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特開2024-126485親水性ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに親水性部材
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  • 特開-親水性ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに親水性部材 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024126485
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】親水性ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに親水性部材
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/18 20060101AFI20240912BHJP
   C22C 38/44 20060101ALI20240912BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240912BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20240912BHJP
【FI】
C23C8/18
C22C38/44
C22C38/00 302Z
C21D9/46 Q
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023034880
(22)【出願日】2023-03-07
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】森田 一成
(72)【発明者】
【氏名】河野 明訓
(72)【発明者】
【氏名】溝口 太一朗
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA05
4K037EA12
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA21
4K037EA22
4K037EA23
4K037EA24
4K037EA27
4K037EA28
4K037EA31
4K037EB09
4K037FF00
4K037FJ02
4K037FJ07
4K037HA05
(57)【要約】
【課題】親水性の寿命が長く、意匠性及びリサイクル性に優れる安価な親水性ステンレス鋼材を提供する。
【解決手段】ステンレス鋼材20と、ステンレス鋼材20の表面に形成された酸化皮膜30とを備える親水性ステンレス鋼材10である。酸化皮膜30はSi系外層31及びNb系内層32を含む。Si系外層31は、平均厚さが1.00~50.00nm、厚さの標準偏差が0.20nm以下である。Nb系内層32は、平均厚さが1.00~30.00nm、厚さの標準偏差が0.20nm以下である。酸化皮膜30の表面性状のアスペクト比Strは0.130以上である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼材と、前記ステンレス鋼材の表面に形成された酸化皮膜とを備え、
前記酸化皮膜はSi系外層及びNb系内層を含み、
前記Si系外層は、平均厚さが1.00~50.00nm、厚さの標準偏差が0.20nm以下であり、
前記Nb系内層は、平均厚さが1.00~30.00nm、厚さの標準偏差が0.20nm以下であり、
前記酸化皮膜の表面性状のアスペクト比Strが0.130以上である親水性ステンレス鋼材。
【請求項2】
前記ステンレス鋼材は、質量基準で、C:0.030%以下、Si:0.45~3.00%、Mn:1.00%以下、Ni:2.00%以下、Cr:17.50~18.50%、Al:0.040%以下、Nb:0.200~0.500%、Ti:0.100%以下、O:0.0100%以下を含み、残部がFe及び不純物からなる組成を有する、請求項1に記載の親水性ステンレス鋼材。
【請求項3】
前記ステンレス鋼材は、質量基準で、Mo:0.040%以下、N:0.030%以下、Sn:0.100%以下から選択される1種以上を更に含む、請求項2に記載の親水性ステンレス鋼材。
【請求項4】
前記親水性ステンレス鋼材の製造から4週間後の水接触角が60.0°以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の親水性ステンレス鋼材。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか一項に記載の親水性ステンレス鋼材の製造方法であって、
ステンレス冷延材を、水素比率が70体積%以上である水素ガス雰囲気下、-40~-60℃の露点、1000~1050℃の温度で光輝焼鈍する、親水性ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項6】
請求項1~3のいずれか一項に記載の親水性ステンレス鋼材を備える親水性部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、親水性ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに親水性部材に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼材は、耐食性に優れるとともに、研磨仕上、光沢仕上などによる様々な意匠性を有する美麗な外観及び清潔感を有することから、各種業務用又は家庭用の厨房機器などに使用されている。
しかし、これらの用途においては、人の手肌による接触にさらされるために手垢などの汚れが付着し易く、食材、調味料などにより汚れる機会も多い。このため、洗剤を用いた清掃などのメンテナンスを常に心がけないと、外観上の美麗さを失うばかりでなく、汚れを起点とした錆の発生を招きやすいという問題がある。
【0003】
このような問題を解決する方法として、汚れを付着し難くする(すなわち、防汚性を付与する)とともに、付着した汚れを水洗で除去できる(すなわち、メンテナンスフリー性を付与する)ようにステンレス鋼材の表面を親水化する技術がある。
ステンレス鋼材の表面を親水化する手段としては、ステンレス鋼材の表面に親水性物質(例えば、親水性塗料)をコーティングする方法、ステンレス鋼材の表面に適度な凹凸を形成して親水性を高める方法、ステンレス鋼材の表面に熱処理により特定の元素を濃化させて親水性を付与する方法などが提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、酸洗によって表面に微細な凹凸を形成することで親水性を高めた高強度複相組織のステンレス鋼板が記載されている。
また、特許文献2には、塩化第二鉄液のスプレーエッチングにより粗化面を形成することによって親水性を付与したオフセット印刷機用ステンレス平板が記載されている。
さらに、特許文献3~5には、特定の条件で光輝焼鈍することによって親水性ステンレス鋼板を製造する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11-279706号公報
【特許文献2】特開平9-39426号公報
【特許文献3】特開平10-259418号公報
【特許文献4】特開2005-163102号公報
【特許文献5】特開2007-119856号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ステンレス鋼材の表面に親水性物質(例えば、親水性塗料)をコーティングする従来の方法は、親水性物質の使用に伴ってコストアップを招いたり、リサイクルの観点から環境負荷を増加させたりする場合が多い。
ステンレス鋼材の表面に適度な凹凸を形成して親水性を高める従来の方法(特許文献1及び2)は、意匠性の低下をもたらすため、意匠性が要求される用途に適用することができない。
ステンレス鋼材の表面に熱処理により特定の元素を濃化させて親水性を付与する従来の方法(特許文献3~5)は、親水性のレベルが十分とはいえない。特に、従来の方法は、ステンレス鋼材の表面において、特定の元素が濃化した酸化皮膜が局所的に形成されている(すなわち、酸化皮膜の厚さのバラツキが大きい)ため、親水性が十分でない表面が局所的に存在することになる。そのため、初期の親水性が確保できていたとしても親水性の寿命が短くなってしまい、近年要求されている防汚性及びメンテナンスフリー性を十分満足できるものではなかった。
【0007】
本発明は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、親水性の寿命が長く、意匠性及びリサイクル性に優れる安価な親水性ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに親水性部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、親水性ステンレス鋼材について鋭意研究を行った結果、ステンレス鋼材の表面に、特定の平均厚さ及び厚さの標準偏差を有するSi系外層及びNb系内層を含み、表面性状のアスペクト比Strを特定の範囲に制御した酸化皮膜を設けることにより、上記の問題を解決し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、ステンレス鋼材と、前記ステンレス鋼材の表面に形成された酸化皮膜とを備え、前記酸化皮膜はSi系外層及びNb系内層を含み、前記Si系外層は、平均厚さが1.00~50.00nm、厚さの標準偏差が0.20nm以下であり、前記Nb系内層は、平均厚さが1.00~30.00nm、厚さの標準偏差が0.20nm以下であり、前記酸化皮膜の表面性状のアスペクト比Strが0.130以上である親水性ステンレス鋼材である。
【0010】
また、本発明は、前記親水性ステンレス鋼材の製造方法であって、ステンレス冷延材を、水素比率が70体積%以上である水素ガス雰囲気下、-40~-60℃の露点、1000~1050℃の温度で光輝焼鈍する、親水性ステンレス鋼材の製造方法である。
【0011】
さらに、本発明は、前記親水性ステンレス鋼材を備える親水性部材である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、親水性の寿命が長く、意匠性及びリサイクル性に優れる安価な親水性ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに親水性部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施形態に係るステンレス鋼材の断面の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
なお、本明細書において成分に関する「%」表示は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0015】
(1.親水性ステンレス鋼材)
図1は、本発明の実施形態に係るステンレス鋼材の断面の模式図である。
図1に示されるように、本発明の実施形態に係る親水性ステンレス鋼材10は、ステンレス鋼材20(母材)と、ステンレス鋼材20の表面に形成された酸化皮膜30とを備える。酸化皮膜30はSi系外層31及びNb系内層32を含む。
ここで、本明細書において「ステンレス鋼材20」とは、ステンレス鋼から形成された材料のことを意味し、その材形は特に限定されない。材形の例としては、板状(帯状を含む)、棒状、管状などが挙げられる。
【0016】
Si系外層31は、酸化皮膜30の表面側の層である。
ここで、本明細書において「Si系外層31」とは、Siの酸化物(SiO2)を主体とする層のことを意味する。具体的には、酸化皮膜30のうち、Si、Al、Fe、Cr、Mn、Nb及びTiの元素の合計に対するSiの濃度が40原子%以上の層のことを意味する。
Siの濃度は、透過電子顕微鏡(TEM)によって測定することができる。具体的には、TEMに付属したエネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用い、約0.1nm程度のビーム径にて各元素の濃度を測定することによってSiの濃度を求めることができる。
【0017】
Si系外層31は、平均厚さが1.00~50.00nm、好ましくは1.50~30.00nm、より好ましくは2.00~10.00nm、更に好ましくは3.00~8.00nmである。また、Si系外層31の厚さの標準偏差が、0.20nm以下、好ましくは0.19nm以下である。このような範囲にSi系外層31の平均厚さ及び厚さの標準偏差を制御することにより、特定の平均厚さを有する均一なSi系外層31が表面に形成されているといえるため、所望の親水性を確保することができる。
【0018】
ここで、Si系外層31の平均厚さは、親水性ステンレス鋼材10の断面を透過電子顕微鏡(TEM)で観察し、TEM像から任意の100か所におけるSi系外層31の厚さを測定し、それらの平均値を算出することによって求めることができる。
また、Si系外層31の厚さの標準偏差は、Si系外層31の平均厚さと同様にして、TEM像から任意の100点におけるSi系外層31の厚さを測定した後、それらのデータから周知の方法によって算出することができる。
【0019】
Nb系内層32は、酸化皮膜30のステンレス鋼材20(母材)側の層である。
ここで、本明細書において「Nb系内層32」とは、Nbの酸化物を主体とする層のことを意味する。具体的には、酸化皮膜30のうち、Si、Al、Fe、Cr、Mn、Nb及びTiの元素の合計に対するNbの濃度が20原子%以上の層のことを意味する。
Nbの濃度は、透過電子顕微鏡(TEM)によって測定することができる。具体的には、Siの濃度と同様に、TEMに付属したエネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用い、約0.1nm程度のビーム径にて各元素の濃度を測定することによってNbの濃度を求めることができる。
【0020】
Nb系内層32は、平均厚さが1.00~30.00nm、好ましくは1.50~10.00nm、より好ましくは2.00~8.00nm、更に好ましくは2.00~6.00nmである。また、Nb系内層32の厚さの標準偏差が、0.20nm以下、好ましくは0.19nm以下である。このような範囲にNb系内層32の平均厚さ及び厚さの標準偏差を制御することにより、Nb系内層32の表面に特定の平均厚さを有する均一なSi系外層31を形成することができるため、所望の親水性を確保することができる。
【0021】
ここで、Nb系内層32の平均厚さは、親水性ステンレス鋼材10の断面を透過電子顕微鏡(TEM)で観察し、TEM像から任意の100か所におけるNb系内層32の厚さを測定し、それらの平均値を算出することによって求めることができる。
また、Nb系内層32の厚さの標準偏差は、Nb系内層32の平均厚さと同様にして、TEM像から任意の100点におけるNb系内層32の厚さを測定した後、それらのデータから周知の方法によって算出することができる。
【0022】
酸化皮膜30は、表面性状のアスペクト比Strが0.130以上、好ましくは0.140以上、より好ましくは0.150以上、更に好ましくは0.160以上である。
表面性状のアスペクト比Strは、表面性状の等方性、異方性を表す指標である。Strの値が0に近いほど異方性があり(例えば、研磨目が存在する)、1に近いほど等方性であるということができる。したがって、表面性状のアスペクト比Strを上記の範囲に制御することにより、意匠性を向上させることができる。
ここで、本明細書における「表面性状のアスペクト比Str」は、ISO 25178-2:2012に準拠し、表面形状の測定及び解析を行うことによって得ることができる。
【0023】
ステンレス鋼材20(母材)の組成は、特に限定されないが、C:0.030%以下、Si:0.45~3.00%、Mn:1.00%以下、Ni:2.00%以下、Cr:17.50~18.50%、Al:0.040%以下、Nb:0.200~0.500%、Ti:0.100%以下、O:0.0100%以下を含み、残部がFe及び不純物からなる組成を有することが好ましい。
ここで、本明細書において「不純物」とは、ステンレス鋼材20を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップなどの原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。例えば、不純物として、P、Sなどが挙げられる。Pの含有量は典型的に0.040%以下、Sの含有量は典型的に0.030%以下である。
なお、不純物以外の各元素の含有量に関して、「xx%以下」を含むとは、xx%以下であるが、0%超(特に、不純物レベル超)の量を含むことを意味する。
【0024】
また、ステンレス鋼材20は、Mo:0.040%以下、N:0.030%以下、Sn:0.100%以下から選択される1種以上を更に含むことができる。
以下、各成分について詳細に説明する。
【0025】
<C:0.030%以下>
Cは、ステンレス鋼材20の強度などの機械的特性に影響を与える元素である。ただし、C含有量が多すぎると、ステンレス鋼材20の加工性及び耐粒界腐食性が低下してしまう。そのため、C含有量の上限値は、0.030%、好ましくは0.025%、より好ましくは0.020%である。一方、C含有量の下限値は、特に限定されないが、C含有量を過剰に少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、C含有量の下限値は、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.001%である。
【0026】
<Si:0.45~3.00%>
Siは、Si系外層31を含む酸化皮膜30をステンレス鋼材20の表面に形成するために必要な元素である。したがって、Si含有量が少なすぎると、Si系外層31を含む酸化皮膜30が形成され難くなる。したがって、所定のSi系外層31を形成する観点から、Si含有量の下限値は、0.45%、好ましくは0.60%、より好ましくは0.70%、更に好ましくは1.00%である。一方、Si含有量が多すぎると、冷間加工性が低下する。したがって、冷間加工性を担保する観点から、Si含有量の上限値は、3.00%、好ましくは2.95%、より好ましくは2.90%、更に好ましくは2.80%である。
【0027】
<Mn:1.00%以下>
Mnは、オーステナイト相(γ相)形成元素であり、ステンレス鋼材20の耐熱性を向上させる元素でもある。ただし、Mn含有量が多すぎると、SiO2の生成を妨げるため、所定のSi系外層31を含む酸化皮膜30が形成されない。そのため、Mn含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.90%、より好ましくは0.80%である。一方、Mn含有量の下限値は、特に限定されないが、Mnによる効果を確保する観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.03%である。
【0028】
<Ni:2.00%以下>
Niも、Mnと同様にオーステナイト相(γ相)形成元素であり、ステンレス鋼材20の耐熱性を向上させる元素でもある。ただし、Ni含有量が多すぎると、SiO2の生成を妨げるため、所定のSi系外層31を含む酸化皮膜30が形成されない。そのため、Ni含有量の上限値は、2.00%、好ましくは1.80%、より好ましくは1.60%、更に好ましくは1.50%である。一方、Ni含有量の下限値は、特に限定されないが、Niによる効果を確保する観点から、好ましくは0.01%、より好ましくは0.03%である。
【0029】
<Cr:17.50~18.50%>
Crは、ステンレス鋼材20の耐食性を維持するために重要な元素である。ただし、Cr含有量が多すぎると、精錬コストの上昇を招く上に、固溶強化によって硬質化し、ステンレス鋼材20の加工性が低下してしまう。そのため、Cr含有量の上限値は、18.50%、好ましくは18.40%、より好ましくは18.30%である。一方、Cr含有量が少なすぎると、耐食性が十分に得られない。そのため、Cr含有量の下限値は、17.50%、好ましくは17.60%、より好ましくは17.70%である。
【0030】
<Al:0.040%以下>
Alは、精錬工程において脱酸のために用いられる元素である。また、Alは、ステンレス鋼材20の耐食性や耐酸化性を改善する元素でもある。ただし、Al含有量が多すぎると、酸化皮膜30の親水性が低下してしまう。そのため、酸化皮膜30の親水性を確保する観点から、Al含有量の上限値は、0.040%、好ましくは0.035%、より好ましくは0.030%である。一方、Al含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001%、より好ましくは0.003%である。
【0031】
<Nb:0.200~0.500%>
Nbは、Nb系内層32を含む酸化皮膜30をステンレス鋼材20の表面に形成するために必要な元素である。また、Nbは、ステンレス鋼材20の耐食性や溶接性を改善する元素でもある。したがって、所定のNb系内層32を形成する観点から、Nb含有量の下限値は、0.200%、好ましくは0.210%、より好ましくは0.230%、更に好ましくは0.250%である。一方、Nb含有量が多すぎると、Nb系内層32の平均厚さや厚さのバラツキ(標準偏差)が大きくなり、Nb系内層32の表面に所定のSi系外層31を形成し難くなる。したがって、Nb含有量の上限値は、0.500%、好ましくは0.480%、より好ましくは0.460%、更に好ましくは0.450%である。
【0032】
<Ti:0.100%以下>
Tiは、ステンレス鋼材20の耐食性や溶接性を改善する元素である。ただし、Ti含有量が多すぎると、酸化皮膜30中にTiが多く含有されてしまい、酸化皮膜30の親水性が低下してしまう。したがって、Ti含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.050%、より好ましくは0.030%、更に好ましくは0.010%である。一方、Ti含有量の下限値は、特に限定されないが、Tiによる効果を確保する観点から、好ましくは0.001%、より好ましくは0.003%である。
【0033】
<O:0.0100%以下>
Oは、酸化皮膜30の形成に影響を与える元素である。所定の酸化皮膜30を形成する観点から、O含有量の上限値は、0.0100%、好ましくは0.0080%、より好ましくは0.0060%、更に好ましくは0.0050%である。一方、O含有量の下限値は、特に限定されないが、一般的に0.0001%、好ましくは0.0003%である。
【0034】
<Mo:0.040%以下>
Moは、ステンレス鋼材20の耐食性を改善する元素であり、必要に応じて添加される。ただし、Mo含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、Mo含有量の上限値は、0.040%、好ましくは0.035%、より好ましくは0.030%である。一方、Mo含有量の下限値は、特に限定されないが、Moによる効果を得る観点から、好ましくは0.001%、より好ましくは0.003%である。
【0035】
<N:0.030%以下>
Nは、Moと同様に、ステンレス鋼材20の耐食性を改善する元素であり、必要に応じて添加される。ただし、N含有量が多すぎると、硬質化してステンレス鋼材20の加工性が低下してしまう。そのため、N含有量の上限値は、0.030%、好ましくは0.025%、より好ましくは0.020%である。一方、N含有量の下限値は、特に限定されないが、Nによる効果を得る観点から、好ましくは0.001%、より好ましくは0.003%である。
【0036】
<Sn:0.100%以下>
Snは、Mo及びNと同様に、ステンレス鋼材20の耐食性を改善する元素であり、必要に応じて添加される。ただし、Sn含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、Sn含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.090%、より好ましくは0.080%である。一方、Sn含有量の下限値は、特に限定されないが、Snによる効果を得る観点から、好ましくは0.001%、より好ましくは0.002%である。
【0037】
ステンレス鋼材20の金属組織は、特に限定されず、フェライト系、オーステナイト系などにすることができる。
ここで、本明細書において「フェライト系」とは、常温で金属組織が主にフェライト相であるものを意味する。したがって、「フェライト系」にはフェライト相以外の相(例えば、オーステナイト相やマルテンサイト相など)が僅かに含まれるものも包含される。同様に、本明細書において「オーステナイト系」及び「マルテンサイト系」とは、常温で金属組織が主にオーステナイト相及びマルテンサイト相であるものをそれぞれ意味する。
【0038】
本発明の実施形態に係る親水性ステンレス鋼材10は、製造直後の水接触角が60.0°以下であることが好ましい。このような範囲の水接触角であれば、親水性が良好であるということができる。なお、水接触角の角度が小さいほど親水性であるといえるため、水接触角の下限は特に限定されない。
ここで、本明細書における「水接触角」は、静滴法によるイオン交換水0.1mLの液滴との接触角のことを意味する。
【0039】
本発明の実施形態に係る親水性ステンレス鋼材10は、その製造から4週間後の水接触角が60.0°以下であることが好ましい。このような範囲の水接触角であれば、親水性の寿命が長いということができる。なお、水接触角の角度が小さいほど親水性であるといえるため、水接触角の下限は特に限定されない。
【0040】
本発明の実施形態に係る親水性ステンレス鋼材10の種類は、特に限定されないが、冷延材であることが好ましい。親水性ステンレス鋼材10が冷延材である場合、その厚さは一般的に3mm未満である。
【0041】
(2.親水性ステンレス鋼材の製造方法)
本発明の実施形態に係る親水性ステンレス鋼材10の製造方法は、上記の特徴を有する親水性ステンレス鋼材を製造可能であれば特に限定されない。
以下、本発明の実施形態に係る親水性ステンレス鋼材10の製造方法の一例について説明する。
本発明の実施形態に係る親水性ステンレス鋼材10の製造方法は、所定の組成を有するステンレス冷延材を、水素比率が70体積%以上である水素ガス雰囲気下、-40~-60℃の露点、1000~1050℃の温度で光輝焼鈍することにより行われる。このような条件で光輝焼鈍を行うことにより、上記したような所定の平均厚さ及び厚さの標準偏差を有するSi系外層31及びNb系内層32を含み、表面性状のアスペクト比Strを所定の範囲に制御した酸化皮膜30を形成することができる。
【0042】
ステンレス冷延材は、C:0.030%以下、Si:0.45~3.00%、Mn:1.00%以下、Ni:2.00%以下、Cr:17.50~18.50%、Al:0.040%以下、Nb:0.200~0.500%、Ti:0.100%以下、O:0.0100%以下を含み、残部がFe及び不純物からなる組成を有することが好ましい。また、ステンレス冷延材は、Mo:0.040%以下、N:0.030%以下、Sn:0.100%以下から選択される1種以上を更に含むことができる。なお、このステンレス冷延材の組成は、上記で説明したステンレス鋼材20の組成と同じであるため説明を省略する。
【0043】
ステンレス冷延材は、上記の組成を有するスラブを熱間圧延して焼鈍した後、冷間圧延することによって得ることができる。各工程における条件は、特に限定されず、組成などに応じて適宜調整すればよい。
【0044】
光輝焼鈍において、水素ガス雰囲気中の水素ガス以外のガスは、特に限定されず、窒素などの不活性ガスであることが好ましい。また、水素ガス雰囲気中の水素比率が70体積%未満であると、所定の酸化皮膜30を形成することができない。
【0045】
光輝焼鈍において、露点が-40℃を超えると、表層にCrを主体とする層が形成されてしまうため、所望の親水性が得られない。また、露点が-60℃未満であると、Siが還元され易くなるため、表層にAlを主体とする層が形成されてしまい、所望の親水性が得られない。
また、光輝焼鈍において、温度が1000℃未満であると、Si系外層31の平均厚さが小さくなるとともに、その厚さのバラツキも大きくなり、親水性の寿命が短くなる。また、温度が1050℃を超えると、表層にAlを主体とする層が形成されてしまい、所望の親水性が得られない。
【0046】
(3.親水性部材)
本発明の実施形態に係る親水性部材は、上記の親水性ステンレス鋼材10を備える。
親水性部材において、親水性ステンレス鋼材10は、親水性部材が用いられる用途に適した形状に加工されていてよい。加工方法は、特に限定されず、当該技術分野において公知の方法を用いることができる。
本発明の実施形態に係る親水性部材は、親水性の寿命が長く、意匠性及びリサイクル性に優れているため、当該特性が要求される各種用途に用いられる。例えば、この親水性部材は、建材や家電などの手垢が付着して汚れが目立つ部分に用いることができる。特に、この親水性部材は、エレベータの外装や内装、炊飯器などの厨房機器に用いるのに適している。
【実施例0047】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
【0048】
表1に示す鋼種A~Cの組成(残部はFe及び不純物である)を有するステンレス鋼を溶製し、鍛造してスラブとした後、熱間圧延し、厚さ3mmのステンレス熱延板を得た。次に、ステンレス熱延板に焼鈍及び酸洗を行った後、冷間圧延を行い、厚さ0.8mmのステンレス冷延板を得た。次に、ステンレス冷延板に対して、水素比率が75体積%である水素ガス雰囲気(雰囲気中のその他のガスは窒素ガスである)下、表2及び3に示す条件で光輝焼鈍を行った。比較例1~4については、光輝焼鈍の後に#400の番手の研磨ベルトを用いて研磨を行ってヘアライン(HL)仕上げとした。実施例及びその他の比較例は、光輝焼鈍(BA)仕上げである。
なお、鋼種A及びBはフェライト系、鋼種Cはオーステナイト系である。
【0049】
【表1】
【0050】
上記で得られた親水性ステンレス鋼板について以下の評価を行った。
【0051】
(酸化皮膜(Si系外層及びNb系内層)の平均厚さ及び厚さの標準偏差)
親水性ステンレス鋼板から縦10μm×横10μm×厚さ100nmの測定用サンプル(10個)をFIB(集束イオンビーム)によって作製し、親水性ステンレス鋼板の断面を走査透過顕微鏡[STEM](株式会社日立ハイテク製HD-2700)で観察した。このときSTEMに付属したエネルギー分散型X線分析装置(EDX)によってマッピングし、Si系外層及びNb系内層をそれぞれ特定した。10個の測定用サンプルのTEM像から任意の10か所(10個の測定用サンプルの合計で100か所)におけるSi系外層及びNb系内層の厚さを測定し、それらの平均値を算出することによって、それらの平均厚さを求めた。また、これらの厚さデータを用いて厚さの標準偏差を求めた。
【0052】
<酸化皮膜の表面性状のアスペクト比Str>
ステンレス鋼板に形成された酸化皮膜の表面性状のアスペクト比Strは、ISO 25178-2:2012に準拠して測定を行った。具体的には、オリンパス株式会社製のレーザー顕微鏡(LEXT OLS4000)を用いて画像撮影を行った。撮影時の倍率は200倍とし、温度を23~25℃とした。撮影した画像の解析は、オリンパス株式会社製のレーザー顕微鏡(LEXT OLS4100)の解析ソフトを用いて行った。これらの測定結果は、任意の5か所で測定した値の平均値を測定結果とした。この評価において、表面性状のアスペクト比Strが0.130以上であれば、意匠性に優れるということができる。
【0053】
(水接触角:製造直後及び製造から4週間後)
親水性ステンレス鋼板から測定用サンプルを採取し、静滴法によりイオン交換水0.1mLとの接触角を測定した。
ここで、製造直後とは、親水性ステンレス鋼板の製造工程における最終工程(光輝焼鈍)の直後のことを意味する。ただし、比較例1~4については、研磨工程の直後のことを意味する。
また、製造から4週間後とは、光輝焼鈍から4週間後のことを意味する。ただし、比較例1~4については、研磨工程から4週間後のことを意味する。
【0054】
上記の各評価結果を表2及び3に示す。
【0055】
【表2】
【0056】
【表3】
【0057】
表2に示されるように、実施例1~12の親水性ステンレス鋼板は、特定の平均厚さ及び厚さの標準偏差を有するSi系外層及びNb系内層を含む酸化皮膜を有しているため、製造直後及び製造から4週間後の水接触角が低く、親水性及びその寿命も良好であった。また、実施例1~12の親水性ステンレス鋼板は、表面性状のアスペクト比Strが0.130以上であり、意匠性も良好であった。
【0058】
これに対して比較例1~4の親水性ステンレス鋼板は、光輝焼鈍の後に研磨を行ったため、表面性状のアスペクト比Strが0.130未満となって意匠性が低下した。また、これらの親水性ステンレス鋼板は、製造から4週間後の水接触角も高く、親水性の寿命も十分でなかった。
比較例5~14の親水性ステンレス鋼板は、酸化皮膜を構成するSi系外層及びNb系内層の厚さの標準偏差が大きいため、製造直後及び製造から4週間後の水接触角が高く、親水性及びその寿命が十分でなかった。これは、Si系外層及びNb系内層の平均厚さが比較的小さく、そして厚さのバラツキも大きいことから、親水性が十分でない表面(Si系外層)が局所的に存在しているためであると考えられる。
比較例15の親水性ステンレス鋼板は、光輝焼鈍時の露点が高すぎたため、表層にCrを主体とする層(Cr系外層)が形成されてしまい、Cr系外層の下部にSi系内層及びNb系内層が形成されていた。Si系内層及びNb系内層は平均厚さが小さく、そして厚さのバラツキも大きかった。そのため、親水性及びその寿命が十分でなかった。
比較例16の親水性ステンレス鋼板は、光輝焼鈍時の露点が低すぎたため、Siが還元されて表層にAlを主体とする層(Al系外層)が形成されてしまい、Al系外層の下部にSi系内層及びNb系内層が形成されていた。Si系内層及びNb系内層は平均厚さが小さく、そして厚さのバラツキも大きかった。そのため、親水性及びその寿命が十分でなかった。
比較例17の親水性ステンレス鋼板は、光輝焼鈍時の温度が低すぎたため、Si系外層の平均厚さが小さく、そして厚さのバラツキも大きくなってしまい、親水性の寿命が短くなった。
比較例18の親水性ステンレス鋼板は、光輝焼鈍時の温度が高すぎたため、表層にAlを主体とする層(Al系外層)が形成されてしまい、Al系外層の下部にSi系内層及びNb系内層が形成されていた。Si系内層及びNb系内層は平均厚さが小さく、そして厚さのバラツキも大きかった。そのため、親水性及びその寿命が十分でなかった。
【0059】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、親水性の寿命が長く、意匠性及びリサイクル性に優れる安価な親水性ステンレス鋼材及びその製造方法、並びに親水性部材を提供することができる。
【符号の説明】
【0060】
10 親水性ステンレス鋼材
20 ステンレス鋼材
30 酸化皮膜
31 Si系外層
32 Nb系内層
図1