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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024127528
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】全固体電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/36 20060101AFI20240912BHJP
   H01M 10/0562 20100101ALI20240912BHJP
   H01M 10/052 20100101ALI20240912BHJP
   H01M 4/587 20100101ALI20240912BHJP
   H01M 4/40 20060101ALI20240912BHJP
   H01M 4/139 20100101ALI20240912BHJP
【FI】
H01M4/36 C
H01M10/0562
H01M10/052
H01M4/587
H01M4/40
H01M4/139
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023036735
(22)【出願日】2023-03-09
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「先進・革新蓄電池材料評価技術開発(第2期)」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】591056927
【氏名又は名称】一般財団法人日本自動車研究所
(74)【代理人】
【識別番号】240000327
【弁護士】
【氏名又は名称】弁護士法人クレオ国際法律特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】安藤 慧佑
【テーマコード(参考)】
5H029
5H050
【Fターム(参考)】
5H029AJ03
5H029AK03
5H029AL06
5H029AL07
5H029AL12
5H029AM12
5H029CJ24
5H029DJ09
5H029EJ07
5H029HJ04
5H050AA08
5H050AA09
5H050BA17
5H050CA08
5H050CA09
5H050CB07
5H050CB08
5H050CB12
5H050DA13
5H050EA15
5H050FA02
5H050GA24
5H050HA04
(57)【要約】
【課題】負極側でのクーロン効率向上と、負極劣化防止による電池寿命向上と、を両立させること。
【解決手段】全固体電池Aは、正極層10と負極層20と固体電解質層30を備える。固体電解質層30は、硫化物固体電解質31の粒子集合層である。負極層20は、表面コート層21aを形成した負極活物質21を有する。負極活物質21は、グラファイト、天然黒鉛、人造黒鉛、ハードカーボン、リチウム金属、リチウム合金系の何れかである。表面コート層21aの材料は、硫化物固体電解質31との還元分解反応を抑える耐還元性を有する酸化物系、硫化物系、フッ化物系、水素化物系、塩化物系、窒化物のうち何れかの単体、混合物および化合物である。表面コート層21aの厚みは、負極集電体22から硫化物固体電解質31への電子供与を抑制する2nm以上の厚みであって、充放電時におけるリチウムイオン伝導を確保する30nm以下の厚み範囲に設定する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極層と、負極層と、前記正極層と前記負極層に挟まれた固体電解質層と、を備える全固体電池において、
前記固体電解質層は、硫化物固体電解質の粒子集合層であり、
前記負極層は、表面コート層を形成した負極活物質を有し、
前記負極活物質は、グラファイト、天然黒鉛、人造黒鉛、ハードカーボン、リチウム金属、リチウム合金系の何れかであり、
前記表面コート層の材料は、前記硫化物固体電解質との還元分解反応を抑える耐還元性を有する酸化物系、硫化物系、フッ化物系、水素化物系、塩化物系、窒化物のうち何れかの単体、混合物および化合物であり、
前記表面コート層の厚みは、負極集電体から前記硫化物固体電解質への電子供与を抑制する2nm以上の厚みであって、充放電時におけるリチウムイオン伝導を確保する30nm以下の厚み範囲に設定する
ことを特徴とする全固体電池。
【請求項2】
請求項1に記載の全固体電池において、
前記表面コート層の厚みは、前記負極活物質の表面に前記表面コート層を形成するスパッタリング装置を用い、前記スパッタリング装置によるコーティング処理時間の管理によって設定する
ことを特徴とする全固体電池。
【請求項3】
請求項2に記載の全固体電池において、
前記表面コート層の材料は、含リチウム酸化物である
ことを特徴とする全固体電池。
【請求項4】
請求項3に記載の全固体電池において、
前記含リチウム酸化物は、炭酸リチウム、ホウ酸リチウム、ランタンジルコン酸リチウムの何れかである
ことを特徴とする全固体電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電解質を液体から固体に置き換えた全固体電池に関する。
【背景技術】
【0002】
被覆負極活物質および硫化物固体電解質を含有し、前記被覆負極活物質は、Si系活物質と、前記Si系活物質の表面の40%以上70%以下を被覆するイオン伝導性酸化物層とを有する、負極合材が知られている(特許文献1を参照)。
【0003】
電極活物質と第1固体電解質材料と被覆材料とを含み、前記第1固体電解質材料は、Li、M、およびXを含み、かつ、硫黄を含まず、Mは、Li以外の金属元素と半金属元素とからなる群より選ばれる少なくとも1種を含み、Xは、Cl、Br、およびIからなる群より選ばれる少なくとも1種であり、前記被覆材料は、前記電極活物質の表面に位置する、電極材料が知られている(特許文献2を参照)。
【0004】
負極層上に前記負極層に対して電気化学的に安定な硫化物系固体電解質層が形成された全固体リチウム二次電池であって、前記負極層と前記硫化物系固体電解質層との間に前記負極層に対して電気化学的に安定で電子供与性のないLiイオン伝導体修飾層を有することを特徴とする全固体リチウム二次電池が知られている(特許文献3を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2022-006660号公報
【特許文献2】国際公開第2019/146308号
【特許文献3】特開2009-193803号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、現行の電気自動車やプラグインハイブリッド車などには、有機の電解液を使用するリチウムイオン電池が適用されているが、エネルギー密度を高めると安全性が低下するというように、エネルギー密度と安全性がトレードオフの関係にある。これに対し、無機の固体電解質を使用する全固体電池では、固体電解質の難燃性および熱的・化学的安定性を活かすことでエネルギー密度を高めても、安全性・耐久性を確保できるし、充電時間の短縮も期待できる。しかし、全固体電池は、期待どおりの性能を発揮させるための課題が多く、実用化に向けて研究開発が進められている状況にある。
【0007】
これに対し、特許文献1に開示された負極合材は、電池性能を良好にでき、かつ、電池の温度上昇を抑制できる負極合材を提供することを主目的とするもので、負極活物質としてシリコン系活物質を用いている。そして、シリコン系活物質の表面の40%以上70%以下を被覆するイオン伝導性酸化物層を有する。しかし、負極合材を製造する際、負極活物質の表面面積に対するイオン伝導性酸化物層の被覆率を設定範囲に管理することが困難であり、被覆率のバラツキ発生が避けられない。よって、被覆率が設定範囲を超えて広いと、抵抗層となってクーロン効率(充放電効率)を低下させてしまう。一方、被覆率が設定範囲未満で狭いと、負極集電体からの電子が硫化物固体電解質に供与され、硫化物固体電解質の還元分解反応を進行させ、電池劣化を促進してしまう。
【0008】
特許文献2に開示された電極材料は、電池の充放電効率を向上させることを目的とし、負極層中の電解質として、ハロゲン化物固体電解質を用いている。そして、特許文献2の段落[0078]、[0079]には、電極活物質粒子の表面に被覆層が設けられ、被覆層の厚みは、1nm以上かつ100nm以下であってもよいと記載されている。よって、例えば、被覆層を100nmの近傍の最大厚領域の厚みに設定したら、被覆層が抵抗層となって狙いとしている電池の充放電効率の向上を望めないおそれがある。
【0009】
特許文献3に記載された全固体リチウム二次電池は、リチウムイオン伝導に対する抵抗を小さくし、出力を向上させた全固体リチウム二次電池を提供することを主目的とし、負極層と硫化物系固体電解質層との間にLiイオン伝導体修飾層を有する構成としている。そして、特許文献3の段落[0034]、[0071]には、Liイオン伝導体修飾層は、1nm~30nmの範囲内であることが好ましいとされ、集電体の上に金属Liを圧着して負極層を形成し、乾燥窒素中での処理により負極層上にLiイオン伝導体修飾層を形成すると記載されている。しかし、負極活物質の表面にコート層を形成するのではなく、2つの層の間にLiイオン伝導体修飾層を形成するものであるため、修飾層の総表面積が狭くなる。加えて、nm単位の厚みによるLiイオン伝導体修飾層を形成するため、2つの層との境界面の全面を修飾層により覆うことが製造上難しく、Liイオン伝導体修飾層が抜けた開口部分を有することになる。よって、負極集電体からの電子が、Liイオン伝導体修飾層の開口部分を経由して負極活物質から硫化物系固体電解質層へ供与され、負極における固体電解質の還元分解反応を進行させ、電池劣化を促進してしまう。
【0010】
本発明は、上記課題に着目してなされたもので、負極側でのクーロン効率向上と、負極劣化防止による電池寿命向上と、を両立させた全固体電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、本発明の全固体電池は、正極層と、負極層と、前記正極層と前記負極層に挟まれた固体電解質層と、を備える。前記固体電解質層は、硫化物固体電解質の粒子集合層である。前記負極層は、表面コート層を形成した負極活物質を有する。前記負極活物質は、グラファイト、天然黒鉛、人造黒鉛、ハードカーボン、リチウム金属、リチウム合金系の何れかである。前記表面コート層の材料は、前記硫化物固体電解質との還元分解反応を抑える耐還元性を有する酸化物系、硫化物系、フッ化物系、水素化物系、塩化物系、窒化物のうち何れかの単体、混合物および化合物である。前記表面コート層の厚みは、負極集電体から前記硫化物固体電解質への電子供与を抑制する2nm以上の厚みであって、充放電時におけるリチウムイオン伝導を確保する30nm以下の厚み範囲に設定する。
【発明の効果】
【0012】
電池が劣化する原因の一つである負極における硫化物固体電解質の還元分解反応は、負極集電体からの電子が負極活物質を経由して硫化物固体電解質へ供与されることで進行する。この劣化解析に基づいて、負極活物質の表面コート層の材料として耐還元性材料を選定すると共に、表面コート層の厚み範囲を電子供与の抑制とリチウムイオン伝導の確保を考慮した設定にする上記手段を採用した。このように、耐還元性材料の表面コート層により負極活物質を被覆することで、負極側でのクーロン効率向上と、負極劣化防止による電池寿命向上と、を両立させた全固体電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施形態の全固体電池の構成を示す断面図である。
図2】実施形態の全固体電池の負極活物質に薄膜による表面コート層を形成するスパッタリング装置を示す概要説明図である。
図3】スパッタリング装置により負極活物質に成膜するときにコート材の種類と成膜時間により分けられる4パターンでのICPによる成膜量評価、理論的推定厚みを示す酸化物コート評価表である。
図4】未被覆負極活物質による全固体電池において高温滞在時間の経過に伴い低下する電池容量の関係を示す容量特性図である。
図5】未被覆負極活物質による全固体電池において劣化前の初期状態と劣化後の状態との対比を示す対比説明図である。
図6】未被覆負極活物質による全固体電池において負極集電体からの電子が硫化物固体電解質へ供与される作用を示す作用説明図である。
図7】実施形態の全固体電池において負極集電体からの電子が硫化物固体電解質へ供与されるのを抑制する作用を示す作用説明図である。
図8】実施例1,2と比較例1のハーフセル全固体電池を用いた評価試験によりサイクル番号に対するクーロン効率の高さの比較を示すクーロン効率比較特性図である。
図9】実施例1,2と比較例1のハーフセル全固体電池を用いた評価試験によりサイクル数に対する容量維持率の高さの比較を示す容量維持率比較特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の全固体電池の実施形態を、図1図6を参照しながら説明する。ここで、「全固体電池」とは、電池を構成する全ての部材が固体であり、充放電にリチウムイオンが関与する二次電池である全固体リチウムイオン電池(「全固体LIB」とも呼ばれる。)のことをいう。そして、全固体電池には、主に電気自動車など大きなものに使用することを想定したバルク型と、薄い膜状シートを積み上げるという方法で製造され、主に小さなデバイスや評価試験などに使用することを想定した薄膜型とがある。
【0015】
[全固体電池の構成]
実施形態の全固体電池Aは、図1に示すように、バルク型電池であって、正極層10と、負極層20と、固体電解質層30と、を備えている。以下、全固体電池Aの構成を、正極層の構成、負極層の構成、固体電解質層の構成、表面コート層の厚み管理構成に分けて説明する。
【0016】
(正極層の構成:図1
正極層10は、図1に示すように、正極活物質11と、正極集電体12と、導電助剤/結着剤13と、硫化物固体電解質31の一部と、を有して構成されている。
【0017】
正極活物質11は、表面コート層11aを形成した粒子状の活物質であり、例えば、ニッケルコバルト酸マンガン酸リチウム(LiNi0.5Co0.2Mn0.3)などのリチウムイオンを含んだ金属酸化物を材料とする。ここで、「正極活物質」とは、電気化学的な酸化還元反応を利用して化学エネルギーと電気エネルギーの変換をするデバイスである電池において、エネルギー変換のために行われる酸化反応を担う物質のことをいう。
【0018】
表面コート層11aは、正極活物質11の表面全体を被覆することを意図して形成される層である。表面コート層11aは、正極層10において、正極活物質11の周りに存在する硫化物固体電解質31の酸化分解反応を抑える材料として選定された耐酸化性を有する材料(例えば、ニオブ酸リチウムLiNbOなど)により形成される。
【0019】
正極集電体12は、導電性金属板などが用いられ、正極活物質11の粒子が集合することにより層状に形成された正極活物質11に接して設けられる。
【0020】
導電助剤/結着剤13は、粒子状の正極活物質11の外周位置に散在させた状態で配置される。なお、導電助剤は、正極層10での導電を補助するもので、導電カーボンなどが用いられる。結着剤は、正極層10での正極活物質11の粒子同士の結合を促すもので、ゴム系バインダーなどが用いられる。
【0021】
(負極層の構成:図1
負極層20は、図1に示すように、負極活物質21と、負極集電体22と、硫化物固体電解質31の一部と、を有して構成されている。
【0022】
負極活物質21は、表面コート層21aを形成した粒子状の活物質である。負極活物質21の材料は、グラファイト、天然黒鉛、人造黒鉛、ハードカーボンなどの炭素系材料、リチウム金属、リチウム合金系などのリチウム系材料の何れかである。ここで、「負極活物質」とは、電気化学的な酸化還元反応を利用して化学エネルギーと電気エネルギーの変換をするデバイスである電池において、エネルギー変換のために行われる還元反応を担う物質のことをいう。
【0023】
表面コート層21aは、負極活物質21の表面全体を被覆することを意図して形成される層であり、リチウムイオンの通過を許容しつつ、電子の通過を抑制する機能を有する被覆層である。表面コート層21aは、負極層20において、負極活物質21の周りに存在する硫化物固体電解質31の還元分解反応を抑える耐還元性を有する材料により形成される。表面コート層21aの材料としては、硫化物固体電解質31との還元分解反応を抑える耐還元性を有する酸化物系、硫化物系、フッ化物系、水素化物系、塩化物系、窒化物のうち何れかの単体、混合物および化合物から適宜選定して用いられる。
【0024】
負極集電体22は、導電性金属板などが用いられ、負極活物質21の粒子が集合することにより層状に形成された負極活物質21に接して設けられる。なお、負極層20は、正極層10と同様に、粒子状の負極活物質21の周りに導電助剤や結着剤などを散在させた状態で配置しても良い。
【0025】
(固体電解質層の構成:図1
固体電解質層30は、図1に示すように、正極層10と負極層20に挟まれた硫化物固体電解質31の粒子集合層である。なお、硫化物固体電解質31の一部は、正極層10の正極活物質11の周りや負極層20の周りに存在する形態としている。
【0026】
硫化物固体電解質31の材料としては、Li7-yPS6-y(X:Cl、Br、I、0≦y≦2)、xLiS・(1-x)P(0≦x≦1)、xLiPS・yLiSnS・(1-x-y)LiSiS(0≦x≦1、0≦y≦1、x+y≦1)、Li4-xGe1-x(0≦x≦1)、Li3+5x1-x(0≦x≦1)のうち何れかの材料が用いられる。
【0027】
(表面コート層の厚み管理構成:図2図3
負極活物質21の表面を被覆する表面コート層21aの厚みは、負極集電体22から硫化物固体電解質31への電子供与を抑制する2nm以上の厚みであって、充放電時におけるリチウムイオン伝導を確保する30nm以下の厚み範囲に設定している。そして、表面コート層21aの厚みは、粒子状や粉末状の負極活物質21の表面に表面コート層21aを形成するスパッタリング装置Sを用い、スパッタリング装置Sによるコーティング処理時間の管理によって設定している。
【0028】
スパッタリング装置Sとは、真空チャンバー内の原料ターゲット(成膜材料)に電界で加速させたイオンを衝突させて表面原子(分子)を弾き飛ばすスパッタリング現象を用いた薄膜形成装置をいう。スパッタリング装置Sの概要は、図2に示すように、真空チャンバー40と、多角バレル41と、原料ターゲット42と、を備えている。真空チャンバー40は、円筒容器形状であり、内部に不活性ガス(主にアルゴンガス)を導入する。多角バレル41は、真空チャンバー40の内部に配置され、端面開口部41aから供給された粒子状の負極活物質21を収納して回転する。原料ターゲット42は、多角バレル41の内部空間のうち負極活物質21の上部位置に配置され、表面コート層21aになる成膜材料により構成される。
【0029】
スパッタリング装置Sによるコーティング処理作用は、真空中で不活性ガスを導入、原料ターゲット42のプレート状の成膜材料にマイナスの電圧を印加してグロー放電を発生させ、不活性ガス原子をイオン化する。そして、高速で原料ターゲット42の表面にガスイオンを衝突させて激しく叩き、原料ターゲット42を構成する成膜材料の粒子(原子・分子)を激しく弾き出す。弾き出された成膜材料の粒子は、勢いよく粒子状の負極活物質21の表面に付着し、付着した粒子が時間の経過にしたがって徐々に堆積してゆくことで負極活物質21の表面に薄膜を形成する。
【0030】
次に、表面コート層21aの材料として含リチウム酸化物を用いたときのコート評価試験について、図3を参照しながら説明する。ここで、図3における※1は、ICP発光分析法により求めたLi量より換算した値である。なお、「ICP発光分析法」とは、高周波誘導結合プラズマ(ICP:Inductively Coupled Plasmaの略)を光源とする発光分光分析法のことをいう。図3における※2は、Gr粉末平均粒径(真球を仮定)、Gr理論密度、ターゲット材理論密度、成膜量評価結果から均一に成膜されているとして計算した値である。なお、「Gr」とは、グラファイトのことをいう。
【0031】
コート材を炭酸リチウムLiCOとした場合、成膜時間8時間で、ICPによる成膜量評価は0.508wt.%、理論的推定厚み14.4nmという結果が得られた。また、コート材を炭酸リチウムLiCOとした場合、成膜時間4時間で、ICPによる成膜量評価は0.210wt.%、理論的推定厚み5.9nmという結果が得られた。
【0032】
コート材をホウ酸リチウムLiBOとした場合、成膜時間8時間で、ICPによる成膜量評価は0.394wt.%、理論的推定厚み10.9nmという結果が得られた。コート材をランタンジルコン酸リチウムLi6.25LaZrAl0.2512(略称:「LLZ」という。)とした場合、成膜時間8時間で、ICPによる成膜量評価は0.310wt.%、理論的推定厚み3.6nmという結果が得られた。
【0033】
そして、コート材を炭酸リチウムLiCOとした場合、成膜時間が8時間のとき、理論的推定厚み14.4nmに対し、実際の表面コート層21aの厚みは、7.5nm~10.0nmであることが観察された。つまり、実際の表面コート層21aの厚みは、理論的推定厚みの50%~70%の範囲になることが確認された。
【0034】
このように、成膜時間の長さに比例して表面コート層21aの厚みが増大すること、および、理論的推定厚みは実際の厚みに換算できることがコート評価試験により判明した。よって、使いたいコート材に対して成膜時間(コーティング処理時間)を異ならせてコート評価試験を行い、その試験データを用意しておく。そして、試験データを参照してスパッタリング装置Sによるコーティング処理時間を管理する時間管理を実行すると、負極活物質21の表面を被覆する表面コート層21aの厚みを、所望の厚みに設定できることが立証された。
【0035】
[背景技術及び課題(図4図5)]
次に、全固体電池の背景技術及び課題を、図4及び図5を参照しながら説明する。硫化物固体電解質を用いた全固体電池は、図4に示すように、例えば、高温滞在時間が長くなるほど電池劣化が進行して容量が低下するというように、寿命特性に課題がある。
【0036】
これに対し、学術論文含め本課題に関する公開データがほとんどない状況で本発明者等は、試作した硫化物固体電解質を用いた全固体電池を用い、耐久試験と劣化メカニズムの解析を行ってきた。
【0037】
全固体電池の劣化メカニズムの解析により、正極における硫化物固体電解質の酸化分解反応が電池の内部抵抗を増大させ、電池容量を減少させることを見出した(正極劣化)。負極における硫化物固体電解質の還元分解反応が電池のアクティブリチウムイオンを減少させ、電池容量を減少させることを見出した(負極劣化)。負極劣化の場合、図5の左側に示すように、劣化前の初期状態では、負極活物質の周囲に存在する硫化物固体電解質の還元分解が進んでいない。しかし、劣化後状態では、図5の右側に示すように、負極活物質の周囲に存在する硫化物固体電解質の還元分解が進み、アクティブリチウムイオン損失(Active Liloss)が劣化前に比べて増大し、電池容量(Capacity)が劣化前に比べて減少する。
【0038】
これに対し、正極における硫化物固体電解質の酸化分解反応については、例えば、特開2022-87504号公報に記載されているように、既存の正極活物質のコート技術により対応することが可能である。しかし、負極における硫化物固体電解質の還元分解反応については、具体的で有効な対策案がないのが現状である。
【0039】
[課題を解決する構成及び作用(図6図7)]
そこで、本発明者は、硫化物固体電解質の還元分解反応のメカニズムを解析した。電池が劣化する原因の一つである負極における硫化物固体電解質の還元分解反応は、負極集電体からの電子が負極活物質を経由して硫化物固体電解質へ供与されることによって進行することを知見した。
【0040】
すなわち、未被覆の負極活物質(グラファイト)の場合、図6に示すように、負極集電体からの電子eが負極活物質を経由して硫化物固体電解質へ供与される。負極活物質と硫化物固体電解質が接する領域に存在する硫化物固体電解質については、負極活物質からの電子eと、外側領域に存在する硫化物固体電解質からのリチウムイオンLiと、がそれぞれ供与され、消費されることにより硫化物固体電解質の還元分解反応が生じる。ここで、代表的な硫化物固体電解質の還元分解反応式は、
LiPSX+yLi+ye→Li6+yPSX …(1)
Li11PSX→LiX+2LiS+1/2(Li) …(2)
1/2(Li)+7Li+7e→3LiS+LiP …(3)
である。
【0041】
上記式(1),(3)に記載したように、硫化物固体電解質の還元分解反応には、負極活物質からの電子eが不可欠であり、負極活物質からの電子eの供与と還元分解反応とは密接に関連する。このため、電子eが硫化物固体電解質に多く供与されると、硫化物固体電解質の還元分解反応が進行することがわかった。
【0042】
このように、硫化物固体電解質への電子eの供与を抑えると、硫化物固体電解質の還元分解反応の進行を遅らせることができる点に着目した。さらに、上記特許文献3に記載のように負極活物質と硫化物固体電解質との間に層状に配置する場合に比べ、負極活物質の表面に電子絶縁体の役目をする表面コート層を配置する方が総表面積を広く確保できる点に着目した。上記着目点に基づいて、負極活物質21の表面コート層21aの材料として、硫化物固体電解質31との還元分解反応を抑える耐還元性を有する酸化物系、硫化物系、フッ化物系、水素化物系、塩化物系、窒化物のうち何れかの単体、混合物および化合物を用いる。表面コート層21aの厚みは、負極集電体22から硫化物固体電解質31への電子供与を抑制する2nm以上の厚みであって、充放電時におけるリチウムイオン伝導を確保する30nm以下の厚み範囲に設定する手段を採用した。
【0043】
したがって、硫化物固体電解質31に接する負極活物質21に形成された表面コート層21aの材料選定により、硫化物固体電解質31に対する耐還元性が確保されることになる。そして、表面コート層21aの厚みを30nm以下に設定することにより、充電時における正極から負極へ向かうリチウムイオンLiの伝導性と、放電時における負極から正極へ向かうリチウムイオンLiの伝導性と、が確保される(図1を参照)。さらに、表面コート層21aの厚みを2nm以上に設定することにより、表面コート層21aが電子絶縁体機能を発揮し、図7に示すように、負極集電体22からの電子eが負極活物質21を経由して硫化物固体電解質31へ供与されるのが有効に抑制される。そして、負極集電体22からの硫化物固体電解質31への電子eの供与が抑制されることで、硫化物固体電解質31の還元分解反応が抑えられ、全固体電池内部でのリチウムイオンLiの消費が抑制され、容量低下が防止される。このように、負極活物質21を、耐還元性材料の表面コート層21aにより被覆することで、負極側でのクーロン効率向上と、負極劣化防止による電池寿命向上と、の両立が図られることになる。
【0044】
[効果]
実施形態の全固体電池Aにあっては、下記に列挙する効果を奏する。
(1)正極層10と、負極層20と、正極層10と負極層20に挟まれた固体電解質層30と、を備える全固体電池Aにおいて、固体電解質層30は、硫化物固体電解質31の粒子集合層であり、負極層20は、表面コート層21aを形成した負極活物質21を有し、負極活物質21は、グラファイト、天然黒鉛、人造黒鉛、ハードカーボン、リチウム金属、リチウム合金系の何れかであり、表面コート層21aの材料は、硫化物固体電解質31との還元分解反応を抑える耐還元性を有する酸化物系、硫化物系、フッ化物系、水素化物系、塩化物系、窒化物のうち何れかの単体、混合物および化合物であり、表面コート層21aの厚みは、負極集電体22から硫化物固体電解質31への電子供与を抑制する2nm以上の厚みであって、充放電時におけるリチウムイオン伝導を確保する30nm以下の厚み範囲に設定する。このため、負極側でのクーロン効率向上と、負極劣化防止による電池寿命向上と、を両立させた全固体電池Aを提供することができる。
【0045】
(2)表面コート層21aの厚みは、負極活物質21の表面に表面コート層21aを形成するスパッタリング装置Sを用い、スパッタリング装置Sによるコーティング処理時間の管理によって設定する。このため、スパッタリング装置Sによるコーティング処理時間の時間管理という簡単な管理手法によって、表面コート層21aの厚みを、2nm以上であって30nm以下という適切な厚み範囲内に設定することができる。
【0046】
(3)表面コート層21aの材料は、含リチウム酸化物である。このため、表面コート層21aの材料として、耐還元性が高い酸化物系材料を選定することができる。
【0047】
(4)含リチウム酸化物は、炭酸リチウムLiCO、ホウ酸リチウムLiBO、ランタンジルコン酸リチウムLi6.25LaZrAl0.2512の何れかである。このため、耐還元性が高く、かつ、扱いやすい酸化物系材料を表面コート層21aの材料として選定することができる。
【実施例0048】
以下、評価用電池を用いて被覆負極活物質によるクーロン効率と寿命特性を評価する実施例について説明する。実施例では、被覆負極活物質によるクーロン効率を評価する実施例1,2と比較例1によるバルク型のハーフセル評価用電池と、被覆負極活物質による寿命特性を評価する実施例1,2と比較例1によるバルク型のフルセル評価用電池と、を用意した。ここで、「ハーフセル(半電池)」とは、一般的に正極または負極に対してもう一方の極にリチウム箔などを用いてセルを構成したものをいい、単極(正極または負極の一方)の評価に利用される。「フルセル(全電池)」とは、ハーフセルに対して、正極および負極をともに通常の二次電池材料で構成したものをいう。
【0049】
[実施例1]
(被覆負極活物質の作製)
球形化天然黒鉛を準備し、被覆材(ランタンジルコン酸リチウムLi6.25LaZrAl0.2512)を用いて、粉末バレルスパッタリング法により、黒鉛の表面に耐還元性が高く・リチウムイオン伝導性を有し・電子供与性が低いリチウムイオン固体電解質層を形成させることで、被覆負極活物質を作製した。なお、ICP発光分光分析から、被覆量は0.310質量%、被覆の理論厚みは3.6nmと推定された。
【0050】
(負極シートの作製)
被覆負極活物質と硫化物固体電解質(LiPSCl系)、ゴム系バインダーを有機溶剤中に分散、混合し、箔上に塗工、乾燥することで負極シートを作製した。
【0051】
(正極シートの作製)
LiNbOをコーティングしたLiNi0.5Co0.2Mn0.3と硫化物固体電解質(LiPSCl系)、導電カーボン、ゴム系バインダーを有機溶剤中に分散、混合し、箔上に塗工、乾燥することで正極シートを作製した。
【0052】
(固体電解質シートの作製)
硫化物固体電解質(LiPSCl系)とゴム系バインダーを有機溶剤中に分散、混合し、箔上に塗工、乾燥することで固体電解質シートを作製した。
【0053】
(ハーフセル評価用電池の作製)
負極シート、粉体の硫化物固体電解質をこの順に配置して、6ton/cmでプレスし、インジウム-リチウム合金を硫化物固体電化質表面に配置して、1ton/cmでプレスすることにより、被覆負極活物質によるクーロン効率を評価するためのハーフセル評価用電池を作製した。
【0054】
(フルセル評価用電池の作製)
負極シート、固体電解質シート、正極シートをこの順に配置して、980MPaでプレスすることにより、被覆負極活物質による寿命特性を評価するためのフルセル評価用電池を作製した。
【0055】
[実施例2]
被覆材を、ホウ酸リチウムLiBOに変更したこと以外は、実施例1と同様に被覆負極活物質およびハーフセル評価用電池、フルセル評価用電池を作製した。なお、ICP発光分光分析から、被覆量は0.394質量%、被覆の理論厚みは10.9nmと推定された。
【0056】
[比較例1]
被覆負極活物質の代わりに球形化天然黒鉛(被覆処理なし)を用いたこと以外は、実施例1と同様にハーフセル評価用電池、フルセル評価用電池を作製した。
【0057】
(評価1:図8
実施例1,2および比較例1のそれぞれのハーフセル評価用電池に対し、電圧範囲:-0.615~0.88V(0.005~1.5V vs. Li/Li)、温度:60℃、電流Cレート:C/200の条件で充放電を5回行い、以下の式よりクーロン効率を求めた。なお、グラファイトの電位が下がる方向を充電とする。
nサイクル目クーロン効率(%)=nサイクル目の放電容量(mAh)/nサイクル目の充電容量(mAh)×100
【0058】
クーロン効率の評価試験結果は、図8に示す通りである。すなわち、1サイクル目の実施例2のクーロン効率が比較例1のクーロン効率より低くなる。しかし、2サイクル目以降については、実施例1,2のクーロン効率が、比較例1のクーロン効率に比べて2%程度改善されることが確認された。なお、1サイクル目のクーロン効率が低くなる原因は、初回の充放電時に生じる不可逆容量が多いことにある。
【0059】
(評価2:図9
実施例1,2および比較例1のそれぞれのフルセル評価用電池に対し、電圧範囲:4.2~3.0V、温度:100℃、充電電流Cレート:C/10、放電電流Cレート:C/3の条件でサイクル充放電を1か月間行い、以下の式より容量維持率を求めた。
nサイクル目の容量維持率(%)=nサイクル目の放電容量(mAh)/1サイクル目の放電容量(mAh)×100
【0060】
容量維持率の評価試験結果は、図9に示す通りである。すなわち、サイクル数が大きくなるにしたがって、実施例1,2の容量維持率特性が、比較例1の容量維持率特性から離れていき、比較例1の容量維持率より実施例1,2の容量維持率の方が高くなる。特に、サイクル数が60サイクル付近の容量維持率は、比較例1の容量維持率に比べて10%以上改善することが確認された。
【0061】
以上、本発明の全固体電池を、実施形態および実施例に基づき説明してきた。しかし、具体的な全固体電池の構成については、実施形態および実施例に示した例に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、被覆材料や厚みの変更などは許容される。
【0062】
実施形態では、全固体電池の負極活物質としてグラファイトを用いる例を示し、実施例では、全固体電池の負極活物質として天然黒鉛を用いる例を示した。しかし、負極活物質として、これ等の材料に限定されない。全固体電池の負極活物質としては、例えば、人造黒鉛、ハードカーボン、リチウム金属、リチウム合金系などを用いても良い。
【0063】
実施例では、全固体電池の負極活物質に形成した表面コート層の材料として、ランタンジルコン酸リチウムLi6.25LaZrAl0.2512(実施例1)と、ホウ酸リチウムLiBO(実施例2)と、を用いる例を示した。しかし、表面コート層の材料としては、炭酸リチウムLiCOを用いる例としても良い。さらに、表面コート層の材料としては、酸化物系以外に、硫化物系、フッ化物系、水素化物系、塩化物系、窒化物のうち何れかの単体、混合物および化合物を用いる例としても良い。
【0064】
実施形態および実施例では、負極活物質の表面コート層の形成方法として、スパッタリング法を用いる例を示した。しかし、表面コート層の形成方法としては、スパッタリング法以外の気相法、溶液法などを用いても良い。
【符号の説明】
【0065】
A 全固体電池
10 正極層
11 正極活物質
20 負極層
21 負極活物質
21a 表面コート層
22 負極集電体
30 固体電解質層
31 硫化物固体電解質
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9