(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024127393
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】液体吐出ヘッドおよび液体吐出装置
(51)【国際特許分類】
B41J 2/14 20060101AFI20240912BHJP
【FI】
B41J2/14 607
B41J2/14 305
B41J2/14 613
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023036521
(22)【出願日】2023-03-09
(71)【出願人】
【識別番号】000002369
【氏名又は名称】セイコーエプソン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003177
【氏名又は名称】弁理士法人旺知国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】青木 崇
(72)【発明者】
【氏名】古池 晴信
(72)【発明者】
【氏名】王 敬齢
【テーマコード(参考)】
2C057
【Fターム(参考)】
2C057AG44
2C057AG55
2C057BA04
2C057BA14
(57)【要約】
【課題】液体吐出ヘッドの吐出効率を向上させる。
【解決手段】液体吐出ヘッドは、圧電素子と、ノズルに連通する圧力室が設けられた圧力室基板と、圧電素子の駆動により振動することにより、圧力室の液体に圧力を付与する振動板と、を有し、圧力室基板、振動板および圧電素子がこの順で積層方向に積層されており、振動板は、圧力室基板上に設けられた弾性膜と、弾性膜と圧電素子との間に設けられた絶縁膜と、を含み、圧縮応力を負の値、引張応力を正の値で表し、弾性膜の膜応力をX[MPa]とし、絶縁膜の膜応力をZ[MPa]としたとき、X>-0.48Z-904の関係を満たす。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電素子と、
ノズルに連通する圧力室が設けられた圧力室基板と、
前記圧電素子の駆動により振動することにより、前記圧力室の液体に圧力を付与する振動板と、を有し、
前記圧力室基板、前記振動板および前記圧電素子がこの順で積層方向に積層されており、
前記振動板は、
前記圧力室基板上に設けられた弾性膜と、
前記弾性膜と前記圧電素子との間に設けられた絶縁膜と、を含み、
圧縮応力を負の値、引張応力を正の値で表し、
前記弾性膜の膜応力をX[MPa]とし、
前記絶縁膜の膜応力をZ[MPa]としたとき、
X>-0.48Z-904
の関係を満たす、
ことを特徴とする液体吐出ヘッド。
【請求項2】
前記弾性膜の膜応力と前記絶縁膜の膜応力とは、
X>-0.34Z-460
の関係を満たす、
ことを特徴とする請求項1に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項3】
前記弾性膜を構成する材料は、Ti、Si、Al、Ta、Cr、Ir、Hf、Zr、Cのうちから選択される1種または2種以上の元素を、単体、酸化物または窒化物のいずれかの状態で含む、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項4】
前記絶縁膜を構成する材料は、Ti、Si、Al、Ta、Cr、Ir、Hf、Zr、C、Pbのうちから選択される1種または2種以上の元素を、酸化物、窒化物のいずれかの状態で含む、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項5】
前記絶縁膜の厚さは、前記弾性膜の厚さよりも薄い、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項6】
前記振動板は、前記弾性膜と前記絶縁膜との間に設けられた密着膜をさらに含み、
前記密着膜の膜応力をY[MPa]としたとき、
X>-0.28Y-778
の関係を満たす、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項7】
前記弾性膜の膜応力と前記密着膜の膜応力とは、
X>-0.29Y-335
の関係を満たす、
ことを特徴とする請求項6に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項8】
前記密着膜を構成する材料は、Ti、Si、Al、Ta、Cr、Ir、Hf、Zr、Cのうちから選択される1種または2種以上の元素を、単体、酸化物、窒化物のいずれかの状態で含む、
ことを特徴とする請求項6に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項9】
前記密着膜の厚さは、前記絶縁膜の厚さよりも薄い、
ことを特徴とする請求項6に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項10】
前記密着膜の膜応力と前記絶縁膜の膜応力とは、
Z>-0.59Y-1059
の関係を満たす、
ことを特徴とする請求項6に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項11】
前記密着膜の膜応力と前記絶縁膜の膜応力とは、
Z>-0.82Y-225
の関係を満たす、
ことを特徴とする請求項6に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項12】
前記密着膜の膜応力と前記絶縁膜の膜応力と前記弾性膜の膜応力とは、
-1000<X<1000、
-1000<Y<1000、
-1000<Z<1000、
の関係をそれぞれ満たす、
ことを特徴とする請求項10に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項13】
前記圧力室は、前記積層方向に直交する方向に延びる形状をなし、
前記圧電素子は、第1電極と圧電体と第2電極とを前記積層方向でのこの順に含み、
前記振動板は、前記積層方向にみて、
前記圧力室および前記圧電体の両方に重なる第1部分と、
前記第1部分と前記圧力室の幅方向での端との間で、前記圧電体に重ならずに前記圧力室に重なる第2部分と、を有する、
ことを特徴とする請求項1に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項14】
前記圧力室は、前記積層方向に直交する方向に延びる形状をなし、
前記弾性膜および前記絶縁膜のそれぞれは、前記積層方向にみて、前記圧力室の幅方向での全域にわたり前記圧力室に重なる、
ことを特徴とする請求項1に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項15】
請求項1に記載の液体吐出ヘッドと、
前記液体吐出ヘッドの駆動を制御する制御部と、を備える、
ことを特徴とする液体吐出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、液体吐出ヘッドおよび液体吐出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ピエゾ方式のインクジェットプリンターに代表される液体吐出装置に用いる液体吐出ヘッドは、例えば、特許文献1に開示されるように、インク等の液体を吐出するノズルに連通する圧力室の壁面の一部を構成する振動板と、この振動板を振動させる圧電素子と、を有する。特許文献1では、圧電素子の非駆動時に振動板が圧力室に向かう方向に撓んだ状態にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載されるように、圧電素子の非駆動時に振動板が圧力室に向かう方向に撓んだ状態にある構成では、この撓みが過度に大きい場合、圧電素子の駆動により振動板をさらに変位させようとしても、振動板の変位量が限界に近づいてしまう。このため、従来では、振動板の十分な変位を得ることができず、この結果、液体吐出ヘッドの吐出効率の低下を招いてしまう場合があった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の課題を解決するために、本開示に係る液体吐出ヘッドの一態様は、圧電素子と、ノズルに連通する圧力室が設けられた圧力室基板と、前記圧電素子の駆動により振動することにより、前記圧力室の液体に圧力を付与する振動板と、を有し、前記圧力室基板、前記振動板および前記圧電素子がこの順で積層方向に積層されており、前記振動板は、前記圧力室基板上に設けられた弾性膜と、前記弾性膜と前記圧電素子との間に設けられた絶縁膜と、を含み、圧縮応力を負の値、引張応力を正の値で表し、前記弾性膜の膜応力をX[MPa]とし、前記絶縁膜の膜応力をZ[MPa]としたとき、X>-0.48Z-904の関係を満たす。
【0006】
本開示に係る液体吐出装置の一態様は、前述の態様の液体吐出ヘッドと、前記液体吐出ヘッドの駆動を制御する制御部と、を備える。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】実施形態に係る液体吐出装置を模式的に示す構成図である。
【
図2】実施形態に係る液体吐出ヘッドの分解斜視図である。
【
図4】実施形態に係る液体吐出ヘッドの一部を示す平面図である。
【
図6】圧縮応力の優位な振動板の初期撓みを説明するための模式図である。
【
図7】引張応力の優位な振動板の初期撓みを説明するための模式図である。
【
図8】弾性膜の膜応力と絶縁膜の膜応力との関係に基づく振動板の変位効率比率を示す図である。
【
図9】弾性膜の膜応力と密着膜の膜応力との関係に基づく振動板の変位効率比率を示す図である。
【
図10】絶縁膜の膜応力と密着膜の膜応力との関係に基づく振動板の変位効率比率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、添付図面を参照しながら本開示に係る好適な実施形態を説明する。なお、図面において各部の寸法および縮尺は実際と適宜に異なり、理解を容易にするために模式的に示している部分もある。また、本開示の範囲は、以下の説明において特に本開示を限定する旨の記載がない限り、これらの形態に限られない。
【0009】
なお、以下の説明は、互いに交差するX軸、Y軸およびZ軸を適宜に用いて行う。また、以下では、X軸に沿う一方向がX1方向であり、X1方向と反対の方向がX2方向である。同様に、Y軸に沿って互いに反対の方向がY1方向およびY2方向である。また、Z軸に沿って互いに反対の方向がZ1方向およびZ2方向である。Z1方向またはZ2方向は、「積層方向」の一例である。また、Z軸に沿う方向でみることを「平面視」という場合がある。
【0010】
ここで、典型的には、Z軸が鉛直軸であり、Z2方向が鉛直下方に相当する。ただし、Z軸は、鉛直軸でなくともよい。また、X軸、Y軸およびZ軸は、典型的には互いに直交するが、これに限定されず、例えば、80°以上100°以下の範囲内の角度で交差すればよい。
【0011】
1.実施形態
1-1.液体吐出装置の全体構成
図1は、実施形態に係る液体吐出装置100を模式的に示す構成図である。液体吐出装置100は、液体の一例であるインクを液滴として媒体Mに吐出するインクジェット方式の印刷装置である。媒体Mは、典型的には印刷用紙である。なお、媒体Mは、印刷用紙に限定されず、例えば、樹脂フィルムまたは布帛等の任意の材質の印刷対象でもよい。
【0012】
図1に示すように、液体吐出装置100は、液体容器10と、「制御部」の一例である制御ユニット20と、搬送機構30と、移動機構40と、液体吐出ヘッド50と、を備える。
【0013】
液体容器10は、インクを貯留する容器である。液体容器10の具体的な態様としては、例えば、液体吐出装置100に着脱可能なカートリッジ、可撓性のフィルムで形成された袋状のインクパック、および、インクを補充可能なインクタンクが挙げられる。なお、液体容器10に貯留されるインクの種類は、特に限定されず、任意である。
【0014】
制御ユニット20は、例えば、CPU(Central Processing Unit)またはFPGA(Field Programmable Gate Array)等の処理回路と半導体メモリー等の記憶回路とを含み、液体吐出装置100の各要素の動作を制御する。ここで、制御ユニット20は、液体吐出ヘッド50の駆動を制御する。このため、後述するように、液体吐出ヘッド50の吐出特性が優れることから、吐出特性に優れた液体吐出装置100を提供することができる。
【0015】
搬送機構30は、制御ユニット20による制御のもとで、媒体MをY2方向に搬送する。移動機構40は、制御ユニット20による制御のもとで、液体吐出ヘッド50をX1方向とX2方向とに往復させる。
図1に示す例では、移動機構40は、液体吐出ヘッド50を収容する略箱型のキャリッジ41と、キャリッジ41が固定される搬送ベルト42と、を有する。なお、キャリッジ41に搭載される液体吐出ヘッド50の数は、1個に限定されず、複数個でもよい。また、キャリッジ41には、液体吐出ヘッド50のほかに、前述の液体容器10が搭載されてもよい。
【0016】
液体吐出ヘッド50は、制御ユニット20による制御のもとで、液体容器10から供給されるインクを複数のノズルのそれぞれからZ2方向に媒体Mに吐出する。この吐出が搬送機構30による媒体Mの搬送と移動機構40による液体吐出ヘッド50の往復移動とに並行して行われることにより、媒体Mの表面にインクによる画像が形成される。なお、液体吐出ヘッド50の構成および製造方法については、後に詳述する。
【0017】
1-2.液体吐出ヘッドの全体構成
図2は、実施形態に係る液体吐出ヘッド50の分解斜視図である。
図3は、
図2中のA-A線断面図である。
図2および
図3に示すように、液体吐出ヘッド50は、流路基板51と圧力室基板52とノズル基板53と吸振体54と振動板55と複数の圧電素子56と封止板57とケース58と配線基板59とを有する。
【0018】
ここで、流路基板51よりもZ1方向に位置する領域には、圧力室基板52と振動板55と複数の圧電素子56とケース58と封止板57とが設置される。他方、流路基板51よりもZ2方向に位置する領域には、ノズル基板53と吸振体54とが設置される。液体吐出ヘッド50の各要素は、概略的にはY軸に沿う方向に長尺な板状部材であり、例えば接着剤により互いに接合される。
【0019】
図2に示すように、ノズル基板53は、Y軸に沿う方向に配列される複数のノズルNが設けられる板状部材である。各ノズルNは、インクを通過させる貫通孔である。ノズル基板53は、例えば、ドライエッチングまたはウェットエッチング等の加工技術を用いる半導体製造技術によりシリコン単結晶基板を加工することにより製造される。ただし、ノズル基板53の製造には、他の公知の方法および材料が適宜に用いられてもよい。
【0020】
流路基板51は、インクの流路を形成するための板状部材である。
図2および
図3に示すように、流路基板51には、開口部R1と複数の供給流路Raと複数の連通流路Naとが設けられる。開口部R1は、複数のノズルNにわたり連続するように、Z軸に沿う方向でみた平面視で、Y軸に沿う方向に延びる長尺状の貫通孔である。他方、供給流路Raおよび連通流路Naそれぞれは、ノズルNごとに個別に設けられる貫通孔である。複数の供給流路Raのそれぞれは、開口部R1に連通する。流路基板51は、前述のノズル基板53と同様に、例えば、半導体製造技術によりシリコン単結晶基板を加工することにより製造される。ただし、流路基板51の製造には、他の公知の方法および材料が適宜に用いられてもよい。
【0021】
圧力室基板52は、複数のノズルNに対応する複数の圧力室Cが形成される板状部材である。圧力室Cは、流路基板51と振動板55との間に位置し、当該圧力室C内に充填されるインクに圧力を付与するためのキャビティと称される空間である。複数の圧力室Cは、Y軸に沿う方向に配列される。各圧力室Cは、圧力室基板52の両面に開口する孔52aで構成されており、X軸に沿う方向に延びる長尺状をなす。各圧力室CのX2方向での端は、対応する供給流路Raに連通する。一方、各圧力室CのX1方向での端は、対応する連通流路Naに連通する。圧力室基板52は、前述のノズル基板53と同様に、例えば、半導体製造技術によりシリコン単結晶基板を加工することにより製造される。ただし、圧力室基板52のそれぞれの製造には、他の公知の方法および材料が適宜に用いられてもよい。
【0022】
圧力室基板52のZ1方向を向く面には、振動板55が配置される。振動板55は、弾性的に変形可能な板状部材である。なお、振動板55の詳細については、後に
図5に基づいて説明する。
【0023】
振動板55のZ1方向を向く面には、互いに異なるノズルNまたは圧力室Cに対応する複数の圧電素子56が配置される。各圧電素子56は、駆動信号の供給により変形する受動素子であり、X軸に沿う方向に延びる長尺状をなす。複数の圧電素子56は、複数の圧力室Cに対応するようにY軸に沿う方向に配列される。圧電素子56の変形に連動して振動板55が振動すると、圧力室C内の圧力が変動することにより、インクがノズルNから吐出される。なお、圧電素子56の詳細については、後に
図4および
図5に基づいて説明する。
【0024】
ケース58は、複数の圧力室Cに供給されるインクを貯留するためのケースであり、流路基板51のZ1方向を向く面に接着剤等により接合される。ケース58は、例えば、樹脂材料で構成されており、射出成形により製造される。ケース58には、収容部R2と導入口IHとが設けられる。収容部R2は、流路基板51の開口部R1に対応する外形の凹部である。導入口IHは、収容部R2に連通する貫通孔である。開口部R1および収容部R2による空間は、インクを貯留するリザーバーである液体貯留室Rとして機能する。液体貯留室Rには、液体容器10からのインクが導入口IHを介して供給される。
【0025】
吸振体54は、液体貯留室R内の圧力変動を吸収するための要素である。吸振体54は、例えば、弾性変形可能な可撓性のシート部材であるコンプライアンス基板である。ここで、吸振体54は、流路基板51の開口部R1と複数の供給流路Raとを閉塞して液体貯留室Rの底面を構成するように、流路基板51のZ2方向を向く面に配置される。
【0026】
封止板57は、複数の圧電素子56を保護するとともに圧力室基板52および振動板55の機械的な強度を補強する構造体である。封止板57は、振動板55の表面に例えば接着剤により接合される。封止板57には、複数の圧電素子56を収容する凹部が設けられる。
【0027】
圧力室基板52または振動板55のZ1方向を向く面には、配線基板59が接合される。配線基板59は、制御ユニット20と液体吐出ヘッド50とを電気的に接続するための複数の配線が形成される実装部品である。配線基板59は、例えば、FPC(Flexible Printed Circuit)またはFFC(Flexible Flat Cable)等の可撓性の配線基板である。配線基板59には、圧電素子56を駆動するための駆動回路60が搭載される。駆動回路60は、各圧電素子56を駆動するための駆動信号を配線基板59を介して各圧電素子56に選択的に供給する。
【0028】
以上のように、液体吐出ヘッド50は、圧電素子56と、ノズルNに連通する圧力室Cが設けられた圧力室基板52と、圧電素子56の駆動により振動することにより、圧力室Cの液体に圧力を付与する振動板55と、を有する。ここで、前述のように、圧力室基板52、振動板55および圧電素子56がこの順でZ1方向に積層される。
【0029】
1-3.振動板および圧電素子の詳細
図4は、実施形態に係る液体吐出ヘッド50の一部を示す平面図である。
図5は、
図4中のB-B線断面図である。以下、
図4および
図5に基づいて、圧力室基板52、圧電素子56および振動板55をこの順で説明する。なお、
図5では、説明の便宜上、振動板55の0V撓みとも称される後述の初期撓みの図示が省略される。初期撓みについては、後に
図6および
図7に基づいて説明する。
【0030】
図4および
図5に示すように、圧力室基板52には、圧力室Cを構成する孔52aが設けられる。これに伴い、圧力室基板52には、互いに隣り合う2つの孔52aの間には、X軸に沿う方向に延びる壁状の隔壁52bが設けられる。圧力室基板52は、例えば、半導体製造技術によりシリコン単結晶基板を加工することにより製造される。
図4では、面方位(110)のシリコン単結晶基板に異方性エッチングにより形成した場合の孔52aの平面視形状が破線で示される。なお、孔52aの平面視形状は、
図4に示す例に限定されず、任意である。
【0031】
ここで、圧力室Cの形成は、圧電素子56の形成後に行われる。圧力室Cの形成は、例えば、圧電素子56の形成後のシリコン単結晶基板の両面のうち圧電素子56が形成される面とは異なる面を異方性エッチングすることにより行われる。このとき、当該異方性エッチングのエッチング液として、例えば、水酸化カリウム水溶液(KOH)等が用いられる。また、このとき、弾性膜55aが酸化シリコンで構成される場合、弾性膜55aは、当該異方性エッチングを停止させる停止層として機能する。以上の圧力室Cの形成後、圧力室基板52に流路基板51等が接着剤により接合される。なお、圧電素子56の形成後には、必要に応じて、当該シリコン単結晶基板の両面のうち圧電素子56が形成される面とは反対の面がCMP(chemical mechanical polishing)等により研削され、当該面の平坦化または当該基板の厚さ調整が行われる。
【0032】
図4に示すように、平面視で、圧力室Cには、圧電素子56が重なる。
図5に示すように、圧電素子56は、第1電極56aと圧電体56bと第2電極56cとを有し、これらがこの順でZ1方向に積層される。なお、圧電素子56は、電極と圧電体層が交互に多層に積層され、振動板55に向けて伸縮する構成でもよい。また、圧電素子56の層間、または圧電素子56と振動板55との間には、密着性を高めるための層等の他の層が適宜介在してもよい。
【0033】
第1電極56aは、圧電素子56ごとに互いに離間して配置される個別電極である。具体的には、X軸に沿う方向に延びる複数の第1電極56aが、互いに間隔をあけてY軸に沿う方向に配列される。各圧電素子56の第1電極56aには、制御ユニット20から所定の電圧パルスを含む駆動信号が供給される。
【0034】
第1電極56aは、例えば、イリジウム(Ir)で構成される層と、チタン(Ti)で構成される層と、を有し、これらがこの順でZ1方向に積層される。ここで、イリジウムは、導電性に優れた電極材料である。このため、第1電極56aの構成材料にイリジウムを用いることにより、第1電極56aの低抵抗化を図ることができる。また、チタンで構成される層は、圧電体56bを形成する際に、島状のTiが結晶核となって圧電体56bの配向を制御して、圧電体56bの結晶性または配向性を高める。なお、イリジウムで構成される層に代えて、または、当該層に加えて、他の金属材料で構成される層が設けられてもよい。
【0035】
図4および
図5に示す例では、圧電体56bは、複数の圧電素子56にわたり連続するようにY軸に沿う方向に延びる帯状をなす。
図4に示す例では、圧電体56bには、互いに隣り合う各圧力室Cの間隙に平面視で対応する領域に、圧電体56bを貫通する貫通孔56b1がX軸に沿う方向に延びて設けられる。これにより、
図5に示す断面でみて、圧電体56bが圧電素子56ごとに個別に設けられる。なお、圧電体56bは、複数の圧電素子56に個別に設けられてもよい。
【0036】
圧電体56bは、一般組成式ABO3で表されるペロブスカイト型結晶構造を有する圧電材料で構成される。具体的には、圧電体56bを構成する材料は、鉛(Pb)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、カリウム(K)、ナトリウム(Na)、ニオブ(Nb)、バリウム(Ba)、鉄(Fe)、ビスマス(Bi)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)、イリジウム(Ir)、ハフニウム(Hf)、リチウム(Li)、炭素(C)、ランタン(La)のうちから選択される1種または2種以上の元素を含む圧電材料である。当該圧電材料としては、例えば、チタン酸バリウム(BaTiO3)、チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)、ニオブ酸カリウムナトリウム((K,Na)NbO3)等が挙げられ、特に限定されない。
【0037】
第2電極56cは、複数の圧電素子56にわたり連続するようにY軸に沿う方向に延びる帯状の共通電極である。第2電極56cには、所定の定電位が供給される。
【0038】
第2電極56cは、例えば、イリジウム(Ir)で構成される。なお、第2電極56cの構成材料は、イリジウムに限定されず、例えば、白金(Pt)、アルミニウム(Al)、ニッケル(Ni)、金(Au)または銅(Cu)等の金属材料でもよい。また、第2電極56cは、これらの金属材料のうち、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を積層等の形態で組み合わせて用いてもよい。
【0039】
以上の第1電極56a、圧電体56bおよび第2電極56cは、この順で振動板55上に成膜されることにより得られる。第1電極56aおよび第2電極56cのそれぞれは、例えば、スパッタ法等の公知の成膜技術、およびフォトリソグラフィおよびエッチング等を用いる公知の加工技術により形成される。圧電体56bは、例えば、ゾルゲル法により圧電体の前駆体層を形成し、その前駆体層を焼成して結晶化することにより形成される。また、圧電体56bには、第1電極56aと第2電極56cとの間に電圧を印加することにより、分極処理が施される。
【0040】
以上の圧電素子56では、第1電極56aと第2電極56cとの間に電圧が印加されることにより、圧電体56bが逆圧電効果により変形する。この変形に伴って、振動板55が振動する。
【0041】
図5に示すように、振動板55は、弾性膜55aと密着膜55bと絶縁膜55cとを有し、これらがこの順でZ1方向に積層される。ここで、弾性膜55aは、圧力室基板52上に設けられる。絶縁膜55cは、弾性膜55aと圧電素子56との間に設けられる。密着膜55bは、弾性膜55aと絶縁膜55cとの間に設けられる。
【0042】
なお、
図5では、説明の便宜上、振動板55を構成する層同士の界面が明確に図示されるが、当該界面が明確でなくともよく、例えば、互いに隣り合う2つの層の界面付近において当該2つの層の構成材料同士が混在してもよい。また、密着膜55bは、必要に応じて設けられ、省略されてもよい。
【0043】
弾性膜55aは、例えば、酸化シリコン(SiO2)で構成される膜である。ただし、弾性膜55aを構成する材料は、弾性膜55aの膜応力と絶縁膜55cの膜応力とが後述の関係を満たすことができればよく、SiO2に限定されない。
【0044】
具体的には、弾性膜55aを構成する材料は、チタン(Ti)、シリコン(Si)、アルミニウム(Al)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)、イリジウム(Ir)、ハウニウム(Hf)、ジルコニウム(Zr)、炭素(C)のうちから選択される1種または2種以上の元素を、単体、酸化物または窒化物のいずれかの状態で含む材料でもよい。このような材料を用いることにより、弾性膜55aに必要な弾性を実現しつつ、弾性膜55aの膜応力と絶縁膜55cの膜応力との後述の関係を容易に満たすことができる。また、弾性膜55aは、単層で構成されてもよいし、複数層の積層で構成されてもよい。なお、弾性膜55aと絶縁膜55cとは互いに異なる材料によって構成されることが好ましい。
【0045】
弾性膜55aの厚さt1は、振動板55の厚さtおよび幅等に応じて決められ、特に限定されないが、100nm以上3000nm以下の範囲内であることが好ましく、500nm以上2500nm以下の範囲内であるとより好ましい。
【0046】
絶縁膜55cは、例えば、酸化ジルコニウム(ZrO2)で構成される膜である。ただし、絶縁膜55cを構成する材料は、弾性膜55aの膜応力と絶縁膜55cの膜応力とが後述の関係を満たすことができればよく、ZrO2に限定されない。
【0047】
具体的には、絶縁膜55cを構成する材料は、チタン(Ti)、シリコン(Si)、アルミニウム(Al)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)、イリジウム(Ir)、ハフニウム(Hf)、ジルコニウム(Zr)、炭素(C)、鉛(Pb)のうちから選択される1種または2種以上の元素を、酸化物、窒化物のいずれかの状態で含む材料でもよく、好ましくは、ZrOX、PbTiOX、TIOX、((Pb,Bi)(Fe,Ti)OX)である。このような材料を用いることにより、絶縁膜55cに必要な絶縁性を実現しつつ、弾性膜55aの膜応力と絶縁膜55cの膜応力との後述の関係を容易に満たすことができる。また、絶縁膜55cは、単層で構成されてもよいし、複数層の積層で構成されてもよい。
【0048】
絶縁膜55cの厚さt3は、振動板55の厚さtおよび幅等に応じて決められ、特に限定されないが、弾性膜55aの厚さt1よりも薄いことが好ましく、例えば、100nm以上2000nm以下の範囲内である。絶縁膜55cの厚さt3が弾性膜55aの厚さt1よりも薄いことにより、弾性膜55aの膜応力と絶縁膜55cの膜応力との後述の関係を容易に満たすことができる。
【0049】
ただし、絶縁膜55cの厚さt3が弾性膜55aの厚さt1以上であってもよい。この場合であっても、各膜の成膜方法またはアニール温度等のプロセス条件を適宜に調整することにより、弾性膜55aの膜応力と絶縁膜55cの膜応力との後述の関係を満たすことが可能である。
【0050】
以上の弾性膜55aと絶縁膜55cとの間には、密着膜55bが介在する。このため、弾性膜55aと絶縁膜55cとの間の密着性を高めることができる。また、密着膜55bにより弾性膜55aと絶縁膜55cとの接触が防止されるので、弾性膜55aがシリコン酸化物で構成されるとともに絶縁膜55cが酸化ジルコニウムで構成される場合、弾性膜55a中のシリコン酸化物が絶縁膜55c中のジルコニウムにより還元されることが低減される。
【0051】
密着膜55bは、弾性膜55aと絶縁膜55cとの間の密着性を高める膜であり、弾性膜55aおよび絶縁膜55cとは異なる材料で構成される。具体的には、密着膜55bを構成する材料は、チタン(Ti)、シリコン(Si)、アルミニウム(Al)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)、イリジウム(Ir)、ハウニウム(Hf)、ジルコニウム(Zr)、炭素(C)のうちから選択される1種または2種以上の元素を、単体、酸化物、窒化物のいずれかの状態で含む材料であり、好ましくは、TiOX、AlOX、CrOX、TiNである。このような材料を用いることにより、密着膜55bに必要な特性を実現しつつ、弾性膜55aまたは絶縁膜55cの膜応力と密着膜55bの膜応力との後述の関係を容易に満たすことができる。また、密着膜55bは、単層で構成されてもよいし、複数層の積層で構成されてもよい。
【0052】
密着膜55bの厚さt2は、振動板55の厚さtおよび幅に応じて決められ、特に限定されないが、弾性膜55aの厚さt1および絶縁膜55cの厚さt3のそれぞれよりも薄いことが好ましく、例えば、20nm以上2000nm以下の範囲内にある。この場合、振動板55の特性を最適化しやすいという利点がある。また、密着膜55bの厚さt2が絶縁膜55cの厚さt3よりも薄いことにより、絶縁膜55cの膜応力と密着膜55bの膜応力との後述の関係を容易に満たすことができる。
【0053】
ただし、密着膜55bの厚さt2が絶縁膜55cの厚さt3以上であってもよい。この場合でも、各膜の成膜方法またはアニール温度等のプロセス条件を適宜に調整することにより、弾性膜55aの膜応力と絶縁膜55cの膜応力との後述の関係を満たすことが可能である。
【0054】
以上の弾性膜55a、密着膜55bおよび絶縁膜55cは、この順で、圧力室基板52を形成するためのシリコン単結晶基板の表面に成膜されることにより得られる。例えば、弾性膜55aが酸化シリコンで構成される場合、弾性膜55aは、当該シリコン単結晶基板の一方の面を熱酸化することにより形成される。例えば、密着膜55bがクロム、チタンまたはアルミニウムの酸化物で構成される場合、密着膜55bは、弾性膜55a上に、スパッタ法によりクロム、チタンまたはアルミニウムの層を形成し、当該層を熱酸化することにより形成される。例えば、絶縁膜55cが酸化ジルコニウムで構成される場合、絶縁膜55cは、密着膜55b上に、スパッタ法によりジルコニウムの層を形成し、当該層を熱酸化することにより形成される。
【0055】
なお、振動板55を構成する複数の膜のそれぞれの形成方法は、前述の例に限定されず、任意である。例えば、弾性膜55aの少なくとも一部の形成は、CVD法等を用いてもよい。また、密着膜55bの形成は、熱酸化を用いる方法に限定されず、例えば、CVD法または原子層堆積(ALD:Atomic Layer Deposition)法等を用いてもよい。さらに、密着膜55bおよび絶縁膜55cを形成するための熱酸化は、一括して行ってもよい。
【0056】
以上の振動板55は、圧電素子56の駆動により振動する振動領域PVを有する。振動領域PVは、平面視で圧力室Cに重なる振動板55の部分である。ここで、振動領域PVは、Z軸に沿う方向みた全域にわたり、前述の弾性膜55aと密着膜55bと絶縁膜55cとの積層で構成される。したがって、弾性膜55aと密着膜55bと絶縁膜55cとのそれぞれは、Z軸に沿う方向にみて、圧力室Cの幅方向での全域にわたり圧力室Cに重なる。
【0057】
振動領域PVは、圧力室Cの幅方向、すなわちY軸に沿う方向で、第1部分RE1と第2部分RE2とに区分される。したがって、振動板55は、第1部分RE1と第2部分RE2とを有する。第1部分RE1は、Z軸に沿う方向にみて、圧力室Cおよび圧電体56bの両方に重なる振動板55の部分である。第2部分RE2は、Z軸に沿う方向にみて、第1部分RE1と圧力室Cの幅方向での端との間で、圧電体56bに重ならずに圧力室Cに重なる振動板55の部分である。
【0058】
このように振動板55が第2部分RE2を有することにより、第2部分RE2を有しない態様に比べて、振動板55を厚さ方向に撓みやすくすることができる。このため、圧電素子56の駆動による振動板55の変位効率を高めることができる。
【0059】
しかし、振動板55が第2部分RE2を有する場合、第2部分RE2の強度が第1部分RE1の強度よりも弱くなるため、振動板55のクラックが発生しやすい。特に、振動板の厚さが5μm以下である場合、振動板55の強度が弱くなるため、振動板55のクラックが発生しやすい。
【0060】
従来では、振動板55のクラックの発生を防止する観点から、弾性膜55aと絶縁膜55cとの応力差をできるだけ小さくしたほうがよいという思想のもとで設計が行われていた。このような設計思想のもとでは、振動板55全体の応力バランスが意図せず崩れてしまい、この結果、圧電素子56に電圧を印加しない状態における振動板55の圧力室Cに向かう方向の撓み量が過度になってしまうという問題が生じやすい。
【0061】
このような振動板55の撓みは、振動板55内に残留する応力に起因する。以下、圧電素子56に電圧を印加しない状態における振動板55の撓みを「初期撓み」という場合がある。
【0062】
ここで、前述のように、弾性膜55aおよび絶縁膜55cのそれぞれがZ軸に沿う方向にみて圧力室Cの幅方向での全域にわたり圧力室Cに重なる。このため、振動板55の応力の状態が振動板55の初期撓みの状態に影響を与えやすい。
【0063】
1-4.振動板の初期撓み
図6は、圧縮応力の優位な振動板55の初期撓みを説明するための模式図である。
図7は、引張応力の優位な振動板55の初期撓みを説明するための模式図である。「圧縮応力」は、膜自身が伸びようとする応力である。これに対し、「引張応力」は、膜自身が縮もうとする応力である。なお、
図6および
図7では、説明の便宜上、圧電素子56の図示が省略されるとともに、振動板55の初期撓みの状態が振動板55のZ2方向を向く面F55として模式的に示される。面F55は、前述の
図5に示す振動領域PVのZ2方向を向く面に相当する。
【0064】
振動板55に残留する応力は、振動板55を構成する複数の膜の応力の和として捉えることができる。ここで、振動板55に残留する応力が圧縮応力である場合、振動板55が伸びようとするため、
図6に示すように、振動板55は、圧力室Cに向かう方向に撓む。
【0065】
ここで、振動板55に対して、Z1方向の位置には、圧電素子56が設けられるのに対し、Z2方向の位置には、圧力室Cという空間が存在するだけである。このため、振動板55は、伸びようとすると、Z1方向への撓みが圧電素子56により規制されるのに対し、Z2方向への撓みが規制されないので、Z1方向ではなくZ2方向に撓む。
【0066】
なお、圧電体56b内に残留する応力が振動板55に作用するが、本実施形態においては圧電体56bの厚さが振動板55の厚さに比べて薄く、かつ、圧電体56bの成膜時の温度が比較的低く済むことから、圧電体56bに残留する応力が比較的小さい。このため、圧電体56bに残留する応力が振動板55の初期撓みに与える影響は、振動板55を構成する複数の膜の応力が振動板55の初期撓みに与える影響に比べて小さい。したがって、後述するように、振動板55を構成する複数の膜の応力を規定することにより、振動板55の初期撓みを十分に低減することができる。
【0067】
このように、圧縮応力の優位な振動板55は、初期撓みにより基準面F0に対してZ2方向に位置する。すなわち、圧縮応力の優位な振動板55は、自らが伸びようとする作用がはたらき、初期撓みにより圧力室Cに向かう方向に撓む。ここで、基準面F0は、圧力室基板52と振動板55との界面を含む仮想的な平面として規定される面である。振動板55の初期撓みによる撓み量L0は、撓み位置P0と基準面F0との間の距離である。撓み位置P0は、圧電素子56に電圧を印加しない状態で、面F55がZ軸に沿う方向で基準面F0から最も離れた位置である。
【0068】
ノズルNから液滴を吐出させる場合、圧電素子56の駆動により、圧力室Cを収縮させる必要がある。
図6では、ノズルNから液滴を吐出させるのに必要な振動板55の撓み量L1となる面F55が二点鎖線で示される。撓み量L1は、撓み位置P0と撓み位置P1と間の距離である。撓み位置P1は、圧力室Cにインクを収容し、かつ、ノズルNから液滴が吐出されるように第1電極56aと第2電極56cとの間に電圧を印加した状態で、圧力室Cと振動板55との面F55がZ2方向で基準面F0から最も離れた位置である。
【0069】
ここで、振動板55の初期撓みによる撓み量L0が大きいと、圧電素子56の駆動による撓み量L1が小さくなる。換言すれば、撓み量L0が大きいと、後述の変位効率が低下する。これは、撓み量L0が大きいことにより、圧電素子56を駆動しても比較的早期に振動板55の弾性変形の限界に近づき、振動板の撓み量が飽和的になるためである。
【0070】
そこで、本開示の液体吐出ヘッド50では、撓み量L0を抑制し、後述の変位効率を向上させるべく、振動板55全体の圧縮応力が従来に比べて小さくなるように調整される。
【0071】
ここで、振動板55全体の圧縮応力が小さくなると、振動板55の面F55が基準面F0に近づく。例えば、振動板55に残留する応力が引張応力である場合、振動板55が縮もうとするため、
図7に示すように、振動板55の圧力室Cに向かう方向への撓みが低減される。つまり、振動板55の初期撓みによる撓み量L0が低減される。これにより、圧電素子56の駆動によって比較的早期に振動板55の弾性変形の限界に近づくことを抑制し、変位効率を大きくすることができる。なお、
図7では、振動板55に初期撓みが生じない場合が例示されており、振動板55の圧力室Cに向かう面F55が基準面F0に一致する。
【0072】
なお、圧電素子56に電圧を印加しない状態における振動板55の圧力室Cに向かう方向に撓んでいても、その撓みの程度が適度であれば、圧電素子56の駆動による振動板55の変位効率を向上させることができる。これに対し、圧電素子56に電圧を印加しない状態における振動板55の圧力室Cに向かう方向での撓みが過度であると、圧電素子56から受けた力に対する振動板55の変形量の比が線形的でなくなり、飽和的になるため、圧電素子56からの力を効率的に振動板55の変位量に変換できなくなる。つまり、圧電素子56の駆動が振動板55によって大きく妨げられてしまう。
【0073】
1-5.振動板の各膜の膜応力
図8は、弾性膜55aの膜応力と絶縁膜55cの膜応力との関係に基づく振動板55の変位効率比率を示す図である。
図8中、縦軸は、弾性膜55aの膜応力を示し、横軸は、絶縁膜55cの膜応力を示す。また、
図8では、振動板55の変位効率比率が100%から125%の間の範囲において5%の範囲ごとに互いに異なる網掛けまたはハッチングにより表示される。なお、本明細書において、圧縮応力が負の値で表され、引張応力が正の値で表される。
【0074】
図8に示す「変位効率比率」の結果は、シミュレーションにより求めた結果である。当該シミュレーションでは、弾性膜55aがSIO
2で構成される膜であり、密着膜55bがTiO
2で構成される膜であり、絶縁膜55cがZrO
2で構成される膜である。また、当該シミュレーションでは、密着膜55bの膜応力を+600MPaに固定した状態で、弾性膜55aおよび絶縁膜55cのそれぞれの膜応力を-1000MPaと+1000MPaとの間で変化させた。
【0075】
「変位効率比率」は、弾性膜55aと絶縁膜55cとの応力差をできるだけ小さくするという従来の設計思想による既存の圧電素子および振動板からなるアクチュエーターの変位効率を基準(100%)とし、当該基準に対する変位効率の比率である。
【0076】
アクチュエーターの変位効率は、δ×fa
2で表される。ここで、δは、アクチュエーターの振動による最大変位量であって
図6および
図7の撓み量L1に相当し、faは、アクチュエーターの振動周波数である。なお、「アクチュエーターの振動による振動板の最大変位量」は、「アクチュエーターの振動による排除体積」等と可換である。なお、アクチュエーターの振動による振動板の最大変位量は、数百[nm]以上数[μm]以下の範囲内である。また、アクチュエーターの振動周波数は、最大でも数[MHz]程度である。
【0077】
図8中の太い破線で囲まれた領域では、振動板55の変位効率比率が105%以上である。したがって、当該領域内では、既存のアクチュエーターに比べて変位効率を5%以上向上させることができる。言い換えると、当該領域外の領域を除くことにより、既存のアクチュエーターに比べて変位効率を5%以上向上させることができる。
【0078】
ここで、弾性膜55aの膜応力をX[MPa]とし、絶縁膜55cの膜応力をZ[MPa]とし、変位効率比率の境界を105%とした場合、その境界における弾性膜55aの膜応力と絶縁膜55cの膜応力とは、
図8に示すように、X=-0.48Z-904の関係で表される。そこで、変位効率比率が105%以上となるよう、弾性膜55aの膜応力と絶縁膜55cの膜応力とは、
X>-0.48Z-904
の関係を満たす。ここで、-1000<X<1000、-1000<Z<1000の関係をそれぞれ満たすことが好ましい。
【0079】
このような関係を満たすことにより、圧電素子56に電圧を印加しない状態における振動板55の圧力室Cに向かう方向での過度の撓みを低減することができる。このため、圧電素子56の駆動による振動板55の変位効率を向上させることができる。この結果、吐出効率に優れた液体吐出ヘッド50を提供することができる。
【0080】
これに対し、
図8中の左下の変位効率比率が105%以下となる領域では、弾性膜55aおよび絶縁膜55cの両方による圧縮応力が比較的大きく、両方の膜が伸びようとするため、振動板55全体として伸びようとする。ここで、振動板55は、伸びようとすると、圧力室Cに向かう方向に撓む可能性とそれとは反対に撓む可能性との2通りの可能性が考えられる。しかし、振動板55に対して、Z1方向の位置には、圧電素子56が設けられるのに対し、Z2方向の位置には、圧力室Cという空間が存在するだけであるため、振動板55は、Z1方向ではなくZ2方向に撓むことになる。このような膜応力は、圧電素子56に印加される電圧に関係なく、常に振動板55に生じる。このため、
図6に示すように振動板55のZ2方向への初期撓みが大きくなってしまい、圧電素子56の駆動による振動板55の変位効率の向上が見込めない。このため、
図8中の左下周辺の領域においては、液体吐出ヘッド50の吐出効率を大きく向上することが難しい。したがって、弾性膜55aの膜応力と絶縁膜55cの膜応力とが上述の関係を満たすことが好ましい。
【0081】
また、
図8中において変位効率比率の境界を120%とした場合、その境界における弾性膜55aの膜応力と絶縁膜55cの膜応力とは、
図8に示すように、X=-0.34Z-460の関係で表される。したがって、変位効率比率を120%以上とするには、弾性膜55aの膜応力と絶縁膜55cの膜応力とは、
X>-0.34Z-460
の関係を満たすことが好ましい。この場合、圧電素子56の駆動による振動板55の変位効率をさらに向上させることができる。ここで、振動板55を構成する膜のクラックまたは剥離を抑制する観点から、-1000<X<1000、-1000<Z<1000の関係をそれぞれ満たすことが好ましい。
【0082】
図9は、弾性膜55aの膜応力と密着膜55bの膜応力との関係に基づく振動板55の変位効率比率を示す図である。
図9中、縦軸は、弾性膜55aの膜応力を示し、横軸は、密着膜55bの膜応力を示す。また、
図9では、振動板55の変位効率比率が100%から125%の間の範囲において5%の範囲ごとに互いに異なる網掛けまたはハッチングにより表示される。
【0083】
図9に示す「変位効率比率」の結果は、シミュレーションにより求めた結果である。当該シミュレーションでは、弾性膜55aがSIO
2で構成される膜であり、密着膜55bがTiO
2で構成される膜であり、絶縁膜55cがZrO
2で構成される膜である。また、当該シミュレーションでは、絶縁膜55cの膜応力を+100MPaに固定した状態で、弾性膜55aおよび密着膜55bのそれぞれの膜応力を-1000MPaと+1000MPaとの間で変化させた。
【0084】
図9中の太い破線で囲まれた領域では、振動板55の変位効率比率が105%以上である。したがって、当該領域内では、既存のアクチュエーターに比べて変位効率を5%以上向上させることができる。言い換えると、当該領域外の領域を除くことにより、既存のアクチュエーターに比べて変位効率を5%以上向上させることができる。
【0085】
ここで、弾性膜55aの膜応力をX[MPa]とし、密着膜55bの膜応力をY[MPa]としたとき、変位効率比率の境界を105%とした場合、その境界における弾性膜55aの膜応力と密着膜55bの膜応力とは、
図9に示すように、X=-0.28Y-778の関係で表される。したがって、変位効率比率を105%以上とするには、弾性膜55aの膜応力と密着膜55bの膜応力とは、
X>-0.28Y-778
の関係を満たすことが好ましい。この場合、密着膜55bを用いる態様において、圧電素子56に電圧を印加しない状態における振動板55の圧力室Cに向かう方向での過度の撓みを低減することができる。このため、密着膜55bを用いる態様において、圧電素子56の駆動による振動板55の変位効率を向上させることができる。ここで、-1000<X<1000、-1000<Y<1000の関係をそれぞれ満たすことが好ましい。
【0086】
このような関係を満たすことにより、圧電素子56に電圧を印加しない状態における振動板55の圧力室Cに向かう方向での過度の撓みを低減することができる。このため、圧電素子56の駆動による振動板55の変位効率を向上させることができる。この結果、吐出効率に優れた液体吐出ヘッド50を提供することができる。
【0087】
これに対し、
図9中の左下の変位効率比率が105%以下となる領域では、弾性膜55aおよび密着膜55bの両方による圧縮応力が比較的大きい。このような領域では、
図8中の左下の変位効率比率が105%以下となる領域と同様の理由により、液体吐出ヘッド50の吐出効率を大きく向上することが難しい。したがって、弾性膜55aの膜応力と密着膜55bの膜応力とが上述の関係を満たすことが好ましい。
【0088】
また、
図9中において変位効率比率の境界を120%とした場合、弾性膜55aの膜応力と密着膜55bの膜応力とは、
図8に示すように、X=-0.29Y-335の関係で表される。したがって、変位効率比率を120%以上とするには、弾性膜55aの膜応力と密着膜55bの膜応力とは、
X>-0.29Y-335
の関係を満たすことが好ましい。この場合、密着膜55bを用いる態様において、圧電素子56の駆動による振動板55の変位効率をさらに向上させることができる。ここで、-1000<X<1000、-1000<Y<1000の関係をそれぞれ満たすことが好ましい。
【0089】
図10は、絶縁膜55cの膜応力と密着膜55bの膜応力との関係に基づく振動板55の変位効率比率を示す図である。
図10中、縦軸は、絶縁膜55cの膜応力を示し、横軸は、密着膜55bの膜応力を示す。また、
図10では、振動板55の変位効率比率が100%から125%の間の範囲において5%の範囲ごとに互いに異なる網掛けまたはハッチングにより表示される。
【0090】
図10に示す「変位効率比率」の結果は、シミュレーションにより求めた結果である。当該シミュレーションでは、弾性膜55aがSIO
2で構成される膜であり、密着膜55bがTiO
2で構成される膜であり、絶縁膜55cがZrO
2で構成される膜である。また、当該シミュレーションでは、弾性膜55aの膜応力を+220MPaに固定した状態で、絶縁膜55cおよび密着膜55bのそれぞれの膜応力を-1000MPaと+1000MPaとの間で変化させた。
【0091】
図10中の太い破線で囲まれた領域では、振動板55の変位効率比率が105%以上である。したがって、当該領域内では、既存のアクチュエーターに比べて変位効率を5%以上向上させることができる。言い換えると、当該領域外の領域を除くことにより、既存のアクチュエーターに比べて変位効率を5%以上向上させることができる。
【0092】
ここで、絶縁膜55cの膜応力をZ[MPa]とし、密着膜55bの膜応力をY[MPa]とし、変位効率比率の境界を105%とした場合、その境界における密着膜55bの膜応力と絶縁膜55cの膜応力とは、
図10に示すように、Z=-0.59Y-1059の関係で表される。したがって、変位効率比率を105%以上とするには、密着膜55bの膜応力と絶縁膜55cの膜応力とは、
Z>-0.59Y-1059
の関係を満たすことが好ましい。この場合、密着膜55bを用いる態様において、圧電素子56の駆動による振動板55の変位効率をさらに向上させることができる。
【0093】
これに対し、
図10中の左下の変位効率比率が105%以下となる領域では、絶縁膜55cおよび密着膜55bの両方による圧縮応力が比較的大きい。このような領域では、
図8中の左下の変位効率比率が105%以下となる領域と同様の理由により、液体吐出ヘッド50の吐出効率を大きく向上することが難しい。したがって、絶縁膜55cの膜応力と密着膜55bの膜応力とが上述の関係を満たすことが好ましい。
【0094】
また、
図10中において変位効率比率の境界を120%とした場合、その境界における密着膜55bの膜応力と絶縁膜55cの膜応力は、
図9に示すように、Z=-0.82Y-225の関係で表される。したがって、変位効率比率を120%以上とするには、密着膜55bの膜応力と絶縁膜55cの膜応力とは、
Z>-0.82Y-225
の関係を満たすことが好ましい。この場合、密着膜55bを用いる態様において、圧電素子56の駆動による振動板55の変位効率をさらに向上させることができる。
【0095】
以上、
図8から
図10に基づいて、密着膜55bの膜応力と絶縁膜55cの膜応力と弾性膜55aの膜応力との関係について説明したが、密着膜55bの膜応力と絶縁膜55cの膜応力と弾性膜55aの膜応力とは、
-1000<X<1000、
-1000<Y<1000、
-1000<Z<1000、
の関係をそれぞれ満たすことが好ましい。この場合、各膜の極度な応力が低減されるので、密着膜55bと絶縁膜55cと弾性膜55aとのそれぞれの成膜時におけるクラックの発生を防止することができる。すなわち、振動板55の初期撓みを低減しつつ、振動板55のクラックの発生を防止することができる。
【0096】
より好ましくは、振動板55を構成する複数の膜間の応力差を小さくすることにより、振動板55のクラックをより好適に防止する観点から、密着膜55bの膜応力と絶縁膜55cの膜応力と弾性膜55a膜応力とは、
-500<X<500、
-500<Y<500、
-500<Z<500、
の関係をそれぞれ満たす。
【0097】
以上のように、液体吐出ヘッド50では、振動板55を構成する複数の膜の膜応力の関係を最適化することにより、圧電素子56に電圧を印加しない状態における振動板55の圧力室Cに向かう方向での過度の撓みを低減することができる。このため、圧電素子56の駆動による振動板55の変位効率を向上させることができる。この結果、吐出効率に優れた液体吐出ヘッド50を提供することができる。
【0098】
2.変形例
以上の例示における各形態は多様に変形され得る。前述の各形態に適用され得る具体的な変形の態様を以下に例示する。なお、以下の例示から任意に選択される2以上の態様は、互いに矛盾しない範囲で適宜に併合され得る。
【0099】
2-1.変形例1
前述の各形態では、圧電体56bが複数の圧力室Cに共通に設けられるが、これに限定されず、圧力室Cごとに圧電体56bが分割されてもよい。また、第1電極56aおよび第2電極56cの双方を個別電極としてもよい。
【0100】
2-2.変形例2
前述の各形態では、液体吐出ヘッド50を搭載するキャリッジ41を往復させるシリアル方式の液体吐出装置100を例示するが、複数のノズルNが媒体Mの全幅にわたり分布するライン方式の液体吐出装置にも本開示を適用することが可能である。
【0101】
2-3.変形例3
前述の各形態で例示する液体吐出装置100は、印刷に専用される機器のほか、ファクシミリ装置やコピー機等の各種の機器に採用され得る。もっとも、本開示の液体吐出装置の用途は印刷に限定されない。例えば、色材の溶液を吐出する液体吐出装置は、液晶表示装置のカラーフィルターを形成する製造装置として利用される。また、導電材料の溶液を吐出する液体吐出装置は、配線基板の配線や電極を形成する製造装置として利用される。
【0102】
3.本開示のまとめ
以下、本開示のまとめを付記する。
【0103】
(付記1)本開示の好適例である第1態様の液体吐出ヘッドは、圧電素子と、ノズルに連通する圧力室が設けられた圧力室基板と、前記圧電素子の駆動により振動することにより、前記圧力室の液体に圧力を付与する振動板と、を有し、前記圧力室基板、前記振動板および前記圧電素子がこの順で積層方向に積層されており、前記振動板は、前記圧力室基板上に設けられた弾性膜と、前記弾性膜と前記圧電素子との間に設けられた絶縁膜と、を含み、圧縮応力を負の値、引張応力を正の値で表し、前記弾性膜の膜応力をX[MPa]とし、前記絶縁膜の膜応力をZ[MPa]としたとき、X>-0.48Z-904の関係を満たす。
【0104】
以上の第1態様では、弾性膜の膜応力と絶縁膜の膜応力とがX>-0.48Z-904の関係を満たすことにより、圧電素子に電圧を印加しない状態における振動板の圧力室に向かう方向での過度の撓みを低減することができる。このため、圧電素子の駆動による振動板の変位効率を向上させることができる。この結果、吐出効率に優れた液体吐出ヘッドを提供することができる。
【0105】
ここで、圧電素子に電圧を印加しない状態における振動板の圧力室に向かう方向での撓みが適度であれば、圧電素子の駆動による振動板の変位効率を向上させることができる。これに対し、圧電素子に電圧を印加しない状態における振動板の圧力室に向かう方向での撓みが過度であると、圧電素子から受けた力に対する振動板の変形量の比が線形的でなくなり、飽和的になるため、圧電素子からの力を効率的に振動板の変位量に変換できなくなる。
【0106】
また、振動板の厚さが5μm以下である場合、振動板の強度が弱くなるため、振動板のクラックが発生しやすい。従来では、振動板のクラックの発生を防止する観点から、弾性膜と絶縁膜との応力差をできるだけ小さくしたほうがよいという思想のもとで設計が行われていた。このような設計思想のもとでは、振動板全体の応力バランスが意図せず崩れてしまい、この結果、圧電素子に電圧を印加しない状態における振動板の圧力室に向かう方向の撓み量が過度になってしまうという問題が生じやすい。したがって、振動板の厚さが5μm以下である場合、弾性膜の膜応力と絶縁膜の膜応力とが前述の関係を満たすことによる効果が顕著に得られる。
【0107】
(付記2)第1態様の好適例である第2態様において、前記弾性膜の膜応力と前記絶縁膜の膜応力とは、X>-0.34Z-460の関係を満たす。以上の第2態様では、圧電素子の駆動による振動板の変位効率をさらに向上させることができる。
【0108】
(付記3)第1態様または第2態様の好適例である第3態様において、前記弾性膜を構成する材料は、Ti、Si、Al、Ta、Cr、Ir、Hf、Zr、Cのうちから選択される1種または2種以上の元素を、単体、酸化物または窒化物のいずれかの状態で含む。以上の第3態様では、弾性膜に必要な弾性を実現しつつ、弾性膜の膜応力と絶縁膜の膜応力との前述の関係を容易に満たすことができる。
【0109】
(付記4)第1態様から第3態様のいずれかの好適例である第4態様において、前記絶縁膜を構成する材料は、Ti、Si、Al、Ta、Cr、Ir、Hf、Zr、C、Pbのうちから選択される1種または2種以上の元素を、酸化物、窒化物のいずれかの状態で含む。以上の第4態様では、絶縁膜に必要な絶縁性を実現しつつ、弾性膜の膜応力と絶縁膜の膜応力との前述の関係を容易に満たすことができる。
【0110】
(付記5)第1態様から第4態様のいずれかの好適例である第5態様において、前記絶縁膜の厚さは、前記弾性膜の厚さよりも薄い。以上の第5態様では、弾性膜の膜応力と絶縁膜の膜応力との前述の関係を容易に満たすことができる。ただし、絶縁膜の厚さが弾性膜の厚さ以上であっても、各膜の成膜方法またはアニール温度等のプロセス条件を適宜に調整することにより、弾性膜の膜応力と絶縁膜の膜応力との前述の関係を満たすことも可能である。
【0111】
(付記6)第1態様から第5態様のいずれかの好適例である第6態様において、前記振動板は、前記弾性膜と前記絶縁膜との間に設けられた密着膜をさらに含み、前記密着膜の膜応力をY[MPa]としたとき、X>-0.28Y-778の関係を満たす。以上の第6態様では、密着膜を用いる態様において、圧電素子に電圧を印加しない状態における振動板の圧力室に向かう方向での過度の撓みを低減することができる。このため、密着膜を用いる態様において、圧電素子の駆動による振動板の変位効率を向上させることができる。
【0112】
(付記7)第6態様の好適例である第7態様において、前記弾性膜の膜応力と前記密着膜の膜応力とは、X>-0.29Y-335の関係を満たす。以上の第7態様では、密着膜を用いる態様において、圧電素子の駆動による振動板の変位効率をさらに向上させることができる。
【0113】
(付記8)第6態様または第7態様の好適例である第8態様において、前記密着膜を構成する材料は、Ti、Si、Al、Ta、Cr、Ir、Hf、Zr、Cのうちから選択される1種または2種以上の元素を、単体、酸化物、窒化物のいずれかの状態で含む。以上の第8態様では、密着膜に必要な特性を実現しつつ、弾性膜または絶縁膜の膜応力と密着膜の膜応力との前述の関係を容易に満たすことができる。
【0114】
(付記9)第6態様から第8態様のいずれかの好適例である第9態様において、前記密着膜の厚さは、前記絶縁膜の厚さよりも薄い。以上の第9態様では、絶縁膜の膜応力と密着膜の膜応力との前述の関係を容易に満たすことができる。ただし、密着膜の厚さが絶縁膜の厚さ以上であっても、各膜の成膜方法またはアニール温度等のプロセス条件を適宜に調整することにより、弾性膜の膜応力と絶縁膜の膜応力との前述の関係を満たすことも可能である。
【0115】
(付記10)第6態様から第9態様のいずれかの好適例である第10態様において、前記密着膜の膜応力と前記絶縁膜の膜応力とは、Z>-0.59Y-1059の関係を満たす。以上の第10態様では、密着膜を用いる態様において、圧電素子の駆動による振動板の変位効率をさらに向上させることができる。
【0116】
(付記11)第6態様から第10態様のいずれかの好適例である第11態様において、前記密着膜の膜応力と前記絶縁膜の膜応力とは、Z>-0.82Y-225の関係を満たす。以上の第11態様では、密着膜を用いる態様において、圧電素子の駆動による振動板の変位効率をさらに向上させることができる。
【0117】
(付記12)第6態様から第11態様のいずれかの好適例である第12態様において、前記密着膜の膜応力と前記絶縁膜の膜応力と前記弾性膜の膜応力とは、-1000<X<1000、-1000<Y<1000、-1000<Z<1000、の関係をそれぞれ満たす。以上の第12態様では、密着膜と絶縁膜と弾性膜とのそれぞれの成膜時におけるクラックの発生を防止することができる。
【0118】
(付記13)第1態様から第12態様のいずれかの好適例である第13態様において、前記圧力室は、前記積層方向に直交する方向に延びる形状をなし、前記圧電素子は、第1電極と圧電体と第2電極とを前記積層方向でのこの順に含み、前記振動板は、前記積層方向にみて、前記圧力室および前記圧電体の両方に重なる第1部分と、前記第1部分と前記圧力室の幅方向での端との間で、前記圧電体に重ならずに前記圧力室に重なる第2部分と、を有する。以上の第13態様では、振動板が第2部分を有することにより、第2部分を有しない態様に比べて、振動板を厚さ方向に撓みやすくすることができる。このため、圧電素子の駆動による振動板の変位効率を高めることができる。
【0119】
ここで、第2部分の強度が第1部分の強度よりも弱くなるため、振動板のクラックが発生しやすい。従来では、振動板のクラックの発生を防止する観点から、弾性膜と絶縁膜との応力差をできるだけ小さくしたほうがよいという思想のもとで設計が行われていた。このような設計思想のもとでは、振動板全体の応力バランスが意図せず崩れてしまい、この結果、圧電素子に電圧を印加しない状態における振動板の圧力室に向かう方向の撓み量が過度になってしまうという問題が生じる。したがって、振動板が第2部分を有する場合、弾性膜の膜応力と絶縁膜の膜応力とが前述の関係を満たすことによる効果が顕著に得られる。
【0120】
(付記14)第1態様から第13態様のいずれかの好適例である第14態様において、前記圧力室は、前記積層方向に直交する方向に延びる形状をなし、前記弾性膜および前記絶縁膜のそれぞれは、前記積層方向にみて、前記圧力室の幅方向での全域にわたり前記圧力室に重なる。以上の第14態様では、振動板の応力の状態が、圧電素子に電圧を印加しない状態における振動板の撓みの状態に影響を与えやすい。したがって、弾性膜および絶縁膜のそれぞれが積層方向にみて圧力室の幅方向での全域にわたり圧力室に重なる場合、弾性膜の膜応力と絶縁膜の膜応力とが前述の関係を満たすことによる効果が顕著に得られる。
【0121】
(付記15)本開示の好適例である第15態様の液体吐出装置は、前述の第1態様から第14態様のいずれかの液体吐出ヘッドと、前記液体吐出ヘッドの駆動を制御する制御部と、を備える。以上の第15態様では、吐出特性に優れた液体吐出装置を提供することができる。
【符号の説明】
【0122】
10…液体容器、20…制御ユニット(制御部)、30…搬送機構、40…移動機構、41…キャリッジ、42…搬送ベルト、50…液体吐出ヘッド、51…流路基板、52…圧力室基板、52a…孔、52b…隔壁、53…ノズル基板、54…吸振体、55…振動板、55a…弾性膜、55b…密着膜、55c…絶縁膜、56…圧電素子、56a…第1電極、56b…圧電体、56b1…貫通孔、56c…第2電極、57…封止板、58…ケース、59…配線基板、60…駆動回路、100…液体吐出装置、C…圧力室、F0…基準面、F55…面、IH…導入口、L0…撓み量、L1…撓み量、M…媒体、N…ノズル、Na…連通流路、P0…撓み位置、P1…撓み位置、PV…振動領域、R…液体貯留室、R1…開口部、R2…収容部、RE1…第1部分、RE2…第2部分、Ra…供給流路、t…厚さ、t1…厚さ、t2…厚さ、t3…厚さ。