(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024126022
(43)【公開日】2024-09-19
(54)【発明の名称】二次代謝物の生成量が変化した植物体の生産方法
(51)【国際特許分類】
A01G 7/06 20060101AFI20240911BHJP
A01G 22/15 20180101ALI20240911BHJP
A01G 22/00 20180101ALI20240911BHJP
A01P 21/00 20060101ALI20240911BHJP
A01N 37/06 20060101ALI20240911BHJP
A01N 37/02 20060101ALI20240911BHJP
【FI】
A01G7/06 A
A01G22/15
A01G22/00
A01P21/00
A01N37/06
A01N37/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024034447
(22)【出願日】2024-03-06
(31)【優先権主張番号】P 2023033514
(32)【優先日】2023-03-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504300088
【氏名又は名称】国立大学法人北海道国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100162156
【弁理士】
【氏名又は名称】村雨 圭介
(74)【代理人】
【識別番号】100201606
【弁理士】
【氏名又は名称】田岡 洋
(72)【発明者】
【氏名】陽川 憲
【テーマコード(参考)】
2B022
4H011
【Fターム(参考)】
2B022AA01
2B022AB11
2B022AB20
2B022EA01
2B022EA10
2B022EB06
2B022EB07
4H011AB03
4H011BB06
4H011DA14
4H011DD03
(57)【要約】
【課題】 簡便でありながら、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量が変化した植物体を生産する方法を提供する。
【解決手段】 少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量が変化した植物体の生産方法であって、前記植物体は、光合成を行う器官と、根部と、気孔とを備えており、前記方法は:前記植物体の少なくとも前記根部に、炭素数10以上の脂肪酸を接触させることにより、前記気孔の閉鎖を促進するステップと;前記植物体に光合成を行わせるステップと;を含む、植物体の生産方法。また、本発明はさらに、植物体を用いた二次代謝物の生産方法、ならびに、植物体において気孔の閉鎖を促進する方法および剤を提供する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量が変化した植物体の生産方法であって、
前記植物体は、光合成を行う器官と、根部と、気孔とを備えており、
前記方法は:
前記植物体の少なくとも前記根部に、炭素数10以上の脂肪酸を接触させることにより、前記気孔の閉鎖を促進するステップと;
前記植物体に光合成を行わせるステップと;
を含む、植物体の生産方法。
【請求項2】
前記脂肪酸の炭素数が14~20である、請求項1に記載の植物体の生産方法。
【請求項3】
前記植物体が、腺鱗を有する植物体である、請求項1に記載の植物体の生産方法。
【請求項4】
前記植物体がシソ科植物、セリ科植物、イネ科植物、アブラナ科植物またはアサ科植物の植物体である、請求項1に記載の植物体の生産方法。
【請求項5】
前記二次代謝物がテルペノイドを含む、請求項1に記載の植物体の生産方法。
【請求項6】
前記テルペノイドが、モノテルペノイドおよびセスキテルペノイドの少なくとも1種以上を含む、請求項5に記載の植物体の生産方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の生産方法で得られた植物体から前記二次代謝物を回収するステップを含む、植物体を用いた二次代謝物の生産方法。
【請求項8】
前記植物体の葉部から前記二次代謝物を回収する、請求項7に記載の二次代謝物生産方法。
【請求項9】
気孔および根部を備える植物体において、前記気孔の閉鎖を促進する方法であって、
前記植物体の少なくとも前記根部に、炭素数10以上の脂肪酸を接触させるステップを含む、気孔閉鎖促進方法。
【請求項10】
気孔および根部を備える植物体において、前記植物体の少なくとも前記根部に接触させることで、前記気孔の閉鎖を促進する剤であって、
炭素数10以上の脂肪酸を有効成分とする、気孔閉鎖促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物体の生産方法に関するものである。より具体的には、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量を変化させることのできる方法であって、植物体の少なくとも根部に脂肪酸を接触させるという簡便な手段で実現する方法に関する。さらに本発明は、植物体を用いた二次代謝物の生産方法、ならびに、植物体において気孔の閉鎖を促進する方法および剤にも関する。
【背景技術】
【0002】
香料や医薬品の工業的合成を行うため、植物が生合成する化合物(二次代謝物)が出発物質として広く用いられている。原料を植物に依存しているため、植物が生成・貯蔵する二次代謝物の量を増加させる栽培法の確立が試みられている。
【0003】
これまでは、植物組織を培養細胞化しフラスコ内の培養液中で増殖させ、植物由来の二次代謝物を得る方法が広く採られてきた。また、培養液中に様々な化学物質(植物ホルモン等)を添加することで、二次代謝物の生成量の促進も試みられている(非特許論文1)。しかしながら、この手法は培養細胞化が可能な植物種にのみに限られている上に、培養のための設備(リアクター)を構築する必要がある。
【0004】
これらに加え、近年、培養細胞だけでなく、個体としての植物体を用いた二次代謝物の増加方法も研究対象とされてきている。例えば、原料植物クソニンジンの根の培養寒天に各種植物ホルモンを添加することで、葉におけるマラリア薬の原料である貴重なアルテミシニンを増加させる手法が報告されている(非特許文献2)。非特許文献2では、葉において有用物質の産生を促進するために、根にストレスを与えることが必須であることが見いだされている。また、カンゾウ属植物の根や根茎細胞に乾燥や低温ストレスをかけることで、漢方薬のグリチルリチンなど薬効成分を増加させる栽培方法なども提案されている(特許文献1,2)。
【0005】
このほか、二次代謝物として、数多くの香気成分が知られている。例えば、香気成分等による香味等が特徴的な植物体において、二次代謝物としての香気成分の生成量を変化させることができれば、当該植物体の香味等を制御することができ、例えば新たな香味等を付与できる可能性も期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2012-170344号公報
【特許文献2】特開平04-166096号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Enzyme Microb. Technol.,1995年,vol.17,issue 8,pp.674-684
【非特許文献2】Plant Cell Rep.,2013年,vol.32,pp.207-218
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述したように、二次代謝物の生成量を変化させる数多くの方法が提案されている。しかし、従来の方法では、環境負荷の高い薬剤の添加、特別な装置の使用、装置の電力消費など解決するべき問題が多く、簡便な方法で二次代謝物の生成量を変化させるには、コスト面も含めて改善の余地があった。
【0009】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであって、簡便でありながら、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量が変化した植物体を生産する方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、植物体を用いた二次代謝物の生産方法、ならびに、植物体において気孔の閉鎖を促進する方法および剤を提供することをさらなる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記問題を解決すべく研究を行った結果、所定の脂肪酸を接触させるという非常に簡便な手段により、植物体において気孔の閉鎖が促進され、二次代謝物の生成量を変化させることができることを見出し、本発明を完成させた。具体的には、本発明は以下のとおりである。
【0011】
〔1〕 少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量が変化した植物体の生産方法であって、
前記植物体は、光合成を行う器官と、根部と、気孔とを備えており、
前記方法は:
前記植物体の少なくとも前記根部に、炭素数10以上の脂肪酸を接触させることにより、前記気孔の閉鎖を促進するステップと;
前記植物体に光合成を行わせるステップと;
を含む、植物体の生産方法。
〔2〕 前記脂肪酸の炭素数が14~20である、〔1〕に記載の植物体の生産方法。
〔3〕 前記植物体が、腺鱗を有する植物体である、〔1〕に記載の植物体の生産方法。
〔4〕 前記植物体がシソ科植物、セリ科植物、イネ科植物、アブラナ科植物またはアサ科植物の植物体である、〔1〕に記載の植物体の生産方法。
〔5〕 前記二次代謝物がテルペノイドを含む、〔1〕に記載の植物体の生産方法。
〔6〕 前記テルペノイドが、モノテルペノイドおよびセスキテルペノイドの少なくとも1種以上を含む、〔5〕に記載の植物体の生産方法。
〔7〕 〔1〕~〔6〕のいずれか一項に記載の生産方法で得られた植物体から前記二次代謝物を回収するステップを含む、植物体を用いた二次代謝物の生産方法。
〔8〕 前記植物体の葉部から前記二次代謝物を回収する、〔7〕に記載の二次代謝物生産方法。
〔9〕 気孔および根部を備える植物体において、前記気孔の閉鎖を促進する方法であって、
前記植物体の少なくとも前記根部に、炭素数10以上の脂肪酸を接触させるステップを含む、気孔閉鎖促進方法。
〔10〕 気孔および根部を備える植物体において、前記植物体の少なくとも前記根部に接触させることで、前記気孔の閉鎖を促進する剤であって、
炭素数10以上の脂肪酸を有効成分とする、気孔閉鎖促進剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、脂肪酸を接触させるという簡便な手段でありながら、植物体において少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量を変化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】ハッカにおけるメントール代謝経路を示した図である。
【
図2】ハッカ根部に不飽和脂肪酸を接触させ、18時間後に葉部を採取して二次代謝物量を測定した結果を表すグラフである。
図2中、「OA」はオレイン酸を、「LA」はリノール酸を、それぞれ表す。
【
図3】ハッカ根部に不飽和脂肪酸を接触させ、3時間後の葉部における気孔の開閉度を評価した結果を表す図である。
図3中、「OA」はオレイン酸を、「LA」はリノール酸を、それぞれ表す。A:気孔の開閉度を評価した結果を表すバイオリン図である。B:気孔の開閉度を評価する際に用いた顕微鏡写真の一部である。
【
図4】ハッカ根部に不飽和脂肪酸を接触させ、18時間後に葉柄部を採取して二次代謝物量を測定した結果を表すグラフである。
図4中、「OA」はオレイン酸を、「LA」はリノール酸を、それぞれ表す。
【
図5】ハッカ根部に飽和脂肪酸を接触させ、18時間後に葉部を採取して二次代謝物量を測定した結果を表すグラフである。
図5中、「SA」はステアリン酸を、「PA」はパルミチン酸を、それぞれ表す。
【
図6】ハッカ根部に飽和脂肪酸を接触させ、3時間後に葉部における気孔の開閉度を評価した結果を表す図である。
図6中、「SA」はステアリン酸を、「PA」はパルミチン酸を、それぞれ表す。A:気孔の開閉度を評価した結果を表すバイオリン図である。B:気孔の開閉度を評価する際に用いた顕微鏡写真の一部である。
【
図7】バジル根部に不飽和脂肪酸を接触させ、18時間後に葉部を採取して二次代謝物量を測定した結果を表すグラフである。
図7中、「OA」はオレイン酸を、「LA」はリノール酸を、それぞれ表す。
【
図8】ハッカ根部に不飽和脂肪酸を接触させ、所定期間後に葉部を採取して二次代謝物量を測定した結果を表すグラフである。
図8中、「OA」はオレイン酸を、「LA」はリノール酸を、それぞれ表す。A:接触処理1日後,B:接触処理5日後。
【
図9】イタリアンパセリ根部に不飽和脂肪酸を接触させ、18時間後に葉部を採取して二次代謝物量を測定した結果を表すグラフである。
図9中、「LA」はリノール酸を、「OA」はオレイン酸を、それぞれ表す。
【
図10】レモングラス根部に不飽和脂肪酸を接触させ、18時間後に葉部を採取して二次代謝物量を測定した結果を表すグラフである。
図10中、「LA」はリノール酸を、「OA」はオレイン酸を、それぞれ表す。
【
図11】ルッコラ根部に不飽和脂肪酸を接触させ、18時間後に葉部を採取して二次代謝物量を測定した結果を表すグラフである。
図11中、「OA」はオレイン酸を表す。
【
図12】ホップ根部にオレイン酸を接触させ、1日後に球花を採取して二次代謝物量を測定した結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について説明する。
〔二次代謝物の生成量が変化した植物体の生産方法〕
本発明の一実施形態に係る方法は、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量が変化した植物体の生産方法であって:所定の植物体の少なくとも根部に所定の脂肪酸を接触させることにより、気孔の閉鎖を促進するステップと;当該植物体に光合成を行わせるステップと;を含むものである。
【0015】
(作用)
植物体において二次代謝物の生成量を変化させる方法として、前述したように、植物体に低温や乾燥等のストレスを負荷する方法が知られている。ここで、低温ストレスを受けた植物体においては、根からの水分吸収が低下することが知られており、これに対し、蒸散による水の喪失を防ぐため気孔が閉鎖される。気孔が閉鎖されると、二酸化炭素等のガス交換が低下し、光合成のうち炭酸固定反応(暗反応)も低下する。
ここで、炭酸固定反応(暗反応)が低下すると、光合成のうち光化学系IやII(明反応)で得られていたエネルギー(ATP等)や還元力(NADPH等)が余剰になると考えられる。本発明者は、この余剰となったエネルギーや還元力により、二次代謝反応が促進され、二次代謝物の生成量が変化するのではないかと推測した。かかる推測に基づき、低温ストレスを擬似的に引き起こす物質について探索したところ、脂肪酸を見出したものである。
【0016】
後述する実施例にて示すように、脂肪酸を植物体の根部に接触させることで、気孔の閉鎖と、二次代謝物の生成量の変化とが確認される。低温ストレスによる気孔閉鎖および炭酸固定反応(暗反応)の低下は、植物に普遍的に認められる現象であることから、本実施形態の方法は、広範な植物種に対し、特に限定されることなく適用可能であると認められる。
【0017】
また、低温ストレスを負荷するためには、冷水や氷の準備等に多大なエネルギーコストを要する。さらに、植物体に実際に低温ストレスを負荷すると、根などの組織・細胞に不可逆的なダメージを与え、植物体の枯死を誘発し得る。
これに対し、本実施形態の方法によれば、低温等のストレスを実際に負荷しないとしても、低温ストレスを擬似的に引き起こして二次代謝物の生成量を変化させることができるものである。すなわち、実際に低温ストレスを負荷する場合のデメリットが生じなないものとすることができる。
【0018】
さらに、後述するように、本実施形態の方法において、脂肪酸を植物体の根部に接触させることで気孔の閉鎖を促進するステップは、その好ましい一態様によれば、脂肪酸を水に溶解または分散させ、植物体を栽培している土壌に散布するという非常に簡便な方法により実施可能である。また、脂肪酸は、脂質を構成する成分の一つであって安全性も非常に高く、かつ環境負荷が非常に低い。そのため、本実施形態の方法は、使用態様に特段の制限を受けることなく利用可能であり、かつ非常に簡便な手段により効果を発揮することができる。
【0019】
(植物体)
本実施形態において「植物体」とは、光合成を行う植物器官と、根部と、気孔とを備えるものをいう。多くの植物種では、光合成を行う植物器官(例えば、葉部)が気孔を備えているが、光合成を行う器官と気孔を備える器官とは異なっていてもよい。
【0020】
また、本実施形態で用いる植物体は、根部を備える。後述するように、根部は、脂肪酸を接触させた場合に吸収効率に優れているうえ、低温ストレスを感知しやすい器官でもあるため、本実施形態による効果がより効果的に発揮されやすい。
【0021】
そのため、本実施形態にいう植物体には、植物個体のほか、その一部である葉部、茎部等の植物器官(すなわち、光合成を行うとともに、気孔を備える器官)と、根部とを備えるものが含まれる。また、カルスに分化を誘導すると、カルスの表面の一部が、光合成を行い得る植物組織に分化するが、このような、表面の一部が光合成の可能な組織に分化したカルスも、本実施形態で用いることができる。
【0022】
本実施形態の対象となる植物体は、光合成を行う植物器官と、根部と、気孔とを備えるものであれば特に限定されないが、光合成が活発であるとともに気孔を多く有する器官である、葉部を備えていることが好ましい。
【0023】
本実施形態で用いる植物体は、腺鱗(glandular trichome)を有するものであることが好ましい。ここで腺鱗とは、植物体の体表に形成される突起状の構造物であり、その内部に二次代謝物等の分泌物が蓄積される。腺鱗は、シソ科植物等のハーブの葉身部に形成されるものが知られているほか、ホップの球花等に形成されるルプリン腺も腺鱗の一種である。
植物体が腺鱗を有している場合、腺鱗を備える部位を採取することで二次代謝物を容易に回収することができる。
【0024】
植物体を構成する植物種類は特に限定されず、植物全般に適用することができる。そのため、本実施形態の対象となる植物は、種子植物、シダ植物およびコケ植物のいずれの植物であってもよい。種子植物は、被子植物であってもよく、裸子植物であってもよい。被子植物は、単子葉植物、真正双子葉植物および基部被子植物のいずれであってもよい。また、上記対象植物は草本であっても木本であってもよい。
【0025】
単子葉植物としては、例えば、ラン科(バニラ等)、ヒガンバナ科(タマネギ、ネギ、ニンニク、ニラ等)、イネ科(イネ,コムギ,オオムギ,トウモロコシ,レモングラス等)、カヤツリグサ科(パピルス等)、サトイモ科(サトイモ,タロイモ等)、ショウガ科(ミョウガ,ショウガ等)などが挙げられる。
【0026】
真正双子葉植物としては、例えば、ツツジ科(ブルーベリー等)、キク科(ヒマワリ,レタス等)、セリ科(ニンジン,パセリ,イタリアンパセリ,セロリ等)、アカネ科(コーヒー等)、シソ科(シソ,ハッカ,バジル等)、ナス科(ナス,トマト,トウガラシ,タバコ,ピーマン,ジャガイモ等)、ブドウ科(ブドウ等)、マメ科(ダイズ,エンドウ,ソラマメ,カンゾウ等)、バラ科(イチゴ,リンゴ,ナシ,サクラ,ウメ,モモ等)、ウコギ科(ウド,タラノキ,オタネニンジン等)、ミカン科(ミカン,レモン等)、アブラナ科(シロイヌナズナ,ダイコン,アブラナ,キャベツ,ルッコラ等)、アサ科(ホップ,ムクノキ等)などが挙げられる。
【0027】
基部被子植物(単子葉植物および真正双子葉植物に分類されない被子植物)としては、例えば、スイレン科(スイレン等)、コショウ科(コショウ等)、クスノキ科(アボカド等)などが挙げられる。
【0028】
これらの中でも、シソ科、セリ科、イネ科、アブラナ科およびアサ科の植物は、生育や栽培が容易であり、また多種多様な二次代謝物を豊富に生成するという観点において、好ましい対象植物の一つである。
【0029】
上記植物体を生育させる方法は特に限定されず、例えば、土壌栽培、水耕栽培、組織培養等から所望の方法を適宜選択することができる。
【0030】
(二次代謝物)
本実施形態の対象となる二次代謝物は、特に限定されず、用いる植物の種類によって適宜選択される。具体的な二次代謝物としては、例えば、テルペノイド、アルカロイド、ポリフェノール等が挙げられるが、テルペノイドを含んでいてもよい。
【0031】
ここでテルペノイドとは、五炭素化合物であるイソプレンユニットを構成単位とする天然物化合物群である。本明細書における「テルペノイド」は、テルペン炭化水素と、その含酸素誘導体(狭義のテルペノイド)とを包含する。次に述べるモノテルペノイド等も同様である。
テルペノイドには、そのイソプレンユニットの数に応じて、モノテルペノイド(C10,2イソプレンユニット)、セスキテルペノイド(C15,3イソプレンユニット)、ジテルペノイド(C20,4イソプレンユニット)、トリテルペノイド(C30,6イソプレンユニット)、テトラテルペノイド(C40,8イソプレンユニット)等に分類される。
本実施形態の対象となる二次代謝物がテルペノイドを含む場合、当該テルペノイドは、モノテルペノイドおよびセスキテルペノイドの少なくとも1種以上を含むことが好ましい。
【0032】
(脂肪酸)
本実施形態で用いる脂肪酸は、炭素数10以上の1価のカルボン酸であれば特に限定されない。なお本明細書において、単に「脂肪酸」と表記する場合は炭素数10以上の1価のカルボン酸を意味する。
脂肪酸には、炭素原子間の不飽和二重結合を有しない脂肪酸(飽和脂肪酸)と、これを有する脂肪酸(不飽和脂肪酸)とがあるが、本実施形態ではいずれも用いることができる。
【0033】
上記脂肪酸は、塩であってもよい。また、上記脂肪酸は、直鎖状のものであっても、分岐鎖を有するものであってもよいが、直鎖状のものが好ましい。
上記脂肪酸の炭素数は、10以上であればよい。ただし、入手容易性、安全性等の観点から、炭素数は偶数であることが好ましく、また、炭素数は14~20であることが好ましく、16~18であることが特に好ましい。
また、上記脂肪酸の不飽和度(すなわち、炭素原子間の不飽和二重結合の数)は、0~4であることが好ましく、0~2であることがより好ましく、0~1であることが特に好ましい。
【0034】
本実施形態で使用し得る脂肪酸を具体的に例示すると、以下のとおりである。なお、化合物名に続くカッコ内の数字は、(炭素数:不飽和二重結合の数)を表す。
カプリン酸(10:0)、ラウリン酸(12:0)、ミリスチン酸(14:0)、パルミチン酸(16:0)、パルミトレイン酸(16:1)、ステアリン酸(18:0)、オレイン酸(18:1)、リノール酸(18:2)、リノレン酸(18:3)、アラキジン酸(20:0)、アラキドン酸(20:4)、ベヘン酸(22:0)等。これらは1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
これらの中でも、入手容易性、安全性等の観点から、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸が好ましく、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノレン酸が特に好ましい。
【0035】
(気孔閉鎖促進ステップ)
本実施形態の方法は、上記植物体の少なくとも根部に、上記脂肪酸を接触させることにより、気孔の閉鎖を促進するステップを含む。上記脂肪酸を接触させる手段は特に限定されないが、脂肪酸をそのままで、または液状もしくは固形状の組成物に添加して、散布する手段等を採用することができる。土壌栽培により植物体を栽培している場合には、土壌への散布、土壌混和、土壌への薬液潅注等の手段を採用することができる。また、水耕栽培、組織培養等により植物体を栽培している場合は、植物体に接触する養液や培地等に脂肪酸を配合し、これにより脂肪酸を植物体に接触させてもよい。
【0036】
これらの中でも、溶媒または分散媒としての液体に上記脂肪酸を溶解または分散させ、得られた液状組成物(溶液または分散液)を植物体に接触させる方法が簡便である。この場合の溶媒または分散媒としては、植物体への負荷軽減の観点から水が好ましい。
上記液状組成物を用いる場合、上記脂肪酸の濃度は特に限定されず、接触させる手段に応じて適宜設定することができるが、例えば、0.01~10質量%とすることができ、さらには0.05~2質量%とすることができる。
【0037】
また、液状または固形状の組成物に上記脂肪酸を配合する場合、当該組成物には、本実施形態の効果を損なわない範囲において、その他の成分を必要に応じて適宜配合してもよい。その他の成分としては、窒素、リン、カリウム等の多量要素、マンガン、鉄、亜鉛、銅等の微量要素、保存料、安定剤、pH調整剤等が挙げられる。
上記脂肪酸による本実施形態の作用をより効果的に発揮させる観点から、液状または固形状の組成物は、その他の成分として、乳化剤を実質的に含まないことも好ましい。なお、ここでいう「乳化剤」は、脂肪酸(すなわち、炭素数10以上の1価のカルボン酸)を包含しない。乳化剤を実質的に含まないとは、乳化剤の配合量が、脂肪酸の配合量に対し十分に少ないことを意味する。具体例を挙げると、乳化剤の配合量が脂肪酸の配合量の0.5以下(質量比率、以下同様)であってよく、さらには0.1以下であってよい。
【0038】
本実施形態においては、上記脂肪酸を、少なくとも根部に接触させる。根部は、脂肪酸を接触させた場合に吸収効率に優れているうえ、低温ストレスを感知しやすい器官でもあるため、脂肪酸による気孔閉鎖促進作用が効果的に発揮され、本実施形態による効果がより効果的に発揮されやすい。
【0039】
上記脂肪酸を植物体に接触させる回数は特に限定されない。後述する実施例にて示すように、1回接触させるだけでも二次代謝物の生成量を変化させることができる。ただし、植物体を生育させる実際の態様に応じて、一定の期間内に複数回接触させてもよい。
【0040】
(光合成ステップ)
本実施形態の方法は、上記植物体に光合成を行わせるステップを含む。
本ステップにより、光合成のうちの光化学系IやII(明反応)によりエネルギー(ATP等)や還元力(NADPH等)が生成される。一方で、前述した気孔閉鎖促進ステップにより、光合成のうち炭酸固定反応(暗反応)が低下するため、エネルギーや還元力が余剰となり、二次代謝反応が促進されると考えられる。
【0041】
光合成を行わせるステップは、光合成を行う器官に光を照射すればよい。光を照射する期間は、例えば、4時間以上、さらには8時間以上とすることができる。
なお、光合成ステップと、脂肪酸を根部に接触させるステップ(気孔閉鎖促進ステップ)との順序は、特に制限されず、どちらを先に行ってもよい。ただし、後述するように、脂肪酸を接触させた後に植物体を一定期間生育させる場合には、当該生育期間において、植物体に光が照射する期間を含ませることで、光合成ステップを兼ねることができる。
【0042】
(二次代謝物の生成量の変化)
本実施形態においては、上記脂肪酸の作用(低温ストレスを擬似的に負荷する作用)により、植物体において二次代謝物の生成量を変化させることができる。
ここで、二次代謝反応は、複数の反応が組み合わさって反応経路を形成しており、その経路の途中あるいは最後で得られる物質は、いずれも二次代謝物ということができる。例示として、ニホンハッカ(Mentha canadensis var. piperascens)におけるメントール代謝経路を
図1に示す。二次代謝経路の途中で得られる物質(
図1のリモネン、プレゴン等)はそれ自体が二次代謝物であるとともに、メントール等を生成するための中間物質であるということができる。
【0043】
本発明者が得た知見によれば、一連の二次代謝経路のうち上流側で得られる二次代謝物(
図1では、リモネン、プレゴン等)は、脂肪酸を接触させてから比較的短期間で増加し、その後、より下流側の二次代謝物の生成に利用される。そして、より下流側で得られる二次代謝物(
図1では、メントン、メントフラン、メントール等)は、脂肪酸を接触させてから量が増加するまでに比較的時間がかかる。
【0044】
そのため、上記脂肪酸を接触させた後、植物体を一定期間生育させることが好ましい。
本実施形態において、「生育させる」とは、植物体が枯れずに二次代謝物を生成する条件であれば、特に限定されない。植物体を生育させる具体的な方法は特に限定されず、植物体の状態に応じて、例えば、土壌栽培、水耕栽培、組織培養等から所望の方法を適宜選択することができる。なお、生育させる方法は、上記脂肪酸を接触させる前と同一の方法であってもよく、変更してもよい。
【0045】
上記脂肪酸を接触させた後に植物体を生育させる期間は、求める二次代謝物の種類に応じて適宜設定することができる。例えば、脂肪酸を接触させてから4時間以上、さらには10時間以上とすることができる。あるいは、脂肪酸を接触させてから14日以内、さらには7日以内としてもよい。
【0046】
上記脂肪酸を接触させた後に植物体を生育させる期間は、当該植物体に光が照射される期間を含むことが好ましい。植物体に光が照射される期間は、例えば、4時間以上、さらには8時間以上とすることができる。かかる光照射は、前述した光合成ステップを兼ねることができる。
【0047】
本実施形態において、「二次代謝物の生成量が変化する」とは、上記脂肪酸を接触させた植物体(本実施形態)において、当該脂肪酸を接触させない以外は同一の条件で生育させた植物体(対照)と比較して、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量が変化していることをいう。二次代謝物量は、植物体の単位質量あたりの量で比較することができる。
【0048】
二次代謝物の生成量の変化は、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量の増加であることが好ましい。より具体的には、本実施形態の植物体において、対照植物体と比較して、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量が、1.2倍以上であることが好ましく、1.5倍以上であることがさらに好ましく、2倍以上であることが特に好ましい。
【0049】
なお、前述したように、二次代謝物生成量の変化の程度は、それぞれの二次代謝物の種類と、脂肪酸を接触させてからの植物体の生育期間とに応じて変動する。後述する実施例にて示すように、ニホンハッカを用いたメントール代謝経路の二次代謝物において、脂肪酸を接触させてから1日後においては、二次代謝経路の上流側で得られるプレゴンの生成量が顕著に増加している一方で、下流側で得られるメントフランはむしろ減少しているような結果が得られている。また、脂肪酸を接触させて5日後においては、プレゴンの量が減少している場合もある一方で、メントフランの生成量が顕著に増加した結果が得られている。
このように、二次代謝物の種類と、脂肪酸を接触させてからの植物体の生育期間とによっては、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量が増加している一方で、別の二次代謝物の生成量が減少している場合もあり得る。なお、このような場合であっても、脂肪酸の接触により少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量が増加している場合は、前述した「二次代謝物の生成量が増加する」に該当するものとする。
【0050】
以上述べた、本実施形態に係る方法によれば、植物体の根部に所定の脂肪酸を接触させるという非常に簡便な手段により、当該植物体において、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量を変化させることができる。これにより、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量が変化した植物体を、簡便に得ることができる。
得られた植物体は、そのままあるいは適宜加工して食用などに供してもよい。かかる植物体は、二次代謝物の生成量が変化しているため、その香味も変化していると認められる。特に、二次代謝物の生成量が増加している場合には、その香味が豊かなものとなっていると認められる。
【0051】
〔二次代謝物の生産方法〕
本発明の他の一実施形態として、上記方法で得られた植物体から二次代謝物を回収することで、植物体を用いて二次代謝物を生産する方法とすることができる。
上記方法で得られた植物体は、所定の脂肪酸を植物体に接触させるという簡便な方法により、二次代謝物の生成量が変化したものとなっている。そのため、かかる植物体から二次代謝物を回収することで、その生産量(回収量)を調整することができる。
【0052】
ここで、得られた植物体が葉部を備えている場合には、葉部から二次代謝物を回収することとしてもよい。
本実施形態においては、脂肪酸の作用により、余剰となったエネルギー(ATP等)や還元力(NADPH等)が二次代謝反応に利用される。これらのエネルギーや還元力は葉部で余剰になりやすいため、葉部から二次代謝物を回収する場合は、脂肪酸の植物体への接触から比較的短期間で二次代謝物生成量を変化させることができる。
また、葉部が腺鱗を備えている場合には、腺鱗に二次代謝物が蓄積されるため、二次代謝物の回収がより一層容易となる。
【0053】
ただし、後述する実施例に示すように、腺鱗を有しない葉柄部においてもモノテルペノイドの増加が確認されており、二次代謝物を回収するための部位は、腺鱗を有する部位に限定されるものではない。
また、後述する実施例の結果から考察されるように、葉柄部におけるモノテルペノイドの増加は、葉身部等で余剰となったATP等やNADPH等が葉柄部に輸送され、葉柄部におけるモノテルペノイドの生成を促進したものと考えられる。
さらに、低温ストレスを受けたカンゾウにおいて、根部(根茎部)での二次代謝物量の増加が報告されており、余剰となったエネルギーや還元力は、葉部での利用に限定されず、葉柄部や根部等にも輸送されて利用されると考えられる。
そのため、葉部から二次代謝物を回収する態様は、好ましい一態様ではあるものの、あくまでも効率等の観点から好ましいものにすぎない。換言すると、本実施形態は、葉部から回収する態様に限定されるものではない。
【0054】
植物体から二次代謝物を回収する手段は特に限定されず、抽出、精製等を常法に従って行うことができる。得られた二次代謝物は、そのまま香料や医薬品等としてもよく、これらの原料(出発物質)としてもよい。
【0055】
〔気孔閉鎖促進方法・気孔閉鎖促進剤〕
本発明はさらに、以下の実施形態を包含する。
(a) 気孔および根部を備える植物体において、前記気孔の閉鎖を促進する方法であって、
前記植物体の少なくとも前記根部に、炭素数10以上の脂肪酸を接触させるステップを含む、気孔閉鎖促進方法。
(b) 気孔および根部を備える植物体において、前記植物体の少なくとも前記根部に接触させることで、前記気孔の閉鎖を促進する剤であって、
炭素数10以上の脂肪酸を有効成分とする、気孔閉鎖促進剤。
【0056】
本実施形態に係る気孔閉鎖促進方法および気孔閉鎖促進剤で用いる「植物体」は、光合成を行う植物器官を備えていなくてもよい。この点は、前述した植物体の生産方法・二次代謝物の生産方法に係る実施形態で用いる植物体と異なっている。ただし、本実施形態で用いる植物体においても、光合成を行う植物器官を備えていることが好ましい。
【0057】
脂肪酸の種類は、前述した植物体の生産方法において説明したとおりである。当該剤は、脂肪酸をそのまま用いてもよく、液状もしくは固形状の組成物に脂肪酸を添加して剤としてもよい。液状もしくは固形状の組成物は、前述したとおりである。
【0058】
なお、この実施形態は、気孔閉鎖促進剤の製造方法に応用することもできる。かかる剤の製造方法においては、上記脂肪酸を当該剤の有効成分として用いることができる。
【0059】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするために記載されたものであって、本発明を限定するために記載されたものではない。したがって、上記実施形態に開示された各要素は、本発明の技術的範囲に属する全ての設計変更や均等物等をも含む趣旨である。
【実施例0060】
以下、試験例等を示すことにより本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は下記の試験例等に何ら限定されるものではない。
【0061】
〔試験例1〕不飽和脂肪酸の接触処理による二次代謝物量の変化(ハッカ)
ニホンハッカ(品種名:北海JM23号)より10cmの挿し穂を採取し、5cmポリポットと培土(ダイオ化成株式会社)を用いて3週間育成した。
オレイン酸(富士フイルム和光純薬社製)およびリノール酸(富士フイルム和光純薬社製)をそれぞれ0.1質量%となるよう蒸留水に分散させた。500mLビーカーにかかる分散液150mLを入れ、ニホンハッカの栽培ポットごと溶液に浸漬した。根への薬剤処理は、温度23℃相対湿度70%のインキュベーター(LPH-241PFDT-SP,日本医化器械製作所社製)内で3時間実施した。インキュベーターは午前6時に点灯、午後22時に消灯、光量子束密度170μmol/m2/sとなるようプログラムした。対照としては蒸留水を用いた。脂肪酸分散液の処理後、一回あたり150mLの蒸留水をポット内の培土に通して3回洗浄した。
【0062】
上記インキュベーター内で18時間静置(午後18時から午後12時)した後に、葉を採取した。直ちに生重量を測定し、乳鉢内で液体窒素を用いて乳棒により粉末化した。二次代謝物の分解酵素による損失を防ぐため、10M塩化カルシウム(富士フイルム和光純薬社製)を2mL添加し、全量を10mLセプタム付ガラスバイアルへ移した。40℃に設定したウォーターバスにて5分間、二次代謝物を揮発させた。その後、マイクロ固相抽出(SPME)ファイバー(Sigma-Aldrich社製)をバイアルに刺入し5分間ファイバーへ吸着させた。ガスクロマトグラフィー/質量分析(GC/MS)は、GCMS-QP2010(島津製作所社製)を用いた。カラムはInertCap Pure-WAX 0.25mm(内径)×60m(長さ)(ジーエルサイエンス社製)を用い、気化室温度を180℃、インターフェース温度250℃、カラム内流量2.0mL/min(ヘリウム)、初期カラム槽温度を100℃から180℃まで8℃/minで昇温させた。質量分析計の検出分子量は45-300m/z、検出器電圧は1.00kVとした。
【0063】
得られた結果から、それぞれの二次代謝物を表すピーク面積を、葉の生重量で除し、葉の単位重量あたりの二次代謝物量を算出した。得られた二次代謝物量を、対照を1として標準化し、各群を比較した。
結果を
図2に示す。
【0064】
図2に示すように、不飽和脂肪酸を根部に処理したハッカの葉部においては、リモネン、プレゴン等の二次代謝物の生成量が増加していた。なお、メントールについては、本試験(処理後18時間)では増加が認められなかったが、処理3日後に測定すると、生成量が増加することを確認している。
そのため、不飽和脂肪酸をハッカ根部に処理することにより、葉部において、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量が変化することが確認された。
【0065】
〔試験例2〕不飽和脂肪酸の接触処理による気孔の開閉度の評価(ハッカ)
試験例1と同様にして、ニホンハッカの根部に脂肪酸分散液を浸漬処理および洗浄を行い、インキュベーター内で静置した。静置して3時間後に、歯科用シリコーン印象剤(ジーシー社製)を葉の裏面(背軸側)に塗布した。印象剤が完全に固化した5分後にピンセットで剥離した。剥がした印象剤に透明マニキュアを塗布し5分間固化させた。マニキュアをセロハンテープによる印象剤から剥離し、スライドグラスに貼り付けて顕微鏡観察用の気孔の二次レプリカサンプルを作成した。光学顕微鏡(BX51、オリンパス社製)により、撮影を行った(10倍対物レンズ)。
【0066】
得られた顕微鏡写真から、画像処理ソフト(ImageJ,フリーソフト)を用いてそれぞれの気孔の大きさを測定し、開閉度を算出した。なお、気孔の開閉度は、孔辺細胞を含まない範囲(短径/長径)で算出される値であり、値が小さいほど気孔が閉じていることを示す指標である。
結果を
図3に示す。なお、気孔の開閉度を評価した結果をまとめたバイオリン図を
図3Aに示し、開閉度の算出に用いた顕微鏡写真の一部を
図3Bに示す。
【0067】
図3AおよびBに示すように、根部に不飽和脂肪酸を処理したハッカでは、葉部の気孔の閉鎖が誘導されていた。かかる気孔の閉鎖が、試験例1で示した二次代謝物生成量の変化をもたらしているものと考えられた。
【0068】
〔試験例3〕不飽和脂肪酸の接触処理による二次代謝物量の変化(ハッカ葉柄)
採取した部位を葉柄に変更した以外は、試験例1と同様に試験を行い、不飽和脂肪酸の根部への処理が葉柄部の二次代謝物量に与える影響を評価した。なお、ハッカの葉柄部は腺鱗を有していない。
結果を
図4に示す。
【0069】
図4に示すように、不飽和脂肪酸を根部に処理したハッカの葉柄部においては、リモネン、プレゴン、メントン等の二次代謝物(特にモノテルペノイド)の量が増加していた。
そのため、不飽和脂肪酸の根部への処理により、腺鱗を有しない葉柄部においても、葉部と同様に二次代謝物量が増加することが確認された。
【0070】
ここで、前述したとおり、不飽和脂肪酸の根部への処理により、葉部(特に葉身部)において気孔の閉鎖が誘導されるところ(
図3等参照)、気孔閉鎖により、特に葉身部においてエネルギー(ATP等)や還元力(NADPH等)が余剰になると考えられる。かかるATP等やNADPH等は水溶性が高く植物体内を移動することができる。
本試験例で用いた葉柄部においても光合成は行われるものの、葉身部ほど活発ではないため、葉柄部で利用されるATP等やNADPH等は、葉身部から輸送されたものが大きく寄与していると考えられる。
一方で、本試験例で検討したモノテルペノイドは水溶性が低く植物体内を移動することができないため、葉身部で生成したモノテルペノイドは、その近傍の腺鱗に蓄積すると考えられている。
そのため、葉柄部におけるモノテルペノイドの増加は、葉身部で生成されたモノテルペノイドが葉柄部に輸送されたのではなく、葉身部等で余剰となったATP等やNADPH等が葉柄部に輸送され、葉柄部におけるモノテルペノイドの生成を促進したものと考えられる。
【0071】
〔試験例4〕飽和脂肪酸の接触処理による二次代謝物量の変化(ハッカ)
用いる脂肪酸を、ステアリン酸(富士フイルム和光純薬社製)およびパルミチン酸(富士フイルム和光純薬社製)に変更した以外は、試験例1と同様に試験を行い、飽和脂肪酸の根部への処理が葉部の二次代謝物量に与える影響を評価した。
結果を
図5に示す。
【0072】
図5に示すように、飽和脂肪酸を用いた場合であっても、不飽和脂肪酸と同様に、葉部において、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量が変化することが確認された。
【0073】
〔試験例5〕飽和脂肪酸の接触処理による気孔の開閉度の評価(ハッカ)
用いる脂肪酸を、ステアリン酸(富士フイルム和光純薬社製)およびパルミチン酸(富士フイルム和光純薬社製)に変更した以外は、試験例2と同様に試験を行い、葉部の気孔の開閉度を評価した。
結果を
図6に示す。
【0074】
図6に示すように、飽和脂肪酸を用いた場合であっても、不飽和脂肪酸と同様に、葉部の気孔の閉鎖が誘導されていた。そのため、飽和脂肪酸による二次代謝物生成量の変化は、不飽和脂肪酸と同様の作用機序であると考えられた。
【0075】
〔試験例6〕バジルに対する不飽和脂肪酸の効果
バジル(品種名:スイートバジル)を、5cmポリポットと培土(ダイオ化成株式会社)を用いて発芽から研究室内の植物育成棚(温度23℃、相対湿度50%、16時間明期/8時間暗期)で7週間育成した。
500mLビーカーに、試験例1と同様に調製した脂肪酸分散液150mLを入れ、バジルの栽培ポットごと溶液に浸漬した。根への薬剤処理は、温度23℃相対湿度70%のインキュベーター(LPH-241PFDT-SP,日本医化器械製作所社製)内で3時間実施した。インキュベーターは午前6時に点灯、午後22時に消灯、光量子束密度170μmol/m2/sとなるようプログラムした。対照としては蒸留水を用いた。脂肪酸分散液の処理後、一回あたり150mLの蒸留水をポット内の培土に通して3回洗浄した。
【0076】
試験例1と同じインキュベーター内で18時間静置(午後18時から午後12時)した後に、葉を採取した。直ちに生重量を測定し、乳鉢内で液体窒素を用いて乳棒により粉末化した。二次代謝物の分解酵素による損失を防ぐため、10M塩化カルシウム(富士フイルム和光純薬社製)を2mL添加し、全量を10mLセプタム付ガラスバイアルへ移した。40℃に設定したウォーターバスにて5分間、二次代謝物を揮発させた。その後、マイクロ固相抽出(SPME)ファイバー(Sigma-Aldrich社製)をバイアルに刺入し5分間ファイバーへ吸着させた。ガスクロマトグラフィー/質量分析(GC/MS)は、GCMS-QP2010(島津製作所社製)を用いた。カラムはInertCap Pure-WAX 0.25mm(内径)×60m(長さ)(ジーエルサイエンス社製)を用い、気化室温度を180℃、インターフェース温度250℃、カラム内流量2.0mL/min(ヘリウム)、初期カラム槽温度を100℃から180℃まで8℃/minで昇温させた。質量分析計の検出分子量は45-300m/z、検出器電圧は1.00kVとした。
【0077】
得られた結果から、それぞれの二次代謝物を表すピーク面積を、葉の生重量で除し、葉の単位重量あたりの二次代謝物量を算出した。得られた二次代謝物量を、対照を1として標準化し、各群を比較した。
結果を
図7に示す。
【0078】
図7に示すように、脂肪酸は、バジルに対してもハッカと同様に、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量を変化させた。すなわち、脂肪酸は、対象の植物種を変更する(それに伴い二次代謝物の種類も変わる)場合であっても、共通して効果を発揮できることが確認された。
【0079】
〔試験例7〕不飽和脂肪酸の接触処理期間を変更した場合の二次代謝物生成量の変化
脂肪酸分散液を処理し洗浄してから葉を採取するまでの期間を変更した以外は、試験例1と同様に試験を行い、処理期間の長さが二次代謝物生成量に与える影響を評価した。
処理および洗浄した後、葉を採取するまでの期間は、1日(24時間)、5日(120時間)とした。
1日処理の結果を
図8Aに、5日処理の結果を
図8Bに、それぞれ示す。
【0080】
図8Aに示すように、脂肪酸を処理して1日後においては、二次代謝物のうちプレゴンの量が増加していた。一方、
図8Bに示すように、処理5日後においては、プレゴンの量が相対的に低下した一方、メントン、メントフラン、メントールの量が増加していた。
ここで、
図1に示したように、メントール代謝経路において、プレゴンは上流側に位置し、メントン、メントフランおよびメントールは下流側に位置する。
図8AおよびBの結果から、処理1日後(
図8A)では、代謝経路の上流に位置するプレゴンの量がまず増加し、その後、より下流側のメントン、メントフランおよびメントールの生成に利用され、処理5日後(
図8B)では、プレゴンの量が相対的に減少する一方で、メントン、メントフランおよびメントールの量が増加すると考えられる。
【0081】
〔試験例8〕イタリアンパセリに対する不飽和脂肪酸の効果
イタリアンパセリ(市販の種を購入)を、5cmポリポットと培土(ダイオ化成株式会社)を用い、発芽から研究室内の植物育成棚(温度23℃、相対湿度50%、16時間明期/8時間暗期)で7週間育成した。
500mLビーカーに、試験例1と同様に調製した脂肪酸分散液150mLを入れ、イタリアンパセリの栽培ポットごと溶液に浸漬した。根への薬剤処理は、温度23℃相対湿度70%のインキュベーター(LPH-241PFDT-SP,日本医化器械製作所社製)内で3時間実施した。インキュベーターは午前6時に点灯、午後22時に消灯、光量子束密度170μmol/m2/sとなるようプログラムした。対照としては蒸留水を用いた。脂肪酸分散液の処理後、一回あたり150mLの蒸留水をポット内の培土に通して3回洗浄した。
【0082】
上記インキュベーター内で18時間静置(午後18時から午後12時)した後に、葉を採取した。そして、生重量の測定、二次代謝物の抽出、GC/MSによる検出、および各群の比較は、試験例1と同様に行った。
結果を
図9に示す。
【0083】
図9に示すように、脂肪酸は、イタリアンパセリに対しても、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量を変化させた。
【0084】
〔試験例9〕レモングラスに対する不飽和脂肪酸の効果
レモングラス(市販の苗を購入)を、5cmポリポットと培土(ダイオ化成株式会社)を用い、研究室内の植物育成棚(温度23℃、相対湿度50%、16時間明期/8時間暗期)で7週間育成した。
500mLビーカーに、試験例1と同様に調製した脂肪酸分散液150mLを入れ、レモングラスの栽培ポットごと溶液に浸漬した。根への薬剤処理は、温度23℃相対湿度70%のインキュベーター(LPH-241PFDT-SP,日本医化器械製作所社製)内で3時間実施した。インキュベーターは午前6時に点灯、午後22時に消灯、光量子束密度170μmol/m2/sとなるようプログラムした。対照としては蒸留水を用いた。脂肪酸分散液の処理後、一回あたり150mLの蒸留水をポット内の培土に通して3回洗浄した。
【0085】
上記インキュベーター内で18時間静置(午後18時から午後12時)した後に、葉を採取した。そして、生重量の測定、二次代謝物の抽出、GC/MSによる検出、および各群の比較は、試験例1と同様に行った。
結果を
図10に示す。
【0086】
図10に示すように、脂肪酸は、レモングラスに対しても、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量を変化させた。
【0087】
〔試験例10〕ルッコラに対する不飽和脂肪酸の効果
ルッコラ(市販の種を購入)を、5cmポリポットと培土(ダイオ化成株式会社)を用い、発芽から研究室内の植物育成棚(温度23℃、相対湿度50%、16時間明期/8時間暗期)で7週間育成した。
500mLビーカーに、試験例1と同様に調製した脂肪酸分散液150mLを入れ、ルッコラの栽培ポットごと溶液に浸漬した。根への薬剤処理は、温度23℃相対湿度70%のインキュベーター(LPH-241PFDT-SP,日本医化器械製作所社製)内で3時間実施した。インキュベーターは午前6時に点灯、午後22時に消灯、光量子束密度170μmol/m2/となるようプログラムした。対照としては蒸留水を用いた。脂肪酸分散液の処理後、一回あたり150mLの蒸留水をポット内の培土に通して3回洗浄した。
【0088】
上記インキュベーター内で18時間静置(午後18時から午後12時)した後に、葉を採取した。そして、生重量の測定、二次代謝物の抽出、GC/MSによる検出、および各群の比較は、試験例1と同様に行った。
結果を
図11に示す。
【0089】
図11に示すように、脂肪酸は、ルッコラに対しても、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量を変化させた。
【0090】
〔試験例11〕ホップに対する不飽和脂肪酸の効果
ホップ(品種名:Cluster)の苗を、北見工業大学屋外圃場に5月期に定植し、9月期に至るまで約4か月間栽培した。
試験開始日(気温26.5℃)の午前11時~12時に、まず対照として、不飽和脂肪酸を処理する前のホップ2株について、土壌からの高さが100cm以下の位置に形成した球花を採取した。球花は採取後直ちに真空包装し、生重量を測定した後、-80℃ディープフリーザーにて凍結保管した。
次に、オレイン酸(富士フイルム和光純薬社製)を1%(容量/容量)となるよう蒸留水に分散させたオレイン酸分散液10Lを、上記対照球花を採取した直後のホップの根上部の土壌に、1株あたり10Lとなるように施用し、引き続き1日間栽培した。
そして、試験開始翌日(気温28.2℃)の午前11時~12時に、不飽和脂肪酸を処理したホップ2株について、土壌からの高さが100cm以下の位置に形成した球花を採取した。球花は採取後直ちに真空包装し、生重量を測定した後、-80℃ディープフリーザーにて凍結保管した。
【0091】
上記凍結保管した球花を、乳鉢内で液体窒素を用いて乳棒により粉末化した。試料を粉末化した後の二次代謝物の抽出、GC/MSによる検出は、試験例1と同様に行った。
得られた結果から、それぞれの二次代謝物を表すピーク面積を、球花の生重量で除し、球花の単位重量(mg)あたりの二次代謝物量を算出した。
結果を
図12AおよびBに示す。
【0092】
図12に示すように、脂肪酸は、ホップに対しても、少なくとも1種以上の二次代謝物の生成量を変化させた。