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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024124909
(43)【公開日】2024-09-13
(54)【発明の名称】時計用ムーブメントおよび時計
(51)【国際特許分類】
   G04B 11/02 20060101AFI20240906BHJP
【FI】
G04B11/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023032888
(22)【出願日】2023-03-03
(71)【出願人】
【識別番号】502366745
【氏名又は名称】セイコーウオッチ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(72)【発明者】
【氏名】田中 佑弥
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 重男
(57)【要約】
【課題】ぜんまいの過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制するとともに、ムーブメントの外観を悪化させることなく部品の摩耗を抑制できる時計用ムーブメントを提供する。
【解決手段】ムーブメントは、ぜんまいを巻き上げ可能に設けられた角穴車30と、角穴車30を回転軸線O回りに回転可能に支持する香箱受12と、香箱受12に対して変位不能に配置され、回転軸線Oを中心とする周方向に沿って延びるガイド溝43が形成されたスライダ座41と、回転軸線Oの軸方向に沿って延びる中心軸線Pを有し、ガイド溝43に挿入されているとともにガイド溝43に沿って回転軸線Oを中心として変位するピン50と、スライダ座41に沿って配置され、ピン50を保持するスライダ60と、ピン50に支持され、香箱受12に対して中心軸線Pを中心に回動可能に配置され、角穴車30と噛み合う爪部72を有するこはぜ体70と、を備える。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ぜんまいを巻き上げ可能に設けられた角穴車と、
前記角穴車を回転軸線回りに回転可能に支持する香箱受と、
前記香箱受に対して変位不能に配置され、前記回転軸線を中心とする周方向に沿って延びるガイド溝が形成されたスライダ座と、
前記回転軸線の軸方向に沿って延びる中心軸線を有し、前記ガイド溝に挿入されているとともに前記ガイド溝に沿って前記回転軸線を中心として変位するピンと、
前記スライダ座に沿って配置され、前記ピンを保持するスライダと、
前記ピンに支持され、前記香箱受に対して前記中心軸線を中心に回転可能に配置され、前記角穴車と噛み合う爪部を有するこはぜ体と、
を備える時計用ムーブメント。
【請求項2】
前記スライダは、前記香箱受と前記スライダ座との間に配置されている、
請求項1に記載の時計用ムーブメント。
【請求項3】
前記こはぜ体は、前記ピンに回転可能に支持されている、
請求項1に記載の時計用ムーブメント。
【請求項4】
前記香箱受および前記スライダ座の一方には、前記軸方向から見て前記ガイド溝に沿って延びる副ガイド溝が形成され、
前記スライダは、前記副ガイド溝に挿入されて前記副ガイド溝の内側を前記ガイド溝の延在方向に沿って変位可能な回転止めを有し、前記回転止めが前記副ガイド溝の幅方向の変位を規制されることで、前記ピンが前記回転軸線を中心として変位する場合に前記中心軸線回りの回転を規制されている、
請求項1に記載の時計用ムーブメント。
【請求項5】
前記こはぜ体は、前記スライダに対して回転不能に設けられている、
請求項4に記載の時計用ムーブメント。
【請求項6】
前記ピンは、前記スライダと一体に形成されている、
請求項1に記載の時計用ムーブメント。
【請求項7】
前記スライダ座の降伏応力は、前記香箱受の降伏応力よりも大きい、
請求項1に記載の時計用ムーブメント。
【請求項8】
前記ピンは、前記ガイド溝の前記周方向の端部で前記スライダ座に当接して前記周方向の移動を規制される、
請求項1に記載の時計用ムーブメント。
【請求項9】
前記こはぜ体の外側に配置され、前記爪部を前記角穴車に向けて付勢するように前記こはぜ体を押圧可能に設けられたこはぜバネと、
前記こはぜバネの前記こはぜ体側の接近を規制する位置決め部と、
をさらに備え、
前記こはぜバネは、片持ち支持され、
前記位置決め部は、前記軸方向に直交する方向に張り出して前記こはぜバネの前記軸方向の変位を規制する規制部を有する、
請求項1に記載の時計用ムーブメント。
【請求項10】
前記ピンに外挿され、前記ピンと前記こはぜ体との間に介在する第1スペーサをさらに備える、
請求項1に記載の時計用ムーブメント。
【請求項11】
前記ガイド溝の内側で前記ピンに外挿された第2スペーサをさらに備える、
請求項1に記載の時計用ムーブメント。
【請求項12】
請求項1から請求項11のいずれか1項に記載の時計用ムーブメントを備える時計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時計用ムーブメントおよび時計に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、機械式時計のムーブメントは、動力ぜんまいが収容された香箱車と、ぜんまいを巻き上げる角穴車と、角穴車を回転させる巻上輪列と、を備えている。角穴車には、巻き上げたぜんまいの巻き解けを防止するために、角穴車の逆転を規制するこはぜが係合する。さらに、ぜんまいの過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制するために、ぜんまいを巻き上げる角穴車の回転を停止した際に、角穴車をある程度逆転させてぜんまいを緩める機構がムーブメントに設けられる場合がある(例えば、特許文献1参照)。特許文献1には、角穴車と噛み合うこはぜを、角穴車の回転により地板または受に形成された長孔に沿って揺動する歯車とし、角穴車の一方向の回転時にこはぜが片側揺動端のストッパーで回転止められるぜんまい巻き上げ機構が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】実開昭52-166555号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に開示されたぜんまい巻き上げ機構では、角穴車の回転によりこはぜが長孔に沿って移動する際に、長孔の側壁面に高速で摺動するので、長孔の側壁面に摩耗が生じる可能性がある。一方で、長孔が形成される地板または受に耐摩耗性を向上させる表面処理を施すと、ムーブメントの外観が悪化する可能性がある。したがって、ぜんまいの過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制できる時計用ムーブメントにおいては、ムーブメントの外観を悪化させることなく部品の摩耗を抑制するという課題がある。
【0005】
そこで本発明は、ぜんまいの過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制するとともに、ムーブメントの外観を悪化させることなく部品の摩耗を抑制できる時計用ムーブメント、およびその時計用ムーブメントを備えた時計を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様に係る時計用ムーブメントは、ぜんまいを巻き上げ可能に設けられた角穴車と、前記角穴車を回転軸線回りに回転可能に支持する香箱受と、前記香箱受に対して変位不能に配置され、前記回転軸線を中心とする周方向に沿って延びるガイド溝が形成されたスライダ座と、前記回転軸線の軸方向に沿って延びる中心軸線を有し、前記ガイド溝に挿入されているとともに前記ガイド溝に沿って前記回転軸線を中心として変位するピンと、前記スライダ座に沿って配置され、前記ピンを保持するスライダと、前記ピンに支持され、前記香箱受に対して前記中心軸線を中心に回転可能に配置され、前記角穴車と噛み合う爪部を有するこはぜ体と、を備える。
【0007】
第1の態様によれば、ぜんまいを巻き上げる際に角穴車を回転させると、爪部を介してこはぜ体に角穴車の回転方向の力が加わる。ここでこはぜ体は、ピンに支持されているので、ガイド溝に案内されてガイド溝内を移動するピンとともに、回転軸線回りを角穴車と同一方向に回動する。ぜんまいの巻き上げを停止すると、ぜんまいの巻き解けの復元力により角穴車には巻き上げ時の回転方向とは反対方向のトルクが作用する。すると、角穴車が逆転し始める。この際、こはぜ体は、角穴車の逆転に伴ってピンとともに回転軸線回りを角穴車と同一方向に回動する。このように、ぜんまいの巻き上げを停止した場合に、こはぜ体の回動とともにガイド溝の長さ分だけ角穴車の逆転が許容されるので、ぜんまいの過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制できる。
そして、スライダ座にこはぜ体の回転軸線回りの回動を案内するガイド溝が形成されているので、こはぜ体およびピンが回転軸線回りに回動する際に香箱受に摺接することを抑制できる。このため、香箱受に対して材質変更や表面処理等を行うことなく、こはぜ体の回転軸線回りの回動に対する時計用ムーブメントの耐摩耗性を向上させることができる。しかも、ピンを保持するスライダがスライダ座に沿って配置されているので、ピンがスライダ座に対して傾くことを抑制され、ピンに支持されたこはぜ体が意図せず香箱受に摺接することを抑制できる。したがって、ぜんまいの過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制できる時計用ムーブメントにおいて、その外観を悪化させることなく部品の摩耗を抑制できる。
さらに、スライダ座、ピン、スライダおよびこはぜ体をユニット化できるので、そのユニットに削れが発生した際には、香箱受を交換することなく、ユニットの交換により損耗した部品を交換できる。したがって、アフターサービス性を向上させることができる。
【0008】
本発明の第2の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第1の態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記スライダは、前記香箱受と前記スライダ座との間に配置されていてもよい。
【0009】
第2の態様によれば、スライダがピンの回動に伴って香箱受およびスライダ座に対して摺動する箇所が香箱受とスライダ座との間に位置する。これにより、香箱受とスライダとの摺動箇所、およびスライダ座とスライダとの摺動箇所に注油しても、油が時計用ムーブメントの外表面に染み出ることを抑制できる。したがって、時計用ムーブメントの外観の悪化を抑制できる。
【0010】
本発明の第3の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第1の態様または第2の態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記こはぜ体は、前記ピンに回転可能に支持されていてもよい。
【0011】
第3の態様によれば、こはぜ体がピンの中心軸線を中心に回転する際に生じる摺動箇所がこはぜ体およびピンの接触部に発生する。これにより、こはぜ体が回転軸線回りに回動する際に生じる摺動箇所と、こはぜ体がピンの中心軸線を中心に回転する際に生じる摺動箇所と、を別箇所にすることができる。したがって、ぜんまいの巻き上げに関する動作時に発生する摺動箇所を分散させて部品の摩耗を抑制できる。
【0012】
本発明の第4の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第1の態様から第3の態様のいずれかの態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記香箱受および前記スライダ座の一方には、前記軸方向から見て前記ガイド溝に沿って延びる副ガイド溝が形成され、前記スライダは、前記副ガイド溝に挿入されて前記副ガイド溝の内側を前記ガイド溝の延在方向に沿って変位可能な回転止めを有し、前記回転止めが前記副ガイド溝の幅方向の変位を規制されることで、前記ピンが前記回転軸線を中心として変位する場合に前記中心軸線回りの回転を規制されていてもよい。
【0013】
第4の態様によれば、ピンが回転軸線回りを回動する場合にスライダがピンの中心軸線を中心に回転することを抑制できる。これにより、スライダに所望の姿勢で回転軸線回りを回動させることができる。したがって、ぜんまいの巻き上げに関する動作時に、意図しない摺動箇所が発生することを抑制できる。
【0014】
本発明の第5の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第4の態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記こはぜ体は、前記スライダに対して回転不能に設けられていてもよい。
【0015】
第5の態様によれば、ピンが回転軸線回りを回動する場合にこはぜ体がピンを中心に回転することを抑制できる。これにより、こはぜ体が不要なタイミングでピンを中心に回転することで、周囲の部品に対して必要以上に大きな力で接触して摩耗が生じることを抑制できる。
【0016】
本発明の第6の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第1の態様から第5の態様のいずれかの態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記ピンは、前記スライダと一体に形成されていてもよい。
【0017】
第6の態様によれば、ピンがスライダとは別体に設けられた構成と比較して部品点数を削減でき、時計用ムーブメントの組立性を向上させることができる。
【0018】
本発明の第7の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第1の態様から第6の態様のいずれかの態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記スライダ座の降伏応力は、前記香箱受の降伏応力よりも大きくてもよい。
【0019】
第7の態様によれば、スライダ座を香箱受よりも高い硬度を有して摩耗しにくくすることができる。これにより、スライダ座に代えて香箱受にピンの回転軸線回りの回動を案内する溝等を形成した構成と比較して、こはぜ体の回転軸線回りの回動に対する時計用ムーブメントの耐摩耗性を向上させることができる。
【0020】
本発明の第8の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第1の態様から第7の態様のいずれかの態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記ピンは、前記ガイド溝の前記周方向の端部で前記スライダ座に当接して前記周方向の移動を規制されていてもよい。
【0021】
第8の態様によれば、こはぜ体の回転軸線回りの回動範囲を、別の部品を用いることなく、ピンおよびスライダ座により規定することができる。したがって、部品点数の増加および組立性の悪化を抑制しつつ、上記の作用効果を奏する時計用ムーブメントが得られる。
【0022】
本発明の第9の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第1の態様から第8の態様のいずれかの態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記こはぜ体の外側に配置され、前記爪部を前記角穴車に向けて付勢するように前記こはぜ体を押圧可能に設けられたこはぜバネと、前記こはぜバネの前記こはぜ体側の接近を規制する位置決め部と、をさらに備え、前記こはぜバネは、片持ち支持され、前記位置決め部は、前記軸方向に直交する方向に張り出して前記こはぜバネの前記軸方向の変位を規制する規制部を有していてもよい。
【0023】
第9の態様によれば、こはぜバネを常時付勢状態で位置決め部に接触させることで、こはぜバネとこはぜ体との隙間のばらつきを抑制でき、こはぜ体の動作を安定させることができる。さらに、落下等の衝撃により片持ち支持されたこはぜバネが撓もうとした場合に、規制部によりこはぜバネの変位を規制できる。したがって、こはぜバネがこはぜ体に対する所定の位置から外れることを抑制できる。
【0024】
本発明の第10の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第1の態様から第9の態様のいずれかの態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記ピンに外挿され、前記ピンと前記こはぜ体との間に介在する第1スペーサをさらに備えていてもよい。
【0025】
第10の態様によれば、こはぜ体がピンに摺接する構成と比較して、こはぜ体の中心軸線回りの回転に伴う摺動抵抗を低減できる。したがって、こはぜ体をスムーズに動作させることができる。また、ピンおよびこはぜ体の摩耗を抑制できる。
【0026】
本発明の第11の態様に係る時計用ムーブメントは、上記第1の態様から第10の態様のいずれかの態様に係る時計用ムーブメントにおいて、前記ガイド溝の内側で前記ピンに外挿された第2スペーサをさらに備えていてもよい。
【0027】
第11の態様によれば、こはぜ体がピンとともに回転軸線回りを回動する際にスペーサをガイド溝の壁面に摺接させることができ、ピンがガイド溝の壁面に直接摺接する構成と比較して、ピンおよびスライダ座の摩耗を抑制できる。
【0028】
本発明の第12の態様に係る時計は、上記第1の態様から第11の態様のいずれかの態様に係る時計用ムーブメントを備える。
【0029】
第11の態様によれば、優れた外観および精度を有し、かつ部品の摩耗が抑制された信頼性の高い時計を提供できる。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、ぜんまいの過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制するとともに、ムーブメントの外観を悪化させることなく部品の摩耗を抑制できる時計用ムーブメント、およびその時計用ムーブメントを備えた時計を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】第1実施形態の時計の外観図である。
図2】第1実施形態のムーブメントを上側から見た平面図である。
図3図2のIII-III線における断面図である。
図4】第1実施形態の香箱受およびこはぜユニットの分解斜視図である。
図5】第1実施形態のこはぜユニットの斜視図である。
図6】第1実施形態のこはぜユニットの分解斜視図である。
図7】第1実施形態の角穴車の周辺を拡大して示すムーブメントの平面図である。
図8図7のVIII-VIII線における断面図である。
図9】第1実施形態のこはぜユニットの動作を示すムーブメントの平面図である。
図10】第2実施形態のスライダおよびピン本体の縦断面図である。
図11】第3実施形態のムーブメントの断面図であって、図3に相当する断面の拡大図である。
図12】第3実施形態のスライダ座を示す平面図である。
図13】第3実施形態の角穴車の周辺を拡大して示すムーブメントの平面図である。
図14】第4実施形態のムーブメントの断面図であって、図3に相当する断面の拡大図である。
図15】第5実施形態のこはぜユニットの一部を示す断面図である。
図16】第6実施形態のこはぜユニットを示す断面図である。
図17】第7実施形態のこはぜユニットの一部を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。なお以下の説明では、同一または類似の機能を有する構成に同一の符号を付す。そして、それら構成の重複する説明は省略する場合がある。本実施形態では、時計の一例として機械式時計を例に挙げて説明する。
【0033】
一般に、時計の駆動部分を含む機械体を「ムーブメント」と称する。このムーブメントに文字板、針を取り付けて、時計ケースの中に入れて完成品にした状態を時計の「コンプリート」と称する。針の回転軸線方向を軸方向と称する。軸方向のうち、時計の基板である地板からケース裏蓋側に向かう方向を上側、その反対側を下側として説明する。軸方向に直交する方向を平面方向と称する。なお、本実施形態では、軸方向に沿う軸線回りに変位する部材の回転方向について、上側から見た方向で説明する。
【0034】
[第1実施形態]
図1は、第1実施形態の時計の外観図である。
図1に示すように、本実施形態の時計1のコンプリートは、図示しないケース裏蓋及びガラス2からなる時計ケース3内に、ムーブメント9(時計用ムーブメント)と、文字板4と、時針5、分針6及び秒針7を含む指針と、を備えている。時計1は、手動によってぜんまい23(図3参照)の巻き上げが可能となっており、りゅうず8を回転させることで、手動巻輪列を介してぜんまい23が巻き上げられる。
【0035】
図2は、第1実施形態のムーブメントを上側から見た平面図である。図3は、図2のIII-III線における断面図である。
図2および図3に示すように、ムーブメント9は、支持部材10と、香箱車20と、角穴車30と、こはぜユニット40と、こはぜバネ80と、位置決め部90と、を備えている。なお、ムーブメント9は、香箱車20や二番車、三番車、四番車等を含む表輪列、およびてんぷやがんぎ車、アンクル等を含む脱進・調速機構を備えているが、詳細な説明は省略する。
【0036】
支持部材10は、いわゆる地板11および受である。支持部材10は、ムーブメント9が有する回転体を支持する。回転体は、香箱車20や表輪列、脱進・調速機構等を含む。支持部材10は、地板11と、地板11よりも上側(ケース裏蓋側)に配置された香箱受12と、を備える。地板11および香箱受12は、香箱車20を軸方向に延びる回転軸線O回りに回転可能に支持している。地板11および香箱受12は、金属材料により形成されている。本実施形態では、地板11および香箱受12は、真鍮により形成されている。
【0037】
図4は、第1実施形態の香箱受およびこはぜユニットの分解斜視図である。
図4に示すように、香箱受12の上面には、下側に窪む凹部13と、香箱受12を貫通する貫通部14と、が形成されている。凹部13は、角穴車30を収容する角穴車収容部13aと、角穴車収容部13aに連なり、後述するこはぜ体70を収容するこはぜ収容部13bと、を備える。貫通部14は、香箱受12を軸方向に貫通している。貫通部14は、こはぜ収容部13bの底面に開口している。
【0038】
香箱受12には、ガイドピン16および円筒ネジ17が設けられている。ガイドピン16および円筒ネジ17は、角穴車収容部13aよりもムーブメント9の外周寄り、かつ貫通部14よりも回転軸線Oを中心として時計回り方向の位置に配置されている。ガイドピン16および円筒ネジ17は、それぞれ香箱受12とは別体に設けられ、香箱受12に形成されたピン穴に保持されている。ただし、ガイドピン16および円筒ネジ17は、香箱受12と一体に形成されていてもよい。ガイドピン16は、円柱状に形成されている。ガイドピン16および円筒ネジ17は、軸方向に沿って香箱受12から上側に突出している。ガイドピン16は、円筒ネジ17に対して回転軸線Oを中心として時計回り方向に配置されている。円筒ネジ17の上端縁は、ガイドピン16の上端縁よりも下側にある。円筒ネジ17には、止めネジ18が上側から螺合する。
【0039】
図3に示すように、香箱車20は、香箱真21と、香箱真21に取り付けられた香箱22と、香箱22に収容されたぜんまい23と、を有している。香箱真21は、地板11と、香箱受12と、により回転軸線O回りに回転可能に支持されている。香箱22は、地板11と香箱受12との間に配置されている。香箱22は、香箱真21に回転可能に支持されている。ぜんまい23の内側端部は、香箱真21に接続されている。ぜんまい23の外側端部は、香箱22の内周面に接続されている。ぜんまい23は、香箱真21が回転することで、巻き上げられる。香箱22は、ぜんまい23が巻き解ける際の復元力により回転し、表輪列を駆動する。
【0040】
図2および図3に示すように、角穴車30は、香箱車20と同軸上に配置されている。角穴車30は、香箱真21に一体回転可能に設けられている。角穴車30は、香箱真21を介して香箱受12に回転可能に支持されている。角穴車30は、香箱受12を挟んで香箱22とは反対側(すなわち上側)に配置されている。角穴車30は、角穴車収容部13aに配置されている。角穴車30は、時計回り方向に香箱真21と一体で回転することにより、香箱22に収容されたぜんまい23を巻き上げる。角穴車30には、ぜんまい23が巻き解ける際の復元力により、反時計回り方向のトルクが作用している。角穴車30の外周部には、歯31が形成されている。角穴車30には、手動巻輪列が接続されている。図示の例では、角穴車30には、手動巻輪列の丸穴車の回転を角穴車30に伝達する中間車29が噛み合っている。
【0041】
図5は、第1実施形態のこはぜユニットの斜視図である。図6は、第1実施形態のこはぜユニットの分解斜視図である。
図5および図6に示すように、こはぜユニット40は、スライダ座41と、ピン50と、スライダ60と、こはぜ体70と、を備える。
【0042】
スライダ座41は、支持部材10とは別体に設けられている。スライダ座41は、表裏面を軸方向に向けた板状に形成されている。スライダ座41は、香箱受12を挟んで角穴車30とは反対側に配置されている。スライダ座41は、地板11と香箱受12との間に配置されている。スライダ座41は、軸方向から見た場合に香箱車20と重なるように配置されている。スライダ座41は、香箱受12よりも下側に突出しないように、香箱受12の下面に形成された凹部に配置されている。スライダ座41は、支持部材10に対して変位不能に配置されている。スライダ座41は、下側から挿通されたネジ42によって香箱受12に締結固定されている(図4参照)。
【0043】
スライダ座41には、回転軸線Oを中心とする周方向(以下、単に周方向と称する)に沿って延びるガイド溝43と、軸方向から見てガイド溝43に沿って延びる副ガイド溝44と、が形成されている。ガイド溝43および副ガイド溝44は、それぞれスライダ座41の上面に開口している。本実施形態では、ガイド溝43および副ガイド溝44は、それぞれスライダ座41を軸方向に貫通している。
【0044】
ガイド溝43は、一定の幅で延びている。ガイド溝43は、軸方向から見て香箱受12の貫通部14に重なっている。ガイド溝43の全体は、軸方向から見て貫通部14の側壁面の内側にある。副ガイド溝44は、軸方向から見て香箱受12の貫通部14に重ならない位置にある。副ガイド溝44は、ガイド溝43よりも回転軸線O寄りにある内側副ガイド溝44aと、ガイド溝43を挟んで内側副ガイド溝44aの反対側にある外側副ガイド溝44bと、を有する。内側副ガイド溝44aおよび外側副ガイド溝44bは、それぞれガイド溝43に対して間隔をあけて形成されている。内側副ガイド溝44aおよび外側副ガイド溝44bは、それぞれ一定の幅で周方向に沿って延びている。ガイド溝43および副ガイド溝44の側壁面は、それぞれ全周にわたって連続するように平滑に形成されている。
【0045】
ピン50は、軸方向に沿って延びる中心軸線Pを有する。ピン50は、香箱受12の貫通部14を貫通している。ピン50は、スライダ座41のガイド溝43に上方から挿入されている。ピン50は、スライダ座41から下方に突出しないように設けられている。ピン50は、ガイド溝43内をガイド溝43の延在方向に沿って移動可能とされており、ガイド溝43に沿って回転軸線Oを中心として回動する。ピン50は、ガイド溝43の周方向の端部でスライダ座41に当接することで、周方向の移動を規制される。ピン50は、ピン本体51と、ピン本体51に螺着されたこはぜネジ53と、を備える。
【0046】
ピン本体51は、香箱受12の貫通部14を貫通しており、香箱受12よりも上方にある上端、および香箱受12よりも下方にある下端を有する。ピン本体51は、香箱受12の貫通部14の側壁面に対して非接触である。ピン本体51は、円筒状に形成されている。ピン本体51の内周面には、雌ネジが形成されている。ピン本体51の下端部は、スライダ座41のガイド溝43に挿入されている。ピン本体51の下端部は、ガイド溝43に沿って変位可能である。ピン本体51の下端部には、径方向の外側に突出しているとともに全周にわたって連続して延びるフランジ52が形成されている。フランジ52は、中心軸線Pを中心とする円環状に形成されている。フランジ52は、ガイド溝43の内側に位置する。フランジ52の外径は、ガイド溝43の幅に略一致している。フランジ52は、全体にわたって一定の厚みを有する。
【0047】
こはぜネジ53は、ピン本体51の内側に香箱受12を挟んでスライダ座41の反対側から挿入されている。こはぜネジ53は、頭部54および軸部55を有する。軸部55の下部には、ピン本体51の雌ネジに螺合する雄ネジが形成されている。雄ネジと頭部54との間には、支持軸部55aが形成されている。支持軸部55aは、ピン本体51の上端面よりも上方に位置する。支持軸部55aは、中心軸線Pと同軸に形成されている。支持軸部55aは、平滑な外周面を有する。支持軸部55aの外径は、ピン本体51の上端部の外径、および頭部54の外径よりも小さい。
【0048】
スライダ60は、スライダ座41に沿って配置されている。スライダ60は、香箱受12とスライダ座41との間に配置されている。スライダ60は、板状のスライダ本体61と、スライダ本体61に突設された回転止め63と、を有する。
【0049】
スライダ本体61は、表裏面を軸方向に向けた板状に形成されている。スライダ本体61は、軸方向から見て香箱受12およびスライダ座41に重なっている。スライダ本体61には、ピン50が挿通されるピン孔62が形成されている。ピン孔62は、スライダ本体61を軸方向に貫通している。スライダ本体61は、ピン50がピン孔62に圧入されることにより、ピン50を相対変位不能に保持している。スライダ本体61は、ピン50のフランジ52の上面に接触している。スライダ本体61は、軸方向から見てピン孔62を中心とする半円状に形成され、反時計回り方向の部分が切り落とされた形状を有する。これにより、スライダ本体61は、ピン孔62から少なくとも時計回り方向かつ回転軸線O側に広がるように形成されている。ピン孔62を基準にした場合、時計回り方向かつ回転軸線O側は、軸方向から見てこはぜ体70と角穴車30との噛み合い箇所側に一致する。スライダ本体61は、ピン50がガイド溝43の時計回り方向の端部に位置する状態で、軸方向から見てピン孔62を基準にしてこはぜ体70と角穴車30との噛み合い箇所側に位置する部分がスライダ座41に重なるように形成されている。スライダ本体61の上面および下面のそれぞれは、面取りされている。面取りの種類は特に限定されず、例えば角面取りや丸面取りであってもよい。面取り部の曲率は、0[1/mm]より大きく、20[1/mm]以下であることが望ましい。
【0050】
回転止め63は、スライダ本体61からスライダ座41側に突出している。本実施形態では、回転止め63は、スライダ本体61とは別体に設けられ、スライダ本体61に形成された貫通孔に圧入されることでスライダ本体61に相対変位不能に支持されている。この場合、回転止め63は、スライダ本体61から香箱受12側に突出しないように配置されている。回転止め63は、各副ガイド溝44に1対1で対応して設けられている。回転止め63は、副ガイド溝44に挿入されている。回転止め63は、スライダ座41から下方に突出しないように配置されている。
【0051】
回転止め63は、円柱状に形成されている。回転止め63の外径は、副ガイド溝44の幅よりも小さい。回転止め63は、ピン50がスライダ座41のガイド溝43に沿って周方向に変位することに伴ってスライダ座41がピン50と一体に変位する際に、副ガイド溝44の内側をガイド溝43の延在方向に沿って変位可能である。回転止め63は、副ガイド溝44の側面に接触して副ガイド溝44の幅方向の変位を規制されることで、スライダ60およびピン50が中心軸線P回りに回転することを常時規制する。これにより、回転止め63は、ピン50およびスライダ60を周方向に沿って平行移動させる。回転止め43は、ピン50がガイド溝43の周方向の端部に位置するとき、副ガイド溝44の周方向の端部に位置し、それ以上の周方向の変位を規制される。ただし、回転止め63は、副ガイド溝44の幅内で変位できる範囲で、ピン50およびスライダ60の中心軸線P回りの回転を僅かに許容している。なお本実施形態において、周方向に沿った平行移動は、回転軸線Oを中心とした回転移動と実質的に同義である。
【0052】
こはぜ体70は、香箱受12に対して軸方向で角穴車30と同じ側に配置されている。こはぜ体70には、ピン50が挿入される軸孔71が形成されている。こはぜ体70は、こはぜネジ53の支持軸部55aに回転可能に支持されている。これにより、こはぜ体70は、スライダ60に対してピン50の中心軸線Pを中心に回転可能に配置されている。こはぜ体70は、ピン50およびスライダ60とともに所定の姿勢から傾き、香箱受12の下面およびスライダ座41の上面のうち少なくともいずれか一方にスライダ60が接触してそれ以上傾くことを規制された状態で、香箱受12に対して接触しない。
【0053】
図7は、第1実施形態の角穴車の周辺を拡大して示すムーブメントの平面図である。
図7に示すように、こはぜ体70は、ピン50の中心軸線Pから周方向の両側に延びている。こはぜ体70は、爪部72と、当接部73と、を備える。爪部72は、角穴車30と噛み合う。爪部72は、ピン50よりも時計回り方向に設けられている。爪部72は、回転軸線O側に突出している。爪部72は、角穴車30の一対の歯31の間の歯溝に入り込むように軸方向から見て先細っている。当接部73は、こはぜ体70における反時計回り方向の端面である。当接部73は、ピン50がガイド溝43の反時計回り方向の端部近傍に位置する状態で、こはぜ収容部13bの側壁面に面接触するように形成されている。当接部73は、こはぜ体70が反時計回り方向に押圧された場合に、こはぜ収容部13bの側壁面に面接触することで、ピン50を中心としたこはぜ体70の回転を規制する。
【0054】
スライダ座41、スライダ本体61およびこはぜ体70は、香箱受12よりも降伏応力が高い材料により形成されていることが望ましい。スライダ座41の降伏応力は、500MPa以上であることが望ましく、より好適には1000MPa以上である。例えば、スライダ座41、スライダ本体61およびこはぜ体70は、鉄またはステンレス鋼等の金属材料により形成されている。さらに、香箱受12に摺接する部材の外表面に、その母材よりも耐摩耗性の高い処理層が設けられていることが望ましい。なお、スライダ座41、スライダ本体61およびこはぜ体70は、セラミックスにより形成されていてもよい。
【0055】
こはぜバネ80は、こはぜ体70の爪部72を角穴車30に向けて付勢するようにこはぜ体70を押圧可能に設けられている。こはぜバネ80は、香箱受12に対して軸方向でこはぜ体70と同じ側(上側)に配置されている。こはぜバネ80は、香箱受12に片持ち支持されている。こはぜバネ80は、香箱受12に固定された固定部81と、固定部81から延出し、撓み変形可能に形成されたバネ部86と、を備え、これらが一体形成されている。固定部81は、こはぜ体70に対して時計回り方向の位置に配置されている。固定部81には、ガイドピン16が挿入される第1ピン孔82と、止めネジ18が挿入される第2ピン孔83と、が形成されている。固定部81は、止めネジ18の座面によって香箱受12からの離間を規制されている。
【0056】
バネ部86は、固定部81からこはぜ体70に向けて、反時計回り方向に沿って延びている。バネ部86の先端部は、こはぜ体70を挟んで角穴車30とは反対側に配置されている。バネ部86の先端部は、角穴車30側を向く摺接面87を備える。摺接面87は、周方向に沿って延びている。摺接面87は、その反時計回り方向の端部から時計回り方向に向かうに従い、回転軸線O側に接近している。摺接面87は、ピン50を中心に揺動するこはぜ体70に接触できる程度の隙間を有している。
【0057】
図8は、図7のVIII-VIII線における断面図である。
図7および図8に示すように、位置決め部90は、香箱受12に設けられている。位置決め部90は、周方向において円筒ネジ17に対してガイドピン16とは反対側に配置されている。位置決め部90は、香箱受12とは別体に設けられ、円柱状に形成されている。位置決め部90は、香箱受12に形成された、位置決め部90と同軸の円孔に圧入されている。位置決め部90は、香箱受12からこはぜバネ80と同じ側に突出している。位置決め部90は、こはぜバネ80のバネ部86に角穴車30側から接触している。位置決め部90は、こはぜバネ80のバネ部86のうち、先端部よりも固定部81側の部分に接触している。位置決め部90には、バネ部86の弾性復元力が作用している。位置決め部90は、バネ部86の先端がバネ部86の弾性復元力によってこはぜ体70側に接近することを規制している。
【0058】
位置決め部90は、平面方向に張り出した規制部91を備える。規制部91は、こはぜバネ80のバネ部86に香箱受12とは反対側から対向している。規制部91は、バネ部86の軸方向の変位を規制している。図示の例では、規制部91は、香箱受12に立設された規制壁19に上側から当接している。規制壁19は、位置決め部90の軸部55をバネ部86とは反対側から覆うように形成されている。規制部91が規制壁19に当接することで、香箱受12に対する位置決め部90の上下方向の位置決めがなされる。
【0059】
図9は、第1実施形態のこはぜユニットの動作を示すムーブメントの平面図である。
こはぜ体70の動作について図7および図9を参照して説明する。なお、以下の説明では、こはぜ体70のピン50を中心とした移動を揺動と称し、こはぜ体70の回転軸線Oを中心とした移動を回動と称する。
【0060】
ぜんまい23を巻き上げる際に角穴車30を時計回り方向に回転させると、爪部72を介してこはぜ体70に時計回り方向の力が加わる。このとき、こはぜ体70が爪部72を角穴車30の歯溝から離脱させようとして反時計回り方向に揺動しようとすると、こはぜ体70がこはぜバネ80に接触して角穴車30側に押圧される。このため、爪部72が角穴車30に噛み合った状態を維持する。
【0061】
ここで、こはぜ体70は、ピン50に支持されているので、スライダ座41のガイド溝43に案内されてガイド溝43内を移動するピン50とともに、時計回り方向に回動する。この際、ピン50の外周面(ピン本体51のフランジ52の外周面)は、ガイド溝43の側壁面に摺動する。こはぜ体70は、回動時に香箱受12に接触しない。
【0062】
角穴車30の時計回り方向の回転に伴ってピン50がガイド溝43における時計回り方向の端部近傍に到達すると、こはぜ体70の時計回り方向の回動が規制される。この状態で、角穴車30をさらに時計回り方向に回転させると、こはぜ体70は、爪部72を角穴車30の歯溝から離脱させるように反時計回り方向に揺動する。一方で、こはぜ体70が反時計回り方向に揺動すると、こはぜバネ80がこはぜ体70に接触してこはぜ体70を角穴車30側に押圧する。このため、爪部72が角穴車30の歯先を乗り越えると、こはぜ体70は爪部72を歯溝に入り込ませるように時計回り方向に揺動する。このようにして、角穴車30を時計回り方向に回転させると、こはぜ体70が爪部72に角穴車30の歯31を1つずつ乗り越えさせるように往復揺動する(図9参照)。このようにこはぜ体70が揺動する際、こはぜ体70の軸孔71の内周面がこはぜネジ53の支持軸部55aの外周面に摺動する。
【0063】
こはぜバネ80は、こはぜ体70の周方向の位置によらず、爪部72が角穴車30の歯31を乗り越えるために揺動する際にこはぜ体70に接触する。また、こはぜバネ80は、爪部72が角穴車30と噛み合ってこはぜ体70が回動する状態の少なくとも一部で、こはぜ体70に対して隙間を有している。本実施形態では、こはぜバネ80は、こはぜ体70が回動範囲における反時計回り方向の端部に位置し、かつ爪部72を角穴車30に噛み合わせた状態で、こはぜ体70に対して隙間を有している(図7参照)。こはぜバネ80は、こはぜ体70が回動範囲における時計回り方向の端部に位置し、かつ爪部72を角穴車30に噛み合わせた状態で、こはぜ体70に対して隙間を有している(図9参照)。すなわち、こはぜ体70は、爪部72を角穴車30に噛み合わせて回動する過程の全体で、こはぜバネ80に対して隙間を有する。ただし、こはぜ体70は、爪部72を角穴車30に噛み合わせ、時計回り方向に回動する過程でこはぜバネ80に対して離間することを許容された状態から、こはぜバネ80に強制的に接触する状態に移行してもよい。
【0064】
ぜんまい23の巻き上げを停止すると、ぜんまい23の巻き解けの復元力により角穴車30には反時計回り方向のトルクが作用する。すると、角穴車30が反時計回り方向に逆転し始める。この際、こはぜ体70は、ぜんまい23の巻き上げ時と同様に、こはぜバネ80によって爪部72が角穴車30に噛み合った状態を維持されるので、角穴車30の逆転に伴ってピン50およびスライダ60とともに反時計回り方向に回動する。
【0065】
角穴車30の反時計回り方向の逆転に伴ってピン50がガイド溝43における反時計回り方向の端部近傍に到達すると、こはぜ体70の当接部73がこはぜ収容部13bの側壁面に面接触する。このとき、当接部73は角穴車30によってこはぜ収容部13bの側壁面に反時計回り方向に押し付けられているので、こはぜ体70は揺動を規制される。これにより、爪部72が角穴車30に噛み合った状態を維持されるので、角穴車30の反時計回り方向の回転を規制する。
【0066】
以上に説明したように、本実施形態のムーブメント9は、香箱受12に対して変位不能に配置され、回転軸線Oを中心とする周方向に沿って延びるガイド溝43が形成されたスライダ座41と、軸方向に沿って延びる中心軸線Pを有し、ガイド溝43に挿入されているとともにガイド溝43に沿って回転軸線Oを中心として変位するピン50と、スライダ座41に沿って配置され、ピン50を保持するスライダ60と、ピン50に支持され、香箱受12に対して中心軸線Pを中心に回転可能に配置され、角穴車30と噛み合う爪部72を有するこはぜ体70と、を備える。この構成によれば、ぜんまい23を巻き上げる際に角穴車30を回転させると、爪部72を介してこはぜ体70に角穴車30の回転方向の力が加わる。ここでこはぜ体70は、ピン50に支持されているので、ガイド溝43に案内されてガイド溝43内を移動するピン50とともに、回転軸線O回りを角穴車30と同一方向に回動する。ぜんまい23の巻き上げを停止すると、ぜんまい23の巻き解けの復元力により角穴車30には巻き上げ時の回転方向とは反対方向のトルクが作用する。すると、角穴車30が逆転し始める。この際、こはぜ体70は、角穴車30の逆転に伴ってピン50とともに回転軸線O回りを角穴車30と同一方向に回動する。このように、ぜんまい23の巻き上げを停止した場合に、こはぜ体70の回動とともにガイド溝43の長さ分だけ角穴車30の逆転が許容されるので、ぜんまい23の過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制できる。
【0067】
そして、スライダ座41にこはぜ体70の回転軸線O回りの回動を案内するガイド溝43が形成されているので、こはぜ体70およびピン50が回転軸線O回りに回動する際に香箱受12の上面に摺接することを抑制できる。このため、香箱受12に対して材質変更や表面処理等を行うことなく、こはぜ体70の回転軸線O回りの回動に対するムーブメント9の耐摩耗性を向上させることができる。しかも、ピン50を保持するスライダ60がスライダ座41に沿って配置されているので、ピン50がスライダ座41に対して傾くことを抑制され、ピン50に支持されたこはぜ体70が意図せず香箱受12の上面に摺接することを抑制できる。したがって、ぜんまい23の過度なトルクが脱進・調速機構に伝達されることを抑制できるムーブメント9において、その外観を悪化させることなく部品の摩耗を抑制できる。
【0068】
さらに、スライダ座41、ピン50、スライダ60およびこはぜ体70をユニット化できるので、そのユニットに削れが発生した際には、香箱受12を交換することなく、ユニットの交換により損耗した部品を交換できる。したがって、アフターサービス性を向上させることができる。
【0069】
スライダ60は、香箱受12とスライダ座41との間に配置されている。この構成によれば、スライダ60がピン50の回動に伴って香箱受12およびスライダ座41に対して摺動する箇所が、香箱受12とスライダ座41との間に位置する。これにより、香箱受12とスライダ60との摺動箇所、およびスライダ座41とスライダ60との摺動箇所に注油しても、油がムーブメント9の外表面に染み出ることを抑制できる。したがって、ムーブメント9の外観の悪化を抑制できる。
【0070】
しかも、スライダ座41は、香箱受12の下側に配置されている。この構成によれば、スライダ60がピン50の回動に伴って香箱受12およびスライダ座41に対して摺動する箇所が香箱受12の下側に位置する。これにより、スライダ60の摺動箇所に注油した油がムーブメント9の外観上で香箱受12の表側に染み出ることを抑制できる。したがって、ムーブメント9の外観の悪化を抑制できる。
【0071】
こはぜ体70は、ピン50に回転可能に支持されている。この構成によれば、こはぜ体70がピン50の中心軸線Pを中心に回転する際に生じる摺動箇所がこはぜ体70およびピン50の接触部に発生する。これにより、こはぜ体70が回転軸線O回りに回動する際に生じる摺動箇所と、こはぜ体70がピン50の中心軸線Pを中心に回転する際に生じる摺動箇所と、を別箇所にすることができる。したがって、ぜんまい23の巻き上げに関する動作時に発生する摺動箇所を分散させて部品の摩耗を抑制できる。
【0072】
スライダ座41には、軸方向から見てガイド溝43に沿って延びる副ガイド溝44が形成されている。スライダ60は、副ガイド溝44に挿入されて副ガイド溝44の内側をガイド溝43の延在方向に沿って変位可能な回転止め63を有する。スライダ60は、回転止め63が副ガイド溝44の幅方向の変位を規制されることで、ピン50が回転軸線Oを中心として変位する場合に中心軸線P回りの回転を規制される。この構成によれば、ピン50が回転軸線O回りを回動する場合にスライダ60が中心軸線Pを中心に回転することを抑制できる。これにより、スライダ60に所望の姿勢で回転軸線O回りを回動させることができる。したがって、ぜんまい23の巻き上げに関する動作時に、意図しない摺動箇所が発生することを抑制できる。
【0073】
スライダ座41の降伏応力は、香箱受12の降伏応力よりも大きい。この構成によれば、スライダ座41を香箱受12よりも高い硬度を有して摩耗しにくくすることができる。これにより、スライダ座41に代えて香箱受にピン50の回転軸線O回りの回動を案内する溝や長孔等を形成した構成と比較して、こはぜ体70の回転軸線O回りの回動に対するムーブメント9の耐摩耗性を向上させることができる。
【0074】
ピン50は、ガイド溝43の周方向の端部でスライダ座41に当接して周方向の移動を規制される。この構成によれば、こはぜ体70の回転軸線O回りの回動範囲を、別の部品を用いることなく、ピン50およびスライダ座41により規定することができる。したがって、部品点数の増加および組立性の悪化を抑制しつつ、上記の作用効果を奏するムーブメント9が得られる。
【0075】
スライダ60は、軸方向から見てスライダ座41に重なるように、ピン孔62からこはぜ体70と角穴車30との噛み合い箇所側に延びている。この構成によれば、ピン50がガイド溝43の時計回り方向の端部でスライダ座41に当接した状態でこはぜ体70が角穴車30に引っ張られた際に、スライダ60のうちピン孔62からこはぜ体70と角穴車30との噛み合い箇所側に延びた部分がスライダ座41に当接して、スライダ60が傾くことを抑制できる。したがって、ピン50およびこはぜ体70が所定の姿勢から傾くことも抑制でき、こはぜ体70が香箱受12に接触することを抑制できる。
【0076】
ムーブメント9は、こはぜバネ80のこはぜ体70側の接近を規制する位置決め部90をさらに備える。こはぜバネ80は片持ち支持されており、位置決め部90は平面方向に張り出してこはぜバネ80の軸方向の変位を規制する規制部91を有する。この構成によれば、こはぜバネ80を常時付勢状態で位置決め部90に接触させることで、こはぜバネ80とこはぜ体70との隙間のばらつきを抑制でき、こはぜ体70の動作を安定させることができる。さらに、落下等の衝撃により片持ち支持されたこはぜバネ80が撓もうとした場合に、規制部91によりこはぜバネ80の変位を規制できる。したがって、こはぜバネ80がこはぜ体70に対する所定の位置から外れることを抑制できる。
【0077】
円筒ネジ17の上端縁は、ガイドピン16の上端縁よりも下側にある。この構成によれば、こはぜバネ80を香箱受12に装着するにあたって、バネ部86を位置決め部90の規制部91の下側に潜り込ませるようにこはぜバネ80を傾ける際に、円筒ネジ17およびガイドピン16それぞれの上端縁の位置をこはぜバネ80の傾斜に合わせることができる。すなわち、ガイドピン16の上端縁に対してガイドピン16よりも固定部81寄りに配置された円筒ネジ17の上端縁が下側に配置されるので、バネ部86が固定部81よりも下側に位置するように傾けたこはぜバネ80の下面に円筒ネジ17およびガイドピン16それぞれの上端縁が沿うように配置される。これにより、こはぜバネ80を香箱受12に装着する際にこはぜバネ80を傾ける角度が大きくなることを抑制できる。したがって、組み立て容易なムーブメント9が得られる。
【0078】
そして、本実施形態の時計1は、上記のムーブメント9を備えるので、優れた外観および精度を有し、かつ部品の摩耗が抑制された信頼性の高い時計とすることができる。
【0079】
[第2実施形態]
次に、図10を参照して、第2実施形態について説明する。第1実施形態ではピン50およびスライダ60が別体に設けられている。これに対して第2実施形態では、ピン150およびスライダ160が一体に形成されている点で、第1実施形態とは異なる。なお、以下で説明する以外の構成は、第1実施形態と同様である。
【0080】
図10は、第2実施形態のスライダおよびピン本体の縦断面図である。
図10に示すように、こはぜユニット40は、第1実施形態のスライダ60およびピン50に代えて、スライダ160およびピン150を備える。スライダ160は、相互に一体に形成されたスライダ本体161および回転止め163を有しており、第1実施形態のスライダ本体61および回転止め63を一体化した構成に相当する。ピン150は、スライダ本体161と一体に形成されたピン本体151を備える。ピン本体151は、第1実施形態のピン本体51をスライダ本体161と一体化した構成に相当する。ピン本体151には、こはぜネジ53が螺着される。
【0081】
本実施形態では、第1実施形態と同様の効果を奏する。これに加えて本実施形態によれば、ピン150がスライダ160と一体に形成されているので、ピンがスライダとは別体に設けられた構成と比較して部品点数を削減でき、ムーブメント9の組立性を向上させることができる。
【0082】
[第3実施形態]
次に、図11から図13を参照して、第3実施形態について説明する。第1実施形態では、ピン50がこはぜ体70を回転可能に支持している。これに対して第3実施形態は、ピン350がこはぜ体70を回転不能に支持している点で、第1実施形態とは異なる。なお、以下で説明する以外の構成は、第1実施形態と同様である。
【0083】
図11は、第3実施形態のムーブメントの断面図であって、図3に相当する断面の拡大図である。
図11に示すように、こはぜユニット40は、第1実施形態のスライダ座41およびピン50に代えて、スライダ座341およびピン350を備える。ピン350は、ピン本体51の上端面とこはぜネジ53の頭部54との間に、こはぜ体70を挟んで固定している。すなわち、こはぜ体70は、スライダ60に対して回転不能に設けられている。
【0084】
図12は、第3実施形態のスライダ座を示す平面図である。
図12に示すように、スライダ座341には、第1実施形態の内側副ガイド溝44aに代えて、内側副ガイド溝344aが形成されている。内側副ガイド溝344aは、こはぜ体70および角穴車30が噛み合った状態でピン350がガイド溝43の時計回り方向の端部に位置するとき、回転止め63が位置する箇所よりもさらに時計回り方向に延びている。なお図12では、こはぜ体70および角穴車30が噛み合った状態でピン350がガイド溝43の時計回り方向の端部に位置するときの、ピン350および回転止め63を仮想線で示している。
【0085】
図13は、第3実施形態の角穴車の周辺を拡大して示すムーブメントの平面図である。
図13に示すように、ピン350がガイド溝43における時計回り方向の端部近傍に位置する状態で角穴車30をさらに時計回り方向に回転させると、こはぜ体70は、爪部72を角穴車30の歯溝から離脱させるようにスライダ60と一体に反時計回り方向に揺動しようとする。この時、内側副ガイド溝344aに挿入された回転止め63が内側副ガイド溝344aをさらに周方向に沿って時計回り方向に変位し、外側副ガイド溝44bに挿入された回転止め63が外側副ガイド溝44bを周方向に沿って反時計回り方向に変位することで、スライダ60がピン350およびこはぜ体70とともに中心軸線Pを中心に反時計回り方向に回転する。すなわち、本実施形態では、回転止め63は、ピン350が回転軸線Oを中心として変位する場合に、副ガイド溝344a,44bの側面に接触して副ガイド溝44の幅方向の変位を規制されることで、スライダ60およびピン350が中心軸線P回りに回転することを規制する。一方で、回転止め63は、ピン350がガイド溝43における時計回り方向の端部に位置する場合にスライダ60およびピン350が揺動することを許容する。
【0086】
本実施形態では、第1実施形態と同様の効果を奏する。これに加えて本実施形態によれば、こはぜ体70がスライダ60に対して回転不能に設けられているので、ピン350が回転軸線O回りを回動する場合にこはぜ体70がピン350を中心に回転することを抑制できる。これにより、こはぜ体70が回転軸線O回りの変位時など不要なタイミングでピン350を中心に回転することで、こはぜバネ80など周囲の部品に対して必要以上に大きな力で接触して摩耗が生じることを抑制できる。
【0087】
なお本実施形態ではこはぜ体70がネジ53によりピン350に固定されているが、こはぜ体の固定方法はこれに限定されない。例えば、こはぜ体をピンに打ち込んで固定してもよいし、角案内によりピンに対して回転不能に設けてもよい。また、こはぜ体をピンに接着してもよい。
【0088】
[第4実施形態]
次に、図14を参照して、第4実施形態について説明する。第1実施形態では、回転止め63が挿入される副ガイド溝44がスライダ座41に形成されている。これに対して第4実施形態は、回転止め463が挿入される副ガイド溝15が香箱受12に形成されている点で、第1実施形態とは異なる。なお、以下で説明する以外の構成は、第1実施形態と同様である。
【0089】
図14は、第4実施形態のムーブメントの断面図であって、図3に相当する断面の拡大図である。
図14に示すように、香箱受12の下面には、副ガイド溝15が形成されている。副ガイド溝15は、香箱受12を非貫通である。副ガイド溝15は、貫通部14から離れて形成されている。副ガイド溝15は、貫通部14よりも回転軸線O寄りにある内側副ガイド溝15aと、貫通部14を挟んで内側副ガイド溝15aの反対側にある外側副ガイド溝15bと、を有する。内側副ガイド溝15aおよび外側副ガイド溝15bは、それぞれ貫通部14に対して間隔をあけて形成されている。内側副ガイド溝15aおよび外側副ガイド溝15bは、それぞれ一定の幅で周方向に沿って延びている。本実施形態では、副ガイド溝15の形状は、軸方向から見て第1実施形態の副ガイド溝44の形状と一致する。
【0090】
こはぜユニット40は、第1実施形態のスライダ座41およびスライダ60に代えて、スライダ座441およびスライダ460を備える。スライダ座441は、副ガイド溝が形成されていない点を除き、第1実施形態のスライダ座41と同様に形成されている。スライダ460は、第1実施形態の回転止め63に代えて、回転止め463を備える。回転止め463は、スライダ本体61から香箱受12側に突出している。本実施形態では、回転止め463は、スライダ本体61とは別体に設けられ、スライダ本体61に形成された貫通孔に圧入されることでスライダ本体61に相対変位不能に支持されている。この場合、回転止め463は、スライダ本体61からスライダ座441側に突出しないように配置されている。回転止め463は、各副ガイド溝15に1対1で対応して設けられている。回転止め463は、副ガイド溝15に挿入されている。
【0091】
本実施形態では、回転止め463は、ピン50およびスライダ460を周方向に沿って平行移動させるので、第1実施形態と同様の効果を奏する。これに加えて本実施形態によれば、スライダ座441に副ガイド溝が形成されないので、スライダ座441の強度の向上を図ることができる。
【0092】
[第5実施形態]
次に、図15を参照して、第5実施形態について説明する。第1実施形態では、こはぜ体70がピン50に直接支持されている。これに対して第5実施形態は、こはぜ体70がスペーサ558(第1スペーサ)を介してピン50に支持されている点で、第1実施形態とは異なる。なお、以下で説明する以外の構成は、第1実施形態と同様である。
【0093】
図15は、第5実施形態のこはぜユニットの一部を示す断面図である。
図15に示すように、こはぜユニット40は、スペーサ558をさらに備える。スペーサ558は、金属材料により形成されている。スペーサ558は、円筒状に形成されている。スペーサ558の内周面および外周面は、それぞれ一定の径で軸方向に延びている。スペーサ558は、こはぜネジ53の支持軸部55aに外挿され、こはぜネジ53の外周面とこはぜ体70の軸孔71の内周面との間に介在している。スペーサ558は、ピン50およびこはぜ体70のうち少なくともいずれか一方に対して回転可能となっている。
【0094】
本実施形態では、第1実施形態と同様の効果を奏する。これに加え、本実施形態では、こはぜ体70がピンに摺接する構成と比較して、こはぜ体70の中心軸線P回りの回転に伴う摺動抵抗を低減できる。したがって、こはぜ体70をスムーズに動作させることができる。また、ピン50およびこはぜ体70の摩耗を抑制できる。
【0095】
なおスペーサ558は金属材料により形成されていなくてもよく、例えばルビーやジルコニア等の貴石であってもよい。これにより、上記第5実施形態と同様の作用効果を奏する。
【0096】
[第6実施形態]
次に、図16を参照して、第6実施形態について説明する。第1実施形態では、ピン50がスライダ座41のガイド溝43の側壁面に摺接している。これに対して第6実施形態は、ピン50に外挿されたスペーサ658(第2スペーサ)がガイド溝43の側壁面に摺接している点で、第1実施形態とは異なる。なお、以下で説明する以外の構成は、第1実施形態と同様である。
【0097】
図16は、第6実施形態のこはぜユニットを示す断面図である。
図16に示すように、こはぜユニット40は、第1実施形態のピン本体51に代えて、ピン本体651を備える。ピン本体651の下端部は、ガイド溝43の内側に位置するフランジ52と、フランジ52の下方に隣接し、フランジ52よりも径方向外側に突出した突出部656と、を備える。フランジ52の外径は、ガイド溝43の幅よりも小さい。突出部656は、ガイド溝43よりも下方に位置する。突出部656は、中心軸線Pを中心に全周にわたって連続して延びる円環状に形成されている。突出部656の外径は、ガイド溝43の幅よりも大きい。
【0098】
こはぜユニット40は、スペーサ658をさらに備える。スペーサ658は、金属材料により形成されている。スペーサ658は、円筒状に形成されている。スペーサ658の内周面および外周面は、それぞれ一定の径で軸方向に延びている。スペーサ658は、ピン本体651のフランジ52に外挿されている。スペーサ658は、ピン本体651に回転可能に支持されている。スペーサ658の外径は、ガイド溝43の幅に略一致している。スペーサ658は、ガイド溝43の内側に位置するとともに、ピン本体651の突出部656に着座している。スペーサ658の外周面は、ガイド溝43の側壁面に直接対向し、ガイド溝43の側壁面に摺接する。スペーサ658の外径は、ガイド溝43の幅よりも小さい。
【0099】
本実施形態では、第1実施形態と同様の効果を奏する。これに加え、本実施形態では、ピン50がガイド溝43内を周方向に変位する際に、ピン本体651に外挿されたスペーサ658をガイド溝43の側壁面に摺接させるとともに、スペーサ658を自転させてガイド溝43の側壁面上で転動させることができる。これにより、ピン本体がガイド溝43の側壁面に直接摺接する構成と比較して、ピン50の周方向の変位に伴う摺動抵抗を低減できる。したがって、こはぜ体70をスムーズに動作させることができる。また、ピン50およびスライダ座41の摩耗を抑制できる。
【0100】
なおスペーサ658は金属材料により形成されていなくてもよく、例えばルビーやジルコニア等の貴石であってもよい。この場合、スペーサ658は、ピン本体651のフランジ52に圧入されてピン本体651に回転不能に支持されていてもよい。スペーサ658を貴石とすることで、ピン50がガイド溝43内を周方向に変位する際に、ピン本体651に外挿された貴石をガイド溝43の側壁面に摺接させることができる。これにより、ピン本体がガイド溝43の側壁面に直接摺接する構成と比較して、ピン50およびスライダ座41の摩耗を抑制できる。
【0101】
[第7実施形態]
次に、図17を参照して、第7実施形態について説明する。第1実施形態では、こはぜバネ80がこはぜユニット40とは別に設けられている。これに対して第7実施形態は、こはぜバネ780がこはぜユニット40に組み込まれている点で、第1実施形態とは異なる。なお、以下で説明する以外の構成は、第1実施形態と同様である。
【0102】
図17は、第7実施形態のこはぜユニットの一部を示す断面図である。
図17に示すように、こはぜバネ780は、ピン50に対してこはぜ体70を直接付勢している。こはぜバネ780は、ピン本体51の上端面とこはぜ体70の下面との間に介在している。こはぜバネ780は、一端がピン本体51に係止され、他端がこはぜ体70に係止されたねじりコイルバネである。
【0103】
本実施形態では、第1実施形態と同様の効果を奏する。これに加え、本実施形態では、こはぜバネ80を省略でき、こはぜバネ80とこはぜ体70との摺動によるこはぜバネ80およびこはぜ体70の削れを発生させることなく、こはぜ体70の爪部72を角穴車30に向けて付勢するようにこはぜ体70を常時押圧できる。
【0104】
なお、本発明は、図面を参照して説明した上述の実施形態に限定されるものではなく、その技術的範囲において様々な変形例が考えられる。
例えば、上記実施形態では、ガイド溝43がスライダ座41を軸方向に貫通しているが、ガイド溝はスライダ座を貫通していなくてもよい。スライダ座に形成された副ガイド溝についても同様である。
【0105】
上記実施形態では、角穴車30が香箱受12の上側に配置されているが、角穴車が香箱受の下側に配置されていてもよい。この場合、スライダ座およびスライダが香箱受の上側に配置されていても、スライダの摺接箇所がスライダ座の下側に位置するので、スライダの摺動箇所に注油した油がムーブメントの外観上でスライダ座の表側に染み出ることを抑制できる。したがって、ムーブメントの外観の悪化を抑制できる。
【0106】
上記実施形態では、ピン本体51にこはぜネジ53を螺着させることによりピン50がこはぜ体70を支持しているが、この構成に限定されない。例えば、こはぜネジ53に代わる部材をピン本体51の内側に圧入してもよい。
【0107】
上記実施形態では、こはぜ体70がピン50のこはぜネジ53に支持されているが、この構成に限定されない。こはぜ体は、ピン本体に外挿されてピン本体に支持されていてもよい。
【0108】
上記実施形態では、スライダ60が平面視で半円状に形成されているが、スライダの形状は特に限定されない。例えば、スライダは平面視で矩形状に形成されていてもよい。ただし、スライダは、その平面視形状によらず、ピン孔62から少なくとも時計回り方向かつ回転軸線O側に広がるように形成されていることが望ましい。これにより、こはぜ体70が角穴車30に引っ張られた際に、スライダがスライダ座41に当接して、スライダが傾くことを抑制できる。したがって、ピン50およびこはぜ体70が所定の姿勢から傾くことも抑制でき、こはぜ体70が香箱受12に接触することを抑制できる。
【0109】
上記実施形態では、位置決め部90は、平面方向に張り出した規制部91を備えているが、この構成に限定されない。位置決め部は、規制部91を備えていなくてもよい。この場合、位置決め部は、香箱受12と一体に形成されていてもよい。
【0110】
上記実施形態では、位置決め部90が香箱受12に形成された円孔と同軸に形成されているが、この構成に限定されない。位置決め部は偏心ピンであってもよい。すなわち、位置決め部は、香箱受12の円孔の中心軸線に対して偏心した偏心軸部を備えていてもよい。この場合、偏心軸部の外周面にバネ部86を当接させることで、香箱受12に対する位置決め部の角度によってバネ部86の撓み変形量を調整できる。したがって、こはぜ体70に対するバネ部86の摺接面87の位置調整を容易に行うことができる。
【0111】
その他、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、上記した実施の形態における構成要素を周知の構成要素に置き換えることは適宜可能であり、また、上述した各実施形態および各変形例を適宜組み合わせてもよい。
【符号の説明】
【0112】
1…時計 9…ムーブメント(時計用ムーブメント) 12…香箱受 15,44…副ガイド溝 23…ぜんまい 30…角穴車 41,341,441…スライダ座 43…ガイド溝 50,150,350…ピン 60,160,460…スライダ 70…こはぜ体 72…爪部 80…こはぜバネ 90…位置決め部 91…規制部 558…スペーサ(第1スペーサ) 658…スペーサ(第2スペーサ) O…回転軸線 P…中心軸線
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17