(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024124043
(43)【公開日】2024-09-12
(54)【発明の名称】低炭素鋼及びそれを用いた木造建築用鋼製金物
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240905BHJP
C21D 8/06 20060101ALI20240905BHJP
C22C 38/10 20060101ALI20240905BHJP
C22C 38/52 20060101ALN20240905BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C21D8/06 A
C22C38/10
C22C38/52
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023031945
(22)【出願日】2023-03-02
(71)【出願人】
【識別番号】000003621
【氏名又は名称】株式会社竹中工務店
(71)【出願人】
【識別番号】592244376
【氏名又は名称】日鉄テクノロジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100142767
【弁理士】
【氏名又は名称】田ノ上 修二
(72)【発明者】
【氏名】本弓 省吾
(72)【発明者】
【氏名】上田 忠司
(72)【発明者】
【氏名】井上 泰彦
(72)【発明者】
【氏名】櫛部 淳道
(72)【発明者】
【氏名】上角 充広
(72)【発明者】
【氏名】西 隆之
(72)【発明者】
【氏名】松本 雅充
(72)【発明者】
【氏名】末廣 正芳
(72)【発明者】
【氏名】迫田 章人
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 緩子
(72)【発明者】
【氏名】仙波 潤之
(72)【発明者】
【氏名】田中 肇
(72)【発明者】
【氏名】上山 友幸
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA23
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA31
4K032BA02
(57)【要約】
【要約】
【課題】たたら製鉄の低炭素鋼に替り、高炉-転炉法による工業的に量産可能で安価、かつ耐食性も確保できる低炭素鋼及びそれを用いた木造建築用
鋼製金物を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.03~0.2%、O:0.005~0.03%、P:0.025~0.07%、Ni:0.005~0.3%、Co:0.005~0.3%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる低炭素鋼。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.03~0.2%、O:0.005~0.03%、P:0.025~0.07%、Ni:0.005~0.3%、Co:0.005~0.3%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる低炭素鋼。
【請求項2】
質量%で、C:0.03~0.2%、O:0.005~0.03%、P:0.025~0.07%、Ni:0.005~0.3%、Co:0.005~0.3%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる耐食性にすぐれた木造建築用構成金物。
【請求項3】
前記木造建築用構成金物が、熱間鍛造で成形されることを特徴とする請求項2に記載の木造建築用構成金物。
【請求項4】
前記木造建築用構成金物が、和釘又は鎹であることを特徴とする請求項2又は3に記載の木造建築用構成金物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低炭素鋼及びそれを用いた木造建築用構成金物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、文化財の修理、修復、再建等の際には、その文化財が製作、建設等された当時と同じ材料又はそれらが入手不能の場合は、その材料に近い代替材料を用いて基本的に修理、修復、再建等がなされることが望ましい。当時の技術を継承した文化財として時代を超えて保存されるからである。
【0003】
一方、明治以前の木造建築に用いられている建築用構成金物の一種である和釘材料は、建築当時のたたら製鉄の低炭素鋼やそれ以前のたたら製鉄の低炭素鋼を再利用して使用されてきた経緯がある。
【0004】
たたら製鉄の低炭素鋼の特徴の1つは、原料が砂鉄のため、Si、Mn、S、Cu、Ni、Cr等の鋼の強化元素及び不純物元素のレベルが、高炉-転炉法による現在の鋼より低く、純鉄に近い組成であることである。一方、Oレベルは、0.1%程度と極めて高く、組織内に鉱滓のSiO2、Al2O3、FeO等の酸化物を多数内在しているが、母材内部のOレベルも現在の鋼より高いものと思われる(非特許文献1を参照)。
【0005】
たたら製鉄の低炭素鋼のもう1つの特徴は、錆びにくいということである。その理由については、組成の不純物レベルが低いため、鉄表面にできる不働態被膜の欠陥が少なくなるためとか、内部のOレベルが高いため、熱間鍛造後の冷却中に緻密な不働態被膜が生成され腐食が進行しない等の説明がなされているが、未だ明確な結論は出ていない。
【0006】
しかし、現在、文化財の修理、修復、再建等にたたら製鉄の低炭素鋼を用いるには、以下のような困難な問題がある。現在、国内で操業されているたたら製鉄の操業目的は、刀剣美術用にたたら製鉄の低炭素鋼を提供することが中心であり、建築材料用を目的とした操業は行われていない。そのような背景により、建築用構成金物の製造に必要な量のたたら製鉄の低炭素鋼を確保することができないという問題である。
【0007】
その解決法として、高炉-転炉法による工業的に量産可能なたたら製鉄の低炭素鋼の代替品が検討され、一般構造用圧延鋼材の中で流通量が多く、代表的なSS400又は電解鉄クラスの高純度低炭素鋼が用いられてきた。SS400は安価に入手可能で引張り強さを保証した鋼材であるため、化学成分の規定は、Pが0.05%以下、Sが0.05%以下の2成分のみで、たたら製鉄の低炭素鋼に比べ、一般に不純物レベルが高いことが知られている。一方、電解鉄クラスの高純度低炭素鋼は、たたら製鉄の低炭素鋼ほど高価ではないが、SS400よりは格段に高価であり、不純物レベルは、たたら製鉄の低炭素鋼と同等又はそれ以上に低いことが知られている。
【0008】
上記の特徴から、工業的に量産化された一般構造用圧延鋼材のSS400については、価格としては問題はないが、不純物レベルが高く、かつOレベルが低いので、耐食性については、たたら製鉄の低炭素鋼ほど高くないことが予想される。またSS400は、化学成分の規定がPとSの2成分のみであるので、その他の化学成分が変動している圧延鋼材が混在する可能性が高く、文化財に使用するには好ましくない。一方、電解鉄クラスの高純度低炭素鋼を検討すると、不純物レベルがたたら製鉄の低炭素鋼より低いので、耐食性については期待できるが、高純度にするための製造費用が高くなる問題を解決できない。実際、耐食性を期待して、電解鉄クラスの高純度低炭素鋼を用い、和釘約6000本が製作され、薬師寺の復元工事で1990年代に使用された実績がある。
【0009】
特許文献1では、錆びにくい鉄の条件は極低炭素と高酸素であると判断し、その特徴を持つ現行ほうろう用鋼に着目し、ほうろう用鋼以外への適用を考えて鉄筋用棒鋼を提案している。質量%において、Cが0.02%以下、O が0.04%以上0.13%以下の極低炭素且つ高酸素のみの鋼では、鉄筋用棒鋼に適用するには強度不足となるため、更に固溶強化元素としてMn が1.0%以下、Cu+Cr+Niを0.3%以上0.8%以下含有する鉄筋用棒鋼及びその製造方法を提案している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】永田和宏、他2名、“和釘の錆の微細構造に及ぼす過飽和固溶酸素の影響”、鉄と鋼、日本鉄鋼協会、Vol.107(2021)、No.9、p.769-779
【特許文献】
【0011】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献1では、質量%においてOが0.04%以上の高酸素の組成を優先しているが、溶鋼中のCとOは、反比例の関係にあるためCが0.02%以下と極めて少なくなり、強度向上のため、Mnを含む固溶強化元素を添加しなければならないという問題がある。文化財に用いるたたら製鉄の低炭素鋼の代替鋼として耐食性を実用上確保するには、後述するようにCを0.03~0.2%にしてOを0.005~0.03%に下げ、耐食性を下げる介在物を生成するMnを低減し、耐食性を上げるP、Ni、Coを添加する方策が有効である。
【0013】
本発明では、たたら製鉄の低炭素鋼に替り、高炉-転炉法による工業的に量産可能で安価、かつ耐食性も確保できる低炭素鋼及びそれを用いた木造建築用構成金物を提供することを課題とする。なお、ここでの耐食性とは、電解鉄クラスの高純度低炭素鋼の組成を模した母材に電解鉄を用いた高純度低炭素鋼を基準とする。
【0014】
本発明者らが鋭意研究した結果、工業的に量産可能な工業用純鉄を母材として、真空誘導加熱炉にて不活性ガス中で溶解し、C、O、P、Ni及びCo濃度を調整した低炭素鋼は、生産コストについて電解鉄クラスの高純度低炭素鋼より安価で、耐食性も優れており、たたら製鉄の低炭素鋼の代替材料として木造建築用構成金物に利用できることを確認した。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の低炭素鋼は、質量%で、C:0.03~0.2%、O:0.005~0.03%、P:0.025~0.07%、Ni:0.005~0.3%、Co:0.005~0.3%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
【0016】
質量%で、C:0.03~0.2%、O:0.005~0.03%、P:0.025~0.07%、Ni:0.005~0.3%、Co:0.005~0.3%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる低炭素鋼のため、従来の低炭素鋼より耐食性が優れている。
【0017】
また、本発明の耐食性にすぐれた木造建築用構成金物は、質量%で、C:0.03~0.2%、O:0.005~0.03%、P:0.025~0.07%、Ni:0.005~0.3%、Co:0.005~0.3%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
【0018】
質量%で、C:0.03~0.2%、O:0.005~0.03%、P:0.025~0.07%、Ni:0.005~0.3%、Co:0.005~0.3%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる木造建築用構成金物のため、材木中での耐食性が従来の組成の木造建築用構成金物より優れている。
【0019】
また、前記木造建築用構成金物が、熱間鍛造で成形されることを特徴とするものである。
【0020】
熱間鍛造で木造建築用構成金物を成形することで、金物の表面に錆を防止するPが濃化しやすく、また金属組織の均一化を図ることができる。
【0021】
更に、前記木造建築用構成金物が、和釘又は鎹であることを特徴とするものである。
【0022】
木造建築用構成金物の和釘又は鎹は、強度及び耐食性が求められる木造建築用構成金物部材であり、かつ需要が多いため、量産化が求められているからである。
【発明の効果】
【0023】
本発明の低炭素鋼及びそれを用いた木造建築用構成金物は、従来のものより耐食性に優れていて、安価に量産化が可能であり、文化財の修理、修復、再建等の素材又は部材として利用ができる。また木造建築用構成金物を熱間鍛造で成形することで、更に表面の耐食性を向上させることができる効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】塩分付着サイクル試験(木抽出模擬液)による腐食減量を示す図である。
【
図2】不働態保持電流付近における測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明の実施形態や耐食性に係る試験について説明する。
【0026】
まず、本実施形態に係る低炭素鋼の成分組成の限定理由について説明する。以下、%は質量%を意味する。
【0027】
C:0.03~0.2%
Cは、鋼の強度を高める元素として含有され、0.03%未満では、強度が不足するため、0.03%を下限とする。また、0.2%を超えると加工性が悪くなるので、0.2%を上限とする。
【0028】
O:0.005~0.03%
Oは、高濃度に存在すると、粗大な酸化物を生成する元素であり、特に鋼中のMnと結合して酸化物のMnOを生成するので、それを水素トラップサイトとして利用するほうろう用鋼に高酸素鋼として使われている。本発明では、Oの上限を、0.03%とほうろう用鋼より低くして、酸化物の生成を抑制している。また、Oの下限は、脱酸元素である炭素に上限を設けて積極的な脱酸作用を求めなくても良いことから0.005%とし、好ましくは、0.01%である。
【0029】
P:0.025~0.07%
Pは、鋼の強度向上や耐食性を向上させる元素であるため、下限を0.025%とする。一方、多量に添加すると粒界偏析による脆化が懸念されるので上限を0.07%とする。
【0030】
Ni:0.005~0.3%
Niは、鋼の強度や耐食性を向上させる元素であり、0.005%未満では、効果が小さいので、下限値を0.005%とする。また、添加量を増やすと耐食性は向上するが、電解鉄クラスの高純度低炭素鋼より耐食性が良ければ良いので、上限はCoとの同時添加も考慮して、0.3%までが好ましい。
【0031】
Co:0.005~0.3%
Coは、鋼の高温硬さを向上させるが、Niとの同時添加により、耐食性の向上にも役立つ。下限値はNiと同じ0.005%であるが、上限値はNiと同等の0.3%かそれ以下でも良い。なお、Co添加により、熱間加工性が低下するので、熱間加工性を重視する場合は、Co:0.005~0.2%が好ましい。その場合は、0.01≦Ni+Co≦0.5としてNiの範囲を拡げても良い。
【0032】
Si、Mn、S、Al、Cu、Cr、Mo及びNの不可避的不純物元素について言及する。
【0033】
Siは、強度を確保する成分になるものの脱酸作用を有することから、0.05%未満が好ましい。ただし、介在物として含まれるSiは除く。
【0034】
Mnは、強度を確保する成分になるものの脱酸作用を有すること及び腐食の起点となりえるMnSを生成することから、0.05%未満が好ましい。
【0035】
Sは、腐食の起点となりえるMnSなどの硫化物系介在物を生成することから、0.005%未満が好ましい。
【0036】
Alは、脱酸作用を有することから、0.005%未満が好ましい。ただし、介在物として含まれるAlは除く。
【0037】
Cuは、微量では固溶強化元素になるものの、その濃度が高いと耐食性を維持、向上させる鉄酸化被膜が形成される際に、鉄母相の粒界などに偏在する可能性があることから、0.01%以下が好ましい。
【0038】
Crは、微量では固溶強化元素になるものの、その濃度が高いと耐食性を維持、向上させる鉄酸化被膜が形成される際に、酸化被膜に濃化するなどして偏在する可能性があることから、0.01%以下が好ましい。
【0039】
Moは、微量では固溶強化元素になるものの、その濃度が高いと耐食性を維持、向上させる鉄酸化被膜が形成される際に、鉄母相の粒界などに偏在する可能性があることから、0.01%以下が好ましい。
【0040】
Nは、固溶強化元素となる一方で、腐食の起点となりえる窒化物系介在物を生成するが、本発明の鋼では窒化物を生成する元素が不純物として含まれるのみであることから、0.01%以下まで許容される。
【0041】
本発明の低炭素鋼の製造工程について、説明する。本発明の低炭素鋼の製造は、工業的に量産可能な工業用純鉄を母材として、真空誘導加熱炉にて不活性ガス中で溶解して、添加元素量を調整して所定の濃度の低炭素鋼を得る。
【0042】
母材原料として、電解精錬の電解鉄を用いた場合、電解鉄に含まれる鉄以外の成分組成は、例えばSi、Mn、P、S、Cu、Ni、Cr等では、それぞれ0.001%以下の不純物レベルが極めて低い高純度となるが、母材原料が極めて高価となる。一方、工業用純鉄は、現在、高炉-転炉法で生産される極低炭素鋼であり、例えばSi、Mn、P、S、Cu、Ni、Cr等の成分組成は、それぞれ0.01%程度であり、電解鉄ほど高純度ではないが、たたら製鉄の低炭素鋼と比較しても不純物レベルでは遜色がなく、母材原料として、安価に入手が可能で、量産化に資するものである。
【0043】
工業用純鉄を母材として、真空誘導加熱炉にて、常法の減圧不活性ガス雰囲気下で母材を溶解した。溶解後に所定のC、O、P、Ni及びCo濃度になるように各種の合金を添加した。必要に応じて溶鋼試料を採取して添加調整するなどして、所定の濃度になるように調整した。溶鋼中のCとOは、温度とCO分圧に影響されることが知られているので、鋳造の前に出湯温度、合金添加及び雰囲気などの調整をして、所定の濃度になるように調整した。鋳型に溶鋼を注入して鋼塊を得た。
【0044】
試作材の成分分析結果を表1に示す。
No.1~No.4は、母材に工業用純鉄を用いて溶製した低炭素鋼で、No.1~No.3は、主にNiとCoを同時添加する量を増加させた系であり、No.4は、MnとSを添加してMnSの生成の効果を確認する系、No.5は、母材に電解鉄を用いて、C以外の不純物レベルを下げた高純度低炭素鋼であり、先に述べた薬師寺の復元工事で使用された電解鉄クラスの高純度低炭素鋼を模したものである。
【0045】
【0046】
鋳型から取り出した鋳塊を熱間鍛造して、丸棒鋼に加工後、線材加工により、3~10mmΦ又は3~10mm□の線材に仕上げた。
【0047】
線材からの和釘製作は、選定保存技術者が、加熱した線材をハンマーで楔型に和釘の胴部を熱間鍛造して、必要な長さに切断し、その後、先端部と反対側を加熱してハンマーで叩き伸ばして折り曲げて、和釘の頭部を成形した。
【0048】
また、和釘製作の熱間鍛造中にNiとCo含有量の最も高いNo.3は、一部割れが確認された。熱間強度を向上させるCoの影響と考えられ、人力による熱間鍛造の観点からは、Coは0.3%以下が良好と考えられ、好ましくは0.2%程度まで下げるのが、作業効率に資する。
【0049】
次に、耐食性の評価試験とその評価結果について述べる。
木造建築用構成金物の耐食性の評価試験は、その置かれた環境、つまり木材中での耐食性の評価が重要であり、木抽出模擬液による付着サイクル試験を行った。試験はJIS G0594の塩分付着サイクル試験(D法)に準拠して、木抽出模擬液として、成分濃度で30mg/L酢酸、20mg/Lギ酸、2.1 g/L 塩化ナトリウムのpH3.5の水溶液を試作した和釘に噴霧した。噴霧後、8時間の乾湿サイクル(乾燥環境(温度60℃、相対湿度35%×3時間)と湿潤環境(温度40℃、相対湿度95%×3時間)、乾燥から湿潤に1時間、湿潤から乾燥に1時間)を12回繰り返す96時間試験を実施した。試験前の鍛造被膜を除去した和釘の重量と試験後の腐食被膜を除去した和釘の重量との差を腐食減量として、その量を比較した。
【0050】
図1に塩分付着サイクル試験(木抽出模擬液)による腐食減量を示す。腐食減量は、No.1が0.0012g、No.2が0.0010g、No.3が0.00085g、No.4が0.0014g、No.5が0.0011gとなっていた。No.1~3では、NiとCo含有量が高くなるほど、腐食減量が少なくなり、耐食性が向上していることを示している。また、No.1と比較例である電解鉄を母材とするNo.5とが同程度の腐食減量を示したことは、0.02%Niと0.03%Co含有による耐食性向上と工業用純鉄から電解鉄への不純物レベルを下げることの耐食性向上とにあまり差がないことを示している。更にNiとCo含有量を増やしたNo.2とNo.3は、電解鉄を母材とするNo.5よりも腐食減量が少なくなり、耐食性が更に向上している。またMnとSの含有量を高くしたNo.4は最も腐食減量が大きく、MnSの生成が耐食性を劣化させることを示している。
【0051】
更に、電気化学的な不働態電位における腐食速度を評価するためpH8.44のホウ酸緩衝液中(0.15M H3BO3+0.0375M Na2B4O7・10H2O)におけるアノード分極曲線を測定した。なお溶液はAr脱気している。
【0052】
図2に不働態保持電流付近における測定結果を示す。No.1~3は、比較例である電解鉄を母材とするNo.5に比べて電流密度が低く、電気化学的にも耐食性が優れていることを示している。またMnとSの含有量を多くしたNo.4が最も電流密度が大きく、塩分付着サイクル試験(木抽出模擬液)で腐食減量が大きく耐食性が悪かったことを、この測定結果でも再現している。
【0053】
上記の耐食性評価試験により、工業用純鉄を母材として、真空誘導加熱炉にて不活性ガス中で溶解し、C、O、P、Ni及びCoを所定の濃度に調整した本発明の低炭素鋼は、電解鉄クラスの高純度低炭素鋼を模した母材に電解鉄を用いた高純度低炭素鋼より、耐食性が良好なことを実証できた。
【産業上の利用可能性】
【0054】
工業的に量産可能な工業用純鉄を母材として、真空誘導加熱炉にて不活性ガス中で溶解し、C、O、P、Ni及びCoを所定の濃度に調整した低炭素鋼は、電解鉄クラスの高純度低炭素鋼より生産コストが安価で、かつ耐食性も優れていることを耐食性の評価試験により確認した。そのため、この低炭素鋼は、たたら製鉄の低炭素鋼の代替材料として木造建築用構成金物に利用できる。
【手続補正書】
【提出日】2023-04-05
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】請求項2
【補正方法】変更
【補正の内容】
【請求項2】
質量%で、C:0.03~0.2%、O:0.005~0.03%、P:0.025~0.07%、Ni:0.005~0.3%、Co:0.005~0.3%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる耐食性にすぐれた木造建築用鋼製金物。
【手続補正2】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】請求項3
【補正方法】変更
【補正の内容】
【請求項3】
前記木造建築用鋼製金物が、熱間鍛造で成形されることを特徴とする請求項2に記載の木造建築用鋼製金物。
【手続補正3】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】請求項4
【補正方法】変更
【補正の内容】
【請求項4】
前記木造建築用鋼製金物が、和釘又は鎹であることを特徴とする請求項2又は3に記載の木造建築用鋼製金物。
【手続補正5】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0001
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0001】
本発明は、低炭素鋼及びそれを用いた木造建築用鋼製金物に関するものである。
【手続補正6】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0003
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0003】
一方、明治以前の木造建築に用いられている建築用鋼製金物の一種である和釘材料は、建築当時のたたら製鉄の低炭素鋼やそれ以前のたたら製鉄の低炭素鋼を再利用して使用されてきた経緯がある。
【手続補正7】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0006
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0006】
しかし、現在、文化財の修理、修復、再建等にたたら製鉄の低炭素鋼を用いるには、以下のような困難な問題がある。現在、国内で操業されているたたら製鉄の操業目的は、刀剣美術用にたたら製鉄の低炭素鋼を提供することが中心であり、建築材料用を目的とした操業は行われていない。そのような背景により、建築用鋼製金物の製造に必要な量のたたら製鉄の低炭素鋼を確保することができないという問題である。
【手続補正8】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0013
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0013】
本発明では、たたら製鉄の低炭素鋼に替り、高炉-転炉法による工業的に量産可能で安価、かつ耐食性も確保できる低炭素鋼及びそれを用いた木造建築用鋼製金物を提供することを課題とする。なお、ここでの耐食性とは、電解鉄クラスの高純度低炭素鋼の組成を模した母材に電解鉄を用いた高純度低炭素鋼を基準とする。
【手続補正9】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0014
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0014】
本発明者らが鋭意研究した結果、工業的に量産可能な工業用純鉄を母材として、真空誘導加熱炉にて不活性ガス中で溶解し、C、O、P、Ni及びCo濃度を調整した低炭素鋼は、生産コストについて電解鉄クラスの高純度低炭素鋼より安価で、耐食性も優れており、たたら製鉄の低炭素鋼の代替材料として木造建築用鋼製金物に利用できることを確認した。
【手続補正10】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0017
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0017】
また、本発明の耐食性にすぐれた木造建築用鋼製金物は、質量%で、C:0.03~0.2%、O:0.005~0.03%、P:0.025~0.07%、Ni:0.005~0.3%、Co:0.005~0.3%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
【手続補正11】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0018
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0018】
質量%で、C:0.03~0.2%、O:0.005~0.03%、P:0.025~0.07%、Ni:0.005~0.3%、Co:0.005~0.3%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる木造建築用鋼製金物のため、材木中での耐食性が従来の組成の木造建築用鋼製金物より優れている。
【手続補正12】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0019
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0019】
また、前記木造建築用鋼製金物が、熱間鍛造で成形されることを特徴とするものである。
【手続補正13】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0020
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0020】
熱間鍛造で木造建築用鋼製金物を成形することで、金物の表面に錆を防止するPが濃化しやすく、また金属組織の均一化を図ることができる。
【手続補正14】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0021
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0021】
更に、前記木造建築用鋼製金物が、和釘又は鎹であることを特徴とするものである。
【手続補正15】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0022
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0022】
木造建築用鋼製金物の和釘又は鎹は、強度及び耐食性が求められる木造建築用鋼製金物部材であり、かつ需要が多いため、量産化が求められているからである。
【手続補正16】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0023
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0023】
本発明の低炭素鋼及びそれを用いた木造建築用鋼製金物は、従来のものより耐食性に優れていて、安価に量産化が可能であり、文化財の修理、修復、再建等の素材又は部材として利用ができる。また木造建築用鋼製金物を熱間鍛造で成形することで、更に表面の耐食性を向上させることができる効果を奏する。
【手続補正17】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0049
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0049】
次に、耐食性の評価試験とその評価結果について述べる。
木造建築用鋼製金物の耐食性の評価試験は、その置かれた環境、つまり木材中での耐食性の評価が重要であり、木抽出模擬液による付着サイクル試験を行った。試験はJIS G0594の塩分付着サイクル試験(D法)に準拠して、木抽出模擬液として、成分濃度で30mg/L酢酸、20mg/Lギ酸、2.1 g/L 塩化ナトリウムのpH3.5の水溶液を試作した和釘に噴霧した。噴霧後、8時間の乾湿サイクル(乾燥環境(温度60℃、相対湿度35%×3時間)と湿潤環境(温度40℃、相対湿度95%×3時間)、乾燥から湿潤に1時間、湿潤から乾燥に1時間)を12回繰り返す96時間試験を実施した。試験前の鍛造被膜を除去した和釘の重量と試験後の腐食被膜を除去した和釘の重量との差を腐食減量として、その量を比較した。
【手続補正18】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0054
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0054】
工業的に量産可能な工業用純鉄を母材として、真空誘導加熱炉にて不活性ガス中で溶解し、C、O、P、Ni及びCoを所定の濃度に調整した低炭素鋼は、電解鉄クラスの高純度低炭素鋼より生産コストが安価で、かつ耐食性も優れていることを耐食性の評価試験により確認した。そのため、この低炭素鋼は、たたら製鉄の低炭素鋼の代替材料として木造建築用鋼製金物に利用できる。