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特開2024-128665音響解析装置、音響解析方法、音響解析プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024128665
(43)【公開日】2024-09-24
(54)【発明の名称】音響解析装置、音響解析方法、音響解析プログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 29/04 20060101AFI20240913BHJP
   G01H 17/00 20060101ALI20240913BHJP
【FI】
G01N29/04
G01H17/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023037769
(22)【出願日】2023-03-10
(71)【出願人】
【識別番号】000000240
【氏名又は名称】太平洋セメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100114258
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 武雄
(74)【代理人】
【識別番号】100125391
【弁理士】
【氏名又は名称】白川 洋一
(74)【代理人】
【識別番号】100208605
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 龍一
(72)【発明者】
【氏名】住吉 裕次郎
(72)【発明者】
【氏名】野中 潔
(72)【発明者】
【氏名】森 寛晃
【テーマコード(参考)】
2G047
2G064
【Fターム(参考)】
2G047AA09
2G047BC03
2G047BC04
2G047BC07
2G047BC11
2G047BC12
2G047CA03
2G047GD02
2G047GG06
2G047GG12
2G047GG20
2G047GG28
2G047GG32
2G047GG33
2G047GJ28
2G064AA05
2G064AB01
2G064AB02
2G064AB13
2G064CC29
2G064CC43
2G064DD23
(57)【要約】
【課題】転打子よる単打音を特定し、壁面の健全性を評価する。
【解決手段】構造物の健全性評価のために解析対象音を抽出する音響解析装置200であって、壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得するデータ取得部201と、前記取得した音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データの振幅が正負逆転を繰り返す領域を単打音領域として特定する打音領域特定部203を備え、前記打音領域特定部203は、単位時間内に振幅が正の閾値を超えて最大値に近づくとともに負の閾値を超えて最小値に近づく特定波形が繰り返されるか否かを判定し、前記特定波形が繰り返される時間を前記単打音領域として特定する。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物の健全性評価のために解析対象音を抽出する音響解析装置であって、
壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得するデータ取得部と、
前記取得した音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データの振幅が正負逆転を繰り返す領域を単打音領域として特定する打音領域特定部を備えることを特徴とする音響解析装置。
【請求項2】
前記打音領域特定部は、単位時間内に振幅が正の閾値を超えて最大値に近づくとともに負の閾値を超えて最小値に近づく特定波形が繰り返されるか否かを判定し、前記特定波形が繰り返される時間を前記単打音領域として特定することを特徴とする請求項1記載の音響解析装置。
【請求項3】
前記振幅が正負の閾値の範囲内か、否かで、前記振幅を正、負、または0のいずれかに三値化し、前記特定波形が繰り返される時間を前記単打音領域として特定することを特徴とする請求項2記載の音響解析装置。
【請求項4】
前記打音領域特定部は、独立して収録された単打音の音圧データに基づいて決定された前記正の閾値および負の閾値を用いて前記単打音領域を特定することを特徴とする請求項2記載の音響解析装置。
【請求項5】
前記データ取得部は、前記取得した音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データの振幅を一定の範囲にスケーリングすることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載の音響解析装置。
【請求項6】
前記取得された音圧データは、前記壁面に密着するための排圧ファンを備える打診点検ロボを用いて収集された音圧データであることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載の音響解析装置。
【請求項7】
前記壁面の健全時および不健全時の前記音圧データを教師データとして学習させた機械学習モデルを用い、前記音圧データを用いた機械学習により前記壁面の健全性を評価する解析評価部、をさらに備えることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載の音響解析装置。
【請求項8】
構造物の健全性評価のために解析対象音を抽出する音響解析方法であって、
壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得するステップと、
前記取得した音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データの振幅が正負逆転を繰り返す領域を単打音領域として特定するステップと、を含むことを特徴とする音響解析方法。
【請求項9】
構造物の健全性評価のために解析対象音を抽出する音響解析プログラムであって、
壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得する処理と、
前記取得した音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データの振幅が正負逆転を繰り返す領域を単打音領域として特定する処理と、をコンピュータに実行させることを特徴とする音響解析プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造物の健全性評価のために解析対象音を抽出する音響解析装置、音響解析方法、音響解析プログラムに関する。
【0002】
従来、建造物の壁部に付着あるいは貼り付けたモルタルやタイル等に剥離、劣化、膨張、空気・異物混入等が生じると、剥離等を生じている部位が落下し、事故を引き起こす原因となることから、定期的に点検が行われている。点検の方法としては、ハンマー状の点検具(打撃棒)を用いて、建造物の壁部を単打し、その音を聞いてモルタル等の剥離、劣化、膨張、空気・異物混入等の有無を判別している。かかる方法を一般に打診法と称している。
【0003】
点検箇所が高所である場合は、建造物屋上から昇降ゴンドラを吊り下げ、昇降ゴンドラに乗った作業員が点検用ハンマーを叩打し、点検を行うこともあるが、近年、モーターで回転する打撃棒を持ち、排圧ファンにより壁面に密着しながらタイヤで壁面を移動する機構を内蔵したロボットが外壁タイルを連続打撃することで、人が直接打診するための足場などを使用せずに打診が可能な装置や、伸縮する棒に回転する打撃棒を装着し、外壁タイルを連続打撃する装置等が開発されている。このように、単打音ではなく連続打音にて調査する装置は、検査速度を向上させ、作業性の飛躍的向上に繋がることが期待されている。
【0004】
従来、打撃音による健全性の判断においては主に、点検者が耳で音を聞いて判断する官能試験に基づき、経験的に健全性の判断が行われる。既往の研究から、正常部と異常部では音の大きさ(音圧)、音の高さ(周波数)、残響の長さ(振幅の変化の挙動)などに差があり、点検者はそれらを元に判断していることがわかっている。
【0005】
特許文献1では、マイクロフォンなどを用いて打撃音を電子データ化し、音の大きさ(音圧)、音の高さ(周波数)、残響の長さ(振幅の変化の挙動)などの差異を解析により数値化し、それに基づいた健全性の自動判定を行う技術が開示されている。
【0006】
一方、打撃音の自動判定は多くの場合は単打、すなわち打撃のタイミングがわかっている1回の打撃に対して行われる。これに対し、実際の打診業務においては、効率化のため、1回の操作により打撃部が複数のタイル上を転がるような構造の打診棒や、自動で打撃を繰り返す打診装置を用いて連続打撃を行い、その連続打撃音に基づいて、健全性の判定を行う技術がある。
【0007】
このような打撃装置では、打診対象の壁面の近傍では、自動車や換気ファンなどに由来する環境音が常時発生している場合が多く、環境音が打撃音と混在するため、打撃のタイミングが不明瞭となる。このように、連続打撃音や、環境音の存在下では、単打を想定した音声解析が機能しにくいことが課題となっている。
【0008】
このような課題に対応するため、環境音の存在下においても、打撃のタイミングを検出する技術や、健全性の判定を行いたい打診対象の壁面で集音した音から、環境音を分離する技術が検討されている。
【0009】
例えば、特許文献2では、構造物のノイズを予め取得し、打音からノイズを除いた上で特徴量を評価することで、周囲にノイズが存在する状態でも打音の解析を可能にする方法が開示されている。
【0010】
特許文献3では、打撃ハンマーに加速度センサを内蔵する方法が開示されており、周囲のノイズの影響を受けずに打撃タイミングを把握することが可能である。
【0011】
特許文献4では、回転打撃体を用いて打音を収録し、音声の突起部毎に打音データを分割したのち、周波数解析を行う技術が開示されている。
【0012】
特許文献5では、擦過音(打音)以外の外部環境をノイズとして、減衰処理の実施および擦過音を強調させる処理を実施し、剥離判定を行う技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特許6487181号明細書
【特許文献2】特許6506817号明細書
【特許文献3】特許4565449号明細書
【特許文献4】特開2021-173718号公報
【特許文献5】特開2017-058165号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、特許文献1に開示されている方法は、常時発生している騒音や雑音等の環境音については考慮されていない。特許文献2に開示されている方法は、予めノイズを採集しなければならないが、ノイズ音声は周囲の環境や日時によって変化する場合がある。その場合、点検者がノイズの変化を判断して、ノイズの再取得を行う必要があるが、点検者にとってノイズは意識しにくく、再取得のタイミングの判断が難しい。
【0015】
また、特許文献3では、専用のハンマーなど打撃物の構造が限定されてしまう。また、特許文献4では、異なる環境音下での使用を前提としている。また、特許文献5では、減衰処理方法としてあらかじめ設定した周波数成分を除去する周波数フィルター処理を実施しているが、周辺環境やタイルの性質により周波数は異なり、周辺環境に影響されてしまう。
【0016】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、集音した打撃音から得られた音圧データの波形から、単打音範囲を特定し、解析対象音を抽出する音響解析装置、音響解析方法、音響解析プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
(1)上記の目的を達成するため、本発明は、以下の手段を講じた。すなわち、本発明は、構造物の健全性評価のために解析対象音を抽出する音響解析装置であって、壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得するデータ取得部と、前記取得した音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データの振幅が正負逆転を繰り返す領域を単打音領域として特定する打音領域特定部を備えることを特徴としている。これにより、点検装置の転打子による打音と騒音などの環境音を含む取得した音圧データから、転打子による単打音を特定できる。
【0018】
(2)また、上記(1)記載の音響解析装置において、前記打音領域特定部は、単位時間内に振幅が正の閾値を超えて最大値に近づくとともに負の閾値を超えて最小値に近づく特定波形が繰り返されるか否かを判定し、前記特定波形が繰り返される時間を前記単打音領域として特定することを特徴としている。これにより、点検装置の転打子による打音と騒音などの環境音を含む取得した音圧データから、転打子による単打音をより正確に特定できる。
【0019】
(3)また、上記(2)記載の音響解析装置において、前記振幅が正負の閾値の範囲内か、否かで、前記振幅を正、負、または0のいずれかに三値化し、前記特定波形が繰り返される時間を前記単打音領域として特定することを特徴としている。これにより、突発的な雑音や不正確な打撃音を除くことができる。
【0020】
(4)また、上記(2)記載の音響解析装置において、前記打音領域特定部は、独立して収録された単打音の音圧データに基づいて決定された前記正の閾値および負の閾値を用いて前記単打音領域を特定することを特徴としている。このように、事前に転打子の単打音の特徴を取得しておくことで、点検対象物や点検を行う環境などにより異なる音圧データから、転打子による単打音をより正確に特定できる。
【0021】
(5)また、上記(1)から(4)のいずれかに記載の音響解析装置において、前記取得した音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データの振幅を一定の範囲にスケーリングするスケーリング部を更に備えることを特徴としている。これにより、取得した音圧データの音圧がマイクロフォンで取得可能な音圧を上回ることで音割れが起きることを防ぐ。
【0022】
(6)また、上記(1)から(5)のいずれかに記載の音響解析装置において、前記取得された音圧データは、前記壁面に密着するための排圧ファンを備える打診点検ロボを用いて収集された音圧データであることを特徴としている。これにより、点検箇所が高所であった場合でも、打音を取得でき、壁面の健全性評価ができる。
【0023】
(7)また、上記(1)から(6)のいずれかに記載の音響解析装置において、前記壁面の健全時および不健全時の前記音圧データを教師データとして学習させた機械学習モデルを用い、前記音圧データを用いた機械学習により前記壁面の健全性を評価する解析評価部、をさらに備えることを特徴としている。これにより、取得した音圧データや音圧データの波形から、容易に単打音領域を特定できる。
【0024】
(8)また、本発明は、構造物の健全性評価のために解析対象音を抽出する音響解析方法であって、壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得するステップと、前記取得した音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データの振幅が正負逆転を繰り返す領域を単打音領域として特定するステップと、を含むことを特徴としている。点検装置の転打子による打音と騒音などの環境音を含む取得した音圧データから、転打子による単打音をより正確に特定できる。
【0025】
(9)また、本発明は、構造物の健全性評価のために解析対象音を抽出する音響解析プログラムであって、壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得する処理と、前記取得した音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データの振幅が正負逆転を繰り返す領域を単打音領域として特定する処理と、をコンピュータに実行させることを特徴としている。点検装置の転打子による打音と騒音などの環境音を含む取得した音圧データから、転打子による単打音をより正確に特定できる。
【発明の効果】
【0026】
このように、本発明によれば、点検対象の構造物の環境や、点検に用いる点検装置によらず、転打子よる単打音を特定し、壁面の健全性を適切に評価できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】(a)、(b)および(c)は、それぞれ点検装置の正面図、背面図および側面図である。
図2】転打部の概略構成を示す図である。
図3】点検装置を用いて構造物の壁面の打診点検の様子を示す図である。
図4】本実施形態に係る音響解析装置を示すブロック図である。
図5】単打音領域の特定手順を示すフローチャートである。
図6】(a)は単打音領域を特定する手順を示す図であり、(b)、(c)は(a)のZ1、Zの部分を拡大した図である。
図7】壁面Aの健全部において録音した単打音の音圧データを示すグラフである。
図8】(a)、(b)は、壁面Aの健全部、剥離部において、それぞれ録音した連続打音の音圧データを示すグラフである。
図9】(a)、(b)は、壁面Aの健全部、剥離部において、それぞれ特定した単打音領域を示すグラフである。
図10】(a)、(b)は、健全部と剥離部における収録音圧データ全体のFFT実施結果を示すグラフである。
図11】(a)、(b)は、健全部と剥離部における各収録音圧データから特定した単打音領域(R、R)のFFT実施結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に、図面を参照しながら、本発明の実施形態について説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては同一の参照番号を付し、重複する説明は省略する。
【0029】
[点検装置]
図1(a)、(b)および(c)は、それぞれ点検装置の正面図、背面図および側面図である。図2は、転打部の概略構成を示す図である。点検装置100は、複数の転打部101、駆動モーター(図示しない)、排圧ファン111、マイク113、タイヤ115を少なくとも備える。各転打部101は、支持軸103および転打子105を備えている。
【0030】
転打子105は、横断面形状が正六角形であり、縦断面形状が略円形または略楕円形を持つ多面体に形成されており、支持軸103の先端部に回動可能に支持されている。横断面とは、支持軸103に対し垂直方向の断面であり、縦断面とは、支持軸103に対し平行な方向の断面である。転打子105の外周面には6面の転打面105aおよび角部105bが形成されている。
【0031】
構造物の壁面(表面ともいう)を、転打部101を回転させながら転打子105を転動させ、転打子105の転打音(以下、単に打音ともいう)により、当該点検箇所における剥離等の有無の点検を行うことができる。本実施形態では、一例として3つの転打部101を有しているが、これに限定されない。転打部101は1つでもよいし、2つ、4つ、それ以上有していてもよい。
【0032】
排圧ファン111は、駆動モーターにより回転し、構造物の壁面から排圧ファン111の外側へ空気の流れを形成することにより、点検装置が構造物の壁面から離れないよう維持する。タイヤ115が回転することにより、点検装置が構造物の壁面を移動する。このように、排圧ファン111とタイヤ115を有することで、点検装置100を構造物の壁面に安定して当接させながら移動させることができる。
【0033】
マイク113は、転打子105の転打音を取得する。本実施形態で用いるマイクは、モノラルマイクロホンであり、アクティブノイズキャンセリング機能は有していない。マイクの音を集音する集音部に、吸音材を装着し、任意の音圧レベルに調整を行うことができる。これにより、取得した音圧データの音圧がマイクロフォンで取得可能な音圧を上回ることで音割れが起きることを防ぐ。マイクには録音機能を有していてもよいし、マイクで取得した音圧データを遠隔地に転送する機能を有していてもよい。
【0034】
図3は、図1に示す点検装置を用いて構造物の壁面の打診点検の様子を示す図である。本実施形態の点検装置100は、図3に示すように、点検装置100を左右に振りながら、徐々に下から上へ移動させつつ打診点検を行うことができる。このように、構造物300の形状、位置、高さ等によって、点検箇所が手の届かない箇所であっても、構造物の屋上などから点検装置を吊り下げ、打診点検を行うことができる。点検装置は、吊り下げて用いる他、遠隔地からリモートコントローラーで制御し駆動させることも可能である。
【0035】
[音響解析装置]
図4は、本実施形態に係る音響解析装置を示すブロック図である。音響解析装置200は、データ取得部201、打音領域特定部203、解析評価部205を備えている。音響解析装置200は、例えばPCのような処理装置であり、処理を実行するプロセッサおよびプログラムやデータを記憶するメモリまたはハードディスク等により構成される。例えば、音響解析装置200は、キーボード、マウス等の入力装置からユーザの入力を受け、ディスプレイ等の出力装置へ処理結果を出力する。なお、音響解析装置200は、クラウド上に置かれたサーバ装置であってもよい。
【0036】
データ取得部201は、構造物の壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得する。点検装置100と音響解析装置200とは有線または無線によるネットワークにより通信可能であり、相互にデータを送受信できる。また、点検装置100と音響解析装置200それぞれがデータを出力または入力した記録媒体を介してデータを送受信することもできる。また、音響解析装置200が点検装置100内に取り込まれ、測定装置として一体化していてもよい。
【0037】
打音領域特定部203は、データ取得部201で取得した音圧データから、単打音領域の特定を行う。単打音領域の特定方法の詳細は、後述する。
【0038】
解析評価部205は、打音領域特定部203で求めた単打音領域の音圧データに基づいて壁面の健全性を評価する。壁面の健全性の評価方法として、例えば、単打音領域の音圧データに対し、周波数解析を行うことで、健全部と剥離部の判定を行う。
【0039】
解析評価部205は、さらに機械学習モデルに代表されるAI機能を有していてもよい。例えば、入力層、中間層および出力層からなるニューラルネットワークで構成される機械学習モデルを利用できる。壁面の健全時および不健全時打音の音圧データや音圧データの波形を教師データとして、機械学習モデルに学習させていくことにより、閾値を算出することなく、取得した音圧データや音圧データの波形から、単打音領域を特定でき、壁面の健全性を評価できる。なお、取得した打音の音圧データや音圧データの波形から、単打音領域を特定するために必要な各閾値などを教師データとして利用してもよい。このように、同種の構造物や壁面の健全部、剥離部の音圧データや音圧データの波形、同種の構造物や壁面を連続打撃することにより取得した音圧データから単打音領域を特定するために必要な各閾値などの各種データを蓄積し、分析していくことにより、単打音領域を特定する精度を高めることができ、壁面の健全性を様々な視点から検討し、構造物の健全性を評価できるようになる。
【0040】
[単打音領域の特定方法]
次に、打音領域特定部203における単打音領域の特定方法について、説明する。図5は、単打音領域の特定手順を示すフローチャートである。まず、点検対象の壁面の健全部において、単打音の音圧データを取得する(ステップS1)。次に、取得した単打音の音圧データから、振幅値、正負逆転の頻度、データ長など、単打音領域を特定するために必要な閾値を決定する(ステップS2)。
【0041】
次に、点検対象の壁面の連続打音の音圧データを取得する(ステップS3)。ステップS3で取得する連続打音の音圧データは、実際の打診点検により取得する音圧データであって、打音の音圧データ以外に、騒音などの環境音の音圧データも含まれる。
【0042】
次に、ステップS3において取得した連続打音の音圧データから、ステップS2で決定した各閾値を用いて、解析対象時間の抽出、音圧データの振幅の正負逆転の頻度を求め、単打音による波形を示す特定波形の有無を確認する(ステップS4)。特定波形から単打音領域を特定し(ステップS5)、処理を終了する。以上のような手順は、コンピュータにプログラムを実行させることで可能となる。さらに、特定された単打音領域の音圧データに対し、周波数解析を行うことで、健全部と剥離部の判定を行うことができる。
【0043】
(打音の正負逆転の頻度に基づく単打音領域の特定方法)
前述した単打音領域の特定方法について、さらに詳細を説明する。図6(a)は、単打音領域を特定する手順を示す図であり、図6(b)、(c)は、図6(a)のZ1、Zの部分を拡大した図である。
【0044】
図6(a)では、データ取得部で取得した連続打音の音圧データを、時間に対する振幅の変化で表現している。振幅は、マイクロフォンに内蔵される振動板で検知し、電圧などの変化として一次元の数値に変化したものである。通常、マイクロフォンでは、マイクの音を集音する集音部に、吸音材を装着し、音圧レベルの調整を行うことができる。音がない時の振幅が0、装置が計測可能な最大変化量をXとし、振幅の取りうる範囲が-X~Xとなるように設計されている。Xの値は任意に設定することができ、取得した音圧データの振幅の最大値(最大振幅ともいう)が、任意の値Xとなるように正規化(スケーリング)できる。これにより、取得した音圧データの音圧がマイクロフォンで取得可能な音圧を上回ることで音割れが起きることを防ぐ。本実施形態では、最大振幅X=1となるように、スケーリング(正規化)を行っている。
【0045】
連続打音の音圧データは、一定間隔(サンプリング周波数)毎に1つの振幅に変換され、音圧データ全体は連続した振幅データとして表現される。以下、i番目の音圧データが取得される時刻をt、音圧データの取得間隔を単位時間Δt、i番目の音圧データの振幅をxとする。
【0046】
そして、閾値a(0<a<X)を定め、正の閾値をa、負の閾値を-aとし、各閾値に基づいて、各音圧データを記号に置き換える。表1は、記号置き換えの条件を示す表である。
【0047】
【表1】
表1に示すように、音圧データの振幅xが-X<x<-aの範囲である場合は記号「N」、音圧データの振幅xが-a≦x≦aの範囲である場合は記号「O」、音圧データの振幅xがa<x<Xの範囲である場合は記号「P」に置き換え、三値化する。閾値aは、Xの値の60%が好ましいが、打診点検を行う対象や場所などの環境に応じて、ユーザが適宜設定することもできる。
【0048】
表1に示す条件によると、連続する音圧データの振幅において、単位時間内(Δt)に振幅が、正の閾値(a)を超えて最大値に近づき、負の閾値(-a)を超えて最小値に近づく波形や、負の閾値(-a)を超えて最小値に近づき、正の閾値(a)を超えて最大値に近づく波形で表される波形特定を、配列「P(O)N」あるいは「N(O)P」と表すことができ、「正負逆転」という。なお、(O)(kは、0以上の整数)は、0回以上の「O」の連続を指す。
【0049】
つまり、記号の配列が、例えば、「NP」、「PON」、「NOOP」などが含まれていれば、正負逆転しているが、例えば、「NON」、「POOP」などの配列である場合は、正負逆転していない。
【0050】
さらに、あるl個のデータ(データの時間長は、Δt×l[単位:s])を音圧データから取り出し、その音圧データに含まれる単位時間内の正負逆転の数がm個である時、正負逆転の頻度f[単位:s-1]は、式(1)で表される。
【数1】
【0051】
まず、タイルや壁面などの検査対象箇所と、打診点検に用いる道具(1つ以上の転打子などを有する器具やハンマーなど)から、単打音の音圧データを集音し、前述した打音の正負逆転の頻度を利用した評価指標を用いて、検査対象を打撃する場合の通常時の正負逆転の頻度fを算出する。
【0052】
次に、算出したfを用いて、点検対象の壁面、タイルで連続打撃し、取得した音圧データから単打音領域を求める手順について、説明する。まず、f程度の正負逆転の頻度を正しく評価するためのデータ長(L)を、式(2)から求める。
【0053】
【数2】
nは正の整数であり、平均的にこの長さLのデータには、n個の正負逆転が含まれると期待される。このデータ長Lが長いほど、正負逆転の頻度を正確に評価できる一方、データ長Lが短いほど、短いタイムラグでの評価ができる。標準的な正負逆転の頻度は、fによらず、3~8程度であればよい。なお、計測した単打音のデータの長さをt(単位:[s])とし、その単打音区間における振幅の最大値をxs_maxとする。
【0054】
打診点検で取得した音圧データのうち、i-L+1番目からi番目のデータ(データ長:L)を抽出する。データ長Lは、式(2)により算出したデータ長Lの小数点を切り捨てた値(正の整数)である。そして、抽出したデータ長Lにおいて、単位時間(Δt)内における正負逆転の頻度mを求める。まず、式(3)を満たすような音圧データiが見つかったとき、その時刻をti1(>0)とする。
【0055】
【数3】
そして、時刻ti1から遡って最初に現れる波形の極大点または極小点となる音圧データの時刻を単打音の始点(ti0)と定める。i-L+1番目からi番目までのデータ(データ長:L)範囲に対して、式(4)を満たすような音圧データiが見つかったとき、その時刻をti2(>ti1)とする。
【0056】
【数4】
そして、時刻ti2より進んで最初に現れる波形の極大点または極小点を単打音の終点(ti3)とし、ti0からti3の区間を単打音領域と特定する。このように特定した単打音領域ti0からti3の区間の振幅の最大値をxmaxとする。
【0057】
さらに、騒音や雑音等の環境音、打音以外の外的要因によるノイズ音声を除去するため、区間の振幅の最大値xmax、および単打音領域の長さ(ti3-ti0)の関係は、式(5)の条件αを満たすことが望ましい。
【0058】
【数5】
【0059】
上記方法で求めた打音の始点から終点までの範囲のデータを単打音領域と特定し、切り出すことで、単打音に近い形で、タイルや壁面などの検査対象箇所を連続打撃し、取得した音圧データから、単打音の音圧データの抽出ができる。
【0060】
[実施例]
本実施形態に係る音響解析について、以下の通り検証した。まず、官能検査により健全部と判断された壁面、タイルが剥離していると判定された壁面それぞれに対し、図1に示す点検装置を約10秒間駆動させ、その間の打診音を録音した。
【0061】
具体的には、寸法が45mm×95mmの陶器製のタイルを圧着張りによって施工された壁面Aを準備した。壁面Aは、健全部と剥離部を有する。
【0062】
図7は、壁面Aの健全部において録音した単打音の音圧データを示すグラフである。本実施例では、横軸に時間[単位:s]、縦軸を振幅とし、縦軸の振幅は、最大振幅X=1となるように、正規化(スケーリング)を行った。図7に示す録音した単打音の音圧データ、および式(1)、(2)を用いて、壁面Aの健全部における単打音の標準的な正負逆転の頻度f、およびデータ長Lを、以下の通り求めた。本実施例において、振幅xの閾値aは、a=0.12、単位時間(Δt)内において期待する正負逆転の回数nは、n=3とした。
【0063】
【数6】
これにより、壁面Aの単打音領域の長さt=1.27×10-3[s]、単打音領域内における振幅の最大値xs_max=0.214、Lr=17となった。
【0064】
次に、壁面Aの健全部、剥離部において、点検装置を約10秒間駆動させ、その間の連続打音を録音した。図8(a)、(b)は、壁面Aの健全部、剥離部において、それぞれ録音した連続打音の音圧データを示すグラフである。連続打音の音圧データは、波形が確認しやすいよう、録音した10秒間のうち、0.09秒間程度のデータを抽出した。
【0065】
この抽出した連続音圧データに対し、単打音の開始点ti0および終了点ti3を次のように求めた。まず、連続音圧データのi番目からi+Lr番目のデータを抜き出す。次に、抜き出したデータの範囲における正負逆転の頻度mから、単打音の区間(ti0~ti3)を特定した。
【0066】
図9(a)、(b)は、壁面Aの健全部、剥離部において、それぞれ特定した単打音領域を示すグラフである。さらに、特定した単打音の区間(ti0~ti3)から、突発的な雑音や不正確な打撃音を除くため、条件αを満たす単打音領域(R~R)を選択し、単打音領域と特定した。
【0067】
次に、健全部、剥離部それぞれの録音した音圧データに対して、高速フーリエ変換(FFT)を実施した。FFTにより、振幅-時間の結果(収録音圧データ)から振幅-周波数の結果にデータを変換し、録音した音圧データに含まれる周波数成分について確認した。本実施例では、録音した音圧データ全体と、各録音した音圧データから抽出した特定単打音領域(R、R)に対し、FFTを実施した。
【0068】
図10(a)、(b)は、健全部と剥離部における収録音圧データ全体を使用しFFTを実施した結果を示すグラフである。図11(a)、(b)は、健全部と剥離部における各収録音圧データから特定した単打音領域(R、R)を抜き出し、FFTを実施した結果を示すグラフである。サンプリング周波数は、44.1kHzとして設定した。
【0069】
図10(a)、(b)に示す周波数解析結果では、健全部、剥離部共に400Hz付近の低周波数域において強いピークが確認された。これは、壁面周辺の空調設備や点検装置の転打部を回転させるモーター音、壁面に点検装置を密着させるためのファン音由来の周波数成分と考えられる。そのため、収録音圧データ全体を使用して周波数解析を行う場合、雑音の影響が大きく、健全部と剥離部の明確な判断基準が得られない。
【0070】
一方、図11(a)、(b)に示す周波数解析結果では、健全部、剥離部共に低周波数域のピークが抑制された。また、健全部では6000Hz近傍、剥離部では4000~5000Hz近傍に主ピークが確認でき、これが打撃音由来の周波数成分と考えられる。この現象は、タイルの剥離によって打音周波数が低周波数域側へシフトしたためと考えられ、健全部と剥離部の周波数の差異を示せたといえる。
【0071】
以上により、連続打音の音圧データから単打音領域を切り出す作業を事前に行うことで、周波数解析など音声解析実施時における周辺の環境音の影響を抑制でき、健全部と剥離部の適切な判定ができる。なお、本実施形態に係る発明は、建造物の壁面に付着あるいは貼り付けたモルタルやタイル等の剥離の他、劣化、膨張、空気・異物混入等が生じた場合も、同様に適用できる。
【0072】
以上説明したように、本実施形態によれば、点検対象の構造物の環境や、点検に用いる点検装置によらず、転打子よる単打音を特定し、壁面の健全性を適切に評価できる。
【符号の説明】
【0073】
100 点検装置
101 転打部
103 支持軸
105 転打子
105a 転打面
105b 角部
111 排圧ファン
113 マイク
115 タイヤ
200 音響解析装置
201 データ取得部
203 打音領域特定部
205 解析評価部
300 構造物
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11