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  • 特開-ステンレス鋼およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024127779
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】ステンレス鋼およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240912BHJP
   C22C 38/50 20060101ALI20240912BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20240912BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20240912BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20240912BHJP
   C21D 8/06 20060101ALI20240912BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20240912BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/50
C22C38/54
C21D6/00 102Z
C21D9/46 Q
C21D8/06 B
C21D8/02 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024020635
(22)【出願日】2024-02-14
(31)【優先権主張番号】P 2023036916
(32)【優先日】2023-03-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100179589
【弁理士】
【氏名又は名称】酒匂 健吾
(72)【発明者】
【氏名】馬場 和彦
(72)【発明者】
【氏名】堀内 潤
(72)【発明者】
【氏名】井上 佳士
(72)【発明者】
【氏名】矢野 孝宜
(72)【発明者】
【氏名】大塚 真司
(72)【発明者】
【氏名】石井 知洋
(72)【発明者】
【氏名】増岡 弘之
【テーマコード(参考)】
4K032
4K037
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA09
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA24
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA39
4K032BA01
4K032BA02
4K032CA02
4K032CA03
4K032CG02
4K032CH05
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA04
4K037EA05
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA27
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EB02
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FA03
4K037FB00
4K037FC04
4K037FG00
4K037FJ02
4K037FJ06
4K037GA08
4K037HA05
4K037JA06
4K037JA07
(57)【要約】
【課題】良好な表面性状と優れた抗菌性とを兼備する、ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】成分組成を適正に制御し、かつ、ステンレス鋼の表面において、粒径:0.5~5.0μmのTi酸化物粒子の個数を1000μm2当たり5個以上100個以下とし、Si、AlおよびMnの原子%での総和Xを3.0以下とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.001~0.030%、
Si:0.01~0.60%、
Mn:0.01~0.50%、
P:0.050%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.001~0.050%、
Cr:15.0~25.0%、
Ni:0.01~2.00%、
Ti:0.10~0.50%および
N:0.001~0.030%
であり、残部がFeおよび不可避的不純物である、成分組成を有し、
表面において、
粒径:0.5~5.0μmのTi酸化物粒子の個数が1000μm2当たり5個以上100個以下であり、
Si、AlおよびMnの原子%での総和Xが3.0以下である、ステンレス鋼。
【請求項2】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Mo:3.00%以下、
Cu:1.00%以下、
W:0.50%以下、
Co:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Zr:0.20%以下、
V:0.20%以下および
B:0.0100%以下
のうち1種または2種以上を含有する、請求項1に記載のステンレス鋼。
【請求項3】
請求項1または2に記載の成分組成を有するステンレス鋼の被処理材に熱処理を施す、工程と、
ついで、前記被処理材に酸洗処理を施す、工程と、
を有し、
前記熱処理では、
熱処理雰囲気:O2濃度が1体積%以上、
熱処理温度:850~1000℃および
熱処理時間:5秒以上600秒以下
であり、
前記酸洗処理では、
酸洗溶解量:1.0~12.0g/m2
である、ステンレス鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼およびその製造方法に関する。本発明は、特に、厨房器具や家庭用品、衛生用品、医療用器具、建材等の素材となる抗菌性材料に適用される、ステンレス鋼およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材の中でも、ステンレス鋼は、厨房器具や家庭用品、建材等の抗菌性が求められる用途に用いられることが多い。そのため、ステンレス鋼に酸化チタンTiO2に代表される光触媒を付与することにより、ステンレス鋼の抗菌性を高めることが検討されている。
【0003】
光触媒は、光を吸収することによって、以下の2つの特徴的な自己洗浄効果を発揮する。これにより、抗菌性が得られる。
・強い酸化力が生じ、これにより、菌を分解する。
・超親水性となって材料表面に水滴ができ難くなり、汚れの固着が抑制される。
【0004】
ここで、ステンレス鋼に光触媒を付与するための方法として、例えば、特許文献1に開示されるような光触媒をステンレス鋼の表面に塗布し、光触媒のコーティング層を形成する方法(以下、光触媒コーティング法ともいう)が一般的に知られている。
【0005】
しかしながら、上記の光触媒コーティング法では、塗布工程が必要となるため、生産コストが増加する。
【0006】
そこで、光触媒を材料に付与するための別の方法として、熱処理により、ステンレス鋼の表面に光触媒層、例えば、TiO2を含む酸化物層(以下、TiO2層もいう)を形成する方法(以下、酸化物層形成法ともいう)が検討されている。
【0007】
例えば、特許文献2には、
「露点が+10~-65℃に制御されたHガス又は90体積%以上のHとNとの混合ガス中で、0.1~1重量%のTiを含むステンレス鋼素材を850~1150℃の温度に熱処理し、素材表面にTiOとしてのTiを20%以上を含む皮膜を形成させることを特徴とする抗菌性皮膜を有するステンレス鋼の製造方法。」
が開示されている。
【0008】
特許文献3には、
「0.2~3重量%のTiを含むステンレス鋼基材の表面に酸化チタンを含む厚み0.1~20μmの酸化物層が形成されており、酸化チタンとしてのTi濃度が3原子%以上で、且つ酸化チタン中のアナターゼの含有比率が1体積%以上であることを特徴とする光触媒作用を呈するステンレス鋼板。」
が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2018-111063号公報
【特許文献2】特開平8-193218号公報
【特許文献3】特開平10-121222号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、厨房器具や家庭用品、衛生用品、医療用器具、建材等では、意匠性などの面から、ステンレス鋼に特有の表面光沢および色調が求められる場合が多い。
【0011】
しかし、特許文献2および3に代表される酸化物層形成法によりステンレス鋼の表面に設けたTiO2層は、ステンレス鋼の表面光沢および色調(以下、表面性状ともいう)に悪影響を及ぼす場合がある。さらに、特許文献3では、TiO2層を形成するために、2段階の熱処理を行う必要がある。そのため、このような熱処理を行うための装置の設置上の制約が生じ、さらには当該制約によりコストが増加するという問題もある。
【0012】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたものであって、良好な表面性状と優れた抗菌性とを兼備するステンレス鋼を、その好適な製造方法とともに、提供することを目的とする。
【0013】
ここで、「良好な表面性状」とは、SUS430LXと同等の表面光沢および色調を有することを意味する。
【0014】
「優れた抗菌性」とは、黄色ブドウ球菌に対する抗菌性の評価において、減菌率が99.0%以上であることを意味する。また、減菌率は、JIS R 1702:2020に規定されるフィルム密着法に準拠して計測される生菌数から算出する。
【0015】
なお、詳細な試験方法はいずれも、後述する実施例に記載するとおりである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
さて、発明者らは、上記の目的を達成すべく、鋭意検討を重ねた。その結果、以下の知見を得た。
すなわち、ステンレス鋼の成分組成を適切に制御するとともに、当該成分組成を有するステンレス鋼の被処理材に、適切な条件の熱処理および酸洗処理を施すことにより、以下の(A)および(B)の構成が同時に得られる。これにより、所期した目的が達成される。
(A)ステンレス鋼の表面における粒径:0.5~5.0μmのTi酸化物粒子の個数を1000μm2当たり5個以上100個以下とする。
(B)ステンレス鋼の表面におけるSi、AlおよびMnの原子%での総和Xを3.0以下とする。
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。
【0017】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.質量%で、
C:0.001~0.030%、
Si:0.01~0.60%、
Mn:0.01~0.50%、
P:0.050%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.001~0.050%、
Cr:15.0~25.0%、
Ni:0.01~2.00%、
Ti:0.10~0.50%および
N:0.001~0.030%
であり、残部がFeおよび不可避的不純物である、成分組成を有し、
表面において、
粒径:0.5~5.0μmのTi酸化物粒子の個数が1000μm2当たり5個以上100個以下であり、
Si、AlおよびMnの原子%での総和Xが3.0以下である、ステンレス鋼。
【0018】
2.前記成分組成が、さらに、質量%で、
Mo:3.00%以下、
Cu:1.00%以下、
W:0.50%以下、
Co:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Zr:0.20%以下、
V:0.20%以下および
B:0.0100%以下
のうち1種または2種以上を含有する、前記1に記載のステンレス鋼。
【0019】
3.前記1または2に記載の成分組成を有するステンレス鋼の被処理材に熱処理を施す、工程と、
ついで、前記被処理材に酸洗処理を施す、工程と、
を有し、
前記熱処理では、
熱処理雰囲気:O2濃度が1体積%以上、
熱処理温度:850~1000℃および
熱処理時間:5秒以上600秒以下
であり、
前記酸洗処理では、
酸洗溶解量:1.0~12.0g/m2
である、ステンレス鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、良好な表面性状と優れた抗菌性とを兼備するステンレス鋼が得られるので、例えば、厨房器具、家庭用品、衛生用品、医療用器具や建材等の素材となる抗菌性材料に用いて、特に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の一実施形態に従うステンレス鋼の断面概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明を、以下の実施形態に基づき説明する。
【0023】
[1]ステンレス鋼
まず、本発明の一実施形態に従うステンレス鋼の成分組成について説明する。なお、成分組成における単位はいずれも「質量%」であるが、以下、特に断らない限り、単に「%」で示す。
【0024】
C:0.001~0.030%
Cは、鋼の強度を高める効果のある元素である。その効果は、C含有量を0.001%以上とすることで得られる。一方、C含有量が0.030%を超えると、加工性の低下を招き易くなる。よって、C含有量は0.001~0.030%とする。C含有量は、好ましくは0.002%以上である。C含有量は、好ましくは0.020%以下である。
【0025】
Si:0.01~0.60%
Siは、脱酸に有用な元素である。その効果は、Si含有量を0.01%以上とすることで得られる。しかし、Si含有量が0.60%を超えると、熱処理時にSiを含有する酸化皮膜が厚く生成する。これにより、酸洗処理後も、ステンレス鋼の表面に酸化皮膜が残存し易くなる。このような酸化皮膜がステンレス鋼の表面に残存すると、Ti酸化物粒子による抗菌効果が低下し、十分な抗菌性が得られなくなる。よって、Si含有量は0.01~0.60%とする。Si含有量は、好ましくは0.30%以下である。
【0026】
Mn:0.01~0.50%
Mnは、鋼の強度を高める効果のある元素である。その効果は、Mn含有量を0.01%以上とすることで得られる。しかし、Mn含有量が0.50%を超えると、熱処理時にMnを含有する酸化皮膜が厚く生成する。これにより、酸洗処理後も、ステンレス鋼の表面に酸化皮膜が残存し易くなる。このような酸化皮膜がステンレス鋼の表面に残存すると、Ti酸化物粒子による抗菌効果が低下し、十分な抗菌性が得られなくなる。よって、Mn含有量は0.01~0.50%とする。Mn含有量は、好ましくは0.05%以上である。Mn含有量は、好ましくは0.30%以下である。
【0027】
P:0.050%以下
Pは、鋼に不可避的に含まれ、ステンレス鋼の耐食性を低下させる元素である。そのため、P含有量は少ないほど好ましい。よって、P含有量は0.050%以下とする。P含有量は、好ましくは0.040%以下、より好ましくは0.030%以下である。P含有量の下限については、特に限定されるものではない。ただし、過度の脱Pはコストの増加を招く。よって、P含有量は0.010%以上とすることが好適である。
【0028】
S:0.010%以下
Sは、鋼に不可避的に含まれ、ステンレス鋼の耐食性を低下させる元素である。特に、S含有量が0.010%を超えると、CaSやMnSなどの水溶性硫化物の形成が促進され、耐食性の低下を招き易くなる。よって、S含有量は0.010%以下とする。S含有量の下限については、特に限定されるものではない。ただし、過度の脱Sはコストの増加を招く。よって、S含有量は0.001%以上とすることが好適である。
【0029】
Al:0.001~0.050%
Alは、脱酸に有用な元素である。その効果は、Al含有量を0.001%以上とすることで得られる。しかし、Al含有量が0.050%を超えると、熱処理時にAlを含有する酸化皮膜が厚く生成する。これにより、酸洗処理後もステンレス鋼の表面に酸化皮膜が残存し易くなる。このような酸化皮膜がステンレス鋼の表面に残存すると、Ti酸化物粒子による抗菌効果が低減し、十分な抗菌性が得られなくなる。よって、Al含有量は0.001~0.050%とする。Al含有量は、好ましくは0.030%以下である。
【0030】
Cr:15.0~25.0%
Crは、ステンレス鋼の耐食性を向上させる元素である。厨房器具や家庭用品、建材等で使用する場合に必要な耐食性を得るため、Cr含有量は15.0%以上とする。一方、Cr含有量が25.0%を超えると、耐食性が過度に高まる。その結果、酸洗処理時に処理液の酸濃度や温度を高めることが必要となって酸洗溶解量を制御することが困難になり、ひいては十分な抗菌性を得られない場合が生じる。よって、Cr含有量は15.0~25.0%とする。Cr含有量は、好ましくは18.0%以上である。Cr含有量は、好ましくは23.0%以下である。
【0031】
Ni:0.01~2.00%
Niは、ステンレス鋼の耐食性を向上させる元素である。その効果は、Ni含有量を0.01%以上とすることで得られる。しかし、Ni含有量が2.00%を超えると、応力腐食割れ発生の危険性が高まる。よって、Ni含有量は0.01~2.00%とする。Ni含有量は、好ましくは0.05%以上である。Ni含有量は、好ましくは0.60%以下である。
【0032】
Ti:0.10~0.50%
Tiは、抗菌性を高めるために必要な元素である。特に、所定サイズのTi酸化物粒子を十分な個数確保するため、Ti含有量を0.10%以上とする。一方、Ti含有量が0.50%を超えると、鋼の靭性が低下して鋼の製造が困難になる。よって、Ti含有量は0.10~0.50%とする。Ti含有量は、好ましくは0.20%以上である。Ti含有量は、好ましくは0.35%以下である。
【0033】
N:0.001~0.030%
Nは、固溶強化により鋼の強度を高める効果のある元素である。その効果は、N含有量を0.001%以上とすることで得られる。しかし、N含有量が0.030%を超えると、加工性の低下を招き易くなる。よって、N含有量は0.001~0.030%とする。N含有量は、好ましくは0.002%以上である。N含有量は、好ましくは0.020%以下である。
【0034】
以上、本発明の一実施形態に従うステンレス鋼の基本成分組成について説明したが、本発明の一実施形態に従うステンレス鋼の成分組成では、さらに、以下の任意添加元素のうち少なくとも1種を、単独で、または、組み合わせて、含有させることができる。
Mo:3.00%以下、
Cu:1.00%以下、
W:0.50%以下、
Co:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Zr:0.20%以下、
V:0.20%以下および
B:0.0100%以下
【0035】
Mo:3.00%以下
Moは、ステンレス鋼の耐食性を向上させる元素である。その効果を得る観点からは、Mo含有量を0.01%以上とすることが好ましい。しかし、Mo含有量が3.00%を超えると、強度が過度に高まり、加工性の低下を招き易くなる。よって、Moを含有させる場合、その含有量は3.00%以下が好ましい。Mo含有量は、より好ましくは2.00%以下である。
【0036】
Cu:1.00%以下
Cuは、ステンレス鋼の耐食性を向上させる元素である。その効果を得る観点からは、Cu含有量を0.01%以上とすることが好ましい。しかし、Cu含有量が1.00%を超えると、粗大なε-Cuの生成を誘引し、耐食性の低下を招くおそれがある。よって、Cuを含有させる場合、その含有量は1.00%以下が好ましい。Cu含有量は、より好ましくは0.60%以下である。
【0037】
W:0.50%以下
Wは、Moと同様に、ステンレス鋼の耐食性を向上させる元素である。その効果を得る観点からは、W含有量を0.01%以上とすることが好ましい。しかし、W含有量が0.50%を超えると、強度が過度に高まり、加工性の低下を招き易くなる。よって、Wを含有させる場合、その含有量は0.50%以下が好ましい。
【0038】
Co:0.50%以下
Coは、靭性を向上させる元素である。その効果を得る観点からは、Co含有量を0.01%以上とすることが好ましい。しかし、Co含有量が0.50%を超えると、加工性の低下を招き易くなる。よって、Coを含有させる場合、その含有量は0.50%以下が好ましい。
【0039】
Nb:0.50%以下
Nbは、CおよびNと結合して、鋭敏化を抑制する効果がある。その効果を得る観点からは、Nb含有量を0.01%以上とすることが好ましい。しかし、Nb含有量が0.50%を超えると、加工性の低下を招き易くなる。よって、Nbを含有させる場合、その含有量は0.50%以下が好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.20%以下、さらに好ましくは0.10%以下である。
【0040】
Zr:0.20%以下
Zrは、CおよびNと結合して、鋭敏化を抑制する効果がある。その効果を得る観点からは、Zr含有量を0.01%以上とすることが好ましい。しかし、Zr含有量が0.20%を超えると、加工性の低下を招き易くなる。よって、Zrを含有させる場合、その含有量は0.20%以下が好ましい。Zr含有量は、より好ましくは0.10%以下である。
【0041】
V:0.20%以下
Vは、VNを形成することにより、Cr窒化物の析出による耐食性の低下を抑制する元素である。その効果を得る観点からは、V含有量を0.01%以上とすることが好ましい。しかし、V含有量が0.20%を超えると、加工性の低下を招き易くなる。よって、Vを含有させる場合、その含有量は0.20%以下が好ましい。V含有量は、より好ましくは0.10%以下である。
【0042】
B:0.0100%以下
Bは、二次加工脆性を改善する元素である。その効果を得る観点からは、B含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。しかし、B含有量が0.0100%を超えると、固溶強化により加工性の低下を招き易くなる。よって、Bを含有させる場合、その含有量は0.0100%以下が好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0030%以下である。
【0043】
上記の元素以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。なお、上記の任意添加元素はいずれも0%であってもよい。また、上記の各任意添加元素の含有量が好適下限値未満の場合には、当該元素を不可避的不純物として含むともいえる。
【0044】
そして、本発明の一実施形態に係るステンレス鋼では、上述したように、以下の(A)および(B)の構成を同時に満足させることが極めて重要である。
(A)ステンレス鋼の表面における粒径:0.5~5.0μmのTi酸化物粒子の個数を1000μm2当たり5個以上100個以下とする。
(B)ステンレス鋼の表面におけるSi、AlおよびMnの原子%での総和Xを3.0以下とする。
【0045】
ステンレス鋼の表面における粒径:0.5~5.0μmのTi酸化物粒子の個数(以下、表面Ti酸化物粒子数ともいう):1000μm2当たり5個以上100個以下
図1に、本発明の一実施形態に従うステンレス鋼の断面概略図を示す。図中、符号1がステンレス鋼、2がTi酸化物粒子、3が光である。図1に示すように、Ti酸化物粒子はステンレス鋼の表面近傍に分散して存在する。そして、ステンレス鋼の表面に露出して存在するTi酸化物粒子(以下、表面Ti酸化物粒子ともいう)へ光が照射されることにより、優れた抗菌性が発現する。上記の効果を得る観点から、表面Ti酸化物粒子数を、1000μm2当たり5個以上とする。なお、表面Ti酸化物粒子数が1000μm2当たり5個未満になると、抗菌効果が十分発揮されず、優れた抗菌性が得られない。表面Ti酸化物粒子数は、好ましくは1000μm2当たり20個以上である。一方、表面Ti酸化物粒子が過剰になると、良好な表面性状が得られない。そのため、表面Ti酸化物粒子数は1000μm2当たり100個以下とする。表面Ti酸化物粒子数は、好ましくは1000μm2当たり50個以下である。
【0046】
ここで、表面Ti酸化物粒子としてカウントする粒子を、粒径:0.5~5.0μmの粒子とした理由は以下のとおりである。
すなわち、粒径:0.5μm未満の粒子では、不動態皮膜や酸化皮膜、付着物等による表面性状の影響を受け易く、抗菌効果が十分に発揮されない。また、使用時の摩耗等により、当該粒子が消失するおそれもある。一方、粒径:5.0μm超の粒子は、製品への加工時や使用時に、脱落するおそれが生じる。また、粒径:5.0μm超の粒子が多数生じると、粒子数が少なくなり、粒子間の距離が大きくなる。これにより、抗菌効果が十分に発揮されず、優れた抗菌性が得られなくなる。そのため、表面Ti酸化物粒子としてカウントする粒子を、粒径:0.5~5.0μmの粒子とした。
【0047】
なお、本発明の一実施形態に従うステンレス鋼では、特許文献2および3に代表される酸化物層形成法によりステンレス鋼の表面に設けたTiO2層に比べて、表面Ti酸化物粒子の粒径が小さく、また、その個数も少ない。これにより、本発明の一実施形態に従うステンレス鋼では、ステンレス鋼に特有の表面性状と優れた抗菌性とを両立することが可能となる。
【0048】
また、表面Ti酸化物粒子数は、電界放出形電子線プローブマイクロアナライザー(以下、FE-EPMAともいう)を用いて、例えば、以下のようにして測定する。
ステンレス鋼の表面をエタノールで脱脂洗浄する。ついで、ステンレス鋼の表面組成について、FE-EPMAにより、加速電圧:10kV、照射電流:2×10-7Aおよび測定視野:100×90μmの条件で、元素マッピングを作成する。得られた元素マッピングから、Tiの分布位置とOの分布位置とを重ね合わせ、これらが重なる領域を、Ti酸化物粒子と同定する。ついで、画像処理により、Ti酸化物粒子と同定した領域のうち、粒径が0.5~5.0μmの個数をカウントし、測定視野の面積から1000μm2当たりの個数に換算する。なお、粒径は、当該領域の面積から、円相当直径に換算することにより求める。この測定をステンレス鋼の表面の任意の3箇所で行い、3箇所での平均値を、当該ステンレス鋼のTi酸化物粒子の個数とする。
【0049】
なお、表面Ti酸化物粒子には、不純物元素が含まれる場合がある。不純物元素としては、例えば、N、Fe、Cr、Zr、V、Mo、W、NiおよびCoが挙げられる。また、上記のFE-EPMAで測定される表面Ti酸化物粒子には、透過型電子顕微鏡等によりナノメートルオーダーで観察すると、Ti炭化物やTi窒化物が含まれる場合がある。
【0050】
ステンレス鋼の表面におけるSi、AlおよびMnの原子%での総和X:3.0以下
表面Ti酸化物粒子が抗菌効果を発揮するうえで、ステンレス鋼の表面の酸化皮膜の状態が重要となる。後述するように、ステンレス鋼においてTi酸化物粒子を生成するには、O2を含む雰囲気での熱処理が必要となる。しかし、このようなO2を含む雰囲気での熱処理を行うと、ステンレス鋼に含有されているCr、Si、AlおよびMnが酸化し、ステンレス鋼の表面にこれらの元素を含有する酸化皮膜が生成する。ステンレス鋼の表面にこのような酸化皮膜が存在すると、Ti酸化物粒子に光の照射が届かず、Ti酸化物粒子による抗菌効果が得られない。また、菌とTi酸化物粒子との接触・近接が阻止され、Ti酸化物粒子による抗菌効果が十分に得られないおそれもある。そのため、このような酸化皮膜を、例えば、酸洗処理により、一定量以下に減少させることが重要となる。本発明者らは、ステンレス鋼の表面分析結果、酸洗処理後に残存する酸化皮膜の量および光触媒特性の関係を鋭意研究し、次の知見を得た。すなわち、ステンレス鋼の表面に残存する酸化皮膜の量は、ステンレス鋼の表面におけるSi、AlおよびMnの原子%での総和X(X=Si+Al+Mn、ここで、Si、AlおよびMnは、ステンレス鋼の表面に存在する各元素の濃度(原子%)ある。)で表すことができる。そして、Xを3.0以下にすることにより、光の照射を受ける表面Ti酸化物粒子を所定量確保して菌の増殖防止・殺菌を促し、優れた抗菌効果を得ることが可能となる。よって、Xは3.0以下とする。Xは、好ましくは1.0未満である。Xの下限については特に限定されない。例えば、Xは好ましくは0.1以上である。また、Xはより好ましくは0.4以上である。
【0051】
ここで、Xは、X線電子分光法(以下、XPSともいう)により、例えば、以下のようにして測定する。
ステンレス鋼の表面をエタノールで脱脂洗浄する。ついで、ステンレス鋼の表面で、X線電子分光法(XPS)により、ワイドスペクトルを取得する。なお、評価面積は、例えばΦ600μmとすればよい。ついで、確認される各ピークにiterated Shierley法によるバックグランド処理を施し、定性分析により検出される各元素の面積強度を算出する。ついで、汎用解析ソフトを用いて各元素の面積強度を(補正計算により)算出し、各元素の定量値(原子%)を算出する。そして、Si、AlおよびMnの原子%の合計値をXとする。なお、定性分析で検出下限以下の元素の定量値は、0とすればよい。
【0052】
また、本発明の一実施形態に従うステンレス鋼の形状は、例えば、鋼板(ステンレス鋼板)や棒線(ステンレス鋼棒線)が挙げられる。
【0053】
さらに、本発明の一実施形態に従うステンレス鋼の厚さ(鋼板では板厚、棒線では直径を意味する)は特に限定されないが、好ましくは0.10~3.00mmである。本発明の一実施形態に従うステンレス鋼の厚さは、より好ましくは0.30mm以上である。本発明の一実施形態に従うステンレス鋼の厚さは、より好ましくは2.00mm以下である。
【0054】
なお、厚さ方向とは、鋼板では板厚方向であり、棒線では径方向(軸方向に垂直な円形断面において、表面から円形断面の中心に向かう方向)である。また、表面には、端面(例えば、鋼板の平面以外の面や棒線の両端の面)は含まないものとする。
【0055】
加えて、本発明の一実施形態に従うステンレス鋼の特性については、上述したとおりである。
【0056】
[2]ステンレス鋼の製造方法
つぎに、本発明の一実施形態に従うステンレス鋼の製造方法について、説明する。
【0057】
本発明の一実施形態に従うステンレス鋼の製造方法は、
上記の成分組成を有するステンレス鋼の被処理材に熱処理を施す、工程と、
ついで、前記被処理材に酸洗処理を施す、工程と、
を有し、
前記熱処理では、
熱処理雰囲気:O2濃度が1体積%以上、
熱処理温度:850~1000℃および
熱処理時間:5秒以上600秒以下
であり、
前記酸洗処理では、
酸洗溶解量:1.0~12.0g/m2
である、というものである。
また、本発明の一実施形態に従うステンレス鋼の製造方法は、上記の本発明の一実施形態に従うステンレス鋼を製造するための方法である。
なお、製造方法に係る温度は、特に断らない限り、いずれも鋼スラブや熱間圧延鋼板、冷間圧延鋼板、被処理材などの表面温度を基準とする。
【0058】
[準備工程]
まず、上記の成分組成を有するステンレス鋼の被処理材(後述する熱処理に供するための素材)を準備する。被処理材の準備方法については、特に限定されず、常法に従って準備すればよい。
ここでは、被処理材としてステンレス鋼板を準備する場合を例にして説明する。まず、上記の成分組成を有する鋼スラブを1100~1300℃に加熱する。ついで、鋼スラブを、熱間圧延し、例えば、板厚:2.0~15.0mmの熱間圧延鋼板とする。ついで、当該熱間圧延鋼板を、800~1100℃の温度域で焼鈍(熱延板焼鈍)する。ついで、当該熱間圧延鋼板に酸洗を施し、スケールを除去する。当該酸洗では、ショットブラストなどの機械的作用による脱スケール処理を行ってもよい。また、当該酸洗の代わりに、グラインダや研磨ベルトによる研削でスケールを除去してもよい。ついで、当該熱間圧延鋼板に冷間圧延を施し、例えば、板厚:0.3~3.0mmの冷間圧延鋼板とする。なお、冷間圧延では、圧下率を好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上とする。このようにして、被処理材となるステンレス鋼板を準備することができる。また、被処理材として、例えば、ステンレス鋼棒線を準備する場合にも、上記の成分組成を有する鋼素材に、上記と同様の条件の熱間加工および冷間加工を施すことにより、被処理材となるステンレス鋼棒線を準備することができる。
【0059】
[熱処理工程]
ついで、上記のように準備した被処理材に、以下の条件で熱処理を施す。
【0060】
熱処理雰囲気:O2濃度が1体積%以上
この熱処理では、被処理材であるステンレス鋼に含まれるTiを内部酸化させて、ステンレス鋼の表面近傍にTi酸化物粒子を分散して生成させる。ここで、熱処理雰囲気のO2濃度が1体積%未満では、所定サイズのTi酸化物粒子が十分な個数生成せず、優れた抗菌性が得られない。そのため、熱処理雰囲気のO2濃度は1体積%以上とする。熱処理雰囲気のO2濃度は、好ましくは5体積%以上である。一方、熱処理雰囲気のO2濃度が25体積%を超えると、酸化皮膜が過剰に生成し、後述する酸洗処理による酸化皮膜の除去が困難になる場合がある。そのため、熱処理雰囲気のO2濃度は25体積%以下が好ましい。熱処理雰囲気のO2濃度は、より好ましくは15体積%以下である。なお、熱処理雰囲気のガスには、N2、CO2、希ガス、水蒸気が含まれていてもよい。換言すれば、熱処理雰囲気におけるO2以外のガスとしては、例えば、N2、CO2、希ガスおよび水蒸気が挙げられる。
【0061】
熱処理温度:850~1000℃
熱処理温度が850℃未満では、Ti酸化物粒子の生成が進まず、所定サイズのTi酸化物粒子を十分な個数得ることができない。一方、熱処理温度が1000℃を超えるとTi酸化物粒子が粗大化し、やはり所定サイズのTi酸化物粒子を十分な個数得ることができない。また、熱処理温度が1000℃を超えると、酸化皮膜が厚く生成し、後述する酸洗処理において当該酸化皮膜を除去することが困難になる。そのため、熱処理温度は850℃~1000℃とする。熱処理温度は、好ましくは900℃以上である。熱処理温度は、好ましくは950℃以下である。
【0062】
熱処理時間:5秒以上600秒以下
熱処理時間が5秒未満では、Ti酸化物粒子の生成が進まず、所定サイズのTi酸化物粒子を十分な個数得ることができない。そのため、熱処理時間は5秒以上とする。熱処理時間は、好ましくは10秒以上である。一方、熱処理時間が600秒を超えると、所定サイズのTi酸化物粒子が過剰に生成し、良好な表面性状が得られない。そのため、熱処理時間は600秒以下とする。熱処理時間は、好ましくは90秒以下である。
【0063】
[酸洗処理工程]
ついで、被処理材に、以下の条件で酸洗処理を施す。
【0064】
酸洗溶解量:1.0~12.0g/m2
酸洗処理は、Ti酸化物粒子による抗菌効果(光触媒効果)を得るために重要な工程である。上述したように、Ti酸化物粒子は、光が照射されることにより優れた抗菌性を発揮する。そのため、Ti酸化物粒子は、ステンレス鋼の表面に露出および分散して存在させる必要がある。言い換えれば、ステンレス鋼の表面に厚い酸化皮膜が存在していると、優れた抗菌性が得られない。よって、酸洗処理により、酸化皮膜を除去することが重要である。ここで、酸洗溶解量が1.0g/m2未満になると、酸化皮膜が十分に除去されず、優れた抗菌性が得られない。一方、酸洗溶解量が12.0g/m2を超えると、上記の熱処理で形成されたTi酸化物粒子も溶解および除去される。その結果、抗菌効果が低下し、優れた抗菌性が得られない。従って、酸洗溶解量は1.0~12.0g/m2とする。酸洗溶解量は、好ましくは2.0g/m2以上である。酸洗溶解量は、好ましくは4.0g/m2以下である。
【0065】
なお、酸洗溶解量は、次式により求める。
酸洗溶解量(g/m2)=(酸洗処理前の被処理材の質量(g)-酸洗処理後の被処理材の質量(g))/被処理材の表面積(m2
なお、被処理材の表面積には、端面の面積は含めないものとする。
【0066】
酸洗方法としては、例えば、中性塩電解-硝弗酸酸洗法や硝塩酸電解法を用いることができる。
中性塩電解-硝弗酸酸洗法では、例えば、被処理材に、温度:50~90℃のNa2SO4:100~300g/Lの中性塩水溶液中で電流密度±5~±100C/dm2の中性塩電解を行い、ついで、温度:40~80℃のHNO3:20~100g/L、HF:5~50g/Lの硝弗酸水溶液に10~150秒浸漬する処理を行う。
硝塩酸電解法では、例えば、被処理材に、温度:25~55℃の100~160g/L硝酸および1~20g/L塩酸の混酸水溶液中で、+1~50C/dm2→-1~50C/dm2の電解酸洗を複数回行う。
【0067】
また、酸洗溶解量は、例えば、上記で例示した中性塩電解-硝弗酸酸洗法および硝塩酸電解法における処理液の温度や濃度、電流密度、浸漬時間を、上記の範囲内において種々調整することによって、制御することができる。
【0068】
上記した以外の条件については特に限定されず、常法に従えばよい。
【実施例0069】
表1に示す成分組成(残部はFeおよび不可避的不純物)を有する鋼を溶製した。ついで、得られた鋼塊を、1250℃で1時間加熱した後、熱間圧延により板厚:3.0mmの熱間圧延鋼板とした。ついで、この熱間圧延鋼板に、950℃で10分の熱延板焼鈍を行った。ついで、研削により、熱間圧延鋼板の表面の酸化スケールを除去した。ついで、この熱間圧延鋼板に冷間圧延を施し、板厚:1.0mmの冷間圧延鋼板とした。このようにして準備した冷間圧延鋼板を被処理材として、この被処理材に、表2に示す条件で熱処理および酸洗処理を施し、最終製品となるステンレス鋼板を得た。なお、酸洗処理は、中性塩電解-硝弗酸酸洗法により行った。中性塩電解では、Na2SO4:200g/Lの中性塩水溶液を使用し、電流密度:±5~±80C/dm2とした。硝弗酸酸洗では、HNO3:50g/L、HF:34g/Lの硝弗酸水溶液を使用した。また、中性塩電解の処理液の温度および電流密度、ならびに、硝弗酸酸洗の処理液の温度および浸漬時間を調整することにより、酸洗溶解量を制御した。なお、明記していない条件は、常法に従うものとした。
【0070】
かくして得られたステンレス鋼板について、後述する(1)表面性状の評価を行ったのち、上記の要領で、表面Ti酸化物粒子数およびXを測定した。測定結果を表2に併記する。
【0071】
また、以下の試験方法に従い、(1)表面性状、および、(2)抗菌性を評価した。評価結果を表2に併記する。
【0072】
(1)表面性状
得られたステンレス鋼板の外観を目視で確認した。そして、別途用意したSUS430LX(No.2D表面仕上げ)の外観と対比しながら、以下の基準で、表面性状を評価した。
良(合格):SUS430LX(No.2D表面仕上げ)と同等の光沢および色調がある。
不良(不合格):SUS430LX(No.2D表面仕上げ)と比較して、光沢と色調の少なくとも一方が劣る。
【0073】
(2)抗菌性
JIS R 1702:2020(ファインセラミックス-光触媒抗菌加工材料の抗菌性試験方法及び抗菌効果)に規定されるフィルム密着法に準拠して抗菌性の評価を行った。具体的な、手順は次の通りである。
・得られたステンレス鋼から切り出した試験片の表面(30mm2)を、99.5%エタノールで脱脂洗浄する。
・黄色ブドウ球菌(2.2×106個/mL)0.4mLを、試験片の表面に滴下する。
・試験片の表面に、PEフィルムを被せる。
・試験片の表面に、UVブラックライト(0.25mW/cm2)を6時間照射する。
・生菌洗い出し用SCDLP培地から10mL回収し、生理食塩水で10倍希釈する。その後、寒天培地にて35℃、40時間で培養する。
・培養後の細菌の集団、すなわち、生菌数を計測する。
そして、次式により定義される減菌率を指標として、以下の評価基準により抗菌性を評価した。
減菌率(%)=(対照の菌数-試験後の菌数)/対照の菌数×100
ここで、対照の菌数とは、滅菌ガラス板を使用し、上記と同様の手順で計測した生菌数である。なお、生菌数の計測は3回を行い、その平均値を対照の菌数とした。なお、対照の菌数は1.5×106 CFU/mLであった。また、試験後の菌数とは、各試験片で計測された生菌数である。
・評価基準
優(合格、特に優れる):減菌率99.9%以上
良(合格、優れる):減菌率99.0%以上99.9%未満
不良(不合格):減菌率99.0%未満
【0074】
【表1】
【0075】
【表2】
【0076】
表2に示すように、発明例ではいずれも、良好な表面性状と優れた抗菌性とが得られていた。
【0077】
一方、比較例では、表面性状および抗菌性の少なくとも一方が十分とは言えなかった。
すなわち、No.10は、Ti含有量が適正範囲に満たないため、表面Ti酸化物粒子数が十分に得られず、抗菌性が不合格になった。
No.11は、熱処理雰囲気中のO2濃度が適正範囲に満たないため、表面Ti酸化物粒子数が十分に得られず、抗菌性が不合格になった。
No.12は、熱処理温度が適正範囲を超えたため、表面Ti酸化物粒子数が十分に得られず、抗菌性が不合格になった。
No.13は、熱処理温度が適正範囲を満たないため、表面Ti酸化物粒子数が十分に得られず、抗菌性が不合格になった。
No.14は、熱処理時間が適正範囲を満たないため、表面Ti酸化物粒子数が十分に得られず、抗菌性が不合格になった。
No.15は、酸洗溶解量が適正範囲を満たないため、ステンレス鋼の表面に厚い酸化皮膜が残存し、表面性状および抗菌性が不合格になった。
No.16は、酸洗溶解量が適正範囲を超えたため、表面が荒れて表面性状が不合格になった。さらに、ステンレス鋼のTi酸化物粒子が溶解および除去されて表面Ti酸化物粒子数が十分に得られず、抗菌性も不合格になった。
No.17は、熱処理時間が適正範囲を超えたため、表面Ti酸化物粒子数が適正範囲を超え、表面性状が不合格になった。
【0078】
また、上記(2)抗菌性の評価において用いた黄色ブドウ球菌は、外膜を有さない。このような細菌は、分類上、グラム陽性菌と呼ばれる。一方、外膜を有する細菌は、分類上、グラム陰性菌と呼ばれる。代表的なグラム陰性菌としては、大腸菌が挙げられる。参考のため、発明例である上記のNo.1について、大腸菌に対する抗菌性を評価した。
【0079】
すなわち、上記(2)抗菌性の評価と同様に、JIS R 1702:2020(ファインセラミックス-光触媒抗菌加工材料の抗菌性試験方法及び抗菌効果)に規定されるフィルム密着法に準拠して大腸菌に対する抗菌性の評価を行った。具体的な、手順は次の通りである。
・得られたステンレス鋼から切り出した試験片の表面(30mm2)を、99.5%エタノールで脱脂洗浄する。
・大腸菌(1.8×106個/mL)0.4mLを、試験片の表面に滴下する。
・試験片の表面に、PEフィルムを被せる。
・試験片の表面に、UVブラックライト(0.25mW/cm2)を6時間照射する。
・生菌洗い出し用SCDLP培地から10mL回収し、生理食塩水で10倍希釈する。その後、寒天培地にて37℃、40時間で培養する。
・培養後の細菌の集団、すなわち、生菌数を計測する。
そして、次式により定義される減菌率を指標として、以下の評価基準により抗菌性を評価した。
減菌率(%)=(対照の菌数-試験後の菌数)/対照の菌数×100
ここで、対照の菌数とは、滅菌ガラス板を使用し、上記と同様の手順で計測した生菌数である。なお、生菌数の計測は3回を行い、その平均値を対照の菌数とした。なお、対照の菌数は1.8×106 CFU/mLであった。また、試験後の菌数とは、各試験片で計測された生菌数である。
・評価基準
良(合格、優れる):減菌率99.0%以上
不良(不合格):減菌率99.0%未満
【0080】
上記の評価の結果、No.1について、大腸菌に対しても優れた抗菌性が得られた。
【0081】
また、発明例である上記のNo.2~9について、上記の要領で大腸菌に対する抗菌性を評価したところ、大腸菌に対しても優れた抗菌性が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明によれば、良好な表面性状と優れた抗菌性とを兼備する、ステンレス鋼が得られる。また、本発明のステンレス鋼は、厨房器具や家庭用品、衛生用品、医療用器具、建材等の抗菌性が求められる用途に、特に好適である。
【符号の説明】
【0083】
1:ステンレス鋼
2:Ti酸化物粒子
3:光
図1