(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024127284
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】繊維束引き出し装置、および繊維複合材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
B29C 70/54 20060101AFI20240912BHJP
B65H 57/14 20060101ALI20240912BHJP
B65H 49/06 20060101ALI20240912BHJP
【FI】
B29C70/54
B65H57/14
B65H49/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023036327
(22)【出願日】2023-03-09
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】中尾 亮太
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 保
【テーマコード(参考)】
3F109
3F110
4F205
【Fターム(参考)】
3F109BA00
3F109CA04
3F109CA06
3F109CA08
3F109CB11
3F110BA00
3F110CA03
3F110DA09
3F110DB01
3F110DB18
4F205AD16
4F205AG07
4F205AH55
4F205AJ08
4F205HA02
4F205HA23
4F205HA37
4F205HA46
4F205HB01
4F205HC02
4F205HF23
4F205HK23
4F205HL02
4F205HT22
(57)【要約】 (修正有)
【課題】強化繊維束の断面形状を維持したまま引き出し、一定の軌跡で走行させることが可能な繊維束引き出し装置および繊維複合材料の製造方法を提供する。
【解決手段】繊維束1が綾巻されたボビン2から前記繊維束を引き出す装置10であって、ボビンを回転可能な状態で保持するボビンホルダー3と、ボビンから引き出された繊維束を受け取り、繊維束をひねって送出することにより、ボビンの中心軸に平行な方向における、繊維束の軌跡の変化を低減するひねり機構4と、装置における繊維束の経路において、ボビンホルダーとひねり機構との間に設けられる撚り防止機構21とを備え、撚り防止機構は、繊維束と接触する支持部と、回転抑止手段とを有し、回転抑止手段により、繊維束と支持部とが接触する接触領域を正面側としたときの背面側の空気の圧力が、繊維束における接触領域における空気の圧力より高く保たれる、繊維束引き出し装置。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維束が綾巻されたボビンから前記繊維束を引き出す装置であって:
前記ボビンを回転可能な状態で保持するボビンホルダーと;
前記ボビンから引き出された前記繊維束を受け取り、前記繊維束をひねって送出することにより、前記ボビンの中心軸に平行な方向における、前記繊維束の軌跡の変化を低減するひねり機構と;
前記装置における前記繊維束の経路において、前記ボビンホルダーと前記ひねり機構との間に設けられる撚り防止機構とを備え、
前記撚り防止機構は、前記繊維束と接触する支持部と、回転抑止手段とを有し、
前記回転抑止手段により、前記繊維束と前記支持部とが接触する接触領域を正面側としたときの背面側の空気の圧力が、前記繊維束における前記接触領域における空気の圧力より高く保たれる、繊維束引き出し装置。
【請求項2】
前記回転抑止手段は、圧縮空気を噴出するノズルにより構成され、
前記ノズルは、前記繊維束の経路を介して前記接触領域と略対向する位置に向けて前記圧縮空気が噴出するように配された、請求項1に記載の繊維束引き出し装置。
【請求項3】
前記ノズルは、前記接触領域の法線方向に対し、前記繊維束が走行する工程の下流側に傾斜した空気流を噴出する、請求項2に記載の繊維束引き出し装置。
【請求項4】
繊維束と前記繊維束に含浸された樹脂とを含む繊維複合材料の製造方法であって、
前記繊維束が綾巻された前記ボビンから、請求項1から3のいずれかに記載の繊維束引き出し装置を用いて、前記繊維束を引き出す工程を有する、繊維複合材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ボビンに綾巻された繊維束を、撚りを発生させることなく高速で引き出す繊維束引き出し装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、炭素繊維複合材料の用途として、水素自動車に用いられる高圧水素タンクの補強材が注目されている。高圧水素タンクの製造には、一般的に「トウプレグ」とよばれる中間材を、ライナーの外周に巻付けて成形する方法が、適用されている。トウプレグは、平坦、すなわち横長の略矩形の断面を有し、熱硬化性樹脂が含浸された炭素繊維束である。高圧水素タンクには均一な耐圧性が要求される。高圧水素タンクにおいて均一な耐圧性を実現するためには、設計値通りの幅および厚みで、トウプレグがライナーに巻き付けられる必要がある。このため、トウプレグには、炭素糸繊維束の折り畳まれや撚りなどの欠陥のない、安定した矩形断面形状を有することが要求される。
【0003】
トウプレグの製造工程においては、炭素繊維束が綾巻されたボビンから繊維束が高速で引き出され、繊維束が熱硬化性樹脂を含浸され、その後、繊維束が他のボビンに巻き取られる。そのため、安定した矩形断面形状を有するトウプレグを製造するためには、ボビンに巻き取られている状態において平坦な矩形断面形状を有している繊維束を、その断面形状を維持したまま引き出し、蛇行のない一定の軌跡で走行させて、樹脂を含浸させることが望ましい。
【0004】
繊維束が綾巻されたボビンから繊維束を引き出す場合、ボビンを固定した状態で、繊維束をボビンの軸方向に沿って引き出すと、以下のような問題が生じる。すなわち、ボビンに巻かれた繊維束の巻き数に応じた撚りが繊維束に発生してしまい、繊維束の断面形状が平坦な矩形形状にならない。綾巻されたボビンから、撚りを生じさせることなく繊維束を引き出すには、以下のように繊維束を引き出す必要がある。すなわち、ボビンの中心軸を中心に回転可能な状態でボビンを保持し、その状態で繊維束をボビンの中心軸に直交する方向に引き出す。しかし、そのようにボビンから繊維束を引き出しても、ボビンに綾振りされて巻かれていた際の軌跡に従って、繊維束が蛇行する。すなわち、繊維束の走行位置が、時間の経過に応じて、ボビンの中心軸方向について変化する。その結果、繊維束を一定の軌跡で走行させることができない。
【0005】
そこで、ボビンの軸方向に沿った繊維束の軌跡の変化、いわゆる「綾振り」を取り除く手段として、特許文献1の技術がある。特許文献1の技術においては、ボビンに対して一定の距離をあけた位置に、ボビンの中心軸に対して90度の向きを有する中心軸を備えた糸条位置規制ガイドが設けられる。繊維束の綾振りは、糸条位置規制ガイドの軸に垂直な面内における、糸条位置規制ガイドへの繊維束の入射角の変化に置き換えられる。糸条位置規制ガイドから送り出される繊維束の軌跡は、糸条位置規制ガイドに対してほぼ一定となる。すなわち、ボビンから綾振りされながら引き出される繊維束は、糸条位置規制ガイドを通過することで、その走行位置を固定される。なお、上記糸条位置規制ガイドは、本開示ではひねりロールに該当する。
【0006】
一方、ボビンに巻き取られている繊維束の全体の外径は、ボビンから繊維束が引き出されることにより、時間の経過とともに小さくなる。このため、繊維束の走行位置は、時間の経過とともに、ボビンの中心軸に近づく。すなわち、ひねりロールが受け入れる繊維束の走行位置は、時間の経過とともに、ひねりロールの中心軸の方向に沿って、変化する。そこで、特許文献2の技術では、ボビンの表面から引き出された繊維束に接触するタッチロールが設けられている。特許文献2には、ひねりロールに該当する機構が存在しないが、かかる技術を応用すれば、タッチロールから繊維束が離れる位置は、ボビンの中心軸に垂直な方向、すなわち、ひねりロールが配される場合は、その中心軸の方向について、固定される。その結果、ボビンに巻き取られている繊維束の全体の外径によらず、ひねりロールが受け入れる繊維束の走行位置は、ひねりロールの軸方向について、一定に保たれることとなる。
【0007】
また、特許文献3の技術においては、繊維束のトラバース方向と平行な回転軸を有し、外周面が太鼓型の案内ローラが、ボビンとガイドローラ17(本開示におけるひねりロールに相当)との間に、設けられる。ボビンから引き出された繊維束は、軌跡の周期的な変化に伴って、案内ローラにおける異なる位置の外周面を通過するが、かかる案内ローラは外周面が太鼓型であることから、特許文献3の構成を用いることで、ボビンからガイドローラまでの繊維束の軌跡の距離の周期的な変化が緩和され、繊維束のたるみによる撚りの発生が抑制される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2012-184279号公報
【特許文献2】特開2019-199321号公報
【特許文献3】特開2008-156104号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、ボビンに繊維束が綾巻されている限り、ボビン上から繊維束が離れる位置は、ボビンの軸方向に往復移動する。このため、ボビンからひねりロールまでの繊維束の軌跡の距離は、周期的に変化する。このため、ボビンとひねりロールとの間において、繊維束の張力が周期的に変化する。その結果、繊維束が緩んだ際に、繊維束が反転し、撚りが発生することがある。この繊維束の緩みによる撚りの発生は、特にボビン端部における繊維束の折り返しのポイントで起こりやすい。
【0010】
特許文献3の技術によっても、ボビンの端部において繊維束が方向転換する際に起こる急激な張力変動を抑えることはできないため、繊維束に撚りが発生する場合がある。
【0011】
かかる事態を鑑みて、本開示において解決する課題は以下の通りである。
【0012】
すなわち、ボビンに綾巻されており横長の断面形状を有する繊維束、特に、繊維複合材料の製造に用いられる強化繊維束を、その断面形状を維持したまま引き出し、一定の軌跡で走行させることが可能な繊維束引き出し装置が、求められている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
(1)本開示の一形態によれば、繊維束が綾巻されたボビンから前記繊維束を引き出す装置が提供される。この繊維束引き出し装置は、前記ボビンを回転可能な状態で保持するボビンホルダーと;前記ボビンから引き出された前記繊維束を受け取り、前記繊維束をひねって送出することにより、前記ボビンの中心軸に平行な方向における、前記繊維束の軌跡の変化を低減するひねり機構と;前記装置における前記繊維束の経路において、前記ボビンホルダーと前記ひねり機構との間に設けられる撚り防止機構とを備え、前記撚り防止機構は、前記繊維束と接触する支持部と、回転抑止手段とを有し、前記回転抑止手段により、前記繊維束と前記支持部とが接触する接触領域における空気の圧力である、接触領域空気圧力より、前記繊維束から見て前記接触領域を正面側としたときの背面側の空気の圧力である、背面側空気圧力が大きく保たれる。
【0014】
このような態様においては、ひねり機構により、繊維束の軌跡の変化を低減することができる。さらに、繊維束と支持部との接触領域における空気圧と前記背面側圧力の差圧によって、繊維束の撚りを防止することができる。
(2)上記形態の繊維束引き出し装置において、前記回転抑止手段は、圧縮空気を噴出するノズルにより構成され、前記ノズルは、前記繊維束の経路を介して前記接触領域と略対向する位置に向けて前記圧縮空気が噴出するように配された、態様とすることができる。
【0015】
このような態様とすることにより、前記背面側空気圧力を高め、繊維束が支持部に接触する力を強くすることができ、繊維束を、その断面形状を維持したまま、引き出し、一定の軌跡で走行させることができる。
(3)上記形態の繊維束引き出し装置において、前記回転抑止手段は、前記ノズルが、前記接触領域の法線方向に対し、前記繊維束が走行する工程の下流側に傾斜した前記圧縮空気を噴出するように配された、態様とすることができる。
【0016】
このような態様とすることにより、前記空気流により、繊維束に追加の張力が生じ、撚りの原因となる、繊維束の弛みを抑制することができる。
(4)本開示の他の形態によれば、繊維束と前記繊維束に含浸された樹脂とを含む繊維複合材料の製造方法が提供される。この方法は、前記繊維束が綾巻された前記ボビンから、上記形態の繊維束引き出し装置、または上記形態の繊維束の引き出し方法を用いて、前記繊維束を引き出す工程を有する。
【0017】
このような態様により、所望の幅および厚みを有する断面形状を備えた繊維複合材料を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本開示に係る繊維束引き出し装置の一実施形態を示す模式図である。
【
図2】
図1に示す実施形態における撚り防止機構の一実施形態を示す模式図である。
【
図3】本開示に係る繊維束引き出し装置の別の実施形態を示す模式図である。
【
図4】
図3に示す実施形態における撚り防止機構の一実施形態を示す模式図である。
【
図4A】
図3に示す実施形態における撚り防止機構について、
図4に示す実施形態とは別の実施形態を示す平面図である。
【
図5】本開示に係る繊維束引き出し装置のさらに別の実施形態を示す模式図である。
【
図5A】本開示に係る繊維束引き出し装置のさらに別の実施形態を示す模式図である。
【
図6】
図5に示す繊維束引き出し装置の実施形態における撚り防止機構の一実施形態を示す模式図である。
【
図6A】
図5Aに示す繊維束引き出し装置の実施形態における撚り防止機構の一実施形態を示す模式図である。
【
図7】本開示に係る繊維束引き出し装置のさらに別の実施形態を示す模式図である。
【
図8】
図7に示す実施形態における撚り防止機構の一実施形態を示す模式図である。
【
図8A】
図7に示す実施形態における撚り防止機構について、
図8に示す実施形態とは別の実施形態を示す模式図である。
【
図9】本開示に係る繊維複合材料の製造方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、理解を容易にするため、適宜図面を参照しつつ本発明を説明するが、本発明はこれらの図面によって何ら限定されるものではない。また、図面に示される特定の実施形態についての説明は、上位概念としての本発明の説明としても理解し得るものである。
A.実施形態:
A1.繊維束引き出し装置の構成および機能:
(1)繊維束引き出し装置10
図1に、本実施の形態による繊維束引き出し装置10を示す。なお、本明細書に添付する図面が、いずれも繊維束引き出し装置や繊維束の寸法を正確に反映したものではない。繊維束引き出し装置10は、繊維束1が綾巻されたボビン2から繊維束1を引き出す装置である。繊維束1は、横長の断面形状を有する。本明細書において「綾巻き」とは、ボビンの中心軸に沿って巻き付け位置を往復動させながら繊維束が巻き付けられる、巻き付けの態様である。綾巻きにおいては、繊維束がボビンに1周巻き付けられたとき、巻き付け終了時の繊維束の位置は、巻き付け開始時の繊維束の位置に対して、繊維束の幅以上にずれている。
【0020】
なお、本明細書において、「繊維束の幅」は、繊維束の長手方向に垂直な断面において、繊維束が占める領域の外縁上の任意の2点を結ぶ線分のうち、最も長い線分の長さである。「繊維束の厚み」は、繊維束の長手方向に垂直な断面において、繊維束が占める領域の外縁上の2点であって、繊維束の幅を規定する線分に垂直な方向に沿って位置する2点を結ぶ線分のうち、最も長い線分の長さである。繊維束の幅と繊維束の厚みは、繊維束がボビンに巻かれた状態で計測されるものとする。
【0021】
繊維束引き出し装置10は、繊維束引き出し装置10における繊維束1の経路に沿って、順に、ボビンホルダー3と、撚り防止機構21と、ひねりロール4と、ドライブ装置5と、を備えている。なお、以下本明細書において、繊維束引き出し装置を単に「引き出し装置」という場合がある。
【0022】
より詳細には、引き出し装置10は、繊維束1が綾巻されたボビン2を取り付けるボビンホルダー3と、ボビン2の中心軸方向、すなわちボビンホルダー3の中心軸方向に対して略直交する中心軸を有して設けられ、ボビン2から引き出された繊維束1からボビンホルダーの中心軸方向の綾振り成分を取り除くひねりロール4と、ボビンホルダー3とひねりロール4との間、すなわちボビンホルダー3からひねりロール4に至るまでの繊維束1の通過領域に設けられ、ボビン2から引き出された繊維束1と接触して繊維束を支持する支持部であるフリーロール12と、ボビンから引き出された繊維束の経路を介してフリーロール12と略対向する位置またはそれに近しい位置に配置された、回転抑止手段であるノズルユニット23と、繊維束を駆動するドライブ装置5を備えている。
【0023】
なお、本明細書において「軸Aが軸Bに略直交する」とは、軸Aを、軸Bに垂直な方向に沿って軸Bに投写したとき、二本の軸がなす角の大きさが90度±10度の範囲内であることをいう。
【0024】
ボビンホルダー3は、ボビン2を回転可能な状態で保持する(
図1の下段参照)。より具体的には、ボビンホルダー3は、ボビン2が備える穴の内側からボビン2を保持する、棒状の部材である。ボビンホルダー3は、ボビン2の円周方向にボビン2を回転させることができるように構成されている。ボビン2を支持するボビンホルダー3の軸には、図示しないトルク付与モーターが接続されている。トルク付与モーターは、ボビン2から繊維束1が引き出される際に、ボビン2の回転に対して反対方向にトルクを発生させ、繊維束1に一定の張力を付与するよう構成されている。
図1において、ボビンホルダー3がボビン2を回転させる際の回転軸を、AR0で示す。ボビン2の回転の回転軸AR0は、ボビン2の中心軸と一致する。
【0025】
撚り防止機構21は、繊維束1の撚りを防止する。撚り防止機構21は、引き出し装置10における繊維束1の経路において、ボビンホルダー3とひねりロール4との間に設けられる(
図1の中央部参照)。撚り防止機構21は、支持部であるフリーロール12と、回転抑止手段であるノズルユニット23と、を有する。ノズルユニット23は、図示しないコンプレッサーに接続され、コンプレッサーは前記ノズルユニットに圧縮空気を供給する。
【0026】
図2は、撚り防止機構21の構成を示す模式図である。フリーロール12は、ボビン2から引き出された繊維束1と接触する。具体的には、フリーロール12は、ボビン2の中心軸と略平行な軸を中心として回転可能に構成されるロールである(
図1の中段右部参照)。その結果、フリーロール12は、ボビン2の回転軸AR0の方向に平行な軸を中心に回転可能に構成されている。フリーロール12は、フリーロール12に接触している繊維束1の搬送に伴って、回転する。
【0027】
なお、本明細書において「軸Aが軸Bに略平行である」とは、軸Aを、軸Bに垂直な方向に沿って軸Bに投写したとき、二本の軸がなす角の大きさが10度以下であることをいう。
【0028】
ここで、ボビン2から繊維束1が引き出される際の、ボビン2の半径方向における繊維束1の経時的な走行位置の変化によらず、フリーロール12は常に繊維束1と接触し、このとき、フリーロール12と繊維束1との間に、フリーロール12に沿った曲面状の接触領域16が生じる。
【0029】
ノズルユニット23は、フリーロール12と、繊維束1の経路を介して略対向する位置またはそれに近しい位置に、すなわち、繊維束における接触領域16を有する側と反対側の空間に、フリーロール12の中心軸と略平行に設置される。ノズルユニット23は、ボビン2の回転軸AR0に平行な方向に複数のノズル24を備え、図示しないコンプレッサーから供給される圧縮空気を、ノズル24から、空気流25として、繊維束の経路を介して前記接触領域16と略対向する位置に向けて噴出する。このような態様とすることにより、繊維束1における接触領域16を正面とした場合の背面にあたる背面17が空気流25に曝される。その結果、背面17における空気の圧力である背面側空気圧力19を、接触領域16にかかる接触領域空気圧力18よりも高めることができ、フリーロール12に強く押し付けることができ、繊維束1に撚りが生じ難いようにすることができる。したがって、繊維束1を、その断面形状を維持したままボビン2から引き出し、一定の軌跡で走行させることができる。
【0030】
また、ノズル24は、接触領域16の法線に対し、工程下流方向(すなわち、
図2の上方向)に向かって傾斜しており、同様に、空気流25も工程下流方向に向かって傾斜して噴出される。このような態様とすることにより、空気流25に曝される繊維束1において、背面側空気圧力19が高まると同時に、追加の張力が付与されることで、繊維束1をより強くフリーロール12に押し付けることができ、したがって、断面形状を維持したままボビン2から引き出し、一定の軌跡で走行させることができる。
【0031】
なお、接触領域16の法線について、支持部としてフリーロール12以外を用いた場合も考慮すると、接触領域16は曲面もしくは平面、もしくはそれらが複合した面を形成している態様をとり得るが、そのいずれの場合においても、接触領域16の法線とは、接触領域16の中心近傍の微小領域を平面と見なした際の法線を意味する。
【0032】
ひねりロール4は、ボビン2の回転軸AR0に垂直な向きを中心として回転するロールである。ひねりロール4の中心軸とボビン2の中心軸とがなす角度が90度であることは必須ではないが、繊維束1の走行位置を固定し、蛇行を防止するためには、上記角度は、90度もしくはこれに近い角度であることが好ましい。ひねりロール4は、引き出し装置10における繊維束1の経路において、撚り防止機構21とドライブ装置5との間に設けられる(
図1の中央部参照)。ひねりロール4は、ボビン2から引き出された繊維束1を受け取り、繊維束1をひねって送出する。さらに、ひねりロール4を介することで、繊維束1の経路は屈曲される。その結果、繊維束1の軌跡の変化が低減される。
【0033】
繊維束1は、横長の断面形状を有する。繊維束1は、断面の長手方向がボビン2の回転軸AR0と略平行な姿勢で、ボビン2から引き出され、ほぼその姿勢を保って撚り防止機構21を通過する(
図1の中段参照)。その後、繊維束1は、ひねり機構としてのひねりロール4に接触して、その搬送方向を略90度変更されて、ひねりロール4から送出される。その結果、ボビン2における繊維束1の綾振りAt2は、ひねりロール4の中心軸に垂直な面内における、ひねりロール4への繊維束1の入射角の変化に置き換えられる。
【0034】
ひねりロール4から送り出される繊維束1の軌跡は、ひねりロール4に対して一定となる(
図1の中段右部参照)。繊維束1が、ひねりロール4の表面に接触し、ひねりロール4の表面に約90度の範囲にわたり巻きつくことにより、繊維束1の断面の長手方向がボビン2の回転軸AR0と略垂直な方向に、変更される。
【0035】
ドライブ装置5は、繊維束1を搬送する(
図1の上段右部参照)。ドライブ装置5に保持され、搬送されることにより、繊維束1は、ボビン2から引き出される。ドライブ装置5は、ひねりロール4のさらに下流側に設けられている。すなわち、ドライブ装置5は、引き出し装置10における繊維束1の経路において、ひねりロール4に対して、撚り防止機構21とは逆の側に位置する。ドライブ装置5は、駆動ロール6とニップロール7によって構成されている。
【0036】
駆動ロール6は、ひねりロール4の中心軸と略平行な中心軸を有する。駆動ロール6は、図示されない速度調整可能なモーターに接続されている。駆動ロール6は、繊維束1が所望の引き取り速度でボビン2から引き出され搬送されるよう、回転速度を設定可能である。
【0037】
ニップロール7は、駆動ロール6の中心軸と略平行な中心軸を有する。ニップロール7は、繊維束1を駆動ロール6に押しつける。ドライブ装置5は、ひねりロール4を通過した繊維束1を、一定の軌跡に沿って直線的に走行させるよう構成されている。
【0038】
本開示の技術に係る引き出し装置10を用いて繊維束1を引き出す場合、以下のような処理が行われる。まず、ドライブ装置5において、駆動ロール6とニップロール7で繊維束1をニップした状態から、駆動ロール6を回転させる。これにより、ボビンホルダー3に保持されたボビン2が回転し、ボビン2に綾巻きされていた繊維束1がボビン2から引き出される。ボビン2から引き出された繊維束1は、続いて撚り防止機構21へ到達し、フリーロール12の表面に接触して支持されつつ、ボビン2の回転軸AR0の方向に沿って綾振りされながら、ひねりロール4に向かって通過する。
【0039】
繊維束1は撚り防止機構21を通過する際、接触領域16においてフリーロール12に接触し、フリーロール12の表面に沿って走行する。その結果、繊維束1が巻き付けられているボビン2の外径に関わらず、ひねりロール4の中心軸の方向については、フリーロール12と接触するポイントに、走行位置が固定される。また、フリーロール12の表面に沿って綾振りされながら引き出された繊維束1は、ボビン2の中心軸に対して90度交差したひねりロール4を通過することで、ボビン2の中心軸方向の綾振り成分が取り除かれ、ボビン2の中心軸方向の走行位置が、このひねりロール4と接触するポイントで固定される。なお、本明細書において、「綾振り成分」とは、ボビンに綾巻きされた繊維束がボビンから引き出される際の、時間の経過に伴う、軌跡の変化を意味する。かかる軌跡の変化には、ボビンの中心軸に平行な方向の変化と、ボビンの中心軸に垂直な方向の変化とがあり、ひねりロール4は、ボビンの中心軸に平行な方向の軌跡の変化を低減するものである。なお、一般に、ボビンから引き出された繊維束の軌跡の変化は、相対的に短い時間でみれば、実質的にボビンの中心軸に平行な方向の変化といってよいことが多いが、相対的に長い時間で見れば、繊維束の引き出しに伴って生じるボビンの巻径の変化により、ボビンの中心軸に垂直な方向の変化も含み得る。
【0040】
そして、接触領域16から見て繊維束1の背面側、かつ、フリーロール12と略対向する位置またはそれに近しい位置に、ノズルユニット23が設けられることで、以下のような効果が得られる。すなわち、空気流25によって、繊維束1の背面側空気圧力19は、接触領域空気圧力18よりも高く保たれているため、フリーロール12に倣って走行していた繊維束1が、ボビン2からひねりロール4までの距離の周期的な変化によって生じる張力変化のために緩んで翻りかけた場合においても、圧力19と圧力18との差圧と、空気流25が工程下流方向に流れる際の随伴流による追加の張力と、によって、繊維束1はフリーロール12に押し付けられ、その回転が抑制される。そのため、上記撚り防止機構21を通過する際に繊維束1が翻る、すなわち回転する、ということがない。その結果、フリーロール12からひねりロール4に至る領域において、繊維束1に不安定な撚りが発生することなく、ひねりロール4にて90度だけひねられる状態が安定して続く。このため、繊維束1は、ボビン2上の平坦な矩形断面形状を維持できる。また、繊維束の撚りに伴う蛇行も発生せず、ひねりロール4から下流において直線状に安定して走行させることができる。
【0041】
本実施形態の繊維束引き出し装置10においては、ひねりロール4により、主としてボビン2の回転軸AR0の方向について、繊維束1の軌跡の変化を低減することができる。さらに、ひねりロール4の上流において、フリーロール12によって、繊維束1の経路を、接触領域16の法線方向に変動させず一定に保つことができる。そして、ノズルユニット23によって、繊維束1の撚りを防止することができる。その結果、ボビン2に綾巻されており横長の断面形状を有する繊維束を、その断面形状を維持したまま引き出し、一定の軌跡で走行させることができる。
【0042】
ここで、上記の張力の変化は、繊維束1の引き出し速度の増加に伴って激しくなる。このため、繊維束1の引き出し速度の増加に伴って、撚りの発生原因となる繊維束1に翻りが生じる確率が増加する。しかしながら、本実施形態の引き出し装置10を用いて繊維束1を引き出す場合、速度条件によらず、繊維束1の回転を抑制可能である。このため、繊維束1の引き出し速度が10m/分程度である低速の条件下に限らず、50m/分以上、更には100m/分以上のような高速の条件下で繊維束1を引き出した場合においても、撚りを発生させることなく、安定して走行させることができる。従って、高速条件での安定走行のために、本開示の技術は特に好適である。同時に、繊維束1が撚り防止機構21を通過する際に、フリーロール12にのみ接触させる態様が可能となるため、繊維束1の擦過を最小限に抑えることができる。したがって、繊維束を構成する単糸の径が小さい場合や、繊維束が多量の毛羽を含む場合といった、対擦過性の低い繊維束を引き出すために、本開示の技術は特に好適である。
(2)繊維束引き出し装置30
図3に、繊維束引出し装置10とは異なる実施の形態である、繊維束引き出し装置30を示す。繊維束引き出し装置30においては、撚り防止機構21の代わりに、撚り防止機構31を備える。
【0043】
図4は、撚り防止機構31の構成を示す模式図である。撚り防止機構31は、フリーロール12と、吸引ノズルユニット33を有する。吸引ノズルユニット33は、接触領域16における繊維束1から見て、接触領域16側の方向にあり、フリーロール12からみると、フリーロール12を挟んで接触領域16と反対側に設置されている。また、吸引ノズルユニット33は、図示しない吸引ブロワに接続され、吸引ブロワは、その動作によって吸引ノズルユニット33の内部に負圧を生じさせる。
【0044】
吸引ノズルユニット33は、吸引ノズル34を備え、吸引ブロワの動作により生じる負圧によって、吸引ノズル34の周囲の空気を吸引する、吸引空気流35が生成される。吸引空気流35により、フリーロール12の周りの空気が吸引され、コアンダ効果によって接触領域16近傍の空気も吸引される。このような態様とすることにより、背面側空気圧力19よりも接触領域空気圧力18を低減せしめ、差圧を生じさせることで、フリーロール12に倣って走行していた繊維束1が、ボビン2からひねりロール4までの周期的な距離の変化によって生じる張力変化のために緩んで翻りかけた場合においても、繊維束1がフリーロール12に押し付けられ、その回転が抑制される。その結果、ボビン2に綾巻された横長の断面形状を有する繊維束1を、その断面形状を維持したまま引き出し、一定の軌跡で走行させることができる。また、本態様においては、フリーロール12の近傍において、繊維束からみてフリーロール12を正面とした場合の繊維束1の背面側に機器を設置する必要がないため、引き出し装置30を用いて繊維束1を引き出す場合、予めドライブ装置5に繊維束1を把持させるまでの作業が容易に可能となる。
(3)繊維束引き出し装置40
図5に、繊維束引出し装置10および30とは異なる実施の形態である、繊維束引き出し装置40を示す。繊維束引き出し装置40においては、撚り防止機構11または31の代わりに、撚り防止機構41を備える。
【0045】
図6は撚り防止機構41の構成を示す模式図である。撚り防止機構41は、繊維束引出し装置10および30におけるフリーロール12の位置に、代わりにフリーロール42を有する。フリーロール42の表面には複数の吸引口43が設けられている。また、フリーロール42は、その軸心に設けられた吸引パイプ44を介して図示しない吸引ブロワに接続され、吸引ブロワは、その動作により、フリーロール42の内部に負圧を生じさせる。吸引口43は、フリーロール42の表面に設けられ、かつ、フリーロール42の軸心部にまで通気する空洞であって、吸引ブロワが動作することでフリーロール42内部に生じた負圧に伴い、吸引口43から空気が吸引される。
【0046】
フリーロール42は、吸引ブロワの動作により生じる負圧によって、吸引口43から接触領域16とその付近の空気を直接吸引する。吸引パイプ44は、フリーロール42の回転軸に対し、回転自在に設けられており、フリーロール42が繊維束1の搬送に伴って回転しても、吸引パイプ44の位置は保持される。
【0047】
このような態様とすることにより、上記した態様と同様の作用により、相対的に圧力19を圧力18よりも高め、差圧を生じさせることができる。その結果、フリーロール42に倣って走行していた繊維束1が緩んで翻り回転することが抑制され、また、繊維束1を、その断面形状を維持したまま引き出し、一定の軌跡で走行させることができる。また、本態様においては、接触領域16近傍の空気を直接吸引するため、吸引に要する空気の流量を最小限に抑えることができ、したがって、運転に要するコストを低減せしめることができる。
(4)繊維束引き出し装置50
図7に、繊維束引出し装置10、30および40とは異なる実施の形態である、繊維束引き出し装置50を示す。繊維束引き出し装置50においては、撚り防止機構11、31もしくは41の代わりに、撚り防止機構51を備える。
【0048】
図8は撚り防止機構51の構成を示す模式図である。撚り防止機構51は、フリーロール52を有し、その回転により周囲に生成される随伴気流55が
図8に示されている。撚り防止機構51は、また、繊維束1の通過領域外、かつ、接触領域16から見て工程の上流側に、随伴流制限部材53を有する。
【0049】
随伴流制限部材53は、接触領域16の近傍において、随伴気流55がフリーロール52に沿って流れるための制限部54を有する。制限部54とフリーロール52とは、フリーロール52の回転に伴って生成される随伴気流55の厚みよりも小さい間隔を有して配置される。随伴気流55は、制限部54を通過する際にその流量を制限される。制限部54より下流の領域(すなわち、接触領域16の近傍)において随伴気流55は再びその流量を増大させるため、周囲の空気を引き込むよう、負圧を生じさせる。その結果、制限部54の下流にある接触領域16およびその近傍において、接触領域空気圧力18が低下する。このような態様とすることにより、上記した態様と同様の作用で、相対的に圧力19を圧力18よりも高めることができ、その結果、上記と同様の作用にて、繊維束1が緩んで翻り回転することが抑制され、また、繊維束1を、その断面形状を維持したまま引き出し、一定の軌跡で走行させることができる。また、本態様においては、コンプレッサーや吸引ブロワといった追加の機器を必要としないため、引き出し装置をより安価に構成することができる。
【0050】
上述の各実施形態において、ひねりロール4を、「ひねり機構」とも呼ぶ。また、フリーロール12、および、フリーロール42、および、フリーロール52を「支持部」とも呼ぶ。さらに、ノズルユニット23、および、吸引ノズルユニット33、および、吸引口43、および、随伴流制限部材53を「回転抑止手段」とも呼ぶ。
A2.繊維束引き出し装置に係る各構成要素の好ましい仕様:
繊維束引出し装置10、20、30、40、および、50において、これらに係る各要素について、それぞれの好ましい態様を以下に示す。
【0051】
(1)フリーロール
(i)フリーロール共通
フリーロール12、42および52は、繊維束1と接触領域16において接触し、ボビン2から繊維束1を連続的に引き出す際における、接触領域16の法線方向における経路を一定に保ちつつ、ひねりロール4に向かって、繊維束1を誘導する。繊維束1との接触によってフリーロールが回転する際において、繊維束1に生じる擦過を最小限に留められるよう、フリーロールにおいては、接触領域16の幾何的な面積に対する繊維束1との真実接触面積の比を最小化し、かつ、自身の回転に伴う抵抗が最小化されることが好ましい。具体的には、繊維束1との真実接触領域積を最小化するため、フリーロールは、金属で構成され、その表面を硬化クロムメッキ、またはセラミック処理され、かつ、その表面性状について、JIS B 0601:1994記載の算術平均粗さRaが0.8~1.6の梨地状であることが好ましい。また、フリーロールの回転抵抗は、ボビンホルダー3で付与される繊維束1の張力に対し、10%未満であることが好ましく、5%未満であることがより好ましい。さらに、ボビン2から引き出される繊維束1の綾振りにより僅かに生じる、フリーロール上を通過する繊維束1の走行速度の周期的な変化に対して、フリーロールの回転速度が即時に追従できるよう、フリーロールの回転慣性は最小化されることが好ましい。
【0052】
上記実施形態において、支持部として示されるフリーロール12、42および52は、ボビン2の回転軸AR0に平行な回転軸を有し、当該軸に対して回転自在に構成されている。しかし、該支持部においては、繊維束1と接触し、ボビン2の半径方向における繊維束1の走行位置を一定に保つことができれば、必ずしも回転自在に構成されている必要はなく、その回転が固定されたバーでもよい。一方で、支持部を通過する際において、繊維束1に生じる擦過を最小限に抑えるため、支持部は回転自在に構成されていることが好ましい。
【0053】
また、支持部と繊維束との接触によって生じる接触領域は、繊維束の経時的な走行位置の変化に伴い、その面積を経時的に変化させる。支持部における繊維束の擦過による破損を最小限にするため、接触領域の面積の経時変化が最小となるよう、支持部が設置されることが好ましい。
【0054】
(ii)フリーロール42
図5、
図6等に示すフリーロール42は、その表面に複数の吸引口43を備えていれば、その構成は特に限定されるものではなく、吸引口43は、フリーロール42の表面に穿孔されて形成されていても良く、または、フリーロール42の表面材質を多孔質材料とし、吸引口43を当該多孔質材料に予め形成されている細孔としても良い。後者の場合、吸引口43からフリーロール42内部の流路まで直線状に流路が接続されている必要はなく、多孔質材料が粉状の粒子を焼結させてなるものであって、焼結された粒子同士の隙間を複数経由して流路が構成されていても良い。
【0055】
図5Aおよび6Aに、回転が固定されたバー42Aと、その表面に、繊維束1と接触する領域に複数の吸引口43Aを備える撚り防止機構41Aの模式図を示す。吸引口43Aは、バー42A上で繊維束1の綾振り往復移動が折り返す位置に備わっていれば良いが、その一方で、ボビン2がテーパ巻きである等、綾振り幅が経時的に変動する場合に備えるため、吸引口43Aはバー42Aの長手方向にわたって設けられていることが好ましい。
【0056】
(2)空気流およびその制御手段
(i)ノズルユニット23から噴出される空気流25の圧力
図1、
図2等に示す態様にて、ノズルユニット23から噴出される空気流25の圧力は、接触領域16においてフリーロール12に接する繊維束1を、フリーロール12に押し付けることができるよう、接触領域空気圧力18以上の大きさに設定されることが好ましい。圧力18は、繊維束1に付加される張力と、接触領域16の面積によって決定され、そのどちらも運転中に経時的に変化する要素であるため、背面側空気圧力19が確実に圧力18を上回ることができるよう、空気流25の圧力は0.3MPa以上であることが好ましく、0.5MPa以上であることがより好ましい。さらに、繊維束1に空気流25が衝突した際、背面17において、空気流25の繊維束1に垂直な方向の運動量が、繊維束1に平行な方向に転換されるため、その運動量変化分の動圧も、圧力19として付加される。したがって、使用する圧縮空気の流量を低減し、すなわち、運転に要する用役コストを低減するため、空気流25の流速は高速であることが好ましく、具体的には、10m/秒以上であることが好ましく、20m/秒以上であることがより好ましい。ノズルユニット23およびノズル24の設計に当たっては、上記空気流25の圧力および流速条件を達成できるよう、その耐圧力や噴出口径が決定されることが好ましい。
【0057】
(ii)ノズルユニット23から噴出される空気流25の角度
ノズルユニット23から噴出される空気流25は、接触領域16の法線方向に対し、繊維束引出し装置10の繊維束が走行する工程の下流方向、すなわち、フリーロール12から見て、ひねりロール4の方向、に向かって傾斜していることが好ましい。ただし、正確にひねりロール4が配置された方向に向ける必要はない。これにより、背面17において、空気流25の、繊維束1に平行な成分のうち、工程下流方向に向かう成分の割合が増加するため、空気の粘性によって、空気流25から繊維束1に対し工程下流方向への力が加えられ、繊維束1に追加の張力が付加される。当該追加の張力は、繊維束1をフリーロール12へより強く押し付ける力として機能するため、繊維束1が翻ろうとする際にこれを抑止する力として働く。一方で、空気流25の工程下流方向への傾斜に伴い、上述の繊維束1に対し垂直な方向の成分が相対的に減少するため、前記傾斜の度合いは、空気流25の繊維束1に垂直な方向の成分による背面側空気圧力19の増加と、繊維束1に対し平行方向かつ上記工程下流向きの成分と、の割合を鑑みて設定されることが好ましく、具体的には、空気流25が上記工程下流方向に対し、5~60度の範囲で傾斜していることが好ましく、10~45度の範囲で傾斜していることがより好ましい。または、空気流25を、接触領域16の法線方向を基準として、30~85度の範囲で傾斜させても好ましく、55~80度の範囲で傾斜させても、より好ましいものといえる。また、繊維束1の材料、および、ボビンホルダー3により付加される張力、および、ドライブ装置5で決定される工程速度に応じて最適な角度で圧縮空気を吹付けできるよう、ノズルユニット23、および/もしくは、ノズル24には、その搭載位置および角度を調整する機構が備わっていることが好ましい。
【0058】
図4、
図4A等に示す態様にて、吸引空気流35は、フリーロール12の周囲の空気の吸引、すなわち、吸引ノズルユニット33に接続された吸引ブロワにより生成されるものであるが、接触領域16の空気を確実に吸引できるよう、吸引ノズル34の位置および流量が設定されることが好ましい。また、吸引ノズルユニット33は、繊維束1から見て接触領域16と同じ側に設けられていればよく、その形状は特に限定されるものではない。例えば、
図3および
図4に示すような、フリーロール12の後方に設けられていても良く、また、
図4Aに示すような、フリーロール12を包み、フリーロール12がその吸引ノズル34Aの一部を構成する吸引ノズルユニット33Aであっても良い。吸引ノズルユニット33Aには、フリーロール12の上部および下部に吸引ノズル34Aがあり、フリーロール12との間に吸引口が形成され、接触領域16近傍の空気を効率的に吸引することができる。ここで、吸引ノズル34Aの内部に繊維束1が引き込まれることを防止するため、吸引ノズル34Aと繊維束1との間の距離は、5mm以上確保されることが好ましい。
【0059】
また、吸引空気流35の風速は、10m/秒以上であることが好ましく、吸引ブロワの流量を低く制限するためにも、吸引ノズルユニット33は、その内部の流路において、吸引ノズル34の口径よりも小さい絞りを設け、通過する風速を向上させる形状とすることができる。吸引ノズルユニット33は、さらに、吸引ブロワとの接続箇所および接続方法によらず、繊維束1の綾振り方向、すなわち、フリーロール12の回転軸方向において、均一な吸引空気流35を生成できるよう、フリーロール12の回転軸方向の圧力損失を均一化するバッファタンクを備えていることが好ましい。
【0060】
(iv)随伴流制限部材
図7、
図8等に示す態様にて、随伴流制限部材53に係る制限部54がフリーロール12に近接することによって、フリーロール12の回転に伴う随伴気流55の一部を遮蔽し、その通過を制限することで、接触領域16に負圧を生じさせる。したがって、制限部54とフリーロール12との距離は小さいほど、繊維束1の翻りを抑止する効果が高まることから、制限部54は、フリーロール52に最大限接近させることが好ましく、また、その形状は随伴気流55を受けても変形しないものであることが好ましい。すなわち、
図8Aに示すような、板状の随伴流制限部材53Aおよびその角部に形成される制限部54Aよりも、
図8に示すような、フリーロール52の回転軸と平行であって、フリーロール52の回転軸を中心した、フリーロール52の外径よりもわずかに大きい円筒面の一部であることが好ましい。制限部54とフリーロール52との最小の距離は、繊維束1の厚み以下であることが好ましく、繊維束1の厚みの50%以下であることがより好ましい。また、随伴流制限部材53は、繊維束1の通過領域に干渉しないよう、小型であることが好ましく、一方で、制限部54とフリーロール52との距離を確実に保持し続けるため、一定の剛性を有することが好ましい。このような要求を満たす材料として、随伴流制限部材53の材質は、金属やセラミックスのほか、エンジニアリングプラスチックや木材といった材料から、そのコストや加工性を鑑みて自由に選択することができる。
【0061】
(3)ひねり機構
上記実施形態において、ひねり機構は、ひねりロール4である。しかし、ひねり機構は繊維束の綾振り成分を低減し得る機構であれば特に限定されるものではなく、回転しないバーや、リング状部材であってもよい。たとえば、ひねり機構は、繊維束と接触する接糸部を有し、該接糸部は、ボビンの回転軸とは異なる方向の軸を有する、少なくとも筒形状の一部をなす曲面とすることができる。ボビンから引き出された繊維束は、ひねり機構の接糸面に沿って接触することにより、ボビンとひねり機構との間で繊維束にひねりが加えられ、下流へと送出される態様とすることができる。接糸面の軸の向きは、曲面が一定の形状を有する場合は、ボビンの回転軸の向きに対して略直交していることが好ましい。また、ひねり機構は、繊維束に対して一方の側からは接触せず、他方の側から接触することにより、繊維束をひねって、ひねり機構から送出する態様とすることができる。そのような態様とすることにより、繊維束がひねり機構に引っかかって、繊維束が切断されたり、繊維束引き出し装置が故障したりするリスクを低減できる。
【0062】
また、上記実施形態において、ひねりロール4は、繊維束1から綾振り成分を取り除くものとして説明した(
図1の上段左部参照)。しかし、ひねり機構は、ボビンからの繊維束の引き出しにおいて、綾振り成分を完全に取り除くものではなくてもよい。すなわち、ひねり機構は、ボビンの回転軸の方向についての繊維束の軌跡の変化を低減するものであればよい。
【0063】
さらに、ひねり機構は、ボビンの回転軸の向きとは異なる向きについて一定の形状を有する曲面を備えた、複数のひねり部材から構成されていても良く、その際、前記ひねり部材の曲面は、互いに異なる向きで、繊維束のひねり角度を徐々に変化させる態様とすることができる。
【0064】
また、ボビンの回転軸の方向についての繊維束の軌跡の変化を工程上流で抑制し、工程下流への影響を低減するため、ひねり機構はボビンホルダーに近しい、上流に設置されることが好ましく、繊維束の通過領域において、ボビンホルダーとひねり機構との間に設置される機器は最小限であることがより好ましい。
【0065】
さらに、繊維束がひねり機構を通過する際に、繊維束に急激なひねりが加えられ、そのひねりによって繊維束に撚りが生じることを防ぐため、繊維束の通過方向において、ひねり機構とその上流側に設置された機器との距離を、繊維束の幅の30倍以上確保することが好ましい。
A3.繊維複合材料の製造方法:
図9は、繊維複合材料の製造方法を示すフローチャートである。
図9に示すフローチャートの各工程を経て、繊維複合材料が製造される。製造される繊維複合材料は、繊維束と、繊維束に含浸された樹脂と、を含む。本実施形態において繊維束に含浸される樹脂は、熱硬化性樹脂である。繊維束を構成する繊維としては、炭素繊維、アラミド繊維、ガラス繊維、炭化ケイ素繊維、アルミナ繊維等から自由に採用することができる。
【0066】
ステップS100において、繊維束1が綾巻されたボビン2から、繊維束1が連続的に引き出される。ステップS100の処理においては、本開示の繊維束引き出し装置10が使用される(
図1および
図2参照)。繊維束引き出し装置20、30、40、50など、本開示の任意の装置および引き出し方法が使用されてもよい(
図3~
図8参照)。
【0067】
このような処理を行うことにより、ボビン2に綾巻されており横長の断面形状を有する繊維束1を、その断面形状を維持したまま引き出し、一定の軌跡で走行させることができる。
【0068】
ステップS100においては、フリーロール12と繊維束1との接触領域に向かって噴出される空気流25の圧力は、接触領域空気圧力18より大きく、たとえば、圧力18の2倍に設定される。
【0069】
ステップS200において、繊維束1に樹脂が含浸される。より具体的には、ボビン2から引き出された繊維束1が、未硬化の熱硬化性樹脂を収容している槽内を通される。その結果、繊維束1に樹脂が含浸され、繊維複合材料が完成する。ステップS100,200の処理を行うことにより、設計値通りの幅および厚みを有する断面形状を備えた、繊維複合材料を製造することができる。
【0070】
ステップS300において、樹脂が含浸された繊維束1が、ステップS100において繊維束1が綾巻きされていたボビン2とは異なるボビンに巻き付けられる。
【0071】
なお、当業者には容易に理解されるように、本発明はこれらの実施形態に限られるものではない。例えば、各実施形態において説明した部材や構成等を、適宜その組み合わせを変更して適用することや、公知技術、あるいは公知技術から当業者が容易に想定し得る部材や構成等に適宜置換して適用することは、本発明の一態様と理解されるべきである。また、本発明の引き出し装置を用いた繊維束の引き出し方法、および繊維複合材料の製造方法も本発明の一側面として理解されるべきである。
B.他の実施形態:
図9に示す繊維複合材料の製造方法のステップS100においては、技術の理解を容易にするため、繊維束1が綾巻されたボビン2から、繊維束1が連続的に引き出されるものとして説明した。しかし、綾巻きされた繊維束のすべてがボビンから引き出されるまでの間には、繊維束の引き出しは、1回以上、停止されてもよい。
【符号の説明】
【0072】
1…繊維束
2…ボビン
3…ボビンホルダー
4…ひねりロール(ひねり機構)
5…ドライブ装置
6…駆動ロール
7…ニップロール
10…繊維束引き出し装置
12…フリーロール(支持部)
16…接触領域
17…支持部との接触領域を正面側としたときの繊維束の背面
18…接触領域空気圧力が付与される方向を示す矢印
19…背面側空気圧力が付与される方向を示す矢印
21…撚り防止機構
23…ノズルユニット(回転抑止手段)
24…ノズル
25…空気流を示す矢印
30…繊維束引出し装置
31…撚り防止機構
33・33A…吸引ノズルユニット(回転抑止手段)
34・34A…吸引ノズル
35…吸引空気流を示す矢印
40…繊維束引出し装置
41・41A…撚り防止機構
42…フリーロール(支持部)
42A…バー(支持部)
43・43A…吸引口(回転抑止部)
44…吸引パイプ
45…吸引空気流を示す矢印
50…繊維束引出し装置
51…撚り防止機構
52…フリーロール
53・53A…随伴流制限部材
54・54A…制限部
55…随伴気流
AR0…ボビンの回転軸
At2…繊維束の綾振りのうちボビンの回転軸に平行な方向の成分を示す矢印