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特開2024-126759サブマージアーク溶接方法及び溶接継手の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024126759
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】サブマージアーク溶接方法及び溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/362 20060101AFI20240912BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20240912BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240912BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240912BHJP
   B23K 9/18 20060101ALI20240912BHJP
   B23K 103/04 20060101ALN20240912BHJP
【FI】
B23K35/362 310C
B23K35/362 310A
B23K35/30 320A
C22C38/00 301B
C22C38/58
B23K9/18 G
B23K103:04
【審査請求】有
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023035369
(22)【出願日】2023-03-08
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼田 充志
(72)【発明者】
【氏名】岡部 能知
(72)【発明者】
【氏名】幸村 正晴
【テーマコード(参考)】
4E001
4E084
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB05
4E001CA02
4E001DA01
4E001DC08
4E001DF05
4E001EA05
4E001EA07
4E001QA05
4E084AA02
4E084AA03
4E084AA07
4E084AA08
4E084AA09
4E084AA11
4E084AA12
4E084AA20
4E084AA23
4E084AA24
4E084AA25
4E084AA26
4E084AA27
4E084BA02
4E084BA03
4E084BA04
4E084BA06
4E084BA08
4E084BA09
4E084BA10
4E084BA11
4E084CA03
4E084DA17
4E084GA03
4E084HA06
4E084HA11
(57)【要約】
【課題】入熱300kJ/cm以上で780MPa級鋼のサブマージアーク溶接した場合でも、溶接欠陥がなく、必要とされる降伏強度及び引張強度並びに靭性を満足する溶接継手を製造することができるサブマージアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】使用する溶接ワイヤの組成を特定し、その組成から求めるCeqW(式1)を0.40~0.80と規定し、さらに、使用するフラックスの組成を特定し、その組成から求めるα(式2)を0.35~0.70と規定したサブマージアーク溶接方法である。
CeqW=[C]W+[Si]W/24+[Mn]W/6+[Ni]W/40+[Cr]W/5+[Mo]W/4 ・・・ (1)
α=(0.3-[Fe]F/200)×{[Si]F/24+[Mn]F/6+[Ni]F/40+[Cr]F/5+[Mo]F/4}+0.4×CeqW ・・・ (2)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接入熱量を300kJ/cm以上とする780MPa級鋼のサブマージアーク溶接方法において、
使用する溶接ワイヤの化学組成が、質量%で、
C:0.03%~0.12%、
Si:0.01%~0.60%、
Mn:1.0%~2.0%、
P:0.015%以下、
S:0.015%以下、
Ni:1.0%~4.0%、
Cr:1.5%以下、
Mo:0.2%~1.2%、
O:0.015%以下、
N:0.010%以下、
を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなり、
下記式(1)で表されるCeqWが0.40~0.80の範囲であり、
使用するフラックスの成分組成が、質量%で、
SiO2:5%~30%、
CaO:1%~10%、
MgO:5%~30%、
Al23:3%~20%、
TiO2:2%~20%、
Na2O:1%~3%、
CaF2:2%~20%、
金属炭酸塩の1種又は2種以上のCO2換算値の合計:2%~12%
Si:0.10%~2.50%、
Mn:0.1%~2.0%、
Ni:1.0%~12.0%、
Cr:8.0%以下、
Mo:1.0%~8.0%、
Fe:10%~30%、
を含有し、
下記式(2)で表されるαが0.35~0.70の範囲である
ことを特徴とするサブマージアーク溶接方法。
CeqW=[C]W+[Si]W/24+[Mn]W/6+[Ni]W/40+[Cr]W/5+[Mo]W/4 ・・・ (1)
α=(0.3-[Fe]F/200)×{[Si]F/24+[Mn]F/6+[Ni]F/40+[Cr]F/5+[Mo]F/4}+0.4×CeqW ・・・ (2)
ここで、上記式(1)におけるワイヤの[元素]W又は上記式(2)におけるフラックスの[成分]Fは、当該元素又は成分の含有量(質量%)を表し、当該元素又は成分が含有されていない場合は、0とする。
【請求項2】
前記溶接ワイヤの化学組成に加えてさらに、質量%で、
Cu:1.0%以下、
Al:0.20%以下、
Ti:0.20%以下、
Nb:0.10%以下、
V:0.10%以下、
Ca:0.010%以下、
B:0.010%以下、
REM:0.020%以下
のうちから選ばれた1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のサブマージアーク溶接方法。
【請求項3】
前記フラックスの成分組成に加えてさらに、質量%で、
23:1.0%以下、
2O:3.0%以下、
Ti:1.00%以下、
Al:1.00%以下
のうちから選ばれた1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載のサブマージアーク溶接方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のサブマージアーク溶接方法を用いて製造することを特徴とする溶接継手の製造方法。
【請求項5】
請求項3に記載のサブマージアーク溶接方法を用いて製造することを特徴とする溶接継手の製造方法。
【請求項6】
前記溶接継手の溶接金属の化学組成が、質量%で、
C:0.04%~0.10%、
Si:0.10%~0.80%、
Mn:0.9%~2.0%、
P:0.015%以下、
S:0.015%以下、
Ni:1.6%~5.0%、
Cr:0.3%~2.0%、
Mo:0.5%~2.0%、
O:0.040%以下、
N:0.010%以下、
を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなり、
下記式(3)で表されるCeqDが0.75~0.95である
ことを特徴とする請求項4に記載の溶接継手の製造方法。
CeqD=[C]D+[Si]D/24+[Mn]D/6+[Ni]D/40+[Cr]D/5+[Mo]D/4 ・・・ (3)
ここで、式(3)中における溶接金属の[元素]Dは、当該元素の含有量(質量%)を表し、当該元素が含有されていない場合は、0とする。
【請求項7】
前記溶接継手の溶接金属の組成が、質量%で、
C:0.04%~0.10%、
Si:0.10%~0.80%、
Mn:0.9%~2.0%、
P:0.015%以下、
S:0.015%以下、
Ni:1.6%~5.0%、
Cr:0.3%~2.0%、
Mo:0.5%~2.0%、
O:0.040%以下、
N:0.010%以下、
を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなり、
下記式(3)で表されるCeqDが0.75~0.95である
ことを特徴とする請求項5に記載の溶接継手の製造方法。
CeqD=[C]D+[Si]D/24+[Mn]D/6+[Ni]D/40+[Cr]D/5+[Mo]D/4 ・・・ (3)
ここで、式(3)中における溶接金属の[元素]Dは、当該元素の含有量(質量%)を表し、当該元素が含有されていない場合は、0とする。
【請求項8】
前記溶接継手の溶接金属の化学組成に加えてさらに、質量%で、
Cu:1.0%以下、
Al:0.12%以下、
Ti:0.12%以下、
Nb:0.10%以下、
V:0.10%以下、
Ca:0.006%以下、
B:0.010%以下、
REM:0.020%以下
のうちから選ばれた1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項6に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項9】
前記溶接継手の溶接金属の化学組成に加えてさらに、質量%で、
Cu:1.0%以下、
Al:0.12%以下、
Ti:0.12%以下、
Nb:0.10%以下、
V:0.10%以下、
Ca:0.006%以下、
B:0.010%以下、
REM:0.020%以下
のうちから選ばれた1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項7に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項10】
前記溶接継手の溶接金属の機械的特性で、常温の降伏強さ(0.2%耐力)が630MPa以上で、溶接金属の引張強度が780MPa以上で、かつ試験温度0℃におけるVノッチシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーV0が27J以上であることを特徴とする請求項6に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項11】
前記溶接継手の溶接金属の機械的特性で、常温の降伏強さ(0.2%耐力)が630MPa以上で、溶接金属の引張強度が780MPa以上で、かつ試験温度0℃におけるVノッチシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーV0が27J以上であることを特徴とする請求項7に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項12】
前記溶接継手の溶接金属の機械的特性で、常温の降伏強さ(0.2%耐力)が630MPa以上で、溶接金属の引張強度が780MPa以上で、かつ試験温度0℃におけるVノッチシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーV0が27J以上であることを特徴とする請求項8に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項13】
前記溶接継手の溶接金属の機械的特性で、常温の降伏強さ(0.2%耐力)が630MPa以上で、溶接金属の引張強度が780MPa以上で、かつ試験温度0℃におけるVノッチシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーV0が27J以上であることを特徴とする請求項9に記載の溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サブマージアーク溶接方法及び溶接継手の製造方法に関し、特に、建築構造物に用いられる780MPa級の高張力鋼を、溶接入熱量が300kJ/cm以上とするサブマージアーク溶接方法及びその溶接継手の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、建築構造物の大型化や大スパン化により、鉄骨に使用される鋼板は、高強度化の傾向にある。従来、ボックス柱のスキンプレートとしては、590MPa級鋼までの強度クラスが主であったが、780MPa級鋼が使用されるようになってきた。
【0003】
ボックス柱のスキンプレートの接合には、一般的にサブマージアーク溶接が適用され、溶接金属の強度も母材強度と同等の強度特性が求められる。溶接金属の強度が780MPa以上を確保できるサブマージアーク溶接用の溶接材料としては、例えば、特許文献1にサブマージアーク溶接用ソリッドワイヤが開示されている。この文献には、ワイヤのC、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、P、Sの含有量を規定するとともに、([Mn]+[Ni])/([Cr]+[Mo])を1.4~4.0に調整することが記載されている。これにより、溶接金属の低温靭性及び耐水素脆化感受性を大幅に向上させることができるとしている。
【0004】
また、特許文献2には、780MPa級高張力鋼のサブマージアーク溶接方法が開示され、焼成型フラックス中の合金元素量とフラックスの粒度を適正化することでスラグ巻込みのない良好なビード形状が得られることが記載されている。さらに、組み合わせるソリッドワイヤの化学成分も限定することで引張強さ780MPa以上の高強度で良好な低温靭性の溶接金属を得られるとしている。
【0005】
また、特許文献3には、両面一層用サブマージアーク溶接用ワイヤが開示されている。母材希釈が大きい両面一層のサブマージアーク溶接において、ワイヤ組成を限定することで溶接金属の強度と靭性を確保し、さらに、ワイヤの引張強度を1200N/mm2以下に限定することで、ワイヤ送給性が確保できるとしている。
【0006】
さらに、特許文献4には、内面と外面から両側1層ずつサブマージアーク溶接を行って製造する溶接鋼管の母材及び溶接金属の引張強さがともに800MPa以上であり、耐低温割れ性に優れた溶接金属を有する高強度溶接鋼管が開示されている。Mo、Ni、Mn、Cの含有量により算出されるCS値を規定することで、耐低温割れ性に優れた溶接金属が得られるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2015-110241号公報
【特許文献2】特開2015-120175号公報
【特許文献3】特開2004-337863号公報
【特許文献4】特開2008-240096号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1~4で適用されている溶接入熱量は、いずれも50kJ/cm以下である。スキンプレートに590MPa級以下の鋼材が用いられたボックス柱の製作では、施工能率の観点から、溶接入熱量(以下、単に「入熱」ともいう。)が300kJ/cmを超えるサブマージアーク溶接が適用されているのが一般的である。
【0009】
しかしながら、特許文献1~4で開示されている溶接材料を用いて、300kJ/cm以上の入熱で適用した場合には、溶接欠陥の発生、溶接金属の強度不足、靭性の劣化等の問題があった。
【0010】
本発明は、前記課題を解決し、入熱300kJ/cm以上でサブマージアーク溶接した場合でも、溶接欠陥がなく、必要とされる降伏強度及び引張強度並びに靭性を満足する溶接継手を製造することができるサブマージアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【0011】
なお、ここでいう必要とされる溶接金属の強度とは、JIS Z 3111の規程に準拠して作成した溶接金属の常温の降伏強さ(0.2%耐力)が630MPa以上で、かつ、その引張強度が780MPa以上であることをいう。また、必要とされる溶接金属の靭性とは、JIS Z 3128の規定に準拠して作製した溶接継手の溶接金属についての試験温度:0℃におけるVノッチシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーv0が27J以上であることをいう。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意検討を重ねた。その結果、入熱300kJ/cm以上のサブマージアーク溶接方法において、溶接欠陥の発生を防ぐためには、後述する式(1)で表される溶接ワイヤ(以下、単に「ワイヤ」ともいう。)のCeqWを0.40~0.80とすることが有効であることを知見した。
【0013】
しかしながら、溶接ワイヤのCeqWが0.80以下では、従来フラックスとの組合せでサブマージアーク溶接した場合に、溶接金属の強度が不足するという課題が解決できない。この課題に対しては、フラックスから溶接金属の強度向上に有効な元素を添加し、後述する式(2)で表されるαを0.35~0.70に調整することが有効であることを知見した。
【0014】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものであり、本発明の要旨は、次のとおりである。
〔1〕溶接入熱量を300kJ/cm以上とする780MPa級鋼のサブマージアーク溶接方法において、
使用する溶接ワイヤの化学組成が、質量%で、
C:0.03%~0.12%、
Si:0.01%~0.60%、
Mn:1.0%~2.0%、
P:0.015%以下、
S:0.015%以下、
Ni:1.0%~4.0%、
Cr:1.5%以下、
Mo:0.2%~1.2%、
O:0.015%以下、
N:0.010%以下、
を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなり、
下記式(1)で表されるCeqWが0.40~0.80の範囲であり、
使用するフラックスの成分組成が、質量%で、
SiO2:5%~30%、
CaO:1%~10%、
MgO:5%~30%、
Al23:3%~20%、
TiO2:2%~20%、
Na2O:1%~3%、
CaF2:2%~20%、
金属炭酸塩の1種又は2種以上のCO2換算値の合計:2%~12%
Si:0.10%~2.50%、
Mn:0.1%~2.0%、
Ni:1.0%~12.0%、
Cr:8.0%以下、
Mo:1.0%~8.0%、
Fe:10%~30%、
を含有し、
下記式(2)で表されるαが0.35~0.70の範囲である
ことを特徴とするサブマージアーク溶接方法。
CeqW=[C]W+[Si]W/24+[Mn]W/6+[Ni]W/40+[Cr]W/5+[Mo]W/4 ・・・ (1)
α=(0.3-[Fe]F/200)×{[Si]F/24+[Mn]F/6+[Ni]F/40+[Cr]F/5+[Mo]F/4}+0.4×CeqW ・・・ (2)
ここで、上記式(1)におけるワイヤの[元素]W又は上記式(2)におけるフラックスの[成分]Fは、当該元素又は成分の含有量(質量%)を表し、当該元素又は成分が含有されていない場合は、0とする。
〔2〕前記〔1〕において、前記溶接ワイヤの化学組成に加えてさらに、質量%で、
Cu:1.0%以下、
Al:0.20%以下、
Ti:0.20%以下、
Nb:0.10%以下、
V:0.10%以下、
Ca:0.010%以下、
B:0.010%以下、
REM:0.020%以下
のうちから選ばれた1種又は2種以上を含有することを特徴とするサブマージアーク溶接方法。
〔3〕前記〔1〕又は〔2〕において、前記フラックスの成分組成に加えてさらに、質量%で、
23:1.0%以下、
2O:3.0%以下、
Ti:1.00%以下、
Al:1.00%以下
のうちから選ばれた1種又は2種以上を含有することを特徴とするサブマージアーク溶接方法。
〔4〕前記〔1〕ないし〔3〕のいずれか一つに記載のサブマージアーク溶接方法を用いて製造することを特徴とする溶接継手の製造方法。
〔5〕前記〔4〕において、前記溶接継手の溶接金属の化学組成が、質量%で、
C:0.04%~0.10%、
Si:0.10%~0.80%、
Mn:0.9%~2.0%、
P:0.015%以下、
S:0.015%以下、
Ni:1.6%~5.0%、
Cr:0.3%~2.0%、
Mo:0.5%~2.0%、
O:0.040%以下、
N:0.010%以下、
を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなり、
下記式(3)で表されるCeqDが0.75~0.95である
ことを特徴とする溶接継手の製造方法。
CeqD=[C]D+[Si]D/24+[Mn]D/6+[Ni]D/40+[Cr]D/5+[Mo]D/4 ・・・ (3)
ここで、式(3)中における溶接金属の[元素]Dは、当該元素の含有量(質量%)を表し、当該元素が含有されていない場合は、0とする。
〔6〕前記〔5〕において、前記溶接継手の溶接金属の化学組成に加えてさらに、質量%で、
Cu:1.0%以下、
Al:0.12%以下、
Ti:0.12%以下、
Nb:0.10%以下、
V:0.10%以下、
Ca:0.006%以下、
B:0.010%以下、
REM:0.020%以下
のうちから選ばれた1種又は2種以上を含有することを特徴とする溶接継手の製造方法。
〔7〕前記〔5〕又は〔6〕において、前記溶接継手の溶接金属の機械的特性で、常温の降伏強さ(0.2%耐力)が630MPa以上で、溶接金属の引張強度が780MPa以上で、かつ試験温度0℃におけるVノッチシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーV0が27J以上であることを特徴とする溶接継手の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、780MPa級鋼材の入熱300kJ/cm以上の大入熱サブマージアーク溶接方法において、溶接欠陥の発生がなく、溶接金属の630MPa以上の0.2%耐力と780MPa以上の引張強度が得られる。さらに、0℃におけるVノッチシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーv0が27J以上を確保でき、産業上特段の効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係る実施形態について具体的に説明する。
【0017】
本発明は、780MPa級鋼を対象とする特定の溶接材料(溶接ワイヤ及びフラックス)を用いたサブマージアーク溶接方法に関するものである。まず、サブマージアーク溶接について説明する。
【0018】
[サブマージアーク溶接]
サブマージアーク溶接は、母材上に予め散布した粉粒状のフラックス中に電極ワイヤを連続的に供給し、この電極ワイヤの先端と母材との間でアークを発生させて溶接を連続的に行う溶接法である。このサブマージアーク溶接は、大電流を適用してワイヤの溶着速度を高めることによって、能率よく溶接できるという利点を有している。
【0019】
ワイヤとしては、ソリッドワイヤまたはワイヤの内部にワイヤ用フラックスを内包したフラックスコアードワイヤがあるが、本発明においては、後述する成分組成を有するソリッドワイヤを用いて溶接する。
【0020】
本発明に係る大入熱のサブマージアーク溶接の例としては、鋼材を突き合わせて、35°V開先を形成し、用意したソリッドワイヤ(直径6.4mmφ)を用いて、フラックスを散布した後、下向き姿勢で、先行と後行の電極により、以下の条件で実施する。電流:1400A~2200A(AC)、電圧:36V~50V、溶接速度:16cm/min~30cm/min、溶接入熱量:300kJ/cm~700kJ/cm。
【0021】
なお、溶接する鋼板同士が所定の開先形状を形成するように、開先加工を行う。形成する開先形状は、特に限定する必要はなく、溶接鋼構造物用として通常のV開先、レ開先、X開先、K開先等を例示することができる。また、代表的なV開先の場合の開先角度は、20°~45°とするのが好ましい。
【0022】
さらに、サブマージアーク溶接では、1パスでのサブマージアーク溶接を対象としているが、板厚が大きい鋼材の場合には、2パス以上の多層溶接とすることもできる。
【0023】
上記のサブマージアーク溶接条件により、母材となる780MPa級鋼を突き合わせ、後述する溶接ワイヤ及びフラックスを用いて溶接継手を製造するものである。
【0024】
[溶接ワイヤの基本組成]
780MPa級のサブマージアーク溶接における溶接金属の強度を確保するためには、強度向上に寄与する元素であるC、Si、Mn、Ni、Cr、Moを溶接ワイヤから添加する方法が有効であり、溶接ワイヤは、後述する式(1)で表わされるCeqWを0.40以上とする必要がある。ただし、このCeqWが0.80を超えるとワイヤが硬化しすぎて、ワイヤ送給性が悪化し、溶接欠陥を招くため、CeqWは0.80以下に制限する必要がある。
【0025】
以下に、本発明の特徴である780MPa級のサブマージアーク溶接に適した溶接ワイヤの基本組成について説明する。なお、以下、組成における「%」は、「質量%」であることを意味する。
【0026】
[C:0.03%~0.12%]
Cは、溶接金属の強度を向上させる元素であり、その影響度も大きい。ワイヤ中のC量が0.03%未満であると溶接金属強度が不足する。一方、0.12%を超えると溶接金属中で硬質な第二相を形成し、靭性が劣化する。そのため、Cは、0.03%~0.12%の範囲に限定する。好ましくは、0.04%~0.10%であり、より好ましくは、0.05%~0.09%である。
【0027】
[Si:0.01%~0.60%]
Siは、溶接金属中で脱酸元素として働き、固溶酸素量を減少させることで、溶接金属の靭性向上に寄与する。また、変態温度を低下させることで強度を上げる効果もある。そのため、0.01%以上に限定する。一方で、0.60%を超えると、溶接金属中で硬質な第二相の形成を促進し、靭性が劣化する。そのため、Siは、0.01%~0.60%の範囲に限定する。好ましくは、0.02%~0.50%であり、より好ましくは、0.04%~0.40%である。
【0028】
[Mn:1.0%~2.0%]
Mnは、焼入れ性を高める元素であり、溶接金属の強度確保するためには、1.0%以上の含有を必要とする。一方、凝固偏析しやすい元素であるため、2.0%を超える場合は凝固偏析により高温割れを誘発する。そのため、Mnは、1.0%~2.0%に限定する。好ましくは、1.2%~1.9%であり、より好ましくは、1.4%~1.8%である。
【0029】
[P:0.015%以下]
Pは、溶接金属中で結晶粒界に偏析し、高温割れを誘発する元素であり、できるだけ低減することが好ましいが、0.015%以下であれば、許容できる。そのため、Pは、0.015%以下に限定する。なお、過度の低減は、精錬コストの高騰を招くことから、Pは、0.003%以上に調整することが好ましい。より好ましくは、0.005%~0.012%である。
【0030】
[S:0.015%以下]
Sは、溶接金属中で結晶粒界に偏析し、高温割れを誘発する元素であり、できるだけ低減することが好ましいが、0.015%以下であれば、許容できる。そのため、Sは、0.015%以下に限定する。なお、過度の低減は、精錬コストの高騰を招くことから、Sは、0.002%以上に調整することが好ましい。より好ましくは、0.003%~0.010%である。
【0031】
[Ni:1.0%~4.0%]
Niは、溶接金属中において、靭性を低下させずに高強度化させる有効な元素であるため、Niは、1.0%以上の含有とする。一方、Niは、オーステナイト安定化元素であり、4.0%を超えて含有すると、凝固初晶がオーステナイト相となることで、凝固偏析が大きくなり、高温割れを誘発する。そのため、Niは、1.0%~4.0%に限定する。好ましくは、1.2%~3.6%であり、より好ましくは、1.5%~3.2%である。
【0032】
[Cr:1.5%以下]
Crは、強度向上に有効な元素である。しかしながら、1.5%を超えて含有すると、ワイヤの強度が高くなりすぎて溶接時のワイヤ送給性が悪化する。そのため、Crは、1.5%以下に限定する。また、強度向上の効果は、0.1%以上の含有で顕著となるため、含有する場合は、0.1%以上とすることが好ましい。より好ましくは、0.1%~1.3%である。
【0033】
[Mo:0.2%~1.2%]
Moは、強度向上に有効な元素であり、0.2%以上の含有が好ましい。一方、1.2%を超えて含有すると、ワイヤの強度が高くなりすぎて溶接時のワイヤ送給性が悪化する。そのため、Moは、0.2%~1.2%の範囲に限定する。好ましくは、0.3%~1.0%であり、より好ましくは、0.4%~0.9%である。
【0034】
[O:0.015%以下]
O(酸素)は、不可避的に混入する不純物であり、酸化物を形成することで、ワイヤ伸線性を悪化させる。そのため、O含有量はできるだけ低減することが好ましいが、0.015%以下であれば許容できるため、0.015%以下に限定する。好ましくは、0.010%以下であり、より好ましくは、0.001%~0.008%である。
【0035】
[N:0.010%以下]
N(窒素)は、不可避的に混入する不純物であり、溶接金属の靭性を劣化させるため、N含有量はできるだけ低減することが好ましいが、0.010%以下であれば許容できるため、0.010%以下に限定する。好ましくは、0.009%以下であり、より好ましくは、0.002%~0.008%である。
【0036】
[溶接ワイヤの任意的選択組成]
上述した化学組成が本発明の溶接ワイヤに関する基本組成であり、本発明では、この基本組成に加えてさらに、必要に応じて、次の任意的選択組成を含有することができる。それらは、Cu:1.0%以下、Al:0.20%以下、Ti:0.20%以下、Nb:0.10%以下、V:0.10%以下、Ca:0.010%以下、B:0.010%以下及びREM:0.020%以下のうちから選ばれた1種又は2種以上である。以下、個別に説明する。
【0037】
[Cu:1.0%以下]
Cuは、溶接金属中に微細析出し、析出強化により強度を向上させる元素である。しかしながら、1.0%を超えて含有すると、1100℃近傍の温度域で赤熱脆性を示すようになり、ビード表面割れを誘発するため、1.0%以下の範囲とすることが好ましい。このような強度向上効果は、0.1%以上で顕著となるため、0.1%以上含有することがより好ましい。さらに好ましくは、0.1%~0.8%である。
【0038】
[Al:0.20%以下]
Alは、溶接金属中で脱酸元素として働き、固溶酸素量を減少させることで、酸化物を減少させ、溶接金属の高靭性化に寄与する。しかしながら、0.20%を超えて含有すると、溶接金属中で粗大なAl23を形成し、破壊の発生起点となる。そのため、0.20%以下の範囲とするのが好ましい。そのような高靭性化効果を得るためには、Alは、0.01%以上含有することがより好ましい。さらに好ましくは、0.01%~0.16%である。
【0039】
[Ti:0.20%以下]
Tiは、溶接金属中で脱酸元素として働き、固溶酸素量を減少させる。また、酸化物と溶鋼の界面エネルギーを減少させることで、酸化物を微細分散させて、溶接金属の靭性向上に寄与する。しかしながら、0.20%を超えて含有すると、溶接金属中の固溶Tiの増加により延性が低下し、靭性が低下する。そのため、0.20%以下の範囲とするのが好ましい。そのような靭性向上効果を得るためには、Tiは、0.01%以上含有することがより好ましい。さらに好ましくは、0.01%~0.15%である。
【0040】
[Nb:0.10%以下]
Nbは、焼入れ性を高める元素であり、溶接金属の強度向上に寄与する。しかしながら、0.10%を超えて含有すると、ワイヤの強度が高くなりすぎて溶接時のワイヤ送給性が悪化する。そのため、Nbは、0.10%以下の範囲とするのが好ましい。このような強度向上効果を得るためには、Nbは、0.01%以上含有することがより好ましい。さらに好ましくは、0.02%~0.08%である。
【0041】
[V:0.10%以下]
Vは、炭化物形成元素であり、溶接金属中で微細な炭化物を析出させることで、溶接金属の強度向上に寄与する。しかしながら、0.10%を超えて含有すると、ワイヤの強度が高くなりすぎて溶接時のワイヤ送給性が悪化する。そのため、Vは、0.10%以下の範囲とするのが好ましい。このような強度向上効果を得るためには、Vは、0.01%以上含有することがより好ましい。さらに好ましくは、0.02%~0.08%である。
【0042】
[Ca:0.010%以下]
Caは、Sと結合し、硫化物(CaS)を形成することで、高温割れを抑制する。しかしながら、0.010%を超えて含有すると、旧オーステナイト粒界に偏析し、粒界を脆化させるため、ワイヤ伸線性が低下する。そのため、Caを含有する場合には、0.010%以下の範囲とするのが好ましい。このような高温割れ抑制効果を得るためには、Caは、0.001%以上含有することがより好ましい。さらに好ましくは、0.002%~0.008%である。
【0043】
[B:0.010%以下]
Bは、焼入れ性を高める元素であり、溶接金属の強度向上に寄与する。しかしながら、0.010%を超えて含有すると、高温割れを誘発する。そのため、Bを含有する場合には、0.010%以下の範囲とするのが好ましい。このような強度向上効果を得るためには、Bは、0.001%以上含有することがより好ましい。さらに好ましくは、0.002%~0.008%である。
【0044】
[REM:0.020%以下]
REMは、溶融金属中でSと結合し、高融点の硫化物を形成することで、低融点の硫化物形成を抑制し、高温割れ抑制に寄与する。しかしながら、0.020%を超えて含有すると、旧オーステナイト粒界に偏析し、粒界を脆化させる作用があるため、ワイヤ伸線性が低下する。そのため、REMを含有する場合には、0.020%以下の範囲とするのが好ましい。このような高温割れ抑制効果を得るためには、REMは、0.002%以上含有することがより好ましい。さらに好ましくは、0.003%~0.015%である。
【0045】
[溶接ワイヤの残部組成]
上記した組成以外の残部組成は、Fe及び不可避的不純物からなる。不可避的不純物としては、例えば、Sn、Sb、As、Pb、Biなどが挙げられる。ワイヤ中のSn、Sb及びAsの含有量は、それぞれ0.005%以下とし、Pb及びBiの含有量は、それぞれ0.0001%以下としておくことが好ましい。また、前述の基本組成及び任意的選択組成を満足する限り、これら以外の不可避的不純物元素が含有することを妨げるものではなく、そのような実施態様も本発明の技術的範囲に含まれる。
【0046】
[溶接ワイヤのCeqW]
前述したように、入熱300kJ/cm以上のサブマージアーク溶接方法において、溶接欠陥の発生を防ぐためには、下記の式(1)で表される溶接ワイヤのCeqWを0.40~0.80に調整することが有効である。
CeqW=[C]W+[Si]W/24+[Mn]W/6+[Ni]W/40+[Cr]W/5+[Mo]W/4 ・・・ (1)
ここで、式(1)におけるワイヤの[元素]Wは、当該元素の含有量(質量%)を表し、当該元素が含有されていない場合は、0とする。
【0047】
ワイヤのCeqWを0.40以上とするのは、強度を向上させる元素をワイヤから添加するためである。一方、CeqWが0.80を超えると、ワイヤが硬化しすぎてワイヤの送給性が悪化し、ワイヤ送給が不安定となる。これが起因して、ワイヤ送給が止まり、溶接が停止したり、ワイヤの巻き癖を矯正しきれずに、ワイヤの狙い位置が外れ、開先の溶け残し、すなわち溶接欠陥が発生するからである。
【0048】
[ワイヤの製造方法]
つづいて、本発明の溶接ワイヤ(ソリッドワイヤ)の製造方法について説明する。
本発明の溶接ワイヤの製造は、常用の溶接用ワイヤの製造方法がいずれも適用できる。
【0049】
例えば、本発明のソリッドワイヤは、前述した組成を有する溶鋼を、電気炉、真空溶解炉等の常用の溶製炉で溶製し、所定形状の鋳型等に鋳造する鋳造工程を行う。ついで、得られた鋼塊を、所定温度に加熱する加熱工程と、加熱された鋼塊に、熱間圧延を施し、所定形状の鋼素材(棒状)とする熱延工程と、を順次行う。さらに、得られた鋼素材(棒状)を複数回の冷間圧延(冷間伸線加工)と、必要に応じて、焼鈍温度:500℃~900℃とする焼鈍工程と、を施して、所望寸法のワイヤとする冷延工程を行うことが好ましい。
【0050】
[フラックスの基本組成]
次に、上述の組成を有する溶接用ワイヤに対して適合するフラックスについて検討を重ねた。その結果、前述したように、溶接金属の強度が不足するという問題に対して、フラックスから溶接金属の強度向上に有効な元素を添加し、後述する式(2)で表されるαを0.35~0.70に調整することが有効であることを知見した。以下に、フラックスの基本組成(化合物組成+金属組成)について説明する。なお、以下、組成における「%」は、「質量%」であることを意味する。
【0051】
[フラックスの基本組成中の化合物組成]
[SiO2:5%~30%]
SiO2は、良好な溶接ビードを形成するための重要な成分であり、SiO2は、5%未満では、ビード止端部のなじみが悪くなり、アンダーカットが発生する。一方、30%を超えると、溶接金属の酸素量が増加して靭性が劣化する。したがって、SiO2の含有量は、5%~30%に限定する。好ましくは、8%~25%である。
【0052】
[CaO:1%~10%]
CaOは、スラグの融点及び流動性を調整する作用があり、1%未満では、ビード止端部のなじみが悪く、アンダーカットが生じる。一方、10%を超えると流動性が悪くなり、ビード高さが不均一でビード外観が劣化し、スラグ剥離性も劣化する。したがって、CaOの含有量は、1%~10%に限定する。好ましくは、2%~8%である。
【0053】
[MgO:5%~30%]
MgOは、スラグの塩基度を向上させて溶接金属の酸素量を低下させる効果があり、5%未満では、溶接金属の酸素量が増加して靭性が劣化する。一方、30%を超えるとフラックスの軟化点が高くなり、ビード高さが不均一でビード外観が劣化し、スラグ剥離性も劣化する。したがって、MgOの含有量は、5%~30%に限定する。好ましくは、8%~25%である。
【0054】
[Al23:3%~20%]
Al23は、良好なスラグ剥離性及びビード外観を得るために必要な成分であり、アーク安定性を向上させる効果もある。そのような効果を得るためには、3%以上の含有を必要とする。一方、20%を超えると、フラックスの粘度が上昇するため凸ビードとなり、スラグ剥離性も不良となる。したがって、Al23の含有量は、3%~20%に限定する。好ましくは、5%~18%である。
【0055】
[TiO2:2%~20%]
TiO2は、溶融スラグの剥離性や低温靭性に寄与する成分であり、溶接ビード形状を良好にする効果もある。そのような効果を得るためには、2%以上の含有を必要とする。一方、20%以上の含有では、溶融スラグの融点が上昇しすぎて、スラグ剥離性が劣化する。したがって、TiO2の含有量は、2%~20%に限定する。好ましくは、3%~18%である。
【0056】
[Na2O:1%~3%]
Na2Oは、溶接時のアークを安定化させる成分であり、そのような効果を得るためには、1%以上の含有を必要とする。一方、3%以上の含有では、耐吸湿性が劣化し、溶接金属の拡散性水素量が増加することで、低温割れを誘発する。したがって、Na2Oの含有量は、1%~3%に限定する。好ましくは、1%~2%である。
【0057】
[CaF2:2%~20%]
CaF2は、溶融スラグの融点及び粘性を低下させる作用があり、大入熱の溶接条件でビードを平滑に保つのに有効な成分である。また、溶接金属のO(酸素)量を低減して靭性を向上させる。このような効果を得るためには、2%以上の含有を必要とする。一方、CaF2が20%を超えると溶融スラグの粘性が低くなりすぎて、アンダーカットを誘発し、スラグ剥離性も劣化する。したがって、CaF2の含有量は、2%~20%に限定する。好ましくは、4%~18%である。
【0058】
[金属炭酸塩の1種又は2種以上のCO2換算値の合計:2%~12%]
炭酸カルシウム(CaCO3)や炭酸マグネシウム(MgCO3)などの金属炭酸塩から溶接時に発生するCO2は、溶接金属を大気から遮断するとともにアークを安定にする効果がある。そのような効果を得るためには、2%以上の含有を必要とする。一方、12%を超えると、ガス量が過剰となり、吹上げが発生し、溶接作業性を劣化させる。したがって、金属炭酸塩の1種又は2種以上のCO2換算値の合計は、2%~12%に限定する。好ましくは、3%~10%である。
【0059】
なお、金属炭酸塩としては、上記の他に、炭酸カリウム(K2CO3)、炭酸ナトリウム(Na2CO3)、炭酸バリウム(BaCO3)、炭酸リチウム(Li2CO3)などが挙げられる。
【0060】
[フラックスの基本組成中の金属組成]
[Si:0.10%~2.50%]
Siは、金属Si、Fe-Si合金などとして添加され、脱酸材として作用し、溶接金属の酸素量を低減する。また、溶接金属の焼入れ性を向上させる作用も有する。そのような効果を得るためには、0.10%以上の含有を必要とする。一方、Siが2.50%を超えると、溶接金属の強度が過剰となり、靭性が劣化する。したがって、Siの含有量は、0.10%~2.50%に限定する。好ましくは、0.30%~2.00%である。
【0061】
[Mn:0.1%~2.0%]
Mnは、金属MnやFe-Mn合金などとして添加され、脱酸材として作用し、溶接金属の酸素量を低減する。また、溶接金属の焼入れ性を向上させる作用も有する。そのような効果を得るためには、0.1%以上の含有を必要とする。一方、Mnが2.0%を超えると、溶接金属の強度が過剰となり、靭性が劣化する。したがって、Mnの含有量は、0.1%~2.0%に限定する。好ましくは、0.2%~1.8%である。
【0062】
[Ni:1.0%~12.0%]
Niは、金属Ni、Fe-Ni合金などとして添加され、溶接金属の強度と靭性を向上させる重要な元素である。そのような効果を得るためには、1.0%以上の含有を必要とする。一方で、12.0%を超えると、凝固初晶がオーステナイト相となることで、凝固偏析が大きくなり、高温割れが発生する。そのため、Niの含有量は、1.0%~12.0%に限定する。好ましくは、2.0%~10.0%である。
【0063】
[Cr:8.0%以下]
Crは、金属Cr、Fe-Cr合金などとして添加され、溶接金属の強度を向上させる元素である。しかしながら、8.0%を超えると溶接金属の硬化を招くため、靭性が低下する。したがって、Crの含有量は、8.0%以下に限定する。また、強度向上の効果は、0.1%以上の含有で顕著となることから、0.1%~8.0%の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、0.2%~7.5%である。
【0064】
[Mo:1.0%~8.0%]
Moは、金属Mo、Fe-Mo合金などとして添加され、溶接金属の強度を向上させる重要な元素である。そのような効果を得るためには、1.0%以上の含有を必要とする。また、フェライト安定化元素であるため、Niが添加された場合でも、凝固初晶をフェライト相に維持し、高温割れを防止する効果もある。一方、8.0%を超えると溶接金属が硬化しすぎるため、靭性が低下する。したがって、Moの含有量は、1.0%~8.0%に限定する。好ましくは、1.5%~7.0%である。
【0065】
[Fe:10%~30%]
Feは、溶着効率及びアーク集中性向上に効果がある。Feが10%未満では、溶着効率が低下し、また、アークが広がることで溶融スラグの吹上げが発生する。一方、Feが30%を超えると、ビード表面に鉄粒突起が発生してビード外観が劣化する。したがって、Feの含有量は、10%~30%に限定する。好ましくは、12%~25%である。
【0066】
[フラックスの任意的選択組成]
上述した化学組成が、本発明に用いるフラックスの基本組成であるが、本発明では、この基本組成に加えてさらに、必要に応じて、次の任意的選択組成を含有することができる。それらは、B23:1.0%以下、K2O:3.0%以下、Ti:1.00%以下、Al:1.00%以下のうちから選ばれた1種又は2種以上である。以下、個別に説明する。
【0067】
[フラックスの任意的選択組成中の化合物組成]
[B23:1.0%以下]
23は、溶接金属の焼入れ性向上に寄与する成分であるが、1.0%を超えて含有すると、溶接金属中に低融点の液相を形成し、高温割れを誘発する。したがって、B23の含有量は1.0%以下とするのが好ましい。また、溶接金属の焼入れ性向上の効果を得るためには、0.1%以上の含有とするのがより好ましい。さらに好ましくは、0.2%~0.8%である。
【0068】
[K2O:3.0%以下]
2Oは、溶接時のアークを安定化させる成分であるが、3.0%を超えて含有すると、耐吸湿性が劣化し、溶接金属の拡散性水素量が増加することで、低温割れを誘発する。したがって、K2Oの含有量は、3.0%以下とするのが好ましい。また、溶接時の安定化の効果を得るためには、1.0%以上の含有とするのがより好ましい。さらに好ましくは、1.0%~2.0%である。
【0069】
[フラックスの任意的選択組成中の金属組成]
[Ti:1.00%以下]
Tiは、金属Ti、Fe-Tiなどとして添加され、強力な脱酸材として作用し、溶接金属の酸素量を低減し、靭性向上に寄与するが、1.00%を超えて含有すると、溶接金属中の固溶Tiが多くなり、靭性が劣化する。したがって、Tiの含有量は、1.00%以下とするのが好ましい。また、靭性向上効果を得るためには、0.10%以上の含有とするのがより好ましい。さらに好ましくは、0.20%~0.90%である。
【0070】
[Al:1.00%以下]
Alは、金属Al、Fe-Alなどとして添加され、強力な脱酸材として作用し、溶接金属の酸素量を低減し、靭性向上に寄与するが、1.00%を超えて含有すると、溶接金属中の固溶Alが多くなり、靭性が劣化する。したがって、Alの含有量は、1.00%以下とするのが好ましい。また、靭性向上効果を得るためには、0.10%以上の含有とするのがより好ましい。さらに好ましくは、0.20%~0.90%である。
【0071】
[フラックスの残部組成]
フラックスに含まれる上記以外の残部組成は、Ba、Li、P及びSなどの不可避的不純物である。これらの不可避的不純物のうち、Ba及びLiは、それぞれ3.0%以下に制限することが好ましく、特に、溶接品質に影響するP及びSは、それぞれ0.1%以下に制限することが好ましい。
【0072】
[フラックスのα]
前述したように、溶接ワイヤのCeqWを0.80以下に制限した場合に、従来技術のフラックスとの組合せでは、溶接金属の焼入れ性が不足し、要求される溶接金属強度を満たすことができないという問題があった。これに対して、本発明者らは、フラックスから溶接金属の焼入れ性向上に有効な元素を添加することが有効であると考え、種々のフラックスを試作し、鋭意検討を行った。その結果、フラックスから溶接金属への元素の移行は、フラックスへのSi、Mn、Ni、Cr、Moの焼入れ性を高める元素の添加量とともに、フラックス中のFe量にも影響されることがわかった。さらに、フラックスに添加される各元素と溶接ワイヤのCeqWで示される以下の式(2)で表されるαを0.35~0.70に調整することにより、溶接金属の強度確保と耐割れ性の両立が可能であることを知見した。
α=(0.3-[Fe]F/200)×{[Si]F/24+[Mn]F/6+[Ni]F/40+[Cr]F/5+[Mo]F/4}+0.4×CeqW ・・・ (2)
ここで、上記式(2)におけるフラックスの[成分]Fは、当該金属成分の含有量(質量%)を表し、当該成分が含有されていない場合は、0とする。
【0073】
このαが、0.35未満では、溶接金属の強度が不足し、0.70を超えると、溶接欠陥(割れ)が発生することがある。したがって、αは、0.35~0.70と限定する。好ましくは、0.40~0.65である。
【0074】
[溶接金属]
前述した780MPa級鋼を突き合わせて、溶接ワイヤとフラックスを用いて入熱300kJ/cm以上でサブマージアーク溶接を行い、得られた溶接継手の溶接金属は、以下に述べる成分組成となる。
【0075】
これにより、溶接欠陥のない、溶接金属の機械的特性である630MPa以上の0.2%耐力と780MPa以上の引張強度が得られ、0℃におけるVノッチシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーv0が27J以上を確保することができる。
【0076】
溶接金属の化学組成の基本組成は、次のとおり含有することが好ましい。C:0.04%~0.10%、Si:0.10%~0.80%、Mn:0.9%~2.0%、P:0.015%以下、S:0.015%以下、Ni:1.6%~5.0%、Cr:0.3%~2.0%、Mo:0.5%~2.0%、O:0.040%以下、N:0.010%以下。また、残部は、Fe及び不可避的不純物からなる。なお、組成における「%」は、「質量%」である。
【0077】
さらに、下記式(3)で表されるCeqDが0.75~0.95であることが好ましい。
CeqD=[C]D+[Si]D/24+[Mn]D/6+[Ni]D/40+[Cr]D/5+[Mo]D/4 ・・・ (3)
ここで、式(3)中における溶接金属の[元素]Dは、当該元素の含有量(質量%)を表し、当該元素が含有されていない場合は、0とする。
【0078】
さらに、上記溶接金属の基本組成に加えて、必要に応じて、次の任意的選択組成を含有することができる。それらは、Cu:1.0%以下、Al:0.12%以下、Ti:0.12%以下、Nb:0.10%以下、V:0.10%以下、Ca:0.006%以下、B:0.010%以下、REM:0.020%以下のうちから選ばれた1種又は2種以上である。以下、個別に説明する。
【0079】
[溶接金属の基本組成]
[C:0.04%~0.10%]
Cは、溶接金属の強度を向上させる元素である。Cが0.04%未満であると溶接金属強度が不足する。一方、0.10%を超えると溶接金属中で硬質な第二相を形成し、靭性が劣化する。そのため、Cは、0.04%~0.10%の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、0.05%~0.08%である。
【0080】
[Si:0.10%~0.80%]
Siは、溶接金属中で脱酸元素として働き、固溶酸素量を減少させることで、溶接金属の靭性向上に寄与する。また、変態温度を低下させることで強度を上げる効果もある。Siが0.10%未満では、その効果が乏しく、0.80%を超えると、溶接金属中で硬質な第二相の形成を促進し、靭性が劣化する。そのため、Siは、0.10%~0.80%の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、0.20%~0.60%である。
【0081】
[Mn:0.9%~2.0%]
Mnは、焼入れ性を高める元素であり、溶接金属の強度確保するためには、0.9%以上含有することが好ましい。一方、凝固偏析しやすい元素であるため、2.0%を超える場合は凝固偏析により高温割れを誘発する。そのため、Mnは、0.9%~2.0%の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、1.2%~1.8%である。
【0082】
[P:0.015%以下]
Pは、溶接金属中で結晶粒界に偏析し、高温割れを誘発する元素であり、できるだけ低減することが好ましいが、0.015%以下であれば、許容できる。そのため、Pは、0.015%以下の範囲とするのが好ましい。なお、過度の低減は、溶接ワイヤ製造のための精錬コストの高騰を招くため、Pは、0.003%以上に調整することが好ましいので、より好ましくは、0.004%~0.012%である。
【0083】
[S:0.015%以下]
Sは、溶接金属中で結晶粒界に偏析し、高温割れを誘発する元素であり、できるだけ低減することが好ましいが、0.015%以下であれば、許容できる。そのため、Sは、0.015%以下の範囲とするのが好ましい。なお、過度の低減は、溶接ワイヤ製造のための精錬コストの高騰を招くため、Sは、0.002%以上に調整することが好ましいので、より好ましくは、0.003%~0.012%である。
【0084】
[Ni:1.6%~5.0%]
Niは、溶接金属中において、靭性を低下させずに高強度化させる有効な元素である。その効果を得るには、Niは、1.6%以上含有することが好ましい。一方、Niは、オーステナイト安定化元素であり、5.0%を超える添加では凝固初晶がオーステナイト相となることで、凝固偏析が大きくなり、高温割れを誘発する。そのため、Niは、1.6%~5.0%の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、2.0%~4.5%である。
【0085】
[Cr:0.3%~2.0%]
Crは、溶接金属の強度を向上させる元素である。そのような効果は、0.3%以上の含有で顕著となる。一方、2.0%を超えると、溶接金属の硬化を招くため、靭性が低下する。したがって、Crは、0.3%~2.0%の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、0.4%~1.8%である。
【0086】
[Mo:0.5%~2.0%]
Moは、溶接金属の強度を向上させる元素である。そのような効果は、0.5%以上の含有で顕著となる。一方、2.0%を超えると、溶接金属の硬化を招くため、靭性が低下する。したがって、Moは、0.5%~2.0%の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、0.6%~1.6%である。
【0087】
[O:0.040%以下]
O(酸素)は、不可避的に混入する不純物であり、酸化物を形成することで、溶接金属の靭性を低下させる。そのため、O含有量はできるだけ低減することが好ましいが、0.040%以下であれば許容できるため、0.040%以下の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、0.010%~0.036%である。
【0088】
[N:0.010%以下]
N(窒素)は、不可避的に混入する不純物であり、溶接金属の靭性を劣化させる。そのため、N含有量はできるだけ低減することが好ましいが、0.010%以下であれば許容できる。したがって、Nは、0.010%以下の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、0.002%~0.008%である。
【0089】
[溶接金属の任意的選択組成]
上述した化学組成が本発明の溶接金属に関する基本組成であり、本発明では、この基本組成に加えてさらに、必要に応じて、次の任意的選択組成を含有することができる。それらは、Cu:1.0%以下、Al:0.12%以下、Ti:0.12%以下、Nb:0.10%以下、V:0.10%以下、Ca:0.006%以下、B:0.010%以下及びREM:0.020%以下のうちから選ばれた1種又は2種以上である。以下、個別に説明する。
【0090】
[Cu:1.0%以下]
Cuは、溶接金属中に微細析出し、析出強化により強度を向上させる元素であるが、1.0%を超えて含有すると、溶接欠陥を誘発するため、1.0%以下の範囲とするのが好ましい。また、溶接金属の強度向上効果は、0.1%以上で顕著であるため、より好ましくは、0.1%~1.0%である。
【0091】
[Al:0.12%以下]
Alは、溶接金属中で脱酸元素として働き、固溶酸素量を減少させることで、酸化物を減少させ、溶接金属の高靭性化に寄与するが、0.12%を超えると、溶接金属中で粗大なAl23を形成し、破壊の発生起点となる。そのため、0.12%以下の範囲とするのが好ましい。また、溶接金属の高靭性化効果を得るためには、0.01%以上含有することが好ましいので、より好ましくは、0.01%~0.12%である。
【0092】
[Ti:0.12%以下]
Tiは、溶接金属中で脱酸元素として働き、固溶酸素量を減少させる。また、酸化物と溶鋼の界面エネルギーを減少させることで、酸化物を微細分散させて、溶接金属の靭性向上に寄与する。しかしながら、0.12%を超えると、溶接金属中の固溶Tiの増加により延性が低下し、靭性が低下する。そのため、0.12%以下の範囲とするのが好ましい。また、そのような靭性向上効果を得るためには、Tiは、0.01%以上含有することが好ましいので、より好ましくは、0.01%~0.12%である。
【0093】
[Nb:0.10%以下]
Nbは、焼入れ性を高める元素であり、溶接金属の強度向上に寄与するが、0.10%を超えて含有すると、溶接金属の硬化を招くため、靭性が低下する。そのため、Nbは、0.10%以下の範囲とするのが好ましい。また、溶接金属の強度向上効果を得るためには、Nbは、0.01%以上含有することが好ましいので、より好ましくは、0.01%~0.10%である。
【0094】
[V:0.10%以下]
Vは、炭化物形成元素であり、溶接金属中で微細な炭化物を析出させることで、溶接金属の強度向上に寄与する。しかしながら、0.10%を超えて含有すると、溶接金属の硬化を招くため、靭性が低下する。そのため、Vは、0.10%以下の範囲とするのが好ましい。また、このような溶接金属の強度向上効果を得るためには、Vは、0.01%以上含有することが好ましいので、より好ましくは、0.01%~0.10%である。
【0095】
[Ca:0.006%以下]
Caは、Sと結合し、硫化物(CaS)を形成することで、高温割れを抑制する。しかしながら、0.006%を超えて含有すると旧オーステナイト粒界に偏析し、粒界を脆化させるため、溶接金属の靭性が低下する。そのため、Caを含有する場合には、0.006%以下の範囲とするのが好ましい。また、このような高温割れ抑制効果は、Caが0.001%以上の含有で顕著となるので、より好ましくは、0.001%~0.006%である。
【0096】
[B:0.010%以下]
Bは、焼入れ性を高める元素であり、溶接金属の強度向上に寄与する。しかしながら、0.010%を超えて含有すると高温割れを誘発する。そのため、Bを含有する場合には、0.010%以下の範囲とするのが好ましい。また、このような強度向上効果を得るためには、Bは、0.001%以上含有するのが好ましいので、より好ましくは、0.001%~0.010%である。
【0097】
[REM:0.020%以下]
REMは、溶融金属中でSと結合し、高融点の硫化物を形成することで、低融点の硫化物形成を抑制し、高温割れ抑制に寄与する。しかしながら、0.020%を超えて含有すると、旧オーステナイト粒界に偏析し、粒界を脆化させる作用があるため、溶接金属の靭性が低下する。そのため、REMを含有する場合には、0.020%以下の範囲とするのが好ましい。また、このような高温割れ抑制効果は、REMが0.002%以上の含有で顕著となるので、より好ましくは、0.002%~0.020%である。
【0098】
[溶接金属の残部組成]
上記した組成以外の残部組成は、Fe及び不可避的不純物からなる。不可避的不純物としては、例えば、Sn、Sb、As、Pb、Biなどが挙げられる。溶接金属中のSn、Sb及びAsの含有量は、それぞれ0.005%以下とし、Pb及びBiの含有量は、それぞれ0.0001%以下としておくことが好ましい。また、前述の基本組成及び任意的選択組成を満足する限り、これら以外の不可避的不純物元素が含有することを妨げるものではなく、そのような実施態様も本発明の技術的範囲に含まれる。
【0099】
[溶接金属のCeqD]
さらに、入熱300kJ/cm以上のサブマージアーク溶接方法において、溶接金属の強度と靭性を確保しつつ、溶接欠陥の発生を防ぐためには、下記の式(3)で表される溶接金属のCeqDを0.75~0.95に調整することが有効である。
CeqD=[C]D+[Si]D/24+[Mn]D/6+[Ni]D/40+[Cr]D/5+[Mo]D/4 ・・・ (3)
ここで、式(3)における溶接金属の[元素]Dは、当該元素の含有量(質量%)を表し、当該元素が含有されていない場合は、0とする。
【0100】
溶接金属のCeqDを0.75以上とするのは、溶接金属の強度を確保するためである。一方、CeqDが0.95を超えると、靭性が低下し、低温割れ発生傾向が大きくなるからである。
【0101】
[780MPa級鋼]
本発明の対象となる母材(鋼板)は、780MPa級鋼である。すなわち引張強度が780MPa~930MPaである。780MPa級鋼の製造方法としては、常法の製鋼工程及び鋳造工程を経て得た鋼素材を、加熱条件や圧下率などを調整して熱間圧延した後、冷却して鋼板(鋼材)を得る方法などがある。圧延後の鋼板の板厚は、例えば、40mm~100mmである。
【0102】
780MPa級鋼の化学組成としては、例えば、基本組成は、次のようなものである。
C:0.03%~0.15%、Si:0.02%~0.80%、Mn:1.0%~2.5%、P:0.015%以下、S:0.012%以下、Ni:3.0%以下、Cr:2.0%以下、Mo:1.5%以下、N:0.010%以下、O:0.010%以下、残部:Fe及び不可避的不純物。さらに、必要に応じて、次の任意的選択組成を含有することができる。
【0103】
Cu:1.0%以下、Al:0.10%以下、Ti:0.10%以下、Nb:0.10%以下、V:0.10%以下、Ca:0.006%以下、B:0.005%以下及びREM:0.050%以下のうちから選ばれた1種又は2種以上である。
【0104】
[鋼板の基本組成]
本発明の溶接の対象となる780MPa級鋼の基本組成について説明する。
【0105】
[C:0.03%~0.15%]
Cは、鋼材の強度を向上させる元素である。このような効果を得るためには、0.03%以上の含有を必要とする。一方、0.15%を超えて含有すると、溶接熱影響部で硬質な第二相を形成し、靭性が低下する。このため、Cは、0.03%~0.15%の範囲とすることが好ましい。より好ましくは、0.04%~0.12%である。
【0106】
[Si:0.02%~0.80%]
Siは、脱酸剤として作用するとともに、鋼中に固溶して固溶強化により鋼材の高強度化に寄与する元素である。このような効果を得るためには、0.02%以上の含有を必要とする。一方、0.80%を超えて含有すると、溶接熱影響部で硬質な第二相を形成し、靭性が低下する。このため、Siは、0.02%~0.80%の範囲とすることが好ましい。より好ましくは、0.06%~0.60%である。
【0107】
[Mn:1.0%~2.5%]
Mnは、焼入れ性を高める元素であり、鋼材の強度確保に寄与する。このような効果を得るためには、1.0%以上の含有を必要とする。一方、凝固偏析しやすい元素であるため、2.5%を超える場合は、板厚中央部に過度のMnが偏析し、靭性が低下する。このため、Mnは、1.0%~2.5%の範囲とすることが好ましい。より好ましくは、1.2%~2.0%である。
【0108】
[P:0.015%以下]
Pは、不純物として、粒界に偏析し、靭性を低下させる元素であり、可能なかぎり低減することが好ましいが、0.015%以下であれば許容できる。このため、Pは、0.015%以下の範囲とすることが好ましい。なお、過度の低減は、精錬コストの高騰を招くため、Pは0.003%以上に調整することが好ましい。より好ましくは、0.004%~0.012%である。
【0109】
[S:0.012%以下]
Sは、鋼中では硫化物系介在物として存在し、鋼材の延性、極低温靭性を低下させる。このため、Sは、可能なかぎり低減することが好ましいが、0.012%以下であれば許容できる。このため、Sは、0.012%以下とすることが好ましい。一方、Sを0.002%未満と極端に低減するには、長時間の精錬を必要とし、精錬コストが高騰する。このため、経済性の観点から、Sは、0.002%以上の範囲とすることがより好ましい。さらに好ましくは、0.002%~0.010%である。
【0110】
[Ni:3.0%以下]
Niは、鋼材の靭性を低下させずに強度を向上させるために有効な元素である。そのような効果を得るためには、0.1%以上含有することが好ましい。一方、Niが3.0%を超えると圧延時に割れが発生するため、Niは、3.0%以下が好ましい。さらに好ましくは、0.2%~2.5%である。
【0111】
[Cr:2.0%以下]
Crは、鋼材の強度向上に有効な元素である。このような効果を得るためには、Crを0.1%以上含有することが好ましい。一方、2.0%を超えて含有すると、結晶粒径が粗大化し、靭性が低下する。このため、Crは、より好ましくは、0.2%~1.8%である。
【0112】
[Mo:1.5%以下]
Moは、鋼材の強度向上に寄与する元素である。また、旧オーステナイト粒界から形成する粗大な組織形成を抑制し、靭性向上にも寄与する。このような効果を得るためには、Moを0.1%以上含有することが好ましい。一方、1.5%を超えて含有すると、溶接熱影響部で炭化物を形成し、靭性が低下する。このため、Moは、1.5%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.2%~1.2%である。
【0113】
[N:0.010%以下]
Nは、不可避的に混入する不純物であり、鋼材の靭性を劣化させる。そのため、N含有量はできるだけ低減することが好ましいが、0.010%以下であれば許容できる。したがって、Nは0.010%以下の範囲とすることが好ましい。より好ましくは0.002%~0.008%である。
【0114】
[O(酸素):0.010%以下]
O(酸素)は、鋼中では酸化物系介在物として存在し、鋼材の極低温靱性を低下させる。このため、O(酸素)はできるだけ低減することが好ましいが、0.010%以下であれば許容できる。このため、O(酸素)は、0.010%以下含有することが好ましい。また、O(酸素)を0.001%未満と極端に低減するには、長時間の精錬を必要とし、精錬コストが高騰する。このため、経済性の観点から、O(酸素)は、0.001%以上とすることがより好ましい。さらに好ましくは、0.002%~0.008%である。
【0115】
[鋼板の任意的選択組成]
上記した成分が鋼板の基本組成であるが、この基本組成に加えてさらに、必要に応じて次の任意的選択組成を含有することができる。それらは、Cu:1.0%以下、Al:0.10%以下、Ti:0.10%以下、Nb:0.10%以下、V:0.10%以下、Ca:0.006%以下、B:0.005%以下及びREM:0.050%以下のうちから選ばれた1種又は2種以上である。
【0116】
[Cu:1.0%以下]
Cuは、析出強化を通して、鋼材の強度増加に寄与する元素である。しかしながら、1.0%を超える含有は、溶接性が低下するとともに、鋼材製造時に疵が生じやすくなる。このため、含有する場合には、Cuは、1.0%以下の範囲とすることが好ましい。また、強度向上効果を確保するには、0.1%以上含有することがより好ましい。さらに好ましくは、0.2%~0.8%である。
【0117】
[Al:0.10%以下]
Alは、脱酸剤として作用し、鋼材の溶鋼脱酸プロセスにおいて、もっとも汎用的に使われる元素である。しかしながら、0.10%を超えて含有すると、結晶粒が粗大化し、靭性を低下させる。このため、Alは、0.10%以下の範囲とすることが好ましい。また、靭性向上効果を得るためには、0.01%以上を含有するのがより好ましい。さらに好ましくは、0.02%~0.08%である。
【0118】
[Ti:0.10%以下]
Tiは、鋼中でTiNを形成し、TiNがオーステナイト粒成長を抑制する効果がある。このような効果を得るためには、0.01%以上の含有を必要とする。一方で、0.10%を超えて含有すると、固溶Tiにより靭性を低下させるため、0.10%以下含有することが好ましい。より好ましくは、0.01%~0.08%である。さらに好ましくは、0.02%~0.06%である。
【0119】
[Nb:0.10%以下]
Nbは、鋼材の強度向上に有効な元素であり、そのような効果を得るためには、0.01%以上の含有を必要とする。一方で、0.10%を超えて含有すると、炭化物が析出し、靭性が低下するため、0.10%以下含有することが好ましい。より好ましくは、0.01%~0.08%である。さらに好ましくは、0.02%~0.05%である。
【0120】
[V:0.10%以下]
Vは、微細炭化物を析出し、鋼材の強度向上に寄与する元素である。しかしながら、Vが0.10%を超えて含有すると、硬化するため、靭性が低下する。このため、含有する場合には、Vは、0.10%以下とすることが好ましい。また、強度及び靭性向上効果を得るためには、Vを0.01%以上含有することがより好ましい。さらに好ましくは、0.02%~0.08%である。
【0121】
[Ca:0.006%以下]
Caは、球状の硫化物を析出させ、ラメラテア防止に寄与する元素である。また、靭性向上に効果的な元素である。このような効果を得るためには、Caを0.001%以上の含有を必要とする。一方、0.006%を超えて含有すると、旧オーステナイト粒界に偏析し、靭性が低下する。このため、Caは、0.001%~0.006%の範囲とすることがより好ましい。さらに好ましくは0.002%~0.005%である。
【0122】
[B:0.005%以下]
Bは、粒界に偏析し、粒界から形成する粗大な組織を抑制することで、鋼材の靭性向上に寄与する元素である。しかしながら、Bが0.005%を超えて含有すると、硬質なマルテンサイト組織を形成することで、靭性が低下する。このため、含有する場合には、Bは、0.005%以下の範囲にすることが好ましい。また、靭性向上効果を得るためには、Bは、0.001%以上を含有するのがより好ましい。さらに好ましくは、0.002%~0.004%である。
【0123】
[REM:0.050%以下]
REMは、介在物の形態制御を介し、鋼材の靭性向上、さらには延性、耐硫化物応力腐食割れ性を向上させる作用を有する元素である。しかしながら、0.050%を超えて含有すると、高温脆性を示し、熱間圧延時に割れを誘発する。このため、含有する場合には、REMは、0.050%以下の範囲にすることが好ましい。また、靭性向上効果を得るためには、0.002%以上含有することがより好ましい。さらに好ましくは、0.010%~0.040%である。
【0124】
[残部組成]
上記した成分以外の残部組成は、Fe及び不可避的不純物からなる。この不可避的不純物としては、Mg、Sb、Biなどが例示でき、合計で0.02%以下であれば許容できる。また、前述の基本組成及び任意的選択組成を満足する限り、これら以外の不可避的不純物元素が含有することを妨げるものではなく、そのような実施態様も本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0125】
以下、本発明の実施例及び比較例を挙げて、本発明の効果について具体的に説明する。
鋼板は、表1に示す板厚及び組成の780MPa級鋼を準備し、開先角度35°のV開先とした。
【0126】
【表1】
【0127】
溶接ワイヤは、表2に示す組成の溶鋼を、真空溶解炉で溶製し、鋳造して300kgの鋼塊とした。得られた鋼塊を1000℃に加熱した後、熱間圧延と、その後の冷間圧延とにより、φ6.4mmの溶接ワイヤを作製した。
【0128】
【表2】
【0129】
フラックスは、表3に示す組成となるように原料粉を配合し、結合剤(水ガラス)とともに混錬した後、造粒し、500℃で焼成した。造粒されたフラックスは、ダスト除去及び粗大粒の解砕などの整粒処理を行い、全粒子の粒子径を2.5mm以下に調整した。
【0130】
【表3】
【0131】
鋼板及び溶接ワイヤ、フラックスをそれぞれ用いて、表4の溶接条件でサブマージアーク溶接を実施し、サブマージアーク溶接継手を作製した。
【0132】
【表4】
【0133】
溶接後、溶着金属中央部から試験片を採取し、湿式分析による元素分析を実施した。
また、溶接継手の断面マクロを光学顕微鏡で観察し、溶接欠陥の有無を判定した。溶接部で溶接欠陥が認められる場合は溶接欠陥「有」と評価した。溶接欠陥が認められない場合は、溶接欠陥「無」と評価した。
【0134】
〔溶接金属の機械的特性の測定〕
得られた溶接金属から、JIS Z 3111の規定に準拠して、引張試験片(平行部径10mmφ)及びシャルピー衝撃試験片(Vノッチ)を採取し、引張試験及び衝撃試験を実施した。
【0135】
引張試験は、室温で、各3本実施し、得られた値(0.2%耐力)の平均値を当該ワイヤを用いた溶接金属の引張特性とした。
【0136】
また、シャルピー衝撃試験は、各3本実施し、試験温度:0℃における吸収エネルギー(V0)を求め、その平均値を当該ワイヤを用いた溶接金属の低温衝撃靭性とした。なお、シャルピー衝撃試験片のVノッチ位置は、板厚の1/2の厚さである溶接金属の中央位置とした。
【0137】
得られた結果を表5に示す。
【0138】
【表5】
【0139】
本発明例はいずれも、溶接欠陥が認められなかった。さらに、常温における降伏強さ(0.2%耐力)が630MPa以上、引張強度が780MPa以上で、試験温度:0℃におけるシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーV0が27J以上であり、高強度と靭性に優れた溶接継手が得られた。
【0140】
一方、本発明の範囲を外れる比較例では、溶接欠陥が発生しているか、溶接金属の衝撃靭性が不足しているかで目的とする溶接継手が得られなかった。