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  • 特開-ダイヤモンド被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024128425
(43)【公開日】2024-09-24
(54)【発明の名称】ダイヤモンド被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20240913BHJP
   B23B 27/20 20060101ALI20240913BHJP
   C23C 16/27 20060101ALI20240913BHJP
   C23C 16/511 20060101ALN20240913BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B27/20
B23B27/14 B
C23C16/27
C23C16/511
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023037396
(22)【出願日】2023-03-10
(71)【出願人】
【識別番号】523194617
【氏名又は名称】NTKカッティングツールズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】櫛引 貫志
(72)【発明者】
【氏名】豊田 亮二
【テーマコード(参考)】
3C046
4K030
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF12
3C046FF33
3C046FF40
3C046FF55
4K030AA09
4K030AA14
4K030AA17
4K030BA28
4K030BB12
4K030CA01
4K030DA08
4K030FA01
4K030LA22
(57)【要約】
【課題】基材に対するダイヤモンド層の密着性が高いダイヤモンド被覆切削工具を提供する。
【解決手段】ダイヤモンド被覆切削工具1は、窒化珪素焼結体又はサイアロン焼結体からなる基材3と、基材3の表面を被覆したダイヤモンド層7と、を備える。基材3は25℃から600℃における平均熱膨張係数xが、2.6×10-6/K≦x≦4.0×10-6/Kを満たし、かつダイヤモンド層7は、50MPa以上1800MPa以下の圧縮残留応力を有する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化珪素焼結体又はサイアロン焼結体からなる基材と、前記基材の表面を被覆したダイヤモンド層と、を備えたダイヤモンド被覆切削工具であって、
前記基材は25℃から600℃における平均熱膨張係数xが、
2.6×10-6/K≦x≦4.0×10-6/K
を満たし、かつ
前記ダイヤモンド層は、50MPa以上1800MPa以下の圧縮残留応力を有する、ダイヤモンド被覆切削工具。
【請求項2】
前記基材の窒化珪素焼結体又はサイアロン焼結体は、
β窒化珪素又はβサイアロンを含有する第1相と、
Tiの窒化物、Tiの炭窒化物、Tiの炭化物、12H-サイアロン、15R-サイアロン、21R-サイアロン、及びαサイアロンからなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する第2相と、を含む、請求項1に記載のダイヤモンド被覆切削工具。
【請求項3】
前記基材の窒化珪素焼結体又はサイアロン焼結体は、
Alを酸化物換算で2質量%以上35質量%以下含有する窒化珪素焼結体、又は
Alを酸化物換算で2質量%以上35質量%以下含有するサイアロン焼結体である、請求項1又は請求項2に記載のダイヤモンド被覆切削工具。
【請求項4】
前記基材の窒化珪素焼結体又はサイアロン焼結体は、
Tiの窒化物、Tiの炭窒化物、及びTiの炭化物から選ばれる少なくとも1種を、合計で5質量%以上20質量%以下含有する窒化珪素焼結体、又は
Tiの窒化物、Tiの炭窒化物、及びTiの炭化物から選ばれる少なくとも1種を、合計で5質量%以上20質量%以下含有するサイアロン焼結体である、請求項1又は請求項2に記載のダイヤモンド被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ダイヤモンド被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、母材表面に気相合成法によってダイヤモンド薄膜を被覆したダイヤモンド被覆超硬合金工具を開示する。このダイヤモンド被覆超硬合金工具は、ダイヤモンド膜の応力を緩和するためにダイヤコートを気相合成する際に膜中に窒素をドープし成膜時の残留応力を調整し、膜に引張応力をかけ膜基材界面の密着性を向上させている。
【0003】
特許文献2は、人工ダイヤモンド被覆超硬合金製切削工具を開示する。この人工ダイヤモンド被覆超硬合金製切削工具は、気相合成法によるダイヤ被膜の形成を複数回繰り返し施すことによって、高い圧縮残留応力を有する、と記載されている。
【0004】
特許文献3は、基材と、基材の表面を被覆したダイヤモンド層と、を備えたダイヤモンド被覆切削工具を開示する。ダイヤモンド層は、基材と接する部分から結晶成長方向に伸びる空隙を複数有している。このダイヤモンド被覆切削工具は、隣り合う各空隙の中心の間の平均間隔を特定範囲にすることで、基材に対するダイヤモンド層の密着性を向上でき、耐剥離性が向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7-076775号公報
【特許文献2】特開平9-234604号公報
【特許文献3】特開2021-142575号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1のように、ダイヤモンドコーティングに他元素等をドープするとダイヤモンドの純度が下がり、ダイヤモンドコーティングの諸物性に影響を及ぼす可能性がある。また、特許文献2のように、ダイヤ被膜に過度な残留圧縮応力を付与すると、十分な被膜の密着性が得られない懸念がある。また、特許文献3よりも適用範囲が広い、新規な技術が求められている。
本開示は、上記実情に鑑みてなされたものであり、基材に対するダイヤモンド層の密着性が高いダイヤモンド被覆切削工具を提供することを目的とする。本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
〔1〕窒化珪素焼結体又はサイアロン焼結体からなる基材と、前記基材の表面を被覆したダイヤモンド層と、を備えたダイヤモンド被覆切削工具であって、
前記基材は25℃から600℃における平均熱膨張係数xが、
2.6×10-6/K≦x≦4.0×10-6/K
を満たし、かつ
前記ダイヤモンド層は、50MPa以上1800MPa以下の圧縮残留応力を有する、ダイヤモンド被覆切削工具。
【0008】
〔2〕前記基材の窒化珪素焼結体又はサイアロン焼結体は、
β-窒化珪素又はβ-サイアロンを含有する第1相と、
Tiの窒化物、Tiの炭窒化物、Tiの炭化物、12H-サイアロン、15R-サイアロン、21R-サイアロン、及びα-サイアロンからなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する第2相と、を含む、〔1〕に記載のダイヤモンド被覆切削工具。
【0009】
〔3〕前記基材の窒化珪素焼結体又はサイアロン焼結体は、
Alを酸化物換算で2質量%以上35質量%以下含有する窒化珪素焼結体、又は
Alを酸化物換算で2質量%以上35質量%以下含有するサイアロン焼結体である、〔1〕又は〔2〕に記載のダイヤモンド被覆切削工具。
【0010】
〔4〕前記基材の窒化珪素焼結体又はサイアロン焼結体は、
Tiの窒化物、Tiの炭窒化物、及びTiの炭化物から選ばれる少なくとも1種を、合計で5質量%以上20質量%以下含有する窒化珪素焼結体、又は
Tiの窒化物、Tiの炭窒化物、及びTiの炭化物から選ばれる少なくとも1種を、合計で5質量%以上20質量%以下含有するサイアロン焼結体である、〔1〕から〔3〕までのいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆切削工具。
【発明の効果】
【0011】
本開示のダイヤモンド被覆切削工具は、基材に対するダイヤモンド層の密着性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】ダイヤモンド被覆切削工具の一例の斜視図である。
図2】ダイヤモンド被覆切削工具の一例の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.ダイヤモンド被覆切削工具1
(1)ダイヤモンド被覆切削工具1の構成
ダイヤモンド被覆切削工具1は、窒化珪素焼結体又はサイアロン焼結体からなる基材3と、基材3の表面を被覆したダイヤモンド層7と、を備える。基材3は25℃から600℃における平均熱膨張係数xが、以下の関係式1を満たす。
2.6×10-6/K≦x≦4.0×10-6/K ・・・関係式1
更に、ダイヤモンド層7は、50MPa以上1800MPa以下の圧縮残留応力を有する。
【0014】
(2)基材3
(2.1)基材3の平均熱膨張係数x
上述のように、基材3の25℃から600℃における平均熱膨張係数xは、基材3に対するダイヤモンド層7の密着性を向上させる観点から、上記関係式1を満たすことが好ましく、下記関係式2を満たすことがより好ましく、下記関係式3を満たすことが更に好ましい。なお、平均熱膨張係数xは、TMA(Thermo Mechanical Analysis)を用いて測定できる。
2.8×10-6/K≦x≦3.7×10-6/K ・・・関係式2
3.0×10-6/K≦x≦3.5×10-6/K ・・・関係式3
【0015】
基材3の平均熱膨張係数xは、基材3の成分の種類と、各成分の含有量を調整してコントロールできる。以下の説明では、Tiの窒化物、Tiの炭窒化物、及びTiの炭化物をTiの化合物とも称する。また、12H-サイアロン、15R-サイアロン、21R-サイアロンをポリタイプサイアロンとも称する。
β-窒化珪素及びβ-サイアロンは、相対的に熱膨張係数が小さく、Tiの化合物、ポリタイプサイアロン、及びα-サイアロンは、相対的に熱膨張係数が大きい傾向がある。よって、例えば、基材3における、β-窒化珪素及びβ-サイアロンの合計の含有量を小さくし、Tiの化合物、ポリタイプサイアロン、及びα-サイアロンの合計の含有量を大きくすると、平均熱膨張係数xを大きくできる。また、例えば、基材3における、β-窒化珪素、β-サイアロン、及びα-サイアロンの合計の含有量を大きくし、Tiの化合物及びポリタイプサイアロンの合計の含有量を小さくすると、平均熱膨張係数xを小さくできる。
【0016】
(2.2)基材3の好ましい構成例
基材3は、β-窒化珪素又はβ-サイアロンを含有する第1相と、Tiの窒化物、Tiの炭窒化物、Tiの炭化物、12H-サイアロン、15R-サイアロン、21R-サイアロン、及びα-サイアロンからなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する第2相と、を含むことが好ましい。
【0017】
第1相の面積割合及び第2相の面積割合は、上記の関係式1を満たす限り、特に限定されない。第1相の面積割合は、靱性を高める観点から、基材3全体の面積を100%とした場合に、50%以上であることが好ましい。上記の第1相の面積割合の上限値は特に限定されず、例えば、95%以下であってもよい。第2相の面積割合は、基材3全体の面積を100%とした場合に、40%以下であることが好ましい。上記の第2相の面積割合の下限値は特に限定されず、0%より大きく、例えば、5%以上であってもよい。
なお、第1相及び第2相の面積割合は、基材3の切断面を走査型電子顕微鏡により2000倍の倍率で撮影し、画像解析して算出できる。
【0018】
第1相におけるβ-窒化珪素及びβ-サイアロンの合計の含有量は特に限定されない。第1相における上記の含有量は、60質量%以上が好ましい。第1相における上記の含有量の上限値は特に限定されず、100質量%以下であってもよい。
第2相におけるTiの化合物、ポリタイプサイアロン、及びα-サイアロンの合計の含有量は特に限定されない。第2相における上記の含有量は、60質量%以上が好ましい。第2相における上記の含有量の上限値は特に限定されず、100質量%以下であってもよい。
【0019】
第2相を含む基材3は、例えば、次のような原料を用いて、後述のダイヤモンド被覆切削工具1の製造方法によって製造できる。
第2相がTiの化合物を含有する場合には、原料としてTiの化合物を用いればよい。このようにすれば、配合されたTiの化合物が、そのまま第2相を構成し得る。
第2相がポリタイプサイアロン又はα-サイアロンを含有する場合には、原料としてAlの化合物と、特定の希土類元素の化合物を用いればよい。例えば、特定の希土類元素の化合物として、La(ランタン)の化合物を用いると、ポリタイプサイアロンが生成されやすい傾向にある。また、特定の希土類元素の化合物として、Y(イットリウム),Dy(ジスプロシウム),Er(エルビウム)からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物のみを用いると、α-サイアロンが生成されやすい傾向にある。このようにすれば、生成されたポリタイプサイアロン又はα-サイアロンによって、第2相を構成し得る。
【0020】
基材3を構成する窒化珪素焼結体は、例えば、窒化珪素焼結体全体に対するβ-窒化珪素とα-窒化珪素の合計量が50質量%以上の焼結体である。基材3を構成するサイアロン焼結体は、例えば、サイアロン焼結体全体に対するβ-サイアロンとα-サイアロンとポリタイプの合計量が50質量%以上の焼結体である。
【0021】
窒化珪素焼結体における窒化珪素(Si)は、Si(ケイ素)、N(窒素)よりなるセラミックスの結晶粒子であり、原料となる窒化珪素に焼結助剤等を加えて焼結される。窒化珪素は、等軸状の粒子形状を有したα相と針状の粒子形状を有したβ相が存在し、これらの構成比率によって靱性や硬度の特性を制御できる。β-窒化珪素は針状組織が絡み合った組織となるため、高靭性であり、α-窒化珪素は等軸状の粒子形状であるため、β-窒化珪素と比較して低靭性ではあるが、硬度が高い。窒化珪素焼結体に含まれる窒化珪素において、これらの結晶相種及び構成比率は、特に限定されない。
【0022】
窒化珪素焼結体は、周期表における4族元素、希土類元素及びMg(マグネシウム)よりなる群から選択される少なくとも一種以上の元素(以下において、「特定の元素」と称することがある。)を含有していてもよい。含有割合は特に限定されず、例えば、窒化珪素焼結体に対して、酸化物換算で0.5モル%以上かつ2.6モル%未満の範囲で含有してもよい。なお、ここでいう周期表は、「無機化学命名法-IUPAC1990年勧告-」G.J.Leich編、山崎一雄訳・著、1993年3月26日発行、株式会社東京化学同人発行の第43頁に記載された表I-3.2の「周期表の族の指定」による。
【0023】
前記特定の元素の一つである周期表の4族元素として、例えばチタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)等を好適例として挙げることができる。希土類元素としては、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、ランタノイド及びアクチノイドを挙げることができる。このランタノイドとしては、セリウム族元素とイットリウム族元素とを挙げることができ、前記セリウム族元素としては、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジウム(Pr)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)、及びサマリウム(Sm)を挙げることができ、イットリウム族元素としては、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、及びルテチウム(Lu)を挙げることができる。前記アクチノイドとしてはアクチニウム(Ac)、トリウム(Th)等を挙げることができる。なお、酸化物換算とは元素を酸化させるか酸素と結合した酸化物に換算することをいう。
【0024】
前記特定の元素はその一種単独が窒化珪素焼結体中に含まれていてもよく、また前記特定の元素のうちの複数種類の元素が窒化珪素焼結体中に含まれていてもよい。
【0025】
窒化珪素焼結体は、以下の観点から、Ti(チタン)の窒化物、Tiの炭窒化物、及びTiの炭化物から選ばれる少なくとも1種を、合計で5質量%以上20質量%以下含有することが好ましく、合計で5質量%以上15質量%以下含有することがより好ましく、合計で10質量%以上15質量%以下含有することが更に好ましい。窒化珪素焼結体がTi(チタン)の上記化合物を上記範囲内で含有することで、更なる耐剥離性が見込める。すなわち、ダイヤモンド層7より熱膨張係数が小さいマトリックスの窒化珪素(α-窒化珪素、β-窒化珪素)と、ダイヤモンド層7より熱膨張が大きいTi(チタン)の上記化合物と、が複合化することで、引張応力と圧縮応力がランダムにかかり応力が相殺されながら、焼結体全体の熱膨張が上記関係式1の範囲内になり、更なる耐剥離性が見込める。
Ti(チタン)の窒化物、Tiの炭窒化物、及びTiの炭化物の好適な例としては、TiC(1-x) (0≦X≦1)が挙げられる。
【0026】
サイアロン焼結体におけるサイアロン(SiAlON)は、Si(ケイ素)、Al(アルミニウム)、O(酸素)、N(窒素)よりなるセラミックスの結晶粒子である。サイアロンは原料となる窒化珪素、アルミナ、窒化アルミニウム、シリカ等のSi、Al、O、Nといった構成元素を含む原料粉末に焼結助剤等を加えて焼結して成る。サイアロン粒子には組成式Si6-ZAl8-Z(0<Z≦4.2)で表されるβ-サイアロンと、組成式Mx(Si,Al)12(O,N)16(0<X≦2、MはMg,Ca,Sc,Y,Dy,Er,Yb,Lu等の、侵入型となって固溶する元素を示す。)で示されるα-サイアロン等が存在している。β-サイアロンは窒化珪素と同様に針状組織が絡み合った組織となるため、高靭性であり、α-サイアロンは等軸状の粒子形状であるため、β-サイアロンと比較して低靭性ではあるが、硬度が高い。サイアロンにおいて、α-サイアロンとβ-サイアロンとの比率は、特に限定されない。
【0027】
サイアロン焼結体は、焼結助剤として用いられる希土類元素、例えば、Sc、Y、Dy、Yb、Er、Sm、Ce及びLuから成る群より選択される少なくとも一種の元素を酸化物換算で1質量%以上10質量%以下含有していてもよい。
【0028】
サイアロン焼結体は、ダイヤモンド層7の耐剥離性をより向上させる観点から、Al(アルミニウム)を酸化物換算で2質量%以上35質量%以下含有することが好ましく、5質量%以上30質量%以下含有することがより好ましく、15質量%以上25質量%以下含有することが更に好ましい。
【0029】
サイアロン焼結体は、以下の観点から、Ti(チタン)の窒化物、Tiの炭窒化物、及びTiの炭化物から選ばれる少なくとも1種を、合計で5質量%以上20質量%以下含有することが好ましく、合計で5質量%以上15質量%以下含有することがより好ましく、合計で5質量%以上10質量%以下含有することが更に好ましい。サイアロン焼結体がTi(チタン)の上記化合物を上記範囲内で含有することで、更なる耐剥離性が見込める。すなわち、ダイヤモンド層7より熱膨張係数が小さいマトリックスのサイアロン焼結体と、ダイヤモンド層7より熱膨張が大きいTi(チタン)の上記化合物と、が複合化することで、引張応力と圧縮応力がランダムにかかり応力が相殺されながら、焼結体全体の熱膨張が上記関係式1の範囲内になり、更なる耐剥離性が見込める。
Ti(チタン)の窒化物、Tiの炭窒化物、及びTiの炭化物の好適な例としては、TiC(1-x) (0≦X≦1)が挙げられる。
【0030】
サイアロン焼結体は、耐剥離性を更に向上させる観点より、ポリタイプの結晶相を含むことが好ましい。ポリタイプとしては、12H、15R、及び21Rからなる群より選択される少なくとも一種であることが好ましい。すなわち、サイアロン焼結体は、12H-サイアロン(一般式:SiAl)、15R-サイアロン(一般式:SiAl)、及び21R-サイアロン(一般式:SiAl)からなる群より選択される少なくとも一種のポリタイプサイアロンを含むことが好ましい。
サイアロン焼結体がポリタイプの結晶相を含むことで、更なる耐剥離性が見込める。すなわち、相対的に熱膨張係数が小さいマトリックスのβ-サイアロンと、相対的に熱膨張係数が大きいサイアロン(ポリタイプサイアロン、α-サイアロン)と、が複合化することで、引張応力と圧縮応力がランダムにかかり応力が相殺されながら、焼結体全体の熱膨張が上記関係式1の範囲内になり、更なる耐剥離性が見込める。
サイアロン焼結体に含有されるポリタイプの結晶相は、焼結体をX線回折分析することにより同定できる。
【0031】
(3)ダイヤモンド層7
ダイヤモンド層7は、50MPa以上1800MPa以下の圧縮残留応力を有する。ダイヤモンド層7は、好ましくは150MPa以上1600MPa以下の圧縮残留応力を有し、より好ましくは300MPa以上1400MPa以下の圧縮残留応力を有する。
【0032】
ダイヤモンド層7の残留応力は、sinΨ法により測定する。測定箇所は、ダイヤモンド被覆切削工具1のすくい面7Aにおいて、ダイヤモンド被覆切削工具1の刃先から1500μmまでの位置とする。残留応力は、Cu-Kα線を用いたX線回折装置で測定する。なお、超硬合金を基材とするダイヤモンド被覆切削工具では、基材に含まれるCo(コバルト)がダイヤモンドの結晶面と重なるため、上記の測定方法による圧縮応力の測定が困難である。本開示のダイヤモンド被覆切削工具1は、残留応力を正確に評価するために、Coを含有しないことが望ましい。
【0033】
ダイヤモンド層7の圧縮残留応力は、例えば、上記の基材3の熱膨張係数を調整してコントロールできる。基材3の熱膨張係数を大きくすれば、ダイヤモンド層7の圧縮残留応力を大きくできる。また、基材3の熱膨張係数を小さくすれば、ダイヤモンド層7の圧縮残留応力を小さくできる。
また、ダイヤモンド層7の残留応力は、例えば、後述するコーティング後処理によってコントロールできる。ブラスト処理における照射圧を大きくすれば、圧縮残留応力が大きくなる傾向にあり、小さくすれば、圧縮残留応力が小さくなる傾向にある。また、ブラスト処理における照射時間を大きくすれば、圧縮残留応力が大きくなる傾向にあり、照射時間を小さくすれば、圧縮残留応力が小さくなる傾向にある。
【0034】
ダイヤモンド層7は、膜の表面粗さを小さくし、高い皮膜靭性を備えさせるために、多層構造を有することが好ましい。ダイヤモンド層7は、多結晶ダイヤモンドからなることが好ましい。ここで、多結晶ダイヤモンドとは、ダイヤモンド微粒子が固く結合したものである。ダイヤモンド層7は、ホウ素、窒素、珪素等の異種原子、これらの元素以外の不可避不純物を含んでいてもよい。
【0035】
ダイヤモンド層7の形成方法は、特に限定されない。ダイヤモンド層7の形成方法は、CVD法(chemical vapor deposition)が好ましい。CVD法としては、マイクロ波プラズマCVD法、ホットフィラメントCVD法、高周波プラズマCVD法等が例示される。これらのCVD法の中でも、結晶粒径を細かく、表面粗さの小さい膜を得やすいマイクロ波プラズマCVD法が好適に用いられる。
【0036】
ダイヤモンド層7の厚みは、特に限定されない。ダイヤモンド層7の厚みは、8μm以上20μm以下が好ましい。8μm以上では密着性が向上し、20μm以下では刃先を鋭くしやすいので切削性能が向上する。
【0037】
(4)本開示の構成により、基材3に対するダイヤモンド層7の密着性が高まり、耐剥離性が向上する推測理由
本実施形態に係るダイヤモンド層7(ダイヤモンド被膜)の熱膨張係数は3.1×10-6/Kである。ダイヤモンド層7に適度な圧縮残留応力を付与して、基材3に対するダイヤモンド層7の密着性を向上するためには、ダイヤモンド層7に対する基材3の熱膨張係数を調整する必要がある。すなわち、ダイヤモンド層7よりも基材3の熱膨張係数が小さすぎる場合、ダイヤモンド層7に引張応力がかかり、基材3に対するダイヤモンド層7の密着性が低下してしまう。また、ダイヤモンド層7よりも基材3の熱膨張係数が大きすぎる場合、ダイヤモンド層7に過度な圧縮応力がかかり、基材3に対するダイヤモンド層7の密着性が低下してしまう。そこで、基材3の平均熱膨張係数xを上記関係式1に示す特定範囲とし、かつダイヤモンド層7にかかる圧縮残留応力を50MPa以上1800MPa以下とすることで、基材3に対するダイヤモンド層7の密着性が向上すると推測される。
そして、基材3に対するダイヤモンド層7の密着性が向上することにより、切削初期だけではなく、切削加工を長時間継続する際も剥離が生じにくくなり、工具の寿命が伸びると推測される。また、本開示のダイヤモンド被覆切削工具1は、より厳しい条件下で使用できるため、切削能率を上げることが可能である。
【0038】
2.ダイヤモンド被覆切削工具1の製造方法
ダイヤモンド被覆切削工具1の製造方法は特に限定されない。ダイヤモンド被覆切削工具1の製造方法の一例を以下に示す。
【0039】
(1)原料
原料として例えば次の原料粉末を使用する。
・主成分 α-Si粉末
・焼結助剤 Y(酸化イットリウム)、Yb(酸化イッテルビウム)、La(酸化ランタン)、CeO(酸化セリウム(IV))、Sm(酸化サマリウム)、Er(酸化エルビウム)、Dy(酸化ジスプロシウム)、MgO(酸化マグネシウム)、MgCO(炭酸マグネシウム)、Al(酸化アルミニウム)、AlN(窒化アルミニウム)、ZrO(酸化ジルコニウム)、TiN(窒化チタン)、TiC(炭化チタン)から選択
【0040】
(2)基材3の作製
原料粉末と、溶媒に溶解した有機バインダと、溶媒とを、ボールを用い湿式混合してスラリーを得る。スラリーを乾燥させ、所望(工具)の形状にプレス成形して成形体を得る。成形体を加熱装置内において、所定雰囲気下、例えば400℃から800℃にて、60分間から120分間の脱脂処理を施す。更に、脱脂した成形体を容器内に配置し、所定雰囲気下、例えば1700℃から1900℃で120分間から360分間にわたり加熱することにより、焼結体を得る。焼結体の理論密度が99%未満の場合は、更に例えば1000気圧の所定雰囲気下、例えば1500℃から1700℃で120分間から240分間のHIP処理(熱間等方圧加圧法:Hot Isostatic Pressing)を行い、理論密度で99%以上の緻密体とする。このようにして作製された焼結体又は緻密体が基材3に相当する。
【0041】
(3)コーティング前処理
ダイヤモンド層7のコーティング前にコーティング前処理を行ってもよい。コーティング前処理は、ダイヤモンド層7の基材3への密着性を高めるために行う。具体的には、基材3の表面の粗面化処理等が例示される。粗面化処理には、例えば電解研磨等の化学的腐食、SiC等の砥粒等によるサンドブラストが用いられる。
【0042】
(4)ダイヤモンド層7のコーティング(ダイヤモンド層7の形成)
ダイヤモンド層7のコーティングには、例えば、マイクロ波プラズマCVD法を用いることができる。原料ガスとして例えばメタン(CH)、水素(H)、一酸化炭素(CO)等を供給しコーティングする。コーティング処理は、例えば、以下2つの工程を繰り返し行う。設定膜厚になるまで下記核生成工程、及び結晶成長工程を繰り返し、多層構造のダイヤモンド層7を基材3の表面にコーティングする。
(4.1)核生成工程
メタンの濃度が10%から30%の範囲内で定められた設定値となるようにメタン及び水素の流量調節を行う。この際、基材3の表面温度が700℃から900℃の範囲内で定められた設定温度で、反応炉内のガス圧が2.5×10Paから3.0×10Paの範囲内で定められた設定圧で、その状態を0.1時間から2時間継続する。
(4.2)結晶成長工程
メタンの濃度が1%から4%の範囲内で定められた設定値になるようにメタン及び水素の流量調節を行う。この際、基材3の表面温度が800℃から900℃の範囲内で定められた設定温度で、反応炉内のガス圧が1.0×10Paから7.0×10Paの範囲内で定められた設定圧で、結晶成長させる。
【0043】
(5)コーティング後処理
コーティングされたダイヤモンド層7の残留応力の調整をSiC等の砥粒などによるブラスト処理により実施する。この際、ダイヤモンド層7の圧縮残留応力が50MPa以上1800MPa以下になるように、所定の圧力(0.1MPaから0.6MPa)、所定の照射時間(1sから40s)で、ダイヤモンド層7表面にブラスト処理を行う。
【実施例0044】
以下、実施例により更に具体的に説明する。
【0045】
1.ダイヤモンド被覆切削工具(実施例及び比較例)の作製
(1)基材の作製
平均粒径が1.0μm以下であるα-Si粉末、及び焼結助剤であるY(酸化イットリウム)、Yb(酸化イッテルビウム)、La(酸化ランタン)、CeO(酸化セリウム(IV))、Sm(酸化サマリウム)、Er(酸化エルビウム)、Dy(酸化ジスプロシウム)、MgO(酸化マグネシウム)、MgCO(炭酸マグネシウム)、Al(酸化アルミニウム)、AlN(窒化アルミニウム)、ZrO(酸化ジルコニウム)、TiN(窒化チタン)、TiC(炭化チタン)を、表1に記載の配合となるように秤量して原料粉末とした。なお、表1の「焼結助剤A」「焼結助剤B」の欄は、上段が化合物名を示し、下段が配合量(質量%)を表している。
原料粉末と、エタノールに溶解したマイクロワックス系の有機バインダと、エタノールとを、Si製のボールを用いボールミルで湿式混合してスラリーを得た。スラリーを乾燥させ、ISO規格でSPGN422の形状にプレス成形して成形体を得た。
成形体を加熱装置内において、1気圧の窒素雰囲気下、400℃から800℃にて、60分間から120分間の脱脂処理を施した。更に、脱脂した成形体をSi製の容器内に配置し、窒素雰囲気下、1700℃から1900℃で120分間から360分間にわたり加熱することにより、焼結体を得た。焼結体の理論密度が99%未満の場合は、更に1000気圧の窒素雰囲気下、1500℃から1700℃で120分間から240分間のHIP処理を行い、理論密度で99%以上の緻密体とした。このようにして作製された焼結体又は緻密体を基材とした。
【0046】
【表1】
【0047】
(2)コーティング
ダイヤモンド層のコーティングには、マイクロ波プラズマCVD法を用いた。原料ガスとしてメタン(CH)、水素(H)、一酸化炭素(CO)等を用いた。コーティング処理は、設定膜厚(12μm)になるまで(4.1)の欄で記載した核生成工程、及び(4.2)の欄で記載したの結晶成長工程を繰り返し、多層構造のダイヤモンド層を基材の表面にコーティングした。
【0048】
(3)コーティング後処理
コーティングされたダイヤモンド層に対して、粒度#600のSiC砥粒を用いたブラスト処理を行った。ブラスト処理における照射圧(MPa)及び照射時間(s、秒)は、表1に記載の条件とした。
【0049】
2.ダイヤモンド被覆切削工具の測定方法等
(1)Alの酸化物換算での含有率、Tiの化合物の含有率の算出方法
Alの酸化物換算での含有率及びTiの化合物の含有率は、基材において蛍光X線(X-ray Fluorescence Spectrometry)を測定して算出した。
なお、ここでTiの化合物とは、Tiの窒化物、Tiの炭窒化物、及びTiの炭化物から選ばれる少なくとも1種を意味する。表1の「Al含有量」「Ti化合物(TiN)含有量」の欄は、算出されたAlの酸化物換算での含有率と、Tiの化合物の含有率を表す。「-」は、Alの化合物又はTiの化合物が検出限界以下であったことを意味する。
【0050】
(2)結晶相同定方法
焼結体における第2相は、基材をX線回折分析することにより同定した。ここで、第2相は、Tiの窒化物、Tiの炭窒化物、Tiの炭化物、12H-サイアロン、15R-サイアロン、21R-サイアロン、及びαサイアロンからなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する相として特定される。
なお、表1の「第2相含有」の欄が「有」の各実施例は、β-窒化珪素又はβ-サイアロンを含有する第1相と、上記の第2相と、を備えていた。
【0051】
(3)熱膨張率測定方法
各基材においてTMA(Thermo Mechanical Analysis)を用いて測定した。測定条件は、R.T(25℃)から1000℃、Ar雰囲気下、10℃/minとした。
【0052】
(4)残留応力測定方法
ダイヤモンド層の残留応力は、sinΨ法により測定した。測定箇所は、ダイヤモンド被覆切削工具のすくい面において、ダイヤモンド被覆切削工具の刃先から1500μmの位置とした。残留応力は、Cu-Kα線を用いたX線回折装置で、並傾法にて測定した。
<測定条件>
使用ピーク:C(331)
ヤング率:1050GPa
ポアソン比(v):0.2
コリメーター径:0.3mm
測定:Ψが-43.1069°から0°までの範囲において、sinΨが等間隔になるように15点測定した。
【0053】
3.ダイヤモンド被覆切削工具の切削試験
(1)試験方法
各ダイヤモンド被覆切削工具を用いて、切削試験を行った。試験条件は下記の通りである。切削試験では、ダイヤモンド被覆切削工具からダイヤモンド層が剥離するまでのパス数を測定した。パス数が多いほど、評価が高い。評価は以下のようにした。
<試験条件>
・被削材:アルミ材(AC4A-T6)
・切削速度:300m/min
・切込み量:1.0mm
・送り量:0.25mm/rev.
・1パス(1pass)あたりの長さ:200mm
・切削環境:冷却水あり

<評価>
「A」…1400パス以上
「B」…1000パス以上1400パス未満
「C」…900パス以上1000パス未満
「D」…900パス未満
【0054】
(2)試験結果
試験結果を表1に示す。
平均熱膨張係数xが、2.6×10-6/K≦x≦4.0×10-6/Kを満たし、かつダイヤモンド層が50MPa以上1800MPa以下の圧縮残留応力を有する実施例1から実施例8は、いずれも「A」又は「B」の良好な評価であった。これに対して、平均熱膨張係数xが、2.6×10-6/K≦x≦4.0×10-6/Kではない、または、ダイヤモンド層が50MPa以上1800MPa以下の圧縮残留応力を有しない比較例1から比較例3は、いずれも「D」という良好ではない評価であった。より具体的には、実施例1から実施例8は、剥離までのパス数が少なくとも1000回であるのに対し、比較例1から比較例3は、剥離までのパス数が多くても600回であり、耐剥離性は大きく異なっていた。
【0055】
実施例2,3を比較すると、第1相と第2相を含む実施例3は、第2相を含まない実施例2よりも評価が高かった。
実施例2,3,4を比較すると、Alを酸化物換算で2質量%以上35質量%以下含有する実施例3,4は、この範囲外の実施例2よりも評価が高かった。
実施例2,5,6を比較すると、Tiの窒化物(TiN)を5質量%以上20質量%以下含有する実施例5,6は、この範囲外の実施例2よりも剥離までのパス数が多かった。
【0056】
本開示は上記で詳述した実施形態に限定されず、本開示の請求項に示した範囲で様々な変形又は変更が可能である。
【符号の説明】
【0057】
1 …ダイヤモンド被覆切削工具
3 …基材
7 …ダイヤモンド層
7A…表面
図1
図2