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特開2024-124692化合物とそれを用いたフルクトース検出プローブおよびフルクトース検出方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024124692
(43)【公開日】2024-09-13
(54)【発明の名称】化合物とそれを用いたフルクトース検出プローブおよびフルクトース検出方法
(51)【国際特許分類】
   C07F 5/02 20060101AFI20240906BHJP
   G01N 21/64 20060101ALI20240906BHJP
【FI】
C07F5/02 D CSP
G01N21/64 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023032556
(22)【出願日】2023-03-03
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 掲載年月日:2022年5月18日 掲載アドレス:https://pubs.rsc.org/en/content/articlehtml/2022/ra/d2ra01569b https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2022/RA/D2RA01569B
(71)【出願人】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(71)【出願人】
【識別番号】507157045
【氏名又は名称】公立大学法人福井県立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100118924
【弁理士】
【氏名又は名称】廣幸 正樹
(72)【発明者】
【氏名】北山 隆
(72)【発明者】
【氏名】柏▲崎▼ 玄伍
(72)【発明者】
【氏名】日▲び▼ 隆雄
【テーマコード(参考)】
2G043
4H048
【Fターム(参考)】
2G043AA01
2G043BA14
2G043DA02
2G043EA01
2G043FA06
2G043KA02
2G043NA01
2G043NA11
4H048AA01
4H048AA03
4H048AB92
4H048VA11
4H048VA20
4H048VA32
4H048VA75
(57)【要約】      (修正有)
【課題】フルクトースと高い選択性で迅速に結合する上、発光強度も高く、好適なフルクトース検出プローブとなる新規化合物、および該化合物を利用したフルクトースの迅速簡便な検出方法を提供する。
【解決手段】選択図中、化合物6で示されるBODIPY(boron-dipyrromethene)誘導体は、果糖と高い選択性で迅速に結合する上、発光強度も高く、好適な果糖検出プローブである。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(化1)式で表される構造を有する化合物。
【化100】
【請求項2】
(化1)式で表される構造を有する化合物を用いたフルクトースの検出プローブ。
【化101】
【請求項3】
(化1)式で表される構造を有する化合物のフルクトース濃度に対する発光強度検量線を得る工程と、
被検査液に前記(化1)式で表される構造を有する化合物を投入し発光強度を測定する工程と、
前記測定された発光強度と前記発光強度検量線から前記被検査液中のフルクトース濃度を求める工程を有するフルクトースの検出方法。
【化102】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規化合物と、それを用いたフルクトースの検出プローブおよび、その検出プローブを用いたフルクトースの検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
果糖は果物(フルクトース)に広く含まれる天然単糖で、甘味が強く、他の糖に比べて満腹感を阻害しないことから、食品産業への利用が進んでいる。当初、果糖は血中でブドウ糖を生成せず、高脂肪食が主な原因と想定される肥満や非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)とは無縁であることから、ショ糖よりも安全な甘味料であると考えられていた。
【0003】
しかし、その後の研究で、現在ではフルクトースは、強力な還元糖であり老化、動脈硬化、糖尿病の血管・腎臓・眼科合併症の発症に関与していると考えられている。したがって、フルクトースを迅速に検出する簡便な方法は有益であると言える。
【0004】
検出の迅速および簡便性のためには、蛍光色素が好適と考えられる。例えば、アレイ解析に用いられることが多い蛍光色素cy3は、定量性には優れる。しかし、量子収率が0.04と低く、蛍光色素としては明るくないため、検出感度に課題があった。
【0005】
一方、タンパク質の疎水性表面検出用の傾向プローブとしてN.Dorhら(非特許文献1)が開発したHydrophobicity(HP)Sensorは、cy3より非極性溶媒中で高い量子収率と蛍光強度を示し、水溶液中では十分に消光した。
【0006】
また、特許文献1では、タンパク質の解析に用いる蛍光色素の一種であるBODIPY(boron-dipyrromethene)の母骨格に水溶性を増大する置換基を導入し、更にジピロメテン骨格の5位に置換アリール基を導入することで、水溶液中ではほとんど蛍光を発しないことで知られたBODIPYが、オリゴ糖と結合することにより分子周辺で極性低下が生じ、その極性低下に応じて、水溶液中で強く飛躍的に安定な蛍光を発する蛍光プローブが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2020-139782号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】(2015)Sci.Reports,5,18337
【非特許文献2】Dubois,M.et al.:Anal.Chem.,28,350 (1956).
【非特許文献3】P.A.Shaffer,M.Somegyi:J.Biol.Chem,100,695 (1933).
【非特許文献4】Nelson,N.:J.Biol.Chem.,153,375 (1944).
【非特許文献5】J.-B.Giguere,D.Thibeault,F.Cronier,J.-S.Marois,M.Auger and J.-F.Morin,Tetrahedron Lett., 2009,50,5497-5500.
【非特許文献6】T.Rohand,E.Dolusic,T.H.Ngo,W.Maes and W.Dehaen,ARKIVOC,2007,2007,307-324.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、溶液中での蛍光の安定性に課題があり、精密な蛍光定量には好適とは言えなかった。また、フルクトースの検出プローブとしての選択性も不十分であった。
【0010】
糖類の検出や定量には、(1)フェノール-硫酸法(非特許文献2)のように強酸と処理し、色素化合物に導く比色定量法、(2)Somogyi-Nelson法(非特許文献3、非特許文献4)のように、糖による還元で色素を発色させる比色定量法、(3)グルコースバイオセンサーとして普及する酵素法、(4)HPLCなどクロマトグラフィー法を示差屈折率(RI)検出法など各種検出法と組み合わせた分離検出法が用いられてきた。
【0011】
しかし、いずれもハイスループットアッセイには適していないことから、高感度かつ選択的な検出方法の開発が望まれてきた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は上記の課題に鑑みて想到されたものであり、蛍光色素の一種であるBODIPY(boron-dipyrromethene)の母骨格に水溶性を増大する置換基を導入し、さらに8位の置換アリール基について誘導体化を検討した。その結果、クリック反応により形成されるトリアゾールを介し、糖と共有結合が可能なフェニルボロン酸を有した(化1)式で表される構造を有する化合物を得た。以後(化1)式の化合物をPB-BODIPYと呼ぶ。
【0013】
【化1】
【0014】
また、本発明は(化1)式の構造を有する化合物を用いたフルクトース検出プローブを提供する。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るPB-BODIPYは中性pHにおいてアルドースに対してフルクトースと特異的に相互作用し、フルクトースに対する選択的な蛍光プローブとして優れた特性を示す(後述する図7参照)。1mmol・L-1のD-フルクトースに対する蛍光強度は、同濃度のD-グルコースやD-ガラクトースに対して43倍および11倍であり、これまでに報告されたフルクトースに対する蛍光プローブよりも優れた選択性を示した。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】PB-BODIPYの合成手順を説明した図である。
図2】複数の溶媒におけるPB-BODIPYの蛍光発光スペクトルを示す図である。
図3】PB-BODIPYの蛍光強度と各溶媒のE 値の相関図を示す図である。
図4】PB-BODIPYのpH変化に伴う蛍光強度の変化を示す図である。
図5】pH7.4、25℃におけるPB-BODIPYの蛍光強度を糖類の濃度の関数として示す図である。
図6】溶液中でのPB-BODIPYの平衡状態を表す図である。
図7】糖類の濃度を変化させた時の蛍光反応を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明に係る新規化合物およびフルクトースの検出プローブについて図面および実施例を示し説明を行う。なお、以下の説明は、本発明の一実施形態および一実施例を例示するものであり、本発明が以下の説明に限定されるものではない。以下の説明は本発明の趣旨を逸脱しない範囲で改変することができる。なお、以下の説明で「~」は以上、以下を表すものとする。
【実施例0018】
<物質の合成>
フルクトース、マンノース、ガラクトースはナカライテスク株式会社(日本、京都)から入手した。グルコース、アラビノース、スクロース、ノルビキシン標準品は富士フイルム和光純薬株式会社(日本、大阪)より入手した。アロースとプシコースは東京化成工業株式会社(日本、東京)より入手した。これらをまとめてサッカライドとも呼ぶ。
【0019】
その他の化学物質はすべて分析試薬グレードで、さらに精製することなく使用した。すべての水溶液は、Milli-Q system (Millipore,Bedford,MA,USA)から得た水を用いて調製した。
【0020】
カラムクロマトグラフィーはシリカゲル(70-230メッシュ)を用いて実施した。薄層クロマトグラフィー(TLC)は、Merck 60 F254シリカゲルプレートで行った。NMRスペクトルは、テトラメチルシラン(TMS)を内部標準とし、1Hについては400MHz、13Cについて100MHzをBruker社製装置(AVANCE III Nanobay 400)、若しくはBruker社製装置(Nanobay 500MHzスペクトロメータ)で測定された。化学シフト(d)はTMSからの共鳴周波数のずれ(ppm)で求めた。
【0021】
1H NMRの多重度は、s=singlet、d=doublet、t=triplet、q=quartet、m=multiplet、そしてbr=broadとして表した。赤外スペクトルは、島津製作所製分光光度計(IRAffinity-1S)で測定した。
【0022】
高分解能質量分析(HRMS)測定はWaters社製の装置(Q-TOF Premier)で測定した。化学物質は市販の試薬グレードを使用し、精製せずに使用した。ピロールは使用前にバキュオで蒸留した。以下化合物2から化合物6までの合成手順を説明する。また図1に合成手順を図示する。
【0023】
<化合物2:4-プロパルギルオキシベンズアルデヒドの合成>
非特許文献5による手順で4-ヒドロキシベンズアルデヒド(化合物1)から4-プロパルギルオキシベンズアルデヒドを収率75%、白色の固体として得た。
【0024】
NMRのスペクトルを以下に示す。H NMR(CDCl,400MHz):δ9.91(1H,s,CHO),7.86(2H,d,J=8.8Hz,CH at C3,C7),7.10(2H,d,J=8.8Hz,CH at C4,C6),4.78(2H,d,J=2.4Hz,CH at C8),2.57(1H,t,J=2.4Hz,CH at C10).以上のように図1の化合物2であることを確認した。
【0025】
<化合物3:5-(4-プロパルギルオキシフェニル)ジピロメテンの合成>
非特許文献6に報告されている条件に従って、化合物3を合成した。0.18MのHClaq.(50mL)、ピロール(1.29mL,18.7mmol、化合物2(1.00g,6.24mmol)を300mL三口ナスフラスコに加え、室温で4時間攪拌した。
【0026】
飽和NaHCOaq.を加えた後、溶液を酢酸エチル(3×200mL)で抽出し、有機層をブライン(飽和食塩水)で洗浄し、有機層を無水NaSOで乾燥させ、続いて蒸発乾固させた。残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(hexane/ethyl acetate=8/1)で精製し、化合物3(1.01g,3.66mmol,59%)を黄色の油状物として得た。
【0027】
NMRのスペクトルを以下に示す。H NMR (CDCl,400MHz):δ7.92(2H,br s,NH at N1,N2),7.15(2H,d,J=8.4Hz,CH at C12,C14),6.93(2H,d,J=8.8Hz,CH at C11,C15),6.70(2H,m,CH at C1,C9),6.16(2H,q,J=2.9Hz,CH at C2,C8),5.91(2H,m,CH at C3,C7),5.44(1H, s,CH at C5),4.68(2H,d,J=2.4Hz,CH at C16),2.52(1H,t,J=2.4Hz,CH at C18).以上のように図1の化合物3であることを確認した。
【0028】
<化合物4:3,7-ジクロロ-5,5-ジフルオロ-10-(4-(プロパ-2-イン-1-イルオキシ)フェニル)-5H-4λ,5λ-ジピロロ[1,2-c:2’,1’-f][1,3,2]ジアザボリニンの合成>
5.0mLの乾燥THF中の化合物3(270mg,0.98mmol)を100mL三つ口フラスコに加え、Nでパージし、-78℃に冷却した。
【0029】
25mLのTHF中のN-クロロスクシンイミド(287mg,2.15mmol)を冷却した溶液に滴下して加えた。混合物を-78℃で15分間攪拌し、それをさらに室温で2時間攪拌した。水を加え、残渣をCHCl(3×150mL)で抽出した。有機層を無水NaSO上で乾燥させ、濾液を蒸発乾固させた。
【0030】
その後、精製せずに酸化を直ちに行った。具体的には、蒸発乾固させたものを200mLナスフラスコ中で30mLのCHCl溶液とし、そこに2,3-ジクロロ-5,6-ジシアノ-1,4-ベンゾキノン(266mg,1.17mmol)を加え、この混合物を室温で2時間攪拌した。
【0031】
N,N-ジイソプロピルエチルアミン(1.00mL,5.86mmol)および三フッ化ホウ素-ジエチルエーテル錯体8.0eq.(0.985mL,7.82mmol)を攪拌した混合物に滴下し、室温で24時間攪拌した。
【0032】
混合物に水を加えた後、残渣をCHCl(3×150mL)で抽出した。有機層を無水NaSO上で乾燥させ、濾液を蒸発乾固させた。残渣をフラッシュカラムクロマトグラフィー(hexane/ethyl acetate=5/1)で精製して、化合物4(150mg,0.38mmol,39%)を赤褐色固体として得た。
【0033】
NMRのスペクトルを以下に示す。Mp:201-204℃。H NMR (CDCl,400MHz):δ7.46(2H,d,J=8.7Hz,CH at C12,C14),7.12(2H,d,J=8.7Hz,CH at C11,C15),6.89(2H,d,J=4.2Hz,CH at C2,C8),6.44(2H,d,J=4.2Hz,CH at C3,C7),4.79(2H,d,J=2.4Hz,CH at C16),2.60(1H,t,J=2.4Hz,CH at C18).13C{H}NMR(CDCl,100MHz):δ159.9(C13),144.4(C1,C9),143.7(C5),133.7(C4,C6),132.2(C12,C14),131.5(C2,C8),125.6(C10),118.7(C3,C7),115.0(C11,C15),77.8(C17),76.3(C18),56.0(C16).以上のように図1の化合物4であることを確認した。
【0034】
これらのピークは、H-H相関分光法(COSY)、ヘテロ核多重量子コヒーレンス(HMQC)、ヘテロ核多重結合コヒーレンス(HMBC)により決定された。HRMS m/z:[M+Na] calcd for C1811BF OCl 413.0207;found413.0187。
【0035】
<化合物5:5,5-ジフルオロ-N,N-ビス(2-メトオキシエチル)-10-(4-(プロパ-2-イン-1-イルオキシ)フェニル)-5H-4λ,5λ-ジピロロ[1,2-c:2’,1’-f][1,3,2]ジアザボリニン-3,7-ジアミンの合成>
化合物4(1.5g,3.84mmol),2-メトキシエチルアミン(2.67mL,30.7mmol)およびCHCN(5.0mL)を10.2cmのエース高耐圧チューブに加え、100℃で16時間撹拌した後、この溶液を蒸発乾固させた。残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(hexane/CHCl/ethyl acetate=3/2/1)で精製して、化合物5(1.04g,2.2mmol,58%)を紫色の固体として得た。
【0036】
以下にNMRスペクトルを示す。Yield (58%:violet solid).Mp:159-162℃.IR(KBr):3404,3283,2924,1597,1547,1470,1433,1342,1240cm-1H NMR(CDCl,400MHz):δ7.39(2H,d,J=8.7Hz,CH at C12,C14),7.02(2H,d,J=8.7Hz,CH at C11,C15),6.56(2H,d,J=4.2Hz,CH at C2,C8),5.74(2H,d,J=4.2Hz,CH at C3,C7),5.72(2H,br s,NH at N3,N4),4.74(2H,d,J=2.4Hz,CH at C22),3.59(4H,t,J=5.5Hz,CH at C17,C20),3.44(4H,m,CH at C16,C19),3.40(6H,s,CH at C18,C21),2.57(1H,t,J=2.4Hz,CH at C24).13C{H} NMR (CDCl,100MHz):δ 158.0(C13),156.5(C1,C9),131.6(C12,C14),131.5(C5),130.9(C4,C6),129.0(C2,C8),128.4(C10),114.3(C11,C15),101.0(C3,C7),78.4(C23),75.8(C24),71.1(C17,C20),59.0(C18,C21),55.9(C22),44.3(C16,C19).。
【0037】
これらのピークは、H-H相関分光法(COSY、,ヘテロ核多重量子コヒーレンス(HMQC)、ヘテロ核多重結合コヒーレンス(HMBC)により決定された。HRMS m/z:[M+Na] calcd for C2427BF 491.2042; found 491.2036であった。以上のように図1の化合物5であることを確認した。
【0038】
<化合物6:(4-(4-((4-(5,5-ジフルオロ-3,7-ビス((2-メトキシエチル)アミノ)-5H-4λ,5λ-ジピロロ[1,2-c:2’,1’-f][1,3,2]ジアザボリニン-10-イル)フェノキシ)メチル)-1H-1,2,3-トリアゾール-1-イル)フェニル)ボロン酸の合成>
ヨウ化銅(I)(4.0mg,21mmol),N,N-ジイソプロピルエチルアミン(DIPEA)(7.4mL,43mmol),酢酸(2.4mL,43mmol),化合物5(100mg,214mmol),2-(4-アジドフェニル)-5,5-ジメチル-1,3,2-ジオキサボリナン(59.0mg,256mmol)およびCHCl(0.5mL)をマイクロチューブに加え、混合物を室温にて30分間攪拌した。この溶液を蒸発乾固した。残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(hexane/acetone/chloroform=2/1/1)で精製し、化合物6(66.2mg,105mmol,48%) 紫色の固体として得た。
【0039】
NMRスペクトルを示す。Yield(48%:violet solid).Mp:39-41℃.IR(KBr):3394,1605,1551,1427,1342,1242,1172,1096cm-1H NMR (CDCl,500MHz):δ 8.14(1H,s,CH at C24),7.94(2H,d,J=8.3Hz,CH at C27,C29),7.81(2H,d,J=8.3Hz,CH at C26,C30),7.40(2H,d,J=8.5Hz,CH at C12,C14),7.07(2H,d,J=8.7Hz,CH at C11,C15),6.56(2H,d,J=4.4Hz,CH at C2,C8),5.74(2H,br s,NH at N3,N4),5.74(2H,br s,CH at C3,C7),5.37(2H,s,CH at C22),4.86(2H,s,OH at O4,O5),3.59(4H,t,J=5.5Hz,CH at C17,C20),3.44(4H,br s,CH at C16,C19),3.40(6H,s,CH at C18,C21).13C{1H} NMR (CDCl,125MHz):δ 158.6(C13),156.5(C1,C9),145.0(C23),138.9(C28),135.3(C27,C29),132.5(C25),131.7(C12,C14),129.0(C5),128.4(C2,C8),128.2(C4,C6),120.8(C24),119.8(C26,C30),114.3(C11,C15),114.0(C10),101.0(C3,C7),71.2(C17,C20),62.1(C22),59.0(C18,C21),44.2(C16,C19).。
【0040】
これらのピークは、H-H相関分光法(COSY、,ヘテロ核多重量子コヒーレンス(HMQC)、ヘテロ核多重結合コヒーレンス(HMBC)により決定された。HRMS m/z:[M+Na] calcd for C3033, 654.2595;
found, 654.2623であった。以上のように図1の化合物6(PB-BODIPY)であることを確認した。
【0041】
<特性評価>
<装置>
上記の様に合成したPB-BODIPY(化合物6:(化1)式)の蛍光特性を調べた。吸収スペクトルの測定には紫外可視分光光度計U-2900(Hitachi High-Tech Science, Japan)を用いた。蛍光スペクトルは蛍光分光器F-7000(Hitachi High-Tech Science, Japan)を用いて測定した。
【0042】
<スペクトル測定結果>
アセトン中のPB-BODIPY染料溶液の吸収スペクトルを、340nmから640nmまで1nm間隔で測定した。蛍光色素溶液は使用前に新鮮な状態で調製した。PB-BODIPY色素の相対蛍光量子収率Φは,Parker-Reesの関係を用いた方法によって求めた。
【0043】
蛍光標準物質としてローダミンB色素(エタノール中で励起波長543nmを使用、Φ=0.97)を使用した。蛍光色素の発光スペクトルは、励起波長564nm、励起および発光のバンド幅2.5nmを用いて、1nm間隔で測定した。特に記述のない限り、すべての実験は25℃で行った。
【0044】
<サッカライド濃度の測定>
すべての糖質試料(フルクトース、マンノース、ガラクトース、グルコース,アラビノース,スクロース,ノルビキシン、アロース、プシコース)を秤量し、水で溶解し、十分に振盪し、0.1mol・L-1のリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.5)で希釈し検液とした。糖の検出には、アセトン中のPB-BODIPY(50μmol・L-1)を0.1mol・L-1のリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.4)で希釈し、最終的に0.5μmol・L-1の色素溶液とした。
【0045】
回収率測定には,既知濃度のフルクトース標準溶液500mLに検液500μLを加え、リン酸ナトリウム緩衝液4mLを加えて試料混合液を調製した後、色素溶液を添加した。リン酸緩衝液中の各濃度の異なる検液をそれぞれ色素溶液と混合した後、石英キュベットに移し、蛍光分光器F-7000(λex=559nm,λem=580nm,励起スリット幅2.5nm,発光スリット幅2.5nm,走査速度720nm・min-1)で蛍光を測定した。
【0046】
pH応答は,PB-BODIPYアセトン溶液を異なるpH値の緩衝液(pH4-6,0.1mol・L-1の酢酸ナトリウムバッファ;pH6.5-7.8,0.1mol・L-1のリン酸ナトリウムバッファ;pH8-9,0.1mol・L-1のホウ酸ナトリウムバッファ;pH9.5-10.5,0.1mol・L-1の炭酸ナトリウムバッファ)で希釈し、0.5μmol・L-1のPB-BODIPY溶液とした。
【0047】
なお、ホウ酸エステルの生成を阻害しないように、pH8~9の範囲では、ホウ酸緩衝液の代わりに0.1mol・L-1のTris/HCl緩衝液を用いて糖類の検出を行った。
【0048】
D-フルクトースの酵素アッセイは、フルクトース比色/蛍光測定キット(BioVision Inc.Mountain View,CA,USA)を用いて、メーカーの説明書に従って行った。
【0049】
<結果>
<PB-BODIPYの合成と特性評価>
化合物6として合成されたPB-BODIPY((化1)式)のモル吸光係数と量子収率を測定したところ、アセトン中で1.05×10-1cm-1(λabs=565nm)および0.39であった。
【0050】
図2に、複数の溶媒におけるPB-BODIPYの蛍光発光スペクトルを示す。図2を参照し、横軸は波長(nm)、縦軸は発光強度(任意単位)を表す。PB-BODIPYは、極性の異なる溶媒中でわずかな(10nm以下)発光ピークのシフトを示すだけであった。また、無極性溶媒から極性溶媒への移行に伴うストークスシフトの変化も5nm未満であった。
【0051】
溶媒の極性とスペクトル特性の関係を推定するために、選択した溶媒の極性を表す標準的なE 値と蛍光強度を比較した。PB-BODIPYの蛍光強度と各溶媒のE 値の相関図を図3に示す。
【0052】
図3を参照し、横軸はE 値であり、縦軸は最大発光強度(Fmax:任意単位)を示す。なお、E 値は、標準化合物2,6-ジフェニル-4-(2’,4’,6’-トリフェニル-l-ピリジニウム)フェノラートを溶媒に溶解した際の蛍光波長の変化(ソルバトクロミズム)に基づいて求めたもので、溶媒の極性を表す経験的パラメーターである。E 値は、1に近づくほど溶媒の極性が大きく、0に近づくほど極性が小さいことを示す。
【0053】
最大発光強度とE 値の相関関係を線形回帰でフィッティングしたところ,モノアルコール(A:細線)とその他の溶媒(B:太線)のフィッティング関係は,それぞれy=5675-5323x,r=0.92およびy=3123-3522x,r=0.92となった。
【0054】
図3から、エチレングリコール(丸で囲んで表示)の蛍光発光強度は、同じE 値のモノアルコール(A:細線)や他の溶媒(B:太線)よりも高くなる可能性があることが示唆された。なお、ボロン酸基を持たないHPsensor2色素も同様の相関関係の傾向を示したことを確認している。
【0055】
<蛍光強度のpH依存性>
水溶液中ではフェニルボロン酸は水と反応してボロン酸アニオンを形成し、フェニルボロン酸の酸乖離定数pKa値は約8.8である。ボロン酸基は糖類と高速かつ可逆的な共有結合を形成する。
【0056】
ボロン酸が糖類と複合化すると、糖類の酸乖離定数pKaが低下し、特定のpHでボロン酸基のアニオン型が誘導される。ボロン酸に蛍光体を結合させると、中性型のボロン酸基は電子吸引基として働き、アニオン型のボロン酸基は電子供与基として働く。このボロン酸基の電子的性質の変化により、蛍光体のスペクトルが変化することがある。
【0057】
図4は、PB-BODIPYのpH変化に伴う蛍光強度の変化を示したものである。図4を参照して、横軸はpHであり、縦軸は発光強度(任意単位)である。黒四角(■)はD-グルコース、白四角(□)はD-フルクトース、白丸(〇)は糖類なしの場合を示す。発光ピークのシフトは無視できるほど小さいが、pHの上昇に伴い発光強度が大きく増加することが確認された。滴定曲線に理論的なフィットを行うと、酸乖離定数pKaは8.4であった。
【0058】
ボロン酸-糖鎖複合体の酸乖離定数pKaは、遊離のボロン酸より低いことが知られている。図4の滴定曲線をフィッティングすると、0.2mol・L-1のフルクトースとグルコースの存在下で、それぞれ6.8と8.1の酸乖離定数pKaが得られていることがわかる。pH7.2-7.8では,フルクトースの有無による滴定曲線の変化が最大となり、フルクトース非存在下ではPB-BODIPYの中性型が、フルクトース存在下では色素-フルクトース複合体のアニオン型が優位であることが示唆された。
【0059】
一方、グルコースを添加してもこのpH領域では蛍光強度にあまり変化はなく、グルコースとの複合体は形成されないことが示唆された。以下に特に記述がない限り、測定はすべての糖類についてpH7.4で行った。
【0060】
<糖類に対する選択性>
図5はpH7.4、25℃におけるPB-BODIPYの蛍光強度を糖類の濃度の関数として示したものである(滴定曲線)。ボロン酸-ジオール複合体形成が図6のスキーム1に従うと仮定すると、ボロン酸-ジオール複合体の会合定数(K)は、糖類と色素の滴定により推定することが可能である。
この場合、滴定曲線は式(1)に従う。
【0061】
【数1】
【0062】
ここで、cとc(c<<c)はPB-BODIPYと糖質の初期濃度、fは蛍光強度の比例係数、Cは糖質を含まない蛍光強度である。
【0063】
ジオール部位が蛍光強度を変化させる程度は、ボロン酸とジオールの結合親和性に依存する。会合定数はD-フルクトース(logK=2.6)、ソルビトール(logK=2.9)、D-グルコース(log=0.75)、D-アラビノース(logK=1.6)、D-マンノース(logK=1.2)そしてD-ガラクトース(logK=1.3)(スクロースは検出限界以下)であった。
【0064】
相対安定度順位はすべてのモノボロン酸に固有の選択性を示すが、D-フルクトースとD-グルコースのlogK差は約1.9であり、知られている限り既知のモノボロン酸誘導体の中で最高値の一つと考えられた。これらの結果から,PB-BODIPYを用いたD-フルクトースの滴定は,1mmol・L-1のアルドース存在下でも影響を受けないことが示唆された。
【0065】
なお、式(1)のKcが1より十分小さい糖濃度では、式(1)は式(1’)のように近似される。
【0066】
【数2】
【0067】
実際、ケトースであるD-フルクトースとD-プシコース、糖アルコールであるD-ソルビトールでは、100μmol・L-1~1mmol・L-1の範囲で蛍光強度が糖濃度にほぼ比例していたが、アルドース4種では調べた濃度範囲で直線性を確認できるほどの蛍光強度はなかった。
【0068】
図7はこのことを示す結果である。図7は、糖類の濃度を変化させた時の蛍光反応を示す。横軸は糖類の濃度(μmol・L-1)であり、縦軸は最大変化発光量(任意単位)である。グラフ中、黒丸(●)はD-フルクトース、白四角(□)はD-プシコース、白菱形は(◇)D-ソルビトール、黒菱形(◆)はD-グルコース、黒三角(▲)はD-ガラクトース、プラス(+)はD-マンノース、バツ印(×)は、D-アロースを表す。
【0069】
D-フルクトース、D-プシコース、D-ソルビトールの蛍光直線性と検出限界は、PB-BODIPYが0.5μmol・L-1、25℃の条件で求めた。D-フルクトースは100から1000μmol・L-1(n=5)まで測定され、最小二乗法による直線勾配は0.152±0.002,切片は11.0±1.3,相関係数は0.9997、検出限界は32μmol・L-1であった。
【0070】
D-プシコースは100から1000μmol・L-1(n=5)まで測定し、最小二乗直線勾配は0.390+0.008、切片は24.0±4.6、相関係数は0.9995、検出限界は43μmol・L-1であった。
【0071】
D-ソルビトールは,100~1000μmol・L-1(n=5)で0.241±0.010の最小二乗直線勾配、12.0±5.9の切片、0.9976の相関係数、85μmol・L-1の検出限界であった。
【0072】
回収率測定は,本法の全体的な精度を評価するために実施した。濃度既知のベース試料に、最終濃度が低濃度、中濃度、高濃度をカバーするように一連の標準フルクトース溶液をスパイクした。表1に結果を示す。表1より、回収率は96.9~99.9%であった。
【0073】
【表1】
【0074】
次に各D-フルクトース溶液の濃度を300、700、1000μmol・L-1として分析を行い、本法の日内および日間信頼性を評価した。
日内精度は同日に5回測定を繰り返して得られた標準偏差(SD(μmol L-1))および変動係数(CV(%))の値を算出することにより評価し、日間信頼性の評価については、3つのフルクトースサンプルを用い、各サンプルにつき2回の測定を異なる5日で実施した。その結果を表2に示す。
【0075】
【表2】
【0076】
また、日内および日間CV値はすべての濃度で3および7以下であり、本法によるフルクトース測定の日内再現性および回収率は十分であることが示唆された。
一般に、市販の食品や生体試料中のD-フルクトースの測定には、還元剤、アルコール、タンパク質など、いくつかの物質による干渉がある。2mmol・L-1のD-フルクトースの回収率を干渉物質の存在下で検討した(表3)。その結果、0.2mol・L-1のNaHCO、0.2mol・L-1のCHCOONa、0.2mmol・L-1の尿酸は有意な干渉を示さなかった。
【0077】
【表3】
【0078】
一方、2%(v/v)エタノールと2μg・mL-1ノルビキシンの存在下では、それぞれ19.1%と8.9%の増加が観察された。これらの増加は、干渉物質の疎水性に起因すると考えられた。アスコルビン酸は、ポリオール構造の炭素数6の糖酸であるためか、100%以上の高い陽性干渉を示した。オボアルブミンは顕著な陽性干渉を示したことから、PB-BODIPYをフルクトースアッセイに適用するためには脱タンパク前処理が必要であると考えられる。
【0079】
以上の様に、本発明に係るPB-BODIPYとフルクトースを混合すると、低D-フルクトース濃度に対して線形な蛍光応答が得られた。D-フルクトース濃度は100から1000μmol・L-1まで測定され、検出限界は32μmol・L-1であった。したがって、PB-BODIPYはフルクトース濃度を高感度かつ簡便に測定するために有利な蛍光プローブである。
【0080】
また、本発明に係るPB-BODIPYのフルクトースの濃度に対する検量線(例えば図7)を予め作成しておき、被検査液にPB-BODIPYを投入し、最大変化蛍光量を測定することで、被検査液中のフルクトースの濃度を測定することができる。なお、この方法はプシコースに対しても行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明に係るPB-BODIPYは、フルクトースの検出に好適に利用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7