(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024124209
(43)【公開日】2024-09-12
(54)【発明の名称】膵臓がん抗原に対するVHH抗体及び膵臓がん細胞検出方法
(51)【国際特許分類】
C07K 16/30 20060101AFI20240905BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20240905BHJP
G01N 33/531 20060101ALI20240905BHJP
G01N 33/574 20060101ALI20240905BHJP
C12N 15/13 20060101ALN20240905BHJP
【FI】
C07K16/30 ZNA
C12Q1/04
G01N33/531 A
G01N33/574 A
C12N15/13
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023032216
(22)【出願日】2023-03-02
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、創発的研究支援事業「早期がんを一元的に診断・治療できる医療技術の開発」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】淵上 剛志
(72)【発明者】
【氏名】宮成 悠介
(72)【発明者】
【氏名】宮成(田川) 綾子
(72)【発明者】
【氏名】小川 数馬
(72)【発明者】
【氏名】三代 憲司
(72)【発明者】
【氏名】宗兼 将之
【テーマコード(参考)】
4B063
4H045
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QR48
4B063QS33
4B063QS36
4B063QX02
4B063QX07
4H045AA11
4H045AA30
4H045BA10
4H045BA70
4H045BA71
4H045DA76
4H045EA50
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】膵臓がん抗原に対するVHH抗体及びそれを用いた膵臓がん細胞検出方法の提供。
【解決手段】膵臓がん細胞において発現したADAM8、サバイビン、及びグリピカン1からなる群から選択される膵臓がん抗原タンパク質に特異的に結合する重鎖抗体重鎖可変ドメイン(VHH)を含む抗体、並びにそれを用いた膵臓がん細胞検出用試薬及び膵臓がん細胞検出方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
膵臓がん細胞において発現したADAM8、サバイビン、及びグリピカン1からなる群から選択される膵臓がん抗原タンパク質に特異的に結合する重鎖抗体重鎖可変ドメイン(VHH)を含む抗体。
【請求項2】
前記VHHが、配列番号1に示されるアミノ酸配列又はその7アミノ酸長以上の部分配列からなる部分ADAM8ポリペプチドに特異的に結合する、請求項1に記載の抗体。
【請求項3】
前記VHHが、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるサバイビン又はその7アミノ酸長以上の部分配列からなる部分サバイビンポリペプチドに特異的に結合する、請求項1に記載の抗体。
【請求項4】
前記VHHが、配列番号3に示されるアミノ酸配列又はその7アミノ酸長以上の部分配列からなる部分グリピカン1ポリペプチドに特異的に結合する、請求項1に記載の抗体。
【請求項5】
前記VHHがラクダ科動物由来である、請求項1に記載の抗体。
【請求項6】
標識物質により修飾されている、請求項1に記載の抗体。
【請求項7】
標識物質が、放射性核種、ペプチドタグ、レポータータンパク質、色素、ビオチン、金コロイド、及び担体からなる群から選択される少なくとも1つを含む、請求項6に記載の抗体。
【請求項8】
標識物質が放射性核種67Ga又は125Iを含む、請求項6に記載の抗体。
【請求項9】
請求項6に記載の抗体を含有する、膵臓がん細胞検出用試薬。
【請求項10】
イメージング剤である、請求項9に記載の膵臓がん細胞検出用試薬。
【請求項11】
請求項6に記載の抗体、又は請求項9に記載の膵臓がん細胞検出用試薬を含む、膵臓がん細胞検出用キット。
【請求項12】
膵臓がん細胞に、請求項6に記載の抗体、又は請求項9に記載の膵臓がん細胞検出用試薬を接触させて、膵臓がん細胞と抗体との結合を検出することを含む、膵臓がん細胞を検出するための方法。
【請求項13】
膵臓がん細胞が、ヒト被験体由来の被験試料中の膵臓がん細胞である、請求項12に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膵臓がん抗原に対するVHH抗体及びそれを用いた膵臓がん細胞検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
膵臓がんは日本人のがんによる死亡数が男性で4位、女性で3位に上り、日本では合計で年間約3万7千人が膵臓がんで死亡している。膵臓がんの5年生存率は男性8.9%、女性8.1%と、全がんの中で最も予後が悪い。その原因として、膵臓がん初期には際立った症状がなく、膵臓がん発見時にはすでにがんが進行している例が多いことが挙げられる。従って、膵臓がんの治療成績向上には、(i)膵臓がんの早期発見、及び(ii)膵臓がんの質的診断を伴う個別化医療が可能になることが非常に重要である。現在の医療現場では、腫瘍マーカーのCA19-9等を中心に膵臓がんの検診が血液検査によって行われているが、膵臓がん特異的な血液腫瘍マーカーは確立されていない。
【0003】
核医学イメージングや光音響イメージングは、生体内の標的分子を非侵襲的に画像化できる診断手法であり、適切な分子プローブを用いることにより、分子レベルで診断組織の状態を定量的かつ質的に評価できる。核医学イメージングは極めて微量な放射性薬剤を体内に投与して、標的タンパク質に結合した放射性薬剤を体外から検出する診断法であり、空間分解能は1~2mm程度であるが、検出深度は無制限であり極めて感度の高い診断法である。一方、光音響イメージングは、生体に投与した近赤外蛍光分子や消光分子から発生した超音波を検出する空間分解能(50~500μm)と優れた測定深度(5cm)を兼ね備えたin vivoイメージング法であり、新しい深部画像診断法として期待されている。
【0004】
これまで主に開発されてきたイメージング剤は大きく分けて、(1)低分子有機化合物、(2)ペプチド、(3)抗体薬剤に分類される。低分子有機化合物である18F-フルオロデオキシグルコース(FDG)は、日本において既に保険適用されている陽電子放出断層撮影(positron emission tomography;PET)用の放射性医薬品であり、糖代謝の盛んな組織に集積することから膵臓がんの画像診断に用いられている。しかしFDGは正常組織への生理的な集積も見られるため、膵臓がんの早期検出や悪性度、治療方針立案のための情報を得るには、その精度は不十分であり、より効果的な新たな画像診断薬の開発が望まれている。次世代がん診断薬として、ソマトスタチン受容体を標的としたペプチド性放射性薬剤も膵臓がん診断に用いられているが、それにより初期の膵臓がんを検出できるかどうかは不明である。
【0005】
非特許文献1は、抗体を用いた膵臓がんの分子イメージング技術について述べた総説である。非特許文献1は、CA19-9やインテグリンを標的としたIgGを用いた放射性薬剤が、長い血中半減期や、非特異的集積、体内被曝等の問題点を多く抱えていることにも言及している。
【0006】
多くの動物が産生する一般的な抗体は軽鎖と重鎖で構成されるが、ラクダ科動物などの一部の動物は重鎖のみで構成される抗体(重鎖抗体)を有している。重鎖は重鎖可変ドメインと重鎖定常ドメインから構成されており、重鎖抗体の重鎖可変ドメイン(抗原認識ドメイン)はVHH(Variable domain of heavy chain of heavy chain antibody)と呼ばれ、VHH単独で抗原に特異的に結合することができるため、単離形態で単一ドメイン抗体として利用されている。単一ドメイン抗体としてのVHH抗体(「ナノボディ」と呼ばれることもある)は一般的なIgGよりも分子サイズがおよそ10倍以上小さく、分子プローブとしての利用にも適している(非特許文献2)。しかし膵臓がん細胞の検出に適した具体的なVHH抗体についての報告はまだない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】England, C. G. et al., Mol. Pharm., (2016) 13, p.8-24
【非特許文献2】Van Audenhove, I. and Gettemans, J., EBioMedicine (2016) 8, p.40-48
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、膵臓がん抗原に対するVHH抗体及びそれを用いた膵臓がん細胞検出方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、膵臓がんの初期段階から膵臓がん細胞で高発現するタンパク質に特異的に結合するVHH抗体を取得し、当該タンパク質を高発現する細胞をVHH抗体により検出することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1]膵臓がん細胞において発現したADAM8、サバイビン、及びグリピカン1からなる群から選択される膵臓がん抗原タンパク質に特異的に結合する重鎖抗体重鎖可変ドメイン(VHH)を含む抗体。
[2]前記VHHが、配列番号1に示されるアミノ酸配列又はその7アミノ酸長以上の部分配列からなる部分ADAM8ポリペプチドに特異的に結合する、上記[1]に記載の抗体。
[3]前記VHHが、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるサバイビン又はその7アミノ酸長以上の部分配列からなる部分サバイビンポリペプチドに特異的に結合する、上記[1]に記載の抗体。
[4]前記VHHが、配列番号3に示されるアミノ酸配列又はその7アミノ酸長以上の部分配列からなる部分グリピカン1ポリペプチドに特異的に結合する、上記[1]に記載の抗体。
[5]前記VHHがラクダ科動物由来である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の抗体。
[6]標識物質により修飾されている、上記[1]~[5]のいずれかに記載の抗体。
[7]標識物質が、放射性核種、ペプチドタグ、レポータータンパク質、色素、ビオチン、金コロイド、及び担体からなる群から選択される少なくとも1つを含む、上記[6]に記載の抗体。
[8]標識物質が放射性核種67Ga又は125Iを含む、上記[6]又は[7]に記載の抗体。
[9]上記[1]~[8]のいずれかに記載の抗体を含有する、膵臓がん細胞検出用試薬。
[10]イメージング剤である、上記[9]に記載の膵臓がん細胞検出用試薬。
[11]上記[1]~[8]のいずれかに記載の抗体、又は上記[9]又は[10]に記載の膵臓がん細胞検出用試薬を含む、膵臓がん細胞検出用キット。
[12]膵臓がん細胞に、上記[1]~[8]のいずれかに記載の抗体、又は上記[9]又は[10]に記載の膵臓がん細胞検出用試薬を接触させて、膵臓がん細胞と抗体との結合を検出することを含む、膵臓がん細胞を検出するための方法。
[13]膵臓がん細胞が、ヒト被験体由来の被験試料中の膵臓がん細胞である、上記[12]に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、膵臓がん細胞を効果的に検出可能なVHH抗体及びそれを用いた膵臓がん細胞検出技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、VHH抗体提示ファージ混合物の、膵臓がん抗原タンパク質(標的タンパク質グリピカン1、ADAM8、又はサバイビン)に対する結合レベルを示す図である。v86は抗グリピカン1 VHH抗体提示ファージ、v88は抗ADAM8 VHH抗体提示ファージ、v89は抗サバイビンVHH抗体提示ファージである。
【
図2】
図2は、単一クローンVHH抗体それぞれの、膵臓がん抗原タンパク質(標的タンパク質グリピカン1、ADAM8、又はサバイビン)に対する特異的な結合を示す図である。
【
図3】
図3は、ヒト細胞において過剰発現させたαFLAG
(R)タグ融合サバイビンに対する、抗サバイビンVHH抗体の結合部位の蛍光染色検出結果を、抗αFLAG抗体を用いた蛍光染色結果と比較して示す写真である。A及びD:クローンv89-3、B及びE:クローンv89-7、C及びF:クローンv89-9。A、B、C:抗サバイビンVHH抗体による蛍光検出像、D、E、F:抗αFLAG抗体による蛍光検出像。
【
図4】
図4は、ヒト細胞において過剰発現させたαFLAG
(R)タグ融合ADAM8に対する、抗ADAM8 VHH抗体の結合部位の蛍光検出結果を、抗αFLAG抗体を用いた蛍光検出結果と比較して示す写真である。A及びC:クローンv88-8、B及びD:クローンv88-9、E及びG:クローンv88-12、F及びH:クローンv88-17。A、B、E、F:抗ADAM8 VHH抗体による蛍光検出像、C、D、G、H:抗αFLAG抗体による蛍光検出像。
【
図5】
図5は、抗ADAM8 VHH抗体を用いた、PANC-1細胞及びPANC-1_A8細胞におけるADAM8の蛍光検出結果を示す写真である。A、D:クローンv88-8、B、E:クローンv88-12、C、F:クローンv88-17。A、B、C:PANC-1_A8細胞、D、E、F:PANC-1細胞。
【
図6】
図6は、VHH抗体の放射性標識方法を示す概略図である。A:
125I標識、B:
67Ga標識。
【
図7】
図7は、PANC-1細胞、又はPANC-1_A8細胞への、
125I標識抗ADAM8 VHH抗体(v88-8、v88-17、又はv88-12由来)のタンパク質単位重量あたりの細胞取り込み率を示すグラフである。グラフの値は平均値±標準誤差(n=3)である。
【
図8】
図8は、AsPC-1細胞、PANC-1細胞、又はPANC-1_A8細胞への、
67Ga標識抗ADAM8 VHH抗体(v88.17由来)のタンパク質単位重量あたりの細胞取り込み率を示すグラフである。グラフの値は平均値±標準誤差(n=3)である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、膵臓がん抗原タンパク質、すなわち、(正常膵臓がん細胞と比較して)膵臓がん細胞において特異的に発現したタンパク質に対して特異的に結合する重鎖抗体重鎖可変ドメイン(VHH)を含む抗体及びその用途に関する。本発明は、特に、膵臓がんの初期段階から膵臓がん細胞で高発現する膵臓がん抗原タンパク質に特異的に結合する重鎖抗体重鎖可変ドメイン(VHH)を含む抗体及びその用途に関する。より具体的には、本発明は、膵臓がん細胞において発現した、ADAM8、サバイビン、及びグリピカン1からなる群から選択される膵臓がん抗原タンパク質に特異的に結合する重鎖抗体重鎖可変ドメイン(VHH)を含む抗体及びその用途に関する。
【0014】
本発明において、重鎖抗体重鎖可変ドメイン(VHH;Variable domain of heavy chain of heavy chain antibody)とは、自然界ではラクダ科動物やサメなどの軟骨魚類に見られるような、重鎖のみで構成される抗体である重鎖抗体(HcAb)由来の、可変ドメイン(抗原結合ドメイン)を指す。重鎖抗体から単離されたVHHは、VHH抗体、又は単一ドメイン抗体とも呼ばれる。VHHは、「ナノボディ」と呼ばれることもあるが、ナノボディ(R)は日本においてAblynx社の登録商標である。VHHは、高い抗原特異性、高い水溶性及び安定性、優れた体内動態(早いクリアランス速度)、ヒト生体内での低い免疫原性(ラクダ科動物由来であってもヒトIgGの重鎖配列と定常領域のアミノ酸配列が非常に類似しているため)、組換え抗体の大量生産の容易性とそれによる生産コストダウンの可能性などの、分子プローブとして優れた特性を有する。VHHは、フレームワーク領域1(FR1)、相補性決定領域(complementarity determining region;CDR)1、FR2、CDR2、FR3、CDR3、及びFR4を、N末端からC末端に向かってその順番で含む。VHHは、重鎖及び軽鎖から構成される一般的な抗体と比較してより長いCDR3(およそ24アミノ酸長)を有し、それがVHHの結合親和性や親和性を高め、抗原表面上の多様なエピトープの認識をより容易にしている。
【0015】
本発明の抗体は、ADAM8、サバイビン、又はグリピカン1等の膵臓がん抗原タンパク質に特異的に結合するVHHを少なくとも1つ含む。例えば、本発明の抗体は、ADAM8、サバイビン、又はグリピカン1等の膵臓がん抗原タンパク質に特異的に結合するVHHを、1つ、2つ、又は3つ以上含むものであり得る。一実施形態では、本発明の抗体が複数個のVHHを含む場合、それらのVHHはリンカー等を介してタンデムに連結されていてもよい。別の実施形態では、本発明の抗体は、上記VHHを1つ含む単一ドメイン抗体であってもよい。本発明の抗体は、VHHの抗原結合能を損なわない限り、VHHに加えて他のタンパク質又はポリペプチドを含んでいてもよい。本発明において「抗体」とは、目的の抗原に対して免疫学的反応性、すなわち特異的な結合能を有する、免疫グロブリン、又はその断片若しくは改変体を含む結合分子を指す。
【0016】
ADAM8(a disintegrin and metalloprotease 8)は、細胞膜上に存在するI型膜貫通タンパク質である。ヒトADAM8は、正常膵臓組織ではほとんど発現していない。一方、膵管腺がん(pancreatic ductal adenocarcinoma;PDAC)をはじめとする膵臓がん組織においてADAM8の高発現が見られ、ADAM8発現レベルの高さは予後の悪さと関連している(Schlomann U. et al., Nature Communications (2015) 6, p.6175; Valkovskaya N., et al., J. Cell. Mol. Med., Vol. 11, No. 5, (2007) pp. 1162-1174)。
【0017】
一実施形態では、本発明の抗体は、配列番号1に示されるアミノ酸配列(全長ADAM8のアミノ酸355-528位に相当)又は配列番号1に示されるアミノ酸配列の部分配列、好ましくは、7アミノ酸長以上、例えば、10アミノ酸長以上又は14アミノ酸以上の部分配列からなる部分ADAM8ポリペプチド(ADAM8の部分ポリペプチド)に特異的に結合するVHHを含むものであってよい。
【0018】
サバイビン(survivin)は、アポトーシスタンパク質のインヒビターである。サバイビンは正常膵臓細胞では最小限の発現しか示さないが、膵臓がん組織では過剰発現し、その発現レベルは予後の悪さと関連している(Kami, K. et al., Surgery, (2004) 136 (2), p.443-448)。
【0019】
一実施形態では、本発明の抗体は、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるサバイビン(全長サバイビン)又は配列番号2に示されるアミノ酸配列の部分配列、好ましくは、7アミノ酸長以上、例えば、10アミノ酸長以上又は14アミノ酸以上の部分配列からなる部分サバイビンポリペプチド(サバイビンの部分ポリペプチド)に特異的に結合するVHHを含むものであってよい。
【0020】
グリピカン1(glypican-1)は、細胞膜に結合する細胞表面プロテオグリカンである。グリピカン1は、膵臓がんを含む様々ながんにおいて過剰発現すること、またがん細胞由来エキソソームに豊富に含まれており膵臓がんマーカーとなり得ることが報告されている(Melo S. A. et al., Nature, (2015) 523 (7559), p.177-182)。
【0021】
一実施形態では、本発明の抗体は、配列番号3に示されるアミノ酸配列(全長グリピカン1のアミノ酸34-197位に相当)又は配列番号3に示されるアミノ酸配列の部分配列、好ましくは、7アミノ酸長以上、例えば、10アミノ酸長以上又は14アミノ酸以上の部分配列からなる部分グリピカン1ポリペプチド(グリピカン1の部分ポリペプチド)に特異的に結合するVHHを含むものであってよい。
【0022】
本発明の抗体に含まれるVHHは、重鎖抗体を産生可能な動物由来、例えば、ラクダ科動物由来であってもよく、又はサメ、エイ等の軟骨魚類由来であってもよい。ラクダ科動物は、典型的には、リャマ(ラマとも呼ばれる)、アルパカ、又はラクダ(例えば、ヒトコブラクダ、又はフタコブラクダ)であり得る。
【0023】
本発明の抗体は、組換え抗体であってもよいし、天然重鎖抗体由来のものであってもよい。本発明の抗体は、ヒト化抗体、キメラ抗体、又は多重特異性抗体(例えば、二重特異性抗体)であってもよい。本発明の抗体は、例えば、1個以上(例えば1個、2個、又は1~5個)のアミノ酸の変異(欠失、置換、付加、及び/又は挿入)を有するフレームワーク領域(例えば、ヒト化フレームワーク領域)を含んでもよい。本発明の抗体は、重鎖抗体由来の少なくとも一部の定常ドメイン(重鎖定常ドメイン)を含まないことが好ましく、全ての重鎖定常ドメインを含まないことがより好ましい。
【0024】
本発明に関して、「ヒト化抗体」とは、非ヒト生物(例えば、ラクダ科動物又は軟骨魚類)由来の重鎖抗体中のCDR配列をヒト抗体のフレームワーク(FR)配列と組み合わせて(典型的には、グラフトして)作製したVHHを含む抗体を指す。
【0025】
本発明に関して、「キメラ抗体」とは、重鎖抗体を産生可能な動物(例えば、ラクダ科動物又は軟骨魚類)由来の重鎖抗体のVHH(可変ドメイン)と、別の生物種由来の抗体の可変ドメイン以外の領域(定常ドメイン等)を含む抗体を指す。
【0026】
本発明の抗体は、上記VHHの抗原結合能に基づいて、膵臓がん細胞において発現した、ADAM8、サバイビン、又はグリピカン1等の膵臓がん抗原タンパク質に特異的に結合することができる。
【0027】
本発明の抗体は、公知のVHH製造方法や抗体の組換え作製方法に従って製造することができる。例えば、重鎖抗体を産生可能な動物(例えば、ラクダ科動物、サメなどの軟骨魚類、又はラクダ科抗体遺伝子を組み込んだマウス若しくはラット等)に目的の抗原タンパク質を投与して免疫した後、リンパ球を取得し、リンパ球(B細胞)からRNAを回収してcDNA合成を行い、それを鋳型としてVHHコード配列を核酸増幅し、核酸増幅産物をベクター中にクローニングして抗体cDNAライブラリーを作製することができる。作製した抗体cDNAライブラリーを、ファージディスプレイ法などを用いて、目的の膵臓がん抗原タンパク質との結合についてスクリーニングし、当該抗原タンパク質と特異的に結合するクローンを選抜する。このスクリーニングを反復すること(バイオパニング法)により、より好適なクローンを選抜することができる。選抜したクローンのVHHコードDNAを配列解析するとともに、単離したVHHコードDNAをプロモーターの制御下に組み込んだベクターを作製し、それを大腸菌、酵母、又は動物細胞などの宿主細胞に導入して組換え発現させることにより、選抜したクローンのVHHを含む単一ドメインVHH抗体を製造することができる。あるいは、複数のVHHコード配列を核酸リンカーを介して連結したDNAをプロモーターの制御下に組み込んだベクターを、大腸菌等の細菌、酵母等の真菌、又は動物細胞などの宿主細胞に導入し、組換え発現させることにより、複数のVHHを含む抗体を製造することもできる。また、VHHコード配列と別のタンパク質コード配列を連結したDNAをプロモーターの制御下に組み込んだベクターを宿主細胞に導入し、組換え発現させることにより、VHHと他のタンパク質との融合タンパク質を含む抗体を製造することもできる。別の実施形態では、重鎖抗体を産生可能な動物に目的の抗原タンパク質を投与して免疫した後、血清を回収し、目的の膵臓がん抗原タンパク質に結合性を示すポリクローナル抗体を取得してもよい。そのようなポリクローナル抗体からVHHを、例えば酵素的に切断することにより、単一ドメインVHH抗体を生成してもよい。また別の実施形態として、抗体、例えば、単一ドメインVHH抗体を製造した後、複数のVHH抗体を化学的リンカーを用いて連結してもよい。
【0028】
本発明の抗体は、標識物質により修飾されてもよい。本発明に関して、「標識物質」とは、目的物(抗体)に結合することにより目的物(抗体)の検出を容易にする物質を意味する。標識物質は、以下に限定されないが、例えば、放射性核種、ペプチドタグ、レポータータンパク質、色素、ビオチン、金コロイド、及び担体からなる群から選択される少なくとも1つを含むものであり得る。本発明の抗体が「標識物質により修飾されている」とは、本発明の抗体に標識物質が、VHHの抗原結合能を損なわないように、直接的に又は間接的に(例えばリンカー等を介して)結合されていることを意味し、これは「標識物質により標識されている」と表現することもできる。
【0029】
放射性核種としては、以下に限定されないが、例えば、11C(炭素)、13N(窒素)、15O(酸素)、18F(フッ素)、61Cu(銅)、64Cu、67Ga(ガリウム)、68Ga、77Br(臭素)、89Zr(ジルコニウム)、99Mo(モリブデン)、111In(インジウム)、123I(ヨウ素)、124I、125I、131I、99mTc(テクネチウム)、177Lu(ルテチウム)、201TI(タリウム)、211At(アスタチン)等が挙げられる。核医学診断法の1つである陽電子放出断層撮影(PET)に適した放射性核種として、11C、13N、15O、18F、61Cu、64Cu、68Ga、89Zr、124I等が挙げられるが、これらに限定されない。別の核医学診断法である単一光子放射型コンピュータ断層撮影(Single-photon emission computed tomography;SPECT)に適した放射性核種としては、67Ga、99mTc、111In、123I、177Lu等が挙げられるが、これらに限定されない。放射性核種は、本発明の抗体とコンジュゲートした放射性核種からの放射活性を検出することにより本発明の抗体の局在を検出するために利用できる。
【0030】
ペプチドタグとしては、これらに限定されないが、例えば、ヒスチジンタグ、HAタグ、His-SUMOタグ、シグナルペプチド、抗体の部分Fc断片等が挙げられる。
【0031】
レポータータンパク質としては、以下に限定されないが、例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP)、赤色蛍光タンパク質(RFP)などの蛍光タンパク質;ルシフェラーゼ、西洋わさびペルオキシダーゼ(HRP)、アルカリホスファターゼ(AP)、グリコシダーゼ、プロテアーゼなどの、化学発光タンパク質をはじめとする酵素等が挙げられる。
【0032】
色素としては、以下に限定されないが、例えば、Alexa Fluor(R)色素(Alexa Fluor(R) 405、488、555、568、594、647、680、750、790等)、シアニン色素(Cy(R)2、Cy(R)3、Cy(R)5等)、Texas Red(R)などの蛍光色素、Super Bright色素(Super Bright 436、600、645、702等)、Qdot(R)プローブ(Qdot(R) 525、605、655、800等)、ローダミンなどが挙げられる。
【0033】
ビオチンは、ビオチンとアビジンの強い結合親和性及び特異性に基づく結合を利用して本発明の抗体の検出やそのための分離精製等に利用できる。
【0034】
金コロイドは、電子顕微鏡下で抗体に標識されている金コロイドを黒点として観察することにより本発明の抗体の局在を検出するために利用できる。
【0035】
担体としては、以下に限定されないが、磁性ビーズ、アガロースビーズ、磁性アガロースビーズなどのビーズ、チューブなどの固相担体が挙げられる。担体は、例えば、本発明の抗体を担体に結合させて分離した上で、分離した抗体を検出・解析するために利用できる。
【0036】
本発明の抗体への標識物質の結合は、公知の方法により行うことができるが、典型的には、抗体のアミノ基(リジン残基の側鎖のアミノ基又は抗体のN末端のアミノ基)又はスルフヒドリル基(SH基;システイン残基の側鎖のスルフヒドリル基)に標識物質を結合することにより、標識物質を本発明の抗体にコンジュゲート化することができる。標識物質を結合するのに適したスルフヒドリル基を抗体が有しない場合には、本発明の抗体のN末端若しくはC末端にシステイン残基を付加することにより遊離スルフヒドリル基を有する抗体を作製してもよい。抗体のアミノ基に標識物質を結合させるためには、例えば、活性エステル基やイソチオシアネート基のような、アミノ基に結合可能な官能基を有するか又はそのような官能基が導入された標識物質を抗体と共にインキュベートすればよい。抗体のスルフヒドリル基に標識物質を結合させるためには、例えば、マレイミド基やヨードアセチル基のような、スルフヒドリル基に結合可能な官能基を有するか又はそのような官能基が導入された標識物質を抗体と共にインキュベートすればよい。あるいは、標識物質は、リンカーを介して、本発明の抗体のアミノ基又はスルフヒドリル基に結合してもよい。但し、本発明の抗体への標識物質の結合方法はこれらの手法に限定されない。
【0037】
放射性核種による本発明の抗体の修飾(標識)の一例としては、金属放射性核種との錯体形成部位とタンパク質結合部位(例えば、マレイミド基、ヨードアセチル基、イソチオシアネート基、又は活性エステル基)とを有する二官能性キレート剤を、スルフヒドリル基若しくはアミノ基を有するか又はそれが(例えばN末端又はC末端に)導入された本発明の抗体と反応させてコンジュゲート化し、得られたコンジュゲートと金属放射性核種との錯体形成反応を生じさせることにより、本発明の抗体を金属放射性核種により標識(修飾)することができる。あるいは、本発明の抗体の末端のスルフヒドリル基と、スルフヒドリル基に結合可能な官能基が付加された放射性核種を反応させて結合させることにより、本発明の抗体を放射性核種により標識(修飾)することができる。
【0038】
標識物質により修飾(標識)された本発明の抗体は、膵臓がん細胞の検出に有利に使用できる。本発明は、本発明の抗体、好ましくは、標識物質により修飾(標識)された本発明の抗体を含有する、膵臓がん細胞検出用試薬も提供する。本発明の膵臓がん細胞検出用試薬は、本発明の抗体に加えて、担体又は賦形剤などの添加剤(例えば、固体担体や液体担体などの担体、賦形剤、界面活性剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、溶解補助剤、懸濁化剤、コーティング剤、着色剤、保存剤、緩衝剤、pH調整剤、希釈剤、安定化剤、酸化防止剤、増粘剤等)を含んでもよい。膵臓がん細胞検出用試薬が生体内に投与して用いる診断薬である場合には、そのような添加剤は、製薬上許容される、担体又は賦形剤などの上記添加剤であることが好ましい。
【0039】
一実施形態では、本発明の膵臓がん細胞検出用試薬は、イメージング剤であってもよく、in vivoイメージング剤であってもよい。本発明に関して、「イメージング剤」とは、検出対象の存在、分布、又は局在等を可視化することができる試薬を意味する。イメージング剤としての膵臓がん細胞検出用試薬においては、特に、放射性核種、レポータータンパク質、又は色素を含む標識物質を、本発明の抗体の修飾(標識)に用いることが好ましい。in vivoイメージング剤としての膵臓がん細胞検出用試薬は、例えば、PETやSPECTなどの核医学診断法において好適に用いることができる。
【0040】
本発明はまた、本発明の抗体、好ましくは、標識物質により修飾(標識)された本発明の抗体、又は、本発明の膵臓がん細胞検出用試薬を含む、膵臓がん細胞検出用キットも提供する。本発明の膵臓がん細胞検出用キットは、膵臓がん細胞検出のための当該キットについての使用説明書をさらに含んでもよい。
【0041】
本発明はさらに、本発明の抗体、好ましくは、標識物質により修飾(標識)された本発明の抗体、又は本発明の膵臓がん細胞検出用試薬、あるいは本発明の膵臓がん細胞検出用キットを用いた、膵臓がん細胞を検出するための方法も提供する。
【0042】
好ましい実施形態では、本発明の方法は、膵臓がん細胞に、本発明の抗体、好ましくは、標識物質により修飾(標識)された本発明の抗体、又は本発明の膵臓がん細胞検出用試薬を接触させて、膵臓がん細胞と本発明の抗体とを結合させた後、膵臓がん細胞と抗体との結合を検出することを含む、膵臓がん細胞を検出するための方法であり得る。
【0043】
本発明の膵臓がん細胞を検出するための方法は、in vitro検出法であってもよいし、in vivo検出法であってもよい。本発明の方法がin vitro検出法である場合、好ましくは、ヒト被験体由来の被験試料中の膵臓がん細胞に、本発明の抗体、好ましくは、標識物質により修飾(標識)された本発明の抗体、又は本発明の膵臓がん細胞検出用試薬を接触させる。ここで「被験試料」とは、膵臓がんが疑われる膵臓から採取若しくは単離した組織又は細胞(膵臓細胞)試料、又は体液試料(例えば、腹水、血液、血清、又は血漿試料)であり得る。in vitro検出法では、ヒト被験体から採取又は単離した被験試料に、本発明の抗体、標識物質により修飾(標識)された本発明の抗体、又は本発明の膵臓がん細胞検出用試薬を添加することにより、それを膵臓がん細胞と接触させることができる。本発明の方法がin vivo検出法である場合、好ましくは、ヒト生体内の膵臓がん細胞に、生体内に導入された本発明の抗体、好ましくは、標識物質により修飾(標識)された本発明の抗体、又は本発明の膵臓がん細胞検出用試薬を接触させる。in vivo検出法では、ヒト生体内(例えば、膵臓内)に、本発明の抗体、標識物質により修飾(標識)された本発明の抗体、又は本発明の膵臓がん細胞検出用試薬を投与することにより、それを膵臓がん細胞と接触させることができる。そのような接触により、膵臓がん細胞と本発明の抗体とを結合させることができる。
【0044】
本発明の膵臓がん細胞を検出するための方法において、膵臓がん細胞と本発明の抗体との結合の検出は、典型的には、標識物質を利用した抗体の検出により行うことができる。標識物質を利用した抗体の検出は、それぞれの標識物質について公知の検出方法により定量的又は定性的に行えばよい。標識物質が放射性核種を含む場合には、例えば、本発明の抗体とコンジュゲートした放射性核種からの放射活性(放射線量)の、γカウンターによる検出、イメージアナライザーによる検出、オートラジオグラフィー等により、又は、PET若しくはSPECTなどの核医学診断法により、検出を行うことができる。標識物質がペプチドタグを含む場合には、例えば、そのペプチドタグに対する二次抗体を結合させた後にその二次抗体を検出してもよいし、あるいは、そのペプチドタグを用いて膵臓がん細胞に結合した本発明の抗体を分離・回収して検出を行ってもよい。標識物質がレポータータンパク質を含む場合には、例えば、そのレポータータンパク質のレポーター活性(例えば、蛍光、発光等)を検出すればよい。標識物質が色素を含む場合には、例えば、その色素の発光又は発色活性を検出すればよい。標識物質がビオチンを含む場合には、例えば、本発明の抗体とコンジュゲートしたビオチンを、蛍光標識又は酵素標識等を有するアビジンと結合させて、結合したアビジンの標識由来のシグナルを測定することにより、間接的に検出を行ってもよい。標識物質が金コロイドを含む場合には、例えば、本発明の抗体とコンジュゲートした金コロイドを電子顕微鏡下で黒点として観察することにより、検出を行うことができる。標識物質がビーズやチューブなどの担体を含む場合には、例えば、膵臓がん細胞に結合した本発明の抗体を、抗体にコンジュゲートした担体を用いて分離・回収し、検出を行えばよい。膵臓がん細胞と本発明の抗体との結合レベルが、正常膵臓細胞と本発明の抗体との結合レベルと比較して高い(典型的には、統計学的に有意に高い)場合、膵臓がん細胞が検出されたことが示される。なお、本発明の膵臓がん細胞を検出するための方法は、医師の診断ステップを含まないものとする。
【0045】
本発明はまた、本発明の抗体、好ましくは、標識物質により修飾(標識)された本発明の抗体、又は本発明の膵臓がん細胞検出用試薬、あるいは本発明の膵臓がん細胞検出用キットを用いた、膵臓がんの診断方法も提供する。本発明の抗体、好ましくは、標識物質により修飾(標識)された本発明の抗体、本発明の膵臓がん細胞検出用試薬、及び本発明の膵臓がん細胞検出用キットは、膵臓がんの診断薬として利用できる。
【0046】
好ましい実施形態では、本発明の診断方法は、被験体由来の膵臓がん細胞に、本発明の抗体、好ましくは、標識物質により修飾(標識)された本発明の抗体、又は本発明の膵臓がん細胞検出用試薬を接触させて、膵臓がん細胞と抗体とを結合させた後、膵臓がん細胞と抗体との結合を検出することを含む方法であり得る。本発明の膵臓がんの診断方法は、上記のin vitro検出法又はin vivo検出法のいずれの方法で行ってもよい。膵臓がん細胞と本発明の抗体との結合は、上記と同様にして検出することができる。被験体由来の膵臓がん細胞と本発明の抗体との結合レベルが、正常膵臓細胞と本発明の抗体との結合レベルと比較して高い(好ましくは、統計学的に有意に高い)場合、膵臓がん細胞が検出されたことが示され、その結果に基づいて被験体を膵臓がんを発症しているか又はその恐れがあると診断することができる。本発明の診断方法は、膵臓がん患者である被験体における膵臓がんの病態、進行度、治療効果等をモニタリングするために用いることもできる。すなわち本発明は、被験体由来の膵臓がん細胞に、本発明の抗体、好ましくは、標識物質により修飾(標識)された本発明の抗体、又は本発明の膵臓がん細胞検出用試薬を接触させて、膵臓がん細胞と抗体とを結合させた後、膵臓がん細胞と抗体との結合を検出することを含む、膵臓がんのモニタリング方法も提供する。
【0047】
被験体を膵臓がんを発症しているか又はその恐れがあると診断した場合、その被験体に対し、膵臓がんのさらなる診断法(CEA又はCA19-9などの腫瘍マーカーの測定、膵酵素の測定などの血液検査、内視鏡検査、磁気共鳴画像(MRI)検査、腹部コンピュータ断層撮影(CT)検査、MR胆膵管撮影検査(MRCP)、及び/又は腹部超音波検査)を行ってもよいし、あるいは、膵臓がんの治療(外科手術、放射線療法、及び/又は化学療法)を行ってもよい。その場合、本発明の方法は膵臓がんの診断及び治療方法でもあり得る。
【0048】
本発明において、被験体は、哺乳動物であり、好ましくは霊長類であり、典型的にはヒトである。一実施形態では、被験体は、膵臓がんを患っている(膵臓がん患者)か、患っていることが疑われるか、又は膵臓がんを発症しやすい遺伝的又は環境的素因を有する被験体であり得る。
【0049】
本発明の方法は、膵臓がん細胞において早期から発現する膵臓がん抗原タンパク質を検出できることから、早期の膵臓がんの発見の促進、ひいては膵臓がんの治療成績向上や膵臓がん患者の予後の改善にもつなげることができると考えられる。
【実施例0050】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0051】
[実施例1]VHH抗体の作製
膵臓がんの初期段階から高発現し、予後不良に深く関与するヒト膵臓がん抗原ADAM8(A disintegrin and metalloprotease 8)、サバイビン(survivin)、及びグリピカン1(glypican-1)を選択し、それぞれのタンパク質に特異的に結合するVHH抗体の作製を行った。
【0052】
ADAM8のアミノ酸355-528位のタンパク質断片(配列番号1)、サバイビンの全長タンパク質(配列番号2)、及びグリピカン1のアミノ酸376-552位のタンパク質断片(配列番号3)のそれぞれのN末端にHis-SUMOタグ(6His+SUMO)を結合させた抗原タンパク質を、大腸菌細胞において組換え発現させることによって製造した。より具体的には、ヒト培養細胞由来のcDNAを鋳型としてQ5ホットスタートDNAポリメラーゼ(New England Biolabs Japan)を用いて目的の領域(ADAM8、サバイビン、及びグリピカン1遺伝子の上記領域)を核酸増幅し、クローニングし、Gibson assembly(NEBuilder、New England Biolabs Japan)を用いて6His+SUMOコード配列を含むベクタープラスミドに組み込むことにより、発現ベクターを作製した。得られた発現ベクターを導入した大腸菌Rosetta 2株を用いて抗原タンパク質を発現させ、TALON(R)レジン(TaKaRa)を用いて抗原タンパク質を精製した。
【0053】
精製した抗原タンパク質を用いてリャマを免疫し、そのリャマより収集した全血からB細胞を含む末梢血単核細胞を分離した。
【0054】
分離した末梢血単核細胞をホモジナイズし、全RNA(total RNA)を回収し、逆転写PCRによりcDNA合成を行った。合成したcDNAを鋳型として、VHH特異的プライマー及びDNAポリメラーゼ(KOD Fx Neo、Toyobo)を用いて、95℃で15秒、58℃で30秒、68℃で1分を12サイクル実施する反応条件でVHHコード配列を核酸増幅した。
【0055】
得られたVHH遺伝子の増幅産物を制限酵素SapI及びSfiIで消化し、T4リガーゼ(NipponGene)を用いてファージミドベクター中にクローニングした。得られたベクターをエレクトロポレーションによって大腸菌宿主に導入し、ヘルパーファージ(New England Biolabs Japan)を感染させ、VHHを提示したファージを作製し、バイオパニング法により抗原に特異的に結合するクローンをスクリーニングした。得られたファージについて、ファージに提示されたVHH抗体の膵臓がん抗原への結合性を、ELISA(Enzyme-linked immuno-sorbent assay;酵素結合免疫吸着測定法)により測定した。同様に、ファージに提示されたVHH抗体の、His-SUMOタグ又はウシ血清アルブミン(BSA)への結合性も、ELISAにより測定した。ELISAによる測定は、ビオチン標識抗M13ファージ抗体(アブカム、ab20337)とストレプトアビジンHRPを用いて検出し、TMB基質(ナカライ、05298-80)を用いて発色させた後、1N 塩酸により反応停止し、450nmでの吸光度を測定することにより実施した。
【0056】
図1に示すように、5ラウンドのスクリーニング後のファージ混合物は、His-SUMOタグやBSAに対して低い結合性を示した一方、膵臓がん抗原(グリピカン1、ADAM8、又はサバイビン)に対しては特異的な結合を示した。そのため、各ファージライブラリーからクローンを単離し、大腸菌を用いて組換えVHHタンパク質を発現させ、TALONレジン(TaKaRa)により精製し、ELISAにて各クローンの活性を評価した。VHH遺伝子がクローニングされたベクターは、N末端にストレプタグ(Strep-tag
(R);IBA GmbH)が融合され、またC末端にシステインが導入されたVHH抗体タンパク質が発現されるように構成されている。
【0057】
その結果、膵臓がん抗原グリピカン1、ADAM8、又はサバイビンに対して高い特異的結合性を示す単一クローンが、それぞれ3個(v86由来の抗グリピカン1抗体)、6個(v88由来の抗ADAM8抗体)、7個(v89由来の抗サバイビン抗体)得られたことが示された(
図2)。
【0058】
[実施例2]VHH抗体を用いた細胞蛍光染色試験及び親和性評価
実施例1で得られた単一クローンの抗ADAM8 VHH抗体と抗サバイビンVHH抗体について、細胞において発現した膵臓がん抗原に対する認識能を評価した。
【0059】
まず、ヒトサバイビン又はヒトADAM8を強制発現させた細胞を用意した。プロモーターの制御下にαFLAG(R)タグを融合したサバイビン又はADAM8タンパク質をコードする発現ベクターを、E14マウスES細胞(ATCCより入手;以下、E14細胞とも称する)に導入し、eHAP細胞においてサバイビン又はADAM8を一過性過剰発現させた。また、ADAM8の発現レベルが低いヒト膵臓がん細胞PANC-1(理化学研究所バイオリソース研究センター)と、プロモーターの制御下にヒトADAM8全長タンパク質をコードする発現ベクターをPANC-1に導入して得られた、ADAM8を安定的に過剰発現するPANC-1_A8細胞を用いた。
【0060】
サバイビンを強制発現させたE14細胞に、抗サバイビンVHH抗体を曝露し、洗浄後、蛍光標識ストレプタクチン(Strep-Tactin
(R);IBA GmbH;ストレプタグに特異的に結合する)を反応させてVHH抗体を蛍光染色し、VHH抗体の結合部位を検出した。細胞におけるサバイビンの発現部位は、抗αFLAG抗体を用いて検出した。その結果を
図3に示す。抗サバイビンVHH抗体クローン(v89-3、v89-7、及びv89-9)により検出されたVHH抗体の集積部位は、抗αFLAG抗体により検出されたサバイビンの存在部位と一致した(
図3)。
【0061】
ADAM8を強制発現させたE14細胞に、抗ADAM8 VHH抗体を曝露し、洗浄後、蛍光標識ストレプタクチン(Strep-Tactin
(R);IBA GmbH;ストレプタグに特異的に結合する)を反応させてVHH抗体を蛍光染色し、VHH抗体の結合部位を検出した。細胞におけるADAM8の発現部位は、抗FLAG抗体を用いて検出した。その結果を
図4に示す。抗ADAM8 VHH抗体クローン(v88-8、v88-9、v88-12、及びv88-17)により検出されたVHH抗体の集積部位は、抗FLAG抗体により検出されたADAM8の存在部位と一致した(
図4)。
【0062】
さらに、PANC-1細胞及びPANC-1_A8細胞に、抗ADAM8 VHH抗体を曝露し、洗浄後、蛍光標識ストレプタクチン(Strep-Tactin
(R);IBA GmbH;ストレプタグに特異的に結合する)を反応させてVHH抗体を蛍光染色し、VHH抗体の結合部位を検出した。その結果を
図5に示す。いずれのVHH抗体も、ADAM8を強制発現させたPANC-1_A8細胞において高い集積を示したが、PANC-1細胞にはごく低い集積しか示さなかった(
図5)。
【0063】
さらに、クローンv88-8、v88-12、及びv88-17を用いて組換えタンパク質として製造されたVHH抗体について、膵臓がん抗原(標的タンパク質)であるADAM8に対する結合親和性を、分子間相互作用解析装置BiacoreTM T200(GE Healthcare)を用いて、表面プラズモン共鳴(SPR)分析法により測定した。抗原タンパク質としてはADAM8全長タンパク質を用いた。
【0064】
その結果を表1に示す。いずれのVHH抗体もADAM8に対して20nM以下のKD値という非常に高い親和性を示した。
【0065】
【0066】
[実施例3]放射性標識VHH抗体の作製
放射性核種(放射性同位体)を用いて、放射性標識したVHH抗体の作製を行った。
v88-8、v88-12、及びv88-17のそれぞれに由来する抗ADAM8 VHH抗体を、Pierce
TMヨウ素化チューブ(Thermo Fisher Scientific;チューブ内にヨウ素化試薬がプレコーティングされている)においてリン酸緩衝液(PBS)中で[
125I]ヨウ化ナトリウム(NaI)と室温で反応させることにより、
125I標識VHH抗体(
125I-VHH)を作製した(
図6A)。
125I標識VHH抗体の放射化学的収率は、17%であった。
【0067】
v88-17由来の抗ADAM8 VHH抗体(17.5 kDa)のC末端を、核医学検査にも使用される放射性ガリウム(SPECT用核種
67Ga、PET用核種
68Ga)と安定な錯体を形成するキレート剤1,4,7-トリアザシクロノナン,1-グルタル酸-5,7酢酸(NODAGAとも表記;1,4,7-triazacyclononane,1-glutaric acid-5,7 acetic acid)と反応させ、コンジュゲート(NODAGA-VHH)を作製した。コンジュゲートNODAGA-VHHを、1M酢酸バッファー(pH 5.0)中で放射性同位元素
67GaCl
3と室温で反応させることにより、
67Ga標識VHH抗体(
67Ga-NODAGA-VHH)を作製した(
図6B)。
67Ga標識VHH抗体の放射化学的収率は、15%であった。
【0068】
得られたそれぞれの放射性標識VHH抗体を、限外濾過(Amicon Ultra, MWCO:3kDa)により精製した。
67Ga-NODAGA-VHHについては、SDS-PAGEを行った後、オートラジオグラフィーにより検出し、分子量の確認を行った。約18kDaの推定分子量と一致する単一のバンドが検出されたことから、67Ga-NODAGA-VHHは高純度で得られたことが示された。
【0069】
[実施例4]放射性標識VHH抗体の細胞取り込み試験
12ウェルプレートに、AsPC-1細胞(DSファーマバイオメディカル株式会社)、PANC-1細胞、又はPANC-1_A8細胞(5.0x105細胞/ウェル)を播種した。24時間後、実施例3で作製した放射性標識VHH抗体(100,000 cpm)を各ウェルに1.0mLずつ添加し、37℃で120分間インキュベートした。AsPC-1細胞はADAM8を高発現することが知られているヒト膵臓がん細胞である。
【0070】
ウェルをPBSにて2回洗浄した後、0.5M水酸化ナトリウム(NaOH)を添加して細胞を溶解した。試料の放射活性を、γカウンター(ARC-8001;日本レイテック)を用いて測定した後、ビシンコニン酸(BCA)法タンパク定量キットを用いてタンパク質の定量を行い、タンパク質単位重量あたりの細胞取り込み率(% dose/mg)を算出した。
【0071】
その結果を
図7及び
図8に示す。抗ADAM8 VHH抗体である
125I-VHHと
67Ga-NODAGA-VHHは、ADAM8を低発現しているPANC-1細胞と比較して、ADAM8を高発現しているAsPC-1細胞やADAM8をさらに高レベルに発現しているPANC-1_A8細胞においてより高い集積を示した(
図7:
125I-VHH、
図8:
67Ga-NODAGA-VHH)。この結果から、これらの放射性標識VHH抗体は、膵臓がん細胞において高発現した膵臓がん抗原(ADAM8)に特異的に結合すること、膵臓がん細胞上のADAM8に対するイメージング剤として有用であることが示された。
本発明の抗体は、膵臓がんの診断に有用な分子プローブとして利用できる。そのような分子プローブは、膵臓がんの早期画像診断や、膵臓がんの経時的な病態をモニターするためにも利用することができ、膵臓がんの病態生理学的な解明にも大きく貢献できる。