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特開2024-124863Cu-Al-Mn系合金材及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024124863
(43)【公開日】2024-09-13
(54)【発明の名称】Cu-Al-Mn系合金材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/05 20060101AFI20240906BHJP
   C22C 9/01 20060101ALI20240906BHJP
   C22F 1/08 20060101ALI20240906BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240906BHJP
【FI】
C22C9/05
C22C9/01
C22F1/08 E
C22F1/00 630L
C22F1/00 606
C22F1/00 623
C22F1/00 624
C22F1/00 625
C22F1/00 626
C22F1/00 622
C22F1/00 630A
C22F1/00 630F
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692Z
C22F1/00 693A
C22F1/00 693B
C22F1/00 691A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023032814
(22)【出願日】2023-03-03
(71)【出願人】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100181124
【弁理士】
【氏名又は名称】沖田 壮男
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 英一
(72)【発明者】
【氏名】戸部 裕史
(57)【要約】
【課題】本発明は、Cu-Al-Mn系合金材およびその製造方法の提供を目的とする。
【解決手段】本発明は、超弾性特性を有し、質量%で、Al:3.0~10.0%、Mn:5.0~20.0%を含有し、残部不可避不純物とCuからなる組成を有するCu-Al-Mn系形状記憶合金であって、電子線後方散乱回折(EBSD)法による測定で、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が含まれず、β相全体の結晶粒の55%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にあることを特徴とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
超弾性特性を有し、質量%で、Al:3.0~10.0%、Mn:5.0~20.0%を含有し、残部不可避不純物とCuからなる組成を有するCu-Al-Mn系形状記憶合金材であって、
電子線後方散乱回折(EBSD)法による測定で、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が含まれず、β相全体の結晶粒の55%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にあることを特徴とするCu-Al-Mn系合金材。
【請求項2】
超弾性特性を有し、質量%で、Al:3.0~10.0%、Mn:5.0~20.0%を含有し、さらにCo、Fe、Ti、V、Cr、Si、Nb、Mo、W、Sn、Mg、P、Be、Sb、Cd、As、Zr、Zn、B、C、Ag、Ni及びミッシュメタルからなる群より選ばれた1種又は2種以上を合計で0.001~10質量%含有し、残部Cuと不可避的不純物からなる組成を有するCu-Al-Mn系形状記憶合金材であって、
電子線後方散乱回折(EBSD)法による測定で、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が含まれず、β相全体の結晶粒の55%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にあることを特徴とするCu-Al-Mn系合金材。
【請求項3】
電子線後方散乱回折(EBSD)法による測定で、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が含まれず、β相全体の結晶粒の80%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にあることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のCu-Al-Mn系合金材。
【請求項4】
超弾性特性を有し、質量%で、Al:3.0~10.0%、Mn:5.0~20.0%を含有し、残部不可避不純物とCuからなる組成を有するCu-Al-Mn系合金材であって、
電子線後方散乱回折(EBSD)法による測定で、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が含まれず、β相全体の結晶粒の55%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にあるCu-Al-Mn系合金材の製造方法であり、
前記組成を満足する合金溶湯から鋳造材を得る鋳造工程と、前記鋳造材に対し、熱間加工後、β単相になる730℃~800℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷する第1熱処理工程と、該第1熱処理工程後、ベイナイト析出の生じる250℃~320℃の温度域に昇温し、30分~120分の温度保持後、1℃~20℃/分の昇温速度で(α+β)相になる400℃~500℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷または徐冷する第2熱処理工程と、該第2熱処理工程後に加工率30%以上の冷間加工を施す冷間加工工程と、前記冷間加工後、β単相となる温度以下の300℃~715℃の温度域に昇温し、0分~120分の温度保持後、0.1℃~2℃/分の昇温速度でβ単相になる730℃~800℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷する第3熱処理工程と、該第3熱処理工程後、ベイナイト析出の生じる250℃~320℃の温度域に昇温し、30分~120分の温度保持後、1℃~20℃/分の昇温速度で(α+β)相になる400℃~500℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷または徐冷する第4熱処理工程と、該第4熱処理工程後に加工率30%以上の冷間加工を施す冷間加工工程と、前記冷間加工後、β単相となる温度以下の300℃~715℃の温度域に昇温し、0分~120分の温度保持後、0.1℃~2℃/分の昇温速度でβ単相になる730℃~800℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷する第5熱処理工程を具備するとともに、前記第3熱処理工程から第4熱処理工程後の冷間加工工程までを、0回実施(工程を省く)もしくは1回以上繰り返し実施することを特徴とするCu-Al-Mn系合金材の製造方法。
【請求項5】
超弾性特性を有し、質量%で、Al:3.0~10.0%、Mn:5.0~20.0%を含有し、さらにCo、Fe、Ti、V、Cr、Si、Nb、Mo、W、Sn、Mg、P、Be、Sb、Cd、As、Zr、Zn、B、C、Ag、Ni及びミッシュメタルからなる群より選ばれた1種又は2種以上を合計で0.001~10質量%含有し、残部Cuと不可避的不純物からなる組成を有するCu-Al-Mn系合金材であって、
電子線後方散乱回折(EBSD)法による測定で、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が含まれず、β相全体の結晶粒の55%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にあるCu-Al-Mn系合金材の製造方法であり、
前記組成を満足する合金溶湯から鋳造材を得る鋳造工程と、前記鋳造材に対し、熱間加工後、β単相になる730℃~800℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷する第1熱処理工程と、該第1熱処理工程後、ベイナイト析出の生じる250℃~320℃の温度域に昇温し、30分~120分の温度保持後、1℃~20℃/分の昇温速度で(α+β)相になる400℃~500℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷または徐冷する第2熱処理工程と、該第2熱処理工程後に加工率30%以上の冷間加工を施す冷間加工工程と、前記冷間加工後、β単相となる温度以下の300℃~715℃の温度域に昇温し、0分~120分の温度保持後、0.1℃~2℃/分の昇温速度でβ単相になる730℃~800℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷する第3熱処理工程と、該第3熱処理工程後、ベイナイト析出の生じる250℃~320℃の温度域に昇温し、30分~120分の温度保持後、1℃~20℃/分の昇温速度で(α+β)相になる400℃~500℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷または徐冷する第4熱処理工程と、該第4熱処理工程後に加工率30%以上の冷間加工を施す冷間加工工程と、前記冷間加工後、β単相となる温度以下の300℃~715℃の温度域に昇温し、0分~120分の温度保持後、0.1℃~2℃/分の昇温速度でβ単相になる730℃~800℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷する第5熱処理工程を具備するとともに、前記第3熱処理工程から第4熱処理工程後の冷間加工工程までを、0回実施(工程を省く)もしくは1回以上繰り返し実施することを特徴とするCu-Al-Mn系合金材の製造方法。
【請求項6】
前記第3熱処理工程から第4熱処理工程後の冷間加工工程までを、1回以上実施することを特徴とする請求項4または請求項5に記載のCu-Al-Mn系合金材の製造方法。
【請求項7】
前記第1熱処理工程の温度域を、β単相になる温度域の中でより低い温度である730℃~750℃の温度域とすることを特徴とする請求項4または請求項5に記載のCu-Al-Mn系合金材の製造方法。
【請求項8】
前記第2熱処理工程の(α+β)相になる温度域および前記第4熱処理工程の(α+β)相になる温度域を400℃~450℃とすることを特徴とする請求項4または請求項5に記載のCu-Al-Mn系合金材の製造方法。
【請求項9】
前記第2熱処理工程後の冷間加工工程あるいは前記第4熱処理工程後の冷間加工工程における加工率を40%以上とし、2回以上の冷間加工を行う場合の累積加工率を50%以上あるいは65%以上とすることを特徴とする請求項4または請求項5に記載のCu-Al-Mn系合金材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は結晶方位を制御したCu-Al-Mn系合金材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Cu-Al-Mn系の形状記憶合金は、熱弾性型マルテンサイト変態とその逆変態に起因する優れた形状記憶効果および超弾性を示すことが知られている。また、変態-逆変態のヒステリシスが小さいことから、ヒートスイッチ等の熱制御デバイスにおける温度変化や、制振デバイス等における応力の変化に対し形状変化させることに適しており、各種デバイスの駆動部に使用することで、デバイスの小型軽量化、高性能化が可能である。
このようなデバイスへの適用には、板状あるいは棒状などの単結晶体が要求されるが、安価に単結晶体を製造する方法として、以下の特許文献1に記載の技術が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2017-141491号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】T. Omori, S. Kawata, and R. Kainuma, "Orientation dependence of superelasticity and stress hysteresis in Cu-Al-Mn alloy", Materials Transactions, 61 (2020) 55-60.
【非特許文献2】S. Kise, Y. Araki, T. Omori, R. Kainuma, "Orientation dependence of plasticity and fracture in single-crystal superelastic Cu-Al-Mn SMA bars", Journal of Materials in Civil Engineering, 33 (2021) 04021027.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1によれば、AlとMnを規定量含むCu-Al-Mn系合金であって、Ni、Co、Fe、Ti、V、Crなどの副添加成分元素を少量含む合金において、鋳造後の中間焼鈍と冷間加工条件、β単相と(α+β)相の温度域における熱処理条件を制御することにより、耐破断性に優れた合金材を提供できると記載されている。
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の熱処理技術における記憶熱処理(本願明細書では単結晶化処理と記載する)を用い、多結晶体からの粒成長により単結晶体を得たとして、成長する結晶粒の方位を限定的に制御することは容易ではなく、得られた単結晶体の結晶方位にばらつきを生じる問題があった。
単結晶体の結晶方位は、回復可能な歪み量(変態歪み量)をはじめ、形状記憶特性と超弾性特性に大きな影響を及ぼすため、結晶方位のばらつきは、単結晶体の特性に大きなばらつきを生む原因となる。
形状記憶特性と超弾性特性における大きなばらつきは、合金をデバイスに適用する際の設計を困難とし、実用化の妨げとなる課題となる。このため、Cu-Al-Mn系単結晶合金の結晶方位を特定の方向に制御する技術の登場が求められている。
【0007】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑みなされたものであって、結晶方位を制御したCu-Al-Mn系合金材及びその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、Cu-Al-Mn系の多結晶合金に対し、圧延と熱処理を組み合わせた特定の加工熱処理プロセスを施すことで、成長する粒の結晶方位を限定的に制御することができる技術の開発に成功し、本願発明に到達した。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するためになされた発明であり、手段として、以下の構成を有する。
(1)本形態に係るCu-Al-Mn系合金材は、超弾性特性を有し、質量%で、Al:3.0~10.0%、Mn:5.0~20.0%を含有し、残部不可避不純物とCuからなる組成を有するCu-Al-Mn系形状記憶合金材であって、電子線後方散乱回折(EBSD)法による測定で、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が含まれず、β相全体の結晶粒の55%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にあることを特徴とする。
【0010】
本形態によれば、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が存在せず、β相全体の結晶粒の55%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にある、結晶配向性に優れたCu-Al-Mn系合金材を提供できる。
前述のように結晶配向性に優れたCu-Al-Mn系合金材であるならば、回復可能な歪み量が8%以上を示す結晶粒を多く有し、単結晶化処理を行う素材として優れている。単結晶化処理後に、回復可能な歪み量に個体差が少なく、8%以上を示す確率の高いCu-Al-Mn系合金材を提供できる。
【0011】
(2)本発明に係るCu-Al-Mn系合金材において、超弾性特性を有し、質量%で、Al:3.0~10.0%、Mn:5.0~20.0%を含有し、さらにCo、Fe、Ti、V、Cr、Si、Nb、Mo、W、Sn、Mg、P、Be、Sb、Cd、As、Zr、Zn、B、C、Ag、Ni及びミッシュメタルからなる群より選ばれた1種又は2種以上を合計で0.001~10質量%含有し、残部Cuと不可避的不純物からなる組成を有するCu-Al-Mn系形状記憶合金材であって、電子線後方散乱回折(EBSD)法による測定で、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が含まれず、β相全体の結晶粒の55%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にあることが好ましい。
【0012】
本形態によれば、Co、Fe、Ti、V、Cr、Si、Nb、Mo、W、Sn、Mg、P、Be、Sb、Cd、As、Zr、Zn、B、C、Ag、Ni及びミッシュメタルからなる群より選ばれた元素を添加したCu-Al-Mn系合金材において、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が含まれず、β相全体の結晶粒の55%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にある結晶配向性に優れたCu-Al-Mn系合金材を提供できる。
【0013】
前述のように結晶配向性に優れたCu-Al-Mn系合金材であるならば、単結晶化処理を行う素材として優れており、単結晶化処理後に、回復可能な歪み量が大きく、形状記憶・超弾性特性に優れたCu-Al-Mn系合金材を提供できる。
【0014】
(3)本形態に係るCu-Al-Mn系合金材において、電子線後方散乱回折(EBSD)法による測定で、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が含まれず、β相全体の結晶粒の80%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にあることがより好ましい。
【0015】
前記配向性に優れたCu-Al-Mn系合金材であれば、単結晶化処理後に、回復可能な歪み量が8%以上を示す確率が特に高く、形状記憶特性と超弾性特性に特に優れたCu-Al-Mn系合金材を提供できる。
【0016】
(4)本形態に係るCu-Al-Mn系合金材の製造方法は、超弾性特性を有し、質量%で、Al:3.0~10.0%、Mn:5.0~20.0%を含有し、残部不可避不純物とCuからなる組成を有するCu-Al-Mn系合金材であって、電子線後方散乱回折(EBSD)法による測定で、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が含まれず、β相全体の結晶粒の55%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にあるCu-Al-Mn系合金材の製造方法であり、
前記組成を満足する合金溶湯から鋳造材を得る鋳造工程と、前記鋳造材に対し、熱間加工後、β単相になる730℃~800℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷する第1熱処理工程と、該第1熱処理工程後、ベイナイト析出の生じる250℃~320℃の温度域に昇温し、30分~120分の温度保持後、1℃~20℃/分の昇温速度で(α+β)相になる400℃~500℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷または徐冷する第2熱処理工程と、該第2熱処理工程後に加工率30%以上の冷間加工を施す冷間加工工程と、前記冷間加工後、β単相となる温度以下の300℃~715℃の温度域に昇温し、0分~120分の温度保持後、0.1℃~2℃/分の昇温速度でβ単相になる730℃~800℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷する第3熱処理工程と、該第3熱処理工程後、ベイナイト析出の生じる250℃~320℃の温度域に昇温し、30分~120分の温度保持後、1℃~20℃/分の昇温速度で(α+β)相になる400℃~500℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷または徐冷する第4熱処理工程と、該第4熱処理工程後に加工率30%以上の冷間加工を施す冷間加工工程と、前記冷間加工後、β単相となる温度以下の300℃~715℃の温度域に昇温し、0分~120分の温度保持後、0.1℃~2℃/分の昇温速度でβ単相になる730℃~800℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷する第5熱処理工程を具備するとともに、前記第3熱処理工程から第4熱処理工程後の冷間加工工程までを、0回実施(工程を省く)もしくは1回以上繰り返し実施することを特徴とする。
【0017】
(5)本形態に係るCu-Al-Mn系合金材の製造方法は、超弾性特性を有し、質量%で、Al:3.0~10.0%、Mn:5.0~20.0%を含有し、さらにCo、Fe、Ti、V、Cr、Si、Nb、Mo、W、Sn、Mg、P、Be、Sb、Cd、As、Zr、Zn、B、C、Ag、Ni及びミッシュメタルからなる群より選ばれた1種又は2種以上を合計で0.001~10質量%含有し、残部Cuと不可避的不純物からなる組成を有するCu-Al-Mn系合金材であって、電子線後方散乱回折(EBSD)法による測定で、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が含まれず、β相全体の結晶粒の55%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にあるCu-Al-Mn系合金材の製造方法であり、
前記組成を満足する合金溶湯から鋳造材を得る鋳造工程と、前記鋳造材に対し、熱間加工後、β単相になる730℃~800℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷する第1熱処理工程と、該第1熱処理工程後、ベイナイト析出の生じる250℃~320℃の温度域に昇温し、30分~120分の温度保持後、1℃~20℃/分の昇温速度で(α+β)相になる400℃~500℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷または徐冷する第2熱処理工程と、該第2熱処理工程後に加工率30%以上の冷間加工を施す冷間加工工程と、前記冷間加工後、β単相となる温度以下の300℃~715℃の温度域に昇温し、0分~120分の温度保持後、0.1℃~2℃/分の昇温速度でβ単相になる730℃~800℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷する第3熱処理工程と、該第3熱処理工程後、ベイナイト析出の生じる250℃~320℃の温度域に昇温し、30分~120分の温度保持後、1℃~20℃/分の昇温速度で(α+β)相になる400℃~500℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷または徐冷する第4熱処理工程と、該第4熱処理工程後に加工率30%以上の冷間加工を施す冷間加工工程と、前記冷間加工後、β単相となる温度以下の300℃~715℃の温度域に昇温し、0分~120分の温度保持後、0.1℃~2℃/分の昇温速度でβ単相になる730℃~800℃の温度域に昇温し、5分~30分の温度保持後、急冷する第5熱処理工程を具備するとともに、前記第3熱処理工程から第4熱処理工程後の冷間加工工程までを、0回実施(工程を省く)もしくは1回以上繰り返し実施することを特徴とする。
【0018】
第1熱処理工程~第5熱処理工程を施すことにより、電子線後方散乱回折(EBSD)法による測定で、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が含まれず、β相全体の結晶粒の55%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にある結晶配向性に優れたCu-Al-Mn系合金材を提供できる。
前述のように結晶配向性に優れたCu-Al-Mn系合金材であるならば、単結晶化処理を行う素材として優れており、単結晶化処理後に、回復可能な歪み量が大きく形状記憶・超弾性特性に優れたCu-Al-Mn系合金材を提供できる。
【0019】
(6)本形態に係る(4)または(5)に記載のCu-Al-Mn系合金材の製造方法において、前記第3熱処理工程から第4熱処理工程後の冷間加工工程までの工程を、この順序にて1回以上実施することが好ましい。
【0020】
前述の工程の繰り返しにより、結晶配向性に特に優れたCu-Al-Mn系合金材を得ることができ、単結晶化処理後に回復可能な歪み量が特に大きく、形状記憶特性と超弾性特性に優れたCu-Al-Mn系合金材を提供できる。
【0021】
(7)本形態に係る(4)または(5)に記載のCu-Al-Mn系合金材の製造方法において、前記第1熱処理工程の温度域を、β単相になる温度域の中でより低い温度である730℃~750℃とすることがさらに好ましい。
【0022】
前述の条件の採用により、結晶配向性に特に優れたCu-Al-Mn系合金材を得ることができ、単結晶化処理後に回復可能な歪み量が特に大きく、形状記憶特性と超弾性特性に優れたCu-Al-Mn系合金材を提供できる。
【0023】
(8)本形態に係る(4)または(5)に記載のCu-Al-Mn系合金材の製造方法において、前記第2熱処理工程の(α+β)相になる温度域および前記第4熱処理工程の(α+β)相になる温度域を、400℃~450℃とすることが好ましい。
【0024】
前述の条件の採用により、結晶配向性に特に優れたCu-Al-Mn系合金材を得ることができ、単結晶化処理後に回復可能な歪み量が特に大きく、形状記憶特性と超弾性特性に優れたCu-Al-Mn系合金材を提供できる。
【0025】
(9)本形態に係る(4)または(5)に記載のCu-Al-Mn系合金材の製造方法において、前記第2熱処理工程後の冷間加工工程あるいは前記第4熱処理工程後の冷間加工工程における加工率を40%以上とし、2回以上の冷間加工を行う場合の累積加工率を50%以上あるいは65%以上とすることが好ましい。
【0026】
前述の条件の採用により、結晶配向性に特に優れたCu-Al-Mn系合金材を得ることができ、単結晶化処理後に回復可能な歪み量が特に大きく、形状記憶特性と超弾性特性に優れたCu-Al-Mn系合金材を提供できる。
【0027】
(10)本形態に係る(4)または(5)に記載のCu-Al-Mn系合金材の製造方法は、前記第3熱処理工程および前記第5熱処理工程のβ単相となる温度以下の300℃~715℃温度域での温度保持時間は、0分(保持なし)でもよく、0~120分が好ましい。なお、この温度保持時間に制限はなく、120分を超える保持時間を採用してもよい。また、300℃~715℃温度域への昇温時間は、1℃~1000℃/分程度を採用できるが、1℃~5℃/分がより好ましい。
【0028】
前述の条件の採用により、結晶配向性に特に優れたCu-Al-Mn系合金材を得ることができ、単結晶化処理後に回復可能な歪み量が特に大きく、形状記憶特性と超弾性特性に優れたCu-Al-Mn系合金材を提供できる。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が含まれず、β相全体の結晶粒の55%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にある結晶配向性に優れたCu-Al-Mn系合金材を提供できる。
前述のように結晶配向性に優れたCu-Al-Mn系合金材であるならば、単結晶化処理を行う素材として優れており、単結晶化処理後に、回復可能な歪み量が大きく、形状記憶・超弾性特性に優れたCu-Al-Mn系合金材を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】本発明の第1実施形態に係るCu-Al-Mn合金からなる板状の合金材を示す斜視図。
図2】非特許文献1に記載の、一般的なCu-Al-Mn系合金単結晶材の超弾性特性を示すもので、(a)は単結晶材A、B、CのSS曲線を示すグラフ、(b)は単結晶材D、EのSS曲線を示すグラフ、(c)は変態歪みの計算値を等高線表示した各単結晶材の引張方向の逆極点図、(d)は結晶構造と結晶方位の関係を示す斜視図。
図3】実施形態に係るCu-Al-Mn合金材を製造する場合に適用して好適な工程の一例を示すプロセスフロー図。
図4】一般的な形状記憶合金の歪みと温度の関係を示すグラフ。
図5】Cu-Al-Mn系合金材を用いて構成された建築用耐震ブレースの一例を示す斜視図。
図6】Cu-Al-Mn系合金材を用いて構成されたデバイスの一例を示す斜視図。
図7】Cu-Al-Mn系合金材を用いて構成されたデバイスの他の例を示す斜視図。
図8】第1熱処理工程と第2熱処理工程と冷間加工工程を1回のみ行い、第5熱処理工程を行って作製した板状試料の金属組織を示す逆極点図マップ。
図9】同試料の結晶粒の圧延方向(RD)における結晶方位を示した逆極点図。
図10】第1熱処理工程から第4熱処理工程後の冷間加工工程までを行い、計2回の冷間圧延を実施後、第5’熱処理工程を実施して急冷した場合に得られた板状試料の金属組織を示す逆極点図マップ。
図11】同試料の結晶粒の圧延方向(RD)における結晶方位を示した逆極点図。
図12】第1熱処理工程から第6熱処理工程までを行って作製した板状単結晶試料の一例における金属組織を示す逆極点図マップ。
図13】同単結晶試料の結晶粒の圧延方向(RD)における結晶方位を示した逆極点図。
図14】非特許文献1と非特許文献2に記載の一般的なCu-Al-Mn系合金単結晶材の変態歪みの実測値と、<510>方位および<111>方位からの角度を表示した標準ステレオ三角形。
図15】特許文献1に記載の実施例15と類似の条件にて圧延を1回施して製造した単結晶化処理前の比較例試料における逆極点図マップ。
図16】同試料の結晶粒の圧延方向(RD)における結晶方位を示した逆極点図。
図17】特許文献1に記載の実施例9と類似の条件にて圧延を2回施して製造した単結晶化処理前の比較例試料における逆極点図マップ。
図18】同試料の結晶粒の圧延方向(RD)における結晶方位を示した逆極点図。
【発明を実施するための形態】
【0031】
「第1実施形態」
以下、本発明の第1実施形態に係るCu-Al-Mn系合金材に関し、一例を挙げて本発明の詳細について説明するが、本発明は以下に説明する実施形態に制限されるものではない。
図1は本発明の第1実施形態に係る板状のCu-Al-Mn系合金材1を示す斜視図であり、この合金材1を構成するCu-Al-Mn系合金は形状記憶合金であり、荷重を加えて発生した数%~10%程度の大きな歪みが、マルテンサイト変態(無拡散変態)を介し除荷により回復する性質を有する。
【0032】
合金材1を構成するCu-Al-Mn系合金は、形状記憶特性及び超弾性を有する形状記憶合金である。高温でβ相(体心立方構造)単相(本願明細書では単にβ単相と記載する場合がある)となり、低温でβ相とα相(面心立方構造)の2相組織(本願明細書では単に(α+β)相と記載する場合がある)となる。合金組成により異なるが、β単相となる高温は通常700℃以上であり、(α+β)相となる低温とは通常700℃未満である。
【0033】
本実施形態に適用するCu-Al-Mn系合金材は、3.0~10.0質量%のAl、及び5.0~20.0質量%のMnを含有し、残部Cuと不可避的不純物からなる組成を有する。Alの含有量が少なすぎるとβ単相を形成できず、また多すぎると合金材が脆くなる。Alの含有量はMnの含有量に応じて変化するが、好ましいAlの含有量は6.0~10.0 質量%である。
Mnを含有することにより、β相の存在範囲が低Al側へ広がり、冷間加工性が著しく向上するので、成形加工が容易になる。Mnの添加量が少なすぎると満足な加工性が得られず、かつβ単相の領域を形成することができない。Mnの添加量が多すぎると、十分な形状回復特性が得られない。好ましいMnの含有量は8.0~12. 0質量%である。
前記組成のCu-Al-Mn合金材は、熱間加工性及び冷間加工性に富み、冷間で30%以上、例えば、30%~90%またはそれ以上の加工率が可能になる。
前記組成のCu-Al-Mn合金材は、棒材(線材) 、板材(条材)の他に、極細線、箔、パイプ等にも成形加工することができる。
【0034】
本実施形態に係るCu-Al-Mn系合金は、前述の必須成分以外に、さらに任意の副添加元素として、Ni、Co、Fe、Ti、V、Cr、Si、Nb、Mo、W、Sn、Mg、P、Be、Sb、Cd、As、Zr、Zn、B、C、Ag及びミッシュメタル(Pr、Ndなど)からなる群より選ばれた1種または2種以上を含有することができる。
これらの副添加元素は、冷間加工性を維持したままCu-Al-Mn系合金材の強度を向上させる効果を発揮する。これら副添加元素の含有量は合計で0.001~10.000質量%であることが好ましく、特に0.001~5.000質量%が好ましい。これら副添加元素の含有量が多すぎるとマルテンサイト変態温度が低下し、β単相組織が不安定になる。
【0035】
副添加物を含むCu-Al-Mn系合金である場合、3.0~10.0質量%のAl、及び5.0~20.0質量%のMnを含有し、さらに前述の副添加元素のうち1種または2種以上を0.001~10.000質量%含有し、残部Cuと不可避的不純物からなる組成を有する。
【0036】
副添加元素のうち、Ni、Co、Fe、Snは、基地組織の強化に有効な元素である。
CoはCo-Al金属間化合物の形成により結晶粒を粗大化するが、過剰になると合金の靭性を低下させる。Co含有量は、例えば0.001~2.000質量%である。NiおよびFeの含有量はそれぞれ例えば0.001~3.000質量%である。Sn含有量は例えば0.001~1.000質量%である。
副添加元素のうち、Tiは阻害元素であるNおよびOと結合し酸窒化物を形成する。また、TiはBとの複合添加によってボライドを形成し、強度を向上させる。Tiの含有量は例えば0.001~2.000質量%である。
【0037】
副添加元素のうち、V、Nb、Mo、Zrは、硬さを高める効果を有し、耐摩耗性を向上させる。また、これらの元素は、ほとんど基地に固溶しないので、β相(体心立方晶) として析出し、強度を向上させる。V、Nb、Mo、Zrの含有量は例えば0.001 ~1.000質量% である。
副添加元素のうち、Crは、耐摩耗性および耐食性を維持するのに有効な元素である。Crの含有量は例えば0.001~2.000質量%である。Siは耐食性を向上させる効果を有する。Siの含有量は例えば0.001~2.000質量%である。Wは基地にほとんど固溶しないので、析出強化の効果がある。Wの含有量は例えば0.001~1.000質量%である。
【0038】
副添加元素のうち、Mgは阻害元素であるNおよびOを除去する効果があるとともに、阻害元素であるSを硫化物として固定し、熱間加工性や靭性の向上に効果がある。多量の添加は粒界偏析を招き、脆化の原因となる。Mgの含有量は例えば0.001~0.500質量%である。
副添加元素のうち、Pは脱酸剤として作用し、靭性向上の効果を有する。Pの含有量は例えば0.01~0.50質量%である。副添加元素のうち、Be、Sb、Cd、Asは基地組織を強化する効果を有する。Be、Sb、Cd、Asの含有量はそれぞれ例えば0.001~1.000質量% である。
【0039】
副添加元素のうち、Znは形状記憶処理温度を上昇させる効果を有する。Znの含有量は例えば0.001~5.000質量%である。副添加元素のうち、B、Cは適量であればピン止め効果が得られより結晶粒が粗大化する効果がある。特にTi、Zrとの複合添加が好ましい。B、Cの含有量はそれぞれ例えば0.001~0.500質量%である。
副添加元素のうち、Agは冷間加工性を向上させる効果がある。Agの含有量は例えば0.001~2.000質量%である。ミッシュメタルは適量であればピン止め効果が得られるので、より結晶粒が粗大化する効果がある。ミッシュメタルの含有量は例えば0.001~5. 00質量% である。なお、ミッシュメタルとは、LaやCe、Ndなど単体分離の難しい希土類元素の合金のことを指す。
【0040】
「Cu-Al-Mn系合金材の金属組織」
本実施形態に係るCu-Al-Mn系合金材は、再結晶組織を有する。また、本実施形態に係るCu-Al-Mn系合金材は、実質的にβ単相からなる再結晶組織を有する。ここで「実質的にβ単相からなる再結晶組織を有する」とは、再結晶組織中でβ相の占める割合が通常90%以上、好ましくは95%以上であることをいう。
【0041】
本実施形態においては、Cu-Al-Mn系合金材について、所定の結晶方位を有する結晶粒の集合体に制御可能である点に技術的意義を有する。本実施形態においては、回復可能な歪み量(変態歪み量)の大きな結晶粒を多く有し、単結晶化処理を行う素材として優れている。単結晶化処理後に、回復可能な歪み量(変態歪み量)に個体差が少なくなり、安定した形状記憶・超弾性特性が得られる。また、単結晶化後は、変形回数が多数回(合金材に3%の歪みを与える応力の負荷と除荷を繰り返し行なった場合に破断するまでの回数が100回以上と極めて多いこと)に及んでも破断に耐えることが可能となる。
例えば、マルテンサイト変態とその逆変態に起因する優れた形状記憶特性を有するとして、変態歪み量として8%以上、より好ましくは9%~10.3%程度が得られる。形状記憶特性を得る場合に8%以上の歪み量で回復可能であれば、各種デバイスに適用するCu-Al-Mn系合金材として有利と考えられる。
【0042】
図2は、一般的なCu-Al-Mn系形状記憶合金単結晶材における超弾性特性と結晶構造と結晶方位について説明するための図である。
図2(a)、(b)に示すように形状記憶合金のSS(Stress-strain)曲線を求めると、変態歪み量εは、図2(c)に示す引張方向の逆極点図に表示したA、B、C、D、Eの結晶方位により異なることが知られている。
図2(c)の逆極点図では、変態歪みの計算値を等高線(計算値4、6、8、10、10.3%)として描いている。図2(c)の逆極点図における方位111、001、101は、図2(d)に示すβ相(体心立方晶)の結晶構造における方位<111>、<001>、<101>に対応している。
図2(c)に示した変態歪みの計算値において、8%以上の大きな歪みを回復できる結晶方位を特定方向に揃えた結晶粒の集合体であるCu-Al-Mn系合金材を製造することができると、単結晶化処理後にも、変態歪み量が大きな優れた形状記憶・超弾性特性が期待でき、各種デバイスに適用して好適なCu-Al-Mn系合金材を得ることができたと考えられる。
【0043】
「Cu-Al-Mn系合金材の製造方法」
図3は、前述の組成のCu-Al-Mn系合金を用いて図1に示す板状の合金材1を製造する場合に適用できる製造工程の一例を示すプロセスフローチャートである。図3(a)は、本実施形態における結晶配向性に優れた多結晶体を製造するプロセスを示しており、(b)は、その多結晶体製造プロセスに単結晶化処理の工程を加えたものであり、単結晶体を製造する場合のプロセスを示している。
図3(a)に示す本実施形態では、[1]に示す溶解・鋳造工程により、前述の合金組成となる鋳塊(鋳造材)を得た後、[2]に示すように熱間圧延または熱間伸線もしくは熱間鍛造などの熱間加工により目的の形状に近い合金材を得る。目的の形状が板状である場合は板材を得るとともに、目的の形状が棒状あるいは線状の場合は棒材あるいは線材を得る。熱間加工温度は例えば800℃を採用できる。
【0044】
熱間加工後に行う[3]、[4]に示す第1熱処理工程では、[3]に示す熱処理温度を730℃~800℃、例えば740℃に設定し、[4]に示す保持時間を5分~30分、例えば15分に設定する条件で加熱保持した後、急冷する。
この後、[5]に示す250℃~320℃、例えば300℃への昇温処理を行い、次に、[6]に示す保持時間を30分~120分、例えば60分に設定して温度保持した後、[7]に示す昇温速度を1℃~20℃/分、例えば5℃/分に設定し、[8]に示す400℃~500℃の温度域、例えば450℃に昇温して、[9]に示す保持時間を5分~30分、例えば15分保持後、急冷または徐冷する第2熱処理工程を実施する。250℃~320℃はベイナイト析出を生じる温度域である。
前述の第1および第2熱処理工程の開始時における昇温の速度は、1℃~1000℃/分程度を採用できる。また、工程の終了時に急冷する場合の冷却速度は、30℃/秒以上、好ましくは100℃/秒以上、さらに好ましくは1000℃/秒以上を採用できる。
【0045】
第2熱処理工程の後、[10]に示す冷間加工を施す。冷間加工は、冷間圧延または冷間伸線もしくは冷間鍛造などの冷間加工により目的の形状にほぼ近いCu-Al-Mn系合金材を得る。
冷間加工を実施する場合の加工率は、以下の式で定義できる値とする。
加工率(%)={(A-A/A)}×100
ただし、Aは冷間加工(冷間圧延もしくは冷間伸線)前の試料の断面積を意味し、Aは冷間加工後の試料の断面積を意味する。
【0046】
[10]に示す冷間加工工程では、冷間加工率30%以上、例えば、45%の加工率で冷間圧延あるいは冷間伸線もしくは冷間鍛造などの冷間加工を施す。
【0047】
冷間加工工程の後に、昇温速度を1℃~1000℃/分程度、例えば5℃/分に設定し、[12]に示す300℃~715℃の温度域、例えば700℃まで昇温して、[13]に示す保持時間を0分~120分、例えば15分として保持後、[14]に示す昇温速度を0.1℃~2℃/分、例えば1℃/分に設定し、[3]に示す730℃~800℃、例えば740℃に昇温して、[4]に示す保持時間を5分~30分、例えば15分として保持後、急冷する第3熱処理工程を実施する。
この後、[5]に示す250℃~320℃、例えば300℃への昇温処理を行い、次に、[6]に示す保持時間を30分~120分、例えば60分に設定して温度保持した後、[7]に示す昇温速度を1℃~20℃/分、例えば5℃/分に設定し、[8]に示す400℃~500℃の温度域、例えば450℃に昇温して、[9]に示す保持時間を5分~30分、例えば15分として保持後、急冷または徐冷する第4熱処理工程を実施する。
第4熱処理工程後、[15]に示すように冷間加工率30%以上、例えば45%の加工率で冷間圧延あるいは冷間伸線もしくは冷間鍛造などの冷間加工を施す。
【0048】
[11]は、第3熱処理工程と第4熱処理工程と冷間加工をこの順序で必要回数実施することを示す。第3熱処理工程と第4熱処理工程と冷間加工の実施回数は、1回以上で任意の回数を採用でき、少なくとも1回実施することが好ましいが、実施を行わない(0回)ことを採用してもよい。
【0049】
冷間加工工程の後、昇温速度を1℃~1000℃/分程度、例えば5℃/分に設定し、[16]に示す300℃~715℃の温度域、例えば700℃に昇温して、[17]に示す保持時間0分~120分、例えば15分保持後、[18]に示す昇温速度を0.1℃~2℃/分、例えば1℃/分に設定し、[19]に示す730℃~800℃、例えば740℃に昇温して、[20]に示す保持時間5分~30分、例えば15分保持後、急冷する第5熱処理工程を実施する。
【0050】
以上、図3(a)のプロセスフローに従い製造したCu-Al-Mn系合金からなる板状の合金材は、例えば、後述する図8に示す多結晶からなる金属組織を有し、図9に示す圧延方向(RD)の結晶方位を示す逆極点図に明らかなように、特定の結晶方位領域に高い配向性を有する合金材である。
例えば、電子線後方散乱回折(EBSD)法による測定で、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が含まれず、β相全体の結晶粒の55%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にあるCu-Al-Mn系合金材を得ることができる。
【0051】
図3(b)は、図3(a)に示す工程に単結晶化処理の工程を追加したものとして、第5熱処理工程が第5’熱処理工程に代わり、また、第6熱処理工程が加わっている。なお、単結晶化処理の工程は、第5熱処理工程を実施した後に、第5’熱処理工程および第6熱処理工程をこの順序で実施してもよい。また、第7熱処理工程は、特許文献1に記載の時効熱処理であり、単結晶化処理(記憶処理)の後に、その形状において形状記憶・超弾性特性を得るためにβ相の変態温度を安定化させるプロセスである。
【0052】
第5’熱処理工程では、第5熱処理工程と同様に[16]、[17]、[18]、[19]、[20]の工程を行った後に、降温と昇温のサイクル熱処理を行うこととなる。[22]に示す降温速度は0.1~20℃/分、より好ましくは1~20℃/分を採用することができる。[23]に示す400℃~650℃の温度域、例えば500℃まで降温して、[24]に示す保持時間5分~480分、例えば40分保持後、[25]に示す昇温速度は0.1~20℃/分、より好ましくは1~20℃/分を採用することができる。
[21]は、[19]に示す高温(730℃~800℃)と[23]に示す低温(400℃~650℃)との間のサイクル熱処理を実施する回数を示す。1回のみ施すよりは、2回以上の複数回、例えば4回繰り返すことが好ましい。
【0053】
第5’熱処理工程を施した後、第6熱処理工程では、まず、[25]に示すように昇温を行い、[27]に示す900℃~950℃の温度域、例えば900℃において[28]に示す保持時間5分~120分、例えば60分保持後に、降温と昇温のサイクル熱処理を行うこととなる。第5’熱処理工程と同様に、[22]、[23]、[24]、[25]の降温と温度保持、および昇温のプロセスを実施する。
[26]は、[27]に示す高温(900℃~950℃)と[23]に示す低温(400℃~650℃)との間のサイクル熱処理を実施する回数を示す。0回(実施なし)でも良いが、5回以上の複数回、例えば15回繰り返すことが好ましい。繰り返しサイクル熱処理後は、[29]に示す900℃~950℃、例えば900℃まで昇温して、[30]に示す保持時間5分~120分、例えば120分保持後に急冷する。
第6熱処理工程後に、単結晶でなく未だ多結晶の状態であった場合、第6熱処理工程を追加で実施することが可能である。その場合、[27]に示す温度までの昇温速度は1℃~1000℃/分程度を採用でき、その後の工程は前述のとおりである。
【0054】
第6熱処理工程後、[31]に示す100~200℃の温度域、例えば、150℃にて、[32]に示す5分~120分程度、例えば120分保持後、急冷もしくは徐冷する第7熱処理工程(時効処理)を施すことで、β相が安定化し形状記憶・超弾性特性が得られるようになる。
【0055】
以上、図3(b)のプロセスフローに従い製造したCu-Al-Mn系合金からなる板状の合金材は、例えば、後述する図12に示す5°以下の小角粒界を含んだ単結晶からなる金属組織を有し、図13に示す圧延方向(RD)の結晶方位を示す逆極点図に明らかなように、配向性の高い単結晶合金材である。
このCu-Al-Mn系単結晶合金材は、図14に示すように引張方向の歪みが9%以上であり、形状記憶効果に優れた合金材であることがわかる。
以上説明したように、本実施形態において説明した製造方法により得られるCu-Al-Mn系合金材であるならば、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にあるβ相の結晶粒が含まれず、β相全体の結晶粒の55%以上において、加工方向の結晶方位が<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にあり、結晶配向性に優れたCu-Al-Mn系合金材を提供できる。
前述のように結晶配向性に優れたCu-Al-Mn系合金材であるならば、単結晶化処理後に変態歪み量に個体差が少なく、かつ、大きな変態歪み量を伴う形状記憶特性と超弾性特性に優れたCu-Al-Mn系合金材を提供できる。
【0056】
「デバイスへの応用例」
図4は、一般的なCu-Al-Mn系合金材が示す温度と歪みに関する相関を示すグラフである。図4に示すようにCu-Al-Mn系合金材は、0~-100℃の低温域と常温~100℃の高温域において大きな歪み変化を生じ、その場合に利用できる力も極めて大きいことがわかる。
図5は、図1に示す板状の合金材1に代え、前述の製造方法に従い、棒状のCu-Al-Mn系合金材を作製し、この棒状合金材からブレース材5を形成した応用例を示す。
図5は建物の耐力壁6の裏面側4箇所のコーナー部分に取付金具7を配置し、棒状の2本のブレース材5の両端部にそれぞれ接続具8を設けている。耐力壁6の裏面側にX状にブレース材5を配置し、各ブレース材5の両端の接続具8を取付金具7に接続して構成した応用例を示している。
【0057】
ブレース材5は、前述の組成を有する棒状のCu-Al-Mn系合金材からなるので、地震などにより耐力壁6に大きな力が作用したとして、各ブレース材5が伸びて変形し、地震に伴い作用する力に耐えることができる。また、地震が終了すると、ブレース材5の歪み変形が元に戻るので、耐力壁の6の変形は最小限に留められる。
【0058】
図6は、前述の組成の棒状のCu-Al-Mn系合金材からなるロッド9を備えたアクチュエータ10を示す。
このアクチュエータ10は、上面側中央部に平面視長方形状の天板部11を有し、下面側中央部に平面視長方形状の底板部12を有し、互いに平行に天板部11と底板部12を設け、天板部11の側面と底板部12の側面に一体化するように設けられたアーチ型の複数の湾曲接続部13を有する。
湾曲接続部13は、天板部11と底板部12の長さ方向に沿って所定の間隔で天板部11と底板部12の幅方向両側に複数形成され、天板部11と底板部12を一体的に接続している。
【0059】
天板部11と底板部12の間には、天板部11と底板部12に連結する4つのコイルスプリングSが配置されている。4つのコイルスプリングSは一定のばね力で天板部11と底板部12を互いに離れる方向に付勢するようにばね力を付加し、天板部11と底板部12が4つのコイルスプリングSを介し平行に対向されている。
【0060】
天板部11の下面幅方向中央部に、天板部11の幅方向に離間する2枚の取付片14、15が、天板部11の長さ方向に沿って天板部11から若干下方に突出するように形成されている。また、底板部12の幅方向中央部に底板部12の幅方向に離間する2枚の取付片16、17が、底板部12の長さ方向に沿って底板部12から若干上方に突出するように形成されている。
天板部11と底板部12の長さ方向中央部側に、4つのコイルスプリングSの中間に位置するようにロッド9が設置されている。ロッド9の一端が図示略のボルトを介し天板部11の取付片14、15に固定され、ロッド9の他端が図示略のボルトを介し底板部12の取付片16、17に固定されている。
【0061】
Cu-Al-Mn系合金からなるロッド9は、一定荷重下における温度変化で伸び縮みする特性を有する。図6に示すアクチュエータ10は、コイルスプリングSによるばね力により一定荷重を受けているが、一例として、宇宙空間などの極低温環境と地上の常温環境において、伸び縮み量が異なる。極低温環境と常温環境において、ロッド9の伸縮に応じ、天板部11と底板部12の間隔を変位させることができる。
例えば、図6に示すアクチュエータ10は冷却するとロッド9が伸び、加熱するとロッド9が縮むので、環境温度の変化に起因し、底板部12に対し天板部11の高さを変えることができるアクチュエータとして作動する。
【0062】
図7は、扉状の第1の部材20と第2の部材21がヒンジ部19を介し開閉自在に連結されるとともに、第1の部材20と第2の部材21のヒンジ部19の近傍に前述のCu-Al-Mn系合金からなる2本のロッド22を設けた構成を示す。
ヒンジ部19に連結された接続アーム23の先端部にロッド22の一端が接続され、第1の部材20の表面中央部に取り付けられている金具24に支持された接続駒25に、ロッド22の他端が支持されている。
【0063】
より詳細には、正面視縦長の長方形板状の第1の部材20において、左側の長辺部に沿って回転軸を有するヒンジ部19が設けられ、このヒンジ部19を介し第2の部材21が第1の部材20に対し開閉自在に装着されている。第2の部材21も第1の部材と同様の長方形板状であり、第2の部材21の右側の長辺部が前記ヒンジ部19に取り付けられている。ヒンジ部19は、第2の部材21を開閉自在に支持するための中心軸19aを有している。
ヒンジ部19の長さ方向中央部に中心軸19aを露出させた切欠部19Aが形成され、この切欠部19Aにおいて中心軸19aから半径方向に若干ずれた位置に中心軸19aと平行に連結軸19bが露出されている。この連結軸19bに接続アーム23の先端部23aが回動自在に連結されている。接続アーム23の先端部23aには、連結軸19bを挿通可能な図示略の貫通孔が形成され、この貫通孔に連結軸19bを挿通することにより連結軸19bを介し接続アーム23が回動自在に連結されている。
【0064】
接続アーム23はヒンジ部19の近傍から金具24に向いて延在され、接続アーム23の基端部23b側に2本のロッド22が接続されている。一方のロッド22は、接続アーム23の基端部23bの上面側に、他方のロッド22は、接続アーム23の基端部23bの下面側に取り付けられている。ロッド22、22は、何れも弓型に形成され、一方のロッド22は上側に湾曲して膨出するように、他方のロッド22は下側に湾曲して膨出するように配置され、ロッド22、22の他端側は金具24に固定された接続駒25を挟むように接続駒25に固定されている。
【0065】
図7に示す開閉装置は、ロッド22が温度に応じ伸縮することで接続アーム23をその長さ方向に移動させ、連結軸19bを支点としてヒンジ部19を回動させるので、第1の部材20に対し第2の部材21を開閉自在に制御することができる。
例えば、常温では第1の部材20に対し第2の部材21を折り畳んだ状態とし、宇宙空間などの極低温ではロッド22が伸びて第1の部材20に対し第2の部材21をほぼ平行な状態まで開くことができる展開機構を実現できる。
【0066】
第1の部材20と第2の部材21は、宇宙機器に対する適用を想定した場合、アンテナ板、太陽電池パネル、展開ラジエータなどに適用可能となる。
図7に示す構成は、ロッド22が地上の常温環境と、宇宙空間の極低温環境において伸びるか縮むので、この性質を利用し、宇宙機器に搭載される展開式のアンテナ板の展開に利用でき、展開式の太陽電池パネルの展開に利用でき、展開ラジエータの展開に利用できる。
【実施例0067】
純銅、純Al、純Mnの原料を用いて高周波誘導炉により合金溶湯を作製し、この合金溶湯から鋳造法により、Al:8.1質量%、Mn:11.1質量%を含有し、残部不可避不純物とCuの組成を有するCu-Al-Mn系合金の鋳塊(鋳造材)を作製した。
この鋳塊に対し、800℃で熱間圧延を施し、厚さ2mmの板状に成形し、図3のプロセスフローチャートに示した製造方法に従い、各種条件を以下に記載の条件として板状のCu-Al-Mn系合金材を得た。第1~第6熱処理工程までを実施し、単結晶化した合金材の寸法は、例えば、幅11mm、長さ49mm、厚さ0.6mmである。
【0068】
図3(a)に示すプロセスフローチャートに記載の[3]に示す第1熱処理工程の温度を740℃に設定し、[4]に示す保持時間を15分に設定し、β単相化の熱処理を実施した。740℃に昇温する際の昇温速度は、平均で約250℃/分とした。
この後、常温まで急冷し、急冷後[5]に示すように300℃に昇温し、この温度にて[6]に示すように60分間保持後、[7]に示す昇温速度を5℃/分に設定し、[8]に示す500℃まで昇温し、この温度にて[9]に示すように15分間保持後、常温まで急冷する第2熱処理工程を施した。300℃への昇温速度は平均で約150℃/分とした。急冷の冷却速度は1000℃/秒以上とした。
第2熱処理工程後、[10]に示すように加工率50%の冷間圧延を施した。
冷間圧延後、第3、第4熱処理工程を行うことなく、第5熱処理工程を実施した。[16]に示すように700℃に昇温し、この温度にて[17]に示すように600分間保持後、[18]に示す昇温速度を0.2℃/分に設定し、[19]に示すように740℃まで昇温し、この温度にて[20]に示すように15分間保持後、常温まで急冷した。700℃への昇温速度は1℃/分とし、急冷の冷却速度は1000℃/秒以上とした。
【0069】
図8は、前述の工程により、第5熱処理工程まで実施した状態で得られたCu-Al-Mn系合金板材試料の金属組織を示す。図8は、β相の圧延方向(RD)における逆極点図マップを示しており、図中のNDは圧延面法線方向、TDはRDおよびNDの垂直方向(板幅方向)である。なお、本願明細書における逆極点図マップでは、角度差が5°を超過する粒界を黒線で表示している。
図9は、この板材試料の圧延方向(RD)における結晶方位分布を表す逆極点図を示す。
図9に示す結果から、<111>に近い結晶方位よりの変態歪みの小さい領域に配向性を示す結晶粒はほとんど無かった。
図9は、電子線後方散乱回折(EBSD)法により圧延方向(RD)で測定した試料において、β相全体の結晶粒の69%が<510>方位から25°以内かつ<111>方位から25°以上の範囲内に入っており、結晶粒の31%が<510>方位から15°以内に入っており、また、<111>方位から10°以内の範囲のものが0%であることを示している。
【0070】
図10は、第1熱処理工程~第4熱処理工程後の計2回の冷間圧延を含む工程を行った後、第5’熱処理工程を実施後に740℃で45分の等温保持を行った後、常温まで急冷した状態で得られたCu-Al-Mn系合金板材試料の金属組織を示す。
実施した工程の詳細は次のとおりである。第1熱処理工程の[3]は740℃、[4]は15分、第2熱処理工程の[5]は300℃、[6]は60分、[7]は5℃/分、[8]は450℃、[9]は15分とし、それぞれの工程の開始時の昇温速度と終了時の急冷速度は前述のものと同程度とした。第2熱処理工程後、加工率45%の冷間圧延を施した。その後、[11]を1回として、第3熱処理工程の[12]は300℃、[13]は60分、[14]は1℃/分とし、[15]の2回目の冷間圧延での加工率は40%とした。その後、第5’熱処理工程の[16]は300℃、[17]は60分、[18]は1℃/分、[19]は740℃、[20]は60分とし、[21]の降温・昇温サイクルを4回として、[22]は3.3℃/分、[23]は500℃、[24]は40分、[25]は10℃/分とした。4回のサイクル後、740℃で45分の等温保持を行った後に常温まで急冷した。
図10に示す結果から、第5’熱処理工程を実施後も試料は多結晶体であることがわかり、単結晶化処理とした第5’熱処理工程と第6熱処理工程のうち、最終的な粒成長による単結晶化は第6熱処理工程で生じることがわかる。図10に示す結晶粒内には5°以下の小角粒界によるコントラストがみられるが、この小角粒界は第5’熱処理工程によって形成されており、これが第6熱処理工程での粒成長の駆動力となる。
図11は、この板材試料の圧延方向(RD)における結晶方位分布を表す逆極点図を示す。
図11に示す結果から、<111>に近い結晶方位よりの変態歪みの小さい領域に配向性を示す結晶がほとんど無く、その上で変態歪みの大きな方位への配向性を示す結晶粒の集積度合いが向上した。この結果から、第1熱処理工程と第2熱処理工程と冷間加工工程に加え、第3熱処理工程と第4熱処理工程と冷間加工工程をこの順で繰り返すことが、変態歪みの大きな方位への配向性を示す結晶粒の集積度合いを向上させる上で有効であることがわかる。
図11は、電子線後方散乱回折(EBSD)法により圧延方向(RD)で測定した試料において、β相全体の結晶粒の84%が<510>方位から25°以内かつ<111>方位から25°以上の範囲内に入っており、β相全体の結晶粒の47%が<510>方位から15゜以内に入っており、また、<111>方位から10°以内の範囲のものが0%であることを示している。
【0071】
図12は、図3(b)に示すプロセスフローに関し、時効熱処理(第7熱処理工程)を除いて残り全ての加工熱処理工程を施して得られたCu-Al-Mn系合金板材試料の一例における金属組織を示す。
実施した工程の詳細は次のとおりである。第1熱処理工程~第5’熱処理工程までは、図10に示した試料と全て条件を同じにし、[21]の降温・昇温サイクルのみ1回追加して計5回として実施後、第6熱処理工程の[26]における降温・昇温サイクルを14回とし、[27]は900℃、[28]は60分、[29]は900℃、[30]は60分として実施後、常温まで急冷した。
図12より、この板材試料は5°以下の小角粒界を含む単結晶であることがわかる。
図13は、この板材試料の圧延方向(RD)における結晶方位分布を表す逆極点図を示し、図14は、非特許文献1と非特許文献2に記載の一般的なCu-Al-Mn系合金単結晶材の引張方向における変態歪み(実測値)の結晶方位依存性を示す。
図13に示す結果から、圧延方向(RD)が<510>に近い、変態歪みの最大方位近傍へ配向しているCu-Al-Mn系合金単結晶板材が得られたことを確認できた。
特に、図13に示すように、変態歪み9~10%の範囲内のごく狭い範囲に配向性を示していることから、Cu-Al-Mn系合金単結晶板材を構成する5°以下の小角粒界を含んだ組織において、変態歪み量をほぼ揃えることができたことを意味する。
【0072】
図14に示す変態歪みの実測値と図2(c)に示す変態歪みの計算値から、<510>から25°以内かつ<111>から25°以上の方位では、8%以上の変態歪みの実測値が得られるのに対し、<111>から10°以上の方位では、5%程度以下の変態歪みが得られることがわかる。
【0073】
図15は、Cu-Al-Mn系合金板材を製造する過程において、特許文献1に記載されている製造条件を施して得られたCu-Al-Mn系合金板材試料の一例における金属組織を示す。
実施した工程の詳細は次のとおりである。第1熱処理工程の[3]は450℃、[4]は60分の条件で行い、第2熱処理工程を省略し、[10]で加工率50%の冷間圧延を実施し、第3熱処理工程と第4熱処理工程を省略し、第5熱処理工程の[16]は300℃、[17]は60分、[18]は1℃/分、[19]は900℃、[20]は15分として実施後、常温まで急冷した。それぞれの工程の開始時の昇温速度と終了時の急冷速度は前述のものと同程度とした。特許文献1に記載の実施例15と類似した条件となっている。
図16は、この板材試料の圧延方向(RD)における結晶方位分布を表す逆極点図を示す。
図16に示す逆極点図において、変態歪みの小さい<111>に近い領域にも僅かながら結晶粒の存在が見られている。また、変態歪みの大きい<510>から25°以内かつ<111>から25°以上の方位領域に配向している結晶粒の割合は、図9図11と比較して少ない。
【0074】
これに対し先に示した本実施形態における例では、図9図11の逆極点図に示したように、変態歪みの小さい<111>に近い領域に方位をもつ結晶粒の割合がほとんどない優れたCu-Al-Mn系合金板材であることがわかる。
特に、図11に示す逆極点図に示したように、変態歪みの大きい<510>に近い領域に方位をもつ結晶粒が集積したCu-Al-Mn系合金板材を得られていることがわかる。
【0075】
図15に示す試料を作製した条件は、特許文献1に記載されている製造条件であり、この試料では僅かながら存在している<111>方位近傍の結晶粒が単結晶化への問題となる。
前述の製造条件では、単結晶化処理前に存在するどの結晶粒が最終的に単結晶へと粒成長して残るかまでの制御はできないため、変態歪みの小さい<111>方位が最終的な単結晶方位として残ってしまう問題がある。この結果として、<111>方位における不十分な特性が得られることとなる。
また、一方で、僅かながら存在している<510>方位近傍の結晶粒が最終的な単結晶方位として残る場合もあり、この場合は変態歪みが大きく良好な試料と言えるが、毎回の単結晶化処理で得られるわけではないため、単結晶方位にばらつきが生じることが問題点となる。
これらに対し、前述の本実施形態によれば、加工方向の結晶方位が<111>方位から10°以内にある結晶粒が含まれず、組織全体の結晶粒の55%以上が、加工方向の結晶方位<510>方位から25°以内、かつ、<111>方位から25°以上の範囲内にある試料を得ることができ、配向性に優れていることにより単結晶化処理を行う素材として優れている。単結晶化後に、変態歪み量に個体差が少なく、かつ、大きな変態歪み量が得られる効果を奏する。
【0076】
図17は、特許文献1に記載されている製造条件を施して得られたCu-Al-Mn系合金板材試料のもう一つの例を示す。図15の試料よりも加工率を高めることで結晶配向性を高め、かつ、図10の試料と同様に、第5’熱処理工程の降温・昇温サイクルまでの工程を行った。
実施した工程の詳細は次のとおりである。
図15の試料と同様に、第1熱処理工程の[3]は450℃、[4]は60分の条件で行い、第2熱処理工程を省略し、[10]で加工率50%の冷間圧延を実施した。その後、[11]を1回として、第3熱処理工程の[12]、[13]、[14]を省略し、[3]は450℃、[4]は60分として第1熱処理工程と同じ条件での熱処理を繰り返し、第4熱処理工程を省略し、[15]で2回目の冷間加工として加工率40%の冷間圧延を実施した。その後、第5’熱処理工程の[16]は300℃、[17]は60分、[18]は1℃/分、[19]は740℃、[20]は60分とし、[21]の降温・昇温サイクルを5回として、[22]は3.3℃/分、[23]は500℃、[24]は40分、[25]は10℃/分として実施した。5回の降温・昇温サイクル後、740℃で60分の等温保持を行った後に常温まで急冷した。それぞれの工程の開始時の昇温速度と終了時の急冷速度は前述のものと同程度とした。特許文献1に記載の実施例9と類似した条件となっている。
図18は、この板材試料の圧延方向(RD)における結晶方位分布を表す逆極点図を示す。
図18に示す逆極点図において、図16と比較をすると、より<110>に近い方位への集積が生じており、累積加工率の増加により結晶配向性が高まったことがわかる。これにより変態歪みの小さい<111>に近い方位領域に配向している結晶粒の割合が低減されているが、一方で、変態歪みの大きい<510>から25°以内かつ<111>から25°以上の方位領域に配向している結晶粒の割合も20%と非常に低くなってしまっている。
【0077】
以上の結果より、特許文献1に記載されている製造条件と比較し、前述の本発明例では、変態歪みの小さい<111>に近い方位領域に配向している結晶粒を無くした上で、変態歪みの大きい方位領域への配向性を高めることができている。このように本発明例では従来の手段からでは得られない顕著な効果が得られる。
【符号の説明】
【0078】
1…Cu-Al-Mn系合金材、5…ブレース材、6…耐力壁、9…ロッド、10…アクチュエータ、19…ヒンジ部、19a…中心軸、19b…連結軸、22…ロッド、23…接続アーム。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
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図10
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