(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024127586
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】磁場センサ
(51)【国際特許分類】
G01R 33/20 20060101AFI20240912BHJP
【FI】
G01R33/20 101
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023036833
(22)【出願日】2023-03-09
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】弁理士法人 快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中根 丈太郎
(72)【発明者】
【氏名】朽木 克博
(72)【発明者】
【氏名】田原 康佐
(72)【発明者】
【氏名】木村 大至
(72)【発明者】
【氏名】遠山 晴子
(57)【要約】
【課題】マイクロ波を利用することなく、量子スピンの励起が空間的に均一となる磁場センサを提供する。
【解決手段】磁場センサは、スピン操作が可能な格子欠陥を有し、表面弾性波を発生させることが可能な基板と、基板上に対向して配置されている複数の櫛形電極群を有している。この磁場センサでは、櫛形電極群に電圧を印加し、表面弾性波を位相と方向をずらしながら複数発生させることによって選択的にスピン状態を励起し、励起したエネルギー準位を特定する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピン操作が可能な格子欠陥を有し、表面弾性波を発生させることが可能な基板と、
基板上に対向して配置されている複数の櫛形電極群と、を有し、
櫛形電極群に電圧を印加し、表面弾性波を位相と方向をずらしながら複数発生させることによって選択的にスピン状態を励起し、
励起したエネルギー準位を特定する、磁場センサ。
【請求項2】
櫛形電極群が、直交する方向に配置されている、請求項1に記載の磁場センサ。
【請求項3】
基板が、ダイヤモンドNVセンタを主体とする第1部分と、第1部分上に設けられているとともにピエゾ効果を有する物質を主体とする第2部分と、を有する請求項1又は2に記載の磁場センサ。
【請求項4】
基板が、SiC、GaN、h-BN、ZnO又はAlNを主体とする材料である請求項1又は2に記載の磁場センサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書が開示する技術は、磁場センサに関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1に、量子スピンにマイクロ波を印加し、ODMR(光検出磁気共鳴)から行う量子スピン磁場測定に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】John F. Barry, Jennifer M. Schloss, Erik Bauch, Matthew J. Turner, Connor A. Hart, Linh M. Pham, and Ronald L. Walsworth, Rev. Mod. Phys. 92, 015004 (2020).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
量子スピンにマイクロ波を印加する場合、アンテナを使って量子スピンにマイクロ波を印加し、量子スピンを励起する。この場合、素子に対してマイクロ波を均一に印加しないと、量子スピンの励起が空間的に非一様になり、磁場の分布をODMRで確認することが困難となる。そのため、マイクロ波を印加する磁場測定では、素子に対してマイクロ波を均一に印加することが必要となる。しかしながら、素子に対してマイクロ波を均一に印加し得るアンテナの作成は困難である。そのため、マイクロ波を利用することなく、量子スピンを励起する磁場センサが必要とされている。本明細書は。マイクロ波を利用することなく、量子スピンの励起が空間的に均一となる磁場センサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本明細書で開示する磁場センサは、スピン操作が可能な格子欠陥を有し、表面弾性波を発生させることが可能な基板と、基板上に対向して配置されている複数の櫛形電極群を有している。この磁場センサでは、櫛形電極群に電圧を印加し、表面弾性波を位相と方向をずらしながら複数発生させることによって選択的にスピン状態を励起し、励起したエネルギー準位を特定する。
【0006】
上記磁場センサは、櫛形電極群を用いて表面弾性波を発生させ、スピン状態を励起し、励起したエネルギー準位を特定する。量子スピンの運動によって表面弾性波のエネルギーが低下するため、そのエネルギー低下を測定することによって量子スピン状態のエネルギースペクトルを見積もることができ、磁場測定を行うことができる。すなわち、上記磁場センサは、マイクロ波を利用することなく、磁場測定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図3】本実施例における量子スピンの励起状態を示す。
【
図5】従来技術における量子スピンの励起状態を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
図1及び
図2を参照し、磁場センサ10について説明する。
図1に示すように、磁場センサ10は、基板8と、基板8上に配置されている4個の櫛形電極群4(4a,4b,4c,4d)を有している。櫛形電極群4は、Auを主体とする金属で形成されている。櫛形電極群4aと4cは上下方向(y方向)に対向して配置されており、櫛形電極群4bと4dは左右方向(x方向)に対向して配置されている。すなわち、櫛形電極群4aと4cは、櫛形電極群4bと4dが対向配置されている方向(x方向)に直交する方向(y方向)に対向配置されている。櫛形電極群4aと4cの間には、およそ100μmの隙間が設けられている。同様に、櫛形電極群4bと4dの間には、およそ100μmの隙間が設けられている。なお、櫛形電極群4の材料として、Auを主体とする金属に代えて、Al又はTiを主体とする金属を用いることもできる。また、櫛形電極群4は、基板8上に電極材料を形成した後、リソグラフ技術を用いて作製することができる。
【0009】
各櫛形電極群4は、配線6(6a,6b,6c,6d)を介して、ベクトルネットワークアナライザ2に接続されている。具体的には、各櫛形電極群4は、配線6を介してベクトルネットワークアナライザ2に接続されている正極と、接地されている負極を備えている。正極及び負極は櫛形であり、正極,正極間に負極が侵入し、負極,負極間に正極が侵入した形態を有している。なお、正極と負極の間には、およそ5μmの隙間が設けられている。ベクトルネットワークアナライザ2は、各櫛形電極群4に対して個別に(選択的に)電圧を印加することができる。例えば、ベクトルネットワークアナライザ2は、櫛形電極群4aと4bに対し、位相をずらして電圧を印加することができる。
【0010】
図2に示すように、基板8は、ダイヤモンドNVセンタを主体とする第1部分14と、ZnOを主体とする第2部分12を有している。ZnOは、ピエゾ効果を有する物質の一例である。第2部分12は、第1部分14上に設けられており、第2部分12上に櫛形電極群4が配置されている。ダイヤモンドNVセンタは、ダイヤモンド中のC原子があるべきところをN原子で置換し、そのとなりに空孔ができた格子欠陥である。そのため、ダイヤモンドNVセンタは、室温大気圧下においても量子状態を保てる系であり、量子スピン材料である。
【0011】
第1部分14は、ダイヤモンドNVセンタに代えて、SiC,GaN等を主体とすることもできる。また、第2部分12は、ZnOに代えて、AlN等を主体とすることもできる。なお、第1部分14と第2部分12に同じ材料を用いることもできる。具体的には、第1部分14と第2部分12の材料として、SiC,GaN,hBN,ZnO,AlN等を主体とする材料を用いることもできる。この場合、基板8は、一層(一種の材料)で形成されていると捉えることができる。上述したいずれの場合も、基板8は、量子スピン材料で形成されているといえる。
【0012】
磁場センサ10では、櫛形電極群4に電圧を印加し、表面弾性波を発生させ、基板8の量子スピンの運動に伴う表面弾性波の低下をベクトルネットワークアナライザ2で測定することにより、磁場測定を行う。上述したように、櫛形電極群4aと4cの間、及び、櫛形電極群4bと4dの間には、およそ100μmの隙間が設けられている。そのため、基板8には、比較的均一な表面弾性波が生成される。
【0013】
磁場センサ10を用いて磁場測定を行う場合、例えば、量子スピン系に表面弾性波をx方向とy方向から位相を±π/2ずらして印加する(
図1を参照)。表面弾性波が基板8の格子をゆがませ、表面弾性波によって磁気異方性もz軸からずれる。その結果、ハミルトニアンがD(n・S)
2で記述でき、磁気異方性nはz軸回りを歳差運動する。なお、歳差運動の右回りと左回りは、位相差±π/2に対応する。時間依存した磁気異方性のハミルトニアンは、回転磁場が印加されたスピン系と類似している。そのため、スピン分裂に対応した周波数の表面弾性波を印加すれば、ラビ振動(2つのエネルギー状態を繰り返し遷移すること)が見られる。
【0014】
図3は、櫛形電極群4に電圧を印加したときの、表面弾性波22の変化を示している。
図3に示すように、櫛形電極群4に電圧を印加すると、表面弾性波22が発生する。共鳴周波数では量子スピン20が激しく運動するため、ギルバートダンピングが大きくなり表面弾性波22の大きさは、表面弾性波24のように低下する。表面弾性波24の大きさは、ベクトルネットワークアナライザ2で見積もることができる(
図1も参照)。表面弾性波22から表面弾性波24への低下をベクトルネットワークアナライザ2で測定することによって、量子スピン状態のエネルギースペクトルを見積もることができる。
【0015】
なお、
図4に示すように、円偏光表面弾性波は、有限の角運動量を持っているため、|1〉と|-1〉を選択的に励起することができる(表面弾性波の位相差±π/2に対応する)。例えば、右巻表面弾性波30は|-1〉を励起し、左巻表面弾性波32は|1〉を励起する。そのため、磁場センサ10は、既知の外部磁場を印加しなくてもスピン状態を区別することができ、既知の外部磁場を印加しなくても磁場センサとして機能する。以上より、磁場センサ10は、円偏光表面弾性波とベクトルネットワークアナライザ2によって、光学測定を用いない量子スピンによる磁場測定が可能となる。
【0016】
以下に、表面弾性波を垂直方向に位相をずらしながら印加した場合の解析計算を示す。以下では、波数q,周波数ωの表面弾性波がx方向とy方向に印可されている場合について説明する。この場合、弾性体はz<0に存在し、z>0は真空である。この場合、弾性体の変位は下記式1のように示される。下記式1において、A1,A2はそれぞれx方向,y方向への表面弾性波の振幅を示し、φはx方向とy方向の表面弾性波の位相のずれを示す。
【数1】
【0017】
また、縦波と横波の侵入長の逆数はそれぞれ下記式2のように示される。下記式2において、υl,υtはバルクの縦波と横波弾性波の速度を示す。
【数2】
【0018】
上記表面弾性波が量子スピンを有する素子に印可される場合、量子スピンのハミルトニアンは下記式3で示される。
【数3】
【0019】
磁気異方性軸nは元々z方向を向いているが、弾性波が印加されると下記式4のように変位する。
【数4】
【0020】
【0021】
以下、A1=A2とし、z及びφを適当に仮定し、φx,φy,φzをそれぞれ下記式6とする。
【数6】
【0022】
D=1とした場合、スピン1のハミルトニアンは下記式7で示される。
【数7】
【0023】
上記式7のハミルトニアンは時間依存性があるため、時間依存性をなくすために下記式8に示すユニタリー変換を考慮する。
【数8】
【0024】
上記式8を用い、ハミルトニアンと波動関数をそれぞれ下記式9とする。
【数9】
【0025】
ユニタリー変換を考慮することにより、シュレディンガー方程式の時間依存性がなくなり、下記式10が得られる。
【数10】
【0026】
以上により、変換後のハミルトニアンは下記式11で示される。
【数11】
【0027】
エネルギー固有値は、下記式12をεについて解くことにより求めることができる。
【数12】
【0028】
上記式12をεi=λi+2/3として解くと、下記式13が得られる。
【数13】
【0029】
回転系における固有状態は、下記式14で示され、円偏光表面弾性波による量子スピンのシュレディンガー方程式が解ける。
【数14】
【0030】
次に、実験室系で、初期条件として|0〉を選んだ場合の状態の遷移を考慮する。実験室系で時間t経過した状態|0t〉は、下記式15で示される。
【数15】
【0031】
上記式15の状態が時間t後に|1〉にいる確率は、下記式16で示される。
【数16】
【0032】
上記式16は、ω=Dのときにラビ振動を起こす。また、ω=Dのときに|〈―1|0t〉|2はゼロである。逆偏光(ω=-D付近)の場合、|〈―1|0t〉|2がラビ振動を起こし、|〈1|0t〉|2はゼロである。
【0033】
ここで、
図5及び
図6を参照し、従来技術の磁場センサについて説明する。従来技術では、基板8としてダイヤモンドNVセンタが用いられている。従来技術の磁場センサでは、基板8に既知の外部磁場32を印加した状態で、マイクロ波30で量子スピンを励起させる。また、従来技術の磁場センサでは、基板8にレーザー光34を当て、発光(蛍光発光)36の有無により、磁場の大きさを測定する。ダイヤモンドNVセンタのような量子スピン系はスピン1を持ち、困難軸磁気異方性のハミルトニアンD(S
z)
2で示される。Dは正であり、スピン状態|0〉|はエネルギー固有値0、状態|±1〉はエネルギー固有値Dを持ち縮退している。
【0034】
従来の磁場センサは、ODMRを動作原理とし、磁気共鳴のため直線偏光のマイクロ波が印加される。従来の磁場センサでは、例えば、外部磁場がない場合、スピン状態|±1〉が縮退しているので、マイクロ波は両方の状態を励起してしまう。そのため、磁場の強さはODMRを用いて検出できるが、磁場の方向が分からない。よって、従来の磁場センサでは、既知の外部磁場を印加しておくことによって|±1〉の縮退を解くことが必要である。
【0035】
図6に示すように、マイクロ波でNVセンタを励起していない場合、ダイヤモンドNVセンタでは
3A
2が基底状態であり、困難軸磁気異方性を持つスピンのハミルトニアンで記述される。基底状態|0〉に可視光レーザー(532nm)を当てると、矢印40に示すように状態が励起する。そして、励起後、状態
3Eから基底状態の
3A
2に緩和する際に赤い発光36を発する。また、マイクロ波の周波数が励起状態|±1〉のエネルギーに一致している場合、ダイヤモンドNVセンタにレーザーを当てると、励起状態からの緩和の際、矢印42に示すように非発光過程を通じて基底状態に戻る。ODMRは、発光/非発光過程(|0〉と|±1〉)を観測できるので、磁場でゼーマン分裂した|±1〉のエネルギー準位がどこにあるかもマイクロ波周波数から見積もることができる。上述したように、マイクロ波では|1〉と|-1〉が区別なく励起されるので、ODMRによって磁場の大きさは測定できるが、向きを測定することができない。そのため、|1〉と|-1〉を区別するためには、既知の磁場を前もって印加し、縮退を解いておくことが必要である。
【0036】
上述したように、従来技術では量子スピンに既知の外部磁場を印加してスピンの縮退をあらかじめ解いておくことが必要である。そのため、従来技術では、素子に磁石やコイル等を組み込むことが必要となる。その結果、従来技術では、磁場センサのサイズが大きくなり、また、コストも上昇する。上記したように、磁場センサ10は、既知の外部磁場を印加しなくても、円偏光表面弾性波を用いることにより、縮退した量子状態を選択的に励起することができる(スピン状態を区別することができる)。そのため、磁場センサ10では、素子内に磁石やコイル等を組み込む必要がなく、センサの小型化及び低コスト化を実現することができる。また、磁場センサ10は、素子内に磁石やコイル等を組み込む必要がないので、磁場が計測対象に干渉するといった不具合を防止することもできる。
【0037】
なお、磁場センサ10は、ODMRによって磁場の大きさを測定してもよいが、表面弾性波の低下をベクトルネットワークアナライザで測定することによって磁場の大きさを測定することができる。すなわち、磁場センサ10は、従来技術に対し、ODMRを省略することができるという利点も有する。
【0038】
また、従来技術では、量子スピンの励起を視るために、レーザー光を照射するための光学系設備が必要である。磁場センサ10は、光学系設備も省略することができるので、センサとしての取り回した容易である(使い勝手がよい)という利点も有する。
【0039】
以下、本明細書で開示される技術の特徴を整理する。なお、以下に記載する技術要素は、それぞれ独立した技術要素であって、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。
【0040】
(特徴1)
スピン操作が可能な格子欠陥を有し、表面弾性波を発生させることが可能な基板と、
基板上に対向して配置されている複数の櫛形電極群と、を有し、
櫛形電極群に電圧を印加し、表面弾性波を位相と方向をずらしながら複数発生させることによって選択的にスピン状態を励起し、
励起したエネルギー準位を特定する、磁場センサ。
【0041】
(特徴2)
櫛形電極群が、直交する方向に配置されている、特徴1に記載の磁場センサ。
【0042】
(特徴3)
基板が、ダイヤモンドNVセンタを主体とする第1部分と、第1部分上に設けられているとともにピエゾ効果を有する物質を主体とする第2部分と、を有する特徴1又は2に記載の磁場センサ。
【0043】
(特徴4)
基板が、SiC、GaN、h-BN、ZnO又はAlNを主体とする材料である請求項1又は2に記載の磁場センサ。
【0044】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。また、本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0045】
4:櫛形電極群
8:基板
10:磁場センサ