(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024124326
(43)【公開日】2024-09-12
(54)【発明の名称】量子イルミネーション測定装置
(51)【国際特許分類】
G06N 10/40 20220101AFI20240905BHJP
G01S 17/04 20200101ALN20240905BHJP
【FI】
G06N10/40
G01S17/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023203156
(22)【出願日】2023-11-30
(31)【優先権主張番号】P 2023031036
(32)【優先日】2023-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】592218300
【氏名又は名称】学校法人神奈川大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】王 天澄
【テーマコード(参考)】
5J084
【Fターム(参考)】
5J084AA01
5J084BA02
5J084BA38
5J084BB14
5J084CA31
(57)【要約】
【課題】 擬似ベル状態の量子もつれ光を用いて、実環境下において、対象物の存在、不存在を検知することが可能な量子イルミネーション測定装置を提供する。
【解決手段】量子イルミネーション測定装置1000は、擬似ベル状態の光子を生成して、アンシラ光とシグナル光として出力し、シグナル光を対象領域に向けて照射するための光子源100と、対象領域からの反射光とアンシラ光とを受けて合波するための光量の分岐比が可変であるビームスプリッター110とを備え、ビームスプリッターの反射率は、0.5を超える値に制御される。ビームスプリッター110からの出射光の光子数の同時分布によって、対象領域に対象物が存在するか否かが判断される。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
擬似ベル状態の光子を生成して、アンシラ光とシグナル光として出力し、シグナル光を対象領域に向けて照射するための光子源と、
対象領域からの反射光を受ける側の第1面とアンシラ光を受ける側の第2面とを有し、前記第1面および前記第2面からの入射光に対する光量の分岐比が可変であるビームスプリッターと、
前記ビームスプリッターの反射率を、0.5を超える値に制御するための反射率制御手段と、
前記ビームスプリッターでの合波後に前記第1面から到来する光子数と前記第2面から到来する光子を検出するための計測手段と、
前記計測手段からの計測結果と予め評価した同時分布との比較に基づいて、前記対象領域に対象物が存在するか否かを判断するための判別手段とを備える、量子イルミネーション測定装置。
【請求項2】
前記計測手段は、前記第1面から到来する光子数と前記第2面から到来する光子数とを計測するための光子計数器である、請求項1記載の量子イルミネーション測定装置。
【請求項3】
前記光子源からは、前記アンシラ光と前記シグナル光とが、前記光子源と前記ビームスプリッターとを結ぶ線に対して鏡像対称に射出され、
前記アンシラ光を反射して、前記ビームスプリッターの前記第2の面に入射させるためのミラーをさらに備える、請求項1記載の量子イルミネーション測定装置。
【請求項4】
前記反射率制御手段は、前記シグナル光の伝送路におけるエネルギー透過率と、前記光子源からの射出される平均光子数とに応じて、前記反射率を制御する、請求項2または3記載の量子イルミネーション測定装置。
【請求項5】
前記反射率制御手段が制御する前記反射率の値は、前記エネルギー透過率の各値に対して、誤り率が最小となるように、事前に算出された値である、請求項4記載の量子イルミネーション測定装置。
【請求項6】
対象物の属性である対象物の種類および対象物の色と、前記エネルギー透過率と前記平均光子数に対する前記反射率の制御目標値のテーブルを備え、
前記反射率制御手段は、前記制御目標値となるように、前記反射率の値を制御する、請求項4記載の量子イルミネーション測定装置。
【請求項7】
前記計測手段は、前記第1面から到来する光子の有無と前記第2面から到来する光子の有無とを計測するためのオンオフ検出器である、請求項1記載の量子イルミネーション測定装置。
【請求項8】
前記光子源からは、前記アンシラ光と前記シグナル光とが、前記光子源と前記ビームスプリッターとを結ぶ線に対して鏡像対称に射出され、
前記アンシラ光を反射して、前記ビームスプリッターの前記第2の面に入射させるためのミラーをさらに備える、請求項7記載の量子イルミネーション測定装置。
【請求項9】
前記反射率制御手段は、前記シグナル光の伝送路におけるエネルギー透過率と、前記光子源からの射出される平均光子数とに応じて、前記反射率を制御する、請求項7または8記載の量子イルミネーション測定装置。
【請求項10】
前記反射率制御手段が制御する前記反射率の値は、前記エネルギー透過率の各値に対して、誤り率が最小となるように、事前に算出された値である、請求項9記載の量子イルミネーション測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子もつれ光を用いて対象物の有無を検知することが可能な量子イルミネーション測定装置および量子イルミネーション測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(量子もつれ光の応用)
【0003】
量子プロトコルにおいてエンタングルメント(非特許文献1を参照)は重要なリソースの一つである。エンタングルメントとは複数の量子系にはたらく非局所的な相関である。この相関は複数の量子系の距離がどれだけ離れていても保たれる。
【0004】
具体的な応用技術のプロトコル例として、メモリ内の情報を読み出す量子リーディング(非特許文献2を参照)、ターゲット検出のための量子イルミネーション(非特許文献3を参照)、対象物の輪郭をとらえる量子ゴーストイメージング(非特許文献4を参照)などが挙げられる。
(量子イルミネーション技術の応用用途)
【0005】
現在、社会的に注目されている新技術に乗用車等の「自動運転」がある。この「自動運転」の実用化のためには、障害物の検知が必要になる。このような障害物の検知技術として、量子ゴーストイメージングを利用した技術についても報告がある(特許文献1を参照)。
【0006】
量子イルミネーションは、2008年に最初に、非特許文献3に記載のように、ベル状態の応用として提案された。同じ年に、2モードスクィズド真空状態の応用がTanらによって考察された(非特許文献5を参照)。非特許文献3における提案と非特許文献5における一般化をきっかけに、以降の十数年にわたって活発な議論がなされており、実験も盛んに行われている。
【0007】
一方で、本件特許出願の発明者らにより、擬似ベル状態を用いた量子イルミネーション技術の基本的な検討についての報告もある(非特許文献6を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】A. Einstein, B. Podolsky, and N. Rosen: “Can quantum-mechanical description of physical reality be considered complete?”,Phys. Rev. Vol.47,pp.777-780 (1935)
【非特許文献2】S. Pirandola : “Quantum reading of a classical digital memory”,Phys. Rev. Lett., Vol. 106,090504 (2011)
【非特許文献3】S. Lloyd: “Enhanced sensitivity of photodetection via quantum illumination”, Science, Vol.321, pp. 1463-1465 (2008)
【非特許文献4】T.B, Pittman, Y.H. Shih, D.V. Strekalov, and A.V. Sergienko: “Optical imaging by means of two-photon quantum entanglement”, Phys. Rev. A, Vol.52, pp.R3429-R3432(1995)
【非特許文献5】S.H. Tan, B.I. Erkmen, V. Giovannetti, S. Guha, S. Lloyd, L. Maccone, S. Pirandola, and J.H. Shapiro: “Quantum illumination with Gaussian states”, Phys. Rev. Lett., Vol.101,253601(2008)
【非特許文献6】王天澄・高比良宗一・臼田毅:「最大と非最大擬似ベル状態を用いた減衰環境における量子イルミネーションの誤り率」,電学論C, Vol.142, No.2, pp.151-161(2022)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、非特許文献5に開示のモデルでは、性能において単一系を用いた従来プロトコル(レーザーレーダ)を超えるために、大きな熱雑音と激しい減衰がある環境で微弱なエンタングルド状態の利用が想定されている。
【0011】
したがって、このような極限性能を解析するにあたり、Tanらは量子イルミネーションにおける最小誤り率ではなく、その代わりにChernoff限界を求めている。
【0012】
これに対して、非特許文献6等における研究では、ベル状態と2モードスクィズド真空状態の他、もう一種のエンタングルド状態である擬似ベル状態の応用に着目し、Tanらとは異なるアプローチで最小誤り率について量子イルミネーションの性能を解析している。その結果、擬似ベル状態の応用によって、Tanらの限られた条件を外しても量子イルミネーションの優位性が保たれること、量子イルミネーションが限られた場面でのみ用いられるのではなく、利用範囲が大幅に拡充されうることを示した。
【0013】
しかしながら、擬似ベル状態を用いた量子イルミネーションによる対象物の有無の検知を現実に応用するにあたり、測定系のパラメーターが変化する場合に、測定系をどのように設計して、システムを構築することが望ましいかについては、必ずしも明らかではなかった。
【0014】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであって、擬似ベル状態の量子もつれ光を用いて、実環境下において、対象物の存在、不存在を検知することが可能な量子イルミネーション測定装置を提供することを目的する。
【0015】
あるいは、本発明は、擬似ベル状態の量子もつれ光を用いて、対象物の存在、不存在をより簡易な構成で検知することが可能な量子イルミネーション測定装置を提供することを目的する。
【課題を解決するための手段】
【0016】
この発明の1つの局面に従うと、量子イルミネーション測定装置であって、擬似ベル状態の光子を生成して、アンシラ光とシグナル光として出力し、シグナル光を対象領域に向けて照射するための光子源と、対象領域からの反射光を受ける側の第1面とアンシラ光を受ける側の第2面とを有し、第1面および第2面からの入射光に対する光量の分岐比が可変であるビームスプリッターと、ビームスプリッターの反射率を、0.5を超える値に制御するための反射率制御手段と、ビームスプリッターでの合波後に第1面から到来する光子数と第2面から到来する光子を検出するための計測手段と、計測手段からの計測結果と予め評価した同時分布との比較に基づいて、対象領域に対象物が存在するか否かを判断するための判別手段とを備える。
【0017】
好ましくは、計測手段は、第1面から到来する光子数と第2面から到来する光子数とを計測するための光子計数器である、請求項1記載の量子イルミネーション測定装置。
【0018】
好ましくは、光子源からは、アンシラ光とシグナル光とが、光子源とビームスプリッターとを結ぶ線に対して鏡像対称に射出され、アンシラ光を反射して、ビームスプリッターの第2の面に入射させるためのミラーをさらに備える。
【0019】
好ましくは、反射率制御手段は、シグナル光の伝送路におけるエネルギー透過率と、光子源からの射出される平均光子数とに応じて、反射率を制御する。
【0020】
好ましくは、反射率制御手段が制御する反射率の値は、エネルギー透過率の各値に対して、誤り率が最小となるように、事前に算出された値である。
【0021】
好ましくは、対象物の属性である対象物の種類および対象物の色と、エネルギー透過率と平均光子数に対する反射率の制御目標値のテーブルを備え、反射率制御手段は、制御目標値となるように、反射率の値を制御する。
【0022】
好ましくは、計測手段は、第1面から到来する光子の有無と第2面から到来する光子の有無とを計測するためのオンオフ検出器である。
【0023】
好ましくは、光子源からは、アンシラ光とシグナル光とが、光子源とビームスプリッターとを結ぶ線に対して鏡像対称に射出され、アンシラ光を反射して、ビームスプリッターの第2の面に入射させるためのミラーをさらに備える。
【0024】
好ましくは、反射率制御手段は、シグナル光の伝送路におけるエネルギー透過率と、光子源からの射出される平均光子数とに応じて、反射率を制御する。
【0025】
好ましくは、反射率制御手段が制御する反射率の値は、エネルギー透過率の各値に対して、誤り率が最小となるように、事前に算出された値である。
【発明の効果】
【0026】
本発明の量子イルミネーション測定装置によれば、擬似ベル状態の量子もつれ光を用いて、実環境下において、対象物の存在、不存在を検知することが可能となる。
【0027】
また、本発明によれば、より簡易な構成で、擬似ベル状態の量子もつれ光を用いて、対象物の存在、不存在を検知することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】量子イルミネーションの基本的な構成を示す概念図である。
【
図2】量子リーティングのための測定方式として公知文献4にて提案された加藤測定器の構成を示す図である。
【
図3】従来の量子リーディングのための測定器を一般化した測定方式のイメージを示す図である。
【
図4】本実施の形態の量子イルミネーション測定装置1000の構成を示す機能ブロック図である。
【
図5】伝送路のエネルギー透過率η=1として、ビームスプリッターの反射率Rを変更した場合の同時分布を示す図である。
【
図6】伝送路のエネルギー透過率η=0.5として、ビームスプリッターの反射率Rを変更した場合の同時分布を示す図である。
【
図7】エネルギー透過率η=0.5として、送信時の平均光子数を0.5から10まで変化させたときの誤り率を示す図である。
【
図8】エネルギー透過率ηをパラメーターとして、平均光子数<n>とビームスプリッターの最適な反射率Rとの関係を示す図である。
【
図9】ターゲットの属性や伝送路環境に応じて、予めエネルギー透過率、平均光子数<n>に応じて、算出した最適なビームスプリッターの反射率Rの値のテーブルを示す図である。
【
図10】実施の形態2の量子イルミネーション測定装置1000の構成を示す機能ブロック図である。
【
図11】2モードスクィズド真空状態、擬似ベル状態の送信時の平均光子数を0.5から10まで変化させたときの誤り率を示す図である。
【
図12】伝送路におけるエネルギー透過率ηを0.5に固定したときの誤り率を示す図である。
【
図13】伝送路におけるエネルギー透過率ηを0.1に固定したときの誤り率を示す図である。
【
図14】施の形態2の測定器の構成において、エネルギー透過率ηをパラメーターとして、平均光子数<n>とビームスプリッターの最適な反射率Rとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施の形態の量子イルミネーション測定装置の構成を説明する。なお、以下の実施の形態において、同じ符号を付した構成要素および処理工程は、同一または相当するものであり、必要でない場合は、その説明は繰り返さない。
【0030】
なお、以下では、本発明の量子イルミネーション測定装置の制御は、単体のコンピュータ装置にインストールされ、制御処理を実行するコンピュータプログラムにより実行されるものとして説明する。
[実施の形態1]
1.量子イルミネーション測定系の物理
【0031】
以下、本発明に係る量子イルミネーション測定装置の構成を説明する前提として、量子もつれ状態となっている「擬似ベル状態」を含めた量子系の基礎的な事項について、説明する。
<1―1>量子状態
【0032】
量子系の状態は、密度作用素で表現される量子状態φにより記述される。密度作用素は量子系を表すヒルベルト空間上の非負のエルミート作用素であり、以下の性質を満たす。
【数1】
<1-2>光子数確定状態
【0033】
最も代表的な光の量子状態として光子数確定状態が挙げられる。光子数確定状態|n>は光子数がnである状態を表しており、以下のような正規直交基底を形成する。
【数2】
【0034】
ただし、Iは恒等作用素、δmnはクロネッカーのデルタである。
<1-3>コヒーレント状態
【0035】
本実施の形態では、非直交量子状態であるコヒーレント状態により構成される擬似ベル状態を扱う。コヒーレント状態は、最も基本的な光の量子状態として知られ、レーザー光で近似的に表現できるため非常に重要である。この状態は以下のように表される。
【数3】
【0036】
ただし、αはコヒーレント状態の複素振幅であり、その平均光子数は<n>Coh=|α|2である。また、エネルギー透過率ηに対応する減衰を受けたコヒーレント状態は、コヒーレント状態|√ηα>となる。ここで、「平均光子数」とは、光源からの1パルスあたりに発生する光子の平均光子数である。
【0037】
なお、「非直交量子状態であるコヒーレント状態により構成される擬似ベル状態」についての理論的な検討は、以下の広田らによる公知文献1に開示がある。
公知文献1:O. Hirota and M. Sasaki: “Entangled state based on nonorthogonal state”, Proc. Quantum Communication, Computing, and Measurement 3, pp.359- 366 (2001)
【0038】
また、このような「擬似ベル状態」については、たとえば、以下の公知文献2に、実験的に生成した例が開示されている。
公知文献2:A. Ourjoumtsev, F. Ferreyrol, R. Tualle-Brouri, and P. Grangier, “Preparation of non-local superpositions of quasi-classical light states”, Nature Phys., Vol. 5, pp.189-192 (2009)
<1-4> 2モードスクィズド真空状態
【0039】
非特許文献5(Tan等)では、連続波(cw)自発パラメトリックダウンコンバージョン(spontaneous parametric down conversion、SPDC)から得られる以下のエンタングルド状態を用いている。
【数4】
【0040】
ただし、<n>Gauss = NsはS系の平均光子数である。SAはS系とA系の複合系を表す。また、|Ψ>SAは2モードのガウス状態のクラスに属するため、文献によっては単に2モードのガウス状態と呼ぶ場合がある。
<1-5>擬似ベル状態
【0041】
擬似ベル状態は、エンタングルド状態の一種であり、二つの非直交量子状態から構成されるにもかかわらず、最大エンタングルド状態をもつものがある。本論文では、そのような非直交量子状態としてコヒーレント状態を用いる。振幅α、βのコヒーレント状態をそれぞれ|a>、|β>とすると、擬似ベル状態は複合系SAの量子状態として、以下のように表される。
【数5】
【0042】
ここで、hは規格化定数であり、以下の通りである。
【数6】
ただし、α、βは非負の実数である。α=βのとき、|Ψ>
SA と|Υ>
SAはどちらもエンタングルメントが最大となり、エンタングルメント測度の値は1ebitである。したがって、最大擬似ベル状態として、本実施の形態では、α=βのときの|Ψ>
SAを取り扱う。そのS系の平均光子数は
<n>
Max = |α|
2coth(2|α|
2)
であり、α→0のときに<n>
Max →0.5のため、その最小平均光子数は0.5である。
2.量子計測プロトコル
【0043】
以下では、本実施形態の「量子イルミネーション」を説明するにあたり、「量子イルミネーション」と関連している二種の量子計測プロトコルを、前提として簡単に説明する。
<2-1>量子リーティング
【0044】
まず、以下の公知文献3(広田ら)にて示された、擬似ベル状態を用いた量子リーティングを説明する。
公知文献3:0. Hirola: “Error free quantum reading by quasi Bell state of entangled coherent states”. Quantum Measurements and Quantum Metrology, Vol.4, pp.70-73 (2017), arXiv:quant-ph/1108.4163v2 (2011)
【0045】
量子リーティングのプロトコルは以下のようになる。
【0046】
(1)擬似ベル状態|Ψ>SAのA系の光(アンシラ光)のみ測定器に照射する。
【0047】
(2)S系の光(シグナル光)を、ビット情報0または1が記録されているメモリセルに向かって照射する。記録されている情報が1(または0)の場合は、光の位相がπシフト(またはゼロシフト)して反射される。
【0048】
(3)測定器には、アンシラ光と、メモリから反射してきたシグナル光の両方が入力される。情報が1(または0)の場合、測定器には|Υ>SA(または|Ψ>SA)が入力される。
【0049】
(4)測定器で量子最適測定(量子一括測定)を行うことにより、誤りなしでビット情報の読み出しができる。ただし、α=βのときに、|Υ>SA と|Ψ>SAには直交性がある。
<2-2>量子イルミネーション
【0050】
図1は、量子イルミネーションの基本的な構成を示す概念図である。
【0051】
図1では、非特許文献5(Tanらの文献など)にて示された、エンタングルド状態を用いた量子イルミネーションの概念をしめす。
【0052】
図1において、破線、実線の矢印はそれぞれ、擬似ベル状態におけるS系とA系を表している。
【0053】
量子イルミネーションのプロトコルは以下のようになる。
【0054】
(1)エンタングルド状態のアンシラ光のみ測定器に照射する。
【0055】
(2)シグナル光を目標に向かって照射する。目標が存在する場合(
図1(b))は反射される。存在しない場合(
図1(a))は代わりに真空状態が返ってくる。
【0056】
(3)測定器には、アンシラ光と、目標から反射してきたシグナル光(または真空状態)の両方が入力される。
【0057】
(4)測定器で量子測定(量子一括測定)を行うことにより、目標の存在を確かめる。
【0058】
図1に示すような非特許文献5に開示のモデルでは、シグナル光が伝送路にて大きな熱雑音と激しい減衰を受けるとしている。
【0059】
ただし、本実施の形態では、より現実の状況、たとえば、自動運転車による対象物(障害物の存在や、歩行者などの存在)に近い状態で、量子イルミネーションによる検知を検討するために、伝送路には、エネルギー減衰のみが生じる場合を考える。
【0060】
図1(a)、
図1(b)に示すようなケース(0)とケース(1)の先験確率については、等先験確率となる者と想定する。
【0061】
なお、本実施の形態の「量子イルミネーション測定装置」の優位性を検討するために、以下では、量子イルミネーションの光子源と測定器について、4種の方式を用いて比較することとする。
(a)2モードスクィズド真空状態と量子最適測定、
(b)擬似ベル状態と従来の量子イルミネーション測定器(加藤測定器)、
(c)擬似ベル状態と一般化した加藤測定器(本量子イルミネーション測定装置)、
【0062】
(d)擬似ベル状態と量子最適測定。
【0063】
以下では、擬似ベル状態を用いた量子イルミネーションについて、加藤測定器を含めた一般化した加藤測定器を応用したときの性能解析を行う。
3.従来の量子イルミネーション測定器(加藤測定器)
【0064】
以下の公知文献4に開示のあるとおり、本実施の形態の量子リーディングの測定器の構成と制御の説明の前提として、「従来の量子イルミネーション測定器」について説明する。
公知文献4:K. Kato and 0. Hirota: “Effect of decoherence in quantum reading with phase shift keying signal of entangled coherent states”, Proc. SPIE 8875, 88750P, San Diego, USA (2013)
【0065】
ここで、公知文献4においては、無雑音環境において広田の提案した「擬似ベル状態」を用いた量子リーディングを実現する測定方式が、加藤と広田によって提案された。この測定方式(以下、「加藤測定器」と呼ぶ)は、光量分岐比が50:50のビームスプリッター(ハーフビームスプリッター)と光子計数器という簡単な構成で実現可能であることが解析的に示された。
【0066】
そこで、以下では、まず量子リーティングにおける加藤測定器を簡単に説明する。
<3-1>量子リーティングにおける従来の計測器(「加藤測定器」と呼ぶ)
【0067】
図2は、量子リーティングのための測定方式として公知文献4にて提案された加藤測定器の構成を示す図である。
【0068】
無雑音環境下において、理論上の限界性能を達成可能だけではなく、ハーフビームスプリッター(HBS : Half Beam Splitter)と光子計数器(PC: Photon Counter)というシンプルな要素で構成可能な点においても非常にインパクトである。
【0069】
さて、光子源として擬似ベル状態|Ψ>
SAが与えられたとき、ハーフビームスプリッターで合波後の量子状態について光子数の同時分布を解析した結果、ケース(0)とケース(1)の場合では、それぞれ、以下の式の通りとなる。
【数7】
【0070】
ただし、mとnはそれぞれ光子計数器PCSとPCAで検出された光子数を表す。
<本実施の形態の量子イルミネーション測定装置>
<3-2>量子イルミネーションに応用した加藤測定器とその一般化
【0071】
実施の形態では、加藤測定器を量子イルミネーションに応用し、その上に加藤測定器の一般化を提案する。
【0072】
図3は、従来の量子リーディングのための測定器を一般化した測定方式のイメージを示す図である。
【0073】
図2に示した加藤測定器との違いとしては、ハーフビームスプリッターを光量分岐比可変なビームスプリッターに置き換えることである。ここで、「光量分岐比可変なビームスプリッター」とは、「光量分岐比がR:Tのビームスプリッター」である。なお、Rが反射率、Tが透過率を表している。
【0074】
なお、たとえば、「光量分岐比可変なビームスプリッター」としては、たとえば、以下の公知文献5に開示されている。
公知文献5 : S. Prasad, M.O. Scully, and W. Martienssen: “A quantum description of the beam splitter”, Opt. Commun. Vol.62, No.3, pp. 139-145 (1987)
【0075】
このようなビームスプリッターは、入力された2モードコヒーレント状態|α>S|α>Aに対して2モードコヒーレント状態を出力させ、以下のような式により、特徴づけられる。
|α>S|β>A →|τα―ρβ>S|ρα+τβ>A
【0076】
ただし、ビームスプリッターの反射率Rに対してρ=√R、透過率Tに対してτ=√T=√(1-R)である。
【0077】
ここで、反射率Rとは、1パルスあたりの入射光量のうち、割合Rが反射されることを意味している。本実施の形態で、「1パルス」を想定するのは、いわゆる光源からの一発の量子状態信号で目標を識別することを実現するためである。なお、反射率Rは、別の表現では、反射光のエネルギーと入射光のエネルギーとの比を百分率で表した数値である。
【0078】
さて、準備として、伝送路に減衰が生じる場合、ケース(0)とケース(1)においてその受信量子状態、すなわち測定器に入力される直前の量子状態のStinespring表現はそれぞれ以下のように表される。
【数8】
【0079】
ただし、I
AはA系の恒等作用素であり、以下のように表されるU
SEは、S系と環境系Eとの相互作用を表す複合系SE上のユニタリ作用素である。
【数9】
【0080】
以上の準備の下で、量子イルミネーションの計測において、
図3で示したような光子計数器PC
A,PC
Sにおける光子数分布を導出するにあたり、まずはビームスプリッターで合波後の量子状態を求める必要がある。ここで、ケース(0)の場合にビームスプリッターで合波後の量子状態は以下のように表される。
【数10】
【0081】
同様に、ケース(1)の場合にビームスプリッターで合波後の量子状態は以下のように表される。
【数11】
ただし、L= exp(-2(1-η)|α|
2)であり、αη=√η・αとして
Δ=ταη―ρα、Θ=ραη+τα
である。
【0082】
次に、式(16)(17)を踏まえてその光子数の同時分布を導出する。
【0083】
ここで、「同時分布」とは、光子計数器PCA,PCSにおいて、同時に検出される光子数の分布のことをいう。
【0084】
ケース(0)とケース(1)の場合ではそれぞれ以下のように表される。
【数12】
【0085】
ただし、0
0=1とする。また、η=1のときにL=1のため、P
QI(m,n|1)は以下のように簡略化される。
【数13】
なお、加藤測定器は一般化した加藤測定器に含まれており、ケース(0)とケース(1)における光子数の同時分布がそれぞれ
P
QI(m,n|0)|
R=0.5とP
QI(m,n|1)|
R=0.5
で表されている。
<本実施の形態の量子イルミネーション測定装置の構成>
【0086】
図4は、本実施の形態の量子イルミネーション測定装置1000の構成を示す機能ブロック図である。
【0087】
図4を参照して、量子イルミネーション測定装置1000は、擬似ベル状態の光子を生成して、アンシラ光とシグナル光として出力する擬似ベル状態光子源100と、擬似ベル状態光子源100に対して、特に限定されないが、公知文献2に記載のような方式で、擬似ベル状態の光子を生成させる処理を制御するための光子源制御部102とを備える。
【0088】
さらに、量子イルミネーション測定装置1000では、擬似ベル状態光子源100から射出されたアンシラ光はミラー104で反射され、擬似ベル状態光子源100から射出されたシグナル光は、ターゲット106が存在する場合は、反射し、ターゲット106が存在しなければ、何も反射がない(真空状態との応答)となる。
【0089】
ミラー104で反射したアンシラ光とターゲットからの反射光は、光量分岐比可変のビームスプリッター110で合波されて、光子数計測器120(アンシラ光側)と光子数計測器122(シグナル光側)で、光子数がカウントされる。BS制御部112は、光量分岐比可変のビームスプリッター110の光量の分岐比を制御する。
【0090】
ビームスプリッター110は、光束を2つに分割する光学素子であり、ビームスプリッターに入射した光の一部は反射し、一部は透過する。
【0091】
測定部200は、光子数計測器120と光子数計測器122でカウントされる光子数を受け取り、同時分布を決定し、判別部210は、式(18)(19)に従って、ケース0でターゲットが不存在であるか、ケース1でターゲットが存在しているか、を判別する。
【0092】
特に限定されないが、たとえば、擬似ベル状態光子源100からは、アンシラ光とシグナル光とは、光子源の光子射出部とビームスプリッター110とを結ぶ線に対して鏡像対称に射出され、ミラー104は、アンシラ光を反射して、ビームスプリッター110のアンシラ光側の反射面に入射させる。
<判別処理>
【0093】
図5は、伝送路のエネルギー透過率η=1として、ビームスプリッターの反射率Rを変更した場合の同時分布を示す図である。
【0094】
図5(a)は、η=1、R=0.5の場合であり、
図5(b)は、η=1、R=0.8の場合である。
【0095】
図5では、擬似ベル状態の送信時の平均光子数を<n>
Max=2として固定し、光子数n(≦10)とm(≦10)をそれぞれ光子計数器PC
AとPC
Sで検出された同時分布P
QIを示す。
【0096】
図6は、伝送路のエネルギー透過率η=0.5として、ビームスプリッターの反射率Rを変更した場合の同時分布を示す図である。
【0097】
図6(a)は、η=0.5、R=0.5の場合であり、
図6(b)は、η=0.5、R=0.8の場合である。
【0098】
すなわち、
図5(a)と
図6(a)とでは、ビームスプリッターの反射率をR=0.5としているので、加藤測定器の状態に対応し、
図5(b)と
図6(b)では、反射率をR=0.8として固定している。
【0099】
薄いグレーはケース(0)に、濃いグレーはケース(1)に対応している。
【0100】
図5(a)により、ケース(1)の場合はn=0、m(∈奇数(odd))によって検出されるものの、ケース(0)の場合は、n,mの全範囲にわたって検出される可能性があることがわかる。
【0101】
とくに、n=0、m=1の場合では、同先験確率のケース(0)とケース(1)はほぼ同確率で発生するため、両者のどちらに決定しても誤りが発生しやすい。
【0102】
一方で、
図5(b)では、反射率R=0.8の光量分岐比可変なビームスプリッターを利用している。ケース(1)の場合は、m,n : oddや m,n : evenにわたって検出されうるため、一見ケース(1)に対する識別能力が下るが、n=0, m=1の場合に着目するとケース(0)とケース(1)の確率に大きな差をつけられていることがわかる。したがって、このときにはケース(1)に決定したほうが、
図5(a)の場合より誤りが少なくなることが考えられる。また、
図6(a)
図6(b)についても同様な傾向が見られる。
【0103】
すなわち、光量分岐比可変なビームスプリッターにより、ビームスプリッターの反射率を0.5よりも大きな値に設定することで、ケース(0)(ターゲットが不存在)とケース(1)(ターゲットが存在)とを、より明確に判別できることがわかる。
<判別の決定規範>
最後に、判別器210の決定規範について説明する。ここで、前述の通り、すべての、m,nにわたって
PQI(m,n|0)>PQI(m,n|1)のときに、ケース(0)(対象物なし)に決定し、
【0104】
PQI(m,n|0)≦PQI(m,n|1)のときに、ケース(1)(対象物あり)に決定する最尤決定を導入することができる。
【0105】
この場合は、光子源100は、検知側で一定範囲で分布する光子数となるように、擬似ベル状態の光子を射出し、それに応じて、この一定範囲について、測定部200が光子の同時分布を計測して、判別部210が上記の決定規範に基づいて判別を実行することになる。なお、このような決定規範となる同時分布については、事前に計算しておき、判別部210が保持しておくものとする。光子源100からの1パルスについて測定部200から得られる信号に基づき、判別部210が判別を実行する。
【0106】
ここで、本実施の形態の量子イルミネーション測定装置の(平均)誤り率P
e
(GK)は以下の通りである。
【数14】
【0107】
なお、加藤測定器の(平均)誤り率P
e
(K)はR=0.5とすると、以下のように表せる。
【数15】
4.誤り率特性
【0108】
以下では、上述した4方式について、誤り特性を比較したシミュレーション結果を説明する。
(a)2モードスクィズド真空状態と量子最適測定、
(b)擬似ベル状態と従来の量子イルミネーション測定器(加藤測定器)、
(c)擬似ベル状態と一般化した加藤測定器(本量子イルミネーション測定装置)、
【0109】
(d)擬似ベル状態と量子最適測定。
【0110】
上述した式(21)において最適なRを探るには10ー4刻みで探索した。また、4種の方式については,以下単に方式(a),(b),(c),(d)と呼ぶ。
【0111】
図7は、エネルギー透過率η=0.5として、送信時の平均光子数を0.5から10まで変化させたときの誤り率を示す図である。
【0112】
図7より、方式(b)は減衰の有無にかかわらず、レーザーレーダの誤り率とは同程度か僅かに低い誤り率となる。また、方式(a)についてはよく知られているように、レーザーレーダに比べて平均光子数が小さいという限られた条件でしか優位性をもつことができない。
【0113】
そして、ビームスプリッターの反射率Rに対して最適化を行わない方式(b)や従来のレーザーレーダに比べて、平均光子数<n>=10において量子最適測定器を用いた方式(d)では指数関数的に3dB程度性能が向上することが示される一方で、本実施の形態の方式(c)では、量子最適測定器でなくとも、2dB程度性能が向上したことがわかる。
【0114】
したがって、反射率Rに対して最適化を行うのが有効である。
<ビームスプリッターの反射率Rの影響>
【0115】
図8は、エネルギー透過率ηをパラメーターとして、平均光子数<n>とビームスプリッターの最適な反射率Rとの関係を示す図である。
【0116】
図8は、擬似ベル状態の送信時の平均光子数を0.5~10まで変化させたときの、方式(c)における最適なRを示す。
図8で示した通り、最適なRが<n>
Max~2付近を境に急速に大きくなったのち、漸近的にR=1に近づくという特徴がある。
【0117】
平均光子数<n>Max>>2の場合に対して最適なR~1となることがわかる。ただし、ηが小さい、すなわち伝送路におけるエネルギー透過率が小さいほど、最適なRが1近傍とならない範囲が広がり、平均光子数が大きい場合であってもビームスプリッターの適用が有用である。
【0118】
なお、
図8に示すように、本実施の形態の量子イルミネーション測定装置では、反射率Rは、0.5を超える値に設定される。
【0119】
図9は、ターゲットの属性や伝送路環境に応じて、予めエネルギー透過率、平均光子数<n>に応じて、算出した最適なビームスプリッターの反射率Rの値のテーブルを示す図である。
【0120】
図9に示すように、予めビームスプリッターの反射率Rの制御目標値を算出しておくことで、BS制御部112は、対象物が事前に分かっている時は、それに合わせた反射率Rに設定する。
【0121】
あるいは、対象物の属性が不明なときは、現時点で判明しているパラメーター(天候や平均光子数など)を固定として、他のパラメーター(対象物の種類、対象物の色、エネルギー透過率)を時分割で所定の範囲で変化させながら、その都度、BS制御部112は、反射率Rを変化させて、計測を実行し、対象物の存否を判断することとしてもよい。
【0122】
したがって、実施の形態の量子イルミネーション測定装置によれば、擬似ベル状態の量子もつれ光を用いて、実環境下において、対象物の存在、不存在を検知することが可能となる。
[実施の形態2]
【0123】
実施の形態1では、擬似ベル状態を用いた減衰環境における量子イルミネーションの測定器に着目し、ビームスプリッターと光子計数器を用いた構成を考え、その性能を評価した。その結果、光子計数器とビームスプリッターという簡易的な構成であっても、光源の平均光子数が大きいときには 2 モードスクィズド真空状態に対する量子最適検出限界よりも優位となりうることを示した。さらに、ビームスプリッターの反射率を最適化することで、優位となる平均光子数の範囲を広げられることも示した。
【0124】
ただし、光子計数器は、個々の光子の数を高精度で測定できる装置であり、一般的に非常に高価なものである。今後、性能の高さを保持しながらより安価なコストで、量子イルミネーション測定装置を提供することが望ましい。
【0125】
そこで、実施の形態2では、光子計数器より安価な素子で、擬似ベル状態を用いた量子イルミネーションの実用的な測定器の構成を、市販されている、光子の有無のみを検出するオンオフ検出器を用いた構成について説明する。
【0126】
実施の形態2においては、実施の形態1で用いた光子計数器の代わりに、市販されている光子の有無のみを検出するオンオフ検出器(以下、ODと称する)に着目する。
【0127】
技術の進歩によって、超伝導ナノワイヤ単一光子検出器 (Superconducting nanowire Single-Photon Detector) など、オンオフ検出器の市販が実現されている。
【0128】
たとえば、このような「超伝導ナノワイヤ単一光子検出器」については、以下の文献に開示がある。
公知文献7 : 寺井弘高,「超伝導ナノワイヤ単一光子検出器」,応用物理,Vol.90(3),148-154(2021).
【0129】
図10は、実施の形態2の量子イルミネーション測定装置1000の構成を示す機能ブロック図である。
【0130】
なお、
図10では、図示省略しているものの、
図10において、光源には、実施の形態1と同様に、擬似ベル状態光子源100と、光子源制御部102とが含まれる。
【0131】
また、ビームスプリッターには、BS制御部112も設けられているものとする。
【0132】
したがって、実施の形態1の量子イルミネーション測定装置1000と、実施の形態2の量子イルミネーション測定装置との構成は、以下の点で異なる。
【0133】
i)光子数計数器がオンオフ検出器に置き換えられている。
【0134】
ii)測定部200および判別部210の実行する測定と判別処理が、以下の説明の内容に置き換わっている。
【0135】
それ以外の点は、基本的には、実施の形態1と実施の形態2とで、同様の構成である。
【0136】
以下、本実実施の形態において、ビームスプリッターBS、BS制御部112、測定部200および判別部210を総称して、「測定器」と呼ぶ。
【0137】
図10を参照して、測定器に到来してきたS系とA系の光は、光量分岐比がR:Tのビームスプリッターで干渉するまでは、実施の形態1の測定器と同様の挙動を示す。
【0138】
実施の形態1の測定器との違いとして、上述のとおり、実施の形態2の測定器では光子計数器の代わりにオンオフ検出器を用いている。それぞれ二つのオンオフ検出器ODAとODSで光子の有無が検出される。以下、光子のある状態を“on”、光子のない状態を“off”と表現する。
【0139】
さて、式(16)(17)を踏まえて光子の有無の同時分布を、以下導出する。
【0140】
オフかオンの決定作用素Πを以下の式で定義する。
【数16】
【0141】
この決定作用素Πを用いて、Case(0)の場合は、以下のように表される。
【数17】
【0142】
なお、ここで、PO(…)は、確率変数k,平均μのポアソン分布PO^μ(k)を意味する。
【0143】
また、決定作用素Πを用いて、Case(1)の場合は、以下のように表される。
【数18】
【0144】
ここで、二つのオンオフ検出器で共にオフとなる、ちなわち、無光子となる場合には、同時分布がRに依存しない。
【0145】
次に、{u,v}の合計 4通りのパターンにおいて、判定部210の処理として、最尤決定を採用する。
【0146】
POD(u,v|0)>POD(u,v|1)のときに、Case(0)に決定する。
【0147】
POD(u,v|0)≦POD(u,v|1)のときに、Case(1)に決定する。
【0148】
この場合、本測定器の(平均)誤り率はRに対して最適化を行い、以下の通りである。
【数19】
(誤り率特性)
【0149】
以下では、実施の形態2の測定器の誤り率の数式(25)を用い、擬似ベル状態を用いた量子イルミネーションについて、ビームスプリッターとオンオフ検出器で構成された測定器に基づく誤り率特性を示す。
【0150】
実施の形態1の測定器については、式(21)を用いた場合と最適化を行わずR=1とする、すなわち全反射で合波しない場合の誤り率を示す。
【0151】
また、比較のため、2モードスクィズド真空状態を光源とした場合の量子検出限界と擬似ベル状態を光源とした場合の量子検出限界もプロットする。なお、計算する上で、本来上限が無いi,jの扱いが問題となるが、それを適切に扱う通常の数値計算手法を踏襲した。この数値計算手法については、たとえば、以下の公知文献8を参照。
公知文献8 : S. Olivares, S. Cialdi, F. Castelli, and M. G. A. Paris, “Homodyne detection as a near-optimum receiver for phase-shift-keyed binary communication in the presence of phase diffusion,” Phys. Rev. A 87, 050303 (2013).
【0152】
また、最適なRを決める際には、R∈[0.5,1]の範囲で、10―4刻みで探索した。
【0153】
図11は、2モードスクィズド真空状態、擬似ベル状態の送信時の平均光子数を0.5から10まで変化させたときの誤り率を示す図である。
【0154】
ただし、伝送路におけるエネルギー透過率を1(すなわち、無減衰)に固定した。
【0155】
平均光子数の最小値を0.5に設定しているのは、擬似ベル状態の最小平均光子数が、0.5となるからである。
【0156】
黒丸の実線が、比較対象の2モードスクィズド真空状態を用いた方式に対応し、その量子検出限界、すなわち量子最適検出を用いた場合の誤り率特性を示している(Helstrom bound(TMSV))。
【0157】
その他の線は、擬似ベル状態を用いた方式に対応し、「BS+PC(Opt.R)」として示した線、「BS+PC(R=1)」として示した線はそれぞれ、ビームスプリッターの反射率を最適化した場合と、1に固定した場合の、実施の形態1の方式での測定器の誤り率特性を示している。「BS+OD」として示した線は、実施の形態2の測定器の誤り率特性を示している。
【0158】
擬似ベル状態で、「Helstrom bound」として示した線は比較のためにプロットした量子検出限界に対する誤り率特性を示している。また、2モードスクィズド真空状態の密度作用素に必要な行列サイズが、902×902を超えるため、計算の困難さに鑑み、最大の平均光子数を10に設定している。
【0159】
図12と
図13は、それぞれ、伝送路におけるエネルギー透過率ηをそれぞれ0.5と0.1に固定したときの誤り率を示す図である。各線の意味は、
図11と同じである。
【0160】
図11、
図12、
図13により、オンオフ検出器を用いた実施の形態2の測定器の誤り率を示す「BS+OD」の値は、光子計数器を用いた実施の形態1測定器を示す「BS+PC(Opt.R)」とほぼ同じ性能を持っていることがわかる。
【0161】
この性質は、エネルギー減衰が大きい(すなわちηが小さいほど)ほど、また、平均光子数が大きいほど顕著になる。Rを1に固定した測定器「BS+PC(R=1)」に比べると、エネルギー減衰が大きいほど実施の形態2の測定器が優位となりうることが示されている。
【0162】
このため、エンタングルメントがCase(0)において完全に破壊され、Case(1)においてほぼ完全に破壊されていても、S系と A系をビームスプリッターで干渉させる利点があること、この利点を達成するためには光子計測器のような光子数分解能をもつ素子を必要としないことがわかる。
【0163】
また、2モードスクィズド真空状態と量子最適測定器を用いた場合に比べると、実施の形態2の測定器は平均光子数が小さいときに性能がほぼ同じだが、平均光子数が大きくなるにつれてそれを凌駕しうることがわかる。
【0164】
図14は、実施の形態2の測定器の構成において、エネルギー透過率ηをパラメーターとして、平均光子数<n>とビームスプリッターの最適な反射率Rとの関係を示す図である。
【0165】
図14では、擬似ベル状態の送信時の平均光子数を0.5から10まで変化させたときの、最適なRを示す。
図14で示した通り、最適なRは、平均光子数1の近傍を境に急激に大きくなったのち、R=1に近づいていくという特徴がある。この挙動は、実施の形態1の測定器の最適なRとほぼ同じだが、より少ない平均光子数を境にしている。
【0166】
以上説明した通り、実施の形態1と比較して、光子計数器をオンオフ検出器に置き換えるという、さらなる簡易的な測定器においても、実施の形態1の測定器と同等の性能を発揮することが可能である。
【0167】
具体的には、測定器の誤り率特性を、減衰が無い場合とある場合について示した。その結果、ビームスプリッターとオンオフ検出器という安価かつ簡易的な構成であっても、ビームスプリッターと光子計数器を用いた実施の形態1の測定器とほぼ同じ性能をもつこと、平均光子数が大きいときには 、2モードスクィズド真空状態に対する量子最適検出限界よりも優位となりうることがわかった。
【0168】
なお、測定器の構成としては、S系と A系の片方に対してオンオフ検出器、もう片方に対して光子計数器を用いるようなハイブリッド測定器の構成であってもよい。
【0169】
今回開示された実施の形態は、本発明を具体的に実施するための構成の例示であって、本発明の技術的範囲を制限するものではない。本発明の技術的範囲は、実施の形態の説明ではなく、特許請求の範囲によって示されるものであり、特許請求の範囲の文言上の範囲および均等の意味の範囲内での変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0170】
100 擬似ベル状態光子源、102 光子源制御部、104 ミラー、106 ターゲット、110 光量分岐比可変のビームスプリッター、200 測定部、210 判別部、ODA,ODS オンオフ検出器。
【手続補正書】
【提出日】2023-12-12
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0141
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0141】
この決定作用素Πを用いて、Case(0)の場合は、以下のように表される。
【数17】
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0143
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0143】
また、決定作用素Πを用いて、Case(1)の場合は、以下のように表される。
【数18】