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  • 特開-表面被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024125678
(43)【公開日】2024-09-19
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20240911BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20240911BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20240911BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20240911BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
C23C14/06 C
B23B51/00 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023033655
(22)【出願日】2023-03-06
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】宮下 大
(72)【発明者】
【氏名】江畑 大輝
【テーマコード(参考)】
3C037
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C037CC01
3C037CC04
3C037CC09
3C046FF09
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF20
3C046FF23
3C046FF25
3C046FF27
4K029AA02
4K029BA03
4K029BA07
4K029BA11
4K029BA17
4K029BA53
4K029BB08
4K029BC02
4K029BD05
4K029CA05
4K029CA13
4K029DA04
4K029DC03
4K029DC05
4K029DC16
4K029DC35
4K029EA01
4K029FA04
4K029FA05
4K029JA02
(57)【要約】
【課題】ステンレス鋼等の難削材の切削加工において優れた耐摩耗性を有する表面被覆切削工具の提供
【解決手段】基体と該基体上の被覆層を有し、
前記被覆層は、析出相を含む金属硼化物層を含み、
該金属硼化物層の金属成分の平均組成は、Ti1-x(MはAl、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Wの少なくとも1種、0.00<x<0.50)であり、
前記析出相はMの少なくとも1種および/またはTiとMの少なくとも1種の金属からなり、該析出相の平均組成はTi1-y(0.50<y≦1.00)であり、
前記被覆層の縦断面において、前記析出相は被覆層全体に対して、2~70面積%を占める
ことを特徴とする表面被覆切削工具
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体と該基体上の被覆層を有し、
前記被覆層は、析出相を含む金属硼化物層を含み、
該金属硼化物層の金属成分の平均組成は、Ti1-x(MはAl、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Wの少なくとも1種、0.00<x<0.50)であり、
前記析出相はMの少なくとも1種および/またはTiとMの少なくとも1種の金属からなり、該析出相の平均組成はTi1-y(0.50<y≦1.00)であり、
前記被覆層の縦断面において、前記析出相は被覆層全体に対して、2~70面積%を占める
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記被覆層の縦断面において、前記析出相の平均厚みは前記被覆層の厚さ方向の平均長さが20nm超え、500nm未満であることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記被覆層の縦断面において、前記析出相のアスペクト比が2以上、30以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記金属硼化物層は、六方晶の結晶構造の結晶を有し、X線回折における(100)回折線強度(I(100))、(101)回折線強度(I(101))および(001)回折強度(I(001))は、
(I(100)+I(101))/I(001)≧3
を満足することを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具(以下、被覆工具ということがある)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、被覆工具としては、例えば、炭化タングステン(以下、WCで表す)基超硬合金等の基体に被覆層を形成したものが知られている。
そして、この被覆層の組成、組織、結晶構造を調整することによって、より切削性能を高めた被覆層を得る提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、基体上に、周期表の4、5、6族元素、Alの窒化物、炭化物、酸化物、硼化物およびそれら相互固溶体、混合体のいずれか1種以上を含む層を1層以上被覆し、前記層の少なくとも1層が柱状結晶であって、該柱状晶は異なる成長方向を有する被覆層を含む被覆切削工具が記載され、該被覆工具は優れた耐摩耗性を有するとされている。
【0004】
特許文献2には、基体上にAl、Si、Cr、W、Ti、Nb、Zrから選択される1種以上の金属元素からなる硼化物被覆層を有し、該硼化物被覆層は六方晶の結晶構造を含み、X線回折において(001)回折線が最強で、残留圧縮応力が0.1GPa以上である被覆工具が記載され、該被覆工具は被覆層の密着特性を犠牲にすることなく、高硬度であるとされている。
【0005】
特許文献3には、基体に繊維状微細組織を有する少なくとも1層のTiB層を含む被覆層を有し、前記繊維状微細組織の円柱状の粒は、5~50nmの直径と、長さと直径との比率l/dが>2であって250nm以上の長さとを有し、基体の表面に対して垂直に配向する被覆工具が記載され、該被覆工具は被覆層が靭性に優れるとされている。
【0006】
特許文献4には、AlxMyの窒化物または炭窒化物(x+y=100、40≦x≦95、5≦y≦60、MはTi、Cr、V、Nbから選択される1種以上)である中間層上は、Al、Si、Cr、W、Ti、Nb、Zrから選択される1種以上の元素の硼化物であって、前記中間層は基体側が立方晶の結晶構造、前記硼化物側が六方晶の結晶構造である被覆工具が記載され、該被覆工具は耐摩耗性に優れるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002-263913号公報
【特許文献2】特開2008-2380281号公報
【特許文献3】特開2002-355704号公報
【特許文献4】特開2012-228735号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、前記事情や提案を鑑みてなされたものであって、ステンレス鋼等の難削材の高速切削加工において優れた耐摩耗性を有する表面被覆切削工具を提供することを目的とする。
【0009】
本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具は、
基体と該基体上の被覆層を有し、
前記被覆層は、析出相を含む金属硼化物層を含み、
該金属硼化物層の金属成分の平均組成は、Ti1-x(MはAl、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Wの少なくとも1種、0.00<x<0.50)であり、
前記析出相はMおよび/またはTiとMを含み、その平均組成はTi1-y(0.50<y≦1.00)であり、
前記被覆層の縦断面において、前記析出相は被覆層全体に対して、2~70面積%を占める。
【0010】
前記実施形態に係る表面被覆切削工具は、次の事項(1)~(3)の少なくとも1つを満足してもよい。
(1)前記被覆層の縦断面において、前記析出相の平均厚みは前記被覆層の厚さ方向の平均長さが20nm超え、500nm未満であること。
(2)前記被覆層の縦断面において、前記析出相のアスペクト比が2以上、30以下であること。
(3)前記金属硼化物層は、六方晶の結晶構造の結晶を有し、X線回折における(100)回折線強度(I(100))、(101)回折線強度(I(101))および(001)回折強度(I(001))は、
(I(100)+I(101))/I(001)≧3
を満足すること。
【発明の効果】
【0011】
前記の表面被覆切削工具は、ステンレス鋼等の難削材の切削加工、高速切削加工であっても優れた耐摩耗性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具の縦断面の一例の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者は、金属硼化物を有する被覆層について検討を行った。その結果、以下の事項を認識した。
【0014】
(1)TiBを有する被覆層はTi合金等に対する非親和性を有し、高い硬さのため優れた耐摩耗性を有する。しかし、耐熱性が低く、ステンレス鋼等の難削材の切削加工時には刃先が高温となり境界損傷が発達しやすく、早期に寿命に達してしまう。
【0015】
(2)TiBを有する被覆層は(001)回折線強度が高いため柱状晶となって硬さに優れるが、靭性に劣るため、刃先に負荷がかかるとチッピングが発生しやすい。
【0016】
これらの事項を踏まえて、鋭意検討した結果、以下の知見を得た。
(a)被覆層に、Tiの他にM(Mは、Al、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Wの少なくとも1種)を有する金属硼化物があるとき、刃先が高温となるステンレス鋼等の難削材の高速切削加工であっても、境界損傷を抑制し、耐久性が向上する。
【0017】
(b)被覆層の内部に金属硼化物に比して軟質な金属析出相を含むことにより、金属硼化物層の靭性を補い、刃先に高い負荷がかかったときのチッピングの発生を抑制する。
【0018】
(c)金属硼化物層のX線回折において、(100)回折線強度、(101)回折線強度、(001)回折線強度について所定の関係が満足されると、脆い柱状晶組織でなくなり、被覆層表面に発生したクラックが直ちに基体表面に達することなく、被覆層の耐チッピング性がより向上することがある。
【0019】
本発明は、この知見に基づいて導出されたものであって、以下に、本発明の実施形態に係る被覆工具について詳細に説明する。
なお、本明細書および特許請求の範囲において、数値範囲を「L~M」(L、Mは共に数値)で表現するときは、その範囲は上限値(M)および下限値(L)を含んでおり、上限値(M)と下限値(L)の単位は同じである。
【0020】
図1に、本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具の縦断面の一例の模式図を示す。図1から明らかなように、実施形態に係る表面被覆切削工具は基体(1)上に金属硼化物層(2)を含む被覆層が成膜され、金属硼化物層(2)中には析出相(3)が析出している。
【0021】
1.被覆層
被覆層は、析出相を含む金属硼化物層を有することが好ましい。以下、順に説明する。
【0022】
(1)金属硼化物層
(1-1)平均厚さ
金属硼化物層の平均厚さは、0.5~10.0μmであることが好ましい。その理由は、0.5μm未満であると、長期の使用にわたって金属硼化物層が優れた耐摩耗性を発揮することができず、一方、10.0μmを超えると、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷が発生しやすくなるためである。金属硼化物層の平均層厚は1.0~6.0μmがより好ましい。
【0023】
(1-2)平均組成
金属硼化物層の金属成分の平均組成は、Ti1-x(MはAl、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、W、の少なくとも1種、0.00<x<0.50)であることが好ましい。
金属元素Mは、切削加工時に高温にさらされることによって、緻密な酸化物を形成して被覆層の組織中に酸素が侵入するのを防ぎ、境界損傷の発生を抑制する。この境界損傷の発生を抑制するために0.00<x<0.50であることが好ましい。また、xがこの範囲にあると、後述する析出相の析出が可能となる。さらに、xが0.50以上になると金属硼化物の硬さが低下するため好ましくない。
【0024】
金属硼化物層の金属成分Ti1-xと硼素Bとの比は特段の制約はないが、前者を1とすると後者は1.7~2.3であることがより好ましい。このより好ましい範囲であれば、より確実に境界損傷を抑制し、析出相の析出が確実となる。
【0025】
(1-3)結晶構造
金属硼化物層は六方晶の結晶構造を有し、X線回折における(100)回折線強度(I(100))および(101)回折線強度(I(101))が(001)回折強度(I(001)より大きいことが好ましく、(100)回折線強度(I(100))と(101)回折線強度(I(101))の和が001回折線強度(I(001))の3倍以上、すなわち、
(I(100)+I(101))/I(001)≧3
であることがより好ましい。3倍以上であると、被覆層の靭性が確実に十分なものとなる。
【0026】
(2)析出相
(2-1)平均組成
析出相は、Mおよび/またはTiとMを含む。この析出相は金属硼化物層に比して軟質であって、金属硼化物層の靭性を補い、刃先に高い負荷がかかったときのチッピングの発生を抑制する。
この析出相の平均組成はTi1-y(0.50<y≦1.00)であることが好ましい。yが0.50以下であると切削加工時に高温にさらされることによって、析出相が緻密な酸化物とならないので、好ましくない。
【0027】
(2-2)大きさ
表面被覆切削工具の縦断面(基体表面の微小な凹凸を無視して、基体の表面が平らな面として扱ったときのこの面に対する垂直方向の断面)において、析出相は被覆層の厚さ方向(基体表面に垂直な方向)の平均長さが20nm超え、500nm未満であることがより好ましい。その理由は、被覆層の厚さ方向の平均長さが20nm未満であると、被覆層の耐熱性が足りないことがあり、500nmより大きいと被覆層の硬さが低下することがあるためである。
【0028】
析出相のアスペクト比、すなわち、
(析出相の基体表面と平行方向の長さ)/(析出相の被覆層の厚さ方向の長さ)は、
2~30であることがより好ましい。アスペクト比が範囲にあると、被覆層が十分な硬さと靭性を有する。すなわち、アスペクト比が2未満であると、(001)回折線が強くなって被覆層の靭性が十分でないときがあり、一方、アスペクト比が30を超えると、被覆層の硬さが十分でないときがある。
【0029】
(2-3)占有面積
前記縦断面において、析出相は被覆層全体に対して、2~70面積%占めることがより好ましい。2面積%よりも少ないときは、切削加工時に緻密な酸化物相を十分に形成させることができず、一方、70面積%よりも多いときは、金属硼化物層の硬さが十分ではなく被覆層が耐摩耗性に劣ることがある。
【0030】
(3)その他の層
この実施形態では、金属硼化物層以外の層は存在しないように成膜されるが、成膜装置内の圧力の変動が意図せずに生じ、金属硼化物層とは組成の異なった意図しない組成の層が形成されることがある。
【0031】
2.基体
(1)材質
本実施形態に使用する基体は、従来公知の基体の材質であれば、前述の目的を達成することを阻害するものでない限り、いずれのものも使用可能である。一例をあげるならば、超硬合金(WC基超硬合金、WCの他、Coを含み、さらに、Ti、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含むもの)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム)、cBN焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0032】
(2)形状
基体の形状は、切削工具として用いられる形状であれば特段の制約はなく、インサートの形状、ドリルの形状が例示できる。
【0033】
3.測定方法
例えば、集束イオンビーム装置(FIB:Focused Ion Beam system)、クロスセクションポリッシャー装置(CP:Cross section Polisher)等を用いて、被覆層を任意の位置の縦断面で切断して観察用の試料を作製する。この観察用の試料を観察し、被覆層の平均厚さ、金属硼化物層および析出相の平均組成、ならびに、析出相の形状および面積割合(面積%)を測定する。
ここで、基体の表面は、この縦断面を観察して、基体と被覆層との界面を、元素マッピングにより定め、こうして得られた界面の粗さ曲線について、平均直線を算術的に求め、これを基体の表面とする。
【0034】
被覆層を構成する金属硼化物層の平均厚さは、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)を使って5点以上の厚さを測定して平均する。
【0035】
金属硼化物層の平均組成は、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)に付属するエネルギー分散型X線分光器(Energy Dispersive X-ray Spectrometer:EDS)を用いた厚さ方向の線分析を20点行いその結果を平均する。
【0036】
析出相の面積割合(面積%)は、SEMを使って基体表面に平行な方向に5μm、被覆層の厚さ方向に3μmの長方形の観察領域を5個以上設定し、各観察領域において析出相が占める面積を求め、その割合を析出相の面積割合(面積%)を平均する。また、析出相の粒径は前記と同一の観察領域を5個以上設定し、各観察領域における析出相の基体表面と平行方向の長さおよび析出相の被覆層の厚さ方向の長さを測定し、その結果を平均し、アスペクト比(析出相の被覆層の厚さ/析出相の基体表面と平行方向の長さ)を算出する。
【0037】
析出相の平均組成は、前記観察領域から任意数の析出相を抽出して、抽出した析出相の合計数が20個以上として、当該析出相に対してEDS分析を行い、その結果を平均する。
ここで、析出相は次のようなものをいう。すなわち、SEM-EDSマッピング分析およびTEM―EDSマッピング分析により、Ti、M、B成分を測定したとき、Ti、Mの金属成分が検出され、かつBが検出されない領域を析出相として扱う。
【0038】
金属硼化物層の結晶構造については、X線回折装置を用いて、Cu―Kα線を線源として測定範囲(2θ):20~120°、スキャンステップ:0.013°、1ステップあたり測定時間:0.48sec/stepの条件にて測定する。また、得られた回折線結果より、(100)、(101)、(001)の各ピークの回折線強度を計算する。
【0039】
4.製造方法
金属硼化物層の成膜は、マグネトロンスパッタリング装置または高出力パルススパッタリング装置を使った成膜方法が好ましい。
具体的な成膜条件として、例えば、ターゲットはTiBおよびMの2種類を使用し、ターゲット投入電力を500W~5000Wとし
ガス条件:Ar 0.1~1.0Pa
成膜温度:300~700℃
バイアス電圧:50~300V
パルス周波数:500~1500Hz
パルス印加時間:50~150μs
をあげることができる。
【実施例0040】
次に、実施例について説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0041】
原料粉末として、いずれも1~3μmの粒径範囲を有するWC粉末、Co粉末、TaC粉末、NbC粉末およびCr粉末を用意した。これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した。その後、100MPa の圧力で圧粉体にプレス成形した。この圧粉体を6Paの真空中、温度:1450℃に1時間保持の条件で焼結した。焼結後、切刃部分にR:0.03のホーニング加工を施してISO規格・SEEN1203AFTN1のインサート形状をもったWC基超硬合金製の基体1~2を作製した。
【0042】
続いて、これら基体1~2を以下の(a)~(d)の手順により被覆層を形成した。
【0043】
(a)前記基体1~2のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、高出力パルススパッタリング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離だけ離れた位置に外周部に沿って装着した。一方、高出力パルススパッタリング装置内には、回転テーブルを挟んで対向する4か所にTiBの焼結体ターゲットおよびMターゲットを配置した。
【0044】
(b)前記装置内を排気して0.1Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した。その後、前記回転テーブル上で自転する基体に-200Vの直流バイアス電圧を印加した。その後、前記装置内へ反応ガスとしてアルゴン(以下Arと表記する)ガスを導入し、2.0Paの雰囲気とした。さらに前記装置内に具備されるタングステンフィラメントへ40Aの電流を流すことによりArイオンを励起させ、前記基体を1時間、Arボンバード処理した。
【0045】
(c)引き続き、装置内雰囲気を0.5Paとし、Arガスのみの装置内雰囲気とした。その後、TiB焼結体ターゲットおよびMターゲットに表2に示される所定のパルススパッタ条件で、層厚に対応した時間で高出力パルススパッタを行い、表3に示す実施例被覆インサート1~13(以下、実施例1~13と称する)をそれぞれ製造した。
【0046】
また、比較の目的で、これら基体1~2に対して、表4に示す条件で前記(a)~(d)の手順により下部層と被覆層を形成し、表5に示す比較被覆工具としての比較被覆インサート1~7(以下、比較例1~7と称する)をそれぞれ製造した。
【0047】
【表1】
【0048】
【表2】
【0049】
【表3】
【0050】
表3において「○」は当該項目を満足すること、「-」は満足しないことをそれぞれ示す。また、金属硼化物層の金属成分Ti1-xと硼素Bとの比は、1:1.7~2.3であることを確認している。
【0051】
【表4】
【0052】
表4において、「-」は該当するものがないことを示す。
【0053】
【表5】
【0054】
表5において、「○」は当該項目を満足することを、「-」は該当するものがないことまたは満足しないことをそれぞれ示す。また、金属硼化物層の金属成分Ti1-xと硼素Bとの比は、1:1.7~2.3であることを確認している。
【0055】
実施例1~13および比較例1~7について、SE445R0506Eのカッタを用いて、単刃の正面フライス切削加工試験を実施した。以下の切削条件でステンレス鋼SUS304について高速切削を実施した。
【0056】
切削加工試験の条件
被削材:JIS・SUS304 ブロック材(幅1500mm×長さ250mm)
切削速度:220m/min
切り込み:1.7mm
送り:0.2mm/tooth
切削長:3m
【0057】
切削試験終了後に逃げ面摩耗幅を測定し、チッピングの有無を観察した。逃げ面摩耗幅には境界損傷による摩耗幅も含むため、境界損傷が抑制されたかも評価できる。表6に、試験結果を示す。ただし、切削時間の満了前にチッピングが発生した場合は、切削を中止し切削開始からの切削長(表6では、「寿命に至る切削距離(m)」として表記している)を計測した。
【0058】
【表6】
【0059】
表6に示される結果から明らかなように、実施例は、いずれも、オーステナイトステンレス鋼のような被覆工具に対する溶着性の高い材料の高速切削加工で、境界損傷も抑制され、優れた耐溶着性と耐摩耗性を発揮する。
これに対して、比較例は、いずれも、前記溶着性の高い材料の高速切削加工において切刃部の摩耗進行が早く、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【符号の説明】
【0060】
1 基体
2 金属硼化物層
3 析出相
図1