(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024012436
(43)【公開日】2024-01-30
(54)【発明の名称】食道狭窄抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/713 20060101AFI20240123BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20240123BHJP
A61P 1/00 20060101ALI20240123BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240123BHJP
C12N 15/113 20100101ALI20240123BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20240123BHJP
【FI】
A61K31/713
A61K48/00 ZNA
A61P1/00
A61P43/00 105
C12N15/113 130Z
C12N5/10
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023186317
(22)【出願日】2023-10-31
(62)【分割の表示】P 2021518247の分割
【原出願日】2019-05-08
(71)【出願人】
【識別番号】318012850
【氏名又は名称】株式会社TMEセラピューティックス
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】弁理士法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】米山 博之
(57)【要約】 (修正有)
【課題】良性食道狭窄に対する安全な新規狭窄抑制剤を提供する。
【解決手段】CHST15遺伝子の発現を抑制するsiRNAを有効成分として含む、食道狭窄抑制剤とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
CHST15遺伝子の発現を抑制するsiRNAを有効成分として含む、食道狭窄を治療又は予防するための医薬組成物。
【請求項2】
食道狭窄が、アカラシアによる狭窄、消化性狭窄、シャッキー・リング、内視鏡治療による狭窄、好酸球性食道炎による狭窄、外科手術後狭窄、放射線療法に伴う狭窄、腐食性狭窄、及び難治性狭窄からなる群より選ばれる狭窄である、請求項1記載の医薬組成物。
【請求項3】
食道狭窄が、食道の3/4周以上で生じている、請求項1又は2記載の医薬組成物。
【請求項4】
食道の筋層傷害を伴なわないことを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項記載の医薬組成物。
【請求項5】
ステロイドを併用しない、請求項1~4のいずれか一項記載の医薬組成物。
【請求項6】
内視鏡的バルーン拡張術を併用しない又は内視鏡的バルーン拡張術の併用回数を減らした、請求項1~5のいずれか一項記載の医薬組成物。
【請求項7】
siRNAが、100~10,000nMで含まれる、請求項1~6のいずれか一項記載の医薬組成物。
【請求項8】
単回投与又は1週間間隔で投与される、請求項1~7のいずれか一項記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CHST15 siRNAを有効成分とする新規食道狭窄抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
食道癌やバレット食道に対する低侵襲かつ食道機能温存維持を可能とした食道癌内視鏡治療は、食道表在癌やバレット食道に対する根治的治療として近年定着してきた(文献1-5)。とりわけ内視鏡的粘膜下層剥離術(endoscopic submucosal dissection : ESD)の技術の進歩は目覚ましく、広範な病変においても根治療法となりうる、新しい治療法として確立してきた。しかしながらESD後に瘢痕狭窄が高率に生じるため、患者は狭窄による嚥下障害のみならず、狭窄による外科手術に至ることさえあり、せっかく癌を根絶したにも関わらずその後のQOLが著しく阻害される。そのため、ESD後の狭窄抑制(予防・治療)は、内視鏡治療技術の進歩に伴い、逆に新たに生じてきた臨床課題となっている(文献1-6)。狭窄発症に関しては、食道粘膜切除範囲に依存していることが明らかになってきており、とりわけ切除範囲が3/4周すなわち75%以上かそれ以下か、が極めてクリティカルなポイントであるとのエビデンスが蓄積されてきた(文献2、4)。すなわち、3/4周以上の範囲でESDを実施した場合、術後の食道狭窄が必発であることから、3/4周以上・以下、で別々の臨床処置が求められることも明らかになりつつある。
【0003】
食道ESD後の狭窄抑制戦略としては、胃酸逆流に対する食道粘膜の保護、抗炎症、抗線維化、粘膜再生促進、機械的拡張、が考えられており、プロトンポンプ阻害剤(食道粘膜保護)、ステロイド製剤(抗炎症)、細胞シート(再生促進)、内視鏡的バルーン拡張術(機械的拡張)、食道ステント(機械的拡張)などの試みがなされているが、未だに病状制御が困難である(文献5、6)。バルーン拡張術は苦痛と食道破裂の危険を伴うものの実施せざるを得ないのが現状であるが、高率に再狭窄、再々狭窄を起こすため、拡張術を繰り返し必要とすることが多く、数か月にわたり難治性であり、QOLは著しく阻害される。
そこで、近年ステロイドの局注が行われつつある(文献6、7)。これはESD施行直後に局注針でESD後潰瘍の部分にステロイド溶液を内視鏡下に注入するものであり、バルーン拡張と比較すると安全性が高いとされている。しかしながら、ステロイドは膿瘍形成を含む感染リスクがあるだけでなく、局所投与により遅延性の食道穿孔を誘発することが報告されている(文献2-6、8)。筋層を傷害することがその原因であるため、ESD後に筋層を避けて慎重に投与することが要求されるが、広範ESDに伴う巨大な人工潰瘍部分への注射時に、解剖学的に筋層を避けて投与することは困難であり、常時穿孔リスクが伴う。さらに決定的には、3/4周以下の比較的小さい範囲のESD後の狭窄には一定の効果を有するとの報告もあるが、3/4周以上の広範囲のESD後の狭窄には全く効果がないことが明らかになっている(文献2-6)。したがって、3/4周以上のESD後の狭窄に関しては、ステロイドを含めて薬物療法が皆無であり、バルーン拡張やステントなどの機械的拡張を余儀なくされざるを得ないのが現状である。一方で、食道癌のみならず、とりわけ近年増加の一途を辿るバレット食道においては3/4周以上の広範囲ないしは全周性に病変を呈するケースが多いため、3/4周以上の広範囲の内視鏡治療・ESD治療が要求される。
また、ESD後の食道狭窄は、癌性狭窄とは全く異なり、癌を根治させた後の良性狭窄であるという事実は、実臨床的には極めて重要である。切除しきれず増大する癌による進行性の食道狭窄を姑息に防止するステントや、ましてや筋層破壊による穿孔や縦隔膿瘍を誘発する医原性リスクは極力回避しなければならないのが良性狭窄である。すなわち、狭窄抑制効果と同時に、高い安全性を確保するという極めてハードルの高い治療が実臨床では要求される。そこで、上述のような広範囲ESD後に必発する食道狭窄を如何に安全に抑制するかが、新規薬剤の開発も含めて喫緊の臨床課題となっている。
【0004】
糖硫酸転移酵素であるCHST15(Carbohydratesulfotransferase 15)はコンドロイチン硫酸A(CS-A)のGalNAc(4SO4)残基の6位に硫酸基を転移し、高度に硫酸化されたコンドロイチン硫酸E(CS-E)を合成するII型の膜貫通型ゴルジタンパク質である(文献9、10)。正常なヒト組織ではほとんど発現していないが、炎症・線維化や、癌においてその発現が増強する事が知られている。CS-Eは、コラーゲン線維(フィブリル)形成を促進すること(文献11)が報告されており、CS-Eは局所線維化病変の維持と増強に関与していると考えられている。更に、高度に硫酸化されたCSは、線維芽細胞の接着に関わる分子CD44、線維芽細胞の遊走に関わるケモカインMCP-1、SDF-1、線維芽細胞の増殖に関わるPDGF、TGF-βと結合することが報告されており(文献12、13)、病変局所におけるこれらの分子の濃縮を介しても線維芽細胞の定着と活性化に関わっている事が示唆される。
【0005】
食道においては、ブタの半周性(50%)のESDモデルで、ESD後の狭窄食道組織においてCHST15のmRNAが増加しており、CHST15 siRNAによりmRNAの発現を抑制すると線維化が抑制されると報告されている(文献14)ことから、ステロイド同様に3/4周以下のESD後の狭窄抑制効果を有する可能性が示唆されている。しかしながら、非特許文献14にもlimitationとして明記されているように、3/4周以上さらには全周性ESD後の狭窄が抑制できるかどうかは不明である。ステロイドが3/4周以上の狭窄に対しては無効であることと同様、3/4周以上ましてや全周性の狭窄に対する抑制効果を示すことは著しくハードルが高いため、予測は困難である。また、非特許文献14では、同一個体においてESDを2か所作成し、1か所にCHST15 siRNAを、もう1か所に陰性対照siRNAを投与しており、陰性対照siRNA投与部分が呈する狭小化病変が臨床症状に与える影響が混在していたことから、CHST15 siRNAが臨床症状(嚥下障害に伴う体重減少など)にどのような影響を与えるのかも全く不明であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
1) Siersema PD. Treatment option for esophageal strictures. Nature Gastroenterol Hepatol 5: 142-152, 2008.
2) 日本食道学会 食道癌診療ガイドライン 2017年版.
3) Sami SS, Haboubi N, Ang Y et al. UK guidelines on esophageal dilatation in clinical practice. Gut 67: 1000-1023, 2018.
4) Draganov PV, Wang AY, Othman MO et al. AGA institute clinical practice update: Endoscopic submucosal dissection in the united states. Clin Gastroenterol Hepatol 17: 16-25, 2019.
5) Barret M< Beye S, Leblanc S et al. Systematic review: the prevention of oesophageal stricture after endoscopic resection. Aliment Pharmacol Ther 42: 20-39, 2015.
6) Jain D, Singhal S. Esophageal stricture prevention after endoscopic submucosal dissection. Clin Endosc 49: 241-256, 2016.
7) Hashimoto S, Kobayashi M, Takeuchi M, et al. The efficacy of endoscopic triamcinolone injection for the prevention of esophageal stricture after endoscopic submucosal dissection. Gastrointest Endosc 74: 1389-1393, 2011.
8) Yamashita S, Kato M, Fujimoto A, et al. Inadequate steroid injection after esophageal ESD might cause mural necrosis. Endosc int Open 7: E115-E121. 2019.
9) Ohtake S, Kondo S, Morisaki T, et al. Expression of sulfotransferase involved in the biosynthesis of chondroitin sulfate E in the bone marrow derived mast cells. Biochemical Biophysica Acta 1780: 687-95, 2008.
10)Habuchi O, Moroi R, Ohtake S, et al. Enzymatic synthesis of chondroitin sulfate E by N-acetylgalactosamine 4-sulfate 6-O-sulfotransferase purified from squid cartilage. Anal Biochem 310: 129-36, 2002.
11)Kvist AJ, Hohnson AE, Morgelin M et al. Chondroitin sulfate perlecan enhances collagen fibril formation. JBC 281: 33127-33139, 2006.
12)Yamada S and Sugahara K. Potential therapeutic Application of chondroitin sulfate/dermatan sulfate. Current Drug Discovery Technologies 5: 289-301, 2008.
13)Mizumoto S and Sugahara K. Glycosaminoglycans are functional ligands for advanced glycation end-products in tumors. FEBS Journal 280: 2462-2470, 2013.
14)Sato H, Sagara S, Nakajima N, et al. Prevention of esophageal stricture after endoscopic submucosal dissection using RNA-based silencing of carbohydrate sulfotransferse 15 in a pig model. Endoscopy 49: 1-9, 2017.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、良性食道狭窄に対する、安全な新規狭窄抑制剤の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、全周性(100%)ESDモデルを用いて、CHST15 siRNAの局所投与の効果を調べることにより、従来技術による治療からは予測できなかった狭窄抑制効果を有することを見出した。また、その効果はCHST15 siRNAの抗線維化効果のみに基づくものではなく、成熟上皮の出現と筋層のほぼ完璧な保護という、全く異質の効果によることが明らかになった。著しく困難であった全周性ESDに対し狭窄抑制効果を呈する薬剤であり、かつ、筋層破壊に伴う穿孔や縦隔膿瘍のリスクが無く、実臨床の安全性の面で極めて優れた効果を呈する薬剤であることが判明し、広範内視鏡治療に伴う良性食道狭窄治療への応用が期待された。
本発明者らは、ステロイドを含む公知の薬物療法では有効な効果を発揮できないレベルであるブタ食道全周性(100%)ESD後の食道狭窄において、CHST15 siRNAを単独で投与することにより、著しい狭窄抑制効果が得られることを見出した。さらに本発明者は、その効果は筋層保護作用を伴っていることを見出し、公知のステロイド製剤や機械的拡張に伴う筋層破壊のリスクを回避し得ることも発見した。従来は機械的拡張以外に対症方法がなかった全周性ESD後の良性食道狭窄において、CHST15 siRNAは高い安全性と著しい狭窄抑制効果を同時に有することを実証した。
【0009】
より具体的には、本発明は以下の〔1〕~〔8〕を提供するものである。
〔1〕CHST15遺伝子の発現を抑制するsiRNAを有効成分として含む、良性食道狭窄を治療又は予防するための医薬組成物。
〔2〕食道狭窄が、アカラシアによる狭窄、消化性狭窄、シャッキー・リング、内視鏡治療による狭窄、好酸球性食道炎による狭窄、外科手術後狭窄、放射線療法に伴う狭窄、腐食性狭窄、及び難治性狭窄からなる群より選ばれる狭窄である、〔1〕の医薬組成物。
〔3〕食道狭窄が、食道の3/4周以上で生じている、〔1〕又は〔2〕の医薬組成物。
〔4〕食道の筋層傷害を伴なわないことを特徴とする、〔1〕~〔3〕のいずれか一項記載の医薬組成物。
〔5〕ステロイドを併用しない、〔1〕~〔4〕のいずれか一項記載の医薬組成物。
〔6〕内視鏡的バルーン拡張術を併用しない又は内視鏡的バルーン拡張術の併用回数を減らした、〔1〕~〔5〕のいずれか一項記載の医薬組成物。
〔7〕siRNAが、100~10,000nMで含まれる、〔1〕~〔6〕のいずれか一項記載の医薬組成物。
〔8〕単回投与又は1週間間隔で投与される、〔1〕~〔7〕のいずれか一項記載の医薬組成物。
【0010】
本発明はさらに以下に関する。
[A-1]CHST15遺伝子の発現を抑制するsiRNAを投与する工程を含む、食道狭窄を治療する方法。
[B-1]食道狭窄の治療において用いるための、CHST15遺伝子の発現を抑制するsiRNA。
[C-1]食道狭窄抑制剤の製造における、CHST15遺伝子の発現を抑制するsiRNAの使用。
[D-1]CHST15遺伝子の発現を抑制するsiRNAを使用する工程を含む、食道狭窄抑制剤の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
食道の3/4周性以上とりわけ全周性ESD後は極めて強力な狭窄を呈することから、それを抑制する薬剤はこれまで知られていなかったが、驚いたことに、CHST15 siRNAを局所投与することによって、狭窄抑制効果を得られることが、本発明によって初めて明らかとなった。また、CHST15 siRNAは、これまでは粘膜下層に限定した抗線維化作用しか知られておらず、今回線維化とは異なる筋層(固有筋層)保護の用途を有することも、本発明により初めて明らかとなった。このように、従来の薬物療法では治療不可能であった食道狭窄に対しても有効かつ安全な新規治療法が提供された。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】ブタ全周性ESDモデルにおける食道狭窄を示す食道摘出標本全体の肉眼像及びマッソン染色像である。ESD実施直後に、生理食塩水(上段)、ステロイド製剤・ケナコルト(中段)、CHST15 siRNA(下段)を局所注射後、14日目(Day 14)に屠殺した。
【
図2】
図1上段と同様に、生理食塩水が全周性ESD後食道狭窄に及ぼす影響を示すマッソン染色像の拡大である。
【
図3】
図1中段と同様に、ステロイド製剤(ケナコルト)が全周性ESD後食道狭窄に及ぼす影響を示すマッソン染色像の拡大である。
【
図4】
図1下段と同様に、CHST15 siRNAが全周性ESD後食道狭窄に及ぼす影響を示すマッソン染色像の拡大である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明者は、CHST15(Carbohydrate sulfotransferase 15)遺伝子の発現を抑制することにより、食道全周性ESD後の食道狭窄に対する抑制効果が発揮されることを見出した。より詳しくは、本発明者は、CHST15遺伝子の発現をRNAi(RNA interferance;RNA干渉)効果によって抑制することにより、食道狭窄が抑制されることを見出した。さらに、本発明者は、既存で使用されているステロイド製剤では有意な治療効果が認められないレベルの全周性ESD後の食道狭窄に対しても、CHST15遺伝子の発現を抑制するsiRNAにより著しく狭窄が抑制され、かつ、筋層保護作用により安全に効果が発揮されることを見出した。
【0014】
本発明のCHST15遺伝子は特に制限されるものではないが、通常、動物由来であり、より好ましくは哺乳動物由来であり、最も好ましくはヒト由来である。なお、本発明のCHST15は、別称として、GalNAc4S-6ST(N-acetylgalactosamine 4-sulfate 6-0 sulfotransferase)とも呼ばれる。
【0015】
本発明のCHST15(GalNAc4S-6ST)の配列は、例えば、アクセッション番号NM_015892に基づいて取得することができる。一例として、本発明のCHST15遺伝子の塩基配列を配列番号:3に、該遺伝子によってコードされるアミノ酸配列を配列番号:4へ記載する。上記以外のアミノ酸配列からなるタンパク質であっても、例えば配列番号:4に記載された配列と高い同一性(通常70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上)を有し、かつ、上記タンパク質が有する機能を持つタンパク質は、本発明のCHST15タンパク質に含まれる。上記タンパク質とは、例えば、配列番号:4に記載のアミノ酸配列において、1以上のアミノ酸が付加、欠失、置換、挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質であって、通常変化するアミノ酸数が30アミノ酸以内、好ましくは10アミノ酸以内、より好ましくは5アミノ酸以内、最も好ましくは3アミノ酸以内である。
【0016】
本発明における上記遺伝子には、例えば、配列番号:3に記載の塩基配列からなるDNAに対応する他の生物における内在性の遺伝子(ヒトの上記遺伝子のホモログ等)が含まれる。また、配列番号:3に記載の塩基配列からなるDNAに対応する他の生物の内在性のDNAは、一般的に、それぞれ配列番号:3に記載のDNAと高い同一性(相同性)を有する。高い同一性とは、好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上(例えば、95%以上、さらには96%、97%、98%または99%以上)の相同性を意味する。この相同性は、mBLASTアルゴリズム(Altschul et al. (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87: 2264-8; Karlin and Altschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90: 5873-7)によって決定することができる。また、該DNAは、生体内から単離した場合、それぞれ配列番号:3に記載のDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズすると考えられる。ここで「ストリンジェントな条件」としては、例えば「2×SSC、0.1%SDS、50℃」、「2×SSC、0.1%SDS、42℃」、「1×SSC、0.1%SDS、37℃」、よりストリンジェントな条件として「2×SSC、0.1%SDS、65℃」、「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」および「0.2×SSC、0.1%SDS、65℃」の条件を挙げることができる。
【0017】
本明細書において、「CHST15遺伝子の発現を抑制するsiRNA」は、「CHST15 siRNA」と表現することもでき、好ましくは、配列番号:1(5’-ggagcagagc aagaugaaua caaucag-3’)および配列番号2(5’-gauuguauuc aucuugcucu gcuccau-3’)に記載されたRNAがハイブリダイズした構造のsiRNAである。
【0018】
本発明におけるsiRNAは、必ずしも全てのヌクレオチドがリボヌクレオチド(RNA)でなくともよい。即ち、本発明において、siRNAを構成する1もしくは複数のリボヌクレオチドは、分子自体としてCHST15遺伝子の発現を抑制する機能を有するものであれば、対応するデオキシリボヌクレオチドであってもよい。この「対応する」とは、糖部分の構造は異なるものの、同一の塩基種(アデニン、グアニン、シトシン、チミン(ウラシル))であることを指す。例えば、アデニンを有するリボヌクレオチドに対応するデオキシリボヌクレオチドとは、アデニンを有するデオキシリボヌクレオチドのことを言う。また、前記「複数」とは特に制限されないが、好ましくは2~5個程度の少数を指す。
【0019】
本発明のsiRNAは、当業者においては市販の核酸合成機を用いて適宜作製することが可能である。また、所望のRNAの合成については、一般の合成受託サービスを利用することが可能である。
【0020】
本発明のCHST15 siRNAは、単剤で良性食道狭窄に対する抑制効果を有することから、本発明は、CHST15 siRNAを有効成分として含む、食道狭窄抑制剤(良性食道狭窄を治療または予防するための医薬組成物)を提供する。あるいは、本発明は、CHST15 siRNAを投与する工程を含む良性食道狭窄を治療する方法、良性食道狭窄の治療において使用するためのCHST15 siRNA、食道狭窄抑制剤の製造におけるCHST15 siRNAの使用、およびCHST15 siRNAを使用する(製剤化するおよび/または薬学的もしくは生理学的に許容される担体と混合する)工程を含む食道狭窄抑制剤の製造方法を提供する。
【0021】
本発明において治療または予防の対象となる食道狭窄は、本発明の抗CHST15 siRNAが治療効果を発揮する良性食道狭窄であれば特に限定されないが、アカラシアによる狭窄、消化性狭窄、シャッキー・リング、内視鏡治療による狭窄、好酸球性食道炎による狭窄、外科手術後狭窄、放射線療法に伴う狭窄、腐食性狭窄、及び難治性狭窄からなる群より選ばれる狭窄であり、好ましくは3/4周以上の広範囲食道ESD後の食道狭窄である。なお、本発明における「治療」には、必ずしも完全な治療効果を有する場合に限定されず、部分的な効果を有する場合であってもよい。
【0022】
本発明の食道狭窄抑制剤または医薬組成物は、薬学的または生理学的に許容される担体、賦形剤、あるいは希釈剤等と混合し、経口、あるいは非経口的に投与することができる。経口剤としては、顆粒剤、散剤、錠剤、カプセル剤、溶剤、乳剤、あるいは懸濁剤等の剤型とすることができる。非経口剤としては、注射剤、点滴剤、外用薬剤、吸入剤(ネブライザー)あるいは座剤等の剤型を選択することができる。注射剤には、皮下注射剤、筋肉注射剤、腹腔内注射剤、頭蓋内投与注射剤、あるいは鼻腔内投与注射剤等を示すことができる。外用薬剤には、経鼻投与剤、あるいは軟膏剤等を示すことができる。主成分である本発明の抗癌剤または医薬組成物を含むように、上記の剤型とする製剤技術は公知である。
【0023】
例えば、経口投与用の錠剤は、本発明の食道狭窄抑制剤または医薬組成物に賦形剤、崩壊剤、結合剤、および滑沢剤等を加えて混合し、圧縮整形することにより製造することができる。賦形剤には、乳糖、デンプン、あるいはマンニトール等が一般に用いられる。崩壊剤としては、炭酸カルシウムやカルボキシメチルセルロースカルシウム等が一般に用いられる。結合剤には、アラビアゴム、カルボキシメチルセルロース、あるいはポリビニルピロリドンが用いられる。滑沢剤としては、タルクやステアリン酸マグネシウム等が公知である。
【0024】
本発明の食道狭窄抑制剤または医薬組成物を含む錠剤は、マスキングや、腸溶性製剤とするために、公知のコーティングを施すことができる。コーティング剤には、エチルセルロースやポリオキシエチレングリコール等を用いることができる。
【0025】
また注射剤は、主成分である本発明の食道狭窄抑制剤または医薬組成物を適当な分散剤とともに溶解、分散媒に溶解、あるいは分散させることにより得ることができる。分散媒の選択により、水性溶剤と油性溶剤のいずれの剤型とすることもできる。水性溶剤とするには、蒸留水、生理食塩水、あるいはリンゲル液等を分散媒とする。油性溶剤では、各種植物油やプロピレングリコール等を分散媒に利用する。このとき、必要に応じてパラベン等の保存剤を添加することもできる。また注射剤中には、塩化ナトリウムやブドウ糖等の公知の等張化剤を加えることができる。更に、塩化ベンザルコニウムや塩酸プロカインのような無痛化剤を添加することができる。
【0026】
また、本発明の食道狭窄抑制剤または医薬組成物を固形、液状、あるいは半固形状の組成物とすることにより外用剤とすることができる。固形、あるいは液状の組成物については、先に述べたものと同様の組成物とすることで外用剤とすることができる。半固形状の組成物は、適当な溶剤に必要に応じて増粘剤を加えて調製することができる。溶剤には、水、エチルアルコール、あるいはポリエチレングリコール等を用いることができる。増粘剤には、一般にベントナイト、ポリビニルアルコール、アクリル酸、メタクリル酸、あるいはポリビニルピロリドン等が用いられる。この組成物には、塩化ベンザルコニウム等の保存剤を加えることができる。また、担体としてカカオ脂のような油性基材、あるいはセルロース誘導体のような水性ゲル基材を組み合わせることにより、座剤とすることもできる。
【0027】
本発明の食道狭窄抑制剤または医薬組成物を遺伝子治療剤として使用する場合は、本発明の食道狭窄抑制剤または医薬組成物を注射により直接投与する方法のほか、核酸が組込まれたベクターを投与する方法が挙げられる。上記ベクターとしては、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター等が挙げられ、これらのウイルスベクターを用いることにより効率よく投与することができる。
【0028】
また、本発明の食道狭窄抑制剤または医薬組成物をリポソームなどのリン脂質小胞体に導入し、その小胞体を投与することも可能である。siRNAを保持させた小胞体をリポフェクション法により所定の細胞に導入する。そして、得られる細胞を例えば静脈内、動脈内等に全身投与する。
【0029】
また本発明は、本発明の食道狭窄抑制剤または医薬組成物を個体(例えば、患者)またはその食道組織へ投与する工程を含む、対象における食道狭窄を治療または予防する方法を提供する。本発明の治療または予防方法の対象となる個体は、食道狭窄を発症し得る生物であれば特に制限されないが、好ましくはヒトである。対象への投与は、例えば、経口投与、皮内投与、もしくは皮下投与、または静脈内注射など当業者に公知の方法により行うことができる。全身投与、または食道組織内への直接的な局所投与が可能である。また、本発明のsiRNAを目的の組織または器官に導入するために、市販の遺伝子導入キットを用いることもできる。
【0030】
本発明の食道狭窄抑制剤または医薬組成物は、安全とされている投与量の範囲内において、ヒトを含む哺乳動物対象に対して、必要量(有効量)が投与される。本発明の食道狭窄抑制剤または医薬組成物の投与量は、剤型の種類、投与方法、対象の年齢や体重、対象の症状等を考慮して、最終的には当業者(医師または獣医師)の判断により適宜決定することができる。一例を示せば、年齢、性別、症状、投与経路、投与回数、剤型によって異なるが、例えば本発明のCHST15 siRNAの局所投与での投与量は1日1回あたり100~10,000nM程度であり、単回投与又は1週間間隔~1か月間隔(例えば1週間間隔、2週間間隔又は1か月間隔)投与される。
【0031】
なお、本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例0032】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
なお、本実施例において使用した「CHST15 siRNA」は、配列番号:1および2に記載されたRNAがハイブリダイズした構造のsiRNAである。
【0033】
<実施例1>
食道全周性(100%)ESDモデルの作製については、実験用ミニブタを使用した。実験動物として汎用されるマウス・ラットにおいては、解剖学的にヒトのような重層扁平上皮がなく、生理的に逆流が起こらないため、ヒト食道疾患の重要な病態に関与する要素を反映しにくい。一方、体重40kgほどのミニブタの食道は全長30cmほどであり、ヒト成人の食道長約40cmにくらべても遜色なく、ヒト同様に重層扁平上皮を有し、生理的逆流も起こる上に、ヒトの上部消化管内視鏡セットを用いたESD実験を行える利点もある。
ミニブタは、生理食塩水投与群、ステロイド製剤(ケナコルト)投与群、CHST15 siRNA(北海道システムサイエンス社製、ロット番号40481638)投与群、の3群を使用した(n=1/群)。各群のミニブタを全身麻酔呼吸器管理下に、上部消化管内視鏡を経口挿入し、門歯列より15cmから25cmの間に、デュアルナイフを用いて全長5cmの全周性(100%)ESDを施行した。ESD実施直後の全周性人工潰瘍に対して、潰瘍底から周囲の全体に均等に覆うように合計20か所に、内視鏡用注射針を用いて投与溶液(生理食塩水、ステロイド製剤、CHST15 siRNA, 250nM溶液)を合計2mL注入した。
ESD後無処置であると2週間以内に食道狭窄が発現し、食物も通過しなくなるため、それ以降4週以内にミニブタが死亡することから、単回投与後の観察期間を2週間に設定し、2週間後(Day 14)に全群屠殺し、肉眼所見、並びに病理組織学的解析(マッソン染色)により、食道狭窄の程度を検討した。
結果:
生理食塩水投与群:
<肉眼所見>
食道長の短縮と完全閉塞を認めた。摂食不可の状態であった。
<病理所見>
一部未熟な再生上皮の出現を認めるものの、ESDによる人口潰瘍が残存し、潰瘍底以深の広範な線維化と筋層の挫滅を認めた。
ステロイド製剤(ケナコルト)投与群:
<肉眼所見>
食道長の短縮の程度は生理食塩水投与群と比較して軽度ではあったが、完全閉塞を認めた。摂食不可の状態であった。
<病理所見>
ESDによる人口潰瘍が残存するものの、生理食塩水投与群と比較すると、比較的成熟した再生上皮による修復所見を認めた。しかし、以深は全層性に広範な線維化を認め、その程度は生理食塩水投与群よりも強度であった。また、欠損を伴う広範囲の筋層の破壊を認め、漿膜層まで線維化が及んでいた。
CHST15 siRNA投与群:
<肉眼所見>
食道長の短縮はほぼ認めず、一部内腔の狭小化は認めるものの、狭窄・閉塞はなく、摂食可能の状態であった。
<病理所見>
ESDによる人口潰瘍はほぼ再生上皮に被覆され、ステロイド投与群と比較しても重層扁平上皮が規則正しく構築された、より成熟した再生上皮であった。以深は病的線維化はなく、上皮を支持するほぼ生理的なレベルの線維であった。さらに、筋層の障害を全く認めなかった。
考察:
ステロイド製剤投与群においては全周性ESD後の食道狭窄抑制効果はなく、これは臨床治験と同じ結果と考えられた。生理食塩水投与群と比較して、再生上皮を伴う潰瘍底の縮小傾向は認めたものの、筋層の広範な傷害を呈していた。これはステロイドの持つタンパク異化作用によるものと考えられ、臨床で認められる遅発性穿孔の原因となることが示唆された。
一方、CHST15 siRNA投与群において認められた狭窄抑制効果は、筋層をほぼ正常状態に保持したまま獲得できる効果であった。それは食道の蠕動運動すなわち嚥下機能をほぼ正常に保ったまま狭窄が抑制されていることを示すとともに、実臨床的にも極めて安全に治療できることが強く示唆された。
実臨床におけるESD後食道狭窄においては、バルーン拡張を繰り返し実施しているのが現状であり、筋層へのダメージは極力回避しなければならないため、ステロイドの複数回投与は回避すべきと考えられる。また、食道癌においては再発があり、その再発食道癌に対してもESD治療を安全に施せるようにしておくためには、筋層の保護は絶対的条件となる。繰り返す内視鏡治療を実施するためにも、ステロイド製剤に比較してCHST15 siRNAの臨床的有用性が極めて高いと考えられた。
本発明のCHST15 siRNAは、既存療法では全く効果の出ないブタ食道全周性(100%)ESD後の食道狭窄モデルを利用した試験において、著しい狭窄抑制効果を示した。また、筋層保護効果を有することから、高い安全性(既存治療のような穿孔のリスクがない)とともに、筋層の機能(嚥下機能)の維持、あるいは繰り返す内視鏡治療を実現可能にする、という従来全く描けなかった臨床現場の姿を導き出せることが考えられた。
これらの結果より、本発明のCHST15 siRNAは新規食道狭窄抑制剤として有用であることが示された。
食道狭窄が、アカラシアによる狭窄、消化性狭窄、シャッキー・リング、内視鏡治療による狭窄、好酸球性食道炎による狭窄、外科手術後狭窄、放射線療法に伴う狭窄、腐食性狭窄、及び難治性狭窄からなる群より選ばれる狭窄である、請求項1記載の医薬組成物。