(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024126254
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】圧電素子応用デバイス
(51)【国際特許分類】
H10N 30/853 20230101AFI20240912BHJP
H10N 30/20 20230101ALI20240912BHJP
B06B 1/06 20060101ALI20240912BHJP
B41J 2/14 20060101ALI20240912BHJP
【FI】
H10N30/853
H10N30/20
B06B1/06 Z
B41J2/14 305
B41J2/14 613
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023034524
(22)【出願日】2023-03-07
(71)【出願人】
【識別番号】000002369
【氏名又は名称】セイコーエプソン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100179475
【弁理士】
【氏名又は名称】仲井 智至
(74)【代理人】
【識別番号】100216253
【弁理士】
【氏名又は名称】松岡 宏紀
(74)【代理人】
【識別番号】100225901
【弁理士】
【氏名又は名称】今村 真之
(72)【発明者】
【氏名】板山 泰裕
(72)【発明者】
【氏名】堀場 靖央
(72)【発明者】
【氏名】竹内 正浩
【テーマコード(参考)】
2C057
5D107
【Fターム(参考)】
2C057AF51
2C057AG55
2C057AN01
2C057BA04
2C057BA14
5D107AA02
5D107BB06
5D107CC02
(57)【要約】
【課題】振動板の変位量を向上させることを可能とする圧電素子応用デバイスを提供する。
【解決手段】本発明の圧電素子応用デバイスは、酸化シリコンからなる振動板と、振動板の上方に形成された第1電極と、第1電極および、振動板の上方に形成されたシード層と、シード層上に形成され、カリウムとナトリウムとニオブとを含む圧電体層と、圧電体層上に形成された第2電極と、を備え、振動板は、さらにカリウムとナトリウムを含み、振動板および圧電体層における2次イオン質量分析において、振動板におけるカリウムの強度は、圧電体層におけるカリウムの強度に比べて低く、振動板におけるナトリウムの強度は、圧電体層におけるナトリウムの強度に比べて低い。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化シリコンからなる振動板と、
前記振動板の上方に形成された第1電極と、
前記第1電極および、前記振動板の上方に形成されたシード層と、
前記シード層上に形成され、カリウムとナトリウムとニオブとを含む圧電体層と、
前記圧電体層上に形成された第2電極と、
を備え、
前記振動板は、さらにカリウムとナトリウムを含み、
前記振動板および前記圧電体層における2次イオン質量分析において、
前記振動板におけるカリウムの強度は、前記圧電体層におけるカリウムの強度に比べて低く、
前記振動板におけるナトリウムの強度は、前記圧電体層におけるナトリウムの強度に比べて低い
ことを特徴とする圧電素子応用デバイス。
【請求項2】
前記振動板と前記第1電極との間には、酸化チタンを含む層を有することを特徴とする請求項1に記載の圧電素子応用デバイス。
【請求項3】
前記シード層は、ビスマスと鉄とチタンと鉛とを含むことを特徴とする請求項1に記載の圧電素子応用デバイス。
【請求項4】
前記振動板は、シリコン基板上に形成され、
前記シリコン基板は圧力室を有し、
前記振動板の内、前記圧力室の壁面の一部を形成する領域を第1領域とした場合、
前記圧電体の厚み方向から見て、前記第1電極は、前記第1領域を覆うことを特徴とする請求項1に記載の圧電素子応用デバイス。
【請求項5】
前記振動板の内、前記第1領域および前記第1領域以外の第2領域における2次イオン質量分析において、
前記第1領域におけるカリウムの強度の平均値は、前記第2領域におけるカリウムの強度の平均値に比べて低く、
前記第1領域におけるナトリウムの強度の平均値は、前記第2領域におけるナトリウムの強度の平均値に比べて低いことを特徴とする請求項4に記載の圧電素子応用デバイス。
【請求項6】
前記振動板におけるカリウムの強度は、前記第1電極におけるカリウムの強度に比べて高く、
前記振動板におけるナトリウムの強度は、前記第1電極におけるナトリウムの強度に比べて高いことを特徴とする請求項1に記載の圧電素子応用デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電素子応用デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
圧電素子は、一般に、基板と、電気機械変換特性を有する圧電体層と、圧電体層を挟持する2つの電極と、を有している。このような圧電素子を駆動源として用いたデバイス(圧電素子応用デバイス)の開発が、近年、盛んに行われている。圧電素子応用デバイスの一つとして、インクジェット式記録ヘッドに代表される液体噴射ヘッド、圧電MEMS素子に代表されるMEMS要素、超音波センサー等に代表される超音波測定装置、更には、圧電アクチュエーター装置等がある。
【0003】
圧電素子の圧電体層の材料(圧電材料)として、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が知られている。しかし近年は、環境負荷低減の観点から、鉛の含有量を抑えた非鉛系の圧電材料の開発が進められている。
【0004】
非鉛系の圧電材料の1つとして、たとえば、特許文献1のように、ニオブ酸カリウムナトリウム(KNN;(K,Na)NbO3)が提案されている。
具体的に、特許文献1には、第1電極と、第2電極と、第1電極と第2電極との間に設けられた、カリウム、ナトリウムおよびニオブを含むペロブスカイト型の複合酸化物からなる薄膜の圧電体層(KNN系圧電体層)と、を備える圧電素子が開示されている。また特許文献1には、基板上に形成された二酸化シリコンからなる弾性膜と、弾性膜上に形成された酸化ジルコニウムからなる絶縁体膜と、により構成される振動板が開示されている。特許文献1に開示の酸化ジルコニウムからなる絶縁体膜は、圧電体層を構成するカリウム等の成分の基板側への拡散を抑制する機能を備える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のとおり、これまで非鉛系の圧電材料の1つとしてKNNを用いた圧電素子(KNN系圧電素子)が提案されてきた。しかしながら、KNN系圧電体層の変位特性は、従来の鉛系の圧電体層(例えば、PZT圧電体層)の変位特性に比べて小さいことが知られており、基板の一部を弾性膜とした圧電素子およびそれを備える圧電素子応用デバイス(圧電デバイス)においては、PZT圧電体層をKNN圧電体層に置き換えるだけでは振動板の変位量が低下し、圧電デバイスとしての要件仕様を満たせない場合がある。
【0007】
このような事情から、振動板の変位量を向上させることを可能とするKNN系圧電素子が求められている。
【0008】
なお、このような問題はインクジェット式記録ヘッドに代表される液体噴射ヘッドに搭載された圧電アクチュエーターに限定されず、他の圧電素子応用デバイスにおいても同様に存在する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明の一つの態様によれば、酸化シリコンからなる振動板と、前記振動板の上方に形成された第1電極と、前記第1電極および、前記振動板の上方に形成されたシード層と、前記シード層上に形成され、カリウムとナトリウムとニオブとを含む圧電体層と、前記圧電体層上に形成された第2電極と、を備え、前記振動板は、さらにカリウムとナトリウムを含み、前記振動板および前記圧電体層における2次イオン質量分析において、前記振動板におけるカリウムの強度は、前記圧電体層におけるカリウムの強度に比べて低く、前記振動板におけるナトリウムの強度は、前記圧電体層におけるナトリウムの強度に比べて低いことを特徴とする圧電素子応用デバイスが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】第1実施形態の記録装置の概略構成を示す斜視図である。
【
図2】
図1の記録装置の記録ヘッドの分解斜視図である。
【
図3】
図1の記録装置の記録ヘッドの平面図である。
【
図6】実施例1の二次イオン質量分析法の測定結果を示す図である。
【
図7】実施例2の二次イオン質量分析法の測定結果を示す図である。
【
図8】比較例1の二次イオン質量分析法の測定結果を示す図である。
【
図9】比較例2の走査電子顕微鏡(SEM)像である。
【
図10】第1実施形態の圧電素子の二次イオン質量分析法の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して本発明の実施形態を説明する。以下の説明は、本発明の一態様を示すものであって、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で任意に変更可能である。なお、各図面において同じ符号を付したものは同一の部材を示しており、適宜説明が省略されている。参照符号を構成する文字の後の数字は、同じ文字を含んだ参照符号によって参照され、且つ同様の構成を有する要素同士を区別するために使用される。同じ文字を含んだ参照符号で示される要素を相互に区別する必要がない場合、これらの要素はそれぞれ文字のみを含んだ参照符号により参照される。
【0012】
各図面においてX,Y及びZは、互いに直交する3つの空間軸を表している。本明細書では、これらの軸に沿った方向を、それぞれ第1の方向X(X方向)、第2の方向Y(Y方向)及び第3の方向Z(Z方向)とし、各図の矢印の向かう方向を正(+)方向、矢印の反対方向を負(-)方向として説明する。X方向及びY方向は、板、層及び膜の面内方向を表し、Z方向は、板、層及び膜の厚さ方向又は積層方向を表す。
【0013】
また、各図面において示す構成要素、即ち、各部の形状や大きさ、板、層及び膜の厚さ、相対的な位置関係、繰り返し単位等は、本発明を説明する上で誇張して示されている場合がある。更に、本明細書の「上」という用語は、構成要素の位置関係が「直上」であることを限定するものではない。例えば、後述する「基板上の第1電極」や「第1電極上の圧電体層」という表現は、基板と第1電極との間や、第1電極と圧電体層との間に、他の構成要素を含むものを除外しない。
【0014】
(第1実施形態)
(圧電素子応用デバイス)
まず、本発明の第1実施形態に係る圧電素子応用デバイスの一例である記録ヘッドを備えた液体噴射装置の一例であるインクジェット式記録装置について、図面を参照して説明する。
図1は、インクジェット式記録装置の概略構成を示す斜視図である。
【0015】
インクジェット式記録装置(記録装置)Iでは、
図1に示すように、インクジェット式記録ヘッドユニット(ヘッドユニット)IIが、カートリッジ2A,2Bに着脱可能に設けられている。カートリッジ2A,2Bは、インク供給手段を構成している。ヘッドユニットIIは、後述する複数のインクジェット式記録ヘッド(記録ヘッド)1(
図2等参照)を有しており、キャリッジ3に搭載されている。キャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に、軸方向に対して移動自在に設けられている。これらのヘッドユニットIIやキャリッジ3は、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出可能に構成されている。
【0016】
そして、駆動モーター6の駆動力が、図示しない複数の歯車及びタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達され、ヘッドユニットIIを搭載したキャリッジ3が、キャリッジ軸5に沿って移動されるようになっている。一方、装置本体4には搬送手段としての搬送ローラー8が設けられており、紙等の記録媒体である記録シートSが搬送ローラー8により搬送されるようになっている。なお、記録シートSを搬送する搬送手段は、搬送ローラーに限られずベルトやドラム等であってもよい。
【0017】
記録ヘッド1には、圧電アクチュエーター装置として、後に詳述する圧電素子300(
図2等参照)が用いられている。圧電素子300を用いることによって、記録装置Iにおける各種特性(耐久性やインク噴射特性等)の低下を回避することができる。
【0018】
次に、液体噴射装置に搭載される液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッド(記録ヘッド)1について、図面を参照して説明する。
図2は、記録ヘッド1の概略構成を示す分解斜視図である。
図3は、記録ヘッド1の概略構成を示す平面図である。
図4は、
図3のA-A′線断面図である。なお、
図2から
図4は、それぞれ記録ヘッド1の構成の一部を示したものであり適宜省略されている。
【0019】
図示するように、流路形成基板(基板)10は、シリコン(Si)を含む。例えば、基板10は、シリコン(Si)単結晶基板からなる。
【0020】
基板10は、複数の隔壁11によって区画された圧力発生室12(以下、「圧力室10」とも称する。)が形成されている。圧力室12は、同じ色のインクを吐出する複数のノズル開口21が併設される方向(+X方向)に沿って並設されている。
【0021】
基板10のうち、圧力室12の一端部側(+Y方向側)には、インク供給路13と連通路14とが形成されている。インク供給路13は、圧力室12の一端部側の開口の面積が小さくなるように構成されている。また、連通路14は、+X方向において、圧力室12と略同じ幅を有している。連通路14の外側(+Y方向側)には、連通部15が形成されている。連通部15は、マニホールド100の一部を構成する。マニホールド100は、各圧力室12の共通のインク室となる。このように、基板10には、圧力室12、インク供給路13、連通路14及び連通部15からなる液体流路が形成されている。
【0022】
基板10の一方の面(-Z方向側の面)上には、例えばSUS製のノズルプレート20が接合されている。ノズルプレート20には、+X方向に沿ってノズル開口21が並設されている。ノズル開口21は、各圧力室12に連通している。ノズルプレート20は、接着剤や熱溶着フィルム等によって基板10に接合することができる。
【0023】
基板10の他方の面(+Z方向側の面)上には、振動板50が形成されている。振動板50は、酸化シリコンからなり、例えば二酸化シリコン(SiO
2)からなる。
振動板50は、基板10と別部材でなくてもよい。例えば、シリコンからなる基板10の+Z方向側の表層(表面含む)の一部を熱酸化により酸化シリコンに変質させることで、これを振動板50として使用してもよい。
後に説明する
図5では、基板10の他方の面(+Z方向側の面)側の表面に振動板50が積層された例を示しているが、基板10と振動板50とが一体化されてもよい。
【0024】
振動板50上には、第1電極60、シード層(配向制御層)57、圧電体層70と、および第2電極80が形成されている。第1電極60の一端部側(連通路14とは反対側)には、リード電極90が接続されている。
【0025】
第1電極60、シード層(配向制御層)57、圧電体層70、第2電極80それぞれの構成、材質等の詳細は、後に説明する。
【0026】
本実施形態では、電気機械変換特性を有する圧電体層70の変位によって、振動板50及び第1電極60が変位する。即ち、振動板50及び第1電極60が、実質的に振動板としての機能を有している。ただし、実際には、圧電体層70の変位によって第2電極80も変位しているので、振動板50、第1電極60、圧電体層70及び第2電極80が順次積層された領域が、圧電素子300の可動部(振動部ともいう)として機能する。なお、本明細書において、振動板50の内、振動部として機能する領域、すなわち圧力室12の壁面の一部を形成する領域を「第1領域R1」と称して説明する。
【0027】
圧電素子300が形成された基板10(振動板50)上には、保護基板30が接着剤35により接合されている。保護基板30は、マニホールド部32を有している。マニホールド部32により、マニホールド100の少なくとも一部が構成されている。本実施形態のマニホールド部32は、保護基板30を厚さ方向(Z方向)に貫通しており、更に圧力室12の幅方向(+X方向)に亘って形成されている。そして、マニホールド部32は、基板10の連通部15と連通している。これらの構成により、各圧力室12の共通のインク室となるマニホールド100が構成されている。
【0028】
保護基板30には、圧電素子300を含む領域に、圧電素子保持部31が形成されている。圧電素子保持部31は、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有している。この空間は、密封されていても密封されていなくてもよい。保護基板30には、保護基板30を厚さ方向(Z方向)に貫通する貫通孔33が設けられている。貫通孔33内には、リード電極90の端部が露出している。
【0029】
保護基板30の材料としては、例えば、Si、SOI、ガラス、セラミックス材料、金属、樹脂等が挙げられるが、基板10の熱膨張率と略同一の材料で形成されていることがより好ましい。
【0030】
保護基板30上には、信号処理部として機能する駆動回路120が固定されている。駆動回路120は、例えば回路基板や半導体集積回路(IC:Integrated Circuit)を用いることができる。駆動回路120及びリード電極90は、貫通孔33を挿通させたボンディングワイヤー等の導電性ワイヤーからなる接続配線121を介して電気的に接続されている。駆動回路120は、プリンターコントローラー200(
図1参照)に電気的に接続可能である。このような駆動回路120が、圧電アクチュエーター装置(圧電素子300)の制御手段として機能する。
【0031】
また、保護基板30上には、封止膜41及び固定板42からなるコンプライアンス基板40が接合されている。封止膜41は、剛性が低い材料からなり、固定板42は、金属等の硬質の材料で構成することができる。固定板42のマニホールド100に対向する領域は、厚さ方向(Z方向)に完全に除去された開口部43となっている。マニホールド100の一方の面(+Z方向側の面)は、可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0032】
このような記録ヘッド1は、次のような動作で、インク滴を吐出する。
まず、図示しない外部インク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、マニホールド100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たす。その後、駆動回路120からの記録信号に従い、圧力室12に対応するそれぞれの第1電極60と第2電極80との間に電圧を印加し、圧電素子300を撓み変形させる。これにより、各圧力室12内の圧力が高まり、ノズル開口21からインク滴が吐出される。
【0033】
(圧電素子)
次に、記録ヘッド1の圧電アクチュエーター装置として用いられる圧電素子300の構成について、図面を参照して詳細に説明する。
図5は、
図4のB-B′線拡大断面図である。
【0034】
圧電素子300は、
図5に示すように、基板10と、基板10上に形成された振動板50と、振動板50上に形成された第1電極60と、第1電極60上に形成され、カリウムとナトリウムとニオブとを含む圧電体層70と、圧電体層70上に形成された第2電極80と、を備える。
【0035】
基板10には、複数の隔壁11によって区画された圧力室12が設けられている。このような構成により、圧電素子300の可動部が形成される。
【0036】
基板10の他方の面(+Z方向側の面)上には、振動板50が形成されている。振動板50は、酸化シリコンからなり、例えば二酸化シリコン(SiO2)からなる。
【0037】
振動板50の厚みは、例えば、200nm以上、10000nm以下である。
【0038】
従来の圧電素子の振動板としては、酸化シリコン膜とその上に積層した酸化ジルコニウム(Zr2O)膜とからなる積層構造が採用される場合が多かった。しかし、本実施形態の記録ヘッド1においては、振動板50として酸化シリコン膜を採用し、かつこの酸化シリコン膜上に第1電極60を設けることを特徴とする。つまり、本実施形態の記録ヘッド1は、振動板として酸化ジルコニウム膜は適用しない。これにより、振動板50の剛性を低下させることができ、圧電定数が比較的低いKNN系の圧電体層であっても、振動板50の変位量を向上させることができる。
【0039】
一方、単に、振動板として酸化ジルコニウム膜を省略すると、圧電体層の構成元素が振動板側へ拡散しすぎてしまい、圧電体層全体の組成バランスが崩れてしまうおそれがある。さらに、振動板内の拡散元素量が増大すると、振動板と圧電体層との密着性または振動板と第1電極層との密着性が低下し、層が剥離するおそれもあった。
【0040】
そこで、本実施形態では、振動板50を酸化シリコンからなる層の単層とする。振動板50の材質が、酸化シリコン以外の材料である場合、圧電体層70からの元素拡散を十分に抑制できないおそれがある。よって、振動板50は、酸化シリコンからなるものとする。
【0041】
このように、本実施形態では、酸化シリコンからなる振動板50を用いることにより、圧電体層70から振動板50側へのカリウム、ナトリウム等の拡散をより抑制することができる。具体的には、振動板50および圧電体層70における2次イオン質量分析(SIMS分析)において、振動板50におけるカリウムの強度は、圧電体層70におけるカリウムの強度に比べて低く、かつ、振動板50におけるナトリウムの強度は、圧電体層70におけるナトリウムの強度に比べて低いことを特徴とする。なお、本明細書でいう、2次イオン質量分析における「強度」とは、各要素内における平均の強度を意味する。
【0042】
上記の通り、振動板50と圧電体層70との密着性を確保しつつ、振動板50の変位量を向上させるためには、振動板50を酸化シリコン層の単層(つまり、従来のZrO2膜を省略)とすることで振動板50全体の剛性を低下させつつ、カリウム、ナトリウム等の振動板50への拡散を抑制することが有効である。そこで本実施形態では、振動板50中におけるカリウムおよびナトリウムの拡散量を、上記のようにSIMS分析による強度(SIMS強度)でもって規定する。すなわち、振動板50におけるカリウムおよびナトリウムの各強度を、圧電体層70におけるカリウムおよびナトリウムの各強度に比べて低くすることで、圧電体層70の圧電定数を低下させることなく、振動板50の変位量を向上させることができる。
【0043】
振動板50へのカリウム、ナトリウムの拡散量の具体的な低減手段については、上記の振動板50を酸化シリコン層の単層とする方法の他、シード層57の材料の最適化、圧電体層70の成膜時の条件の最適化等が有効である。
【0044】
第1電極60の材料としては、白金(Pt)やイリジウム(Ir)等の貴金属やこれらの酸化物が好適である。第1電極60の材料は、導電性を有する材料であればよい。第1電極60の厚みは特に限定されないが、例えば、10nm~200nmである。
【0045】
第1電極60は、密着層56を介して形成されてもよい。この場合、密着層は、例えば、酸化チタン(TiOX)を含む層である。その他、例えばチタン(Ti)を含む層や窒化シリコン(SiN)を含む層が密着層56として挙げられる。密着層は、圧電体層70と振動板50との密着性を向上させる機能を有する。密着層56は、後述する圧電体層70を形成する際に、圧電体層70の構成元素であるカリウム及びナトリウムが第1電極60を透過して基板10に過度に侵入するのを低減するストッパーとしての機能も有する。なお、密着層は省略可能である。
【0046】
第1電極60におけるカリウムの強度は、振動板50におけるカリウムの強度に比べて低く、かつ、第1電極60におけるナトリウムの強度は、振動板50におけるナトリウムの強度に比べて低くてもよい。
【0047】
第1電極60は、圧力室12毎に設けられてもよい。つまり、第1電極60は、圧力室12毎に独立する個別電極として構成されてもよい。この場合、第1電極60は、±X方向において、圧力室12の幅よりも小さく形成されている。
【0048】
また、第1電極60は、±Y方向において、圧力室12の幅よりも広く形成されている。すなわち、±Y方向において、第1電極60の両端部は、振動板50の圧力室12に対向する領域(第1領域R1)より外側まで形成されている。換言するに、圧電体層70の厚み方向(±Z方向)から見て、第1電極60は、第1領域R1を覆うように形成されている。
【0049】
振動板50の可動領域である第1領域R1を覆うように第1電極60を設けることで、圧電体層70を構成するカリウムやナトリウムなどが振動板50側へ拡散することを抑制することができる。振動板50へカリウムやナトリウム等が過剰に拡散してしまうと、振動板50の脆化が進行し、繰り返し駆動に伴って脆性破壊を招く場合がある。そのため、振動板50の第1領域R1を、カリウムやナトリウムが拡散を抑制するように第1電極60によって覆うことで、圧電デバイスとしての寿命を向上させることができる。第1電極60の幅は、±Y方向において、圧力室12の幅と同じであってもよいが、上記各元素の拡散をより抑制する観点からは、圧力室12の幅よりも広く形成されていることが好ましい。
【0050】
図10は、本実施形態の圧電素子におけるSIMS分析の結果である。なお、
図10に示すSIMS分析結果は、振動板50と、第1電極60と、圧電体層70において実施したものであり、シード層を省略している。
図10に示すように、第1電極60の下方の振動板50、すなわち第1領域R1においては、第1電極60と振動板50との界面付近においてナトリウムやカリウムの強度が一旦上がってはいるものの、その後は急峻に強度が下がっていることが分かる。このことから、第1領域R1を覆うように第1電極60を設けることで、カリウムやナトリウムなどの第1領域R1側への拡散を抑制できることが分かる。
【0051】
また、第1領域R1を覆うように第1電極60を設ける場合、第1領域R1におけるカリウムの強度の平均値は、第1領域R1以外の領域(第2領域R2)におけるカリウムの強度の平均値に比べて低く、第1領域R1におけるナトリウムの強度の平均値は、第2領域R2におけるナトリウムの強度の平均値に比べて低くなる。これは、
図10および、後述する(実施例1)の
図6を比較することでも明らかであり、第2領域R2のように第1電極を介さずに振動板上に圧電体層が存在している方(実施例1相当)が、カリウムやナトリウムなどの拡散が進行するためである。すなわち、第1電極60によって覆われた第1領域R1の方が、第1電極60によって覆われていない第2領域R2よりも、カリウムやナトリウムの拡散がより抑制されるため、第1領域R1におけるカリウムおよびナトリウムの各強度は、第2領域R2におけるカリウムおよびナトリウムの各強度に比べてより低くなる。
【0052】
このように可動領域である第1領域R1のカリウムおよびナトリウムの各強度を下げることで、第1領域R1の脆化をより抑制でき、圧電デバイスとしての寿命をさらに向上させることができる。
【0053】
第1電極60と圧電体層70との間には、シード層(配向制御層)57が設けられている。密着層56が形成されている場合は、密着層56上にシード層57を設けてもよい。シード層57は、圧電体層70を構成する圧電体の結晶の配向性を制御する機能を有する。すなわち、第1電極60上にシード層57を設けることで、圧電体層70を構成する圧電体の結晶を、所定の面方位(例えば、(100)面)に優先配向させることができる。圧電体層70の結晶配向性を高めることで、ドメイン回転を効率よく利用し、圧電体層70の変位特性を向上させることが可能である。
【0054】
シード層57の厚みは、例えば、1nm以上50nm以下である。
【0055】
シード層57の材質としては、例えば、ビスマス、鉄、チタン、鉛を含む化合物、リチウムおよびニオブの酸化物(LiNbO)、亜鉛酸化物酸化物(ZnO)が挙げられるが、中でも、ビスマス、鉄、チタン、鉛を含む化合物が好ましい。シード層57の材料としてビスマス、鉄、チタン、鉛を含む化合物を用いることで、KNN系の圧電体層70の結晶構造をより安定化させることができる。つまり、LiNbOをシード層57として用いて圧電体層70を成膜することで、カリウムやナトリウムの圧電体層70内での安定度を増大させることができるため、結果として、カリウムやナトリウムの振動板50や基板19側への拡散をより抑制することができる。このような観点から、シード層57は、振動板50と圧電体層70との間にも設けられることが好ましい。
【0056】
圧電体層70は、第1電極60と第2電極80との間に設けられている。圧電体層70は、厚みが500nm以上3000nm以下の、いわゆる薄膜の圧電体である。ここで、「薄膜の圧電体」とは、基板上に結晶成長させることで形成された圧電体である。圧電体層70は、±X方向において、第1電極60の幅よりも広い幅で形成されている。また、圧電体層70は、±Y方向において、圧力室12の±Y方向の長さよりも広い幅で形成されている。圧電体層70のインク供給路13側(+Y方向側)の端部は、第1電極60の+Y方向側の端部よりも外側まで形成されている。つまり、第1電極60の+Y方向側の端部は、圧電体層70によって覆われている。一方、圧電体層70のリード電極90側(-Y方向側)の端部は、第1電極60の-Y方向側の端部よりも内側(+Y方向側)にある。つまり、第1電極60の-Y方向側の端部は、圧電体層70によって覆われていない。
【0057】
圧電体層70は、(100)面に優先配向した多結晶からなることが好ましい。このように圧電体層70を(100)面に優先配向させることで、ドメインの回転を効率良く利用し、変位特性を向上させることができる。
【0058】
なお、「(100)面に優先配向する」とは、圧電体層70の全ての結晶が(100)面に配向している場合と、ほとんどの結晶(50%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上の結晶)が(100)面に配向している場合を含む。
【0059】
また、圧電体層70が多結晶からなる場合、面内における応力が分散して均等になるので、圧電素子300の応力破壊が生じ難く、素子としての信頼性が向上したものとなる。
【0060】
圧電体層70は、MOD法やゾル-ゲル法等の溶液法(液相法や湿式法ともいう)や、スパッタリング法などの気相法により形成される。本実施形態の圧電体層70は、カリウム(K)と、ナトリウム(Na)と、ニオブ(Nb)と、を含む一般式ABO3で示されるペロブスカイト型の複合酸化物である。すなわち、圧電体層70は、下記式(1)で表されるKNN系の複合酸化物からなる圧電材料を含む。
【0061】
(KX,Na1-X)NbO3 ・・・ (1)
(0.1≦X≦0.9)
【0062】
圧電体層70を構成する圧電材料は、KNN系の複合酸化物であればよく、上記式(1)で表される組成に限定されない。たとえば、ニオブ酸カリウムナトリウムのAサイトやBサイトに、他の金属元素(添加物)が含まれていてもよい。このような添加物の例としては、マンガン(Mn)、リチウム(Li)、バリウム(Ba)、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)、ビスマス(Bi)、タンタル(Ta)、アンチモン(Sb)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、銀(Ag)、マグネシウム(Mg)、亜鉛(Zn)及び銅(Cu)等が挙げられる。
【0063】
この種の添加物は、1つ以上含んでいてもよい。一般的に、添加物の量は、主成分となる元素の総量に対して20%以下、好ましくは15%以下、より好ましくは10%以下である。添加物を利用することにより、各種特性を向上させて構成や機能の多様化を図りやすくなるが、KNNが80%より多く存在するのがKNNに由来する特性を発揮する観点から好ましい。なお、これら他の元素を含む複合酸化物である場合も、ABO3型ペロブスカイト構造を有するように構成されることが好ましい。
【0064】
また、本明細書において「K、Na及びNbを含むペロブスカイト型の複合酸化物」は、「K、Na及びNbを含むABO3型ペロブスカイト構造の複合酸化物」であり、K、Na及びNbを含むABO3型ペロブスカイト構造の複合酸化物のみに限定されない。すなわち、本明細書において「K、Na及びNbを含むペロブスカイト型の複合酸化物」は、K、Na及びNbを含むABO3型ペロブスカイト構造の複合酸化物(例えば、上記に例示したKNN系の複合酸化物)と、ABO3型ペロブスカイト構造を有する他の複合酸化物と、を含む混晶として表される圧電材料を含む。
【0065】
他の複合酸化物は、本実施形態の範囲で限定されないが、鉛(Pb)の含有量が0.1at%以下である非鉛系圧電材料であることが好ましい。また、他の複合酸化物は、鉛(Pb)及びビスマス(Bi)の含有量が0.1at%以下である非鉛系圧電材料であることがより好ましい。これらによれば、生体適合性に優れ、また環境負荷も少ない圧電素子300となる。
【0066】
第2電極80は、+X方向に亘って、圧電体層70及び振動板50上に連続して設けられている。つまり、第2電極80は、複数の圧電体層70に共通する共通電極として構成されている。本実施形態では、第1電極60が圧力室12に対応して独立して設けられた個別電極を構成し、第2電極80が圧力室12の並設方向に亘って連続的に設けられた共通電極を構成しているが、第1電極60が共通電極を構成し、第2電極80が個別電極を構成してもよい。
【0067】
第2電極80の材料は、白金(Pt)やイリジウム(Ir)等の貴金属やこれらの酸化物が好適である。第2電極80の材料は、導電性を有する材料であればよい。第1電極60の材料と第2電極80との材料は、同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0068】
以上説明した第1実施形態に係る圧電素子応用デバイス(記録ヘッド1)によれば、酸化シリコンからなる振動板50と用い、かつ振動板50におけるカリウムおよびナトリウムの各SIMS強度を、圧電体層70におけるカリウムおよびナトリウムの各SIMS強度に比べて低く制限することにより、振動板50と圧電体層70との密着性を確保しつつ、振動板50の変位量を向上させることできる。
【0069】
(他の実施形態)
上記第1実施形態では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は、液体噴射ヘッド全般に適用可能であり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレイ等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレイ、FED(電界放出ディスプレイ)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオチップ製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等がある。
【0070】
また、上記で説明した圧電素子300は、液体噴射ヘッドに搭載される圧電素子に限られず、他の圧電素子応用デバイスに搭載される圧電素子にも適用することができる。圧電素子応用デバイスの一例としては、超音波デバイス、モーター、圧力センサー、焦電素子、強誘電体素子などが挙げられる。また、これらの圧電素子応用デバイスを利用した完成体、たとえば、上記液体等噴射ヘッドを利用した液体等噴射装置、上記超音波デバイスを利用した超音波センサー、上記モーターを駆動源として利用したロボット、上記焦電素子を利用したIRセンサー、強誘電体素子を利用した強誘電体メモリーなども、圧電素子応用デバイスに含まれる。
【0071】
また、上記で挙げた各要素の寸法(例えば、厚み)、形状などはいずれも一例であり、本実施形態の要旨を変更しない範囲内で変更可能である。
【0072】
(圧電素子応用デバイスの製造方法)
次に、圧電素子応用デバイス(記録ヘッド1)の製造方法の一例について、説明する。なお、以下では、圧電体層70を化学溶液法(湿式法)により製造する場合について説明しているが、圧電体層70の製法としては湿式法に限定されず、気相法であっても構わない。
【0073】
まず、シリコンを含む基板(以下「ウェハー」ともいう)を準備し、基板を熱酸化することによって、その表面に、二酸化シリコン(SiO2)からなる振動板50を形成する。
【0074】
次いで、振動板50上に、第1電極60を、常法(スパッタリング法や蒸着法等)により形成する。第1電極60は、密着層56(例えば、酸化チタン)を介して形成されてもよい。密着層56を形成する場合は、密着層56、第1電極605を、同時にパターニングするとよい。密着層56、第1電極60のパターニングは、例えば、反応性イオンエッチング(RIE:Reactive Ion Etching)、イオンミリング等のドライエッチングや、エッチング液を用いたウェットエッチングにより行うことができる。なお、密着層56、第1電極60のパターニングにおける形状は、特に限定されない。
【0075】
次に、パターニング後の第1電極60上、および振動板50を覆うように、シード層57を形成する。シード層57は、例えば、金属錯体を含む溶液(前駆体溶液)を塗布乾燥し、更に高温で焼成することで金属酸化物を得る化学溶液法(湿式法)により形成することができる。シード層57の材質としては、例えば、ビスマス、鉄、チタン、鉛を含む化合物、リチウムおよびニオブの酸化物(LiNbO)、亜鉛酸化物酸化物(ZnO)が挙げられる。
【0076】
次に、シード層57上に、圧電体膜を複数層形成する。
圧電体層70は、これら複数層の圧電体膜によって構成される。また、圧電体層70は、例えばMOD法やゾル-ゲル法等の溶液法(化学溶液法)により形成することができる。溶液法によって圧電体層70を形成することで、圧電体層70の生産性を高めることができる。溶液法によって形成された圧電体層70は、前駆体溶液を塗布する工程(塗布工程)から前駆体膜を焼成する工程(焼成工程)までの一連の工程を複数回繰り返すことによって形成される。
【0077】
圧電体層70を溶液法で形成する場合の具体的な手順は、例えば次のとおりである。
まず、所定の金属錯体を含む前駆体溶液を調整する。前駆体溶液は、焼成によりK、Na及びNbを含む複合酸化物を形成しうる金属錯体を、有機溶媒に溶解又は分散させたものである。このとき、Mn等の添加物を含む金属錯体を更に混合してもよい。
【0078】
Kを含む金属錯体としては、2-エチルヘキサン酸カリウム、酢酸カリウム等が挙げられる。Naを含む金属錯体としては、2-エチルヘキサン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム等が挙げられる。Nbを含む金属錯体としては、2-エチルヘキサン酸ニオブ、ペンタエトキシニオブ等が挙げられる。添加物としてMnを加える場合、Mnを含む金属錯体としては、2-エチルヘキサン酸マンガン等が挙げられる。このとき、2種以上の金属錯体を併用してもよい。例えば、Kを含む金属錯体として、2-エチルへキサン酸カリウムと酢酸カリウムとを併用してもよい。溶媒としては、2-nブトキシエタノール若しくはn-オクタン又はこれらの混合溶媒等が挙げられる。前駆体溶液は、K、Na、Nbを含む金属錯体の分散を安定化する添加剤を含んでもよい。このような添加剤としては、2-エチルヘキサン酸等が挙げられる。
【0079】
そして、第1電極60が形成された振動板50上に、上記の前駆体溶液を塗布して、前駆体膜を形成する(塗布工程)。
【0080】
次いで、この前駆体膜を所定温度、例えば150℃~250℃程度に加熱して一定時間乾燥させる(乾燥工程)。乾燥工程での平均昇温速度は、50℃~100℃/secとするのが好適である。溶液法を用いてこのような昇温レートで圧電体膜を焼成することで、擬立方晶でない圧電体層70が実現できる。
【0081】
次に、乾燥させた前駆体膜を所定温度、例えば300℃~450℃に加熱し、この温度で一定時間保持することによって脱脂する(脱脂工程)。
【0082】
脱脂工程での加熱温度は、前駆体膜中の元素の振動板側への拡散を抑制する観点から、450℃以下とすることが好ましい。より好ましくは、400℃以下である、一方、脱脂工程の加熱温度が過度に低いと残留C(カーボン)による配向異常となるおそれがある。そのため、加熱温度は350℃以上とすることが好ましい。
【0083】
脱脂工程での加熱時間は、前駆体膜中の元素の振動板側への拡散を抑制する観点から、10分以下とすることが好ましい。より好ましくは、5分以下である、一方、脱脂工程の加熱時間が過度に短いと脱脂不良となるおそれがある。そのため、加熱時間は2分以上とすることが好ましい。
【0084】
最後に、脱脂した前駆体膜を比較的高い温度、例えば650℃~750℃程度に加熱し、この温度で一定時間保持することによって結晶化させる。これにより、圧電体膜が完成する(焼成工程)。
【0085】
焼成工程での加熱温度は、前駆体膜中の元素の振動板側への拡散を抑制する観点から、750℃以下とすることが好ましい。より好ましくは、700℃以下である、一方、焼成工程の加熱温度が過度に低いと焼成不足となり結晶化が不十分となるおそれがある。そのため、加熱温度は650℃以上とすることが好ましい。
【0086】
焼成工程での加熱時間は、前駆体膜中の元素の基板側への拡散を抑制する観点から、10分以下とすることが好ましい。より好ましくは、5分以下である、一方、焼成工程の加熱時間が過度に短いと焼成不良となり結晶化が不十分となるおそれがある。そのため、加熱時間は2分以上とすることが好ましい。
【0087】
乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置やホットプレート等が挙げられる。上記の工程を複数回繰り返して、複数層の圧電体膜からなる圧電体層70を形成する。尚、塗布工程から焼成工程までの一連の工程において、塗布工程から脱脂工程までを複数回繰り返した後に、焼成工程を実施してもよい。
【0088】
また、圧電体層70上に第2電極80を形成する前後で、必要に応じて600℃~800℃の温度域で再加熱処理(ポストアニール)を行ってもよい。このようにポストアニールを行うことで、圧電体層70と第1電極60との良好な界面、および圧電体層70と第2電極80との良好な界面を形成することができ、且つ圧電体層70の結晶性を改善することができる。
【0089】
焼成工程の後、複数の圧電体膜からなる圧電体層70を、
図5に示すような形状にパターニングする。パターニングは、反応性イオンエッチングやイオンミリング等のドライエッチングや、エッチング液を用いたウェットエッチングによって行うことができる。
【0090】
その後、圧電体層70上に第2電極80を形成する。第2電極80は、第1電極60と同様の方法により形成できる。
【0091】
以上の工程により、第1電極60と圧電体層70と第2電極80とを備えた圧電素子300が製造される。
【0092】
その後、圧電素子300が形成された基板10(振動板50)上に、常法によって、保護基板30を設け(
図2参照)、さらに、それぞれの圧電素子300に対応する圧力室12の他、インク供給路13、連通路14、および連通部15(
図2参照)など、各要素を形成する。
以上の工程によって、圧電素子応用デバイス(記録ヘッド1)のチップの集合体が完成する。この集合体を個々のチップに分割することにより、圧電素子応用デバイス(記録ヘッド1)が得られる。
【実施例0093】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0094】
(実施例1)
まず、基板となるシリコン基板(6インチ)の表面を熱酸化し、基板上に二酸化シリコンからなる振動板を形成することで、下地基板を得た。
【0095】
次いで、以下の手順で下地基板上に圧電体層を形成した。
まず、2-エチルヘキサン酸カリウム、2-エチルヘキサン酸ナトリウム、2-エチルヘキサン酸リチウム、2-エチルヘキサン酸ニオブ、2-エチルヘキサン酸マンガンから成る前駆体溶液を用いて、スピンコート法により前記下地基板上に塗布して前駆体膜を形成した(塗布工程)。
【0096】
その後、前駆体膜を180℃で乾燥し(乾燥工程)、次いで、380℃で3分の脱脂を行った(脱脂工程)。
次いで、脱脂した前駆体膜に対し、RTA(Rapid Thermal Annealing)を使用して、700℃で3分の加熱処理を施し、圧電体膜を形成した(焼成工程)。この塗布工程から焼成工程までの工程を、クラックが確認されるまで複数回繰り返し行い、複数層の圧電体膜からなるKNN系の圧電体層を作製した。
【0097】
(実施例2)
上記下地基板の作成において熱酸化を実施せず、基板上に圧電体層を形成した。それ以外は実施例1と同じとした。なお、振動板は、焼成工程等における加熱処理により、基板の表層の一部が酸化されて形成された二酸化シリコン膜を利用した。
【0098】
(比較例1)
基板上にZr膜をスパッタリング法で成膜し、Zr膜表面を熱酸化させて、基板上に二酸化ジルコニウム(ZrO2)からなる振動板を形成することで、下地基板を得た。それ以外は実施例1と同じとした。
【0099】
(比較例2)
圧電体層の材料をAlN膜とすること以外は実施例1と同じとした。
【0100】
上述した各実施例、比較例について、下記の元素拡散の確認、および層間剥離の確認を行った。
【0101】
<元素拡散の確認>
圧電体層の振動板側への元素拡散の確認は、二次イオン質量分析(SIMS)装置(「IMS-7f セクター型」CAMECA社製)を用いて実施した。1次イオンに、15keVのCs+を10nAのビーム電流100μm角にラスタースキャンし、中心33μmφから負の2次イオンを検出した。チャージアップの防止には、電子銃を使用した。
【0102】
<層間剥離の確認>
走査電子顕微鏡(SEM)を用いた観察にて、層間剥離の有無を判断した。具体的には、日立製走査型電子顕微鏡S-4700にて、10kVの加速電圧にて、倍率100kにて観察し、層間剥離の状態を確認した。
【0103】
(試験結果)
比較例2は、圧電体層の材料としてAlNを使用したことで、基板側にAlが多く拡散してしまい、結果、圧電体層と基板との間で層間剥離が発生してしまった。
【0104】
図6は、振動板50としてSiO
2膜を用いた実施例1の分析結果であり、
図7は、振動板50としてSiO
2薄膜を用いた実施例2の分析結果であり、
図8は、振動板としてZrO
2膜を用いた比較例1の分析結果である。なお、
図6~9はともに、圧電体層から基板側に向かって分析した結果であり、分析時間(横軸)の経過とともに、基板側に向かった分析結果が示されている。
【0105】
図6、7に示すように、振動板としてSiO
2からなる膜のみを用いた場合は、圧電体層との界面を過ぎてからも、圧電体層を構成するカリウム(K)やナトリウム(Na)の濃度が、急激に下がることなく緩やかに低下する傾向であった。このことから、振動板としてSiO
2膜を用いた場合は、圧電体層の構成元素が振動板側に多少拡散していると考えられる。しかし、実施例1、2においては、圧電体層と振動板との間の層間剥離は発生しておらず、密着性を確保できていた。
【0106】
一方、
図8に示すように、振動板としてSiO
2膜とZrO
2膜との積層膜を用いた場合は、圧電体層を構成するカリウム(K)やナトリウム(Na)の濃度が急激に低下し、振動板側への元素拡散は確認されず、層間剥離も確認されなかったものの、振動板全体の剛性が増大したことにより、実施例1、2よりも変位量が低下すると考えられる。
これらのことから、圧電体層と振動板との密着性を確保しつつ、振動板の剛性を低減させて変位量を向上させるためには、振動板としてSiO
2からなる膜を用いることが好適であることが分かる。
I…インクジェット式記録装置(液体噴射装置)、II…インクジェット式記録ヘッドユニット(ヘッドユニット)、1…インクジェット式記録ヘッド(液体噴射ヘッド)、10…基板、12…圧力室、13…インク供給路、14…連通路、15…連通部、20…ノズルプレート、21…ノズル開口、30…保護基板、31…圧電素子保持部、32…マニホールド部、40…コンプライアンス基板、50…振動板、57…シード層(配向制御層層)、60…第1電極、70…圧電体層、80…第2電極、90…リード電極、100…マニホールド、300…圧電素子、R1…第1領域