IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ カゴメ株式会社の特許一覧 ▶ 国立大学法人京都大学の特許一覧

特開2024-128307トマチジンの製造方法及びトマチジン含有組成物
<>
  • 特開-トマチジンの製造方法及びトマチジン含有組成物 図1A
  • 特開-トマチジンの製造方法及びトマチジン含有組成物 図1B
  • 特開-トマチジンの製造方法及びトマチジン含有組成物 図1C
  • 特開-トマチジンの製造方法及びトマチジン含有組成物 図2
  • 特開-トマチジンの製造方法及びトマチジン含有組成物 図3
  • 特開-トマチジンの製造方法及びトマチジン含有組成物 図4
  • 特開-トマチジンの製造方法及びトマチジン含有組成物 図5
  • 特開-トマチジンの製造方法及びトマチジン含有組成物 図6
  • 特開-トマチジンの製造方法及びトマチジン含有組成物 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024128307
(43)【公開日】2024-09-24
(54)【発明の名称】トマチジンの製造方法及びトマチジン含有組成物
(51)【国際特許分類】
   C12P 17/18 20060101AFI20240913BHJP
   A23L 33/11 20160101ALI20240913BHJP
   A61K 31/58 20060101ALI20240913BHJP
   A61K 36/81 20060101ALI20240913BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20240913BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240913BHJP
   A61P 31/12 20060101ALI20240913BHJP
   C12N 1/14 20060101ALN20240913BHJP
   C12N 1/20 20060101ALN20240913BHJP
【FI】
C12P17/18 A
A23L33/11
A61K31/58
A61K36/81
A61P9/00
A61P35/00
A61P31/12
C12N1/14 A
C12N1/20 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023037230
(22)【出願日】2023-03-10
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000104113
【氏名又は名称】カゴメ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中谷 友樹
(72)【発明者】
【氏名】小川 順
(72)【発明者】
【氏名】岸野 重信
【テーマコード(参考)】
4B018
4B064
4B065
4C086
4C088
【Fターム(参考)】
4B018LB01
4B018LB02
4B018LB03
4B018LB04
4B018LB07
4B018LB08
4B018LB10
4B018LE01
4B018LE02
4B018LE03
4B018LE05
4B018LE06
4B018MD48
4B018ME10
4B018ME14
4B018MF12
4B018MF14
4B064AE58
4B064AH08
4B064CA02
4B064CA07
4B064CB07
4B064CE10
4B064DA01
4B064DA10
4B064DA20
4B065AA01X
4B065AA61X
4B065AA62X
4B065AC20
4B065BB26
4B065CA18
4B065CA41
4B065CA44
4B065CA50
4C086AA02
4C086AA04
4C086DA12
4C086GA17
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA52
4C086NA20
4C086ZA36
4C086ZB26
4C086ZB33
4C088AB48
4C088AC04
4C088AC05
4C088BA23
4C088CA25
4C088MA52
4C088NA20
4C088ZA36
4C088ZB26
4C088ZB33
(57)【要約】
【課題】トマチジン生成活性を有し、食品を起源とする、或いはヒト腸内由来微生物を探索すること、並びにα-トマチン含有原料からトマチジン又はトマチジン含有組成物を製造するための手段及び方法を提供すること。
【解決手段】α-トマチン含有原料を、トマチジン生成活性を有するアスペルギルス属(Aspergillus)及び/又はバクテロイデス属(Bacteroides)に属する少なくとも1種の菌の菌体若しくはその一部、菌体破砕物、菌体培養物、培養ろ液、及びトマチジン生成活性を有するそれらの画分から選択される少なくとも1種と接触させ、それにより前記α-トマチンからトマチジンが生成される工程を含む、トマチジンの製造方法。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
α-トマチン含有原料を、トマチジン生成活性を有するアスペルギルス属(Aspergillus)及び/又はバクテロイデス属(Bacteroides)に属する少なくとも1種の菌の菌体若しくはその一部、菌体破砕物、菌体培養物、培養ろ液、及びトマチジン生成活性を有するそれらの画分から選択される少なくとも1種と接触させ、それにより前記α-トマチンからトマチジンが生成される工程を含む、トマチジンの製造方法。
【請求項2】
前記アスペルギルス属に属する菌が、セクションNigriに属する菌である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記アスペルギルス属に属する菌が、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・リューチューエンシス(Aspergillus luchuensis)、アスペルギルス・フォエニシス(Aspergillus phoenicis)、及びアスペルギルス・ツビンゲンシス(Aspergillus tubingensis)からなる群より選択される少なくとも1種の菌を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記アスペルギルス・ニガー種の菌が、アスペルギルス・ニガーJCM1864株、アスペルギルス・ニガーJCM5546株、アスペルギルス・ニガーJCM5549株、アスペルギルス・ニガーJCM5635株、アスペルギルス・ニガーJCM5638株、アスペルギルス・ニガー ティーゲム(Aspergillus niger Tieghem)JCM22282株、及びアスペルギルス・ニガーNBRC6661株からなる群より選択される少なくとも1種の菌株を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記アスペルギルス・アワモリ種の菌が、アスペルギルス・アワモリJCM22293株、又はアスペルギルス・アワモリJCM22322株からなる群より選択される少なくとも1種の菌株を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記アスペルギルス・リューチューエンシス種の菌が、アスペルギルス・リューチューエンシス イヌイ(Aspergillus luchuensis Inui)JCM5628株、及びアスペルギルス・リューチューエンシス イヌイJCM22302株からなる群より選択される少なくとも1種の菌株を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項7】
前記バクテロイデス属に属する菌が、バクテロイデス・ユニフォルミス(Bacteroides uniformis)及びバクテロイデス・ステルコリス(Bacteroides stercoris)からなる群より選択される少なくとも1種の菌を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記α-トマチン含有原料が、トマト未成熟果の加工物、トマトの茎の加工物、及びトマトの葉の加工物からなる群より選択される少なくとも1種を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記α-トマチンの少なくとも20%がトマチジンに変換される、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記トマチジンが、前記α-トマチンを基質として対基質収率50%以上で生成される、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
トマチジン又はトマチジン含有画分を単離及び/又は精製する工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
トマチジン生成活性を有するアスペルギルス属(Aspergillus)及び/又はバクテロイデス属(Bacteroides)に属する少なくとも1種の菌の菌体若しくはその一部、菌体破砕物、菌体培養物、培養ろ液、及びトマチジン生成活性を有するそれらの画分から選択される少なくとも1種を含むことを特徴とするトマチジン生成用試薬。
【請求項13】
請求項1に記載の方法によって製造されたトマチジン。
【請求項14】
請求項1に記載の方法によって製造されたトマチジンを含有する組成物。
【請求項15】
食品組成物、化粧品組成物又は医薬組成物である、請求項14に記載の組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トマチジンの製造方法、具体的にはトマチジン生成活性を有する菌を用いたトマチジンの製造方法に関する。また本発明は、かかる方法によって得られるトマチジン含有組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
アグリコン生成物であるトマチジンは、抗発癌効果及び心臓保護効果などのいくつかの健康上の利益について報告されている(Friedman, M., Journal of Agricultural and Food Chemistry. 61, 9534-9550 (2013))。さらに、最近の研究により、トマチジンが現在、治療選択肢のない医学的に重要な節足動物媒介性ヒト感染症であるデングウイルス及びチクングニアウイルスに対してもin vitroで抗ウイルス効果を示すことが明らかになっている(Troost-Kind B. et al., PLOS Neglected Tropical Diseases. 15, e0009916 (2021))。トマチジンはまた、筋細胞成長に対するその刺激効果についてよく知られ、骨格筋萎縮に対するその有用性が明らかになっている(非特許文献1及び2)。したがって、トマチジンは、広範囲の状態に対する潜在的な治療剤である。アジア及び欧州諸国における高齢化の問題に伴い、ロコモティブシンドロームに代表される筋力の低下や、心筋の衰弱、免疫老化及び骨格筋萎縮などの老化に関連する一般的な健康問題に直面する患者の数も増加することは避けられない。したがって、トマチジンは、高齢者の健康を改善することができる小分子のニーズの拡大に対する有望な解決策として役立つ。
【0003】
一方、α-トマチンは、茎、葉及び果実を含むトマト植物(Solanum lycopersicum)の全ての部分に存在するステロイド性グリコアルカロイドである。α-トマチンの含有量は成熟段階と共に変化する。α-トマチンは未熟緑色トマトにおいて生合成され、蓄積されるが、成熟赤色トマトでは徐々に分解される(Kozukue N. et al., Journal of Food Science, 59, 1211-1212 (1994))。α-トマチンの構造は、1つのガラクトース、1つのキシロース及び2つのグルコース残基から構成される、リコテトラオースと呼ばれる四糖鎖と結合したアグリコントマチジンによって構成される(Friedman, M. et al., Food and Chemical Toxicology, 38, 549-553 (2000))。α-トマチンの両親媒性特性は、サポニン/ステロール複合体を形成することによって細胞膜を破壊することを可能にし、したがって、それは、様々なウイルス、有害生物、真菌及び細菌病原体に対する天然の化学的バリアとして機能する(Arneson, P.A. and Durbin, R.D. Plant Physiology. 43 683-686 (1967))。
【0004】
いくつかの植物病原体は、一連のα-トマチン分解酵素(まとめてトマチナーゼと呼ばれる)を産生することによって、この毒性に耐性である。トマチナーゼは、四糖部分から少なくとも1つの糖残基を除去する。トマチナーゼを有する植物病原体として、Fusarium oxysporum f. sp. lycopersici(非特許文献3)、F. solani(非特許文献4)、Alternaria solani(非特許文献5)、Botrytis cinerea(非特許文献6)、Septoria lycopersici(非特許文献7)及びVerticillium albo-atrum(非特許文献8)が報告されている。F. oxysporum f. sp. lycopersiciの場合、トマチナーゼはトマチジン-リコテトラオース結合でα-トマチンの加水分解反応を受け、4つの糖残基すべてを一度に除去し、トマチジンを生成する。
【0005】
通常、トマチジンは、トマト植物においてグリコシル化形態(α-トマチン)として貯蔵される。全アルカロイド含量の約11%~16%のみが、栽培品種に応じてアグリコン形態として貯蔵される(Silva-Beltran, N.P., et al., International Journal of Analytical Chemistry. 2015, page 10 (2015))。したがって、未成熟トマト植物から大量のトマチジンを得るためには、まずα-トマチンから全ての糖残基を除去する必要がある。これまで、酸加水分解によってα-トマチンからトマチジンを生成する化学的方法が確立されている(特許文献1~3及び非特許文献9)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2019‐210236号公報
【特許文献2】特開2018‐184394号公報
【特許文献3】特開2020‐203856号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Dyle, MC. et al., J Biol Chem., 289, 14913-24 (2014)
【非特許文献2】Ebert, SM. et al., J Biol Chem., 290, 25497-511 (2015)
【非特許文献3】Roldan-Arjona, T. et al., Molecular Plant Microbe Interactions. 12, 852-861 (1999)
【非特許文献4】Lairini, K. and Ruiz-Rubio, M. Mycological Research. 102, 1375-1380 (1998)
【非特許文献5】Schonbeck F, Schlosser E, Preformed substances as potential protectants. 「Heitefus R, Williams PH (編) Physiological plant pathology」Springer, Berlin Heidelberg New York, pp 653-678 (1976)
【非特許文献6】Quidde, T. et al., Physiological and Molecular Plant Pathology. 52, 151-165 (1998)
【非特許文献7】Durbin, R.D. and Uchytil, T.F. Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - Enzymology. 191, 176-178 (1969)
【非特許文献8】Sandrock, R.W. and VanEtten, H.D., Phytopathology. 88, 137-143 (2007)
【非特許文献9】Friedman, M. et al., Journal of Agricultural and Food Chemistry. 46, 2096-2101 (1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
トマチジンを化学的に生産する方法は、高温を維持するための高いコスト及び塩酸等の強酸を使用することの安全性の懸念、並びにトマチジン回収効率が低下する等の点で、大規模な工業的生産には適していない。
【0009】
また上述したような微生物(植物病原体)由来トマチナーゼを使用した生物変換は、穏やかなpH及び周囲温度で操作するための別のアプローチとなり得る。現在までに同定されたトマチナーゼはすべて植物の病原体に由来している。そのため、トマチナーゼの研究は、毒性因子としてのトマト感染におけるその役割に焦点を当てている。トマチジンの高い治療可能性にもかかわらず、トマチナーゼによる生物変換を利用したトマチジンの工業的生産は着目されていない。
【0010】
したがって、本発明の目的は、トマチジン生成活性を有し、植物の病原体由来ではない微生物を探索することである。また本発明の別の目的は、α-トマチン含有原料からトマチジン又はトマチジン含有組成物を製造するための手段及び方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、食品関連微生物及びヒト腸内由来微生物の1,035株をスクリーニングし、トマチジン生成活性を有する11株の同定に成功した。具体的には、アスペルギルス(Aspergillus)種のNigriのセクションに分類される菌であった。時間経過分析の結果によれば、α-トマチン(リコテトラオース)の糖部分が一段階反応で除去され、最終生成物としてトマチジンが得られる。本発明者らの知る限り、トマチジン生成活性が食品を起源とする、或いはヒト腸内由来微生物において見出されたのは初めてである。また本発明者は、かかる微生物由来のトマチジン生成活性を利用して、α-トマチンからトマチジンを製造することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
したがって、本発明は、以下を包含する:
[1]α-トマチン含有原料を、トマチジン生成活性を有するアスペルギルス属(Aspergillus)及び/又はバクテロイデス属(Bacteroides)に属する少なくとも1種の菌の菌体若しくはその一部、菌体破砕物、菌体培養物、培養ろ液、及びトマチジン生成活性を有するそれらの画分から選択される少なくとも1種と接触させ、それにより前記α-トマチンからトマチジンが生成される工程を含む、トマチジンの製造方法。
[2]前記アスペルギルス属に属する菌が、セクションNigriに属する菌である、[1]に記載の方法。
[3]前記アスペルギルス属に属する菌が、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・リューチューエンシス(Aspergillus luchuensis)、アスペルギルス・フォエニシス(Aspergillus phoenicis)、及びアスペルギルス・ツビンゲンシス(Aspergillus tubingensis)からなる群より選択される少なくとも1種の菌を含む、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]前記アスペルギルス・ニガー種の菌が、アスペルギルス・ニガーJCM1864株、アスペルギルス・ニガーJCM5546株、アスペルギルス・ニガーJCM5549株、アスペルギルス・ニガーJCM5635株、アスペルギルス・ニガーJCM5638株、アスペルギルス・ニガー ティーゲム(Aspergillus niger Tieghem)JCM22282株、及びアスペルギルス・ニガーNBRC6661株からなる群より選択される少なくとも1種の菌株を含む、[3]に記載の方法。
[5]前記アスペルギルス・アワモリ種の菌が、アスペルギルス・アワモリJCM22293株、又はアスペルギルス・アワモリJCM22322株からなる群より選択される少なくとも1種の菌株を含む、[3]に記載の方法。
[6]前記アスペルギルス・リューチューエンシス種の菌が、アスペルギルス・リューチューエンシス イヌイ(Aspergillus luchuensis Inui)JCM5628株、及びアスペルギルス・リューチューエンシス イヌイJCM22302株からなる群より選択される少なくとも1種の菌株を含む、[3]に記載の方法。
[7]前記バクテロイデス属に属する菌が、バクテロイデス・ユニフォルミス(Bacteroides uniformis)及びバクテロイデス・ステルコリス(Bacteroides stercoris)からなる群より選択される少なくとも1種の菌を含む、[1]に記載の方法。
[8]前記α-トマチン含有原料が、トマト未成熟果の加工物、トマトの茎の加工物、及びトマトの葉の加工物からなる群より選択される少なくとも1種を含む、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]前記α-トマチンの少なくとも20%がトマチジンに変換される、[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[10]前記トマチジンが、前記α-トマチンを基質として対基質収率50%以上で生成される、[1]~[9]のいずれかに記載の方法。
[11]トマチジン又はトマチジン含有画分を単離及び/又は精製する工程をさらに含む、[1]~[10]のいずれかに記載の方法。
【0013】
[12]トマチジン生成活性を有するアスペルギルス属(Aspergillus)及び/又はバクテロイデス属(Bacteroides)に属する少なくとも1種の菌の菌体若しくはその一部、菌体破砕物、菌体培養物、培養ろ液、及びトマチジン生成活性を有するそれらの画分から選択される少なくとも1種を含むことを特徴とするトマチジン生成用試薬。
[12-1]トマチジンの生成に使用するための、トマチジン生成活性を有するアスペルギルス属(Aspergillus)及び/又はバクテロイデス属(Bacteroides)に属する少なくとも1種の菌の菌体若しくはその一部、菌体破砕物、菌体培養物、培養ろ液、及びトマチジン生成活性を有するそれらの画分から選択される少なくとも1種。
【0014】
[13][1]~[11]のいずれかに記載の方法によって製造されたトマチジン。
[14][1]~[11]のいずれかに記載の方法によって製造されたトマチジンを含有する組成物。
[15]食品組成物、化粧品組成物又は医薬組成物である、[14]に記載の組成物。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、α-トマチンからトマチジンを製造するための方法及び試薬が提供される。かかる方法及び試薬は、食品を起源とする、或いはヒト腸内由来微生物を使用するものであり、得られるトマチジン又はトマチジン含有組成物は、安全性が高く、ヒトへの投与又は適用に有効であることが見込まれる。またかかる方法及び試薬は、比較的温和な条件でトマチジンを製造することができ、コスト削減が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1A】スクリーニング反応条件におけるアスペルギルス属菌の菌糸体によるα-トマチン残存量及びトマチジン生成量を示す棒グラフである。
図1B】スクリーニング反応条件におけるアスペルギルス属菌の培養ろ液によるα-トマチン残存量及びトマチジン生成量を示す棒グラフである。
図1C】スクリーニング反応条件におけるアスペルギルス属菌の胞子によるα-トマチン残存量及びトマチジン生成量を示す棒グラフである。
図2】Aは、A. luchuensis JCM 22302株の胞子のトマチジン生成活性に及ぼすpHの影響を示すグラフである。グラフにおいて、黒丸は50mMクエン酸-クエン酸ナトリウムバッファーを示し、黒四角は50mM酢酸-酢酸ナトリウムバッファーを示し、黒三角は50mMリン酸カリウムバッファーを示し、黒菱形は50mMトリス-HClバッファーを示し、×印は50mM炭酸-重炭酸ナトリウムバッファーを示す。Bは、A. luchuensis JCM 22302株の胞子のトマチジン生成活性に及ぼす温度の影響を示すグラフである。活性を50mM酢酸-酢酸ナトリウムバッファー(pH 5.5)中でアッセイした結果を示す。
図3】至適pH及び温度でのA. luchuensis JCM 22302株(胞子)によるα-トマチン残存量及びトマチジン生成量の経時分析を示すグラフである。
図4】1、4及び24時間でα-トマチンと反応させたA. luchuensis JCM 22302株の胞子のHPLCクロマトグラムである。
図5】A. luchuensis JCM 22302株の胞子による種々の初期α-トマチン濃度での24時間の反応後のα-トマチン濃度、トマチジン濃度及びトマチジン収率(%)を示すグラフである。
図6】A. luchuensis JCM 22302株の胞子におけるトマチジン生成酵素によるα-トマチン生物変換の推定メカニズムを示す。
図7】バクテロイデス属細菌であるBacteroides uniformis JCM5828T株(A)及びBacteroides stercoris JCM9496T株(B)によるα-トマチン残存量及びトマチジン生成量を示すHPLCクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、トマチジン生成活性を有する菌を利用してα-トマチンからトマチジンを生成することに関する。本発明は、部分的には、以下の知見に基づく:(1)α-トマチンは、トマチジン生成酵素によってトマチジンに変換されること、(2)微生物の中には、トマチジン生成酵素を産生するものが存在し、当該微生物を使用することによって、α-トマチンをトマチジンに変換できること、(3)トマチジン生成酵素を産生する微生物として、アスペルギルス属(Aspergillus)の黒麹、クロカビ、バクテロイデス属(Bacteroides)等の従来知られていなかった種及び菌株が含まれること。以下、本発明を詳細に説明する。
【0018】
1.トマチジンの製造
一態様において、本発明は、α-トマチン含有原料を、トマチジン生成活性を有するアスペルギルス属(Aspergillus)及び/又はバクテロイデス属(Bacteroides)に属する少なくとも1種の菌の菌体若しくはその一部、菌体破砕物、菌体培養物、培養ろ液、及びトマチジン生成活性を有するそれらの画分から選択される少なくとも1種と接触させ、それによりα-トマチンからトマチジンが生成される工程を含む、トマチジンの製造方法を提供する。
【0019】
本発明において使用する菌は、トマチジン生成活性を有するアスペルギルス属(Aspergillus)及び/又はバクテロイデス属(Bacteroides)に属する少なくとも1種の菌である。本発明においては、トマチジン生成活性を有するものであれば、当技術分野で公知のアスペルギルス属菌及び/又はバクテロイデス属菌の菌株、並びに新たに同定されるアスペルギルス属菌及び/又はバクテロイデス属菌の菌株を使用することができる。
【0020】
本明細書において「トマチジン生成活性」とは、α-トマチンを基質としてトマチジンに変換する、すなわちα-トマチンからトマチジンを生成する活性を指す。使用する菌の菌体若しくはその一部、菌体破砕物、菌体培養物、培養ろ液又はそれらの画分がトマチジン生成活性を有するか否かは、当技術分野で公知の方法により、例えば後述する実施例に記載のように判定することができる。簡単に説明すると、まず試験対象(菌体など)を、α-トマチン含有原料(例えば、トマト由来α-トマチン)を基質として20~40℃、好ましくは30~37℃において、4~24時間反応を行い、生成されるトマチジン量を、例えばHPLCなどを用いて測定することにより、判定することができる。
【0021】
従って、本発明においては、上述したような方法によりトマチジン生成活性を有すると評価されたアスペルギルス属菌及び/又はバクテロイデス属菌であれば、任意の菌を用いることができる。
【0022】
アスペルギルス属(コウジカビ属とも呼ばれる)に属する菌(真菌)は、好ましくはセクションNigriに属する菌である。具体的なアスペルギルス属菌の種としては、例えばアスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・リューチューエンシス(Aspergillus luchuensis)、アスペルギルス・フォエニシス(Aspergillus phoenicis)、及びアスペルギルス・ツビンゲンシス(Aspergillus tubingensis)が挙げられる。
【0023】
アスペルギルス・ニガー種の菌としては、限定されるものではないが、アスペルギルス・ニガーJCM1864株、アスペルギルス・ニガーJCM5546株、アスペルギルス・ニガーJCM5549株、アスペルギルス・ニガーJCM5635株、アスペルギルス・ニガーJCM5638株、アスペルギルス・ニガー ティーゲム(Aspergillus niger Tieghem)JCM22282株、及びアスペルギルス・ニガーNBRC6661株が挙げられる。本明細書中、記号「JCM」と番号で特定された菌株は、少なくとも理化学研究所 バイオリソース研究センター 微生物材料開発室(Japan Collection of Microorganisms:JCM)より入手可能な菌株を表す。また記号「NBRC」と番号で特定された菌株は、少なくとも製品評価技術基盤機構(National Institute of Technology and Evaluation:NITE)バイオテクノロジーセンター(NITE Biological Resource Center: NBRC)より入手可能な菌株を表す。なお、これらの菌株について、購入可能な代表的な機関を記載したが、他の機関(JCM、NBRC、American Type Culture Collection(ATCC)等)から購入することも可能である。
【0024】
またアスペルギルス・アワモリ種の菌としては、限定されるものではないが、アスペルギルス・アワモリJCM22293株、又はアスペルギルス・アワモリJCM22322株が挙げられる。アスペルギルス・リューチューエンシス種の菌としては、限定されるものではないが、アスペルギルス・リューチューエンシス イヌイ(Aspergillus luchuensis Inui)JCM5628株、及びアスペルギルス・リューチューエンシス イヌイJCM22302株が挙げられる。
【0025】
具体的なバクテロイデス属菌(細菌)の種としては、例えばバクテロイデス・ユニフォルミス(Bacteroides uniformis)及びバクテロイデス・ステルコリス(Bacteroides stercoris)が挙げられる。例えば、バクテロイデス・ユニフォルミス種の菌としては、限定されるものではないが、バクテロイデス・ユニフォルミスJCM5828T株が挙げられる。またバクテロイデス・ステルコリス種の菌としては、限定されるものではないが、バクテロイデス・ステルコリスJCM9496T株が挙げられる。
【0026】
本発明では、単一種の菌を使用してもよいし、又は複数種の菌を組み合わせて使用してもよい。例えば、本発明において使用する菌は、上述したようなアスペルギルス属菌及び/又はバクテロイデス属菌より選択される少なくとも1種の菌を含む。
【0027】
また本発明においては、上述した具体的な菌株の変異株も、トマチジン生成活性を有する限り使用することができる。本発明において「変異株」とは、親株から得られた任意の株を意味する。具体的には、親株から自然突然変異や化学的若しくは物理的変異原による誘発変異によって人工的に突然変異の頻度を高める方法、又は特異的な突然変異誘発技術(例えば、遺伝子組換え)により得られる株を意味する。こうした方法により生じた微生物個体を、選別、分離を繰り返し、有用な微生物個体を育種することにより、目的の性質を有する変異株を得ることができる。ある親株に由来する変異株は、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法による菌のゲノムDNAの増幅断片の分子量分布により、他の菌株と容易に識別することができる。簡単に説明すると、目的とする菌について、DNA試料を調製し、特徴的な配列(例えば16S rDNA塩基配列)を有するプライマーを用いたPCR法により遺伝子増幅を行い、得られた断片の電気泳動パターンを分析することにより、親株に由来する変異株であるか否かを判定することができる。ただし、変異株であるか否かを確認する方法はこの方法に限定されるものではなく、菌学的性質などの当技術分野で公知の手法により変異株であるかどうかを確認することができる。
【0028】
本発明において使用する菌は、アスペルギルス属菌又はバクテロイデス属菌の培養に通常用いられる培地を使用して、適当な条件下で培養することにより調製することができる。培養に用いる培地は、炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、菌の培養を効率的に行うことができる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよく、当業者であれば使用する菌株に適切な公知の培地を適宜選ぶことができる。炭素源としてはラクトース、グルコース、ガラクトース、廃糖蜜などを使用することができ、窒素源としてはカゼインの加水分解物、ホエータンパク質加水分解物、大豆タンパク質加水分解物等の有機窒素含有物を使用することができる。また無機塩類としては、リン酸塩、ナトリウム、カリウム、マグネシウムなどを用いることができる。アスペルギルス属菌又はバクテロイデス属菌の培養に適した培地としては、例えばポテトデキストロースブロス、麦芽エキスブロス、サブロー・ブドウ糖培地などが挙げられる。
【0029】
また菌の培養は、当技術分野で慣用的に使用されている条件(温度、時間、好気性若しくは嫌気性、静置若しくは振とう)で行うことができる。具体的な培養条件は、使用する菌の種類、使用する培地の種類などに応じて異なり、当業者であれば適宜設定することができる。例えば、20℃から50℃、好ましくは25℃から42℃、より好ましくは28℃から37℃において、1~90時間、好ましくは1~72時間培養を行う。培養開始時の培地のpHは4.0~8.0に維持することが好ましい。
【0030】
一例として、アスペルギルス属菌の具体的な調製例は、滅菌したポテトデキストロースブロスに菌株を約3~5%の割合で植菌し、28~37℃で約72時間かけて培養を行う。この培養操作を繰り返し行ってもよい。
【0031】
培養後、得られる培養物をそのまま使用してもよいし、さらに必要に応じて遠心分離などによる粗精製及び/又は濾過等による固液分離や滅菌操作を行ってもよい。
【0032】
また本発明では、トマチジン生成活性を有する限り、上述した菌の菌体若しくはその一部、菌体破砕物、菌体培養物、培養ろ液又はそれらの画分を使用することができる。菌体は、生菌であってもよいし死菌であってもよく、またその形態(菌糸体、分生子、胞子等)も限定されるものではない。一実施形態において、アスペルギルス・リューチューエンシスJCM 22302株を含むアスペルギルス属菌を工業的トマチジン製造に使用する場合には、胞子を使用することが好ましい。その理由として、アスペルギルス属菌の胞子の楕円形を利用することにより、菌糸体の糸状形状による液体粘度の増加の問題を克服することができること、胞子は、UV照射、乾燥及び毒性化学物質などのストレス環境に対してより高い耐性を示すため、毒性物質であるα-トマチンに対する耐性も高いこと、胞子は、より高い費用効果を有する固体発酵システム(SSF)で利用できることがある。
【0033】
使用可能な菌体の一部は、トマチジン生成活性を有する一部であれば特に限定されるものではなく、例えば菌の菌糸、細胞膜、細胞抽出物などが含まれる。菌体を破砕、細砕又は磨砕することによって、菌体破砕物を調製することができ、そのような菌体破砕物も本発明において使用することができる。例えば破砕は、物理的破砕(撹拌、フィルター濾過など)、酵素溶解処理、薬品処理などによって行うことができる。菌体培養物は、上述したように菌を培地で培養して得られた培養物であり、培養後に濾過、滅菌、希釈、濃縮などの他の処理を行ってもよい。培養ろ液は、菌体を培養後の培養物をろ過して得られたろ液である。またそれらの画分とは、菌体若しくはその一部、菌体破砕物、菌体培養物又は培養ろ液を分画して得られる画分のうち、トマチジン生成活性を有する(すなわちトマチジン生成酵素を含む)画分である。このような菌体の処理物もまた本発明において菌体と同様に使用することが可能である。
【0034】
本発明の方法では、上述したようなトマチジン生成活性を有するアスペルギルス属及び/又はバクテロイデス属に属する少なくとも1種の菌の菌体若しくはその一部、菌体破砕物、菌体培養物、培養ろ液、及びトマチジン生成活性を有するそれらの画分から選択される少なくとも1種を、α-トマチン含有原料と接触させる。
【0035】
本発明において、α-トマチン含有原料は、α-トマチンを含有する材料であれば特に限定されるものではない。トマチンは、未成熟のトマトの花、葉、茎、根及び未成熟果、並びに青トマトに含まれることが知られており、そのようなトマト由来のα-トマチンを本発明において使用することができる。トマト(未熟果は青色であり、完熟果は赤又は黄色であるトマト)として、例えば、Lycopersicon esculentum Mill、Lycopersicon esculentum var. cerasiforme、Lycopersicon pimpinellifolium、Lycopersicon cheesmanii等が挙げられ、また青トマト(未熟果及び成熟果が青色である)として、例えばLycopersicon parviflorum、Lycopersicon chmielewskii、Lycopersicon peruvianum、Lycopersicon chilense、Solanum lycopersicoides、Solanum rickii、Solanum ochranthum等が挙げられる。一実施形態において、α-トマチン含有原料は、トマト未成熟果の加工物、トマトの茎の加工物、及びトマトの葉の加工物からなる群より選択される少なくとも1種を含むものである。トマトの葉の加工物、トマトの茎の加工物、及びトマト未成熟果の加工物とは、例えば、トマトの葉、茎、未成熟果実などをそのまま、或いは加水して圧搾することにより、又は乾燥後に粉砕処理を行うことにより、また必要に応じて水又は酸性溶液を用いた抽出処理を行うこと等の加工処理により、調製したものである。さらに、エタノールを使用して夾雑物を沈殿させて除去したものであってもよいし、α-トマチン含有画分を濃縮したものであってもよい。あるいは、α-トマチンは有機化学的に合成されたものであってもよい。
【0036】
また「接触」とは、α-トマチン含有原料に含まれるα-トマチンがトマチジンに変換されるように、α-トマチン含有原料とトマチジン生成活性を有する菌などを接触させることを意味し、具体的には、α-トマチン含有原料とトマチジン生成活性を有する菌などを混合すること、α-トマチン含有原料を含む培地にトマチジン生成活性を有する菌などを注入若しくは接種すること、α-トマチン含有原料にトマチジン生成活性を有する菌などを積層すること、トマチジン生成活性を有する菌などにα-トマチン含有原料を積層することなどの操作が含まれる。このような接触の操作は、使用するα-トマチン含有原料の種類及び形態、トマチジン生成活性を有する菌などの種類及び形態などに応じて、当業者であれば適宜設定することができる。
【0037】
接触させるα-トマチン含有原料の量及びトマチジン生成活性を有する菌などの量、接触させる条件(温度、pH、振盪の有無等)も、接触操作の種類、α-トマチン含有原料の種類及び形態、トマチジン生成活性を有する菌などの種類及び形態などに応じて、当業者であれば適宜設定することができる。接触は、例えば20℃~50℃、好ましくは25℃~42℃、より好ましくは約37℃の温度において、酸性pH範囲、例えばpH約4.0~7.0において、約1~30時間、例えば2~24時間行うことができる。温度条件は、恒温槽、マントルヒーター、ジャケットなどにより調整することができる。また、静置、振盪、還流などの反応条件で接触を行うことが可能である。
【0038】
上述のようにして、α-トマチンからトマチジンが生成される。なお、生成されるトマチジンには、トマチジン以外に、反応に使用したトマチジン生成活性を有する菌など、基質であるα-トマチン、その他の成分が含まれていてもよい。得られた産物中にトマチジンが含まれるか否かは、当技術分野で公知の技法、例えば高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、質量分析法等、又はそれらの技法の組み合わせにより確認することができる。
【0039】
本発明の方法において、資化率とは、α-トマチン含有原料に含有されるα-トマチン量(モル濃度)に対する、トマチジン生成のために基質として使用される前記原料中のα-トマチン量(モル濃度)の割合を、百分率で表したものである。本発明において、資化率は、20%以上であることが好ましい。より好ましくは、40%以上であり、さらに好ましくは、60%以上である。具体的には、実施例で示されているように、α-トマチン含有原料に含有されるα-トマチンの少なくとも20%(モル濃度)が基質として使用される(すなわち、資化率が20%以上である)。
【0040】
また本発明の方法において、対基質収率とは、基質として使用されたα-トマチン量(モル濃度)に対する、生成したトマチジン量(モル濃度)の割合を、百分率で表したものである。本発明において、対基質収率は、50%以上であることが好ましい。より好ましくは、65%以上であり、さらに好ましくは、80%以上である。具体的には、実施例で示されているように、トマチジンが、α-トマチンを基質として対基質収率50%以上で生成される。すなわち、基質としてのα-トマチン(出発量)のうち、50%(モル濃度)以上がトマチジンに変換される。
【0041】
本発明の方法は、トマチジン又はトマチジン含有画分を単離及び/又は精製する工程をさらに含んでもよい。単離及び/又は精製は、化学物質の単離精製に用いられる一般的な生化学的方法、例えばゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を単独で又は適宜組み合わせて行うことができる。
【0042】
上述したトマチジンの製造方法は、必要な構成要素を含む試薬により、簡便かつ迅速に実施することができる。
【0043】
したがって、一態様において、本発明は、トマチジン生成活性を有するアスペルギルス属(Aspergillus)及び/又はバクテロイデス属(Bacteroides)に属する少なくとも1種の菌の菌体若しくはその一部、菌体破砕物、菌体培養物、培養ろ液、及びトマチジン生成活性を有するそれらの画分から選択される少なくとも1種を含むことを特徴とするトマチジン生成用試薬を提供する。
【0044】
本発明の試薬は、上記構成要素に加えて、試薬を構成するバッファー、培地、添加物(例えば、菌による反応を促進するような添加物)、使用説明書などを含んでもよい。試薬の形態は特に限定されるものではないが、有効成分の形態(菌体、菌体培養物など)に応じて、懸濁液、顆粒、粉末、カプセルなどとすることができる。トマチジン生成活性を有する菌などを試薬として提供することにより、トマチジンの製造をより迅速かつ簡便に行うことが可能となる。
【0045】
2.トマチジン及びトマチジン含有組成物
トマチジンは、動物の健康に有益な様々な効果があることが知られ、例えば、抗癌・抗炎症効果、血中コレステロール低下効果、心臓保護効果、デングウイルスに対する抗ウイルス効果、筋萎縮抑制効果、ビタミンD様効果などが報告されている。そのため、本発明の方法によって製造されたトマチジン及びトマチジンを含有する組成物は、そのような効果を利用した用途のために使用することができる。
【0046】
一態様において、本発明は、上記方法によって製造されたトマチジンを提供する。また別の態様において、本発明は、上記方法によって製造されたトマチジンを含有する組成物を提供する。
【0047】
上述した方法により得られるトマチジンは、産物としてのトマチジンをそのまま使用してもよいし、あるいは、上述したように単離及び/又は精製されたトマチジン又はトマチジン含有画分として使用してもよい。例えば、α-トマチン含有原料の存在下でトマチジン生成活性を有する菌を培養して生成されたトマチジンの培養液をそのまま使用することができる。さらに、産物としてのトマチジン、単離及び/又は精製されたトマチジン又はトマチジン含有画分を、当技術分野で公知の方法により、例えば後述する製剤化手法により、組成物として調製してもよい。
【0048】
上述した方法により得られるトマチジン又はトマチジン含有組成物は、そのトマチジンの効果を利用した用途に用いることができる。例えばがん若しくは炎症の治療若しくは予防、心血管系疾患の治療若しくは予防、デングウイルス感染症の治療若しくは予防、筋委縮の予防、肌荒れ防止、又は肌の保湿などに使用することができる。
【0049】
また上述した方法により得られるトマチジン又はトマチジン含有組成物には、目的とする効果を阻害しない限り、公知の添加剤、他の公知の有効成分などを単独又は複数組み合わせて添加してもよい。従って、トマチジン又はトマチジン含有組成物を当技術分野で公知の方法により製剤化することができる。
【0050】
上記トマチジン又はトマチジン含有組成物の形態は特に限定されるものではないが、例えば、培養後に得られる培養液のままの懸濁液の形態、並びに当技術分野で公知の手法により処理して得られる錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、粉剤、シロップ剤、ドライシロップ剤、クリーム剤、ローション剤などの形態とすることができる。組成物は、経口的に投与又は摂取することが容易な形態、あるいは局所的に適用又は塗布することが容易な形態とするのが好ましい。なお、懸濁液などの液体は、投与又は摂取直前に水又は他の適当な媒体に懸濁する形であってもよく、また錠剤、顆粒剤の場合には周知の方法でその表面をコーティングしてもよい。
【0051】
上述した形態の組成物は、トマチジン又はトマチジン含有組成物に、通常用いられる賦形剤、崩壊剤、結合剤、湿潤剤、安定剤、緩衝剤、滑沢剤、保存剤、界面活性剤、甘味料、矯味剤、芳香剤、酸味料、着色剤などの添加剤を配合し、常法に従って製造することができる。例えば、トマチジン又はトマチジン含有組成物を医薬又は健康増進目的で使用する場合には、薬学的に許容される担体又は添加剤を配合することができる。そのような薬学的に許容される担体及び添加物の例として、水、薬学的に許容される有機溶剤、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、水溶性デキストリン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、キサンタンガム、アラビアガム、カゼイン、ゼラチン、寒天、グリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン、マンニトール、ソルビトール、ラクトース、医薬添加物として許容される界面活性剤などが挙げられる。
【0052】
さらに、組成物には、医薬、化粧品、飲食品、飼料の製造に用いられる種々の添加剤やその他種々の物質を共存させてもよい。このような物質や添加剤としては、各種油脂(例えば、大豆油、コーン油、サフラワー油、オリーブ油などの植物油、牛脂、イワシ油などの動物油脂)、生薬(例えばロイヤルゼリー、人参など)、アミノ酸(例えばグルタミン、システイン、ロイシン、アルギニンなど)、多価アルコール(例えばエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、糖アルコール、例としてソルビトール、エリスリトール、キシリトール、マルチトール、マンニトールなど)、天然高分子(例えばアラビアガム、寒天、水溶性コーンファイバー、ゼラチン、キサンタンガム、カゼイン、グルテン又はグルテン加水分解物、レシチン、澱粉、デキストリンなど)、ビタミン(例えばビタミンC、ビタミンB群など)、ミネラル(例えばカルシウム、マグネシウム、亜鉛、鉄など)、食物繊維(例えばマンナン、ペクチン、ヘミセルロースなど)、界面活性剤(例えばグリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステルなど)、精製水、賦形剤(例えばブドウ糖、コーンスターチ、乳糖、デキストリンなど)、安定剤、pH調製剤、酸化防止剤、甘味料、呈味成分、酸味料、着色料及び香料などが挙げられる。
【0053】
また、組成物には、トマチジン以外の機能性成分、医薬成分、化粧品成分又は添加剤を配合することができる、機能性成分、医薬成分、化粧品成分又は添加剤の配合量は、その種類と所望の投与量又は摂取量に応じて適宜決められる。
【0054】
なお、製造される組成物を投与する又は摂取させる対象は、哺乳動物、例えばヒト、霊長類(サル、チンパンジーなど)、家畜動物(ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、トリなど)、ペット用動物(イヌ、ネコなど)、実験動物(マウス、ラットなど)などである。特に、トマチジンの摂取が望まれる対象、一例として筋委縮の予防が望まれる高齢者などが対象として好ましい。組成物の投与又は摂取量は、対象の年齢及び体重、投与・摂取経路、投与・摂取回数、投与目的などにより異なり、目的とする効果を達成できるように当業者の裁量によって広範囲に変更することができる。
【0055】
組成物中のトマチジン又はトマチジン含有画分の含有量は、組成物の形態、使用対象、使用目的、製造の容易性、好ましい一日投与量などに応じて異なり、当業者であればそれらを考慮して適宜設定することができる。例えば、組成物は、トマチジン又はトマチジン含有画分を0.01重量%~50重量%、好ましくは0.05重量%~20重量%で含有し得る。1日当たりの摂取量は、1回で摂取してもよいが、数回に分けて摂取してもよい。また、その投与又は摂取の頻度も、特に限定されず、投与・摂取経路、対象の年齢及び体重、目的とする効果の種々の条件に応じて適宜選択することが可能である。組成物の投与・摂取経路は特に限定されないが、経口投与若しくは経口摂取、又は局所投与若しくは局所塗布とすることが好ましい。例えば、飲食品又は飼料中に配合して、あるいは錠剤や顆粒剤などとして、経口的に投与又は摂取することが可能であり、あるいは化粧品又は医薬部外剤中に配合して、局所的に投与又は適用することが可能である。
【0056】
また組成物は、他の医薬、治療又は予防法等と併用してもよい。このような他の医薬は、組成物と共に一製剤を成していてもよいし、また、別々の製剤であって同時に又は間隔を空けて投与してもよい。
【0057】
一実施形態において、トマチジン又はトマチジン含有画分を化粧品に配合し、化粧品組成物として使用することができる。配合する化粧品は、肌荒れ防止や保湿が望まれる皮膚に適用される化粧品であれば特に限定されるものではない。例えば、化粧水、乳液、クリーム、ヘアケア用品(シャンプー、トリートメント等)などを挙げることができる。化粧品組成物は、化粧品として許容される賦形剤又は担体、例えば増量剤、結合剤、湿潤剤、滑沢剤、界面活性剤、分散剤、緩衝剤、pH調整剤、保存剤、溶解補助剤、防腐剤、吸収促進剤、安定化剤、等張化剤、芳香剤などを含み得る。また化粧品組成物は、他の公知の保湿成分(レチノール誘導体、ビタミンE誘導体など)、並びに他の成分(柔軟剤、抗炎症剤、ミネラル、アミノ酸など)を含んでもよい。化粧品組成物は、その形態に応じて、常法により、例えば混合等の方法で製造することができる。
【0058】
一実施形態において、トマチジン又はトマチジン含有画分を食品(飲食品及び飼料)に配合し、食品組成物として使用することができる。本発明により製造されるトマチジンは、食品を起源とする微生物又はヒト腸内由来微生物を使用して生成されたものであり、安全性が高く長期間の継続的摂取が容易であるため、飲食品及び飼料にも使用できる。配合する食品には、飲料、サプリメント及び飼料も包含され、トマチジンにより健康増進を図る健康飲食品、機能性飲食品、特定保健用飲食品、サプリメント(栄養補助食品、健康補助食品、栄養補助剤)などの他、全ての食品、飲料、サプリメント及び飼料が含まれる。食品の具体例としては、経管経腸栄養剤などの流動食、錠菓、錠剤、チュアブル錠、錠剤、粉剤、散剤、カプセル剤、顆粒剤及びドリンク剤などの製剤形態の健康飲食品及び栄養補助飲食品;茶飲料、清涼飲料、ゼリー飲料、スポーツ飲料、乳飲料、炭酸飲料、野菜飲料、果汁飲料、発酵乳飲料、乳飲料(コーヒー牛乳など)、粉末飲料、ココア飲料、牛乳並びに精製水などの飲料;バター、ジャム、ふりかけ及びマーガリンなどのスプレッド類;マヨネーズ、ショートニング、カスタードクリーム、ドレッシング類、パン類、米飯類、麺類、パスタ、味噌汁、豆腐、ヨーグルト、スープ又はソース類、菓子(例えば、ビスケットやクッキー類、チョコレート、キャンディ、ケーキ、アイスクリーム、チューインガム、タブレット)などが挙げられる。
【0059】
本発明において、食品組成物は、トマチジン又はトマチジン含有画分のほかに、その食品の製造に用いられる他の食品素材、各種栄養素、各種ビタミン、ミネラル、食物繊維、種々の添加剤(例えば呈味成分、甘味料、有機酸などの酸味料、安定剤、フレーバー)などを配合して、常法に従って製造することができる。食品中のトマチジン又はトマチジン含有画分の配合量は、食品の形態や求められる食味又は食感を考慮して、当業者が適宜定めることができる。食品は、当業者が利用可能である任意の適切な方法によって製造することができる。例えば、トマチジン又はトマチジン含有画分を、液体状、ゲル状、固体状、粉末状又は顆粒状に調製した後、それを食品に配合することができる。あるいはトマチジン又はトマチジン含有画分を、食品の原料中に直接混合又は溶解してもよい。トマチジン又はトマチジン含有画分は、食品に塗布、被覆、浸透又は吹き付けてもよい。
【0060】
食品組成物は、飲食品に慣用的に使用されるような各種添加物を配合してもよい。添加物としては、限定するものではないが、発色剤(亜硝酸ナトリウム等)、着色料(クチナシ色素、赤102等)、香料(オレンジ香料等)、甘味料(ステビア、アステルパーム等)、保存料(酢酸ナトリウム、ソルビン酸等)、乳化剤(コンドロイチン硫酸ナトリウム、プロピレングリコール脂肪酸エステル等)、酸化防止剤(EDTA二ナトリウム、ビタミンC等)、pH調整剤(クエン酸等)、化学調味料(イノシン酸ナトリウム等)、増粘剤(キサンタンガム等)、膨張剤(炭酸カルシウム等)、消泡剤(リン酸カルシウム)等、結着剤(ポリリン酸ナトリウム等)、栄養強化剤(カルシウム強化剤、ビタミンA等)、賦形剤(水溶性デキストリン等)等が挙げられる。
【0061】
さらにトマチジン又はトマチジン含有画分は、ヒト用の飲食品のみならず、家畜(ウシ、ブタなど)、競走馬、ペット(イヌ、ネコなど)の動物の飼料にも配合することができる。飼料は、対象がヒト以外であることを除き飲食品とほぼ等しいことから、上記の食品組成物に関する記載は、飼料についても同様に当てはめることができる。
【実施例0062】
以下、本発明を実施例及び図面によりさらに具体的に説明する。ただし、以下の実施例は、本発明を限定するものではない。
【0063】
なお、実施例において使用するトマト由来トマチン(純度>80%)は東京化学工業株式会社(Tokyo, Japan)から購入した。トマチジン塩酸塩(純度>85%)はSigma-Aldrich(St. Louis, Missouri, United States)から購入した。α-トマチンを、20mMストック溶液のために50mMクエン酸カリウムバッファー溶液(pH4.0)に溶解し、これをトマチジン生成活性アッセイに使用した。α-トマチン及びトマチジンの標準溶液をメタノールに溶解して調製し、HPLC分析及びLC-MS分析のために-20℃で保存した。
【0064】
実施例におけるHPLC分析によるα-トマチン及びトマチジンの定量分析は次の通り行った。スクリーニングにおける微生物による反応混合物を、真空脱気装置、バイナリポンプ、オートサンプラー、カラムオーブン及びUV-VIS検出器を備えたShimadzu HPLCシステム(Shimadzu, Kyoto, Japan)によって分析した。20μLのサンプルを35℃に保温した5C18-AR-IIカラム(4.6 ID x 150 mm; COSMOSIL, nacalai tesque, Kyoto, Japan)に注入した。勾配溶出用移動相は、(A)25mMトリエチルアミンフォスフェイトバッファー(pH3.0)及び(B)アセトニトリルから構成されるものとした。溶出プログラムは以下の通りであった:0~14分の20%~45% B、14~19分の45%~55% B、19~22分の55%~57% B、22~27分の20% B。流速は1.0 ml/分で、検出波長は205nmで行った。
【0065】
実施例におけるHPLC-ESI/MS分析による代謝物の確認は次の通り行った。α-トマチン、トマチジン標準、及びトマチジン生成活性を有する微生物による反応混合物をLC-MSによって分析した。実験は、真空脱ガス装置、バイナリポンプ、オートサンプラー、カラムオーブン及びフォトダイオードアレイ検出器を備えたShimadzu LCMS-2010A質量分析計(Shimadzu, Kyoto, Japan)で行った。使用した条件は次のとおりである。5μLのサンプルを35℃に保温した2.5C18-MS-IIカラム(3.0 ID x 100 mm; COSMOSIL)に注入した。勾配溶出用移動相は、(A)0.1%ギ酸/水(v/v)及び(B)0.1%ギ酸/アセトニトリル(v/v)から構成されるものとした。溶出プログラムは以下の通りであった:0~19.6分の20%~45% B、19.6~26.6分の45%~55% B、26.6~30.8分の55%~57% B、30.8~37.8分の20% B。流量は0.2 ml/分で、PDA検出範囲は190~210nmであり、検出波長として205nmを使用した。サンプルを、2 kVの毛細管電圧を有する正のエレクトロスプレーイオン化モードで分析した。質量スペクトルは、m/z 200~1200の質量範囲で得た。
【0066】
[実施例1]トマチジン生成活性を有する食品関連微生物のスクリーニング
乳酸菌、酢酸菌、酵母、バチルス属種(Bacillus sp.)及びアスペルギルス属種(Aspergillus sp.)を含む合計914株の食品関連微生物を理化学研究所 バイオリソース研究センター 微生物材料開発室(Japan Collection of Microorganisms:JCM)又は製品評価技術基盤機構(National Institute of Technology and Evaluation:NITE)から購入した。加えて、ピクルスから単離された120株の乳酸菌を用いた。トマチジン生成活性をスクリーニングするために、乳酸菌を、15mLのDe Man, Rogosa, Sharpe培地(MRS)ブロス(Difco Laboratories, Detroit, Mich.)に接種し、28℃で24時間、300ストローク/分で振盪した。酵母、酢酸菌及びバチルス属種をそれぞれ7mLの酵母ペプトンデキストロースブロス(酵母エキス10g/L、ペプトン20g/L、デキストロース20g/L)、アセトバクターブロス(酵母エキス10g/L、デキストロース3g/L、炭酸カルシウム10g/L)、及び栄養ブロス(ペプトン10g/L、牛肉エキス10g/L、塩化ナトリウム5g/L)に接種し、28℃で24時間、300ストローク/分で振盪した。培養後、菌体を1,500×gで15分間遠心することによって回収した。次いで、菌体ペレットを0.85%NaCl溶液に再懸濁し、2mL遠心管に移した。菌体懸濁液を再び15,000×gで10分間遠心し、ペレットを直ちに休止菌体反応(resting cell reaction)に使用した。一方、アスペルギルス属種は、7mLのポテトデキストロースブロス(Difco Laboratories, Detroit, MI, USA)に接種し、28℃で72時間、300ストローク/分で振盪した。菌糸体は、Miracloth(Merck Millipore, Billerica, MA, USA)を通して培養物を濾過し、続いて滅菌水で洗浄する工程によって得た。次いで、25mgの菌糸体を、休止菌体反応のために2mLの遠心分離チューブに移した。
【0067】
休止菌体反応について、別段の指定がない限り、標準アッセイ混合物は、50mM酢酸ナトリウムバッファー(pH 5.5)、1mM α-トマチン及び菌体を最終容量500μLで含有した。反応は、ベンチトップシェーカーDeep Well Maximizer(Taitec Corporation, Saitama, Japan)中で1,000ストローク/分で24時間振盪しながら37℃で実施した。次いで、サンプルを凍結乾燥し、HPLC分析によるα-トマチン及びトマチジン定量のために同量のメタノールに再懸濁した。
【0068】
様々な供給源からの広範囲の食品関連微生物についてスクリーニングを行ったところ、トマチジン生成活性が、下の表1に示すようにアスペルギルス属種(Aspergillus sp.)の11株に認められた。興味深いことに、トマチジン生成活性を示す株は、A. nigerの7株、A. awamoriの2株、及びA. luchuensisの2株を含むNigriのセクションからであった。
【0069】
【表1】
【0070】
休止菌体反応の条件下で、これらの菌株の菌糸体のトマチジン生成活性を比較した(図1A)。A. niger JCM 5546株の菌糸体は最高の変換率を示し、1mM α-トマチンから0.60mMトマチジンが生成された。最も低い変換率を示した菌株(A. niger JCM 5549株)でも0.19mMトマチジンが検出され、活性は低いもののトマチジン生成活性を有することが確認された。
【0071】
アスペルギルス属菌のどの画分がトマチジン生成活性に寄与するかを調べるために、培養ろ液(culture filtrate)及び胞子(conidia)に対しても同じアッセイを行った(図1B及び図1C)。胞子については、全ての株でトマチジン生成活性が検出されたが、A. niger JCM 5546株は最も多く(0.48mM)トマチジンを生成し、最も少ない場合でも1mM α-トマチンから0.23mMトマチジンが生成された(A. niger JCM 1864株)。A. luchuensis JCM 22302株については、1mM α-トマチンから出発して、菌糸体は0.57mMのトマチジンを生成し(図1A)、一方、胞子は0.47mMのトマチジンを生成した(図1C)。したがって、菌糸体中のトマチジン生成酵素は胞子のトマチジン生成酵素よりもわずかに活性が高い。しかし、大部分の株の培養ろ液ではトマチジン生成活性は検出されず、A. awamori JCM 22322株及びA. niger JCM 5638株ではトマチジン生成が限られていた。
【0072】
上記の通り、A. niger JCM 5546株及びA. luchuensis JCM 22302株の菌糸体と胞子が同じ反応条件下で最も高いトマチジン生成を示した。反応混合物中の1mM α-トマチンから出発して、基質のほぼ50%が、両方の株においてトマチジンに変換された。
【0073】
[実施例2]トマチジン生成活性を有する腸内細菌のスクリーニング
実施例1と同様の手順により、腸内細菌についてもスクリーニングを実施した。その結果、ヒト糞便由来のBacteroides uniformis JCM5828T株及びBacteroides stercoris JCM9496T株についてトマチジン生成活性が示され、JCM5828T株についてはα-トマチンの大部分が資化されてトマチジンに変化していた(図7)。
【0074】
さらに、α-トマチンからの糖鎖脱離反応がアグリコンのA環の水酸基から一度にテトラオースが離脱するのか、あるいは、テトラオースが単糖毎に分解されていくのかを、反応時間ごと(1時間、24時間)のアルカロイド組成を定量することで検証した。その結果、JCM5828T株は反応1時間では基質が十分資化されていなかったが、生成物はトマチジンのみであり他のアルカロイドの生成を示すピークはなかった。したがって、これらの菌株はα-トマチンからの糖鎖脱離反応がアグリコンのA環の水酸基から一度にテトラオースが離脱するトマチジン生成活性を有していると推測される。
【0075】
[実施例3]トマチジン生成活性を有する菌の特性決定
本実施例では、実施例1でスクリーニングされたアスペルギルス属種の菌株のうち、その比較的高いトマチジン生成活性のためA. luchuensis JCM 22302株をさらなる分析のために選択した。
【0076】
アスペルギルス胞子懸濁液を得るために、アスペルギルス属種(Aspergillus sp.)をポテトデキストロース寒天プレート(Difco Laboratories, Detroit, MI, USA)で増殖させ、28℃で72時間インキュベートした。胞子を、5mLの0.05%Tween 80溶液(w/v)中に懸濁することによって収集し、次いで、Miraclothを通して濾過した。各々の反応について、混合物中の胞子の濃度を2×105/μLに調整した。胞子を貯蔵するために、グリセロールを50%(v/v)最終濃度で懸濁液と混合し、使用するまで-80℃で凍結した。
【0077】
至適pHを調べるため、A. luchuensis JCM 22302株の胞子懸濁液のトマチジン生成活性を、pH2.5~11.0の範囲の異なるpH値で測定した。5つの異なるバッファーを調製して、反応pHをアッセイ混合物の緩衝範囲内に維持した:クエン酸-クエン酸ナトリウムバッファー(pH 2.5~4.0)、酢酸-酢酸ナトリウムバッファー(pH 4.0~5.5)、リン酸カリウムバッファー(pH 6.0~7.0)、Tris-HClバッファー(pH 7.5~9.0)、重炭酸-炭酸ナトリウムバッファー(pH 10.0~11.0)。
【0078】
至適温度については、A. luchuensis JCM 22302株の胞子懸濁液に対して、トマチジン生成活性アッセイを、上述した方法に従って4、16、28、37、45又は50℃で実施した。
【0079】
A. luchuensis JCM 22302株の胞子は50mM酢酸-酢酸ナトリウムバッファー中、pH5.5で最適なトマチジン生成活性を示したが(図2のA)、より高いpH値及びより低いpH値において活性は大幅に低下した。pH4.0の場合、50mM酢酸-酢酸ナトリウムバッファー中でトマチジン生成は検出されなかったが、50mMクエン酸-クエン酸ナトリウムバッファー中では0.24mMのトマチジンが検出され、これは最高レベルの63.3%であった。それにもかかわらず、A. luchuensis JCM 22302株の胞子からのトマチジン生成酵素は、酸性pH範囲で一般に活性であった。さらに、トマチジン生成活性の至適温度は37℃であった(図2のB)。
【0080】
上記の通り、A. luchuensis JCM 22302株の胞子の至適pHと温度を調べたところ、最も高い生産性はpH5.5と37℃で達成された。100℃での1N HClを用いた化学合成法と比較すると、生物変換プロセスにおける反応条件は非常に穏やかである。本実施例の条件では、α-トマチンは完全には分解されず、反応は24時間で停止し、最大収率は47%であった。
【0081】
[実施例4]トマチジン生成活性の検討
実施例1でスクリーニングされたアスペルギルス属種の菌株のうち、Aspergillus luchuensis JCM 22302株が有するトマチジン生成活性について検討した。
【0082】
(1)至適pH及び温度におけるAspergillus luchuensis JCM 22302株の経時分析
A. luchuensis JCM 22302株の胞子懸濁液は、実施例3に記載の手順によって調製した。至適pH及び温度で、トマチジン生成活性アッセイを、各時間経過サンプルに対して3回実施し、そして反応を、0時間、2時間、4時間、8時間、14時間、24時間及び48時間の時点で、サンプルを-80℃で凍結することによって停止させた。
【0083】
48時間培養後、分生子の形態を光学顕微鏡で観察したところ、胞子形成や菌糸の成長は見られなかった。このことから、トマチナーゼ活性は胞子のみが寄与していることが示唆された。経時的分析を行った結果、トマチジン生成速度は最初の4時間で最大に達し、次いで24時間まで徐々に減速し、最後に48時間で停止した(図3)。24時間後、反応混合物中で観察されたトマチジン濃度のさらなる増加はなかった。時間経過分析のHPLCクロマトグラムは、α-トマチンの消費が、検出可能な中間体生成なしに、トマチジンの生成と比があることを示した(図4)。α-トマチン及びトマチジンを表すピークは、HPLC-MS分析によって同定した。
【0084】
至適pH及び温度での24時間の反応において、トマチジンの収率は平均34.9%であり、これは、初期α-トマチン濃度の増加に有意に影響されなかった(図5)。簡単に説明すると、トマチジンの最も高い収率は1mM基質濃度(39.4%)で観察され、トマチジンの最も低い収率は0.5mM基質濃度(28.6%)で観察される。各反応のHPLCクロマトグラムは増加する基質濃度で中間ピークが検出されなかったが、α-トマチンの消費はトマチジンの生成に変換されたことを示した。
【0085】
(2)Aspergillus luchuensis JCM 22302株の胞子のα-トマチン耐性
Aspergillus luchuensis JCM 22302株の胞子懸濁液を、α-トマチン濃度を増加させてトマチジンの収率を測定することによって、α-トマチン耐性について試験した。反応は、決定された至適pH及び温度で、それぞれ0.5、1、2、3、4及び5mM α-トマチンを含有して、24時間行った。次いで、サンプルを凍結乾燥し、HPLC分析のために同じ容量のメタノールに再懸濁した。
【0086】
A. luchuensis JCM 22302株の胞子はα-トマチンに対して高度に耐性であり、5mMの初期基質濃度まで安定なトマチジン生成活性を示した。α-トマチンは毒性物質であり、その濃度はトマト植物の異なる部分で変化し、例えば、葉は最大1mMのα-トマチンを含む。微生物の生存は、生物変換プロセスにおける酵素の産生を確実にするために重要であるため、このようなα-トマチンに対する高い耐性を有する菌株が好ましい。さらに、高い基質耐性はまた、工業用途におけるトマト抽出物の濃縮を可能にし、これは、より多くのα-トマチンが各バッチにおいて発酵槽に供給され得るので、トマチジンの生産性を増加させ得る。
【0087】
トマチジン生成酵素の1種であるトマチナーゼについてα-トマチン上の切断部位がいくつか報告されている。F. oxysporum f. sp. lycopersici及びStreptomyces scabiesはトマチジン-リコテトラオース結合でα-トマチンを切断し、一段階反応で糖部分を放出する(Ryan F. Seipke, Journal of Bacteriology. 190, 7684-7692 (2008))。Septoria lycopersici由来のトマチナーゼは末端β-1,2-結合D-グルコースを加水分解し、3-糖トマチン、すなわちβ2-トマチンを生じる。さらに、Botrytis cinereaは末端D-キシロースを加水分解し、β1-トマチンを与える。A. luchuensis JCM 22302株による切断様式も経時的分析により明らかにされた。上昇時点でのHPLCクロマトグラムによれば、α-トマチンの消費は、検出された中間ピークを伴わないトマチジンの生成に比例する。この結果は、α-トマチン上のA. luchuensis JCM 22302株による切断部位がF. oxysporum f. sp. lycopersici及びStreptomyces scabiesと同じであることを意味する(図6)。これは、α-トマチン耐性試験の結果と、基質濃度の増加に伴って中間ピークも検出されなかったという証拠とも相関する。これまでのところ、トマチジン生成活性(トマチナーゼ活性)を有する全ての報告された植物病原体は、加水分解によってα-トマチンを分解する。A. luchuensis JCM 22302株由来のトマチジン生成酵素の反応機構を理解するためにはさらなる研究が必要であるが、本明細書は食品を起源とする微生物又はヒト腸内由来微生物を用いたトマチジン生成の有用性を初めて示すものである。
図1A
図1B
図1C
図2
図3
図4
図5
図6
図7