IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ダイヘンの特許一覧

<>
  • 特開-多層盛り溶接方法 図1
  • 特開-多層盛り溶接方法 図2
  • 特開-多層盛り溶接方法 図3
  • 特開-多層盛り溶接方法 図4
  • 特開-多層盛り溶接方法 図5
  • 特開-多層盛り溶接方法 図6
  • 特開-多層盛り溶接方法 図7
  • 特開-多層盛り溶接方法 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024126893
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】多層盛り溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/095 20060101AFI20240912BHJP
   B23K 9/23 20060101ALI20240912BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20240912BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20240912BHJP
【FI】
B23K9/095 501G
B23K9/23 A
B23K9/173 A
B23K35/30 320F
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023035629
(22)【出願日】2023-03-08
(71)【出願人】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100114557
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 英仁
(74)【代理人】
【識別番号】100078868
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 登夫
(72)【発明者】
【氏名】馬塲 勇人
【テーマコード(参考)】
4E001
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB09
4E001CA02
4E001DD04
4E001EA02
4E001EA04
4E001EA05
4E001EA09
(57)【要約】
【課題】局所的なじん性低下領域の少ない高品質な溶接金属を得ることができる多層盛り溶接方法を提供する。
【解決手段】アシキュラーフェライトを析出させるためにTiを含有した溶接ワイヤを用い、入熱上限値を設けて行う消耗電極式の多層盛り溶接方法であって、先行パスに次ぐ後続パスを1層複数パスで溶接する場合、前記入熱上限値より5kJ/cm小さい入熱を上限値として溶接を行う。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アシキュラーフェライトを析出させるためにTiを含有した溶接ワイヤを用い、入熱上限値を設けて行う消耗電極式の多層盛り溶接方法であって、
先行パスに次ぐ後続パスを1層複数パスで溶接する場合、前記入熱上限値より5kJ/cm小さい入熱を上限値として溶接を行う
多層盛り溶接方法。
【請求項2】
前記後続パスを1層1パスで溶接する場合、前記入熱上限値を上限とした条件で溶接を行う
請求項1に記載の多層盛り溶接方法。
【請求項3】
前記入熱上限値は50kJ/cmである
請求項2に記載の多層盛り溶接方法。
【請求項4】
前記溶接ワイヤはJIS規格YGW18のワイヤである
請求項2に記載の多層盛り溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層盛り溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高電流条件でのGMA溶接が着目されている(例えば、特許文献1)。高電流溶接では、深い溶込みが得られることや、溶接ワイヤの溶着速度が高いことにより、厚板溶接を高能率化することができる。
しかし、高電流条件での多層溶接においては、高い入熱による溶接金属のじん性低下が問題となる。そのため、溶接入熱及びパス間温度に制限が設けられる場合がある。最も一般的な基準は、溶接入熱40kJ/cm以下、パス間温度350℃以下である。このような場合、埋もれアーク溶接を含む高電流GMA溶接を用いても、入熱制限により、溶接能率を十分に向上させることができない。
ただし、40kJ/cmを超える入熱条件で溶接を行っても、溶接金属のじん性が要求値を満足する場合があり、40kJ/cmを超える高入熱溶接施工はしばしば行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第6581438号公報
【特許文献2】特許第6748556号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、溶接金属のじん性指標の測定方法として最も一般的なのはシャルピー衝撃試験である。ただしこの試験で得られるのは、特定の位置、すなわち試験片を取得した位置におけるじん性指標であり、他の位置におけるじん性の指標を得ることはできない。そのため、試験を行った特定の位置において、シャルピー衝撃試験の結果が溶接金属への要求性能を満たしていたとしても、別の位置には要求性能を満たしていない部分が存在する可能性がある。溶接金属全体のじん性分布を調べることができれば望ましいが、そのためには膨大なコストが必要であり、現実的でない。したがって、通常は、例えば溶接金属の中央部や表面近傍、裏面近傍など、代表位置で行ったシャルピー衝撃試験の結果が、溶接金属全体のじん性指標を代表しているとみなされて用いられる場合が多い。
【0005】
本開示の目的は、局所的なじん性低下領域の少ない高品質な溶接金属を得ることができる多層盛り溶接方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示に係る多層盛り溶接方法は、アシキュラーフェライトを析出させるためにTiを含有した溶接ワイヤを用い、入熱上限値を設けて行う消耗電極式の多層盛り溶接方法であって、先行パスに次ぐ後続パスを1層複数パスで溶接する場合、前記入熱上限値より5kJ/cm小さい入熱を上限値として溶接を行う。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、局所的なじん性低下領域の少ない高品質な溶接金属を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本実施形態1に係る消耗電極式のアーク溶接装置の一構成を示す模式図である。
図2】埋もれアークの溶接条件を示す模式図である。
図3】本実施形態1に係る多層盛り溶接方法の手順を示すフローチャートである。
図4】本実施形態2に係る多層盛り溶接方法を示す概念図である。
図5】本実施形態2に係る多層盛り溶接方法を示す概念図である。
図6】本実施形態2に係る多層盛り溶接方法を示す概念図である。
図7】本実施形態2に係る多層盛り溶接方法の手順を示すフローチャートである。
図8】本実施形態2に係る多層盛り溶接方法の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本開示の実施形態に係る多層盛り溶接方法を、以下に図面を参照しつつ説明する。本実施形態に係る溶接方法は、GMA溶接、具体的には埋もれアーク溶接を用いた厚板の高入熱多層盛り溶接を実現する方法である。なお、本開示はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。また、以下に記載する実施形態の少なくとも一部を任意に組み合わせてもよい。
【0010】
<アーク溶接装置>
図1は、本実施形態1に係る消耗電極式のアーク溶接装置の一構成を示す模式図である。本実施形態1に係るアーク溶接装置は、GMA(Gas Metal Arc)を行う溶接半自動溶接機であり、溶接電源1、トーチ2及びワイヤ送給装置3を備える。また、本実施形態1に係る多層盛り溶接方法を実施するための温度センサ6を用意する。温度センサ6は、多層盛り溶接におけるパス間温度、具体的には母材4の温度を検出するセンサである。温度センサ6は、半導体温度センサ、赤外線温度センサ、温度によって色が変化するシール又はチョーク等である。
【0011】
トーチ2は、銅合金等の導電性材料からなり、母材4の被溶接部へ溶接ワイヤ5を案内すると共に、アークの発生に必要な溶接電流Iwを供給する円筒形状のコンタクトチップを有する。コンタクトチップは、その内部を挿通する溶接ワイヤ5に接触し、溶接電流Iwを溶接ワイヤ5に供給する。また、トーチ2は、コンタクトチップを囲繞する中空円筒形状をなし、被溶接部へシールドガスを噴射するノズルを有する。シールドガスは、例えば炭酸ガス、炭酸ガス及びアルゴンガスの混合ガス、アルゴン等の不活性ガス等である。
【0012】
溶接ワイヤ5は、例えばソリッドワイヤであり、その直径は0.9mm以上1.6mm以下であり、消耗電極として機能する。溶接ワイヤ5は、例えば、螺旋状に巻かれた状態でペールパックに収容されたパックワイヤ、あるいはワイヤリールに巻回されたリールワイヤである。
【0013】
ワイヤ送給装置3は、溶接ワイヤ5をトーチ2へ送給する送給ローラと、当該送給ローラを回転させるモータとを有する。ワイヤ送給装置3は、送給ローラを回転させることによって、ワイヤリールから溶接ワイヤ5を引き出し、引き出された溶接ワイヤ5をトーチ2へ供給する。なお、かかる溶接ワイヤ5の送給方式は一例であり、特に限定されるものでは無い。
【0014】
溶接電源1は、給電ケーブルを介して、トーチ2のコンタクトチップ及び母材4に接続され、溶接電流Iwを供給する電源部11と、溶接ワイヤ5の送給速度を制御する送給速度制御部12とを備える。なお、電源部11及び送給速度制御部12を別体で構成しても良い。電源部11は、PWM制御された直流電流を出力する電源回路11a、制御回路11b、電圧検出部11c、電流検出部11dを備える。
【0015】
電圧検出部11cは、溶接電圧Vwを検出し、検出した電圧値を示す電圧値信号Vdを制御回路11bへ出力するセンサである。
【0016】
電流検出部11dは、例えば、溶接電源1からトーチ2を介して溶接ワイヤ5へ供給され、アークを流れる溶接電流Iwを検出し、検出した電流値を示す電流値信号Idを制御回路11bへ出力するセンサである。
【0017】
電源回路11aは、商用交流を交直変換するAC-DCコンバータ、交直変換された直流をスイッチングにより所要の交流に変換するインバータ回路、変換された交流を整流する整流回路等を備える。制御回路11bは、設定された溶接条件、検出された溶接電流Iw及び溶接電圧Vwに基づいて、電源回路11aのインバータ回路をPWM制御する。母材4及び溶接ワイヤ5間には、所用の溶接電圧Vwが印加され、溶接電流Iwが通電する。
【0018】
トーチ2側に設けられた手元操作スイッチが操作された場合、トーチ2は溶接電源1へ出力指示信号を出力する。出力指示信号は、図示しない制御通信線を介して溶接電源1に入力され、制御回路11bは、当該出力指示信号をトリガにして、電源回路11aに溶接電圧Vw及び溶接電流Iwの出力を開始させる。
【0019】
<埋もれアーク溶接>
本実施形態1の多層盛り溶接方法は、GMA溶接、具体的には埋もれアーク溶接を用いて行う。
【0020】
図2は、埋もれアークの溶接条件を示す模式図である。溶接ワイヤ5に大電流を供給すると、図2に示すように、母材4に凹状の溶融部分が形成され、溶接ワイヤ5の先端部が溶融部分によって囲まれた空間に進入する。以下、凹状の溶融部分によって囲まれる空間を埋もれ空間と呼び、埋もれ空間に進入した溶接ワイヤ5と、母材4又は溶融部分との間に発生するアークを、適宜、埋もれアークと呼ぶ。
【0021】
図2に示すグラフの横軸は溶接電流Iw、縦軸は溶接電圧Vwを示している。埋もれアーク溶接を実現する溶接条件は、溶接電流Iwの平均電流が300A以上、好ましくは300A以上1000A以下、より好ましくは400A以上650A以下である。溶接電流Iwが300A未満になると、アーク圧力が弱くなり、溶融金属を押し下げることができず、埋もれアーク溶接を維持することができなくなる。
【0022】
溶接電圧Vw(アーク電圧)は、溶接条件等によって変化する上限電圧が存在する。上限電圧は、埋もれアークを維持できる上限の電圧であり、その電圧を超えると、埋もれアーク溶接でなく、通常の直流溶接となる臨界電圧である。上限電圧は、溶接電流Iwの増加関数であり、溶接電流Iwが大きくなる程、高くなる。この上限電圧よりも約4V低い電圧が下限電圧である。下限電圧より低い電圧では、溶接ワイヤ5の先端位置の下降に伴い、溶接ワイヤ5と溶融池との短絡が頻発し、溶接が不安定化する。
【0023】
なお、上限電圧及び下限電圧は、溶接ワイヤ5の種類、ワイヤ径、溶接電流Iw、ワイヤ突出し長さ、開先形状、溶接速度、溶接電源二次側の負荷状態等の様々な影響を受けて変化するが、溶接電流Iwと溶接電圧Vwの関係は概ね図2に示した通りである。
【0024】
高電流の埋もれアーク溶接を安定化させる溶接条件は以下の通りである。埋もれアーク溶接においては、10Hz以上1000Hz以下の周波数、好ましくは50Hz以上300Hz以下の周波数、より好ましくは80Hz以上200Hz以下の周波数で溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを振動させるとよい。電流振幅は、50A以上、好ましくは100A以上500A以下、より好ましくは200A以上400A以下に設定するとよい。安定した高電流溶接が可能となる。
【0025】
一般的なGMA溶接は、高電流条件では安定しにくく、スパッタも多いため、低電流条件で溶接される場合が多く、再熱部のじん性低下が問題とならない場合が多い。一方、埋もれアーク溶接は、上記の通り、高電流での安定化制御が確立されており、300A以上の高電流溶接が可能である。しかし、埋もれアーク溶接においては、高電流溶接による再熱部のじん性低下が問題となる。本実施形態1に係る多層盛り溶接方法は、この埋もれアーク溶接における再熱部のじん性低下を防ぐ方法として有効に働く。
【0026】
<厚板の多層盛り溶接方法>
本実施形態1に係る多層盛り溶接方法は、代表位置におけるシャルピー衝撃試験によって得られたじん性指標に対して、他の位置におけるじん性が著しく劣ることがないような溶接金属が得られる溶接施工方法である。
【0027】
多層溶接継手の溶接金属におけるじん性低下の主たる原因は、後続パスによる再熱である。より具体的には、着目するパスを再溶融させる後続パスの入熱によって、再熱を受けるパスの金属組織が変化し、じん性が低下する。再熱を受けるパスを再溶融させないパスについては、両パス間の距離が離れているため、再熱の影響はほとんどないとみなすことができる。再熱パスの入熱が大きいほど、再熱を受けるパスのじん性は低下する。特に、1層を2パス以上に振り分けて溶接する場合には、それらのパスがそれぞれ前層を再熱する。再熱を受ける回数が多くなるほどじん性は低下しやすいため、複数回の再熱を受ける領域では、局所的なじん性低下が生じやすくなる。
【0028】
そこで本実施形態1では、この影響を低減するため、1層を2パス以上に振り分けて溶接する層において、入熱に制限を設ける。入熱制限として、例えば、入熱の上限を、予め定めた入熱上限値より5kJ/cm小さい値とする。更に望ましくは、入熱上限値より10kJ/cm小さい値を上限値として定めるのがよい。
【0029】
溶接ワイヤ5としてYGW18を用いる場合、入熱上限値を50kJ/cmとし、1層を複数パスで溶接する際の入熱の上限を、45kJ/cmとする入熱制限が有効である。この入熱制限を設けることで、複数回の再熱を受ける領域のじん性低下が緩和され、局所的なじん性低下領域の少ない高品質な溶接金属を得ることができる。
【0030】
図3は、本実施形態1に係る多層盛り溶接方法の手順を示すフローチャートである。以下、埋もれアークによって、9~30mmの厚板である母材4を能率的に多層盛り溶接する方法を説明する。ここでは、所定の入熱制限が設けられているものとする。例えば、パス間温度上限値は350℃、入熱上限値は50kJ/cmである。
【0031】
まず、溶接作業者は、溶接により接合されるべき一対の母材4をアーク溶接装置に配置し、溶接条件等の各種設定を行う(ステップS11)。具体的には、板状の第1母材及び第2母材を用意し、被溶接部である端面を突き合わせて、所定の溶接作業位置に配する。なお、必要に応じて、第1母材及び第2母材にY形、レ形等の任意形状の開先を設けても良い。第1及び第2母材は、例えば軟鋼、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼等の鋼板であり、厚みは9mm以上30mm以下である。そして、上記した埋もれアーク溶接を実現する電圧、電流、周波数、電流振幅等を設定する。
【0032】
そして、溶接作業者は、母材4の温度がパス間温度上限値(例えば、350℃)を超えないようにするために、温度センサ6を用いて母材4の温度を検出する(ステップS12)。溶接作業者は、母材4の温度がパス間温度上限値(例えば、350℃)超であると判定した場合、溶接作業者は、母材4の温度がパス間上限値以下になるまで後続パスの溶接を行わずに待機する。母材4の温度がパス間温度上限値以下であると判定した場合、後続パスの溶接を実行する。
【0033】
溶接作業者は、1層複数パスの溶接であるか否かを判定する(ステップS13)。つまり、溶接作業者は、ある層を溶接する際、この1層を2パス以上に振り分けて溶接するか否かを判定する。1層複数パスの溶接であると判定した場合(ステップS13:YES)、溶接作業者は、予め定めた入熱上限値(50kJ/cm)より5kJ/cm小さい入熱を上限値(45kJ/cm)とした条件で多層盛り溶接を行う(ステップS14)。
【0034】
1層複数パスの溶接でないと判定した場合(ステップS13:NO)、つまり、1層1パス溶接であると判定した場合、溶接作業者は、予め定めた入熱上限値(50kJ/cm)を上限値とした条件で多層盛り溶接を行う(ステップS15)。
【0035】
ステップS14又はステップS15に次いで、溶接作業者は溶接を完了したか否かを判定する(ステップS16)。溶接を完了していないと判定した場合(ステップS16:NO)、溶接作業者は、ステップS12~ステップS16の工程を繰り返し、多層盛り溶接を行う。溶接を完了したと判定した場合(ステップS16:YES)、溶接作業者は、多層盛り溶接方法を終了する。
【0036】
(実施例)
溶接ワイヤ5としてワイヤ径1.4mmのソリッドワイヤ(YGW18)を用い、シールドガスとして炭酸(CO2)ガスを用いて埋もれアーク溶接を行う。埋もれアーク溶接には、安定化のために、溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを周期的に変動させる上記した電圧振幅制御を適用する。
母材4の開先角度35°、ルートギャップ4mmで、板圧40mmの圧延鋼材(SN490B)の多層溶接を行う。裏当ては板厚9mmの圧延鋼材(SN490B)とする。継手に要求するじん性として、70J以上のシャルピー吸収エネルギーを定める。予め定める溶接入熱の上限は50kJ/cmとするが、1層を2パス以上で溶接する層の入熱上限は45kJ/cmとする。パス間温度の上限は、溶接パスによらず350℃とする。この条件で多層溶接を行うことで、局所的なじん性低下を緩和し、高品質な溶接金属を得ることができる。
【0037】
以上の通り、本実施形態1に係る多層盛り溶接方法によれば、溶接継手のじん性低下を軽減しつつ、高入熱溶接により溶接能率を向上させることができる。
【0038】
本実施形態1に係る多層盛り溶接方法は、特に、1層1パスで溶接する間(積層全体の前半)は高入熱で溶接し、1層を2パス以上に振り分ける層になってからは低入熱で溶接するのが特に有効である。
【0039】
また、本実施形態1に係る多層盛り溶接方法と埋もれアーク溶接を組み合わせることによって、高入熱による高能率多層盛り溶接が可能になる。
【0040】
なお、本実施形態1ではYGW18の溶接ワイヤ5を説明したが、アシキュラーフェライトを析出させるためにTiを含有した溶接ワイヤ5であれば、他のワイヤを用いてもよい。
【0041】
(実施形態2)
実施形態2に係る多層盛り溶接方法は、入熱制限の内容が実施形態1と異なる。多層盛り溶接方法のその他の構成は、実施形態1に係る多層盛り溶接方法と同様であるため、同様の箇所には同じ符号を付し、詳細な説明を省略する。
【0042】
高電流条件においては、高い入熱による溶接金属のじん性低下が問題となるため、溶接入熱及びパス間温度に制限が設けられる場合がある。最も一般的な基準は、溶接入熱40kJ/cm以下、パス間温度350℃以下である。ただし、40kJ/cmを超える入熱条件で溶接を行っても、溶接金属のじん性が要求値を満足する場合があり、40kJ/cmを超える高入熱溶接施工はしばしば行われている。
【0043】
しかし、40kJ/cmを超える高入熱溶接が許容される場合でも、必ずしも全ての溶接パスの入熱が40kJ/cmを超えるとは限らない。例えば1パス目や2パス目等の序盤の溶接パスでは、開先の奥深くを溶接するために、ワイヤ突出し長さ(コンタクトチップ-溶融金属間距離)が伸びやすくなり、溶接電流が低下して溶接入熱が減少する場合がある。あるいは、1つの層を複数パスで溶接する場合に、当該層の未溶着部の大きさに合わせて溶接電流や溶接速度が調整され、その結果として溶接入熱が減少する場合がある。すなわち、比較的低入熱条件での溶接パスと、比較的高入熱条件での溶接パスが混在することになる。このような場合、特定の条件下においては、溶接金属のじん性が低下する場合がある。具体的には、
(1)溶接金属のじん性を微細なアシキュラーフェライトの析出によって担保するような溶接ワイヤ5を使用する場合において、
(2)アシキュラーフェライトの析出量が小さいパスに、
(3)後続パスによって高入熱での再熱がかかった場合に、
溶接金属のじん性が低下する。
【0044】
上記(1)で述べた、溶接金属のじん性を微細なアシキュラーフェライトの析出によって担保するような溶接ワイヤ5としては、例えば、JIS規格YGW18が挙げられる。当該ワイヤは、アシキュラーフェライトを析出させるためにTiを含有した溶接ワイヤ5の一例である。YGW18を用いた溶接金属においては、アシキュラーフェライトの析出量が多く、それにより溶接金属のじん性が確保されている。
【0045】
上記(2)については、溶接ワイヤ5としてYGW18を用いた場合には、溶接入熱が小さいと、アシキュラーフェライトの析出量が減少する。これは、溶接入熱が小さいと、冷却過程におけるオーステナイトの結晶粒が小さくなってオーステナイト粒界の割合が増加し、その後にオーステナイト粒界から析出する粗大な粒界フェライトの割合が増えることで、オーステナイト粒内から析出するアシキュラーフェライトが減少するためである。逆に溶接入熱が大きいと、オーステナイトの結晶粒が大きくなるためにオーステナイト粒界の割合が減少し、粗大な粒界フェライトの析出量が小さくなり、オーステナイト粒内からのアシキュラーフェライトの析出量が大きくなる。溶接金属が十分なじん性を有するためには、溶接入熱は最低でも25kJ/cm以上が望ましく、27kJ/cm以上がより望ましく、30kJ/cm以上が更に望ましい。溶接入熱が25kJ/cmを下回ると、アシキュラーフェライトの析出量は著しく減少する。一方、溶接入熱が30kJ/cm以上となると、それ以上溶接入熱が大きくなっても、アシキュラーフェライトの析出量は大きくは変化しない。
【0046】
上記(3)については、具体的には、着目するパスを再溶融させる後続パスの入熱によって、再熱を受けるパスの金属組織が変化し、じん性が低下する。再熱を受けるパスを再溶融させないパスについては、両パス間の距離が離れているため、再熱の影響はほとんどないとみなすことができる。
例えば、先行パスと、後続パスとが隣り合っている場合、先行パスは再熱を受けて再溶融する。この場合、先行パスが受ける再熱の影響は大きく、じん性が低下するおそれがある。
先行パスと、後続パスとが隔離している場合、先行パスは再熱を受けても再溶融しない。この場合、再熱の影響は小さいと見なすことができ、じん性が低下するおそれは低い。
再熱パスの入熱が大きいほど、再熱を受けるパスのじん性は低下するが、特に以下の条件において、じん性が著しく低下しやすい。
(3-1)再熱を与える後続パスの入熱が40kJ/cmを超える場合
(3-2)再熱を与える後続パスの入熱が、再熱を受けるパスの入熱+15kJ/cmを超える場合
【0047】
上記した条件(1)~(3)、すなわち、条件(1)、(2)及び(3-1)を全て満たす場合、又は条件(1)、(2)及び(3-2)を全て満たす場合、溶接金属のじん性が低下する場合がある。
【0048】
具体的には、溶接ワイヤ5としてYGW18を用いて、入熱30kJ/cm未満で溶接された先行パスが、40kJ/cmを超える入熱の後続パスによって再熱を受けた場合、溶接金属のじん性が低下する傾向にある。また、溶接ワイヤ5としてYGW18を用いて、入熱30kJ/cm未満で溶接された先行パスが、当該パスの入熱+15kJ/cmを超える高入熱の後続パスによって再熱を受けた場合、溶接金属のじん性が低下する傾向にある。じん性低下の具体例としては、例えばシャルピー吸収エネルギーが70Jを下回る場合がある。
【0049】
そこで、本実施形態2に係る多層盛り溶接方法においては、実施形態1の入熱制限に加え、低入熱で溶接された先行パスが後続パスによって再溶融されるような場合、上記条件(1)~(3)が重ならないようにすることで、溶接金属のじん性低下を軽減する。つまり、YGW18を使う埋もれアーク溶接で、溶接パスの入熱が40kJ/cmを超えることを許容して行う厚板のGMA多層溶接において、30kJ/cm以下の入熱で溶接された先行パスの一部を再溶融させて再熱を与える後続パスの入熱が、40kJ/cmを超えず、かつ先行パスの入熱+15kJ/cmを超えないようにして、多層盛り溶接を行う。
【0050】
図4図5及び図6は、本実施形態2に係る多層盛り溶接方法を示す概念図である。グラフの横軸は時間、縦軸は溶接入熱を示している。図4に示すように、先行パスの入熱が30kJ/cm超である場合であって、後続パスが1層1パスである場合、後続パスによって再熱を受けてもじん性が低下するおそれは小さい。そこで、40kJ/cmを超える入熱上限値(50kJ/cm)を上限として、高入熱で溶接を行うことにより、溶接能率を向上させることができる。
【0051】
ただし、図5に示すように、先行パスの入熱が30kJ/cm超である場合であっても、後続パスが1層複数パスである場合、後続パスによって再熱を繰り返し受けてじん性が低下するおそれがある。したがって、入熱上限値(50kJ/cm)よりも5kJ/cm小さい入熱を上限値として、後続パスを1層複数パスで多層盛り溶接する。1層複数パスの溶接によってじん性が低下することを防ぎつつ、40kJ/cmを超える溶接入熱によって溶接能率を向上させることができる。
【0052】
一方、図6A及び図6Bに示すように、先行パスの入熱が30kJ/cm以下である場合、後続パスによって再熱を受けてもじん性が低下するおそれがある。このため、溶接作業者は、図6Aに示すように、40kJ/cm以下の入熱で後続パスを溶接する。更に、溶接作業者は、図6Bに示すように、先行パスの入熱より15kJ/cmを超えない入熱で後続パスを溶接する。このように後続パスの溶接条件を設定することによって、先行パスが再熱を受けることによってじん性が著しく低下することを防ぐことができる。
【0053】
図7及び図8は、本実施形態2に係る多層盛り溶接方法の手順を示すフローチャートである。まず、溶接作業者は、溶接により接合されるべき一対の母材4をアーク溶接装置に配置し、溶接条件等の各種設定を行う(ステップS51)。そして、溶接作業者は、設定された溶接条件にしたがって初層を溶接する(ステップS52)。ここでは、初層は、1層1パスで溶接するものとする。40kJ/cmを超える入熱を許容した条件で溶接してもよい。
【0054】
次いで、溶接作業者は、母材4の温度がパス間温度上限値(例えば、350℃)を超えないようにするために、温度センサ6を用いて母材4の温度を検出する(ステップS53)。溶接作業者は、母材4の温度がパス間温度上限値(例えば、350℃)超であると判定した場合、溶接作業者は、母材4の温度がパス間上限値以下になるまで後続パスの溶接を行わずに待機する。母材4の温度がパス間温度上限値以下であると判定した場合、後続パスの溶接を実行する。
【0055】
溶接作業者は、先行パスの入熱を測定する(ステップS54)。入熱は、溶接電圧Vw(アーク電圧)に溶接電流Iw(アーク電流)を乗算した値を溶接速度で除算することにより得られる。
【0056】
そして、溶接作業者は、後続パスが先行パスの一部を再溶融させるパスであるか否かを判定する(ステップS55)。後続パスが先行パスの一部を再溶融させるパスであると判定した場合(ステップS55:YES)、溶接作業者は、再溶融させる先行パスの入熱が全て30kJ/cm超であるか否かを判定する(ステップS56)。
【0057】
再溶融する先行パスのうち少なくとも一つの先行パスの入熱が30kJ/cm以下であると判定した場合(ステップS56:NO)、溶接作業者は、入熱上限値(40kJ/cm)以下、かつ再溶融される先行パスの中で最も低い入熱に15kJ/cmの入熱を加算して得られる入熱以下の条件で後続パスを溶接する(ステップS57)。
【0058】
後続パスが先行パスの一部を再溶融させるパスでないと判定した場合(ステップS55:NO)、又は再溶融させる先行パスの入熱が全て30kJ/cm超であると判定した場合(ステップS56:YES)、溶接作業者は、1層複数パスの溶接であるか否かを判定する(ステップS58)。1層複数パスの溶接であると判定した場合(ステップS58:YES)、溶接作業者は、予め定めた入熱上限値(50kJ/cm)より5kJ/cm小さい入熱を上限値とした条件で多層盛り溶接を行う(ステップS59)。
【0059】
1層複数パスの溶接でないと判定した場合(ステップS58:NO)、つまり、1層1パス溶接であると判定した場合、溶接作業者は、入熱上限値(50kJ/cm)を上限値とした条件で後続パスを溶接する(ステップS60)。
【0060】
ステップS57、ステップS59及びステップS60に次いで、溶接作業者は溶接を完了したか否かを判定する(ステップS61)。溶接を完了していないと判定した場合(ステップS61:NO)、溶接作業者は、ステップS53~ステップS60の工程を繰り返し、多層盛り溶接を行う。溶接を完了したと判定した場合(ステップS61:YES)、溶接作業者は、多層盛り溶接方法を終了する。
【0061】
実施形態2に係る多層盛り溶接方法によれば、溶接継手のじん性低下を軽減しつつ、高入熱溶接により溶接能率を向上させることができる。
【0062】
なお、先行パスを低入熱で溶接し、後続パスを高入熱で溶接した際にじん性が著しく低下するが、先行パスを高入熱で溶接し、後続パスを低入熱で溶接することは問題ない。したがって、最終層を化粧盛りする際に、低電流及び低入熱溶接を行うのは問題ない。
また、本実施形態ではYGW18の溶接ワイヤ5を説明したが、アシキュラーフェライトを析出させるためにTiを含有した溶接ワイヤ5であれば、他のワイヤを用いてもよい。
【0063】
本開示の課題を解決するための手段を付記する。
(付記1)
アシキュラーフェライトを析出させるためにTiを含有した溶接ワイヤを用い、入熱上限値を設けて行う消耗電極式の多層盛り溶接方法であって、
先行パスに次ぐ後続パスを1層複数パスで溶接する場合、前記入熱上限値より5kJ/cm小さい入熱を上限値として溶接を行う
多層盛り溶接方法。
(付記2)
前記先行パスを1層1パスで溶接する場合、前記入熱上限値を上限とした条件で溶接を行う
付記1に記載の多層盛り溶接方法。
(付記3)
前記入熱上限値は50kJ/cmである
付記1又は付記2に記載の多層盛り溶接方法。
(付記4)
前記溶接ワイヤはJIS規格YGW18のワイヤである
付記1から付記3のいずれか1つに記載の多層盛り溶接方法。
【符号の説明】
【0064】
1:溶接電源、2:トーチ、3:ワイヤ送給装置、4:母材、5:溶接ワイヤ、6:温度センサ、11:電源部、11a:電源回路、11b:制御回路、11c:電圧検出部、11d:電流検出部、12:送給速度制御部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8