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特開2024-127050設計支援方法、設計支援プログラム、及び、設計支援装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024127050
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】設計支援方法、設計支援プログラム、及び、設計支援装置
(51)【国際特許分類】
   G06F 30/23 20200101AFI20240912BHJP
   G06F 113/26 20200101ALN20240912BHJP
【FI】
G06F30/23
G06F113:26
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023035894
(22)【出願日】2023-03-08
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ・ ウェブサイトの掲載日 令和4年9月19日 ウェブサイトのアドレス(URL) http://www.jscm.gr.jp/schedule/2022/JSCM47/login.php ・ 開催日 令和4年9月21日 集会名、開催場所 日本複合材料学会 第47回複合材料シンポジウム 二日市温泉 大観荘
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100145012
【弁理士】
【氏名又は名称】石坂 泰紀
(74)【代理人】
【識別番号】100212026
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 真生
(72)【発明者】
【氏名】矢代 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】橋本 公平
【テーマコード(参考)】
5B146
【Fターム(参考)】
5B146AA10
5B146DC04
5B146DJ02
5B146DJ07
5B146DJ08
(57)【要約】
【課題】非対称の積層構成を考慮した補修用FRPの最適な積層構成に係る情報を提示する。
【解決手段】母材の損傷箇所を覆うための、非対称の積層構成を有するFRP積層板の設計を支援する方法であって、前記損傷箇所を覆うように、接着層を介して前記母材に対して前記FRP積層板を固定した状態を表す有限要素解析モデルを生成するための情報を準備する準備ステップと、前記有限要素解析モデルにおいて前記母材に対して引張荷重を加えた際に前記接着層に発生する、要素ごとのひずみエネルギー密度を評価した結果と、遺伝的アルゴリズムとに基づいて、前記FRP積層板における繊維配向角の最適な組み合わせを演算する演算ステップと、を含む、設計支援方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材の損傷箇所を覆うための、非対称の積層構成を有するFRP積層板の設計を支援する方法であって、
前記損傷箇所を覆うように、接着層を介して前記母材に対して前記FRP積層板を固定した状態を表す有限要素解析モデルを生成するための情報を準備する準備ステップと、
前記有限要素解析モデルにおいて前記母材に対して引張荷重を加えた際に前記接着層に発生する、要素ごとの体積膨張に関するひずみエネルギー密度を評価した結果と、遺伝的アルゴリズムとに基づいて、前記FRP積層板における繊維配向角の最適な組み合わせを演算する演算ステップと、を含む、設計支援方法。
【請求項2】
前記演算ステップは、前記有限要素解析モデルにおいて前記接着層に発生する要素ごとの前記ひずみエネルギー密度の最大値が小さくなるように、遺伝的アルゴリズムに従って、前記繊維配向角の組み合わせを変化させることを含む、請求項1に記載の設計支援方法。
【請求項3】
前記演算ステップは、前記有限要素解析モデル上において、要素ごとに、前記接着層に発生する静水圧応力を算出することを含む、請求項1又は2に記載の設計支援方法。
【請求項4】
前記演算ステップにおいて、前記繊維配向角の1つの組み合わせにおける角度の最小の変更幅が、30°以下に設定されている、請求項1又は2に記載の設計支援方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の設計支援方法を、コンピュータに実行させるための設計支援プログラム。
【請求項6】
母材の損傷箇所を覆うための、非対称の積層構成を有するFRP積層板の設計を支援する装置であって、
前記損傷箇所を覆うように、接着層を介して前記母材に対して前記FRP積層板を固定した状態を表す有限要素解析モデルを生成するための情報を取得する情報取得部と、
前記有限要素解析モデルにおいて前記母材に対して引張荷重を加えた際に前記接着層に発生する、要素ごとの体積膨張に関するひずみエネルギー密度を評価した結果と、遺伝的アルゴリズムとに基づいて、前記FRP積層板における繊維配向角の最適な組み合わせを演算する評価演算部と、を備える、設計支援装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、設計支援方法、設計支援プログラム、及び、設計支援装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、FRP(Fiber Reinforced Plastics:繊維強化プラスチック)の一種であるCFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastic:炭素繊維強化プラスチック)を用いて航空機部品を形成する技術が開示されている。また、CFRP等の積層板をパッチとして用いて、母材の損傷箇所を補修する方法が検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2019-60420号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示は、非対称の積層構成を考慮した補修用FRPの最適な積層構成に係る情報を提示することが可能な設計支援方法、設計支援プログラム、及び、設計支援装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
[1]母材の損傷箇所を覆うための、非対称の積層構成を有するFRP積層板の設計を支援する方法であって、前記損傷箇所を覆うように、接着層を介して前記母材に対して前記FRP積層板を固定した状態を表す有限要素解析モデルを生成するための情報を準備する準備ステップと、前記有限要素解析モデルにおいて前記母材に対して引張荷重を加えた際に前記接着層に発生する、要素ごとの体積膨張に関するひずみエネルギー密度を評価した結果と、遺伝的アルゴリズムとに基づいて、前記FRP積層板における繊維配向角の最適な組み合わせを演算する演算ステップと、を含む、設計支援方法。
【0006】
[2]前記演算ステップは、前記有限要素解析モデルにおいて前記接着層に発生する要素ごとの前記ひずみエネルギー密度の最大値が小さくなるように、遺伝的アルゴリズムに従って、前記繊維配向角の組み合わせを変化させることを含む、上記[1]に記載の設計支援方法。
【0007】
[3]前記演算ステップは、前記有限要素解析モデル上において、要素ごとに、前記接着層に発生する静水圧応力を算出することを含む、上記[1]又は[2]に記載の設計支援方法。
【0008】
[4]前記演算ステップにおいて、前記繊維配向角の1つの組み合わせにおける角度の最小の変更幅が、30°以下に設定されている、上記[1]~[3]のいずれか1つに記載の設計支援方法。
【0009】
[5]上記[1]~[4]のいずれか1つに記載の設計支援方法を、コンピュータに実行させるための設計支援プログラム。
【0010】
[6]母材の損傷箇所を覆うための、非対称の積層構成を有するFRP積層板の設計を支援する装置であって、前記損傷箇所を覆うように、接着層を介して前記母材に対して前記FRP積層板を固定した状態を表す有限要素解析モデルを生成するための情報を取得する情報取得部と、前記有限要素解析モデルにおいて前記母材に対して引張荷重を加えた際に前記接着層に発生する、要素ごとの体積膨張に関するひずみエネルギー密度を評価した結果と、遺伝的アルゴリズムとに基づいて、前記FRP積層板における繊維配向角の最適な組み合わせを演算する評価演算部と、を備える、設計支援装置。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、非対称の積層構成を考慮した補修用FRPの最適な積層構成に係る情報を提示することが可能な設計支援方法、設計支援プログラム、及び、設計支援装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1(a)は、FRP構造体でのパッチ接着補修の一例を示す模式図である。図1(b)は、FRP積層板の積層構成の一例を示す模式図である。
図2図2(a)及び図2(b)は、引張荷重が作用したときのFRP構造体の様子を例示する模式図である。
図3図3は、設計支援装置の機能構成の一例を示すブロック図である。
図4図4(a)及び図4(b)は、解析モデルの一例を示す図である。
図5図5は、設計支援装置のハードウェア構成の一例を示すブロック図である。
図6図6は、設計支援装置が実行する一連の処理の一例を示すフローチャートである。
図7図7は、遺伝的アルゴリズムに基づく演算結果の一例を示すグラフである。
図8図8は、接着層に発生する静水圧応力の算出結果の一例を示すコンター図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照して一実施形態について説明する。説明において、同一要素又は同一機能を有する要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。一部の図面にはX軸、Y軸、及びZ軸により規定される直交座標系が示される。以下では、FRPの一種であるCFRPを例として、一実施形態に係る設計支援方法、及び設計支援装置を説明する。
【0014】
[CFRP・パッチ接着補修]
最初に、図1及び図2を参照しながら、本開示に係る設計支援方法、及び設計支援装置における設計対象の一種であるCFRP、及び、そのCFRPを用いたパッチ接着補修について説明する。CFRPは、アルミニウム合金に比べて、軽量であり、高強度且つ高剛性である。航空機等へのCFRPへの適用に伴い、航空機等におけるCFRP構造体の補修が必要となる場合がある。その補修方法の1つとして、パッチ接着補修が検討されている。パッチ接着補修では、CFRPを含む構造体である母材の損傷箇所に対して、パッチとしての補修用CFRPが接着剤で固定される。パッチ接着補修では、作業時間が短いという利点があるが、固定された補修用CFRPが剥離しやすいという懸念がある。
【0015】
CFRPは、例えば、樹脂を含浸させた炭素繊維シートであるプリプレグが複数層に積層されることで、任意の厚さに形成される。本開示では、補修用のパッチとして用いられるCFRPを「CFRP積層板10」と称し、補修用のパッチが固定されるCFRPを「CFRP母材30」と称する。CFRP積層板10は、FRP積層板の一例であり、CFRP母材30は、FPR積層板により補修される母材の一例である。
【0016】
CFRP積層板10は、複数枚のプリプレグが積層されることで形成された積層体である。CFRP積層板10に含まれる各プリプレグは、例えば、強化繊維を一方向に配向した状態で樹脂を含浸させて形成されたUDプリプレグ(Uni-Directionalプリプレグ)である。CFRP積層板10の設計には、CFRP積層板10の積層構成を設計することが含まれ、その積層構成を設計する際には、各層(各プリプレグ)の繊維配向角が定められる。樹脂は、熱硬化性の樹脂であってもよく、熱可塑性の樹脂であってもよい。CFRP母材30も、CFRP積層板10と同様に、複数枚のプリプレグから構成された積層体であってもよい。
【0017】
図1(a)には、CFRP積層板10を用いて、CFRP母材30に対してパッチ接着補修が行われる様子が、模式的に示されている。CFRP母材30は、航空機(主翼等の部品)等を構成する構造体である。CFRP母材30は、板状に形成されている。CFRP母材30は、対称な積層構成を有してもよい。対称な積層構成とは、板厚方向の中心を基準として、各層(各プリプレグ)の繊維配向角の配列が対称であることを意味する。
【0018】
一例として、8層のプリプレグによって対称な積層構成を有するCFRPが形成される場合、その積層構成は、[45°/0°/45°/90°]sのように表記される。第n番目(nは、1以上の整数)の層を第n層とすると、[45°/0°/45°/90°]sで表される積層構成では、第1層及び第8層の繊維配向角が45°であり、第2層及び第7層の繊維配向角が0°である。また、第3層及び第6層の繊維配向角が45°であり、第4層及び第5層の繊維配向角が90°である。
【0019】
CFRP母材30には、損傷に起因して形成される箇所(以下、「損傷箇所30a」という。)が含まれる。損傷箇所30aは、例えば、CFRP母材30に生じた損傷を除去するために形成された穴である。すなわち、本開示では、損傷箇所30aには、損傷そのものだけでなく、損傷に起因して加工された箇所も含まれる。損傷箇所30aは、CFRP母材30を板厚方向に貫通する穴であってもよく、その穴の形状が円形であってもよい。CFRP母材30の主面(表面)は、平面であってもよく、曲面であってもよい。以下では、CFRP母材30の主面が平面である場合を例に説明する。
【0020】
CFRP積層板10は、CFRP母材30の損傷箇所30aを覆うように板状に形成されている。CFRP積層板10の大きさは、損傷箇所30aよりも大きい。CFRP積層板10は、CFRP母材30に対して接着剤によって固定される。CFRP積層板10がCFRP母材30に対して接着剤で固定されることによって、CFRP積層板10とCFRP母材30との間に接着層20が形成される。接着層20は、フィルム接着剤によって形成されてもよい。
【0021】
CFRP積層板10は、非対称の積層構成を有する。非対称の積層構成とは、板厚方向の中心を基準として、各層(各プリプレグ)の繊維配向角の配列が非対称であることを意味する。対称な積層構成では、板厚方向の中心から同じ距離にある層同士が、全ての組み合わせにおいて、同じ繊維配向角を有するのに対して、非対称の積層構成では、板厚方向の中心から同じ距離にある少なくとも1組の層が、互いに異なる繊維配向角を有する。
【0022】
図1(b)には、8層のプリプレグによってCFRP積層板10が構成される場合が模式的に示されている。図1(b)に示されるCFRP積層板10は、プリプレグ10a~10hを有する。プリプレグ10a~10hは、上方から(CFRP母材30から遠い位置から)、この順に並んでいる。
【0023】
各層の繊維配向角(°)をプリプレグと同じ符号を用いて表すと、CFRP積層板10の積層構成は、[10a/10b/・・・/10h]のように表記される。非対称な積層構成では、板厚方向の中心よりも上方での繊維配向角の配列(10d,10c,10b,10a)が、板厚方向の中心よりも下方での繊維配向角の配列(10e,10f,10g,10h)と異なっている。なお、CFRP積層板10等における板厚方向は、その方向に沿って複数のプリプレグが積層されるので、積層方向でもある。
【0024】
図2(a)には、損傷箇所30aを覆うように、接着層20を介してCFRP母材30に対してCFRP積層板10を固定した状態を側方から見た側面図が模式的に示されている。図2(a)では、CFRP積層板10及びCFRP母材30に比べて、接着層20の厚さが小さいので、接着層20の図示は省略されている。図2(a)に示される「np」は、曲げの中立面を示している。中立面npは、CFRP積層板10、接着層20、及びCFRP母材30を含む板状体全体での板厚方向の中心の位置を表す。CFRP積層板10の有無、及び損傷箇所30aの有無によって、中立面npは、板厚方向において階段状に変化する。
【0025】
図2(b)には、CFRP母材30に対して一方向の引張荷重を加えた際の様子が模式的に示されている。CFRP母材30の両端部それぞれに対して、CFRP母材30の主面に沿った一方向に引張荷重Ftが加えられている。接着層20を介してCFRP積層板10が固定されたCFRP母材30に対して引張荷重Ftが加わると、中立面npが平面(直線)になろうとして、CFRP積層板10、接着層20、及びCFRP母材30を含む板状体に二次曲げが発生する。そして、二次曲げに起因した応力によって、CFRP積層板10の端部(図2(b)の「A」で囲む部分)において、その端部がCFRP母材30から離れるように剥がれるモードIが支配的な剥離が生じ得る。
【0026】
CFRP積層板10の積層構成の設計では、非対称の積層構成を考慮したうえで、引張荷重Ftに起因したCFRP積層板10の剥離が生じ難い繊維配向角の組み合わせが決定される。本開示では、CFRP積層板10の剥離が生じ難い繊維配向角の組み合わせを見つけ出すことを、積層構成を最適化するという。なお、CFRP積層板10の剥離が相対的に生じ難い繊維配向角の組み合わせを見つけ出せばよく、積層構成の最適化とは、必ずしも、最も剥離が生じ難い組み合わせを見つけることを意味しない。以下、設計支援装置の一例について説明する。以下の説明において、引張荷重Ftに起因したCFRP積層板10の剥離を単に「剥離」と表記する場合がある。
【0027】
[設計支援装置]
図3に示される設計支援装置50は、1以上のコンピュータによって構成される。設計支援装置50は、CFRP母材30の損傷箇所30aを覆うための、非対称の積層構成を有するCFRP積層板10の設計を支援する装置である。設計支援装置50は、例えば、コンピュータ本体52と、入出力デバイス54とを有する。
【0028】
入出力デバイス54は、ユーザからの入力情報をコンピュータ本体52に入力すると共に、コンピュータ本体52からの出力情報をユーザに出力するためのデバイスである。入出力デバイス54は、入力デバイスとして、キーボード、操作パネル、又はマウスを含んでいてもよく、出力デバイスとして、モニタ(例えば液晶ディスプレイ)を含んでいてもよい。
【0029】
設計支援装置50のコンピュータ本体52は、機能上の構成(以下、「機能モジュール」という。)として、例えば、情報取得部62と、評価演算部64と、結果出力部66と、を有する。これらの機能モジュールが実行する処理は、コンピュータ本体52が実行する処理に相当する。
【0030】
情報取得部62は、損傷箇所30aを覆うように、接着層20を介してCFRP母材30に対してCFRP積層板10を固定した状態を表す解析モデルMを生成するための情報を取得する機能モジュールである。積層構成の最適化では、解析モデルMを利用して、CFRP母材30に対して加わる引張荷重Ftに起因して接着層20に発生する局所的な体積膨張に関するひずみエネルギー密度が評価される。具体的には、引張荷重Ftに起因して接着層20に発生する、局所的な体積膨張に関するひずみエネルギー密度が小さくなるように、CFRP積層板10の積層構成が最適化される。
【0031】
<解析モデル>
解析モデルMは、有限要素法による解析を行うモデル(有限要素解析モデル)である。解析モデルMは、公知の有限要素法による解析を行うモデルであってもよく、例えば、種々の汎用の解析ソフトによって構築することができる。図4(a)及び図4(b)には、解析モデルMの一例が示されている。図4(a)及び図4(b)において、解析モデルMに含まれるCFRP積層板、接着層、及びCFRP母材についても、図1及び図2と同じ符号が用いられている。
【0032】
解析モデルMにおいて、CFRP母材30は、一方向に延在する板部材であってもよい。以下では、CFRP母材30が延在する方向を「X軸」とし、CFRP母材30の板厚方向を「Z軸」として、CFRP母材30の延在方向及び板厚方向に直交する方向を「Y軸」と定義する。図4(a)及び図4(b)に示される解析モデルMでは、CFRP母材30のX軸方向における長さx3は、Y軸方向における長さy3よりも大きい。
【0033】
CFRP母材30のX軸方向における一端(紙面上における左端)は固定されていてもよく、CFRP母材30のX軸方向における他端(紙面上における右端)に、X軸正方向を向く引張荷重Ftが加えられてもよい。引張荷重Ftは、CFRP母材30の上記他端に対して、Y軸方向の位置で変化がないように一様に作用してもよい。CFRP母材30には、Z軸方向にCFRP母材30を貫通する損傷箇所30aが形成されている。損傷箇所30aは、X軸方向及びY軸方向のそれぞれにおいて、CFRP母材30の中央に位置していてもよい。
【0034】
Z軸方向において、損傷箇所30aを覆うように、接着層20を介してCFRP母材30に対してCFRP積層板10が重ねられている。CFRP積層板10は、Z軸方向から見て、正方形であってもよい。CFRP積層板10は、Z軸方向から見て、その中央に損傷箇所30aが位置するように配置されてもよい。CFRP積層板10のX軸方向における長さx1は、一例では、長さx3の1/10~1/5程度である。CFRP積層板10のY軸方向における長さy1は、一例では、長さy3の1/2~3/4程度である。長さx1及び長さY1それぞれは、一例では、損傷箇所30aの径φの2倍~4倍程度である。径φは、Z軸方向から見たときの損傷箇所30aの最大幅であり、損傷箇所30aが円形である場合には、損傷箇所30aの直径に相当する。
【0035】
Z軸方向から見て、接着層20の大きさは、CFRP積層板10の大きさと同じである。損傷箇所30aの鉛直上方と損傷箇所30aを囲む周囲の領域とに接着層20が形成されてもよく、損傷箇所30aを囲む周囲の領域のみに接着層20が形成されていてもよい。CFRP積層板10及びCFRP母材30のプリプレグの積層数は、互いに同じであってもよく、互いに異なっていてもよい。CFRP積層板10及びCFRP母材30それぞれでのプリプレグの積層数は、4~12であってもよく、6~10であってもよい。複数のプリプレグの厚さは、互いに同じであってもよい。
【0036】
CFRP積層板10の厚さt1は、CFRP母材30の厚さt3と同じであってもよく、異なっていてもよい。接着層20の厚さt2は、厚さt1よりも小さい。厚さt2は、一例では、プリプレグ1層分~2層分の厚さに相当する。CFRP積層板10及び接着層20の界面と、接着層20とCFRP母材30との界面は、高剛性のばねで結合されてもよい。CFRP積層板10及びCFRP母材30それぞれの繊維配向角は、X軸方向に延びる基準ラインに対する角度で表されてもよい。なお、以上に説明した解析モデルMは一例であり、CFRP母材30の長さx3が、長さy3以下であってもよく、CFRP積層板10が長方形であってもよい。
【0037】
有限要素法を用いた解析を行う解析モデルMでは、接着層20において要素ごとに、静水圧応力σm[MPa]が算出されてもよい。CFRP積層板10の端部での剥離が、接着剤に含まれる樹脂の損傷であると捉えると、樹脂の体積変化に伴うマイクロキャビテーションが損傷の起点である。そのため、接着剤での損傷の発生を、静水圧応力σmを用いて評価できることが知られている(例えば、下記の参考文献参照)。具体的には、局所ごとの静水圧応力σmの2乗に対して定数を乗算することで、体積膨張に関するひずみエネルギー密度を得ることができる。そのため、要素ごとの静水圧応力σmの2乗を評価することで、局所的な体積膨張に関するひずみエネルギー密度を評価することができる。これにより、接着層20における接着剤の損傷の発生のしやすさを評価することができる。
参考文献:L. E. Asp, et al.: Compos. Sci. Technol., 56, (1996), 1291-1301
【0038】
解析モデルMを生成(構築)するための情報としては、CFRP母材30における繊維配向角の組み合わせ、各部材及び損傷箇所30aのサイズ(長さ、厚み、及び径等)、CFRP積層板10及びCFRP母材30を構成する各プリプレグの材料定数、及び、接着層20の材料定数を示す情報が挙げられる。各プリプレグの材料定数を示す情報としては、繊維方向ヤング率、繊維垂直方向ヤング率、面内ポアソン比、面外ポアソン比、面内せん断弾性係数、及び、面外せん断弾性係数を示す情報が挙げられる。接着層20の材料定数を示す情報としては、ヤング率、及びポアソン比を示す情報が挙げられる。なお、CFRP積層板10における繊維配向角については、後述するように、積層構成を最適化するために種々のパターンに変更される。
【0039】
図3に戻り、評価演算部64は、解析モデルMにおいてCFRP母材30に対して引張荷重Ftを加えた際に接着層20に発生する、要素ごとの体積膨張に関するひずみエネルギー密度を評価した結果と、遺伝的アルゴリズムとに基づいて、CFRP積層板10における繊維配向角の最適な組み合わせを演算する機能モジュールである。引張荷重Ftに起因した要素ごとの体積膨張に関するひずみエネルギー密度の評価は、引張荷重Ftに起因して接着層20に発生する応力分布の評価であるともいえる。以下では、CFRP母材30に対して引張荷重Ftを加えた際に接着層20において発生する、要素ごとの体積膨張に関するひずみエネルギー密度を、単に「接着層20において発生するひずみエネルギー密度」のように表記する。また、「ひずみエネルギー密度」は、体積膨張に関するひずみエネルギー密度を意味する。
【0040】
評価演算部64は、繊維配向角の複数の組み合わせからなるパターン群を、遺伝的アルゴリズムに従って世代ごとに変化させ、最適な組み合わせを演算する。評価演算部64は、遺伝的アルゴリズムの世代ごとに、パターン群に含まれる組み合わせごとに、接着層20において発生するひずみエネルギー密度を算出する。そして、評価演算部64は、ある世代での接着層20において発生するひずみエネルギー密度の算出結果に基づいて、次の世代での算出対象となるパターン群を新たに生成する。
【0041】
評価演算部64は、解析モデルMにおいて接着層20に発生するひずみエネルギー密度の最大値が小さくなるように、遺伝的アルゴリズムに従って、前記繊維配向角の組み合わせを変化させてもよい。評価演算部64は、解析モデルM上において、要素ごとに、接着層20に発生する静水圧応力σmを算出してもよい。一例では、評価演算部64は、接着層20での要素ごとに、静水圧応力σmの2乗を演算し、接着層20における静水圧応力σmの2乗の最大値が小さくなるように、遺伝的アルゴリズムに従って、上記パターン群を変化させる。
【0042】
評価演算部64は、パターン設定部72と、モデル解析部74とを含んでもよい。パターン設定部72は、世代ごとに、上記パターン群を設定する機能モジュールである。上記パターン群を設定する際に、繊維配向角の1つの組み合わせにおける角度の最小の変更幅(以下、単に「変更幅Δθ」という。)は、30°以下に設定されてもよい。繊維配向角の各組み合わせに含まれる複数の繊維配向角それぞれは、変更幅Δθの整数倍で表すことができる。変更幅Δθは、1°、2.5°、5°、15°、又は30°であってもよい。
【0043】
モデル解析部74は、世代ごとに設定されたパターン群に含まれる組み合わせごとに、解析モデルMを利用して、接着層20において発生するひずみエネルギー密度(例えば、静水圧応力σmの2乗)を演算する機能モジュールである。遺伝的アルゴリズムに従って積層構成を最適化する演算を行うために必要な情報は、入出力デバイス54を介してユーザから入力される。遺伝的アルゴリズムを用いて、繊維配向角の組み合わせを最適化する演算の具体例については、後述する。
【0044】
図5に示されるように、設計支援装置50のコンピュータ本体52は、回路90を有する。回路90は、1以上のプロセッサ92と、メモリ94と、ストレージ96と、入出力ポート98と、とを含む。ストレージ96は、例えば不揮発性の半導体メモリ等、コンピュータによって読み取り可能な記憶媒体を有する。ストレージ96は、予め設定された演算手順でCFRP積層板10の設計を支援するための演算をコンピュータ本体52に実行させるためのプログラムを記憶している。例えばストレージ96は、上述した各機能モジュールを構成するためのプログラムを記憶している。
【0045】
メモリ94は、ストレージ96の記憶媒体からロードしたプログラム及びプロセッサ92による演算結果を一時的に記憶する。プロセッサ92は、メモリ94と協働して上記プログラムを実行することで、コンピュータ本体52の各機能モジュールを構成する。入出力ポート98は、プロセッサ92からの指令に従って、入出力デバイス54等との間で電気信号の入出力を行う。
【0046】
なお、回路90は、必ずしもプログラムにより各機能を構成するものに限られない。例えば回路90は、専用の論理回路又はこれを集積したASIC(Application Specific Integrated Circuit)により少なくとも一部の機能を構成してもよい。設計支援装置50が2以上のコンピュータによって構成される場合、2以上のコンピュータは、互いに通信可能に接続されてもよい。2以上のコンピュータそれぞれが、上述の機能モジュールの一部を有してもよい。
【0047】
[設計支援方法]
続いて、図6を参照しながら、設計支援方法の一例として、設計支援装置50が実行する一連の処理(一連の演算)を説明する。この一連の処理は、少なくとも、損傷箇所30aを覆うように、接着層20を介してCFRP母材30に対してCFRP積層板10を固定した状態を表す解析モデルMを生成するための情報を準備する準備ステップと、解析モデルMにおいてCFRP母材30に対して引張荷重Ftを加えた際に接着層20に発生するひずみエネルギー密度を評価した結果と、遺伝的アルゴリズムとに基づいて、CFRP積層板10における繊維配向角の最適な組み合わせを演算する演算ステップと、を含む。
【0048】
設計支援装置50が一連の処理を実行する前に、CFRP積層板10の繊維配向角の組み合わせを変数とする解析モデルMが既に構築されており、遺伝的アルゴリズムに従った演算を実行するための設定情報が、設計支援装置50に入力されている。遺伝的アルゴリズムでは、繊維配向角の1つの組み合わせを「個体」と称し、1つの個体に含まれる各繊維配向角を「遺伝子」と称する場合がある。
【0049】
上記設定情報として、例えば、以下の内容が予め設定されている。
・N:CFRP積層板10の積層数(遺伝子の数)
・P:世代ごとの個体数(組み合わせの数)
・pc:個体数(P)に対して、新たに生成する交叉個体の割合
・pm:個体数(P)に対して、新たに生成する変異個体の割合
・mn:1つの変異個体において変異させる遺伝子の数
・演算を終了させる際の収束条件
ここで、N及びPはそれぞれ2以上の整数であり、mnは、1以上、且つ、N以下の整数である。
【0050】
上記一連の処理では、設計支援装置50が、最初にステップS01を実行する。ステップS01では、例えば、設計支援装置50のパターン設定部72が、P個の初期個体をランダムに生成する。各個体における遺伝子(繊維配向角)は、変更幅Δθの整数倍に設定される。
【0051】
次に、設計支援装置50は、ステップS02を実行する。ステップS02では、例えば、設計支援装置50のモデル解析部74が、P個の初期個体に含まれる個体ごとに、解析モデルMを利用して、接着層20における要素ごとに、静水圧応力σmの2乗を算出する。そして、モデル解析部74は、接着層20における静水圧応力σmの2乗の最大値を算出する。なお、要素ごとに静水圧応力σmを算出することは、1つの要素につき、静水圧応力σmの1つの値を算出することだけを意味しない。1つの要素に着目した場合に、当該要素に含まれる複数箇所(例えば、複数の積分点又は複数の節点)それぞれにおいて、静水圧応力σmが算出されてもよい。
【0052】
次に、設計支援装置50は、ステップS03を実行する。ステップS03では、例えば、パターン設定部72が、P個の初期個体から、次の世代のパターン群を生成する。後述するように、ステップS03等は繰り返し実行されるが、1回目のステップS03では、第1世代のパターン群が生成される。一例では、パターン設定部72は、P個の初期個体に基づき、(P×pc)個の交叉個体と、(P×pm)個の変異個体と、を新たに生成する。
【0053】
交叉個体の生成では、パターン設定部72は、P個の初期個体から、{(P×pc)/2}組の親個体をランダムに選択する。パターン設定部72は、各組の親個体を一様交叉法により交叉させて、1組あたり2つの交叉個体を生成してもよい。例えば、一様交叉法では、CFRP積層板10の積層数に相当する遺伝子の総数の長さを有し、0又は1からなる乱数列が生成され、その乱数列をマスクとして用いて、以下のように、親個体A及び親個体Bから交叉個体A及び交叉個体Bが生成される。交叉個体Aは、マスクが0の層(遺伝子座)で親個体Aの遺伝子を受け継ぎ、マスクが1の層で親個体Bの遺伝子を受け継ぐ。また、交叉個体Bは、マスクが1の層で親個体Aの遺伝子を受け継ぎ、マスクが0の層で親個体Bの遺伝子を受け継ぐ。下記の各個体における数値は遺伝子(繊維配向角)であり、その単位は省略されている。
・親個体A :(-45/0/45/90/90/45/0/-45)
・親個体B :(30/-30/30/-30/-30/30/-30/30)
・マスク :0/1/0/0/1/1/0/1
・交叉個体A:(-45/-30/45/90/-30/30/0/30)
・交叉個体B:(30/0/30/-30/90/45/-30/-45)
【0054】
変異個体の生成では、最初に、パターン設定部72が、P個の初期個体から、{P×pm)個の個体を変異母体としてランダムに選択する。そして、パターン設定部72は、1以上の変異母体それぞれにおいて、mn個の繊維配向角をランダムに変異させる。以上により、P個の初期個体、(P×pc)個の交叉個体、及び(P×pm)個の変異個体からなるパターン群が生成される。
【0055】
次に、設計支援装置50は、ステップS04を実行する。ステップS04では、例えば、モデル解析部74が、パターン群のうちの静水圧応力σmの2乗を算出していない個体について、解析モデルMを利用して、接着層20における静水圧応力σmを算出する。そして、モデル解析部74は、算出対象の個体について、接着層20における静水圧応力σmの2乗の最大値を算出する。ステップS04は、算出対象の個体が異なるが、ステップS02と同様に実行される。ステップS04では、ステップS03で新しく生成された(P×pc)個の交叉個体、及び(P×pm)個の変異個体について、接着層20における静水圧応力σmの2乗の最大値が算出される。
【0056】
次に、設計支援装置50は、ステップS05を実行する。ステップS05では、例えば、設計支援装置50の評価演算部64が、所定の収束条件を満たすか否かを判定する。ステップS05において、収束条件を満たさないと判断された場合(ステップS05:NO)、設計支援装置50が実行する処理は、ステップS06に進む。ステップS06では、例えば、パターン設定部72が、パターン群のうち、静水圧応力σmの2乗の最大値が小さいP個の個体を、次の世代での初期個体として選択する。
【0057】
接着層20での静水圧応力σmの2乗の最大値によって、各個体が、剥離が生じ難い性質をどの程度有するか(すなわち、適応度)を評価できる。静水圧応力σmの2乗の最大値が小さいほど、その個体は、剥離がより生じ難い性質を有しており、その個体の適応度が高いと評価できる。すなわち、ステップS06では、パターン設定部72が、パターン群のうち、適応度が上位のP個の個体を、次の世代での初期個体として選択する。これにより、P個の初期個体が、適応度が高い個体に更新される。
【0058】
設計支援装置50は、ステップS05での収束条件が満たされるまで、ステップS06、及びステップS03~S05の一連の処理を繰り返す。これにより、世代が進むにつれて、適応度がより高い個体が残されて、静水圧応力σmの2乗の最大値が小さくなり得る。評価演算部64は、ステップS05において、所定数(例えば、3~10)の世代にわたって、パターン群の全個体それぞれの静水圧応力σmの2乗の最大値のうちの最小となる値が実質的に更新されない場合に、収束条件を満たすと判断してもよい。
【0059】
ステップS05において、収束条件を満たすと判断された場合(ステップS05:YES)、設計支援装置50が実行する処理は、ステップS07に進む。ステップS07では、例えば、評価演算部64が、最新のパターン群での静水圧応力σmの算出結果に基づいて、CFRP積層板10の繊維配向角の最適な組み合わせ(最適化パターン)を決定する。一例では、評価演算部64は、最新のパターン群での静水圧応力σmの算出結果において、静水圧応力σmの2乗の最大値が最小となる個体が有する繊維配向角の組み合わせを、最適化パターンに決定する。
【0060】
次に、設計支援装置50は、ステップS08を実行する。ステップS08では、例えば、結果出力部66が、ステップS07で決定された最適化パターンを示す情報を入出力デバイス54に出力する。一例では、結果出力部66が、最適化パターンを示す情報を入出力デバイス54に出力することで、入出力デバイス54のモニタに、その情報が表示される。
【0061】
なお、上記一連の処理は一例であり、遺伝的アルゴリズムに従った演算が行われる限り、適宜変更可能である。設計支援装置50は、図6に示される一連の処理において、一のステップと次のステップとを並列に実行してもよく、上述した例とは異なる順序で各ステップを実行してもよい。設計支援装置50は、いずれかのステップを省略してもよく、いずれかのステップにおいて上述の例とは異なる処理を実行してもよい。
【0062】
ステップS03における交叉個体及び変異個体の生成において、パターン設定部72は、その世代での個体の種類数に応じて、交叉個体及び変異個体を生成する割合(pc,pm)を変更してもよい。また、パターン設定部72は、数世代にわたって、静水圧応力σmの2乗の最大値が最小となる値が実質的に更新されない場合に、変異個体を生成する割合(pm)を増加させてもよい。
【0063】
[解析モデルを用いた最適化の演算例]
続いて、図7及び図8も参照しながら、有限要素法による解析を行う解析モデルMを用いて、CFRP積層板10の繊維配向角を最適化させる演算を行った結果の一例について説明する。この演算では、図3に示される解析モデルMを構築した。解析モデルMの要素に関する各種条件は、下記のように設定した。
・要素:3次元アイソパラメトリック1次要素、完全積分、6面体ブロック要素
・節点数及び要素数:70213節点、58880要素
・積層方向において1層のプリプレグにつき1要素
【0064】
解析モデルMでの各部材の寸法は、下記のように設定した。
・長さy1,x1:25mm、厚さt1:1mm
・円形の損傷箇所30aの直径(φ):10mm、厚さt2:0.32mm
・長さy3:39mm、長さx3:190mm、厚さt3:1mm
・引張荷重Ft:0.19mm(=0.1%のひずみ)
【0065】
解析モデルMでのプリプレグの材料定数は、下記のように設定した。
・繊維方向ヤング率:135GPa
・繊維垂直方向ヤング率:8.2GPa
・面内ポアソン比:0.31
・面外ポアソン比:0.4
・面内せん断弾性係数:4.8GPa
・面外せん断弾性係数:3.5GPa
【0066】
解析モデルMでの接着層20の材料定数は、下記のように設定した。
・ヤング率:3.0GPa
・ポアソン比:0.42
また、その他の条件を、下記のように設定した。
・CFRP積層板10の積層数:8
・CFRP母材30の積層構成:[45°/0°/-45°/90°]s
・変更幅Δθ:1°、2.5°、5°、15°、30°、45°
なお、変更幅Δθについては、上記に示す6つの角度それぞれで解析を行った。また、図6に示される一連の処理に従って、遺伝的アルゴリズムに基づく最適化演算を行った。
【0067】
図7には、変更幅Δθを2.5°に設定した場合での、世代ごとの静水圧応力σmの2乗(以下、単に「σm」と表記する)の変化がグラフに示されている。図7に示されるグラフでは、世代ごとに、パターン群におけるσmの最大値、平均値、及び最小値が示されている。図7に示されるグラフから、遺伝的アルゴリズムでの世代を経ることで、σmの最大値が減少し、一定値に収束することがわかる。
【0068】
図8は、解析モデルMでの接着層20における要素ごとのσmの算出結果を示す分布である。図8において、「Cda」で表すコンター図は、CFRP積層板10に代えて、対称の積層構成([45°/0°/-45°/90°]s)を有する疑似等方性パッチを用いた場合での算出結果を示す。「Cdb」で表すコンター図は、変更幅Δθを2.5°に設定し、最適化された後の積層構成を有するCFRP積層板10を用いた場合での算出結果を示す。なお、図8に示されるコンター図では、見やすさのために、Z軸方向において接着層20を拡大している。
【0069】
図8に示される結果から、積層構成が対称であっても、非対称であっても、引張荷重Ftが作用する方向であるX軸方向での接着層20の端部に大きな応力が発生していること(σmの最大値が存在している)がわかる。最適化された後の非対称の積層構成を用いる場合、対称な積層構成を用いる場合に比べて、X軸方向での接着層20の端部に発生する応力が小さいことがわかる。すなわち、最適化された後の非対称の積層構成を用いることで、引張荷重Ftに対して剥離が生じ難くなっていることがわかる。
【0070】
下記の表1には、変更幅Δθごとの最適化パターンと、収束した際のσmの最大値との演算結果が示されている。また、参照値として、上記疑似等方性パッチを用いた場合でのσmの最大値が示されている。
【表1】
【0071】
表1に示される結果から、変更幅Δθの設定値によらず、非対称の積層構成を有する、繊維配向角の最適化パターンが得られている。また、変更幅Δθの設定値によらず、疑似等方性パッチを用いた場合に比べて、繊維配向角の最適化パターンでは、σmの最大値が小さくなっていることがわかる。さらに、表1に示される結果から、非対称の積層構成の中でも、変更幅Δθが30°以下である場合、収束した際のσmの最大値が小さいことがわかる。加えて、変更幅Δθが5°以下である場合、収束した際のσmの最大値が更に小さいことがわかる。
【0072】
[変形例]
以上に説明した設計支援方法、及び設計支援装置50は、一例である。以上の例では、CFRP積層板10で補修が行われる対象の母材がCFRPである場合を説明したが、CFRP積層板10等のFRP積層板による補修が可能であれば、補修対象の母材は、どのようなものであってもよい。損傷箇所30aは、円形に限られず、三角形であってもよく、四角形であってもよい。損傷箇所30aは、貫通穴に限られず、非貫通の穴であってもよい。損傷箇所30aの開口の面積が、板厚方向において変化してもよい。
【0073】
CFRP母材30は、平面に代えて、Y軸方向から見たときに中央付近が湾曲するような曲面を有してもよい。この場合、解析モデルMを用いた解析では、CFRP母材30の端部における接線に沿って、CFRP母材30に対して引張荷重Ftを作用させてもよい。GFRP(ガラス繊維強化プラスチック)、及びAFRP(アラミド繊維強化プラスチック)等の他のFRPを用いた補修用パッチの積層構成の設計においても、以上に説明した方法及び装置が使用されてもよい。以上に説明した種々の例のうちの1つの例において、他の例で説明した事項の少なくとも一部が組み合わされてもよい。
【0074】
[本開示のまとめ]
以上に説明した設計支援方法は、母材(30)の損傷箇所(30a)を覆うための、非対称の積層構成を有するFRP積層板(10)の設計を支援する方法である。この設計支援方法は、損傷箇所(30a)を覆うように、接着層(20)を介して母材(30)に対してFRP積層板(10)を固定した状態を表す有限要素解析モデル(M)を生成するための情報を準備する準備ステップと、有限要素解析モデル(M)において母材(30)に対して引張荷重(Ft)を加えた際に接着層(20)に発生する、要素ごとの体積膨張に関するひずみエネルギー密度を評価した結果と、遺伝的アルゴリズムとに基づいて、FRP積層板(10)における繊維配向角の最適な組み合わせを演算する演算ステップと、を含む。
【0075】
一般的には、CFRP等のFRPは、熱残留応力に起因する曲げ変形が発生しないように、対称な積層構成を有するように設計される。これに対して、CFRP積層板10等のFRP積層板を用いてパッチ接着補修を行う場合には、非対称の積層構成を考慮することで、引張荷重に対してFRP積層板の端部でのモードIの変形が抑制されて剥離が生じ難くなることの知見が得られた。上記設計支援方法では、遺伝的アルゴリズムを用いることで、繊維配向角の最適な組み合わせを見つけ出すことができる。従って、上記設計支援方法は、非対称の積層構成を考慮した補修用FRPの最適な積層構成に係る情報を提示することが可能である。
【0076】
以上に説明した設計支援方法において、上記演算ステップは、有限要素解析モデル(M)において接着層(20)に発生する要素ごとの上記ひずみエネルギー密度の最大値が小さくなるように、遺伝的アルゴリズムに従って、繊維配向角の組み合わせを変化させることを含んでもよい。この場合、遺伝的アルゴリズムでの世代が進むにつれて、接着層(20)に発生する体積膨張に関するひずみエネルギー密度の最大値が小さくなり、剥離が生じ難い最適な組み合わせを適切に見つけ出すことができる。
【0077】
以上に説明した設計支援方法において、解析モデル(M)は、有限要素法による解析を行うモデルであってもよく、上記演算ステップは、解析モデル(M)上において、要素ごとに、接着層(20)に発生する静水圧応力(σm)を算出することを含んでもよい。FRP積層板(10)の剥離は、接着層(20)におけるマイクロキャビテーションを起点とする損傷として捉えることができる。そのため、静水圧応力(σm)を算出して評価することで、剥離が生じ難い最適な組み合わせを適切に見つけ出すことができる。
【0078】
以上に説明した設計支援方法では、上記演算ステップにおいて、繊維配向角の1つの組み合わせにおける角度の最小の変更幅Δθが、30°以下に設定されていてもよい。この場合、上述したように、遺伝的アルゴリズムに従った演算が収束した際に得られる静水圧応力(σm)の2乗の最大値が、より小さくなる。従って、剥離がより生じ難い最適な組み合わせを見つけ出すことができる。
【0079】
以上に説明した設計支援プログラムは、上記設計支援方法を、コンピュータに実行させるためのプログラムである。このプログラムでは、上記設計支援方法が実行されるので、非対称の積層構成を考慮した補修用FRPの最適な積層構成に係る情報を提示することが可能である。
【0080】
以上に説明した設計支援装置(50)は、母材(30)の損傷箇所(30a)を覆うための、非対称の積層構成を有するFRP積層板(10)の設計を支援する装置である。この設計支援装置(50)は、損傷箇所(30a)を覆うように、接着層(20)を介して母材(30)に対してFRP積層板(10)を固定した状態を表す有限要素解析モデル(M)を生成するための情報を取得する情報取得部(62)と、有限要素解析モデル(M)において母材(30)に対して引張荷重(Ft)を加えた際に接着層(20)に発生する、要素ごとの体積膨張に関するひずみエネルギー密度を評価した結果と、遺伝的アルゴリズムとに基づいて、FRP積層板(10)における繊維配向角の最適な組み合わせを演算する評価演算部(64)と、を備える。この設計支援装置(50)は、上記設計支援方法と同様に、非対称の積層構成を考慮した補修用FRPの最適な積層構成に係る情報を提示することが可能である。
【符号の説明】
【0081】
10…CFRP積層板、20…接着層、30…CFRP母材、30a…損傷箇所、50…設計支援装置、62…情報取得部、64…評価演算部、M…解析モデル。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8