(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024125536
(43)【公開日】2024-09-19
(54)【発明の名称】芯鞘複合繊維およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
D01F 8/06 20060101AFI20240911BHJP
D06M 13/292 20060101ALI20240911BHJP
【FI】
D01F8/06
D06M13/292
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023033397
(22)【出願日】2023-03-06
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】芦刈 政亮
(72)【発明者】
【氏名】吉田 哲弘
(72)【発明者】
【氏名】小林 祐真
【テーマコード(参考)】
4L033
4L041
【Fターム(参考)】
4L033AA05
4L033AB02
4L033AC09
4L033BA39
4L041AA07
4L041AA19
4L041AA20
4L041BA21
4L041BC01
4L041BC20
4L041BD11
4L041CA37
4L041CA38
4L041CB19
4L041DD01
(57)【要約】
【課題】本発明の目的は、金属などの鋭利な硬質部材に対する耐貫通性に優れる不織布が得られる、安定生産が可能な品位の高い、細繊度かつ高ヤング率のオレフィン系芯鞘複合繊維を提供することにある。
【解決手段】結晶性プロピレン系重合体を芯材とし、かつ前記結晶性プロピレン系重合体以外のオレフィン系重合体を鞘材とする芯鞘複合繊維であって、ヤング率が70cN/dtex以上、単繊維繊度が1.0dtex以下、かつ繊維表面に炭素数が6~14のアルキルエステル基を有する燐酸エステルの無機塩からなる界面活性剤を配合してなる親水油剤が0.03~0.2%付着していることを特徴とする芯鞘複合繊維。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶性プロピレン系重合体を芯材とし、かつ前記結晶性プロピレン系重合体以外のオレフィン系重合体を鞘材とする芯鞘複合繊維であって、ヤング率が70cN/dtex以上、単繊維繊度が1.0dtex以下、かつ繊維表面に炭素数が6~14のアルキルエステル基を有する燐酸エステルの無機塩からなる界面活性剤を配合してなる親水油剤が0.03~0.2%付着していることを特徴とする芯鞘複合繊維。
【請求項2】
溶融紡糸された複合未延伸糸を延伸処理してなる芯鞘複合繊維の製造方法であって、延伸処理が、炭素数が6~14のアルキルエステル基を有する燐酸エステルの無機塩からなる界面活性剤を配合してなる親水油剤を含浸後、90℃以上110℃未満での延伸処理を含むことを特徴とする請求項1に記載の芯鞘複合繊維の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芯鞘複合繊維とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
2種の異なるオレフィン系樹脂を用いて形成される芯鞘構造の複合繊維は、撥水性、非吸収性に優れ、低比重であるため軽くて、また耐薬品性に優れているなどの特性を有していることから、産業資材用、建造物や自動車などの内装用、衣料・衛生用、衣料用などに広く用いられている。このようなオレフィン系芯鞘複合繊維は、一般的に、溶融紡糸により芯鞘構造の未延伸糸を形成し、この未延伸糸を延伸処理することにより製造される。
【0003】
オレフィン系芯鞘複合繊維の物性は、分子配向度や結晶化度などの分子鎖を形成する構造に影響を強く受け、また、延伸処理や熱処理の方法などによって、その分子鎖の構造は大きく変化する。一般的に、延伸処理を施すことで分子鎖は延伸方向に一軸配向して、延伸方向の強度、ヤング率などの力学特性が向上する。強度やヤング率が高いと、特に、ヤング率が高いと、その繊維を用いた不織布は金属などの鋭利な硬質部材に対する耐貫通性に優れるなどの特徴がある。このような力学特性に優れた繊維を得るためには、延伸工程は特に重要であり、高倍率で延伸を行うために、種々の方策が採られている。
【0004】
例えば、特許文献1では、結晶性プロピレン系重合体を芯成分とし、それ以外のオレフィン系重合体を鞘成分とする複合未延伸糸を加圧飽和水蒸気中で延伸処理する方法が提案されている。
【0005】
特許文献2では、芯成分である結晶性プロピレン重合体と鞘成分であるオレフィン系重合体の重量平均分子量の比を特定の範囲にすることにより、紡糸口金吐出後の芯成分のメルトフローレート(Melt Flow Rate:MFR)及び鞘成分のMFRを適宜選択し、延伸性を確保しつつ、延伸倍率に対する強度発現性を高める方法が提案されている。
【0006】
一方、近年更なる性能向上を目指し、薄く、強く、緻密な不織布が求められているが、特許文献1、2では、上記不織布を提供するための延伸性を確保した高品質の細繊度かつ高ヤング率のオレフィン系芯鞘複合繊維の具体的な手段は記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002-180330号公報
【特許文献2】特開2007-107143号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、金属などの鋭利な硬質部材に対する耐貫通性に優れる不織布が得られる、安定生産が可能な品位の高い、細繊度かつ高ヤング率のオレフィン系芯鞘複合繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決するために検討した結果、本発明に到達した。すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)結晶性プロピレン系重合体を芯材とし、かつ前記結晶性プロピレン系重合体以外のオレフィン系重合体を鞘材とする芯鞘複合繊維であって、ヤング率が70cN/dtex以上、単繊維繊度が1.0dtex以下、かつ繊維表面に炭素数が6~14のアルキルエステル基を有する燐酸エステルの無機塩からなる界面活性剤を配合してなる親水油剤が0.03~0.2%付着していることを特徴とする芯鞘複合繊維。
(2)溶融紡糸された複合未延伸糸を延伸処理してなる芯鞘複合繊維の製造方法であって、延伸処理が、炭素数が6~14のアルキルエステル基を有する燐酸エステルの無機塩からなる界面活性剤を配合してなる親水油剤を含浸後、90℃以上110℃未満での延伸処理を含むことを特徴とする請求項1に記載の芯鞘複合繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の芯鞘複合繊維を用いることで、従来の不織布と比較して、金属などの鋭利な硬質部材に対する耐貫通性に優れる不織布が得られ、電池用セパレータ等の湿式不織布などの用途に好適に用いられる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明の芯鞘複合繊維の実施態様について、具体的に説明する。
【0012】
本発明の芯鞘複合繊維は、結晶性プロピレン系重合体の芯材と、前記結晶性プロピレン系重合体以外のオレフィン系重合体の鞘材から構成されており、溶融紡糸された複合未延伸糸を延伸処理することにより得られたものである。
【0013】
上記複合未延伸糸における芯材を構成する結晶性プロピレン系重合体としては、プロピレンの単独重合体を採用することができ、プロピレンとα-オレフィン(例えば、エチレン、ブテン-1など)との共重合体を採用することもできる。より具体的には、例えば、結晶性を有するアイソタクチックプロピレン単独重合体、エチレン単位の含有量の少ないエチレン-プロピレンランダム共重合体、プロピレン単独重合体からなるホモ部とエチレン単位の含有量の比較的多いエチレン-プロピレンランダム共重合体からなる共重合部とから構成されたプロピレンブロック共重合体、更に、前記プロピレンブロック共重合体における各ホモ部または共重合部が、更にブテン-1などのα-オレフィンを共重合したものからなる結晶性プロピレン-エチレン-α-オレフィン共重合体などを挙げることができる。これらの中でもアイソタクチックポリプロピレン単独重合体は結晶化度が高くなりやすいため、好適であり、特に、アイソタクチックペンタッド分率(IPF)が、85%以上であることが好ましく、より好ましくは、90%以上である。
【0014】
なお、アイソタクチックペンタッド分率(IPF)は、A.Zambelli等によってMacromolecules 6,925(1973)に発表されている方法、すなわち同位体炭素核磁気共鳴スペクトル(13CNMR)を使用して測定されるポリプロピレン分子鎖中のペンタッド単位でのアイソタクチック分率である。従ってアイソタクチックペンタッド分率とは、プロピレンモノマー単位が5個連続してアイソタクチック結合したプロピレンモノマー単位の分率である。すなわちIPFは、任意の連続する5つのプロピレン単位で構成される炭素-炭素結合による主鎖に対して、側鎖である5つのメチル基がいずれも同方向に位置する立体構造の割合を示すものであって、13CNMRにおけるPmmmm(プロピレン単位が5個連続してアイソタクチック結合した部位における第3単位目のメチル基に由来する吸収強度)およびPw(プロピレン単位の全メチル基に由来する吸収強度)から、式IPF(%)=(Pmmmm/Pw)×100によって求めることができる。
また、分子量分布の指標であるQ値(重量平均分子量/数平均分子量Mw/Mn比)は6以下、メルトフローレートMFR(温度230℃、荷重2.16kg)は15~50g/10分であることが好ましい。MFRが15g/10分未満の場合、下記延伸温度では高延伸倍率が設定できず、目標のヤング率や繊度が得られないことがある。一方、MFRが50g/10分より大きい場合、目標のヤング率が得られないことがある。上記IPFが85%未満では、立体規則性が不充分で結晶性が低く、得られる延伸繊維における強度などの物性に劣る。
【0015】
このようなポリプロピレンは、チーグラー・ナッタ型触媒又はメタロセン系触媒などを用いて、プロピレンを単独重合又はプロピレンと他のα-オレフィンとを共重合させて得ることができる。
【0016】
本発明の芯材に核剤を使用してもよい。ここで、芯材に添加する核剤としては、無機系核剤や有機系核剤を指す。無機系核剤の具体的としては、タルク、カオリン、シリカ、カーボンブラック、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化マグネシウム、酸化アルミニウム、酸化ネオジウム、硫酸カルシウム及び硫酸バリウムなどが挙げられる。また有機系核剤の具体例としては、安息香酸ナトリウム、安息香酸カルシウムなどの安息香酸金属塩系核剤、シュウ酸カルシウムなどのシュウ酸金属塩系核剤、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウムなどのステアリン酸金属塩系核剤、アルミニウムベンゾエート、カリウムベンゾエート、リチウムベンゾエートなどのベンゾエート金属塩系核剤、リン酸エステル系金属塩系核剤、ジベンジリデンソビトール金属塩系核剤が挙げられる。
【0017】
芯材に核剤を添加すると、溶融した芯材が紡糸口金から吐出されて冷却される際に、核剤が自ら結晶核として作用し又は結晶性プロピレン系重合体に対して結晶形成を誘発する造核剤として作用するため、再結晶化温度が上昇する。これにより、紡糸工程の冷却が安定し、未延伸糸の繊度斑、単繊維内での芯鞘比率の斑、及び鞘材に被覆されずに部分的に芯材が露出している鞘材の被覆斑を低減することができる。その結果、紡糸口金から吐出し紡糸された多数の未延伸糸の繊維間及び繊維内で斑が小さくなるため、延伸倍率をより高くすることができ、延伸工程での延伸性が向上する。また、結晶核が増加するため、微結晶が生成されやすくなり、高倍率かつ高速で延伸することが可能な未延伸糸が得られる。尚、核剤を添加しない場合、添加剤添加のプロセスを省くことができたり、生産コストを抑えられたりすることができるため、目標となる物性が得られるようであれば、核剤は添加しなくても良い。
【0018】
一方、本発明の鞘材は、上記結晶性プロピレン系重合体以外のオレフィン系重合体であり、強度の点から高密度ポリエチレンが好適である。それ以外の鞘材としては、例えば中密度、低密度ポリエチレンや直鎖状低密度ポリエチレンなどのエチレン系重合体、プロピレンと他のα-オレフィンとの共重合体、具体的にはプロピレン-ブテン-1ランダム共重合体、プロピレン-エチレン-ブテン-1ランダム共重合体、あるいは軟質ポリプロピレンなどの非結晶性プロピレン系重合体、ポリ4-メチルペンテン-1などを使用してもよい。これらのオレフィン系重合体は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。この鞘材として用いられるオレフィン系重合体のメルトフローレートMFR(温度190℃、荷重2.16kg)は、10~40g/10分であることが好ましい。
【0019】
本発明の芯鞘複合繊維における芯材と鞘材との比率としては特に制限はないが、断面積比において、芯材:鞘財=70:30~40:60であることが好ましく、強度やヤング率を上げる目的であれば、芯材の比率を高めるのが好ましい。一方で、芯材の比率が高すぎると、鞘材の比率が下がるため、鞘材を熱で溶かして不織布を構成する際、繊維同士の接点において、接着力が弱くなり、結果として、不織布の強力低下を招く。
本発明における芯鞘複合繊維の断面形状としては、繊維の接着性の点から、低融点成分であるポリオレフィン樹脂が外周に配置されている同心芯鞘型、同心中空芯鞘型、偏心芯鞘型があるが、中でも製糸操業性の面から同心芯鞘型であることが好ましい。
【0020】
本発明の芯鞘複合繊維から得られる不織布シートの目付CV値や膜厚均一性を向上させ、製品の品位を高めるために、その繊維表面に界面活性剤を配合した親水油剤を付着させ、不織布とした際の繊維の分散性を向上させることが好ましい。
【0021】
本発明で使用する界面活性剤としては、アルキルエステル基を有する燐酸エステルの無機塩からなるものが好適であり、アルキルエステル基の炭素数は6~14であることが好ましく、より好ましくは、8~12である。炭素数が6未満の場合、燐酸エステルの無機塩成分の粘着性が強くなり、かつ吸湿性が大きくなり、油剤付与後の延伸において、ローラー巻付きが増大し、安定した製造が困難となる。一方、炭素数が14より大きい場合、高い親水性が得られにくくなり、不織布時の繊維の分散性が低下し、不織布シートの目付CV値や膜厚均一性を向上させることが困難な場合がある。
【0022】
このような炭素数が6~14のアルキルエステル基を有する燐酸エステルの無機塩を、具体的に例示すれば、ラウリルホスフェートK塩(炭素数12)、オクチルホスフェートK塩(炭素数8)などが挙げられる。
【0023】
また、これらアルキルエステル基を有する燐酸エステルの無機塩の含有量は親水油剤全体の40~80重量%であることが好ましく、より好ましくは、45~65重量%である。この配合比率が40重量%未満の場合、制電性能および平滑性能が損われる可能性がある。一方、配合比率が80重量%を超えると、収束性が不足する恐れがある。
【0024】
アルキルエステル基を有する燐酸エステルの無機塩以外の成分としては、親水油剤に一般的に用いられる基剤の他、制電剤、繊維収束剤、乳化剤などを配合してもよい。
【0025】
本発明の芯鞘複合繊維の単繊維繊度は、1.0dtex以下が好ましく、より好ましくは、0.8dtex以下であり、さらに好ましくは、0.6dtex以下である。
【0026】
本発明の芯鞘複合繊維の繊維強度は、5.8cN/dtexより高いことが好ましく、より好ましくは、6.0cN/dtex以上、さらに好ましくは、7.0cN/dtex以上である。その上限については特に制限はないが、一般的には50cN/dtexである。
【0027】
本発明の芯鞘複合繊維のヤング率は、70cN/dtex以上が好ましく、より好ましくは、80cN/dtex以上、さらに好ましくは、90cN/dtexである。その上限については特に制限はないが、一般的には150cN/dtexである。
【0028】
本発明の芯鞘複合繊維の油剤付着量は、繊維全体の0.03~0.2重量%が好ましく、さらに好ましくは、0.05~0.15重量%である。油剤付着量が0.03重量%未満になると、延伸糸切れが悪化し、安定した製造が困難となる。油剤付着量が0.2重量%を超えると、繊維の粘着性が高くなり、油剤付与後の延伸において、ローラー巻付きが増大し、安定した製造が困難となる。
【0029】
本発明の芯鞘複合繊維の伸度は、15~40%が好ましく、さらに好ましくは、19~35%である。伸度が15%未満になると、セパレータ材料に使用した際に、異物によって加えられた圧力で繊維の変形によって圧力分散ができず、異物と接触している部分にのみ強い荷重が加わるようになり、その部分からさけたり異物が貫通しやすくなったりする可能性がある。伸度が40%を超えると、過剰に繊維が伸びたり変形したりするようになり、セパレータの突き刺し強力や引っ張り強力が低下する恐れがある。
【0030】
次に、本発明の芯鞘複合繊維の製造方法について説明する。本発明の芯鞘複合繊維は、未延伸糸を紡糸した後、延伸する製造方法であるが、延伸と特定の条件で行うことが好ましく採用される。
【0031】
まず、本発明で用いる複合未延伸糸の紡糸方法について、具体的に説明する。
【0032】
上記重合体(以下、樹脂ともいう。)の溶融方法としては、プレッシャーメルター法およびエクストルーダー法が挙げられ、いずれの方法でも問題はないが、均一溶融と滞留防止の観点からエクストルーダーによる溶融方法を採用することが好ましい。溶融ポリマーは配管を通り、計量された後、口金パックへと流入される。この際、熱劣化を抑えるために、配管通過時間は30分以下であることが好ましく、短いほど熱劣化を抑えることができる。溶融された樹脂は所定の質量比率で複合流とした後、パックへ流入され、芯材を鞘材で被覆できる紡糸口金を通して、融点よりも高い紡糸温度で溶融紡糸する。紡糸温度(吐出樹脂温度)については200~350℃の範囲で紡糸することが好ましく、より好ましくは、250~300℃である。紡糸温度が200℃以上において、樹脂粘度が適度に低い状態で紡糸口金から吐出することができ、複合繊維が細化する過程で大きな紡糸線応力が作用しにくく、芯成分の分子配向が抑制され易いため好ましい。また、紡糸温度が350℃以下において、樹脂の劣化や熱分解を起こすことなく、紡糸工程が著しく不安定化することなく、後の延伸処理によって高強度の延伸繊維を得ることができ、好ましい。紡糸温度が250~300℃の範囲であれば、芯成分の配向抑制の効果と、紡糸工程の安定性、延伸処理による強度発現性のバランスがとれるので、特に好ましい。
【0033】
使用する口金の孔数は、生産効率の観点から、100H以上のものを用いることが好ましい。一般的に、ホール数を増やすほど、紡出後の糸条を均一冷却することが困難となり、加えて、口金直下で乱流を生じ、安定紡糸が困難となるが、特に、1.0dtex以下のような細繊度条件を紡糸する場合は、紡糸難易度が高い。そのため、1000H未満が好ましい。生産効率の観点と紡糸性の観点から、より好ましくは、400Hから600Hである。
【0034】
使用する口金の孔径Dは、0.1~0.8mmであることが好ましく、より好ましくは、0.2~0.5mmである。下記で述べるドラフトの範囲から外れなければ、特に制限はないが、Dが0.1未満の場合、口金にかかる圧力が高くなり、口金が変形する懸念がある。一方、Dが0.8より大きい場合、ドラフトが高くなり、下記で記載するドラフトの条件を満たしにくくなる。
【0035】
使用する口金の孔路長Lは、0.5mm以上の必要がある。孔路長は、吐出直後の芯材の結晶性を左右する。孔路長が長いほど、口金の孔から吐出された未延伸糸は、結晶性プロピレン系重合体の分子鎖同士の絡み合いが緩和されるので、吐出されて冷却される際に、結晶性プロピレン系重合体の結晶化が適度に促進され、これにより、紡糸工程の冷却が安定し、未延伸糸の繊度斑、単繊維内での芯鞘比率の斑、及び鞘材に被覆されずに部分的に芯材が露出している鞘材の被覆斑を低減することができる。その結果、紡糸性は安定化され、未延伸糸をより細繊度化を容易にする上、紡糸口金から吐出し紡糸された多数の未延伸糸の繊維間及び繊維内で斑が小さくなるため、延伸倍率をより高くすることができたり、延伸温度を下げたりすることができ、延伸工程での延伸性が向上する。また、紡糸性が安定化されるため、紡糸段階で細繊度化を行うことができる。すなわち、孔路長は0.7mm以上である必要がある。上限について特に制限はないが、口金洗浄、管理の面で、10.0mm未満であることが好ましく、より好ましくは、1.2~3.0mm、さらに好ましくは、1.4~2.0mmである。
【0036】
未延伸糸の引取速度は、任意の速度を設定することができる。引取速度が未延伸糸の自由落下速度よりも低速の場合には、均一な未延伸糸が得られなくなり、延伸性の低下を招く。更には、引取速度の低速化は、生産性の低下につながり、また、紡糸張力が著しく低下し、紡糸性が悪化する。また、引取速度が著しく高速の場合には、複合繊維の細化が完了する位置における変形速度が大きくなり、芯成分の分子配向が進んだ未延伸糸となる。これは延伸性の低下を招くため、高延伸倍率の設定が困難となる。従って、生産性や紡糸安定性、後の延伸過程での延伸性を考慮すると、引き取り速度は200~1500m/分であることが好ましく、より好ましくは、500~1000m/分である。
【0037】
紡糸条件では、ドラフトが50~170であることが好ましい。ドラフトとは式1に示す式で表され、ドラフトの算出で使用される吐出線速度は式2の通りである。
ドラフト= 引取速度(m/分)/吐出線速度(m/分)・・・式1
吐出線速度= 単孔吐出量(g/分)/(ポリマー密度(g/cm3)×孔面積(mm2))・・・式2
ドラフトは、引取速度と口金孔内の樹脂速度(吐出線速度)との速度比であり、この値が大きいほど、口金から吐出された樹脂の変形量が大きくなり、分子配向が進んだ未延伸糸となるため、延伸性の低下を招く。そのため、ドラフトが160より高いと、延伸倍率を高く設定することができない。一方で、ドラフトが50より低いと、紡糸張力が低下し、紡糸性が悪化する。この観点から、ドラフトは70~140であることが好ましく、より好ましくは、90~120である。
【0038】
紡糸口金から吐出された樹脂の冷却は、急冷却するのではなく、空気によって徐冷却することが望ましい。空気の温度、風速は任意に設定できるが、より分子配向を抑制するためには風速は低く、温度はあまり低すぎないことが好ましい。好ましい冷却条件は、風温が15~40℃で、冷却開始位置が40~100mmで、冷却長が100~900mmの冷風吹き出し冷却装置を用いて、30~80m/分で冷却することが好ましい。
【0039】
次に、未延伸糸の延伸方法について、具体的に説明する。
【0040】
紡糸した未延伸糸を延伸する工程では、生産効率を考慮して、未延伸糸を30~300ktexに束ねて延伸を行う。
【0041】
本発明の芯鞘複合繊維は、以下に示すように、前述の芯鞘複合未延伸糸を90℃以上110℃未満の温度で延伸処理することにより得られる。
【0042】
本発明においては、延伸性を向上させるために、上記油剤は延伸を行う前に付与することが好ましい。この付与方法については、例えば、ローラー法、浸漬法、噴霧法などを採用することができるが、浸漬法で含浸させて十分に付着させることが重要である。油剤濃度については、特に限定されるものではないが、0.1%~5%であることが好ましい。
【0043】
本発明においては本延伸処理を90℃以上110℃未満で行う前に、所望により予備延伸処理を行ってもよい。この予備延伸処理方法としては、例えば、金属加熱ロールや金属加熱板を用いた接触加熱延伸や、温水、沸水、加圧飽和水蒸気、熱風、遠赤外線、炭酸ガスレーザーを用いた非接触加熱延伸などを適用でき、予備延伸方法は、延伸状態などによって、延伸条件を適宜選択すればよい。
【0044】
この予備延伸工程における延伸倍率としては、糸切れが発生しなければ特に指定はないが、本延伸処理を含めた全延伸倍率の25~90%が適しており、該予備延伸処理は1段階で行ってもよいし、2段以上の多段階で行ってもよい。特に、予備延伸処理を1段で行ったのち、本延伸処理を行う2段階延伸の場合、予備延伸倍率は、全延伸倍率の25~85%であることが好ましく、より好ましくは、35~80%である。
【0045】
予備延伸工程後の本延伸工程では、芯鞘複合未延伸糸または前述の予備延伸工程で得られた芯鞘複合未延伸糸の予備延伸処理物を、90℃以上110℃未満で、好ましくは水蒸気により直接加熱して、延伸処理する。予備延伸処理物を90℃以上110℃未満に加熱できれば加熱方法は特に指定はないが、水蒸気による加熱が好ましく、加熱すべき繊維を瞬間的短時間で加熱できることから、加圧飽和水蒸気中での延伸がより好ましく、両端を加圧水槽部でシールした加圧飽和水蒸気延伸機(例えば、特許文献1参照)を使用してもよい。
【0046】
本発明では、90℃以上110℃未満での延伸が必要であるが、これは延伸温度が低いほうが繊維にかかる応力が高くなり、芯材の分子配向がより促進され、より高ヤング率の繊維を得ることができるためである。これについて、詳細なメカニズムは解明されていないが、延伸温度を上記の通り設定することで、強度やヤング率の向上でき、特にヤング率の向上が顕著にみられた。なお、口金の孔路長やドラフト条件を特定の範囲に指定することで、90℃以上110℃未満での延伸が可能となる。
【0047】
本発明における未延伸糸の延伸処理は、延伸倍率をなるべく大きくすることで、芯鞘複合繊維の強度やヤング率をより高めることができる。延伸倍率は未延伸糸の繊度や芯鞘比、樹脂構成に応じて適宜選定可能であるが、実効延伸倍率を6.0倍~9.0倍とすることが好ましく、より好ましくは、7.0倍~8.0倍である。延伸速度についても特に制限されるものではないが、生産性を考慮すると、50m/min以上であることが好ましく、より好ましくは、100m/min以上である。
【0048】
以上のようにして、本発明の芯鞘複合繊維を得ることができる。
【0049】
本発明の芯鞘複合繊維は、様々な用途に使用することができ、その用途に合わせて種々の繊維形態とすることができる。
【0050】
例えば、カード不織布用繊維として用いる場合には、捲縮を付与したステープルの繊維形態であることが好ましい。本発明の鞘芯複合繊維は、高い繊維強度と熱融着力を有しており、不織布の嵩高化や高強力化、カード生産性の向上を図ることができるので、特に好適であると考えられる。捲縮数、繊維長は特に制限されるものではなく、適宜選択することができ、公知の捲縮付与方法を採用することができる。
【0051】
織布フィルター用繊維やワインディングフィルター用繊維、織布シート用繊維、編み加工ネット用繊維などとして用いる場合には、フィラメントの繊維形態であることが好ましい。
【0052】
エアレイド不織布用繊維として用いる場合には、ショートカットチョップの形態であることが好ましい。繊度は特に限定されるものではなく、捲縮を付与したものであってもよく、捲縮を付与していないものでもよい。また、繊維長については、加工機のタイプ、要求物性、生産性などを考慮して、適宜選択することができる。
【0053】
コンクリート補強用繊維や抄紙不織布用繊維として用いる場合には、ショートカットチョップの繊維形態であることが好ましい。捲縮を付与したものであってもよく、捲縮を付与していないものでもよい。また、繊維長については、加工方法、要求物性、生産性などを考慮して、適宜選択することができる。
【0054】
本発明の芯鞘複合繊維を用いて電池用セパレータ向けの湿式不織布を作製した場合、金属などの鋭利な硬質物が不織布を貫通することを抑止する効果が高く、特に好適である。
【実施例0055】
次に、本発明の芯鞘複合繊維について、実施例を用いて詳細に説明する。繊維物性等の測定方法は、次のとおりである。
【0056】
(1)単繊維繊度
JIS-L-1015(2010年)に準じて、単繊維繊度を測定した。
【0057】
(2)繊維強度、伸度、ヤング率
JIS-L-1013(2010年)により、つかみ間隔200mm、引張速度200mm/分の定速伸長形条件で引張破断試験を行って測定した。
【0058】
(3)親水油剤付着量
試料2gを精秤した後、カラムに詰め込みメタノール13~15ccを加え油剤を抽出し、15分後メタノールをアルミ皿に移して乾固させ、残渣重量(g)を測定し、次式で求めた。
親水油剤付着量(重量%)=残渣重量/試料重量×100
(4)メルトフレーレート(MFR)
以下の条件で測定した。
・プロピレン系重合体の場合:試験温度230℃、試験荷重21.18Nで測定(JIS-K-7210(2014年))。
・エチレン系重合体の場合:試験温度190℃、試験荷重21.18Nで測定(JIS-K-6922-2(2018年))。
【0059】
(5)延伸糸切れによる巻付き
油剤付与後の延伸において、1t(生産量)あたりの糸切れによる巻付きが発生する回数により判断した。下記の2段階で評価した。
・合格(良好):1回/t未満
・不合格:1回/t以上
(6)延伸ローラーへの粘着による巻付き
油剤付与後の延伸において、1t(生産量)あたりの延伸ローラーへの粘着による巻付きが発生する回数により判断した。下記の2段階で評価した。
・合格(良好):1回/t未満
・不合格:1回/t以上
(7)水分散性
繊維5gを精秤した後、水中に投入し、繊維濃度が0.4重量%となるように調合した。ミキサーを用いて13600rpmにて、10秒間攪拌後、1分間放置した分散液を目視で確認した。同測定を7回繰返し、繊維凝集体の個数により判断した。下記の2段階で評価した。
・合格(良好):2個/5g以下
・不合格:2個/5gを超える。
【0060】
[実施例1]
芯鞘複合繊維を、次の方法で製造した。芯材としてポリプロピレン「S137」(プライムポリマー製、MFR=30g/10分、Q値=5.0、IPF=96)、鞘材として高密度ポリエチレン「HD1010S」(PTT社製、MFR=20g/10分)を用いて、芯材と鞘材との断面積比が60:40となるように溶融し、芯鞘複合繊維の未延伸糸を得た。
【0061】
次いで、得られた未延伸糸を、浴温25℃、ラウリルホスフェートK塩(炭素数12のアルキルエステル基を有する燐酸エステルの無機塩)からなる界面活性剤60重量%およびその他の成分として制電剤、繊維収束剤、乳化剤を配合してなる濃度2.0%の親水油剤の浴槽を通した後に、予備延伸槽および本延伸槽が連続して配置された延伸装置へ導いた。親水油剤の目標付着量を繊維全体の0.10%とし、予備延伸槽では温度105℃の加圧飽和蒸気、本延伸槽も同様に温度105℃の加圧飽和水蒸気のもとで延伸を行った。延伸倍率は、予備延伸槽では3.0倍、本延伸槽では2.4倍で設定し、本延伸槽出の延伸糸の速度が120m/分になるように延伸し、芯鞘複合繊維を得た。結果を表1に示すとおり、延伸性問題なく、繊維の単繊維繊度が0.73dtex、繊維強度が6.6cN/dtex、伸度が21%、ヤング率が84cN/dtex、親水油剤付着量が繊維全体の0.08%、繊維の水分散性が良好な芯鞘複合繊維を得た。
【0062】
[実施例2]
芯鞘複合繊維を、次の方法で製造した。親水油剤をオクチルホスフェートK塩(炭素数8のアルキルエステル基を有する燐酸エステルの無機塩)からなる界面活性剤60重量%およびその他の成分として制電剤、繊維収束剤、乳化剤を配合してなる親水油剤にした以外は、実施例1と同様な方法で芯鞘複合繊維を得た。結果を表1に示すとおり、延伸性問題なく、繊維の単繊維繊度が0.73dtex、繊維強度が6.4cN/dtex、伸度が21%、ヤング率が82cN/dtex、親水油剤付着量が繊維全体の0.11%、繊維の水分散性が良好な芯鞘複合繊維を得た。
【0063】
[実施例3]
芯鞘複合繊維を、次の方法で製造した。親水油剤の目標付着量を繊維全体の0.05%にした以外は、実施例1と同様な方法で芯鞘複合繊維を得た。結果を表1に示すとおり、延伸性問題なく、繊維の単繊維繊度が0.71dtex、繊維強度が6.6cN/dtex、伸度が23%、ヤング率が79cN/dtex、親水油剤付着量が繊維全体の0.04%、繊維の水分散性が良好な芯鞘複合繊維を得た。
【0064】
[実施例4]
芯鞘複合繊維を、次の方法で製造した。親水油剤の目標付着量を繊維全体の0.15%にした以外は、実施例2と同様な方法で芯鞘複合繊維を得た。結果を表1に示すとおり、延伸性問題なく、繊維の単繊維繊度が0.75dtex、繊維強度が6.9cN/dtex、伸度が22%、ヤング率が87cN/dtex、親水油剤付着量が繊維全体の0.17%、繊維の水分散性が良好な芯鞘複合繊維を得た。
【0065】
[比較例1]
芯鞘複合繊維を、次の方法で製造した。親水油剤をセチルホスフェートK塩(炭素数16のアルキルエステル基を有する燐酸エステルの無機塩)からなる界面活性剤60重量%およびその他の成分として制電剤、繊維収束剤、乳化剤を配合してなる親水油剤にした以外は、実施例1と同様な方法で芯鞘複合繊維を得た。結果を表1に示すとおり、延伸性問題なく、繊維の単繊維繊度が0.69dtex、繊維強度が6.5cN/dtex、伸度が23%、ヤング率が77cN/dtex、親水油剤付着量が繊維全体の0.09%とする芯鞘複合繊維を得たが、親水油剤に配合したアルキルエステル基を有する燐酸エステルの無機塩のアルキルエステル基の炭素数が大きいため、繊維の水分散性が悪い結果となった。
【0066】
[比較例2]
親水油剤の目標付着量を繊維全体の0.01%にした以外は、実施例2と同様な方法で製造した。結果を表1に示すとおり、繊維の親水油剤付着量が少ないため、延伸での糸切れによる巻付きが多発し、繊維化にはいたらなかった。
【0067】
[比較例3]
親水油剤の目標付着量を繊維全体の0.25%にした以外は、実施例1と同様な方法で製造した。結果を表1に示すとおり、繊維の親水油剤付着量が多いため、繊維の粘着性が高くなり、親水油剤付与後の延伸でのローラー巻付きが多発し、繊維化にはいたらなかった。
【0068】
[比較例4]
予備延伸槽前の浴槽を水にした以外は、実施例1と同様な方法で製造した。結果を表1に示すとおり、繊維に親水油剤を付着させていないため、延伸での糸切れによる巻付きが多発し、繊維化にはいたらなかった。
【0069】