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特開2024-125105磁気加熱システム及び磁気加熱制御方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024125105
(43)【公開日】2024-09-13
(54)【発明の名称】磁気加熱システム及び磁気加熱制御方法
(51)【国際特許分類】
   A61N 2/02 20060101AFI20240906BHJP
   A61N 2/04 20060101ALI20240906BHJP
   G01K 7/00 20060101ALI20240906BHJP
   G01K 7/36 20060101ALI20240906BHJP
   G01J 5/48 20220101ALI20240906BHJP
【FI】
A61N2/02 D
A61N2/02 F
A61N2/04
G01K7/00 J
G01K7/36
G01J5/48 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023033224
(22)【出願日】2023-03-03
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)令和4年5月1日にhttps://www.jstage.jst.go.jp/article/msjtmsj/6/1/6_22TR519/_article/-char/ja/にて発表。 (2)令和5年2月9日にhttps://aip.scitation.org/doi/10.1063/9.0000558にて発表。 (3)令和5年2月8日にhttps://aip.scitation.org/doi/10.1063/9.0000557にて発表。
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003421
【氏名又は名称】弁理士法人フィールズ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】薮上 信
(72)【発明者】
【氏名】小玉 哲也
(72)【発明者】
【氏名】桑波田 晃弘
(72)【発明者】
【氏名】トンタット ロイ
(72)【発明者】
【氏名】スフバートル アリウンブヤン
【テーマコード(参考)】
2F056
2G066
4C106
【Fターム(参考)】
2F056GJ06
2G066AC13
2G066CA02
2G066CA15
4C106AA06
4C106BB25
4C106CC03
4C106CC21
4C106EE04
4C106FF12
4C106FF15
(57)【要約】
【課題】生体への侵襲なしに、生体内に注入された磁性流体の温度を高精度に制御することができる磁気加熱システムを提供する。
【解決手段】生体内のリンパ節に注入された磁性流体を加熱する磁気加熱システムは、生体の外側から磁性流体に磁界を印加して磁性流体を加熱する加熱部と、リンパ節付近の生体表面で測定される磁性流体の磁化に対応する第1の温度を測定する磁化温度測定部と、 リンパ節付近の生体表面の温度に対応する第2の温度を測定する表面温度測定部と、前記第1の温度及び前記第2の温度に基づいて前記加熱部を制御する制御部とを備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体内のリンパ節に注入された磁性流体を加熱する磁気加熱システムにおいて、
生体の外側から前記磁性流体に磁界を印加して前記磁性流体を加熱する加熱部と、
リンパ節付近の生体表面で測定される前記磁性流体の磁化に対応する第1の温度を測定する磁化温度測定部と、
リンパ節付近の生体表面の温度に対応する第2の温度を測定する表面温度測定部と、
前記第1の温度及び前記第2の温度に基づいて前記加熱部を制御する制御部とを備えることを特徴とする磁気加熱システム。
【請求項2】
前記制御部は、前記磁性流体の温度を所定の目標温度とするために前記第1の温度が所定の設定温度となるように、前記加熱部により前記磁性流体に印加する磁界の大きさを制御し、前記第1の温度及び前記第2の温度に基づいて、前記磁性流体の温度が前記目標温度であるか判定し、前記磁性流体の温度が前記目標温度でないと判定した場合、前記第2の温度に基づいて、前記設定温度を変更することを特徴とする請求項1に記載の磁気加熱システム。
【請求項3】
前記制御部は、前記磁性流体の温度を所定の目標温度とするために前記第2の温度が所定の設定温度となるように、前記加熱部により前記磁性流体に印加する磁界の大きさを制御し、前記第1の温度及び前記第2の温度に基づいて、前記磁性流体の温度が前記目標温度であるか判定し、前記磁性流体の温度が前記目標温度でないと判定した場合、前記第1の温度に基づいて、前記設定温度を変更することを特徴とする請求項1に記載の磁気加熱システム。
【請求項4】
前記磁化温度測定部は、生体表面に接触又は近接して配置されたコイルを含み、前記コイルが前記磁性流体の磁化の変化を検出することで、前記磁性流体の温度を測定することを特徴とする請求項1に記載の磁気加熱システム。
【請求項5】
前記表面温度測定部は、リンパ節付近の生体表面の温度を測定するサーモグラフィ装置であることを特徴とする請求項1に記載の磁気加熱システム。
【請求項6】
生体内のリンパ節に注入された磁性流体を加熱する磁気加熱制御方法において、
生体の外側から前記磁性流体に磁界を印加して前記磁性流体を加熱する加熱工程と、
リンパ節付近の生体表面で測定される前記磁性流体の磁化に対応する第1の温度を測定する磁化温度測定工程と、
リンパ節付近の生体表面の温度に対応する第2の温度を測定する表面温度測定工程と、
前記第1の温度及び前記第2の温度に基づいて、前記加熱工程を制御する制御工程とを備えることを特徴とする磁気加熱制御方法。
【請求項7】
生体内のリンパ節に注入された磁性流体を加熱する磁気加熱システムにおいて、
生体の外側から前記磁性流体に磁界を印加して前記磁性流体を加熱する加熱部と、
リンパ節付近の生体表面で測定される前記磁性流体の磁化に対応する温度を測定する磁化温度測定部と、
前記磁化温度測定部により測定された温度に基づいて前記加熱部を制御する制御部とを備え、
前記磁化温度測定部は、前記磁性流体の磁化に対応する信号であって、基本周波数成分を有する基本波信号及び前記基本周波数成分の高次の周波数成分を有する高調波信号を検知し、当該基本波信号及び当該高調波信号に基づいて前記磁性流体の温度を測定することを特徴とする磁気加熱システム。
【請求項8】
生体内のリンパ節に注入された磁性流体を加熱する磁気加熱制御方法において、
生体の外側から前記磁性流体に磁界を印加して前記磁性流体を加熱する加熱工程と、
前記磁性流体の磁化に対応する信号であって、基本周波数成分を有する基本波信号及び前記基本周波数成分の高次の周波数成分を有する高調波信号を検知し、当該基本波信号及び当該高調波信号に基づいて、リンパ節付近の生体表面で測定される前記磁性流体の磁化に対応する温度を測定する磁化温度測定工程と、
前記磁化温度測定工程により測定された温度に基づいて、前記加熱工程を制御する制御工程とを備えることを特徴とする磁気加熱制御方法。
【請求項9】
生体内のリンパ節に注入された磁性流体を加熱する磁気加熱システムにおいて、
生体の外側から前記磁性流体に磁界を印加して磁性流体を加熱する加熱部と、
リンパ節付近の生体表面で測定される前記磁性流体の磁化に対応する温度を測定する磁化温度測定部と、
前記磁化温度測定部により測定された温度に基づいて前記加熱部を制御する制御部とを備え、
前記加熱部は、デューティ比50%未満のパルス幅の短パルス波の磁界を前記磁性流体に印加することを特徴とする磁気加熱システム。
【請求項10】
前記加熱部は、デューティ比10%未満のパルス幅の短パルス波の磁界を前記磁性流体に印加することを特徴とする請求項9に記載の磁気加熱システム。
【請求項11】
生体内のリンパ節に注入された磁性流体を加熱する磁気加熱制御方法において、
生体の外側から前記磁性流体にデューティ比50%未満のパルス幅の短パルス波の磁界を印加して前記磁性流体を加熱する加熱工程と、
リンパ節付近の生体表面で測定される前記磁性流体の磁化に対応する温度を測定する磁化温度測定工程と、
前記磁化温度測定工程により測定された温度に基づいて、前記加熱工程を制御する制御工程とを備えることを特徴とする磁気加熱制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性流体が注入されたがん組織に交流磁界を印加してがん組織を加熱することでがん治療を行うための磁気加熱システム及び磁気加熱制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
がんに対する治療法として、温熱療法(ハイパーサーミア)が注目されている。この治療法ではがん組織が正常組織よりも温熱に弱いことを利用して、がん組織のみを選択的に壊死や縮退させることができる。そのため、現在一般的ながん治療法である手術療法、薬物療法、放射線療法に比べ、患者への負担が少ない低侵襲な治療法として期待されている。
【0003】
温熱療法における従来の加熱方式には、RF誘電加熱法や超音波加熱法などが提案され、すでに医療現場で用いられているが、これらの方式では加熱領域の制御が比較的困難であり、がん組織のみを選択的に加熱できない場合がある。温熱療法を効果的に実行するには、がん組織が死滅しうる温度までの加熱を一定時間継続して行う必要があり、さらに治療温度を高めれば、がんをより確実に死滅させることができる。しかしながら、その周囲の正常組織も高温環境へ晒し、損傷させる危険性がある。したがって、温熱療法の確立には、正常組織には害を及ぼさず、がん組織のみを治療できる温度と加熱時間の解明や温度制御システムの開発が求められる。そこで、図18に示すように、磁性体を発熱体としてがん組織に埋め込み、交流磁界の印加により局所的な加熱を可能とする磁気温熱療法が提案され研究されている。図18は、磁気温熱療法を概念的に表す図である。
【0004】
磁気温熱療法においては、感温磁性体と呼ばれる低キュリー温度の磁性材料を生体内に埋め込み、材料の持つ温度に対する磁気特性の変化から加熱温度を制御するソフトヒーティング法が提案されている。しかし、この手法では感温磁性体がμm~mmオーダーになるため治療後の取り出しが困難である。また、熱耐性の異なる様々ながん細胞への細やかな温度制御も難しい課題もある。そこで、動物実験ではnmオーダーの磁性ナノ粒子を患部へ埋め込み、光ファイバー温度計による温度測定を行いながら、印加磁界の強度を操作する方式がとられている。
【0005】
特許文献1は、磁性ナノ粒子による低浸透圧懸濁物を患者の生体内に注入し、磁気温熱療法のために患者に交流磁界を印加する手法について開示する。
【0006】
また、非特許文献1は、本発明者らの研究であって、動物実験において、交流磁界の印加により、生体内に注入された磁性ナノ粒子を加熱する温度制御に関して、オーバーシュートさせずに目標温度でぶれずに一定温度を維持するように、印加する磁界を精密に制御する定温加熱制御手法について開示する。
【0007】
なお、特許文献2は、磁気加熱による温熱効果によらずに、特定の周波数の交流磁界を印加するがん治療装置について開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2014/140543号
【特許文献2】国際公開第2018/097185号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】A. Shikano, L. Tonthat, and S. Yabukami : IEEJ Trans. Electr. Electron. Eng. , 16 , 807 - 809 (2021)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
交流磁界の印加により加熱される磁性流体の温度は、in vitro実験や動物実験では、光ファイバー温度計などの温度計を測定対象物である磁性流体に直接接触させて測定することができる。しかしながら、磁気温熱療法をヒト(患者)のがん治療に適用するために、生体内に磁性流体を注入してその温度を測定する場合、温度計を生体内に挿入して直接温度を測定することは、侵襲性が高く、患者への負担が大きいことから、侵襲することなく生体内の磁性流体の温度を正確に測定することが求められる。そして、測定された温度に基づいて、磁性流体を所定の目標温度に一定温度で維持するように定温加熱制御することが求められる。
【0011】
そこで、本発明の目的は、生体への侵襲なしに、生体内に注入された磁性流体の温度を高精度に制御することができる磁気加熱システム及び磁気加熱制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するための本発明の磁気加熱システムは、生体内のリンパ節に注入された磁性流体を加熱する磁気加熱システムにおいて、生体の外側から前記磁性流体に磁界を印加して前記磁性流体を加熱する加熱部と、リンパ節付近の生体表面で測定される前記磁性流体の磁化に対応する第1の温度を測定する磁化温度測定部と、リンパ節付近の生体表面の温度に対応する第2の温度を測定する表面温度測定部と、前記第1の温度及び前記第2の温度に基づいて前記加熱部を制御する制御部とを備えることを特徴とする。
【0013】
本発明の磁気加熱制御方法は、生体内のリンパ節に注入された磁性流体を加熱する磁気加熱制御方法において、生体の外側から前記磁性流体に磁界を印加して前記磁性流体を加熱する加熱工程と、リンパ節付近の生体表面で測定される前記磁性流体の磁化に対応する第1の温度を測定する磁化温度測定工程と、リンパ節付近の生体表面の温度に対応する第2の温度を測定する表面温度測定工程と、前記第1の温度及び前記第2の温度に基づいて前記加熱工程を制御する制御工程とを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、生体表面の外側に配置される磁化温度測定部と表面温度測定部を用いて磁性流体の温度を測定することで、生体への侵襲なしに、生体内に注入された磁性流体の温度を高精度に制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】センチネルリンパ節を説明するための図である。
図2】本発明の実施の形態における磁気加熱システムの構成例を示す図である。
図3】磁化温度測定部14により検出される誘導起電力(出力電圧)と磁性流体20の温度の関係を示すグラフである。
図4】生体表面温度測定部16により測定される生体表面温度と磁性流体20の温度の関係を示すグラフである。
図5】7kA/m、260kHzの交流磁界を印加した際の各磁性流体の発熱応答を示す。
図6】動物実験におけるリンパ節の定温加熱制御処理を示すフローチャートである。
図7】マウスの腸骨下リンパ節(SiLN:SubiliacLymphNode)を示す図である。
図8】マウスのSiLNへのPID加熱制御による温度変化及び電流値を示す図である。
図9】磁性流体と磁化温度測定部14との距離に応じた磁性流体の温度と磁化温度測定部14の出力電圧の関係を示すグラフである。
図10】定温加熱制御実行中における温度補正処理を判定する処理のフローチャートである。
図11】本発明の実施の形態における磁気加熱システムの第2の構成例を示す図である。
図12】基本波信号と高調波信号の出力例を示すグラフである。
図13】第2の構成例の磁気加熱システム102における励磁コイル14aと検知コイル14bの配置構成例を示す図である。
図14】磁性流体20と検知コイル14bとの距離Zに対する磁性流体の温度と出力電圧との関係を示す測定グラフである。
図15】正弦波及び矩形波による交流磁界に対する磁化の位相及びヒステリシスループを模式的に示す図である。
図16】デューティ比2%の短パルス波形状の交流磁界に対する磁化の変化及び高調波信号の出力を示す図である。
図17】デューティ比30%の短パルス波形状の交流磁界に対する磁化の変化及び高調波信号の出力を示す図である。
図18】磁気温熱療法を説明するための概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。しかしながら、かかる実施の形態例が、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の実施の形態では、特に、生体のリンパ節に磁気温熱療法を適用するための磁気加熱システムについて例示する。
【0017】
[センチネルリンパ節]
リンパ節へのがん組織の転移について、例えば乳がん症例においては、乳房周囲のリンパ節(主として腋窩リンパ節)へのがん組織の転移がしばしば起きる。乳がんはリンパ節に転移してから、下流側の臓器やリンパ節に転移すると考えられているため、リンパ節への転移を早期に正確に判断することが重要であり、また、不必要なリンパ節郭清(手術で乳房周囲のリンパ節をきれいに取り除くこと)を行わないために、現在、センチネルリンパ節生検が行われている。
【0018】
図1は、センチネルリンパ節を説明するための図である。センチネルリンパ節は、リンパ管に入ったがん細胞が最初にたどり着く腋窩リンパ節のことであり、センチネルリンパ節生検では、手術の前に乳がんの近くにラジオアイソトープあるいは色素を局所注射し、これを目印にして、手術中にセンチネルリンパ節を探しだして摘出し、このリンパ節にがんが転移していないかどうかを調べることが行われる。
【0019】
センチネルリンパ節生検でがんの転移を認めない場合は、これまでの臨床試験の結果から腋窩リンパ節に転移がないと考えられるため、それ以上の腋窩リンパ節の切除は行わず(腋窩リンパ節郭清の省略)、がんの転移が認められる場合にのみ、腋窩リンパ節の郭清を行う方法が試みられる。
【0020】
また、リンパ節郭清を避けて、侵襲性の低い磁気温熱療法を適用する場合、上記発明が解決しようとする課題で述べた通り、生体内に注入された磁性流体の温度を生体外から正確に測定し、一定温度を維持するように加熱制御することが求められる。
【0021】
本実施の形態においては、リンパ節が生体表面に近い組織であることに着目し、特にリンパ節に対する磁気温熱療法の実施に関して、生体内に侵襲することなく生体表面付近で測定される2つの温度に基づいて、リンパ節に注入された磁性流体の温度を正確に把握し、磁性流体を所定の目標温度で一定温度を維持するように加熱制御する定温加熱制御を行う手法を提案する。
【0022】
[磁気加熱システムの第1の構成例]
本実施の形態では、上記の生体表面付近で測定される2つの温度として、生体に注入された磁性流体の磁化を生体表面付近で測定することにより求められる温度(磁化温度)、及び生体表面の温度(表面温度)を用いて、磁性流体の温度を定温加熱制御する磁気加熱システムが提供される。
【0023】
図2は、本発明の実施の形態における磁気加熱システムの第1の構成例を示す図である。第1の構成例における磁気加熱システム101は、生体30内のリンパ節に注入された磁性流体20を加熱制御するものであって、リンパ節付近の生体表面で磁性流体20に磁界を印加して磁性流体を加熱する加熱部12と、リンパ節付近の生体表面で測定される磁性流体20の磁化に対応する磁化温度(第1の温度)を測定する磁化温度測定部14と、リンパ節付近の生体表面の温度に対応する表面温度(第2の温度)を測定する表面温度測定部16と、測定された2つの温度、すなわち上記磁化温度及び上記表面温度に基づいて加熱部12を制御する制御部18とを備えて構成される。
【0024】
加熱部12は、駆動コイル12aとそれを駆動する高周波誘導加熱電源12bを用いることができ、駆動コイル12aは、そのコイル軸のほぼ中心線上に生体30内に注入された磁性流体20が位置するように配置される。駆動コイル12aから発生される交流磁界が生体内の磁性流体20を加熱する。なお、加熱部12を冷却するためのチラー(図示せず)が必要に応じて設けられる。
【0025】
磁化温度測定部14は、励磁コイル14a及び検知コイル14bを含むコイル体を有し、生体内の磁性流体20の温度によって変化する磁性流体20の磁化の値に応じた誘導起電力を検出することにより、磁性流体20の温度を測定する。磁化温度測定部14によって検出される誘導起電力(出力電圧)が、磁性流体20の磁化に対応する磁化温度(第1の温度)に相当する。
【0026】
励磁コイル14aは、励磁用電源14cから電源供給を受けて励磁用磁界を発生し、検知コイル14bに発生する誘導起電力である出力電圧信号は、磁化温度測定部14の増幅器14dにより増幅され、さらに、磁化温度測定部14のロックインアンプ14eより供給されるレファレンス周波数(基本周波数と称する場合がある)に基づいて、基本周波数成分を有する基本波信号として抽出される(ロックインアンプ14eにより、基本波信号に加えて、基本周波数より高次の周波数成分を含む高調波信号も抽出される)。磁化温度測定部14は、磁化を高感度に検知するため、磁性流体20にできるだけ接近した位置に配置され、磁性流体20が注入された生体表面に接触して、又は生体表面にわずかに離れて配置される。また、加熱部12の駆動コイル12aと磁化温度測定部14の励磁コイル14a及び検知コイル14bとはその軸方向が互いに直交するように配置される。リンパ節が生体表面に近い組織であるため、検知コイル14bを生体表面付近に配置することで、生体内の磁性流体20に接近した位置で磁性流体20の磁化を高感度に測定することができる。
【0027】
図3は、磁化温度測定部14により検出される出力電圧信号と磁性流体20の温度の関係を示すグラフである。磁性流体20の温度が高くなる(又は低くなる)にしたがって、出力電圧はリニアに低下(又は上昇)していき、検知コイル14bの出力電圧に基づいて磁性流体20の温度を測定することができる。
【0028】
なお、磁性流体20の実際の温度は、例えば、動物実験又はin vitro実験などで、磁性流体20に接触して磁性流体20の温度を直接的に測定できる温度センサ(例えば光ファイバ温度計)を用いた温度測定実験をあらかじめ行っておく。当該温度センサ(例えば光ファイバ温度計)と磁化温度測定部14を併用した温度測定実験を行い、温度センサ(例えば光ファイバ温度計)により測定された温度と、磁化温度測定部14の出力電圧信号を関連付け、図3に例示するような磁化温度測定部14の出力電圧と磁性流体20の温度の相関データを取得しておくことで、磁化温度測定部14の出力電圧に基づいた磁性流体20の温度測定が可能となる。
【0029】
表面温度測定部16は、放射温度計であって、赤外線により生体を含む物体の表面温度(第2の温度)を測定する温度センサである。放射温度計はサーモグラフィを含む。表面温度測定部16は、生体内の磁性流体20の温度それ自体ではなく、磁性流体20の加熱による生体表面温度を測定する。リンパ節は生体表面に比較的近い組織であり、リンパ節に注入された磁性流体20に近い生体表面温度は、磁性流体20の温度に高い相関で追従して変化することから、生体表面温度を測定することにより、磁性流体20の温度を検出可能である。
【0030】
図4は、生体表面温度測定部16により測定される生体表面温度と磁性流体20の温度の関係を概念的に示す図である。磁性流体20の温度が高くなる(又は低くなる)にしたがって、生体表面温度もリニアに上昇(又は低下)していき、生体表面温度測定部16の測定温度に基づいて磁性流体20の温度を測定することができる。
【0031】
なお、上述の磁化温度測定部14の場合と同様に、磁性流体20の実際の温度は、例えば、動物実験又はin vitro実験などで、磁性流体20に接触して磁性流体の温度を直接的に測定できる温度センサ(例えば光ファイバ温度計)を用いた温度測定実験をあらかじめ行っておく。温度センサ(例えば光ファイバ温度計)と表面温度測定部16を併用した温度測定実験を行い、温度センサ(例えば光ファイバ温度計)により測定された温度と、表面温度測定部16の測定温度とを関連付け、図4に例示するような表面温度測定部16の測定温度と磁性流体20の温度の関係性を取得しておくことで、表面温度測定部16の測定温度に基づいた磁性流体20の温度測定が可能となる。
【0032】
制御部18は、本実施の形態例における温度制御方法を実行するコンピュータ装置である。制御部18は、例えば、ノートパソコンやデスクトップパソコンなどの汎用コンピュータ装置を用いることができ、本実施の形態例における温度制御方法を実行するためのコンピュータプログラムや各種データを格納する記憶手段(RAN、ROMなどのメモリ、磁気ディスクなど)や、コンピュータプログラムを実行する演算処理手段(CPUなど)を有して構成される。制御部18は、検知コイル14bの出力電圧信号に基づいて、磁性流体20の温度を求める磁化温度測定部14を構成するとともに、磁化温度測定部14として測定した温度データ及び生体表面温度測定部16から取得される温度データに基づいて、磁性流体20を一定温度を維持するように加熱部12の出力制御を行う。
【0033】
[磁性流体]
ここで、本実施の形態例において用いられる磁性流体について説明する。
【0034】
磁気温熱療法において使用する磁性流体は、生体内に留置するため医薬品としての安全性が求められる。したがって、磁性流体を選択する上では、前臨床試験や治験などで承認された医薬品であることが望ましい。新規に承認を得るには上記の手続きをおこなうために多額の費用と長期の開発期間が必要となる。そのため、本実施の形態例では既に医薬品として承認されており、磁気温熱療法の研究にて利用されている医用磁性流体のResovist(登録商標)(共和クリティケア、東京)を選択した。Resovist(登録商標)は、カルボキシデキストランで被覆された液中粒径が約57nmの酸化鉄からなる磁性流体である。
【0035】
なお、生体内では注入部位の体積から定まる投与量の限界と生体への磁界の照射量(印加量)の制限があり、Resovist(登録商標)による発熱では磁気温熱療法の治療温度である43~50℃まで温度を上昇させることが難しい。
【0036】
そこで、磁性流体の発熱特性を改善するために、本実施の形態例では、Resovist(登録商標)に含まれる磁性体の数を増やすことで発熱特性の向上を図った。使用したResovist(登録商標)には、鉄換算で24.8mg/mLの磁性ナノ粒子が分散されていると確認し、この粒子数を99.2mg/mLまで増加させた試料を作製した。Resovist(登録商標)と、Resovist(登録商標)の磁性ナノ粒子数を増加させて作製した本実施の形態の試料の2つの磁性流体について、ゼータサイザ(Zetasizer NanoZS、MalvernPanalyticalLtd、Malvern、UK)により評価した。作製した試料は、Resovist(登録商標)の磁性ナノ粒子を濃縮して作製した磁性流体であり、以下、「濃縮試料」と称する場合がある。
【0037】
Resovist(登録商標)の液中の平均粒径とゼータ電位はそれぞれ59.6nm、-41.5mVであり、濃縮試料では53.4nm、-39.6mVとほぼ同等であるため磁性ナノ粒子は分散していると考えられる。また、振動試料型磁力計(PV-M10-5、東栄科学産業、宮城)を用いた磁気特性の測定では、濃縮試料が超常磁性を示しており、磁気特性が変化していないことが確認できた。
【0038】
Resovist(登録商標)と濃縮試料の2つの磁性流体についての発熱特性の変化を上記図2に示す磁気加熱システムを利用して測定した。なお、この発熱特性の変化は、上記図2に示す磁気加熱システムにおいて、磁化温度測定部14及び表面温度測定部16に代わって、磁性流体に接触して温度を測定する光ファイバ温度計(FL-2000、安立計器、東京)を用いて、in vitro実験により測定した。
【0039】
磁性流体の温度を直接測定する光ファイバ温度計により測定される温度に基づいて、制御部18であるコンピュータ装置によるPID(Proportional-Integral-Differential)制御によって、加熱部12の駆動コイル12aに流す交流電流を操作し、Resovist(登録商標)及び濃縮試料の温度制御が可能である。なお、駆動コイル12aは、例えば内径70mm、外径85mm、ピッチ7mmの2巻コイルで構成される。
【0040】
加熱部12である誘導加熱電源(EASYHEAT 2.4kW, Ambrell, Rochester, New York, US)はLC共振を用いて周波数260kHzによる励磁を維持する。加熱部12の誘導加熱電源の最大出力である電流400Aを流したときの駆動コイル12a中心における磁界強度は14kA/mであり、磁界強度と周波数の積は生物医学的な制限の5×109Am-1s-1未満であるため、磁界が生体へ与える影響は小さいと考えられる。
【0041】
Resovist(登録商標)及び濃縮試料の2つの磁性流体それぞれの発熱特性を断熱環境にて測定した。まず、各磁性流体200μLを発泡スチロールで作った断熱材の中へ入れ、磁性流体がコイル中央へ来るように設置した。そして、各磁性流体に対して、7kA/m、260kHzの交流磁界を印加し、その時の発熱応答を光ファイバ温度計にて測定した。
【0042】
図5は、7kA/m、260kHzの交流磁界を印加した際の各磁性流体の発熱応答を示す。本実施の形態の濃縮試料では、磁性ナノ粒子が濃縮されその総量が増えたことで昇温が早くなっている。温度上昇の傾きに注目すると、本実施の形態の濃縮試料はResovist(登録商標)に比べ約4倍の上昇率であり、磁性ナノ粒子の増加量に比例している。以上のように、磁性ナノ粒子の数に比例して高発熱化する磁性流体が得られた。
【0043】
[定温加熱制御]
次に、動物実験による生体内での定温加熱制御について説明する。
【0044】
図6は、動物実験におけるリンパ節の定温加熱制御処理を示すフローチャートである。本定温加熱制御は、図2の構成を有する磁気加熱システムのPID(Proportional-Integral-Differential)制御によって実施される。また、動物実験においては、図2の磁気加熱システムにおいて、磁化温度測定部14と表面温度測定部16に代わって、磁性流体に接触して直接温度測定する光ファイバ温度計が用いられる。
【0045】
動物実験では、全身のリンパ節の短径が生後約3カ月でヒトのリンパ節と同程度の大きさ(10mm)まで腫脹するMXH10/Mo-lpr/lprマウス2匹(週齢12~13)を使用した。本実験でマウスの腸骨下リンパ節(SiLN:Subiliac Lymph Node)に磁性流体を注射する。磁性流体には、上述した濃縮試料が用いられる。
【0046】
図7はマウスの腸骨下リンパ節(SiLN:Subiliac Lymph Node)を示す図である。マウスを麻酔下におきSiLNの表皮を切開し、次に、カテーテルをマウスのSiLNに刺入し、カテーテルを通して光ファイバ温度計のプローブをマウスのSiLN内に留置する。
【0047】
定温加熱制御処理において、まず、マウスのSiLNを磁気加熱システムの駆動コイル12aのコイル中心軸上に配置し(S100)、磁性流体としての濃縮試料200μLをマウスのSiLNに注射・注入する(S102)。
【0048】
次に、加熱部12の高周波誘導加熱電源にて260kHzの交流による励磁を行い、マウスのSiLNを40℃一定温度になるまで加熱し、その後、駆動コイル12aに流れる交流電流をステップ状に変化させた交流電流50Aのステップ信号を与える(S104)。このときのマウスのSiLNの発熱応答からジーグラニコルス(Ziegler-Nichols)のステップ応答法を用いてPIDチューニングを行い(S106)、PID制御におけるPIDパラメータKC=24.08、TI=0.60min、TD=0.15minを得た。
【0049】
以下の表1は、マウスのSiLNの発熱応答から取得される磁性流体のパラメータであり、これらのパラメータと表2に示す換算式からジーグラニコルス(Ziegler-Nichols)のステップ応答法によるPIDパラメータを求めることができる。
【0050】
【表1】
【0051】
【表2】
【0052】
磁界の変化に対する磁性流体の発熱挙動が、無駄時間要素と一次遅れ要素又は積分器に近似できると考えられるため、PIDパラメータを求めるPIDチューニング法では、無駄時間要素と一次遅れ要素又は積分器に近似できる系に対するチューニング法の一つであるジーグラニコルス(Ziegler-Nichols)のステップ応答法を用いた。なお、異なるPIDチューニング法、例えばCHR(Chien-Hrones-Reswick)法などによりPIDパラメータを求めることも可能である。
【0053】
次に、別個体のマウスを準備し、上記で得られたPIDパラメータを用いて、生体体温から磁気温熱療法の治療温度とされている50℃まで周波数260kHzの交流電流出力を0~400Aで操作し、PID制御により、目標温度である50℃を維持するように定温加熱制御を実行する(S108)。このときのコイル中心の磁界強度は0~14kA/mであり、周波数との積は生物医学的な制限の5×109Am-1s-1未満)である。
【0054】
図8は、マウスのSiLNへのPID加熱制御による温度変化及び電流値を示す図である。過渡応答に注目すると、2%整定時間は137secである。また、オーバーシュートは0.7℃、その継続時間は109secであった。生物の正常細胞は51℃で180sec加熱されるとネクローシスが起きるため、オーバーシュートによる正常細胞への侵襲は少ないと考える。オーバーシュートがin vitro実験に比べ大きく低減したのは生体内の放熱しやすい環境が寄与したものである。目標温度を維持している300sec間における温度変化の標準偏差は、0.05℃である。
【0055】
上述の動物実験においては、切開されたマウスのSiLNに注入された磁性流体に直接光ファイバ温度計のプローブを接触させて測定された磁性流体(濃縮試料)の温度により、定温加熱制御を行ったが、生体内に注入された磁性流体に接触せずに(生体への侵襲なしに)磁性流体から離れて生体表面の外側で測定される磁性流体の温度に基づいて定温加熱制御を行う場合は、光ファイバ温度計に代わって、図2に示す磁気加熱システムにおける磁化温度測定部14と表面温度測定部16の2つの温度測定手段により測定される温度を用いて、磁性流体の加熱を制御する。
【0056】
[磁化温度測定部と表面温度測定部による定温加熱制御]
上記図2に示した本実施の形態の磁気加熱システム101は、生体表面付近に配置される2つの温度測定手段、すなわち、磁化温度測定部14と表面温度測定部16とを備え、磁化温度測定部14により測定される磁化温度(第1の温度)と表面温度測定部16により測定される表面温度(第2の温度)に基づいて、制御部18は、生体内に注入された磁性流体の温度を検出して、磁性流体を定温加熱制御する。
【0057】
図9は、磁性流体と磁化温度測定部14との距離に応じた磁性流体の温度と磁化温度測定部14の出力電圧(磁化温度)の関係を示す図である。上述の通り、磁化温度測定部14の出力電圧と磁性流体の温度は、磁性流体の温度を光ファイバ温度計により直接測定し、そのときの磁化温度測定部14の出力電圧の値をあらかじめ実験により求めておく。磁性流体の温度に対応する磁化温度測定部14の出力電圧は、磁性流体20と磁化温度測定部14の検知コイル14bとの距離に応じて変化する。両者の距離が離れるほど、出力電圧は低下していく。
【0058】
上記図9のグラフで示した磁性流体と磁化温度測定部14との距離に応じた磁性流体の温度と磁化温度測定部14の出力電圧(磁化温度)の関係と同様に、磁性流体の温度に対応する表面温度測定部16の測定温度は、磁性流体と生体表面との距離に応じて変化する。具体的には、図9と同様に、両者の距離が離れるほど、表面温度は低下していく。表面温度測定部16の測定温度と磁性流体の温度は、磁性流体の温度を光ファイバ温度計により直接測定し、そのときの表面温度測定部16の測定温度の値をあらかじめ実験により求めることにより、互いの距離に応じた図4に示すような磁性流体の温度と表面温度測定部16の測定温度との関係が取得される。
【0059】
磁気温熱療法のターゲットとなるリンパ節に注射された磁性流体の位置は、生体表面からそのリンパ節の位置までの距離にあると推定される。したがって、磁性流体の定温加熱制御において、その推定される距離を基準として、磁化温度測定部14及び表面温度測定部16の測定値に基づいて定温加熱制御を実行する。
【0060】
具体的には、磁気加熱システムの制御部18は、磁化温度測定部14及び表面温度測定部16のいずれか一方の測定値に基づいてPID制御による定温加熱制御を実行し、他方の測定値に基づいて磁性流体の温度補正処理を行う。
【0061】
図10は、定温加熱制御実行中における温度補正処理の要否を判定する処理のフローチャートである。磁化温度測定部14による出力電圧(磁化温度)から求められる磁性流体の温度と、表面温度測定部16による表面温度から求められる磁性流体の温度とが一致するか否かを判定し(S200)。一致する場合は、温度補正処理を行わずに、定温加熱制御を続行し、一致しない場合は、温度補正処理を実行し(S202)、その温度補正処理が反映された定温加熱制御を続行する。
【0062】
例えば、磁化温度測定部14の出力電圧(磁化温度)に基づいて定温加熱制御を行う場合、図9において、生体表面から磁性流体までの推定距離がL1であり、磁性流体を加熱し目標温度45℃に定温加熱することを想定すると、制御部18は、磁化温度測定部14の出力電圧V1を設定出力電圧(設定磁化温度)としてPID制御により定温加熱制御を実行する。このとき、制御部18は、磁化温度測定部14の出力電圧に対応する磁性流体の温度と、表面温度測定部16の測定温度に対応する磁性流体の温度が実質的に同一であるかどうか判定し(S200)、磁性流体の目標温度45℃に対応する磁化温度測定部14の出力電圧V1時における表面温度測定部16の測定温度が磁性流体の目標温度45℃に対応する表面温度43℃と同一であれば、このまま設定出力電圧V1に維持する定温加熱制御を続行する。
【0063】
一方、磁性流体の目標温度45℃に対応する出力電圧V1時における表面温度測定部16の測定温度が磁性流体の目標温度45℃に対応する表面温度43℃と異なる場合、例えば表面温度43℃より低い42℃である場合では、生体内の磁性流体の位置が移動し、生体表面から磁性流体までの推定距離が変化した(この場合は、推定距離がL1からL3に変化した)と推定される。この場合、制御部18は、磁化温度測定部14の設定出力電圧(設定磁化温度)を、推定距離L3に対応する出力電圧V3に変更し(S202)、出力電圧V3となるようにPID制御を実行する。
【0064】
生体内の磁性流体は、当初注入された位置から流れて移動することがあるため、制御部18は、2つの温度測定手段の差分から磁性流体の移動を推定し、設定磁化温度を変更する温度補正処理を行いつつ定温加熱制御を実行する。これにより、磁性流体が継続して一定温度を維持するよう高精度に定温加熱制御することができる。
【0065】
また、別の実施例として、例えば、表面温度測定部16の測定温度に基づいて定温加熱制御を行う場合、図9において、生体表面から磁性流体までの推定距離がL1であり、磁性流体を加熱し目標温度45℃に定温加熱することを想定すると、制御部18は、表面温度測定部16の測定温度43℃を設定表面温度としてPID制御を実行する。このとき、制御部18は、表面温度測定部16の測定温度に対応する磁性流体の温度と、磁化温度測定部14の出力電圧に対応する磁性流体の温度が実質的に同一であるかどうか判定し(S200)、磁性流体の目標温度45℃に対応する表面温度測定部16の測定温度43℃時における磁化温度測定部14の出力電圧が磁性流体の目標温度45℃に対応する出力電圧V1と同一であれば、このまま表面温度測定部16の設定表面温度43℃に維持する定温加熱制御を続行する。
【0066】
一方、磁性流体の目標温度45℃に対応する表面温度測定部16の測定温度43℃時における磁化温度測定部14の出力電圧が磁性流体の目標温度45℃に対応する出力電圧V1と異なる場合、例えば出力電圧V1より高い出力電圧V2である場合では、生体内の磁性流体の位置が移動し、生体表面から磁性流体までの推定距離が変化した(この場合は、推定距離がL1からL2に変化した)と推定される。この場合、制御部18は、表面温度測定部16の設定表面温度を、推定距離L2に対応する表面温度44℃に変更し(S202)、表面温度44℃となるようにPID制御を実行する。
【0067】
この場合も、生体内の磁性流体は、当初注入された位置から流れて移動することがあるため、制御部18は、2つの温度測定手段の差分から磁性流体の移動を推定し、設定表面温度を変更する補正処理を行いつつ磁性流体の定温加熱制御を実行する。これにより、磁性流体が継続して一定温度を維持するよう高精度に定温加熱制御することができる。
【0068】
本実施の形態例によれば、生体表面付近での2つの温度測定手段による温度測定により、生体に侵襲することなく生体内の磁性流体の温度を正確に把握することができ、さらに磁性流体の温度を高精度に制御することができる。
【0069】
[磁気加熱システムの第2の構成例]
図11は、本発明の実施の形態における磁気加熱システムの第2の構成例を示す図である。第2の構成例の磁気加熱システム102は、図2に示した第1の構成例における磁気加熱システム101との比較において、第1の構成例における生体表面温度測定部16を含まない点を除いて、第1の構成例における磁気加熱システム101の構成と実質的に同一であり、また、制御部18は、以下に述べるように、検知コイル14bの出力電圧信号である基本波信号及びその高調波信号に基づいて、磁性流体20の温度を測定し、その測定された温度に基づいて加熱部12を制御する。
【0070】
制御部18は、磁化温度測定部14のロックインアンプ14eにより抽出される検知コイル14bの出力電圧信号である基本周波数成分を有する基本波信号及び基本周波数の高次の周波数成分を有する高調波信号を利用して、磁性流体20との距離に依存しない磁性流体20の温度を測定する。磁性流体20との距離に依存しない磁性流体20の温度を測定することで、生体表面温度測定部16を用いずとも高精度な温度測定を可能とする。
【0071】
図12は、基本波信号と高調波信号の出力例を示すグラフである。横軸は高調波信号の次数(1次の基本波信号を含む)を示し、縦軸は磁化の大きさを示す。ロックインアンプ14eにより抽出される検知コイル14bの出力電圧信号は、基本周波数成分を有する基本波信号(1次信号)と、基本周波数より高次、具体的には、奇数の3次及び5次の周波数成分を有する高調波信号を含み、基本波信号(1次信号)が最も高いレベルとなり、高次になるほど出力値は小さくなることから、高調波信号として3次高調波信号を利用することが好ましいが、3次より高次の高調波信号を用いることもできる。また、直流磁場をさらに重畳することで、偶数次の高調波信号を用いることもできる。
【0072】
図13は、第2の構成例の磁気加熱システム102における励磁コイル14aと検知コイル14bの配置構成例を示す図である。励磁コイル14aと検知コイル14bは、その軸方向が磁性流体20の方向を向き、さらに、励磁コイル14aと検知コイル14bは同心に配置される。さらに、2つの検知コイル14b、すなわち、励磁コイル14aの磁性流体20に対向する先端側(Head側)の検知コイル14b-Headとその反対側の後端側(End側)の検知コイル14b-Eが、互いに直列に間隔をあけて配置され、2つの検知コイル14bは互いに逆巻きのコイル体である。2つの検知コイル14bの出力電圧信号の差分値を測定することにより、2つの検知コイル14bの磁性流体20との距離の違いによる磁界の大きさの差分を求めることができる。
【0073】
励磁コイル14aに励磁された磁性流体20の発生する磁界Bは、以下の(1)式で表される。
【0074】
【数1】
【0075】
なお、磁界Bの添字のMNPはMagnetic Nano-Particle(磁性ナノ粒子)を意味し、磁界Bが磁性ナノ粒子である磁性流体20が発生する磁界の大きさを示し、さらに、添字A0及びA3は励磁周波数の基本周波数成分(1次成分)、及び3次の高調波成分を示す。また、磁化MA0及びMA3は、それぞれ磁性流体20の基本周波数成分の磁化、3次の高調波成分の磁化を示す。rは磁性ナノ粒子からの距離である。
【0076】
磁性流体20と励磁コイル14aの先端側(Head)までの距離をrA、励磁コイル14aの長さをrCとすると、励磁コイル14aの後端側(End)までの距離は、rA+rCとなり、2つの検知コイル14bの出力電圧信号の差分電圧VAは、以下の(2)式で表される。
【0077】
【数2】
【0078】
ここで、差分電圧VA0は差分電圧の基本周波数成分(1次成分)、差分電圧VA3は差分電圧の3次高調波成分、VH0は、磁性粒子20に近い先端側の検知コイル14bの出力電圧の基本周波数成分(1次成分)、VH3は、磁性粒子20に近い先端側(Head)の検知コイル14bの出力電圧の3次高調波成分、VE0は、磁性粒子20から遠い後端側(End)の検知コイル14bの出力電圧の基本周波数成分(1次成分)、VE3は、磁性粒子20から遠い後端側(End)の検知コイル14bの出力電圧の3次高調波成分を示す。
【0079】
上記(2)式において、出力電圧信号の差分電圧の基本周波数成分VA0と3次高調波成分VA3の比VA3/VA0は、以下の(3)式で表される。
【0080】
【数3】
【0081】
上記(3)式に示されるように、出力電圧信号の差分電圧の基本周波数成分VA0と3次高調波成分VA3の比VA3/VA0は、磁性流体20の磁化の基本周波数成分MA0と3次高調波成分MA3のみの関数となり、磁性流体20からの距離に依存しない値となる。これは、生体内に注入された磁性流体20の位置が特定されない場合であっても、生体内の磁性流体20と生体表面の検知コイル14bとの距離にかかわらず、磁性流体20の温度を制御できることを明らかにするものであって、具体的には、制御部18は、検知コイル18bの出力電圧信号の差分電圧の基本周波数成分VA0と3次高調波成分VA3の比VA3/VA0を求め、当該比VA3/VA0を一定に保つようにPID制御による加熱部12の出力制御を行うことで、磁性流体20の定温加熱制御が可能となる。よって、第2の構成例における磁気加熱システム102においても、生体への侵襲なしに、生体内に注入された磁性流体の温度を高精度に制御することができる。また、第2の構成例の磁気加熱システム102は、第1の構成例における生体表面温度測定部16をさらに含み、生体表面温度測定部16により測定される表面温度を追加的に用いて、磁性流体の温度制御を行ってもよい。
【0082】
図14は、磁性流体20と検知コイル14bとの距離Zに対する磁性流体の温度と電圧比VA3/VA0との関係を示す測定グラフである。実測において、磁性流体20と検知コイル14bとの距離Zに依存せず、ほぼ同一とみなせる範囲内で、磁性流体の温度に対応する値が得られ、例えば、電圧比の目標値を0.4とすることで、距離Zに依存することなく、磁性流体の温度を治療温度45℃程度に維持することが可能となる。
【0083】
[短パルス磁界による磁気加熱]
磁性流体20は、駆動コイル12aにより発生される交流磁界の印加により加熱される。印加される交流磁界は、例えば正弦波形状、矩形波形状、若しくは短パルス波形状の交流磁界である。ここで、矩形波形状は、正弦波形状を矩形化したデューティ比50%のパルス信号であり、短パルス波は、デューティ比50%未満、特に、デューティ比が非常に小さい(例えばデューティ比が10%以下程度)の矩形波を含むパルス信号であり、一定間隔で一時的に急峻に変化する波形である。
【0084】
図15は、正弦波及び矩形波による交流磁界に対する磁化の位相(図15(a))及びヒステリシスループ(図15(b))を模式的に示す図である。図15において、交流磁界と磁化の位相に関して、正弦波形状の交流磁界と比較して、矩形波形状の交流磁界における磁化の位相のズレは大きくなり、そのため、ヒステリシスループが囲む面積は大きくなる。ヒステリシスループが囲む面積はヒステリシス損失、すなわち磁性流体の加熱に使われるエネルギーであり、矩形波の交流磁界は正弦波形状の交流磁界よりも加熱効率は高くなる。
【0085】
また、矩形波形状の交流磁界において、そのデューティ比をより小さくして(周期に対してパルス幅をより短くして)、交流磁界の波形を短パルス信号とすると、パルス幅が短くなり(磁界の変化しない期間が短くなり)、加熱に寄与するパルス幅における磁界の変化する期間の比率が相対的に大きくなることから、印加する磁界の大きさに対するヒステリシス損失はより大きくなることから、より加熱効率は高くなる。
【0086】
図16及び図17は、パルス幅の異なる(デューティ比が異なる)短パルス波形状の交流磁界に対する磁化の変化及び高調波信号の出力を示す図である。具体的には、図16(a)はデューティ比2%の短パルス交流磁界、図16(b)はそのデューティ比2%における磁化の変化、図16(c)はそのデューティ比2%における高調波信号の出力を示し、図17(a)はデューティ比30%の短パルス交流磁界、図17(b)はそのデューティ比30%における磁化の変化、図17(c)はそのデューティ比30%における高調波信号の出力を示す。
【0087】
図16(b)及び図17(b)に示すように、磁化の変化は、磁界が変化時(パルスの立ち上がり時と立ち下がり時)に生じるため、パルス幅を短くし、デューティ比をより小さくすることで、加熱効率を高めることができる。また、図16(c)及び図17(c)に示すように、デューティ比をより小さくすることで、高調波信号の出力が増大する。
【0088】
このように、加熱部12により磁性流体20に印加される交流磁界を、デューティ比50%未満、好ましくは、デューティ比10%未満のパルス幅の小さい短パルス化することで、磁性流体の加熱効率が向上する。なお、加熱のために印加する交流磁界のデューティ比を小さくして短パルス化することで、加熱効率は向上するが、加熱のための交流磁界エネルギーが相対的に小さくなるため、加熱に必要な磁界エネルギーを入力する範囲内において、最適なデューティ比が決定される。磁気加熱のための交流磁界の短パルス化は、上記第1の構成例及び第2の構成例を含む磁気加熱システムに適用可能である。
【0089】
本発明は、上記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の分野における通常の知識を有する者であれば想到し得る各種変形、修正を含む要旨を逸脱しない範囲の設計変更があっても、本発明に含まれることは勿論である。
【符号の説明】
【0090】
101,102:磁気加熱システム、12:加熱部、12a:駆動コイル、12b:高周波誘導加熱電源、14:磁化温度測定部、14a:励磁コイル、14b:検知コイル、14c:励磁用電源、14d:増幅器、14e:ロックインアンプ、16:表面温度測定部、18:制御部、20:磁性流体(磁性ナノ粒子)、30:生体
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18