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特開2024-127626ブレーキディスクローター用ステンレス鋼板及びブレーキディスクローター、並びにそれらの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024127626
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】ブレーキディスクローター用ステンレス鋼板及びブレーキディスクローター、並びにそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240912BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20240912BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240912BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20240912BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20240912BHJP
   C21D 9/50 20060101ALI20240912BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C21D8/02 D
C22C38/60
C21D9/00 A
C21D9/46 Z
C21D9/46 Q
C21D9/50 101B
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023036912
(22)【出願日】2023-03-09
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】吉澤 俊希
(72)【発明者】
【氏名】濱田 純一
【テーマコード(参考)】
4K032
4K037
4K042
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA03
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA09
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA15
4K032AA16
4K032AA17
4K032AA18
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA24
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA32
4K032AA33
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA39
4K032AA40
4K032BA01
4K032CA02
4K032CA03
4K032CC03
4K032CC04
4K032CD02
4K032CD03
4K032CF03
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4K032CJ02
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4K032CJ06
4K037EA01
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4K037EA03
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4K037EA05
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4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
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4K037EA16
4K037EA17
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4K037EA25
4K037EA26
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4K037FD03
4K037FD04
4K037FF03
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4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042CA14
4K042CA16
4K042DA01
4K042DC02
4K042DC03
4K042DD02
4K042DE02
(57)【要約】
【課題】耐食性、耐摩耗性、低パッド攻撃性、摩擦係数安定性及び接合強度に優れるブレーキディスクローターを作製可能なブレーキディスクローター用ステンレス鋼板を提供する。
【解決手段】質量基準で、0.0010~0.5000%のCと、0.0010~0.5000%のNと、0.01~5.00%のSiと、0.010~12.000%のMnと、0.001~0.100%のPと、0.0001~1.0000%のSと、10.0~35.0%のCrと、0.010~5.000%のNiと、0.0001~1.0000%のNb及び0.0001~1.0000%のTiから選択される1種又は2種とを含有し、残部がFe及び不純物である組成を有するブレーキディスクローター用ステンレス鋼板である。ブレーキディスクローター用ステンレス鋼板の母相に存在する析出物は、平均粒子径が2.00μm以下、平均存在密度が3.00個/μm2以下及び平均粒子間隔が1.00μm以上である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量基準で、0.0010~0.5000%のCと、0.0010~0.5000%のNと、0.01~5.00%のSiと、0.010~12.000%のMnと、0.001~0.100%のPと、0.0001~1.0000%のSと、10.0~35.0%のCrと、0.010~5.000%のNiと、0.0001~1.0000%のNb及び0.0001~1.0000%のTiから選択される1種又は2種とを含有し、残部がFe及び不純物である組成を有し、
母相に存在する析出物は、平均粒子径が2.00μm以下、平均存在密度が3.00個/μm2以下及び平均粒子間隔が1.00μm以上であるブレーキディスクローター用ステンレス鋼板。
【請求項2】
質量基準で、0.001~3.000%のCu、0.001~3.000%のMo、0.001~1.000%のV、0.0001~0.0300%のB、0.001~4.000%のAl、0.001~3.000%のW、0.0001~1.0000%のSn、0.0001~0.0100%のMg、0.001~0.500%のSb、0.001~1.000%のZr、0.001~1.000%のTa、0.001~1.000%のHf、0.0001~1.0000%のCo、0.0001~0.0200%のCa、0.001~0.500%のREM、0.0001~0.5000%のGa及び0.001~0.100%のBiから選択される1種以上を更に含有する、請求項1に記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板。
【請求項3】
ろう付け及び/又はレーザ溶接による接合を行い、接合部を含む溶接部材に対して24時間の塩水噴霧試験を行ったときのレイティングナンバ(RN)が5以上である、請求項1又は2に記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板。
【請求項4】
ろう付け及び/又はレーザ溶接による接合を行い、溶接部を含む溶接部材に対して摩擦摩耗試験を行ったときの前記溶接部材の温度60℃~300℃における平均摩擦係数が0.25~0.65である、請求項1又は2に記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板。
【請求項5】
ろう付け及び/又はレーザ溶接による接合を行い、溶接部を含む溶接部材に対して摩擦摩耗試験を行ったときの前記溶接部材の摩耗量が0.50mm以下、相手材の摩耗量が4.0mm以下である、請求項1又は2に記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板。
【請求項6】
ろう付け及び/又はレーザ溶接による接合を行い、溶接部を含む溶接部材に対して高温引張試験を行ったときの700℃における0.2%耐力が50MPa以上である、請求項1又は2に記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板。
【請求項7】
質量基準で、0.0010~0.5000%のCと、0.0010~0.5000%のNと、0.01~5.00%のSiと、0.010~12.000%のMnと、0.001~0.100%のPと、0.0001~1.0000%のSと、10.0~35.0%のCrと、0.010~5.000%のNiと、0.0001~1.0000%のNb及び0.0001~1.0000%のTiから選択される1種又は2種とを含有し、残部がFe及び不純物である組成を有するスラブを1050~1350℃に加熱し、仕上げ温度を830℃以上として熱間圧延した後、1.0℃/秒以上の冷却速度で冷却する熱間圧延工程を含む、ブレーキディスクローター用ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記スラブは、質量基準で、0.001~3.000%のCu、0.001~3.000%のMo、0.001~1.000%のV、0.0001~0.0300%のB、0.001~4.000%のAl、0.001~3.000%のW、0.0001~1.0000%のSn、0.0001~0.0100%のMg、0.001~0.500%のSb、0.001~1.000%のZr、0.001~1.000%のTa、0.001~1.000%のHf、0.0001~1.0000%のCo、0.0001~0.0200%のCa、0.001~0.500%のREM、0.0001~0.5000%のGa及び0.001~0.100%のBiから選択される1種以上を更に含有する、請求項7に記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項9】
前記熱間圧延工程の後に、800~900℃で6.0時間以下の焼鈍を行った後、1.0℃/秒以上の冷却速度で冷却する焼鈍工程を更に含む、請求項7又は8に記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項10】
請求項1又は2に記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板の加工部品を備えるブレーキディスクローター。
【請求項11】
前記加工部品が、フランジ、ディスク及びフィンの少なくとも1つであり、ろう付け及び/又はレーザ溶接によって接合されている、請求項10に記載のブレーキディスクローター。
【請求項12】
前記加工部品が焼入れマルテンサイト組織を有する、請求項10に記載のブレーキディスクローター。
【請求項13】
請求項1又は2に記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板を加工して加工部品を作製する加工工程と、
前記加工部品をろう付け及び/又はレーザ溶接して組立構造体を作製する組立工程と
を含む、ブレーキディスクローターの製造方法。
【請求項14】
前記組立工程前に前記加工部品に対して焼入れ処理を行うか、又は前記組立工程後に前記組立構造体に対して焼入れ処理を行う焼入れ工程を更に含む、請求項13に記載のブレーキディスクローターの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性、耐摩耗性(ディスク摩耗量)、低パッド攻撃性(パッド摩耗量)、摩擦係数安定性、接合強度に優れるブレーキディスクローターの製造に用いられるブレーキディスクローター用ステンレス鋼板及びその製造方法、並びにブレーキディスクローター用ステンレス鋼板を用いるブレーキディスクローター及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ブレーキシステムの一つとしてディスクブレーキが広く用いられている。ディスクブレーキは、タイヤと結合されたブレーキディスクローター(以下、「ディスクローター」と略すことがある)と呼ばれる円盤状の構造物をブレーキパッドで押し挟むことで、摩擦によって運動エネルギーを熱エネルギーに変換し、自動車や二輪車の速度を低下させるものである。自動車では、ディスクローターの素材として、熱伝導率、複雑構造の製造性、コストなどの観点から、片状黒鉛鋳鉄(以下、「鋳鉄」と呼ぶ)が用いられている。
【0003】
鋳鉄は、耐食性を向上させる元素が添加されていないため、耐食性に劣り、放置すると直ぐに赤さびが発生する。従来、この赤さびはディスクローターの位置が視線より低いこと、及びホイールの特有の形状からあまり目立たなかった。
しかし、近年の燃費向上の要請によってホイールの素材がアルミニウム化され、また、スポークが細くなることにより、ディスクローターの赤さびが無視できないようになってきた。そのため、ディスクローターの耐食性の改善が望まれている。
【0004】
また、近年の環境規制強化に伴い、自動車の燃費向上が強く望まれており、そのためにディスクローターの薄肉軽量化が必要となっている。
しかし、鋳鉄は強度が低く、また鋳造で作製されるため、薄肉化には限界がある。加えて、自動車のブレーキ時にディスクローターの到達温度は最高700℃近傍に達することがある。また、山道などのブレーキを多用する走行条件においてもディスクローターの到達温度は300℃になることがある。到達温度を低温化する方法としてディスクローターをベンチレーテッド構造にする方法がある。ベンチレーテッド構造は2枚のディスクの間に複数枚のフィンがあり、フィン及びディスクの間を通る空気によって冷却を行う構造である。鋳鉄では、ベンチレーテッド構造を用いて到達温度を下げているが、鋳鉄は高温強度が低く、薄肉化した際に高温ではディスクローターとして必要な強度を確保できないため、薄肉軽量化が難しい。また、鋳鉄は鋳造によって成型されるため、ディスクローターを薄肉化すると、湯流れが悪くなる結果、成形できないこともある。
【0005】
耐食性に優れる材料としてはステンレス鋼があり、バイクなどの二輪車にはマルテンサイト系のSUS410系の材料が広く用いられている。これは、二輪車のディスクローターがむき出しで人目につきやすく、耐食性が重視されるためである。
しかし、ステンレス鋼は熱伝導性が鋳鉄よりも劣る。二輪車においてはブレーキシステムがむき出しで、冷却性に優れているため通常の使用においてはステンレス鋼でも問題なく使用することができる。他方、自動車の場合はタイヤを含むブレーキシステムがタイヤハウス内に収められているため、ディスクローターが冷却され難く、熱伝導性が低いことが課題の一つになり、ステンレス鋼は適用されてこなかった。ところが近年のEV、FCV、HV車などでは、走行時の運動エネルギーを電気エネルギーに変換し回収する「回生ブレーキ」の採用が急激に伸びている。これにより、ディスクローターとパッドとの摩擦で生じていた摩擦熱が低減するため、鋳鉄よりも熱伝導率が劣るステンレス鋼にも適用の可能性が広がっている。
【0006】
自動車のディスクブレーキへのステンレス鋼の適用を妨げていたもう一つの課題は加工性(成形性)である。二輪車のディスクローターはリング状の円盤形であり、板状のステンレス鋼(ステンレス鋼板)から打ち抜き加工した後、高周波焼入れを行うことによって製造されるため大きな加工は要求されない。一方、現状の自動車のディスクローターは、ハット形状と呼ばれる、円盤の中央を絞ったような形状であるため、鋳造によって製造されている。このような形状のものを、ステンレス鋼板を素材として加工するにはプレス加工(特に、深絞り加工)が必要となる。ただし、二輪車で用いられてきたステンレス鋼はマルテンサイト系ステンレス鋼であり、非常に硬度が高いため、深絞り加工が困難であった。これを解決する一つの方法として、高温でプレス加工するホットスタンプが近年広まっている。これによりステンレス鋼も精度良くハット形状を成形することができてきた。
【0007】
ホットスタンプ以外の加工方法としては、ろう付けやレーザ溶接もある。ろう付けやレーザ溶接は、ディスク(摺動部)が1枚の鋼板からなるソリッド構造だけでなく、2枚のディスクの間にフィンを設けて空冷を促進できるベンチレーテッド構造のディスクローターにも適用できる。ろう付けやレーザ溶接は、主に、ディスクローターを車軸に固定するためのフランジと、パッドと接触するディスクローターのディスクとの接合に適用できる。また、ベンチレーテッド構造のディスクローターでは、2枚のディスクと、それらの間のフィンとの接合にも適用できる。
しかし、従来のステンレス鋼板では、ろう付け時やろう付け後の冷却時に、Cr炭窒化物が析出又は粗大化し、耐食性が低下することがあった。また、レーザ溶接時やレーザ溶接後の冷却時にも、溶接金属部(以下、「溶金部」と呼ぶ)、溶接熱影響部(以下、「HAZ部」と呼ぶ)及びその周囲の母材に、Cr炭窒化物が析出又は粗大化し、耐食性が低下することがあった。接合部が腐食すると、外観の劣化を招くだけでなく、接合部がディスクローターのディスクに存在する場合、腐食によってディスクとブレーキパッドとの摩耗量の増加や摩擦係数の不安定化を招く。さらに、フランジとディスクとの間及びディスクとフィンとの間の接合強度を低下させ、破損に至ることもある。
【0008】
こうした背景の中、自動車のディスクローターに対する美観、薄肉軽量化、加工性、耐摩耗性、低パッド攻撃性、摩擦係数安定性及び接合強度に関する近年の要請に対応するためには、ディスクローターのステンレス鋼化及びその製造方法の最適化が必要となっている。
【0009】
レーザ溶接を使用して製造したディスクローターに関し、特許文献1には、ベンチレーテッド構造のディスクローター及びその製造方法が記載されている。特許文献1は、放熱金属部材の脱落、耐熱性、耐摩耗性を主な課題としており、耐食性や摩擦係数の安定性については検討されていない。また、特許文献1は、ディスクローターに用いられる素材についての検討もなく、ステンレス鋼のレーザ溶接時に耐食性が低下するという課題についても認識していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特公平7-23734号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前述のとおり、ステンレス鋼板からディスクローターへの加工は、二輪車では大きな加工がないので高周波焼入れで製造され、自動車用については高温でプレスするホットスタンプやろう付け、レーザ溶接によって行われる。ろう付けやレーザ溶接は、主に、ディスクローターを車軸に固定するためのフランジと、パッドと接触するディスクローターのディスクとの接合に適用できる。また、ベンチレーテッド構造のディスクローターでは、2枚のディスクと、それらの間のフィンとの接合にも適用できる。ディスクローターは、ステンレス鋼板から、フランジ、ディスク、フィンを加工して作製した後、ろう付けやレーザ溶接を行うことによって製造される。必要に応じて、ろう付けやレーザ溶接の前又は後に焼入れ処理が行われる場合もある。ろう付けやレーザ溶接を行う前のステンレス鋼板は、例えば、フェライト組織及び析出物(例えば、Cr炭窒化物)からなる組織である。焼入れ処理を行ったステンレス鋼板の場合は、マルテンサイト組織及び析出物(例えば、Cr炭窒化物)からなる組織である。ろう付けやレーザ溶接を行うことで、接合部は、高温に加熱された後に冷却されるため、一度溶解したCr炭窒化物の再析出及び粗大化や、溶解できなかった粗大なCr炭窒化物の残存、溶接前に存在したCr炭窒化物の粗大化が生じる場合がある。また、Cr炭窒化物の周囲では、Cr量が減少しており、耐食性の低下が生じる。そして、耐食性の低下によって、外観の劣化、ディスク及びパッドの摩耗量の増加、摩擦係数の不安定化、接合強度の低下が生じるという課題がある。
【0012】
ディスクローターは、二輪車のみならず自動車でも、装着状態で目立つため、耐食性が要求される。特に、海からの距離が近い地域では錆が発生し易く、高い耐食性が必要となる。
【0013】
ステンレス鋼板をディスクローターに用いる場合、優れた摩耗特性が必要とされる。前述のように、ブレーキはディスクローターをブレーキパッドで押し挟むことで、摩擦によって運動エネルギーを熱エネルギーに変換し、自動車や二輪車の速度を低下させるものである。このため、ブレーキの長寿命化にはディスクローター及びブレーキパッドの摩耗量の低減が必要になる。ディスクローターの摩耗特性には、ディスク摩耗量を表す耐摩耗性と、ブレーキパッドの摩耗量を表すパッド攻撃性とがある。ディスクローターに錆が発生すると、錆によるディスクローターの摩耗量の増大が生じる。また、錆の発生によって表面粗さが大きくなり、ブレーキパッドの摩耗量も増大させる。このため、ディスクローターには、耐摩耗性及び低パッド攻撃性が要求される。
【0014】
ステンレス鋼板をディスクローターとして用いる場合、優れた摩擦係数安定性が必要とされる。前述のように種々の走行条件において低温~高温に達するディスクは、制動によってディスク温度が上昇しても安定して制動できる必要がある。そのため、安全な制動を行うために温度が変化しても一定の摩擦係数を発揮することが要求される。
【0015】
ステンレス鋼板をディスクローターとして用いる場合、フランジとディスクとの間及びディスクとフィンとの間の接合強度に優れることが必要とされる。制動時、ディスクローターのフランジ及びディスクは車軸とともに回転し、ディスクはブレーキパッドによって押し挟まれる。したがって、フランジとディスクとの接合部には大きな力が作用するため、接合強度が低下するとディスクローターの破損に至る。また、ベンチレーテッド構造のディスクローターでは、2枚のディスクの間にフィンが設けられているため、ディスクとフィンとの接合強度が低下すると、ディスクローターの破損に至る。このため、ディスクローターには、フランジとディスクとの間及びディスクとフィンとの間の接合強度が要求される。
【0016】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、耐食性、耐摩耗性、低パッド攻撃性、摩擦係数安定性及び接合強度に優れるブレーキディスクローターを作製可能なブレーキディスクローター用ステンレス鋼板及びその製造方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、耐食性、耐摩耗性、低パッド攻撃性、摩擦係数安定性及び接合強度に優れるブレーキディスクローター及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するために、本発明者らは、ステンレス鋼板の析出物に着目して詳細に調査した。本発明が対象とするブレーキディスクローター用として使用されるステンレス鋼板は、熱延工程、又は熱延工程及び焼鈍工程を経て製造される。熱延工程及び焼鈍工程では、ステンレス鋼板中に析出物が析出及び粗大化する。析出物は、主にCr炭窒化物であり、M236、M2Nなどを指す。MにはCrやFeなどの元素が含まれる。ステンレス鋼板にろう付けやレーザ溶接を行うことで、ステンレス鋼板は高温に加熱された後に冷却されるため、一度溶解した析出物の再析出及び粗大化や、溶解できなかった粗大な析出物の残存、溶接前に存在した析出物の粗大化が生じることがある。そして、析出物の周囲では、Cr量が減少するため、耐食性の低下が生じる。そこで、ステンレス鋼板の成分及び熱延工程及び焼鈍工程の条件を適切に制御することで、ステンレス鋼板中における析出物の平均粒子径及び個数密度、平均粒子間隔を制御することを検討した。これにより、ろう付けやレーザ溶接後の冷却時に析出又は粗大化する析出物を低減し、接合部の耐食性の低下を抑制できると考えた。また、ブレーキディスクローターとして使用する際の、耐食性、耐摩耗性、低パッド攻撃性、摩擦係数安定性及び接合強度も確保できると考えた。そして、かかる目的を達成すべく種々の検討を重ねた結果、以下の知見を得た。
【0018】
スラブの組成を適切に制御し、且つスラブの加熱温度を1050~1350℃にし、仕上げ温度を830℃以上として熱間圧延した後、1.0℃/秒以上の冷却速度で冷却する。また、熱間圧延後に焼鈍を行う場合には、800~900℃で6.0時間以下の焼鈍を行った後、1.0℃/秒以上の冷却速度で冷却する。このような条件とすることにより、熱間圧延工程及び焼鈍工程中に析出する析出物を低減し、且つ微細化させることができる。これにより、ろう付けやレーザ溶接後の冷却時に析出又は粗大化する析出物が減少及び微細化し、接合部の耐食性の低下を抑制することができる。その結果、ブレーキディスクローターとして使用中の美観の劣化を抑制できるだけでなく、錆によるブレーキディスクの摩耗、ブレーキパッドの摩耗を抑制し、安定した摩擦係数を発揮することができる。また、フランジ、ディスク、フィンの錆が抑制されることで、接合部の板厚減少が生じ難くなり、接合強度の低下も抑制される。
本発明は、上記の知見に基づき完成するに至ったものであり、以下のように例示される。
【0019】
[1]質量基準で、0.0010~0.5000%のCと、0.0010~0.5000%のNと、0.01~5.00%のSiと、0.010~12.000%のMnと、0.001~0.100%のPと、0.0001~1.0000%のSと、10.0~35.0%のCrと、0.010~5.000%のNiと、0.0001~1.0000%のNb及び0.0001~1.0000%のTiから選択される1種又は2種とを含有し、残部がFe及び不純物である組成を有し、
母相に存在する析出物は、平均粒子径が2.00μm以下、平均存在密度が3.00個/μm2以下及び平均粒子間隔が1.00μm以上であるブレーキディスクローター用ステンレス鋼板。
【0020】
[2]質量基準で、0.001~3.000%のCu、0.001~3.000%のMo、0.001~1.000%のV、0.0001~0.0300%のB、0.001~4.000%のAl、0.001~3.000%のW、0.0001~1.0000%のSn、0.0001~0.0100%のMg、0.001~0.500%のSb、0.001~1.000%のZr、0.001~1.000%のTa、0.001~1.000%のHf、0.0001~1.0000%のCo、0.0001~0.0200%のCa、0.001~0.500%のREM、0.0001~0.5000%のGa及び0.001~0.100%のBiから選択される1種以上を更に含有する、[1]に記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板。
【0021】
[3]ろう付け及び/又はレーザ溶接による接合を行い、接合部を含む溶接部材に対して24時間の塩水噴霧試験を行ったときのレイティングナンバ(RN)が5以上である、[1]又は[2]に記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板。
【0022】
[4]ろう付け及び/又はレーザ溶接による接合を行い、溶接部を含む溶接部材に対して摩擦摩耗試験を行ったときの前記溶接部材の温度60℃~300℃における平均摩擦係数が0.25~0.65である、[1]~[3]のいずれか一つに記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板。
【0023】
[5]ろう付け及び/又はレーザ溶接による接合を行い、溶接部を含む溶接部材に対して摩擦摩耗試験を行ったときの前記溶接部材の摩耗量が0.50mm以下、相手材の摩耗量が4.0mm以下である、[1]~[4]のいずれか一つに記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板。
【0024】
[6]ろう付け及び/又はレーザ溶接による接合を行い、溶接部を含む溶接部材に対して高温引張試験を行ったときの700℃における0.2%耐力が50MPa以上である、[1]~[5]のいずれか一つに記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板。
【0025】
[7]質量基準で、0.0010~0.5000%のCと、0.0010~0.5000%のNと、0.01~5.00%のSiと、0.010~12.000%のMnと、0.001~0.100%のPと、0.0001~1.0000%のSと、10.0~35.0%のCrと、0.010~5.000%のNiと、0.0001~1.0000%のNb及び0.0001~1.0000%のTiから選択される1種又は2種とを含有し、残部がFe及び不純物である組成を有するスラブを1050~1350℃に加熱し、仕上げ温度を830℃以上として熱間圧延した後、1.0℃/秒以上の冷却速度で冷却する熱間圧延工程を含む、ブレーキディスクローター用ステンレス鋼板の製造方法。
【0026】
[8]前記スラブは、質量基準で、0.001~3.000%のCu、0.001~3.000%のMo、0.001~1.000%のV、0.0001~0.0300%のB、0.001~4.000%のAl、0.001~3.000%のW、0.0001~1.0000%のSn、0.0001~0.0100%のMg、0.001~0.500%のSb、0.001~1.000%のZr、0.001~1.000%のTa、0.001~1.000%のHf、0.0001~1.0000%のCo、0.0001~0.0200%のCa、0.001~0.500%のREM、0.0001~0.5000%のGa及び0.001~0.100%のBiから選択される1種以上を更に含有する、[7]に記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板の製造方法。
【0027】
[9]前記熱間圧延工程の後に、800~900℃で6.0時間以下の焼鈍を行った後、1.0℃/秒以上の冷却速度で冷却する焼鈍工程を更に含む、[7]又は[8]に記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板の製造方法。
【0028】
[10][1]~[6]のいずれか一つに記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板の加工部品を備えるブレーキディスクローター。
【0029】
[11]前記加工部品が、フランジ、ディスク及びフィンの少なくとも1つであり、ろう付け及び/又はレーザ溶接によって接合されている、[10]に記載のブレーキディスクローター。
【0030】
[12]前記加工部品が焼入れマルテンサイト組織を有する、[10]又は[11]に記載のブレーキディスクローター。
【0031】
[13][1]~[6]のいずれか一つに記載のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板を加工して加工部品を作製する加工工程と、
前記加工部品をろう付け及び/又はレーザ溶接して組立構造体を作製する組立工程と
を含む、ブレーキディスクローターの製造方法。
【0032】
[14]前記組立工程前に前記加工部品に対して焼入れ処理を行うか、又は前記組立工程後に前記組立構造体に対して焼入れ処理を行う焼入れ工程を更に含む、[13]に記載のブレーキディスクローターの製造方法。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、耐食性、耐摩耗性、低パッド攻撃性、摩擦係数安定性及び接合強度に優れるブレーキディスクローターを作製可能なブレーキディスクローター用ステンレス鋼板及びその製造方法を提供することができる。
また、本発明によれば、耐食性、耐摩耗性、低パッド攻撃性、摩擦係数安定性及び接合強度に優れるブレーキディスクローター及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
なお、本明細書において成分に関する「%」表示は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0035】
(1.ブレーキディスクローター用ステンレス鋼板)
本発明の実施形態に係るブレーキディスクローター用ステンレス鋼板(以下、「ステンレス鋼板」と略す)は、0.0010~0.5000%のCと、0.0010~0.5000%のNと、0.01~5.00%のSiと、0.010~12.000%のMnと、0.001~0.100%のPと、0.0001~1.0000%のSと、10.0~35.0%のCrと、0.010~5.000%のNiと、0.0001~1.0000%のNb及び0.0001~1.0000%のTiから選択される1種又は2種とを含有し、残部がFe及び不純物である組成を有する。
ここで、本明細書において「不純物」とは、ステンレス鋼板を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップなどの原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。例えば、不純物には、不可避的不純物も含まれる。不純物の例としては、As、Pbなどが挙げられる。
【0036】
また、本発明の実施形態に係るステンレス鋼板は、必要に応じて、0.001~3.000%のCu、0.001~3.000%のMo、0.001~1.000%のV、0.0001~0.0300%のB、0.001~4.000%のAl、0.001~3.000%のW、0.0001~1.0000%のSn、0.0001~0.0100%のMg、0.001~0.500%のSb、0.001~1.000%のZr、0.001~1.000%のTa、0.001~1.000%のHf、0.0001~1.0000%のCo、0.0001~0.0200%のCa、0.001~0.500%のREM、0.0001~0.5000%のGa及び0.001~0.100%のBiから選択される1種以上を更に含有することができる。
以下、各成分について詳細に説明する。
【0037】
<C:0.0010~0.5000%>
Cは、母相に固溶し硬さに大きな影響を与える元素である。Cは、熱処理によっては炭化物を生成し、成形性及び耐食性を劣化させ、高温強度の低下をもたらすため、(A)の含有量とした。また、C含有量の過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、(B)の含有量が好ましく、(C)の含有量がより好ましい。
(A)=0.0010~0.5000%
(B)=0.0200~0.1000%
(C)=0.0200~0.0800%
【0038】
<N:0.0010~0.5000%>
NはCと同様に、母相に固溶し硬さに大きな影響を与える元素である。Nは、熱処理によっては窒化物を生成し、成形性や耐食性を劣化させ、高温強度の低下をもたらすため、(A)の含有量とした。また、N含有量の過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、(B)の含有量が好ましく、(C)の含有量がより好ましい。
(A)=0.0010~0.5000%
(B)=0.0050~0.0600%
(C)=0.0080~0.0500%
【0039】
<Si:0.01~5.00%>
Siは、脱酸剤としても有用な元素であるとともに、耐酸化性及び耐高温塩害性を改善する元素である。しかしながら、Si含有量の過度な添加は常温延性を低下させるため、(A)の含有量とした。また、酸洗性や靭性を考慮すると(B)の含有量が好ましく、さらに製造性を考慮すると(C)の含有量がより好ましい。
(A)=0.01~5.00%
(B)=0.20~0.50%
(C)=0.25~0.35%
【0040】
<Mn:0.010~12.000%>
Mnは、脱酸剤として添加される元素であるとともに、中温域での高温強度上昇にも寄与する。しかし、Mnの過剰な添加によって高温でMn系酸化物を表層に形成し、スケール密着性不良や異常酸化が生じ易くなる。特に、MnをMoやWと複合添加した場合は、Mn量に対して異常酸化が生じ易くなる傾向にあるため、(A)の含有量とした。また、鋼板製造における酸洗性や及び常温延性を考慮すると、(B)の含有量が好ましく、(C)の含有量がより好ましい。
(A)=0.010~12.000%
(B)=0.300~1.800%
(C)=0.500~1.450%
【0041】
<P:0.001~0.100%>
Pは、製鋼精錬時に主として原料から混入してくる不純物であり、含有量が高くなると、靭性や溶接性が低下する。このため、Pは極力低減することが望ましいが、0.001%未満にするためには、低P原料の使用によってコストアップとなることから、0.001%以上とする。一方、P含有量が0.100%超では、著しく硬質化する他、耐食性、靭性及び酸洗性が劣化するため、0.100%を上限とする。原料コストを考慮すると、P含有量は0.010~0.050%が好ましく、0.015~0.040%がより好ましい。
【0042】
<S:0.0001~1.0000%>
Sは、耐食性及び耐酸化性を劣化させる元素であるが、TiやCと結合して加工性を向上させるだけではなく、CrやMnなどと結合することで硫化物を形成し潤滑性を発揮する元素である。これらの効果は、0.0001%以上から発現する。一方、Sの過度な添加は、TiやCと結合して固溶Ti量を低減させるとともに析出物の粗大化をもたらし、高温強度が低下するため、上限を1.0000%とした。さらに、精錬コスト及び高温酸化特性を考慮すると、S含有量は0.0010~0.0080%が好ましく、0.0015~0.0070%がより好ましい。
【0043】
<Cr:10.0~35.0%>
Crは、耐酸化性及び耐食性確保のために必須な元素である。Crの含有量が少ない場合、特に耐酸化性が確保できず、過剰な添加によって加工性の低下や靭性、ろう付け性の劣化をもたらすため、(A)の含有量とした。また、製造性及びスケール剥離性を考慮すると、(B)の含有量が好ましく、(C)の含有量がより好ましい。
(A)=10.0~35.0%
(B)=11.0~13.0%
(C)=11.0~12.5%
【0044】
<Ni:0.010~5.000%>
Niは耐酸化性、靭性及び高温強度を向上させる元素である。Niの過剰な添加はコスト高になるため、(A)の含有量とした。また、製造性を考慮すると、(B)の含有量が好ましく、(C)の含有量がより好ましい。
(A)=0.010~5.000%
(B)=0.030~0.500%
(C)=0.030~0.200%
【0045】
<Nb:0.0001~1.0000%>
Nbは、固溶強化及び微細析出物の析出強化による焼き戻し軟化抵抗の向上や高温強度向上に有効な元素である。また、Nbは、CやNを炭窒化物として固定し、ステンレス鋼板の耐食性やr値(ランクフォード値)に影響する再結晶集合組織の発達に寄与する役割もある。Nbの過剰な添加は、著しく硬質化する他、製造性も劣化させるため、(A)の含有量とした。また、原料コスト及び靭性を考慮すると、(B)の含有量が好ましく、(C)の含有量がより好ましい。
(A)=0.0001~1.0000%
(B)=0.0010~0.0500%
(C)=0.0015~0.0500%
【0046】
<Ti:0.0001~1.0000%>
Tiは、C、N、Sと結合して耐食性、耐粒界腐食性、常温延性や深絞り性を向上させる元素である。また、Tiは、Nb、Moとの複合添加において、適量添加することにより熱延焼鈍時のNb、Moの固溶量増加、高温強度の向上をもたらし、焼き戻し軟化抵抗や熱疲労特性を向上させる。これらの効果は0.0001%以上から発現するため、Tiの下限を0.0001%とした。一方、Tiが1.0000%超であると、固溶Ti量が増加して常温延性が低下する他、粗大なTi系析出物を形成し、穴拡げ加工時の割れの起点になり、プレス成形性を劣化させる。また、耐酸化性及びろう付け性も低下するため、Ti添加量は1.0000%以下とした。さらに、表面疵の発生や靭性を考慮すると、Ti含有量は0.0010~0.0100%が好ましく、0.0015~0.0080%がより好ましい。
【0047】
<Cu:0.001~3.000%>
Cuは耐食性向上に有効な元素である。Cuは、ε-Cu析出による析出強化によって焼き戻し軟化抵抗及び高温強度を向上させるが、過度な添加は熱間加工性を低下させるため(A)の含有量とした。また、熱疲労特性、製造性及び溶接性を考慮すると、(B)の含有量が好ましく、(C)の含有量がより好ましい。
(A)=0.001~3.000%
(B)=0.001~0.800%
(C)=0.001~0.600%
【0048】
<Mo:0.001~3.000%>
Moは、高温における固溶強化に有効であるとともに、焼き戻し軟化抵抗、耐食性及び耐高温塩害性を向上させる元素である。Moの過剰な添加は、常温延性及び耐酸化性が著しく低下するため、(A)の含有量とした。また、熱疲労特性や製造性を考慮すると、(B)の含有量が好ましく、(C)の含有量がより好ましい。
(A)=0.001~3.000%
(B)=0.005~0.200%
(C)=0.005~0.150%
【0049】
<V:0.001~1.000%>
Vは、耐食性を向上させる元素であるが、過剰に添加すると析出物が粗大化して焼き戻し軟化抵抗及び高温強度が低下する他、耐酸化性も低下する。そのため、(A)の含有量とした。また、製造コストや製造性を考慮すると、(B)の含有量が好ましく、(C)の含有量がより好ましい。
(A)=0.001~1.000%
(B)=0.010~0.100%
(C)=0.030~0.090%
【0050】
<B:0.0001~0.0300%>
Bは、ステンレス鋼板のプレス成形時の2次加工性、高温強度及び熱疲労特性を向上させる元素である。また、Bは、Laves相などの微細析出をもたらし、これらの析出強化の長期安定性を発現させ、強度低下の抑制や熱疲労寿命の向上に寄与する。これらの効果は0.0001%以上で発現する。一方、Bの過度な添加は硬質化をもたらし、粒界腐食性及び耐酸化性を低下させる他、溶接割れが生じるため、0.0300%以下とした。また、耐食性や製造コストを考慮すると、B含有量は0.0001~0.0100%が好ましく、0.0001~0.0050%がより好ましい。
【0051】
<Al:0.001~4.000%>
Alは、脱酸元素として機能する他、耐酸化性を向上させる元素である。また、Alは、固溶強化元素として高温強度向上や焼き戻し軟化抵抗向上に有用である。その作用は0.001%以上で安定して発現する。一方、Alの過度の添加は硬質化して均一伸びを著しく低下させる他、靭性が著しく低下するため、上限を4.000%とした。また、表面疵の発生や溶接性、製造性を考慮すると、Al含有量は0.0015~0.040%が好ましく、0.0015~0.005%がより好ましい。
【0052】
<W:0.001~3.000%>
Wは、Moと同様に、高温における固溶強化に有効な元素であるとともに、Laves相(Fe2W)を生成して析出強化の作用をもたらす。特に、Wは、NbやMoと複合添加した場合、Fe2(Nb,Mo,W)のLaves相が析出するが、Wを添加すると、このLaves相の粗大化が抑制されて析出強化能が向上し、焼き戻し軟化抵抗も向上する。これらの効果は0.001%以上の添加で発現する。一方、W含有量を3.000%超にすると、コスト高になるとともに、常温延性が低下するため、上限を3.000%とした。さらに、製造性、低温靭性及び耐酸化性を考慮すると、W含有量は0.001~1.500%が好ましい。
【0053】
<Sn:0.0001~1.0000%>
Snは、耐食性、及び中温域の高温強度を向上させる元素である。これらの効果は0.0001%以上で発現する。一方、Snを1.0000%超で添加すると、製造性及び靭性が著しく低下するため、1.0000%以下とした。また、耐酸化性や製造コストを考慮すると、Sn含有量は0.0010~0.0100%が好ましく、0.0015~0.0050%がより好ましい。
【0054】
<Mg:0.0001~0.0100%>
Mgは、脱酸元素として機能する他、スラブの組織を微細化させ、成形性向上に寄与する元素である。また、Mg酸化物はTi(C,N)やNb(C,N)等の炭窒化物の析出サイトになり、これらを微細分散析出させる効果がある。これらの効果は0.0001%以上で発現し、靭性向上にも寄与する。ただし、Mgの過度な添加は、溶接性、耐食性及び表面品質の劣化につながるため、上限を0.0100%とした。また、精錬コストを考慮すると、Mg含有量は0.0001~0.0010%が好ましい。
【0055】
<Sb:0.001~0.500%>
Sbは、耐食性及び高温強度の向上に寄与する。これらの効果は0.001%以上で発現する。一方、Sb含有量を0.500%超とすると、鋼板製造時のスラブ割れや延性低下が過度に生じる場合があるため、上限を0.500%とする。また、精錬コストや製造性を考慮すると、Sb含有量は0.010~0.300%が好ましい。
【0056】
<Zr:0.001~1.000%>
Zrは、TiやNbと同様に炭窒化物形成元素であり、耐食性、深絞り性を向上させる元素である。これらの効果は0.001%以上で発現する。一方、Zr含有量を1.000%超とすると、製造性の劣化が著しいため、1.000%以下とした。また、コストや表面品位を考慮すると、Zr含有量は0.001~0.200%が好ましい。
【0057】
<Ta:0.001~1.000%、Hf:0.001~1.000%>
Ta及びHfは、CやNと結合して靭性の向上に寄与する元素である。この効果は、Ta及びHfともに0.001%以上で発現する。但し、Ta及びHfともに1.000%超の添加では、コスト増になる他、製造性を著しく劣化させるため、上限を1.000%とする。また、精錬コストや製造性を考慮すると、Ta含有量及びHf含有量はそれぞれ0.010~0.080%が好ましい。
【0058】
<Co:0.0001~1.0000%>
Coは、高温強度の向上に寄与する元素である。この効果は、0.0001%以上で発現する。一方、Co含有量が1.0000%超となると、靭性劣化につながるため、上限を1.0000%とする。また、精錬コストや製造性を考慮すると、Co含有量は0.0010~0.1000%が好ましく、0.0050~0.0500%がより好ましい。
【0059】
<Ca:0.0001~0.0200%>
Caは、脱硫のために添加される元素である。この効果は0.0001%以上で発現する。一方、Ca含有量が0.0200%超となると、粗大なCaSが生成し、靭性や耐食性を劣化させるため、上限を0.0200%とした。また、精錬コストや製造性を考慮すると、Ca含有量は0.0002~0.0020%が好ましい。
【0060】
<REM:0.001~0.500%>
REM(希土類元素)は、種々の析出物の微細化によって靭性向上や耐酸化性を向上させる元素である。これらの効果は、0.001%以上で発現する。一方、REM含有量が0.500%超となると、鋳造性が著しく悪くなる他、延性の低下をもたらすことから、上限を0.500%とした。また、精錬コストや製造性を考慮すると、REM含有量は0.001~0.050%が好ましい。
なお、REMは、一般的な定義に従い、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。REMは単一の種類を用いてもよいし、複数の種類の混合物としてもよい。
【0061】
<Ga:0.0001~0.5000%>
Gaは、耐食性向上や水素脆化抑制に有効な元素である。これらの効果は、0.0001%以上で発現する。一方、Ga含有量が0.5000%超になると、硫化物や水素化物が形成され易くなるため、上限を0.5000%とした。また、製造性、コスト、延性及び靭性の観点から、Ga含有量は0.0020%以下が好ましい。
【0062】
<Bi:0.001~0.100%>
Biは、冷間圧延時に発生するローピングを抑制し、製造性を向上する元素である。この効果は、Biの含有量が0.001%以上で発現する。一方、Bi含有量が0.100%超になると、熱間加工性の低下を招くため、Bi含有量の上限値を0.100%とする。また、上記の効果を安定して得る観点から、Bi含有量は0.0012~0.080%が好ましい。
【0063】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼板は、析出物が存在する母相を有する。
析出物としては、特に限定されないが、主にCr炭窒化物であり、M236、M2Nなどを指す。MにはCrやFeなどの元素が含まれる。
母相としては、特に限定されないが、焼入れ処理が行われない場合はフェライト相を主体とする相であり、焼入れ処理が行われる場合はマルテンサイト相を主体とする相である。すなわち、焼入れ処理が行われない場合はフェライト系ステンレス鋼板であり、焼入れ処理が行われる場合はマルテンサイト系ステンレス鋼板である。なお、フェライト相を主体とする相には、フェライト相以外の相(例えば、オーステナイト相やマルテンサイト相)が僅かに含まれていてもよい。また、マルテンサイト相を主体とする相には、マルテンサイト相以外の相(例えば、フェライト相やオーステナイト相)が僅かに含まれていてもよい。
【0064】
母相に存在する析出物は、平均粒子径が2.00μm以下、平均存在密度が3.00個/μm2以下及び平均粒子間隔が1.00μm以上である。
ディスクローターへの加工は、ホットスタンプ、高周波焼入れ、ろう付け、レーザ溶接などによって行われ、一般的に焼入れ処理のための加熱時間は、生産性のために非常に短い。なお、ろう付けやレーザ溶接では、ディスクローターへの加工と、ディスクローターとして十分な硬さを得るための焼入れ処理とを、同時に行うことができる。ディスクローターとして十分な硬さを得るためには、短時間の加熱であっても、熱延工程中又は焼鈍工程中に析出した析出物(Cr炭窒化物)が溶解して固溶C、Nを確保できなければならない。析出物は、微細に存在することにより容易に溶解して固溶C、Nの確保に寄与し、焼入れ性を向上させる。したがって、母相に存在する析出物の平均粒子径、平均存在密度及び平均粒子間隔を上記の範囲に制御することにより、微細な析出物が均一に分散した状態となるため、焼入れ処理の短時間の加熱でも析出物を溶解させることが可能となる。
【0065】
析出物の平均粒子径が2μmを超えると、焼入れ処理時に短時間の加熱では析出物が溶解しきれないため、十分な固溶C、Nを確保できず、焼き入れ硬さが不十分になる。また、加熱時間を長時間化すると、生産性を低下させることとなる。また、焼入れ後において粗大な析出物が残存してしまい、耐食性を低下させる。
析出物の平均存在密度が3個/μm2超であると、焼入れ時の短時間の加熱では、析出物が溶解しきれないため、析出物が残存する可能性が高くなり、焼入れ性や耐食性を低下させる。
析出物の平均粒子間隔が1μm未満であると、短時間の焼入れ処理後、レーザ溶接後、ろう付け後の冷却中に析出物が粗大化(オストワルド成長)し、焼入れ性、耐食性を低下させる。
【0066】
析出物の平均粒子径は、1.50μm以下が好ましく、1.00μm以下がより好ましい。
析出物の平均存在密度は、2.00個/μm2以下が好ましく、1.00個/μm2以下がより好ましい。
析出物の平均粒子間隔は、1.25μm以上が好ましく、1.50μm以上がより好ましい。なお、析出物の平均粒子間隔の上限値は、特に限定されないが、例えば、20.00μm、典型的に15.00μmである。
【0067】
ステンレス鋼板の母相に存在する析出物の平均粒子径、平均存在密度及び平均粒子間隔は、次のようにして特定することができる。
析出物の判別方法としては、透過型電子顕微鏡(例えば、日本電子製の200kV電界放出型透過電子顕微鏡JEM2100F)での観察、及び付属のEDS装置(例えば、日本電子製の200kV電界放出型透過電子顕微鏡JEM2100F)での分析によって判別することができる。
上記の観察及び分析のために、イオンミリング法にてt(ステンレス鋼板の厚さ)/4を観察できるようにステンレス鋼板から測定用サンプル(例えば、ステンレス鋼板の断面を露出させたサンプル)を採取し、5万倍で任意の10箇所を観察して分析する。この倍率で、析出物の状態をほぼ均一に観察することが可能である。また、同観察箇所において、EDS装置を用い、Cr、C及びNの組成を質量%にて定量化し、ステンレス鋼板成分の添加量以上の値が検出された場合に析出物とする。析出物の粒子径、存在密度及び粒子間隔の算出は、上記の観察において、析出物のみに色をつけて画像処理した後、NIH社製の画像解析ソフト『ImageJ』を用いて、5視野における粒子径及び存在密度、粒子間隔を算出し、それらの平均値を平均粒子径、平均存在密度及び平均粒子間隔とする。なお、粒子径は円相当径で算出する。
【0068】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼板は、ろう付け及び/又はレーザ溶接による接合を行い、接合部を含む溶接部材に対して24時間の塩水噴霧試験を行ったときのレイティングナンバ(RN)が5以上であることが好ましい。美観の維持のためには、RNが7以上であることがより好ましく、9以上であることが更に好ましい。これにより、ステンレス鋼板、及びこのステンレス鋼板から作製されるブレーキディスクローターとして優れた耐食性を実現することができる。
【0069】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼板は、ろう付け及び/又はレーザ溶接による接合を行い、溶接部を含む溶接部材に対して摩擦摩耗試験を行ったときの溶接部材の温度60℃~300℃における平均摩擦係数が0.25~0.65であることが好ましい。様々な使用環境に対応するためには、平均摩擦係数が0.26~0.64であることがより好ましく、0.27~0.63であることが更に好ましい。これにより、ステンレス鋼板から作製されるブレーキディスクローターとして優れた摩擦係数安定性を実現することができる。
ここで、摩擦摩耗試験は、JASO C 406に準拠して行われ、第2効力試験の常温効力試験の130km/hからの制動したときの平均摩擦係数とする。また、摩擦摩耗試験における相手材には、ノンアスベストオーガニック(NAO)材(ノンスチール(NS)、ロースチール(LS)、セミメタリック(SM))、Cu焼結材などが挙げられる。
【0070】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼板は、ろう付け及び/又はレーザ溶接による接合を行い、溶接部を含む溶接部材に対して摩擦摩耗試験を行ったときの溶接部材の摩耗量が0.50mm以下、相手材の摩耗量が4.0mm以下であることが好ましい。ディスク及び相手材の寿命の観点からは、ディスク摩耗量が0.40mm以下、相手材の摩耗量が3.0mm以下であることがより好ましく、ディスク摩耗量が0.30mm以下、相手材の摩耗量が2.0mm以下であることが更に好ましい。これにより、ステンレス鋼板から作製されるブレーキディスクローターとして優れた耐摩耗性及び低パッド攻撃性を実現することができる。
なお、摩擦摩耗試験は、上記と同様にして行うことができる。
【0071】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼板は、ろう付け及び/又はレーザ溶接による接合を行い、溶接部を含む溶接部材に対して高温引張試験を行ったときの700℃における0.2%耐力が50MPa以上であることが好ましい。より多くの車種に対応するためには、700℃における0.2%耐力が60MPa以上であることがより好ましく、70MPa以上であることが更に好ましい。これにより、ステンレス鋼板から作製されるブレーキディスクローターにおいて、フランジとディスクとの間及びディスクとフィンとの間の接合強度を向上させることができる。
【0072】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼板は、熱延板、熱延焼鈍板、冷延板、冷延焼鈍板のいずれであってもよい。
【0073】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼板は、組成に加えて、母相に存在する析出物の平均粒子径、平均存在密度及び平均粒子間隔を所定の範囲に制御しているため、耐食性、耐摩耗性、低パッド攻撃性、摩擦係数安定性及び接合強度に優れる各種部品又は製品を製造することができる。そのため、当該特性が要求される部品又は用途に用いることができる。特に、このステンレス鋼板は、ブレーキディスクローターに用いるのに最適である。ブレーキディスクローターとしては、自動車のみならず、二輪車、三輪車、スノーモービルなどの各種車両のブレーキディスクローターに用いることができるが、特に自動車のブレーキディスクローターに用いるのに適している。
【0074】
(2.ブレーキディスクローター用ステンレス鋼板の製造方法)
本発明の実施形態に係るステンレス鋼板の製造方法は、上記のような特徴を有するステンレス鋼板を製造し得る方法であれば特に限定されず、既存の製造工程によって製造することができる。
例えば、ステンレス鋼板が熱延板である場合、製鋼工程及び熱間圧延工程の順に行うことによって製造することができる。また、ステンレス鋼板が熱延焼鈍板である場合、製鋼工程、熱間圧延工程、焼鈍工程及び酸洗工程の順に行うことによって製造することができる。また、ステンレス鋼板が冷延板である場合、製鋼工程、熱間圧延工程、焼鈍工程、酸洗工程及び冷間圧延工程の順に行うことによって製造することができる。さらに、ステンレス鋼板が冷延焼鈍板である場合、製鋼工程、熱間圧延工程、焼鈍工程、酸洗工程、冷間圧延工程、焼鈍工程及び酸洗工程の順に行うことによって製造することができる。
【0075】
実際の製造において、製鋼工程では、上記の組成となるように成分調整された鋼を転炉溶製し、続いて2次精錬を行う方法が好適に用いられる。溶製した溶鋼は、公知の鋳造方法(連続鋳造)にしたがってスラブとする。スラブは所定の温度に加熱され、所定の板厚に連続圧延で熱間圧延することによって熱延板となる(熱間圧延工程)。実際の熱間圧延工程では、スラブは複数スタンドから成る熱間圧延機で圧延された後に、コイル状に巻き取られる。巻き取られた熱延コイルは、焼鈍炉を用いて所定の条件で焼鈍した後、酸洗することによって熱延焼鈍板となる(焼鈍工程および酸洗工程)。酸洗工程は、既存の酸洗方法により実施することができる。冷延焼鈍板を製造する場合、熱延焼鈍板を冷間圧延することによって冷間圧延とする(冷間圧延工程)。冷間圧延は、タンデム式圧延機又はゼンジミア式圧延機のいずれも用いても構わない。冷間圧延後、巻き取られた冷延コイルを、焼鈍炉を用いて所定の条件で焼鈍し、続いて酸洗することによって冷延焼鈍板となる(冷間圧延工程)。
【0076】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼板は、耐食性、耐摩耗性、低パッド攻撃性、摩擦係数安定性及び接合強度の観点から、析出物が少ないこと、また、析出物が存在する場合はその粒子径が微細且つ均一に分散していることが重要である。そのためには、各元素の成分を適切に制御し、且つ熱間圧延前の加熱温度及び熱延仕上げ温度を高温化することで、熱間圧延前に析出物を溶解させ、熱間圧延時に析出物が析出する温度域を回避することが必要である。また、熱間圧延後の冷却速度を速くすることで冷却中に析出及び粗大化する析出物を抑制すればよい。熱間圧延前に析出物を溶解させ、熱間圧延及びその後の冷却時の析出及び粗大化を抑制するためには、熱間圧延前の加熱温度は1050~1350℃、熱間圧延の仕上げ温度は830℃以上、冷却速度は1.0℃/秒以上とする。
また、熱間圧延後に焼鈍を行う場合、焼鈍温度を高温化することで、熱間圧延時に析出物が析出する温度域を回避する。また、析出が生じた場合にも、焼鈍時間を可能な限り短時間化することで、析出物の粗大化を抑制できる。焼鈍中の析出及び粗大化を抑制するため、焼鈍温度は800~900℃、焼鈍時間は6.0時間以下、冷却速度は1.0℃/秒以上とする。この製造方法の特徴について詳細に説明する。
【0077】
<熱間圧延前の加熱温度:1050℃~1350℃>
スラブの熱間圧延前の加熱温度を1050℃~1350℃にすることにより、ステンレス鋼の母相に存在する析出物を溶解させることができる。析出物を短時間で溶解できることから、1060℃~1350℃がより好ましく、1070℃~1350℃が更に好ましい。保持時間は、特に限定されないが、150~350分が好ましく、160~340分がより好ましく、170~330分が更に好ましい。
【0078】
<熱間圧延の仕上げ温度:830℃以上>
熱延圧延の仕上げ温度を830℃以上にすることにより、熱間圧延中の析出物を抑制することができる。析出物を全厚において確実に抑制する観点から、840℃以上がより好ましく、850℃以上が更に好ましい。
【0079】
<焼鈍温度:800~900℃、焼鈍時間:6.0時間以下>
焼鈍温度は800~900℃、焼鈍時間は6.0時間以下とする。焼鈍温度を800~900℃、焼鈍時間を6.0時間以下とすることにより、ステンレス鋼板の母相に存在する析出物の平均粒子径及び平均存在密度、平均粒子間隔を所定の範囲に制御できる。析出物の過度な粗大化を抑制する観点から、焼鈍温度は810~900℃が好ましく、820~900℃がより好ましい。焼鈍時間の下限値は、特に限定されないが、2.0時間以上が好ましく、2.5時間以上がより好ましく、3.0時間以上が更に好ましい。
なお、上記の焼鈍条件は、ステンレス鋼板が熱延焼鈍板である場合、熱延後の焼鈍条件を意味する。また、上記の焼鈍条件は、ステンレス鋼板が冷延焼鈍板である場合、冷延後の焼鈍条件を意味し、熱延後の焼鈍条件は特に限定されない。
【0080】
<熱間圧延後及び焼鈍後の冷却速度:1.0℃/秒以上>
冷却速度は、熱間圧延及び焼鈍の温度から400℃までの温度変化を、冷却に要した時間で割ることによって算出される。すなわち、冷却速度は、熱延仕上げ温度及び焼鈍温度から400℃までの温度範囲の冷却速度である。
特に熱延板の厚みが大きいと、冷却速度が遅くなり易い。冷却速度が遅くなった場合、冷却中に析出物の析出が生じる温度域に熱延板が長時間曝されるため、析出及び粗大化が促進される。その結果として、析出物の平均粒子径、平均存在密度及び平均粒子間隔を所定の範囲に制御できなくなる。析出及び粗大化を抑制するため、熱間圧延及び焼鈍後の冷却速度は1.0℃/秒以上とする。冷却速度は、例えば、炉内温度の調節や空冷などを行うことによって制御することができる。
冷却速度は、生産性の観点から、2.0℃/秒以上が好ましく、3.0℃/秒以上がより好ましい。なお、冷却速度の上限値は、特に限定されないが、例えば20.0℃/秒、典型的に15.0℃/秒である。
【0081】
冷延焼鈍板を製造する場合、冷間圧延は、タンデム式圧延機又はゼンジミア式圧延機のいずれを用いても構わない。冷間圧延後、巻き取られた冷延コイルを、焼鈍炉を用いて所定の条件で焼鈍し、続いて酸洗することによって冷延焼鈍板を得ることができる(焼鈍工程及び酸洗工程)。酸洗工程は、既存の酸洗方法により実施することができる。焼鈍工程は上記の条件で行われる。
【0082】
(3.ブレーキディスクローター)
本発明の実施形態に係るブレーキディスクローターは、上記のステンレス鋼板の加工部品を備える。
ここで、加工部品とは、ブレーキディスクローターに用いられる部品形状に加工された各種部品のことを意味する。したがって、例えば、ブレーキディスクローターが自動車用のブレーキディスクローターである場合、ステンレス鋼板をハット形状に加工した各種部品のことを意味する。なお、ブレーキディスクローターの形状は、ハット形状に限定されず、ブレーキディスクローターが用いられる車両の種類に応じて適宜決定すればよい。
【0083】
加工部品は、一つの態様において、フランジ、ディスク及びフィンの少なくとも1つである。また、加工部品は、ろう付け及び/又はレーザ溶接によって接合されている。具体的には、フランジとディスクとの間、ディスクとフィンとの間が、ろう付け及び/又はレーザ溶接によって接合されている。このような接合構造を有するブレーキディスクローターは、当該技術分野において公知であるため、当該公知の接合構造に準じて、フランジ、ディスク及びフィンを作製し、ろう付け及び/又はレーザ溶接によって接合すればよい。
【0084】
加工部品の金属組織は、特に限定されないが、焼入れマルテンサイト組織を有していることが好ましい。焼入れマルテンサイト組織を有することにより、十分な硬さを確保することができる。
【0085】
(4.ブレーキディスクローターの製造方法)
本発明の実施形態に係るブレーキディスクローターの製造方法は、上記のステンレス鋼板を加工して加工部品(例えば、フランジ、ディスク及びフィン)を作製する加工工程と、加工部品をろう付け及び/又はレーザ溶接して組立構造体を作製する組立工程とを含む。また、本発明の実施形態に係るブレーキディスクローターの製造方法は、組立工程前に加工部品に対して焼入れ処理を行うか、又は組立工程後に組立構造体に対して焼入れ処理を行う焼入れ工程を更に含むことができる。
【0086】
ろう付けでは、ろう材やろう付け条件は、一般的な材料及び方法を用いて実施すればよい。ろう材にはCuやNi、Ag、Auなどを用い、各ろう材に適したろう付け条件で、ろう付けを行えばよい。例えば、Cuろうを使用する場合は、水素や窒素、アルゴン、真空などの雰囲気で、温度は800~1300℃とすればよい。保持時間はろう付けを行う部品の大きさによって調整を行うが、例えば0~120分とすればよい。なお、ろう付けを行う場合は、ろう付けによって焼入れ硬さを確保できるため、焼入れ熱処理を省略することができる。
【0087】
レーザ溶接では、レーザ溶接条件は一般的な方法を用いて実施すればよい。レーザにはファイバーレーザ、YAGレーザ、炭酸ガスレーザなどを用いればよい。例えば、ファイバーレーザでは、シールドガスとして窒素、アルゴン、空気などを用い、ガス流量は0~100L/分、レーザ入射角(溶接面に対して垂直を0°とする)は0~89°、出力は0.1~100.0kW、溶接速度は0~300m/分、照射時間は0.01~120秒とすればよい。ブレーキディスクローターのフランジ、ディスク、フィンのいずれか一つ以上の接合を行う場合、1点以上をスポット状に溶接してもよいし、ライン状に溶接してもよい。レーザを照射する部品は、フランジ、ディスク、フィンのいずれでもよい。必要に応じて、溶接中に出力を変化させてもよい。
【0088】
焼入れ処理の条件としては、特に限定されないが、850~1200℃の温度で0~20分保持した後、水冷すればよい。
【実施例0089】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
【0090】
実施例では、ステンレス鋼板として、熱延板、熱延焼鈍板、冷延板及び冷延焼鈍板を作製した。
熱延板は、表1-1及び1-2に示す組成(残部はFe及び不純物である)の鋼を溶製し、鋳造して得られたスラブを所定の温度に加熱し、所定の仕上げ温度で熱間圧延した後、所定の冷却速度で冷却する熱間圧延を行って厚さ6mm厚の熱延板を得た(試験No.1-23)。熱間圧延の条件は表2-1及び2-2に示す。
熱延焼鈍板は、上記で得られた熱延板に対して、所定の温度及び時間で焼鈍を行った後、所定の冷却速度で冷却することによって得た(試験No.1-23~1-25以外の試験)。焼鈍の条件及び冷却速度は表2-1及び2-2に示す。
冷延板は、上記で得られた熱延焼鈍板に対して、冷間圧延を行って厚さ5mmの冷延板を得た(試験No.1-24)。
冷延焼鈍板は、上記で得られた冷延板に対して、1050℃の温度及び5秒の焼鈍を行った後、3.5℃/秒の冷却速度で冷却することによって得た(試験No.1-25)。
【0091】
【表1-1】
【0092】
【表1-2】
【0093】
【表2-1】
【0094】
【表2-2】
【0095】
上記で得られたステンレス鋼板について以下の評価を行った。
【0096】
<母相に存在する析出物の平均粒子径、平均存在密度及び平均粒子間隔>
ステンレス鋼板から測定用サンプル(ステンレス鋼板の断面を露出させたサンプル)を採取した。次に、透過型電子顕微鏡(例えば、日本電子製の200kV電界放出型透過電子顕微鏡JEM2100F)を用い、5万倍で任意の10箇所を観察し、透過型電子顕微鏡に付属のEDS装置(日本電子製の200kV電界放出型透過電子顕微鏡JEM2100F)で分析を行った。EDS装置による分析では、Cr、C及びNの組成を質量%にて定量化し、ステンレス鋼板成分の添加量以上の値が検出された場合に析出物とした。析出物の粒子径、存在密度及び粒子間隔の算出は、上記の観察において、析出物のみに色をつけて画像処理した後、NIH社製の画像解析ソフト『ImageJ』を用いて、5視野における粒子径及び存在密度、粒子間隔を算出し、それらの平均値を平均粒子径、平均存在密度及び平均粒子間隔とした。なお、粒子径は円相当径で算出した。
【0097】
<耐食性(RN)>
ステンレス鋼板に対して焼入れ処理(1050℃まで加熱後に5秒以上滞留させ、その後水冷する熱処理)を行った後、酸洗を施したサンプルを準備した。このサンプルに対して、表3-1~3-5に示す条件でろう付け又はレーザ溶接を行って接合サンプルを作製した後、接合部を含む溶接サンプルに対して24時間の塩水噴霧試験(JIS Z2371:2015に準拠)を行い、溶接部材のレイティングナンバ(RN)を評価した。この評価において、RNが5以上であれば、美観を維持するために十分な耐食性を有するといえる。また、評価部分は接合部だけでなく、ステンレス鋼板の素地も含むため、接合部と素地の評価を同時に行うことができる。
なお、レーザ溶接には、ファイバーレーザを用いた(以下の評価でも同じである)。
【0098】
<耐摩耗性(ディスク摩耗量)及びパッド攻撃性(パッド摩耗量)>
ステンレス鋼板に対して焼入れ処理(1050℃まで加熱後に5秒以上滞留させ、その後水冷する熱処理)を行った後、酸洗を施したサンプルを準備した。このサンプルに対して、表3-1~3-5に示す条件でろう付け又はレーザ溶接を行って接合サンプルを作製した後、この接合サンプルから外径90mm、板厚6mm(冷延板及び冷延焼鈍板の場合は板厚5mm)の円盤状試験片を、溶接部を含むようにして切り出した。次に、溶接部を含む円盤状試験片に対して摩擦摩耗試験(JASO C 406に準拠)を行い、試験後のディスク摩耗量及び相手材(パッド)摩耗量を測定した。相手材の種類は、表3-1~3-5に示す通りであり、NSはノンスチール、LSはロースチール、SMはセミメタリックを表す。この評価において、ディスク摩耗量が0.5mm以下、パッド摩耗量が4.0mm以下であれば一般的なディスクローターへの適用が可能であるといえる。また、評価部分は接合部だけでなく、ステンレス鋼板の素地も含むため、接合部と素地の評価を同時に行うことができる。
【0099】
<摩擦係数安定性(平均摩擦係数)>
ステンレス鋼板に対して焼入れ処理(1050℃まで加熱後に5秒以上滞留させ、その後水冷する熱処理)を行った後、酸洗を施したサンプルを準備した。このサンプルに対して、表3-1~3-5に示す条件でろう付け又はレーザ溶接を行って接合サンプルを作製した後、この接合サンプルから外径90mm、板厚6mm(冷延板及び冷延焼鈍板の場合は板厚5mm)の円盤状試験片を、溶接部を含むようにして切り出した。次に、溶接部を含む円盤状試験片に対して摩擦摩耗試験(JASO C 406に準拠)を行い、制動中の摩擦係数を測定した。摩擦摩耗試験では、第2効力試験の常温効力試験の130km/hからの制動とし、円盤状試験片の温度60℃~300℃における摩擦係数を求めた。また、減速度は1.0m/s2~10.0m/s2とし、各減速度における1制動中の平均摩擦係数を算出した。また、相手材の種類は、表3-1~3-5に示す通りとした。なお、円盤状試験片の温度は、摺動面下1mm位置における温度を熱電対で測定した。この評価において、制動中の円盤状試験片の温度60℃~300℃における平均摩擦係数が0.25~0.65であれば一般的なディスクローターへの適用が可能であるといえる。また、評価部分は接合部だけでなく、ステンレス鋼板の素地も含むため、接合部と素地の評価を同時に行うことができる。
【0100】
<接合強度(0.2%耐力)>
ステンレス鋼板に対して焼入れ処理(1050℃まで加熱後に5秒以上滞留させ、その後水冷する熱処理)を行った後、酸洗を施したサンプルを準備した。このサンプルに対して、表3-1~3-5に示す条件でろう付け又はレーザ溶接を行って接合サンプルを作製した後、接合サンプルから圧延方向が引張方向となるように且つ溶接部を含むように高温引張試験片を採取した。この高温引張試験片に対し、700℃で引張試験(JIS G0567:2020に準拠)を実施し、0.2%耐力を測定した。この評価において、700℃における0.2%耐力が50MPa以上であれば、一般的なディスクローターへの適用及び薄肉化が可能であるといえる。また、評価部分は接合部だけでなく、ステンレス鋼板の素地も含むため、接合部と素地の評価を同時に行うことができる。
【0101】
上記の評価結果を表3-1~3-5に示す。
【0102】
【表3-1】
【0103】
【表3-2】
【0104】
【表3-3】
【0105】
【表3-4】
【0106】
【表3-5】
【0107】
表3-1~3-3から明らかなように、本発明例のステンレス鋼板は、耐食性、耐摩耗性、パッド攻撃性、摩擦係数安定性及び接合強度の結果が全て良好であった。
これに対して表3-4~3-5から明らかなように、比較例のステンレス鋼板は、耐食性、耐摩耗性、パッド攻撃性、摩擦係数安定性及び接合強度のうちの1つ以上の結果が不良であった。以下、比較例の結果について考察する。
【0108】
試験No.2-1及びNo.2-2は、それぞれC及びN含有量が上限を外れたため、炭窒化物が多量に析出して炭窒化物周辺の耐食性が低下し、RNが不良となった。また、ステンレス鋼板が過度に硬質化し、摩擦係数が上昇したため、摩擦係数安定性も不良であった。
試験No.2-3は、Si含有量が上限を外れた。SiはCの活量を上げるため炭窒化物が多量に析出し、ディスク摩耗量、パッド摩耗量及び摩擦係数安定性が不良となった。
試験No.2-4は、Mn含有量が下限を外れたため、ディスク摩耗量、パッド摩耗量及び摩擦係数安定性が不良となった。
試験No.2-5は、P含有量が上限を外れたため、粗大なリン化物が多量に析出し、RNが不良となった。また、溶接性が低下し、接合強度も不良となった。
試験No.2-6は、S含有量が上限を外れたため、硫化物が多量に析出し、RNが不良となった。
【0109】
試験No.2-7は、Cr含有量が上限を外れたため、粗大なCr炭窒化物が多量に析出し、ディスク摩耗量、パッド摩耗量及び摩擦係数安定性が不良となった。また、ろう付け性も低下し、接合強度も不良となった。
試験No.2-8は、Ni含有量が下限を外れたため、RNが不良となった。
試験No.2-9は、Ni含有量が上限を外れたため、摩擦係数安定性が不良となった。
試験No.2-10は、Nb含有量が上限を外れたため、固溶C、Nが過度に減少することで硬さが低下し、ディスク摩耗量、パッド摩耗量及び摩擦係数安定性が不良となった。
試験No.2-11は、Ti含有量が上限を外れたため、固溶C、Nが過度に減少することで硬さが低下し、ディスク摩耗量、パッド摩耗量及び摩擦係数安定性が不良となった。また、ろう付け性も低下し、接合強度も不良となった。
【0110】
試験No.2-12は、熱間圧延工程におけるスラブ加熱温度が下限を外れたため、析出物が十分に溶解せず、RNが不良となった。
試験No.2-13は、熱間圧延工程における仕上げ温度が下限を外れたため、熱間圧延中の析出物を抑制できず、析出物が多量に析出し、摩擦係数安定性が不良となった。
試験No.2-14は、熱間圧延後及び焼鈍後における冷却速度が下限を外れたため、冷却中に析出物が析出して過度に粗大化し、RNが不良となった。
試験No.2-15は、焼鈍工程における焼鈍温度が上限を外れたため、析出物が過度に粗大化し、RNが不良となった。
試験No.2-16は、焼鈍工程における焼鈍時間が上限を外れたため、析出物が過度に粗大化し、RNが不良となった。
【0111】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、耐食性、耐摩耗性、低パッド攻撃性、摩擦係数安定性及び接合強度に優れるブレーキディスクローターを作製可能なブレーキディスクローター用ステンレス鋼板及びその製造方法を提供することができる。また、本発明によれば、耐食性、耐摩耗性、低パッド攻撃性、摩擦係数安定性及び接合強度に優れるブレーキディスクローター及びその製造方法を提供することができる。