(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024128588
(43)【公開日】2024-09-24
(54)【発明の名称】ステンレス鋼製基材、その製造方法、およびそれを備える燃料電池用複合部材
(51)【国際特許分類】
C23C 26/00 20060101AFI20240913BHJP
H01M 8/021 20160101ALI20240913BHJP
H01M 8/0273 20160101ALI20240913BHJP
B32B 7/04 20190101ALI20240913BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20240913BHJP
【FI】
C23C26/00 A
H01M8/021
H01M8/0273
B32B7/04
H01M8/10 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023037624
(22)【出願日】2023-03-10
(71)【出願人】
【識別番号】000219602
【氏名又は名称】住友理工株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115657
【弁理士】
【氏名又は名称】進藤 素子
(74)【代理人】
【識別番号】100115646
【弁理士】
【氏名又は名称】東口 倫昭
(74)【代理人】
【識別番号】100196759
【弁理士】
【氏名又は名称】工藤 雪
(72)【発明者】
【氏名】甚野 史彦
(72)【発明者】
【氏名】大西 將博
(72)【発明者】
【氏名】棚橋 英明
(72)【発明者】
【氏名】守谷 彰人
(72)【発明者】
【氏名】水野 基弘
【テーマコード(参考)】
4F100
4K044
5H126
【Fターム(参考)】
4F100AB04B
4F100AH06A
4F100AH08A
4F100AK75C
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4F100BA03
4F100EJ67A
4F100JL11
4K044AA03
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4K044CA53
5H126AA12
5H126AA13
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5H126FF07
5H126GG08
5H126GG17
5H126JJ05
5H126JJ08
(57)【要約】
【課題】 金属アルコキシド化合物を含む相手材との接着性に優れたステンレス鋼製基材、およびその容易な製造方法を提供する。
【解決手段】 ステンレス鋼製基材は、金属アルコキシド化合物を含む相手材と接着され、該相手材が接着される接着面には、水酸基(-OH)が結合しているケイ素が存在し、該接着面のケイ素量は5μg/800cm2以上である。ステンレス鋼製基材の製造方法は、ステンレス鋼製基材における相手材が接着される接着面にケイ酸塩を有する水溶液を接触させるケイ酸塩水溶液処理工程と、処理後の該接着面を水洗する水洗工程と、を有する。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属アルコキシド化合物を含む相手材と接着されるステンレス鋼製基材であって、
該相手材が接着される接着面には、水酸基(-OH)が結合しているケイ素が存在し、該接着面のケイ素量は5μg/800cm2以上であることを特徴とするステンレス鋼製基材。
【請求項2】
前記相手材に含まれる前記金属アルコキシド化合物は、シランカップリング剤、チタネートカップリング剤、およびアルミネートカップリング剤から選ばれる一種以上を有する請求項1に記載のステンレス鋼製基材。
【請求項3】
前記相手材は、接着剤である請求項1に記載のステンレス鋼製基材。
【請求項4】
前記接着面には、ケイ素化合物を付加する処理が施されている請求項1に記載のステンレス鋼製基材。
【請求項5】
燃料電池用セパレータである請求項1に記載のステンレス鋼製基材。
【請求項6】
前記相手材は、燃料電池用ガスケット、または燃料電池用ガスケットと前記燃料電池用セパレータとを接着する接着剤である請求項5に記載のステンレス鋼製基材。
【請求項7】
請求項1に記載のステンレス鋼製基材と、金属アルコキシド化合物を含み該ステンレス鋼製基材に接着される相手材としての接着剤層と、該接着剤層を介して該ステンレス鋼製基材に接着されるガスケットと、を備える燃料電池用複合部材。
【請求項8】
請求項1に記載のステンレス鋼製基材の製造方法であって、
ステンレス鋼製基材における相手材が接着される接着面にケイ酸塩を有する水溶液を接触させるケイ酸塩水溶液処理工程と、
処理後の該接着面を水洗する水洗工程と、
を有することを特徴とするステンレス鋼製基材の製造方法。
【請求項9】
前記ケイ酸塩水溶液処理工程における前記水溶液の温度は、40℃以上80℃以下である請求項8に記載のステンレス鋼製基材の製造方法。
【請求項10】
前記ケイ酸塩水溶液処理工程における前記水溶液の前記ケイ酸塩の濃度は、0.35質量%以上3.0質量%以下である請求項8に記載のステンレス鋼製基材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、金属アルコキシド化合物を含む相手材と接着されるステンレス鋼製基材、その製造方法、およびそれを備える燃料電池用複合部材に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼はクロムを含み、クロムと酸素とが結合して表面に薄い酸化皮膜(不働態皮膜)が形成されることにより、高い耐食性を有する。しかしながら、不働態皮膜は不活性なクロム化合物を多く含むため、接着しにくいという問題がある。このため、ステンレス鋼製の部材を接着させる場合には、表面を予め洗浄したり活性化処理したりして、接着性の向上を図っている。接着前の処理としては、例えば、水、酸、アルカリ、炭化水素系溶剤による洗浄、紫外線、プラズマ、レーザーの照射、ブラスト処理などが知られている。これらの方法には、除去できる対象、母材への影響、コスト、環境負荷などにおいて一長一短があるため、ステンレス鋼の接着性の向上を図るための検討が続けられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2020-167111号公報
【特許文献2】特開2006-294335号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ステンレス鋼製の部材は、例えば、燃料電池のセパレータとして使用される。固体高分子型燃料電池のセルは、膜電極接合体(MEA)を含む電極部材と、それを挟持するセパレータと、を備えている。電極部材の周囲や、隣り合うセパレータの間には、燃料極(アノード)、酸素極(カソード)に供給される反応ガスや冷媒に対するシール性、および絶縁性などを確保するために、ゴム製のシール部材(ガスケット)が配置されている。所望のシール性を実現するためには、セパレータとシール部材との間の接着性が重要になる。セパレータとシール部材とを接着する方法としては、シランカップリング剤などの接着成分を含有するゴム組成物をセパレータに架橋接着する方法や、シランカップリング剤などの接着剤をセパレータに塗布して加圧する方法がある。これらの方法のように、接着成分を使用する場合には、接着成分とセパレータとの接着性を検討する必要がある。
【0005】
例えば、特許文献1には、セパレータとシール部材とを確実に接着することができる燃料電池セルの製造方法として、セパレータを水で洗浄した後、セパレータに紫外光を照射することにより付着した水分を除去し、水分が再付着する前にシール部材を接着する方法が記載されている。特許文献1に記載されている方法においては、セパレータの表面に付着した水分量を減少させることで接着性を向上させており(段落[0027])、接着成分に対する接着性は何も考慮されていない。特許文献1には、セパレータをアルカリ洗浄液で洗浄してから水で洗浄してもよいことが記載されているが、アルカリ洗浄液による洗浄は有機物を除去する方法として記載されているにすぎない(段落[0021]、[0031])。
【0006】
本開示は、このような実情に鑑みてなされたものであり、金属アルコキシド化合物を含む相手材との接着性に優れたステンレス鋼製基材、およびその容易な製造方法を提供することを課題とする。また、そのステンレス鋼製基材を用いて、当該基材とガスケットとの接着性に優れた燃料電池用複合部材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)上記課題を解決するため、本開示のステンレス鋼製基材は、金属アルコキシド化合物を含む相手材と接着されるステンレス鋼製基材であって、該相手材が接着される接着面には、水酸基(-OH)が結合しているケイ素が存在し、該接着面のケイ素量は5μg/800cm2以上であることを特徴とする。
【0008】
金属アルコキシド化合物のうち、例えばシランカップリング剤は、エポキシ基などの反応性官能基とアルコキシ基などの加水分解性基とを有し、有機物と無機物とを結びつける接着成分として知られている。シランカップリング剤とステンレス鋼との接着反応においては、水分により加水分解性基が加水分解してシラノール基(Si-OH)を生成し、それが、ステンレス鋼の表面にFe-OH、Fe-COOHなどとして存在する水酸基と水素結合した後、脱水縮合反応を経て強固な共有結合を生成する。この反応と並行して、シラノール基同士が縮合してシロキサンオリゴマーを生成する。
【0009】
本開示のステンレス鋼製基材(以下、単に「基材」と称する場合がある)によると、接着面に、水酸基が結合しているケイ素が存在し、かつ接着面のケイ素量は5μg/800cm2以上と多い。すなわち、本開示の基材の接着面には、ケイ素化合物を付加する処理が施されていないステンレス鋼の表面と比較して、ケイ素が多く存在する。前述したように、ステンレス鋼の表面には鉄由来の水酸基が存在するが、これに加えて、ケイ素に結合されている水酸基が存在することにより、シランカップリング剤などの金属アルコキシド化合物を含む相手材との接着反応が促進され、より多くの共有結合が生成する。結果、相手材との結合力が大きくなり、接着性を高めることができる。
【0010】
ちなみに、特許文献2には、アノード電極に隣接する面およびカソード電極に隣接する面の少なくとも一方の面の表面のケイ素濃度が8.5mol%以下の金属からなる、燃料電池用セパレータが記載されている。特許文献2においては、セパレータの表面に付着したシロキサン、カーボンなどのコンタミ成分のうち、撥水化の要因であるケイ素を除去することにより、セパレータの表面を親水性にして、燃料電池の内部で生成される水によってガス流路が閉塞されることを抑制している(段落[0011]-[0018])。このため、セパレータにおいてケイ素濃度が調整される表面は、シール部材(相手材)と接着される接着面ではなく、流路が形成されている面である(段落[0027]、[0028]、[0076]、[0077])。また、セパレータの所定の表面をpH9以上のアルカリ溶液で洗浄する処理が記載されているが(段落[0026]、[0031]、[0037])、当該洗浄処理は、セパレータの表面にケイ素化合物を付加する処理とは反対の、ケイ素化合物を除去するための処理である。
【0011】
(2)上記構成において、前記相手材に含まれる前記金属アルコキシド化合物は、シランカップリング剤、チタネートカップリング剤、およびアルミネートカップリング剤から選ばれる一種以上を有する構成としてもよい。本構成のカップリング剤は、単独で接着剤として使用されてもよく、部材に配合されてもよい。これらのカップリング剤は、本開示の基材(無機物)と有機物とを接着する場合に有効である。
【0012】
(3)上記いずれかの構成において、前記相手材は、接着剤である構成としてもよい。本構成によると、接着剤を介して本開示の基材と他の部材とを接合することができる。接着剤は、金属アルコキシド化合物を含むものであればよく、例えば、上記(2)に記載されているシランカップリング剤などのカップリング剤のみから構成されてもよい。また、カップリング剤に他の成分が配合されたものでもよい。
【0013】
(4)上記いずれかの構成において、前記接着面には、ケイ素化合物を付加する処理が施されている構成としてもよい。本構成によると、接着面を容易に所望の状態にすることができる。
【0014】
(5)上記いずれかの構成において、本開示のステンレス鋼製基材は、燃料電池用セパレータである構成としてもよい。本構成によると、燃料電池を構成するセパレータとガスケットなどの相手材との接着性が向上するため、燃料極、酸素極に供給される反応ガスや冷媒に対するシール性が高くなる。結果、反応ガスの混合や、反応ガスおよび冷媒の漏れを防止することができ、燃料電池の作動信頼性を向上させることができる。
【0015】
(6)上記(5)の構成において、前記相手材は、燃料電池用ガスケット、または燃料電池用ガスケットと前記燃料電池用セパレータとを接着する接着剤である構成としてもよい。燃料電池において、セパレータと接着される部材として、ガスケットが挙げられる。ガスケットが金属アルコキシド化合物などの接着成分を含む場合には、当該ガスケットを相手材として、本開示の基材に直接接着することができる。あるいは、金属アルコキシド化合物を含む接着剤を相手材として、ガスケットを当該接着剤を介して本開示の基材に間接接着してもよい。
【0016】
(7)本開示の燃料電池用複合部材は、請求項1に記載のステンレス鋼製基材と、金属アルコキシド化合物を含み該ステンレス鋼製基材に接着される相手材としての接着剤層と、該接着剤層を介して該ステンレス鋼製基材に接着されるガスケットと、を備えることを特徴とする。本開示の燃料電池用複合部材によると、基材とガスケットとが接着剤層を介して強固に接着されるため、複合部材の耐久性および接合信頼性を高めることができ、ひいては燃料電池の耐久性および作動信頼性を向上させることができる。
【0017】
(8)本開示のステンレス鋼製基材の製造方法は、上記(1)ないし(6)のいずれかの構成のステンレス鋼製基材の製造方法であって、ステンレス鋼製基材における相手材が接着される接着面にケイ酸塩を有する水溶液を接触させるケイ酸塩水溶液処理工程と、処理後の該接着面を水洗する水洗工程と、を有することを特徴とする。
【0018】
本開示のステンレス鋼製基材の製造方法(以下、単に「本開示の製造方法」と称する場合がある)によると、ケイ酸塩を有する水溶液(ケイ酸塩水溶液)で接着面を処理することにより、シロキサン結合(Si-O-Si)を有し、水酸基(-OH)が結合しているケイ素を有するケイ素化合物を付加することができる。これにより、前述した本開示のステンレス鋼製基材を容易に製造することができる。
【0019】
(9)上記(8)の構成において、前記ケイ酸塩水溶液処理工程における前記水溶液の温度は、40℃以上80℃以下である構成としてもよい。本構成によると、ケイ酸塩水溶液による反応を促進し、比較的短時間で所望量のケイ素化合物を付加することができる。
【0020】
(10)上記(8)または(9)の構成において、前記ケイ酸塩水溶液処理工程における前記水溶液の前記ケイ酸塩の濃度は、0.35質量%以上3.0質量%以下である構成としてもよい。本構成によると、実用的な処理条件で、ケイ素化合物を付加することができ、接着面のケイ素量を所望の範囲内にすることができる。
【発明の効果】
【0021】
本開示のステンレス鋼製基材によると、相手材との接着面に、水酸基が結合されているケイ素が多く存在しているため、金属アルコキシド化合物を含む相手材との接着性を高めることができる。本開示の製造方法によると、当該ステンレス鋼製基材を容易に製造することができる。本開示の燃料電池用複合部材によると、基材とガスケットとが接着剤層を介して強固に接着されるため、複合部材の耐久性および接合信頼性を高めることができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本開示のステンレス鋼製基材、その製造方法、およびそれを備える燃料電池用複合部材の実施の形態について説明する。なお、実施の形態は以下の形態に限定されるものではなく、当業者が行いうる種々の変形的形態、改良的形態で実施することができる。
【0023】
<ステンレス鋼製基材>
本開示のステンレス鋼製基材は、金属アルコキシド化合物を含む相手材と接着される。相手材は、金属アルコキシド化合物を含んでいれば特に限定されず、接着剤でも各種部材でもよい。本明細書においては、金属アルコキシド化合物の「金属」には、ケイ素(Si)などの半金属も含まれる。アルコキシドの種類としては、メトキシド、エトキシド、プロポキシド、ブトキシドなどが挙げられる。金属アルコキシド化合物としては、テトラエトキシシラン、テトラn-ブトキシシラン、テトラキス(2-エチルヘキシルオキシ)チタン、テトラn-ブトキシチタン、テトラn-ブトキシジルコニウムなどが挙げられる。なかでも、有機物との反応性、親和性などを考慮すると、金属アルコキシド化合物は、シランカップリング剤、チタネートカップリング剤、およびアルミネートカップリング剤から選ばれる一種以上を有することが望ましい。
【0024】
シランカップリング剤としては、エポキシ基、アミノ基、ビニル基などの反応性官能基を有する化合物群の中から、接着性などを考慮して適宜選択すればよい。例えば、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニル-トリス(2-メトキシエトキシ)シラン、3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、N-2(アミノエチル)3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシランおよびN-フェニル-3-アミノプロピルトリメトキシシランなどが挙げられる。
【0025】
チタネートカップリング剤としては、イソプロピルトリイソステアロイルチタネート、ジイソステアロイルエチレンチタネート、イソプロピルトリス(ジオクチルパイロホスフェート)チタネート、イソプロピルトリ(N-アミノエチル)チタネート、テトラオクチルビス(ジトリデシルホスファイト)チタネートなどが挙げられる。
【0026】
アルミネートカップリング剤としては、アセトアルコキシアルミニウムジイソプロピレート、アルミニウムイソプロピレート、アルミニウムエチレート、アルミニウムトリス(エチルアセトアセテート)などが挙げられる。
【0027】
相手材は、シランカップリング剤などの金属アルコキシド化合物に加えて、他の成分を含んでいてもよい。例えば、本開示の基材を燃料電池の構成部材として使用して、本開示の基材がセパレータであり、相手材がセパレータとガスケットとを接着する接着剤である形態においては、接着剤の他の成分として、酸変性オレフィン系熱可塑性樹脂、フェノール樹脂、ビスマレイミド樹脂、ビニル樹脂などの粉末が挙げられる。接着剤が樹脂粉末を含む場合には、基材に対する密着性が高くなると共に、疎水性が付加されるため、接着剤の耐水性、耐酸性が向上する。また、本開示の基材がセパレータであり、相手材がガスケットである形態においては、ガスケットの他の成分として、ゴム成分、架橋剤、架橋助剤、軟化剤、補強剤、老化防止剤などが挙げられる。
【0028】
燃料電池用ガスケットに使用されるゴム成分としては、エチレン-プロピレン-ジエンゴム(EPDM)、エチレン-ブテン-ジエンゴム(EBT)、シリコーンゴム、フッ素ゴム、ブチルゴム(IIR)、エチレン-プロピレンゴム(EPM)、アクリロニトリル-ブタジエンゴム(NBR)、水素添加アクリロニトリル-ブタジエンゴム(H-NBR)、スチレン-ブタジエンゴム(SBR)、ブタジエンゴム(BR)などが挙げられる。なかでも、高温下における耐水性、耐酸性が高いという理由から、EPDMおよびEBTの少なくとも一方を用いることが望ましい。
【0029】
燃料電池用ガスケットに使用される架橋剤としては、硫黄などの揮発成分を含まないという理由から、有機過酸化物を用いることが望ましい。なかでも、比較的低温で架橋可能なジアルキルパーオキサイド、パーオキシケタール、パーオキシエステル、ケトンパーオキサイド、ジアシルパーオキサイド、パーオキシジカーボネートなどが好適である。架橋助剤としては、マレイミド化合物、トリアリルシアヌレート(TAC)、トリアリルイソシアヌレート(TAIC)、トリメチロールプロパントリメタクリレート(TMPT)、2官能(メタ)アクリレート、1,2-ポリブタジエンなどが挙げられる。軟化剤としては、プロセスオイル、潤滑油、パラフィン、流動パラフィン、ワセリンなどの石油系可塑剤、ヒマシ油、アマニ油、ナタネ油、ヤシ油などの脂肪油系可塑剤、トール油、サブ、蜜ロウ、カルナバロウ、ラノリンなどのワックス類、リノール酸、パルミチン酸、ステアリン酸、ラウリン酸などが挙げられる。補強剤としては、カーボンブラック、非晶質シリカ(ホワイトカーボン)などが挙げられる。老化防止剤としては、フェノール系、アミン系、イミダゾール系、リン酸系、ワックスなどが挙げられる。
【0030】
本開示のステンレス鋼製基材においては、相手材が接着される接着面に、水酸基(-OH)が結合しているケイ素が存在する。接着面に存在するケイ素には、アルコキシ基(-OR:Rはアルキル基)が結合していてもよい。アルコキシ基が加水分解して水酸基を生成することにより、シランカップリング剤などの金属アルコキシド化合物を含む相手材との接着反応が促進され、接着性が向上する。後述するように、接着面をケイ酸塩水溶液により処理したり、シラン化合物などを含む燃料ガスを用いて火炎処理したりすると、ケイ素は、シロキサン結合(Si-O-Si)を有するケイ素化合物として付加される。接着面に存在するケイ素の状態、すなわち、ケイ素に結合されている基、シロキサン結合の有無などについては、X線光電子分光法(XPS)により確認することができる。
【0031】
本開示の基材の接着面のケイ素量は、5μg/800cm2以上である。ケイ素量が5μg/800cm2未満の場合には、ケイ素に結合している水酸基の量が少ないため、相手材に含まれる金属アルコキシド化合物との反応による化学結合が少なくなり、接着力を高められない。ケイ素量は10μg/800cm2以上であるとより好適である。他方、接着面のケイ素量が多すぎると、ケイ素を含む表層が脆くなるおそれがある。このため、接着面のケイ素量は、100μg/800cm2以下、さらには50μg/800cm2以下であると望ましい。
【0032】
基材の接着面のケイ素量は、次のようにして算出すればよい。まず、接着面と同じ処理が全体に施されている測定用サンプルを準備する。この際、測定精度の観点から、測定用サンプルの表面積を800cm2以上にする。測定用サンプルは一個でも複数個に分かれていてもよい。次に、測定用サンプルを1N硝酸に浸漬して、120℃で1時間加熱する。放冷後、測定用サンプルを取り出し、硝酸中のケイ素量を高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES)により測定する。測定されたケイ素量の値と測定用サンプルの表面積とから、表面積800cm2あたりのケイ素量を算出し、接着面のケイ素量とする。
【0033】
本開示の基材の厚さ、形状、材質であるステンレス鋼の種類などは、用途に応じて適宜決定すればよい。例えば、燃料電池を構成する場合、基材の厚さは0.05mm以上、0.1mm以上、5mm以下、3mm以下、1mm以下が好適である。特に基材がセパレータである場合には、発電性能を考慮して、厚さを0.1mm以上0.5mm以下にするとよい。ステンレス鋼としては、コストと耐食性とのバランスを考慮すると、SUS316、SUS304などが好適である。
【0034】
<ステンレス鋼製基材の製造方法>
本開示のステンレス鋼製基材の製造方法、すなわち、ステンレス鋼製基材の接着面にケイ素化合物を付加して、接着面を所望の状態にする方法は、特に限定されない。例えば、ケイ素化合物の付加処理として、(1)ケイ酸塩を有する水溶液を用いる処理、(2)シラン化合物などの有機ケイ素化合物を燃料ガスとして使用する火炎処理などが挙げられる。
【0035】
(1)ケイ酸塩水溶液処理
ケイ酸塩を有する水溶液を用いる処理の場合、本開示の基材の第一の製造方法は、ステンレス鋼製基材における相手材が接着される接着面にケイ酸塩を有する水溶液を接触させるケイ酸塩水溶液処理工程と、処理後の該接着面を水洗する水洗工程と、を有する構成にすればよい。ケイ酸塩水溶液処理工程の前に、基材表面の汚れや油を除去するための予備洗浄工程を有してもよい。また、水洗工程の後に、基材を乾燥させる乾燥工程を有してもよい。乾燥工程においては、室温にて自然乾燥するか、加熱して乾燥して、水分を蒸発させればよい。
【0036】
水溶液に含まれるケイ酸塩は、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸カリウム、ケイ酸カルシウムなどが挙げられる。ケイ酸塩水溶液中のケイ酸塩濃度は、接着性の向上に有効なケイ素化合物を接着面に付加し、ケイ素量を所望の範囲内にするという観点から、0.35質量%以上3.0質量%以下であることが望ましい。ケイ酸塩水溶液は、ケイ酸塩に加えて、リン酸塩、炭酸塩などの他の酸塩、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属水酸化物、界面活性剤、キレート剤などを含んでいてもよい。水酸化ナトリウムなどの強アルカリ成分を含む場合には、ケイ酸塩水溶液処理により基材表面を脱脂することもでき好適である。公知のアルカリ洗浄剤は、ケイ酸塩およびアルカリ金属水酸化物などの無機ビルダーと界面活性剤とから構成される。よって、アルカリ洗浄剤を水に溶解し、ケイ酸塩水溶液として使用してもよい。
【0037】
接着面にケイ酸塩水溶液を接触させる方法としては、ケイ酸塩水溶液を接着面に塗布したり、接着面を含む部分または基材全体をケイ酸塩水溶液に浸漬したりすればよい。接触時間は、1~5分程度にすればよい。基材とケイ酸塩水溶液との反応を比較的速やかに進行させるという観点から、ケイ酸塩水溶液の温度は、40℃以上80℃以下であることが望ましい。
【0038】
(2)火炎処理
火炎処理の場合、本開示の基材の第二の製造方法は、ステンレス鋼製基材における相手材が接着される接着面に、有機ケイ素化合物を有する燃料ガスの火炎を当てる火炎処理工程を有する構成にすればよい。有機ケイ素化合物を有する燃料ガスを用いた火炎を対象物に吹き付けて、対象物の表面を改質する処理としては、イトロ(登録商標)処理が知られている。イトロ処理によると、二酸化ケイ素(SiO2)などのケイ素酸化物を主成分とし、水酸基を有するナノメートルオーダーの微粒子を接着面に付着させることができる。
【0039】
有機ケイ素化合物としては、アルキルシラン、アルコキシシランなどのシラン化合物を用いればよい。例えば、テトラメチルシラン、テトラエチルシラン、ジメチルジクロロシラン、ジメチルジフェニルシラン、ジエチルジクロロシラン、ジエチルジフェニルシラン、メチルトリクロロシラン、メチルトリフェニルシラン、ジメチルジエチルシラン、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、ジクロロジメトキシシラン、ジクロロジエトキシシラン、ジフェニルジメトキシシラン、ジフェニルジエトキシシラン、トリクロロメトキシシラン、トリクロロエトキシシラン、トリフェニルメトキシシラン、トリフェニルエトキシシラン、ヘキサメトルジシロキサンから選ばれる一種を単独で、または二種以上を混合して用いればよい。
【0040】
有機ケイ素化合物を気化し、空気などのキャリアガスを適宜混合して燃料ガスとすることができる。有機ケイ素化合物の熱分解、酸化を容易にするという観点から、キャリアガスは、燃料ガスの全体量を100モル%とした場合に、80~99.9モル%程度混合するとよい。また、有機ケイ素化合物を完全燃焼させるという観点から、燃料ガス中に、プロパンガス、天然ガスなどの可燃性ガスを含めることが望ましい。可燃性ガスは、燃料ガスの全体量を100モル%とした場合に、0.1~10モル%程度混合するとよい。有機ケイ素化合物、キャリアガス、可燃性ガスなどを含む燃料ガスを、バーナーなどを用いて燃焼し火炎を生成する。火炎の温度は、400~2500℃程度にするとよい。そして、生成した火炎を、ステンレス鋼製基材の接着面に当てて火炎処理する。火炎処理は、接着面100cm2あたり、1~100秒程度行えばよい。
【0041】
<燃料電池用複合部材>
本開示のステンレス鋼製基材の用途は限定されない。例えば、固体高分子型燃料電池(PEFC)(ダイレクトメタノール型燃料電池(DMFC)を含む)などの燃料電池、水電解型などの水素製造装置の構成部材などに用いることができる。
【0042】
例えば、本開示の基材を燃料電池の構成部材として使用して、相手材が接着剤である形態としては、本開示のステンレス鋼製基材と、金属アルコキシド化合物を含み該ステンレス鋼製基材に接着される相手材としての接着剤層と、該接着剤層を介して該ステンレス鋼製基材に接着されるガスケットと、を備える燃料電池用複合部材(第一の複合部材)が挙げられる。また、相手材がガスケットである形態としては、本開示のステンレス鋼製基材と、金属アルコキシド化合物を含むゴム組成物から製造され、該ステンレス鋼製基材に接着される相手材としてのガスケットと、を備える燃料電池用複合部材(第二の複合部材)が挙げられる。いずれの複合部材においても、一例として、本開示の基材がセパレータである形態が挙げられる。
【0043】
第一の複合部材は、基材およびガスケットの少なくとも一方に、金属アルコキシド化合物を含む接着剤を塗布した後、両者を積層し、必要に応じて加熱、加圧して製造することができる。第二の複合部材は、金属アルコキシド化合物を含むゴム組成物を基材に架橋接着して製造することができる。なお、水電解型水素製造装置の構成は、燃料電池の構成と類似している。よって、本開示の基材を水電解型水素製造装置の構成部材として用いる場合にも、燃料電池用複合部材と同じ構成を採用することができる。
【実施例0044】
次に、実施例を挙げて本開示をより具体的に説明する。相手材としてシランカップリング剤からなる接着剤を使用し、ステンレス鋼製基材と架橋ゴム部材とが接着剤により接着された複合部材のサンプルを製造して、その接着性を評価した。
【0045】
<複合部材サンプルの製造>
[ステンレス鋼製基材]
まず、ケイ酸塩を含むアルカリ洗浄剤(日本シー・ビー・ケミカル(株)製「ケミクリーナー514G」、ケイ酸塩の含有割合65質量%)を水に溶解して、ケイ酸塩を有する水溶液を二種類製造した。一方の水溶液Aのアルカリ洗浄剤の濃度は3質量%であり、他方の水溶液Bのアルカリ洗浄剤の濃度は0.5質量%である。これとは別に、ケイ酸塩を含まないアルカリ洗浄剤(日本シー・ビー・ケミカル(株)製「ケミクリーナー584」)を水に溶解して、ケイ酸塩を有しない水溶液Cを製造した。水溶液Cのアルカリ洗浄剤の濃度は3質量%である。
【0046】
次に、ステンレス鋼製基材として、幅25mm、長さ60mm、厚さ2mmの長方形状のSUS304鋼板を六枚準備して、一枚ずつ水溶液A~Cに3分間浸漬した(ケイ酸塩水溶液処理)。水溶液Aへの浸漬は、水溶液Aの温度を40℃、50℃、60℃、80℃と変えて四種類実施した。水溶液B、Cの温度は60℃とした。それから、基材を水溶液から取り出して、室温下で水中に3分間浸漬する水洗を3回繰り返した(水洗工程)。その後、自然乾燥させた。基材の処理条件、接着面のケイ素量については、後出の表1にまとめて示す。
【0047】
[接着剤]
相手材の接着剤としては、シランカップリング剤(信越化学工業(株)製「KBM403」(3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン)を使用した。
【0048】
[架橋ゴム部材]
ゴム成分のEPDM(住友化学(株)製「エスプレン(登録商標)505A」、エチレン含有量=50質量%)100質量部と、架橋剤のパーオキシケタール(日油(株)製「パーヘキサ(登録商標)C-40」(1,1-ジ(t-ブチルパーオキシ)シクロヘキサン))5質量部と、架橋助剤のマレイミド化合物(大内新興化学工業(株)製「バルノック(登録商標)PM」)1.5質量部と、軟化剤のポリαオレフィン(エクソンモービル社製「SpectraSyn(登録商標)4」)20質量部と、補強材のカーボンブラック(GPF級)(キャボットジャパン(株)製「ショウブラック(登録商標)IP200」)45質量部と、をバンバリーミキサーおよびオープンロールを用いて混練して、架橋ゴム部材用のゴム組成物を製造した。
【0049】
[接着工程]
まず、水溶液で処理した基材の一面(幅25mm、長さ60mmの接着面)に、接着剤を刷毛で塗布し、接着反応を加速させるために100℃で1分間加熱した。次に、接着剤が塗布された基材の一面に、製造したゴム組成物を配置して、150℃下、ゴム組成物側から加圧した状態で10分間保持した。このようにして、ゴム組成物を架橋して架橋ゴム部材とすると共に、基材と架橋ゴム部材とを接着剤を介して一体化して、基材/接着剤層/架橋ゴム部材が積層されてなる複合部材サンプルを製造した。
【0050】
<複合部材サンプルの評価>
[評価方法]
(1)基材の表面のケイ素量
複合部材サンプルの製造方法と同じ方法で、SUS304鋼板(縦100mm、横100mm、厚さ0.1mm)を水溶液A~Cで処理して、ケイ素量測定用のサンプルを製造した。ケイ素量測定用のサンプルは、一種類の水溶液の処理につき四枚ずつ製造した。製造した四枚のサンプルを、1N硝酸に浸漬して120℃で1時間加熱した。放冷後、硝酸中のケイ素量をICP-AESにより測定した。四枚のサンプルの総表面積を、各サンプルの表裏両面の面積を合計した800cm2とみなし、測定されたケイ素量の値を、基材の接着面の800cm2あたりのケイ素量とみなした。
【0051】
(2)接着性
製造した複合部材サンプルについて、JIS K6256-2:2013に準じた90°剥離試験を行い、基材と架橋ゴム部材との接着性を評価した。剥離試験後の状態を目視で観察し、界面破壊(基材と接着剤層との界面で剥離)の場合を接着性不良(後出の表1中、×印で示す)、それ以外の凝集破壊(接着剤層の破壊)または材料破壊(架橋ゴム部材の破壊)の場合を接着性良好(同表中、○印で示す)、と評価した。
【0052】
[評価結果]
表1に、複合部材サンプルの構成、基材の処理条件、接着面のケイ素量、および評価結果をまとめて示す。
【表1】
【0053】
表1に示すように、ケイ酸塩を有する水溶液Aで処理し、接着面のケイ素量が5μg/800cm2以上のサンプル1~4については、剥離試験の結果は材料破壊であり、接着性は良好であることが確認された。サンプル1~4においては、接着面のケイ素量が多いため、それに結合されている水酸基が接着剤のシランカップリング剤に反応して接着性が向上したと考えられる。サンプル5については、ケイ酸塩を有する水溶液Bで処理したが、水溶液Bにおけるケイ酸塩の濃度が小さかったため、接着面のケイ素量を十分に増加させることができなかった。結果、接着性を向上するには至らなかった。他方、ケイ酸塩を有しない水溶液Cで処理したサンプル6については、水溶液Aを用いたサンプル2と同じ条件で処理したものの、接着面のケイ素量は増加せず、接着性は向上しなかった。