IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ JFEスチール株式会社の特許一覧

特開2024-126142非調質円形溶接鋼管およびその製造方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024126142
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】非調質円形溶接鋼管およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240912BHJP
   C22C 38/04 20060101ALI20240912BHJP
   C21D 8/10 20060101ALI20240912BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240912BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/04
C21D8/10 A
C22C38/00 301A
C22C38/58
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023034342
(22)【出願日】2023-03-07
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】谷澤 彰彦
(72)【発明者】
【氏名】松井 篤美
(72)【発明者】
【氏名】成田 雄輔
(72)【発明者】
【氏名】上野 剛
(72)【発明者】
【氏名】中山 大輔
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA15
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032BA03
4K032CA02
4K032CA03
4K032CC02
4K032CC03
(57)【要約】
【課題】 鋼管長手方向の引張強度590MPa以上、降伏比85%以下の非調質円形溶接鋼管およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 本発明は、鋼管母材は特定の成分組成を有し、鋼管母材の板厚をtとするとき、鋼管母材の表面から(1/8)t~(3/8)tの領域におけるミクロ組織は、面積率で30~70%のフェライトと、フェライトより硬質の第二相を有し、フェライトと第二相との硬度差は平均でHV40~80であり、鋼管母材の長手方向の引張強度:590MPa以上、降伏比:85%以下とする非調質円形溶接鋼管である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼管母材の成分組成は、質量%で、
C:0.10~0.16%、
Si:0.50%以下、
Mn:1.20~1.80%、
P:0.030%以下、
S:0.006%以下を含有し、
さらに、Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
Cr:0.50%以下、
Mo:0.30%以下、
Nb:0.08%以下、
V:0.08%以下、
Ti:0.03%以下、
Ca:0.0050%以下
のうちから選ばれた1種以上を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
下記(1)式で定義されるPcmyが0.17~0.22である成分組成を有し、
前記鋼管母材の板厚をtとするとき、前記鋼管母材の表面から(1/8)t~(3/8)tの領域におけるミクロ組織は、フェライトと該フェライトより硬質の第二相とを有し、
前記フェライトの面積率は30~70%であり、
前記フェライトと前記第二相との硬度差は平均でHV40~80であり、
前記鋼管の長手方向で、引張強度:590MPa以上、かつ、降伏比:85%以下である、
非調質円形溶接鋼管。
Pcmy=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/7+V/10+5B・・・式(1)
ただし、式(1)中における元素記号は各元素の含有量(質量%)を意味する。含有しない元素については0を代入する。
【請求項2】
請求項1に記載の成分組成を有する鋼素材を1000~1250℃の温度に加熱する加熱工程と、
前記加熱された鋼素材を熱間圧延して熱延鋼板とする熱間圧延工程と、
前記熱延鋼板を、板厚中央温度で、
冷却開始温度:(Ar3-70℃)~(Ar3-10℃)、
冷却速度:3℃/s以上、
冷却停止温度:400℃超えかつ620℃以下
で冷却する加速冷却工程と、
前記加速冷却された鋼板を冷間成形で筒状に加工する冷間加工工程と、
前記冷間加工で筒状に加工された鋼板の突合せ部を溶接して溶接鋼管とする溶接工程と、
を有する、
鋼管長手方向で、引張強度:590MPa以上、かつ、降伏比:85%以下である非調質円形溶接鋼管の製造方法。
なお、冷却速度は、冷却開始温度と冷却停止温度との差を冷却時間で除したものである。
【請求項3】
さらに、前記溶接工程で製造された溶接鋼管に拡管を施す拡管工程を有する、請求項2に記載の、鋼管長手方向で、引張強度:590MPa以上、かつ、降伏比:85%以下である非調質円形溶接鋼管の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築構造用高強度円形溶接鋼管として好適な、特に地震によって大きな塑性変形を受け、耐震性を必要とする部材へ適用する、低降伏比を有する非調質円形溶接鋼管およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、建築構造物などでは、地震時の安全性確保という観点から、優れた耐震性を有する鋼材が要求されている。また、従来の研究結果から、降伏比の低い鋼材ほど耐震性に優れることが明らかとなっている。そのため、建築構造物用の円形溶接鋼管には、鋼管長手方向(管軸方向)の降伏比85%以下の鋼材を使用することが求められている。さらに、建築構造物の高層化や大スパン化などに伴い、従来と比較してより高い強度を有する、例えば引張強度590MPa級高張力鋼材の建築構造物への適用が増加している。
【0003】
従来、鋼管長手方向の降伏比85%以下の低降伏比を実現しつつ、引張強度590MPaあるいはそれ以上の高強度を有する高強度円形溶接鋼管の製造に関する検討が種々行われてきた。
【0004】
例えば、特許文献1および2では、引張強度590MPa級の低降伏比円形溶接鋼管を3段熱処理で製造する方法が開示されている。特許文献3では、引張強度780MPa級の低降伏比円形溶接鋼管を直接焼入れした後に2段熱処理で製造する方法が開示されている。特許文献4では、引張強度590MPa級の低降伏比円形溶接鋼管を、C量が0.05%以下の鋼を用いて加速冷却を施すことで製造する方法が開示されている。特許文献5では、引張強度680MPa級の低降伏比円形溶接鋼管を製造するために、Ar3点以下の温度から400℃以下の温度まで直接焼入れを行うことで製造する方法が開示されている。特許文献6では、引張強度590MPa級の低降伏比円形溶接鋼管を2段階の加速冷却を適用することで製造する方法が開示されている。特許文献7では、引張強度490MPa級の低降伏比(鋼管長手方向で90%以下)円形鋼管について加速冷却を適用することによって製造する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004-300461号公報
【特許文献2】特開2016-79449号公報
【特許文献3】特開2009-256780号公報
【特許文献4】特開2009-235516号公報
【特許文献5】特開2005-163159号公報
【特許文献6】特開平10-310821号公報
【特許文献7】特開平9-316599号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1~3に記載の製造方法では、多段熱処理を行うため、工期や費用が多くかかる。
【0007】
特許文献4に記載の製造方法では、安価な強度上昇元素であるCの含有量を低く抑えているため、590MPa級の引張強度を確保するためには、合金元素の添加が必要となり、その結果、コストが高くなる。
【0008】
特許文献5に記載の400℃以下の温度までの直接焼入れを適用する製造方法では、焼入れ後の鋼板のひずみが大きくなりやすい。このひずみは鋼管に成形された後も残存するため、この時点でひずみを除去する必要がある。このため、鋼板に対してコールドレベラやプレスによる矯正を適用することになるため、製造コストや工期が多くかかる。
【0009】
特許文献6に記載の製造方法では、加速冷却を2段階で行える特別な装置が必要である。さらに、1段目の冷却後の冷却ひずみが発生した場合に、2段目の冷却が均一に適用できないことが懸念される。
【0010】
特許文献7に記載の製造方法では、590MPa以上の引張強度を確保しつつ、鋼管長手方向の降伏比を安定的に85%以下に制御できる方法が開示されていない。
【0011】
そこで、本発明は、上述した従来技術の課題を解決し、熱処理を施すことなく非調質で、かつ多量の合金元素を含有せず、鋼管長手方向の引張強度が590MPa以上の高強度と、鋼管長手方向の降伏比が85%以下の低降伏比とを兼備した非調質円形溶接鋼管およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記の目的を達成するために、溶接鋼管の鋼管長手方向で低降伏比を確保するための方策について鋭意研究した。その結果、低降伏比化には鋼管母材の複相組織化が有効であることがわかった。また、鋼管長手方向の降伏比を低減するためには、母材の複相組織における軟質相と硬質相の硬度差を大きくすることが最も有効であり、HV40以上の硬度差が必要であることがわかった。
【0013】
次に、軟質相と硬質相の硬度差を大きくするために有効な手段についてさらに検討した。その結果、熱間圧延後、加速冷却適用前に、空冷で所望の分率のフェライトを生成させ、その後、所定の条件で加速冷却を適用し、鋼管母材の鋼組織をフェライトとフェライトよりも硬質の第二相との複相組織に制御することが有効とわかった。
【0014】
また、加速冷却の冷却停止温度は低いほど、第二相の硬度が上昇する。しかし、加速冷却の冷却停止温度が低いほど、冷却ひずみが大きくなる傾向があり、コールドレベラやプレスによる矯正を適用する必要がある、また、加速冷却の冷却停止温度が過度に低いと、降伏比が低くなりすぎて鋼管母材の降伏応力が低下する。そのため、冷却ひずみを低減し、かつ、低降伏比を得るためには、加速冷却の冷却停止温度を適正な温度範囲に制御し、硬度差の過度の拡大を抑制する必要があることがわかった。
【0015】
本発明は、これらの知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨はつぎの通りである。
[1] 鋼管母材の成分組成は、質量%で、
C:0.10~0.16%、
Si:0.50%以下、
Mn:1.20~1.80%、
P:0.030%以下、
S:0.006%以下を含有し、
さらに、Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
Cr:0.50%以下、
Mo:0.30%以下、
Nb:0.08%以下、
V:0.08%以下、
Ti:0.03%以下、
Ca:0.0050%以下
のうちから選ばれた1種以上を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
下記(1)式で定義されるPcmyが0.17~0.22である成分組成を有し、
前記鋼管母材の板厚をtとするとき、前記鋼管母材の表面から(1/8)t~(3/8)tの領域におけるミクロ組織は、フェライトと該フェライトより硬質の第二相とを有し、
前記フェライトの面積率は30~70%であり、
前記フェライトと前記第二相との硬度差は平均でHV40~80であり、
前記鋼管の長手方向で、引張強度:590MPa以上、かつ、降伏比:85%以下である、
非調質円形溶接鋼管。
Pcmy=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/7+V/10+5B・・・式(1)
ただし、式(1)中における元素記号は各元素の含有量(質量%)を意味する。含有しない元素については0を代入する。
[2] [1]に記載の成分組成を有する鋼素材を1000~1250℃の温度に加熱する加熱工程と、
前記加熱された鋼素材を熱間圧延して熱延鋼板とする熱間圧延工程と、
前記熱延鋼板を、板厚中央温度で、
冷却開始温度:(Ar3-70℃)~(Ar3-10℃)、
冷却速度:3℃/s以上、
冷却停止温度:400℃超えかつ620℃以下
で冷却する加速冷却工程と、
前記加速冷却された鋼板を冷間成形で筒状に加工する冷間加工工程と、
前記冷間加工で筒状に加工された鋼板の突合せ部を溶接して溶接鋼管とする溶接工程と、
を有する、
鋼管長手方向で、引張強度:590MPa以上、かつ、降伏比:85%以下である非調質円形溶接鋼管の製造方法。
【0016】
なお、冷却速度は、冷却開始温度と冷却停止温度との差を冷却時間で除したものである。
[3] さらに、前記溶接工程で製造された溶接鋼管に拡管を施す拡管工程を有する、[2]に記載の、鋼管長手方向で、引張強度:590MPa以上、かつ、降伏比:85%以下である非調質円形溶接鋼管の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、建築構造物用として好適な、鋼管長手方向の引張強度が590MPaの高強度と、鋼管長手方向の降伏比が85%以下の低降伏比とを兼備した非調質円形溶接鋼管およびその製造方法を提供できる。本発明は、圧延後の鋼板に対する熱処理を施すことなく非調質であり、かつ多量の合金元素を含有することなく適正な合金元素の添加で製造でき、安価でしかも生産性にも優れ、産業上格段の効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0018】
まず、本発明の非調質円形溶接鋼管について説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。
【0019】
本発明の非調質円形溶接鋼管は、厚鋼板を素材とし、例えば厚鋼板を冷間成形で筒状に加工し、溶接を行った後、さらに必要に応じて拡管を行うことにより製造された、母材部(以下、鋼管母材部と称する場合もある。)と溶接部とからなる非調質円形溶接鋼管である。なお、本発明では、「溶接部」とは後述する造管工程において筒状に加工された鋼板の突合せ部が溶接された箇所をいう。「母材部」とは上記溶接部以外の箇所をいう。
【0020】
本発明に係る鋼管母材の成分組成とその限定理由について、説明する。以下の説明において、特に断わらない限り、質量%は単に%と記す。
【0021】
C:0.10~0.16%
Cは、鋼の強度を増加させるとともに、フェライト以外の硬質相の含有量を増加させる作用を有する元素であり、高強度かつ低降伏比を確保するために有用な元素である。本発明で目的とする高強度と低降伏比を確保するために、C含有量は0.10%以上とし、0.13%以上であることが好ましい。一方、Cを過剰に含有させると溶接性が顕著に低下するため、C含有量は0.16%以下とする。
【0022】
Si:0.50%以下
Siは、強度を上昇させる作用のある元素である。この効果を発揮されるため、Si含有量は0.10%以上であることが好ましい。しかし、Siを過剰に含有すると母材の靭性が低下するとともに、溶接熱影響部の靭性が低下する。このため、Si含有量は0.50%以下とし、好ましくは0.35%以下である。
【0023】
Mn:1.20~1.80%
Mnは、鋼の強度を増加させる作用を有する元素である。本発明では、他の合金元素の含有を最小限に抑え、目的とする引張強度590MPa以上の高強度を確保するために、Mn含有量は1.20%以上とし、好ましくは1.30%以上とする。一方、Mnを過剰に含有すると、母材の靭性が低下するとともに、溶接熱影響部の靭性が著しく低下する。このため、Mn含有量は1.80%以下とし、1.60%以下であることが好ましい。
【0024】
P:0.030%以下
Pは、鋼の強度を増加させるが靭性を低下させる作用を有する元素である。さらに、溶接部の靭性を著しく低下させる作用を有する元素である。このような理由から、本発明ではできるだけPを低減することが望ましい。よって、P含有量は0.030%以下とし、0.020%以下であることが好ましく、0.015%以下であることがより好ましい。
【0025】
S:0.006%以下
Sは、通常、介在物として鋼中に存在し、延性、靭性を低減させるとともに、熱間脆性を生じさせる作用を有する元素である。また、S含有量が過剰な場合、鋼素材の中央偏析部に多量のMnSが生成し、鋳造欠陥等の欠陥が生じやすくなるとともに、母材および溶接部の靭性を低下させる。このため、Sできるだけ低減することが望ましく、S含有量は0.006%以下とし、0.004%以下であることが好ましい。
【0026】
さらに、Cu:0.50%以下、Ni:0.50%以下、Cr:0.50%以下、Mo:0.30%以下、Nb:0.08%以下、V:0.08%以下、Ti:0.03%以下、Ca:0.0050%以下のうちから選ばれた1種以上を含有する。
【0027】
Cu:0.50%以下
Cuは、固溶強化や焼入れ性の増加を介して、鋼の強度を増加させる作用を有する元素である。この効果は、Cu含有量が0.05%以上で発揮されるので、Cuを含有する場合にはその含有量は0.05%以上であることが好ましい。一方で、Cu含有量が過剰であると、熱間脆性が顕著となり、鋼板のそして鋼管母材の表面性状の劣化を招く。このため、Cuを含有する場合には、その含有量を0.50%以下とし、0.30%以下であることが好ましい。
【0028】
Ni:0.50%以下
Niは、靭性を向上させるとともに、靭性の低下を招くことなく鋼の強度を増加させる作用を有する元素である。さらに、Niは、溶接熱影響部の靭性への悪影響も小さい元素である。よって、Niを含有する場合、その含有量は0.05%以上であることが好ましい。一方、Niを過剰に含有すると、製鋼性の疵が発生し、スラブ手入れなどを必要とする。このため、Niを含有する場合には、その含有量を0.50%以下とし、0.30%以下であることが好ましい。
【0029】
Cr:0.50%以下
Crは、焼入れ性の向上を介して鋼の強度を増加させる作用を有し、高強度化のためには有用な元素である。この効果は、Cr含有量が0.05%以上で発揮されるので、Crを含有する場合にはその含有量は0.05%以上であることが好ましい。一方で、Crを過剰に含有すると、溶接性と溶接熱影響部の靱性とが顕著に劣化する。このため、Crを含有する場合、その含有量は0.50%以下とし、0.30%以下であることが好ましい。
【0030】
Mo:0.30%以下
Moは、焼入れ性の向上を介して鋼の強度を増加させる作用を有し、高強度化のためには有用な元素である。この効果は、Mo含有量が0.05%以上で発揮されるので、Moを含有する場合にはその含有量は0.05%以上であることが好ましい。一方で、Moは0.30%を超える含有は、溶接性が劣化する。また、製造コストの増大を招く。このため、Moを含有する場合、Moの含有量は0.30%以下とし、0.25%以下であることが好ましい。
【0031】
Nb:0.08%以下
Nbは、焼入れ性を向上させる作用を有する元素である。また、Nbは制御圧延の効果を促進させ、ミクロ組織を微細化させて、鋼の強度を増加させる作用を有する元素である。これらの効果はNb含有量が0.01%以上で発揮されるので、Nbを含有する場合、その含有量は0.01%以上であることが好ましい。一方、Nbを過剰に含有すると母材の靭性および溶接熱影響部の靭性を低下させる。このため、Nbを含有する場合には、Nb含有量は0.08%以下とし、0.04%以下であることが好ましい。
【0032】
V:0.08%以下
Vは、析出硬化を介して鋼の強度を増加させる作用を有し、高強度化のためには有用な元素である。この効果を発揮させるため、Vを含有する場合、その含有量は0.01%以上であることが好ましい。一方、Vを過剰に含有すると、母材の靭性低下および溶接熱影響部の靭性低下を招く。このため、Vを含有する場合には、V含有量は0.08%以下とし、0.05%以下であることが好ましい。
【0033】
Ti:0.03%以下
Tiは、Nとの結合力が強く、凝固時にTiNとして析出し、溶接時に溶接熱影響部のオーステナイト粒の粗大化を抑制するとともに、フェライト変態核として作用し溶接熱影響部の高靭性化に寄与する元素である。この効果を発揮させるため、Tiを含有する場合、その含有量は0.01%以上であることが好ましい。一方で、Tiを過剰に含有する場合、TiN粒の粗大化を促進し、上記した効果が期待できなくなる。このため、Tiを含有する場合には、Ti含有量は0.03%以下とし、0.02%以下であることが好ましい。
【0034】
Ca:0.0050%以下
Caは、硫化物の形態を制御する効果があり、母材の靭性および延性の向上に寄与する。また、Caは、Ca硫化物が鋼中に微細に分散した場合には、フェライト変態核として作用し、溶接熱影響部の高靭性化に寄与する元素である。これらの効果を発揮させるため、Caを含有する場合、その含有量は0.0010%以上であることが好ましい。一方で、Caを過剰に含有すると、過剰の介在物が生成され、靭性が低下する場合がある。このため、Caを含有する場合には、Ca含有量は0.0050%以下とし、0.0040%以下であることが好ましい。
【0035】
Pcmy:0.17~0.22
Pcmy=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/7+V/10+5B・・・式(1)
ただし、式(1)中における元素記号は各元素の含有量(質量%)を意味する。含有しない元素については0を代入する。
【0036】
式(1)で定義されるPcmyは、溶接割れ感受性指標として用いられるPcmのMoの係数を見直したものである。本発明では、溶接割れ性と鋼中成分の相関関係を調査した結果、従来から用いられているPcmに比べてMoの影響が大きい、すなわち、Mo添加による溶接割れが顕著に助長されることが明らかになった。その結果、溶接割れ感受性に及ぼすMo含有量の影響を従来よりも多く見積もったPcmy値を採用することにより、溶接割れ感受性と強度とのバランスをより安定して確保できることを知見した。上記式(1)により求められるPcmyの値が過度に大きいと、溶接低温割れが発生しやすくなり、溶極式ガスシールドアーク溶接(GMAW)や被覆アーク溶接(SMAW)などの溶接の際に予熱を必要とする。このため、Pcmyは0.22以下とし、0.21以下であることが好ましい。Pcmyは、強度とも大きく相関し、Pcmyが小さいと鋼の強度も低くなる。このため、本発明では、目的といる強度を得るため、Pcmyは0.17以上とし、0.18以上であることが好ましい。
【0037】
上記した元素以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。
【0038】
次に、本発明の非調質円形溶接鋼管のミクロ組織を限定した理由について説明する。以下の説明において、各組織の面積率はミクロ組織全体に対する面積率である。
【0039】
本発明が対象とする用途において、鋼管長手方向の引張特性は、引張試験を全厚試験片で実施することが一般的である。このように、引張試験が全厚試験片を用いて行われることを前提とすると、鋼管母材の板厚方向内部の十分広い領域において本発明のミクロ組織が達成されていれば、目標とする機械特性を満足できる。このため、本発明におけるミクロ組織を規定する位置を、鋼管母材の板厚をtとしたときに鋼管母材の表面から(1/8)t~(3/8)tの領域とする。ここで、鋼管母材の表面から(1/8)t~(3/8)tの領域とは、鋼管の外表面から(1/8)t~(3/8)tの領域と、鋼管の内表面から(1/8)t~(3/8)tの領域との、どちらか一方で達成されていれば本発明の範囲内とみなすことができる。これは、鋼管の素材となる鋼板の表面側と裏面側とでほぼ同等の材質となっていることが通常だからある。
【0040】
鋼管母材の表面から(1/8)t~(3/8)tの領域におけるミクロ組織:フェライトと該フェライトより硬質の第二相
本発明は、鋼管の母材を、軟質相と硬質相の複相組織に制御することで低降伏比化を達成し、その軟質相としてフェライトを用いる。硬質相は、ベイナイト、マルテンサイト、島状マルテンサイト(MA:Martensite-Austenite Constituent)、パーライト、などやその混合組織である。硬質相が複数の種類の組織で構成される場合でも、フェライト以外の組織全体を第二相と称する。
【0041】
鋼管母材の表面から(1/8)t~(3/8)tの領域におけるフェライトの面積率:30~70%
本発明は、鋼管の母材を、軟質相と硬質相の複相組織に制御することにより低降伏比化を達成する。低降伏比化の効果を発現するため、フェライトの面積率は30%以上とし、35%以上であることが好ましい。フェライトの面積率が過剰となると降伏比が大きくなるので、フェライトの面積率は70%以下とし、65%以下であることが好ましい。
【0042】
また、本発明では、上記した各組織の面積率の測定は、後述する実施例に記載の方法で行うことができる。
【0043】
鋼管母材の表面から(1/8)t~(3/8)tの領域におけるフェライトと第二相との硬度差:HV40~80
上述のように、軟質相(フェライト)と硬質相(フェライト以外の組織からなる第二相)の硬さの差が大きいほど、鋼管母材は低降伏比化する。その効果により鋼管長手方向の降伏比を85%以下に制御するためには、フェライトと第二相との硬度差がHV40以上を必要とするため、硬度差はHV40以上であり、HV45以上であることが好ましい。フェライトと第二相との硬度差が過度に大きいと、降伏応力が過度に低下するので、フェライトと第二相の硬度差の上限をHV80以下とし、HV75以下であることが好ましい。
【0044】
なお、本発明では、上記した各組織の硬度の測定は、後述する実施例に記載の方法で行うことができる。フェライトと第二相の硬度差とは、フェライトの硬度の平均値と、第二相の硬度の平均値と、の差である。
【0045】
本発明に係る鋼管は、鋼管長手方向で、引張強度:590MPa以上、かつ、降伏比:85%以下を有する。
【0046】
引張強度は、建築構造用高強度鋼管として要求される強度として、590MPa以上とする。耐震性向上に有効な特性として、降伏比は85%以下とする。
【0047】
本発明に係る鋼管は、建築構造用高強度鋼管として、管厚:12~80mm、外径:400~2000mm、管厚/外径の比が12%以下の場合に適用すると有効に効果が発揮される。
【0048】
次に、本発明の非調質円形溶接鋼管の製造方法について説明する。
【0049】
本発明では、上記した成分組成を有する鋼素材から鋼板を製造し、その鋼板に冷間、溶接を施して非調質円形溶接鋼管とする。また必要に応じて、溶接後に拡管を実施してもよい。以下、項目ごとに説明する。
【0050】
なお、本発明において、製造条件における温度はいずれも鋼素材あるいは鋼板の板厚中央温度とする。板厚中央温度は、板厚、表面温度および冷却条件等から、シミュレーション計算等により求められる。例えば、差分法を用い、板厚方向の温度分布を計算することにより、鋼素材や鋼板の板厚中央温度が求められる。
【0051】
[加熱工程]
鋼素材の加熱温度:1000~1250℃
上記した成分組成を有する鋼素材(スラブなど)を1000~1250℃に加熱する。
【0052】
鋼素材の加熱温度は、鋼管素材の強度、靭性に影響を及ぼす。鋼素材の加熱温度が1000℃未満では本発明で目的とする強度を得られず、一方1250℃を超えると靭性が確保できない。このため、加熱温度は1000~1250℃とする。
【0053】
[熱間圧延工程]
上述のとおり加熱された鋼素材を熱間圧延して、所望の板厚の熱延鋼板を製造する。熱間圧延の条件は、特に限定されるものではなく、常法を用いて製造すればよい。
【0054】
なお、後述の加速冷却開始温度を安定して確保できるよう、加速冷却開始温度に対して、適宜設定された圧延終了温度とすることが好ましい。
【0055】
[加速冷却工程]
上述の熱間圧延工程で製造された熱延鋼板に対して、加速冷却を実施する。
【0056】
加速冷却の開始温度:板厚中央温度で、(Ar3-70℃)~(Ar3-10℃)
加速冷却の開始温度は、本発明においてフェライトの面積率を制御する重要な因子である。鋼板温度が冷却中におけるフェライト変態開始温度であるAr3(℃)を下回るとフェライトが生成し、温度が下がるにつれて、フェライトの面積率が高くなる。加速冷却開始温度が(Ar3-10℃)より高いとフェライトの生成が少ない状態で加速冷却が始まることになり、冷却後に得られるミクロ組織において、フェライトの面積率が30%に達しない。よって、加速冷却の開始温度は、板厚中央温度で、(Ar3-10℃)以下とし、(Ar3-20℃)以下であることが好ましい。一方、加速冷却温度が(Ar3-70℃)を下回るとフェライトが過剰に生成した状態から加速冷却が始まることになり、冷却後に得られるミクロ組織において、フェライトの面積率が70%を超えてしまう。よって、加速冷却の開始温度は、板厚中央温度で、(Ar3-70℃)以上とし、(Ar3-60℃)以上であることが好ましい。
【0057】
なお、本発明において、Ar3は次の式で推定するものとする。
Ar3(℃)=910-310C-80Mn-20Cu-15Cr-55Ni-80Mo
ただし、式中における元素記号は各元素の含有量(質量%)を意味する。含有しない元素については0を代入する。
【0058】
加速冷却の冷却速度:3℃/s以上
加速冷却の冷却速度は、第二相の組織形態に影響を及ぼす。冷却速度が3℃/s未満では、第二相がパーライト主体となり、本発明で目的とする軟質相(フェライト)と硬質相(第二相)の硬度差が十分には大きくならない。このため、加速冷却の冷却速度は3℃/s以上とし、5℃/s以上であることが好ましい。なお、冷却速度は、冷却開始温度と冷却停止温度との差を冷却時間で除したものである。
【0059】
加速冷却の冷却停止温度:400℃超えかつ620℃以下
加速冷却の冷却停止温度は、硬質相の硬度を支配する重要な因子である。冷却停止温度が低くなればなるほど、変態組織である硬質相の強度は増加し硬度も高くなる。しかし、冷却停止温度が過度に低くなると硬質相の硬度が高くなりすぎ、軟質相(フェライト)と硬質相(第二相)の差が大きくなりすぎる。また、冷却停止温度が過度に低くなると、鋼板のひずみが発生しやすくなる。このため、冷却停止温度は400℃超えとし、450℃以上であることが好ましい。一方、冷却停止温度が高すぎると、硬質相の硬度が十分に高くならなかったり、あるいはパーライトが大量に生成したりして、軟質相(フェライト)と硬質相(第二相)の差が小さくなるおそれがある。このため、冷却停止温度は620℃以下とし、600℃以下であることが好ましい。
【0060】
[冷間加工工程]
加速冷却工程を経て製造された鋼板について、冷間成形で筒状に加工する、冷間加工を実施する。鋼板の長手方向が鋼管の管軸方向になるように加工することが一般的である。
【0061】
鋼板を筒状に加工する方法は特に限定されない。たとえば、鋼板をU字状に成形した後、O字型に成形するUO(UOE)法や、鋼板に対して3点曲げプレスを繰り返して筒状に成形するプレスベンド法、3本のロールを三角形状に配置して3支点で曲げ加工するロールベンド法、などの方法が適用される。
【0062】
[溶接工程]
冷間加工工程で筒状に成形された鋼管(まだ対向する板幅端部が閉じていないのでオープンシーム管とも称する)の対向する板幅端部を突き合わせて溶接する。たとえば、突合せ溶接予定部に対して、連続仮付け溶接装置を用いて前記溶接予定部を突き合わせて連続仮付け溶接し、その後、内面溶接、ついで外面溶接、の順番で本溶接を実施すればよい。本溶接の方法としては、特に限定されず、たとえば、サブマージドアーク溶接を用いることができる。
【0063】
[拡管工程]
溶接工程にて突き合わせ部の溶接が完了した溶接鋼管に対して、拡管を実施してもよい。拡管装置を用いて拡管することにより、鋼管の真円度を向上させることができる。拡管率は、鋼管の管厚や外径や強度や目標とする真円度に応じて、適宜、設定すればよい。
【0064】
以上のように、本発明によれば、圧延済の鋼板の再加熱を要する熱処理を施すことのない非調質の円形溶接鋼管を製造できる。
【0065】
なお、建築用部材として用いる場合には、例えば鋼管母材に用いる厚鋼板の板厚は12~80mmとすることが好ましい。
【実施例0066】
表1に示す成分組成の鋼を、連続鋳造法によりスラブとした後、表2に示す条件でスラブ加熱した後、表2に示す条件で熱間圧延工程を施し、表2に示す条件で加速冷却する冷却工程を施した後、空冷して厚鋼板とした。
【0067】
製造した厚鋼板は、UO成形(Uプレス成形+Oプレス成形(Oプレス圧縮率=0.3%))、プレスベンドで造管する冷間加工を施し、その後、突合せ部をシーム溶接して円形溶接鋼管とした。なお、一部の円形溶接鋼管は、溶接後に、拡管率=1.0%で拡管を施した。
【0068】
なお、表2に示した加速冷却の冷却速度は、熱伝導計算により1/2厚さ位置(=(1/2)t)について求めた。
【0069】
〔組織の特定、硬度の測定〕
ミクロ組織は、得られた円形溶接鋼管の母材(溶接部や熱影響部ではない部分)から採取したサンプルの鋼管長手方向(管軸方向)および管厚方向の両方に直交する断面を鏡面研磨した後、ナイタールエッチングを行い、光学顕微鏡で観察した。フェライトの面積率は、板厚をtとするとき、板厚方向(1/8)t~(7/8)tにかけて写真を撮影し、面積率を測定した。
【0070】
フェライトおよび第二相の硬度は、光学顕微鏡で観察したサンプルを用いて、荷重5gfのマイクロビッカースを用いて測定し、それぞれ10点の平均値を用いた。なお、第二相は、フェライト以外の部分(ナイタールエッチで細かい構造の組織になっている部分)のマイクロビッカースの圧痕が完全におさまる大きさの箇所について測定した。
【0071】
軟質相と硬質相の硬度差は、フェライトの硬度の平均値と第二相の硬度の平均値の差として求めた。
【0072】
〔引張強度の測定〕
引張試験は、鋼管母材の長手方向(管軸方向)から採取したJIS5号試験片を用いて実施し、引張強度(TS)と降伏応力(YS)を測定した。降伏応力(YS)は上降伏点を用い、上降伏点が発生しなかった鋼管については、0.2%耐力を用いた。降伏比(YR)は降伏応力/引張強度で算出して求めた。得られた結果を表3に示す。
【0073】
本発明では、降伏比は85%以下を合格とし、引張強度は590MPa以上、降伏応力は440MPa以上をそれぞれ合格とした。
【0074】
〔溶接性の評価〕
溶接性の評価はJIS Z3158で規定されるy割れ試験を行い評価した。溶接は、予熱温度25℃で溶接材料LB32を用いた100%COガスを用いたSMAWで170A-24V-150mm/min.の条件で行った。
【0075】
断面割れが発生しなかった場合に「割れなし」とし、断面割れが発生した場合に「割れあり」とした。
【0076】
表3に、得られた鋼管母材のミクロ組織、引張料試験結果を示す。
【0077】
【表1】
【0078】
【表2】
【0079】
【表3】
【0080】
表3に示すように、本発明で規定する製造条件で製造した溶接鋼管は、本発明の目標性能(TS:590MPa以上、YR:85%以下)を満たしている。これに対して、本発明で規定する製造条件を満たしていない円形溶接鋼管は、上記本発明の目標性能を満たしていない。