(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024124904
(43)【公開日】2024-09-13
(54)【発明の名称】時計用ムーブメントおよび時計
(51)【国際特許分類】
G04B 11/02 20060101AFI20240906BHJP
【FI】
G04B11/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023032882
(22)【出願日】2023-03-03
(71)【出願人】
【識別番号】502366745
【氏名又は名称】セイコーウオッチ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(72)【発明者】
【氏名】田中 佑弥
(72)【発明者】
【氏名】藤枝 久
(57)【要約】
【課題】ぜんまいの過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制するとともに、支持部材の外観を悪化させることなく部品の摩耗を抑制できる時計用ムーブメントを提供する。
【解決手段】ムーブメント9は、回転体を支持する支持部材10と、軸線O回りに回転可能であって、ぜんまいを巻き上げ可能に設けられた角穴車30と、支持部材10とは別体に設けられ、かつ支持部材10に対して相対変位不能に配置され、軸線Oを中心とする周方向に沿って延びる長孔43が形成されたこはぜプレート41と、軸線Oの軸方向に沿って延び、長孔43に周方向に沿って変位可能に挿通された軸50と、軸50に支持され、かつこはぜプレート41に対して軸50を中心に回動可能に配置され、角穴車30と噛み合う爪部62を有するこはぜ体60と、を備える。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転体を支持する支持部材と、
軸線回りに回転可能であって、ぜんまいを巻き上げ可能に設けられた角穴車と、
前記支持部材とは別体に設けられ、かつ前記支持部材に対して相対変位不能に配置され、前記軸線を中心とする周方向に沿って延びる長孔が形成されたこはぜプレートと、
前記軸線の軸方向に沿って延び、前記長孔に前記周方向に沿って変位可能に挿通された軸と、
前記軸に支持され、かつ前記こはぜプレートに対して前記軸を中心に回動可能に配置され、前記角穴車と噛み合う爪部を有するこはぜ体と、
を備える時計用ムーブメント。
【請求項2】
前記支持部材は、前記こはぜプレートにおける前記長孔の周縁部を挟んで前記軸とは反対側に配置された一部の支持部材を含み、
前記こはぜプレートの降伏応力は、前記一部の支持部材の降伏応力よりも大きい、
請求項1に記載の時計用ムーブメント。
【請求項3】
前記こはぜプレートは、前記軸および前記こはぜ体のうち少なくともいずれか一方に摺接する摺接部を有し、
前記摺接部の外表面に、前記こはぜプレートの母材よりも耐摩耗性の高い処理層が設けられている、
請求項1に記載の時計用ムーブメント。
【請求項4】
前記軸は、前記こはぜ体との間に前記こはぜプレートを挟む鍔部を有する、
請求項1に記載の時計用ムーブメント。
【請求項5】
前記鍔部は、前記こはぜプレート側を向く軸方向端面を有し、
前記端面の外周部には、径方向の外側に向かうに従い前記軸方向に沿って前記こはぜプレートから離れる側に延びる曲面部が全周にわたって形成されている、
請求項4に記載の時計用ムーブメント。
【請求項6】
前記爪部を前記角穴車に向けて付勢するように前記こはぜ体を押圧可能に設けられたこはぜバネをさらに備え、
前記こはぜバネは、前記爪部が前記角穴車と噛み合って前記こはぜ体が前記周方向に沿って変位する状態の少なくとも一部で、前記こはぜ体に対して隙間を有している、
請求項1に記載の時計用ムーブメント。
【請求項7】
前記こはぜバネの前記こはぜ体側の接近を規制する位置決め部をさらに備え、
前記こはぜバネは、片持ち支持され、
前記位置決め部は、前記軸方向に直交する方向に張り出して前記こはぜバネの前記軸方向の変位を規制する規制部を有する、
請求項6に記載の時計用ムーブメント。
【請求項8】
前記長孔の内側で前記軸に自転可能に外挿されたスペーサをさらに備える、
請求項1に記載の時計用ムーブメント。
【請求項9】
前記軸に外挿され、前記こはぜ体と前記こはぜプレートとの間に介在する座をさらに備える、
請求項1に記載の時計用ムーブメント。
【請求項10】
請求項1から請求項9のいずれか1項に記載の時計用ムーブメントを備える時計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時計用ムーブメントおよび時計に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、機械式時計のムーブメントは、動力ぜんまいが収容された香箱車と、ぜんまいを巻き上げる角穴車と、角穴車を回転させる巻上輪列と、を備えている。角穴車には、巻き上げたぜんまいの巻き解けを防止するために、角穴車の逆転を規制するこはぜが係合する。さらに、ぜんまいの過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制するために、ぜんまいを巻き上げる角穴車の回転を停止した際に、角穴車をある程度逆転させてぜんまいを緩める機構がムーブメントに設けられる場合がある(例えば、特許文献1参照)。特許文献1には、角穴車と噛み合うこはぜを、角穴車の回転により地板または受に形成された長孔に沿って揺動する歯車とし、角穴車の一方向の回転時にこはぜが片側揺動端のストッパーで回転止められるぜんまい巻き上げ機構が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に開示されたぜんまい巻き上げ機構では、角穴車の回転によりこはぜが長孔に沿って移動する際に、長孔の側壁面に高速で摺動するので、長孔の側壁面に摩耗が生じる可能性がある。一方で、長孔が形成される地板または受に耐摩耗性を向上させる表面処理を施すと、ムーブメントの外観が悪化する可能性がある。したがって、ぜんまいの過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制できる時計用ムーブメントにおいては、支持部材の外観を悪化させることなく部品の摩耗を抑制するという課題がある。
【0005】
そこで本発明は、ぜんまいの過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制するとともに、支持部材の外観を悪化させることなく部品の摩耗を抑制できる時計用ムーブメント、およびその時計用ムーブメントを備えた時計を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様に係る時計用ムーブメントは、回転体を支持する支持部材と、軸線回りに回転可能であって、ぜんまいを巻き上げ可能に設けられた角穴車と、前記支持部材とは別体に設けられ、かつ前記支持部材に対して相対変位不能に配置され、前記軸線を中心とする周方向に沿って延びる長孔が形成されたこはぜプレートと、前記軸線の軸方向に沿って延び、前記長孔に前記周方向に沿って変位可能に挿通された軸と、前記軸に支持され、かつ前記こはぜプレートに対して前記軸を中心に回動可能に配置され、前記角穴車と噛み合う爪部を有するこはぜ体と、を備える。
【0007】
第1の態様によれば、ぜんまいを巻き上げる際に角穴車を回転させると、爪部を介してこはぜ体に角穴車の回転方向の力が加わる。ここでこはぜ体は、軸に支持されているので、長孔に案内されて長孔内を移動する軸とともに、軸線回りを角穴車と同一方向に回動する。ぜんまいの巻き上げを停止すると、ぜんまいの巻き解けの復元力により角穴車には巻き上げ時の回転方向とは反対方向のトルクが作用する。すると、角穴車が逆転し始める。この際、こはぜ体は、角穴車の逆転に伴って軸とともに軸線回りを角穴車と同一方向に回動する。このように、ぜんまいの巻き上げを停止した場合に、こはぜ体の回動とともに長孔の長さ分だけ角穴車の逆転が許容されるので、ぜんまいの過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制できる。
そして、支持部材とは別体に設けられたこはぜプレートに、こはぜ体の軸線回りの回動を案内する長孔が形成されているので、こはぜ体および軸が軸線回りに回動する際に支持部材に摺接することを抑制できる。このため、支持部材に対して材質変更や表面処理等を行うことなく、こはぜ体の軸線回りの回動に対する時計用ムーブメントの耐摩耗性を向上させることができる。したがって、ぜんまいの過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制できる時計用ムーブメントにおいて、支持部材の外観を悪化させることなく部品の摩耗を抑制できる。
さらに、こはぜプレート、軸およびこはぜ体をユニット化できるので、そのユニットに削れが発生した際には、支持部材を交換することなく、ユニットの交換により損耗した部品を交換できる。したがって、アフターサービス性を向上させることができる。
【0008】
本発明の第2の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第1の態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記支持部材は、前記こはぜプレートにおける前記長孔の周縁部を挟んで前記軸とは反対側に配置された一部の支持部材を含み、前記こはぜプレートの降伏応力は、前記一部の支持部材の降伏応力よりも大きくてもよい。
【0009】
第2の態様によれば、こはぜプレートを一部の支持部材よりも高い硬度を有して摩耗しにくくすることができる。これにより、こはぜプレートに代えて一部の支持部材に長孔を形成した構成と比較して、こはぜ体の軸線回りの回動に対する時計用ムーブメントの耐摩耗性を向上させることができる。
【0010】
本発明の第3の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第1の態様または第2の態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記こはぜプレートは、前記軸および前記こはぜ体のうち少なくともいずれか一方に摺接する摺接部を有し、前記摺接部の外表面に、前記こはぜプレートの母材よりも耐摩耗性の高い処理層が設けられていてもよい。
【0011】
第3の態様によれば、摺接部の外表面がこはぜプレートの母材表面により形成される構成と比較して、こはぜ体の軸線回りの回動に対する時計用ムーブメントの耐摩耗性を向上させることができる。
【0012】
本発明の第4の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第1の態様から第3の態様のいずれかの態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記軸は、前記こはぜ体との間に前記こはぜプレートを挟む鍔部を有していてもよい。
【0013】
第4の態様によれば、こはぜ体および軸がこはぜプレートに対して所定の姿勢から傾くことを抑制できる。これにより、本来は他の部材に摺接しないエッジによってこはぜ体、軸、こはぜプレートおよび角穴車が摩耗することを抑制できる。
【0014】
本発明の第5の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第4の態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記鍔部は、前記こはぜプレート側を向く軸方向端面を有し、前記端面の外周部には、径方向の外側に向かうに従い前記軸方向に沿って前記こはぜプレートから離れる側に延びる曲面部が全周にわたって形成されていてもよい。
【0015】
第5の態様によれば、仮に軸がこはぜプレートに対して所定の姿勢から傾いても、鍔部の端面の外周縁の角がこはぜプレートに接触することを抑制できる。したがって、軸およびこはぜプレートの摩耗をより確実に抑制できる。
【0016】
本発明の第6の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第1の態様から第5の態様のいずれかの態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記爪部を前記角穴車に向けて付勢するように前記こはぜ体を押圧可能に設けられたこはぜバネをさらに備え、前記こはぜバネは、前記爪部が前記角穴車と噛み合って前記こはぜ体が前記周方向に沿って変位する状態の少なくとも一部で、前記こはぜ体に対して隙間を有していてもよい。
【0017】
第6の態様によれば、こはぜバネがこはぜ体に対して常時隙間を有していない構成と比較して、こはぜ体が周方向に変位する際のこはぜバネへの摺動距離を短くすることができる。したがって、こはぜ体およびこはぜバネの摩耗を抑制できる。
【0018】
本発明の第7の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第6の態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記こはぜバネの前記こはぜ体側の接近を規制する位置決め部をさらに備え、前記こはぜバネは、片持ち支持され、前記位置決め部は、前記軸方向に直交する方向に張り出して前記こはぜバネの前記軸方向の変位を規制する規制部を有していてもよい。
【0019】
第7の態様によれば、こはぜバネを常時付勢状態で位置決め部に接触させることで、こはぜバネとこはぜ体との隙間のばらつきを抑制でき、こはぜ体の動作を安定させることができる。さらに、落下等の衝撃により片持ち支持されたこはぜバネが撓もうとした場合に、規制部によりこはぜバネの変位を規制できる。したがって、こはぜバネがこはぜ体に対する所定の位置から外れることを抑制できる。
【0020】
本発明の第8の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第1の態様から第7の態様のいずれかの態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記長孔の内側で前記軸に自転可能に外挿されたスペーサをさらに備えていてもよい。
【0021】
第8の態様によれば、こはぜ体が周方向に変位する際にスペーサを自転させて長孔の壁面上を転動させることができ、軸部が長孔の壁面に直接摺接する構成と比較して、軸部およびこはぜプレートの摩耗を抑制できる。
【0022】
本発明の第9の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第1の態様から第8の態様のいずれかの態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記軸に外挿され、前記こはぜ体と前記こはぜプレートとの間に介在する座をさらに備えていてもよい。
【0023】
第9の態様によれば、仮に軸がこはぜプレートに対して所定の姿勢から傾いても、こはぜ体の角がこはぜプレートに接触することを抑制できる。したがって、こはぜ体およびこはぜプレートの摩耗をより確実に抑制できる。
【0024】
本発明の第10の態様に係る時計は、上記第1の態様から第9の態様のいずれかの態様に係る時計用ムーブメントを備える。
【0025】
第10の態様によれば、優れた外観および精度を有し、かつ部品の摩耗が抑制された信頼性の高い時計を提供できる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、ぜんまいの過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制できる時計用ムーブメントにおいて、支持部材の外観を悪化させることなく部品の摩耗を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図2】第1実施形態のムーブメントを上側から見た平面図である。
【
図3】
図2のIII-III線における断面図である。
【
図4】第1実施形態の香箱受およびこはぜユニットの分解斜視図である。
【
図5】第1実施形態のこはぜユニットの斜視図である。
【
図6】第1実施形態のこはぜユニットの分解斜視図である。
【
図7】第1実施形態のブッシュの一部を拡大して示す側面図である。
【
図8】第1実施形態の角穴車の周辺を拡大して示すムーブメントの平面図である。
【
図10】第1実施形態のこはぜユニットの動作を示すムーブメントの平面図である。
【
図11】第2実施形態のムーブメントの断面図である。
【
図12】第3実施形態のムーブメントの断面図である。
【
図13】第4実施形態のこはぜユニットの分解斜視図である。
【
図14】第4実施形態のこはぜユニットの断面図である。
【
図15】第5実施形態のこはぜユニットの分解斜視図である。
【
図16】第5実施形態のこはぜユニットの断面図である。
【
図17】第6実施形態のこはぜユニットの分解斜視図である。
【
図18】第6実施形態のこはぜユニットの断面図である。
【
図19】第7実施形態のこはぜユニットの分解斜視図である。
【
図20】第7実施形態のこはぜユニットの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。なお以下の説明では、同一または類似の機能を有する構成に同一の符号を付す。そして、それら構成の重複する説明は省略する場合がある。本実施形態では、時計の一例として機械式時計を例に挙げて説明する。
【0029】
一般に、時計の駆動部分を含む機械体を「ムーブメント」と称する。このムーブメントに文字板、針を取り付けて、時計ケースの中に入れて完成品にした状態を時計の「コンプリート」と称する。針の回転軸線方向を軸方向と称する。軸方向のうち、時計の基板である地板からケース裏蓋側に向かう方向を上側、その反対側を下側として説明する。軸方向に直交する方向を平面方向と称する。なお、本実施形態では、軸方向に沿う軸線回りに変位する部材の回転方向について、上側から見た方向で説明する。
【0030】
[第1実施形態]
図1は、第1実施形態の時計の外観図である。
図1に示すように、本実施形態の時計1のコンプリートは、図示しないケース裏蓋及びガラス2からなる時計ケース3内に、ムーブメント9(時計用ムーブメント)と、文字板4と、時針5、分針6及び秒針7を含む指針と、を備えている。時計1は、手動によってぜんまい23(
図3参照)の巻き上げが可能となっており、りゅうず8を回転させることで、手動巻輪列を介してぜんまい23が巻き上げられる。
【0031】
図2は、第1実施形態のムーブメントを上側から見た平面図である。
図3は、
図2のIII-III線における断面図である。
図2および
図3に示すように、ムーブメント9は、支持部材10と、香箱車20と、角穴車30と、こはぜユニット40と、こはぜバネ70と、位置決め部80と、を備えている。なお、ムーブメント9は、香箱車20や二番車、三番車、四番車等を含む表輪列、およびてんぷやがんぎ車、アンクル等を含む脱進・調速機構を備えているが、詳細な説明は省略する。
【0032】
支持部材10は、いわゆる地板および受である。支持部材10は、ムーブメント9が有する回転体を支持する。回転体は、香箱車20や表輪列、脱進・調速機構等を含む。支持部材10は、地板11と、地板11よりも上側に配置された香箱受12(一部の支持部材)と、を備える。地板11および香箱受12は、香箱車20を軸方向に延びる軸線O回りに回転可能に支持している。地板11および香箱受12は、金属材料により形成されている。本実施形態では、地板11および香箱受12は、真鍮により形成されている。
【0033】
図4は、第1実施形態の香箱受およびこはぜユニットの分解斜視図である。
図4に示すように、香箱受12の上面には、下側に窪む凹部13と、香箱受12を貫通する貫通部14と、が形成されている。凹部13は、角穴車30を収容する角穴車収容部13aと、角穴車収容部13aに連なり、後述するこはぜ体60を収容するこはぜ収容部13bと、を備える。貫通部14は、香箱受12を軸方向に貫通している。貫通部14は、こはぜ収容部13bの底面に開口している。
【0034】
香箱受12には、ガイドピン16および円筒ネジ17が設けられている。ガイドピン16および円筒ネジ17は、角穴車収容部13aよりもムーブメント9の外周寄り、かつ貫通部14よりも軸線Oを中心として時計回り方向の位置に配置されている。ガイドピン16および円筒ネジ17は、それぞれ香箱受12とは別体に設けられ、香箱受12に形成されたピン穴に保持されている。ただし、ガイドピン16および円筒ネジ17は、香箱受12と一体に形成されていてもよい。ガイドピン16は、円柱状に形成されている。ガイドピン16および円筒ネジ17は、軸方向に沿って香箱受12から上側に突出している。ガイドピン16は、円筒ネジ17に対して軸線Oを中心として時計回り方向に配置されている。円筒ネジ17の上端縁は、ガイドピン16の上端縁よりも下側にある。円筒ネジ17には、止めネジ18が上側から螺合する。
【0035】
図3に示すように、香箱車20は、香箱真21と、香箱真21に取り付けられた香箱22と、香箱22に収容されたぜんまい23と、を有している。香箱真21は、地板11と、香箱受12と、により軸線O回りに回転可能に支持されている。香箱22は、地板11と香箱受12との間に配置されている。香箱22は、香箱真21に回転可能に支持されている。ぜんまい23の内側端部は、香箱真21に接続されている。ぜんまい23の外側端部は、香箱22の内周面に接続されている。ぜんまい23は、香箱真21が回転することで、巻き上げられる。香箱22は、ぜんまい23が巻き解ける際の復元力により回転し、表輪列を駆動する。
【0036】
図2および
図3に示すように、角穴車30は、香箱車20と同軸上に配置されている。角穴車30は、香箱真21に一体回転可能に設けられている。角穴車30は、香箱真21を介して香箱受12に回転可能に支持されている。角穴車30は、香箱受12を挟んで香箱22とは反対側(すなわち上側)に配置されている。角穴車30は、角穴車収容部13aに配置されている。角穴車30は、時計回り方向に香箱真21と一体で回転することにより、香箱22に収容されたぜんまい23を巻き上げる。角穴車30には、ぜんまい23が巻き解ける際の復元力により、反時計回り方向のトルクが作用している。角穴車30の外周部には、歯31が形成されている。角穴車30には、手動巻輪列が接続されている。図示の例では、角穴車30には、手動巻輪列の丸穴車の回転を角穴車30に伝達する中間車29が噛み合っている。
【0037】
図5は、第1実施形態のこはぜユニットの斜視図である。
図6は、第1実施形態のこはぜユニットの分解斜視図である。
図5および
図6に示すように、こはぜユニット40は、こはぜプレート41と、軸50と、こはぜ体60と、を備える。
【0038】
図4および
図6に示すように、こはぜプレート41は、支持部材10とは別体に設けられている。こはぜプレート41は、表裏面を軸方向に向けた板状に形成されている。こはぜプレート41には、上側に突出した突出部42と、こはぜプレート41を軸方向に貫通する長孔43と、が形成されている。
【0039】
突出部42は、軸線Oを中心とする周方向(以下、単に周方向と称する)に沿って略一定の幅で伸びている。突出部42の上面42a(摺接部)は、平面方向に延びる平坦面とされている。長孔43は、突出部42に形成されている。長孔43は、周方向に沿って延びている。長孔43は、一定の幅で延びている。長孔43の両端は、周方向の外側に凸となる半円状に形成されている。長孔43の側壁面43a(摺接部)の全体は、全周にわたって連続するように平滑に形成されている。
【0040】
図3に示すように、こはぜプレート41の下面には、上側に窪むプレート凹部44が形成されている。プレート凹部44は、長孔43の全体を囲うように形成されている。換言すると、プレート凹部44の底面に長孔43が開口している。プレート凹部44は、長孔43の開口縁から一定以上の幅を有して平面方向に広がっている。
【0041】
図3および
図4に示すように、こはぜプレート41は、地板11と香箱受12との間に配置されている。こはぜプレート41は、香箱受12の下面に沿うように配置されている。こはぜプレート41は、軸方向から見た場合に香箱車20と重なるように配置されている。こはぜプレート41は、香箱受12よりも下側に突出しないように、香箱受12の下面に形成された凹部に配置されている。こはぜプレート41は、支持部材10に対して相対変位不能に配置されている。こはぜプレート41は、下側から挿通されたネジによって香箱受12に締結固定されている。突出部42は、香箱受12の貫通部14の内側に挿入されている。突出部42は、貫通部14の側壁面に係合する。突出部42を貫通部14の内側に挿入することで、こはぜプレート41が香箱受12に締結される前の状態で、香箱受12に対してこはぜプレート41を平面方向に位置決めすることができる。突出部42の上面42aは、貫通部14の周縁部の上面よりも上側に位置する。長孔43は、軸方向から見た場合に角穴車30に重ならないように、角穴車30よりも外側に形成されている。
【0042】
こはぜプレート41は、金属材料により形成されている。こはぜプレート41は、支持部材10のうち、こはぜプレート41における長孔43の周縁部(突出部42)を挟んで軸50とは反対側に配置された部材よりも、降伏応力が高い材料により形成されている。長孔43の周縁部を挟んで軸50とは反対側に配置された部材は、仮にこはぜプレート41を省略した場合に軸50を保持する部材であって、本実施形態では香箱受12である。こはぜプレート41の降伏応力は、500MPa以上であることが望ましく、より好適には1000MPa以上である。本実施形態では、こはぜプレート41は、鉄またはステンレス鋼により形成されている。
【0043】
突出部42の上面42a、および長孔43の側壁面43aには、こはぜプレート41の母材よりも耐摩耗性の高い処理層が設けられている。処理層は、こはぜプレート41の母材表面よりも低摩擦係数の表面処理が施されている。本実施形態では、処理層は、メッキ層である。ただし、処理層は、メッキ層に限定されず、ダイヤモンドライクカーボン皮膜やセラミックコーティング皮膜、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)皮膜、熱処理された窒素被膜等であってもよい。なお処理層は、こはぜプレート41の外表面全体に設けられていてもよい。
【0044】
図3および
図6に示すように、軸50は、軸方向に沿って延びている。軸50は、長孔43に挿通されている。軸50は、長孔43に遊挿されており、長孔43の延在方向(周方向)に沿って変位可能である。軸50は、こはぜプレート41よりも上側に突出した上突部51を有する。上突部51は、こはぜ体60を軸支している。軸50は、上突部51を含む軸本体52と、軸本体52に装着されたブッシュ54と、を備える。
【0045】
軸本体52は、円柱状に形成されている。軸本体52は、フランジ52aを備える。フランジ52aは、軸本体52の軸方向中間部に設けられている。フランジ52aは、軸本体52の径方向外側に張り出している。フランジ52aは、全周にわたって延びており、円環状に形成されている。フランジ52aの外径は、長孔43の幅よりも小さい。フランジ52aの全体は、長孔43の内側に配置されている。なおフランジ52aは、軸本体52の一端から他端の間に配置されていればよく、軸本体52の両端間の中心位置からずれて配置されていてもよい。
【0046】
ブッシュ54は、軸本体52と同軸の円環状に形成されている。ブッシュ54は、軸本体52の下端部に外挿されている。ブッシュ54の上端縁は、フランジ52aに当接している。ブッシュ54は、圧入によって軸本体52に固定されている。ただし、ブッシュ54は、接着等の圧入以外の方法で軸本体52に固定されていてもよい。ブッシュ54は、一定の内径で延びる円筒部55と、円筒部55から径方向外側に張り出した鍔部56と、を備える。円筒部55は、長孔43の側壁面43aに摺接する。円筒部55の外径は、長孔43の幅よりも小さい。
【0047】
鍔部56は、円筒部55の下側の端部に接続している。鍔部56は、プレート凹部44の内側に配置されている。鍔部56は、上側を向く軸方向の端面57を備える。端面57は、プレート凹部44の底面に対向している。端面57は、プレート凹部44の底面に対して軸方向に隙間を有している。端面57は、円筒部55の外周面に接続する内周縁から外周縁に向かって、平面方向、または平面方向から下側に傾斜した方向に延びている。
【0048】
図7は、第1実施形態のブッシュの一部を拡大して示す側面図である。
図7に示すように、端面57は、平面部57aと、曲面部57bと、を備える。平面部57aは、端面57の内周縁を含み、軸50の中心軸線と同軸の円環状に形成されている。曲面部57bは、端面57の外周部に形成されている。曲面部57bの外周縁は、端面57の外周縁である。曲面部57bは、平面部57aの外周縁に接続している。曲面部57bは、平面部57aに対して角が形成されないように滑らかに接続している。曲面部57bは、軸50の径方向外側に向かうに従い軸方向に沿ってこはぜプレート41から離れる側(下側)に延びている。曲面部57bは、軸50の縦断面視で一定の曲率で延びている。曲面部57bの縦断面上の曲率は、0[1/mm]より大きく、20[1/mm]以下であることが望ましい。
【0049】
図3に示すように、端面57とプレート凹部44の底面との軸方向の隙間は、軸50の外周面と長孔43の側壁面43aとの隙間の大きさに基づいて設定されることが望ましい。具体的に、軸50が長孔43の幅方向に傾く場合のうち、軸50の外径および長孔43の幅の関係によって決まる最大傾斜状態で、鍔部56がこはぜプレート41の下面に接触しないように、端面57とプレート凹部44の底面との軸方向の隙間が設定されることが望ましい。
【0050】
こはぜ体60は、香箱受12に対して軸方向で角穴車30と同じ側に配置されている。こはぜ体60には、軸50が挿入される軸孔61が形成されている。こはぜ体60は、軸50の上突部51の圧入により軸本体52に固定されている。こはぜ体60は、こはぜプレート41に対して軸50を中心に回動可能に配置されている。
【0051】
こはぜ体60は、こはぜプレート41側を向く下面60aを備える。下面60aは、平面方向に延びる平滑面である。下面60aは、軸50のフランジ52aに対して軸方向に隙間を有している。こはぜ体60は、こはぜプレート41の突出部42に直接着座して、下面60aを突出部42の上面42aに摺接させている。
【0052】
図8は、第1実施形態の角穴車の周辺を拡大して示すムーブメントの平面図である。
図8に示すように、こはぜ体60は、軸50の中心軸線から周方向の両側に延びている。こはぜ体60は、爪部62と、当接部63と、を備える。爪部62は、角穴車30と噛み合う。爪部62は、軸50よりも時計回り方向に設けられている。爪部62は、軸線O側に突出している。爪部62は、角穴車30の一対の歯31の間の歯溝に入り込むように軸方向から見て先細っている。当接部63は、こはぜ体60における反時計回り方向の端面である。当接部63は、軸50が長孔43の反時計回り方向の端部近傍に位置する状態で、こはぜ収容部13bの側壁面に面接触するように形成されている。当接部63は、こはぜ体60が反時計回り方向に押圧された場合に、こはぜ収容部13bの側壁面に面接触することで、軸50を中心としたこはぜ体60の回動を規制する。
【0053】
こはぜユニット40において、こはぜプレート41に摺接する部材をこはぜプレート41よりも降伏応力が高い材料により形成することが望ましい。本実施形態では、ブッシュ54およびこはぜ体60がこはぜプレート41に摺接する。さらに、こはぜプレート41に摺接する部材の外表面に、その母材よりも耐摩耗性の高い処理層が設けることが望ましい。ただし、軸50およびこはぜ体60をこはぜプレート41と同じ材料で形成してもよい。
【0054】
こはぜバネ70は、こはぜ体60の爪部62を角穴車30に向けて付勢するようにこはぜ体60を押圧可能に設けられている。こはぜバネ70は、香箱受12に対して軸方向でこはぜ体60と同じ側(上側)に配置されている。こはぜバネ70は、香箱受12に片持ち支持されている。こはぜバネ70は、香箱受12に固定された固定部71と、固定部71から延出し、撓み変形可能に形成されたバネ部76と、を備え、これらが一体形成されている。固定部71は、こはぜ体60に対して時計回り方向の位置に配置されている。固定部71には、ガイドピン16が挿入される第1ピン孔72と、止めネジ18が挿入される第2ピン孔73と、が形成されている。固定部71は、止めネジ18の座面によって香箱受12からの離間を規制されている。
【0055】
バネ部76は、固定部71からこはぜ体60に向けて、反時計回り方向に沿って延びている。バネ部76の先端部は、こはぜ体60を挟んで角穴車30とは反対側に配置されている。バネ部76の先端部は、角穴車30側を向く摺接面77を備える。摺接面77は、周方向に沿って延びている。摺接面77は、その反時計回り方向の端部から時計回り方向に向かうに従い、軸線O側に接近している。摺接面77は、軸50を中心に揺動するこはぜ体60に接触できる程度の隙間を有している。
【0056】
図9は、
図8のIX-IX線における断面図である。
図8および
図9に示すように、位置決め部80は、香箱受12に設けられている。位置決め部80は、周方向において円筒ネジ17に対してガイドピン16とは反対側に配置されている。位置決め部80は、香箱受12とは別体に設けられ、円柱状に形成されている。位置決め部80は、香箱受12に形成された、位置決め部80と同軸の円孔に圧入されている。位置決め部80は、香箱受12からこはぜバネ70と同じ側に突出している。位置決め部80は、こはぜバネ70のバネ部76に角穴車30側から接触している。位置決め部80は、こはぜバネ70のバネ部76のうち、先端部よりも固定部71側の部分に接触している。位置決め部80には、バネ部76の弾性復元力が作用している。位置決め部80は、バネ部76の先端がバネ部76の弾性復元力によってこはぜ体60側に接近することを規制している。
【0057】
位置決め部80は、平面方向に張り出した規制部81を備える。規制部81は、こはぜバネ70のバネ部76に香箱受12とは反対側から対向している。規制部81は、バネ部76の軸方向の変位を規制している。図示の例では、規制部81は、香箱受12に立設された規制壁19に上側から当接している。規制壁19は、位置決め部80の軸部をバネ部76とは反対側から覆うように形成されている。規制部81が規制壁19に当接することで、香箱受12に対する位置決め部80の上下方向の位置決めがなされる。
【0058】
図10は、第1実施形態のこはぜユニットの動作を示すムーブメントの平面図である。
こはぜ体60の動作について
図8および
図10を参照して説明する。なお、以下の説明では、こはぜ体60の軸50を中心とした移動を揺動と称し、こはぜ体60の軸線Oを中心とした移動を回動と称する。
【0059】
ぜんまい23を巻き上げる際に角穴車30を時計回り方向に回転させると、爪部62を介してこはぜ体60に時計回り方向の力が加わる。このとき、こはぜ体60が爪部62を角穴車30の歯溝から離脱させようとして反時計回り方向に揺動しようとすると、こはぜ体60がこはぜバネ70に接触して角穴車30側に押圧される。このため、爪部62が角穴車30に噛み合った状態を維持する。
【0060】
ここで、こはぜ体60は、軸50に支持されているので、長孔43に案内されて長孔43内を移動する軸50とともに、時計回り方向に回動する。この際、こはぜ体60の下面60aは、突出部42の上面42aに摺動する。また、軸50の外周面(ブッシュ54の円筒部55の外周面)は、長孔43の側壁面43aに摺動する。こはぜ体60は、回動時に香箱受12に接触せず、下面60aをこはぜプレート41の突出部42の上面42aのみに摺動させる。
【0061】
角穴車30の時計回り方向の回転に伴って軸50が長孔43における時計回り方向の端部近傍に到達すると、こはぜ体60の時計回り方向の回動が規制される。この状態で、角穴車30をさらに時計回り方向に回転させると、こはぜ体60は、爪部62を角穴車30の歯溝から離脱させるように反時計回り方向に揺動する。一方で、こはぜ体60が反時計回り方向に揺動すると、こはぜバネ70がこはぜ体60に接触してこはぜ体60を角穴車30側に押圧する。このため、爪部62が角穴車30の歯先を乗り越えると、こはぜ体60は爪部62を歯溝に入り込ませるように時計回り方向に揺動する。このようにして、角穴車30を時計回り方向に回転させると、こはぜ体60が爪部62に角穴車30の歯31を1つずつ乗り越えさせるように往復揺動する(
図10参照)。
【0062】
こはぜバネ70は、こはぜ体60の周方向の位置によらず、爪部62が角穴車30の歯31を乗り越えるために揺動する際にこはぜ体60に接触する。また、こはぜバネ70は、爪部62が角穴車30と噛み合ってこはぜ体60が回動する状態の少なくとも一部で、こはぜ体60に対して隙間を有している。本実施形態では、こはぜバネ70は、こはぜ体60が回動範囲における反時計回り方向の端部に位置し、かつ爪部62を角穴車30に噛み合わせた状態で、こはぜ体60に対して隙間を有している(
図8参照)。こはぜバネ70は、こはぜ体60が回動範囲における時計回り方向の端部に位置し、かつ爪部62を角穴車30に噛み合わせた状態で、こはぜ体60に対して隙間を有している(
図10参照)。すなわち、こはぜ体60は、爪部62を角穴車30に噛み合わせて回動する過程の全体で、こはぜバネ70に対して隙間を有する。ただし、こはぜ体60は、爪部62を角穴車30に噛み合わせ、時計回り方向に回動する過程でこはぜバネ70に対して離間することを許容された状態から、こはぜバネ70に強制的に接触する状態に移行してもよい。
【0063】
ぜんまい23の巻き上げを停止すると、ぜんまい23の巻き解けの復元力により角穴車30には反時計回り方向のトルクが作用する。すると、角穴車30が反時計回り方向に逆転し始める。この際、こはぜ体60は、ぜんまい23の巻き上げ時と同様に、こはぜバネ70によって爪部62が角穴車30に噛み合った状態を維持されるので、角穴車30の逆転に伴って軸50とともに反時計回り方向に回動する。
【0064】
角穴車30の反時計回り方向の逆転に伴って軸50が長孔43における反時計回り方向の端部近傍に到達すると、こはぜ体60の当接部63がこはぜ収容部13bの側壁面に面接触する。このとき、当接部63は角穴車30によってこはぜ収容部13bの側壁面に反時計回り方向に押し付けられているので、こはぜ体60は揺動を規制される。これにより、爪部62が角穴車30に噛み合った状態を維持されるので、角穴車30の反時計回り方向の回転を規制する。
【0065】
以上に説明したように、本実施形態のムーブメント9は、支持部材10とは別体に設けられ、かつ支持部材10に対して相対変位不能に配置され、周方向に沿って延びる長孔43が形成されたこはぜプレート41と、軸方向に沿って延び、長孔43に周方向に沿って変位可能に挿通された軸50と、軸50に支持され、かつこはぜプレート41に対して軸50を中心に回動可能に配置され、角穴車30と噛み合う爪部62を有するこはぜ体60と、を備える。この構成によれば、ぜんまい23の巻き上げを停止した場合に、こはぜ体60の回動とともに長孔43の長さ分だけ角穴車30の逆転が許容されるので、ぜんまい23の過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制できる。
【0066】
そして、支持部材10とは別体に設けられたこはぜプレート41に、こはぜ体60の回動を案内する長孔43が形成されているので、こはぜ体60および軸50が回動する際に支持部材10に摺接することを抑制できる。このため、支持部材10に対して材質変更や表面処理等を行うことなく、こはぜ体60の回動に対するムーブメント9の耐摩耗性を向上させることができる。したがって、ぜんまい23の過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制できるムーブメント9において、支持部材10の外観を悪化させることなく部品の摩耗を抑制できる。
【0067】
さらに、こはぜプレート41、軸50およびこはぜ体60をこはぜユニット40として設けることができるので、こはぜユニット40に削れが発生した際には、支持部材10を交換することなく、こはぜユニット40の交換により損耗した部品を交換できる。したがって、アフターサービス性を向上させることができる。
【0068】
さらに、軸50が長孔43内を移動することでこはぜ体60が軸線O回りを回動するので、こはぜ体に負荷がかかった際のアオリが長孔内での軸の最大傾斜角度によって制限される。したがって、こはぜ体60のエッジが周辺の部材に接触して摩耗が生じることを抑制できる。
【0069】
こはぜプレート41の降伏応力は、香箱受12の降伏応力よりも大きい。この構成によれば、こはぜプレート41を香箱受12よりも高い硬度を有して摩耗しにくくすることができる。これにより、こはぜプレート41に代えて香箱受に長孔を形成した構成と比較して、こはぜ体60の軸線O回りの回動に対するムーブメント9の耐摩耗性を向上させることができる。
【0070】
こはぜ体60に摺接する突出部42の上面42a、および軸50に摺接する長孔43の側壁面43aに、こはぜプレート41の母材よりも耐摩耗性の高い処理層が設けられている。この構成によれば、突出部42の上面42a、および長孔43の側壁面43aがこはぜプレート41の母材表面により形成される構成と比較して、こはぜ体60の軸線O回りの回動に対するムーブメント9の耐摩耗性を向上させることができる。
【0071】
軸50は、こはぜ体60との間にこはぜプレート41を挟む鍔部56を有する。この構成によれば、こはぜ体60および軸50がこはぜプレート41に対して所定の姿勢から傾くことを抑制できる。これにより、本来は他の部材に摺接しないエッジによってこはぜ体60、軸50、こはぜプレート41および角穴車30が摩耗することを抑制できる。
【0072】
鍔部56のこはぜ体60側を向く端面57の外周部には、径方向の外側に向かうに従い軸方向に沿ってこはぜプレート41から離れる側に延びる曲面部57bが全周にわたって形成されている。この構成によれば、仮に軸50がこはぜプレート41に対して所定の姿勢から傾いても、鍔部56の端面57の外周縁の角がこはぜプレート41に接触することを抑制できる。したがって、軸50およびこはぜプレート41の摩耗をより確実に抑制できる。
【0073】
こはぜバネ70は、爪部62が角穴車30と噛み合ってこはぜ体60が回動する状態の少なくとも一部で、こはぜ体60に対して隙間を有している。この構成によれば、こはぜバネがこはぜ体に対して常時隙間を有していない構成と比較して、こはぜ体60が回動する際のこはぜバネ70への摺動距離を短くすることができる。したがって、こはぜ体60およびこはぜバネ70の摩耗を抑制できる。
【0074】
ムーブメント9は、こはぜバネ70のこはぜ体60側の接近を規制する位置決め部80をさらに備える。こはぜバネ70は片持ち支持されており、位置決め部80は平面方向に張り出してこはぜバネ70の軸方向の変位を規制する規制部81を有する。この構成によれば、こはぜバネ70を常時付勢状態で位置決め部80に接触させることで、こはぜバネ70とこはぜ体60との隙間のばらつきを抑制でき、こはぜ体60の動作を安定させることができる。さらに、落下等の衝撃により片持ち支持されたこはぜバネ70が撓もうとした場合に、規制部81によりこはぜバネ70の変位を規制できる。したがって、こはぜバネ70がこはぜ体60に対する所定の位置から外れることを抑制できる。
【0075】
円筒ネジ17の上端縁は、ガイドピン16の上端縁よりも下側にある。この構成によれば、こはぜバネ70を香箱受12に装着するにあたって、バネ部76を位置決め部80の規制部81の下側に潜り込ませるようにこはぜバネ70を傾ける際に、円筒ネジ17およびガイドピン16それぞれの上端縁の位置をこはぜバネ70の傾斜に合わせることができる。すなわち、ガイドピン16の上端縁に対してガイドピン16よりも固定部71寄りに配置された円筒ネジ17の上端縁が下側に配置されるので、バネ部76が固定部71よりも下側に位置するように傾けたこはぜバネ70の下面に円筒ネジ17およびガイドピン16それぞれの上端縁が沿うように配置される。これにより、こはぜバネ70を香箱受12に装着する際にこはぜバネ70を傾ける角度が大きくなることを抑制できる。したがって、組み立て容易なムーブメント9が得られる。
【0076】
[第2実施形態]
次に、
図11を参照して、第2実施形態について説明する。第1実施形態はこはぜプレート41が香箱受12に締結されている。これに対して第2実施形態は、こはぜプレート141が地板11に締結されている点で、第1実施形態とは異なる。なお、以下で説明する以外の構成は、第1実施形態と同様である。
【0077】
図11は、第2実施形態のムーブメントの断面図である。
図11に示すように、こはぜプレート141は、地板11および香箱受12に挟まれた被保持部141aと、被保持部141aから平面方向に延びた延出部141bと、を備える。被保持部141aは、軸方向から見た場合に香箱車20の外側に配置されている。被保持部141aは、上側から挿通されたネジによって地板11に締結固定されている。延出部141bは、被保持部141aから香箱受12の下面に沿って角穴車30側に延びている。延出部141bは、軸方向から見た場合に香箱車20および貫通部14と重なるように配置されている。延出部141bには、突出部42および長孔43が形成されている。
【0078】
本実施形態では、第1実施形態と同様の効果を奏する。これに加え、本実施形態では、こはぜプレート141が基準面(基準点)を持つ地板11に固定されるので、こはぜユニット40の位置精度を向上させることができる。
【0079】
[第3実施形態]
次に、
図12を参照して、第3実施形態について説明する。第2実施形態は、こはぜプレート141が地板11に直接締結されている。これに対して第3実施形態は、こはぜプレート241が支持部材10に締結されていない点で、第2実施形態とは異なる。なお、以下で説明する以外の構成は、第2実施形態と同様である。
【0080】
図12は、第3実施形態のムーブメントの断面図である。
図12に示すように、こはぜプレート241は、被保持部141aおよび延出部141bを備える。被保持部141aは、地板11に対して平面方向の位置決めがなされた状態で、地板11および香箱受12を互いに締結する力によって地板11および香箱受12の間に保持されている。
【0081】
本実施形態では、第1実施形態と同様の効果を奏する。これに加え、本実施形態では、こはぜプレート141が基準面(基準点)を持つ地板11に位置決めされるので、こはぜユニット40の位置精度を向上させることができる。
【0082】
[第4実施形態]
次に、
図13および
図14を参照して、第4実施形態について説明する。第1実施形態では、軸50およびこはぜ体60が互いに別部材として形成されている。これに対して第4実施形態では、軸本体352およびこはぜ体360が一体に形成されている点で、第1実施形態とは異なる。なお、以下で説明する以外の構成は、第1実施形態と同様である。
【0083】
図13は、第4実施形態のこはぜユニットの分解斜視図である。
図14は、第4実施形態のこはぜユニットの断面図である。
図13および
図14に示すように、こはぜユニット40は、軸50およびこはぜ体60に代えて、軸350およびこはぜ体360を備える。軸350は、こはぜ体360と一体に形成された軸本体352と、軸本体352に外挿されたブッシュ54と、を備える。ブッシュ54は、圧入によって軸本体352に固定されている。ただし、ブッシュ54は、接着等の圧入以外の方法で軸本体352に固定されていてもよい。ブッシュ54の上端縁は、こはぜ体360の下面360aに対して軸方向に隙間を有している。ただし、ブッシュ54の上端縁は、こはぜ体360の下面360aに当接していてもよい。鍔部56のこはぜ体360側を向く軸方向の端面57は、こはぜ体360が突出部42の上面42aに着座した状態で、プレート凹部44の底面に対して軸方向に隙間を有していることが望ましい。端面57とプレート凹部44の底面との軸方向の隙間は、第1実施形態と同様に設定されることが望ましい。
【0084】
本実施形態では、第1実施形態と同様の効果を奏する。これに加え、本実施形態では、こはぜ体360および軸本体352が一体に形成されているので、こはぜ体および軸本体が互いに別体に設けられている構成と比較して、部品点数を削減することができる。
【0085】
[第5実施形態]
次に、
図15および
図16を参照して、第5実施形態について説明する。第1実施形態では、軸50が長孔43の側壁面43aに摺接する。これに対して第5実施形態では、軸450と長孔43の側壁面43aとの間にスペーサ458が介在している点で、第1実施形態とは異なる。なお、以下で説明する以外の構成は、第1実施形態と同様である。
【0086】
図15は、第5実施形態のこはぜユニットの分解斜視図である。
図16は、第5実施形態のこはぜユニットの断面図である。
図15および
図16に示すように、こはぜユニット40は、軸50に代えて、軸450を備える。軸450は、単体の部材である。軸450は、上半部450aが下半部450bよりも縮径された段付き円柱状に形成されている。上半部450aは、こはぜプレート41よりも上側に突出している。上半部450aは、突出部42の上面42aに着座したこはぜ体60の軸孔61に圧入されている。下半部450bの上端面は、こはぜ体60の下面60aに接触している。下半部450bは、長孔43の内側に配置されている。下半部450bの外径は、長孔43の幅よりも小さい。軸450の下端部には、鍔部456が設けられている。鍔部456のこはぜ体60側を向く軸方向の端面は、プレート凹部44の底面に対して軸方向に隙間を有している。鍔部456の端面とプレート凹部44の底面との軸方向の隙間は、第1実施形態と同様に設定されることが望ましい。
【0087】
こはぜユニット40は、スペーサ458をさらに備える。スペーサ458は、金属材料により形成されている。スペーサ458は、円筒状に形成されている。スペーサ458の内周面および外周面は、それぞれ一定の径で軸方向に延びている。スペーサ458は、軸450の下半部450bに外挿されている。スペーサ458の内径は、軸450の下半部450bの外径よりも大きい。これにより、スペーサ458は、軸450に対して回転可能となっている。スペーサ458は、こはぜ体60と鍔部456との間に配置されている。スペーサ458の外周面は、長孔43の側壁面43aに直接対向し、長孔43の側壁面43aに摺接する。スペーサ458の外径は、長孔43の幅よりも小さい。スペーサ458のうち他の部品に摺接する箇所には、スペーサ458の母材よりも耐摩耗性の高い処理層が設けられている。
【0088】
本実施形態では、第1実施形態と同様の効果を奏する。これに加え、本実施形態では、軸450が長孔43内を周方向に変位する際に、軸450に外挿されたスペーサ458を自転させて長孔43の側壁面43a上で転動させることができる。これにより、軸が長孔43の側壁面43aに摺接する構成と比較して、軸450の周方向の変位に伴う摺動抵抗を低減できる。したがって、こはぜ体60をスムーズに動作させることができる。
【0089】
[第6実施形態]
次に、
図17および
図18を参照して、第6実施形態について説明する。第5実施形態では、軸450に対して回転可能なスペーサ458が長孔43の側壁面43aに摺接する。これに対して第6実施形態では、軸450の外周面に圧入された円筒状の貴石558が長孔43の側壁面43aに摺接する点で、第5実施形態とは異なる。なお、以下で説明する以外の構成は、第5実施形態と同様である。
【0090】
図17は、第6実施形態のこはぜユニットの分解斜視図である。
図18は、第6実施形態のこはぜユニットの断面図である。
図17および
図18に示すように、貴石558は、例えばルビーやジルコニア等である。貴石558は、軸450に固定されている。貴石558は、軸450の下半部450bの外周面に圧入されている。貴石558の外周面は、長孔43の側壁面43aに摺接する。貴石558の外径は、長孔43の幅よりも小さい。
【0091】
本実施形態では、第1実施形態と同様の効果を奏する。これに加え、本実施形態では、軸450が長孔43内を周方向に変位する際に、軸450に外挿された貴石558を長孔43の側壁面43a上で摺動させることができる。これにより、軸が長孔43の側壁面43aに摺接する構成と比較して、軸450の周方向の変位に伴う摺動抵抗を低減できる。したがって、こはぜ体60をスムーズに動作させることができる。
【0092】
[第7実施形態]
次に、
図19および
図20を参照して、第7実施形態について説明する。第1実施形態では、こはぜ体60がこはぜプレート41の突出部42に直接着座している。これに対して第7実施形態では、こはぜ体60が座659を介して突出部42に着座している点で、第1実施形態とは異なる。なお、以下で説明する以外の構成は、第1実施形態と同様である。
【0093】
図19は、第7実施形態のこはぜユニットの分解斜視図である。
図20は、第7実施形態のこはぜユニットの断面図である。
図19および
図20に示すように、こはぜユニット40は、座659を備える。座659は、金属材料やセラミックス等により形成されている。座659は、円環板状に形成されている。座659は、軸本体52に上側から外挿されている。座659は、こはぜ体60の下面60aと突出部42の上面42aとの間に介在している。座659の外径は、突出部42の上面42aの幅よりも小さい。座659の内径は、軸本体52のフランジ52aの外径よりも小さい。図示の例では、座659は、フランジ52aとこはぜ体60に挟まれた状態で、突出部42に接触している。座659のうち他の部品に摺接する箇所には、座659の母材よりも耐摩耗性の高い処理層が設けられていてもよい。
【0094】
本実施形態では、第1実施形態と同様の効果を奏する。これに加え、本実施形態では、こはぜ体60の回動に伴ってこはぜプレート41に摺動する箇所が、こはぜ体60に代えて座659に設けられる。これにより、こはぜ体60に対して材質変更や表面処理等を行うことなく、こはぜ体60の回動および揺動に対するムーブメント9の耐摩耗性を向上させることができる。
【0095】
なお、座659の下面には、第1実施形態のブッシュ54の鍔部56の端面57と同様に、径方向の外側に向かうに従い軸方向に沿ってこはぜプレート41から離れる側に延びる曲面部が全周にわたって形成されていてもよい。この構成によれば、仮に軸50がこはぜプレート41に対して所定の姿勢から傾いても、座659の下面の外周縁の角がこはぜプレート41に接触することを抑制できる。したがって、こはぜプレート41の摩耗をより確実に抑制できる。
【0096】
なお、本発明は、図面を参照して説明した上述の実施形態に限定されるものではなく、その技術的範囲において様々な変形例が考えられる。
例えば、上記実施形態では、角穴車30が香箱受12に対して地板11とは反対側(上側)に配置されているが、この構成に限定されない。角穴車は、地板と香箱受との間に配置されていてもよい。この場合には、こはぜ体を地板と香箱受との間に配置してもよい。
【0097】
上記実施形態では、位置決め部80は、平面方向に張り出した規制部81を備えているが、この構成に限定されない。位置決め部は、規制部81を備えていなくてもよい。この場合、位置決め部は、香箱受12と一体に形成されていてもよい。
【0098】
上記実施形態では、位置決め部80が香箱受12に形成された円孔と同軸に形成されているが、この構成に限定されない。位置決め部は偏心ピンであってもよい。すなわち、位置決め部は、香箱受12の円孔の中心軸線に対して偏心した偏心軸部を備えていてもよい。この場合、偏心軸部の外周面にバネ部76を当接させることで、香箱受12に対する位置決め部の角度によってバネ部76の撓み変形量を調整できる。したがって、こはぜ体60に対するバネ部76の摺接面77の位置調整を容易に行うことができる。
【0099】
その他、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、上記した実施の形態における構成要素を周知の構成要素に置き換えることは適宜可能であり、また、上述した各実施形態および各変形例を適宜組み合わせてもよい。例えば、第2実施形態または第3実施形態の構成を、他の実施形態に組み合わせてもよい。
【符号の説明】
【0100】
1…時計 9…ムーブメント 10…支持部材 11…地板(支持部材) 12…香箱受(支持部材、一部の支持部材) 23…ぜんまい 30…角穴車 41,141,241…こはぜプレート 42a…上面(摺接部) 43…長孔 43a…側壁面(摺接部) 50,350,450…軸 56…鍔部 57…端面 57b…曲面部 60,360…こはぜ体 62…爪部 70…こはぜバネ 80…位置決め部 81…規制部 458…スペーサ 659…座 O…軸線