(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024125007
(43)【公開日】2024-09-13
(54)【発明の名称】核酸抽出用基材、核酸抽出用キット及び核酸抽出方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/10 20060101AFI20240906BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20240906BHJP
【FI】
C12N15/10 110Z
C12M1/00 A ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023033056
(22)【出願日】2023-03-03
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (その1) ウェブサイトの掲載日 2022年3月9日 ウェブサイトのアドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/csj102nd/top (Web) https://confit.atlas.jp/guide/event/csj102nd/table/20220324 https://confit.atlas.jp/guide/event/csj102nd/session/2G10101-08/tables?owLlrkvWNo https://confit.atlas.jp/guide/event/csj102nd/subject/G101-2am-05/tables?cryptoId= https://confit.atlas.jp/guide/event-img/csj102nd/G101-2am-05/public/pdf?type=in (予稿集PDFダウンロード) https://confit.atlas.jp/guide/event/csj102nd/proceedings/list (その2) 開催日 2022年3月24日(開催期間:2022年3月23日~2022年3月26日) 集会名、開催場所 日本化学会第102春季年会(2022) (オンライン開催)
(71)【出願人】
【識別番号】517132810
【氏名又は名称】地方独立行政法人大阪産業技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柿倉 泰明
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA23
4B029BB20
4B029CC01
4B029DG08
(57)【要約】 (修正有)
【課題】大型機器が不要で核酸増幅阻害成分を含まない新規な核酸抽出用基材、当該核酸抽出用基材及び緩衝液を含む核酸抽出用キット、並びに当該核酸抽出用基材を用いた核酸抽出方法を提供する。
【解決手段】負電荷側鎖を有する環状4級アンモニウム塩及び担体を含む、核酸抽出用基材。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
負電荷側鎖を有する環状4級アンモニウム塩及び担体を含む、核酸抽出用基材。
【請求項2】
前記環状4級アンモニウム塩がイミダゾリウム塩である、請求項1に記載の核酸抽出用基材。
【請求項3】
前記負電荷側鎖がアニオン官能基を含む、請求項1又は2に記載の核酸抽出用基材。
【請求項4】
前記負電荷側鎖がカルボキシ基又はスルホ基を含む、請求項1又は2に記載の核酸抽出用基材。
【請求項5】
前記負電荷側鎖が、下記式(I)
-(CH2)n-COOH (I)
(式中、nは1~10である。)
で表される一価の基である、請求項1又は2に記載の核酸抽出用基材。
【請求項6】
前記担体がシリカゲルである、請求項1又は2に記載の核酸抽出用基材。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の核酸抽出用基材及び緩衝液を含む、核酸抽出用キット。
【請求項8】
(1)負電荷側鎖を有する環状4級アンモニウム塩を含む核酸抽出用基材に核酸を含有する試料を吸着させる工程と、
(2)前記核酸が吸着した前記核酸抽出用基材を洗浄する工程と、
(3)前記核酸抽出用基材に吸着した前記核酸を溶出する工程と
を含む、核酸抽出方法。
【請求項9】
前記工程(3)における前記溶出が緩衝液を用いて行われる、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記緩衝液の塩濃度が450mM~600mMである、請求項9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸抽出用基材、核酸抽出用キット及び核酸抽出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction;PCR)に代表される核酸増幅法を用いた検査は高い感度を有する手法である。そのため、医療や農畜産等の分野において、試料中の微生物やウイルス由来の核酸の検出による感染症診断等に応用されている。核酸増幅法による検査では、一般的にその精度を高めるための前処理として、試料中から核酸抽出が行われる。
【0003】
現在汎用されている核酸抽出法は、シリカゲル表面への核酸吸着、洗浄及び溶出によるバインド・エリュート法である(特許文献1)。すなわち、このバインド・エリュート法は、「核酸と核酸抽出材の結合を行う吸着工程」、「核酸抽出材に結合した核酸の洗浄を行う洗浄工程」及び「核酸抽出材に結合した核酸の溶出を行う溶出工程」から構成される。しかし、その工程は遠心分離機等の大型機器の使用を伴うものである。大型機器は通常、検査室に据え置かれているものである。したがって、検査前の核酸抽出をするには検体を採取した後、機器が揃った検査室に運ぶ必要があった。この際、輸送中に検体中の核酸が劣化する、あるいは輸送に長時間を要して診断が遅くなるといった課題があった。また、吸着工程で用いるカオトロピック塩や洗浄工程で用いるアルコール含有水は、残存すると核酸増幅を阻害するため偽陰性の原因となる。
【0004】
一方で、核酸は側鎖にリン酸基を豊富に有する物質であることから、陰イオン交換カラムを用いた核酸抽出法も公知技術として用いられている。しかし、この方法も一般的に遠心分離やポンプ送液による作業を伴うため、煩雑な操作や作業場所の制限といったデメリットが残る。また、正電荷をもつ分子であるイミダゾリウムを用いた核酸抽出法が報告されているが(特許文献2)、核酸の溶出時に用いられる高濃度の無機塩水溶液は核酸増幅反応を阻害してしまう。そのため、核酸検査の前処理としては不適切であるといった課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001-078790号公報
【特許文献2】特開2008-278755号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、大型機器が不要で核酸増幅阻害成分を含まない新規な核酸抽出用基材、当該核酸抽出用基材及び緩衝液を含む核酸抽出用キット、並びに当該核酸抽出用基材を用いた核酸抽出方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決すべく、鋭意検討を行ったところ、側鎖に負電荷を有する環状4級アンモニウム塩を用いた核酸抽出用基材により、大型機器が不要で核酸増幅を阻害する成分を用いずに核酸抽出が可能であることを見出した。本発明はかかる知見に基づいてさらに検討を加えることにより完成したものであり、以下の態様を含む。
【0008】
項1.
負電荷側鎖を有する環状4級アンモニウム塩及び担体を含む、核酸抽出用基材。
項2.
前記環状4級アンモニウム塩がイミダゾリウム塩である、項1に記載の核酸抽出用基材。
項3.
前記負電荷側鎖がアニオン官能基を含む、項1又は2に記載の核酸抽出用基材。
項4.
前記負電荷側鎖がカルボキシ基又はスルホ基を含む、項1又は2に記載の核酸抽出用基材。
項4A.
前記アニオン官能基がカルボキシ基又はスルホ基である、項3に記載の核酸抽出用基材。
項5.
前記負電荷側鎖が、下記式(I)
-(CH2)n-COOH (I)
(式中、nは1~10である。)
で表される一価の基である、項1又は2に記載の核酸抽出用基材。
項6.
前記担体がシリカゲルである、項1又は2に記載の核酸抽出用基材。
項6A.
前記担体がシリカゲルである、項1~5のいずれか一項に記載の核酸抽出用基材。
項7.
項1又は2に記載の核酸抽出用基材及び緩衝液を含む、核酸抽出用キット。
項7A.
項1~6のいずれか一項に記載の核酸抽出用基材及び緩衝液を含む、核酸抽出用キット。
項8.
(1)負電荷側鎖を有する環状4級アンモニウム塩を含む核酸抽出用基材に核酸を含有する試料を吸着させる工程と、
(2)前記核酸が吸着した前記核酸抽出用基材を洗浄する工程と、
(3)前記核酸抽出用基材に吸着した前記核酸を溶出する工程と
を含む、核酸抽出方法。
項9.
前記工程(3)における前記溶出が緩衝液を用いて行われる、項8に記載の方法。
項10.
前記緩衝液の塩濃度が450mM~600mMである、項9に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、大型機器が不要で核酸増幅阻害成分を含まない新規な核酸抽出用基材、当該核酸抽出用基材及び緩衝液を含む核酸抽出用キット、並びに当該核酸抽出用基材を用いた核酸抽出方法が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】実施例において作成した核酸抽出用基材及びその使用例を示す図である。
【
図3】本発明の核酸抽出用基材を用いた、核酸の吸着、洗浄及び溶出の操作フローの概略図である。
【
図4】核酸の溶出に用いた緩衝液の種類ごとの核酸回収率を示す図である。
【
図5】核酸の溶出に用いたTris緩衝液の濃度ごとの核酸回収率を示す図である。
【
図6】大腸菌ゲノムDNA溶液を、側鎖にアニオン官能基、カチオン官能基又は中性官能基を有するイミダゾリウム塩を含む核酸抽出用基材に供して得られた溶出液のリアルタイムPCR結果を示す図である。
【
図7】加熱処理した大腸菌液のリアルタイムPCR結果、及び加熱処理した大腸菌液を核酸抽出用基材に供して得られた溶出液のリアルタイムPCR結果を示す図である。
【
図8】大腸菌ゲノムDNA溶液を、側鎖にカルボキシメチル基、カルボキシブチル基又はカルボキシペンチル基を有するイミダゾリウム塩を含む核酸抽出用基材に供して得られた溶出液のリアルタイムPCR結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.本発明の核酸抽出用基材
本発明の核酸抽出用基材は、負電荷側鎖を有する環状4級アンモニウム塩及び担体を含む。
【0012】
本発明の核酸抽出用基材に含まれる環状4級アンモニウム塩は、核酸を静電的相互作用により吸着する特性を有するものであれば、特に制限されない。環状4級アンモニウム塩としては、例えば、イミダゾリウム塩、ピロリジニウム塩、ピリジニウム塩、ピペリジニウム塩等が挙げられる。中でもイミダゾリウム塩が好ましい。
【0013】
本発明の核酸抽出用基材に含まれる環状4級アンモニウム塩の負電荷側鎖は、本発明の核酸吸着力を損なわない限り、特に制限されない。負電荷側鎖としては、例えば、カルボキシ基、スルホ基、リン酸基、チオシアン酸基、ヒドロキシ基等のアニオン官能基を含む側鎖が挙げられる。中でも、カルボキシ基又はスルホ基を含む側鎖が好ましく、カルボキシ基を含む側鎖がより好ましい。
【0014】
負電荷側鎖は、アニオン官能基を末端に含む、炭素数1~10の直鎖状又は分岐鎖状の一価のアルキル基であってもよい。炭素数1~10の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基,イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、tert-ブチル基、sec-ブチル基、n-ペンチル基、ネオペンチル基、n-ヘキシル基、イソヘキシル基、3-メチルペンチル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基等を挙げることができる。
【0015】
したがって、例えば、カルボキシ基を含む負電荷側鎖は、下記式(I)で表すことができる。
-(CH2)n-COOH (I)
式(I)中、nは1~10であることが好ましく、1~8であることがより好ましく、1~6であることがさらに好ましい。
【0016】
環状4級アンモニウム塩における負電荷側鎖の位置は、特に制限されない。例えば、本発明の核酸抽出用基材に含まれる負電荷側鎖を有する環状4級アンモニウム塩が、カルボキシ基を有するイミダゾリウム塩である場合、合成し易さの観点からイミダゾリウム塩の3位にカルボキシ基を含む側鎖を有することが好ましい。
【0017】
本発明の核酸抽出用基材において、環状4級アンモニウム塩が負電荷側鎖を有することで、核酸の吸着及び緩衝液による溶出を両立することができる。
【0018】
環状4級アンモニウム塩を構成する陰イオンの種類は特に限定されず、例えば、臭化物イオン、塩化物イオン、ヨウ化物イオン等が挙げられる。
【0019】
本発明の核酸抽出用基材に含まれる担体は、特に制限されず、使用目的に応じて幅広く選択できる。例えば、後述する本発明の核酸抽出方法又はそれと類似の方法に用いる場合、核酸の吸着及び緩衝液による溶出を効率的に行うことができる点で、多孔質体であることが好ましい。多孔質体としては、例えば、シリカゲル、ゼオライト等のケイ素酸化物;アルミナ等のアルミニウム酸化物;酸化チタン等のチタン酸化物;酸化ジルコニウム等のジルコニウム酸化物;ハイドロキシアパタイト等のリン酸カルシウム化合物;セルロース、ウレタン、イミド等を含む高分子材等が挙げられる。また、非特異吸着を低減する観点から、親水性の多孔質体が好ましく、中でもシリカゲルが好ましい。
【0020】
本発明の核酸抽出用基材において、環状4級アンモニウム塩は担体に固定化されている。
【0021】
本発明において、「固定化」とは、環状4級アンモニウム塩と担体とを化学的又は物理的に結合させる処理をいう。化学的に結合させる処理は、例えば、担体表面への環状4級アンモニウム塩の化学修飾等の処理を含み、物理的に結合させる処理は、例えば、担体への環状4級アンモニウム塩の吸着等の処理を含む。
【0022】
負電荷側鎖を有する環状4級アンモニウム塩の担体への固定化方法としては、例えば、エン-チオール反応、銅触媒を用いたアジド-アルキン間の反応等のクリック反応、アルコキシシランを起点としたシランカップリング反応、アミノ基-カルボン酸及びその活性エステル等の官能基間の縮合反応、エポキシ基を起点としたカップリング反応等が挙げられる。また、環状4級アンモニウム塩と担体がそれぞれ配位子を持ち、それらが金属錯体を形成することで固定化する方法でもよい。また、抗原-抗体反応やアビチン-ビオチン間の相互作用等に代表される生体分子の特異的相互作用を用いた方法でもよい。
【0023】
本発明の核酸抽出用基材において、負電荷側鎖を有する環状4級アンモニウム塩と担体とは、リンカーを介して連結されていてもよい。リンカーとしては、C1~5アルキル基が好ましく、C1~3アルキル基がより好ましい。
【0024】
C1~5アルキル基とは、1~5個の炭素原子から構成される直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基である。C1~5アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、tert-ブチル基、sec-ブチル基、n-ペンチル基、ネオペンチル基等が挙げられる。
【0025】
C1~3アルキル基とは、1~3個の炭素原子から構成される直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基である。C1~3アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基等が挙げられる。
【0026】
本発明の核酸抽出用基材に吸着される核酸は、デオキシリボ核酸(deoxyribonucleic acid;DNA)又はリボ核酸(ribonucleic acid;RNA)を意味する。DNAとしては、特に制限されず、例えば、2本鎖DNA、1本鎖DNA、プラスミドDNA、ゲノムDNA、cDNA等が挙げられる。また、RNAとしては、特に制限されず、mRNA、rRNA、tRNA、miRNA、siRNA等が挙げられる。
【0027】
本発明の核酸抽出用基材は、核酸を含有する試料を本発明の核酸抽出用基材と接触させることにより核酸を吸着する。核酸を含有する試料としては、特に制限されず、例えば、全血、血清、血漿、尿、唾液、体液等の動物由来の生物材料;葉抽出液等の植物由来の生物材料;微生物由来の生物材料等が挙げられ、これらの生物材料には、動物、植物、微生物等から分離した細胞及び培養細胞、並びに部分精製された核酸を含む。
【0028】
本発明の核酸抽出用基材の形態は、核酸を含有する試料を核酸抽出用基材に接触させることができる限り、特に制限されず、例えば、筒状の容器に本発明の核酸抽出用基材を充填したものであってもよいし、本発明の核酸抽出用基材をシート状にしたものであってもよい。
【0029】
3.本発明の核酸抽出用キット
本発明の核酸抽出用キットは、上述の核酸抽出用基材及び「4.本発明の核酸抽出方法」の項目で後述する緩衝液を含む。
【0030】
本発明のキットは、核酸抽出用記載及び緩衝液に加え、任意で、さらに本発明の核酸抽出方法に必要な試薬を含んでいてもよい。そのような試薬としては、例えば、滅菌水、生理食塩水、洗浄用試薬等が挙げられる。本発明のキットは、これらの試薬を単独で含んでいてもよいし、複数種を含んでいてもよい。また、本発明のキットは、使用説明書等を含むこともできる。
【0031】
4.本発明の核酸抽出方法
本発明の核酸抽出方法は、
(1)負電荷側鎖を有する環状4級アンモニウム塩を含む核酸抽出用基材に核酸を含有する試料を吸着させる工程と、
(2)前記核酸が吸着した前記核酸抽出用基材を洗浄する工程と、
(3)前記核酸抽出用基材に吸着した前記核酸を溶出する工程とを含む。
【0032】
本発明の核酸抽出方法は、遠心分離機等の大型機器を要しない点に特徴を有する。このため、例えば、野外での核酸抽出等に特に有用である。
【0033】
工程(2)の洗浄工程において、洗浄液として水を用いることができる。洗浄液として用いられる水としては、特に制限されず、精製水、蒸留水、超純水、滅菌水等が挙げられる。
【0034】
本発明の核酸抽出方法は、工程(2)において、残存すると核酸増幅を阻害する可能性のあるアルコール含有水を使用する必要がない点を特徴の一つとする。
【0035】
本発明の核酸抽出方法は、工程(3)の溶出工程において、核酸溶出液として緩衝液を用いることができる。核酸溶出液として緩衝液を用いることにより、溶出した核酸を直接PCR等の試験に供することが可能となる。
【0036】
工程(3)において核酸溶出液として用いられる緩衝液としては、例えば、トリス塩酸緩衝液(Tris-HCl緩衝液)、酢酸緩衝液、リン酸ナトリウム緩衝液、リン酸ナトリウム緩衝液、4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジンエタンスルホン酸緩衝液(HEPES緩衝液)、グリシン緩衝液、炭酸ナトリウム緩衝液等が挙げられる。中でも、Tris-HCl緩衝液又は炭酸ナトリウム緩衝液が好ましく、Tris-HCl緩衝液がより好ましい。
【0037】
工程(3)において核酸溶出液として用いられる緩衝液の塩濃度は、450 mM~600 mMであることが好ましく、475 mM~550 mMであることがより好ましい。
【0038】
工程(3)において核酸溶出液として用いられる緩衝液のpHは、5~11であることが好ましく、6~10であることがより好ましい。
【0039】
工程(3)において核酸溶出液として用いられる緩衝液の好ましい例として、pHがpH7~9であり、塩濃度が450 mM~600 mMであるTris-HCl緩衝液が挙げられる。
【0040】
緩衝液の量は、特に制限されず、目的に合わせて適宜選択することができる。
【0041】
本発明の核酸抽出方法は、工程(3)において、残存すると核酸増幅を阻害する可能性のある高塩濃度の無機イオン水等を使用する必要がない点を特徴の一つとする。
【0042】
以下、実施例によって本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例0043】
実施例1.核酸抽出用基材の作製
本発明の核酸抽出用基材の作製例を以下に示す。核酸抽出用基材は、以下の(1)~(3)に示す工程で作製した。核酸抽出用基材の作製の概要図を
図1に示す。
【0044】
(1)イミダゾリウム塩の合成
<カルボキシ基側鎖を有するビニルイミダゾリウム塩>
1-ビニルイミダゾール(東京化成工業製)6 mmol(0.56 g)とブロモ酢酸(東京化成工業製)6 mmol(0.83 g)とをアセトニトリル 5 mL中で混合し、80 ℃で6時間撹拌した。得られた混合液を-20℃で12時間静置した後、アセトン 100 mLを加えて粗生成物を沈殿させた。得られた沈殿物をアセトン 30 mLで3回洗浄し、真空下で乾燥させることで側鎖にカルボキシ基を有するビニルイミダゾリウム塩(3-カルボキシメチル-1-ビニルイミダゾリウムブロミド)を得た。
【0045】
<カルボキシ基側鎖長の異なるビニルイミダゾリウム塩>
また、3-カルボキシメチル-1-ビニルイミダゾリウムブロミドの合成と同様の操作により、3-ブロモプロピオン酸(東京化成工業製)、5-ブロモ吉草酸(東京化成工業製)又は6-ブロモヘキサン酸(東京化成工業製)と、1-ビニルイミダゾールとを反応させ、洗浄することでカルボキシ基側鎖長の異なる3種類のビニルイミダゾリウム塩(3-カルボキシエチル-1-ビニルイミダゾリウムブロミド、3-(4-カルボキシブチル)-1-ビニルイミダゾリウムブロミド、及び3-(5-カルボキシペンチル)-1-ビニルイミダゾリウムブロミド)を得た。
【0046】
<メチルエーテル基側鎖を有するビニルイミダゾリウム塩>
1-ビニルイミダゾール 6 mmol(0.56 g)と2-ブロモエチルメチルエーテル(シグマアルドリッチ製)6 mmol(0.83 g)とをアセトニトリル 5 mL中で混合し、80 ℃で6時間撹拌した。得られた混合液を-20℃で12時間静置した後、アセトン 100 mLを加えて粗生成物を沈殿させた。得られた沈殿物をアセトン 30 mLで3回洗浄し、真空下で乾燥させることでメチルエーテル基側鎖を有するビニルイミダゾリウム塩(3-(2-メトキシエチル)-1-イミダゾリウムブロミド)を得た。
【0047】
<スルホ基側鎖を有するビニルイミダゾリウム塩>
1-ビニルイミダゾール6 mmol(0.56 g)と2-ブロモエタンスルホン酸ナトリウム(富士フイルム和光純薬製)5 mmol(1.1 g)とを超純水 2 mL中で混合し、80 ℃で6時間撹拌した。得られた混合液を-20℃で12時間静置した後、アセトン 100 mLを加えて粗生成物を沈殿させた。得られた沈殿物をアセトン 30 mLで3回洗浄し、真空下で乾燥させることで、スルホ基側鎖を有するビニルイミダゾリウム塩(3-(2-スルホエチル)-1-ビニルイミダゾリウムブロミド)を得た。
【0048】
<アミノ基側鎖を有するビニルイミダゾリウム塩>
また、3-(2-スルホエチル)-1-ビニルイミダゾリウムブロミドの合成と同様の操作により、3-ブロモプロピルアミン臭化水素酸塩(富士フイルム和光純薬製)と1-ビニルイミダゾールを反応させ、洗浄することでアミノ基側鎖を有するビニルイミダゾリウム塩(3-(3-アミノプロピル)-1-ビニルイミダゾリウムブロミド)を得た。
【0049】
(2)チオール基含有シリカゲルの合成
アルコキシシランとして(3-メルカプトプロピル)トリメトキシシラン(東京化成工業製)1.6 mmol(318 mg)、トリメトキシ(メチル)シラン(東京化成工業製)1.6 mmol(221 mg)及び3-メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン(東京化成工業製) 2.2 mmol(389 mg)を50 mLのビーカー内で混合した。これらの混合物にn-ヘキサデシルトリメチルアンモニウム塩化物(ナカライテスク製)0.19 mmol(70 mg)、尿素(富士フイルム和光純薬製)6.4 mmol(386 mg)及び5 mMの酢酸(富士フイルム和光純薬製)水溶液1.16 mLを加えて、室温にて900 rpmで6時間撹拌した。このようにして得たゾルを密閉容器に移し、90℃に保持したドライバスに12時間保持して、ゾル-ゲル反応によるゲル化を行った。次に、得られたシリカゲルを直径3 mm、高さ2 mmの円柱状に切り出した。これを1 mLのマイクロピペットチップに設置し、20 mLの超純水を通液することでゲルに残留した界面活性剤及び他の未反応化合物を除去して、チオール基含有シリカゲルを得た。
【0050】
(3)エン-チオール反応による核酸抽出用基材の作製
合成したビニルイミダゾリウム0.8 mmolと、水溶性ラジカル発生剤として2,2'-アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)2塩酸塩(東京化成工業製)40 mmol(10 mg)を超純水 0.2 mL中で混合し、エン-チオール反応用混合液を調製した。この反応用混合液 0.1 mLを1 mLマイクロピペットチップ中に設置したチオール基含有シリカゲルに通液した。その後、このシリカゲルをマイクロピペットチップから取り出し、エン-チオール反応用混合液0.1 mL中に浸漬した。これを90℃で12時間保持して、エン-チオール反応によるシリカゲル表面のイミダゾリウム修飾を行った。反応終了後、シリカゲルを90℃の超純水10 mLに浸漬し、さらに1 mLマイクロピペットチップの先端に設置してから90℃の超純水200 mLで通液洗浄することで、過剰のイミダゾリウム及び他の未反応化合物を除去して、核酸抽出用基材を得た。作製した核酸抽出用基材とその使用例を
図2に示す。
【0051】
実施例2.核酸の吸着、洗浄及び溶出
本発明の核酸抽出用基材を用いた核酸の吸着、洗浄及び溶出の操作フローの概略図を
図3に示す。
【0052】
(1)核酸の溶出に用いる緩衝液の検討
まず、核酸の溶出において緩衝液の種類が核酸回収率に与える影響を調べた。大腸菌(NBRC 3301)のゲノムDNA 1.15 pg/μL水溶液1 mLを、1 mLマイクロピペットチップの先端に設置してある吸着体に通液した後、3 mLの超純水で洗浄した。続いて、500 mMの緩衝液 50 μLを核酸抽出用基材に接触させた後、溶出した。用いた緩衝液を以下に示す。
・pH 8 Tris-HCl緩衝液
・pH 5 酢酸緩衝液
・pH 6 リン酸ナトリウム緩衝液
・pH 7 リン酸ナトリウム緩衝液
・pH 8 HEPES 緩衝液
・pH 9 グリシン緩衝液
・pH 10 炭酸ナトリウム緩衝液
この溶出液を超純水で10倍に希釈したものを用いて、大腸菌(Escherichia coli)(以下「E. coli」ということがある。)の16s RNA領域を標的としたリアルタイムPCRを行った。PCR反応液の組成は10 μMフォワードプライマー(5'-TGATGGAGGGGGATAACTACTGGA-3'、配列番号1)0.4 μL、10 μMリバースプライマー(5'-TGTGCAATATTCCCCACTGCTG-3'、配列番号2)0.4 μL、KOD SYBR qPCR Mix(東洋紡製)5 μL、超純水 2.2 μL及び溶出液 2 μLである。反応はPikoReal Real-Time PCR System(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)を用い、98℃ 1分の後、98℃ 10秒→60℃ 10秒→68℃ 30秒のPCRサイクルを40サイクル行った。これにより得られたDNAの定量値を基に、希釈前の溶出液中のDNA量を算出し、DNAの回収率を算出した。
【0053】
結果を
図4に示す。いずれの緩衝液を溶出液とした場合でも標的とするゲノムDNAが検出されており、特にpH 8 Tris-HCl緩衝液を溶出液とした場合にDNA回収率が高いことが確認された。そこで、以下の実験では、pH 8 Tris-HCl緩衝液を核酸溶出液として使用することにした。
【0054】
(2)核酸の溶出に用いるTris緩衝液濃度の検討
次に、核酸の溶出において緩衝液の塩濃度が核酸回収率に与える影響を調べた。大腸菌(NBRC 3301)のゲノムDNA 1.15 pg/μL水溶液1 mLを、1 mLマイクロピペットチップの先端に設置してある吸着体に通液した後、3 mLの超純水で洗浄した。続いて、pH 8.0の1000~100 mM のTris-HCl(富士フイルム和光純薬製)緩衝液 50 μLを核酸抽出用基材に接触させた後、溶出した。この溶出液を超純水で希釈して緩衝液濃度を50 mMにしたものを用いて、E. coliの16s RNA領域を標的としたリアルタイムPCRを行った。PCR反応液の組成及びPCR条件は上記と同じであった。これにより得られたDNAの定量値を基に、希釈前の溶出液中のDNA量を算出し、DNAの回収率を算出した。
【0055】
結果を
図5に示す。200 mM以上の濃度のpH 8 Tris-HCl緩衝液を用いた際に、標的とするゲノムDNAが溶出液から検出された。特に500 mM以上の濃度の場合にDNA回収率が高くなることが確認された。そこで、以下の実験では、pH 8.0の500 mM Tris-HClを核酸溶出液として使用することにした。
【0056】
(3)核酸の吸着、洗浄及び溶出
フェノール・クロロホルム法で調整した大腸菌(NBRC 3301)のゲノムDNA 1 pg/μL水溶液1 mLを、1 mLマイクロピペットチップの先端に設置した核酸抽出用基材に通液した後、3 mLの超純水で洗浄した。続いて、pH 8.0の500 mM Tris-HCl(富士フイルム和光純薬製)緩衝液 50 μLを吸着体に接触させた後、溶出した。DNA吸着及び溶出に要する時間は約5分であった。
【0057】
実施例3.リアルタイムPCRによる溶出液中のDNA検出
イミダゾリウム塩が有する側鎖の電荷が核酸抽出に与える影響を調べるため、イミダゾリウム塩の負電荷側鎖がアニオン官能基(カルボキシ基又はスルホ基)、カチオン官能基(アミノ基)又は中性官能基(メトキシ基)を含む核酸抽出用基材を用いて、上記実施例2の(3)と同様の手順で得られた溶出液を、E. coliの16s RNA領域を標的としたリアルタイムPCRに供し、DNA検出が認められるPCRサイクル数を比較した。PCR反応液の組成及びPCR反応条件は、上記と同じであった。
【0058】
結果を
図6に示す。側鎖にカチオン官能基(アミノ基)又は中性官能基(メトキシ基)を有するイミダゾリウム塩を含む核酸抽出用基材を用いた場合のリアルタイムPCRにおけるCq(quantification cycle)値は、側鎖にアニオン官能基(カルボキシ基)を有するイミダゾリウム塩を含む核酸抽出用基材を用いた場合のCq値に比べて10程度高かった。また、側鎖にアニオン官能基(スルホ基)を有するイミダゾリウム塩を含む核酸抽出用基材を用いた場合のCq値は、側鎖にカチオン官能基(アミノ基)又は中性官能基(メトキシ基)を有するイミダゾリウム塩を含む核酸抽出用基材を用いた場合のCq値に比べて低かった。Cq値が1減少する毎にDNA収量が2倍増加することを意味する。この結果から、側鎖にアニオン官能基を有するイミダゾリウム塩を含む核酸抽出用基材を用いた場合の核酸の回収量は、側鎖にカチオン官能基又は中性官能基を有するイミダゾリウム塩を含む核酸抽出用基材を用いた場合の核酸の回収量に比べて少なくとも16倍以上増加することが示された。
【0059】
また、本発明の核酸抽出用基材による核酸濃縮力を評価するために、以下の実験を行った。5×102 CFU/mLの大腸菌懸濁液を90℃で10分熱処理して、熱処理した菌液を得た。この菌液1 mLを、1 mLマイクロピペットチップの先端に設置した核酸抽出用基材に通液した後、500 μLの滅菌水で3回洗浄した。続いて、pH 8.0の500 mM Tris-HCl(富士フイルム和光純薬製)緩衝液 50 μLを吸着体に接触させた後、溶出した。こうして得たDNA溶出液 2μLと、熱処理した菌液2 μLとを、E. coliの16s RNA領域を標的としたリアルタイムPCRに供し、DNA検出が認められるPCRサイクル数を比較した。PCR反応液の組成及びPCR反応条件は、上記と同じであった。
【0060】
結果を
図7に示す。DNA溶出液を用いたリアルタイムPCRにおけるCq値は、菌液を用いたリアルタイムPCRにおけるCq値に比べて3程度低くなった。この結果から、本発明の核酸抽出用基材を用いて、加熱処理した大腸菌由来のDNAを吸着及び溶出することができること、並びに、大腸菌由来のDNAが濃縮され、検出感度が向上することが示された。
【0061】
さらに、カルボキシ基を含む負電荷側鎖の長さが核酸回収率に与える影響を調べるため、以下の実験を行った。側鎖にカルボキシメチル基、カルボキシブチル基又はカルボキシペンチル基を有するイミダゾリウム塩を含む核酸抽出用基材を用いて、上記実施例2の(3)と同様の手順で得られた溶出液を、E. coliの16s RNA領域を標的としたリアルタイムPCRに供し、DNA検出が認められるPCRサイクル数を比較した。PCR反応液の組成及びPCR反応条件は、上記と同じであった。
【0062】
結果を
図8に示す。側鎖にカルボキシブチル基又はカルボキシペンチル基を有するイミダゾリウム塩を含む核酸抽出用基材を用いた場合のリアルタイムPCRにおけるCq値は、側鎖にカルボキシメチル基を有するイミダゾリウム塩を含む核酸抽出用基材を用いた場合のCq値と同程度であった。