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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024127106
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240912BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240912BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20240912BHJP
【FI】
C22C38/00 302T
C22C38/60
C21D9/46 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023035997
(22)【出願日】2023-03-08
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】安部 雅俊
(72)【発明者】
【氏名】森下 直彦
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA04
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA26
4K037EA28
4K037EA29
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB02
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FF03
4K037FG03
4K037FJ01
4K037FJ05
4K037FJ06
4K037FJ07
4K037FK03
4K037GA08
(57)【要約】
【課題】靭性および長期間使用した後の耐食性に優れ、かつ、制振性に優れるとともに従来よりも軽量なフェライト系ステンレス鋼板を提供する。
【解決手段】フェライト系ステンレス鋼板であって、質量%で、C:0.001~0.100%、Si:0.01~5.00%、Mn:0.01~2.00%、P:≦0.050%、S:≦0.0100%、Cr:9.0~30.0%、Ni:0.01~3.00%、Al:1.00~5.00%、N:0.001~0.050%、B:0.0001~0.0050%を含有し、さらに、TiおよびNbの少なくとも一方を0.01~1.00%の範囲で含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、密度が7.55g/cm以下であり、平均結晶粒径が25μm以下であり、材料温度25℃でのシャルピー衝撃値の平均値が10J/cm以上であり、損失係数が0.0003以上であり、オージェ電子分光法によって、鋼板表面からOの濃度が最大値の1/2となる測定深さまでの各含有元素のスペクトルのピーク強度を測定した場合に、Crをカチオン分率で20.0atomic%以上含有する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.001~0.100%、
Si:0.01~5.00%、
Mn:0.01~2.00%、
P:≦0.050%、
S:≦0.0100%、
Cr:9.0~30.0%、
Ni:0.01~3.00%、
Al:1.00~5.00%、
N:0.001~0.050%、
B:0.0001~0.0050%を含有し、
さらに、TiおよびNbの少なくとも一方を0.01~1.00%の範囲で含有し、
残部が鉄および不可避的不純物からなり、
密度が7.55g/cm以下であり、
平均結晶粒径が25μm以下であり、
材料温度25℃でのシャルピー衝撃値の平均値が10J/cm以上であり、
損失係数が0.0003以上であり、
オージェ電子分光法によって、鋼板表面からOの濃度が最大値の1/2となる測定深さまでの各含有元素のスペクトルのピーク強度を測定した場合に、Crをカチオン分率で20.0atomic%以上含有することを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
さらに質量%で、
Mo:0.01~3.00%、
Sn:0.01~3.00%、
Cu:0.01~3.00%、
W:0.001~1.000%、
V:0.001~1.000%、
Sb:0.001~0.100%、
Co:0.001~0.500%、
Ca:0.0001~0.0050%、
Mg:0.0001~0.0050%、
Zr:0.0001~0.0300%、
Ga:0.0001~0.0100%、
Ta:0.001~0.050%、
REM:0.001~0.100%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
コンテナ用途に使用される請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンテナ等に適用されるフェライト系ステンレス鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
コンテナは、化学物質、酸、食品などの様々な物(以下、各種物品)の輸送、保管、取り扱いに使用される容器であり、各種物品の輸送、保管、取り扱いに耐え得る強度を有している。また、コンテナは、常温以下の環境下で10年以上の長期間にわたって使用されることが多く、かつ輸送の際には国内外問わず各種物品の長距離移動に使用される。そのため、コンテナの構成部材には、高い耐食性が求められるとともに、コンテナ運搬車両の燃費の観点等から軽量化が求められる。加えて、コンテナに重量物などを投入する場合、重量物がコンテナの床部と衝突して衝撃音が発生し、騒音問題に発展する懸念がある。そのため、コンテナの構成部材には高い制振性も求められる。
【0003】
コンテナの構成部材としては、外張材用途の鋼材および骨材が挙げられるが、これらの部材は塗装を前提としている。例えば、特許文献1には、mass%で、C:0.002~0.02%、N:0.002~0.02%、Si:0.05~1.0%、Mn:0.05~1.0%、P:0.04%以下、S:0.02%以下、Al:0.001~0.1%、Cr:6.0~10.0%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、鋼板表面のCr濃度が、(鋼板内部のCr濃度-1)%以上である構造用Cr鋼が開示されている。この構造用Cr鋼は、Cr、C、N量の調整によって耐食性と靭性および耐衝撃性とが両立しているとともに、熱延板の脱スケールに伴う鋼板表層の除去量を制御することで塗装後の耐食性が担保されている。
【0004】
また、塗装なしで優れた耐食性を発揮することから、ステンレス鋼もコンテナの構成部材として従来から使用されている。例えば、特許文献2には、重量%で、C:0.03%以下、Si:0.30~0.60%、Mn:0.70~1.00%、P:0.040%以下、S:0.010%以下、Ni:0.15~0.45%、Cr:11.50~12.50%、Mo:0.50%以下、Cu:0.30~0.50%、N:0.060%以下であって且つγ=420C+470N+23Ni+9Cu+7Mn-11.5Cr-11.5Si-12Mo+189(重量%)H=218C-2.6Si+2.9Mn+9.2Ni-4.6Cr+3.6Cu+138N+75.2(重量%)の式に従う計算値γが80以上で且つ計算値Hが38以下の範囲となるように各成分元素含有量が相互に調整され残部がFeおよび不可避的不純物からなる海上コンテナ用鋼が開示されている。この海上コンテナ用鋼は、成分調整によって強靭性、溶接性および適度の耐食性を兼ね備えている。
【0005】
さらに、コンテナの構成部材に高い制振性が求められる点については、例えば非特許文献1から3の各記載からも窺える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004-115909号公報
【特許文献2】特開昭63-436号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】西村、外1名、「鋼球の衝突音の研究」、精密機械、1962年、28巻、4号
【非特許文献2】久保、外2名、「コンテナ積み込み時の上下方向衝撃力の緩衝に関する基礎的研究」、第74回講演会、日本航海学会、昭和61年5月23日
【非特許文献3】河原田、外3名、「鋼球の衝突を受ける平板から発生する衝突音に関する基礎的研究」、第57回年次学術講演会、土木学会、平成14年9月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1の構造用Cr鋼のような塗装を前提とする鋼材等は、塗装剥離後に耐食性が著しく低下する問題があった。特許文献2の海上コンテナ用鋼は、長期間使用した後において、強靭性は維持されているものの耐食性が不十分であった。また、特許文献1の構造用Cr鋼および特許文献2の海上コンテナ用鋼は、ともに、軽量化および制振性の面でも不十分であった。
【0009】
本発明の一態様は、前述の課題を解決するためになされたものであり、靭性および長期間使用した後の耐食性に優れ、かつ、制振性に優れるとともに従来よりも軽量なフェライト系ステンレス鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前述の課題を解決すべく、種々の元素を含有するフェライト系ステンレス鋼板を作製して試験することにより、フェライト系ステンレス鋼板の靭性および長期間使用した後の耐食性を改善できないか検討した。その結果、不働態皮膜中のCrの含有量を調整することが有効であることを見出した。加えて、本発明者らは、フェライト系ステンレス鋼板の制振性および軽量化も改善できないか検討した。その結果、Alを1.00~5.00%添加させ、密度を7.55g/cm以下とし、製造工程を最適化して結晶粒径を25μm以下とすることが有効であることを見出した。
【0011】
すなわち、本発明は、以上の知見に基づいて完成したものであり、前述の課題を解決することを目的とした本発明の要旨は、以下の通りである。
【0012】
[1] 質量%で、
C:0.001~0.100%、
Si:0.01~5.00%、
Mn:0.01~2.00%、
P:≦0.050%、
S:≦0.0100%、
Cr:9.0~30.0%、
Ni:0.01~3.00%、
Al:1.00~5.00%、
N:0.001~0.050%、
B:0.0001~0.0050%を含有し、
さらに、TiおよびNbの少なくとも一方を0.01~1.00%の範囲で含有し、
残部が鉄および不可避的不純物からなり、
密度が7.55g/cm以下であり、
平均結晶粒径が25μm以下であり、
材料温度25℃でのシャルピー衝撃値の平均値が10J/cm以上であり、
損失係数が0.0003以上であり、
オージェ電子分光法によって、鋼板表面からOの濃度が最大値の1/2となる測定深さまでの各含有元素のスペクトルのピーク強度を測定した場合に、Crをカチオン分率で20.0atomic%以上含有することを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。
【0013】
[2] さらに質量%で、
Mo:0.01~3.00%、
Sn:0.01~3.00%、
Cu:0.01~3.00%、
W:0.001~1.000%、
V:0.001~1.000%、
Sb:0.001~0.100%、
Co:0.001~0.500%、
Ca:0.0001~0.0050%、
Mg:0.0001~0.0050%、
Zr:0.0001~0.0300%、
Ga:0.0001~0.0100%、
Ta:0.001~0.050%、
REM:0.001~0.100%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする[1]に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【0014】
[3] コンテナ用途に使用される[1]または[2]に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【発明の効果】
【0015】
本発明の一態様によれば、靭性および長期間使用した後の耐食性に優れ、かつ、制振性に優れるとともに従来よりも軽量なフェライト系ステンレス鋼板を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施形態について、詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態または実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。異なる実施形態および実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書において「A~B」は、A以上B以下であることを示している。さらに、以下の説明では、靭性および長期間使用した後の耐食性、ならびに制振性および軽量化を「耐食性等」と総称する場合がある。
【0017】
〔概要〕
本発明者らは、靭性および長期間使用した後の耐食性の向上、ならびに制振性の向上および軽量化のために、Alを種々の濃度で含有するフェライト系ステンレス鋼板を作製した。そして、それらの特性を比較することにより、Al濃度および平均結晶粒径(詳細は後述)のそれぞれがフェライト系ステンレス鋼板の耐食性等に及ぼす影響を調べた。その結果、フェライト系ステンレス鋼板を下記の(I)、(II)、(III)および(IV)のようにすることで、所望の耐食性等が得られることを見出した。
(I)不働態皮膜中のCrの含有量を、カチオン分率で20.0atomic%以上とする。
(II)密度を7.55g/cm以下とする。
(III)母材中のAlの含有量を1.00~5.00%の範囲とする。
(IV)平均結晶粒径を25μm以下とする。
【0018】
まず、フェライト系ステンレス鋼板の表層に形成される不働態皮膜は、フェライト系ステンレス鋼板の耐食性を担保する一要素であるものの、長期間の使用によって局所的に破壊されてしまうことが課題であった。そこで、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼板においては、不働態皮膜中のCrの含有量をカチオン分率で20.0atomic%以上とすることで、当該フェライト系ステンレス鋼板の耐食性を1次的に向上させる。
【0019】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼板においては、Alの含有量を1.00~5.00%とする。これにより、長期間の使用によって不働態皮膜が破壊されたとしても、不働態皮膜の破壊箇所から、適正量のAlが鋼板表面に付着した水分中に溶け込む。この溶け込んだAlにより、長期間使用した後において、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼板の耐食性を2次的に向上させる。
【0020】
ここで、本明細書における「長期間の使用」とは、具体的には、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼板を常温以下(約-20~約30℃)の環境下で10年以上使用することを指す。常温以下の環境下としては、例えば、農作物、冷凍マグロ等の保管が挙げられる。このような使用態様の場合、使用の過程で、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼板の表層に形成された不働態皮膜の破壊箇所からAlが溶け出し、水分中でイオン状態になる。また、長期間の使用の過程で0℃以下の環境下に一時的に置かれた場合、Alを含有する水分が凍り付き、鋼板表面に一時的に留まった状態になる。そして、常温の環境下に再び置かれたときに、凍り付いた水分が溶けて当該水分中のAlが耐食性向上の効果を発揮する。
【0021】
次に、Alは、特に塩水環境下でのフェライト系ステンレス鋼板の耐食性を担保する一方、靭性を低下させてしまうことが課題であった。そこで、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼板の製造方法においては、冷延板焼鈍工程において昇温速度を100℃/s以上とする。これにより、急速な昇温および熱延時から鋼板に蓄積された歪の両方に起因して、冷延焼鈍板を非常に細粒な組織できる。そして、最終的に、例えばコンテナ用途として十分な靭性を有するフェライト系ステンレス鋼板が得られる。
【0022】
このように、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼板を製造するためには、冷延板焼鈍条件が非常に重要になる。具体的には、昇温速度を100℃/s以上、冷延板焼鈍温度を少なくとも850~1050℃、冷延板焼鈍時間を30s以下とすることで、前述のステンレス鋼板の平均結晶粒径(詳細は後述)を25μm以下にできる。
【0023】
また、従来のフェライト系ステンレス鋼板の密度は7.7~7.9g/cm程度であるが、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼板の密度は7.55g/cm以下である。これにより、従来のフェライト系ステンレス鋼板に対して2~4%程度の軽量化効果が得られる。仮に、従来のフェライト系ステンレス鋼板を使用して製造したコンテナの重量が250kgの場合、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼板を適用することで10kg以上の大幅な軽量化を実現できる。
【0024】
〔成分組成〕
以下、本発明の一実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板(以下、「本ステンレス鋼板」と略記)の化学組成について、さらに詳しく説明する。なお、特に注記しない限り、本明細書において元素含有量の%は質量%を意味する。
【0025】
<C:0.001~0.100%>
Cは、耐粒界腐食性および加工性を低下させるため、その含有量を低く抑える必要がある。そのため、Cの含有量の上限を0.100%とする。一方、Cの含有量を過度に減少させると精練コストが増加するため、Cの含有量の下限を0.001%とする。Cの含有量の好ましい範囲は、0.002~0.010%である。
【0026】
<Si:0.01~5.00%>
Siは、鋼板表面に濃縮した状態で存在し、腐食発生を低減する。また、母材の腐食速度を減速させるとともに制振性を向上させる有益な元素である。そのため、Siの含有量の下限を0.01%とする。一方、Siを過度に含有させると、本ステンレス鋼板の伸びの減少を引き起こして加工性を低下させる。また、Siの過度な含有は、硬度上昇も引き起こして表面疵の原因となる。表面疵ができると、そこから発銹が生じる。靭性も低下させる。そのため、Siの含有量の上限を5.00%とする。Siの含有量の好ましい範囲は、0.30~3.00%であり、より好ましい範囲は0.70~1.20%である。
【0027】
<Mn:0.01~2.00%>
Mnは、脱酸元素として有用であるが、過度に含有させると耐食性が低下する。そのため、Mnの含有量の範囲を0.01~2.00%とする。Mnの含有量の好ましい範囲は、0.05~1.00%であり、より好ましい範囲は0.02~0.50%である。
【0028】
<P:0.050%以下>
Pは、加工性、溶接性および耐食性を低下させる元素であるため、その含有量を制限する必要がある。そのため、Pの含有量の上限を0.050%とする。Pの含有量の好ましい範囲は、0.030%以下である。
【0029】
<S:0.0100%以下>
Sは、耐食性を低下させる元素であるため、その含有量を制限する必要がある。そのため、Sの含有量の上限を0.0100%とする。Sの含有量の好ましい範囲は、0.0070%以下である。
【0030】
<Cr:9.0~30.0%>
Crは、塩害環境での耐食性を確保するために、9.0%以上の含有量が必要である。ここで、Crの含有量を増加させるほど耐食性は向上するが、一方で加工性および靭性を低下させる。そのため、Crの含有量の上限を30.0%とする。Crの含有量の好ましい範囲は、9.5~25.0%であり、より好ましい範囲は10.0~15.0%である。
【0031】
<Ni:0.01~3.00%>
Niは、耐食性および靭性を向上させるため、Niの含有量の下限を0.01%とする。一方、Niを過度に含有させると合金コストが増加するため、Niの含有量の上限を3.00%とする。Ni量の好ましい範囲は、0.02~2.50%であり、より好ましい範囲は0.05~2.00%、さらに好ましい範囲は0.10~1.50%である。
【0032】
<Ti、Nb:0.01~1.00%>
TiおよびNbは、ともに本ステンレス鋼板の鋭敏化を防止するため、TiおよびNbの少なくとも一方の含有量を0.01%以上にする必要がある。この含有量が0.01%未満の場合、本ステンレス鋼板が鋭敏化して耐食性が低下する。一方、TiおよびNbの少なくとも一方の含有量を過度に増加させると、合金コストの増加、靭性の低下、鋼中介在物増加による耐食性の低下を招く。そのため、TiおよびNbの少なくとも一方の含有量の上限を1.00%とする。この含有量の好ましい範囲は、0.03~0.50%、より好ましい範囲は0.10~0.25%である。
【0033】
<Nb:0.01~1.00%>
Nbは、本ステンレス鋼板の鋭敏化を防止する上で有用な元素である。また、Nbは、高温強度および溶接部の耐粒界腐食性のそれぞれを向上させる上でも有用な元素である。一方、Nbを過度に含有させると加工性および靭性が低下する。そのため、Nbの含有量の範囲を0.01~1.00%とする。Nbの含有量の好ましい範囲は、0.05~0.50%である。
【0034】
<Al:1.00~5.00%>
Alは、磁歪を大きくして制振性の発現を顕著にするとともに耐食性を向上させる。また、低密度化の効果もある。そのため、Alの含有量の下限を1.00%とする。一方、Alを過度に含有させると、本ステンレス鋼板の伸びの減少を引き起こして加工性を低下させる。そのため、Alの含有量の上限を5.00%とする。Alの含有量の好ましい範囲は、1.20~3.00%であり、より好ましい範囲は1.50~2.50%である。
【0035】
<N:0.001~0.050%>
Nは、耐孔食性を向上させる上で有用な元素であるが、耐粒界腐食性および加工性を低下させるデメリットもある。そのため、Nの含有量を低く抑える必要があることから、Nの含有量の上限を0.050%とする。一方、Nの含有量を過度に減少させると精練コストが上昇するため、Nの含有量の下限を0.001%とする。Nの含有量の好ましい範囲は、0.002~0.020%である。
【0036】
<B:0.0001~0.0050%>
Bは、二次(追)加工性を向上させる上で有用な元素であり、上限0.0050%まで含有させることができる。一方、本ステンレス鋼板が二次加工性を安定して発揮するために、Bの含有量の下限を0.0001%とする。Bの含有量の好ましい範囲は、0.0005~0.0040%である。
【0037】
以上が、本ステンレス鋼板の基本成分である。なお、本ステンレス鋼板は、必要に応じて、以下に詳細を示すMo、Sn、Cu、W、V、Sb、Co、Ca、Mg、Zr、Ga、Ta、REM(以下、「任意成分」と総称する場合あり)のうちの1種または2種以上を含有してもよい。
【0038】
<Mo:0.01~3.00%>
Moは、耐食性を向上させるため、Moの含有量の下限を0.01%とする。一方、Moを過度に含有させると、加工性が低下するだけでなく、高価な元素であるため許容範囲を超えるコスト増加に繋がる。そのため、Moの含有量の上限を3.00%とする。Moの含有量の好ましい範囲は、0.05~1.00%である。
【0039】
<Sn:0.01~3.00%>
Snは、耐食性を向上させるため、Snの含有量の下限を0.01%とする。一方、Snを過度に含有させると許容範囲を超えるコスト増加に繋がる。そのため、Snの含有量の上限を3.00%とする。Snの含有量の好ましい範囲は、0.05~1.00%である。
【0040】
<Cu:0.01~3.00%>
Cuは、耐食性を向上させるため、Cuの含有量の下限を0.01%とする。一方、Cuを過度に含有させると許容範囲を超えるコスト増加に繋がる。そのため、Cuの含有量の上限を3.00%とする。Cuの含有量の好ましい範囲は、0.10~2.00%であり、より好ましい範囲は0.50~1.50%である。
【0041】
<W:0.001~1.000%>
Wは、耐食性を向上させる上で有用な元素であり、上限1.000%まで含有させることができる。一方、本ステンレス鋼板が耐食性を安定して発揮するために、Wの含有量の下限を0.001%とする。Wの含有量の好ましい範囲は、0.005~0.800%である。
【0042】
<V:0.001~1.000%>
Vは、耐食性を向上させる上で有用な元素であり、上限1.000%まで含有させることができる。一方、本ステンレス鋼板が耐食性を安定して発揮するために、Vの含有量の下限を0.001%とする。Vの含有量の好ましい範囲は、0.005~0.500%である。
【0043】
<Sb:0.001~0.100%>
Sbは、耐全面腐食性を向上させる上で有用な元素であり、上限0.100%まで含有させることができる。一方、本ステンレス鋼板が耐全面腐食性を安定して発揮するために、Sbの含有量の下限を0.001%とする。Sbの含有量の好ましい範囲は、0.010~0.080%である。
【0044】
<Co:0.001~0.500%>
Coは、二次(追)加工性および靭性を向上させる上で有用な元素であり、上限0.500%まで含有させることができる。一方、本ステンレス鋼板が二次加工性および靭性のそれぞれを安定して発揮するために、Coの含有量の下限を0.001%とする。Coの含有量の好ましい範囲は、0.010~0.300%である。
【0045】
<Ca:0.0001~0.0050%>
Caは、主に脱硫目的で含有させる元素であり、過度に含有させると水溶性の介在物CaSが生成されて耐食性が低下する。そのため、Caの含有量の範囲を0.0001~0.0050%とする。Caの含有量の好ましい範囲は、0.0005~0.0030%である。
【0046】
<Mg:0.0001~0.0050%>
Mgは、組織を微細化して加工性および靭性を向上させる元素であり、上限0.0050%まで含有させることができる。一方、本ステンレス鋼板が加工性および靭性のそれぞれを安定して発揮するために、Mgの含有量の下限を0.0001%とする。Mgの含有量の好ましい範囲は、0.0005~0.0030%である。
【0047】
<Zr:0.0001~0.0300%>
Zrは、耐食性を向上させる上で有用な元素であり、上限0.0300%まで含有させることができる。一方、本ステンレス鋼板が耐食性を安定して発揮するために、Zrの含有量の下限を0.0001%とする。Zrの含有量の好ましい範囲は、0.0010~0.0100%である。
【0048】
<Ga:0.0001~0.0100%>
Gaは、耐食性および耐水素脆化性を向上させる上で有用な元素であり、上限0.0100%まで含有させることができる。一方、本ステンレス鋼板が耐食性および耐水素脆化性のそれぞれを安定して発揮するために、Gaの含有量の下限を0.0001%とする。Gaの含有量の好ましい範囲は、0.0005~0.0050%である。
【0049】
<Ta:0.001~0.050%>
Taは、耐食性を向上させる上で有用な元素であり、上限0.050%まで含有させることができる。一方、本ステンレス鋼板が耐食性を安定して発揮するために、Taの含有量の下限を0.001%とする。Taの含有量の好ましい範囲は、0.005~0.030%である。
【0050】
<REM(希土類元素):0.001~0.100%>
REMは、脱酸効果等を有する精練の際に有用な元素であり、上限0.100%まで含有させることができる。一方、脱酸効果等を安定して得るために、REMの含有量の下限を0.001%とする。REMの含有量の好ましい範囲は、0.003~0.050%である。
【0051】
ここで、REMは、一般的な定義に従い、スカンジウム(Sc)およびイットリウム(Y)の2元素、ならびにランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の中から選択される1種以上の元素の総称である。したがって、REMの含有量とは、前述の17種類元素の中から選択される1種以上の元素の合計含有量である。
【0052】
<その他の成分>
本ステンレス鋼板は、前述した基本成分および任意成分以外の残部が、Feおよび不可避的不純物からなる。
【0053】
フェライト系ステンレス鋼板の一般的な製造では、スクラップ原料を使用することが多いため、フェライト系ステンレス鋼板には種々の不純物元素が不可避的に混入する。ここで、不可避的に混入した不純物元素の含有量を一義的に定めることは困難である。したがって、本ステンレス鋼板に含まれる不可避的不純物とは、本ステンレス鋼板が奏する効果を損なわない量で含有される不純物元素を意味する。
【0054】
〔密度〕
密度の測定方法は、例えば次の通りである。作製したステンレス鋼板から幅10mm×長さ60mmの試験片を切り出し、電子天秤を使用した水中懸架法によって試験片の密度を測定する。水中懸架法は、試験片を液体(水等の密度既知の浸漬液)中に懸垂し、試験片に作用する浮力を電子天秤等の測定器で測定することにより、試験片の密度を測定する方法である。本ステンレス鋼板の密度は7.55g/cm以下であることが好ましい。
【0055】
〔シャルピー衝撃値〕
シャルピー衝撃値の測定方法は、例えば次の通りである。本ステンレス鋼板からシャルピー試験用の試験片を切り出し、材料温度25℃の条件でJIS Z 2242に準拠してシャルピー試験を行う。本ステンレス鋼板のシャルピー衝撃値は、平均値が10J/cm以上であることが好ましい。
【0056】
〔平均結晶粒径〕
本ステンレス鋼板の平均結晶粒径は、前述の通り25μm以下とすることが好ましい。平均結晶粒径のより好ましい範囲は20μm以下である。平均結晶粒径を25μm以下にすることで、最低限の損失係数が担保されるとともに靭性の低下を防止できる。
【0057】
平均結晶粒径の測定方法は、例えば次の通りである。まず、本ステンレス鋼板から長さが30mm、幅が20mmである試験片を切り出す。次いで、試験片における圧延方向の断面組織を金属顕微鏡で観察できるように、試験片を樹脂に埋め込む。ここで、「圧延方向」とは、本ステンレス鋼板の圧延方向のことを指す。次いで、試験片が埋め込まれた樹脂に対して鏡面研磨およびエッチングを施し、JIS G 0551「鋼-結晶粒度の顕微鏡試験方法」の「直線試験線による切断法」に準じて平均結晶粒径を測定する。
【0058】
具体的には、断面組織の写真に映し出された試験片の板厚方向(断面組織の写真の上端から下端に向けて)に直線を引き、捕捉結晶粒数、および結晶粒界と直線との交点の数とを求める。そして、この測定を5視野で行う。その後、捕捉結晶粒数の平均値、および交点の数の平均値を求め、JIS G 0551に示される「結晶粒数と各変数との関係」に基づいて平均結晶粒径を概算する。なお、本ステンレス鋼板から前述の試験片を5つ切り出し、各試験片で1回ずつ、捕捉結晶粒数、および結晶粒界と直線との交点の数を求めてもよい。
【0059】
〔損失係数〕
損失係数は、JIS K7391「非拘束形制振複合はり振動減衰特性試験方法」の「中央加振法」により測定を行った。具体的には、まず、本ステンレス鋼板から長さが250mm、幅が10mmである試験片を放電加工で切り出す。次いで、試験片の中央部をコンタクトチップで固定し、インピーダンスヘッドを介して試験片を加振する。次いで、インピーダンスヘッドから出力される力信号および加速度信号から、機械インピーダンス(力/速度)を求める。ここで、速度は加速度の積分により算出する。次いで、機械インピーダンスがピークとなる反共振周波数のうち、特に800~2000Hzの範囲内での損失係数を算出する。
【0060】
本発明者らは、前述の測定方法によって種々試験した結果、損失係数が0.0003以上の場合に顕著な制振性を示すことを見出した。また、本発明者らは、本ステンレス鋼板が顕著な制振性を示す上で、損失係数の好ましい範囲が0.0004以上であり、さらに好ましい範囲が0.0005以上であることを見出した。
【0061】
〔不働態皮膜〕
本ステンレス鋼板は、前述の通り、不働態皮膜中のCrの含有量をカチオン分率で20.0atomic%以上とすることが好ましい。不働態皮膜は、本ステンレス鋼板の表層に形成され、Fe、Cr、Mn、Ti、Nb、Al、SiおよびSnの各酸化物、ならびにこれら以外の残部(介在物など)を含有して構成される。カチオン分率は、不働態皮膜中のFe、Cr、Mn、Ti、Nb、Al、Si、Snおよびこれら以外の残部の各原子量を合計した総原子量に対する、各原子量の割合(%)である。
【0062】
ここで、本ステンレス鋼板における不働態皮膜中のCrの含有量とは、具体的には、オージェ電子分光法によって、鋼板表面から所定の測定深さまでの各含有元素のスペクトルのピーク強度を測定した場合に得られる、Crの含有量である。オージェ電子分光法は、電子線により励起されて試料から放出されるオージェ電子のエネルギーを測定することにより、試料の表面に局在する元素を分析する手法である。また、オージェ電子分光法は、Arイオンスパッタリングを併用することで試料の深さ方向に局在する元素も分析できる。本実施形態では、Arイオンスパッタリングを併用し、鋼板表面から所定の測定深さまでの間の各測定深さで測定された、各含有元素のスペクトルのピーク強度から、相対感度因子を用いて各測定深さにおける成分組成を特定する。
【0063】
また、本実施形態では、Oの濃度が最大値の1/2となる測定深さを不働態皮膜の厚さと見做す。さらに、Oの濃度が最大値の1/2となる測定深さまでの間の各測定深さを対象として、当該各測定深さで測定された各含有元素のカチオン分率の平均値を、不働態皮膜における各含有元素のカチオン分率とする。
【0064】
〔製造方法〕
本実施形態における本ステンレス鋼板の製造方法は次の通りである。まず、転炉または電気炉で前述の基本成分および任意成分を含有する溶鋼を調製した後、AOD炉またはVOD炉で精錬する。次いで、連続鋳造法または造塊法で鋼片とする。次いで、鋼片に対して、熱間圧延工程-酸洗工程-冷間圧延工程-冷延板焼鈍工程-酸洗工程の各工程で所定の処理を施すことにより、本ステンレス鋼板が製造される。
【0065】
なお、本実施形態では、熱延板の靭性向上および冷延焼鈍板における平均結晶粒径の細粒化の観点から熱延板焼鈍工程を省略しているが、熱延板焼鈍工程を含めてもよい。
【0066】
本ステンレス鋼板の製造方法では、平均結晶粒径を25μm以下にするために、冷延板焼鈍条件を厳格に制御する。具体的には、前述の通り、昇温速度を100℃/s以上、冷延板焼鈍温度を850~1050℃(好ましくは900~1000℃)、冷延板焼鈍時間を30s以下(好ましくは20s以下)とする。
【0067】
酸洗工程では、硝酸を50g/L以上含有した溶液を使用して酸洗を行う。硝酸の含有量は、好ましくは60g/L以上、より好ましくは70g/L以上である。また、総酸洗時間は5秒以上である。
【0068】
なお、溶液中に硝酸ナトリウム、硫酸、硫酸ナトリウム、塩酸、フッ酸等を含有させてもよい。また、前述の各酸を同一溶液中に含有させてもよいし、複数槽のそれぞれに貯留される溶液中の酸の種類を異ならせた上で、冷延焼鈍板を複数回に分けて順次酸洗してもよい。複数回に分けて順次酸洗する場合、酸を用いる順番は特に限定されず、如何なる順番であってもよい。さらには、酸洗方法は電解酸洗でもよいし、浸漬のみの酸洗でもよい。
【0069】
あるいは、必要に応じて、冷間圧延工程-冷延板焼鈍工程-酸洗工程を繰り返し行ってもよい。この場合、最後の冷延板焼鈍工程および最後の酸洗工程の各条件のみを前述のように厳格に制御すればよく、その他の冷延板焼鈍工程および酸洗工程の各条件については、特に制限する必要はない。
【0070】
ここで、最後の冷延板焼鈍工程で行われる冷延板焼鈍は、仕上げ焼鈍に相当する。したがって、冷延板焼鈍工程を1回のみ行う場合、その冷延板焼鈍工程は仕上げ焼鈍工程に相当する。
【実施例0071】
本ステンレス鋼板が奏する効果を詳細に確認するため、以下に示す各試験を行った。なお、以下に示す実施例は、本ステンレス鋼板における数ある実施例の中の一例にすぎない。つまり、本ステンレス鋼板は、以下に示す実施例の構成に限定されるものではない。
【0072】
〔作製方法〕
下記の表1に示す組成のステンレス鋼を溶製し、板厚が4mmになるまで熱間圧延を施し、次いで酸洗を施した。その後、板厚が2mmになるまで冷間圧延を施し、昇温速度10~1000℃/sの範囲内の種々昇温速度の下、冷延板焼鈍温度800~1100℃×冷延板焼鈍時間20sの条件下で冷延板焼鈍を行った。冷延板焼鈍においては、冷却速度を20℃/sとした。
【0073】
最後に、冷延焼鈍板に対してソルト浸漬および電解酸洗を施すことで、本実施例に係るステンレス鋼板(下記の表1に示す本発明例に係るステンレス鋼板)を作製した。ソルト浸漬において使用したソルトは溶融NaОH塩であり、温度は480℃であった。電解酸洗は、温度60℃、硝酸濃度50g/L、電解条件は陽極30A/dm、陰極60A/dm、計6.0sの交番電解とした。
【0074】
【表1】
【0075】
〔試験方法〕
まず、作製したステンレス鋼板から幅70mm×長さ150mmの試験片を切り出して、CCT試験用の試験片とした。CCT試験(Cyclic Corrosion Test;複合サイクル試験)では、VDA(Verband der Automobilindustrie;ドイツ自動車工業会) 233-102試験を1サイクルとして、12サイクル行った。そして、この12サイクルの試験に要した時間を、CCT試験用の試験片における耐食性良否の基準期間である「長期間」と見做した。
【0076】
また、作製したステンレス鋼板からオージェ電子分光法用の試験片を切り出し、鋼板表面から10nm以上20nm以下のいずれかの測定深さまで、0.5nmピッチでArイオンスパッタリングを行った。このArイオンスパッタリングでは、イオン銃の加速電圧を1kVとし、イオン電流の電流値を約650nAとし、スパッタ速度をSiOのスパッタ速度換算で0.09nm/sとした。
【0077】
そして、ピッチ毎の測定深さで測定された各含有元素のスペクトルのピーク強度から、相対感度因子を用いてピッチ毎の測定深さにおける成分組成を特定した。具体的には、ピッチ毎の測定深さで測定された、FeおよびCrにおけるスペクトルのLMMピークの強度、ならびに、Al、Si、O、S、CおよびNにおけるスペクトルのKLLピークの強度から、相対感度因子を用いて成分組成を特定した。このオージェ電子分光法では、電子銃の加速電圧を10kVとし、試験片に流す電流の電流値を10nAとし、装置内の真空度を5×10-7Pa以下とした。
【0078】
本実施例では、前述のオージェ電子分光法およびArイオンスパッタリングを実施するための装置として公知のオージェ電子分光装置(JAMP-9510F、シリアルナンバー:AP1610000220022、日本電子製)を用いた。
【0079】
さらに、本実施例では、前述のオージェ電子分光装置を用いてOの濃度を測定した上で、Oの濃度が最大値の1/2となる測定深さを不働態皮膜の厚さと見做した。さらに、Oの濃度が最大値の1/2となる測定深さまでの間のピッチ毎の測定深さを対象として、当該ピッチ毎の測定深さで測定された各含有元素のカチオン分率の平均値を、不働態皮膜における各含有元素のカチオン分率とした。
【0080】
また、CCT試験用の試験片の圧延方向が水平面を基準として75°の角度となるように、CCT試験用の試験片を装置内に設置した。
【0081】
試験終了後、CCT試験用の試験片のさび程度を、ステンレス協会が制定したレイティングナンバー(S.A.R.N.)評価を用いて評価した。この評価では、レイティングナンバーが3ポイント以上の試験片を合格「○」とし、2ポイント以下の試験片を不合格「×」とした。
【0082】
また、作製したステンレス鋼板から幅10mm×長さ60mmの試験片を切り出し、電子天秤を使用した天秤法によって試験片の密度を測定した。測定結果については、密度が7.55g/cm以下のものを「○(良好)」と評価し、密度が7.55g/cmを超えるものを「×(不良)」と評価した。
【0083】
また、作製したステンレス鋼板から幅20mm×長さ30mmの試験片を切り出し、試験片における圧延方向の断面組織を顕微鏡で観察できるように、試験片を樹脂に埋め込んだ。次いで、試験片が埋め込まれた樹脂に対して鏡面研磨およびエッチングを施した。その後、JIS G 0551「鋼-結晶粒度の顕微鏡試験方法」の「直線試験線による切断法」に準じて、試験片の平均結晶粒径を測定した。測定結果については、平均結晶粒径が25μm以下の試験片を合格「○」と評価し、25μmを超える試験片を不合格「×」と評価した。
【0084】
また、作製したステンレス鋼板からシャルピー試験用の試験片を切り出し、材料温度25℃の条件でJIS Z 2242に準拠してシャルピー試験を行った。このシャルピー試験は、試験n数3とした。試験結果については、シャルピー衝撃値の平均値が10J/cm以上の試験片を合格「○」と評価し、10J/cm未満の試験片を不合格「×」と評価した。
【0085】
また、作製したステンレス鋼板から幅10mm×長さ250mmの試験片を放電加工で切り出し、試験片の損失係数を測定した。損失係数は、JIS K 7391「非拘束形制振複合はり振動減衰特性試験方法」の「中央加振法」により測定した。本実施例では、機械インピーダンスがピークとなる反共振周波数のうち、特に800~2000Hzの範囲内での損失係数を算出した。
【0086】
〔試験結果〕
下記の表2に試験結果を示す。表2に示すように、本発明例に係るすべてのステンレス鋼板において、不働態皮膜中のCrの含有量がカチオン分率で20.0atomic%以上となった。また、CCT試験後のレイティングナンバー(S.A.R.N.)評価については、本発明例に係るすべてのステンレス鋼板が、レイティングナンバーが3ポイント以上で合格となった。この結果により、本発明例に係るすべてのステンレス鋼板について、長期間使用した後でも優れた耐食性を有していることが判明した。
【0087】
平均結晶粒径については、本発明例および比較例ともに、昇温速度100℃以上かつ冷延板焼鈍温度850~1050℃の条件で作製されたステンレス鋼板の平均結晶粒径は25μm以下となった。一方、例えば冷延板焼鈍温度850℃未満で作製された比較例B6およびB7については、再結晶が未完了で平均結晶粒径を測定できなかった。また、例えば1050℃を超える冷延板焼鈍温度で作製された比較例B8およびB9は、平均結晶粒径が25μmを超えていた。
【0088】
シャルピー試験の結果については、本発明例に係るすべてのステンレス鋼板が、シャルピー衝撃値の平均値が10J/cm以上で合格となった。一方、組成成分が本ステンレス鋼板の成分範囲外となる比較例B3および比較例B10から比較例B13まで、ならびに平均結晶粒径が本ステンレス鋼板の数値範囲外となる比較例B4、B5、B8およびB9は、シャルピー衝撃値の平均値が10J/cm未満で不合格となった。損失係数については、本発明例に係るすべてのステンレス鋼板が0.0003以上となるのに対し、例えばAlの含有量が1.00%未満となる比較例B2は、損失係数が0.0003未満(0.0001)となった。
【0089】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼板は、例えばコンテナ用途のステンレス鋼板として好適である。