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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024127875
(43)【公開日】2024-09-20
(54)【発明の名称】リシール浮遊細胞及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/078 20100101AFI20240912BHJP
   A61K 47/46 20060101ALI20240912BHJP
   A61K 39/00 20060101ALI20240912BHJP
   C12N 9/82 20060101ALI20240912BHJP
   C12N 15/55 20060101ALN20240912BHJP
【FI】
C12N5/078
A61K47/46
A61K39/00 G
C12N9/82
C12N15/55
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024035474
(22)【出願日】2024-03-08
(31)【優先権主張番号】P 2023035366
(32)【優先日】2023-03-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100194973
【弁理士】
【氏名又は名称】尾崎 祐朗
(72)【発明者】
【氏名】加納 ふみ
(72)【発明者】
【氏名】田口 由起
(72)【発明者】
【氏名】樋口 恒希
(72)【発明者】
【氏名】村田 昌之
【テーマコード(参考)】
4B065
4C076
4C085
【Fターム(参考)】
4B065AA91X
4B065AC20
4B065BA30
4B065CA44
4B065CA46
4C076CC06
4C076EE57N
4C076FF34
4C076FF68
4C085AA03
4C085EE03
(57)【要約】
【課題】本発明の目的は、リシール浮遊細胞を提供することである。
【解決手段】前記課題は、本発明のリシール浮遊細胞、又は本発明のリシール浮遊細胞の製造方法によって解決することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リシール浮遊細胞。
【請求項2】
穿孔活性を持つ生物毒素を表面に有し、前記浮遊細胞が赤血球細胞又は血小板細胞である、請求項1に記載のリシール浮遊細胞。
【請求項3】
前記穿孔活性を持つ生物毒素がコレステロール依存性細胞溶解毒素である、請求項2に記載のリシール浮遊細胞。
【請求項4】
前記コレステロール依存性細胞溶解毒素が標的結合化合物を有する、請求項3に記載のリシール浮遊細胞。
【請求項5】
前記標的結合化合物が、タンパク質、ペプチド、アミノ酸、糖、合成または天然のポリマー、抗体、抗体フラグメント、抗原、DNA、RNA、受容体、受容体に対するリガンド、酵素、酵素に対するリガンド、酵素アナログ、酵素アナログの元となる酵素の基質、ヒアルロン酸、又はレクチンである、請求項4に記載のリシール浮遊細胞。
【請求項6】
薬物を含む、請求項1~5のいずれか一項に記載のリシール浮遊細胞。
【請求項7】
請求項6に記載のリシール浮遊細胞を含む、ドラッグデリバリーシステム用組成物。
【請求項8】
請求項6に記載のリシール浮遊細胞を含む、ワクチン用組成物。
【請求項9】
(a)浮遊細胞を含む培地に穿孔活性を持つ生物毒素を添加し、浮遊細胞に結合させる工程、
(b)細胞質を含むか、又は細胞質を含まない液体を添加し、インキュベートする工程、及び
(c)カルシウムイオンを添加し、インキュベートする工程、
を含む、リシール浮遊細胞の製造方法。
【請求項10】
前記浮遊細胞が、赤血球細胞又は血小板細胞であり、そして細胞質を含む液体のタンパク質濃度が2mg/mL以上である、請求項9に記載のリシール浮遊細胞の製造方法。
【請求項11】
前記穿孔活性を持つ生物毒素がコレステロール依存性細胞溶解毒素である、請求項10に記載のリシール浮遊細胞の製造方法。
【請求項12】
前記コレステロール依存性細胞溶解毒素が標的結合化合物を有する請求項11に記載のリシール浮遊細胞の製造方法。
【請求項13】
(d)前記コレステロール依存性細胞溶解毒素に標的結合化合物を結合する工程を更に含む、請求項11に記載のリシール浮遊細胞の製造方法。
【請求項14】
前記標的結合化合物が、タンパク質、ペプチド、アミノ酸、糖、合成または天然のポリマー、抗体、抗体フラグメント、抗原、DNA、RNA、受容体、受容体に対するリガンド、酵素、酵素に対するリガンド、酵素アナログ、酵素アナログの元となる酵素の基質、ヒアルロン酸、又はレクチンである、請求項12に記載のリシール浮遊細胞の製造方法。
【請求項15】
前記標的結合化合物が、タンパク質、ペプチド、アミノ酸、糖、合成または天然のポリマー、抗体、抗体フラグメント、抗原、DNA、RNA、受容体、受容体に対するリガンド、酵素、酵素に対するリガンド、酵素アナログ、酵素アナログの元となる酵素の基質、ヒアルロン酸、又はレクチンである、請求項13に記載のリシール浮遊細胞の製造方法。
【請求項16】
前記液体が薬物を含む、請求項9~15のいずれか一項に記載のリシール浮遊細胞の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リシール浮遊細胞及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セミインタクト細胞リシール技術は、コレステロール依存性の膜穿孔活性を持つタンパク質毒素を利用することによって細胞膜に孔を形成させ、そして膜不透過性の化合物、生体分子、又は細胞質成分などを細胞内に導入し、その後、カルシウム依存的に、細胞膜の孔を封入し、リシール細胞を作製する技術である(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第6448826号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、リシール浮遊細胞を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、リシール浮遊細胞について、鋭意研究した結果、驚くべきことに、特定の方法で容易にリシール浮遊細胞を得られることを見出した。
本発明は、こうした知見に基づくものである。
従って、本発明は、
[1]リシール浮遊細胞、
[2]穿孔活性を持つ生物毒素を表面に有し、前記浮遊細胞が赤血球細胞又は血小板細胞である、[1]に記載のリシール浮遊細胞、
[3]前記穿孔活性を持つ生物毒素がコレステロール依存性細胞溶解毒素である、[2]に記載のリシール浮遊細胞、
[4]前記穿孔活性を持つ生物毒素が標的結合化合物を有する、[2]又は[3]に記載のリシール浮遊細胞、
[5]前記標的結合化合物が、タンパク質、ペプチド、アミノ酸、糖、合成または天然のポリマー、抗体、抗体フラグメント、抗原、DNA、RNA、受容体、受容体に対するリガンド、酵素、酵素に対するリガンド、酵素アナログ、酵素アナログの元となる酵素の基質、ヒアルロン酸、又はレクチンである、[4]に記載のリシール浮遊細胞、
[6]薬物を含む、[1]~[5]のいずれかに記載のリシール浮遊細胞、
[7][6]に記載のリシール浮遊細胞を含む、ドラッグデリバリーシステム用組成物、
[8][6]に記載のリシール浮遊細胞を含む、ワクチン用組成物、
[9](a)浮遊細胞を含む培地に穿孔活性を持つ生物毒素を添加し、浮遊細胞に結合させる工程、(b)細胞質を含むか、又は細胞質を含まない液体を添加し、インキュベートする工程、及び
(c)カルシウムイオンを添加し、インキュベートする工程、を含む、リシール浮遊細胞の製造方法、
[10]前記浮遊細胞が、赤血球細胞又は血小板細胞であり、そして細胞質を含む液体のタンパク質濃度が2mg/mL以上である、[9]に記載のリシール浮遊細胞の製造方法、
[11]前記穿孔活性を持つ生物毒素がコレステロール依存性細胞溶解毒素である、[9]又は[10]に記載のリシール浮遊細胞の製造方法、
[12]前記穿孔活性を持つ生物毒素が標的結合化合物を有する[9]~[11]のいずれかに記載のリシール浮遊細胞の製造方法、
[13](d)前記穿孔活性を持つ生物毒素に標的結合化合物を結合する工程を更に含む、[9]~[11]のいずれかに記載のリシール浮遊細胞の製造方法、
[14]前記標的結合化合物が、タンパク質、ペプチド、アミノ酸、糖、合成または天然のポリマー、抗体、抗体フラグメント、抗原、DNA、RNA、受容体、受容体に対するリガンド、酵素、酵素に対するリガンド、酵素アナログ、酵素アナログの元となる酵素の基質、ヒアルロン酸、又はレクチンである、[12]又は[13]に記載のリシール浮遊細胞の製造方法、及び
[15]前記液体が薬物を含む、[9]~[14]のいずれかに記載のリシール浮遊細胞の製造方法、
に関する。
【発明の効果】
【0006】
本発明のリシール細胞のある態様によれば、ドラッグデリバリーシステムに用いることができる。本発明のリシール細胞のある態様によれば、ワクチンに用いることができる。発明のリシール細胞のある態様によれば、徐放性のドラッグデリバリーシステムを構築することができる。本発明のリシール細胞のある態様によれば、バイオリアクター型のドラッグデリバリーシステムを構築することができる。本発明のリシール細胞の製造方法のある態様によれば、赤血球細胞又は血小板細胞のリシール細胞を容易に製造することができる。
従来、赤血球によるドラッグデリバリーは、浸透圧法により、薬剤を赤血球に封入していた。本発明のリシール細胞は、浸透圧法によって得られた細胞と比べて、顕著に優れていた。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】本発明のリシール浮遊細胞の製造方法における、赤血球を用いた1つの実施態様を模式的に示した図である。細胞毒素として、ストレプトリジンO(SLO)を用い、赤血球の細胞質に、薬物を混合して、薬物が導入されたリシール赤血球細胞を製造する模式図である。
図2】FITC標識デキストランを封入したリシール赤血球細胞の写真である。
図3】がん細胞が細胞外からアスパラギンを取り込み生存する機構(A)、及び本発明のドラッグデリバリーシステムによりアスパラギナーゼをがん細胞に作用させた場合にがん細胞が死滅する機構(B)を示した模式図、並びにマウスリンパ腫L5178Y細胞および非小細胞肺癌NCI-H838細胞にアスパラギナーゼ封入赤血球を添加し、L5178Y細胞の増殖抑制効果を示した写真(C)及びグラフ(D)、ならびにNCI-H838細胞の増殖抑制効果を示した写真(E)及びグラフ(F)である。
図4】デキサメタゾンを薬剤として用いたドラッグデリバリーシステムの概念図(A)、及びマウスマクロファージ細胞株J774.A1(1×105細胞)に、Dex-21-P封入赤血球を添加した場合の炎症性サイトカイン(TNFα、IL-1β)の産生への影響を示したグラフ(B)である。
図5】赤血球の細胞質と、イメージングプローブとをリシール浮遊細胞に導入した診断用ドラッグデリバリーシステム組成物(A)及び赤血球の細胞質と、治療用の薬剤とをリシール浮遊細胞に導入し、生物毒素及び/又は標的結合化合物にイメージングプローブ等を結合させた診断用ドラッグデリバリーシステム組成物(B)を示した概念図である。
図6】実施例3及び比較例1(浸透圧法; osmotic swelling)により製造された赤血球の、蛍光顕微鏡写真、回収細胞数のグラフおよび含有ヘモグロビン濃度のグラフ(A)、光学顕微鏡写真及びサイズ分布を示すボックスプロット(B)、並びに浸透圧脆弱性試験及び乱流脆弱性試験の結果を示すグラフ(C)である。
図7】血小板にFITC標識デキストランを封入したリシール血小板の蛍光顕微鏡写真及びフローサイトメトリーのヒストグラムである。
図8】リシール赤血球における、製造後の残存SLO量を示すウェスタンブロット及び定量グラフ(A)、並びにリシール赤血球をマウスに投与して免疫した場合の抗SLO抗体の産生量を示すグラフ(B)である。
図9】SLOのN末端にTGFαを付加した融合タンパク質TGFα-SLOを用いて製造したリシール赤血球の概念図(A)、ヒト上皮様細胞癌由来A431細胞及びヒト乳腺癌由来MCF7細胞での上皮成長因子受容体(EGFR)の発現量を示す蛍光顕微鏡写真(B)、並びにEGFRを高発現するA431細胞、及びEGFRをほとんど発現していないMCF7細胞に、SLOまたはTGFα-SLOを用いて製造したリシール赤血球を添加した場合の、細胞周囲への赤血球の集合の有無を示す光学顕微鏡写真(C)である。
図10】TGFα-SLOを用いて製造したリシール赤血球の、製造後に残存するTGFα-SLOのTGFα部分とA431細胞のEGFRとの結合を介したシグナル伝達の概念図(A)、及びTGFα-SLOを保有するリシール赤血球によるERKおよびp70S6Kのリン酸化の亢進を示すウェスタンブロット及び定量グラフ(B)である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[1]リシール浮遊細胞
本発明のリシール浮遊細胞は、浮遊細胞に対して、セミインタクト細胞リシール技術を用い、膜不透過性の化合物、生体分子、又は細胞質成分などを細胞内に導入し、細胞膜の孔を封入し、リシール細胞とするものである。
【0009】
《浮遊細胞》
本発明の浮遊細胞は、接着性を有さない細胞であり、特に限定されるものではないが、例えば赤血球細胞、血小板細胞、T細胞、B細胞、NK細胞、好中球、好酸球、好塩基球、マクロファージ、又は肥満細胞が挙げられる。特に好ましくは、赤血球細胞、又は血小板細胞である。前記赤血球細胞及び血小板細胞は、血球細胞であり、血液から比較的大量に取得することができる。従って、薬物を赤血球細胞及び血小板細胞に導入することによって、ドラッグデリバリーシステム(例えば、治療用ドラッグデリバリーシステム、又は診断用ドラッグデリバリーシステム)に用いたり、又はワクチンとして用いたりすることができる。
【0010】
《穿孔活性を持つ生物毒素》
本発明のリシール細胞は、限定されるものではないが、穿孔活性を持つ生物毒素を有してもよい。好ましくは、リシール浮遊細胞の細胞膜表面に有する。穿孔活性を持つ生物毒素は、リシール細胞を製造する場合に、浮遊細胞に孔を作製するために用いる。リシール浮遊細胞においては、製造に使用された生物毒素は、製造されたリシール浮遊細胞の酵素により分解されることもある。しかしながら、特に赤血球細胞又は血小板細胞においては、細胞内小器官(オルガネラ)を有しておらず、前記生物毒素が、リシール浮遊細胞の表面に残存することがある。例えば、穿孔活性を持つ生物毒素を有するリシール浮遊細胞は、マクロファージに貪食されやすい可能性がある。従って、リシール浮遊細胞を、ワクチンとして用いる場合、効率的にマクロファージに貪食され、免疫反応を誘導することができる。更に、生物毒素により免疫が賦活化され、免疫反応を効率的に誘導できる可能性がある。
更に、穿孔活性を持つ生物毒素に標的結合化合物を結合させることによって、目的の細胞にリシール浮遊細胞を到達させることが可能であり、薬物を含むリシール浮遊細胞をドラッグデリバリーに効率的に使用することができる。
【0011】
穿孔活性を持つ生物毒素としては、特に限定されるものではないが、コレステロール依存性細胞溶解毒素、ブドウ球菌α毒素、又はウェルシュ菌θ毒素が挙げられるが、コレステロール依存性細胞溶解毒素が好ましい。コレステロール依存性細胞溶解毒素としては、ストレプトリジンO、リステリオリジンO、スイリシン、ケイニリシン、イクイシミリシン、ニューモリシン、パーフリンゴリシンO、テタノリシンO、ミチリシン、Streptococcus mitis由来ヒト血小板凝集因子、レクチノリシン、シュードニューモリシン、バジノリシン、セリゲリオリシンO、イバノリシンO、アルベオリシンO、アンスラリシンO、ピオリシンO、又はインターメディリシンが挙げられるが、ストレプトリジンO、又はリステリオリシンOが好ましい。
穿孔活性を有する生物毒素は、界面活性剤などによる細胞への穿孔と比較して穏やかであり、カルシウムイオンによるリシールが効果的に実施できる。
【0012】
(コレステロール依存性細胞溶解毒素)
コレステロール依存性細胞溶解毒素は、細胞膜のコレステロールを受容体とする毒素であり、細胞を穿孔することができる。
例えば、ストレプトリジンO(SLO)は、連鎖球菌が菌体外に産生するコレステロール結合細菌毒素であり、60,400の分子量を有するタンパク質である。SLOは、細胞膜のコレステロールに選択的に結合し、多量体の環状複合体を形成することで30nm程度の孔を細胞膜に形成することができる。また、形成された孔は、融合することなどにより200nm程度まで大きくなることもある。形成された孔は、カルシウムイオン依存的に閉じる。また、SLOは、酸素感受性であり、酸素存在下に長時間さらされることにより失活させることができる。しかしながら、前記の通り、赤血球細胞又は血小板細胞は、細胞内小器官(オルガネラ)を有しておらず、前記SLOが、リシール赤血球細胞又は血小板細胞の表面に残存している。
【0013】
《標的結合化合物》
前記穿孔活性を持つ生物毒素が標的結合化合物を有してもよい。本明細書において「標的」とは限定されるものではないが、例えばドラッグデリバリーまたはワクチンにおいて、薬物を送達する組織(例えば、がん組織、又は正常組織)、器官(例えば、脳、心臓、骨、肝臓、脾臓、肺、すい臓、腎臓、胃、又は腸など)、細胞内小器官、細胞(例えば、がん細胞、病原体(ウイルス、細菌、又は寄生虫など)が感染した細胞、又は正常細胞)、病原体(例えば、ウイルス、細菌、又は寄生虫)、又は体液中の特定の分子(病原体、疾患由来の因子(タウ、アミロイド、カルシプロテインなどの生体沈着物)、バイオマーカー)、代謝産物、DNAのエピジェネティックな修飾、RNA転写産物などを意味する。従って、標的結合化合物とは、組織、器官、細胞内小器官、細胞、病原体、又は体液中の特定の分子、代謝産物、DNAのエピジェネティックな修飾、RNA転写産物に特異的、又は非特異的に結合することのできる物質を意味する。具体的には、タンパク質、ペプチド、アミノ酸、合成または天然のポリマー、抗体、抗体フラグメント、抗原、DNA、RNA、受容体、受容体に対するリガンド、酵素、酵素に対するリガンド、酵素アナログ、酵素アナログの元となる酵素の基質、レクチン、ヒアルロン酸、又は糖が挙げられる。
【0014】
(抗体)
抗体としては、前記標的に結合することのできる限り、特に限定されないが、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、組換え抗体、又はそれらの抗体の抗原結合部位を有する抗体フラグメントなどを挙げることができる。抗体フラグメントとしては、例えば、F(ab’)、Fab’、Fab、又はFv等を挙げることができる。これらの抗体フラグメントは、例えば、抗体を常法によりタンパク質分解酵素(例えば、ペプシン又はパパイン等)によって消化し、続いて、常法のタンパク質の分離精製の方法により精製することにより、得ることができる。
【0015】
(ペプチド)
ペプチドとしては、前記標的に結合することのできる限り、特に限定されないが、例えば、RGD-4C、VVISYSMPD(αvβ3 & αvβ5)、TAASGVRSMH、LTLRWVGLMS(NG2)、CTTHWGFTLC(MMP-2、MMP-9)、NGR(APN(CD13))、RPL、CTQYAMHLC、CSQYSFNWC、CGFYWLRSC(VEGFR-1、Neuropilin-1)、CGRRAGGSC(IL-11Rα)、CNVSDKSC(peptide epitope)、WIFPWIQL、WDLAWMFRLPVG、SNTRVAP(GRP78)、CPRECESIC(APA)、CKGGRAKDC(Prohibitin)、CVPELGHEC(HSP90)、GFE(MDP(metastasis))、CVRAC(EGFR)、WXDDG(TWEAK)、CLFMRLAWC、HDERMFLCKS(MUC18)、YRCTLNSPFFWEDMTHECHA(CRKL)、CRTIGPSVC(Transferrin)、GNFRYLAPP(DNA-PKcs)、CWKLGGGPC(Human leukocyte proteinase-3)、CSGIGSGGC、CRFESSGGC(EphA5)、GLTFKSL(PPP2R1A)、CTFAGSSC(Fetuin-A)、HSYWLRS、YKHSHSYWLRSGGGC(NPTX2/NPTXR)、YKWYYRGAA-pen(RPL29)、CGIYRLRSC(α6 integrin & E-cadherin complex)、KTLLPTPYC(Plectin-1)、TAT、GE11(EGFR)、RGD(Integrin avβ3)、RGD and CGGGPKKKRKVGG(Integrin avβ3)、CRQAGFSL(Urokinase-type plasminogen activator receptor)、CPNFDWDPNNSNAGF(Squamous Cell Carcinoma)、APDLQHDPFFGLP(Antigen 1)、TSFAEYWALLSP(MDM2 and MDMX)、GFtGPLS(O-β-d-glucose)CONH、H-CNCKAPETALCARRCQQH-NH、[Dap]KAPETALD、PTVIHGKREVTLHL、ELKHFEAKIEKHNHYQKQLE、TFFYGGSRGKRNNFKTEEY、GGGGYGRKKRRQRRR、[Phenyl-Proline]、Ac-rGffvlkGrrrrqrrkkrGy-NH、RGGRLSYSRRRFSTSTGR、Ac-[cMPRLRGC]c-NH、YQQVLTSLPSQNVLQIANDLENLRDLLHLLC、TGNYKALHPHNG、(d-CGNHPHLAKYNGT)(d-QSHYRHISPAQVC)、KKRTLRKNDRKKRC、(LRKLRKRLLR)、SSVIDALQYKLEGTTRLTRKRGLKLATALSLSNKFVEGS、YTIWMPENPRPGTPCDIFTNSRGKRASNG、HLNILSTLWKYRC、HAIYPRH、THRPPMWSPVWP、pwvpswmpprht(retro-enantio version of THR)、(pwvpswmpprht)KKGK(CF)G、Phe(p-NH-Dhp)-L-N-Me[Cha]/[2Nal]、GSH[PEG]、D-[FKESWREARGTRIERG]、CRTIGPSVC、RLSSVDSDLSGC、又はCAQKが挙げられる。
【0016】
(糖)
糖としては、前記標的に結合することのできる限り、特に限定されないが、例えば、ガラクトース(Asialoglycoprotein receptor、Lectin receptors)、フコース(Lectin receptors)、マンノース-6-フォスフェート(Type II insulin-like growth factor receptor)、マンノース(Mannose receptor、Lectin receptors)が挙げられる。
【0017】
《薬物》
本発明のリシール浮遊細胞は、限定されるものではないが、薬物を含んでもよい。薬物を導入することによって、ドラッグデリバリーシステムに用いることができる。また、薬物として病原体のタンパク質、又はmRNAなどを導入することによって、ワクチンとして用いることができる。
【0018】
薬物としては、医薬、又は診断薬として許容される薬物であれば特に限定されてないが、疾患の治療、又は予防、あるいは診断に用いることができる薬物が挙げられる。また、ワクチンの免疫原として用いることができる薬物が挙げられる。疾患の治療又は予防等に用いることのできる薬物としては、例えば、抗癌剤、癌ワクチン、抗原ペプチド、免疫活性化剤(ピシバニールなど)、サイトカイン、血管新生阻害剤、又は自己免疫疾患の治療薬などが挙げられる。
抗がん剤としては、アスパラギナーゼ、アルキル化薬(例えば、シクロホスファミド、塩酸ニムスチン、イホスファミド、ラニムスチン、チオテパ、メルファラン、ブスルファン、ダカルバジン、カルボコン、塩酸プロカルバジンなど)、代謝拮抗薬(例えば、シタラビン、テガフール、シタラビンオクホスファート、エノシタビン、リン酸フルダラビン、レボホリナートカルシウム、塩酸ゲムシタビン、メトトレキサート、メルカプトプリン、カルモフール、6-メルカプトプリンリボシド、ヒドロキシカルバミド、フルオロウラシル、ホリナートカルシウム、ドキシフルリジンなど)、分子標的治療薬(チロシンキナーゼ阻害薬)又はアルカロイド(硫酸ビンクリスチン、硫酸ビンデシン、硫酸ビンブラスチンなど)が挙げられる。
自己免疫疾患の治療薬としては、リン酸デキサメタゾン、COX2阻害薬(例えば、セレブレックス、又はバイオックス)、免疫抑制薬(例えば、アザチオプリン、サイクロスポリン、メソトレキセート)、抗サイトカイン薬(インフリキシマブ、エタネルセプト、又はMRA)が挙げられる。
免疫原としては、病原体(ウイルス、細菌、又は寄生虫など)の抗原が挙げられる。抗原としては、タンパク質、又はそのタンパク質のmRNA若しくはDNAを使用することができる。具体的には、コロナウイルス抗原(例えば、SARS-CoV-2スパイクたんぱく質)、レトロウイルス抗原、肝炎ウイルス抗原、インフルエンザウイルス抗原、ライノウイルス抗原、RSウイルス抗原、サイトメガロウイルス抗原、アデノウイルス抗原、マイコプラズマ・ニューモニエ属抗原、サルモネラ属細菌菌抗原、スタフィロコッカス属細菌抗原、ストレプトコッカス属細菌抗原、エンテロコッカス属細菌抗原、クロストリディウム属細菌抗原、エシェリヒア属細菌抗原、クレブシェラ属細菌抗原、ビブリオ属細菌抗原、ミコバクテリウム属細菌抗原、アメーバ抗原、マラリア原虫抗原、および/またはトリパノソーマ・クルージ抗原が挙げられる。
診断に用いることができる薬剤としては、造影剤(例えば、X線造影剤、PETイメージング剤、又はMRI造影剤)、蛍光化合物、常磁性分子、磁性分子、又は放射能物質が挙げられる。蛍光化合物としては、量子ドット、インドシアニングリーン、フルオレセイン、ローダミン、メロシアニン色素、又は近赤外蛍光色素が挙げられる。造影剤としては、例えばガドリニウム、Gd-DTPA、Gd-DTPA-BMA、Gd-HP-D03A、ヨウ素、鉄、酸化鉄、クロム、マンガン、それらの錯体又はキレート錯体が挙げられる。放射性物質としては、14C、36Cl、57Co、58Co、51Cr、125I、131I、111Ln、152Eu、59Fe、67Ga、32P、186Re、35S、75Se、175Ybが挙げられる。これらの薬剤は、可視化、撮像、モニタリング、又は診断用のイメージングプローブとして用いられる。
【0019】
《ドラッグデリバリーシステム用組成物》
本発明のドラッグデリバリーシステム組成物は、前記薬物が導入されたリシール浮遊細胞を含む。ドラッグデリバリーシステム用組成物は、疾患の治療に限定されるものではなく、薬物の選択によって、疾患の予防、又は健康の維持に用いることができる。
本発明のドラッグデリバリーシステム組成物は、薬剤学的若しくは獣医学的に許容することのできる通常の担体又は希釈剤を含むことができる。また、本発明のドラッグデリバリーシステム用組成物は、例えば、注射剤、外用液剤、軟膏剤、坐剤、局所投与のクリーム、若しくは点眼薬などの非経口剤、又は経口剤として用いることができる。
本発明のドラッグデリバリーシステム組成物は、診断用ドラッグデリバリーシステム組成物を含む。例えば、図5(A)に示すように、赤血球の細胞質と、イメージングプローブとをリシール浮遊細胞に導入することができる。このリシール浮遊細胞を標的結合化合物によって、疾患の標的部又は標的の臓器などに送達し、疾患等の診断に用いることができる。また図5(B)に示すように、赤血球の細胞質と、治療用の薬剤とをリシール浮遊細胞に導入し、生物毒素及び/又は標的結合化合物にイメージングプローブ等を結合させ、診断と治療とを同時に実施することもできる。
【0020】
例えば、リシール浮遊細胞として赤血球を用いる場合、生体適合性が高い大量の赤血球細胞を自己またはドナーから容易に得ることができる。赤血球は約120日の寿命があるため、リシール赤血球細胞は内包する薬剤を免疫系や血漿プロテアーゼによる分解から保護し、体内で長期間にわたって作用させることができる。これにより血中薬剤濃度を下げることができ、アレルギー反応などの副作用を軽減することができる。古くなったまたは損傷を受けた赤血球は脾臓内で自然に除去されるため、リシール赤血球細胞は生分解性が高い。薬剤の作用形態により、バイオリアクター型ドラッグデリバリーシステムと徐放性ドラッグデリバリーシステムを構築することができる。また、特定の部位で外部刺激により薬剤を放出するドラッグデリバリーシステムも構築することもできる。
【0021】
《ワクチン用組成物》
本発明のワクチン用組成物は、前記薬物が導入されたリシール浮遊細胞を含む。ワクチン用組成物に用いられるリシール浮遊細胞の薬物は、実質的に病原体に対する抗原である。抗原としては、抗原タンパク質、DNA、又はmRNAが挙げられる。
対象となる疾患(感染症)としては、特に限定されるものではないが、例えばコロナウイルス感染症、インフルエンザウイルス感染症、ヒトパピローマウイルス感染症、単純ヘルペスまたは帯状疱疹等のヘルペスウイルス感染症、ヒト免疫不全ウイルス1型または2型等のレトロウイルス感染症、肝炎ウイルス感染症、ライノウイルス感染症、RSウイルス感染症、サイトメガロウイルス感染症、アデノウイルス感染症、マイコプラズマ・ニューモニエ感染症、サルモネラ感染症、スタフィロコッカス感染症、ストレプトコッカス感染症、エンテロコッカス感染症、クロストリディウム感染症、エシェリヒア感染症、クレブシェラ感染症、ビブリオ感染症、ミコバクテリウム感染症、アメーバ感染症、マラリア原虫感染症、又はトリパノソーマ・クルージ感染症が挙げられる。
【0022】
[2]リシール浮遊細胞の製造方法
本発明のリシール浮遊細胞の製造方法は、(a)浮遊細胞を含む培地に穿孔活性を持つ生物毒素を添加し、浮遊細胞に結合させる工程、(b)細胞質を含む液体を添加し、インキュベートする工程、及び(c)カルシウムイオンを添加し、インキュベートする工程、を含む。本発明のリシール浮遊細胞の製造方法は、(d)前記穿孔活性を持つ生物毒素に標的結合化合物を結合する工程を更に含むことができる。
【0023】
《工程(a)》
前記工程(a)においては、浮遊細胞を含む培地に穿孔活性を持つ生物毒素を添加し、浮遊細胞に結合させる。具体的には、生物毒素を細胞に接触させ、4℃でローテーターなどを用いて、1~10分程度インキュベートする。
【0024】
(浮遊細胞)
本発明の工程(a)において用いられる浮遊細胞は、前記「[1]リシール浮遊細胞」に記載のように接着性を有さない細胞であり、例えば赤血球細胞、血小板細胞、T細胞、B細胞、NK細胞、好中球、好酸球、好塩基球、マクロファージ、又は肥満細胞が挙げられる。
【0025】
(穿孔活性を持つ生物毒素)
本発明の工程(a)において用いられる穿孔活性を持つ生物毒素は、前記「[1]リシール浮遊細胞」に記載の生物毒素を用いることができる。
穿孔活性を有する生物毒素の培地中の濃度は、細胞に孔が生じる限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えば0.001~1,000μg/mLであり、好ましくは0.01~100μg/mLであり、より好ましくは0.05~10μg/mLであり、最も好ましくは0.083~0.125μg/mLである。当業者は、それぞれ生物毒素の穿孔活性及び細胞への毒性の強弱に応じて、生物毒素の濃度を適宜調整して用いることができる。
【0026】
工程(a)において使用する培地は、特に限定されず、使用する細胞に応じて適宜選択することができるが、例えばPBS、DMEM、EMEM、G-MEM、MEM alpha、Ham’s F-12、Ham’s F-12K、IMDM、DMEM/F12、Essential 8、HBSS、又はRPMI-1640(RPMI-1640)が挙げられる。培地に血清を添加すると生物毒素が血清成分に吸着し、作用が弱まることがあるため、無血清培地が好ましい。
【0027】
前記生物毒素を添加した後に、1~10分氷上で静置することが好ましい。例えばSLOはコレステロールに結合し、25℃以上で穿孔活性を持つため、添加したSLOを氷上で細胞になじませるためである。他の生物毒素も、細菌由来のものが多く、細菌の増殖温度で穿孔活性を示すものが多い。また、氷上でSLOなどの生物毒素を細胞膜に結合させ、その後に細胞に結合していないSLOなどの生物毒素を洗い流すことが好ましい。その後、温度を上げSLOなどの生物毒素を活性化させることによって、開孔からSLOが細胞質内に入ることを防止し、細胞内のオルガネラへのダメージを防ぐことができる。
【0028】
前記生物毒素は、あらかじめ標的結合化合物を結合させて、工程(a)に用いることもできる。標的結合化合物としては、前記「[1]リシール浮遊細胞」に記載の標的結合化合物を用いることができる。すなわち、タンパク質、ペプチド、アミノ酸、合成または天然のポリマー、抗体、抗体フラグメント、抗原、DNA、RNA、受容体、受容体に対するリガンド、酵素、酵素に対するリガンド、酵素アナログ、酵素アナログの元となる酵素の基質、レクチン、ヒアルロン酸、又は糖などの標的結合化合物が結合した生物毒素を用いることによって、本発明の製造方法によって得られるリシール浮遊細胞を、効率的にドラッグデリバリー又はワクチンの標的器官、標的組織又は標的細胞などに送達させることができる。
生物毒素への標的結合化合物への結合は、生物毒素の穿孔活性を完全に阻害しない限りにおいて、特に限定されるものではない。結合方法としては、共有結合又は非共有結合が挙げられる。共有結合は、例えば本分野において通常用いられている方法を限定することなく使用することができ、例えばマレイミド反応、又はNHS反応を用いる方法が挙げられる。また、生物毒素と標的結合化合物との間にリンカーを含ませることもできる。非共有結合としては、アフィニティー結合を利用する方法を用いてもよい、アフィニティー結合としては、アビジン-ビオチン結合、又は抗体抗原反応などを用いて、生物毒素と標的結合化合物とを結合させることもできる。
更に、標的結合化合物がアミノ酸、ペプチド又はタンパク質の場合、生物毒素との融合タンパク質を作製し、用いることができる。
【0029】
《工程(b)》
前記工程(b)においては、細胞質を含む液体を添加し、インキュベートする。
【0030】
(薬物)
前記工程(b)においては、限定されるものではないが、好ましくは前記細胞質を含む液体が薬物を含む。薬物をリシール浮遊細胞に導入することによって、得られたリシール浮遊細胞を、ドラッグデリバリー、又はワクチンに用いることができる。
薬物としては、前記「[1]リシール浮遊細胞」に記載の薬物を用いることができる。薬物は、細胞質を含む液体に溶解、又は分散することによって、リシール浮遊細胞内に取り込まれることができる。
【0031】
前記浮遊細胞が、赤血球細胞又は血小板細胞である場合、細胞質を含む液体のタンパク質濃度が2g/mL以上であることが好ましい。赤血球細胞又は血小板細胞は、細胞内小器官(オルガネラ)を有さないため、前記細胞質を含む液体のタンパク質濃度が低すぎる場合、工程(b)において、回収される細胞数が顕著に減少してしまうことがある。しかしながら、比較的高いタンパク質濃度の液体を用いることによって、リシール細胞の回収率を高めることができる。
液体に溶解させるタンパク質は、特に限定されるものではないが、例えばヘモグロビンが挙げられる。例えば、細胞質を含む液体として、赤血球を緩衝液を添加せずに、ホモジェナイズすることによって、ヘモグロビンタンパク質を高濃度で含む「細胞質を含む液体」を調製することが可能である。
【0032】
工程(b)において、細胞質を含む培地がカルシウムイオンを含んでいる場合は、カルシウムイオンにより穿孔活性を持つ生物毒素によって形成された孔が閉孔することがある。従って、培地にカルシウムキレート剤を添加することが好ましい。キレート剤としては、カルシウムをキレートできる限りにおいて、限定されるものではないが、EGTA(Ethylene Glycol Tetraacetic Acid)、EDTA(Ethylene Diamine Tetraacetic Acid)、NTA(Nitrilo Triacetic Acid)、DTPA(Diethylene Triamine Pentaacetic Acid)、HEDTA(Hydroxyethyl Ethylene Diamine Triacetic Acid)、TTHA(Triethylene Tetramine Hexaacetic Acid)、PDTA(1,3-Propanediamine Tetraacetic Acid)、DPTA-OH(1,3-Diamino-2-hydroxypropane Tetraacetic Acid)、HIDA(Hydroxyethyl Imino Diacetic Acid)、DHEG(Dihydroxyethyl Glycine)、GEDTA(Glycol Ether Diamine Tetraacetic Acid)、CMGA(Dicarboxymethyl Glutamic Acid)、又はEDDS((S,S)-Ethylene Diamine Disuccinic Acid)が挙げられる。
カルシウムキレート剤の濃度も、その効果が得られる限りにおいて限定されるものではないが、例えば0.1~5mMであり、より好ましくは0.5~3mMである。
【0033】
工程(b)においては、カリウムイオン濃度を上昇させるために、トランスポートバッファーを添加してもよい。トランスポートバッファーに前記カルシウムキレート剤を添加してもよい、トランスポートバッファーとしては、例えば25mM HEPES-KOH(pH7.4)、0.115M CHCOOK、2.5mM MgClの組成のトランスポートバッファーが挙げられる。
培地中のカリウムイオン濃度も、本発明の効果が得られる限りにおいて限定されるものではないが、好ましくは1~1,000mMであり、より好ましくは10~500mMであり更に好ましくは50~300mMである。
【0034】
《ATP》
工程(b)においては、好ましくはATPを添加する。ATPはミトコンドリアの活性、膜融合、膜の修復、及びストレス応答などに作用し、リシールの効率を上昇させることができる。ATPの濃度は、限定されるものではないが、好ましくは0.1~100mMであり、より好ましくは0.5~50mMであり、より好ましくは1~10mMである。
【0035】
工程(b)におけるインキュベーションの温度は、生物毒素の穿孔活性を示し、細胞質が細胞内へ移行できる限りにおいて特に限定されるものではないが、例えば25℃以上で行うことが好ましく、より好ましくは30℃以上であり、更に好ましくは35℃以上である。インキュベーション温度の上限は、生物毒素が失活しない限り、特に限定されるものではないが、例えば50℃以下であり、好ましくは45℃以下であり、より好ましくは40℃以下である。
インキュベーション時間も、細胞に孔が形成され細胞質が細胞内へ移行できる限りにおいて特に限定されるものではないが、例えば1~120分であり、好ましくは3~60分であり、より好ましくは5~40分であり、最も好ましくは10~30分である。
【0036】
《工程(c)》
前記工程(c)においては、カルシウムイオンを添加し、インキュベートする。本工程は、カルシウムイオンによって、細胞に形成された孔を塞ぐ工程である。すなわち、セミインタクト細胞をリシールする工程である。
添加するカルシウムイオンとしては、限定されるものではなく、カルシウム塩を用いることができる。具体的には、例えばCaClを用いることができる。カルシウムイオン濃度は、細胞がリシールされる限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えば0.1~10mMであり、好ましくは0.2~5mMであり、より好ましくは0.3~2mMである。カルシウムイオンの添加は、カルシウムイオンを含む培地を用いてもよく、カルシウムイオンを含む緩衝液を用いてもよい。
工程(c)におけるインキュベーションの温度は、細胞の孔が塞がれる限りにおいて特に限定されるものではないが、例えば25℃~50℃であり、好ましくは30~45℃であり、より好ましくは35~40℃である。
インキュベーション時間も、細胞の孔が塞がれる限りにおいて特に限定されるものではないが、例えば1~30分であり、好ましくは2~15分であり、より好ましくは3~10分である。
【0037】
《工程(d)》
本発明のリシール浮遊細胞の製造方法は、(d)前記穿孔活性を持つ生物毒素に標的結合化合物を結合する工程を更に含んでもよい。
本発明においては、工程(a)において、あらかじめ標的結合化合物を結合した生物毒素を用いることができる。しかしながら、工程(a)において、標的結合化合物が結合していない生物毒素を用いてもよい。この場合、工程(d)において、生物毒素に標的結合化合物を結合してもよい。
本工程(d)における「標的結合化合物」は、前記「[1]リシール浮遊細胞」の項及び前記「工程(a)」の項に記載の「標的結合化合物」と同じである。結合方法としては、共有結合又は非共有結合が挙げられる。共有結合は、例えば本分野において通常用いられている方法を限定することなく使用することができ、例えばマレイミド反応、又はNHS反応を用いる方法が挙げられる。また、生物毒素と標的結合化合物との間にリンカーを含ませることもできる。非共有結合としては、アフィニティー結合を利用する方法を用いてもよい。アフィニティー結合としては、アビジン-ビオチン結合、又は抗体抗原反応などを用いて、生物毒素と標的結合化合物とを結合させることもできる。
【0038】
《作用》
本発明のリシール浮遊細胞において、細胞毒素が赤血球細胞又は血小板細胞のリシール浮遊細胞の表面に残存する理由について、詳細に解析されてはいないが以下のように推定することができる。しかしながら、本発明は以下の推定によって、限定されるものではない。
細胞毒素によって形成された細胞膜上の孔は、カルシウム依存的修復機構により修復される。細胞毒素はエクトサイトーシスやエンドサイトーシスなどのプロセスにより細胞から速やかに排出される。このプロセスにはリソソームやエンドソーム選別輸送複合体サブユニット(ESCRT)が関与することが知られており、これらの細胞内小器官を有さない赤血球細胞では細胞毒素が排除されず細胞膜上に残存すると考えられる。
また、本発明のリシール浮遊細胞の製造方法において、赤血球細胞又は血小板細胞に添加する細胞質を含む液体のタンパク質濃度が高いことによって、リシール細胞の回収率が高くなることについて、詳細に解析されたわけではないが、以下のように推定することができる。しかしながら、本発明は、以下の推定によって限定されるものではない。
赤血球細胞は穿孔工程中に高濃度のヘモグロビンを含む細胞質溶液が溶出し、ゴーストと呼ばれる赤血球膜のみになる。そのため通常の遠心分離工程において回収される細胞数が顕著に減少する。穿孔工程中にタンパク質濃度が高い細胞質、好ましくは赤血球細胞質が存在する場合、溶血による影響が軽減され細胞質濃度が保たれるので、回収されるリシール赤血球数や封入効率が向上すると考えられる。
【実施例0039】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0040】
《実施例1》
本実施例では、浮遊細胞として赤血球を用い、薬物として抗がん剤であるアスパラギナーゼを用いて、リシール浮遊細胞を作製した。このアスパラギナーゼ封入赤血球の抗腫瘍増殖効果をマウスリンパ腫L5178Y細胞およびヒト非小細胞肺癌NCI-H838細胞に対して評価した。
大腸菌HB101株のゲノムDNAを用いてアスパラギナーゼ遺伝子をPCRにより増幅し、大腸菌発現ベクターpET28にクローニングした。IPTG誘導によりC末端にHisタグを融合したアスパラギナーゼを発現させ、TALON Hisタグ融合タンパク質精製カラム(タカラバイオ)を用いて精製した。アスパラギナーゼ活性は、アスパラギナーゼ活性測定キット(シグマアルドリッチ)を用いて測定した。
ラットの心臓から採血した全血をPBSで洗浄し、得られた赤血球溶液の濃度を血球計算盤で測定した。2×107細胞の赤血球にRPMI1640培地中のSLO(0.125 μg/mL)を添加し、RT-50ローテーターを用いて回転させながら4℃で5分間インキュベートした。遠心分離(3000 x g、3分、4℃)後、上清を除去し、PBSで2回洗浄した。L5178Y細胞用には0.6 Uのアスパラギナーゼ、NCI-H838細胞用には2Uおよび4Uのアスパラギナーゼ、ATP再生系(1 mM ATP、50 μM クレアチンキナーゼ、2.62 mg/mL クレアチンリン酸、1 mg/mL グルコース、1 mM GTP)、赤血球サイトゾル(10 mg/mL)、トランスポートバッファー(25 mM HEPES-KOH(pH 7.4)、0.115 M CH3COOK、2.5 mM MgCl2)(total 100μL)を加え、37℃で30分間インキュベートした。次に、CaCl2(終濃度1 mM)を加えて37℃で10分間インキュベートした。血清(10% FBS)を含むRPMI1640培地(1 mL)を加えて遠心分離(3000 x g、3分、25℃)後、上清を除き、血清(10% FBS)を含むRPMI1640培地(100 μL)に懸濁した。2×106細胞の赤血球が回収された。
96ウェルプレートにマウスリンパ腫L5178Y細胞を播種し(2×104細胞/ウェル)、上記のアスパラギナーゼ封入赤血球(ASPG-loaded RBC)を添加した(2×105細胞/ウェル)。アスパラギナーゼを含まないリシール処理した赤血球(unloaded RBC)を対照として用いた。37℃、5% CO2インキュベーター中でインキュベートした。24時間後に細胞を光学顕微鏡で撮影し(図3(C))、Cell Count Normalization Kit(同人化学)を用いてL5178Y細胞の細胞数を測定した(図3(D))。アスパラギナーゼ封入赤血球を添加したウェルでは、L5178Y細胞の有意な増殖抑制が認められた。
96ウェルプレートにヒト非小細胞肺癌NCI-H838細胞を播種し(2.5×103細胞/ウェル)、上記のアスパラギナーゼ封入赤血球(ASPG-loaded RBC)を添加した(2×105細胞/ウェル)。アスパラギナーゼを含まないリシール処理した赤血球(unloaded RBC)を対照として用いた。37℃、5% CO2インキュベーター中でインキュベートした。48時間後に細胞を4%パラホルムアルデヒドで固定し、Hoechst 33342で細胞核を染色した。細胞を光学顕微鏡で撮影し(図3(E))、BioTek Cytation 5細胞イメージーングモードを用いてNCI-H838細胞の細胞数を測定した(図3(F))。アスパラギナーゼ封入赤血球を添加したウェルでは、NCI-H838細胞の有意な増殖抑制が認められた。
【0041】
《実施例2》
本実施例では、浮遊細胞として赤血球を用い、薬物としてリン酸デキサメタゾンを用いて、リシール浮遊細胞を作製した。このリン酸デキサメタゾン封入赤血球を用いてマクロファージからの炎症性サイトカインの産生抑制効果を評価した。
デキサメタゾン21-リン酸塩(Dex-21-P)は、赤血球内に封入されると赤血球ホスファターゼによりデキサメタゾンにゆっくりと脱リン酸化される。生成したデキサメタゾンは赤血球膜を通過して拡散し、徐放性製剤として機能すると考えられる(図4(A))。
実施例1に記載の通り調製したラット赤血球(2×107細胞)にデキサメタゾン21-リン酸塩(Dex-21-P)(富士フィルム和光純薬)(20 nmol)を実施例1と同様にして封入した。35 mmディッシュにマウスマクロファージ細胞株J774.A1(1×105細胞)を播種し、一晩培養した。Dex-21-P封入赤血球(Dex-21-P loaded RBC)を添加し(2×106細胞/ディッシュ)、37℃、5% CO2インキュベーター中で6時間インキュベートした。Dex-21-Pを含まないリシール処理した赤血球(unloaded RBC)を対照として用いた。炎症性サイトカインの発現を誘導するためにリポ多糖(LPS)(終濃度1 μg/mL)を加えて更に30分間インキュベートした。PBSで2回洗浄して赤血球を除いた後、RNeasy Mini Kit(QIAGEN)を用いてマクロファージからRNAを精製した。Fast SYBRTM Green Master Mix(Thermo Fisher Scientific)を用いてcDNAを合成し、StepOnePlus Real-Time PCR System(Applied Biosystems)を用いてリアルタイムPCRを行った。GAPDH mRNAを内部標準として用いた。結果を図4(B)に示す。Dex-21-P封入赤血球はLPS刺激による炎症性サイトカイン(TNFα、IL-1β)の産生を抑制した。
【0042】
《実施例3及び比較例1》
本実施例3では、本発明の製造方法により、浮遊細胞として赤血球を用い、GFPを封入した。
ラットの心臓から採血した全血をPBSで洗浄し、得られた赤血球溶液の濃度を血球計算盤で測定した。2×107細胞の赤血球にRPMI1640培地中のSLO(0.125 μg/mL)を添加し、RT-50ローテーターを用いて回転させながら4℃で5分間インキュベートした。遠心分離(3000 x g、3分、4℃)後、上清を除去し、PBSで2回洗浄した。10 μgのGFP、ATP再生系(1 mM ATP、50 μM クレアチンキナーゼ、2.62 mg/mL クレアチンリン酸、1 mg/mL グルコース、1 mM GTP)、赤血球サイトゾル(10 mg/mL)、トランスポートバッファー(25 mM HEPES-KOH(pH 7.4)、0.115 M CH3COOK、2.5 mM MgCl2)(total 100μL)を加え、37℃で30分間インキュベートした。次に、CaCl2(終濃度1 mM)を加えて37℃で10分間インキュベートした。血清(10% FBS)を含むRPMI1640培地(1 mL)を加えて遠心分離(3000 x g、3分、25℃)後、上清を除き、血清(10% FBS)を含むRPMI1640培地(100 μL)に懸濁した。2×106細胞の赤血球が回収された。
【0043】
比較例1では従来の浸透圧法により赤血球にGFPを封入した。
2×107細胞の赤血球を20 μLのPBSに懸濁し、5 μg/μLのGFPを2 μL(total 10μg)加えた。0.2% NaCl溶液を90 μL加え、30秒後に1.2% NaCl溶液を500 μL加えた。遠心分離(3000 x g、3分、4℃)後に上清を除き、PBSで1回洗浄し、血清(10% FBS)を含むRPMI1640培地(100 μL)に懸濁した。4~5×105細胞の赤血球が回収された。
【0044】
図6Aに示すように、本発明の製造方法によれば、比較例1よりも、回収される細胞数が多く、含有ヘモグロビンの濃度も高かった。図6Bに示すように、本発明の製造方法により得られたリシール赤血球は、形態の変化が少なく、intactの赤血球と同等のサイズ分布が得られた。一方、比較例1の浸透圧法によって得られた赤血球は、形が歪なもの、サイズが小さいものや赤血球ゴーストが多く見られた。
更に、実施例3のリシール赤血球及び比較例1の赤血球の浸透圧脆弱性を、以下の方法で測定した。
2×107細胞のintact赤血球、実施例3のリシール赤血球及び比較例1の赤血球をそれぞれ550 μLの0.9% NaClに懸濁し、50 μLずつ10本のチューブに分注した。遠心分離(300 x g、3分、室温)し、上清を除いた後、0、0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9%のNaCl溶液を10 μL加え、よく混和した後に37℃で15分間インキュベートした。遠心分離(500 x g、5分、室温)後、NanoDrop2000分光光度計を用いて上清の540nmでの吸光度(A540)を測定し、溶血した赤血球からの遊離ヘモグロビン量を定量した。0% NaCl溶液でのintact赤血球の溶血を100%として、シグモイド曲線を作成し、50%溶血のNaCl濃度(H50)を算出した。
実施例3のリシール赤血球及び比較例1の赤血球の乱流脆弱性を、以下の方法で測定した。
4×107細胞のintact赤血球、実施例3のリシール赤血球及び比較例1の赤血球をそれぞれ50 μLのPBSに懸濁し、Falcon 15 mLコニカルチューブに入れ、Bioshaker中で水平方向に振とうさせた(300 rpm、4℃)。0、2、4、6時間後に10μLを取り、遠心分離(3000 x g、1分、4℃)後に上清のA540を測定し、遊離ヘモグロビン量を定量した。
図6Cに示すように、実施例3のリシール赤血球は、intactの赤血球と同等の浸透圧脆弱性、及び乱流脆弱性が認められた。
【0045】
《実施例4》
本実施例では、浮遊細胞として血小板を用い、薬物としてFITC標識デキストランを封入した。
ラットの心臓から採血した全血3 mLにPBSを6 mL加え、Falcon 15 mLコニカルチューブに入れた3 mLのPLT Spin Medium(pluriSelect)上に重層した。遠心分離(1000 x g、15分、室温)後に血小板の層を回収し、得られた血小板溶液の濃度を血球計算盤で測定した。2×108細胞の血小板を遠心分離し(2000 x g、3分、室温)、PBSで洗浄した後、RPMI1640培地中のSLO(2 ng/mLまたは10 ng/mL)を添加し、RT-50ローテーターを用いて回転させながら4℃で5分間インキュベートした。遠心分離(2000 x g、3分、室温)後、上清を除去し、PBSで2回洗浄した。10 μgのFITC標識デキストラン、ATP再生系(1 mM ATP、50 μM クレアチンキナーゼ、2.62 mg/mL クレアチンリン酸、1 mg/mL グルコース、1 mM GTP)、L5178Y細胞サイトゾル(2 mg/mL)、トランスポートバッファー(25 mM HEPES-KOH(pH 7.4)、0.115 M CH3COOK、2.5 mM MgCl2)(total 100μL)を加え、37℃で30分間インキュベートした。次に、CaCl2(終濃度1 mM)を加えて37℃で10分間インキュベートした。血清(10% FBS)を含むRPMI1640培地(1 mL)を加えて遠心分離(2000 x g、3分、室温)後、上清を除き、血清(10% FBS)を含むRPMI1640培地(100 μL)に懸濁した。2×106細胞の血小板が回収された。
図7に示すように、安定的にリシール血小板細胞を得ることができた。
【0046】
《実施例5》
本実施例では、実施例3で得られたリシール赤血球をマウスに投与し、表面に残存するSLOに対する免疫反応が生じるかを検討した。
図8Aに示すように、リシール赤血球の製造後、3日目においても、リシール赤血球は、SLOを有していた。
1.4×107細胞のintact赤血球と実施例3で得られたリシール赤血球をそれぞれ2匹のマウスに6回(Day0、Day7、Day14、Day21、Day28、Day42)投与して免疫した。Day49で全採血したものを用いてSLO固相化プレート上でのELISAによりSLOに対する抗体量を定量した。
図8Bに示すように、マウス体内で、抗SLO抗体は産生されず、SLOを保有するリシール赤血球は生体内で異物として認識されないと考えられた。
【0047】
《実施例6》
本実施例では、SLOのN末端にTGFαを付加した融合タンパク質を用いて、リシール赤血球を製造した。
SLO遺伝子が大腸菌発現ベクターpBAD/HisにクローニングされているプラスミドpBAD/His/SLOは福井県立大学の木元久先生から譲渡して頂いた。ヒト子宮頸癌由来HeLa細胞のcDNAを用いてヒト成熟TGFα(アミノ酸残基40~89)遺伝子をPCRにより増幅し、pBAD/His/SLOプラスミドのHisタグとSLOの間にクローニングし、SLOのN末端にTGFαが融合したタンパク質TGFα-SLOを発現するプラスミドpBAD/His/TGFα-SLOを作成した。プラスミドpBAD/His/SLO及びpBAD/His/TGFα-SLOを形質転換した大腸菌BL21(DE3)を培養し、アラビノース誘導によりHisタグを有するSLO及びTGFα-SLO融合タンパク質を発現させ、Ni-セファロースビーズ(サイティバ)を用いて精製した。
SLOに代えて精製したSLO及びTGFα-SLOを0.125~1 μg/mLの濃度で使用したこと以外は、実施例3の操作を繰り返して、リシール赤血球を得た。
TGFαはEGFRのリガンドであるため、TGFα-SLOを用いてリシールした赤血球は、リシール赤血球表面に残存するTGFα-SLOのTGFα部分とEGFRの結合を介して、EGFRを高発現する細胞の周囲に集合すると考えられる。
図9Bに示すように、ヒト上皮様細胞癌由来A431細胞はEGFRを高発現し、ヒト乳腺癌由来MCF7細胞はEGFRをほとんど発現していない。精製したSLOまたはTGFα-SLOを用いてリシールした2×106細胞の赤血球をA431細胞およびMCF7細胞に添加し、37℃で3時間インキュベートした後に、光学顕微鏡下で細胞を観察した。
図9Cに示すように、TGFα-SLOを保有するリシール赤血球ではEGFRを高発現するA431細胞の周囲への集合が認められたが、SLOのみを保有するリシール赤血球では、A431細胞の周囲への集合が認められなかった。また、EGFRをほとんど発現していないMCF7細胞では、いずれのリシール赤血球も細胞周囲への集合が認められなかった。
【0048】
《実施例7》
本実施例では、実施例6で製造したリシール赤血球によって、A431細胞のEGFRを介して、シグナル伝達が起きるかを検討した。具体的には、ERK及びp70S6Kの活性化を検討した。図10AにEGFRを介したシグナル伝達を示す。
実施例6でTGFα-SLOを用いて製造したリシール赤血球をA431細胞に添加し、氷上で2時間インキュベートした。PBSで2回洗浄した後、プロテアーゼ阻害剤カクテル(Roche)を含む150 μLのRIPAバッファー(25 mM Tris-HCl、pH 7.4、150 mM NaCl、1% デオキシコール酸ナトリウム、1% Triton X-100、0.1% SDS)で細胞を溶解した。27ゲージの注射針を用いてホモジナイズした後、SDS-PAGE及びウェスタンブロッティングに供した。LAS-4000 mini-imaging system(GE Healthcare)を用いてバンドを検出し、MultiGauge software(Fujifilm)を用いて定量し、GAPDHで正規化した。
図10Bに示すように、TGFα-SLOを保有する赤血球を添加した場合にのみERKおよびp70S6Kのリン酸化の亢進が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明のリシール浮遊細胞は、ドラッグデリバリーシステムにおける送達細胞に用いたり、又は免疫のためのワクチンとして用いたりすることができる。本発明のリシール浮遊細胞の製造方法によれば、煩雑な化学反応を行わずにドラッグデリバリーシステム、イメージングプローブ、ワクチンを簡便に製造することができる。
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