IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構の特許一覧 ▶ 株式会社エヌエスピーの特許一覧

特開2024-127817コムギ粒含有無機元素成分、灰分およびカドミウムの定量方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024127817
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】コムギ粒含有無機元素成分、灰分およびカドミウムの定量方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/27 20060101AFI20240912BHJP
   G01N 21/3563 20140101ALI20240912BHJP
   G01N 21/359 20140101ALI20240912BHJP
【FI】
G01N21/27 F
G01N21/3563
G01N21/359
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024031761
(22)【出願日】2024-03-02
(31)【優先権主張番号】P 2023036467
(32)【優先日】2023-03-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】515150014
【氏名又は名称】株式会社エヌエスピー
(74)【代理人】
【識別番号】100119367
【弁理士】
【氏名又は名称】松島 理
(74)【代理人】
【識別番号】100142217
【弁理士】
【氏名又は名称】小笠原 宜紀
(72)【発明者】
【氏名】伴 雄介
(72)【発明者】
【氏名】桂 順二
(72)【発明者】
【氏名】丸山 恭弘
(72)【発明者】
【氏名】加藤 啓太
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 美環子
【テーマコード(参考)】
2G059
【Fターム(参考)】
2G059AA05
2G059BB09
2G059BB11
2G059CC03
2G059EE01
2G059EE12
2G059HH01
2G059JJ01
2G059MM01
2G059MM05
2G059MM12
(57)【要約】
【課題】コムギの粒中に含有される無機元素成分を簡易かつ高精度に測定できる定量方法を提供することを目的とする。
【解決手段】
検量線作成用サンプルである複数の種類のコムギ粒についてそれぞれの種類ごとに対して、近赤外の帯域を含む波長の光によるスペクトラムを透過法により取得し、
検量線作成用サンプルのコムギ粒のそれぞれの種類ごとに無機元素成分を既知の定量方法により定量し、
取得した光スペクトラムの情報と無機元素成分の定量の情報をPLS回帰分析により解析して光スペクトラムの情報と無機元素成分の定量の関係を示す回帰式を設定し、
測定対象サンプルであるコムギ粒について近赤外の帯域を含む波長の光によるスペクトラムを透過法により取得し、設定された回帰式に基き無機元素成分含量を算定する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
検量線作成用サンプルである複数の種類のコムギ粒についてそれぞれの種類ごとに対して、近赤外の帯域を含む波長の光によるスペクトラムを透過法により取得し、
検量線作成用サンプルのコムギ粒のそれぞれの種類ごとに無機元素成分を既知の定量方法により定量し、
取得した光スペクトラムの情報と無機元素成分の定量の情報をPLS回帰分析により解析して光スペクトラムの情報と無機元素成分の定量の関係を示す回帰式を設定し、
測定対象サンプルであるコムギ粒について近赤外の帯域を含む波長の光によるスペクトラムを透過法により取得し、設定された回帰式に基き無機元素成分含量を算定する、コムギ粒中無機元素成分の定量方法。
【請求項2】
検量線作成用サンプルである複数の種類のコムギ粒についてそれぞれの種類ごとに対して、近赤外の帯域を含む波長の光によるスペクトラムを透過法により取得し、
検量線作成用サンプルのコムギ粒のそれぞれの種類ごとに灰分を既知の定量方法により定量し、
取得した光スペクトラムの情報と灰分の定量の情報をPLS回帰分析により解析して光スペクトラムの情報と灰分の定量の関係を示す回帰式を設定し、
測定対象サンプルであるコムギ粒について近赤外の帯域を含む波長の光によるスペクトラムを透過法により取得し、設定された回帰式に基き灰分含量を算定する、コムギ粒中灰分の定量方法。
【請求項3】
検量線作成用サンプルである複数の種類のコムギ粒についてそれぞれの種類ごとに対して、近赤外の帯域を含む波長の光によるスペクトラムを透過法により取得し、
検量線作成用サンプルのコムギ粒のそれぞれの種類ごとにカドミウムを既知の定量方法により定量し、
取得した光スペクトラムの情報とカドミウムの定量の情報をPLS回帰分析により解析して光スペクトラムの情報とカドミウムの定量の関係を示す回帰式を設定し、
測定対象サンプルであるコムギ粒について近赤外の帯域を含む波長の光によるスペクトラムを透過法により取得し、設定された回帰式に基きカドミウム含量を算定する、コムギ粒中カドミウムの定量方法。
【請求項4】
検量線作成用サンプルをカドミウム含量により複数のグループに分け、それぞれのグループの検量線作成用サンプルに対して取得した光スペクトラムの情報とカドミウムの定量の情報をPLS回帰分析により解析して光スペクトラムの情報とカドミウムの定量の関係を示す回帰式を設定し、
測定対象サンプルあるコムギ粒について光スペクトラムの情報を取得し、事前に取得している仮のカドミウムの量に基いてそのカドミウムの量が属するグループの回帰式に基きカドミウム含量を算定する、請求項3に記載のコムギ粒中カドミウムの定量方法。
【請求項5】
一つのカドミウム量基準値により検量線作成用サンプルを2つのグループに分ける請求項4に記載のコムギ粒中カドミウムの定量方法。
【請求項6】
全ての検量線作成用サンプルの光スペクトラムの情報とカドミウムの定量の情報をPLS回帰分析により解析して光スペクトラムの情報とカドミウムの定量の関係を示す仮の回帰式を設定し、
測定対象サンプルであるコムギ粒について光スペクトラムの情報を取得し、仮の回帰式に基き仮のカドミウム含量を算定する、請求項4または請求項5に記載のコムギ粒中カドミウムの定量方法。
【請求項7】
グループごとの回帰式の決定において使用される光スペクトラムの情報の波長の帯域が、仮の回帰式の決定において使用される光スペクトラムの情報の波長の帯域より狭い請求項6に記載のコムギ粒中カドミウムの定量方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、コムギ粒に含まれる無機元素成分を分光法により定量する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コムギは有機物を主成分とするが、無機元素成分も含んでいる。その中でも、コムギ粒中灰分は、コムギ原粒中に含まれるリン、カリウム、カルシウム、マグネシウム、鉄、カドミウムなどの金属元素を含む無機元素成分であり、コムギ粒を破砕し高温で完全に燃焼させた後に残る灰状の物質がこれにあたる。コムギ粒中灰分は、製粉後の小麦粉の色など品質に影響を及ぼす。例えば、コムギ粒中灰分が多いと小麦粉の色が悪くなることが知られているため、コムギ粒中灰分は低い方が望ましい。
【0003】
また、国産コムギの価格は、品質ランク区分に応じて決定される。この品質ランク区分には、コムギ粒中灰分含有量の評価も含まれている。コムギ粒中灰分含有量のランク区分基準値である1.60 %以下を満たすような粒中灰分の低いコムギが求められる。しかし、灰分は栽培により低減させることが難しいため、粒中灰分の低いコムギ品種の育成が重要となっている(非特許文献1:藤田ら 2013)。この品種の育成にはコムギ粒中灰分の分析が必須であるが、その測定は煩雑でメタノールなどの試薬や高温での燃焼工程が必要である。そのため、簡便な灰分分析法が求められている。
【0004】
コムギ粒中灰分含有量の分析には、AACC(American Association of Cereal Chemists)が定めた公定法 (Total Ash-Basic Method, Rapid (Magnesium Acetate) Method. Approved Method of the AACC 08 - 01, 02.)として、直接灰化法と酢酸マグネシウムを助燃剤として添加した迅速法がある。しかし、迅速法であっても600℃で3時間の燃焼行程が必要であり、分析には時間と手間がかかる。
【0005】
非特許文献1にはコムギ粒中灰分含有量の分析方法として、迅速法を改変した方法も公表されている。また、灰分の効率的な方法として、特許文献1には短波長域の可視光線で分析する方法が記載され、非特許文献2には反射型NIRで分析する方法が記載されている。
【0006】
灰分のうち、特に重金属のカドミウム(Cd)は人体に過剰に取り込まれると、肝臓や腎臓などに損傷を与え、重大な健康被害を引き起こす。カドミウムの慢性的な摂取によって発生したイタイイタイ病は、その一例としてよく知られる。古い鉱山等に由来するカドミウムによる農地汚染は、世界中で発生している。カドミウム摂取による健康リスクを低減するために、国際政府間機関であるコーデックス委員会は、国際基準として「食品及び飼料中の汚染物質及び毒素に関する一般規格」(General Standard for Contaminants and Toxins in Foods and Feed, CXS 193-1995)において、コムギ粒中カドミウム含有量を最大許容レベル0.2 mg/kgに設定している(国内基準は未設定)。
【0007】
また、国連で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals)にも、「3.9. 2030年までに、有害化学物質、ならびに大気水質及び土壌の汚染による死亡及び疾病の件数を大幅に減少させる」とあり、食品の安全性向上や健康・福祉の観点から、コムギ粒中カドミウム含有量の低減は重要な課題である。コムギ粒中カドミウム含有量の低減を実現するためには、カドミウム低蓄積性品種の育成やカドミウム低吸収栽培法の開発が有効である。品種育成や栽培法開発には、コムギ粒中カドミウムの測定が必須であるが、その測定は煩雑で硝酸などの試薬や燃焼用ガスなどが必要である。そのため、簡便なカドミウム定量分析法が求められている。
【0008】
一般的なカドミウム定量分析では、コムギ原粒を破砕後、硝酸などの酸によりカドミウムを抽出し、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)で分析する。また、特許文献2~5に記載されているように、ICP-MSを使用せずにカドミウムを測定可能な方法もあるが、いずれも酸による抽出過程やサンプル燃焼過程からなる。
【0009】
また、近赤外分光法による非破壊計測に係る基礎的な論文として、非特許文献3がある。非特許文献3には、従来のスペクトル分析が「スペクトルの測定」→「バンドの帰属」→「定性定量分析」という順序でなされるのに対して、近赤外分光法がスペクトルの複雑さを重回帰分析のような統計的処理することで、穀物中の成分分析等の新たな分光分析法の可能性を示唆している。非特許文献4では、水分・タンパク質・脂肪酸度・アミロースが既知の玄米(36点)について、機器メーカーがPLS(部分的最小二乗, Partial least squares)法で予めキャリブレーションを行った透過型近赤外分光計を用いて測定したところ、水分とタンパク質の測定値は基準分析に換えて利用できる精度であったが、脂肪酸度とアミロースは基準分析に換えて利用できる精度ではなかったことが開示されている。非特許文献5では、玄米の近赤外スペクトルデータを種々の回帰アルゴリズムを用いて処理し、カドミウム含量の推定への利用可能性が検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平05-232015号公報
【特許文献2】特開2005-049275号公報
【特許文献3】特開2006-226986号公報
【特許文献4】特開2011-085531号公報
【特許文献5】特表2022-508981号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】藤田雅也, 松中仁, 八田浩一, 久保堅司.試料粉砕を省いた小麦原粒灰分の簡易省力測定法.九州沖縄農業研究センター報告. 59, 39-44 (2013)
【非特許文献2】岩本睦夫.近赤外法による国内産コムギを原料とするコムギ粉中の水分、たん白質ならびに灰分の測定. 日本食品工業学会. 31(1), 50-53(1984)
【非特許文献3】「近赤外分光法による非破壊計測」1995年、日本赤外線学会誌、5巻2号、78-88頁特表昭56-501215「近赤外定量分析装置」
【非特許文献4】「近赤外透過型分析計による米の成分測定の精度とその改善」2002年、農業機械学会誌、64巻1号、120~126頁
【非特許文献5】NIR spectroscopy coupled with chemometric algorithms for the prediction of cadmium content in rice samples (2021) Spectrochimica Acta Part A: Molecular and Biomolecular Spectroscopy 257: 119700
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
コムギ粒中灰分含有量の分析では、AACCの公定法は時間と手間がかかる。非特許文献1に記載の分析法も、550℃で12時間の燃焼工程が必要であり、まだ効率的とは言えない。特許文献1や非特許文献2の方法は小麦粉を用いた分析例であり、コムギ粒中灰分含有量を効率的に測定できる手法は報告例がない。
【0013】
また、一般的なカドミウム定量分析では、高額な分析装置であるICP-MSを利用する。特許文献2~5においてはICP-MSを使用しないため、一般的な方法と比べ比較的簡便な方法であるが、いずれも酸による抽出過程やサンプル燃焼過程が必要である。そのため、既知の分析方法では、多くの時間、手間、コストを必要とする。
【0014】
また、非特許文献5では、玄米のカドミウム含有量を求めるために反射法による近赤外スペクトルから検量線を作成している。しかし、米とコムギでは成分や粒の形状、表面の性質などが全く異なり、吸光度・スペクトラムが大きく異なるため、非特許文献5に記載された測定法をコムギに適用することはできない。
【0015】
この発明は、コムギの粒中に含有される無機元素成分、特に灰分およびカドミウムを簡易かつ高精度に測定できる定量方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記の課題を解決するために、この発明のコムギ粒中無機元素成分の定量方法は、検量線作成用サンプルである複数の種類のコムギ粒についてそれぞれの種類ごとに対して、近赤外の帯域を含む波長の光によるスペクトラムを透過法により取得し、
検量線作成用サンプルのコムギ粒のそれぞれの種類ごとに無機元素成分を既知の定量方法により定量し、
取得した光スペクトラムの情報と無機元素成分の定量の情報をPLS回帰分析により解析して光スペクトラムの情報と無機元素成分の定量の関係を示す回帰式を設定し、
測定対象サンプルであるコムギ粒について近赤外の帯域を含む波長の光によるスペクトラムを透過法により取得し、設定された回帰式に基き無機元素成分含量を算定する。
【0017】
この発明のコムギ粒中灰分の定量方法は、検量線作成用サンプルである複数の種類のコムギ粒についてそれぞれの種類ごとに対して、近赤外の帯域を含む波長の光によるスペクトラムを透過法により取得し、
検量線作成用サンプルのコムギ粒のそれぞれの種類ごとに灰分を既知の定量方法により定量し、
取得した光スペクトラムの情報と灰分の定量の情報をPLS回帰分析により解析して光スペクトラムの情報と灰分の定量の関係を示す回帰式を設定し、
測定対象サンプルであるコムギ粒について近赤外の帯域を含む波長の光によるスペクトラムを透過法により取得し、設定された回帰式に基き灰分含量を算定する。
【0018】
この発明のコムギ粒中カドミウムの定量方法は、検量線作成用サンプルである複数の種類のコムギ粒についてそれぞれの種類ごとに対して、近赤外の帯域を含む波長の光によるスペクトラムを透過法により取得し、
検量線作成用サンプルのコムギ粒のそれぞれの種類ごとにカドミウムを既知の定量方法により定量し、
取得した光スペクトラムの情報とカドミウムの定量の情報をPLS回帰分析により解析して光スペクトラムの情報とカドミウムの定量の関係を示す回帰式を設定し、
測定対象サンプルであるコムギ粒について近赤外の帯域を含む波長の光によるスペクトラムを透過法により取得し、設定された回帰式に基きカドミウム含量を算定する。
また、検量線作成用サンプルをカドミウム含量により複数のグループに分け、それぞれのグループの検量線作成用サンプルに対して取得した光スペクトラムの情報とカドミウムの定量の情報をPLS回帰分析により解析して光スペクトラムの情報とカドミウムの定量の関係を示す回帰式を設定し、
測定対象サンプルあるコムギ粒について光スペクトラムの情報を取得し、事前に取得している仮のカドミウムの量に基いてそのカドミウムの量が属するグループの回帰式に基きカドミウム含量を算定してもよい。ここで、一つのカドミウム量基準値により検量線作成用サンプルを2つのグループに分けてもよい。
さらに、全ての検量線作成用サンプルの光スペクトラムの情報とカドミウムの定量の情報をPLS回帰分析により解析して光スペクトラムの情報とカドミウムの定量の関係を示す仮の回帰式を設定し、
測定対象サンプルあるコムギ粒について光スペクトラムの情報を取得し、仮の回帰式に基き仮のカドミウム含量を算定してもよい。
グループごとの回帰式の決定において使用される光スペクトラムの情報の波長の帯域が、仮の回帰式の決定において使用される光スペクトラムの情報の波長の帯域より狭くすることができる。
【発明の効果】
【0019】
この発明のコムギ粒中含有カドミウムの定量方法によれば、コムギの粒中に含有されるカドミウムを簡易かつ短時間に定量できる。また、この発明のコムギ粒中含有灰分の定量方法によれば、カドミウム以外の金属元素を含む無機元素成分である灰分含有量も簡易かつ短時間に定量可能である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】コムギ粒含有無機元素成分(灰分、カドミウム)の定量方法の概要を示すフローチャートである。
図2】カドミウム分析に使用したコムギ粒のサンプルの光スペクトラムの例を示すグラフである。
図3】一次微分とDetrend処理を行ったカドミウム分析に使用したコムギ粒のサンプルのスペクトラムの例を示すグラフである。
図4】全サンプルにPLS回帰を行って得た検量線に基いたカドミウム含量の算定値と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値を対照する散布図である。
図5】全サンプルにPLS回帰を行って得た検量線の回帰係数を示すグラフである。
図6】クロスバリデーションを行った場合のカドミウム含量の算定値と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値を対照する散布図である。
図7】検量線作成用サンプルにPLS回帰を行って得た検量線に基いたカドミウム含量の算定値と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値を対照する散布図である。
図8】検量線作成用サンプルにPLS回帰を行って得たカドミウム含量の検量線の回帰係数を示すグラフである。
図9】検量線に基いた検量線検証用サンプルのカドミウム含量の算定値と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値を対照する散布図である。
図10】カドミウム含量により2つのグループに分類し、それぞれのグループについて検量線を作成した場合の、一次微分とDetrend処理を行ったコムギ粒のサンプルのスペクトラムの例を示すグラフである。
図11】低カドミウムの検量線作成用サンプルにPLS回帰を行って得た検量線の回帰係数を示すグラフである。
図12】低カドミウムの検量線作成用サンプルにPLS回帰を行って得た検量線に基いたカドミウム含量の算定値と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値を対照する散布図である。
図13】高カドミウムの検量線作成用サンプルにPLS回帰を行って得た検量線の回帰係数を示すグラフである。
図14】高カドミウムの検量線作成用サンプルにPLS回帰を行って得た検量線に基いたカドミウム含量の算定値と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値を対照する散布図である。
図15】低カドミウムの検量線作成用サンプルと高カドミウムの検量線作成用サンプルにPLS回帰を行って得た検量線に基いたカドミウム含量の算定値と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値を対照する散布図である。
図16】低カドミウムの検量線検証用サンプルのカドミウム含量の算定値と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値を対照する散布図である。
図17】高カドミウムの検量線検証用サンプルのカドミウム含量の算定値と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値を対照する散布図である。
図18】低カドミウムの検量線検証用サンプルと高カドミウムの検量線検証用サンプルのカドミウム含量の算定値と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値を対照する散布図である。
図19】灰分分析に使用したコムギ粒サンプルの光スペクトラムの例を示すグラフである。
図20】一次微分とDetrend処理を行った灰分分析に使用したコムギ粒のサンプルのスペクトラムの例を示すグラフである。
図21】全サンプルにPLS回帰を行って得た検量線に基いた灰分含有量の算定値と、燃焼法による灰分含有量の測定値を対照する散布図である。
図22】全サンプルにPLS回帰を行って得た灰分含有量についての検量線の回帰係数を示すグラフである。
図23】クロスバリデーションを行った場合の灰分含有量の算定値と、燃焼法による灰分含有量の測定値を対照する散布図である。
図24】検量線作成用サンプルにPLS回帰を行って得た灰分含有量についての検量線に基いた灰分含有量の算定値と、燃焼法による灰分含有量の測定値を対照する散布図である。
図25】検量線作成用サンプルにPLS回帰を行って得た検量線の回帰係数を示すグラフである。
図26】検量線に基いた検量線検証用サンプルの灰分含有量の算定値と、燃焼法による灰分含有量の測定値を対照する散布図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明を実施するための第1の形態について説明する。本願発明の定量方法では後述するように、光スペクトラムの情報とカドミウムの定量の関係を示す回帰式を設定し、その回帰式に基いて算定する。そこで、演算装置(CPU)や記憶装置を備え、決定された回帰式に基いて計算するプログラムをインストールおよび実行できる分析装置であることが好ましい。このような分光分析装置は市販されている。ここでは、分光分析装置としてインフラマティック9500(PerkinElmer社)を使用する例で説明する。
【0022】
図1はコムギ粒含有カドミウムの定量方法における回帰式の設定のプロセスの概要を示すフローチャートである。まず、検量線の作成、すなわち回帰式の設定に十分な点数のサンプル、すなわち検査材料を準備する。このサンプルはコムギの粒である。
【0023】
ここでは87種のサンプルを準備した。これらのサンプルを検量線作成用サンプルとする。1つの種類のサンプルは光スペクトラムの取得および分光分析以外の定量分析が行える量が必要であるが、1つの種類のサンプルの中のコムギ粒はなるべく品質が均一であることが好ましい。また、種類が異なるサンプル間では、測定対象であるカドミウム含量が、測定したい範囲を広くカバーするように分布していることが好ましい。
【0024】
また本例では、87点の検量線作成用サンプルに加えて、29点のサンプルを検量線検証用サンプルとして準備した。
【0025】
北海道から九州で栽培されている普通コムギ品種(きたほなみ、農林61号、ふくさやか、チクゴイズミ)およびその交配からできた育成系統の116点から成る。これらのサンプルは2008年から2020年の間に栽培されたものである。この中の90点はカドミウムを多く含むと考えられる試験圃場で栽培されたものである。各分析を行うまでの期間、サンプルはすべて密閉容器に入れ、4~8℃で保管した。サンプルはすべて脱穀後に乾燥調製した原麦サンプルで、搗精や製粉などの前処理はしていない。
【0026】
検量線作成用サンプルのそれぞれの種類のサンプルについて、光スペクトラムを取得するとともに、さらに本発明の近赤外分光分析以外の既知の分析方法による定量分析を行い(従来型分析値の測定)、その光スペクトラム情報と従来型分析分析値を関連付けて保存する。それぞれの種類のサンプルごとに2つに分けて、一方を用いて光スペクトラムを取得し、他方を用いて従来型定量分析を行ってもよい。また、光スペクトラムの取得は非破壊で行えるので、光スペクトラムの取得を行った後で、同じサンプルを用いて従来型定量分析を行ってもよい。
【0027】
検量線検証用サンプルについても同様に、光スペクトラムの取得および従来型分析値の測定を行う。なお、検量線作成用サンプル(本例では87種類)と検量線検証用サンプル(本例では29種類)は予め分けてから、光スペクトラムの取得および分光分析以外の手法による定量分析を行ってもよい。また、この段階では両サンプル(本例では合計116種類)を区別することなく、同じように実施して、その後にその結果に基いて検量線作成用のデータと検量線検証用のデータに分けてもよい。
【0028】
近赤外分光によらない定量分析について説明する。ここでの定量分析は、既に確立している分析方法を使用する。カドミウムを正確に測定できる方法であればよく、時間やコストがかかる方法であってもよい。以下、従来法分析による定量分析の例を詳しく説明する。ここではカドミウムCd抽出方法が比較的簡便で、かつ感度が高い誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)を用いる方法により実測した。
【0029】
7.5gのコムギ原粒をFOSS社サイクロテック1039(スクリーンサイズ1mm)で破砕し、全粒粉サンプルとした。この全粒粉0.1gをNUNC製の50mlプラスチックチューブに入れ、0.1mol/L硝酸20mlを加えて手でよく懸濁・攪拌した後、シェイカーを用いて、160rpm/minの速度で、1時間振とうした。加えて、振とう中は20分おきに手での攪拌を行った。攪拌後の溶液を漏斗と濾紙(No.2定性ろ紙110mm)を用いて濾過し、濾液を新しいプラスチックチューブに受け、Cd抽出液とした。Cd抽出液は、定量分析まで4℃で保存した。
【0030】
Cd抽出液の分析にはAgilent社ICP-MS(Agilent 7700x)を用いた。プラズマガスおよびキャリアガスにアルゴン(Ar)を、反応ガスにヘリウム(He)を用い、測定モードをHeモードとして、対象元素であるカドミウムCd(測定質量数:114)の1秒あたりのイオンカウント数(CPS)を測定した。測定の際には、上述のCd抽出液に加え、6段階の希釈系列(0, 0.05, 0.1, 0.5, 1.0, 5.0 ppb)のCd標準溶液も併せて分析した。
【0031】
Cdの定量においては、Cd標準溶液の各濃度におけるCPSから検量線を作成し、この検量線にCd抽出液のCPSを当てはめて、Cd抽出液中のCd濃度を求めた。こうして得られたCd濃度に、抽出液量および用いた全粒紛サンプルの量を乗じることで原粒中のカドミウムCd含量(mg / kg)を計算できる。
【0032】
この分析方法では、サンプルの破砕・硝酸によるCdの抽出および誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)による測定が必要で、試料1点当たり3時間以上の時間がかかる。また、高額な分析装置であるICP-MSやアルゴンガス等が必要なためコストがかかる。一方、本発明によれば、原粒そのままで分析が可能で、試料1点当たり30秒程度で分析が可能である。
【0033】
次に光スペクトラムの取得に使用する分光分析装置の例について説明する。870nm~1095nmの波長帯を含む帯域の波長の光によってサンプルのコムギ粒の吸光度を測定できる装置を使用している。近赤外は可視領域と赤外領域の間の波長領域の光(電磁波)であり、一般的には800~2500nmの領域である。この発明では、少なくとも近赤外領域のうちでも最も短い波長域の光が使用されるが、さらに、これより波長が短い可視領域の光を使用してもよい。したがって、本発明後述の実施形態ではこれらの波長領域で光スペクトラムを取得できる装置が使用される。また、コムギの粒のサンプルを透過法により吸光度が測定できる分析装置である。
【0034】
光スペクトラムの取得について、PerkinElmer社の近赤外分光装置であるインフラマティック9500を使用する例で説明する。この分光分析装置のサンプル投入口に原麦サンプルを直接投入するか(サンプルが200g程度以上ある場合)、あるいは、18mmの光路長セルである専用のキュベットに原麦を詰めてサンプル投入口に挿入(サンプル量が数10gしかない場合)すれば、30秒程度で近赤外スペクトルデータを得ることができる。コムギ粒の搗精や製粉などの前処理は必要としない。サンプルを透過させたときの吸光度スペクトルを収集している。測定後はサンプルのコムギ粒をそのまま回収できる。全ての種類のサンプルに付いてこの作業を行えば、それぞれについての光スペクトラムが取得できる。
【0035】
透過法による吸光度の測定で光スペクトラムを取得する。したがって、コムギ粒の表面だけではなく、中心部も含めた全体における成分の情報が得られる。
【0036】
次に検量線の決定について説明する。まず、検量線作成用のデータを選定する。本例では116点のサンプルについて、スペクトラム取得と定量分析を行っているが、カドミウム含量が広く分布するように87点のサンプルのデータを検量線作成用として選定し、残余のサンプル29点のデータを検量線検証用とした。図2は、コムギ粒のサンプルの光スペクトラムの例を示すグラフであり、検量線作成用のサンプルと検量線検証用のサンプルの全ての吸光スペクトラムを示している。ここで、検量線作成用サンプルの吸光スペクトラムを灰色で、検量線検証用サンプルの吸光スペクトラムを黒色で表示している。
【0037】
次に、回帰分析を行う。ここで、図2に示すような波長と吸光度の関係を示す原スペクトラム情報を使用してもよいが、前処理を行うことが好ましく、特に一次微分処理を行うことが好ましい。図3図2示す吸光スペクトラムに一次微分とDetrend処理を行ったコムギ粒のサンプルのスペクトラムの例を示すグラフである。ここで、検量線作成用サンプルのスペクトラムを灰色で、検量線検証用サンプルの吸光スペクトラムを黒色で表示している。
図2に示す吸光スペクトラムは、570~1100nmの波長領域において、0.5 nm間隔で区切った1061ポイントの吸光度データで構成されている。このスペクトラムに対して、1次微分およびにDetrend処理を行った後、870nm~1095 nmの波長領域の情報を用いて、PLS回帰による検量線作成を行った。
【0038】
あるサンプルにおける前処理を行った光スペクトラムについて、波長λ1,λ2,λ3・・・・における評価値をx1,x2,x3・・・、それらに対する回帰係数をa1,a2,a3・・・とすると、そのサンプルについてのあるカドミウム含量yは次のように一次結合で関連付けられる。
y=a1・x1+a2・x2+a3・x3+・・・
【0039】
検量線作成用に選定したサンプルでは、他の分析法によりカドミウム含量についてのデータが得られている。検量線作成用に選定したサンプルの情報についてPLS回帰分析を行い、この回帰係数a1,a2,a3・・・を決定する。これによって、回帰式が設定される。回帰式が決定されると、次には前処理を行った光スペクトラムのデータを当てはめることによってカドミウム含量が算定される。こうして、それぞれのサンプルについて、他の分析法に基づくカドミウム含量のデータ(例えば、ICP-MS分析値)と、検量線に光スペクトラムの情報を適用して算定されるカドミウム含量のデータ(IM9500予測値)が得られる。
【0040】
図4は、検量線作成用と検量線検証用を分割せずに、116点のサンプルの全てについてPLS回帰を行って検量線を決定し、これに基いたカドミウム含量の算定値(IM9500予測値)と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値(ICP-MS分析値)を対照する散布図である。検量線作成時の精度は、R2(決定係数)で0.8774、SEC(標準誤差)で0.054となった。また、図5はこのときの検量線を示すグラフである。得られ検量線における各波長(横軸)に対する回帰係数(縦軸)を示している。
【0041】
図6は、クロスバリデーション(公差検証)を行ったときのカドミウム含量の算定値(IM9500予測値)と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値(ICP-MS分析値)を対照する散布図である。クロスバリデーションにおける精度は、R2(決定係数)で0.6675、SECV(標準誤差)で0.093となった。
【0042】
次に、サンプルを検量線作成用セット(87点)と検量線検証用セット(29点)の2つのグループに分けて、はじめに検量線作成用セットで検量線の作成を行い、その後、検量線検証用セットで評価した場合について説明する。サンプルセットの分割の方法としては、すでに得られているカドミウムの含量の値の順にサンプルのデータを並び替えた後、4個おきにサンプルのデータを抜き出して29点のサンプルを検量線検証用のサンプルのグループとした。そして、残りの86点のサンプルを検量線作成用のグループとした。
【0043】
図4の例と同様に、近赤外スペクトルに対して1次微分およびにDetrend処理を行った後、870nm~1095nmの領域を用いて、PLS回帰による検量線の作成を行った。
図7は検量線作成用のサンプル87点における検量線を作成したときのIM9500予測値(縦軸)とICP-MS分析値(横軸)の相関を示す分布図である。このときの精度は、R2(決定係数)で0.8724、SEC(標準誤差)で0.055となった。図8はこのときの検量線を示すグラフである。
【0044】
次に、得られた検量線を用いて、検量線検証用セット29点を評価した結果について説明する。図9は検量線に基いたカドミウム含量の算定値(IM9500予測値)と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値(ICP-MS分析値)を対照する散布図である。R2(決定係数)で0.7617、SEP(標準誤差)で0.076となった。
【0045】
以上、本発明により算定されるコムギ粒のカドミウム含量の算定値は、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値と高い相関性を示すことがわかる。近赤外分光によるスペクトラムの測定により、短時間かつ低コストでコムギ粒のカドミウム含量を定量できる。また、非破壊で行うことができ、作業は簡単であり化学分析についての熟練を要しない。
【0046】
次に、本発明の第2の実施の形態について説明する。先の実施の形態の応用である。先の形態では、検量線作成用サンプルの全てについてPLS回帰を行って検量線を決定したが、ここでは、検量線作成用サンプルをカドミウム含量に基いて複数のグループに分別し、そのグループごとに検量線(回帰式)を決定する。
【0047】
検量線作成用サンプルのグループ分けについて説明する。グループ分けのための基準値について設定する。基準値をn個設定すれば、n+1個のグループを作ることができる。
【0048】
検量線作成用サンプルのそれぞれのカドミウム含量を基準値と比較して、各グループに分けていく。検量線作成用サンプルは、既知の定量方法によって取得したカドミウム含量の情報を持っているので、これを使用することができる。あるいは、先述の例に従って、全ての検量線作成用サンプルを用いて設定した回帰式を設定し、これに当てはめて算定したカドミウム含量を使用してもよい。
【0049】
本例では、一つの基準値として0.25mg/kgに設定し、これより低いか高いかによって2つのグループに分類した。先の実施例のサンプルを使用すると、検量線作成用サンプル87点は、基準値より低いグループ(グループ1)が18点、基準値より高いグループ(グループ2)が69点となる。また、検量線検証用サンプル29点では、基準値より低いグループ(グループ1)が6点、基準値より高いグループ(グループ2)が23点となる。
【0050】
検量線作成用サンプルを用いグループ1およびグループ2のそれぞれについての検量線を作成した。まずは、近赤外スペクトラムに対して、1次微分およびにDetrend処理を行った後、PLS回帰による検量線の作成を行った。このとき、PLSに使用するスペクトル情報は、先の実施例のように検量線作成用サンプルに対してPLSよりも狭い波長帯域の情報を使用することが好ましく、ここでは、975 nm~1095 nmの領域を用いた。図10はこの場合の一次微分とDetrend処理を行ったコムギ粒のサンプルのスペクトラムの例を示すグラフである。
【0051】
図11は低カドミウムであるグループ1の検量線作成用サンプルにPLS回帰を行って得た検量線の回帰係数を示すグラフである。図12はグループ1の検量線作成用サンプルにPLS回帰を行って得た検量線に基いたカドミウム含量の算定値と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値を対照する散布図である。グループ1の検量線作成用サンプル18点を用いた検量線に基く算定の精度は、R2(決定係数)で0.9659、SEC(標準誤差)で0.008となった。
【0052】
図13は高カドミウムであるグループ2の検量線作成用サンプルにPLS回帰を行って得た検量線の回帰係数を示すグラフである。図14はグループ2の検量線作成用サンプルにPLS回帰を行って得た検量線に基いたカドミウム含量の算定値と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値を対照する散布図である。グループ2の検量線作成用サンプル69点を用いた検量線に基く算定の精度は、R2(決定係数)で0.6124、SEC(標準誤差)で0.050となった。
【0053】
図15は、図11および図13に示す検量線に基いた検量線作成用サンプルのカドミウム含量の算定値と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値を対照する散布図であり、グループ1に対する結果とグループ2に対する結果を合わせて表示したものである。このときの検量線作成時の精度は、R2(決定係数)で0.8948、SEC(標準誤差)で0.045となり、先の実施例の場合のR2(決定係数)0.8724、SEC(標準誤差)0.055よりも精度が高くなる。
【0054】
図16はグループ1の検量線検証用サンプルをグループ1用の検量線に基いて算出したカドミウム含量の算定値と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値を対照する散布図である。図16に示すように、低カドミウムのグループ1の検量線検証用サンプル6点における精度は、R2(決定係数)で0.6903、SEP(標準誤差)で0.022となった。
【0055】
図17はグループ2の検量線検証用サンプルをグループ2用の検量線に基いて算出したカドミウム含量の算定値と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値を対照する散布図である。高カドミウムのグループ1の検量線検証用サンプル23点における精度は、R2(決定係数)で0.6025、SEP(標準誤差)で0.054となった。
【0056】
図18は、低カドミウムの検量線検証用サンプルと高カドミウムの検量線検証用サンプルのカドミウム含量の算定値と、ICP-MSを用いたカドミウム含量の測定値を対照する散布図であり、グループ1の検量線検証用サンプルに対する結果とグループ2の検量線検証用サンプルに対する結果を合わせて表示したものである。このときの精度は、R2(決定係数)で0.9033、SEP(標準誤差)で0.048となり、先の実施の形態の場合のR2(決定係数)0.7617、SEP(標準誤差)0.076よりも精度が向上する。
【0057】
以上、全ての検量線作成用サンプルにPLS回帰を行って得た検量線を仮の検量線とし、グループ1の検量線作成用サンプルにPLS回帰を行って得た検量線をグループ1用の検量線とし、グループ2の検量線作成用サンプルにPLS回帰を行って得た検量線をグループ2用の検量線とする。そして、ある評価対象のサンプルに対して近赤外分光スペクトル情報を取得すると、まず、第1段階の算定として、仮の検量線により仮の算定値を算出する。そして、この仮の算定値によりこの評価対象のサンプルが属すべきグループを決定し、そのグループ用の検量線に基いて最終的なカドミウム含量の予測値とする。こうして得られる予測値は、全ての検量線作成用サンプルから得られた検量線から算定した予測値よりも精度が向上する。
【0058】
なお、近赤外分光スペクトル情報を取得後の上記の評価過程は自動化できる。すなわち、仮の検量線に基いて仮の算定値を得る過程、仮の算定値に基いてグループを決定する過程、および決定されたグループ用の検量線に基いて算定値を得る過程、をコンピュータ用プログラムにする。このプログラムを、コンピュータにインストールする。ユーザーは近赤外分光スペクトル情報をコンピュータにインポートすれば、最終的な予測値を得ることができる。
【0059】
さらには、プログラムを、演算装置(CPU)や記憶装置を備えた近赤外分光分析装置にインストールしてもよい。この場合、ユーザーはサンプルを分析装置に1回投入すれば、最終的な予測値を得ることができる。
【0060】
本発明を実施するための第3の形態について説明する。灰分の定量の例である。
サンプルについて説明する。北海道から九州で栽培されている普通小麦品種(農林61号、ふくさやか、チクゴイズミ、シロガネコムギ、せときららなど)およびその交配からできた育成系統の269点から成る。これらのサンプルは2017年から2021年の間に試験圃場で栽培されたものである。各分析を行うまでの期間、サンプルはすべて密閉容器に入れ、4~8℃で保管した。サンプルはすべて脱穀後に乾燥調製した原麦サンプルで、搗精や製粉などの前処理は必要としない。本例では、269点すべてを検量線作成用として用いた場合(第1の例)と、202点を検量線作成用、67点を検量線評価用として用いた場合(第2の例)の2例について説明する。この形態においても、図1のフローチャートに示すのと同様のプロセスで回帰式を設定できる。
【0061】
近赤外分光によらない定量分析について説明する。ここでの定量分析も、既に確立している分析方法を使用する。灰分を正確に測定できる方法であればよく、時間やコストがかかる方法であってもよい。以下、従来法分析による定量分析の例を詳しく説明する。ここではAACCが定めた公定法 (AACC, 1961)の一つである酢酸マグネシウムを助燃剤として添加した燃焼法により実測した。
【0062】
空焼きをして水分を蒸発させたるつぼを秤量した(W1)。3.0gのコムギ原粒を穀類検査用粉砕機で粉砕し、空焼きしたるつぼに入れ、秤量した(W2)。この差分(W2-W1)が試料の重量となる。さらに、るつぼに助燃剤(酢酸マグネシウム 15 g を純水150 mL、氷酢酸2 mL に溶解後、メタノールを加えて1Lとした溶液)を3ml加え5分放置した後、電気コンロ上で30分程度予焼きを行った。その後、600℃に設定したマッフル炉で3時間本焼きを行った。本焼き後にるつぼを秤量し(W3)、空焼き後のるつぼ重量(W1)との差分を求めた(ΔW=W3-W1)。この差分ΔWが灰分の重量となる。
また、助燃剤の影響を除くために、別のるつぼを用意して秤量し(w1)、これに助燃剤3mlのみを加え、予焼きおよび本焼きをした後に秤量した(w2)。この差分(Δw=w2-w1)が助燃剤に起因する灰分の重量となる。先の差分ΔWからこの差分Δwを差し引くと助燃剤の影響が除かれ、試料に含まれる灰分の重量が得られる。
試料に含まれる水分についても測定しておく。アルミ試料缶を135℃で60分焼き、缶の重量を計量した(W4)。おなじ種類のコムギ原粒2gを量りとり、「穀類検査用粉砕機」で粉砕したのち、缶に入れ計量した(W5)。缶のフタを外して135℃で120分焼いたのち、素早くフタをして乾燥剤入りのプラスチック製保管箱にて冷却し、秤量した(W6)。以下の計算式に代入し、水分値(%)を得た。
水分値(%)= (W5-W6)×100/(W5-W4)
本例のサンプルであるコムギ原粒の水分値は9.0~14%の間で値に幅があるため、水分値が13.5%に換算した灰分値を算出する必要がある。
以上より、水分値を考慮した灰分含有量(%)は次式で得られる。
【数1】

【0063】
この分析方法では、サンプルの破砕・高温での燃焼および冷却工程が必要で、試料1点当たり24時間以上の時間がかかる。また、劇物試薬であるメタノールや600℃の高温を扱うことから健康上のリスクも伴う。一方、本発明によれば、原粒そのままで分析が可能で、試料1点当たり30秒程度で分析が可能であり、健康リスクを伴う工程はない。
【0064】
近赤外の帯域を含む波長の光によるスペクトラムの取得には、第1の形態の場合と同様に、PerkinElmer社の近赤外分光装置であるインフラマティック9500(IM9500)を使用した。本装置のサンプル投入口に原麦を投入(サンプルが200g程度以上ある場合)、あるいは専用のキュベットに原麦を詰めてサンプル投入口に挿入(サンプル量が数10gしかない場合)すれば、30秒程度で近赤外スペクトルデータを得ることができる。本装置では非破壊で近赤外スペクトルデータを取得できるため、サンプルはそのまま回収可能である。また、本装置は透過型であるため、原粒内部の近赤外スペクトルデータを取得できる。灰分はCdと同様に外側の外皮だけではなく内側のアリューロン層などにも含まれるため、灰分の定量には原粒内部の近赤外スペクトルデータが必要である。
【0065】
次に検量線の決定について説明する。まず、検量線作成用のデータを選定する。本例では269点のサンプルについて、スペクトラム取得と定量分析を行っているが、灰分含有量が広く分布するように202点のサンプルのデータを検量線作成用として選定し、残余のサンプル67点のデータを検量線検証用とした。図19は、コムギ粒のサンプルの光スペクトラムの例を示すグラフであり、検量線作成用のサンプルと検量線検証用のサンプルの全ての吸光スペクトラムを示している。ここで、検量線作成用サンプルの吸光スペクトラムを灰色で、検量線検証用サンプルの吸光スペクトラムを黒色で表示している。近赤外分光装置インフラマティック9500で収集される近赤外スペクトルは、570~1100 nmの波長領域において、0,5 nm間隔で1061波長ポイントの吸光度となっている。
【0066】
第1の例について説明する。検量線作成用と検量線検証用を分割せずに全データ使用する。近赤外分光装置で収集したコムギの近赤外スペクトルと燃焼法によって計測したコムギ粒中灰分含有量の値を用いて、スペクトルから灰分含有量を定量する検量線の作成を行い、クロスバリデーション(交差検証)による評価を行った。
【0067】
近赤外分光装置により得られたスペクトルに対して、Detrend処理および1次微分を行った後(図20)、820nm~1100nmの波長領域を用いて、PLS回帰による検量線作成を行った。
【0068】
図21は検量線作成用と検量線検証用を分割せずに、269点のサンプルの全てについてPLS回帰を行って検量線を決定し、これに基いた灰分含有量の算定値(IM9500予測値)と、燃焼法による灰分含有量の測定値(燃焼法分析値)を対照する散布図である。検量線作成時の精度は、R2(決定係数)で0.5855、SEC(標準誤差)で0.048となった。図22はこのときの検量線を示すグラフである。得られた検量線における各波長(横軸)に対する回帰係数(縦軸)を示している。
【0069】
図23は、クロスバリデーション(公差検証)を行ったときの灰分含有量の算定値(IM9500予測値)と、燃焼法による灰分含有量の測定値(燃焼法分析値)を対照する散布図である。クロスバリデーションにおける精度は、R2(決定係数)で0.4093、SECV(標準誤差)で0.058となった。
【0070】
第2の例について説明する。サンプルを検量線作成用セット(202点)と検量線検証用セット(67点)の2つのグループに分けて、はじめに検量線作成用セットで検量線の作成を行い、その後、検量線検証用セットで評価した例である。サンプルセットの分割の方法としては、すでに得られている灰分含有量の値の順にサンプルのデータを並び替えた後、4個おきにサンプルのデータを抜き出して67点のサンプルを検量線検証用のサンプルのグループとした。そして、残りの202点のサンプルを検量線作成用のグループとした。
【0071】
図21に示すの例と同様に、近赤外スペクトルに対してDetrend処理および1次微分を行った後、820nm~1100nmの領域を用いて、PLS回帰による検量線の作成を行った。
【0072】
図24は検量線作成用のサンプル202点における検量線を作成したときのIM9500予測値(縦軸)と燃焼法分析値(横軸)の相関を示す分布図である。このときの精度は、R2(決定係数)で0.6466、SEC(標準誤差)で0.046となった。図25はこのときの検量線を示すグラフである。
【0073】
次に、得られた検量線を用いて、検量線検証用セット67点を評価した結果について説明する。図26は検量線に基いたカドミウム含量の算定値(IM9500予測値)と、燃焼法による灰分含有量の測定値(燃焼法分析値)を対照する散布図である。R2(決定係数)で0.5935、SEP(標準誤差)で0.048となった。
【0074】
以上、本発明により算定されるコムギ粒の灰分含有量の算定値は、燃焼法による灰分含有量の測定値と相関性を示すことがわかる。近赤外分光によるスペクトラムの測定により、短時間かつ低コストでコムギ粒の灰分含有量を定量できる。また、非破壊で行うことができ、作業は簡単であり化学分析についての熟練を要しない。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26