(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024126558
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】金属疲労評価装置、該システム、該方法および該プログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 23/205 20180101AFI20240912BHJP
G01N 23/2055 20180101ALI20240912BHJP
【FI】
G01N23/205
G01N23/2055 310
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023034976
(22)【出願日】2023-03-07
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100111453
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻井 智
(72)【発明者】
【氏名】杵渕 雅男
(72)【発明者】
【氏名】高嶋 康人
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA18
2G001CA01
2G001DA09
2G001KA07
2G001LA02
(57)【要約】
【課題】本発明は、金属の溶接部において、金属疲労の評価指標における精度の低下を抑制できる金属疲労評価装置、金属疲労評価方法および金属疲労評価プログラムを提供する。
【解決手段】本発明は、金属の溶接部を評価対象として金属疲労の程度を表す評価指標を求める金属疲労評価装置Dであって、回折する性質を持つビームを前記評価対象に、一方向に長尺なスリット状となるように照射することによって形成された回折環を表す回折環データに基づいて前記評価指標を求める。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属の溶接部を評価対象として金属疲労の程度を表す評価指標を求める金属疲労評価装置であって、
回折する性質を持つビームを前記評価対象に、一方向に長尺なスリット状となるように照射することによって形成された回折環を表す回折環データに基づいて前記評価指標を求める指標部を備える、
金属疲労評価装置。
【請求項2】
前記一方向は、前記溶接部における止端の延長方向に沿う方向である、
請求項1に記載の金属疲労評価装置。
【請求項3】
前記回折環データは、互いに異なる複数の照射位置それぞれについて、前記ビームを前記評価対象に、当該照射位置に前記スリット状になるように照射することによって形成された回折環を表すデータであり、
前記複数の照射位置は、前記溶接部における止端および止端と隣接する母材を含む領域に含まれるとともに、止端からの距離が互いに異なり、
前記指標部は、複数の回折環データに基づいて統計処理を用いて前記評価指標を求める、
請求項2に記載の金属疲労評価装置。
【請求項4】
前記指標部は、
前記回折環データにおける、方位角に対する回折環のピーク強度分布、または、前記回折環データにおける、方位角に対する半価幅分布を、データ分布として求める分布処理部と、
前記分布処理部で求めたデータ分布から前記評価指標を求める指標処理部とを備え、
前記分布処理部は、照射位置ごとにデータ分布を求め、
前記指標処理部は、照射位置ごとにデータ分布から当該照射位置における分布の均一性の程度を表す均一性指標を求めるとともに、照射位置ごとに求めた均一性指標を統計処理して前記評価指標を求める、
請求項3に記載の金属疲労評価装置。
【請求項5】
前記指標部は、
前記回折環データにおける、方位角に対する回折環のピーク強度分布、または、前記回折環データにおける、方位角に対する半価幅分布を、データ分布として求める分布処理部と、
前記分布処理部で求めたデータ分布から前記評価指標を求める指標処理部とを備える、
請求項1に記載の金属疲労評価装置。
【請求項6】
前記指標処理部は、前記分布処理部で求めたデータ分布から、前記データ分布に含まれるうねり成分を除去した除去結果に基づいて前記評価指標を求める、
請求項5に記載の金属疲労評価装置。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の金属疲労評価装置と、
前記回折環データを生成して取得する測定装置とを備える、
金属疲労評価システム。
【請求項8】
金属の溶接部を評価対象として金属疲労の程度を表す評価指標を求める金属疲労評価方法であって、
回折する性質を持つビームを前記評価対象に、一方向に長尺なスリット状となるように照射することによって形成された回折環を表す回折環データに基づいて前記評価指標を求める指標処理工程を備える、
金属疲労評価方法。
【請求項9】
金属の溶接部を評価対象として金属疲労の程度を表す評価指標を求める金属疲労評価プログラムであって、
コンピュータを、請求項1ないし請求項6のいずれか1項の金属疲労評価装置として機能させるための金属疲労評価プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回折環を用いて金属疲労の程度を評価する金属疲労評価装置、金属疲労評価システム、金属疲労評価方法および金属疲労評価プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
金属疲労による装置の損傷は、プロセスの不意な停止や事故等に繋がる虞があるため、金属疲労の程度を評価することは、重要であり、要望されている。この金属疲労の程度を評価する技術は、例えば、特許文献1に開示されている。
【0003】
この特許文献1に開示された金属疲労評価装置は、金属の評価対象における金属疲労の程度を表す評価指標を求める装置であって、前記評価対象に回折する性質を持つビームを照射することによって形成された回折環を表す回折環データを取得するデータ取得部と、前記データ取得部で取得した回折環データに基づいて前記回折環におけるピーク強度の均一の程度を表す均一性指標を前記評価指標として求める指標処理部とを備える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、金属疲労は、金属の母材でも生じ得るが、通常、母材よりも溶接部で生じ易いため、金属の溶接部における金属疲労の程度の評価が望まれる。母材は、その製造の際に一定の組織形態が得られるように調整されため、その組織形態には、位置に対する分布が比較的生じ難い。一方、溶接部では、溶接の際、金属が再溶融された後に凝固し、溶接に伴う熱が周囲に伝導するため、前記再溶融および前記凝固する部分(DEPO)および前記溶接に伴う熱の影響を受ける部分(HAZ)が生じるので、その組織形態には、位置に対する分布が生じ得る。回折環は、原子でのブラッグ反射により生じるため、組織形態の分布に影響を受ける虞がある。前記特許文献1では、溶接部における上述の事情が考慮されていないため、評価指標の精度が低下してしまう虞がある。
【0006】
本発明は、上述の事情に鑑みて為された発明であり、その目的は、金属の溶接部において、金属疲労の評価指標における精度の低下を抑制できる金属疲労評価装置、金属疲労評価システム、金属疲労評価方法および金属疲労評価プログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、種々検討した結果、上記目的は、以下の本発明により達成されることを見出した。すなわち、本発明の一態様にかかる金属疲労評価装置は、金属の溶接部を評価対象として金属疲労の程度を表す評価指標を求める金属疲労評価装置であって、回折する性質を持つビームを前記評価対象に、一方向に長尺なスリット状となるように照射することによって形成された回折環を表す回折環データに基づいて前記評価指標を求める指標部を備える。好ましくは、上述の金属疲労評価装置において、前記スリット状のスリット幅(短尺方向(前記一方向に直交する方向)の長さ)は、0.5[mm]~2.5[mm]以下である。好ましくは、上述の金属疲労評価装置において、前記スリット状のスリット幅は、0.7[mm]~2.0[mm]である。好ましくは、上述の金属疲労評価装置において、前記スリット状のスリット幅は、1.0[mm]~1.5[mm]である。
【0008】
このような金属疲労評価装置は、ビームを評価対象にスリット状となるように照射することによって形成された回折環を表す回折環データに基づいて評価指標を求めるので、評価指標における精度の低下を抑制できる。すなわち、スリット状で照射することで、前記スリット状の短尺方向(前記一方向に直交する方向)では、組織形態の分布による影響が低減できる一方、前記スリット状の長尺方向(前記一方向)では、ブラッグ反射が生じ得るから、回折環が形成されつつ、組織形態の分布による影響が低減できる。したがって、上記金属疲労評価装置は、評価指標における精度の低下を抑制できる。
【0009】
なお、前記数値範囲の上限は、HAZにおける組織バラツキの影響を低減するために設定され、その下限は、十分な数の結晶粒に対してビームを照射し、十分な回折を得るために設定され、これらは、精度の向上に寄与する。
【0010】
他の一態様では、これら上述の金属疲労評価装置において、前記一方向は、前記溶接部における止端の延長方向に沿う方向である。好ましくは、上述の金属疲労評価装置において、前記一方向と前記溶接部における止端の延長方向とは、略平行である。
【0011】
溶接に伴う熱による影響の程度は、止端からの距離に依存すると推察されるので、止端の延長方向における組織形態の分布は、比較的生じ難いと考えられる。上記金属疲労評価装置は、一方向が溶接部における止端の延長方向に沿う方向であるので、より適正な回折環を得ることができるから、評価指標における精度の低下を抑制できる。
【0012】
他の一態様では、これら上述の金属疲労評価装置において、前記回折環データは、互いに異なる複数の照射位置それぞれについて、前記ビームを前記評価対象に、当該照射位置に前記スリット状になるように照射することによって形成された回折環を表すデータであり、前記複数の照射位置は、前記溶接部における止端および止端と隣接する母材を含む領域に含まれるとともに、止端からの距離が互いに異なり、前記指標部は、複数の回折環データに基づいて統計処理を用いて前記評価指標を求める。好ましくは、上述の金属疲労評価装置において、前記指標部は、前記回折環データにおける、方位角に対する回折環のピーク強度分布、または、前記回折環データにおける、方位角に対する半価幅分布を、データ分布として求める分布処理部と、前記分布処理部で求めたデータ分布から前記評価指標を求める指標処理部とを備え、前記分布処理部は、照射位置ごとにデータ分布を求め、前記指標処理部は、照射位置ごとにデータ分布から当該照射位置における分布の均一性の程度を表す均一性指標を求めるとともに、照射位置ごとに求めた均一性指標を統計処理して前記評価指標を求める。好ましくは、これら上述の金属疲労評価装置において、前記指標部は、前記複数の回折環データそれぞれについて、当該回折環データに基づいて前記評価指標を求め、前記求めた複数の評価指標を平均した平均値を最終的な評価指標とする。
【0013】
このような金属疲労評価装置は、複数の照射位置での複数の回折環データに基づいて、所定の統計処理を用いて評価指標を求めるので、溶接部における組織形態の分布による評価指標のばらつきを低減できるから、評価指標における精度の低下を抑制できる。
【0014】
他の一態様では、これら上述の金属疲労評価装置において、前記指標部は、前記回折環データにおける、方位角に対する回折環のピーク強度分布、または、前記回折環データにおける、方位角に対する半価幅分布を、データ分布として求める分布処理部と、前記分布処理部で求めたデータ分布から前記評価指標を求める指標処理部とを備える。好ましくは、上述の金属疲労評価装置において、前記評価指標は、前記データ分布の均一の程度を表す均一性指標である。好ましくは、上述の金属疲労評価装置において、前記均一性指標は、前記データ分布における標準偏差、または、前記データ分布における標準偏差を前記データ分布の平均値で除算した除算結果である。
【0015】
他の一態様では、上述の金属疲労評価装置において、前記指標処理部は、前記分布処理部で求めたデータ分布から、前記データ分布に含まれるうねり成分を除去した除去結果に基づいて前記評価指標を求める。
【0016】
このような金属疲労評価装置は、データ分布から、ノイズであるうねり成分を除去した除去結果に基づいて評価指標を求めるので、より信頼性の高い評価結果を得ることができる。
【0017】
本発明の他の一態様にかかる金属疲労評価システムは、これら上述のいずれかの金属疲労評価装置と、前記回折環データを生成して取得する測定装置とを備える。
【0018】
このような金属疲労評価システムは、これら上述のいずれかの金属疲労評価装置を備えるので、金属の溶接部において、金属疲労の評価指標における精度の低下を抑制できる。
【0019】
本発明の他の一態様にかかる金属疲労評価方法は、金属の溶接部を評価対象として金属疲労の程度を表す評価指標を求める金属疲労評価方法であって、回折する性質を持つビームを前記評価対象に、一方向に長尺なスリット状となるように照射することによって形成された回折環を表す回折環データに基づいて前記評価指標を求める指標処理工程を備える。
【0020】
このような金属疲労評価方法は、ビームを評価対象にスリット状で照射することによって形成された回折環を表す回折環データに基づいて評価指標を求めるので、評価指標における精度の低下を抑制できる。
【0021】
本発明の他の一態様にかかる金属疲労評価プログラムは、金属の溶接部を評価対象として金属疲労の程度を表す評価指標を求めるプログラムであって、コンピュータを、これら上述のいずれかの金属疲労評価装置として機能させるためのプログラムである。
【0022】
これによれば、金属疲労評価プログラムが提供でき、この金属疲労評価プログラムは、これら上述の金属疲労評価装置と同様な作用効果を奏する。
【発明の効果】
【0023】
本発明にかかる金属疲労評価装置、金属疲労評価システム、金属疲労評価方法および金属疲労評価プログラムは、金属の溶接部において、金属疲労の評価指標における精度の低下を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】実施形態における金属疲労評価装置の構成を示すブロック図である。
【
図2】前記金属疲労評価装置におけるデータ取得部の一例の構成を示すブロック図である。
【
図3】一例として、評価対象の溶接部が形成された金属管を示す図である。
【
図4】一例として、評価対象の溶接部に、ビニールテープでスリット部材を形成した様子を説明するための図である。
【
図5】一例として、評価対象を母材および溶接部それぞれとした場合における方位角に対するピーク強度分布を示す図である。
【
図6】一例として、HAZと母材の境界付近における溶接によるばらつきを説明するための図である。
【
図7】入射角と方位角とによるX線侵入深さの変化を示すグラフである。
【
図8】入射角による、方位角に対する回折環のピーク強度分布の変化を説明するための図である。
【
図9】離間間隔抽出処理を説明するための図である。
【
図10】一例として、3個の照射位置それぞれにおける、損傷度に対する均一性指標の変化率を示すグラフである。
【
図11】一例として、
図10に示す損傷度に対する均一性指標の変化率を平均した、損傷度に対する均一性指標の変化率を示すグラフである。
【
図12】3点曲げ疲労試験を説明するための図である。
【
図13】一例として、3点曲げ疲労試験において、方位角に対するピーク強度分布を示す図である。
【
図14】一例として、2個の照射位置それぞれにおける、損傷度に対する均一性指標の変化率を示すグラフである。
【
図15】一例として、
図14に示す損傷度に対する均一性指標の変化率を平均した、損傷度に対する均一性指標の変化率を示すグラフである。
【
図16】前記金属疲労評価装置の動作を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照して、本発明の1または複数の実施形態が説明される。しかしながら、発明の範囲は、開示された実施形態に限定されない。なお、各図において同一の符号を付した構成は、同一の構成であることを示し、適宜、その説明を省略する。本明細書において、総称する場合には添え字を省略した参照符号で示し、個別の構成を指す場合には添え字を付した参照符号で示す。
【0026】
実施形態における金属疲労評価装置は、金属の溶接部を評価対象として金属疲労の程度を表す評価指標を求める装置である。前記溶接部は、主に、再溶融および凝固する部分(DEPO(Deposited metal)、溶接金属部)および溶接に伴う熱の影響を受ける部分(HAZ(Heat Affected Zone)、溶接熱影響部)を備える。この金属疲労評価装置は、回折する性質を持つビームを前記評価対象に、一方向に長尺なスリット状となるように照射することによって形成された回折環を表す回折環データに基づいて前記評価指標を求める指標部を備える。以下、このような金属疲労評価装置、ならびに、これに実装される金属疲労評価方法および金属疲労評価プログラムについて、より具体的に説明する。
【0027】
図1は、実施形態における金属疲労評価装置の構成を示すブロック図である。
図2は、前記金属疲労評価装置におけるデータ取得部の一例の構成を示すブロック図である。
図2Aは、全体的な構成を示し、
図2Bは、撮像部15と評価対象Obとの関係を示す。なお、
図2Bでは、スリット部材16の図示が省略されている。
図3は、一例として、評価対象の溶接部が形成された金属管を示す図である。
図4は、一例として、評価対象の溶接部に、ビニールテープでスリット部材を形成した様子を説明するための図である。
【0028】
実施形態における金属疲労評価装置Dは、例えば、
図1に示すように、データ取得部1と、制御処理部2と、入力部3と、出力部4と、インターフェース部(IF部)5と、記憶部6とを備える。
【0029】
データ取得部1は、制御処理部2に接続され、制御処理部2の制御に従って、金属(合金を含む)に回折する性質を持つビームを、金属の溶接部を評価対象として前記評価対象に、一方向に長尺なスリット状になるように照射することによって形成された回折環を表す回折環データを取得する装置である。より具体的には、例えば、本実施形態では、データ取得部1は、前記回折環データを生成して取得する測定装置を備えて構成される。したがって、本実施形態では、
図2Aは、前記測定装の一例の構成を示すブロック図でもあり、
図1は、前記金属疲労評価システムの構成を示すブロック図でもある。このデータ取得部の一例としての前記測定装置1は、前記ビームを照射する照射部と、前記照射部の前記ビームを前記評価対象に、前記一方向に長尺なスリット状で照射するためのスリット状の開口を備えるスリット部材と、前記照射部による前記ビームを前記評価対象に、前記スリット部材によってスリット状で照射することによって形成された回折環を撮像して前記回折環データを生成する撮像部とを備える。
【0030】
より詳しくは、測定装置1は、
図2に示すように、高圧電源11、冷却部12、データ取得制御部13、X線照射部14および撮像部15を備える。スリット部材16は、測定装置1と別体であってよく、測定装置1の構成要素であってもよい。高圧電源11は、電子線加速用の高電圧をX線照射部14に供給する装置である。冷却部12は、X線照射部14を冷却する装置である。データ取得制御部13は、データ取得部1全体の動作を制御する装置である。なお、データ取得制御部13は、制御処理部2に機能的に構成される後述の制御部21と兼用されてよい。
【0031】
X線照射部14は、電子線をターゲットに衝突させてX線を発生させるX線発生装置と、発生したX線を細束のX線ビームとして評価対象Obに照射するX線照射管とを備える。前記X線発生装置は、例えば、電子線を高電圧で加速して陽極に衝突させCrKα特性X線を発生させるためのX線管球(真空管)である。前記X線照射管は、例えば、発生したX線を細い平行ビームに絞り照射するピンホールコリメータである。
【0032】
なお、評価対象Obに対し回折する性質を持つビーム(回折光)として、ここでは、X線を用いる例を説明するが、回折の性質を持つビームには、X線に限らず、電磁波(可視光、紫外線、γ線を含む)、中性子線、電子線等が含まれる。
【0033】
スリット部材16は、X線照射部14の前記ビームを評価対象Obに、一方向に長尺なスリット状となるように照射するためのスリット状の開口161を備える部材である。スリット部材16は、ビームがスリット状の開口161以外の部分で回折した場合に、その回折した回折したX線が撮像部15で受光されないような材料で形成される。
図3には、一例として、評価対象の溶接部の形成された金属管が図示され、
図4には、溶接部に、ビニールテープ16-1、16-2でスリット部材16を形成した様子が図示されている。評価対象Obに照射されるX線は、強度が小さいため、
図4に示すように、スリット部材16を形成する材料は、厚手のビニールで十分であり、
図4では、2個のビニールテープ16-1、16-2でスリット幅(短尺方向(前記一方向に直交する方向)の長さ)が1.5[mm]のスリット状の開口が形成されている。なお、
図4に示す例では、スリット部材16は、厚手のビニールテープ16-1、16-2を備えて構成されたが、スリット部材16は、これに限定されるものではなく、例えばスリット状の開口を形成した樹脂材料性の板状部材等であってもよい。スリット部材16は、評価対象Ob上に配置され、
図4に示す例では、評価対象Obに密着されているが、必ずしも密着している必要は無く、前記回折した回折したX線が撮像部15で受光されない程度にスリット部材16と評価対象Obとの間に隙間があってもよい。
【0034】
図3に示すように、溶接部の止端の延長方向にy軸が設定され、溶接ビード(またはDEPO)から離れる方向、
図3に示す例では、y軸に直交する方向にx軸が設定された場合に、スリット状の開口161が配置(形成)される位置(スリット配置位置)、すなわち、ビームが評価対象Obにスリット状で照射される照射位置は、溶接部における止端(y軸)から、溶接ビード(またはDEPO)から離れる方向(x軸)に、予め設定された所定の距離だけ離れた位置である。前記止端は、一般に、溶接継手の表面における母材と溶接ビード(溶接金属)の境界線であり、溶接線に沿う方向に延長される。そして、
図3に示す例では、スリット状の開口161の長尺方向(前記一方向)は、溶接部における止端の延長方向(y軸)に沿う方向である。言い換えれば、前記一方向と前記溶接部における止端の延長方向とは、略平行である。
【0035】
このようなスリット状の開口161は、後述の実施例では、そのスリット幅は、好ましくは、前記スリット幅は、0.5[mm]~2.5[mm]以下であり、より好ましくは、前記スリット幅は、0.7[mm]~2.0[mm]であり、さらに好ましくは、前記スリット幅は、1.0[mm]~1.5[mm]である。前記数値範囲の上限は、HAZにおける組織バラツキの影響を低減するために設定され、その下限は、十分な数の結晶粒に対してビームを照射し、十分な回折を得るために設定され、これらは、精度の向上に寄与する。前記スリット幅は、一例では、1.5[mm]を有する開口161が、一例では止端から0[mm]以上2.5[mm]以内の領域内に位置するように設定される。
【0036】
X線照射部14がビームを評価対象Obに照射することにより、評価対象Obの表面の、スリット部材16の開口161に対応した領域にビームが照射される。評価対象Obの表面におけるビームの照射領域は、溶接部の止端の延長方向(y軸)に長尺なスリット状となる。このビームの照射領域のアスペクト比は、1以上であり、好ましくは2以上である。アスペクト比を大きくすることにより、X線が照射される面積を大きくすることができ、測定の精度を向上させることができる。一例では、照射領域の長尺方向の長さは5[mm]である。
【0037】
撮像部15は、X線照射部によるビームを評価対象Obに、スリット部材16によってスリット状になるように照射することによって形成された回折環を撮像し、前記回折環を表す回折環データを生成する装置である。撮像部15は、例えば、いわゆるイメージングプレートを備えて構成される。このイメージングプレートには、輝尽性蛍光発光現象が利用されている。大略、輝尽性蛍光体を塗布したフィルムがX線によって露光され、露光されたフィルムにレーザ光を照射して生じた蛍光の発光量が計測される。蛍光は、X線の露光量に応じた発光量で発光するので、発光量を計測することで、X線像が得られる。
【0038】
なお、データ取得部1は、例えば、外部の機器との間でデータを入出力するインターフェース回路であり、前記外部の機器は、前記回折環データを記憶した、例えばUSB(Universal Serial Bus)メモリおよびSDカード(登録商標)等の記憶媒体であってよい。あるいは、例えば、データ取得部1は、外部の機器との間でデータを入出力するインターフェース回路であり、前記外部の機器は、前記回折環データを記録した、例えばCD-ROM(Compact Disc Read Only Memory)、CD-R(Compact Disc Recordable)、DVD-ROM(Digital Versatile Disc Read Only Memory)およびDVD-R(Digital Versatile Disc Recordable)等の記録媒体からデータを読み込むドライブ装置であってよい。あるいは、例えば、データ取得部1は、外部の機器と通信信号を送受信する通信インターフェース回路であって、前記外部の機器は、ネットワーク(WAN(Wide Area Network、公衆通信網を含む))あるいはLAN(Local Area Network)を介して前記通信インターフェース回路に接続され、前記回折環データを管理するサーバ装置であってよい。なお、データ取得部1がインターフェース回路や通信インターフェース回路である場合では、データ取得部1は、IF部5と兼用されてもよい(すなわち、IF部5がデータ取得部1として用いられてもよい)。
【0039】
図1に戻って、入力部3は、制御処理部2に接続され、評価開始を指示するコマンド等の各種コマンド、および、例えば金属疲労評価装置Dによって評価される評価対象の名称(例えばシリアル番号等)等の、金属疲労評価装置Dの稼働を行う上で必要な各種データを金属疲労評価装置Dに入力する装置であり、例えば、キーボード、マウス、および、所定の機能を割り付けられた複数の入力スイッチ等である。出力部4は、制御処理部2に接続され、制御処理部2の制御に従って、入力部3から入力されたコマンドやデータ、データ取得部1で取得された回折環データで表される回折環、および、金属疲労評価装置Dによって求められた評価指標等を出力する装置であり、例えばCRTディスプレイ、LCD(液晶表示装置)および有機ELディスプレイ等の表示装置やプリンタ等の印刷装置等である。
【0040】
IF部5は、制御処理部2に接続され、制御処理部2の制御に従って、例えば、外部の機器との間でデータを入出力する回路であり、例えば、シリアル通信方式であるRS-232Cのインターフェース回路、Bluetooth(登録商標)規格を用いたインターフェース回路、および、USB規格を用いたインターフェース回路等である。また、IF部5は、例えば、データ通信カードや、IEEE802.11規格等に従った通信インターフェース回路等の、外部の機器と通信信号を送受信する通信インターフェース回路であってもよい。
【0041】
記憶部6は、制御処理部2に接続され、制御処理部2の制御に従って、各種の所定のプログラムおよび各種の所定のデータを記憶する回路である。前記各種の所定のプログラムには、例えば、制御処理プログラムが含まれ、前記制御処理プログラムには、制御プログラムおよび指標プログラム等が含まれる。前記制御プログラムは、金属疲労評価装置Dの各部1、3~6を当該各部の機能に応じてそれぞれ制御するプログラムである。前記指標プログラムは、データ取得部1で取得した回折環データに基づいて評価指標を求めるプログラムである。この指標プログラムは、必要に応じて、分布処理プログラムおよび指標処理プログラムを含み、前記指標処理プログラムは、必要に応じて、うねり成分抽出プログラムおよび指標演算プログラムを含む。前記分布処理プログラムは、データ取得部1で取得した回折環データにおける、方位角に対する回折環のピーク強度分布、または、前記データ取得部1で取得した回折環データにおける、方位角に対する半価幅分布を、データ分布として求めるプログラムである。前記指標処理プログラムは、前記分布処理プログラムで求めたデータ分布から、前記データ分布に含まれるうねり成分を除去した除去結果に基づいて評価指標を求めるプログラムである。前記うねり成分抽出プログラムは、前記分布処理プログラムで求めたデータ分布から、前記データ分布に含まれるうねり成分を抽出するプログラムである。前記指標演算プログラムは、前記分布処理プログラムで求めたデータ分布から、前記うねり成分抽出プログラムで抽出したうねり成分を除去した除去結果に基づいて評価指標を求めるプログラムである。前記各種の所定のデータには、例えば前記回折環データ等の、これら各プログラムを実行する上で必要なデータが含まれる。このような記憶部6は、例えば不揮発性の記憶素子であるROM(Read Only Memory)や書き換え可能な不揮発性の記憶素子であるEEPROM(Electrically Erasable Programmable Read Only Memory)等を備える。そして、記憶部6は、前記所定のプログラムの実行中に生じるデータ等を記憶するいわゆる制御処理部2のワーキングメモリとなるRAM(Random Access Memory)等を含む。なお、記憶部6は、大容量を記憶可能なハードディスク装置を備えてもよい。
【0042】
制御処理部2は、金属疲労評価装置Dの各部1、3~6を当該各部の機能に応じてそれぞれ制御し、評価対象における金属疲労の程度を表す評価指標を求めるための回路である。制御処理部2は、例えば、CPU(Central Processing Unit)およびその周辺回路を備えて構成される。制御処理部2には、前記制御処理プログラムが実行されることによって、制御部21および指標部22が機能的に構成される。
【0043】
制御部21は、金属疲労評価装置Dの各部1、3~6を当該各部の機能に応じてそれぞれ制御し、金属疲労評価装置D全体の制御を司るものである。
【0044】
指標部22は、データ取得部1で取得した回折環データに基づいて評価指標を求めるものである。前記評価指標には、一般的な、回折環の半価幅が用いられてよいが、本実施形態では、前記特許文献1に開示されているように、前記データ分布の均一の程度を表す均一性指標が用いられる。すなわち、前記評価指標は、方位角に対する、前記回折環におけるピーク強度の均一の程度を表す均一性指標である。あるいは、前記評価指標は、方位角に対する、前記回折環における半価幅の均一の程度を表す均一性指標である。
【0045】
好ましくは、前記均一性指標は、前記データ分布における標準偏差、または、前記データ分布における標準偏差を前記データ分布の平均値で除算した除算結果である。すなわち、前記均一性指標は、方位角に対する、前記回折環におけるピーク強度分布の標準偏差、または、方位角に対する、前記回折環におけるピーク強度の標準偏差を、前記ピーク強度分布の平均値で除算した除算結果である。あるいは、前記均一性指標は、方位角に対する、前記回折環における半価幅分布の標準偏差、または、方位角に対する、前記回折環における半価幅の標準偏差を、前記半価幅分布の平均値で除算した除算結果である。
【0046】
前記回折環データは、例えば、前記ビームを前記評価対象Obに、所定の照射位置に前記スリット状で照射することによって形成された回折環を表す1つのデータであり、前記照射位置は、上述したように、溶接部における止端(y軸)から、溶接ビード(またはDEPO)から離れる方向(x軸)に、予め設定された所定の距離だけ離れた位置である。
【0047】
ここで、照射位置について、
図5および
図6を用いて説明する。
図5および
図6は、溶接継手の疲労損傷試験片によるX線回折測定の一結果である。より具体的には、
図5は、一例として、評価対象を母材および溶接部それぞれとした場合における方位角に対するピーク強度分布を示す図である。
図5Aは、評価対象を止端近傍(HAZ)とした場合における方位角に対するピーク強度分布を示す図である。
図5Bは、評価対象を母材とした場合における方位角に対するピーク強度分布を示す図である。
図6は、一例として、HAZと母材の境界付近における溶接によるばらつきを説明するための図である。
図6Aは、第1評価対象における方位角に対するピーク強度分布を示す図であり、
図6Bは、止端からの距離が
図6Aの場合と同じ照射位置において、第2評価対象における方位角に対するピーク強度分布を示す図である。
図5および
図6の各図において、横軸は、方位角[deg]であり、縦軸は、ピーク強度である。前記方位角は、回折環の中心位置Oを通るベースラインを基準0度[deg]とした場合に、時計回りに回折環の周方向に、前記ベースラインからの角度である。
【0048】
前記溶接継手は、その材料が、ボイラ管に使用される一般規格の鋼管材料の一例である火STBA24J1であり、その外径がφ50.8[mm]であり、その肉厚が10.4[mm]である。溶接は、V開先でTIG多層溶接(完全溶け込み継手)である。前記疲労損傷試験では、管を長手方向にワイヤーカットで12個に分割して試験片が採取され、3点曲げ疲労試験(曲げスパン:140[mm]、荷重比:0.1)が実施され、疲労寿命として約33800回となる条件が抽出され、中途止め試験が実施され、疲労損傷が0[%]、10[%]、20[%]、40[%]、70[%]となる各サンプルが作製された(33800回が疲労損傷100[%])。前記X線回折測定では、電解研磨処理が施され、X線は、CrKα線であり、回折角2θは、156.396[deg]であり、入射角は、45[deg]であり、スリット幅は、1.5[mm]である。照射位置(測定位置)は、止端(y軸)からその離間方向(x軸)へ所定の距離ずつ離れた各位置である。すなわち、照射位置(測定位置)は、X線の照射領域がx=0~1.5[mm]となる第1照射位置(幅方向におけるスリットの一方端部が0[mm]に位置するとともに他方端部が1.5[mm]に位置する第1照射位置)、X線の照射領域がx=0.5~2.0[mm]となる第2照射位置、X線の照射領域がx=1.0~2.5[mm]となる第3照射位置、X線の照射領域がx=2.0~3.5[mm]となる第4照射位置、X線の照射領域がx=2.5~4.0[mm]となる第5照射位置、および、X線の照射領域がx=4.0~5.5[mm]となる第6照射位置の6箇所である。その測定結果の一例が、溶接部と母材との比較として
図5に示され、溶接部と母材との境界付近での比較として
図6に示されている。
【0049】
図5Aは、損傷度0[%]のHAZ(第1照射位置)での方位角に対するピーク強度分布であり、
図5Bは、損傷度0[%]の母材(第6照射位置)での方位角に対するピーク強度分布である。
図5Aに示すピーク強度分布と
図5Bに示すピーク強度とを比較すると分かるように、HAZと母材とでは、ピーク強度分布に明らかな差が認められ、評価指標(ここでは後述のようにうねり成分を除去後に標準偏差を平均値で除算した除算結果)も
図5Aに示すピーク強度分布では0.041であったが、
図5Bに示すピーク強度では0.078であり、約2倍の差異が確認された。このため、金属疲労を評価する場合に、母材とHAZとは、区別して評価することが好ましい。
【0050】
一方、
図6Aは、損傷度0[%]のサンプルについての第4照射位置での方位角に対するピーク強度分布であり、
図6Bは、損傷度10[%]のサンプルについての第4照射位置での方位角に対するピーク強度分布である。
図5および
図6を比較すると、どちらも止端からの距離が同じであるものの、
図6Bは、
図5Bに示す母材のプロファイルに類似し、
図6Aは、
図5Bよりも
図5Aに示すHAZのプロファイルの方に類似している。これは、HAZと母材との境界付近の第4照射位置では、溶接のばらつきにより、主に母材でのプロファイルに類似するプロファイルを持つピーク強度分布が測定される場合と、主にHAZでのプロファイルに類似するプロファイルを持つピーク強度分布が測定される場合とがあるためと、推察される。
【0051】
通常、疲労き裂は、止端部から発生するため、止端からの距離が大きいほど疲労損傷の感度が下がる可能性が高い。よって、溶接部の疲労損傷度を評価する際にはHAZ内の測定が推奨される。
【0052】
この例では、第1ないし第3照射位置(0[mm]以上2.5[mm]以内)の位置が確実にHAZ内と考えられるため、照射位置、すなわちスリット部材16の開口161が0[mm]以上2.5[mm]以内の領域内に位置するように設定される。
【0053】
溶接に伴う熱の影響範囲は、溶接による溶接部への入熱量に依存し、入熱量は、溶接の電流、電圧、速度、パス回数(1パス溶接、多パス溶接)等に依存する。このため、照射位置(前記照射位置を規定する、前記予め設定された所定の距離)もこれらに依存し、予め複数のサンプルから適宜に設定されることが好ましい。
【0054】
上述では、回折環におけるピーク強度分布について説明したが、回折環における半価幅分布についても同様である。
【0055】
図1に戻って、指標部22は、より信頼性の高い評価結果を得るため等の必要に応じて、
図1に破線で示すように、分布処理部221および指標処理部222を機能的に備える。分布処理部221は、データ取得部1で取得した回折環データにおける、方位角に対する回折環のピーク強度分布、または、データ取得部1で取得した回折環データにおける、方位角に対する半価幅分布を、データ分布として求めるものである。指標処理部222は、分布処理部221で求めたデータ分布から、前記データ分布に含まれるうねり成分を除去した除去結果に基づいて前記評価指標を求めるものである。前記除去結果は、データ分布から直接的に求められてよく、あるいは、うねり成分を求めてから、データ分布からこの求めたうねり成分を除去することで求められてよい。後者の場合には、指標処理部222は、
図1に破線で示すように、うねり成分抽出部231および指標演算部232を機能的に備える。うねり成分抽出部2221は、前記分布処理部221で求めたデータ分布から、前記データ分布に含まれるうねり成分を抽出するものである。指標演算部2222は、分布処理部221で求めたデータ分布から、うねり成分抽出部2221で抽出したうねり成分を除去した除去結果に基づいて評価指標を求めるものである。
【0056】
ここで、うねり成分およびその処理について、
図7ないし
図9を用いて説明する。
図7は、入射角と方位角とによるX線侵入深さの変化を示すグラフである。
図7の横軸は、方位角α[deg]であり、その縦軸は、X線侵入深さ[μm]である。
図7には、入射角Ψ0が0°(0[deg])である場合における方位角に対するX線侵入深さのグラフ、入射角Ψ0が15°(15[deg])である場合における方位角に対するX線侵入深さのグラフ、入射角Ψ0が30°(30[deg])である場合における方位角に対するX線侵入深さのグラフ、入射角Ψ0が45°(45[deg])である場合における方位角に対するX線侵入深さのグラフ、および、入射角Ψ0が60°(60[deg])である場合における方位角に対するX線侵入深さのグラフが示されている。
図8は、入射角による、方位角に対する回折環のピーク強度分布の変化を説明するための図である。
図8Aは、入射角Ψ0が0°である場合における、方位角に対する回折環のピーク強度分布を示し、
図8Bは、入射角Ψ0が45°である場合における、方位角に対する回折環のピーク強度分布を示す。
図6Aおよび
図6Bにおける各横軸は、方位角α[deg]であり、それらの各縦軸は、ピーク強度である。
図9は、離間間隔抽出処理を説明するための図である。
【0057】
X線回折の測定系では、例えば、
図7に示すように、入射角Ψ0と方位角αとにより、材料(評価対象)へのX線侵入深さが異なる。X線侵入深さは、入射角Ψ0が0°である場合には方位角αにかかわらず一定であるが、前記X線侵入深さは、入射角Ψ0が大きくなるに従って深くなり、方位角αが180°で谷(最も深く)となる。
図7に示す各グラフは、光路差に基づく減衰により回折強度に与える影響をシミュレーションすることによって生成された。
【0058】
発明者は、入射角Ψ0が0°である場合における、方位角に対する回折環のピーク強度分布、および、入射角Ψ0が45°である場合における方位角に対する回折環のピーク強度分布それぞれを実測することによって、
図7に示すX線侵入深さの変化が前記ピーク強度分布に与える影響について、調べた。その結果が
図8に示されている。
図8には、測定条件を、X線;CrKα線、回折角2θ;156.396[deg]、測定対象;火STBA24J1母材、平均スポット径;入射角Ψ0が0[deg]で約1.7[mm]、入射角Ψ0が45[deg]で約2.2[mm]、表面研磨;電解研磨として実測した、損傷度30[%]での、回折環のピーク強度が示されている。なお、ここでは、うねり成分に着目した説明の都合上、ビームは、スポットで照射され、スリット状で照射されていない。
【0059】
図7に示すように、入射角Ψ0が0°である場合には方位角αにかかわらずX線侵入深さが一定であるので、
図8Aに示す、入射角Ψ0が0°である場合における回折環のピーク強度を基準に、
図8Bに示す、入射角Ψ0が45°である場合における回折環のピーク強度を参照すると、0°から360°までの方位角の増加に伴う、ピーク強度における相対的に細かな、相対的に小さい変動(増減)は、これら両者間で近いように見えるが、入射角Ψ0が45°である場合における回折環のピーク強度には、入射角Ψ0が0°である場合における回折環のピーク強度に較べ、0°から360°までの方位角の増加に伴い、ピーク強度における相対的に緩やかな、相対的に大きい変動(増減)が見られる。方位角空間における空間周波数について、前者は、高周波成分であり、後者は、うねり成分である。均一性指標を評価指標とする場合、このうねり成分によって均一性が劣化するため、前記均一性指標にとって前記うねり成分がノイズとなってしまうので、前記うねり成分を除去することが好ましい。
【0060】
このため、本実施形態では、データ分布からうねり成分が除去され、その除去結果に基づいて評価指標の一例として均一性指標が求められる。この除去結果は、上述したように、まず、うねり成分を求めてから、データ分布からこの求めたうねり成分を除去することで求められてよい。このうねり成分の抽出には、公知の抽出処理が用いられる。
【0061】
例えば、前記データ分布に対し移動平均(単純移動平均)を求めることによって、うねり成分は、抽出できる。あるいは、例えば、前記データ分布に対し重み付き移動平均を求めることによって、うねり成分は、抽出できる。前記重みには、例えば、ガウス関数が用いられ、ガウシアンフィルタを用いたフィルタリング処理によって、うねり成分は、抽出できる。例えば、データ分布に対し、サンプリング間隔0.72[deg]で、重み付き移動平均を求める各測定点をサンプリングし、各測定点それぞれについて、当該測定点および当該測定点に対し±10.08[deg]の2点の合計3点に間引かれ、この3点の各測定点に、ガウス関数の重みを付ける畳み込み積分を行うことによって重み付き移動平均が求められる。前記サンプリング間隔や前記間引く間隔は、例えば複数のサンプルから予め適宜に設定される。なお、前記間引きが行われること無く、重み付き移動平均を求める測定点およびこの測定点に対し±10.08[deg]の範囲内にある各測定点に、ガウス関数の重みをける畳み込み積分を行うことによって重み付き移動平均が求められてもよい。
【0062】
あるいは、例えば、前記データ分布に対し、エンベローブ(包絡線)を抽出するエンベローブ処理(包絡線検波)することによって、うねり成分は、抽出できる。
【0063】
あるいは、例えば、前記除去結果を直接的に求める離間間隔抽出処理が用いられてもよい。この離間間隔抽出処理は、データ分布に設定された複数のサンプリング点それぞれについて、当該サンプリング点とこれに隣接するサンプリング点とを連結した直線と、当該サンプリング点とこれに隣接する前記サンプリング点との間のデータ分布との距離(離間間隔)を求め、これら求めた複数の各距離を前記除算結果とするものである。データ分布がピーク強度分布である場合について説明すると、前記離間間隔抽出処理では、まず、
図9に示すように、方位角に対する回折環のピーク強度分布に対し、所定の一定間隔で複数のサンプリング点が設定される。次に、このように設定された複数のサンプリング点それぞれについて、方位角0[deg]から360[deg]へ向けて、当該サンプリング点とこれに隣接するサンプリング点が直線で連結され、この直線と、当該サンプリング点とこれに隣接する前記サンプリング点との間のピーク強度分布までの距離が離間間隔として求められる。次に、このように求められた複数の離間間隔が、方位角0[deg]から360[deg]へ向けて、順次に連結され、方位角に対する離間間隔の曲線が生成される。次に、前記離間間隔の曲線に与えるサンプリング点の設定位置の影響を低減するために、各回で最初のサンプリング点の設定位置を互いに異なるように設定して、このような離間間隔抽出処理が所定の回数、実行される。そして、これによって各回で生成された、方位角に対する離間間隔の各曲線が平均され、1個の、方位角に対する離間間隔の曲線(平均曲線)が前記離間間隔抽出処理の結果として生成される。この方位角に対する離間間隔の平均曲線は、データ分布からうねり成分を除去した前記除去結果に相当する。
【0064】
上述では、1個の回折環データに基づいて評価指標が求められたが、複数の回折環データに基づいて評価指標が求められてもよい。例えば、前記回折環データは、互いに異なる複数の照射位置それぞれについて、ビームを評価対象Obに、当該照射位置に前記スリット状で照射することによって形成された回折環を表すデータであり、前記複数の照射位置は、前記溶接部における止端(y軸)から、溶接ビード(またはDEPO)から離れる方向(x軸)に、予め設定された互いに異なる複数の距離それぞれだけ離れた複数の位置である。この場合では、指標部22は、データ取得部1で取得した複数の回折環データに基づいて、所定の統計処理を用いて評価指標を求める。より具体的には、指標部22は、データ取得部1で取得した複数の回折環データそれぞれについて、当該回折環データに基づいて評価指標を求め、これら求めた複数の評価指標を平均した平均値を最終的な評価指標とする。なお、前記平均値に代え、例えば中央値や最頻値等の代表値が前記最終的な評価指標とされてもよい。
【0065】
また、この場合、分布処理部221は、データ取得部1で取得した複数の回折環データそれぞれについて、当該回折環データにおける、方位角に対する回折環のピーク強度分布、または、データ取得部1で取得した回折環データにおける、方位角に対する半価幅分布を、当該回折環データに対するデータ分布として求める。指標処理部222は、分布処理部221で求めた複数のデータ分布それぞれについて、当該データ分布から、当該データ分布に含まれるうねり成分を除去した除去結果に基づいて当該データ分布に対する評価指標を求め、これら求めた各データ分布に対する各評価指標に基づいて所定の統計処理を用いて最終的な評価指標を求める。より具体的には、指標処理部222は、前記求めた各データ分布に対する各評価指標を平均した平均値を最終的な評価指標とする。
【0066】
前記除去結果を、うねり成分を求めてから、データ分布からこの求めたうねり成分を除去することで求める場合には、うねり成分抽出部2221は、前記分布処理部221で求めた複数のデータ分布それぞれについて、当該データ分布から、当該データ分布に含まれる当該データ分布に対するうねり成分を抽出し、指標演算部2222は、分布処理部221で求めた複数のデータ分布それぞれについて、当該データ分布から、うねり成分抽出部2221で抽出した当該データ分布に対するうねり成分を除去した除去結果に基づいて当該データ分布に対する評価指標を求め、これら求めた各データ分布に対する各評価指標に基づいて、所定の統計処理を用いて最終的な評価指標を求める。より具体的には、指標演算部2222は、前記求めた各データ分布に対する各評価指標を平均した平均値を最終的な評価指標とする。
【0067】
評価指標の一例が
図10および
図11に示されている。
図10は、一例として、3個の照射位置それぞれにおける、損傷度に対する均一性指標の変化率を示すグラフである。
図11は、一例として、
図10に示す損傷度に対する均一性指標の変化率を平均した、損傷度に対する均一性指標の変化率を示すグラフである。
図10Aおよび
図11Aは、ピーク強度の均一性指標の変化率を示し、
図10Bおよび
図11Bは、半価幅の均一性指標の変化率を示す。
図10Aおよび
図11Aの各横軸は、疲労損傷度であり、これらの各縦軸は、ピーク強度の均一性指標の変化率である。
図10Bおよび
図11Bの各横軸は、疲労損傷度であり、これらの各縦軸は、半価幅の均一性指標の変化率である。回折環データは、
図5および
図6の場合と同様に、溶接継手の疲労損傷試験片によるX線回折測定によって得られた。
図5および
図6の場合、上述した通り、0[mm]以上2.5[mm]以内が溶接部内と考えられることから、照射位置は、第1ないし第3照射位置とされた。この回折環データから、データ分布が求められ、データ分布に対し、上述と同様に、サンプリング間隔0.72[deg]で、重み付き移動平均を求める各測定点をサンプリングし、各測定点それぞれについて、当該測定点および当該測定点に対し±10.08[deg]の2点の合計3点に間引かれ、この3点の各測定点に、ガウス関数の重みを付ける畳み込み積分を行うことによって重み付き移動平均が求められた。このうねり成分を除去した除去結果に基づいて評価指標の一例である均一性指標が求められた。この均一性指標は、ここでは、データ分布(前記除去結果)における標準偏差を前記データ分布の平均値で除算した除算結果である。
図10Aおよび
図10Bにおいて、第1照射位置における均一性指標の変化率は、■で示され、第2照射位置における均一性指標の変化率は、▲で示され、第3照射位置における均一性指標の変化率は、●で示されている。
図10および
図11において、均一性指標の変化率は、損傷度0[%]の均一性評価指標を1.0として求められている。
【0068】
図10Aに示すように、ピーク強度の均一性指標の変化率は、損傷度の増加に伴って小さくなる傾向にある。
図10Bに示すように、半価幅の均一性指標の変化率は、損傷度の増加に伴って小さくなる傾向にある。したがって、損傷度の増加に伴ってばらつきが少なくなる傾向にあり、これは、回折環の均一化を意味し、前記特許文献1に開示されている通り、金属疲労の進行を表している。よって、ビームをスリット状で溶接部に照射することによって、溶接部の金属疲労が評価できる。
【0069】
一方、
図10Aに示すピーク強度の均一性指標の変化率および
図10Bに示す半価幅の均一性指標の変化率それぞれには、ばらつきがあるので、それぞれの平均を求めた結果が
図11Aおよび
図11Bそれぞれに示されている。
図11Aに示すように、平均値での、ピーク強度の均一性指標の変化率は、損傷度0[%]、10[%]、20[%]、40[%]および70[%]のいずれの場合でも、約0.8以下となっており、損傷度0[%]の場合に対し、約20[%]以上変化している。
図11Bに示すように、平均値での、半価幅の均一性指標の変化率は、損傷度0[%]、10[%]、20[%]、40[%]および70[%]のいずれの場合でも、約0.8以下となっており、損傷度0[%]の場合に対し、約20[%]以上変化している。このため、一般的に、ピーク強度の均一性指標および半価幅の均一性指標それぞれが共に約20[%]以上変化すると、評価対象の溶接部が疲労損傷していると判定できる。
【0070】
上述の
図5、
図6、
図10および
図11は、周溶接継手から採取した試験片の3点曲げ疲労試験の結果を示すが、他の一例として、形状の異なる溶接継手を用いた3点曲げ疲労試験の結果を
図13ないし
図15を用いて説明する。
【0071】
図12は、3点曲げ疲労試験を説明するための図である。
図13は、一例として、3点曲げ疲労試験において、方位角に対するピーク強度分布を示す図である。
図13Aは、評価対象をHAZの止端側とした場合における方位角に対するピーク強度分布を示す図である。
図13Bは、評価対象をHAZの母材側とした場合における方位角に対するピーク強度分布を示す図である。
図13Aおよび
図13Bそれぞれの横軸は、方位角[deg]であり、縦軸は、ピーク強度である。
図14は、一例として、2個の照射位置それぞれにおける、損傷度に対する均一性指標の変化率を示すグラフである。
図15は、一例として、
図14に示す損傷度に対する均一性指標の変化率を平均した、損傷度に対する均一性指標の変化率を示すグラフである。
図14Aおよび
図15Aは、ピーク強度の均一性指標の変化率を示し、
図14Bおよび
図15Bは、半価幅の均一性指標の変化率を示す。
図14Aおよび
図15Aの各横軸は、疲労損傷度であり、これらの各縦軸は、ピーク強度の均一性指標の変化率である。
【0072】
試験片は、外径がφ28.6[mm]であって 肉厚がt5.7[mm]である火STBA21Sの鋼管に、板厚が6[mm]であるSUS304プレートをTIGにて全周すみ肉溶接したものである。この試験片を
図12に示すように、両端部それぞれで支持し、略中央位置に荷重をかけて曲げる3点曲げ試験が実施された。曲げスパンは、180[mm]であり、荷重比は、0.05である。疲労寿命として約25000回となる条件が抽出され、中途止め試験が実施され、疲労損傷が0[%]、10[%]、20[%]、40[%]となる各サンプルが作製された(25000回が疲労損傷100[%])。上述と同様にX線回折測定が実施されたが、ここでは、スリット幅が1.0[mm]とされた。測定位置は、X線の照射領域がx=0.25~1.25[mm]となる第11照射位置、および、X線の照射領域がx=0.75~1.75[mm]となる第12照射位置の2箇所である。その測定結果の一例が、
図13Aおよび
図13Bそれぞれに示されている。
図14Aおよび
図14Bにおいて、第11照射位置における均一性指標の変化率は、■で示され、第12照射位置における均一性指標の変化率は、●で示されている。
【0073】
図13Aおよび
図13Bを比較すると分かるように、この例では、
図5Aおよび
図5Bに示すような測定位置に起因する回折プロファイルの明らかな差異は、認められなかった。したがって、これら2箇所を用いて均一性指標と疲労損傷度の相関が確認された。その測定結果の一例が、
図14Aおよび
図14Bそれぞれに示され、これらそれぞれの平均結果が
図15Aおよび
図15Bそれぞれに示されている。均一性指標は、上述と同様に、うねり成分を除去した除去結果に基づいて求められた。
【0074】
図14に示すように、この例では、ピーク強度の均一性指標および半価幅の均一性指標それぞれが共に小さいばらつきであり、1個の測定位置における測定結果から疲労損傷の有無が評価可能である。この例では、ピーク強度の均一性指標および半価幅の均一性指標それぞれが共に約50[%]以上変化すると、評価対象の溶接部が疲労損傷していると判定できる。
【0075】
また、
図15に示すように、2箇所について測定して得られた均一性指標を平均することにより、疲労損傷の有無をより精度良く評価可能である。
【0076】
これら制御処理部2、入力部3、出力部4、IF部5および記憶部6は、例えば、デスクトップ型やノート型やタブレット型等のコンピュータによって構成可能である。なお、データ取得部1がインターフェース回路や通信インターフェース回路である場合には、IF部5は、データ取得部1と兼用できるので、データ取得部1も含めて、金属疲労評価装置Dは、コンピュータによって構成可能である。
【0077】
次に、本実施形態の動作について説明する。
図16は、前記金属疲労評価装置の動作を示すフローチャートである。
【0078】
このような構成の金属疲労評価装置Dは、その電源が投入されると、必要な各部の初期化を実行し、その稼働を始める。制御処理部2には、その制御処理プログラムの実行によって、制御部21および指標部22が機能的に構成される。なお、指標部22には、必要に応じて、分布処理部221および指標処理部222が機能的に構成され、指標処理部222には、必要に応じて、うねり成分抽出部2221および指標演算部2222が機能的に構成される。ここでは、指標部22には、分布処理部221および指標処理部222が機能的に構成されているものとする。
【0079】
評価開始が入力されると、
図12において、まず、金属疲労評価装置Dは、データ取得部1から回折環データを取得し、記憶部6に記憶する(S1)。より具体的には、本実施形態では、データ取得部1は、データ取得制御部13の制御によりX線照射部14から評価対象Obに対してX線ビームを評価対象Obの表面においてスリット状になるように照射し、データ取得制御部13の制御により撮像部15で回折環を撮像し、前記回折環を表す回折環データを生成する。そして、データ取得部1は、この回折環データを制御処理部2へ出力する。なお、照射位置が複数である場合には、複数の照射位置それぞれについて、回折環データが生成され、データ取得部1は、これら複数の回折環データを制御処理部2へ出力する。
【0080】
次に、金属疲労評価装置Dは、制御処理部2の指標部22における分布処理部221によって、処理S1でデータ取得部1によって取得した回折環データにおける、方位角に対する回折環のピーク強度分布、または、処理S1でデータ取得部1によって取得した回折環データにおける、方位角に対する半価幅分布を、データ分布として求め、記憶部6に記憶する(S2)。なお、回折環データが複数の照射位置それぞれでの複数である場合には、分布処理部221は、これら複数の回折環データそれぞれについて、処理S2を繰り返す。
【0081】
次に、金属疲労評価装置Dは、制御処理部2の指標部22における指標処理部222によって、処理S2で分布処理部221によって求めたデータ分布から、前記データ分布に含まれるうねり成分を除去した除去結果に基づいて評価指標を求め、記憶部6に記憶する(S3)。例えば、指標処理部222は、前記離間間隔抽出処理によってデータ分布から直接的に前記除去結果を求め、この求めた前記除去結果に基づいて前記評価指標を求める。あるいは、例えば、指標処理部222は、うねり成分抽出部2221によって、処理S2で分布処理部221によって求めたデータ分布から、前記データ分布に含まれるうねり成分を抽出し、指標演算部2222によって、処理S2で分布処理部221によって求めたデータ分布から、うねり成分抽出部2221で抽出したうねり成分を除去して除去結果を求め、この求めた前記除去結果に基づいて前記評価指標を求める。
【0082】
より具体的には、本実施形態では、指標処理部222は、そのうねり成分を除去した、方位角に対する回折環のピーク強度分布における標準偏差を前記均一性指標、すなわち、前記評価指標として求める。あるいは、指標処理部222は、そのうねり成分を除去した、方位角に対する半価幅分布における標準偏差を前記均一性指標(前記評価指標)として求める。あるいは、指標処理部222は、そのうねり成分を除去した、方位角に対する回折環のピーク強度分布における標準偏差を、方位角に対する回折環におけるピーク強度分布の平均値で除算した除算結果を、前記均一性指標(前記評価指標)として求める。あるいは、指標処理部222は、そのうねり成分を除去した、方位角に対する半価幅分布における標準偏差を、方位角に対する回折環における半価幅分布の平均値で除算した除算結果を前記均一性指標(前記評価指標)として求める。
【0083】
なお、回折環データが複数の照射位置それぞれでの複数である場合には、指標処理部222は、これら複数の回折環データそれぞれについて、基本的に処理S3を繰り返すが、この場合では、さらに、各データ分布に対する各評価指標に基づいて、所定の統計処理を用いて最終的な評価指標が求められる。
【0084】
そして、金属疲労評価装置Dは、制御処理部2によって、この求めた評価指標を出力部4から出力し、本処理を終了する(S4)。なお、必要に応じて、前記評価指標は、IF部5から外部の機器へ出力されてもよい。
【0085】
また、ユーザ(オペレータ)は、回折環のピーク強度分布に基づく評価指標によって金属疲労を評価してよく、あるいは、回折環の半価幅分布に基づく評価指標によって金属疲労を評価してよく、あるいは、回折環のピーク強度分布に基づく評価指標と、回折環の半価幅分布に基づく評価指標とによって金属疲労を評価してよい。
【0086】
以上説明したように、実施形態における金属疲労評価装置D、ならびに、これに実装された金属疲労評価方法および金属疲労評価プログラムは、ビームを評価対象となる溶接部を含む部品の表面に照射することによって形成された回折環を表す回折環データに基づいて評価指標を求めるので、溶接部を含む金属部品について溶接部を切断することなく溶接部の金属疲労を評価できる。そのため、使用中の部品に対して機能を損なうことなく金属疲労を評価することも可能である。
【0087】
さらに、ビームを評価対象の表面においてスリット状になるように照射することによって評価指標における精度の低下を抑制できる。X線の照射領域を限定する方法としてコリメータ等によりX線のスポット径(照射面積)を小さくすることもできるが、このようにすると回折に資する結晶数が少なくなり、回折環の連続性が悪く測定精度が低下する。特にHAZには粗大粒が含まれることによりこの傾向が顕著であり、回折に資する結晶数を増やすために照射面積を確保する必要がある。実施形態では、スリット状で照射することで、前記スリット状の短尺方向では、組織形態の分布による影響が低減できる一方、前記スリット状の長尺方向では、ブラッグ反射が生じ得るから、回折環が形成されつつ、組織形態の分布による影響が低減できる。したがって、上記金属疲労評価装置D、金属疲労評価方法および金属疲労評価プログラムは、評価指標における精度の低下を抑制できる。
【0088】
上記金属疲労評価装置D、金属疲労評価方法および金属疲労評価プログラムは、照射位置を規定することで、HAZと母材との区分けが可能となり、溶接部の評価指標を求め得る。
【0089】
溶接に伴う熱による影響の程度は、止端からの距離に依存すると推察されるので、止端の延長方向における組織形態の分布は、比較的生じ難いと考えられる。上記金属疲労評価装置D、金属疲労評価方法および金属疲労評価プログラムは、スリットの長尺方向が溶接部における止端の延長方向に沿う方向であるので、より適正な回折環を得ることができるから、評価指標における精度の低下を抑制できる。
【0090】
上記金属疲労評価装置D、金属疲労評価方法および金属疲労評価プログラムは、ビームの断面形状を変えるのでは無く、スリット部材によってスリット状でビームを評価対象に照射するので、安定した一定の照射条件でビームを照射できるから、評価指標における精度の低下を抑制できる。
【0091】
複数の照射位置での複数の回折環データを用いる場合、上記金属疲労評価装置D、金属疲労評価方法および金属疲労評価プログラムは、複数の照射位置での複数の回折環データに基づいて、所定の統計処理を用いて評価指標を求めるので、溶接部における組織形態の分布による評価指標のばらつきを低減できるから、評価指標における精度の低下を抑制できる。
【0092】
うねり成分を除去する場合、上記金属疲労評価装置D、金属疲労評価方法および金属疲労評価プログラムは、データ分布から、ノイズであるうねり成分を除去した除去結果に基づいて評価指標を求めるので、より信頼性の高い評価結果を得ることができる。
【0093】
うねり成分を抽出してから除去結果を生成する場合、上記金属疲労評価装置D、金属疲労評価方法および金属疲労評価プログラムは、うねり成分を抽出してから除去結果を生成するので、前記うねり成分の抽出に公知の抽出処理を利用でき、簡易に、データ分布からうねり成分を除去した前記除去結果を生成できる。
【0094】
本発明を表現するために、上述において図面を参照しながら実施形態を通して本発明を適切且つ十分に説明したが、当業者であれば上述の実施形態を変更および/または改良することは容易に為し得ることであると認識すべきである。したがって、当業者が実施する変更形態または改良形態が、請求の範囲に記載された請求項の権利範囲を離脱するレベルのものでない限り、当該変更形態または当該改良形態は、当該請求項の権利範囲に包括されると解釈される。
【符号の説明】
【0095】
D 金属疲労評価装置
1 データ取得部
2 制御処理部
11 高圧電源
12 冷却部
13 データ取得制御部
14 X線照射部
15 撮像部
16 スリット部材
21 制御部
22 指標部
221 分布処理部
222 指標処理部
2221 うねり成分抽出部
2222 指標演算部