(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024126407
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】クラッド鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240912BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20240912BHJP
C22C 38/06 20060101ALI20240912BHJP
C22C 38/40 20060101ALI20240912BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20240912BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20240912BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C23C26/00 B
C22C38/06
C22C38/40
C21D9/00 Z
C21D8/02 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023034768
(22)【出願日】2023-03-07
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)日本金属学会2023年春期(第172回)講演大会のウェブサイト ウェブサイトのアドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/jim2023spring/top?lang=ja ウェブサイトへの掲載日 令和5年2月21日(火)
(71)【出願人】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大野 直子
(72)【発明者】
【氏名】長野 太郎
【テーマコード(参考)】
4K032
4K042
4K044
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA13
4K032BA01
4K032CA02
4K032CB00
4K042AA26
4K042BA01
4K042BA06
4K042CA01
4K042CA07
4K042CA11
4K042DA06
4K042DC02
4K042DC04
4K042DC05
4K044AA03
4K044AB02
4K044BA02
4K044BA06
4K044BB01
4K044BB03
4K044BC02
4K044BC11
4K044CA02
4K044CA07
4K044CA31
4K044CA62
(57)【要約】
【課題】FeCrAlフェライト系合金の使用量をなるべく低く抑えつつ、高い強度を有するクラッド鋼板及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の要旨は以下である。
(1)
母材鋼板であるオーステナイト系ステンレス鋼板と、
前記母材鋼板の少なくとも片面に形成されたFeCrAlフェライト系合金層と、を有するクラッド鋼板であって、
前記FeCrAlフェライト系合金層は、質量%で、Cr:12~22%、Al:5~10%を含有し、残部がFe及び不純物であることを特徴とする、クラッド鋼板。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材鋼板であるオーステナイト系ステンレス鋼板と、
前記母材鋼板の少なくとも片面に形成されたFeCrAlフェライト系合金層と、を有するクラッド鋼板であって、
前記FeCrAlフェライト系合金層は、質量%で、Cr:12~22%、Al:5~10%を含有し、残部がFe及び不純物であることを特徴とする、クラッド鋼板。
【請求項2】
前記オーステナイト系ステンレス鋼板と前記FeCrAlフェライト系合金層との間にには厚さ10μm以上30μm未満の拡散層が形成されていることを特徴とする、請求項1に記載のクラッド鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載のクラッド鋼板を製造するクラッド鋼板の製造方法であって、
前記オーステナイト系ステンレス鋼板の表面と、質量%で、Cr:12~22%、Al:5~10%を含有し、残部がFe及び不純物であるFeCrAlフェライト系合金板の表面とを少なくとも#2000まで研磨する研磨工程と、
前記オーステナイト系ステンレス鋼板の研磨面と、前記FeCrAlフェライト系合金板の研磨面とを合わせ、1000~1100℃、1×10-1Paよりも高真空で前記オーステナイト系ステンレス鋼板と前記FeCrAlフェライト系合金板とを30MPa以上のプレス圧力で5~30分プレスする前処理工程と、
大気中で前記オーステナイト系ステンレス鋼板の表面温度が1050~1150℃となるまで加熱し、次いで前記オーステナイト系ステンレス鋼板と前記FeCrAlフェライト系合金板との積層体を前記オーステナイト系ステンレス鋼板の表面温度が800℃以上となるときの圧下率が1.4以上1.6未満となるように熱間圧延する熱間圧延工程と、を含むことを特徴とする、クラッド鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クラッド鋼板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば特許文献1に開示されるクラッド鋼板は、鋼板の表面に様々な合わせ材を圧着することで、クラッド鋼板の表面に母材となる鋼板とは異なる特性を付与することができるので、有用な技術である。
【0003】
ところで、例えば核融合炉の炉壁の冷却には液体金属(鉛、鉛ビスマス、鉛リチウム等)が用いられる。この液体金属が流れる配管の材料には、高い耐食性が求められる。具体的には、液体金属中の元素が配管の材料中に溶出する。さらに、液体金属が配管の材料の表面を削り取るようにして配管を減肉させる。これらの現象はエロ-ジョン・コロージョンと称される。したがって、配管の材料には、エロ-ジョン・コロージョンに対する高い耐食性が求められる。なお、液体金属が流れる配管が使用される装置は核融合炉に限られない。核融合炉以外の装置に使用される配管においても、液体金属に対する高い耐食性が求められる。例えば、原子炉においても液体金属が流れる配管が使用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
耐食性の高い鋼板として、オーステナイト系ステンレス鋼板が知られている。しかし、このオーステナイト系ステンレス鋼板も上述したエロ-ジョン・コロージョンに対する耐食性が十分に高いとは言えない。そこで、近年、エロ-ジョン・コロージョンに対する耐食性を高めた金属材料として、FeCrAlフェライト系合金が開発された。FeCrAlフェライト系合金は、その表面にアルミナ(Al2O3)被膜を形成する。このアルミナ被膜がエロ-ジョン・コロージョンに対する高い耐食性を示す。
【0006】
ただし、FeCrAlフェライト系合金はフェライト系合金であるため、高温での強度が低い。一方、核融合炉等の装置は高温下(例えば500℃以上)で使用されることが多いので、これらの装置に使用される配管には、高温下での強度が求められる。そこで、FeCrAlフェライト系合金の高温下での強度を高めるために、析出強化、分散強化を行うことが提案されている。析出強化・分散強化を行って微細組織の制御を行ったFeCrAlフェライト系合金は高温下でも高い強度を示す。しかし、析出強化・分散強化を行ったFeCrAlフェライト系合金は非常に高価である。例えば、市場に存在する析出強化・分散強化型FeCrAlフェライト系合金として、Kanthal(登録商標)APMT、FeCrAl-ODSが知られているが、Kanthal(登録商標)APMT、FeCrAl-ODSは粉末冶金で作製されているため、大量生産が困難で、価格も高い。さらに、FeCrAlフェライト系合金に含まれるAlは、放射能汚染されやすい元素であるため(中性子に配管等の構造材が晒された後の誘導放射能の問題)、FeCrAlフェライト系合金を核融合炉の配管に用いる場合、FeCrAlフェライト系合金の使用量をなるべく低く抑えることが好ましい。特に、配管が炉心に近いほど、FeCrAlフェライト系合金の使用量を低くすることが好ましい。
【0007】
上記をまとめると、液体金属が流れる配管の材料には、FeCrAlフェライト系合金の使用量をなるべく低く抑えつつ、高い強度を有することが求められていた。
【0008】
また、大気や水蒸気による酸化が問題となる高温環境下での構造物にも、FeCrAlフェライト系合金の適用が期待される。このような構造物においても、FeCrAlフェライト系合金の使用量をなるべく低く抑えつつ、高い強度を有する材料が求められていた。
【0009】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、FeCrAlフェライト系合金の使用量をなるべく低く抑えつつ、高い強度を有するクラッド鋼板及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の要旨は以下である。
(1)
母材鋼板であるオーステナイト系ステンレス鋼板と、
前記母材鋼板の少なくとも片面に形成されたFeCrAlフェライト系合金層と、を有するクラッド鋼板であって、
前記FeCrAlフェライト系合金層は、質量%で、Cr:12~22%、Al:5~10%を含有し、残部がFe及び不純物であることを特徴とする、クラッド鋼板。
(2)
前記オーステナイト系ステンレス鋼板と前記FeCrAlフェライト系合金層との間にには厚さ10μm以上30μm未満の拡散層が形成されていることを特徴とする、請求項1に記載のクラッド鋼板。
(3)
(1)または(2)に記載のクラッド鋼板を製造するクラッド鋼板の製造方法であって、
前記オーステナイト系ステンレス鋼板の表面と、質量%で、Cr:12~22%、Al:5~10%を含有し、残部がFe及び不純物であるFeCrAlフェライト系合金板の表面とを#2000まで研磨する研磨工程と、
前記オーステナイト系ステンレス鋼板の研磨面と、前記FeCrAlフェライト系合金板の研磨面とを合わせ、1000~1100℃、1×10-1Paよりも高真空で前記オーステナイト系ステンレス鋼板と前記FeCrAlフェライト系合金板とを30MPa以上のプレス圧力で5~10分プレスする前処理工程と、
大気中で前記オーステナイト系ステンレス鋼板の表面温度が1050~1150℃となるまで加熱し、次いで前記オーステナイト系ステンレス鋼板と前記FeCrAlフェライト系合金板との積層体を前記オーステナイト系ステンレス鋼板の表面温度が800℃以上となるときの圧下率が1.4以上1.6未満となるように熱間圧延する熱間圧延工程と、を含むことを特徴とする、クラッド鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の上記観点によれば、FeCrAlフェライト系合金の使用量をなるべく低く抑えつつ、高い強度を有するクラッド鋼板及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の実施形態であるクラッド鋼板の構成を模式的に示す側面図である。
【
図2】本実施形態に係るクラッド鋼板の界面構造を示す反跳電子像(COMPO像)である。
【
図3】前処理工程後の積層体の界面構造を示す反跳電子像である。
【
図4A】本実施形態に係るクラッド鋼板の界面構造を示す反跳電子像である。
【
図4B】クラッド鋼板の厚さ方向の元素分布を示すグラフである。
【
図4C】クラッド鋼板の厚さ方向の元素分布を詳細に示すグラフである。
【
図5】オーステナイト系ステンレス鋼板と拡散層との間にクラックが形成されていることを示す反跳電子像である。
【
図6】引張せん断試験を行うための試験片を模式的に示す側面図(a)及び平面図(b)である。
【
図7】クラッド鋼板の表面近傍の元素マッピングの結果の一例を示すグラフである。(a)はFeCrAlフェライト系合金層の表面及びその近傍の反跳電子像であり、(b)は(a)に対応する酸素の元素マッピングの結果であり、(c)は(a)に対応するAlの元素マッピングの結果である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<1.クラッド鋼板>
まず、
図1~2に基づいて、本実施形態に係るクラッド鋼板1の構成について説明する。
図1はクラッド鋼板の構成を模式的に示す側面図である。
図2はクラッド鋼板1の界面構造を示す反跳電子像である。
【0014】
クラッド鋼板1は、母材鋼板であるオーステナイト系ステンレス鋼板2と、合わせ材であるFeCrAlフェライト系合金層3と、拡散層4とを備える。
【0015】
オーステナイト系ステンレス鋼板2は、常温においてもオーステナイト組織を示すステンレス鋼である。オーステナイト系ステンレス鋼板2の種類は特に制限されず、公知のオーステナイト系ステンレス鋼板を特に制限なく使用することができる。オーステナイト系ステンレス鋼板2の成分も特に制限されず、公知のオーステナイト系ステンレス鋼板が有する成分を有していればよい。一例として、オーステナイト系ステンレス鋼板2は、質量%(オーステナイト系ステンレス鋼板2の総質量に対する質量%)で、Cr:15~20%、Ni:8~22%を含有し、残部がFe及び不純物で構成される。オーステナイト系ステンレス鋼板2の化学組成は燃焼赤外線吸収法、ICP発光分光分析法、不活性ガス融解法などにより測定することができる。
【0016】
Crはオーステナイト系ステンレス鋼板2の耐食性に寄与する元素である。例えばクラッド鋼板1を液体金属が流れる配管に使用する場合、オーステナイト系ステンレス鋼板2は配管の外側(大気側)に向けられる。配管は高温になりやすいので、配管の周囲の大気も高温になりやすい。Crは、このような高温大気中でのオーステナイト系ステンレス鋼板2の腐食を防ぐ。Niはオーステナイト系ステンレス鋼板2のFeをオーステナイト単相に保ち、さらにオーステナイト系ステンレス鋼板2の加工性を高める。不純物は、オーステナイト系ステンレス鋼板2を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入するものである。
【0017】
オーステナイト系ステンレス鋼板2の厚さは特に制限されず、クラッド鋼板1の用途等に応じて適宜調整されればよい。ただし、FeCrAlフェライト系合金層の使用量をなるべく低くするという観点からは、FeCrAlフェライト系合金層3の厚さ以上であることが好ましく、例えば5.0~10.0mm程度であってもよい。
【0018】
FeCrAlフェライト系合金層3は、常温でフェライト組織を示す合金層であり、クラッド鋼板1に高い耐食性を付与する合金層である。FeCrAlフェライト系合金層3は、例えば質量%で、Cr:12~22%、Al:5~10%を含有し、残部がFe及び不純物で構成される。FeCrAlフェライト系合金層3の化学組成は、例えば走査型電子顕微鏡に付属するエネルギーまたは波長分散型X線分光法(SEM-EDSやWDS)で測定される。また、FeCrAlフェライト系合金層3の表面(すなわち、クラッド鋼板1のFeCrAlフェライト系合金層3側の表面)には、アルミを主成分とする酸化膜が形成されている。FeCrAlフェライト系合金層3の表面にアルミを主成分とする酸化膜が形成されていることは、例えば反跳電子像観察とEDSまたはWDS分析とを組み合わせることで確認できる。すなわち、クラッド鋼板1の厚さ方向に平行な断面のうち、FeCrAlフェライト系合金層3の表面近傍を反跳電子像観察すると、黒色の膜が観察される。この膜をEDS分析すると、AlとOが検出される。これにより、FeCrAlフェライト系合金層3の表面にアルミを主成分とする酸化膜が形成されていることが確認できる。EDS分析による元素マッピングの結果の一例を
図7(a)~(c)に示す。
図7(a)はFeCrAlフェライト系合金層3の表面及びその近傍の反跳電子像である。
図7(a)中、明るく見える部分がFeCrAlフェライト系合金層3であり、黒く見える部分は樹脂である。樹脂部分とFeCrAlフェライト系合金層3との界面がFeCrAlフェライト系合金層3の表面に相当する。
図7(b)は(a)に対応する酸素の元素マッピングの結果であり、
図7(c)は(a)に対応するAlの元素マッピングの結果である。
図7(b)、(c)はEDS分析により得られたものである。
図7(b)及び(c)を見ると、樹脂部分とFeCrAlフェライト系合金層3との界面において画像が明るくなっていることがわかる。これは、樹脂部分とFeCrAlフェライト系合金層3との界面に酸素またはAlが存在することを示す。したがって、
図7に示される通り、FeCrAlフェライト系合金層3の表面にアルミを主成分とする酸化膜が形成されていることが確認できる。
【0019】
CrはAlと相乗してFeCrAlフェライト系合金層3の表面に耐食性のアルミを主成分とする酸化膜を形成する。アルミを主成分とする酸化膜は、高温(例えば900℃以上)の環境でFeCrAlフェライト系合金層3の表面に形成される。後述するように、クラッド鋼板1の製造工程でFeCrAlフェライト系合金層3は高温(900℃以上)に晒されるので、FeCrAlフェライト系合金層3の表面にアルミを主成分とする酸化膜が形成される。
【0020】
したがって、クラッド鋼板1を液体金属が流れる配管に使用する場合、FeCrAlフェライト系合金層3は配管の内側(液体金属側)に向けられる。FeCrAlフェライト系合金層3は高温の(例えば、核融合炉の内部から熱を奪って高温となった)液体金属に接触する。しかし、FeCrAlフェライト系合金層3の表面にはアルミを主成分とする酸化膜が形成されているので、クラッド鋼板1の腐食(例えばエロ-ジョン・コロージョン)を防ぐことができる。
【0021】
Feの主な組成はフェライト相となっている。好ましくは、Feはフェライト単相となっている。不純物はFeCrAlフェライト系合金層3の原料となるFeCrAlフェライト系合金板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入するものである。
【0022】
FeCrAlフェライト系合金層3の原料となるFeCrAlフェライト系合金板は、例えば溶解法または粉末冶金法で製造された合金板である。FeCrAlフェライト系合金板は、例えばKanthal(登録商標)APMT、FeCrAl-ODSである。
【0023】
FeCrAlフェライト系合金層3の厚さは特に制限されないが、FeCrAlフェライト系合金の使用量をなるべく低く抑えるという観点からは、オーステナイト系ステンレス鋼板2の厚さ以下であることが好ましく、例えば0.1~5.0mm程度であってもよい。
【0024】
拡散層4は、オーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金層3との間に形成される。具体的には、オーステナイト系ステンレス鋼板2からオーステナイト系ステンレス鋼板2の成分がFeCrAlフェライト系合金層3側に拡散し、かつ、FeCrAlフェライト系合金層3の成分がオーステナイト系ステンレス鋼板2側に拡散することで形成される。
【0025】
拡散層4の化学組成は、クラッド鋼板1に使用されるオーステナイト系ステンレス鋼板2及びFeCrAlフェライト系合金層3の化学組成によって変動しうる。例えば、拡散層4は、質量%で、Cr:17~20%、Ni:0~10%、Al:0~5質量%を含有し、残部がFe及び不純物で構成されてもよい。拡散層4の化学組成は、走査型電子顕微鏡に付属するエネルギーまたは波長分散型X線分光法(SEM-EDSやWDS)により測定することができる。
【0026】
拡散層4の厚さは10μm以上30μm未満である。拡散層4の厚さがこの範囲内の値となる場合に、オーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金層3とが強固に接合される。
【0027】
拡散層4の厚さはクラッド鋼板1の厚さ方向の元素分析をSEM-EDS(エネルギー分散型X線分光検出器)またはWDS(波長分散型X線分光検出器)で行うことで測定することができる。
図4B、Cは、EDSによる線分析の結果を示す。具体的には、
図4B、Cは、クラッド鋼板1の表面(FeCrAlフェライト系合金層3側の表面)からのクラッド鋼板1の厚さ方向の距離(すなわち深さ)と、各深さ位置における各元素の質量%との関係をEDS線分析で分析した結果を示すグラフである。このグラフを深さ0μmから深さ方向にトレースし、Niの質量%がバックグラウンドレベル(約0%)を超えた点を拡散層4とFeCrAlフェライト系合金層3とのFeCrAl合金側の拡散層開始地点Pとする。そして、当該グラフをさらにトレースし、Niの質量%がオーステナイト系ステンレス鋼板2のNi濃度に等しくなった点を拡散層4とオーステナイト系ステンレス鋼板2とのオーステナイト系ステンレス鋼板2側の拡散層終了地点Qとする。そして、拡散層開始地点Pから拡散層終了地点Qまでの距離を拡散層4の厚さとする。ここで、拡散層開始地点Pと拡散層終了地点Qとのおよそ中間地点であって、アルミを主成分とする酸化膜が存在する面を接合界面Rとする。拡散層開始地点P、拡散層終了地点Q、接合界面Rの反跳電子像における位置の一例を
図4Aに示した。
【0028】
図2は接合界面Rを含む界面構造を示す反跳電子像である。図中「SUS316L」はオーステナイト系ステンレス鋼板2を示し、「APMT」はFeCrAlフェライト系合金層3を示す。オーステナイト系ステンレス鋼板2よりもFeCrAlフェライト系合金層3の方がやや暗く見えるが、これはAlによるものである。図中の黒い点はアルミを主成分とする酸化膜を示す。アルミを主成分とする酸化膜はオーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金層3との接合強度を弱めるので、なるべく分散して分布していることが好ましい。
図2から明らかな通り、接合界面Rにおいてアルミを主成分とする酸化膜が分散して分布している。したがって、オーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金層3とは強固に接合されている。なお、詳細は
図3を用いて後述するが、前処理工程の段階では、オーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金板3’の接合界面R’にアルミを主成分とする酸化膜が切れ目なく分布している(アルミを主成分とする酸化膜を形成している)ため、オーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金板3’との接合強度が弱い。
【0029】
本実施形態によれば、高強度のオーステナイト系ステンレス鋼板2の表面にFeCrAlフェライト系合金層3が形成されているので、FeCrAlフェライト系合金の使用量をなるべく低く抑えつつ、高い強度を有するクラッド鋼板1を提供することができる。
【0030】
<2.クラッド鋼板の製造方法>
つぎに、本実施形態に係るクラッド鋼板1の製造方法について説明する。まず、オーステナイト系ステンレス鋼板2及びFeCrAlフェライト系合金板3’を準備する。ここで、FeCrAlフェライト系合金板3’はFeCrAlフェライト系合金層3の原料であり、質量%で、Cr:12~22%、Al:5~10%を含有し、残部がFe及び不純物である。
【0031】
(2-1.研磨工程)
まず、研磨工程を行う。研磨工程では、オーステナイト系ステンレス鋼板2の表面と、FeCrAlフェライト系合金板3’の表面とを少なくとも#2000まで研磨する。これにより、各表面に存在する酸化膜を除去する。
【0032】
(2-2.前処理工程)
ついで、前処理工程を行う。前処理工程では、オーステナイト系ステンレス鋼板2の研磨面と、FeCrAlフェライト系合金板3’の研磨面とを合わせ、オーステナイト系ステンレス鋼板の表面温度が1000~1100℃となるまで加熱し、1×10-1Paよりも高真空でオーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金板3’とを30MPa以上のプレス圧力で5~30分プレスする。これにより、オーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金板3’との積層体を作製する。
【0033】
前処理工程時のオーステナイト系ステンレス鋼板2の表面温度は、オーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金板3’との接合性を高める観点から高いことが好ましく、具体的には、1000℃以上で両者の接合性が改善する。一方で、温度が1100℃を超えるとFeCrAlフェライト系合金板3’からオーステナイト系ステンレス鋼板2にAlが過剰に拡散し、拡散層4’(前処理工程によりオーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金板3’との間に形成された層)が過剰に厚くなる。このような拡散層4’は割れの原因となるので、上述した範囲内で生成することが好ましい。また、FeCrAlフェライト系合金板3’からオーステナイト系ステンレス鋼板2にAlが過剰に拡散すると、FeCrAlフェライト系合金板3’中のAlが少なくなり、FeCrAlフェライト系合金板3’のアルミを主成分とする酸化膜生成能力が低下する。したがって、前処理工程時の温度は1000~1100℃が好ましい。より好ましくは1050℃である。
【0034】
FeCrAlフェライト系合金板3’からオーステナイト系ステンレス鋼板2へのAlの拡散はプレス温度が高いほど、また、プレス時間が長いほど進む。ただし、あまりにプレス時間が短いと拡散層4’が過剰に厚くなり、オーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金板3’との接合強度が小さくなる。このため、前処理工程のプレス時間は5~30分が好ましい。
【0035】
前処理工程は、1×10
-1Paよりも高真空で、30MPa以上のプレス圧力で行う。これは、オーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金板3’との接合界面R’(オーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金板3’とを合わせた面)に存在する酸素(空気中の酸素)をなるべく排除し、接合界面R’に接合強度を低下させるCr
2O
3被膜、Al
2O
3被膜をなるべく生成しないようにするためである。
図3は前処理工程によって作製された積層体の界面構造を示す反跳電子像である。
図3に示すように、上述した条件で前処理工程を行っても、接合界面R’にアルミを主成分とする酸化膜は生成される(黒い点が接合界面R’に集中している)。しかし、このアルミを主成分とする酸化膜は、つぎの熱間圧延工程で破壊される。
【0036】
(2-3.熱間圧延工程)
つぎに、熱間圧延工程を行う。熱間圧延工程では、大気中でオーステナイト系ステンレス鋼板2の表面温度(大気中に露出している表面温度)が1050~1150℃となるまで加熱し、次いでオーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金板3’との積層体をオーステナイト系ステンレス鋼板2の表面温度が800℃以上となるときの圧下率が1.4以上1.6未満となるように熱間圧延する。これにより、クラッド鋼板1が作製される。
【0037】
熱間圧延工程時の温度は、オーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金板3’との接合性を高める観点から高いことが好ましく、具体的には、1050℃以上で両者の接合性が改善する。一方で、温度が1150℃を超えるとクラッド鋼板1の機械的強度が低下する。したがって、熱間圧延工程時の温度は1050~1150℃が好ましい。より好ましくは1070~1085℃である。
【0038】
圧延ロールの送り速度は特に制限されないが、0.44m/s以上が好ましい。これにより、本実施形態に係るクラッド鋼板1をより確実に製造することができる。
【0039】
ちなみに、熱間圧延工程時のロールの温度は室温である。このため、熱間圧延前にはオーステナイト系ステンレス鋼板2の表面温度は1050℃以上まで加熱されるが、圧延の工程中に室温のロールと接触することによってオーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金板3’は冷却される。熱間圧延は、オーステナイト系ステンレス鋼板2の表面温度が800℃以上(好ましくは850℃以上)となるときの圧下率が1.4以上1.6未満となるように行われる。ここで、圧下率は、熱間圧延前の積層体の厚さを熱間圧延後の積層体(すなわち、クラッド鋼板1)の厚さで除した値である。これにより、クラッド鋼板1におけるオーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金層3との接合性が改善される。つまり、圧下率を1.4以上とすることで、接合界面R’に存在するアルミを主成分とする酸化膜が破壊され、新たな接合界面Rが露出し、FeCrAlフェライト系合金層3とオーステナイト系ステンレス鋼板2とが強固に接合される。圧下率が1.6以上となる場合、オーステナイト系ステンレス鋼板2とFeCrAlフェライト系合金層3との変形能の違いから、オーステナイト系ステンレス鋼板2と拡散層4との間(拡散層終了地点Q)にクラックが生じる。
図5は、オーステナイト系ステンレス鋼板2と拡散層4との間(拡散層終了地点Q)に生じたクラックを示す反跳電子像である。
【0040】
以上述べた通り、本実施形態に係るクラッド鋼板1及びその製造方法では、母材鋼板としてオーステナイト系ステンレス鋼板2を用いつつ、合わせ材としてFeCrAlフェライト系合金を使用しているので、FeCrAlフェライト系合金の使用量をなるべく低く抑えつつ、高い強度を有するクラッド鋼板1及びその製造方法を提供することができる。
【0041】
<3.クラッド鋼板の用途>
クラッド鋼板1は、例えば液体金属が流れる配管に好適に使用される。この液体金属は、例えば核融合炉の炉壁の冷却に使用される液体金属である。その他、500℃以上の鉛系およびリチウム系液体金属が通る厳しい腐食環境で使用される、液体金属冷却高速炉、原子炉、核融合炉液体金属増殖ブランケットの配管材に好適に使用される。
【0042】
また、大気や水蒸気による酸化が問題となる高温環境下での構造物にも好適に使用される。具体的には、合わせ材のFeCrAlフェライト系合金層3が300~400℃においてはCr2O3被膜を、900~1200℃の高温で保護性のα-Al2O3被膜を形成するため、沸騰水型原子炉の炉水に接触していてオーステナイト系ステンレス鋼板2が使用されているシュラウドなどの部材において、過酷事故時の水蒸気酸化による水素発生を抑制し、安全を担保することが可能である。
【実施例0043】
Kanthal(登録商標)APMT(Fe-22Cr-6Al、数値は質量%を示す)丸棒と市販のオーステナイト系ステンレス鋼板(SUS316L、18Cr-12Ni-2.5Mo、数値は質量%を示す)とをそれぞれ幅10mm×長さ25mm×厚さ5mm(APMT),10mm(SUS)に切断した。切断はワイヤ放電加工機を用いて行った。具体的には、ワイヤ半径0.100mm、最小設定単位0.001mmのワイヤ放電加工機を用いて、オンタイム:6μs、オフタイム:41μs、ピーク電流:16A、無負荷電圧:40V、サーボ基準電圧:40V、速度2.00mm/min、オフセット量0.123mmの条件で各材料を切断した。これにより、オーステナイト系ステンレス鋼板2及びFeCrAlフェライト系合金板3’の試験片を準備した。
【0044】
ついで、これらの接合面をダイヤモンド砥粒で1μmまで研磨し、オーステナイト系ステンレス鋼板2及びFeCrAlフェライト系合金板3’をこれらの研磨面が合わさるように重ね合わせた。ついで、積層体の片端を穿孔してボルトで固定した。固定の際に傷が入り、その凹凸は#2000相当であった。ついで、上述した前処理工程を行った。具体的には、6×10-2Pa以下の真空ホットプレスを行った。真空ホットプレス時のオーステナイト系ステンレス鋼板2の表面温度は1000~1100℃とし、プレス圧力は30MPaとし、プレス時間は10分とした。前処理工程後の積層体(仮接合材)を約1050℃(オーステナイト系ステンレス鋼板の表面温度)に再加熱し、オーステナイト系ステンレス鋼板の表面温度が800℃以上となるときの圧下率が1.4となるように熱間圧延した。これにより、クラッド鋼板1の試験片を作製した。
【0045】
前処理工程によって得られた積層体の界面構造を
図3に、最終的に作製されたクラッド鋼板の界面構造を
図2に示す。いずれも反跳電子像である。前処理工程後の積層体においては、画像の中心部に厚さ1μm未満の連続した黒い線が見られる。クラッド鋼板においては黒い線が途切れた箇所が存在し、周辺に黒い点状の組織が散見される。EDS分析からこれら黒色部ではAl、Oの濃化が確認された。したがって、これらの黒い点はアルミを主成分とする酸化物であり、
図2の黒い線はアルミを主成分とする酸化膜であることがわかった。熱間圧延後の黒い線が途切れている部分では、圧延によってアルミを主成分とする酸化膜が破壊され、APMTの新生界面(接合界面R)が露出し、母材であるSUS316LとFeCrAlフェライト系合金層とが直接接合されたと考えられる。
【0046】
なお、上述した方法により拡散層4の厚さを測定した。このとき得られたグラフは
図4B、Cに示すとおりであり、具体的な厚さは15μmであった。
【0047】
つぎに、熱間圧延時の圧下率を1.6として同様の試験を行った。この結果得られたクラッド鋼板1の試験片の反跳電子像(界面構造の反跳電子像)を
図5に示す。同図から明らかなように、オーステナイト系ステンレス鋼板2と拡散層4との間(拡散層終了地点Q)にクラックが生じていた。したがって、圧下率は1.4以上1.6未満が適していることが明らかとなった。
【0048】
つぎに、クラッド鋼板の接合強度を評価した。具体的には、実施例で作製された圧下率1.4のクラッド材から、接合界面Rを起点として、Kanthal(登録商標)APMT及びオーステナイト系ステンレス鋼板がそれぞれ幅4mm×長さ16mm×厚さ1.5mmだけ残るように切断して、オーステナイト系ステンレス鋼板2及びFeCrAlフェライト系合金板3’の形状となる試験片を準備した。切断はワイヤ放電加工機を用いて行い、切断時の条件は上述した条件と同様とした。ついで、
図6に示すように、クラッド鋼板1の長さ方向の中心部を中心とした長さ2mmの部分を接合部分として残し、接合部分の長さ方向両端を互い違いに長さ2mmだけ削り取った。これを引張せん断試験の試験片とした。
【0049】
作製した試験片を単軸引張試験機にセットし、ひずみ速度を1×10
0/minで一定に保ち接合界面に平行な方向(試験片の長さ方向)の引張試験を行った。この結果、引張強度は632MPaで、APMT側の切り込みを入れた角の部分から破断した(
図6の2’’)。なお、前処理工程後の積層体についても同様の試験片を作製し、引張試験を行ったところ、引張強度は278MPaで、APMT側の2mmの部分(
図6の2’)で破断した。したがって、本実施形態に係るクラッド鋼板1は、高い引張強度を有することが明らかになった。
【0050】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。