0.10~3.0%、P:0.045%以下、S:0.030%以下、Cr:16.0~20.0%、Ni:6.0~10.0%、O:0.0001~0.008%、N:0.100~0.250%未満、V:0.01~0.30%、Ti:0.001~0.015%、Nb:0.001~0.060%、Co:0~0.30%、Cu:0~2.0%、Mo:0~2.0%、W:0~1.0%、Al:0~0.10%、B:0~0.0040%、Sn:0~0.050%、Ca:0~0.005%、Mg:0~0.003%、REM:0~0.10%、Zr:0~0.03%、Hf:0~0.08%、Ta:0~0.10%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物である化学組成を有し、log([Ti]×[N])が-3.7以上、かつ、下記式1で表されるMd30が-40~+30の範囲内にあり、X線回折で測定されるミクロひずみが0.0005以上0.0025以下、結晶粒度番号が7番以上、常温の引張強さが690MPa以上かつ880MPa以下、伸びが30%以上、30℃の孔食電位が0.35V以上であることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼の熱間圧延鋼材。
Md30=413-462([C]+[N])-9.2[Si]-8.1[Mn]
-13.7[Cr]-9.5([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]
… (式1)
ただし、[X]は元素Xの含有量を質量%で表した値である。
【0014】
[3]前記[1]又は[2]のオーステナイト系ステンレス鋼の熱間圧延鋼材を製造する方法であって、下記式2で求められるT1(℃)以下、かつ、1050℃以上の温度Tでスラブを加熱し、上記スラブの厚さt0(mm)と、下記式3で求められるTc(℃)以上の温度域での圧延後の厚さts(mm)がlog(t0/ts)≧0.3を満たし、かつ、Tc(℃)以下800℃以上の温度域での累積圧下率が10%以上30%以下である制御圧延を行うことを特徴とする熱間圧延鋼材の製造方法。
T1(℃)=13500/(5.6-log([Ti]×[N]))-273
… (式2)
Tc(℃)=1030+100[N]+30[Mo] … (式3)
ただし、[X]は元素Xの含有量を質量%で表した値である。
【発明の効果】
【0015】
本発明により得られる容器用オーステナイト系ステンレス熱間圧延鋼材は600~880MPaにおよぶ高い引張強さを有するため、容器として適用するに際して従来の固溶化熱処理材に比べて肉厚を低減した経済的な設計・塑性加工・溶接施工が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】結晶粒度7~10の場合のミクロひずみと引張強さの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼の熱間圧延鋼材について詳細について説明する。はじめに、化学組成について説明する。以下、化学組成に関する「%」は「質量%」を意味するものとする。
【0018】
<化学組成>
(C:0.060%以下)
Cは、ステンレス鋼の耐食性、及び靭性を確保するために、含有量は0.060%以下とする。熱間圧延時にCr炭化物が生成することによる耐食性,靱性の劣化を確実に抑制するために、C含有量を0.040%以下、0.030%以下、0.020%以下としてもよい。
【0019】
(Si:1.50%以下)
Siは、脱酸のために添加する。熱間圧延鋼材には、Siは含有されなくてもよい。確実に脱酸の効果を得るために、熱間圧延鋼材に0.05%以上のSiが含有されるようにしてもよい。Siの含有量は0.10%以上、0.20%以上としてもよい。ステンレス鋼の靭性を考慮し、Siの含有量は1.50%以下とする。Siの含有量は1.20%以下、1.00%以下、0.80%以下としてもよい。
【0020】
(Mn:0.10~3.00%)
Mnはオーステナイト相を増加させ靭性を改善する効果を有する。このため、0.10%以上含有させる。一方でMnはステンレス鋼の耐食性を低下する元素であり、Mnの含有量の上限は3.00%以下とする。Mnの含有量は0.20%以上、0.30%以上、0.50%以上としてもよい。Mnの含有量は2.70%以下、2.50%以下、2.00%以下としてもよい。
【0021】
(P:0.045%以下)
Pは原料から不可避に混入する元素であり、熱間加工性及び靱性を劣化させるため、含有量は0.045%以下とする。好ましくは、0.040%以下、0.035%以下、0.030%以下である。
【0022】
(S:0.030%以下)
Sは原料から不可避に混入する元素であり、熱間加工性、靱性及び耐食性を劣化させるため、含有量は0.030%以下とする。
【0023】
(Cr:16.00~20.00%)
Crは、耐食性を確保するため16.00%以上含有させる。ただし、フェライト相分率の増加による熱間加工性及び靭性の低下を考慮し、Crの含有量は20.00%以下とする。Crの含有量は16.50%以上、17.00%以上、17.50%以上としてもよい。Crの含有量は19.50%以下、19.00%以下、18.50%以下としてもよい。
【0024】
(Ni:6.00~10.00%)
Niは、オーステナイト組織を安定にし、各種酸に対する耐食性、さらに低温靭性を改善するため6.00%以上含有させる。Niは高価な合金であるので、コストの観点から、含有量を10.00%以下としてよい。Niの含有量は6.50%以上、7.00%以上、7.50%以上としてもよい。Niの含有量は9.50%以下、9.00%以下、8.50%以下としてもよい。
【0025】
(O:0.0001~0.008%)
Oは、微量な酸化物を形成させ結晶粒の粗大化を抑制する作用を得るために、0.001%以上含有させる。一方、ステンレス鋼の熱間加工性、靱性、耐食性を阻害する元素であり、含有量の上限は0.008%とする。靭性を考慮し、Oの含有量は、0.005%以下、0.004%以下、0.003%以下としてもよい。
【0026】
(N:0.010~0.250%)
Nは、オーステナイト相に固溶して本発明ステンレス鋼材の強度、耐食性を高める有効な元素である。この効果を得るために、含有量は0.010%以上とする。Nの含有量を増加させると伸びが次第に低下するようになる。固溶窒素及び微小な窒化物の影響による靭性の低下、さらに、Cr窒化物の析出の促進による耐食性の低下を考慮し、含有量の上限は0.250%とする。
【0027】
N量が0.010%から0.100%未満の範囲では、引張強さが600MPa以上の強度を得ることが可能になる。さらに、低温での高い靭性を得ることができる。低温での靭性を考慮し、Nの含有量は0.100%未満としてよく、0.080%以下、0.070%以下、0.050%以下としてよい。
【0028】
引張強さを690MPa以上とし、より高い耐食性を得るためには、Nを0.100%以上含有させる。Nの含有量は0.110%以上、0.120%以上、0.140%以上としてよい。この場合、伸びの低下を考慮し、含有量の上限は0.250%以下とする。Nの含有量は0.220%以下、0.200%以下、0.180%以下としてよい。
【0029】
(V:0.01~0.30%)
Vは、N、Cと親和力があり、窒化物及び炭化物を形成し、結晶粒微細化に寄与する元素である。また、溶接熱影響部における本発明の熱間圧延鋼材の軟化、硬さ低下を抑制する元素である。この効果を得るため、Vの含有量は0.01%以上とする。Vの窒化物生成作用は他の窒化物形成元素よりもやや小さい。Vの窒化物及び炭化物が多量に析出することによる靱性の低下を考慮し、Vの含有量の上限は0.30%とする。Vの含有量は、0.02%以上、0.05%以上、0.08%以上としてもよい。Vの含有量は、0.25%以下、0.20%以下、0.15%以下としてもよい。
【0030】
(Ti:0.001~0.015%)
Tiは、Nとの間に非常に強い親和力があり、鋼中でTiの窒化物を形成する。本発明の熱間圧延鋼材では以降で述べる方法によってTi窒化物(TiN)の微細分散を活用し、スラブ加熱時と熱間圧延の高温域での作用を通じて結晶粒微細化を図る。この効果を得るため、Tiの含有量は0.001%以上とする。粗大なTi窒化物による靱性の低下を考慮し、Tiの含有量の上限は0.015%とする。Tiの含有量は、0.002%以上、0.003%以上、0.005%以上としてもよい。Tiの含有量は、0.012%以下、0.010%以下、0.008%以下としてもよい。
【0031】
(Nb:0.001~0.060%)
Nbは、N、Cとの親和力がVよりも強く、窒化物及び炭化物を形成し、結晶粒微細化に寄与する元素である。また、溶接熱影響部における本発明の熱間圧延鋼材の軟化、硬さ低下を抑制する元素である。この効果を得るため、Nbの含有量は0.001%とする。Nbの炭窒化物が多量に析出することによる靱性の低下を考慮し、Nbの含有量は0.060%以下とする。Nbの含有量は、0.002%以上、0.005%以上、0.010%以上としてもよい。Nbの含有量は、0.050%以下、0.040%以下、0.030%以下としてもよい。
【0032】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼の熱間圧延鋼材は、上記の元素の他、必要に応じて、Co、Cu、Mo、W、Al、B、Sn、Ca、Mg、REM、Zr、Hf、Taの1種以上を含有してもよい。
【0033】
(Co:0~0.30%)
Coは、鋼の靭性と耐食性を高めるために有効な元素であり、添加することができる。Coの添加の効果は微量でも得られるが、含有させる場合は、Coの含有量を0.01%以上とするのが好ましい。コストを考慮すると、Coの含有量は0.30%以下とすることが好ましい。Coの含有量は、0.02%以上、0.03%以上、0.05%以上としてもよい。Coの含有量は、0.25%以下、0.20%以下、0.15%以下としてもよい。
【0034】
(Cu:0~2.00%)
Cuは、ステンレス鋼の酸に対する耐食性を付加的に高める元素であり、かつ靭性を改善する作用を有する元素であり、添加することができる。Cuの添加の効果は微量でも得られるが、含有させる場合は、Cuの含有量を0.01%以上とするのが好ましい。熱間加工性を考慮し、Cuの含有量は2.00%以下とする。Cuの含有量は、0.10%以上、0.20%以上、0.30%以上としてもよい。Cuの含有量は、1.50%以下、1.20%以下、1.00%以下としてもよい。
【0035】
(Mo:0~2.00%)
Moは、ステンレス鋼の耐食性を高める非常に有効な元素であり、添加することができる。Moの添加の効果は微量でも得られるが、含有させる場合は、Moの含有量を0.01%以上とするのが好ましい。コストを考慮すると、Moの含有量は2.00%以下とすることが好ましい。Moの含有量は、0.02%以上、0.05%以上、0.10%以上としてもよい。Moの含有量は、1.80%以下、1.50%以下、1.00%以下としてもよい。
【0036】
(W:0~1.00%)
Wは、Moと同様にステンレス鋼の耐食性を向上させる元素であり、添加することができる。Wの添加の効果は微量でも得られるが、含有させる場合は、Wの含有量を0.01%以上とするのが好ましい。コストを考慮すると、Wの含有量は1.00%以下とすることが好ましい。Wの含有量は、0.02%以上、0.03%以上、0.05%以上としてもよい。Wの含有量は、0.80%以下、0.50%以下、0.30%以下としてもよい。
【0037】
(Al:0~0.100%)
Alは脱酸のための元素である。鋼中の酸素を低減するために溶鋼に添加させることができるが、熱間圧延鋼材には、Alは含有されなくてもよい。ただし、Alを添加する場合は、熱間圧延鋼材に0.001%以上のAlが含有される程度の添加をすることが推奨される。含有量は、0.003%以上、0.005%以上、0.010%以上としてもよい。Alの窒化物が生じることによる靭性の低下を考慮し、Alの含有量は0.10%以下とする。Alの含有量は0.080%以下、0.050%以下、0.030%以下としてもよい。
【0038】
(B:0~0.0040%)
Bは、熱間加工性を向上させる元素であり、添加することができる。Bの窒化物の析出による靱性の低下を考慮し、Bの含有量は0.0040%以下とする。Bの含有量は0.0020%以下%以下、0.0015%以下、0.0010%以下としてもよい。
【0039】
(Sn:0~0.050%)
Snは、Cuと同様にステンレス鋼の酸に対する耐食性を付加的に高める元素である。Snの添加の効果は微量でも得られるが、含有させる場合は、Snの含有量を0.001%以上とするのが好ましい。熱間加工性の低下を考慮し、Snの含有量は0.050%以下とする。Snの含有量は、0.002%以上、0.003%以上、0.005%以上としてもよい。Snの含有量は、0.040%以下、0.030%以下、0.020%以下としてもよい。
【0040】
(Ca:0~0.0050%、Mg:0~0.0030%、REM:0~0.10%)
Ca、Mg、REMは鋼の熱間加工性を改善する元素であり、必要に応じて添加される。ここでREMは希土類元素を指し、その含有量は希土類元素の含有量の総和とする。これらの元素の添加の効果は微量でも得られるが、含有させる場合は、それぞれの元素の含有量を0.001%以上とするのが好ましい。これらの元素が鋼中に比較的大きな酸化物を生成し、鋼の靭性を低下させることを考慮し、Caの含有量は0.0050%以下、Mgの含有量は0.0030%以下、REMの含有量は0.10%以下とする。Caの含有量は、0.0002%以上としてもよい。Caの含有量は、0.0400%以下としてもよい。Mgの含有量は、0.0020%以下、0.0010%以下としてもよい。REMの含有量は、0.01%以上、0.02%以上、0.03%以上としてもよい。REMの含有量は、0.08%以下、0.06%以下、0.05%以下としてもよい。
【0041】
(Zr:0~0.030%、Hf:0~0.080%、Ta:0~0.100%)
Zr、Hf、Taは、は結晶粒を微細化する作用を有するため、本発明鋼に添加することができる。これらの元素の添加の効果は微量でも得られるが、含有させる場合は、それぞれの元素の含有量を0.001%以上とするのが好ましい。これらの元素の炭窒化物が多量に析出することによる靭性の低下を考慮し、Zrの含有量は0.030%以下、Hfの含有量は0.080%以下、Taの含有量は0.100%以下とする。Zrの含有量は0.020%以下、0.010%以下としてもよい。Hfの含有量は0.060%以下、0.050%以下、0.030%以下としてもよい。Taの含有量は0.080%以下、0.050%以下、0.030%以下としてもよい。
【0042】
(log([Ti]×[N])が-3.7以上)
本発明の熱間圧延鋼材においては、さらに、log([Ti]×[N])が-3.7以上となるように、TiとNの含有量を規定する。ここで、[X](Xは任意の元素記号)は、元素Xの含有量を質量%で表した値を示すものとする(以下、式1~式3においても同じ)。TiとNは本鋼材の熱間圧延加熱工程での結晶粒成長を抑制し、結晶粒微細化を実現する。その効果を得るためにその値の下限を規定する。さらに、後述するように、本発明の製造方法における熱間圧延加熱工程では、log([Ti]×[N])の値に応じて、加熱温度を適切に制御することにより熱間圧延開始前のスラブの結晶粒径を小さく制御することが可能となる。
【0043】
(Md30)
本発明の熱間圧延鋼材においては、さらに、下記の式1で表されるMd30が、N量が0.010%以上0.100%未満の場合、-30~+40であり、N量が0.100%以上0.250%以下の場合、-40~+30である。
【0044】
Md30=413-462([C]+[N])-9.2[Si]-8.1[Mn]
-13.7[Cr]-9.5([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]
… (式1)
【0045】
Md30は本発明の熱間圧延鋼材の加工誘起マルテンサイト変態への安定度を制御するために規定する値である。Nを多く含有するオーステナイトステンレス鋼はNによるオーステナイト相安定化作用により安定オーステナイト鋼に近づく傾向を有するが、本発明の熱間圧延鋼材ではCr、Ni等の主要元素の含有量を含めて化学組成を調整する。Md30が小さいと、加工誘起変態が抑制されて所望の伸びを確保できなくなる。一方で、Md3が大きいと、加工誘起変態が促進され、過度に高強度となり、伸びが低下する傾向を有する。N量が0.010%以上0.100%未満の場合、Md30は-25以上、-20以上としてもよい。Md30は35以下、30以下としてもよい。N量が0.100%以上0.250%以下の場合、Md30は-35以上、-30以上としてもよい。Md30は25以下、20以下としてもよい。
【0046】
(X線回折で測定されるミクロひずみが0.0005以上0.0025以下)
ミクロひずみは熱間圧延工程を通じて本発明の熱間圧延鋼材に導入された転位量を定量的にあらわす指標であり、鋼材の強度を高める因子のひとつである。ここで、本発明の熱間圧延鋼材の強度を支配する因子について説明する。
【0047】
強度支配因子としては固溶強化、転位強化、結晶粒微細化強化、変態強化の加算則で説明されることが多い。ミクロひずみはこの中の転位強化に対応している。鋼材中のミクロひずみはオーステナイト相の複数の結晶面より得られるX線回折反射の半価幅広がりの測定を通じて定量化される。
【0048】
ミクロ歪の単位は無次元である。具体的な測定方法は以下のとおりである。厚板の1/4t及び1/2t位置より機械加工と電解研磨により試料作製時の歪が残らないように3mm厚さ×20mm幅×20mm長さ程度の寸法に仕上げたのち、CuKα線源を用いたX線回折を行い、オーステナイト相の各回折面の回折強度プロファイルA1、A2を測定する。比較材として、供試材に1050℃均熱の固溶化熱処理を加えて熱間加工により導入されていた歪を取り除き(試料B)、同様のX線回折用試料を作製してX線回折を行い、歪の無い回折強度プロファイルB1、B2を測定する。残留した歪の大きい試料では回折強度プロファイルが回折角2θに対して広がり(半価幅)を持っており、プロファイルAとBの対比により半価幅の増加量を回折面毎に求め数値処理することにより、オーステナイト相のミクロ歪が定量化される。このようにして求めたミクロひずみと材料内部の転位密度との関係は一定の関係がある。解析方法の詳細は、冷間圧延されたフェライト鋼のミクロひずみ測定について書かれた非特許文献1等で知られている。非特許文献中でミクロひずみは式(1)中のεで定義されている。
【0049】
ミクロひずみの下限値、上限値を定めた考え方を以下に説明する。
【0050】
ミクロひずみは熱間圧延で導入される転位強化量に対応する鋼材の特性値であり、強化を実現するために0.0005以上の値に制御する。ミクロひずみは熱間圧延中のひずみの導入量と動的回復、静的回復及び再結晶による内部ひずみの減少量のバランスを通じて、鋼材中に残留する。動的回復、静的回復及び再結晶による内部ひずみの減少量は鋼材の主要化学組成及び微量元素の析出挙動と熱間圧延の温度域に支配されている。強化のために、Tc以下の低温域の圧下率を増加させて転位強化量を大きくしすぎると、鋼材の伸びの低下と溶接継手特性の低下をもたらすようになる。ここで溶接継手特性の低下とは、溶接熱影響部での強度又は硬さの低下である。過大なミクロひずみが導入された鋼材は、溶接熱影響部での硬さの低下を招き、溶接により容器や構造体を作製したときの継手特性の低下をもたらす。本発明の熱間圧延鋼材では、Nb、Vの含有により溶接熱影響部での硬さ低下の抑制を図っているが、ミクロひずみが0.0025を超えると硬さ低下が顕著になりはじめるため、その上限を0.0025と定めた。ミクロひずみは結晶粒径に依存せず、引張強さは結晶粒径に依存する。特定の結晶粒度に限るとミクロひずみと引張強さとの相関が見られる。この関係を図1に示す。ミクロひずみの制御方法の詳細は後述する。ミクひずみは、0.0007以上、0.0008以上、0.0010以上としてもよい。ミクひずみは、0.0020以下、0.0018以下、0.0015以下としてもよい。
【0051】
(結晶粒度番号が7番以上)
結晶粒度番号を大きくすることにより、本発明の熱間圧延鋼材において結晶粒微細化強化が図られる。このためにはJIS G0551で測定される結晶粒度番号が大きくなるように本発明の熱間圧延鋼材の化学組成と製造方法を規定した。本発明の熱間圧延鋼材では結晶粒度番号を7番以上にすることで母材の引張強さを所望の値に制御する。その制御方法の詳細は後述する。結晶粒度番号の好ましい範囲は8番以上、さらに好ましくは9番以上である。
【0052】
(常温の引張強さ)
常温の引張強さは、容器や構造物を作製するときの設計基準となるため、重要な特性である。本発明の熱間圧延鋼材では、結晶粒微細化強化と転位強化を複合することで所望の引張強さを達成している。すなわち、結晶粒微細化のための化学組成の調整と、再結晶温度域での結晶粒度制御、未再結晶温度域でのひずみ導入を狙った制御圧延技術を適用し、さらに加工誘起変態に関わる化学組成(Md30)の調整を通じて加工誘起変態量を適度に制御することにより所望の引張強さが得られる。N量が0.010%以上0.100%未満の場合、引張強さは600MPa以上780MPa以下である。引張強さは750MPa以下としてもよい。N量が0.100%以上0.250%以下の場合、引張強さは690MPa以上、880MPa以下である。引張強さは850MPa以下としてもよい。
【0053】
(伸び)
伸びは、熱間圧延鋼材の加工性を確保するために、30%以上とする。一般に、伸びは高強度化とともに低下し、引張強さが690MPa以上になると伸びの確保がむずかしくなる。本発明の熱間圧延鋼材では加工誘起変態を活用し、少ない合金添加量にて経済的に高い伸びと高い強度の両立を実現する。N量を0.010%以上0.100%未満とした場合は、引張強さが600MPa以上780MPa以下となり、伸びは35%以上とすることができる。
【0054】
(孔食電位)
本発明の熱間圧延鋼材では、孔食電位を0.25V以上とすることができる。N量が0.100%以上0.250%以下とした場合、さらに耐食性を向上でき、孔食電位を0.35V以上とすることができる。孔食電位は、JIS G0577:2014に準拠して、測定することができる。電位はAg/AgCl基準とする。
【0055】
次に、本発明の熱間圧延鋼材の製造方法について説明する。
【0056】
(スラブ加熱温度:下記式2で求められるT1(℃)以下、1050℃以上)
TiとNの濃度積及びスラブの加熱温度について説明する。本発明の熱間圧延鋼材では熱間圧延加熱工程で、鋼中に微細なTiNを分散させ、このことを通じて熱間圧延鋼材の結晶粒度を微細に制御する。前述した、log([Ti]×[N])は、熱間圧延加熱工程におけるTiNの析出量と析出温度域を把握し、その工程での結晶粒度を制御するための重要な指標である。本発明者らがTiとN含有量を変更したオーステナイトステンレス鋼のTiN析出に対する固溶度積及び加熱実験による結晶粒微細化能について調査を行った結果、下記式2で示す温度T1以下の温度Tでスラブを加熱することによりTiNによる結晶粒微細化効果が発揮されることを知見した。加熱温度Tは低いほど結晶粒微細化のために有効であるが、低すぎると熱間圧延時の荷重が増大するので、熱間圧延を容易にする観点から、下限は1050℃とする。
【0057】
T1(℃)=13500/(5.6-log([Ti]×[N]))-273
… (式2)
【0058】
(log(t0/ts)≧0.3)
本発明の熱間圧延鋼材の製造方法においては、スラブ厚t0と再結晶域圧延後の厚さtsとの比の対数log(t0/ts)が0.3以上となるようにする。log(t0/ts)は熱間圧延の再結晶温度域で鋼材に導入するひずみ量の総量に関する指標であり、本発明の熱間圧延鋼材の結晶粒度番号を7番以上に大きくするために規定する。すなわち、本発明の熱間圧延鋼材の結晶粒度番号は、結晶粒微細化元素の含有量とTc温度以上で行われる温度域の熱間圧延によって支配される。log(t0/ts)の値が0.3未満であると、式2の方法でTiとN含有量の積に応じて熱間圧延の加熱温度を低下し、熱間圧延前の結晶粒度を微細に制御したとしても、本発明の熱間圧延鋼材の結晶粒度番号を7番以上に大きくすることが困難になる。
【0059】
(Tc(℃)以下800℃以上の温度域での累積圧下率が10%以上30%以下)
本発明の熱間圧延鋼材の製造方法においては、熱間圧延において、下記式3で求められるTc(℃)以下800℃以上の温度域での累積圧下率が10%以上30%以下である。
【0060】
Tc(℃)=1030+100[N]+30[Mo] … (式3)
【0061】
Tcは本発明の熱間圧延鋼材の再結晶温度を示す指標であり、式3に示すようにNとMoの含有量に応じて1030℃以上の高い温度になる。tを本発明の熱間圧延鋼材の厚さ(mm)、tsを前項で説明した再結晶域圧延後の厚さと置き、Tc以下の温度での圧下率を%の単位になるように表示すると100(1-t/ts)で表される。なお、この温度域での制御圧延は未再結晶温度域圧延とも言うことができる。この未再結晶温度域の制御圧延温度を800℃未満に低くすると、鋼材の硬質化を招くとともに、圧延能率の低下をもたらすようになる。さらに、圧下率が30%を超えると、鋼材に導入されるミクロひずみが大きくなり、伸びの低下が顕著となる。また、溶接継手特性の低下を招くようになる。一方で、この圧下率が10%未満であると、制御圧延の圧下率が不足して、鋼材に導入されるミクロひずみが小さくなり、常温引張強さの向上が図られにくい。このため、この制御圧延の温度域をTc以下かつ800℃以上、圧下率を10%以上、30%以下と定める。ここで、制御圧延温度は各圧延パスの入側の鋼材温度測定値に基づく鋼材の平均温度をもとに定義する。制御圧延の温度域の下限は、好ましくは850℃以上、さらに好ましくは900℃以上である。制御圧延時の鋼材の厚さが30mm以上となる厚手材の熱間圧延においては、鋼材表層温度と鋼材の中心部の温度差が大きくならざるを得ない。この場合、伝熱計算により求められる断面平均温度と鋼材表面温度との差を把握して制御圧延を行う。
【実施例0062】
以下に実施例について記載する。
【0063】
表1に供試鋼の化学組成を示す。これらの鋼は実験室溶解材を熱間圧延したもの、あるいは実製造材のスラブの一部を切り出し熱間圧延したものである。なお、表1に記載されている成分は残部がFeであり、不可避的不純物元素を含む。また、表1に示した成分について含有量が記載されていない部分は不純物レベルであることを示し、REMはランタノイド系希土類元素を意味し、含有量はそれら元素の合計を示している。表1の右側には、TiとNの化学組成より計算されるlog([Ti]×[N])、式1~式3で計算されるMd30、T1、Tcを示す。
【0064】
【表1】
【0065】
表2に本発明の熱間圧延鋼材と比較例の実施例を示す。いずれも、実験室で溶解した材料については、熱間鍛造と機械加工により60mm厚×110mm幅×150mm長さの圧延素材を作製し、実製造材のスラブから作製した材料は鋳込みまま又は熱間圧延により60~120mm厚の同様の圧延素材を作製し、これらの素材を加熱温度Tが1080~1250℃、均熱30~120分で加熱し、素材厚t0より熱間圧延を開始し、熱間圧終止温度Tfを880~980℃、加速冷却開始温度を700~850℃として板厚tが6~45mmの熱間圧延鋼板を作製した。この熱間圧延はTcより高い温度域(T~Tc)での圧延とそれ以下の温度域(Tc~Tf)での圧延を区分し、区分する時点の圧延材の板厚をtsとして制御した。Tcよりも高い温度域での圧下ひずみの大きさに相当するlog(t0/ts)を表中に示した。具体的な条件は、表2に示すとおりである。
【0066】
表2のGSNo.以降の7項目は鋼材の特性を示している。
【0067】
GSNo.は圧延方向のミクロ試料(L断面)のミクロ組織を腐食液で現出したのち、切片法を用いて平均切片長を求め、この数字を結晶粒度番号に換算した値を示した。
【0068】
ミクロひずみの測定はX線測定により行った。鋼板の板厚1/4及び1/2位置より、2mm厚x20mm幅x20mm長のX線試料(試料A)を作製し、電解研磨により測定面のひずみを除去し、CuKα線を用いてオーステナイト相の111、200、220、311、222、331の反射を測定し、半価幅:FWHMを測定した。また、これら鋼板より1050℃×5分の固溶化熱処理をほどこした固溶化熱処理材を作製し、同様に板厚1/4及び1/2位置よりX線試料(試料B)を採取し、半価幅:FWHMを測定した。固溶化熱処理材(試料B)をミクロひずみがゼロの基準材として測定対象の鋼材(試料A)のミクロひずみを計算により求めた。表2のミクロひずみは1/4、1/2板厚部についての平均値より求めたものを示した。
【0069】
機械特性の評価は以下のように行った。
【0070】
板厚が12~40mmの鋼板に対して、常温の引張試験(n=2)を実施した。試験片はいずれも圧延直角方向より採取した。引張試験片は平行部が8mmφ×50mm、評点間距離が40mmの条件で作製し、板厚20mm以下の材料では板厚中心部より、板厚25mm以上の材料では1/4板厚部より採取した。板厚が6mmの鋼板に対しては常温の引張試験は全厚の板状試験片とした。引張試験は、金属材料引張試験方法(JIS Z2241)、衝撃試験はしたがった。マルテンサイト量は引張試験片の破断部について、磁性によりフェライト相の量を測定することができるフィッシャー社製のフェライトメーターでフェライト相量を測定し、このフェライト量とマルテンサイト量への換算式をもとにマルテンサイト量に換算して求めた。このようにして、引張強さTS、伸びEL、マルテンサイト量を求めてその値を表2に示した。
【0071】
また、20℃での衝撃試験(n=3)を金属材料のシャルピー衝撃試験方法(JIS Z2242)にしたがって実施した。板厚12mm以上20mm以下の材料ではJIS4号フルサイズ試験片を板厚中心部より、板厚25mm以上の材料では1/4板厚部より採取した。板厚が6mmの鋼板に対しては板厚5mmのサブサイズ試験片とした。試験によって得られた吸収エネルギー(J)について、フルサイズの場合vE20が200J以上を「○」、それ未満を「×」、サブサイズの場合100J以上を「○」、それ未満を「×」として表2に示した。
【0072】
また、-196℃での衝撃試験(n=3)を金属材料のシャルピー衝撃試験方法(JIS Z2242)にしたがって、20℃の場合と同様に実施した。試験によって得られた吸収エネルギー(J)について、フルサイズの場合vE-196が140J以上を「○」、それ未満を「△」、サブサイズの場合70J以上を「○」、25J以上、70J未満を「△」として表2に示した。
【0073】
耐食性は孔食電位で評価した。孔食電位は、JIS G0577:2014に準拠して、以下の方法で測定した。鋼板から15mm×20mmの試験片を切り出した後、#600の湿式研磨を行った。次に、この試験片の電極面(露出部分)が10mm×10mmとなるように、電極面以外の部分をシリコーン樹脂で絶縁被覆して孔食電位測定用試験片を得た。次に、Ar脱気を十分に行った30℃の3.5%NaCl溶液中に孔食電位測定用試験片を浸漬し、自然電位から20mV/分で動電位アノード分極を行い、孔食電位を測定した。孔食電位は、電流が100μA/cm2流れたときの電位とした。電位はAg/AgCl基準とし、0.35V以上を「○」、0.25V以上0.35V未満を「△」として表2に示した。
【0074】
溶接部特性の評価は以下のように行った。
【0075】
120mm幅×150mm長の供試鋼板の幅中央を2分割して60度のV開先を加工し、309MoL系溶接材料を用いて溶接入熱30~40kJ/cmのFCAW溶接を行った。板厚12mmのものでは2~3パスで溶接継手を作製することができた。これより溶接方向に直行する断面硬さ測定用のマクロエッチ試料を加工し、表ビード側の表皮下2mmの位置の両側の溶融境界より母材側15~20mmにかけて1mmピッチの10kgビッカース荷重にて硬さを測定した。このうち、溶融境界付近の硬さの最小値と、母材部分の硬さ平均値との差を求めた。この差が20以下の場合は「○」、20を超えるものを「×」と評価して、表2に示した。
【0076】
【表2】
【0077】
上記表1、表2に示した実施例により、本発明の熱間圧延鋼材が固溶強化、結晶粒微細化強化、転位強化、変態強化により高い引張強さと30%以上の伸びを有すること、さらに溶接熱影響部の軟化が小さい鋼材であることが示された。
【0078】
以上の実施例からわかるように本発明により高強度で加工性と溶接部特性に優れた容器用のオーステナイト系ステンレス熱間圧延鋼材が得られることが明確となった。また、N量を0.010%以上、0.100%未満、Md30を-30~+40とすることで、優れた低温靭性が得られることが確認できた。さらに、N量を0.100~0.250%、Md30を-40~+30とすることで、優れた耐食性が得られることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明により得られるオーステナイト系ステンレス熱間圧延鋼材は高い引張強さと良好な伸び及び溶接部特性を有するため、容器として適用するに際して従来の固溶化熱処理材に比べて肉厚を低減した経済的な設計・製作が可能になる。
図1