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特開2024-126412酸素発生反応用触媒、電極及び酸素発生反応用触媒の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024126412
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】酸素発生反応用触媒、電極及び酸素発生反応用触媒の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 11/075 20210101AFI20240912BHJP
   C25B 11/052 20210101ALI20240912BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20240912BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20240912BHJP
【FI】
C25B11/075
C25B11/052
C25B1/04
C25B9/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023034775
(22)【出願日】2023-03-07
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
(71)【出願人】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100182305
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【弁理士】
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100221958
【弁理士】
【氏名又は名称】篠田 真希恵
(74)【代理人】
【識別番号】100192441
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 仁
(72)【発明者】
【氏名】中山 雅晴
(72)【発明者】
【氏名】藤田 航
【テーマコード(参考)】
4K011
4K021
【Fターム(参考)】
4K011AA32
4K011BA07
4K011DA03
4K021AA01
4K021BA02
4K021DC01
4K021DC03
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、酸素発生反応に用いる触媒として使用でき、海水等の塩化物イオンを含む水の電解において塩化物イオンの酸化を抑制できる触媒を提供することである。
【解決手段】酸化ルテニウム(IV)を含み、前記酸化ルテニウム(IV)の結晶子サイズが2.5~4.0nmである酸素発生反応用触媒。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化ルテニウム(IV)を含み、前記酸化ルテニウム(IV)の結晶子サイズが2.5~4.0nmである酸素発生反応用触媒。
【請求項2】
酸化ルテニウム(IV)のBET比表面積が20~200m/gである請求項1記載の酸素発生反応用触媒。
【請求項3】
請求項1又は2記載の酸素発生反応用触媒を担持した電極。
【請求項4】
ルテニウム塩、酸化剤及び溶媒を耐圧容器に入れて加熱することを特徴とする、結晶子サイズが2.5~4.0nmである、又は結晶子サイズが2.5~4.0nmであり比表面積が20~200m/gである酸化ルテニウム(IV)酸素発生反応用触媒の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素発生反応用触媒、これを担持した電極、及び酸素発生反応用触媒の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在世界の水素の95%は、メタン等の化石燃料の水蒸気改質によって製造されている。
再生可能エネルギー由来の電力による水の電気分解は、すべての工程でCOを排出しない理想の水素製造プロセスである。電解条件によらず、水の電気分解のボトルネックは陰極での水素生成ではなく、その対極(陽極)での酸素生成であり、高効率な陽極触媒の開発が望まれている。水電解における既存技術はアルカリ水電解とプロトン交換膜(PEM)型水電解である。前者はアルカリと純水、後者は膜材料と純水が必要である。地球上の水資源の97%が海水であることを考えると、海水を直接電解して水素を製造するプロセスは魅力的である。特に、淡水へのアクセスが困難、かつエネルギーを得やすい沿岸地域や砂漠地域では有効である。海水を逆浸透膜(RO)法で淡水化し、既存の方法で電解するという手もあるが、不純物除去の困難さや、スペースの問題が残る。例えば、洋上風力発電とのコンビネーション、島しょ部、移動システム(船舶も含む)では直接海水電解が好ましい。
【0003】
海水電解における技術的な課題は、(a)副反応である塩化物イオン(Cl)の酸化(COR:chloride oxidation reaction)を抑制すること、(b)小さな過電圧で十分な水素発生量(=電流密度)を得ることである。水の酸化による酸素発生反応(OER:oxygen evolution reaction)は、塩化物イオン(Cl)の酸化(COR)による塩素(Cl)ならびに次亜塩素酸イオン(ClO)の生成反応よりも熱力学的に有利だが、実際にIrO、RuO等の市販の陽極触媒を使ってNaClを電気分解するとCORが優先する。これはOERが4電子移動を含む遅い反応であり、CORが2電子のみの移動を伴う速い反応であるという速度論的要件による。(a)及び(b)の課題に対して、従来は(i)海水にアルカリを添加する方法、(ii)触媒上に塩化物イオンをブロックする層を被覆する方法が用いられてきた。しかしながら、(i)では、実海水に多量のアルカリを添加しなければならず、(ii)ではOER選択性が得られる一方で、電流密度が小さい、という問題があった。非特許文献1には、OER触媒としてナトリウムをドープした酸素欠陥を有する酸化ルテニウムを使用することが記載されているが、CORの抑制については何ら開示されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Lijie Zhang,et al., ‘Sodium-Decorated Amorphous/Crystalline RuO2 with RichOxygen Vacancies:A Robust pH-Universal Oxygen Evolution Electrocatalyst’,Angewandte Chemie, 2021,60,18821-18829
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、酸素発生反応に用いる触媒として使用でき、海水等の塩化物イオンを含む水の電解において塩化物イオンの酸化を抑制できる触媒を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために検討を開始した。検討を進めるなかで、本発明者らは、結晶子サイズが2.5~4.0nmの酸化ルテニウム(IV)を合成したところ、合成した酸化ルテニウム(IV)は、酸素発生反応用触媒としての特性に優れ、塩化物イオンを含む水の電解において塩化物イオンの酸化を抑制でき、海水のような塩化物イオンを含む水をアルカリを添加せずに電解しても、塩化物イオンの酸化による塩素や次亜塩素酸イオンの生成反応を抑制できることを見いだした。非特許文献1には、OER触媒としての酸化ルテニウムが記載されているが、非特許文献1における酸化ルテニウムの結晶子サイズは5nm程度と見積もられ(第18823頁左欄第40~46行)、本発明における酸化ルテニウム(IV)とは異なるものであった。本発明における酸化ルテニウム(IV)は、COR抑制に優れ、ナトリウムをドープせずとも酸素発生反応の触媒活性に優れるものであった。本発明は、こうして完成されたものである。
【0007】
すなわち、本発明は以下に示す事項により特定されるものである。
(1)酸化ルテニウム(IV)を含み、前記酸化ルテニウム(IV)の結晶子サイズが2.5~4.0nmである酸素発生反応用触媒。
(2)酸化ルテニウム(IV)のBET比表面積が20~200m/gである上記(1)の酸素発生反応用触媒。
(3)上記(1)又は(2)の酸素発生反応用触媒を担持した電極。
(4)ルテニウム塩、酸化剤及び溶媒を耐圧容器に入れて加熱することを特徴とする、結晶子サイズが2.5~4.0nmである、又は結晶子サイズが2.5~4.0nmでありBET比表面積が20~200m/gである酸化ルテニウム(IV)酸素発生反応用触媒の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の酸素発生反応用触媒及び電極は、触媒活性に優れ、海水等の塩化物イオンを含む水の電解において塩化物イオンの酸化を抑制できる。また、本発明の製造方法は、本発明の酸素発生反応用触媒を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、実施例1~4で得られたルテニウム酸化物と比較例1の市販RuOのXRDパターンを示す図である。
図2図2は、実施例1で得られたS-RuOxと市販RuOについて電解液のpHを変えて行ったボルタンメトリーの結果を示す図である。
図3図3は、表1の結果をグラフに表したものである。
図4図4は、S-RuOxについての過電圧、RRDE法に基づいて算出したCORファラデー効率及び残留塩素種量により算出したCORファラデー効率を示す図である。
図5図5は、CV測定の結果を示す図である。
図6図6は、カソード電流とアノード電流の差Δjと掃引速度の関係をプロットした図である。
図7図7は、BET測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の酸素発生反応用触媒は、酸化ルテニウム(IV)を含み、前記酸化ルテニウム(IV)の結晶子サイズが2.5~4.0nmである酸素発生反応用触媒である。本発明における酸化ルテニウム(IV)の結晶子サイズは、X線回折(XRD)により得られる回折パターンの110方向に対応するピークの半値全幅より、シェラー(Scherrer)の式を用いて求めることができる。本発明における酸化ルテニウム(IV)の結晶子サイズは、触媒活性及び塩化物イオンの酸化抑制効果をより向上させる観点から、2.5~3.5nmが好ましく、2.7~3.5nmがより好ましい。
【0011】
本発明の酸素発生反応用触媒における酸化ルテニウム(IV)は、BET比表面積が20m/g以上が好ましく、50m/g以上がより好ましく、100m/g以上が更に好ましい。また、200m/g以下が好ましく、180m/g以下がより好ましい。本発明の酸素発生反応用触媒における酸化ルテニウム(IV)のBET比表面積は、20~200m/gが好ましく、100~180m/gがより好ましい。本発明におけるBET比表面積とは、BET法により測定された比表面積であり、サンプルに窒素分子を物理吸着させた時の相対圧力と吸着量を測定することにより求めることができる。酸化ルテニウム(IV)のBET比表面積を上記範囲とすることにより、触媒活性及び塩化物イオンの酸化抑制効果をより向上させることが可能となる。
【0012】
本発明の酸素発生反応用触媒における酸化ルテニウム(IV)は、電気化学活性表面積(ECSA)が200m/g以上が好ましく、300m/g以上がより好ましく、500m/g以上がより好ましく、700m/g以上がより好ましく、800m/g以上が更に好ましい。また、1500m/g以下が好ましく、1300m/g以下がより好ましい。本発明の酸素発生反応用触媒における酸化ルテニウム(IV)のECSAは、200~1500m/gが好ましく、500~1500m/gがより好ましく、700~1500m/gがより好ましく、800~1300m/gが更に好ましい。本発明におけるECSAは、ECSA=Cdl/Csの式から求めることができる。前記式において、Cdlは電気化学二重層キャパシタンスであり、サイクリックボルタンメトリー(CV)により算出できる。Csは、同一電解質条件での単位面積当たりのサンプルの比容量又は材料の原子レベルで滑らかな表面の容量である。本発明における酸化ルテニウム(IV)のECSAを上記範囲とすることにより、触媒活性及び塩化物イオンの酸化抑制効果をより向上させることが可能となる。また、本発明における酸化ルテニウム(IV)は、酸素欠陥を有していてもよい。酸素欠陥を有する場合、本発明における酸化ルテニウム(IV)は、RuO2-Xと表すことができ、これはOの酸素欠陥が生じていることを表す。Xとしては、0.5以下が好ましく、0.1~0.4が好ましい。酸素欠陥は、XPS(X線光電子分光)において、O1s領域の水酸化物基に由来するピークと格子酸素に由来するピークのエリア比から求めることができる。
【0013】
本発明の酸素発生反応用触媒は、本発明における酸化ルテニウム(IV)のみからなっていてもよく、本発明における酸化ルテニウム(IV)以外の他の成分を含んでいてもよい。本発明における酸化ルテニウム(IV)を含み、本発明における酸化ルテニウム(IV)の酸素発生反応に対する触媒作用を利用するものは、本発明の酸素発生反応用触媒に含まれる。本発明における酸化ルテニウム(IV)以外の他の成分としては、特に制限されるものではないが、例えば、他の触媒、バインダー、担体等を挙げることができる。また、本発明における酸化ルテニウム(IV)は、酸化ルテニウム(IV)酸素発生反応用触媒ということもできる。本発明の酸素発生反応用触媒は、例えば、電気分解(電解)、電池等における酸素発生反応のための触媒として使用でき、水の電気分解における陽極、金属空気電池における空気極(正極)、二酸化炭素の電解における還元反応の対極等に使用することができる。本発明においては、塩化物イオンの酸化を表す指標として、塩素(Cl)の発生を示すCER(chlorine evolution reaction:塩素発生反応)でなく、塩化物イオンが酸化されてCl、ClO及びHClOとなる反応を含んで表す指標であるCOR(chloride oxidation reaction)を使用する。CORの程度は、CORのファラデー効率により求めることができる。
【0014】
本発明の電極は、本発明の酸素発生反応用触媒を担持した電極である。本発明の電極は、基材上に本発明の酸素発生反応用触媒が担持されている。本発明の電極における基材としては、導電性基材であれば特に制限されないが、その材質としては、例えば、チタン、ジルコニウム、タングステン等の金属、FTOガラス等の導電性ガラス、炭素繊維、グラファイト、人造黒鉛等の炭素系材料などを挙げることができる。なかでも、工業的に一般に使用され、耐腐食性が高いことから、チタン及びチタン合金が導電性基材の材質として好ましい。チタン合金としては、例えば、チタンとジルコニウム、ニオブ、タンタル等の合金、チタンとパラジウムの合金などを挙げることができる。本発明における導電性基材の形状としては、特に制限されるものではないが、例えば、平板状、曲板状、棒状、メッシュ状、ラス状等を挙げることができる。本発明の電極においては、本発明の酸素発生反応用触媒が直接導電性基材と接するように導電性基材上に担持されていてもよく、本発明の酸素発生反応用触媒が他の物質を介して導電性基材上に担持されていてもよい。本発明の電極は、水の電気分解における陽極、金属空気電池における空気極(正極)、二酸化炭素の電解における還元反応の対極等として使用することができる。
【0015】
本発明の酸素発生反応用触媒の製造方法は、特に制限されるものではないが、例えば、本発明における酸化ルテニウム(IV)は、ルテニウム塩、酸化剤及び溶媒を耐圧容器に入れて加熱することにより製造することができる。具体的には、例えば、ルテニウム塩と酸化剤を溶媒に溶解又は分散させ、こうして調製した溶液又は分散液を耐圧容器にいれた後に加熱して、水熱合成を行い、冷却後、遠心分離等により合成された酸化ルテニウム(IV)を回収し、回収した合成物を必要に応じて蒸留水やエタノール等で洗浄し、乾燥することにより本発明における酸化ルテニウム(IV)を得ることができる。必要に応じて乾燥後の合成物を加熱してもよい。ルテニウム塩としては特に制限されないが、例えば、3価のルテニウムの塩を挙げることができ、3価のルテニウムの塩としては、例えば、塩化ルテニウム(III)等を挙げることができ、水和物でもよい。酸化剤としては、ルテニウム塩におけるルテニウムを酸化できるものであれば特に制限されないが、例えば、ペルオキソ二硫酸カリウム(K)、ペルオキソ二硫酸ナトリウム(Na)、過マンガン酸カリウム等を挙げることができる。溶媒としては、ルテニウム塩及び酸化剤を溶解又は分散できるものであれば特に制限されないが、例えば、水等を挙げることができる。水熱合成における加熱温度としては特に制限されないが、例えば、100~200℃等を挙げることができる。水熱合成における加熱時間としては、加熱温度等との関係で適宜選択することができるが、例えば、6~48時間等を挙げることができる。水熱合成後に回収及び乾燥した酸化ルテニウム(IV)を更に加熱する場合は、加熱温度は500℃以下が好ましく、300℃以下がより好ましく、100~500℃が好ましく、100~300℃がより好ましい。この場合の加熱時間としては、加熱温度等との関係で適宜選択することができるが、例えば、1~12時間、より好ましくは2~4時間等を挙げることができる。ルテニウム塩と酸化剤との配合比は特に制限されないが、例えば、モル比でルテニウム塩:酸化剤が1:6~1:2が好ましい。本発明の酸素発生反応用触媒は、製造された本発明における酸化ルテニウム(IV)を、そのまま酸素発生反応用触媒として使用してもよく、他の成分と混合して酸素発生反応用触媒として使用してもよい。
【実施例0016】
以下、本発明の実施例を挙げて、本発明を具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【0017】
[実施例1]
塩化ルテニウム(III)n水和物(99.9% 富士フィルム和光純薬株式会社)0.312g及びペルオキソ二硫酸カリウム(95% 富士フィルム和光純薬株式会社)1.161gを30mLのイオン交換水に添加して超音波分散させた。得られた混合水溶液をテフロンライニングされたオートクレーブに移し、160℃で24時間保持した。24時間保持した後、冷却して冷却後に沈殿物を遠心分離し、蒸留水とエタノールで3回洗浄した。上清を捨て、得られた沈殿物を室温で12時間真空乾燥した。こうして合成したルテニウム酸化物をS-RuOxと表記する。
【0018】
[実施例2]
実施例1で得られたS-RuOxを、200℃で空気中で3時間熱処理した。熱処理後のサンプルをH200-RuOxと表記する。
【0019】
[実施例3]
実施例1で得られたS-RuOxを、400℃で空気中で3時間熱処理した。熱処理後のサンプルをH400-RuOxと表記する。
【0020】
[比較例1]
実施例1で得られたS-RuOxを、600℃で空気中で3時間熱処理した。熱処理後のサンプルをH600-RuOxと表記する。
【0021】
[比較例2]
市販の酸化ルテニウム(IV)(99.9% Sigma-Aldrich、CAS:12036-10-1)を比較例のサンプルとして使用した。このサンプルを市販RuOと表記する。
【0022】
[構造解析]
実施例1~3で得られたルテニウム酸化物(S-RuOx、H200-RuOx及びH400-RuOx)、並びに比較例1で得られたルテニウム酸化物(H600-RuOx)及び比較例2の市販RuOの結晶構造をX線回折法により調べた(X線回折装置:Ultima IV、リガク社、CuKα線使用)。結果を図1に示す。
【0023】
図1から、市販RuOで得られたピークは典型的な正方晶系RuOのXRDパターンと一致した。S-RuOxではブロードなピークが見られ、XRDパターンは市販RuOに似ている。H200-RuOx、H400-RuOx及びH600-RuOxでは、熱処理温度の上昇に伴ってよりシャープなピークを示し、H600-RuOxで典型的なRuOの回折パターンが観察された。各結晶での110方向に対応するピークの半値全幅(FWHM110)より結晶子サイズ(L)を算出した。結晶子サイズは、具体的には最も低角度側の回折ピーク(110)から半値全幅BとBragg角θを見積もり、Scherrerの式(L=Kλ/Bcosθ)から求めた。このとき、Scherrerの定数K=0.9、X線の波長λ=0.154051nmである。S-RuOxの結晶子サイズは3.02nm、H200-RuOxの結晶子サイズは3.22nm、H400-RuOxの結晶子サイズは3.75nm、H600-RuOxの結晶子サイズは11.5nmであり、市販RuOの結晶子サイズは24.1nmであった。S-RuOx、H200-RuOx及びH400-RuOxの結晶子サイズは、市販RuOの結晶子サイズに比べて極めて小さいことが分かった。
【0024】
[電気化学特性評価]
(触媒インクの調製)
市販RuO、S-RuOx、H200-RuOx、H400-RuOx及びH600-RuOxをそれぞれ触媒として使用して、触媒0.005g、カーボンブラック0.005g、ナフィオン(5wt%アルコール分散液)95μL、水350μL、エタノール350μLを混合し、1時間超音波分散して触媒インクを調製した。
(電極の作製)
上記の触媒インクをそれぞれ10μL量り取り、回転リングディスク電極(RRDE)のディスク部分(Φ5.0mm)上に全量キャストし、溶媒を除去して触媒を担持した電極を作製した。電極上の触媒の担持量は0.32mg/cmであった。
(電気化学測定)
得られた電極を使用して、以下のとおり電気化学測定を行った。
【0025】
(塩化物イオン存在下でのRRDEボルタンメトリー)
(1)0.5M NaCl水溶液中、ディスク電極の電位を掃引速度1mV/sでアノード方向に掃引した。このとき、リング電位を+0.3Vvs Ag/AgClとした。
(2)(0.5M NaCl+0.1M NaOH)水溶液中、ディスク電極の電位を掃引速度1mV/sでアノード方向に掃引した。このとき、リング電位を+0.3Vvs Ag/AgClとした。
(3)(0.5M NaCl+1.0M NaOH)水溶液中、ディスク電極の電位を掃引速度1mV/sでアノード方向に掃引した。このとき、リング電位を+0.3Vvs Ag/AgClとした。
上記(1)~(3)の測定中、電極は1600rpmで回転させた。市販RuOとS-RuOxについて上記(1)~(3)の測定を行い、H200-RuOx、H400-RuOx及びH600-RuOxについて上記(1)の測定を行った。ディスク電流が10、20、30、40mA/cmに到達したときのiOER[mA/cm]とiCOR[mA/cm]から、RRDE法に基づくCORファラデー効率を算出した。ここで、iOER(OER電流)は、酸素発生反応に起因する電流であり、iCOR(COR電流)は、塩化物イオン酸化反応に起因する電流である。RRDE法に基づくCORファラデー効率は、具体的には以下の式から算出した。以下の式でεCORは、RRDE法に基づくCORファラデー効率を表す。
【0026】
【数1】
【0027】
市販RuOとS-RuOxについて上記(1)~(3)の測定を行った結果を図2に示す。上記(1)で使用した0.5M NaCl水溶液のpHは7程度であり海水の塩分濃度に相当する。上記(2)で使用した(0.5MNaCl+0.1M NaOH)水溶液のpHは13程度であり、上記(3)で使用した(0.5M NaCl+1.0M NaOH)水溶液のpHは14程度であった。図2から、アルカリ性領域において、S-RuOxは電流のシャープな立ち上がりが見られ、市販RuOより高い触媒活性を示した。また、ほぼ中性の領域において、S-RuOxは市販RuOより電流のシャープな立ち上がりを示すとともに、塩化物イオンの酸化反応を抑制することができた。図2に示した右下がりの曲線は、市販RuOとS-RuOxの(1)の測定において塩化物イオンの酸化により生成したClOが塩化物イオンに戻る還元電流を示し、図2において、一点鎖線より卑な電位でのS-RuOx(1)の電流(斜線部)は、この範囲において塩化物イオンの酸化反応(COR)が行われず酸素発生反応(OER)のみが行われたことを示している。なお、図2中の一点鎖線は前記斜線部を示すための補助線であり、還元電流が発生し始める電位において縦軸と平行に引いた線分である。図2から、S-RuOxはアルカリを添加せずとも副反応である塩化物イオン(Cl)の酸化を抑制できることが分かる。
【0028】
(定電流電解に基づくCORファラデー効率の算出)
電解液中に電極を浸漬し、10mA/cm、20mA/cm、30mA/cm及び40mA/cmのそれぞれの定電流で定電流電解した。いずれの場合も通過電気量が40mC/cmに到達したところで定電流電解を終了した。測定中、電極は1600rpmで回転させた。また、電解終了後の電解液中の残留塩素種量の測定はジエチルパラフェニレンジアミン法(DPD法)により行い、電解終了後の電解液中にN,N-ジエチルベンゼン-1,4-ジアミン(DPD)を加え、その溶液の551nmの吸収ピーク強度(JASCOV-670DS、日本分光社により測定)に基づいて残留塩素種量を決定した。定電流電解は、市販RuOを使用した電極とS-RuOxを使用した電極については、0.5MNaCl水溶液中、(0.5M NaCl+0.1M NaOH)水溶液中及び0.5M NaCl+1.0M NaOH)水溶液中のそれぞれで行い、H200-RuOx、H400-RuOx及びH600-RuOxのそれぞれを使用した電極については、0.5MNaCl水溶液中で行った。定電流電解に基づいて残留塩素種量([ClO](mol/L))より、CORファラデー効率を以下の式より算出した。以下の式において、εCORは残留塩素種量に基づくファラデー効率であり、Vは電解液の体積(L)、nは反応電子数(CORは2)、Fはファラデー定数(96,485C/mol)、Qは電解の際の通過電気量(C/cm)、Aは電極の幾何面積(cm)を表す。なお、本測定における電解液のpHでは、塩素イオンの酸化生成物はほぼ全量がClOとして存在するので、残留塩素種量として[ClO](mol/L)と表示している。
【0029】
【数2】
【0030】
表1に、RRDEボルタンメトリーにおいてディスク電流が10mA/cmに到達したときの過電圧(測定電位-E(O/HO))と、ディスク電流が10mA/cmに到達したときのRRDE法に基づくCORファラデー効率及び10mA/cmで定電流電解を行ったときの残留塩素種量によるCORファラデー効率を示す。表1における「FE(COR)PRDE」はRRDE法に基づいて算出したCORファラデー効率を示し、「FE(COR)DPD」は残留塩素種量により算出したCORファラデー効率を示す。CORファラデー効率は、通常残留塩素種量により算出するが、RRDE法に基づいて算出したCORファラデー効率も残留塩素種量により算出したCORファラデー効率とほぼ同様の値を示した。図3に表1の結果をグラフに表したものを示す。図3は、電解液が0.5MNaClの場合の過電圧並びにFE(COR)PRDE及びFE(COR)DPDを示し、棒グラフは過電圧を、折れ線グラフはCORファラデー効率を示している。実施例1~3で得られたルテニウム酸化物(S-RuOx、H200-RuOx及びH400-RuOx)のいずれを使用した場合も、比較例2の市販RuOを使用した場合に比べて過電圧が低く、CORファラデー効率は極めて低い値を示した。比較例1で得られたルテニウム酸化物(H600-RuOx)を使用した場合は、市販RuOを使用した場合に近い過電圧及びCORファラデー効率を示した。
【0031】
【表1】
【0032】
図4に、S-RuOxについて上記(1)のRRDEボルタンメトリーにおいて10、20、30、40mA/cmに到達したときの過電圧と、ディスク電流が10mA/cm、20mA/cm、30mA/cm、40mA/cmに到達したときのRRDE法に基づいて算出したCORファラデー効率及び10mA/cm、20mA/cm、30mA/cm、40mA/cmで定電流電解を行ったときの残留塩素種量により算出したCORファラデー効率を示す。棒グラフは過電圧を、折れ線グラフはCORファラデー効率を示している。RRDE法に基づいて算出したCORファラデー効率は、10mA/cmで1.9%、20mA/cmで7.2%、30mA/cmで13.1%、40mA/cmで18.3%であった。また、残留塩素種量により算出したCORファラデー効率は、10mA/cmで2.9%、20mA/cmで11.5%、30mA/cmで13.7%、40mA/cmで17.7%であった。過電圧とCORファラデー効率は、電流値の増大に伴い増加したが、CORファラデー効率はいずれの電流値においても10mA/cmでの市販RuOのCORファラデー効率に比べて著しく低く、過電圧もいずれの電流値においても10mA/cmでの市販RuOの過電圧以下であった。
【0033】
(電気化学活性表面積(ECSA)の測定)
S-RuOx、H200-RuOx、H400-RuOx、600-RuOx及び市販RuOのECSAを、それぞれCdl/Cs×(触媒担持量=0.32mg/cm)から、触媒1gあたりの値として求めた。Cdlは電気化学二重層キャパシタンスであり、サイクリックボルタンメトリー(CV)により算出した。図5にCV測定の結果を示す。図5(a)はS-RuOx、図5(b)はH200-RuOx、図5(c)はH400-RuOx、図5(d)は600-RuOx、図5(e)は市販RuOの結果である。CVは、RRDEボルタンメトリーで使用したものと同じ電極を作製して作用極とし、対照極を白金メッシュ、参照極をHg/HgOとした三電極セルを使用して行った。電解液には、Nを30分パージした1.0M KOH水溶液を使用した。CVの電位範囲は、非ファラデー領域である1.05~1.15V vs.RHEとし、掃引速度を2~10mV/sとした。Cdlは、各試料の特定電位(1.10V vs.RHE)におけるカソード電流とアノード電流の差Δjと掃引速度の関係のプロット(図6)から算出した。プロットから得られる近似直線の傾きはCdlに相当し、図6の直線に沿って記載した数値はCdlの値である。Csは、同一電解質条件での単位面積当たりのサンプルの比容量又は材料の原子レベルで滑らかな表面の容量である。Csは、1.0MのKOH水溶液中での原子レベルで清浄な金属の比キャパシタンスであり、ニッケルや白金での典型的な値である0.04mF/cmを用いた。市販RuOのECSAは71.72m/g、H600-RuOxのECSAは150.39m/gであるのに対し、S-RuOxでは1229.30m/g、H200-RuOxでは888.98m/g、H400-RuOxでは315.47m/gという非常に高いECSAが得られた。
【0034】
(BET比表面積の測定)
S-RuOx、H200-RuOx、600-RuOx及び市販RuOのBET比表面積を、流動式比表面積自動測定装置(FlowSorb III 2305、Micrometrics社)を用いて測定した。試料0.1gをカラムに入れ、カラム内を真空にして100℃で1時間加熱した後、カラムを液体窒素中に浸してカラム内の温度を液体窒素と同等の温度としてから、カラム内に窒素ガスを供給し、その時の相対圧力と吸着量を測定した。BET多点法により相対圧が0.05~0.30での複数の点(4~5点)からBET比表面積を求めた。図7は測定結果を示す図である。測定の結果、BET比表面積は、市販RuOで9.67m/g、H600-RuOxで19.03m/gであるのに対し、S-RuOxでは153.23m/g、H200-RuOxでは145.39m/gという非常に高いBET比表面積が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の酸素発生反応用触媒及び電極は、水の電気分解における陽極、金属空気電池における空気極(正極)、二酸化炭素の電解における還元反応の対極等として使用することができる。本発明の酸素発生反応用触媒及び電極は、塩化物イオンの酸化を抑制できるため、特に塩化物イオンを含有する水溶液の電解に好適に利用でき、例えば、海水の電解に好適に利用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7