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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024125930
(43)【公開日】2024-09-19
(54)【発明の名称】真空配管及び真空配管の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/14 20060101AFI20240911BHJP
   C23C 14/34 20060101ALI20240911BHJP
【FI】
C23C14/14 D
C23C14/34 A
C23C14/34 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023034073
(22)【出願日】2023-03-06
(71)【出願人】
【識別番号】504151365
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100179903
【弁理士】
【氏名又は名称】福井 敏夫
(72)【発明者】
【氏名】金 秀光
(72)【発明者】
【氏名】内山 隆司
(72)【発明者】
【氏名】本田 融
【テーマコード(参考)】
4K029
【Fターム(参考)】
4K029AA02
4K029BA01
4K029CA05
4K029DC03
4K029DC13
4K029DC30
4K029DC34
4K029DC41
(57)【要約】
【課題】光刺激脱離特性に優れた真空配管及び真空配管の製造方法の提供方法を提供する。
【解決手段】本発明による真空配管は、胴部が円筒部材からなり、内壁面の全体に非蒸発型ゲッターコーティング膜が設けられた真空配管であって、前記非蒸発型ゲッターコーティング膜の膜厚が1.0μm以上であり、前記非蒸発型ゲッターコーティング膜が純Pdからなり、かつ、結晶子サイズが20nm以上である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
胴部が円筒部材からなり、内壁面の全体に非蒸発型ゲッターコーティング膜が設けられた真空配管であって、
前記非蒸発型ゲッターコーティング膜の膜厚が1.0μm以上であり、
前記非蒸発型ゲッターコーティング膜が純Pdからなり、かつ、結晶子サイズが20nm以上であることを特徴とする真空配管。
【請求項2】
前記非蒸発型ゲッターコーティング材は前記内壁面の表面に直接設けられる、請求項1に記載の真空配管。
【請求項3】
前記内壁面は無酸素Cuからなる、請求項1に記載の真空配管。
【請求項4】
前記無酸素CuはAgを含有する、請求項3に記載の真空配管。
【請求項5】
全長が400mm以上である、請求項1に記載の真空配管。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の真空配管の製造方法であって、
前記円筒部材の中空部にPdツイストワイヤを挿入する工程と、
DCマグネトロンスパッタリング法により前記円筒部材の内壁面に純Pdからなる前記非蒸発型ゲッターコーティング膜を成膜する工程と、を含み、
前記DCマグネトロンスパッタリング法において放電ガスを2.0Pa以下で導入し、成膜速度を100nm/h以下とする、真空配管の製造方法。
【請求項7】
前記Pdツイストワイヤの各ワイヤの直径が0.5mm以上1.0mm以下である、請求項6に記載の真空配管の製造方法。
【請求項8】
前記放電ガスはKrである、請求項6に記載の真空配管の製造方法。
【請求項9】
前記DCマグネトロンスパッタリング法におけるカソード電圧を-600V以上-400V以下とする、請求項6に記載の真空配管の製造方法。
【請求項10】
前記DCマグネトロンスパッタリング法において生成するソレノイド磁場の磁束密度は150G以上300G以下である、請求項6に記載の真空配管の製造方法。
【請求項11】
前記成膜時の前記円筒部材の内壁面の温度を90℃以上200℃以下にする、請求項6に記載の真空配管の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空配管及び真空配管の製造方法に関し、特に加速器に供して好適な非蒸発型ゲッターコーティングが施された真空配管に関する。
【背景技術】
【0002】
真空科学技術の分野において、エネルギー消費量が少なく、広い圧力範囲での排気を可能にする真空ポンプとして、非蒸発型ゲッター(Non-Evaporable Getter;以下、「NEG」と略記する場合がある。)を備えるNEGポンプが注目されている。NEGポンプの技術は、加速器、放射光源、ビームライン、光電子分光装置などの超高真空の維持が必要な技術において広く利用されている。真空容器の内側(真空を維持する側)の面にNEG膜をコーティングして、ベーキング後に真空容器そのものを真空ポンプにする技術はNEGコーティングと呼ばれる。
【0003】
従来用いられているNEGコーティング技術として、1997年頃に欧州原子核研究機構(CERN)において、粒子加速器用ビームダクトの内面を真空ポンプとして機能させる目的で開発された技術が知られている(特許文献1参照)。この技術は、マグネトロンスパッタ法を用いて、真空容器の内表面に微細な結晶構造のTi合金(特にTi-Zr-V)薄膜を成膜するものであり、これにより、180℃以下という低い活性化温度で、高い排気速度や低い光・電子刺激脱離ガス放出特性が得られている。図1の写真及び図2の模式図は、従来技術によるNEGコーティングの成膜手法の一例である。図1に例示されるように、加速器用長尺ビームダクトの内部に、その延在方向に沿ってスパッタターゲットとなるツイストワイヤ型のTi-Zr-Vターゲットを配置する。そして、大型ソレノイド電磁石による磁場を利用してプラズマ生成して、成膜を行うことにより、ターゲットを組成とするNEGコーティング膜が得られる。
【0004】
図3に、加速器の直線部と、アーク部の概略図を図示する。加速器のアーク部で電子ビームの軌道を曲げることによりシンクロトロン放射光が取り出されつつ、曲げられた電子ビームは加速器の直線部において直進進行する。この際、生成された放射光の一部は加速器の配管直線部(すなわち加速器用長尺ビームダクト)に衝突することになる。
【0005】
CERNで開発されたTiZrV合金は、高い排気性能、低い刺激脱離を有するため、様々な加速器に展開されてきた。しかしながら、TiZrV合金はアモルファス構造でって、配管部材に通常用いられる銅の抵抗率(Cu:1.6μΩ?cm)に比べて抵抗率が200μΩ・cmと大きく、加速器運転中の発熱やビーム不安定の原因となる。また、TiZrV合金は、酸素と水分と激しく反応するため、大気開放を繰り返すと性能が大きく劣化することも問題視されてきている。特に、加速器の配管直線部には排気ポンプの設置が困難であるため、加速器運転中の諸問題を改善するためには、配管内壁における光刺激脱離(Photon Stimulated Desorption;PSD)を低減することが重要となりつつある。
【0006】
近年、NEGコーティング膜の改良が試みられており、その材料としてPd膜が着目されている。例えば、非特許文献1には、真空配管の内壁表面に、TiZrV膜及びPd膜を順次成膜したコーティング膜(Pd/TiZrV膜)が開示され、Pd膜の特性が評価されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第1997/049109号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】X.G. Jin et al.,“Synchrotron radiation-stimulated desorption from Pd or Pd/TiZrV coated copper tubes” Vacuum 192 (2021) 110445
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献1によれば、PdはHとCOを吸着し、COとNを吸着しない。そして、PdによるHの容量は、Ti、Zrなどの金属に比べると遥かに小さい。また、同文献における大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリー(PF)のBL21での測定結果によれば、Pd/TiZrV積層コーティング膜は、TiZrV単層コーティング膜よりも、低い放射光刺激脱離性が示されている。本発明者らは、Pd膜によるNEGコーティング膜の改良を試みることにより、光刺激脱離特性に優れた真空配管の実現を試みた。そこで本発明は、光刺激脱離特性に優れた真空配管及び真空配管の製造方法の提供を目的とする。
【0010】
上記目的を達成するために本発明者らが鋭意検討したところ、真空配管内壁面に設けるNEGコーティング膜として、密な純Pd膜を成膜することが肝要であるとの知見を得た。すなわち、本発明の要旨構成は以下のとおりである。
【0011】
(1)胴部が円筒部材からなり、内壁面の全体に非蒸発型ゲッターコーティング膜が設けられた真空配管であって、
前記非蒸発型ゲッターコーティング膜の膜厚が1.0μm以上であり、
前記非蒸発型ゲッターコーティング膜が純Pdからなり、かつ、結晶子サイズが20nm以上であることを特徴とする真空配管。
【0012】
(2)前記非蒸発型ゲッターコーティング材は前記内壁面の表面に直接設けられる、上記(1)に記載の真空配管。
【0013】
(3)前記内壁面は無酸素Cuからなる、上記(1)又は(2)に記載の真空配管。
【0014】
(4)前記無酸素CuはAgを含有する、上記(3)に記載の真空配管。
【0015】
(5)全長が400mm以上である、上記(1)~(4)のいずれかに記載の真空配管。
【0016】
(6)上記(1)~(5)のいずれかに記載の真空配管の製造方法であって、
前記円筒部材の中空部にPdツイストワイヤを挿入する工程と、
DCマグネトロンスパッタリング法により前記円筒部材の内壁面に純Pdからなる前記非蒸発型ゲッターコーティング膜を成膜する工程と、を含み、
前記DCマグネトロンスパッタリング法において放電ガスを2.0Pa以下で導入し、成膜速度を100nm/h以下とする、真空配管の製造方法。
【0017】
(7)前記Pdツイストワイヤの各ワイヤの直径が0.5mm以上1.0mm以下である、上記(6)に記載の真空配管の製造方法。
【0018】
(8)前記放電ガスはKrである、上記(6)又は(7)に記載の真空配管の製造方法。
【0019】
(9)前記DCマグネトロンスパッタリング法におけるカソード電圧を-600V以上-400V以下とする、上記(6)~(8)のいずれかに記載の真空配管の製造方法。
【0020】
(10)前記DCマグネトロンスパッタリング法において生成するソレノイド磁場の磁束密度は150G以上300G以下である、上記(6)~(9)のいずれかに記載の真空配管の製造方法。
【0021】
(11)前記成膜時の前記円筒部材の内壁面の温度を90℃以上200℃以下にする、上記(6)~(10)のいずれかに記載の真空配管の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、光刺激脱離特性に優れた真空配管及び真空配管の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1図1は、従来技術によるNEGコーティングの成膜手法によるコーティング後の真空配管の内部を示す図である。
図2図2は、従来技術によるNEGコーティングの成膜手法における、真空配管断面を示す模式図である。
図3図3は、加速器の直線部と、アーク部の概略図である。
図4図4は、予備実験1において作製したPd膜の断面形状についてのSEM観察像である。
図5図5は、予備実験2において作製したPd膜の断面形状についてのSEM観察像である。
図6図6は、予備実験1において作製したPd膜を、成膜方向上部からX線を照射することにより得られたX線回折プロファイルを示す図である。
図7図7は、予備実験2において作製したPd膜を、成膜方向上部からX線を照射することにより得られたX線回折プロファイルを示す図である。
図8図8は、予備実験1において作製したPd膜のPSDを測定した結果を示す図である。
図9図9は、予備実験2において作製したPd膜のPSDを測定した結果を示す図である。
図10図10は、本発明に係る真空配管の一例を示す模式図である。
図11図11は、本発明に係る真空配管の胴部の断面を示す模式図である。
図12図12は、本発明に係る真空配管の製造方法に用いる非蒸発型ゲッターコーティング装置の一例の装置概観である。
図13図13は、本発明に係る真空配管の製造方法におけるDCマグネトロンスパッタリング時のプラズマ状態の一例を示す図である。
図14図14は、本発明に係る真空配管の製造方法のおいて用いるPdツイストワイヤの一例を示す図である。
図15図15は、実施例において作製したPd膜の断面形状についてのSEM観察像である。
図16図16は、実施例において作製したPd膜を、成膜方向上部からX線を照射することにより得られたX線回折プロファイルを示す図である。
図17図17は、比較例において作製したTiZrV膜を、成膜方向上部からX線を照射することにより得られたX線回折プロファイルを示す図である。
図18図18は、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリー(PF)のビームラインBL21の概略図を示す図である。
図19図19は、実施例において作製したPd膜のPSDを測定した結果を示す図である。
図20図20は、比較例において作製したTiZrV膜のPSDを測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
(予備実験)
実施形態の説明に先立ち、本発明を完成するに至った予備実験についてまず説明する。予備実験では真空配管の内壁に替えて、Cu板上に成膜条件の異なるPd膜を2種類、成膜した。
【0025】
<予備実験1>
まず、予備実験1では、Cu板(縦:35mm、横:25mm、厚さ;0.8mm)上にPd膜を成膜した。成膜に用いる原料としてはPd(田中貴金属製、純度99.9%以上)を用いた。そして、成膜方法はDCマグネトロンスパッタリング法を用いて、成膜時のCu板上の温度を100℃、カソード電圧を500V、生成するソレノイド磁場の磁束密度を200G、放電ガスの圧力を1~2Paとし、成膜速度を100nm/hの条件で、Pd膜を成膜した。放電ガスにはKrを用いた。
【0026】
<予備実験2>
次に、予備実験2では、予備実験1と同様のCu板上に成膜条件を変更してPd膜を成膜した。成膜に用いる原料としてはPd(ニラコ製、純度99.9%以上)を用いた。そして、成膜方法はDCマグネトロンスパッタリング法を用いて、成膜時のCu板上の温度を100℃、カソード電圧を500V、生成するソレノイド磁場の磁束密度を200G、放電ガスの圧力を5Paとし、成膜速度を100nm/hの条件で、Pd膜を成膜した。予備実験2では、圧力に関して予備実験1と成膜条件が相違する。
【0027】
<予備実験の評価>
予備実験1と予備実験2において作製したPd膜/Cu板についてSEM観察、X線回折による評価及びPSD測定を行った。
【0028】
<<SEM観察像>>
予備実験1及び予備実験2において作製したPd膜の断面形状についてのSEM観察像をそれぞれ図4及び図5に示す。予備実験1及び予備実験2で成膜されたいずれのPd膜も厚みは概ね同じ厚みであったが、予備実験2で形成されたPd膜は成長方向に対して柱状のコラム構造をとなっており、予備実験1の方が緻密な構造となっていることが観察できた。
【0029】
<<XRD評価>>
また、予備実験1及び予備実験2において作製したPd膜を、成膜方向上部からX線を照射することにより得られたX線回折プロファイルを図6及び図7に示す。得られたプロファイルのPdのピークの半値幅からそれぞれのPd膜中のPdの結晶子サイズを確認したところ、予備実験1のPd膜中の結晶子径は80nmであり、予備実験2のPd膜中の結晶子径は12nmであった。XRD評価からも、予備実験1の方が緻密なPd膜を形成できたことが確認できた。
【0030】
<<PSD評価>>
PSD(光刺激脱離)評価を行うため、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリー(PF)のビームラインBL21を使用した。主要パラメータは下記のとおりである。
・ビームエネルギー:2.5GeV
・初期電流(トップアップ):450mA
・シンクロトロン放射臨界エネルギー:4keV
・フォトンフラックス:1.01×1014 photons s-1 mA-1
また、PSD評価にあたり、活性化条件は180℃、24時間とした。なお、PSD収率(η)は入射光あたりの脱離分子数として定義される。チャンバー内の試料側の圧力上昇を利用して、脱離分子数を求めた。予備実験1及び予備実験2において作製したPd膜のPSD(photon-stimulated distortion:光刺激脱離)を測定した結果を図8及び図9に示す。図8図9より、緻密な構造のPd膜である予備実験1では、柱状のコラム構造であった予備実験2と異なり、PSD収率がすべての評価対象分子に対して終始ダウントレンドを示すことが確認できた。したがって、予備実験1のように緻密な構造のPd膜を真空配管の内壁面に成膜してNEG膜とすることにより、光刺激脱離特性に優れた真空配管を実現できる。
【0031】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施形態を詳細に説明する。なお、同一の構成要素には原則として同一の参照番号を付して、説明を省略する。
【0032】
(真空配管)
本発明による真空配管100の一例の模式図を図10に示す。図10中のAA‘断面図が図11に相当する。本発明に係る真空配管100は、胴部10が円筒部材からなり、内壁面30の全体に非蒸発型ゲッターコーティング膜35(以下、「NEG膜35」)が設けられた真空配管100であって、NEG膜35の膜厚が1.0μm以上である。また、このNEG膜35は純Pdからなり、かつ、結晶子サイズが20nm以上である。この真空配管100は、内壁面30に上記NEG膜35が設けられているため、放射光刺激脱離性に優れる。また、図10に例示的に図示したように、真空配管100の端部50にはフランジ継ぎ手が設けられてもよい。
【0033】
<内壁面>
内壁面30は、真空配管100の胴部10における内側の面であり、真空配管100が真空になる側の面である。内壁面30に設けられる純PdからなるNEG膜35は、内壁面30の表面に直接設けられることが好ましいが、図11で示すように純Pdとは別の膜(中間層31)が形成された上に、純PdからなるNEG膜35が成膜されてもよい。なお、純Pd以外の膜としては、TiZrV膜、TiZr膜及びTi膜、Zr膜等が挙げられる。
【0034】
<NEG膜>
図10及び図11に図示したすとおり、非蒸発型ゲッターコーティング膜(以下、NEG膜)35は内壁面30の全体に設けられる。NEG膜35は超高真空中で加熱すると、蒸発せずに反応性の高い表面が生成され、室温に戻す際に、真空配管100内の残留ガスを排出する。
【0035】
<<純Pd>>
本実施形態において、純Pdとは、EDS(Energy-dispersive X-ray spectroscopy)の評価においてPdが99%以上/以下であるものをいう。
【0036】
<<結晶子サイズ>>
純Pd膜の結晶子サイズは、20nm以上であることが好ましく30nm以上であることがより好ましく、50nm以上であることがさらに好ましい。CuKαを用いたX線回折測定により得られるX線回折パターンにおける2θ=40~41°の範囲内に存在する回折ピークの半値幅に基づいて、シェラーの式により求めることができる。
【0037】
以下、本実施形態に適用可能な具体的態様をさらに説明する。
【0038】
本実施形態において使用される真空配管100は、特に限定されないが、目的や用途に応じて適宜選択することができ、例えば、ICF規格品、NW規格品、ISO規格品、JIS規格品が挙げられ、真空配管には各種メタルOリングシール品、各種メタルガスケットシール品等が取り付けられてもよい。
【0039】
また、図10に一例として示した真空配管100の形状は端部50にフランジを有する直管形状であるが、その一部が流れ方向に関して屈曲した部分である屈曲部を有する形状であってもよい。また、内部空間に関しても、外観に合わせて、流れ方向に関して屈曲した部分である屈曲部を有する形状であってもよい。
【0040】
屈曲部を有する形状の真空配管の好適例としては、クロス管、エルボ管、チーズ管、六方管、フレキシブル管等が挙げられる。これらは、1種単独で用いてもよく、2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0041】
また、真空配管100の材料としては、特に限定されないが、ステンレス、無酸素銅、銅合金、アルミニウム合金、チタン合金、セラミック等が挙げられ、高い熱伝導率性、高い電気伝導率、優れた強度の観点から、無酸素銅が好ましく、中でも、Agを含有する無酸素銅が特に好ましい。これらは、1種単独で用いてもよく、2種以上組み合わせて用いてもよい。特に、真空配管100の内壁面30の材料は上記から選択されることが好ましい。なお、真空配管100における内壁面30以外の部分の材料と同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0042】
本実施形態において使用される真空配管100の全長は、特に限定されないが、加速器の直線部における光刺激脱離(PSD)を下げる目的での利用を考えると、400mm以上とすることが好ましく500mm以上とすることがより好ましく、600mm以上とすることがさらに好ましい。一方で、磁場発生装置ソレノイドサイズの制約上の問題から、真空配管100の全長は10000mm以下とすることが好ましい。
【0043】
また、本実施形態において使用される真空配管100の内径は、特に限定されないが、Pd膜の成膜しやすさの観点から、5mm以上とすることが好ましい。一方で、膜質の制御の観点から、真空配管100の内径は、200mm以下とすることが好ましい。
【0044】
本実施形態において使用される真空配管100の肉厚は、特に限定されないが、0.3mm以上とすることが好ましく0.5mm以上とすることがより好ましく、1.0mm以上とすることがさらに好ましい。また、6.0mm以下とすることが好ましく5.0mm以下とすることがより好ましく、3.0mm以下とすることがさらに好ましい。かかる肉厚は真空配管100の大部分において一定であることが好ましい。真空配管100の外径は、内径及び肉厚の和に相当する。
【0045】
(真空配管の製造方法)
図12図14の写真を例示参照しつつ、本実施形態に係る真空配管の製造方法の各工程の詳細を順次説明する。
【0046】
本実施形態の真空配管の製造方法は、円筒部材の中空部にPdツイストワイヤを挿入する工程と、DCマグネトロンスパッタリング法により円筒部材の内壁面に純Pdからなる非蒸発型ゲッターコーティング膜を成膜する工程と、を含む。また、DCマグネトロンスパッタリング法において放電ガスを2.0Pa以下で導入し、成膜速度を100nm/h以下とする。
【0047】
本実施形態の真空配管の製造方法は、本実施形態の非蒸発型ゲッターコーティング装置を真空配管に装着し、DCマグネトロンスパッタリングにより真空配管の内壁面全体に非蒸発型ゲッターコーティング膜を成膜し、真空配管を得るというものである。
【0048】
DCマグネトロンスパッタ法により真空配管の内壁面に非蒸発型ゲッターコーティング膜を成膜させたときの非蒸発型ゲッターコーティング装置の成膜時の一例の写真を図12に示す。また、本装置におけるDCマグネトロンスパッタリング時のプラズマ状態の一例を図13に示す。
【0049】
<ワイヤ挿入工程>
ワイヤ挿入工程において挿入するPdツイストワイヤは、円筒部材の中空部に、非蒸発型ゲッターコーティング膜の原料となる。実際に用いるPdツイストワイヤの各ワイヤの直径が0.5mm以上1.0mm以下であることが好ましい。Pdツイストワイヤの一例を図14に示す。
【0050】
<成膜工程>
次に、成膜工程では、DCマグネトロンスパッタリングにより、円筒部材の内壁面に純Pdからなる非蒸発型ゲッターコーティング膜を成膜する。
【0051】
<<DCマグネトロンスパッタリング条件>>
DCマグネトロンスパッタリングでは非蒸発型ゲッターコーティング装置のダクト部の予加熱に始まり、放電ガス導入、磁場印加、電圧印可、成膜の工程を行うことができ、以下に各工程の条件について説明する。
【0052】
-予加熱-
まず、膜を密着させるため、図12下部のダクト90を加熱する。加熱温度は特に限定されないが、表面吸着ガスを十分に放出させるため、100℃以上の温度で加熱することが好ましい。また、加熱時間も特に限定されないが、ダクト全体が十分に昇温するように10時間以上加熱することが好ましい。
【0053】
-放電ガス導入-
DCマグネトロンスパッタリングにおける放電ガスは、希ガスとしてよく、高いスパッタ効率と膜内への埋め込まれにくさとの観点から、Kr、Arとすることが好ましく、Krとすることが特に好ましい。これらは、1種単独で用いてもよく、2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0054】
また、上記放電ガスの圧力は、安定なプラズマ生成、膜質や成膜速度の制御の観点から、2.0Pa以下とすることが好ましい。
【0055】
-磁場印加-
磁場印可では、ソレノイド電磁石80の電源を入れ、ソレノイド磁場を印可すればよい。こうして生成するソレノイド磁場の磁束密度は安定なプラズマを生成する点から、150G以上300G以下とすることが好ましい。
【0056】
-電圧印加-
次に、電圧を印可すればよい。本実施形態の方法でのDCマグネトロンスパッタリングにおけるカソード電圧は、高いスパッタ効率、膜質や成膜速度の制御の観点から、-600V~-400Vとすることが好ましい。
【0057】
-成膜-
そして、上述の条件により、円筒部材の内壁面に純Pdからなる非蒸発型ゲッターコーティング膜を成膜することができる。成膜時には、膜質を制御するため、円筒部材の内壁面の温度を90℃以上200℃以下にすることが好ましい。
【実施例0058】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は下記の実施例に何ら限定されるものではない。
【0059】
(実施例1)
実施例1の非蒸発型ゲッターコーティング装置を撮影した写真を図12に示す。まず、真空配管として、Ag含有の無酸素銅でできた軟化温度が350℃であるC10400規格の配管(寸法:直径25mm、長さ450mm)を用意した。また、スパッタターゲットとして、直径0.8mmの純Pdのワイヤを2本絡ませた長さ600mmのPdツイストワイヤを用意した。
【0060】
次に、ダクト90を200℃で24時間予加熱した。ダクト90が十分に加熱した後、放電ガスとして、Krガスを2Paで放電ガス導入部70より導入した。
【0061】
ソレノイド電磁石80の電源を入れ、200Gの磁場をかけ、引き続きカソードに-450Vから-500Vの電圧を印可した。このとき、ダクト90の温度は100℃であった。
【0062】
このときの、成膜時のプラズマ発光が明瞭に生じているか否かを基準に、マグネトロンスパッタ条件が成立したか否かを判断した。実施例1における成膜時のプラズマ発光を図13に示す。この発光状態からDCマグネトロンスパッタ条件が成立したと判断した。こうして、円筒部材の内壁面に純Pdからなる非蒸発型ゲッターコーティング膜が成膜された真空配管を作製した。
【0063】
スパッタリング終了から24時間経過した時点で試料を回収し、非蒸発型ゲッターコーティングであるPd膜を断面SEM観察により測定した。また、Pd膜の厚さをスパッタリング開始から試料を回収するまでの時間で除して、成膜速度を算出したところ、100mm/hの速度であった。試料の表面をSEM装置(日本電子社製、商品名JSM-7200F)で撮影した。膜厚は2.0μmであった。撮影したPd膜を図15に示す。
【0064】
(比較例)
スパッタリングする材料をTiZrVに替えた以外は、実施例1と同様にして、比較例に係る真空配管を作製した。
【0065】
(評価)
-XRD-
実施例と比較例をそれぞれ、スパッタリング終了から24時間経過した時点で試料を回収し、試料の表面に形成された膜について、XRDで評価した。評価に際しては、XRD測定装置(Rigaku社製、商品名MultiFlex)を用いて、試料ホルダーに試料を固定した。評価角度としては、2θ=30°~50°の範囲を0.02°ステップに分け、1ステップ0.4秒で測定した。なお、X線は、CuのKα1線を使用し、X線源の電圧48kV、電流40mA、発散スリットは1°を使用し、検出器としては、シンチレーションカウンターを用いた。また、得られたX線プロファイルから実施例についてはPdの(111)面のピークをもとに、結晶子径を計算した。比較例についてはTiZrVのピークをもとに、結晶子径を計算した。実施例のPd膜における結晶子径は50nmであり、比較例のTiZrV膜における結晶子径は1nmであった。実施例と比較例において評価したX線プロファイルを図15及び図16に示す。
【0066】
-PSD-
また、実施例及び比較例で得られた真空配管を用いてPSD(光刺激脱離)評価を実施した。評価には、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリー(PF)のビームラインBL21を使用した。BL21の概略図を図18に示す。主要パラメータは下記のとおりである。
・ビームエネルギー:2.5GeV
・初期電流(トップアップ):450mA
・シンクロトロン放射臨界エネルギー:4keV
・フォトンフラックス:1.01×1014 photons s-1 mA-1
【0067】
ここで、幅10mm、高さ5mmの開口部を持つSRコリメータ(Collimator)を、実験チャンバーと他のBL真空システムの間に配置した。幅11mm、高さ6mmのオリフィス(Orifice)の両側のチャンバー内の圧力は、校正済みのBayardAlpertゲージ(BAG)を用いて測定した。オリフィスの幅と高さはコリメータの開口部(幅)よりも大きいため、放射光はオリフィスを損失なく通過することができた。管面に対する放射光の入射角は4mrad程度であった。このオリフィスのNコンダクタンスは、308Kで7.05L/sであった。
【0068】
また、オリフィスの両側には2台の校正済み残留ガス分析器(RGA,Inficon,Transpector MPH)を設置した。BAGとRGAはクロストークを防ぐため、L型エルボを介してチャンバーに接続した。
【0069】
試料設置後、チャンバーは200℃程度で排気・焼成し、真空配管は80℃に保った。チャンバーのフルベーク後、100℃程度まで温度を下げ、BAG、RGA、イオンポンプの脱気と一括NEGポンプ活性化を実施した。
【0070】
PSD収率(η)は、入射光子あたりの脱離分子数として定義される。試験管側の圧力上昇分(ΔP)のみを用いて脱離分子数を算出した。
【0071】
再吸収の影響を除去するために、透過率法を用いて真空配管の付着確率のその場測定を行った。スティッキング確率が配管端の圧力に与える影響については、Molflowらの方法を用いて計算した。
【0072】
上述の評価方法を用いて実施例及び比較例のPSD収率ηについて評価した結果を図19及び図20に示す。図から分かるとおり、実施例と比較例とを比べると、実施例の方がH、CH、CO、COいずれのガス種の評価結果においても脱離量が少ないことが分かった。
【0073】
このように実施例で得られた真空配管は、内壁面に純Pd膜が形成されていることにより、表面付近のC、O、Hの量が少ないため、優れた光脱離特性が得られたと考えられる。また、実施例の真空配管の内壁面に形成されたPd膜は、密な構造であり、結晶化は進んでいるため、比較例のTiZrV膜に比べ、低抵抗率であることが予想される。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明によれば、光刺激脱離特性に優れた真空配管及び真空配管の製造方法を提供することができる。
【符号の説明】
【0075】
10 胴部
30 内壁面
50 端部
70 放電ガス導入部
80 ソレノイド電磁石
90 ダクト
100 真空配管
図1
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