(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024128286
(43)【公開日】2024-09-24
(54)【発明の名称】細胞培養シート及びその製造方法、細胞培養食品及びその製造方法、細胞培養シート製造用治具、並びに細胞培養シート製造装置
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20240913BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20240913BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20240913BHJP
A23L 13/00 20160101ALI20240913BHJP
【FI】
C12N5/071
C12M1/00 A
C12M3/00
A23L13/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023037189
(22)【出願日】2023-03-10
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100169764
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100140718
【弁理士】
【氏名又は名称】仁内 宏紀
(74)【代理人】
【識別番号】100207789
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 良平
(72)【発明者】
【氏名】野田 彩華
(72)【発明者】
【氏名】嶋田 祐貴
(72)【発明者】
【氏名】片岡 隆
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 逸男
【テーマコード(参考)】
4B029
4B042
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029AA21
4B029BB11
4B029GB10
4B042AC10
4B042AD36
4B042AK14
4B042AK20
4B042AP30
4B065AA91X
4B065BC07
4B065BC41
4B065CA41
(57)【要約】
【課題】ハイドロゲルの足場を設置せずとも簡便に培養細胞からなる3次元形状の食品を製造することが可能な、細胞培養食品の製造方法を提供することを目的の一つとする。
【解決手段】任意の間隔を隔てて互いに対向配置された一対の板状の液体透過性対峙部材間の隙間に、スフェロイド及び分散媒を含む充填液を導入し、前記分散媒が前記液体透過性対峙部材を自由に透過可能な状態で、前記隙間に前記スフェロイドを充填する工程と、前記隙間に充填されたスフェロイドが生きた状態で、隣接するスフェロイド同士を互いに接着させ、細胞培養シートを形成する工程と、前記細胞培養シートを前記隙間から取り出す工程と、を含む、細胞培養シートの製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
任意の間隔を隔てて互いに対向配置された一対の板状の液体透過性対峙部材間の隙間に、スフェロイド及び分散媒を含む充填液を導入し、前記分散媒が前記液体透過性対峙部材を自由に透過可能な状態で、前記隙間に前記スフェロイドを充填する工程と、
前記隙間に充填された前記スフェロイドが生きた状態で、隣接するスフェロイド同士を互いに接着させ、細胞培養シートを形成する工程と、
前記細胞培養シートを前記隙間から取り出す工程と、を含む、
細胞培養シートの製造方法。
【請求項2】
隣接するスフェロイド同士が接着してなる細胞培養シート。
【請求項3】
請求項1に記載の製造方法によって細胞培養シートを複数得る工程と、
前記細胞培養シートを複数積層し、厚みのある細胞培養食品を形成する工程と、を含む、
細胞培養食品の製造方法。
【請求項4】
隣接するスフェロイド同士が接着してなる細胞培養シートが、複数積層してなる、細胞培養食品。
【請求項5】
任意の間隔を隔てて互いに対向配置された一対の板状の液体透過性対峙部材と、
前記液体透過性対峙部材間の隙間からなる空間の周囲を囲繞し、前記空間を封止する側部材と、
前記側部材の任意の少なくとも1箇所に設けられた、前記空間と外部とを連通する開口部と、を備え、
前記液体透過性対峙部材は多数の貫通孔を有し、前記貫通孔の開口径が500μm以下である、細胞培養シート製造用治具。
【請求項6】
前記液体透過性対峙部材の少なくとも一部が、金属製又は樹脂製のメッシュ部材によって形成されている、請求項5に記載の細胞培養シート製造用治具。
【請求項7】
請求項5又は6に記載の細胞培養シート製造用治具と、
前記細胞培養シート製造用治具の一部又は全部を収容可能な容器と、
を備える、細胞培養シート製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞培養シート及びその製造方法、細胞培養食品及びその製造方法、細胞培養シート製造用治具、並びに細胞培養シート製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、世界的な人口増加に伴う食糧需要が高まっており、タンパク質栄養源である食肉の不足が懸念されている。その一方、家畜を増産するためには土地、飼料、排泄物処理、労働力確保等の点で多くの問題がある。これらの問題を一足飛びに乗り越える方法として、細胞培養による人工的な食肉の生産が提案されている(例えば特許文献1,2)。
【0003】
特許文献1では、ハイドロゲルに骨格筋芽細胞を含むハイドロゲルを略長方形に形成し、そのハイドロゲルに所定の形状の穴を設けた細胞モジュールを複数準備し、上方から見て穴の形状が重ならないように複数の細胞モジュールを積み重ね、その状態で骨格筋芽細胞を増殖培養し、さらに筋管へと分化誘導することによって、従来の食用肉に近い食感が期待できる三次元筋組織が得られたことを報告している。
【0004】
特許文献2では、ハイドロゲルからなる3次元の足場を形成し、そこに自己再生細胞の集団を播種して、食用に適した肉を製造するアイデアが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第7033095号公報
【特許文献2】特表2020-523015号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述の従来技術は、細胞の足場となるハイドロゲルを3次元形状に成形し、その中で細胞を培養し、分化誘導するものである。よって、従来技術にあっては、ハイドロゲルを足場として設置する手間があり、培養期間が長期化する懸念もあった。また、完成した肉片に内在する多量のハイドロゲルが食肉としての風味や食感を損なう懸念もあった。
【0007】
そこで、本発明は、ハイドロゲルの足場を設置せずとも簡便に培養細胞からなる3次元形状の食品を製造することが可能な、細胞培養食品の製造方法を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は以下の態様を含む。
[1] 任意の間隔を隔てて互いに対向配置された一対の板状の液体透過性対峙部材間の隙間に、スフェロイド及び分散媒を含む充填液を導入し、前記分散媒が前記液体透過性対峙部材を自由に透過可能な状態で、前記隙間に前記スフェロイドを充填する工程と、前記隙間に充填された前記スフェロイドが生きた状態で、隣接するスフェロイド同士を互いに接着させ、細胞培養シートを形成する工程と、前記細胞培養シートを前記隙間から取り出す工程と、を含む、細胞培養シートの製造方法。
[2] 隣接するスフェロイド同士が接着してなる細胞培養シート。
[3] [1]に記載の製造方法によって細胞培養シートを複数得る工程と、前記細胞培養シートを複数積層し、厚みのある細胞培養食品を形成する工程と、を含む、細胞培養食品の製造方法。
[4] 隣接するスフェロイド同士が接着してなる細胞培養シートが、複数積層してなる、細胞培養食品。
[5] 任意の間隔を隔てて互いに対向配置された一対の板状の液体透過性対峙部材と、前記液体透過性対峙部材間の隙間からなる空間の周囲を囲繞し、前記空間を封止する側部材と、前記側部材の任意の少なくとも1箇所に設けられた、前記空間と外部とを連通する開口部と、を備え、前記液体透過性対峙部材は多数の貫通孔を有し、前記貫通孔の開口径が500μm以下である、細胞培養シート製造用治具。
[6] 前記液体透過性対峙部材の少なくとも一部が、金属製又は樹脂製のメッシュ部材によって形成されている、[5]に記載の細胞培養シート製造用治具。
[7] [5]又は[6]に記載の細胞培養シート製造用治具と、前記細胞培養シート製造用治具の一部又は全部を収容可能な容器と、を備える、細胞培養シート製造装置。
【発明の効果】
【0009】
本発明の細胞培養食品の製造方法にあっては、まず、細胞の集合塊であるスフェロイドを所定のシート状の空間に充填し、これらが生きた状態でしばらく活動させることにより、スフェロイド同士が接着した細胞培養シートを形成する。次に、複数の細胞培養シートを所望の数で積層することによって、簡便に厚みのある細胞培養食品が得られる。
本発明によれば、従来技術で必要とされていたハイドロゲルの3次元足場は不要であり、細胞を増殖・分化させるための長い培養期間も不要である。また、得られた細胞培養食品は、ハイドロゲルを含まずともよいので、いわば白紙の状態であり、これに所望の成分を必要に応じて添加し、食感や風味を調整することが容易である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明に係る細胞培養食品の製造方法の概要図。
【
図2】本発明に係る細胞培養用治具の一例の概略を示す斜視図。
【
図3】(a)本発明に係る細胞培養用治具の使用方法の一例の概略を示す正面図。(b)前記正面図のX-X線矢視断面図。
【
図4】本発明に係る細胞培養シート製造装置の一例の概略を示す斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。図示した治具や装置は実施形態の一例を説明する概略図であり、実際の寸法や形状とは相違する場合がある。
【0012】
本発明の細胞培養食品の製造方法の概要を
図1に示す。まず所望の細胞を培養し、スフェロイドを形成させた後、複数のスフェロイドをシート状に配列した状態で互いに接着させた細胞培養シートを得て、これを所望の枚数で重ねることにより、厚みのある細胞培養食品とする。以下、本発明の細胞培養食品を得るための技術要素を説明する。
【0013】
≪スフェロイド≫
スフェロイドは細胞の集合塊であり、通常は略球形である。その大きさ(直径)は細胞の種類にもよるが、例えば0.1~0.5mm程度が一般的である。
スフェロイドを形成する細胞の種類は特に制限されず、例えば従来から食用に供される牛、豚、鶏に由来する任意の細胞から選択され得る。均質のスフェロイドを大量に生産する観点から、継代培養の回数に制限がない不死化した細胞が好ましい。
本発明で使用する細胞及びその集合塊であるスフェロイドは公知方法により得られる。
【0014】
≪細胞培養シートの製造方法≫
本発明の第一態様は、第一工程~第三工程を有する細胞培養シートの製造方法である。
<第一工程>
第一工程は、シート状の空間にスフェロイドを充填する工程である。この空間は、例えば2枚の板状部材を所定の離間距離で互いに向かい合わせ、これら板状部材の隙間として形成することができる。ただし、充填したスフェロイドに培養液を充分に供給する観点から、板状部材は液体を透過する性質を有することが重要である。
【0015】
したがって、第一工程では、任意の間隔を隔てて互いに対向配置された一対の板状の液体透過性対峙部材間の隙間に、スフェロイド及び分散媒を含む充填液を導入し、前記分散媒が前記液体透過性対峙部材を自由に透過可能な状態で、前記隙間に前記スフェロイドを充填することが好ましい。分散媒の例としては、スフェロイドを構成する細胞に適した公知の液体培地を適用でき、例えば、MEMα、D-MEM、E-MEM、RPMIなどが挙げられる。これらのなかでも、スフェロイドの培養効率性を向上させるという点からMEMαが好ましい。また、充填したスフェロイドが前記隙間からこぼれ落ちることを防止するために、前記隙間の外周は任意の部材によって封止されていることが好ましい。
【0016】
前記外周を封止する前記部材の一部に導入口を開け、前記充填液を導入すると、スフェロイドとともに導入された前記分散媒は液体透過性対峙部材を透過し、前記隙間の外部へ流出する。一方、前記隙間に導入されたスフェロイドは液体透過性対峙部材を通過せず、前記隙間に留まる。この結果、前記隙間を埋め尽くすようにスフェロイドを高密度で充填することができる。
【0017】
(細胞培養シート製造用治具)
第一工程を実施するために適した細胞培養シート製造用治具の一例を
図2に示す。図示の細胞培養シート製造用治具1(以下、単に「治具1」と称する)は、任意の間隔を隔てて互いに対向配置された一対の板状の液体透過性対峙部材であるタングステンなどにより構成された第一の板状メッシュ部材2及び第二の板状メッシュ部材3と、これら液体透過性部材間の隙間からなる空間の周囲を囲繞し、前記空間を封止する側部材である第一スペーサー4、第二スペーサー5、第三スペーサー6、第四スペーサー7及び第五スペーサー9と、前記側部材の任意の少なくとも1箇所に設けられた、前記空間と外部とを連通する開口部8と、を備える。
【0018】
前記液体透過性対峙部材は、開口部8から導入した充填液に含まれるスフェロイドを透過せず、充填液に含まれる分散媒を短時間で透過する多数の貫通孔を有するものであればよい。例えば、メッシュ部材、厚さ方向に多数の貫通孔が設けられたタングステンなどにより構成された板材、不織布、織布などが挙げられる。これらの液体透過性対峙部材の素材が柔軟であり、自立して板状を維持できない場合、例えば枠材を用い、枠材に液体透過性対峙部材を張り渡すことによって板状に維持すればよい。
【0019】
液体透過性対峙部材が有する個々の貫通孔の開口径は、スフェロイドを透過させない観点から500μm以下が好ましく、300μm以下がより好ましい。また、液体を容易に透過させる観点から、前記貫通孔の開口径は50μm以上が好ましく、100μm以上がより好ましい。メッシュ部材の開口径はメッシュを構成する線材のピッチで表される。
【0020】
上記の機能を充分に発揮し、取り扱いが容易である観点から、液体透過性対峙部材のスフェロイドが接する部分は金属製又は樹脂製のメッシュ部材によって形成されていることが好ましい。また、滅菌処理が容易であり、耐久性が優れることから、金属製メッシュ部材がより好ましい。メッシュ部材を構成する金属は、生体親和性が高く、成形が容易であることから、タングステンが好ましい。
【0021】
板状メッシュ部材2,3の間隔(離間距離)は、充填するスフェロイドの直径を基準として1.0~3.0倍が好ましく、1.0~2.0倍がより好ましく、1.2~1.5倍がさらに好ましい。この間隔であると、前記隙間(板状メッシュ部材に挟まれた空間)にスフェロイドを充填したときに、板状メッシュ部材2,3の面方向に細胞培養シートが形成され、その厚みをスフェロイド1~3個程度とすることができる。均質な厚みの細胞培養シートを形成する観点から、一対の液体透過性対峙部材の主面は互いに平行に配置されることが好ましい。
【0022】
治具1は板状メッシュ部材2,3及び各側材4~7,9によって囲まれた空間を有する。前記空間は開口部8が外部に連通する以外は、各部材によって封止されている。スフェロイドは板状メッシュ部材2,3を透過しないので、前記開口部8から多数のスフェロイドを導入することにより、前記空間にスフェロイドを充填することができる。
【0023】
第四スペーサー7と第五スペーサー9の間に設けられた開口部8から前記充填液を導入すると、重力方向に従って充填液が流れ落ち、前記空間の底部を支える第三スペーサー6から開口部8へ向けてスフェロイドが徐々に積み上がり、最終的には前記空間を埋め尽くすほどにスフェロイドを充填することができる。
【0024】
図示例では板状メッシュ部材2,3を構成する第一の線材αは鉛直下向きに沿い、第二の線材βは第一の線材に対して垂直向き(水平)とされているが、各線材の向きはこの例に制限されない。第一の線材及び第二の線材が図示例に対して時計回り90度回転し、鉛直下向きに対して交差する方向であってもよい。
【0025】
図示例では治具1の第四スペーサー7及び第五スペーサー9が構成する天井部に、開口部8が1つ設けられているが、開口部の位置や数はこの例に限定されない。例えば天井部に開口部8が2つ以上設けられていてもよい。また、第一スペーサー4又は第二スペーサー5が構成する側面部に1つ以上のスフェロイドよりも径の小さい開口部を設けてもよい。
【0026】
図示例では治具1の天井部から底部に向けて重力方向に沿って充填液を導入したが、充填液を導入する向きは重力方向とは無関係に設定してもよい。例えば、側面部に設けた開口部から水平方向に充填液を導入し、噴流の勢いを利用してスフェロイドを分散させ、前記空間を充填してもよい。
【0027】
治具1の開口部8を通してスフェロイドを含む充填液を導入することを容易にするために、開口部8に連結する漏斗を用いることが好ましい。このような漏斗として例えば
図3に示すアダプター12が挙げられる。アダプター12は治具1の天井部を覆う板状部材であり、開口部8に連結する漏斗状の注ぎ口12aを有する。注ぎ口12aはアダプター12の厚み方向に貫通し、開口部8に連結する下部から上方に向けて拡径しているので、充填液を容易に注ぎ込むことができる。
【0028】
図3の枠材11は中央が打ち抜かれた板材であり、対向配置された2枚の枠材11の間に治具1を挟んで固定している。枠材11を構成する枠部分は治具1のメッシュ部材2,3の外周に沿っており、その固定にはボルト及びナットが使用されている。枠材11はアダプター12の設置箇所の面積を増やす目的にも役立っている。
【0029】
治具1の前記空間にスフェロイドを充填した後、充填率を高める目的で、板状メッシュ部材2,3の間隔を狭めて、前記空間の容積を縮小してもよい。これを実現する方法として、例えば各スペーサー4~7,9をゴム製とする方法が挙げられる。スフェロイドを押しつぶさない程度に板状メッシュ部材2,3を押しつけ合うとゴム製スペーサーが圧縮され、前記間隔を狭めることができる。なお、前記間隔を狭めずに一定とする場合、各スペーサー4~7,9はステンレス等の金属製部材や、フッ素樹脂等の樹脂製部材であってもよい。
【0030】
<第二工程>
第二工程は、前記一対の板状の液体透過性対峙部材間の隙間に充填されたスフェロイドが生きた状態で、隣接するスフェロイド同士を互いに接着させ、細胞培養シートを形成する工程である。
【0031】
充填されたスフェロイドを生きた状態とするためには、各スフェロイドに新鮮な培養液が接触する状態とすることが好ましい。液体透過性対峙部材は培養液を透過するので、新鮮な培養液が外部から前記隙間に自然に拡散する状態とすることが好ましい。新鮮な培養液に接するスフェロイドは生命活動を継続することができ、隣接するスフェロイド同士で自然に接着し合い、細胞培養シートが形成される。
【0032】
図4は、スフェロイドが前記隙間に充填された治具1を、容器22に満たされた新鮮な培養液M中に浸漬した様子を示す一例である。培養液Mは板状メッシュ部材2,3を透過して治具1の内外を自由に拡散するので、充填された全スフェロイドに対して常に新鮮な培養液Mが接する。この状態でスフェロイド同士が接着し合うために必要な日数(例えば1~5日)で保持すると、目的の細胞培養シートが治具1内に形成される。
【0033】
培養液Mの組成は特に制限されず、スフェロイドの生命活動が保たれる公知の組成が適用される。例として、MEMαなどが挙げられる。スフェロイドを構成する各細胞の分化を誘導する公知の添加剤を培養液Mに含有させてもよい。培養液Mの温度はスフェロイドの生命活動が保たれる温度範囲することが好ましい。培養液MのpH、CO2濃度、酸素濃度、温度等は一般的な培養手法によって制御すればよい。
【0034】
なお、前述の第一工程において、スフェロイドを未だ充填していない空の治具1を
図4のように培養液Mに浸漬した状態で、不図示のノズルやアダプター12を介して開口部8から治具1内にスフェロイドを含む充填液を導入し、前記隙間にスフェロイドを充填してもよい。この方法によれば、スフェロイドが常に培養液Mに接した状態で、穏やかに充填できるので、スフェロイドに与えるストレスが少なくて済み、第二工程におけるスフェロイド同士の接着が速やかに行われ得る。
【0035】
<第三工程>
第三工程は、前記細胞培養シートを前記隙間から取り出す工程である。
第一工程及び第二工程で治具1を使用した場合、第三工程にて治具1を解体し、一方の板状メッシュ部材2に細胞培養シートを残しつつ、他方の板状メッシュ部材3を取り外すと、目的の細胞培養シートが得られる。
【0036】
≪細胞培養シート≫
本発明の第二態様は、隣接するスフェロイド同士が接着してなる細胞培養シートである。
本態様の細胞培養シートは第一態様の製造方法によって得ることができる。
本態様の細胞培養シートの用途は特に制限されず、後述する細胞培養食品の材料であってもよいし、医薬品の材料であってもよいし、医薬品開発の試験材料であってもよい。
【0037】
細胞培養シートに含まれるスフェロイドの種類は1種であってもよいし、2種以上であってもよい。
細胞培養シートに含まれる個々のスフェロイドを構成する細胞の種類は1種であってもよいし、2種以上であってもよい。
細胞培養シートに含まれる個々のスフェロイドを構成する細胞の個数は特に制限されず、スフェロイドの大きさにもよるが、例えば数百~数千個とされる。
【0038】
細胞培養シートにおいて、個々のスフェロイドはシートの面方向に沿って互いに隣接し、接着している。接着の形態は、スフェロイド表面に存在する細胞同士が自発的に接着する形態が好ましく、例えば、細胞表面に存在するフィブロネクチン等のタンパク質を介して互いに結合する形態が挙げられる。
【0039】
細胞培養シートの厚みは、理想的にはスフェロイドが厚さ方向に積み重ならず、スフェロイド1個分の厚みであることが好ましい。例えば、細胞培養シートを構成するスフェロイドの直径が0.1~0.5mmである場合、当該細胞培養シートの厚みは0.1~1.0mmであることが好ましい。細胞培養シートの厚みは、任意に選択される10箇所の断面の厚みを測定顕微鏡等の公知方法を用いて測定した値の平均値として求められる。
細胞培養シートの縦横のサイズは特に制限されず、製造時に使用した細胞培養シート製造用治具のサイズにもよるが、例えば、縦横ともに10~100cmの範囲で任意に調整され得る。
【0040】
≪細胞培養シート製造装置≫
本発明の第三態様は、細胞培養シート製造用治具と、前記細胞培養シート製造用治具の一部又は全部を収容可能な容器と、を備える、細胞培養シート製造装置である。
【0041】
前記細胞培養シート製造用治具は、任意の間隔を隔てて互いに対向配置された一対の板状の液体透過性対峙部材と、前記液体透過性対峙部材間の隙間からなる空間の周囲を囲繞し、前記空間を封止する側部材と、前記側部材の任意の少なくとも1箇所に設けられた、前記空間と外部とを連通する開口部と、を備えたものである。
具体的には第一態様で説明した細胞培養シート製造用治具1と、必要に応じて備えてもよい枠材11やアダプター12が挙げられる。
【0042】
前記容器は前記細胞培養シート製造用治具の一部又は全部を収容可能な容積を有するものであれば特に制限されない。この容器に細胞培養シート製造用治具を収納するとともに、培養液を収容すると、細胞培養シート製造用治具の一部又は全部を培養液に浸漬することができる。本装置を第一態様の第一工程又は第二工程で使用すれば、細胞培養シートの製造が容易になる。本態様の概略構成は
図4の細胞培養シート製造装置21に例示した。
【0043】
≪細胞培養食品の製造方法≫
本発明の第四態様は、第一態様の製造方法によって細胞培養シートを複数得る工程と、前記細胞培養シートを複数積層し、厚みのある細胞培養食品を形成する工程と、を含む、
細胞培養食品の製造方法である。
【0044】
細胞培養シートを積層する方法は特に制限されず、清浄な空気中で順次積層してもよいし、培養液や生理食塩水等の等張液に浸した状態で順次積層してもよい。
【0045】
積層する細胞培養シートの枚数は特に制限されず、例えば2~1000枚程度が挙げられる。細胞培養シートの1枚の厚みが0.5mmである場合、100枚積層した厚みは5cmである。5cmは通常の食肉等の食品として扱うことが容易な厚みである。
【0046】
積層して得られた細胞培養食品の内部にあるスフェロイドに新鮮な培養液を供給することは困難である。このため、細胞培養食品を構成する個々の細胞培養シート同士の接着は、スフェロイドの生命活動によってなされることを期待せず、細胞培養シートの重量と表面の物理化学的な接着性によってなされればよい。
【0047】
≪細胞培養食品≫
本発明の第五態様は、隣接するスフェロイド同士が接着してなる細胞培養シートが、複数積層してなる、細胞培養食品である。
本態様の細胞培養食品は第四態様の製造方法によって得ることができる。
本態様の細胞培養食品に、従来の食品に添加される所望の成分や材料を必要に応じて添加し、食感や風味を調整してもよい。
【実施例0048】
図2~3に模式的に例示した細胞培養シート製造用治具1を組み立てた後、オートクレーブ処理により、細胞培養シート製造用治具全体の滅菌処理を実施した。細胞培養シート製造用治具1に組み込まれている板状メッシュ部材2、板状メッシュ部材3の外枠を含む寸法は47mm×47mmであり、対向するメッシュ部材2,3同士の間隔は0.7mmとした。メッシュ部材2,3はフッ素樹脂であるPTFE製の網(開口径:150μm)にて構成されており、その他の枠などの部材はSUSで構成されている。
【0049】
滅菌処理後の細胞培養シート製造用治具1をクリーンベンチ内へ移動し、クリーンベンチ内にて、スフェロイド(マウス由来の線維芽細胞様接着細胞の塊、細胞名:MC3T3-E1、サイズ:Φ0.5mm程度)2000個相当と、分散媒である調整済みのMEMαを160ml(ThermoFisher社製、型番:C12571500BT、FBS:10%、抗生物質であるPS:1%)とを混合した充填液を、細胞培養シート製造用治具1の開口部8からピペットを用いて手動にて導入した。その後、開口部8をアダプターにて蓋をし、細胞培養シート製造用治具1を容器22内に配置し、そこへ新しい調整済みのMEMαを160ml導入した。容器22内でMEMαがメッシュ部材2,3を透過可能な状態として、37℃、CO2濃度5%の環境下に調整したCO2インキュベータ(社名:PHC社製、型番:MCO-170AICUVD-PJ)内に、3日間静置した。
【0050】
3日間の静置後、細胞培養シート製造用治具1をCO2インキュベータから取り出してクリーンベンチ内へ移動し、細胞培養シート製造用治具1を解体し、一方の板状メッシュ部材2に目的の細胞培養シートを残しつつ、他方の板状メッシュ部材3を、手動により取り外した。以上の方法により、細胞培養シート(14mm×14mm)を得た。
【0051】
得られた細胞培養シートについて、CFSE試薬(同仁化学研究所社製、型番:C375)を用いた蛍光顕微鏡による蛍光観察を行い、細胞培養シートを構成する細胞が生きていることが確認できた。材料のスフェロイド同士が結合した様子を観察できたことで、所望の細胞培養シートが製造されていることを確認することができた。