(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024125861
(43)【公開日】2024-09-19
(54)【発明の名称】グラフェン膜の製造装置
(51)【国際特許分類】
C01B 32/186 20170101AFI20240911BHJP
【FI】
C01B32/186
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023033969
(22)【出願日】2023-03-06
(71)【出願人】
【識別番号】517454538
【氏名又は名称】株式会社エアメンブレン
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 雅考
(72)【発明者】
【氏名】川木 俊輔
【テーマコード(参考)】
4G146
【Fターム(参考)】
4G146AA01
4G146AB07
4G146AC16B
4G146AD22
4G146BA12
4G146BC09
4G146DA16
4G146DA26
4G146DA27
(57)【要約】
【課題】加熱した金属製基材を連続的に巻き取りながらプラズマ照射し、ロールツーロール方式で連続的にグラフェンを合成する場合、プラズマ照射のイオン衝撃によるグラフェンの照射損傷の発生を抑制し、より結晶性の高い単層および二層のグラフェンを高スループットで形成するグラフェン膜の製造装置を提供する。
【解決手段】処理容器内にプラズマ生成装置と、該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材およびそれを連続的に送り出し、巻き取りする装置と、該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材をジュール加熱するためのジュール加熱装置と、グラフェン成膜用の金属製基材を覆う基材カバーを備え、該基材カバーには開口部を設け、連続的に巻き取りながらジュール加熱で加熱される金属製基材の巻き取り速度に応じて、該開口部の位置及び長さが設定されていることを特徴とするグラフェン膜の製造装置。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
処理容器内にプラズマを発生させるプラズマ生成装置と、
該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材およびそれを連続的に送り出し、巻き取りする装置と、
該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材をジュール加熱するためのジュール加熱装置と、
グラフェン成膜用の金属製基材を覆う基材カバーを備えることを特徴とするグラフェン膜の製造装置。
【請求項2】
処理容器内にプラズマを発生させるプラズマ生成装置と、
該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材およびそれを連続的に送り出し、巻き取りする装置と、
該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材をジュール加熱するためのジュール加熱装置と、
グラフェン成膜用の金属製基材を覆う基材カバーを備え、
該基材カバーには開口部を設けることを特徴とするグラフェン膜の製造装置。
【請求項3】
処理容器内にプラズマを発生させるプラズマ生成装置と、
該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材およびそれを連続的に送り出し、巻き取りする装置と、
該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材をジュール加熱するためのジュール加熱装置と、
グラフェン成膜用の金属製基材を覆う基材カバーを備え、
該基材カバーには開口部を設け、
連続的に巻き取りながらジュール加熱で加熱される金属製基材の巻き取り速度に応じて、該開口部の位置及び長さが設定されていることを特徴とするグラフェン膜の製造装置。
【請求項4】
処理容器内にプラズマを発生させるプラズマ生成装置と、
該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材およびそれを連続的に送り出し、巻き取りする装置と、
該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材をジュール加熱するためのジュール加熱装置と、
グラフェン成膜用の金属製基材を覆う基材カバーを備え、
該基材カバーには開口部を設け、
連続的に巻き取りながらジュール加熱で加熱される金属製基材の巻き取り速度に応じて、該開口部の位置及び/又は長さが設定されていることを特徴とするグラフェン膜の製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透明導電膜などに利用するためのグラフェン膜の製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
SP2結合した炭素原子による導電性の平面状結晶は「グラフェン」と呼ばれている。グラフェンについては非特許文献1に詳述されている。グラフェンは様々な形態の結晶性炭素膜の基本単位である。グラフェンによる結晶性炭素膜の例としては、一層のグラフェンによる単層グラフェン、ナノメートルサイズのグラフェンの数層から十層程度の積層体であるナノグラフェン、さらに数層から数十層程度のグラフェン積層体が基材面に対して垂直に近い角度で配向するカーボンナノウォール(非特許文献2参照)などがある。
【0003】
グラフェンによる結晶性炭素膜は、その高い光透過率と電気伝導性のため、透明導電膜や透明電極としての利用が期待されている。さらにグラフェン中の電子およびホールのキャリア移動度は室温でシリコンの100倍も高い最大20万cm2/Vsになる可能性がある。このグラフェンの特性を生かしてテラヘルツ(THz)動作を目指した高周波デバイスや高感度のセンサーの開発も進められている。
【0004】
グラフェン透明導電膜の製造方法についてはこれまで、天然黒鉛からの剥離法、炭化ケイ素の高温熱処理によるケイ素の脱離法、さらにさまざまな金属表面への形成法などが開発されているが、グラフェンによる結晶性炭素膜を用いた透明導電性炭素膜は多岐にわたる工業的な利用が検討されており、そのため、高いスループットで大面積の成膜法が望まれている。
【0005】
グラフェン透明導電膜の形成法のひとつとして、銅箔表面への化学気相合成法(CVD)による方法が開発された(非特許文献3、4参照)。この銅箔を基材とするグラフェン成膜手法は、熱CVD法によるものであって、原料ガスであるメタンガスを1000℃程度で熱的に分解し、銅箔表面に1層のグラフェンを形成するものである。しかしながら、上記熱CVD法によるグラフェン製法では、基本的にメタンガスなど気体状の原料が加熱した銅箔と接触することにより分解するが、この分解効率が低いため、一層のグラフェンが銅箔上に形成されるのに少なくとも30分、通常は1時間から数時間を要する。したがってグラフェンの工業利用を実現するため、より短時間のグラフェン合成手法の開発が必要である。また基本的にこの手法は、1枚の銅箔基材にグラフェンを合成し終わったら基材を入れ替えて次のグラフェンを合成するというバッチプロセスであるため、より量産に適するロールツーロール方式などの連続的な合成手法の開発が望まれていた。
【0006】
成膜用基材を巻き取りながら、いわゆるロールツーロール方式で、基材表面に薄膜を連続的に合成する手法は、従来から薄膜の工業利用の様々な分野で利用されてきたが、近年グラフェンの高スループットの連続合成手法としても適用が試みられている(特許文献1、2、非特許文献5、6、7)。一例として特許文献1には、グラフェン透明導電膜の製造方法とその製造装置が開示されている。この手法では導電性を有するフレキシブルな成膜用基材である銅箔を巻き取りながら、銅箔に直接電流を印加してグラフェンの生成温度以上に加熱し、銅箔の表面に原料である炭素源物質を接触させることによりグラフェンを生成する。すなわち、銅箔を巻き取りながら通電加熱により900~1000℃に加熱し、メタンガスを炭素源として含むアルゴンと水素の混合ガス中にさらすという熱CVD法により、銅箔表面にロールツーロール方式で連続的にグラフェンを合成する手法である。しかしながらこの手法は基本的に熱CVD法による合成であるためプロセス時間が長いという課題は未解決であり、より高スループットの合成法の開発が必要とされてきた。
また特許文献2には、銅箔を成膜用基材に用いたプラズマCVD法によるロールツーロール方式のグラフェンの高スループット製造方法が開示されている。この手法によれば、毎秒2~5mmの銅箔の巻き取り速度で連続的にグラフェンを合成できたことが報告されている。一方この手法で合成したグラフェンをラマン分光で分析したところ、欠陥に起因するDバンドの強度が高い、欠陥を多く含んだ結晶品質が低いものであった。層数も数層から数十層程度であり、単層および二層のいわゆる原子層のグラフェンを得ることはできていない。またこのグラフェンで透明導電膜を作製して測定したところ、シート抵抗は1×105Ωとたいへん高抵抗であった。このようにこの手法では結晶品質の高いグラフェンを得ることはできていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5862080号公報
【特許文献2】特許第5692794号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】山田久美、化学と工業、61(2008)pp.1123-1127.
【非特許文献2】Y.Wu, P.Qiao, T.Chong, Z.Shen, Adv. Mater. 14(2002)pp.64-67.
【非特許文献3】Alfonso Reina, Xiaoting Jia, John Ho, Daniel Nezich, Hyungbin Son, Vladimir Bulovic, Mildred S. Dresselhaus, Jing Kong, Nano letters, 9(2009)pp.30-35.
【非特許文献4】Xuesong Li, Yanwu Zhu, Weiwei Cai, Mark Borysiak, Boyang Han, David Chen, Richard D. Piner, Luigi Colombo, Rodney S. Ruoff, Nano Letters, 9(2009)pp.4359-4363.
【非特許文献5】Low-temperature graphene synthesis using microwave plasma CVD, Takatoshi Yamada, Jaeho Kim, Masatou Ishihara, Masataka Hasegawa, J. Phys. D 46 (2013) 063001 (8pp).
【非特許文献6】Production of a 100-m-long high-quality graphene transparent conductive film by roll-to-roll chemical vapor deposition and transfer process, T. Kobayashi, M. Bando, N. Kimura, K. Shimizu, K. Kadono, N. Umezu, K. Miyahara, S. Hayazaki, S. Nagai, Y. Mizuguchi, Y. Murakami, D. Hobara, Appl. Phys. Lett. 2013, 102, 023112.
【非特許文献7】High-speed roll-to-roll manufacturing of graphene using a concentric tube CVD reactor, Erik S. Polsen, Daniel Q. McNerny, B. Viswanath, Sebastian W. Pattinson, A. John Hart Scientific Reports 5 (2015) 10257.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
発明者らはより高スループットで結晶品質の高いグラフェンの合成手法を確立するべく、特許文献1と特許文献2の手法を組み合わせ、銅箔に電流を印加してジュール加熱により銅箔をグラフェンの生成温度以上に加熱し、銅箔を連続的に巻き取りながら炭素源であるメタンガスを水素と混合したガス、あるいは炭素源であるメタンガスを水素およびアルゴンと混合したガスを励起したプラズマを照射することによるグラフェン合成の試験を行った。その結果、この手法で形成したグラフェンは欠陥を多く含んだ結晶品質の低いものであることを確認した。またこの低い結晶品質の原因は、グラフェンの形成過程でプラズマ照射によるイオン衝撃でグラフェンに照射損傷が発生したことにあることが分かった。
【0010】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであって、通電加熱で加熱した銅箔などのグラフェン合成用金属製基材を連続的に巻き取りながらプラズマを照射し、いわゆるロールツーロール方式でグラフェンを合成する場合、プラズマのイオン衝撃によりグラフェンに欠陥が生成して結晶性が著しく劣化するという問題を解決し、より結晶性の高い単層および二層のグラフェンを連続的に高スループットに形成しうるグラフェン膜の製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、鋭意検討を重ねた結果、加熱した金属製基材を連続的に巻き取りながらプラズマを照射し、いわゆるロールツーロール方式で連続的にグラフェンを合成する場合、プラズマ照射のイオン衝撃によるグラフェンの照射損傷の発生を抑制し、結晶性の高い単層および二層のグラフェンを高スループットで形成するグラフェン膜の製造装置を提供する。
【0012】
本発明は、これらの知見に基づいて完成するに至ったものであり、以下のとおりのものである。
[1]処理容器内にプラズマを発生させるプラズマ生成装置と、該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材およびそれを連続的に送り出し、巻き取りする装置と、該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材をジュール加熱するためのジュール加熱装置と、グラフェン成膜用の金属製基材を覆う基材カバーを備えることを特徴とするグラフェン膜の製造装置である。
[2]処理容器内にプラズマを発生させるプラズマ生成装置と、該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材およびそれを連続的に送り出し、巻き取りする装置と、該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材をジュール加熱するためのジュール加熱装置と、グラフェン成膜用の金属製基材を覆う基材カバーを備え、該基材カバーには開口部を設けることを特徴とするグラフェン膜の製造装置である。
[3]処理容器内にプラズマを発生させるプラズマ生成装置と、該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材およびそれを連続的に送り出し、巻き取りする装置と、該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材をジュール加熱するためのジュール加熱装置と、グラフェン成膜用の金属製基材を覆う基材カバーを備え、該基材カバーには開口部を設け、連続的に巻き取りながらジュール加熱で加熱される金属製基材の巻き取り速度に応じて、該開口部の位置及び長さが設定されていることを特徴とするグラフェン膜の製造装置である。
[4]処理容器内にプラズマを発生させるプラズマ生成装置と、該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材およびそれを連続的に送り出し、巻き取りする装置と、該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材をジュール加熱するためのジュール加熱装置と、グラフェン成膜用の金属製基材を覆う基材カバーを備え、該基材カバーには開口部を設け、連続的に巻き取りながらジュール加熱で加熱される金属製基材の巻き取り速度に応じて、該開口部の位置及び/又は長さが設定されていることを特徴とするグラフェン膜の製造装置である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の装置によれば、イオン衝撃によるグラフェンへの照射損傷の発生を抑制し、ロールツーロール方式で連続的かつ高スループットで結晶性の高い単層および二層のグラフェンを合成することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施例のグラフェン膜の製造装置の模式図である。
【
図6】本発明の一実施例のグラフェン膜の製造装置の基材カバーの構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の一実施例によるグラフェン膜の製造装置は、処理容器内にプラズマを発生させるプラズマ生成装置と、該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基材およびそれを連続的に送り出し、巻き取りする装置としての送り出しロールおよび巻き取りロールと、該処理容器内に設置されたグラフェン成膜用の金属製基板をジュール加熱するためのジュール加熱装置として第1の電極ロールおよび第2の電極ロールと、連続的に巻き取りながらジュール加熱で加熱され、巻き取り速度にともなって加熱部分が変化することに応じて、開口部の長さと位置を変えることができる機構を備えた基材カバーを有することを特徴とする。
【0016】
以下、本発明について図面を用いて説明する。なお、本発明は、これにより限定されるものではない。
図1の100は本発明のグラフェン膜の製造装置である。本図は1つの実施態様を模式的に示す図であり、図中、101は処理容器、102はプラズマ生成装置、103は金属製基材、104は金属製基材103を通電加熱するための第1の電極ロール、105は金属製基材103を通電加熱するための第2の電極ロール、106は金属製基材103の送り出しロール、107は金属製基材103の巻き取りロール、108は排気管、109はプラズマ処理用ガスの導入管、111は基材カバー、112は基材カバーに設けられた開口部、をそれぞれ示している。110のハッチをかけた部分はプラズマを示しており、開口部112を通して金属製基材103が照射されている。
【0017】
本発明の一実施例のグラフェン膜の製造装置を用いたプラズマ処理は、減圧下において水素ガスとメタンガスの混合ガスを用いたプラズマ処理であればよく、高周波誘導結合プラズマ処理、容量結合高周波プラズマ処理、マイクロ波表面波プラズマ処理、マイクロ波プラズマ処理、又は直流プラズマ処理などを用いることができる。
これらのプラズマ電源は、高周波、マイクロ波、直流などを用いたもので、一定の圧力の原料ガスを放電し、プラズマ状態にすることにより化学的に活性なイオンやラジカル(励起原子・分子)を生成する。プラズマCVD法は、プラズマ中で生成された活性な粒子が基板表面での化学反応を促進し薄膜を短時間に形成できる技術である。一方、熱CVD技術は、触媒活性を有する基板にガスが高温で接触し、はじめて分解するものであり、プラズマと比較して薄膜の形成に時間を要する。このため、一般的に熱CVD技術は、プラズマCVD法にくらべ、長時間プロセスとなる。
【0018】
金属製基材の表面形状を変化することなく、かつ、金属の蒸発を生じることなくグラフェン膜を形成するためには、金属の融点より低い温度になるように基材を加熱するとともに、プラズマ処理を行う必要がある。例えば、銅箔基材の場合、銅の融点(1085℃)より低温において処理することが必要である。
【0019】
通常のプラズマ処理は、圧力2×103~1×104Paで行われる。この圧力ではプラズマが拡散しにくく、プラズマが狭い領域に集中するため、プラズマ内の中性ガスの温度が1000℃を大きく超えることになる。そのため、銅箔基板の温度が局所的に高温となり、銅箔表面からの銅の蒸発が大きくなり、グラフェンの作製に適用できない。また、プラズマ領域を均一に広げるには限界があり、大面積に均一性の高いグラフェンの形成が困難である。
したがって、成膜中の銅箔基板の過剰な温度上昇を抑制し、かつ大面積に均一性の高いグラフェン膜を形成するには、より低圧でのプラズマ処理が必要である。すなわち、圧力を低くすることでプラズマ中の活性種の平均自由行程を大きくし、基板への活性な炭素ラジカル、水素ラジカルなどの輸送を促す必要がある。グラフェンを合成するプラズマ処理の条件として、圧力は50Pa以下であり、好ましくは10~30Pa、さらに好ましくは15~25Paを用いる。またグラフェンを合成するプラズマ処理の条件として、銅箔の温度は1085℃以下であり、好ましくは900~1050℃、さらに好ましくは980~1000℃を用いる。またグラフェンを合成するプラズマ処理の条件として、使用するガスはメタンと水素の混合ガスで、メタンの濃度は好ましくは0.1~5%、さらに好ましくは0.5~2%を用いる。
【0020】
図1に示すグラフェン膜の製造装置100は、金属製の処理容器101を有し、該処理容器101には排気ポート108を介して真空排気装置(図示せず)および圧力調整装置(図示せず)が接続されている。また該処理容器101中には、金属製支持部材(図示せず)を介して気密に取り付けられた高周波(RF)を導入するための誘電体アンテナカバーとその内部に取り付けられたアンテナとからなるプラズマ生成装置102が設けられている。該プラズマ生成装置102は図の奥行方向に長さ300mmの線状の構造を有している。該プラズマ生成装置102には処理容器101外に設置した13.56MHzの高周波(RF)電源(図示せず)が接続され、プラズマ処理に必要なガスを処理容器101に導入するためのガス導入管109より導入し、プラズマ生成装置に高周波(RF)電源からの電力を投入することによりプラズマ処理用のプラズマ110(ハッチをかけた部分)を励起する。
【0021】
また、該処理容器内部には、送り出しロール106に巻かれた金属製基材103が送り出され、第1の電極ロール104と第2の電極ロール105に機械的および電気的に接し、巻き取りロール107に巻き取られるように配置される。金属製基材103の移動速度と張力は、巻き取りロール107の巻き取り速度と送り出しロール106のブレーキ力によって調整され、所望の移動速度で金属製基材103にたるみが生じないように制御されている。第1の電極ロール104および第2の電極ロール105は処理容器101外に設置した直流電源(図示せず)に接続されており、金属製基材103を巻き取りながら第1の電極ロール104と第2の電極ロール105の間で通電してジュール加熱できるように構成されている。
プラズマ生成装置102は第1の電極ロール104と第2の電極ロール105の中心から第2の電極ロール105に向かって255mmの位置に設置してある。またプラズマ生成装置102と金属製基材103との距離は125mmである。プラズマ生成装置102で励起されるプラズマ110は第1の電極ロール104と第2の電極ロール105の間の金属製基材103のほぼ全面を暴露する程度の広がりを有する。また、金属製基材103とプラズマ生成装置102との間に、金属製基材103と並行になるように金属製の基材カバー111を設置してある。この基材カバー111は必要に応じて取り外し可能である。
【0022】
本実施例において、第1の電極ロール104と第2の電極ロール105の中心間の距離は630mmである。金属製基材103として厚さ10.2μmの圧延銅箔を利用し、それを巻き取ることなく移動速度ゼロでジュール加熱した場合、第1の電極ロール104と第2の電極ロール105のちょうど中間の位置を中心として、長さ530mmの範囲で赤熱することを確認した。放射温度計で測定したところ赤熱部の温度は1000℃であった。一方、第1の電極ロール104と第2の電極ロール105に近い部分の銅箔は赤熱しておらず、この部分の銅箔の温度を放射温度計で測定したところ200℃以下であり、赤熱部に比べて温度が低くなっていることがわかった。このように、金属製基材103は第1の電極ロール104と第2の電極ロール105の間で均一に加熱されることはなく、上述のような温度分布が生じることがわかった。次に銅箔を巻き取りながらジュール加熱したところ、巻き取り速度が大きくなるにしたがって赤熱部の中心は第2の電極ロール105に向かって移動し、赤熱部の長さが小さくなっていくことを確認した。銅箔を毎秒10mmで巻き取りながらジュール加熱した場合、赤熱部の中心は第1の電極ロール104と第2の電極ロール105の中心部から第2の電極ロール105に向かって130mm移動し、また赤熱部の長さは260mmとなった。このように、金属製基材103を巻き取りながらジュール加熱する場合と、巻き取らないで停止した状態でジュール加熱する場合では、巻き取り速度に応じて赤熱部の位置と長さが変化することがわかった。
金属製基材103として厚さ10.5μmの圧延銅箔を利用する場合、巻き取り速度V(mm/秒)と赤熱部の中心の位置Y(mm)、および赤熱部の長さW(mm)は、Vが0から11mm/秒の範囲でそれぞれ下記の数1、数2の関係があることが分かった。
【0023】
(数1)
Y=13×V
【0024】
(数2)
W=-27×V+530
【0025】
本実施例では金属製基材として市販の圧延銅箔を使用した例を示す。使用した銅箔は福田金属株式会社製の厚さ10.2ミクロン、幅250mmのタフピッチ銅箔である。この銅箔の表面はBTAに代表される有機物で防錆処理されている。そこでグラフェンの成膜に先立って防錆処理の除去を下記の方法で実施した。まず送り出しロール106に巻いた長さ30mの銅箔を成膜装置に装填し、第1の電極ロール104と第2の電極ロール105を介して巻き取りロール107に巻き取られるように配置した。次にグラフェンの製造装置100内を真空排気した後、第1の電極ロール104と第2の電極ロール105に接続した直流電源を使用して第1の電極ロール104と第2の電極ロール105の間の銅箔を直接通電により加熱した。印可する電流を調整して銅箔の温度は最大で1000℃程度とし、銅箔を毎秒10mmで巻き取りロール107に巻き取りながら加熱を行った。この加熱処理により銅箔表面の防錆処理を除去した。この後、巻き取りロール107に巻き取った銅箔を逆方向に動かし、送り出しロール106に再度巻き戻した。これによりグラフェン合成の準備が完了した。なおこの準備作業で基材カバー111は設置された状態でも取り外した状態でもよい。
【0026】
以下に記載する検証例及び実施例においては、ラマン分光スペクトルの測定を行った。測定装置は(株)堀場製作所製XploRA型機であり、励起用レーザーの波長は532nm、レーザービームのスポットサイズは直径1μm、分光器のグレーティングは600本、レーザー源の出力は9.8mWで、減光器は使用しなかった。アパーチャーは300μm、スリットは100μm、対物レンズは100倍とした。露光時間は5秒間で5回の測定を積算してスペクトルを得た。
2Dバンド、Gバンド、Dバンド、およびD’バンドのピーク位置は、グラフェン膜の層数やラマン分光スペクトルの測定時のレーザーの励起波長に依存することが非特許文献(L.M.Malard,M.A.Pimenta,G.Dresselhaus and M.S.Dresselhaus, Physics Reports 473 (2009) 51-87、等)で示されている。例えば、励起波長514.5nmのレーザーによる単層グラフェン膜の場合、2Dバンド、Gバンド、Dバンド、およびD´バンドのピーク位置は、2700cm-1、1582cm-1、1350cm-1、1620cm-1付近である。Gバンドは正常六員環によるもので、2DバンドはDバンドの倍音によるものである。またDバンドは正常六員環の欠陥に起因するピークである。また、D’バンドも欠陥から誘起されるピークであり、数層から数十層程度のグラフェンの端の部分に起因するものと考えられる(G.Cancado, M.A.Pimenta, B.R.A.Neves,M.S.S.Dantas, A.Jorio,Phys.Rev.Lett. 93(2004)pp.247401_1-4.を参照)。ラマン分光スペクトルにGバンドと2Dバンドの両方のピークが観測される場合、膜はグラフェンであると同定される(非特許文献3参照)。一般にグラフェンの層数が増えると2Dバンドは高波数側にシフトすること、半値幅が広がることが知られている。さらに、レーザーの励起波長が短くなると2Dバンドは高波数側にシフトする。
【0027】
本発明の一実施例のグラフェン膜の製造装置の基材カバー111の詳細について
図6を用いて説明する。
図6は基材カバー111の構成図である。このように基材カバー111は、同図で破線により描いた基材カバー穴202を有する基材カバー枠201に、第1のスライド板203および第2のスライド板204が設置された構造を有する。第1のスライド板203および第2のスライド板204は図中でそれぞれハッチをかけて描かれている。第1のスライド板203および第2のスライド板204は基材カバー穴202を覆うように設置され、かつ同図で左右方向(図中の矢印の方向)にスライドすることにより位置を調整することができる。これにより、開口部112のない状態も実現できるし、かつ任意の位置と長さを有する開口部112を設定できる仕組みとなっている。基材カバー枠201、第1のスライド板203、第2のスライド板204はステンレス製である。この基材カバー111は必要に応じて取り外し可能である。
【0028】
まず基材カバー111を取り外した状態でプラズマを発生し、毎秒0~10mmで巻き取りながら銅箔のプラズマ処理を行った。プラズマ処理に使用したガスはメタンの濃度1%のメタンと水素の混合ガスで、圧力は20Paであった。また銅箔の赤熱部の温度は1000℃であった。
図2はこのプラズマ処理によって毎秒10mmで巻き取りながら銅箔表面に生成したグラフェン膜のラマン分光スペクトルである。このようにグラフェンに特徴的なGバンドと2Dバンドが観測されているが、欠陥に起因するDバンドがたいへん強く観測された。したがって合成したグラフェンは結晶性が悪く、品質は良くない。基材カバー111を取り外した状態では、巻き取り速度毎秒0~10mmではいずれも
図2のような結晶性が悪いグラフェンが合成された。
【0029】
グラフェンをプラズマCVD法で合成する際にグラフェン成膜用の銅箔基材をジュール加熱により加熱し、さらにグラフェン成膜用の銅箔基材を基材カバーで覆うことにより、結晶品質の高いグラフェンが合成可能であることが特許文献(特許第6411112号公報)で示された。
そこで本実施例では次に、開口部112のない基材カバー111を設置した。基材カバー111は金属製基材103とプラズマ生成装置102との間に、金属製基材103である銅箔と並行になるように設置した。基材カバー111と銅箔の距離は50mmである。この状態で毎秒0~10mmで巻き取りながら金属製基材のプラズマ処理を行った。プラズマ処理に使用したガスはメタンの濃度1%のメタンと水素の混合ガスで、圧力は20Paであった。また銅箔の赤熱部の温度は1000℃であった。
図3は毎秒2mmで巻き取りながらプラズマ処理を行い、銅箔表面に形成したグラフェン膜のラマン分光スペクトルである。このように欠陥に起因するDバンドはほとんど確認されず、結晶性が良好なグラフェン膜が形成したことを示している。銅箔の巻き取り速度毎秒0~2mmのプラズマ処理ではいずれも
図3のような結晶性が良好なグラフェン膜の形成を確認した。2Dバンドのピークの半値幅は43cm
-1であり、非特許文献(Ryuichi Kato, Kazuo Tsugawa, Yuki Okigawa, Masatou Ishihara, Takatoshi Yamada, Masataka Hasegawa, Carbon 77 (2014) 323-328)によれば、このグラフェンの層数は2であり、二層グラフェンが形成したことが分かった。またラマンスペクトルの図示はしないが、メタンの濃度を0.5%とした合成実験では、2Dバンドの半値幅が31cm
-1のグラフェンが合成され、上記非特許文献によればこのグラフェンの層数は1であり、単層グラフェンが合成できることが分かった。一方、
図4はメタン1%で、銅箔の巻き取り速度毎秒3~10mmでプラズマ処理を行った場合の代表的なラマン分光スペクトルである。このようにグラフェン膜に起因するラマンピークは観測されず、巻き取り速度毎秒3~10mmではグラフェン膜の形成は確認できなかった。
【0030】
次に開口部112のある基材カバー111を設置した。基材カバーは金属製基材103とプラズマ生成装置102との間に、金属製基材103である銅箔と並行になるように設置した。基材カバー111と銅箔の距離は50mmである。開口部112はプラズマ生成装置102が発生したプラズマを銅箔の赤熱部に暴露するように設けてある。基材カバーの開口部112の中心の位置は銅箔の赤熱部の中心と一致させ、また銅箔の巻き取り方向に沿った基材カバーの開口部112の長さを銅箔の赤熱部の長さと一致させた。基材カバーの開口部112の中心の位置は数1、基材カバーの開口部112の長さは数2にしたがって決定した。なお基材カバーの開口部112の奥行は270mmである。本実施例では銅箔の巻き取り速度を毎秒10mmとした。この場合、基材カバーの開口部112の中心は数1により第1の電極ロール104と第2の電極ロール105の中心部から第2の電極ロール105へ向かって130mmの位置とした。また基材カバーの開口部112の長さは数2にしたがって260mmとした。これにより、銅箔の赤熱部がプラズマ処理され、温度の低いその他の部分はプラズマに直接暴露しない。この状態で銅箔を巻き取りながらプラズマ処理を行った。プラズマ処理に使用したガスはメタンの濃度1%のメタンと水素の混合ガスで、圧力は20Paであった。また銅箔の赤熱部の温度は1000℃であった。
図5はこの処理により銅箔表面に形成したグラフェン膜のラマン分光スペクトルである。このように欠陥に起因するDバンドの強度はたいへん小さく、結晶性が良好なグラフェン膜が形成したことを示している。2Dバンドのピークの半値幅は32cm
-1であり、非特許文献(Ryuichi Kato, Kazuo Tsugawa, Yuki Okigawa, Masatou Ishihara, Takatoshi Yamada, Masataka Hasegawa, Carbon 77 (2014) 323-328)によれば、このグラフェンの層数は1であり、単層グラフェンが形成したことが分かった。またラマンスペクトルの図示はしないが、メタンの濃度を2%とした合成実験では、2Dバンドの半値幅が42cm
-1のグラフェンが合成され、上記非特許文献によればこのグラフェンの層数は2であり、二層グラフェンが合成できることが分かった。
【0031】
本実施例では基材カバー111の開口部112の中心位置および長さについて、金属製基材103である銅箔の巻き取り速度に応じてそれぞれ数1および数2を用いて決定し、第1のスライド板203および第2のスライド板204の位置を調整して開口部112を設定した。このように基材カバー111に設けた開口部112の中心位置と長さは、金属製基材103である銅箔の巻き取り速度に応じた赤熱部の中心位置と長さに一致させるべく、それぞれ数1および数2で決定することが好ましい。すなわち、本発明のグラフェン膜の製造装置は、基材カバー111には開口部112を設け、連続的に巻き取りながらジュール加熱で加熱される金属製基材103の巻き取り速度に応じて、該開口部の位置及び長さが設定されていることを特徴とするグラフェン膜の製造装置、である。
【0032】
一方、数1および数2で決定される中心位置と長さのどちらも有していない、あるいはどちらか片方を有している開口部112を基材カバー111に設けた場合でも、基材カバー111のない状態と比較して結晶性の良好なグラフェンが形成することもあり得る。さらにまた数1および数2で決定される中心位置と長さのどちらも有していない、あるいはどちらか片方を有している開口部112を基材カバー111に設けた場合でも、開口部のない基材カバー111を設置した状態ではグラフェン膜の形成を確認できなかった速い巻き取り速度でグラフェン膜が形成することもあり得る。すなわち、基材カバー111には単に開口部112を設けていることを特徴とするグラフェン膜の製造装置でもよい。さらにまた、基材カバー111には開口部112を設け、連続的に巻き取りながらジュール加熱で加熱される金属製基材103の巻き取り速度に応じて、該開口部の位置及び/又は長さが設定されていることを特徴とするグラフェン膜の製造装置、でもよい。
【0033】
本発明の実施例では手作業で第1のスライド板203および第2のスライド板204の位置調整を行った。一方コンピューター制御を導入して、金属製基材103の巻き取り速度に応じた開口部112の位置と長さとなるように第1のスライド板203および第2のスライド板204を自動で位置調整する機構を備えることにより、より高機能なグラフェン膜の合成装置とすることも可能である。例えば、原料ガスの供給量と金属製基材103の巻き取り速度とを調整することで、合成するグラフェン膜の層数の調整が可能である。したがって、金属製基材103の巻き取り速度に応じた開口部112の位置と長さとなるような第1のスライド板203および第2のスライド板204の自動位置調整機構を備えることにより、連続した合成工程で層数の異なるグラフェン膜を合成することが可能となる。
【0034】
本発明の装置により、良好な結晶性を有するグラフェンを高スループットで合成が可能である。これによりグラフェンを用いた様々な製品、例えば、タッチパネル用途等の透明導電膜、トランジスタや集積回路等の半導体デバイスまたは電子デバイス、大面積を必要とする透明電極や電気化学電極、高感度な各種センサー、などの実現が可能となる。
【符号の説明】
【0035】
100 本発明のグラフェン膜の製造装置
101 処理容器
102 プラズマ生成装置
103 金属製基材
104 第1の電極ロール
105 第2の電極ロール
106 送り出しロール
107 巻き取りロール
108 排気ポート
109 ガス導入管
110 プラズマ
111 基材カバー
112 開口部
201 基材カバー枠
202 基材カバー穴
203 第1のスライド板
204 第2のスライド板