IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ユニオンツール株式会社の特許一覧

特開2024-126972硬質皮膜の成膜方法および切削工具の製造方法
<>
  • 特開-硬質皮膜の成膜方法および切削工具の製造方法 図1
  • 特開-硬質皮膜の成膜方法および切削工具の製造方法 図2
  • 特開-硬質皮膜の成膜方法および切削工具の製造方法 図3
  • 特開-硬質皮膜の成膜方法および切削工具の製造方法 図4
  • 特開-硬質皮膜の成膜方法および切削工具の製造方法 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024126972
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】硬質皮膜の成膜方法および切削工具の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20240912BHJP
   C23C 14/32 20060101ALI20240912BHJP
【FI】
C23C14/06 A
C23C14/32
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023035779
(22)【出願日】2023-03-08
(71)【出願人】
【識別番号】000115120
【氏名又は名称】ユニオンツール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091373
【弁理士】
【氏名又は名称】吉井 剛
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 俊太郎
【テーマコード(参考)】
4K029
【Fターム(参考)】
4K029AA02
4K029BA58
4K029BC02
4K029BD05
4K029CA04
4K029DD06
4K029EA03
4K029EA08
4K029FA04
(57)【要約】
【課題】金属窒化物層にWを添加するにあたり、酸化タングステンを含むターゲットを用いることで、アークイオンプレーティング法により基材上に設けられた硬質皮膜にドロップレットが発生することを可及的に抑制できる、硬質皮膜の成膜方法を提供する。
【解決手段】アークイオンプレーティング法により、基材1上に、Wを含む金属窒化物層からなる硬質皮膜を成膜する方法であって、酸化タングステンを含んで構成されるターゲット2を準備する準備工程と、窒素ガス雰囲気中において前記ターゲット2を用いてアークイオンプレーティング法により前記基材1上に前記Wを含む金属窒化物層を形成する被覆工程と、を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アークイオンプレーティング法により、基材上に、Wを含む金属窒化物層からなる硬質皮膜を成膜する方法であって、
酸化タングステンを含んで構成されるターゲットを準備する準備工程と、
窒素ガス雰囲気中において前記ターゲットを用いてアークイオンプレーティング法により前記基材上に前記Wを含む金属窒化物層を形成する被覆工程と、
を含むことを特徴とする硬質皮膜の成膜方法。
【請求項2】
請求項1記載の硬質皮膜の成膜方法において、前記ターゲットは、三酸化タングステン(WO)を含んで構成されるものであることを特徴とする硬質皮膜の成膜方法。
【請求項3】
請求項1記載の硬質皮膜の成膜方法において、前記Wを含む金属窒化物層は、少なくともAlとCr若しくはTiとを含むものであることを特徴とする硬質皮膜の成膜方法。
【請求項4】
請求項2記載の硬質皮膜の成膜方法において、前記Wを含む金属窒化物層は、少なくともAlとCr若しくはTiとを含むものであることを特徴とする硬質皮膜の成膜方法。
【請求項5】
請求項1~4いずれか1項に記載の硬質皮膜の成膜方法において、前記ターゲットには、Wが前記ターゲットの金属成分全体に対して1mol%以上含まれていることを特徴とする硬質皮膜の成膜方法。
【請求項6】
請求項5記載の硬質皮膜の成膜方法において、前記被覆工程において、前記基材上に、Wが金属成分全体に対して5mol%以上含まれる金属窒化物層を形成することを特徴とする硬質皮膜の成膜方法。
【請求項7】
請求項6記載の硬質皮膜の成膜方法において、前記ターゲットは、AlとCrと三酸化タングステン(WO)とを含んで構成されたものであり、前記被覆工程は、前記基材上にAlCrWN層を形成する工程であることを特徴とする硬質皮膜の成膜方法。
【請求項8】
請求項6記載の硬質皮膜の成膜方法において、前記ターゲットは、AlとTiと三酸化タングステン(WO)とを含んで構成されたものであり、前記被覆工程は、前記基材上にAlTiWN層を形成する工程であることを特徴とする硬質皮膜の成膜方法。
【請求項9】
請求項1~4いずれか1項に記載の硬質皮膜の成膜方法を用い、切削工具の基材上に、Wを含む金属窒化物層からなる硬質皮膜を設けることを特徴とする切削工具の製造方法。
【請求項10】
請求項5記載の硬質皮膜の成膜方法を用い、切削工具の基材上に、Wを含む金属窒化物層からなる硬質皮膜を設けることを特徴とする切削工具の製造方法。
【請求項11】
請求項6記載の硬質皮膜の成膜方法を用い、切削工具の基材上に、Wを含む金属窒化物層からなる硬質皮膜を設けることを特徴とする切削工具の製造方法。
【請求項12】
請求項7記載の硬質皮膜の成膜方法を用い、切削工具の基材上に、Wを含む金属窒化物層からなる硬質皮膜を設けることを特徴とする切削工具の製造方法。
【請求項13】
請求項8記載の硬質皮膜の成膜方法を用い、切削工具の基材上に、Wを含む金属窒化物層からなる硬質皮膜を設けることを特徴とする切削工具の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質皮膜の成膜方法および切削工具の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エンドミルやドリル等の切削工具に被覆される切削工具用硬質皮膜としては、AlCrNやAlTiN等の金属窒化物層が知られている。そして、これらの金属窒化物層に第三金属元素を添加することで、内部応力や組織を操作し、硬さ・靭性等の物性を改善しようとすることも行われている。特許文献1においては、AlCrNへWを添加したAlCrWNが高温での硬度の増大および良好な酸化挙動を示し、耐摩耗性を向上させ得ることが開示されている。
【0003】
ところで、切削工具への硬質皮膜の被覆に利用される最も一般的な成膜手法として、アークイオンプレーティング法が知られている。この成膜手法は、アーク放電を利用するため、イオン化率が非常に高く、したがって、雰囲気ガスとの反応性が高くなり、ターゲット組成の転写性が高い等の利点がある反面、アークをターゲット表面に落とす必要があるため、ターゲットにはある程度の導電性が必要であるなどの制限がある。
【0004】
また、ターゲットの導電性が高くとも、WやTaといった高融点・高沸点な材料が含まれる場合には、硬質皮膜に多くのドロップレットが発生することが知られており、単体のWを含むターゲットを用いてアークイオンプレーティング法によりAlCrWN層を成膜する場合においても、多くのドロップレットが発生する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2008-505771号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
硬質皮膜へのドロップレットの発生は、外観上の問題とは別に、ドロップレットを起点とする硬質皮膜の剥離や亀裂の進展の原因となったり、切り屑の排出性を悪化させたりする等、工具性能に悪影響を及ぼすため、可能な限り抑制する必要がある。
【0007】
本発明は、上述のような現状に鑑みなされたもので、金属窒化物層にWを添加するにあたり、酸化タングステンを含むターゲットを用いることで、アークイオンプレーティング法により基材上に設けられた硬質皮膜にドロップレットが発生することを可及的に抑制できる、硬質皮膜の成膜方法および切削工具の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の要旨を説明する。
【0009】
アークイオンプレーティング法により、基材1上に、Wを含む金属窒化物層からなる硬質皮膜を成膜する方法であって、
酸化タングステンを含んで構成されるターゲット2を準備する準備工程と、
窒素ガス雰囲気中において前記ターゲット2を用いてアークイオンプレーティング法により前記基材1上に前記Wを含む金属窒化物層を形成する被覆工程と、
を含むことを特徴とする硬質皮膜の成膜方法に係るものである。
【0010】
また、請求項1記載の硬質皮膜の成膜方法において、前記ターゲット2は、三酸化タングステン(WO)を含んで構成されるものであることを特徴とする硬質皮膜の成膜方法に係るものである。
【0011】
また、請求項1記載の硬質皮膜の成膜方法において、前記Wを含む金属窒化物層は、少なくともAlとCr若しくはTiとを含むものであることを特徴とする硬質皮膜の成膜方法に係るものである。
【0012】
また、請求項2記載の硬質皮膜の成膜方法において、前記Wを含む金属窒化物層は、少なくともAlとCr若しくはTiとを含むものであることを特徴とする硬質皮膜の成膜方法に係るものである。
【0013】
また、請求項1~4いずれか1項に記載の硬質皮膜の成膜方法において、前記ターゲット2には、Wが前記ターゲット2の金属成分全体に対して1mol%以上含まれていることを特徴とする硬質皮膜の成膜方法に係るものである。
【0014】
また、請求項5記載の硬質皮膜の成膜方法において、前記被覆工程において、前記基材1上に、Wが金属成分全体に対して5mol%以上含まれる金属窒化物層を形成することを特徴とする硬質皮膜の成膜方法に係るものである。
【0015】
また、請求項6記載の硬質皮膜の成膜方法において、前記ターゲット2は、AlとCrと三酸化タングステン(WO)とを含んで構成されたものであり、前記被覆工程は、前記基材1上にAlCrWN層を形成する工程であることを特徴とする硬質皮膜の成膜方法に係るものである。
【0016】
また、請求項6記載の硬質皮膜の成膜方法において、前記ターゲット2は、AlとTiと三酸化タングステン(WO)とを含んで構成されたものであり、前記被覆工程は、前記基材1上にAlTiWN層を形成する工程であることを特徴とする硬質皮膜の成膜方法に係るものである。
【0017】
また、請求項1~4いずれか1項に記載の硬質皮膜の成膜方法を用い、切削工具の基材1上に、Wを含む金属窒化物層からなる硬質皮膜を設けることを特徴とする切削工具の製造方法に係るものである。
【0018】
また、請求項5記載の硬質皮膜の成膜方法を用い、切削工具の基材1上に、Wを含む金属窒化物層からなる硬質皮膜を設けることを特徴とする切削工具の製造方法に係るものである。
【0019】
また、請求項6記載の硬質皮膜の成膜方法を用い、切削工具の基材1上に、Wを含む金属窒化物層からなる硬質皮膜を設けることを特徴とする切削工具の製造方法に係るものである。
【0020】
また、請求項7記載の硬質皮膜の成膜方法を用い、切削工具の基材1上に、Wを含む金属窒化物層からなる硬質皮膜を設けることを特徴とする切削工具の製造方法に係るものである。
【0021】
また、請求項8記載の硬質皮膜の成膜方法を用い、切削工具の基材1上に、Wを含む金属窒化物層からなる硬質皮膜を設けることを特徴とする切削工具の製造方法に係るものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明は上述のようにするから、アークイオンプレーティング法により基材上に設けられた硬質皮膜にドロップレットが発生することを可及的に抑制できる、硬質皮膜の成膜方法および切削工具の製造方法となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本実施例に係る成膜装置の概略説明図である。
図2】比較例と実験例との比較写真である。
図3】比較例の評価結果を示すグラフである。
図4】実験例の評価結果を示すグラフである。
図5】評価結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
好適と考える本発明の実施形態を、図面に基づいて本発明の作用を示して簡単に説明する。
【0025】
酸化タングステンを含んで構成されるターゲット2を準備し、窒素ガス雰囲気中において前記ターゲット2を用いてアークイオンプレーティング法により基材1上にW(タングステン)を含む金属窒化物層を形成する。
【0026】
この際、ターゲット2にW単体ではなく酸化タングステンを含める構成とすることで、ドロップレットの発生を可及的に抑制することができる。
【0027】
これは、酸化タングステンはW単体より融点・沸点が低く、アーク放電の際の熱拡散の影響が軽減されるためと考えられる(Wの融点は3410℃、沸点は5657℃であるのに対し、例えばWOの融点は1473℃、沸点は1837℃)。すなわち、ドロップレットは、ターゲット2が蒸発する際にターゲット2の固体と蒸発部との間に存在する液相部が飛散することで生じるが、W単体より融点・沸点が低い酸化タングステンを用いることで、投入エネルギーが同じであっても蒸発が促進され、蒸発部の割合が増加して液相部の割合が減少し、それだけドロップレットが減少するものと考えられる。
【0028】
さらには、酸化タングステンの融点及び沸点が同時に放電されるターゲット2に含まれる他の金属元素の融点及び沸点以下であれば、他の金属元素の蒸発に伴うドロップレットが支配的となり(例えば下記実施例においてはWOより融点及び沸点の高いクロム(融点1860℃、沸点2670℃)あるいはチタン(融点1660℃、沸点3290℃)の蒸発に伴うドロップレットが支配的となり)、W添加に伴うドロップレットの増加は無視できる程度に抑えられていると考えられる。
【実施例0029】
本発明の具体的な実施例について図面に基づいて説明する。
【0030】
本実施例は、アークイオンプレーティング法により、切削工具の基材1上に、Wを含む金属窒化物層からなる硬質皮膜を設ける場合に本発明を適用した例である。
【0031】
具体的には、酸化タングステンを含んで構成されるターゲット2を準備する準備工程と、窒素ガス雰囲気中において前記ターゲット2を用いてアークイオンプレーティング法により前記基材1上に前記Wを含む金属窒化物層を形成する被覆工程とを含む。
【0032】
本実施例は、例えば図1に図示したような成膜装置(アーク放電式イオンプレーティング装置)を用いて実施することができる。この成膜装置は、内部に成膜空間を有するチャンバー10に、ターゲット2と、アーク電源3と、基材ホルダ4と、バイアス電源5と、真空排気装置6と、ガス供給源(図示省略)とが設けられたものである。
【0033】
基材ホルダ4は、チャンバー10内の中央位置に回転可能に設けられている。基材ホルダ4には、複数の支柱9が立設され、各支柱9に基材1を保持する保持部7が上下に多段に設けられている。各保持部7は夫々複数の基材1を保持し得るように構成されている。また、基材ホルダ4にはバイアス電源5が接続されており、バイアス電源5により基材ホルダ4(および保持される基材1)には負のバイアス電圧が印加されるように構成されている。
【0034】
チャンバー10の壁面には、夫々ターゲット2を支持するターゲット支持部8が複数設けられており、ターゲット支持部8には、アーク電源3が接続されている。
【0035】
また、チャンバー10の壁面には、Ar(アルゴン)ガスやN(窒素)ガスなどをガス供給源から供給するためのガス供給口11と、真空ポンプ等の真空排気装置6と接続される排気口12とが設けられている。
【0036】
本実施例では、基材1(工具本体)は、WC(タングステンカーバイド)を主成分とする硬質粒子とCo(コバルト)を主成分とする結合材とから成る超硬合金製である。基材1には刃付け加工が施されて先端に刃部が形成されており、少なくとも刃部の全部若しくは一部に硬質皮膜が形成されて硬質皮膜被覆切削工具となる。
【0037】
本実施例は、少なくともAl(アルミニウム)とCr(クロム)若しくはTi(チタン)とWとを含む硬質皮膜、具体的には、AlCrWN層若しくはAlTiWN層からなる硬質皮膜を形成するものである。本実施例ではAlCrWN層を形成する。なお、AlとCr若しくはTiとを含む金属窒化物層からなる硬質皮膜に限らず、他の金属窒化物層からなる硬質皮膜としても良い。
【0038】
ターゲット2は硬質皮膜のNを除く元素の成分を有するものである。具体的には、前記硬質皮膜を形成するため、AlとCrと酸化タングステンとを含んで構成されたものを採用する。ターゲット2の各元素の含有比率は、成膜される硬質皮膜における各元素の成分比に合わせて調整される(ターゲット2の金属成分比が皮膜にほぼそのまま転写される。)。なお、AlTiWN層を形成する場合には、AlとTiと酸化タングステンとを含んで構成されたものを採用する。
【0039】
本実施例のターゲット2は、酸化タングステンとして、三酸化タングステン(WO)を含んで構成されている。なお、WOに限らず、同様にW単体より融点および沸点が低い、酸化タングステンを含む構成としても良い(例えば二酸化タングステン(WO)。WOの融点は約1550℃、沸点は約2000℃)。ターゲット2は、他の金属元素の粉末と上述のいずれかの酸化タングステンの粉末とを混合したものを焼結して形成される。
【0040】
また、ターゲット2には、Wがターゲット2の金属成分全体に対して1mol%以上15mol%以下含まれるようにする。
【0041】
ターゲット2は、例えば、被覆工程において、前記基材1上に、Wが金属成分全体に対して5mol%以上15mol%以下含まれた金属窒化物層が形成されるように金属成分の組成比を調整する。
【0042】
例えば、ターゲット2としては、AlCrWN層を形成する場合には、金属組成比で、Cr:25.5mol%以上57mol%以下、W:1mol%以上15mol%以下、Al:残余、としたものを採用できる(後述の実験3参照)。なお、AlTiWN層を形成する場合には、金属組成比で、Ti:45mol%以上47.5mol%以下、W:5mol%以上10mol%以下、Al:残余、としたものを採用できる。
【0043】
以上の成膜装置を用い、基材1上に硬質皮膜を形成する手順について説明する。
【0044】
まず、基材ホルダ4に基材1を設置するとともに、所定成分のターゲット2を各ターゲット支持部8に設置する(準備工程)。
【0045】
続いて、必要に応じてチャンバー10内にArガスを導入しArボンバードメントにより基材1をクリーニングする(クリーニング工程)。
【0046】
続いて、硬質皮膜を基材1の表面に形成する(被覆工程)。被覆工程では、減圧雰囲気としたチャンバー10内に、ガス供給口11から所定量のNガスを導入することにより、チャンバー10内を所定の成膜圧力に調整する。そして、アーク電源3から所定のアーク電流を流すことにより、ターゲット2を蒸発させ、チャンバー10内のNと反応させて基材1の表面に付着させることで所定の組成の硬質皮膜を基材1上に形成する。この被覆工程では、基材1を所定温度に加熱し、基材ホルダ4および基材1に負のバイアス電圧(直流電圧)を印加しつつ成膜を行う。
【0047】
本実施例は上述のようにするから、窒素ガス雰囲気中において前記ターゲット2を用いてアークイオンプレーティング法により基材1上にW(タングステン)を含む金属窒化物層を形成する際、ドロップレットの発生を可及的に抑制することができる。
【0048】
よって、本実施例は、アークイオンプレーティング法により基材上に設けられた硬質皮膜にドロップレットが発生することを可及的に抑制できるものとなる。
【0049】
以下、本実施例の効果を裏付ける実験例について説明する。
【0050】
<実験1>
実験1は、ターゲットとしてWOを使用せずW単体を使用したAlCrWからなるものを用いてアークイオンプレーティング法により基板上に成膜したAlCrWN皮膜(比較例)と、ターゲットとしてWOを使用したAlCr(WO)からなるものを用いてアークイオンプレーティング法により基板上に成膜した本実施例に係るAlCrWN皮膜(実験例)とを比較したものである。ターゲットの金属成分比は、Wが金属成分全体に対して5mol%以上となるように調整した。具体的には、AlCrWターゲットの組成はAl-27mol%Cr-9mol%Wであり、AlCr(WO)ターゲットの組成はAl-27mol%Cr-9mol%(WO)である。
【0051】
なお、ターゲット以外の他の成膜条件は共通であり、以下のとおりである。
・成膜条件
成膜装置:アーク放電式イオンプレーティング装置
成膜温度:550℃
雰囲気圧力:4Pa(N
バイアス電圧:150V
基板:Si
【0052】
図2に、AlCrWターゲットを用いて成膜した皮膜、および、AlCr(WO)ターゲットを用いて成膜した皮膜を撮影した電子顕微鏡写真を示す。図2から、比較例(左側)では数μm程度の粒状物(ドロップレットに起因するマクロパーティクル)が多数確認できるのに対し、実験例(右側)では粒状物はほとんど確認できない。したがって、ターゲットにW単体に替えてWOを採用することでドロップレットを減少させることが可能であることが確認できた。
【0053】
図2の各電子顕微鏡写真における0.01mmの範囲に発生した粒状物数の計数を行うとともに、各粒状物の面積を測定し、測定値をもとにヒストグラムを作成した。各電子顕微鏡写真におけるヒストグラムを図3(比較例。AlCrWターゲット)および図4(実験例。AlCr(WO)ターゲット)に示す。ここで粒状物数の計数とサイズの測定には、画像解析ソフト「ImageJ」の「Analyze Particles」機能を使用し、その面積が0.01μm以上のものを粒状物として計数・測定を行った。
【0054】
図3および図4から、AlCrWターゲットを使用し成膜した皮膜に対し、AlCr(WO)ターゲットを使用し成膜した皮膜において、粒状物数の減少(9052個→3389個)、粒状物の面積の最大値の低減(21.652μm→8.779μm)および平均値の低減(0.197μm→0.100μm)が確認できた。
【0055】
<実験2>
実験2は、実験1と同様のAlCrWターゲットを用いて同様の成膜条件で成膜されるAlCrWN皮膜(比較例)、実験1と同様のAlCr(WO)ターゲットを用いて同様の成膜条件で成膜されるAlCrWN皮膜(実験例)、および、一般的なAlCrターゲットを用いて成膜されるAlCrN皮膜(従来例)を夫々、直径0.25mm・溝長4.7mmの2刃ドリルに被覆し、各皮膜が被覆された各ドリルの初期折損を評価したものである。切削条件は以下のとおりである。
・切削条件
被削材(PCB):FR-4ハロゲンフリー材 厚さ1.6mm 6層銅箔
重ね枚数:2枚
当て板:アルミ板(厚さ0.15mm)
捨て板:ベーク板(厚さ1.5mm)
回転数:80,000min-1
送り速度:3.6m/min
スピンドルの上昇速度:25.4m/min
穴数:200hits
【0056】
図5に評価結果を示す。図5から、比較例の皮膜が被覆されたドリルはドロップレットに起因する初期折損率が20%であるのに対し(10本中2本が200hits以内で折損)、実験例の皮膜が被覆されたドリルは、高融点・高沸点な材料であるWが添加されているにも関わらず、従来例と同様に初期折損がなく(折損率0%)、ドロップレットの影響を可及的に抑制できることが確認できた。
【0057】
<実験3>
実験3は、金属成分の組成が異なるターゲットを用いて成膜した各皮膜が被覆された各ドリルの初期折損を評価したものである。表1にターゲットの金属組成比を示す。No.1はWを含まないターゲット、偶数番号はWOを使用せずW単体を使用したターゲット、No.3以降の奇数番号はWOを使用したターゲットを用い、夫々実験1と同様の成膜条件で直径0.25mm・溝長4.7mmの2刃ドリルに皮膜を被覆した。切削条件は実験2と同様である。
【0058】
【表1】
【0059】
表1のNo.2~11から、WOを用いることで、AlCrWN皮膜を形成するための各金属組成比において、従来例(高融点材料であるWが添加されていないAlCrN皮膜)を用いたNo.1と遜色ない程度まで初期折損率が改善することが確認できた。また、No.12~15の結果から、AlCrWN皮膜に限らずAlTiWN皮膜でも同様に初期折損率が改善する(ドロップレットの影響を可及的に低減できる)ことが確認できた。よって、本実施例で規定したターゲットの上述の金属組成比は適正であることが確認できた。
【符号の説明】
【0060】
1 基材
2 ターゲット
図1
図2
図3
図4
図5