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特開2024-127385嚥下速度遅延剤及びそれを用いたゲル化食品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024127385
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】嚥下速度遅延剤及びそれを用いたゲル化食品
(51)【国際特許分類】
   A23D 9/00 20060101AFI20240912BHJP
   A23D 9/007 20060101ALI20240912BHJP
   A23L 29/256 20160101ALN20240912BHJP
   A23L 29/20 20160101ALN20240912BHJP
【FI】
A23D9/00 518
A23D9/007
A23L29/256
A23L29/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023036510
(22)【出願日】2023-03-09
(71)【出願人】
【識別番号】000114318
【氏名又は名称】ミヨシ油脂株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】501061319
【氏名又は名称】学校法人 東洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003063
【氏名又は名称】弁理士法人牛木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金子 翔
(72)【発明者】
【氏名】魚住 圭佑
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 裕
【テーマコード(参考)】
4B026
4B041
【Fターム(参考)】
4B026DC06
4B026DG01
4B026DG02
4B026DG03
4B026DG12
4B026DG14
4B026DG15
4B026DK00
4B026DL03
4B026DL04
4B026DL08
4B026DP03
4B026DP10
4B026DX08
4B041LC03
4B041LC10
4B041LD01
4B041LH02
4B041LH04
4B041LH10
4B041LK08
4B041LK13
4B041LK18
4B041LK37
4B041LP01
4B041LP16
(57)【要約】
【課題】ゲル化食品に添加された時に、嚥下速度を遅延させ、誤嚥を防止できる嚥下速度遅延剤を提供する。
【解決手段】本発明の嚥下速度遅延剤は、粉末油脂を含む嚥下速度遅延剤であって、該粉末油脂は、再溶解時の油滴のメディアン径が3.0μm以下であり、該油滴の粒度分布の標準偏差が0.40以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
粉末油脂を含む嚥下速度遅延剤であって、該粉末油脂は、再溶解時の油滴のメディアン径が3.0μm以下であり、該油滴の粒度分布の標準偏差が0.40以下である嚥下速度遅延剤。
【請求項2】
前記粉末油脂は、油脂の配合量が粉末油脂の全量に対して30~80質量%である、請求項1に記載の嚥下速度遅延剤。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の嚥下速度遅延剤を配合したゲル化食品。
【請求項4】
粉末油脂を含む嚥下診断薬であって、該粉末油脂は、再溶解時の油滴のメディアン径が3.0μm以下であり、該油滴の粒度分布の標準偏差が0.40以下である嚥下診断薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、嚥下速度遅延剤に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢者をはじめとする咀嚼・嚥下困難者は、嚥下機能の低下により、窒息や誤嚥性肺炎のリスクがあり、また、食事を十分にとることができないため、低栄養状態に陥る恐れがあるといった問題があった。このような問題に対処するべく、嚥下・咀嚼困難者向けとして、付着しにくく、飲み込みやすいゲル化食品が求められていた。
【0003】
また、飲み込みやすくするために、付着性を低下させ、流動性を高くしすぎると、咀嚼・嚥下困難者が喫食した際にむせてしまい、誤嚥を引き起こす恐れがあるため、誤嚥を抑制するような改質剤の開発が望まれていた。
従来、このような改質剤として粉末油脂を含むものが知られている(特許文献1~9)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2022/024400号
【特許文献2】特開2013-208111公報
【特許文献3】特開2015-228859号公報
【特許文献4】特開2016-171767号公報
【特許文献5】特開2017-189170号公報
【特許文献6】国際公開第2018/025354号
【特許文献7】特開2018-153179号公報
【特許文献8】特開2021-180613号公報
【特許文献9】特開2022-025978号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、これらの技術は、油分の分離抑制、ゲル化食品の硬さや保形性、付着性の低減などに着目しているが、嚥下速度を遅延させることについて、十分な検討が行われていなかった。ゲル化食品では、飲み込む際に喉をゆっくりと通過することが誤嚥のリスク低減につながる。
【0006】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、ゲル化食品に添加された時に、嚥下速度を遅延させ、誤嚥を防止できる嚥下速度遅延剤を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために本発明者らは鋭意検討した結果、ゲル化食品に配合する粉末油脂の再溶解時の油滴のメディアン径を小さくし、かつ油滴の粒度分布の標準偏差、すなわち油滴径のばらつきを小さくすると、食塊の嚥下速度を効果的に遅延させることができ、ゆっくりと喉を移行することで誤嚥を防止できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち本発明の嚥下速度遅延剤は、粉末油脂を含む嚥下速度遅延剤であって、該粉末油脂は、再溶解時の油滴のメディアン径が3.0μm以下であり、該油滴の粒度分布の標準偏差が0.40以下であることを特徴としている。
また、本発明のゲル化食品は、上記嚥下速度遅延剤を配合したものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の嚥下速度遅延剤は、嚥下速度を遅延させ、誤嚥を防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例の超音波画像診断において、嚥下時の時刻における、上側食道壁の上向の速度、食塊の通過速度(平均値及び最大値)を算出した結果を示すグラフである。(A)は粉末油脂0質量%のゼリーを用いたコントロール、(B)は粉末油脂10質量%のゼリーを用いた実施例18、(C)は粉末油脂30質量%のゼリーを用いた実施例19である。
図2】実施例の超音波画像診断において、嚥下時間を振幅値として示したグラフである。
図3】実施例の超音波画像診断において、嚥下時の時刻における輝度データを示すグラフである。(A)は粉末油脂0質量%のゼリーを用いたコントロール、(B)は粉末油脂10質量%のゼリーを用いた実施例18、(C)は粉末油脂30質量%のゼリーを用いた実施例19である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明の具体的な実施形態について説明する。
(粉末油脂)
本発明の嚥下速度遅延剤は、再溶解時の油滴のメディアン径が3.0μm以下であり、該油滴の粒度分布の標準偏差が0.40以下である粉末油脂を含む。
【0012】
本発明において、粉末油脂に使用される油脂は、従来の食用油脂のように、トリグリセリドがほぼ全体を占める組成物を主な対象としている。油脂中のトリグリセリドとは、1分子のグリセロールに3分子の脂肪酸がエステル結合した構造を有するものである。トリグリセリドの1位、2位、3位とは、脂肪酸が結合した位置を表す。油脂は、1位、2位、3位の全てに飽和脂肪酸Sが結合した3飽和トリグリセリド(SSS)を含んでいてもよく、1分子のグリセロールに2分子の飽和脂肪酸Sと1分子の不飽和脂肪酸Uが結合した2飽和トリグリセリドとして、1位及び3位に飽和脂肪酸Sが結合し、かつ2位に不飽和脂肪酸Uが結合した対称型トリグリセリド(SUS)を含んでいてもよく、1位と2位、又は2位と3位に飽和脂肪酸Sが結合し、かつ3位又は1位に不飽和脂肪酸Uが結合した非対称型トリグリセリド(SSU、USS)を含んでいてもよい。また、1分子のグリセロールに2分子の不飽和脂肪酸Uと1分子の飽和脂肪酸Sが結合した2不飽和トリグリセリド(SUU、UUS、USU)を含んでいてもよく、1位、2位、3位の全てに不飽和脂肪酸Uが結合した3不飽和トリグリセリド(UUU)を含んでいてもよい。ここで、飽和脂肪酸Sは、油脂中に含まれる全ての飽和脂肪酸である。飽和脂肪酸Sとしては、特に限定されないが、例えば、酪酸(4)、カプロン酸(6)、カプリル酸(8)、カプリン酸(10)、ラウリン酸(12)、ミリスチン酸(14)、パルミチン酸(16)、ステアリン酸(18)、アラキジン酸(20)、ベヘン酸(22)、リグノセリン酸(24)等が挙げられる。なお、上記飽和脂肪酸の括弧内の数値表記は、脂肪酸の炭素数を意味する。不飽和脂肪酸Uは、油脂中に含まれる全ての不飽和脂肪酸である。また、各トリグリセリド分子に結合している2つ又は3つの不飽和脂肪酸Uは、同一の不飽和脂肪酸であってもよいし、異なる不飽和脂肪酸であってもよい。不飽和脂肪酸Uとしては、特に限定されないが、例えば、ミリストレイン酸(14:1)、パルミトレイン酸(16:1)、ヒラゴン酸(16:3)、オレイン酸(18:1)、リノール酸(18:2)、リノレン酸(18:3)、エイコセン酸(20:1)、エルカ酸(22:1)、セラコレイン酸(24:1)等が挙げられる。なお、上記不飽和脂肪酸についての括弧内の数値表記は、左側が脂肪酸の炭素数であり、右側が二重結合数を意味する。
【0013】
本発明において、粉末油脂は、油脂の構成脂肪酸としてトランス脂肪酸を含んでもよく、含まなくてもよいが、トランス脂肪酸の摂取量が多くなると、血液中におけるLDLコレステロール量が増加し得る。よって、これを抑制し易い点から、本発明においては、油脂の構成脂肪酸中のトランス脂肪酸の含有量は、油脂の構成脂肪酸全体の質量に対して10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることがより好ましく、3質量%以下であることが最も好ましい。油脂におけるトランス脂肪酸の含有量は、ガスクロマトグラフ法(基準油脂分析試験法(公益社団法人日本油化学会)の「2.4.4.3-2013 トランス脂肪酸含量(キャピラリーガスクロマトグラフ法)」で測定した。なお、トランス脂肪酸の含有量は、添加量既知の内部標準物質(ヘプタデカン酸)との面積比により算出できる。
【0014】
本発明において、粉末油脂に使用される油脂は、特に限定されないが、例えば、ヤシ油、パーム核油、パーム油、菜種油、大豆油、綿実油、コーン油、ヒマワリ油、米油、サフラワー油、オリーブ油、ゴマ油、亜麻仁油、シア脂、サル脂、マンゴー油、イリッペ脂、カカオ脂等の植物性油脂や、豚脂(ラード)、牛脂、乳脂、魚油等の動物性油脂、それらの分別油、加工油(硬化及びエステル交換反応のうち1つ以上の処理がなされたもの)等が挙げられる。
【0015】
本発明では、粉末油脂における油脂の配合量は特に限定されないが、ゲル状であるゲル化食品中に油分を効率的に分散させることで嚥下速度を遅延させ、誤嚥を防止する点から、粉末油脂の全量に対して30質量%以上が好ましく、35質量%以上がより好ましく、40質量%以上がさらに好ましい。また、良好な乳化状態を保ち、油滴の分散効果を十分に発揮することで嚥下速度を遅延させ、誤嚥を防止する点から、粉末油脂の全量に対して80量%以下が好ましく、75質量%以下がより好ましい。
【0016】
粉末油脂は、糖質を含むことが好ましい。
上記糖質としては、特に限定されないが、例えば、グルコース、フルクトース、ガラクトース、マンノース等の単糖類、ラクトース、スクロース、マルトース、トレハロース等の二糖類、マルトトリオース等の三糖類、マルトペンタオース等の四糖類、オリゴ糖、デキストリン、デンプン等の多糖類、増粘多糖類、糖アルコール等が挙げられる。これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。これらの中でも、二糖類、三糖類、多糖類が好ましく、分散性が良好な粉末油脂を得ることができる点から、デキストリンがより好ましい。
【0017】
デキストリンは、デンプンを化学的又は酵素的方法により低分子化したデンプン加水分解物であり、市販品等を使用できる。デンプンの原料としては、例えば、コーン、キャッサバ、米、馬鈴薯、甘藷、小麦等が挙げられる。デキストリンとして具体的には、水あめ、粉あめ、マルトデキストリン、サイクロデキストリン、焙焼デキストリン、分岐サイクロデキストリン、難消化性デキストリン等が挙げられる。デキストリンのDEは、特に限定されないが、5~40が挙げられ、乾燥粉末化前の乳化液の粘度が高くなり過ぎず、良好な粉末油脂を得ることができる点から、10~35が好ましい。DE(Dextrose Equivalent)とは、デキストリンの構成単位であるグルコース残基の鎖長の指標となるものであり、デキストリン中の還元糖の含有量(%)を示す値である。値が大きいほどデキストリンの鎖長は短くなる。DE値はウィルシュテッターシューデル法により測定することができる。
【0018】
デンプンとしては、加工デンプン、例えば、馬鈴薯デンプン、コーンスターチ、小麦デンプン、米デンプン、甘藷デンプン、タピオカデンプン、緑豆デンプン、サゴデンプン、コーン、ワキシーコーン、馬鈴薯、タピオカ等を原料とし、これをエーテル化処理したカルボキシメチルデンプン、ヒドロキシプロピルデンプンや、エステル化処理したリン酸デンプン、オクテニルコハク酸デンプン、酢酸デンプン、湿熱処理デンプン、酸処理デンプン、架橋処理デンプン、α化処理デンプン等が挙げられる。
【0019】
増粘多糖類としては、例えば、プルラン、アラビアガム、キサンタンガム、トラガントガム、ジェランガム、グアーガム、ローカストビーンガム、タマリンドシードガム、カラギーナン、寒天、LMペクチン、HMペクチン等が挙げられる。
【0020】
粉末油脂における糖質の配合量は、特に限定されないが、油分を良好にカプセル化し粉末化するという観点から、粉末油脂の全量に対して10質量%以上が好ましく、15質量%以上がより好ましく、20質量%以上がさらに好ましい。また、粉末油脂の全量に対して70質量%以下が好ましく、50質量%以下がより好ましい。
【0021】
粉末油脂には、上記成分の他に、タンパク質及び乳化剤の少なくともいずれかを好ましく配合することができる。
タンパク質は、油滴の分散性を高め、乳化安定剤として機能する。本発明に用いられる粉末油脂は製造時の水中油型乳化物の油滴を維持したまま粗粒化するが、タンパク質により細かい油滴が分散した構造を保持する。またタンパク質及び糖質は、粉末化基材として機能し、乾燥後の粉末油脂は、油脂が粉末化基材で覆われた(カプセル化した)形状となっている。乳化剤は、油滴の分散性や安定性をより高めることができる。
【0022】
上記タンパク質としては、特に限定されないが、例えば、乳タンパク質、大豆タンパク質、えんどうタンパク質、そら豆タンパク質、米タンパク質、小麦タンパク質、コラーゲン、ゼラチン等が挙げられる。また、これらのようなタンパク質の分解物を用いることができ、本発明においては上記タンパク質の分解物もタンパク質と表記する。これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0023】
タンパク質としては、乳タンパク質を好ましく使用できる。乳タンパク質は、牛乳等の乳由来タンパク質であり、乳由来のタンパク質は、およそ80質量%がカゼインであり、残りの20質量%は乳清タンパク質が占めている。乳タンパク質としては、特に限定されないが、例えば、カゼインナトリウム、カゼインカリウム、酸カゼイン、レンネットカゼイン、それらの分解物である乳ペプチド等が挙げられる。これらの中でも、カゼイン由来の乳タンパク質が好ましく、カゼイン由来の乳タンパク質としては、カゼインナトリウム、カゼインカリウム、酸カゼイン、カゼイン加水分解物(乳ペプチド)が好ましい。
【0024】
粉末油脂における上記タンパク質の配合量は、特に限定されないが、例えば、カゼイン由来の乳タンパク質を使用する場合、乾燥粉末化前の乳化液の粘度が高くなり過ぎず、良好な粉末油脂を得ることができる点から、粉末油脂の全量に対して30質量以下が好ましく、20質量%以下がより好ましく、1~10質量%がさらに好ましく、1.5~6質量%が特に好ましく、2.5~6質量%が最も好ましい。
【0025】
上記乳化剤としては、特に限定されないが、例えば、レシチン、グリセリン脂肪酸エステル(モノグリセリン脂肪酸エステル、ジグリセリン脂肪酸エステル、グリセリン有機酸脂肪酸エステル(ジアセチル酒石酸モノグリセライド、コハク酸モノグリセライド、クエン酸モノグリセライド、乳酸モノグリセライド等)、ポリグリセリン脂肪酸エステル)、ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ステアロイル乳酸カルシウム等が挙げられる。これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0026】
乳化剤の配合量は、特に限定されないが、粉末油脂の製造時、保管時、使用時の乳化安定性を保持する点から、油脂の全量に対して0.05質量%以上であることが好ましく、0.1質量%以上であることがより好ましく、0.5質量%以上であることがさらに好ましく、1.0質量%以上が特に好ましい。また、乳化剤によるえぐみの発生を抑制する点から、油脂の全量に対して20質量%以下であることが好ましく、10質量%以下であることがより好ましく、5質量%以下であることがさらに好ましく、3質量%以下が特に好ましい。
【0027】
粉末油脂には、本発明の効果を損なわない範囲内において、前記の成分以外の他の成分を配合することができる。このような他の成分としては、特に限定されないが、例えば、油脂の劣化を抑制する酸化防止剤、乳タンパク質を配合した場合に再溶解時の分散性を高めるリン酸塩や、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースなどのセルロースエーテル、着色料、フレーバー等が挙げられる。
【0028】
(粉末油脂の製造方法)
本発明に用いられる粉末油脂の製造方法は、特に限定されない。好ましくは、本発明に用いられる粉末油脂は、油脂、水、及び必要に応じて他の成分を配合して水中油型乳化物を調製し、その後水中油型乳化物を乾燥粉末化することによって製造することができる。
【0029】
水中油型乳化物を乾燥粉末化する方法としては、一般的に知られている噴霧乾燥法、真空凍結乾燥法、真空乾燥法等を用いることができる。これらの中でも、噴霧乾燥法によって得られる噴霧乾燥型粉末油脂が好ましい。
水中油型乳化物は、水相と、油脂を含む油相を混合して調製することができる。例えば、次の乳化工程及び均質化工程によって調製することができる。
【0030】
乳化工程では、各原材料を乳化機の撹拌槽に投入して撹拌混合する。水とその他の原材料の配合比は、特に限定されないが、例えば、油脂及び配合する場合にはその他の原材料を前記のような配合範囲とし、これらの合計量100質量部に対して水50~200質量部の範囲内にすることができる。各原材料の配合手順は、特に限定されないが、例えば、糖質、タンパク質等を配合する場合にはこれらの水溶性成分を水に室温で分散後、加熱下に攪拌し、あるいは当該水溶性成分を加熱した水に分散、攪拌して完全に溶解させ水相とした後、撹拌槽に設置されたホモミキサー等の攪拌装置で攪拌しながら、加熱溶解させた油相を滴下して乳化することができる。乳化剤を配合する場合には、通常は、油溶性乳化剤は油相に、水溶性乳化剤は水相に配合する。
【0031】
均質化工程では、乳化工程において得られた乳化液を圧力式ホモジナイザーに供給することによって油滴サイズが微細化される。例えば、市販の圧力式ホモジナイザーを用いて、10~200kgf/cm2程度の圧力をかけて均質化し、油滴サイズを微細化することができる。なお、乾燥粉末化前において加熱殺菌工程を設けてもよい。
【0032】
次に、噴霧乾燥法によって乾燥粉末化する場合には、均質化した乳化液を高圧ポンプで噴霧乾燥機の入口に供給し、高温熱風を吹き込み、噴霧乾燥機の槽内に上方から噴霧する。噴霧乾燥された粉末は槽内底部に堆積される。噴霧乾燥機としては、例えば、ロータリーアトマイザー方式やノズル方式で噴霧するスプレードライヤーを用いることができる。噴霧乾燥された粉末は、噴霧乾燥機の槽内底部に堆積されるので、該粉末を取り出すことによって、粉末油脂を製造することができる。
【0033】
(嚥下速度遅延剤)
本発明の嚥下速度遅延剤は、以上に説明した粉末油脂を含む。上記のとおり、本発明に用いられる粉末油脂は水中油型乳化物を乾燥したものであり、水に添加すると元の水中油型乳化物となり、油滴が再分散した状態となる。
本発明の嚥下速度遅延剤において、該粉末油脂は、再溶解時の油滴のメディアン径が3.0μm以下であり、該油滴の粒度分布の標準偏差が0.40以下である。
食べ物を認識してから、口に取り込み、咀嚼し、咽頭・食道を経て胃へ送り込む、すなわち飲み込む動作が嚥下であり、食べ物を咽頭から食道へ運ぶ段階である咽頭期では、気管の近くを食塊が通る瞬間だけ喉頭蓋が閉まるが、喉頭蓋が閉まるタイミングがずれたり、閉まりきらなかったりして気管に食塊が入ってしまう誤嚥が起きる。
ゲル化食品に配合する粉末油脂の再溶解時の油滴のメディアン径を小さくし、かつ油滴の粒度分布の標準偏差、すなわち油滴径のばらつきを小さくすると、食塊の嚥下速度を効果的に遅延させることができ、ゆっくりと喉を移行することで誤嚥を防止できる。また粉末油脂により凝集性が増し、移動速度のばらつきが小さくなって、まとまりのある食塊がゆっくりと喉を通過することも、誤嚥防止に寄与し得る。
【0034】
粉末油脂の再溶解時における油滴のメディアン径は、3.0μm以下である。ゲル化食品中に油分を均一に分散させることで嚥下速度を遅延させ、誤嚥を防止する点から、メディアン径は0.2~3.0μmが好ましく、0.4~2.0μmがより好ましく、0.5~1.5μmがさらに好ましい。
粉末油脂の再溶解時における油滴の粒度分布の標準偏差は、0.40以下である。油滴のサイズを均一にすることで分散状態を均一にして嚥下速度を遅延させ、誤嚥を防止する点や、粉末油脂のフリーファットを低減し、嚥下速度遅延剤としての効果を高める点から、標準偏差は0.05~0.30が好ましく、0.05~0.25がより好ましい。
【0035】
ここで、メディアン径及び標準偏差は、粉末油脂を水に溶解させて、水分散液中の油滴の粒度分布をレーザー回折散乱法によって測定し、粒度分布から算出する。具体的には、島津製作所製SALD-2300湿式レーザー回折装置等の粒度分布測定装置により体積基準として測定する。
【0036】
(ゲル化食品)
本発明のゲル化食品は、上記の嚥下速度遅延剤を配合したゲル化食品である。本発明の嚥下速度遅延剤をゲル化食品の原材料であるゼリー液や液状食品に配合することで、ゲル化食品の嚥下速度を遅延させ、誤嚥を防止することができる。
ゲル化食品は、ゲル状であったり、とろみを付与した食品であれば特に限定されない。ゲル化やとろみを付与するために、例えば、ゲル化剤を用いることができる。ゲル化剤としては、例えば、寒天、キサンタンガム、ローカストビーンガム、カラギーナン、脱アシルジェランガム、ネイティブジェランガム、グルコマンナン、アルギン酸塩、ゼラチン等が挙げられる。これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。ゲル化剤の配合量は、所望の硬さに調整できるものであれば、特に限定されない。
【0037】
ゲル化食品としては、特に限定されるものではないが、例えば、ゼリー、プリン、ムース、ババロアなどの冷菓類、及び飲料・スープ類をゲル化させたゼリー状食品、米粥、パン粥等の粥類、嚥下食や離乳食等が挙げられる。
【0038】
本発明の嚥下速度遅延剤を、例えば、ゼリー液に配合し、あるいはゲル化剤とともに液状食品に配合することにより、ゲル化食品を作製することができる。ゼリー液やゲル化させる液状食品としては、特に限定されず、液状食品としては、例えば、牛乳、乳性飲料、乳酸菌飲料、清涼飲料、オレンジジュースなどの果汁飲料、茶飲料、コーヒー飲料、ココア飲料、スポーツドリンクなどの飲料、コンソメスープ、ポタージュスープ、ラーメンスープ(とんこつスープなど)、トムヤムクン、中華スープ(酸辣湯など)、カレースープ、味噌汁などのスープ類、酢、醤油、ソース、ドレッシングなどの液状調味料等が挙げられる。
【0039】
ゲル化食品への本発明の嚥下速度遅延剤の配合量としては、製品の種類や目的によっても異なるが、例えば、1.0~50.0質量%が挙げられ、10.0~40.0質量%が好ましく、15.0~30.0質量%がより好ましい。
【0040】
(嚥下診断薬)
本発明の嚥下診断薬は、以上に説明した粉末油脂を含む。該粉末油脂は、再溶解時の油滴のメディアン径が3.0μm以下であり、該油滴の粒度分布の標準偏差が0.40以下である。
本発明の嚥下診断薬は、特に限定されないが、例えば、飲食品に添加して用いることができる。
本発明の粉末油脂は、超音波エコー診断装置を用いて画像診断する際に、飲食品中への添加量が少量の場合でも輝度が向上するため、嚥下の仕方を容易に観察することができ、嚥下診断薬としても好適に用いることができる。
【0041】
本発明の嚥下診断薬において、粉末油脂の具体例や好ましい態様等、またゲル化食品の具体例や好ましい態様等は、嚥下速度遅延剤について上記した本明細書の記述が参照される。
【実施例0042】
以下に、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、表に示す配合は質量%を示す。
(粉末油脂の作製)
実施例及び比較例では次の手順により粉末油脂を作製した。
油脂を70℃に調温後、乳化剤を添加し油相を調製した。水を60℃に調温後、デンプン加水分解物、及び配合する場合には乳タンパク質、加工デンプンを添加し、水相を調製した。
水相を60℃に維持し、水相をホモミキサーで攪拌しながら油相の全量を添加し、水中油型に乳化させた。これにより、表1A、1Bの全配合100質量部に対し、50質量部の水を含有する乳化液を得た。
その後、得られた乳化液を、圧力式ホモジナイザーを用いて10~200kgf/cm2の圧力で処理し、均質化した。
【0043】
この均質化した乳化液を、ノズル式スプレードライヤーを用いて噴霧乾燥することにより粉末化して粉末油脂を得た(噴霧乾燥条件:入口温度210℃)。なお、表1A、1Bはスプレードライ後の粉末油脂の配合組成を示している。これらの粉末油脂は、以下の飲食品の原料に用いた。
【0044】
[メディアン径(μm)、標準偏差]
実施例及び比較例の粉末油脂を65℃の水に溶解させた際の油滴径(メディアン径)及び標準偏差について、島津製作所製SALD-2300湿式レーザー回折装置を用いて測定した。測定の際には超音波照射を20秒以上行った。
【0045】
[フリーファット量(%)]
粉末油脂10gをガラスろ過器に入れ、そこにジエチルエーテルと石油エーテルを等量配合した混合溶液50mlを加えた。次にガラス棒で30秒間撹拌し、吸引ろ過によりナスフラスコに溶液を回収した。さらに、ガラスろ過器内に同混合溶液25mlを加え、ガラス棒で30秒攪拌し、吸引ろ過を行った。ロータリーエバポレーターを用いて、回収した溶液から溶媒を蒸発させ、残った油脂を105℃のオーブンで2時間以上乾燥させ、回収油量を測定した。
下記の式に従い、フリーファット量を算出した。
フリーファット量(%)=回収油(g)/粉末油脂(g)×100
【0046】
[飲み込みやすさ(官能評価)]
評価においてパネルは五味(甘味、酸味、塩味、苦味、うま味)の識別テスト、味の濃度差識別テスト、食品の味の識別テスト、基準嗅覚テストを実施し、その各々のテ ストで適合と判断された20~40代の男性9名、女性11名を選抜した。評価を実施するにあたりパネル全体で討議し、各評価項目の特性に対してすり合わせを行って、各パネルが共通認識を持つようにした。また、官能評価におけるパネルの偏りを排除し、評価の精度を高めるために、サンプルの試験区番号や内容はパネルに知らせず、ランダムに提示した。
【0047】
(ゼリーの作製)
各実施例及び比較例の粉末油脂を用いて、下記に示す配合で、混合し撹拌しながらIHヒーターで85℃に加熱して調製したゼリー液に、蒸発分の水(湯)を加えた後、70gずつゼリー型である樹脂製カップに分注した。粗熱を取った後、冷蔵庫(5℃)で一晩静置、保管することによりゼリーを得た。
水 89.6質量部
粉末油脂 10質量部
ゲル化剤 0.4質量部
合計 100質量部
なお、ゲル化剤として、アイスターM(三栄源エフエフアイ株式会社製)と、かんてんぱぱ(伊那食品工業株式会社製)を用いた。
得られたゼリーをパネル20名で試食し、「飲み込む際に喉をゆっくりと通過する」と回答した人数によって、下記の基準で評価した。
評価基準
◎+:20名中16名以上が、飲み込む際に喉をゆっくりと通過すると評価した。
◎:20名中13名~15名が、飲み込む際に喉をゆっくりと通過すると評価した。
〇:20名中10名~12名が、飲み込む際に喉をゆっくりと通過すると評価した。
×:20名中9名以下が、飲み込む際に喉をゆっくりと通過すると評価した。
【0048】
上記の測定及び評価の結果を粉末油脂の配合とともに表1A、1Bに示す。
【0049】
【表1A】
【0050】
【表1B】
【0051】
[超音波画像診断]
実施例3の粉末油脂を10質量%配合したゼリー(実施例18)、実施例3の粉末油脂を30質量%配合したゼリー(実施例19)、粉末油脂を配合しないゼリー(コントロール)を前記した方法で作製した。
【0052】
超音波エコー診断装置を用いて、このゼリーを嚥下中の被験者の超音波動画像を撮影し、嚥下速度、輝度を測定した。測定は下記の文献の記載に準拠して行った。
「嚥下評価のためのOptical Flow 法とStable Extremal Region 法を用いた超音波動画像処理による食道壁と食塊の分類」電気学会論文誌C(電子・情報・システム部門誌)Vol.139 No.5 pp.603-608
【0053】
撮影した超音波動画像から食道での食塊流動特性として食道壁や食塊の運動速度を推定するため、画素の移動量を推定するアルゴリズムであるOptical Flow法による処理を行った。また全画素におけるオプティカルフローのうち、輝度の近い領域を抽出するアルゴリズムであるMSER(Maximally Stable Extremal Regions)によって抽出された特徴領域のみを食道壁や食塊の速度解析に用いた。食道壁及び食塊の動きをグラフ化し、嚥下時に動作する食道壁の上向の速度、嚥下時に流れる食塊の通過速度を定量的に示した。
【0054】
図1は、嚥下時の時刻における、上側食道壁の上向の速度、食塊の通過速度(平均値及び最大値)を算出した結果を示す。(A)は粉末油脂0質量%のゼリーを用いたコントロール、(B)は粉末油脂10質量%のゼリーを用いた実施例18、(C)は粉末油脂30質量%のゼリーを用いた実施例19である。
【0055】
図1の横軸は動画像フレームで示しているが、時間に相当する。図1の縦軸は運動速度のx方向成分を示し、x方向の正値は動画像に対して右方向を示す。動画像上では嚥下時に上側食道壁が大きく左に移動した後、食塊が通過し、元の位置に戻り右に移動する一連の動きが見られた。図1(B)、(C)では食塊の通過時間(グラフ横幅)が長く、粉末油脂を配合することで、ゆっくりと移行し、誤嚥のリスクを低減できることが示唆された。さらに移動速度のばらつきが小さいことから、食塊にまとまりがあり粉末油脂による凝集性の向上を示唆した。
【0056】
図2は、嚥下時間を振幅値として示している。実施例18、19はコントロールよりも嚥下時間が長い。
【0057】
図3は、嚥下時の時刻における輝度データであり、縦軸は輝度値90以上のピクセル数を示す。(A)は粉末油脂0質量%のゼリーを用いたコントロール、(B)は粉末油脂10質量%のゼリーを用いた実施例18、(C)は粉末油脂30質量%のゼリーを用いた実施例19である。図3(B)、(C)では輝度が高く、粉末油脂を配合することで、嚥下の超音波画像診断が容易になり、嚥下診断薬として用いることができることが示された。
【0058】
図1図3の測定結果に基づき、嚥下速度と輝度を下記の基準で評価した。評価の結果をゼリーの配合とともに表2に示す。
嚥下速度
○:嚥下時間が0.4秒以上かつ最大食塊通過速度が8cm/s以下
×:嚥下時間が0.4秒未満かつ最大食塊通過速度が8cm/s超
輝度
◎:輝度値90以上のピクセル数の最大値が30000以上
○:輝度値90以上のピクセル数の最大値が20000以上30000未満
×:輝度値90以上のピクセル数の最大値が10000以上20000未満
【0059】
【表2】
図1
図2
図3