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特開2024-125776直動装置、及びそれに用いる案内軸並びに移動体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024125776
(43)【公開日】2024-09-19
(54)【発明の名称】直動装置、及びそれに用いる案内軸並びに移動体
(51)【国際特許分類】
   F16H 25/22 20060101AFI20240911BHJP
【FI】
F16H25/22 M
F16H25/22 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023033833
(22)【出願日】2023-03-06
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】大久保 貴史
(72)【発明者】
【氏名】小林 裕貴
【テーマコード(参考)】
3J062
【Fターム(参考)】
3J062AB22
3J062BA17
3J062BA27
3J062CD04
3J062CD22
3J062CD47
3J062CD75
(57)【要約】
【課題】従来とは異なる新たな評価手法を用いて適切に評価されたボール転走面を備えた直動装置、及びそれに用いる案内軸並びに移動体を提供する。
【解決手段】直動装置は、外周面に第1のボール転走面を備えた案内軸と、内周面に、前記第1のボール転走面に対向して第2のボール転走面を備え、前記案内軸に対して相対移動する移動体と、前記第1のボール転走面と前記第2のボール転走面との間に形成される空間を転動するボールと、を有する直動装置において、前記第1のボール転走面と前記第2のボール転走面うちの少なくとも一方において、所定のボール転動方向成分を除く平均面粗さSaが0.1μm以上である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周面に第1のボール転走面を備えた案内軸と、
内周面に、前記第1のボール転走面に対向して第2のボール転走面を備え、前記案内軸に対して相対移動する移動体と、
前記第1のボール転走面と前記第2のボール転走面との間に形成される空間を転動するボールと、を有する直動装置において、
前記第1のボール転走面と前記第2のボール転走面うちの少なくとも一方において、所定のボール転動方向成分を除く平均面粗さSaが0.1μm以上であることを特徴とする直動装置。
【請求項2】
前記ボール転動方向成分を除く平均面粗さSaが、前記第1のボール転走面と前記第2のボール転走面うちの少なくとも一方の表面性状データに対して、ボール転動方向±10°、波長648.554~0.625μmの条件によりFFTフィルタを適用して算出したものであることを特徴とする請求項1記載の直動装置。
【請求項3】
少なくとも50min―1以下の回転速度で使用する請求項1または2に記載の直動装置。
【請求項4】
外周面に第1のボール転走面を備えた案内軸と、
内周面に、前記第1のボール転走面に対向して第2のボール転走面を備え、前記案内軸に対して相対移動する移動体と、
前記第1のボール転走面と前記第2のボール転走面との間に形成される空間を転動するボールと、を有する直動装置に用いる案内軸であって、
前記第1のボール転走面において、所定のボール転動方向成分を除く平均面粗さSaが0.1μm以上であることを特徴とする案内軸。
【請求項5】
外周面に第1のボール転走面を備えた案内軸と、
内周面に、前記第1のボール転走面に対向して第2のボール転走面を備え、前記案内軸に対して相対移動する移動体と、
前記第1のボール転走面と前記第2のボール転走面との間に形成される空間を転動するボールと、を有する直動装置に用いる移動体であって、
前記第2のボール転走面において、所定のボール転動方向成分を除く平均面粗さSaが0.1μm以上であることを特徴とする移動体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、直動装置、及びそれに用いる案内軸並びに移動体に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械には、ボールねじやリニアガイド等の直動装置が使用されているが、加工精度を高めるためには、直動装置のスムーズな動作を確保することや、摩耗しにくい構造とする必要がある。スムーズな動作確保のため及び摩耗しにくい構造とするためには、ボールとボール転走面の間に潤滑剤が介在していることが好ましい。
【0003】
ボールねじ等においては、構造上、ボール転走面に潤滑剤を留めておくことができず、ナット等に配設した配管を介して潤滑剤を定期的に供給するとともに、ナット等の移動に伴って、ボールを介してボール転走面に潤滑剤を移着させる潤滑方式が採られている。そのため、ボール転走面に潤滑剤をより多く、より長時間保持することが有利になる。
【0004】
また、ねじ軸やナットのボール転走面には、加工跡として微細な凹凸が形成されており、凹凸の凹部(谷部)に潤滑剤が溜まり、潤滑に寄与する。また、一般的には凹凸の凸部(山部)が低く、平滑なほど自身並びに相手材の摩耗が少なくなるとされている。
【0005】
ここで、ボール転走面は、一般的に研削または旋削仕上げにより加工されており、その加工面は、従来はボール転動方向成分の表面粗さにより管理されている。しかしながら、単に表面粗さのみでは潤滑剤の保持性を適切に評価できないという問題がある。具体的には、ボール転走面の表面粗さが規定範囲であったとしても、ボールが転動した際に境界面に油が供給・保持されにくいことがあり、それにより、特に油膜が形成されにくい低速運転条件において、摩擦が増大し摩耗が生じる恐れがある。
【0006】
これに対し、特許文献1では、ボールねじのボール転走面の加工表面において、表面の算術平均高さ(Sa)、表面最大高さ(Sz)、コア部のレベル差(Sk)、突出山部の平均高さ(Spk)、突出谷部の平均深さ(Svk)の数値限定を行うことで、高精度かつ高寿命なボールねじを実現することを提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2019-39525号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら本発明者らの研究結果によれば、加工表面の表面粗さに関するファクターとしての突出山部及び突出谷部の割合を上記範囲に定めた場合でも、摩耗の抑制が十分でない場合があることが判明した。このため、ボール転走面の表面性状が適切に評価された直動製品の提供が求められている。
【0009】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであって、従来とは異なる新たな評価手法を用いて適切に評価されたボール転走面を備えた直動装置、及びそれに用いる案内軸並びに移動体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の直動装置は、
外周面に第1のボール転走面を備えた案内軸と、
内周面に、前記第1のボール転走面に対向して第2のボール転走面を備え、前記案内軸に対して相対移動する移動体と、
前記第1のボール転走面と前記第2のボール転走面との間に形成される空間を転動するボールと、を有する直動装置において、
前記第1のボール転走面と前記第2のボール転走面うちの少なくとも一方において、所定のボール転動方向成分を除く平均面粗さSaが0.1μm以上であることを特徴とする。
【0011】
本発明の案内軸は、
外周面に第1のボール転走面を備えた案内軸と、
内周面に、前記第1のボール転走面に対向して第2のボール転走面を備え、前記案内軸に対して相対移動する移動体と、
前記第1のボール転走面と前記第2のボール転走面との間に形成される空間を転動するボールと、を有する直動装置に用いる案内軸であって、
前記第1のボール転走面において、所定のボール転動方向成分を除く平均面粗さSaが0.1μm以上であることを特徴とする。
【0012】
本発明の移動体は、
外周面に第1のボール転走面を備えた案内軸と、
内周面に、前記第1のボール転走面に対向して第2のボール転走面を備え、前記案内軸に対して相対移動する移動体と、
前記第1のボール転走面と前記第2のボール転走面との間に形成される空間を転動するボールと、を有する直動装置に用いる移動体であって、
前記第2のボール転走面において、所定のボール転動方向成分を除く平均面粗さSaが0.1μm以上であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、従来とは異なる新たな評価手法を用いて適切に評価されたボール転走面を備えた直動装置、及びそれに用いる案内軸並びに移動体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、直動装置の一例であるボールねじを示す断面図である。
図2図2(a)は、従来技術により加工したボール転走面の表面を拡大して示す画像であり、図2(b)は、従来技術により加工したボール転走面F上をボールBが転動する状態を模式的に示す図である。
図3図3(a)は、本発明者らが提案する平均粗さSaを持つボール転走面の表面を拡大して示す画像であり、図3(b)は、本発明者らが提案する平均粗さSaを持つボール転走面F上をボールBが転動する状態を模式的に示す図である。
図4図4(a)は、ショットピーニング処理を行う前のボール転走面の表面を拡大して示す画像であり、図4(b)は、ショットピーニング処理を行った後のボール転走面の表面を拡大して示す画像である。
図5図5は、ボール転走面に対するショット材の噴射様式を説明するための模式図である。
図6図6は、条件を変えてショットピーニング処理を行ったボールねじのボール転走面の表面性状の画像を、平均面粗さSaとともに示したものである。
図7図7は、各実施例について、横軸に平均面粗さSaをとり、縦軸に低速摩耗試験における動摩擦トルク減少率をとって示すグラフである。
図8図8(a)は、表面性状のデータに基づくFFTフィルタ適用前の画像であり、図8(b)は、同じ表面性状のデータに基づくFFTフィルタ適用後の画像である。
図9図9は、条件を変えてショットピーニング処理を行った実施例のボールねじのボール転走面の表面性状の画像を、平均面粗さSaとともに示したものである。
図10図10は、各実施例について、横軸に平均面粗さSaをとり、縦軸に低速摩耗試験における動摩擦トルク減少率をとって示すグラフである。
図11図11は、従来のボールねじと、ボール転動方向成分を除く平均面粗さSaが0.1μm以上となるボール転走面を有するボールねじにおける、回転速度と動摩擦トルクの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る一実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
図1は、直動装置の一例であるボールねじを示す断面図である。
【0016】
図1に示すように、このボールねじは、ナット(移動体)1と、ねじ軸(案内軸)2と、複数のボール3と、リング状のシール4と、チューブ(循環部材)5、5’と、チューブ押さえ6で構成されている。ナット1の内周面に螺旋溝(内周ねじ溝)1aが形成され、ねじ軸2の外周面に螺旋溝(外周ねじ溝)2aが形成されている。ナット1の螺旋溝1aとねじ軸2の螺旋溝2aで形成される軌道の間に、ボール3が配置されている。ナット1の軸方向一端にはフランジ11が形成されている。ナット(移動体)1の螺旋溝1aの表面が第2のボール転走面に相当し、ねじ軸2の螺旋溝2aの表面が第1のボール転走面に相当する。
【0017】
本実施形態においては、ナット1の両端に配設されたシール4は内周がねじ軸2の外周に接する接触型シールであり、シール4の外周とナット1の内周との間は、O-リング7により封止されている。
【0018】
このボールねじは、ボール3の軌道路(螺旋溝1aと螺旋溝2aとで形成される転動路)と、チューブ5、5’とで構成される2個の循環回路を有する。
【0019】
ナット1のフランジ11以外の部分の外周に、2本のチューブ5、5’を配置するための平面部12、12が形成されている。平面部12に、チューブ5、5’を取り付けるチューブ取付穴16、16’が形成されている。チューブ取付穴16、16’に、コ字状に曲がったチューブ5、5’の端部が差し込まれ、チューブ押さえ6、6によりそれぞれ固定されている。
【0020】
ナット1内への潤滑剤の供給は、潤滑剤供給路17を介して行われる。潤滑剤供給路17は、ナット1の径方向に延在して内外周面にわたって貫通しており、外部に向かって開口した外方端としての開口と、ナット1の内周面におけるオフセット点近傍(あるいは後述する第1ナットと第2ナットの間)に位置する内方端としての開口とを有する。ここで、「近傍」とは、オフセット点から軸線方向に螺旋溝1aの±1ピッチ以内の範囲をいう。なお、潤滑剤供給路17を、オフセット点を挟んで螺旋溝1aを1列開けて配設した例を示したが、螺旋溝1a間や螺旋溝1aのゴシックアークの溝底に配設してもよい。
【0021】
ところで、従来のボールねじにおけるねじ軸及びナットのボール転走面は、研削または旋削仕上げによりボール転動方向成分の表面粗さが主となる加工表面となっている。
【0022】
図2(a)に、従来技術により加工したボール転走面の表面の画像を拡大して示しており、諧調の濃淡で凹凸の深さの程度を表している。図2(b)は、従来技術により加工したボール転走面F上をボールBが転動する状態を模式的に示す図であり、潤滑剤を符号Lで示す。
【0023】
図2(a)に示すボール転走面Fは、ボール転動方向成分を除く表面粗さが小さいため、図2(b)に示すように潤滑剤Lが転動するボールBにより掻き取られてしまい、ボールBが転動したのちに、ボール転走面Fとの境界面に潤滑剤Lが保持されにくいという問題がある。そのため、潤滑剤膜が形成されにくい低速運転条件において、摩擦が増大し摩耗が生じやすくなる。
【0024】
図3(a)に、本発明者らが提案する平均粗さSaを持つボール転走面の表面の画像を拡大して示しており、諧調の濃淡で凹凸の深さの程度を表している。図3(b)は、本発明者らが提案する平均粗さSaを持つボール転走面F上をボールBが転動する状態を模式的に示す図であり、潤滑剤を符号Lで示す。
【0025】
本発明者らの提案によれば、図3(a)に示すように、ボール転動方向成分を除く表面粗さSaを大きく確保することで、図3(b)に示すように、ボール転走面Fの微小凹部内に潤滑剤Lを保持することができる。この油溜り効果や動圧効果によりボールBとボール転走面Fとの間の境界における潤滑剤膜形成能力を向上し、摩擦の低減や摩耗の抑制が可能となる。
【0026】
ここで、本発明者らは、ボール転動方向成分を除く表面粗さを形成する手法として、ねじ軸とナットのボール転走面にショットピーニング処理を施し、それによる効果の検証を行った。
【0027】
図4(a)は、ショットピーニング処理を行う前(研削処理直後)のボール転走面の表面を拡大して示す画像であり、図4(b)は、さらにショットピーニング処理を行った後のボール転走面の表面を拡大して示す画像である。いずれも諧調の濃淡で凹凸の深さの程度を示しているが、研削加工によるボール転動方向成分を上下方向として表面粗さが主となる表面となっている。
【0028】
(ショットピーニング処理)
ショットピーニング処理の一例を示す。例えば高炭素鋼等からなる素材を用いてねじ軸やナットの形状に加工し、熱処理を行った後、切削加工や研削加工によりボール転走面を形成し、更にショットピーニング処理を施す。このショットピーニング処理によりボール転走面にショット材を高速で衝突させ、図4(a)に示すような切削加工や研削加工による筋状の加工痕跡の頂部を潰し、微細な凹凸を多数形成することができる。
【0029】
ショットピーニング処理に用いるショット材として、鋼材やSiC等のセラミックからなる粒子(ショット材)を用いることができる。また、粒径30~60μmのショット材が好ましく、40~50μmのショット材がより好ましい。ショット材が小さいほど、形成される凹凸も微細になる。尚、ショット材の形状は、球形以外にも、種々の形状とすることができる。ショット圧は0.3~0.5MPaが好ましく、0.4~0.5MPaがより好ましい。
【0030】
また、ショット材のボール転走面への噴射角度であるが、ボール転走面の断面の接線に対して垂直にショット材を衝突させることが好ましい。即ち、図5は、ゴシックアーチ状のボール転走面の断面図であるが、噴射ノズル10の噴射口の中心を通る線Aと、ボール転走面の接線Lとが直交するように、噴射ノズル10を同断面上で斜め上方、または斜め下方に揺動させながら、ショット材を噴射することが好ましい。これにより、ショット材が、ボール転走面と直交するように衝突して、凹凸を効率よく形成することができる。
【0031】
また、ボール転走面は螺旋溝であるため、螺旋溝の表面に均一にブラスト処理を行う為に、ショット対象(ねじ軸又はナット)を回転させると共に、噴射ノズルをショット対象の回転に同期させて軸方向に移動させながらブラスト処理を行うことが好ましい。さらに、複数の噴射ノズルを用いて、螺旋溝の表面両側の円弧状面に同時にブラスト処理を行っても良い。これにより、螺旋溝の表面に効率よくブラスト処理を施すことができる。
【0032】
図4(a)、(b)を比較すると明らかであるが、ショットピーニング処理により無数のディンプル窪みが形成され,ボール転動方向以外の成分が含まれた表面となっている。しかしながら、本発明者らの検討によれば、単にショットピーニング処理を施したのみでは、ボール転走面の動摩擦トルク減少率が向上しないことが判明した。なお、ボール転走面の加工処理はショットピーニングに限られず、サンドブラスト、ショットブラスト、表面ロール加工、バレル加工、レーザテクスチャリング等によっても、同様の効果を得られる。
【0033】
図6は、条件を変えてショットピーニング処理を行ったナットのボール転走面の表面性状の画像を、平均面粗さSaとともに示したものである。具体的には、高炭素鋼製の素材を用い、常法に従い所定形状とし、焼入れ加工を行った後、ボール転走面に仕上げ研磨を施してボールねじ装置のナットを作製した。そして、表面粗さ計を用いて3次元粗さ形状及び表面粗さ波形を測定し、平均面粗さSaを求めた。
【0034】
なお、表面粗さの評価方法を定めた国際規格であるISO25178では、コア部のレベル差をSk、突出山部の平均高さをSpk、突出谷部の平均深さをSvkと規定している。コア部よりも高い部分が突出山部であり、コア部よりも低い部分が突出谷部となり、突出山部及び突出谷部の各割合は、負荷曲線から求めることができる。算術平均粗さSaは、ISO25178に基づく粗さ曲線からその平均線の方向に基準長さLだけを抜き取り、抜き取り部分の平均線の方向にx軸を、縦倍率の方向にy軸を取り、粗さ曲線をy=f(x)で表したとき、上図の式により求められた値を、μmの単位で表したものである。
【0035】
異なる条件で処理を施したナットを有するボールねじで、以下の条件で低速摩耗試験を行った。
ボールねじ仕様:軸径32mm、ねじ溝リード5mm
使用した潤滑剤:VG68オイル
ねじ軸回転速度:1min-1
ストローク:150mm
往復回数:10回
【0036】
図7は、各実施例のナットを有するボールねじについて、横軸にボール転走面の平均面粗さSaをとり、縦軸に低速摩耗試験における動摩擦トルク減少率をとって示すグラフである。動摩擦トルク減少率は、低速摩耗試験前のボールねじの動摩擦トルクを100%として、低速摩耗試験後のボールねじの動摩擦トルクの減少した割合である。図7から明らかであるが、平均面粗さSaと動摩擦トルク減少率との間に明確な相関は確認されなかった。本発明者らは、この試験結果について考察した。
【0037】
ここで、本発明者らが動摩擦トルク減少率に着目した理由を説明する。ボールねじは剛性の向上、バックラッシの除去を目的として予圧が付与された状態で使用されることが多く、予圧の大きさと動摩擦トルクには相関があり、動摩擦トルクから予圧量を推定することができる。ボールねじの摩耗が進むと予圧量が減少し、剛性の低下に及ぶ。この予圧量の減少量は、動摩擦トルクの減少量を測定することで推定が可能であり、動摩擦トルク減少量が少ない程、耐摩耗性の高いボールねじと言える。
【0038】
(低速摩耗試験による影響)
本発明者らは、平均面粗さSaと動摩擦トルク減少率との間に明確な相関が確認されなかった要因として、研削加工によるボール転動方向成分がボールねじにより異なるためと推測した。すなわち、測定した平均面粗さには、ボール転走面の仕上げ加工によるボール転動方向成分とショットピーニング処理によるボール転動方向以外の成分が含まれており、ボールねじの仕上げによる差が大きい場合、平均面粗さの値が安定しないため、摩耗試験結果との相関が得られないのではないかと、本発明者らは推察した。
【0039】
本発明者らは、上述の推察に基づき、ISO25178に定められた表面粗さの評価方法を用いて、表面性状のデータに、ボール転動方向±10°、波長648.554~0.625μmの条件でFFTフィルタを適用し(周波数を用いた処理を行い)、ボール転動方向成分を除いた平均面粗さSaを算出した。これを、所定のボール転動方向成分を除いた平均面粗さSaという。
【0040】
なお、FFTフィルタの適用に関しては、目視にて研削目が0°の方向を求め、それに対して±10°方向における表面粗さ成分を除去している。また、波長648.554~0.625μmの条件であれば、ボールねじのボール転走面の一般的な研削加工や切削加工における表面の凹凸の周波数に対応できる。
【0041】
図8(a)に、表面性状のデータに基づくFFTフィルタ適用前の画像を示し、図8(b)に、同じ表面性状のデータに基づくFFTフィルタ適用後の画像を示す。諧調の濃淡で凹凸の深さを示しているが、図8(a)、(b)を比較すると、FFTフィルタを適用することでボール転動方向成分が有効に除かれていることがわかる。すなわちFFTフィルタを適用する目的は、ボール転走面における潤滑剤を保持する微小ディンプル(凹部)による粗さのみを評価するためである。
【0042】
図9は、粒径が30~63μmのセラミックのショット材を用い、ショット圧を0.3~0.5MPaの条件でショットピーニング処理を行ったナットのボール転走面の表面性状の画像を、平均面粗さSaとともに示したものである。図10は、各実施例のナットを有するボールねじについて、横軸にボール転走面の平均面粗さSaをとり、縦軸に低速摩耗試験における動摩擦トルク減少率をとって示すグラフである。低速摩耗試験の条件は、以下のとおりである。
ボールねじ仕様:軸径32mm、ねじ溝リード5mm
使用した潤滑剤:VG68オイル
ねじ軸回転速度:1min-1
ストローク:150mm
往復回数:10回
【0043】
図10から明らかなように、ボール転動方向成分を除く平均面粗さSaと動摩擦トルク減少率との間に明確な相関が現れた。かかる相関によれば、ボール転動方向成分を除く平均面粗さSaが0.1μm以上のボール転走面において、動摩擦トルクの減少率が低減しており、摩耗を抑制する効果を持つことが確認された。ボール転動方向成分を除く平均面粗さSaが0.1μm以上となるボール転走面については、ショットピーニングの粒子の大きさやショット圧などを調整することで実現できる。
【0044】
従来のボールねじと、ボール転動方向成分を除く平均面粗さSaが0.1μm以上となるボール転走面を有するボールねじにおける、回転速度と動摩擦トルクの関係を図11に示す。後者は回転速度50min-1以下の低速運転条件において、前者よりも動摩擦トルクが小さくなっていることから、一般的に潤滑剤膜が形成されにくいとされる低速運転条件においても潤滑剤膜形成能力が向上し、摩擦が低減されていることが確認された。以上の通り、ボールねじのナットのボール転走面について検討を行ったが、ボールの表面、ねじ軸のボール転走面、あるいはリニアガイドのスライダのボール転走面についても同様に適用できる。
【0045】
より具体的には、従来のボールねじは低速で駆動するほど、ボールとボール転走面間への潤滑剤の流入量が減少し潤滑剤膜が薄くなるため、金属接触(メタルコンタクト)面積が増加し、動摩擦トルクが増加する傾向にある。ボール転動方向成分を除く平均面粗さSaが0.1μm以上となるボール転走面を持つ高精度・長寿命ボールねじは、低速で駆動した場合も、ボールとボール転走面間に油膜が形成されやすいため、金属接触面積及び動摩擦トルクの増加が抑制される。
【0046】
なお、ボール転動方向成分を除く平均面粗さSaは、0.4μm以下であることが好ましい。仮に、0.4μm超であると、直動装置の作動性や走行音に悪影響がある。
【0047】
本発明は、上述の実施形態に限定されない。本発明の範囲内において、上述の実施形態の任意の構成要素の変形が可能である。また、上述の実施形態において任意の構成要素の追加または省略が可能である。例えば、本発明は、循環コマ式ボールねじ、チューブ式ボールねじ、デフレクタ式ボールねじ、エンドキャップ式ボールねじなど、種々のボールねじに適用できるほか、移動体としてのスライダを有するリニアガイドなどの直動装置にも適用できる。
【符号の説明】
【0048】
1:ナット(移動体)
2:ねじ軸(案内軸)
3:ボール
4:シール
5,5’:チューブ
6:チューブ押さえ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11