(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024126456
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】マウス組換え抗体の生産性向上
(51)【国際特許分類】
C12N 15/13 20060101AFI20240912BHJP
C12P 21/08 20060101ALI20240912BHJP
C07K 16/00 20060101ALI20240912BHJP
C12N 15/64 20060101ALI20240912BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240912BHJP
【FI】
C12N15/13
C12P21/08 ZNA
C07K16/00
C12N15/64 Z
C12N5/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023034840
(22)【出願日】2023-03-07
(71)【出願人】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(72)【発明者】
【氏名】和田 里紗
(72)【発明者】
【氏名】瀬尾 和子
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG27
4B064CA10
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA01
4B064DA13
4B064DA20
4B065AA90X
4B065AA91Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065BC03
4B065BC11
4B065CA25
4B065CA44
4B065CA46
4H045AA11
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA40
4H045DA76
4H045EA20
4H045EA50
4H045EA60
4H045GA45
(57)【要約】
【課題】 マウス抗体又はその断片の組換え発現における生産性を向上させること。
【解決手段】 本発明は、以下の(1)及び(2):
(1)マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域においてKabat法で定義される7位、24位、及び106位からなる群より選択される少なくとも一つの位置でアミノ酸を改変すること、或いは、
(2)マウス抗体重鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される23位でアミノ酸を改変すること、
のいずれか又はその両方により、マウス抗体又はその断片の組換え発現における生産性を向上させる方法を提供する。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域においてKabat法で定義される7位、24位、及び106位からなる群より選択される少なくとも一つの位置でアミノ酸を改変すること、或いは、
(2)マウス抗体重鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される23位でアミノ酸を改変すること、
のいずれか又はその両方により、マウス抗体又はその断片の組換え発現における生産性を向上させる方法。
【請求項2】
前記(1)のアミノ酸改変として、マウス抗体軽鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される7位のアミノ酸をチロシン残基に置換すること、24位のアミノ酸をアルギニン残基に置換すること、及び/又は106位のアミノ酸をロイシン残基に置換することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記(1)のアミノ酸改変として、マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域においてKabat法で定義される7位、24位、及び106位でアミノ酸を改変することを含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記(2)のアミノ酸改変として、マウス抗体重鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される23位のアミノ酸をアラニン残基に置換することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記(1)のアミノ酸改変として、マウス抗体軽鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される7位のアミノ酸をチロシン残基に置換すること、24位のアミノ酸をアルギニン残基に置換すること、及び106位のアミノ酸をロイシン残基に置換することを含み、且つ、
前記(2)のアミノ酸改変として、マウス抗体重鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される23位のアミノ酸をアラニン残基に置換することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
(1’)配列番号3と85%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号3で示されるアミノ酸配列の7番目及び24番目のアミノ酸残基が改変されている軽鎖フレームワーク領域1、及び/又は配列番号4と85%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号4で示されるアミノ酸配列の11番目のアミノ酸残基が改変されている軽鎖フレームワーク領域4を含むように抗体又はその断片のアミノ酸配列を設計し、それを組換え発現すること、又は、
(2’)配列番号5と85%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号5で示されるアミノ酸配列の23番目のアミノ酸残基が改変されている重鎖フレームワーク領域1を含むように抗体又はその断片のアミノ酸配列を設計し、それを組換え発現すること、
のいずれか或いはその両方により、抗体又はその断片の組換え発現における生産性を向上させる方法。
【請求項7】
前記(1’)の軽鎖フレームワーク領域1のアミノ酸配列を配列番号6で示されるアミノ酸配列とすること、且つ軽鎖フレームワーク領域4のアミノ酸配列を配列番号7で示されるアミノ酸配列とすること、及び
前記(2’)の重鎖フレームワーク領域1のアミノ酸配列を配列番号8で示されるアミノ酸配列とすることを含む、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
CHO細胞、HEK細胞、Vero細胞、MDCK細胞及びハイブリドーマ細胞からなる群より選択される少なくとも一つの哺乳動物細胞を宿主細胞として使用して、抗体又はその断片を組換え発現する場合の生産性を向上させる、請求項1又は6に記載の方法。
【請求項9】
前記宿主細胞を流加培養法、回分培養法、又は連続培養法で培養して、抗体又はその断片を組換え発現する場合の生産性を向上させる、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
以下(1)又は(2)のいずれか或いはその両方の特徴を含む、マウス抗体又はその断片:
(1)マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域においてKabat法で定義される7位、24位、及び106位からなる群より選択される少なくとも一つの位置でアミノ酸が改変されている、又は、
(2)マウス抗体重鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される23位でアミノ酸が改変されている。
【請求項11】
前記(1)のアミノ酸改変として、マウス抗体軽鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される7位のアミノ酸がチロシン残基に置換されており、24位のアミノ酸がアルギニン残基に置換されており、及び/又は106位のアミノ酸がロイシン残基に置換されている、請求項10に記載の抗体又はその断片。
【請求項12】
前記(1)のアミノ酸改変として、マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域においてKabat法で定義される7位、24位、及び106位のアミノ酸が改変されている、請求項10又は11に記載の抗体又はその断片。
【請求項13】
前記(2)のアミノ酸改変として、マウス抗体重鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される23位のアミノ酸がアラニン残基に置換されている、請求項10に記載の抗体又はその断片。
【請求項14】
前記(1)のアミノ酸改変として、マウス抗体軽鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される7位のアミノ酸がチロシン残基に置換されており、24位のアミノ酸がアルギニン残基に置換されており、及び106位のアミノ酸がロイシン残基に置換されており、且つ、
前記(2)のアミノ酸改変として、マウス抗体重鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される23位のアミノ酸がアラニン残基に置換されている、請求項10に記載の抗体又はその断片。
【請求項15】
以下(1’)又は(2’)のいずれか或いはその両方の特徴を含む、抗体又はその断片:
(1’)配列番号3と85%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号3で示されるアミノ酸配列の7番目及び24番目のアミノ酸残基が改変されている軽鎖フレームワーク領域1、及び/又は配列番号4と85%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号4で示されるアミノ酸配列の11番目のアミノ酸残基が改変されている軽鎖フレームワーク領域4を含む、又は、
(2’)配列番号5と85%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号5で示されるアミノ酸配列の23番目のアミノ酸残基が改変されている重鎖フレームワーク領域1を含む。
【請求項16】
前記(1’)の軽鎖フレームワーク領域1のアミノ酸配列が配列番号6で示されるアミノ酸配列からなり、且つ軽鎖フレームワーク領域4のアミノ酸配列が配列番号7で示されるアミノ酸配列からなり、及び
前記(2’)の重鎖フレームワーク領域1のアミノ酸配列が配列番号8で示されるアミノ酸配列からなる、請求項15に記載の抗体又はその断片。
【請求項17】
前記断片がFab、F(ab’)2、又はscFvである、請求項10又は15に記載の抗体の断片。
【請求項18】
請求項10又は15に記載の抗体又はその断片をコードするポリヌクレオチド。
【請求項19】
請求項18に記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
【請求項20】
請求項19に記載のベクターで形質転換された細胞。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マウス組換え抗体を生産する場合の生産効率を改善する方法等に関する。より具体的には、遺伝子組み換え技術を用いて、マウス抗体の軽鎖及び重鎖の配列のアミノ酸残基を改変することによって組換え発現での抗体生産性を向上する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
免疫グロブリンは、血液中や組織液中に存在し、免疫の中で大きな役割を担っている、抗体としての機能と構造を持つタンパク質の総称である。抗体は、例えば、生体にとって異物である特定の抗原(目印)に特異的に結合し、その異物を生体内から除去する役割を担う。また、抗原との特異的な結合性を応用して、免疫学の対象としてだけでなく、基礎研究から製品研究にわたり、物質の分析、同定、精製、分離など極めて幅広い分野で応用されている。
【0003】
抗体を効率よく量産する方法として、遺伝子組換え技術を用いた方法、すなわち目的とする抗体のアミノ酸残基をコードする遺伝子配列を組換えタンパク質発現に適したベクターに挿入して遺伝子発現構成体を構築し、これを宿主細胞に導入して発現させる方法等が広く行われている。
【0004】
しかしながら、例えば、ハイブリドーマから得られた抗体を組換え発現により取得しようとする場合、抗体の種類によっては組換え発現が難しく、十分量の組換え抗体を生産できないケースがある。このような場合、例えば、宿主細胞の培養条件等を種々検討して生産量を高める試みがなされているが、最適条件の検討には多くの試行錯誤を要する。
【0005】
またこれまでに、抗体のアミノ酸残基を改変して抗体の性質を改変する検討がなされている。例えば、特許文献1は、Kabat法で定義されるフレームワーク領域3(FR3)の特定の位置で少なくとも3つのアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とすることにより、抗原に対する親和性を向上させることが提案されている。特許文献2においても、抗体のH鎖可変部のフレームワーク領域1のアミノ酸置換またはアミノ酸挿入により、抗原に対する親和性が向上した抗体をスクリーニングする方法が開示されている。
【0006】
さらに、ヒト抗体またはヒト化抗体の可変領域軽鎖のKabat numberingに従う15位に位置するアミノ酸を所定のアミノ酸に置換することにより、ヒト抗体又はヒト化抗体の抗原特異性、免疫原性、生産性を改良する方法も知られている(特許文献3)。しかしこの文献では、マウス抗体を用いると高い免疫原性によって抗体医薬として用いた場合に重篤な副作用を招く可能性があるとしてヒト抗体又はヒト化抗体に着目しており、マウス抗体の抗体生産性を向上させることは一切記載していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2022-102539号公報
【特許文献2】特開2021-141861号公報
【特許文献3】特許第5142707号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、かかる従来技術の課題を背景になされたものである。すなわち、本発明の一つの目的は、抗体を組換え発現する場合の生産性を向上させる方法を提供することである。なかでも、物質の分析、同定、精製、分離等の多くの分野で広く使用されているマウス抗体の組換え発現における生産性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上述のような事情に鑑み鋭意検討した結果、以下に示す手段により、上記課題を解決できることを見出し、本発明に到達した。
即ち、代表的な本発明は以下の通りである。
[項1] (1)マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域においてKabat法で定義される7位、24位、及び106位からなる群より選択される少なくとも一つの位置でアミノ酸を改変すること、或いは、
(2)マウス抗体重鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される23位でアミノ酸を改変すること、
のいずれか又はその両方により、マウス抗体又はその断片の組換え発現における生産性を向上させる方法。
[項2] 前記(1)のアミノ酸改変として、マウス抗体軽鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される7位のアミノ酸をチロシン残基に置換すること、24位のアミノ酸をアルギニン残基に置換すること、及び/又は106位のアミノ酸をロイシン残基に置換することを含む、項1に記載の方法。
[項3] 前記(1)のアミノ酸改変として、マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域においてKabat法で定義される7位、24位、及び106位でアミノ酸を改変することを含む、項1又は2に記載の方法。
[項4] 前記(2)のアミノ酸改変として、マウス抗体重鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される23位のアミノ酸をアラニン残基に置換することを含む、項1~3のいずれかに記載の方法。
[項5] 前記(1)のアミノ酸改変として、マウス抗体軽鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される7位のアミノ酸をチロシン残基に置換すること、24位のアミノ酸をアルギニン残基に置換すること、及び106位のアミノ酸をロイシン残基に置換することを含み、且つ、
前記(2)のアミノ酸改変として、マウス抗体重鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される23位のアミノ酸をアラニン残基に置換することを含む、項1~4のいずれかに記載の方法。
[項6] (1’)配列番号3と85%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号3で示されるアミノ酸配列の7番目及び24番目のアミノ酸残基が改変されている軽鎖フレームワーク領域1、及び/又は配列番号4と85%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号4で示されるアミノ酸配列の11番目のアミノ酸残基が改変されている軽鎖フレームワーク領域4を含むように抗体又はその断片のアミノ酸配列を設計し、それを組換え発現すること、又は、
(2’)配列番号5と85%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号5で示されるアミノ酸配列の23番目のアミノ酸残基が改変されている重鎖フレームワーク領域1を含むように抗体又はその断片のアミノ酸配列を設計し、それを組換え発現すること、
のいずれか或いはその両方により、抗体又はその断片の組換え発現における生産性を向上させる方法。
[項7] 前記(1’)の軽鎖フレームワーク領域1のアミノ酸配列を配列番号6で示されるアミノ酸配列とすること、且つ軽鎖フレームワーク領域4のアミノ酸配列を配列番号7で示されるアミノ酸配列とすること、及び
前記(2’)の重鎖フレームワーク領域1のアミノ酸配列を配列番号8で示されるアミノ酸配列とすることを含む、項6に記載の方法。
[項8] CHO細胞、HEK細胞、Vero細胞、MDCK細胞及びハイブリドーマ細胞からなる群より選択される少なくとも一つの哺乳動物細胞を宿主細胞として使用して、抗体又はその断片を組換え発現する場合の生産性を向上させる、項1~7のいずれかに記載の方法。
[項9] 前記宿主細胞を流加培養法、回分培養法、又は連続培養法で培養して、抗体又はその断片を組換え発現する場合の生産性を向上させる、項8に記載の方法。
[項10] 以下(1)又は(2)のいずれか或いはその両方の特徴を含む、マウス抗体又はその断片:
(1)マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域においてKabat法で定義される7位、24位、及び106位からなる群より選択される少なくとも一つの位置でアミノ酸が改変されている、又は、
(2)マウス抗体重鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される23位でアミノ酸が改変されている。
[項11] 前記(1)のアミノ酸改変として、マウス抗体軽鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される7位のアミノ酸がチロシン残基に置換されており、24位のアミノ酸がアルギニン残基に置換されており、及び/又は106位のアミノ酸がロイシン残基に置換されている、項10に記載の抗体又はその断片。
[項12] 前記(1)のアミノ酸改変として、マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域においてKabat法で定義される7位、24位、及び106位のアミノ酸が改変されている、項10又は11に記載の抗体又はその断片。
[項13] 前記(2)のアミノ酸改変として、マウス抗体重鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される23位のアミノ酸がアラニン残基に置換されている、項10~12のいずれかに記載の抗体又はその断片。
[項14] 前記(1)のアミノ酸改変として、マウス抗体軽鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される7位のアミノ酸がチロシン残基に置換されており、24位のアミノ酸がアルギニン残基に置換されており、及び106位のアミノ酸がロイシン残基に置換されており、且つ、
前記(2)のアミノ酸改変として、マウス抗体重鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される23位のアミノ酸がアラニン残基に置換されている、項10~13のいずれかに記載の抗体又はその断片。
[項15] 以下(1’)又は(2’)のいずれか或いはその両方の特徴を含む、抗体又はその断片:
(1’)配列番号3と85%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号3で示されるアミノ酸配列の7番目及び24番目のアミノ酸残基が改変されている軽鎖フレームワーク領域1、及び/又は配列番号4と85%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号4で示されるアミノ酸配列の11番目のアミノ酸残基が改変されている軽鎖フレームワーク領域4を含む、又は、
(2’)配列番号5と85%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号5で示されるアミノ酸配列の23番目のアミノ酸残基が改変されている重鎖フレームワーク領域1を含む。
[項16] 前記(1’)の軽鎖フレームワーク領域1のアミノ酸配列が配列番号6で示されるアミノ酸配列からなり、且つ軽鎖フレームワーク領域4のアミノ酸配列が配列番号7で示されるアミノ酸配列からなり、及び
前記(2’)の重鎖フレームワーク領域1のアミノ酸配列が配列番号8で示されるアミノ酸配列からなる、項15に記載の抗体又はその断片。
[項17] 前記断片がFab、F(ab’)2、又はscFvである、項10~16のいずれかに記載の抗体の断片。
[項18] 項10~17のいずれかに記載の抗体又はその断片をコードするポリヌクレオチド。
[項19] 項18に記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
[項20] 項19に記載のベクターで形質転換された細胞。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、組換え発現で抗体を取得する場合の生産性が向上した抗体が得られる。本発明は、抗体の可変領域の中でも、抗原に対する特異性を決定づける相補性決定領域(complementarity determining region:CDR)のアミノ酸配列を変更する必要がないため、抗原に対する特異性を失わずに、組換え発現によりマウス抗体を高生産することができるという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】マウス抗体の軽鎖及び軽鎖の可変領域のアミノ酸配列の一例を示す。この図において四角で囲まれた領域がフレームワーク領域1~4(FR1~4)である。網掛け(灰色)のアミノ酸残基が、マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域においてKabat法で定義される7位、24位、又は106位のアミノ酸残基、或いはマウス抗体重鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される23位のアミノ酸残基に相当する。
【
図2】実施例2における一過性発現でのアミノ酸置換効果の評価結果を示す。
【
図3】実施例3におけるトランスフェクション後の薬剤添加による安定性発現評価結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の実施形態を示しつつ、本発明の内容を具体的に詳述するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、本明細書中に記載された非特許文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。また本明細書中の「~」は「以上、以下」を意味し、例えば明細書中で「X~Y」と記載されていれば「X以上、Y以下」を示す。また本明細書中の「及び/又は」は、いずれか一方または両方を意味する。また本明細書において、単数形の表現は、他に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。
【0013】
(1.抗体又はその断片の組換え発現における生産性を向上させる方法)
一つの実施形態において、本発明は、マウス抗体(マウス由来の免疫グロブリン)の軽鎖及び/又は重鎖のフレームワーク領域における特定の位置のアミノ酸残基を改変することにより、マウス抗体又はその断片の組換え発現における生産性を向上させる方法を提供する。具体的には、以下のように、
(1)マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域においてKabat法で定義される7位、24位、及び106位からなる群より選択される少なくとも一つの位置でアミノ酸を改変すること、又は、
(2)マウス抗体重鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される23位でアミノ酸を改変すること、
のいずれか或いはその両方により、マウス抗体又はその断片の組換え発現における生産性を向上させる方法であり得る。
本発明は、抗体の構造のなかでもフレームワーク領域(FR領域等ともいう)に着目し、その1又は数個のアミノ酸残基を野生型のマウス抗体のものとは異なるように改変することにより、未改変の場合よりも、組換え発現での抗体の生産性を向上させることができるという発見に基づく。なお、理論に束縛されることは望まないが、本発明では、抗体のフレームワーク領域のアミノ酸をこのように改変することで、細胞内での翻訳や転写効率が向上することが一因となって抗体生産量が向上していることが推測される。
【0014】
抗体構造の中でもフレームワーク領域のアミノ酸配列は、生物種で比較的保存されていることが知られている。マウス抗体の軽鎖可変領域のアミノ酸配列の例(配列番号1)及び重鎖可変領域のアミノ酸配列の例(配列番号2)を
図1に示す。FR1~FR4として四角で囲んだ領域のアミノ酸配列が、フレームワーク領域1~4に該当する。本明細書において、マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域とは、マウス抗体軽鎖のアミノ酸配列におけるフレームワーク領域1~4の全体の総称を意味する。同様に、マウス抗体重鎖のフレームワーク領域とは、マウス抗体重鎖のアミノ酸配列におけるフレームワーク領域1~4の全体の総称を意味する。本発明では、マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域1(配列番号3)に存在する2ヶ所のアミノ酸残基、マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域4(配列番号4)に存在する1ヶ所のアミノ酸残基、及び/又はマウス抗体重鎖のフレームワーク領域1(配列番号5)に存在する1ヶ所のアミノ酸残基を改変することを主な特徴とする。
【0015】
本明細書において、抗体のフレームワーク領域のアミノ酸配列におけるアミノ酸残基の位置を指すときは、当該分野で公知のKabat法(Kabat EA et al.,Sequences of Proteins of Immunological Interest;U.S.Department of Health and Human Services,National Institutes of Health,U.S.Government Printing Office:Washington,DC,(1991))のナンバリングに従う。本発明では、マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域1に存在するKabat法で定義される7位のアミノ酸残基(配列番号3において7番目のアミノ酸残基であるイソロイシン(I))、マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域1に存在するKabat法で定義される24位のアミノ酸残基(配列番号3において24番目のアミノ酸残基であるリジン(K))、マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域4に存在するKabat法で定義される106位のアミノ酸残基(配列番号4において11番目のアミノ酸残基であるバリン(V))、及び/又はマウス抗体重鎖のフレームワーク領域1(配列番号5)に存在するKabat法で定義される23位のアミノ酸残基(配列番号5において23番目のアミノ酸残基であるセリン(S)をそれぞれ天然由来の野生型マウス抗体におけるものとは異なるアミノ酸残基に改変する。
【0016】
本明細書においてアミノ酸改変とは、例えば、アミノ酸残基の置換、欠失等をいい、好ましくは置換であり、より好ましくは保存的置換である。構造及び/又は性質が類似する別のアミノ酸への置換のことを保存的置換という。保存的置換は、例えば、芳香族アミノ酸(チロシン(Y)、フェニルアラニン(F)、トリプトファン(W)、ヒスチジン(H))、非荷電の極性アミノ酸(チロシン(Y)、グリシン(G)、アスパラギン(N)、グルタミン(Q)、セリン(S)、トレオニン(T)、システイン(C))、塩基性アミノ酸(アルギニン(R)、リジン(K)、ヒスチジン(H))、分岐鎖アミノ酸(ロイシン(L)、イソロイシン(I)、バリン(V))、疎水性非極性アミノ酸(アラニン(A)、バリン(V)、ロイシン(L)、イソロイシン(I)、プロリン(P)、フェニルアラニン(F)、メチオニン(M)、トリプトファン(W))といった共通の構造及び/又は性質を有するアミノ酸群におけるアミノ酸間の置換であり得る。
【0017】
一つの実施形態では、(1)のアミノ酸改変として、マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域1に存在するKabat法で定義される7位のアミノ酸残基(配列番号3のアミノ酸配列の例では、7番目のアミノ酸残基であるイソロイシン(I))を、チロシン残基に置換する。更なる他の実施形態では、前記7位のアミノ酸残基を、チロシン残基に替えて、他の芳香族アミノ酸残基又は非荷電の極性アミノ酸残基に置換してもよい。
【0018】
一つの実施形態では、(1)のアミノ酸改変として、マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域1に存在するKabat法で定義される24位のアミノ酸残基(配列番号3のアミノ酸配列の例では、24番目のアミノ酸残基であるリジン(K))を、アルギニン残基に置換する。更なる他の実施形態では、前記24位のアミノ酸残基を、アルギニン残基に替えて、他の塩基性アミノ酸残基であるヒスチジン残基に置換してもよい。
【0019】
一つの実施形態では、(1)のアミノ酸改変として、マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域4に存在するKabat法で定義される106位のアミノ酸残基(配列番号4のアミノ酸配列の例では、11番目のアミノ酸残基であるバリン(V))を、ロイシン残基に置換する。更なる他の実施形態では、前記106位のアミノ酸残基を、ロイシン残基に替えて、他の分岐鎖アミノ酸であるイソロイシン残基に置換してもよいし、又は他の疎水性非極性アミノ酸残基に置換してもよい。
【0020】
本発明において、前記(1)のアミノ酸改変は、マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域においてKabat法で定義される7位、24位、及び/又は106位のうちの1つの位置でアミノ酸改変したもの、2つの位置でアミノ酸改変したもの、3つ全ての位置でアミノ酸改変したものであってもよい。好ましくは、これらのうち2つ又は3つの位置でアミノ酸改変したものであり、特に好ましくはこれらの3つ全ての位置でアミノ酸改変したものである。このようにマウス抗体軽鎖のフレームワーク領域において前記2つ又は3つ、とりわけ3つ全てのアミノ酸を改変することにより、より一層効果的にマウス抗体又はその断片を組換え発現する場合の生産性を向上させることができる。
【0021】
一つの実施形態では、(2)のアミノ酸改変として、マウス抗体重鎖のフレームワーク領域1に存在するKabat法で定義される23位のアミノ酸残基(配列番号5のアミノ酸配列の例では、23番目のアミノ酸残基であるセリン(S))を、アラニン残基に置換する。更なる他の実施形態では、前記23位のアミノ酸残基を、アラニン残基に替えて、他の疎水性非極性アミノ酸残基に置換してもよい。
【0022】
本発明では、上記(1)及び/又は(2)のアミノ酸改変のうち、いずれか一方のアミノ酸改変のみ実施してもよいし、上記(1)及び(2)の両方のアミノ酸改変を実施してもよい。上記(1)又は(2)のいずれか一方のみのアミノ酸改変を実施する場合は、より高い効果が得られ易いという観点から、上記(1)のアミノ酸改変を実施することが好ましい。また特定の実施形態では、上記(1)及び(2)の両方のアミノ酸改変を実施することで、トランスフェクションによる安定性発現を行った場合に上記(1)及び(2)のアミノ酸改変による効果が相俟って相乗効果が得られ易くなるので好ましい。
【0023】
更に他の実施形態において、抗体又はその断片の組換え発現における生産性を向上させる本発明の方法は、以下のように、
(1’)配列番号3と85%以上、好ましくは90%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号3で示されるアミノ酸配列の7番目及び24番目のアミノ酸残基が改変されている、軽鎖フレームワーク領域1、及び/又は配列番号4と85%以上、好ましくは90%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号4で示されるアミノ酸配列の11番目のアミノ酸残基が改変されている、軽鎖フレームワーク領域4を含むように抗体又はその断片のアミノ酸配列を設計し、それを組換え発現すること、又は、
(2’)配列番号5と85%以上、好ましくは90%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号5で示されるアミノ酸配列の23番目のアミノ酸残基が改変されている、重鎖フレームワーク領域1を含むように抗体又はその断片のアミノ酸配列を設計し、それを組換え発現すること、
のいずれか或いはその両方により、マウス抗体又はその断片の組換え発現における生産性を向上させる方法であり得る。
【0024】
上記実施形態では、例えば、(1’)に規定する配列番号3と85%以上、好ましくは90%以上のアミノ酸配列同一性を有する軽鎖フレームワーク領域1は、配列番号3のアミノ酸配列の7番目及び24番目以外に1又は数個(好ましくは1個)のアミノ酸の改変(例えば、置換、欠失、付加、又は挿入)を含んでいてもよい。また、(1’)に規定する配列番号4と85%以上、好ましくは90%以上のアミノ酸配列同一性を有する軽鎖フレームワーク領域4、及び(2’)に規定する配列番号5と85%以上、好ましくは90%以上のアミノ酸配列同一性を有する重鎖フレームワーク領域1についても同様に所定の位置のアミノ酸以外に1又は数個のアミノ酸の改変を含んでいてもよい。
【0025】
特定の好ましい実施形態では、前記(1’)の軽鎖フレームワーク領域1のアミノ酸配列を配列番号6で示されるアミノ酸配列とし、且つ軽鎖フレームワーク領域4のアミノ酸配列を配列番号7で示されるアミノ酸配列とする。更に特定の好ましい実施形態では、前記(2’)の重鎖フレームワーク領域1のアミノ酸配列を配列番号8で示されるアミノ酸配列とする。このようにマウス抗体の軽鎖及び/又は重鎖のフレームワーク領域を配列番号6~8のアミノ酸配列からなるフレームワーク領域として設計することで、より一層効果的に組換え発現におけるマウス抗体又はその断片の生産性を向上させることができる。
【0026】
上記実施形態において、本発明の方法では、上記(1’)及び/又は(2’)のいずれか一方のみを実施してもよいし、上記(1’)及び(2’)の両方を実施してもよい。上記(1’)又は(2’)のいずれか一方のみを実施する場合は、より高い効果が得られ易いという観点から、上記(1’)のアミノ酸改変を実施することが好ましい。また特定の実施形態では、上記(1’)及び(2’)の両方を実施することで、トランスフェクションによる安定性発現を行った場合に上記(1’)及び(2’)の効果が相俟って相乗効果が得られ易くなるので好ましい。
【0027】
更に特定の実施形態において、本発明の生産性向上方法では、前記(1)及び/又は(2’)のいずれか一方のみを実施してもよいし、前記(1)及び(2’)の両方を実施してもよい。他の実施形態において、本発明の生産性向上方法では、前記(1’)及び/又は(2)のいずれか一方のみを実施してもよいし、前記(1’)及び(2)の両方を実施してもよい。このような組み合わせで本発明の方法を実施しても、組換え発現における抗体又はその断片の生産性が高められることが十分に期待できる。
【0028】
本発明は、例えば、マウスを免疫動物として取得した任意の抗体を組換え発現する場合に利用することができる。また例えば、公知のマウス抗体のアミノ酸配列情報等に基づいて人為的に設計した抗体を組換え発現する場合にも実施することができる。例えば、公知のマウス抗体のアミノ酸配列情報に基づき、軽鎖及び/又は重鎖のフレームワーク領域のアミノ酸配列を、上記(1)及び/又は(2)(或いは、(1’)及び/又は(2’)等)で規定したような軽鎖及び/又は重鎖フレームワーク領域のアミノ酸配列に置き換えるように設計することによって実施できる。
【0029】
より具体的には、例えば、マウスを免疫動物として取得した抗体のアミノ酸配列又は公に利用可能なデータベース等に登録されているマウス抗体のアミノ酸配列に基づき、軽鎖及び/又は重鎖のフレームワーク領域の所定のアミノ酸配列を、上記(1)及び/又は(2)(或いは、(1’)及び/又は(2’)等)で規定した軽鎖及び/又は重鎖フレームワーク領域のアミノ酸配列に置き換えたアミノ酸配列をコードするように塩基配列(DNA配列)を設計し、当該分野で公知の遺伝子組み換え技術を用いて変異導入し、宿主細胞に前記設計に基づきアミノ酸残基を改変した組換え免疫グロブリンを発現させることによって実施できる。
【0030】
本発明においては、組換え発現に用いる宿主細胞として任意の宿主細胞を使用することができるが、哺乳動物細胞を宿主細胞として用いることが好ましい。哺乳動物細胞としては、例えば、ヒト胎児の腎臓由来の細胞株であるHEK293細胞、アフリカミドリザルの腎臓由来の細胞株であるVero細胞、チャイニーズハムスターの卵巣由来の細胞株であるCHO細胞等が挙げられるが、これらに限定されない。より確実に高い効果が得られ易いという観点から、宿主細胞としてCHO細胞を使用することが好ましい。
【0031】
マウスを免疫動物として取得されたマウス抗体をコードするDNAは、例えば、以下のようにして調製することができる。目的の抗原でマウスを免疫して得られた脾臓細胞(脾臓B細胞)をミエローマ細胞と融合して得られ得たマウス抗体遺伝子を有するハイブリドーマ細胞等から当該分野で公知の方法によりmRNAを抽出する。このようにして抽出したmRNAから、逆転写活性を有する酵素を用いる逆転写反応によりcDNAを作製する。このcDNAをテンプレートとして、軽鎖(L鎖)遺伝子及び/又は重鎖(H鎖)遺伝子の塩基配列と相補的な塩基配列を有するプライマーを用いるPCRにより軽鎖遺伝子及び/又は重鎖遺伝子の塩基配列のDNAを増幅することにより、マウス抗体をコードするDNAを調製することができる。さらに、これをクローニング用プラスミドと結合することにより各遺伝子を含むDNAプラスミドを取得することもできる。このようにして得られたマウス抗体DNAに対して、軽鎖及び/又は重鎖フレームワーク領域のアミノ酸配列が、上記(1)及び/又は(2)(或いは、(1’)及び/又は(2’)等)で規定したような配列に置き換えられたアミノ酸配列をコードするように変異導入することが好ましい。変異導入は、例えば、人工合成遺伝子、Inverse-PCR法等を利用して実施することができる。
【0032】
本発明において、宿主細胞(例えば、チャイニーズハムスター由来細胞)への核酸の導入(トランスフェクション)方法は、特に限定されないが、例えば、当該分野で公知のリポフェクション法、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション等が挙げられる。宿主細胞に、抗体又はその断片を一過性発現させる場合は、リポフェクション法により核酸導入を行うことが好ましい。一方、宿主細胞に抗体又はその断片を安定性発現させる場合は、リポフェクション法、エレクトロポレーション法により核酸導入を行うことが好ましい。本発明による抗体又はその断片の組換え発現における生産性向上効果は、一過性発現及び安定性発現のいずれの場合でも認められ得るが、より安定して高い効果が得られ、上記(1)及び(2)(又は、(1’)及び(2’)等)で規定したアミノ酸改変による相乗効果も得られ易いという観点から、安定性発現するように宿主細胞に核酸を導入することが好ましい。
【0033】
目的とする遺伝子配列が導入された細胞を培養することにより、目的とするアミノ酸配列を有する抗体が得られる。培養は、公知の方法に従い行うことができる。細胞の培養に用いる培地としては、宿主細胞により適宜変更され得るが、例えば、哺乳動物細胞培養用の培地を使用することができる。例えば、DMEM、MEM、RPMI1640、IMDM等の細胞培養培地を好適に使用することができる。この場合、牛胎児血清(FCS)等の血清補液を併用することもできるし、無血清培養でもよい。
【0034】
培養液中の成分としては、通常、動物細胞の培養培地で使用されている各成分が適宜使用できる。このような成分としては、例えば、アミノ酸、ビタミン類、脂質因子、エネルギー源、浸透圧調節剤、鉄源、pH緩衝剤等が挙げられる。上記成分のほか、例えば、微量金属元素、界面活性剤、増殖補助因子、ヌクレオシドなどを添加しても良い。
【0035】
培養条件は、宿主細胞により適宜変更され得る。一例として、CHO細胞の培養は、例えば、通常、気相のCO2濃度が0~40%、好ましくは、2~10%の雰囲気下、30~40℃、好ましくは37℃程度で、1~21日間、好ましくは3~14日間(例えば、1~2週間)培養することで抗体又はその断片を発現させることが可能である。
【0036】
培養装置としては、当該分野で公知の任意の装置を使用することができ、例えば発酵槽型タンク培養装置、エアーリフト型培養装置、カルチャーフラスコ型培養装置、スピンナーフラスコ型培養装置、マイクロキャリアー型培養装置、流動層型培養装置、ホロファイバー型培養装置、ローラーボトル型培養装置、充填槽型培養装置等を用いることができる。
【0037】
培養方法としては、回分培養法(batch culture)、連続培養法(continuous culture)、流加培養法(fed-batch culture)など、いずれの培養方法を用いてもよい。流加培養の際に加えられる流加培地は、既に培養に使用されている初発培地と同じ培地である必要はなく、異なる培地を添加してもよいし、特定の成分のみを添加してもよい。典型的には、流加培地の組成は、培養中に消費されてしまった成分が補給されるように調整される。例えば、エネルギー源であるグルコースを、流加により補給することができる。一つの好ましい実施形態では、本発明では流加培養法により宿主細胞を培養して抗体又はその断片を発現させる。これにより、生産性を低下させずに安定して抗体又はその断片を発現させることが可能となる。
【0038】
本発明の方法は、任意の抗原に対するマウス抗体又はその断片の生産性を向上させるために利用され得る。例えば、HbA1c(糖化ヘモグロビン)、AFP(α-フェトプロテイン)、CEA(癌胎児性抗原)、Ferritin、PSA(前立腺特異抗原)、Giardia、HIV p24、Influenza A、Influenza B、SARS-CoV-2(例えばSARS-CoV-2 NP)、D-Dimer、NT-proBNP(ヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント)、Troponin I、CRP(C反応性タンパク質)、Procalcitonin、Estradiol、hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)、LH(黄体形成ホルモン)、CCV(犬コロナウイルス)、CDV(犬ジステンパーウイルス)、CHW(犬糸状虫)、CPV(犬パルボウイルス)、Feline FeLV(猫白血病ウイルス)等を抗原として反応する抗体又はその断片の生産性を向上させるために利用され得る。マウス抗体のフレームワーク領域は保存安定性が高いため、このような任意の抗原に対するマウス抗体又はその断片の生産量を向上させるために本発明を利用できる。一つの好ましい実施形態では、本発明の方法は、HbA1c(糖化ヘモグロビン)を抗原として反応する抗体又はその断片の生産において利用され、安定した高生産を実現し得る。
【0039】
本発明において、抗体又はその断片における上記(1)及び(2)(又は、(1’)及び(2’)等)で規定されるフレームワーク領域以外の領域(例えば、重鎖及び/又は軽鎖のCDR1、2、3領域、定常領域等)は、目的とする抗原に対して反応し得る任意のアミノ酸配列を有するものであり得る。
【0040】
例えば、マウス抗体又はその断片のCDR配列(CDR1、2、3のアミノ酸配列)として、目的の抗原でマウスを免疫して取得したマウス抗体又は公に利用可能なデータベース等に登録されている目的の抗原に対する抗体のアミノ酸配列を利用することができる。またCDR配列は、前記のようにして取得したマウス抗体のCDR配列のアミノ酸配列において所望の性質を付与するために1又は数個のアミノ酸残基を改変したものであってもよい。更に他の実施形態において、例えばCDR配列は、マウス以外の動物を免疫動物として取得した抗体のCDR配列をグラフト化して利用することもできる。好ましくは、野生型のマウス抗体のCDR配列とすることで、より一層安定して組換え発現における抗体又はその断片の高生産性を発揮し得る。
【0041】
また例えば、マウス抗体又はその断片のFc領域配列として、目的の抗原でマウスを免疫して取得したマウス抗体又は公に利用可能なデータベース等に登録されている目的の抗原に対する抗体のアミノ酸配列を利用することができる。抗体のFc領域のアミノ酸配列は、生物種で高度に保存されていることが知られている。更にFc配列は、前記のようにして取得したマウス抗体のFc領域配列のアミノ酸配列において所望の性質を付与するために1又は数個のアミノ酸残基を改変したものであってもよい。好ましくは、野生型のマウス抗体のFc領域配列とすることで、より一層安定して組換え発現における抗体又はその断片の高生産性を発揮し得る。
【0042】
本明細書において、抗体又は抗体断片は、最も広い意味で使用され、モノクローナル抗体及びポリクローナル抗体のいずれであってもよい。また、前記抗体は、全長抗体であってもよく、Fv、Fab、Fab’、(Fab’)2、scFv、scFv-Fc、diabody、triabody、tetrabody、minibodyなどの抗体断片であってもよい。抗体断片である場合、好ましくはFab、F(ab’)2、又はscFvである。また、抗体の断片は、好ましくは抗原結合断片である。抗体はモノクローナル抗体であることが好ましい。モノクローナル抗体とは、単一クローンの抗体産生細胞が分泌する抗体であり、通常はただ一つのエピトープ(抗原決定基ともいう)を認識し、モノクローナル抗体を構成するアミノ酸配列(1次構造)が均一であるものをいう。抗体は、任意のアイソタイプであってよく、例えば、IgG、IgA、IgD、IgE、IgM等であることができるが、好ましくはIgGであり得る。IgGのサブクラスは特に限定されず、IgG1、IgG2、IgG3、IgG4など任意のサブクラスの抗体であり得る。
【0043】
(2.組換え発現における生産性が向上したマウス抗体又はその断片)
前述のように、マウス抗体のフレームワーク領域(FR領域等ともいう)における所定の位置のアミノ酸残基を改変することにより、組換え発現でのマウス抗体又はその断片の生産性を向上させることができることが分かっている。従って、本発明は更に別の観点から、以下のいずれか又はその両方の特徴を含む、マウス抗体又はその断片をも提供する:
(1)マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域においてKabat法で定義される7位、24位、及び106位からなる群より選択される少なくとも一つの位置でアミノ酸が改変されている、或いは、
(2)マウス抗体重鎖フレームワーク領域においてKabat法で定義される23位でアミノ酸が改変されている。
【0044】
更に別の観点から、本発明のマウス抗体又はその断片は、以下のいずれか又はその両方の特徴を含む、抗体又はその断片であってもよい:
(1’)配列番号3と85%以上、好ましくは90%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号3で示されるアミノ酸配列の7番目及び24番目のアミノ酸残基が改変されている軽鎖フレームワーク領域1、及び/又は配列番号4と85%以上、好ましくは90%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号4で示されるアミノ酸配列の11番目のアミノ酸残基が改変されている、軽鎖フレームワーク領域4を含む、又は、
(2’)配列番号5と85%以上、好ましくは90%以上のアミノ酸配列同一性を有し、且つ配列番号5で示されるアミノ酸配列の1番目のアミノ酸残基が改変されている、重鎖フレームワーク領域23を含む。
【0045】
上記(1)及び/又は(2)(或いは、(1’)及び/又は(2’)等)で規定した軽鎖及び/又は重鎖フレームワーク領域のアミノ酸配列を含むマウス抗体又はその断片は、前記1.において詳述した方法により取得することができる。このマウス抗体又はその断片は、例えば、抗原タンパク質との特異的な結合性を応用した免疫学的測定法において好適に利用することができ、さらには基礎研究から製品研究にわたり、物質の分析、同定、精製、分離など極めて幅広い分野で利用することができる。
【0046】
(3.組換え発現における生産性が向上した抗体又はその断片をコードするポリヌクレオチド、当該ポリヌクレオチドを含むベクター、及び当該ベクターで形質転換された細胞)
本発明は更に、上記2.で記載した抗体又はその断片をコードする塩基配列を含むポリヌクレオチド、そのポリヌクレオチドを含むベクター、そのベクターで形質転換された細胞をも提供する。一つの実施形態において、本発明のポリヌクレオチドは、発現カセットの態様であることが好ましい。当該発現カセットは、宿主細胞内での発現を可能とするものであれば特に制限されず、例えばプロモーター、及びそのプロモーターの制御下に配置されたコード配列を含む。
【0047】
プロモーターとしては、特に制限されず、組換え発現に使用する宿主細胞の種類に応じて適宜選択することができる。プロモーターとしては、例えば、pol II系プロモーター等を使用することができ、具体的には、CMVプロモーター、EF1プロモーター、SV40プロモーター、MSCVプロモーター等が挙げられる。その他にも、プロモーターとして、trc、tac等のトリプトファンプロモーター;lacプロモーター;T7プロモーター;T5プロモーター;T3プロモーター;SP6プロモーター;アラビノース誘導プロモーター;コールドショックプロモーター;テトラサイクリン誘導性プロモーター等を使用してもよい。
【0048】
発現カセットは、必要に応じて、他のエレメントを含んでいてもよい。他のエレメントとしては、例えば、マルチクローニングサイト(MCS)、薬剤耐性遺伝子、複製起点、エンハンサー配列、リプレッサー配列、インスレーター配列、レポータータンパク質コード配列、薬剤耐性遺伝子コード配列等が挙げられる。これらは1種単独で含んでいても、2種以上の組合せで含んでいてもよい。
【0049】
本発明のポリヌクレオチドは、例えばベクターの形態であることができる。使用目的、宿主細胞の種類等に応じて適当なベクターが選択される。例えば哺乳類細胞を宿主とするベクターとしてはpcDNA、pCDM8、pMT2PC、pBApo-CMV等を例示することができる。
【0050】
前記のような本発明のポリヌクレオチドを含むベクターで形質転換する宿主細胞は、哺乳動物細胞であることが好ましい。哺乳動物細胞としては、例えば、ヒト胎児の腎臓由来の細胞株であるHEK293細胞、アフリカミドリザルの腎臓由来の細胞株であるVero細胞、チャイニーズハムスターの卵巣由来の細胞株であるCHO細胞等が挙げられるが、これらに限定されない。より確実に高い効果が得られ易いという観点から、本発明のベクターで形質転換する細胞はCHO細胞であることが好ましい。一つの実施形態において、本発明の細胞は、マウス抗体又はその断片を発現していることが好ましい。また一つの実施形態において、本発明の細胞は、マウス抗体又はその断片を分泌する及び/又は細胞表面上に発現することが好ましい。
【0051】
以下に、本発明を実施例により具体的に説明するが、実施例により本発明が特に限定されるものではない。
【実施例0052】
実施例1:使用ベクター
公知のマウス抗HbA1cモノクローナル抗体のフレームワーク領域のアミノ酸配列に所定のアミノ酸改変を行った抗体のアミノ酸配列をコードする人工合成遺伝子を設計した。具体的には、抗体の軽鎖フレームワーク領域1のアミノ酸配列が、DVLMTQTPLSLPVSLGDQASISCRSS(配列番号6:マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域1においてkabat法で定義される7位をチロシン残基に置換し、24位をアルギニン残基に置換)、軽鎖フレームワーク領域4のアミノ酸配列がLTFGAGTKLELK(配列番号7:マウス抗体軽鎖のフレームワーク領域4においてkabat法で定義される106位をロイシン残基に置換)、及び/又は重鎖フレームワーク領域1のアミノ酸配列がDVQLVESGGGLVQPGGSRKLSCAAS(配列番号8:マウス抗体重鎖のフレームワーク領域1においてkabat法で定義される23位をアラニン残基に置換)となるようにコドン表に基づき塩基配列を設計し、本実施例で用いる人工合成遺伝子の塩基配列とした。また比較のために、軽鎖フレームワーク領域1のアミノ酸配列が配列番号3、軽鎖フレームワーク領域4のアミノ酸配列が配列番号4、及び/又は重鎖フレームワーク領域1のアミノ酸配列が配列番号5のままである天然のマウス抗体のアミノ酸配列をコードする人工合成遺伝子の配列も用意した。この人工合成遺伝子配列を配列番号9~12に示す。
【0053】
pEHX1.2(H鎖)(東洋紡製)、pELX2.2(L鎖) (東洋紡製)に前記のようにして設計した人工合成遺伝子を各々挿入し、In-Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ製)のプロトコルに従って、抗体発現ベクターを得た。
挿入した人工合成遺伝子に関して、天然由来のマウス抗体軽鎖のアミノ酸配列をVL-Wt、マウス抗体重鎖のアミノ酸配列をVH-Wtとした。VH-Wt/VL-Wtのフレームワーク配列のアミノ酸残基を置換し、Kabat法で定義される軽鎖の7位のアミノ酸残基をチロシン残基、24位のアミノ酸残基をアルギニン残基、及び106位のアミノ酸残基がロイシン残基を含む、マウス抗体配列を以下VH-Wt/VL-Mutとした。また、VH-Wt/VL-Wtのフレームワーク配列のアミノ酸残基を置換し、Kabat法で定義される重鎖の23位のアミノ酸残基がアラニン残基を含む、マウス抗体配列を以下VH-Mut/VL-Wtとした。さらに、VH-Wt/VL-Wtのフレームワーク配列のアミノ酸残基を置換し、Kabat法で定義される軽鎖の7位のアミノ酸残基をチロシン残基、24位のアミノ酸残基をアルギニン残基、106位のアミノ酸残基をロイシン残基、及び重鎖の23位のアミノ酸残基がアラニン残基を含む、マウス抗体配列をVH-Mut/VL-Mutとした。以下の実施例では、これらの各抗体発現ベクターを用いて組換え発現における生産性を評価した。
【0054】
実施例2: 一過性発現でのアミノ酸改変効果の評価
ExpiCHO Expression System Kit(Thermo Fisher Scientific製)のプロトコルに従い、上記実施例1で取得した各抗体発現ベクター(プラスミド)のトランスフェクションを行った。播種密度:60×105 cells/mL、培養液量:50mL となるようにExpiCHO-S culture mediumにてCHO細胞を希釈した。A 液:プラスミド溶液(環状)と OptiPRO medium、B 液:ExpiFectamine CHO Reagentと OptiPRO medium をそれぞれ混合した後、B 液とA 液を混和し室温で5分間インキュベートした。その後、全量をCHO細胞に加え穏やかに混和し、培養を開始した。トランスフェクションの18-22 時間後にExpiFectamine CHO Enhancer 、ExpiCHO Feed を添加し、培養条件を37℃から32℃に変更し、その後 培養5日目に培養液をサンプリングしExpiCHO Feed を添加し、培養8日目まで培養して、マウス抗HbA1cモノクローナル抗体を組換え発現させた。培養8日目に培養液をサンプリングし、Mouse IgG ELISA Quantitatiou Set(Bethyl Laboratories製)を用いて培養液上清中のマウス抗体濃度を測定した。
【0055】
図2に、上記のようにして測定した各抗体の一過性発現でのアミノ酸改変効果の評価結果を示した。
図2は、VH-Wt/VL-Wtの抗体生産量を100%とした時のVH-Wt/VL-Mutの抗体生産量、VH-Mut/VL-Wtの抗体生産量、VH-Mut/VL-Mutの抗体生産量を示す。VH-Wt/VL-Mut、VH-Mut/VL-Wt、VH-Mut/VL-MutはVH-Wt/VL-Wtと比較すると、それぞれ30%、11%、35%の生産性向上が確認された。この結果から、マウス抗体の重鎖及び/又は軽鎖フレームワーク領域において本発明のアミノ酸改変を行うこと、とりわけ軽鎖フレームワーク領域において本発明のアミノ酸改変を行うことにより、組換え発現における抗体生産量が向上することが確認された。
【0056】
実施例3:安定性発現でのアミノ酸改変効果の評価
脂質性トランスフェクション試薬であるTransFectin(Bio-Rad製)のプロトコルに従っい、CHO細胞への上記実施例1で取得した各抗体発現ベクター(プラスミド)のトランスフェクションを行った。培養1日目にPuromycin を添加し薬剤選択を開始した。培養6日目の時点で、安定性発現細胞の生産性を評価するために培養液をサンプリングし、Mouse IgG ELISA Quantitation Set(Bethyl Laboratories製)を用いて培養液上清中に組換え発現した抗体濃度を測定した。
【0057】
図3に、上記のようにして測定した各抗体のトランスフェクション後の薬剤添加による安定性発現評価結果を示した。
図3は、VH-Wt/VL-Wt を100%とした時のVH-Wt/VL-Mutの抗体生産量、VH-Mut/VH-Wtの抗体生産量、VH-Mut/VH-Wtの抗体生産量を示す。VH-Wt/VL-Mut、VH-Mut/VL-Wt、VH-Mut/VL-MutはVH-Wt/VL-Wtと比較すると、それぞれ114%、14%、245%の生産性向上が確認された。
【0058】
上記の結果に示されるように、VH-Wt/VL-Mut、VH-Mut/VL-Wt、VH-Mut/VL-Mutのアミノ酸配列を用いたことにより、VH-Wt/VL-Wtのアミノ酸配列を用いた場合と比べると、抗体の生産量が顕著に向上することが確認された。特に、この効果はマウス抗体軽鎖のフレームワーク領域1及び4に所定のアミノ酸改変を入れた場合に大きく、更にマウス重鎖のフレームワーク領域1にも所定のアミノ酸改変を入れると相乗効果的に抗体生産量が増大することが確認された。
本発明の組換え抗体は、抗体の生産効率を高めることができる。これにより、医療、診断分野に適用される抗体の生産技術においてはもとより、ライフサイエンス等の研究分野においても広く利用できる点で有用である。