(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024125800
(43)【公開日】2024-09-19
(54)【発明の名称】電波の伝搬特性の推定のための情報処理装置、情報処理方法、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G06N 20/00 20190101AFI20240911BHJP
H04B 17/391 20150101ALI20240911BHJP
G06T 7/00 20170101ALI20240911BHJP
【FI】
G06N20/00 130
H04B17/391
G06T7/00 350C
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023033875
(22)【出願日】2023-03-06
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、総務省、「仮想空間における電波模擬システム技術の高度化に向けた研究開発」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】599108264
【氏名又は名称】株式会社KDDI総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110003281
【氏名又は名称】弁理士法人大塚国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 智史
(72)【発明者】
【氏名】長尾 竜也
(72)【発明者】
【氏名】竹澤 和輝
(72)【発明者】
【氏名】吉川 慧司
(72)【発明者】
【氏名】林 高弘
【テーマコード(参考)】
5L096
【Fターム(参考)】
5L096HA11
5L096KA04
(57)【要約】
【課題】汎化性能の高いモデルを構築し、電波の伝搬特性を高精度に推定すること。
【解決手段】情報処理装置は、所定の地理的範囲に含まれる所定のサイズの複数の領域のそれぞれにおける建物の高さ又は建物の占有率を1つの画素として示す画像データを入力データとすると共に、その所定の地理的範囲における建物の配置に基づく送信点から受信点までの電波の伝搬パスの情報を教師データとした機械学習により第1の学習済みモデルを取得し、第1の学習済みモデルに画像データを入力して得られる伝搬パスの推定値を入力とすると共に、受信点における電波の伝搬特性の実測値を教師データとした機械学習により第2の学習済みモデルを取得し、第1の学習済みモデルと第2の学習済みモデルとを連結して、画像データから電波の伝搬特性を推定するモデルを生成する。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の地理的範囲に含まれる所定のサイズの複数の領域のそれぞれにおける建物の高さ又は建物の占有率を1つの画素として示す画像データを入力データとすると共に、当該所定の地理的範囲における建物の配置に基づく送信点から受信点までの電波の伝搬パスの情報を教師データとした機械学習により第1の学習済みモデルを取得する第1の取得手段と、
前記第1の学習済みモデルに前記画像データを入力して得られる伝搬パスの推定値を入力とすると共に、前記受信点における電波の伝搬特性の実測値を教師データとした機械学習により第2の学習済みモデルを取得する第2の取得手段と、
前記第1の学習済みモデルと前記第2の学習済みモデルとを連結して、前記画像データから電波の伝搬特性を推定するモデルを生成する生成手段と、
を有することを特徴とする情報処理装置。
【請求項2】
前記第1の取得手段は、前記所定の地理的範囲における建物の高さ並びに配置の情報、および前記送信点および前記受信点の位置情報に基づくレイトレーシングによって教師データを取得する、ことを特徴とする請求項1に記載の情報処理装置。
【請求項3】
前記第1の取得手段は、Long Short-Term Memory(LSTM)もしくはGated Recurrent Unit(GRU)を用いたニューラルネットワーク、グラフニューラルネットワーク、又は、強化学習を用いて、前記機械学習を行う、ことを特徴とする請求項1に記載の情報処理装置。
【請求項4】
前記第1の学習済みモデルに前記画像データを入力して得られる前記伝搬パスの推定値は可変長の系列によって表される、ことを特徴とする請求項3に記載の情報処理装置。
【請求項5】
前記第2の取得手段は、前記伝搬パスの推定値として入力された可変長の系列を固定長の系列に変換する変換手段をさらに含む、ことを特徴とする請求項4に記載の情報処理装置。
【請求項6】
第1の地理的範囲に含まれる所定のサイズの複数の領域のそれぞれにおける建物の高さ又は建物の占有率を1つの画素として示す第1の画像データを入力データとすると共に、当該第1の地理的範囲における建物の配置に基づく送信点から受信点までの電波の伝搬パスの情報を教師データとした機械学習により取得された第1の学習済みモデルに、第2の地理的範囲に対応する前記入力データと同じ形式の第2の画像データを入力して、当該第2の地理的範囲における送信点から受信点までの電波の伝搬パスの推定値を取得する第1の取得手段と、
前記第1の地理的範囲に対応する前記入力データを前記第1の学習済みモデルに入力して得られる伝搬パスの推定値を入力とすると共に、当該第1の地理的範囲における受信点における電波の伝搬特性の実測値を教師データとして機械学習により取得された第2の学習済みモデルに、前記第1の取得手段において取得された前記第2の地理的範囲における前記電波の伝搬パスの推定値を入力して、当該第2の地理的範囲の前記受信点における伝搬特性を取得する第2の取得手段と、
を有することを特徴とする情報処理装置。
【請求項7】
前記第1の学習済みモデルに前記第2の画像データを入力して得られる前記伝搬パスの推定値は可変長の系列によって表され、
前記第1の地理的範囲における前記電波の伝搬パスの推定値として入力された可変長の系列が固定長の系列に変換されたデータを入力データとした機械学習によって前記第2の学習済みモデルが取得された場合、前記第2の取得手段は、前記第2の地理的範囲における前記電波の伝搬パスの推定値を表す可変長の系列を固定長の系列に変換する変換手段をさらに含む、ことを特徴とする請求項6に記載の情報処理装置。
【請求項8】
情報処理装置によって実行される情報処理方法であって、
所定の地理的範囲に含まれる所定のサイズの複数の領域のそれぞれにおける建物の高さ又は建物の占有率を1つの画素として示す画像データを入力データとすると共に、当該所定の地理的範囲における建物の配置に基づく送信点から受信点までの電波の伝搬パスの情報を教師データとした機械学習により第1の学習済みモデルを取得することと、
前記第1の学習済みモデルに前記画像データを入力して得られる伝搬パスの推定値を入力とすると共に、前記受信点における電波の伝搬特性の実測値を教師データとした機械学習により第2の学習済みモデルを取得することと、
前記第1の学習済みモデルと前記第2の学習済みモデルとを連結して、前記画像データから電波の伝搬特性を推定するモデルを生成することと、
を含むことを特徴とする情報処理方法。
【請求項9】
情報処理装置によって実行される情報処理方法であって、
第1の地理的範囲に含まれる所定のサイズの複数の領域のそれぞれにおける建物の高さ又は建物の占有率を1つの画素として示す第1の画像データを入力データとすると共に、当該第1の地理的範囲における建物の配置に基づく送信点から受信点までの電波の伝搬パスの情報を教師データとした機械学習により取得された第1の学習済みモデルに、第2の地理的範囲に対応する前記入力データと同じ形式の第2の画像データを入力して、当該第2の地理的範囲における送信点から受信点までの電波の伝搬パスの推定値を取得することと、
前記第1の地理的範囲に対応する前記入力データを前記第1の学習済みモデルに入力して得られる伝搬パスの推定値を入力とすると共に、当該第1の地理的範囲における受信点における電波の伝搬特性の実測値を教師データとして機械学習により取得された第2の学習済みモデルに、前記第2の地理的範囲における前記電波の伝搬パスの推定値を入力して、当該第2の地理的範囲の前記受信点における電波の伝搬特性を取得することと、
を含むことを特徴とする情報処理方法。
【請求項10】
コンピュータを、請求項1から7のいずれか1項に記載の情報処理装置が有する各手段として機能させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械学習を用いた電波の伝搬特性の推定技術に関する。
【背景技術】
【0002】
無線通信システムでは、電波が発信側から受信側へと十分な電力で届くことが重要である。セルラ通信システムでは、基地局装置からの電波が十分な電力で届かない不感地帯対策が行われている。このような不感地帯対策のために、従来、測定器を用いて、基地局装置から実際に送出された電波を測定していたため、非常に手間がかかっていた。また、電波の伝搬特性を推定する技術として、レイトレーシングが存在する。レイトレーシングでは、建造物などがモデル化された環境において、送信点から電波を表すレイが出力された場合に、そのレイが反射や回折などを経てどのように受信点に到達したかが計算されることにより、伝搬特性を推定することができる。しかしながら、この計算は、演算量が膨大であり、迅速に結果を得ることが難しい。これに対して、特許文献1は、受信点を含んだ地図データに畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を適用して都市構造パラメータを特徴量として抽出し、抽出された特徴量を全結合ニューラルネットワーク(FNN)に入力することにより、伝搬特性の推定を行う技術を提供している。これによれば、地図データを用いて、実際に電波環境を測定することなく、かつ、低演算量で迅速に伝搬特性を推定することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の技術では、地図データから特徴量を抽出する際に、画像の類似度を学習してしまい、物理的に意味のない特徴量を抽出してしまいうる。このような場合、機械学習において使用される教師データの存在する領域では高精度な電波の伝搬特性の推定が可能となるが、教師データの存在しない領域における電波の伝搬特性の推定精度が劣化してしまいうる。すなわち、汎化性能の低いモデルが生成されてしまいうる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、汎化性能の高いモデルを構築し、電波の伝搬特性を高精度に推定することを可能とする技術を提供する。
【0006】
本発明の一態様による情報処理装置は、所定の地理的範囲に含まれる所定のサイズの複数の領域のそれぞれにおける建物の高さ又は建物の占有率を1つの画素として示す画像データを入力データとすると共に、当該所定の地理的範囲における建物の配置に基づく送信点から受信点までの電波の伝搬パスの情報を教師データとした機械学習により第1の学習済みモデルを取得する第1の取得手段と、前記第1の学習済みモデルに前記画像データを入力して得られる伝搬パスの推定値を入力とすると共に、前記受信点における電波の伝搬特性の実測値を教師データとした機械学習により第2の学習済みモデルを取得する第2の取得手段と、前記第1の学習済みモデルと前記第2の学習済みモデルとを連結して、前記画像データから電波の伝搬特性を推定するモデルを生成する生成手段と、を有する。
【0007】
本発明の別の一態様による情報処理装置は、第1の地理的範囲に含まれる所定のサイズの複数の領域のそれぞれにおける建物の高さ又は建物の占有率を1つの画素として示す第1の画像データを入力データとすると共に、当該第1の地理的範囲における建物の配置に基づく送信点から受信点までの電波の伝搬パスの情報を教師データとした機械学習により取得された第1の学習済みモデルに、第2の地理的範囲に対応する前記入力データと同じ形式の第2の画像データを入力して、当該第2の地理的範囲における送信点から受信点までの電波の伝搬パスの推定値を取得する第1の取得手段と、前記第1の地理的範囲に対応する前記入力データを前記第1の学習済みモデルに入力して得られる伝搬パスの推定値を入力とすると共に、当該第1の地理的範囲における受信点における電波の伝搬特性の実測値を教師データとして機械学習により取得された第2の学習済みモデルに、前記第1の取得手段において取得された前記第2の地理的範囲における前記電波の伝搬パスの推定値を入力して、当該第2の地理的範囲の前記受信点における伝搬特性を取得する第2の取得手段と、を有する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、汎化性能の高いモデルを構築し、電波の伝搬特性を高精度に推定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図2】伝搬パスの推定のための機械学習を説明する図である。
【
図3】伝搬パスの推定のための機械学習を説明する図である。
【
図4】学習済みモデルを用いた伝搬パスの推定手順を説明する図である。
【
図5】伝搬パスを表現する方法の一例を説明する図である。
【
図6】伝搬特性の推定のための機械学習を説明する図である。
【
図7】学習済みモデルを用いた伝搬特性の推定手順を説明する図である。
【
図8】学習フェーズの処理の流れの例を示す図である。
【
図9】推定フェーズの処理の流れの例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付図面を参照して実施形態を詳しく説明する。なお、以下の実施形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではなく、また実施形態で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明に必須のものとは限らない。実施形態で説明されている複数の特徴のうち二つ以上の特徴は任意に組み合わされてもよい。また、同一若しくは同様の構成には同一の参照番号を付し、重複した説明は省略する。
【0011】
(装置構成)
本実施形態では、機械学習により電波の伝搬特性を推定する伝搬特性推定システムについて説明する。
図1は、このようなシステムが実装される情報処理装置のハードウェア構成例を示す図である。情報処理装置は、例えば汎用コンピュータであり、プロセッサ101、記憶装置102、入出力インタフェース103、及び、外部記憶装置104を含んで構成される。プロセッサ101は、例えば、セントラルプロセッシングユニット(CPU)やマイクロプロセッサユニット(MPU)などの1つ以上のプロセッサを含んで構成される。プロセッサ101は、記憶装置102に記憶されたプログラムを実行することにより、後述の各処理を実行するように構成される。記憶装置102は、例えば、読み出し専用メモリ(ROM)やランダムアクセスメモリ(RAM)等の1つ以上のメモリを含んで構成される。記憶装置102は、例えば、下記の処理に対応するプログラムや、そのプログラムが実行される際に使用される変数などを記憶する。入出力インタフェース103は、例えば、装置の外部から情報の入力を受け付け、また、装置の外部へ情報を出力するためのインタフェースである。入出力インタフェース103は、例えば、キーボードやポインティングデバイスなどを用いてユーザ操作を受け付け、ディスプレイやスピーカを用いてユーザへ情報を提示するためのインタフェースを含む。また、入出力インタフェース103は、通信インタフェースであってもよい。一例において、機械学習の対象の画像データや教師データ、また、伝搬特性の推定対象の地理的状況を示す画像データなどの入力が、入出力インタフェース103によって接続された通信回線を通じて受け付けられる。また、例えば、伝搬特性の推定の結果が、入出力インタフェース103によって接続された通信回線を通じて、外部の装置へ提供されうる。外部記憶装置104は、例えば、ハードディスクドライブ(HDD)、ソリッドステートドライブ(SSD)、ユニバーサルシリアルバス(USB)メモリなどの着脱可能な記憶装置であり、例えば、画像データなどの情報を記憶することができる。
図1の構成は、例えば、プロセッサ101が、記憶装置102に記憶されたプログラムを実行することにより実現されうる。そして、
図1の構成により、入出力インタフェース103を通じて又は外部記憶装置104に記憶された情報を利用して、機械学習を行って伝搬特性を推定するための学習済みモデルを生成し、学習済みモデルを用いて電波の伝搬特性の推定を行う。
【0012】
(機械学習を用いた伝搬パス推定及び伝搬特性推定)
本実施形態では、2つの種類の学習フェーズを通じて、システム全体の学習済みモデルを形成する。第1の学習フェーズでは、画像データを入力として電波の反射や回折などの伝搬経路を学習する。この学習には、レイトレーシングで推定された電波の送信点と受信点との間の電波の伝搬経路が、教師データとして使用される。これにより、特定の地理的領域に対応する画像データが入力された場合に、その地理的領域においてどのように電波が伝搬するかを推定するための学習が行われる。なお、この学習において、レイトレーシングが行われるため、一定程度の演算が必要となるが、一度学習が完了することにより、それ以上のレイトレーシングは不要となるため、全ての地理的領域においてレイトレーシングを行うのと比較して著しく演算量を削減することができる。この第1の学習フェーズでは、入力される画像データの中から電波の反射や回折などの物理的な意味のある特徴が抽出されるようになる。このように第1の学習フェーズにおいて得られた第1の学習済みモデルは、電波の送信点と受信点とを含んだ地理的範囲に対応する画像データが入力されたことに応じて、その地理的範囲における伝搬パスを示す情報系列を出力するようになる。
【0013】
その後、第1の学習済みモデルに画像データを入力することによって得られる、伝搬パスを示す情報系列を入力として、例えば伝搬損失や時空間特性などの伝搬特性の情報を出力するための第2の学習フェーズが行われる。この第2の学習フェーズでは、実測の伝搬特性が教師データとして使用される。すなわち、第1の学習フェーズで使用される画像データに対応する地理的範囲の画像に含まれる受信点に関して得られた伝搬パスを示す情報系列が入力として用いられ、その受信点において測定された伝搬特性が教師データとして用いられることにより、機械学習が行われる。
【0014】
図2は、電波の伝搬パスの推定のための機械学習を説明する図である。本実施形態では、所定の地理的範囲における標高及び建造物の高さに関する標高・建物高データ201と、その地理的範囲における送受信点の位置情報202とを用いた機械学習が行われる。標高・建物高データ201は、例えば、その地理的範囲を上空から見た二次元の地図画像データ(例えば衛星画像データ)の情報および、その地図画像データの各画素に対応する位置の標高及び建造物の高さの情報を示すデータを含む。なお、二次元の地図データの各画素は、例えば、東西方向をx座標によって示し、南北方向をy座標によって示す座標によって表現されうる。また、1つの画素が、例えばx方向及びy方向の両方向に5メートル(m)の幅を有する領域などの、所定のサイズの領域に対応する。ただし、これは一例であり、地図データのスケールに応じて、1つの画素に対応する地理的範囲のサイズが決定される。また、標高・建物高データ201は、その地図画像データに対応する地理的範囲内の各領域における建物の占有率のデータを含みうる。さらに、標高・建物高データ201は、建物の形状を示す2.5次元又は3次元の形状データを含んでもよい。送受信点の位置情報202は、その地理的範囲内において、電波が送信される点と受信される点の座標及び高さの情報を含む。なお、一例において、電波が送信される点は基地局装置のアンテナが配置される位置であり、電波が受信される点は、端末装置が存在しうる任意の位置でありうる。
【0015】
レイトレーシング211では、標高・建物高データ201に基づいて、その地理的範囲における地理的状況を再現する三次元モデルが形成される。例えば、その地理的範囲を含んだ仮想空間内に、その地理的範囲内の各座標における高さの物体が配置されることによって、その地理的範囲における地形や電波を反射する可能性のある物体が模擬された三次元空間のモデルが形成される。そして、レイトレーシング211では、送信点から電波が送出された場合に、その電波がどのように反射及び回折を経て受信点に到達するかが計算される。なお、レイトレーシングについては、従来技術であるため、ここでは詳細に説明しない。このような、レイトレーシング211によって計算された、電波が送信点から受信点までの間で辿る伝搬パスを示す情報を、レイ情報212と呼ぶ。
【0016】
環境情報生成221では、例えば、送信点の高さを基準とした建物の高さのデータ222、受信点の高さを基準とした建物の高さのデータ223、及び、建物占有率のデータ224を生成しうる。送信点の高さを基準とした建物の高さのデータ222は、例えば、その地理的範囲を上空から見た二次元の地図画像データの各画素に対応する領域の建物の高さを、送信点の高さを基準として示す情報である。例えば、送信点の高さz1(m)を画素値(例えば輝度値)=128として、その高さからの相対的な高さによって、各画素に対応する領域に存在する建造物の高さが画素値によって表現される。地図画像データのi番目の画素に対応する領域の建物の高さをz2(m)とすると、その画素における画素値p(i)は、p(i)=128+(z2-z1)のように表現されうる。すなわち、送信点の高さz1が30mで、i番目の画素に対応する領域の建物の高さが50mである場合、p(i)=128+(50-30)=148のように、画素値が決定されうる。受信点の高さを基準とした建物の高さのデータ223も同様に、受信点の高さをz3とした場合に、i番目の画素に対応する領域の建物の高さをz2(m)とすると、その画素における画素値p(i)は、p(i)=128+(z2-z3)のように表現されうる。このようにして、送信点の高さを基準とした建物の高さのデータ222と受信点の高さを基準とした建物の高さのデータ223とが、地図画像データと同サイズの画像形式のデータとして出力されうる。なお、これは一例であり、他の形式で送信点又は受信点の高さを基準とした各領域における建物の高さが指定されてもよい。建物占有率のデータ224は、例えば、地図画像データの1つの画素に対応する領域において、その領域の土地の面積のうちの建物が覆っている面積の割合を示す情報である。例えば、建物の占有率が0%の場合の画素値を0、50%の場合の画素値を128、100%の場合の画素値を255として、各画素に対応する領域がどの程度建物で覆われているかを示しうる。このようにして、建物占有率のデータ224も、地図画像データと同サイズの画像形式のデータとして出力されうる。なお、このデータも形式はこれに限られず、他の形式のデータとして建物占有率のデータ224が用意されてもよい。なお、環境情報として生成されるデータは、送信点の高さを基準とした建物の高さのデータ222、受信点の高さを基準とした建物の高さのデータ223、及び、建物占有率のデータ224に限られず、他のデータが生成されてもよい。また、送信点の高さを基準とした建物の高さのデータ222、受信点の高さを基準とした建物の高さのデータ223、及び、建物占有率のデータ224のうちの1つまたは2つのみが生成されてもよい。
【0017】
上述のようにして生成された各情報は、その後、機械学習231のために使用される。ここで、本実施形態では、レイトレーシング211によって生成されたレイ情報212を教師データ213として、環境情報生成221によって生成された各情報を入力データ225として、機械学習231が行われるようにする。ここで、機械学習は、例えば、Long Short-Term Memory(LSTM)を用いたニューラルネットワークによって行われうる。ただし、これは一例であり、例えば、Gated Recurrent Unit(GRU)、グラフニューラルネットワーク、強化学習など、他の機械学習の手法が使用されてもよい。第1の学習フェーズでは、環境情報生成221において生成された様々なデータを学習モデルに入力して出力が取得される。そして、その出力が、教師データ213(対応する環境について算出されたレイ情報212)と比較され、その差が十分に小さくなるように学習が行われる。すなわち、標高・建物高データ201及び送受信点の位置情報202の様々な組み合わせを用いて、教師データ213と学習モデルの出力との差をフィードバックしながら学習モデルが更新される。そして、様々な入力に対して、この差が十分に小さい状態で収束したことに応じて第1の学習フェーズが完了し、その後、学習が終了した時点の学習モデルを学習済みモデルとして、伝搬パスの推定に使用することができるようになる。機械学習の構成については従来技術であるため、さらなる詳細についてはここでは説明しない。
【0018】
このように、本実施形態の第1の学習フェーズでは、レイトレーシングを用いて生成されたレイ情報を教師データとして使用して、地図画像データに対応する建物の高さや占有率の情報を入力とする伝搬パス推定のための機械学習が行われる。なお、上述の例では、環境情報生成221において生成されたデータをそのまま入力として用いて、機械学習を行う例について説明したが、これに限られない。例えば、
図3に示すように、環境情報生成221において生成されたデータに対して、さらに、特徴量抽出301を実行してから、入力データとして使用するようにしてもよい。この特徴量抽出301は、畳み込みニューラルネットワークにおける、畳み込みによる画像の特徴量抽出と同様にして行われうる。このように特徴量抽出が行われることにより、環境情報生成221において生成されたデータのうちの特徴的な要素を用いて、より効率的に伝搬パスの推定用の学習済みモデルを生成することができるようになる。
【0019】
図4は、学習済みモデルが得られた後の伝搬パス推定を説明する図である。伝搬パス推定では、例えば、
図2において学習フェーズにおいて用いられた情報とは異なる地理的範囲に対応する標高・建物高データ201及び送受信点の位置情報202の組み合わせを用いて、環境情報生成221が行われる。この環境情報生成221は、学習フェーズと同じ手順によって行われる。また、
図3のように、学習フェーズにおいて特徴量抽出が行われた場合、学習済みモデルを用いた伝搬パス推定においても、入力データを生成するために、同様の特徴量抽出が行われる。その結果、学習フェーズにおける入力データと同様の形式のデータが生成される。そして、このデータが、入力データとして、学習済みモデル401に入力される。そして、その学習済みモデル401の出力が、伝搬パス推定値402となる。
【0020】
このように、本実施形態では、第1の学習フェーズにおいて、地図画像データに対応する送信点の高さを基準とした建物の高さのデータ222、受信点の高さを基準とした建物の高さのデータ223、及び、建物占有率のデータ224などの画像形式のデータに対して、伝搬パスの推定値を出力するように学習済みモデルが構成される。なお、伝搬パスの推定値は、例えば、反射・回折点の座標の系列の形式を有しうる。例えば、電波の送信点の座標が(x0,y0)であり、座標(x1,y1)の位置及び座標(x2,y2)の位置で反射して、座標(x3,y3)で表される電波の受信点まで到達した場合に、{(x0,y0),(x1,y1),(x2,y2),(x3,y3)}のような系列が伝搬パス推定値として出力されうる。また、反射面や回折エッジにIDを割り当てておき、そのIDを用いた系列が、伝搬パス推定値として出力されてもよい。例えば、{ID1の面で反射、ID2のエッジで回折、・・・}のような系列の情報が、伝搬パス推定値として出力されうる。また、反射や回折の有無によらず、伝搬パスを単位距離ごとに区切り、その区切りの位置の座標の系列によって、伝搬パス推定値が定められてもよい。例えば、
図5のように、電波の送信点(x1,y1)から、電波の受信点(xn,yn)までの伝搬パスが単位距離ごとに区切られ、その区切られた位置の座標(x2,y2)、(x3,y3)、・・・を用いて、{(x1,y1),(x2,y2),(x3,y3),・・・(xn,yn)}のようにして、伝搬パスが表現されうる。また、区切りの位置における伝搬方向のベクトル[v1]、[v2]、[v3]、・・・の系列が、伝搬パスを表すのに使用されてもよい。なお、これらの情報の系列は、長さが可変長の系列となりうる。可変長の系列を出力すべき場合には、機械学習がこのような可変長の出力に対応する学習モデルを取り扱うことができる手法を用いて行われる。本実施形態では、例えば、LSTMやGRUなどのリカレントニューラルネットワーク(RNN)、グラフニューラルネットワーク(GNN)、強化学習等を用いることにより、可変長の伝搬パスの情報を取り扱うことを可能としている。ただし、これは一例であり、伝搬パスの情報は固定長の情報として表現されてもよい。また、上述の形式と異なる形式で、伝搬パスの情報が出力されてもよい。
【0021】
なお、上述の第1の学習フェーズの例では、レイトレーシング211によるレイ情報を教師データとして用いたが、これに限られない。例えば、時空間特性を特定の受信点において実測し、その実測値を教師データとしてもよい。時空間特性は、例えば、角度プロファイルや遅延プロファイルである。時空間特性は、送信点から電波を複数回送信して、受信点において受信アンテナの指向性を変更しながらその電波を測定しうる。このときに、複数回の測定結果において同じ経路で到達したことが想定される測定データ群を1つのクラスタとして扱うクラスタリングが行われうる。そして、クラスタの角度情報や遅延情報を示す時空間特性が、教師データとして使用されてもよい。
【0022】
第1の学習フェーズによって、伝搬パスの推定値が得られると、その伝搬パスの推定値に基づいて、伝搬損失や時空間特性などの伝搬特性を推定するための第2の学習フェーズが実行される。第2の学習フェーズでは、例えば、
図6に示すように、伝搬特性測定値601を教師データ602とし、第1の学習フェーズによって得られた学習済みモデルを用いて推定された伝搬パス推定値611を入力データ612として、機械学習631が行われる。なお、伝搬パスの推定値が可変長のデータである場合に、例えば、その可変長のデータから特徴量を抽出して固定長のデータを出力するためのRNN613などが用いられてもよい。なお、RNN613は一例であり、可変長のデータから特徴量を抽出して固定長のデータに変換することが可能な他の手法が用いられてもよい。なお、伝搬パスの推定値が固定長のデータである場合や、機械学習631において可変長のデータを取り扱うことができる場合には、RNN613は省略されてもよい。なお、伝搬特性の推定は、例えば、全結合ニューラルネットワーク(FNN)を用いて行われる。機械学習631では、ニューラルネットワークに入力データ612が入力された結果の伝搬特性推定値が、教師データ602と比較され、その差が十分に小さくなるように学習が行われる。なお、入力データ612として用いられる伝搬パスの推定値611が得られる際に使用された地図画像データの受信点における実測の伝搬特性値が、教師データ602として使用される。そして、伝搬パスの推定値611が学習モデルに入力されて得られた出力と、教師データ602との差をフィードバックしながら、学習モデルが更新される。様々な伝搬パスの推定値611の入力に対して、この差が十分に小さい状態で収束したことに応じて第2の学習フェーズが完了し、その後、学習が終了した時点の学習モデルを学習済みモデルとして、伝搬特性の推定に使用することができるようになる。機械学習の構成については従来技術であるため、さらなる詳細についてはここでは説明しない。
【0023】
図7は、学習済みモデルが得られた後の伝搬特性の推定を説明する図である。伝搬特性の推定では、例えば、
図6において学習フェーズにおいて用いられた情報とは異なる地理的範囲に対応して、
図4のような構成を用いて得られた伝搬パス推定値611が、入力データ612として学習済みモデル701に入力される。なお、第2の学習フェーズにおいて、RNN613などを用いて伝搬パス推定値611の可変長のデータを固定長のデータに変換した場合には、学習済みモデル701に入力する前に伝搬パス推定値611に対してその変換処理と同様の処理が実行されるようにしうる。すなわち、学習時と推定時とで同じ形式のデータが使用されるようにする。そして、学習済みモデル701の出力が、伝搬特性推定値702となる。
【0024】
(処理の流れ)
図8に、本実施形態における機械学習の処理の流れの例を示す。なお、各処理の具体的な内容については上述した通りであるため、ここでは、処理の流れを概説するにとどめる。
【0025】
本処理では、まず、標高・建物高データと送受信点の位置情報に基づいて、レイトレーシングを実行し(S801)、伝搬パスの推定に関する機械学習のための教師データを生成する。また、これと並行して、標高・建物高データと送受信点の位置情報に基づいて、伝搬パス推定の際の入力データとしても使用する、機械学習用の入力データを生成する(S802)。そして、S801において生成した教師データと、S802において生成した入力データとを用いて機械学習を実行する(S803)。この手順を、複数の地理的範囲に関する情報を用いて繰り返し実行することによって、伝搬パス推定のための第1の学習済みモデルが取得される。この時点で、S802において生成された入力データと同様の形式のデータが第1の学習済みモデルに入力されることにより、その入力データの生成の際に指定された送信点から受信点までの電波の伝搬パスが推定されるようになる。ここまでの処理が、上述の第1の学習フェーズに対応する。
【0026】
その後、第1の学習済みモデルに対して、例えば、S802において生成された入力データが入力されて、伝搬パスの推定値が取得される(S804)。取得された伝搬パスの推定値は、伝搬特性の推定のための機械学習における入力データとして扱われる。また、S802において入力データが生成された際に使用した標高・建物高データに対応する地理的範囲において、送信点から送出した電波を受信点で測定した結果である伝搬特性の実測値が、教師データとして実行される。このようにして、伝搬パスの推定値を入力とすると共に、その伝搬パスが得られる環境における実測の伝搬特性の値を教師データとして、機械学習が行われる(S805)。この手順を、複数の伝搬パスの推定値及び対応する教師データを用いて繰り返し実行することにより、伝搬特性の推定のための第2の学習済みモデルが取得される。S804及びS805の処理が、上述の第2の学習フェーズに対応する。
【0027】
図9に、第1の学習済みモデル及び第2の学習済みモデルが取得された後に行われる、標高・建物高データと送受信点の位置情報に基づいて、伝搬特性を推定する処理の流れの例を示す。本処理では、標高・建物高データと送受信点の位置情報に基づいて、入力データが生成される(S901)。この処理は、S802の処理に対応する。ただし、ここでは機械学習が完了しているため、教師データが不要である。このため、レイトレーシングは行われない。そして、例えば、レイトレーシングや伝搬特性の測定が行われていない地理的範囲の地図画像データから、送信点を基準とした建物高データ、受信点を基準とした建物高データ、建物占有率データのうち、機械学習に使用された種類のデータが生成される。そして、S901で生成したデータが、第1の学習済みモデルに入力される(S902)。これにより、伝搬パスの推定値が取得される。その後、その伝搬パスの推定値が、第2の学習済みモデルに入力される(S903)。これにより、伝搬特性の推定値が取得される。
【0028】
このように、本実施形態では、第1の学習済みモデルと第2の学習済みモデルとをそれぞれ取得して、その第1の学習済みモデルと第2の学習済みモデルとを連結させて、1つのモデルが生成される。これにより、所定の地理的範囲に含まれる所定のサイズの複数の領域のそれぞれにおける建物の高さ又は建物の占有率を1つの画素として示す画像データから伝搬パスが推定され、その伝搬パスの推定値から伝搬特性が推定される。このように、本実施形態では、画像データから電波伝搬に関連する物理的に意味のある特徴が抽出され、その特徴を用いて伝搬特性が推定される。これにより、汎化性能の高いモデルを構築し、電波の伝搬特性を高精度に推定することが可能となる。よって、国連が主導する持続可能な開発目標(SDGs)の目標9「レジリエントなインフラを整備し、持続可能な産業化を推進するとともに、イノベーションの拡大を図る」に貢献することが可能となる。
【0029】
発明は上記の実施形態に制限されるものではなく、発明の要旨の範囲内で、種々の変形・変更が可能である。