(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024128686
(43)【公開日】2024-09-24
(54)【発明の名称】歪抵抗膜及び歪センサ、ならびにそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20240913BHJP
G01B 7/16 20060101ALI20240913BHJP
【FI】
C23C14/06 A
G01B7/16 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023037814
(22)【出願日】2023-03-10
(71)【出願人】
【識別番号】591124765
【氏名又は名称】ジオマテック株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000173795
【氏名又は名称】公益財団法人電磁材料研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100088580
【弁理士】
【氏名又は名称】秋山 敦
(74)【代理人】
【識別番号】100195453
【弁理士】
【氏名又は名称】福士 智恵子
(74)【代理人】
【識別番号】100205501
【弁理士】
【氏名又は名称】角渕 由英
(72)【発明者】
【氏名】黒崎 まどか
(72)【発明者】
【氏名】竹野 広晃
(72)【発明者】
【氏名】丹羽 英二
【テーマコード(参考)】
2F063
4K029
【Fターム(参考)】
2F063AA25
2F063DA02
2F063DA05
2F063DC08
2F063DD02
2F063EC03
2F063EC05
2F063EC27
2F063EC28
4K029AA02
4K029BA58
4K029BC05
4K029CA06
4K029DC04
4K029DC35
4K029DC39
(57)【要約】
【課題】高温環境下においてTCR及びTCSの両方を小さく抑えた歪抵抗膜及び歪センサ、ならびにそれらの製造方法を提供する。
【解決手段】Cr-Al-N薄膜であって、CuKα線をX線源とするX線回析チャートにおいて、回折角2θが45°~47°の範囲に最大ピークを示し、50℃以上450℃以下の温度範囲において、抵抗温度係数(TCR)が-100~+100ppm/℃の範囲内であり、且つゲージ率の温度係数(TCS)が-300~+300ppm/℃の範囲内である歪抵抗膜を得る。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cr-Al-N薄膜であって、
CuKα線をX線源とするX線回析チャートにおいて、回折角2θが45°~47°の範囲に最大ピークを示し、
50℃以上450℃以下の温度範囲において、抵抗温度係数(TCR)が-100~+100ppm/℃の範囲内であり、且つゲージ率の温度係数(TCS)が-300~+300ppm/℃の範囲内であることを特徴とする歪抵抗膜。
【請求項2】
前記Cr-Al-N薄膜は、
一般式Cr100-x-yAlxNy
(ただし、x、yは原子比率(at.%)であり、0<x≦50、25≦y≦50である。)で表されることを特徴とする請求項1に記載の歪抵抗膜。
【請求項3】
50℃以上500℃以下の温度範囲において、ゲージ率が1.9以上であることを特徴とする請求項1に記載の歪抵抗膜。
【請求項4】
前記歪抵抗膜を起歪構造体上に形成してなることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の歪センサ。
【請求項5】
Cr-Alターゲットを用いてガス導入量比が33%以上となるように窒素ガスを導入して、スパッタ法によりCr-Al-N薄膜を成膜し、300℃以上500℃以下の温度で熱処理を施した歪抵抗膜とすることを特徴とする歪抵抗膜の製造方法。
【請求項6】
前記歪抵抗膜が、CuKα線をX線源とするX線回析チャートにおいて、回折角2θが45°~47°の範囲に最大ピークを示すことを特徴とする請求項5に記載の歪抵抗膜の製造方法。
【請求項7】
前記歪抵抗膜が50℃以上450℃以下の温度範囲において、抵抗温度係数(TCR)が-100~+100ppm/℃の範囲内であり、且つゲージ率の温度係数(TCS)が-300~+300ppm/℃の範囲内であることを特徴とする請求項5又は6に記載の歪抵抗膜の製造方法。
【請求項8】
前記歪抵抗膜が、50℃以上500℃以下の温度範囲において、ゲージ率が1.9以上であることを特徴とする請求項5又は6に記載の歪抵抗膜の製造方法。
【請求項9】
Cr-Alターゲットを用いてガス導入量比が33%以上となるように窒素ガスを導入して、スパッタ法によりCr-Al-N薄膜を起歪構造体上に形成し、300℃以上500℃以下の温度で熱処理を施した歪抵抗膜とすることにより歪センサを得ることを特徴とする歪センサの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歪抵抗膜及び歪センサ、ならびにそれらの製造方法に関し、特に、温度特性に優れた高温用歪抵抗膜及び歪センサ、ならびにそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
歪センサは、薄膜、細線または箔形状のセンサ材の電気抵抗が弾性歪によって変化する現象を利用するものであり、その抵抗変化を測定することにより、歪や応力の計測ならびに変換に用いられる。歪センサは高いゲージ率を有するとともに温度に対する安定性が高いことが要求される。
【0003】
例えば、特許文献1や特許文献2では、ゲージ率が大きく、温度安定性の指標である抵抗温度係数(TCR)やゲージ率の温度係数(感度温度係数)(TCS)が小さい、Cr-Al-N薄膜の歪センサが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-074454号公報
【特許文献2】特開2019-192740号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、高温環境下で使用可能な歪センサとして、温度に対する抵抗値の変化率を極限まで抑え、且つ高温領域(室温から450℃程度まで)で機能し、TCR及びTCSの両方を小さく抑えた歪センサが求められている。
【0006】
特許文献1に記載の技術では、Cr-Al-N薄膜において、Alの組成比を調整することにより、0℃~50℃の温度範囲においてTCR及びTCSの両方、またはいずれか一方が-200ppm/℃~+200ppm/℃の範囲内という値としているが、高温環境下(450℃程度)での温度安定性は明確になっていない。
【0007】
特許文献2に記載の技術では、高温環境下で使用可能なようにCr-Al-N薄膜において、Alの組成比を調整することにより、-50℃~500℃の温度範囲において、TCRが-500ppm/℃~+500ppm/℃の範囲内という値であり、TCSが-50℃~200℃の温度範囲において、TCSが-1500ppm/℃~+1500ppm/℃の範囲内という値であるため、高温環境下(450℃程度)において、絶対値の小さいTCRとTCSの両立には至っていない。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、高温環境下においてTCR及びTCSの両方を小さく抑えた歪抵抗膜及び歪センサ、ならびにそれらの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題は、本発明の歪抵抗膜によれば、Cr-Al-N薄膜であって、CuKα線をX線源とするX線回析チャートにおいて、回折角2θが45°~47°の範囲に最大ピークを示し、50℃以上450℃以下の温度範囲において、抵抗温度係数(TCR)が-100~+100ppm/℃の範囲内であり、且つゲージ率の温度係数(TCS)が-300~+300ppm/℃の範囲内であること、により解決される。
【0010】
上記の歪抵抗膜によれば、Cr-Al-N薄膜が、CuKα線をX線源とするX線回析チャートにおいて回折角2θが45°~47°の範囲に最大ピークを示す結晶構造を有することで、高温環境下においてTCR及びTCSの両方を小さく抑えた歪抵抗膜を提供することが可能となる。
【0011】
また、上記の歪抵抗膜において、前記Cr-Al-N薄膜は、一般式Cr100-x-yAlxNy(ただし、x、yは原子比率(at.%)であり、0<x≦50、25≦y≦50である。)で表されると良い。
【0012】
また、上記の歪抵抗膜において、50℃以上500℃以下の温度範囲において、ゲージ率が1.9以上であると良い。
【0013】
前記課題は、本発明の歪センサによれば、上記の歪抵抗膜において、前記歪抵抗膜を起歪構造体上に形成してなると良い。
このように、CuKα線をX線源とするX線回析チャートにおいて回折角2θが45°~47°の範囲に最大ピークを示す結晶構造を有することで、高温環境下においてTCR及びTCSの両方を小さく抑えた歪抵抗膜が形成された歪センサを提供することが可能となる。
【0014】
前記課題は、本発明の歪抵抗膜の製造方法によれば、Cr-Alターゲットを用いてガス導入量比が、33%以上となるように窒素ガスを導入して、スパッタ法によりCr-Al-N薄膜を成膜し300℃以上500℃以下の温度で熱処理を施した歪抵抗膜とすること、により解決される。
このように、窒素ガスの導入量を多くすることで、高温環境下においてTCR及びTCSの両方を小さく抑えた歪抵抗膜を形成することが可能となる。
【0015】
また、上記の歪抵抗膜の製造方法において、前記歪抵抗膜が、CuKα線をX線源とするX線回析チャートにおいて、回折角2θが45°~47°の範囲に最大ピークを示すこと良い。
このように、CuKα線をX線源とするX線回析チャートにおいて回折角2θが45°~47°の範囲に最大ピークを示す結晶構造を有することで、高温環境下においてTCR及びTCSの両方を小さく抑えた歪抵抗膜を製造することが可能となる。
【0016】
また、上記の歪抵抗膜の製造方法において、前記歪抵抗膜が50℃以上450℃以下の温度範囲において、抵抗温度係数(TCR)が-100~+100ppm/℃の範囲内であり、且つゲージ率の温度係数(TCS)が-300~+300ppm/℃の範囲内であると良い。
このように、窒素ガスの導入量を多くすることで、高温環境下においてTCR及びTCSの両方を小さく抑えた歪抵抗膜を形成することが可能となる。
【0017】
また、上記の歪抵抗膜の製造方法において、前記歪抵抗膜が、50℃以上500℃以下の温度範囲において、ゲージ率が1.9以上であると良い。
【0018】
前記課題は、本発明の歪センサの製造方法によれば、Cr-Alターゲットを用いてガス導入量比が33%以上となるように窒素ガスを導入して、スパッタ法によりCr-Al-N薄膜を起歪構造体上に形成し、300℃以上500℃以下の温度で熱処理を施した歪抵抗膜とすることにより歪センサを得ること、により解決される。
このように、窒素ガスの導入量を多くすることで、高温環境下においてTCR及びTCSの両方を小さく抑えた歪抵抗膜を起歪構造体上に形成した歪センサを製造することが可能となる。
【発明の効果】
【0019】
本発明の歪抵抗膜及び歪センサ、ならびにそれらの製造方法は、高温環境下においてTCR及びTCSの両方を小さく抑えた歪抵抗膜及び歪センサ、ならびにそれらの製造方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】窒素導入量を0~5sccmにして製造したCr-Al-N薄膜の測定温度と抵抗値との関係を示す図である。
【
図2】窒素導入量を0~5sccmにして製造したCr-Al-N薄膜の測定温度とゲージ率との関係を示す図である。
【
図3】窒素導入量を0~5sccmにして製造したCr-Al-N薄膜の測定温度とTCRとの関係を示す図である。
【
図4】窒素導入量を0~5sccmにして製造したCr-Al-N薄膜の測定温度とTCSとの関係を示す図である。
【
図5】窒素導入量を0~5sccmにして製造したCr-Al-N薄膜のX線回折の結果を示す図である。
【
図6】窒素導入量を0~5sccmにして製造したCr-N薄膜のX線回折の結果を示す図である。
【
図7】Cr、Al、Nの各原子濃度(%)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態(本実施形態)について詳細に説明する。
高温においてもゲージ率が大きいことが知られているCr-Al-N薄膜について、低温域から高温域での抵抗値及びゲージ率から、抵抗温度係数(TCR)及びゲージ率の温度係数(TCS)を調べた。
【0022】
その結果、Alの組成比を調整した所定の組成を有するCr-Al-N薄膜では、100~500℃の範囲でTCRが-200ppm/℃~+200ppm/℃程度の範囲内に抑えられていた。一方、TCSについては、-5000ppm/℃程度の値をもってしまい、温度安定性が不十分になることが確認された。
【0023】
そこで、高温においてゲージ率を確保しつつ、優れた温度安定性を示すCr-Al-N薄膜について検討した。様々な検討を行って、Cr-Al-N薄膜について、窒素導入量を変えて高温におけるゲージ率およびその挙動等の調査を行った。
【0024】
例えば、過去の文献(T.Li, et al., Surface. Coating. Technology 201(2007)7692-7698)、には、Cr1-xAlxN系の結晶構造について、0x<0.5であるとNaCl型であり、0.5≦xであるとNaCl型+ウルツ鉱型であることが報告されている。
【0025】
さらに、過去の文献(日本金属学会誌,第65巻,第6号(2001) 502-508.)には、熱力学的には、250℃における窒化物生成のGibbs自由エネルギー変化は、AlNがΔG°=-526kJmol-1であるのに対して、CrNはΔG°=-75.2kJmol-1であるので、Alの窒化物はCrの窒化物よりも安定であることが報告されている。
【0026】
本発明者は、Cr-Al-N薄膜について窒素導入量を変えた歪抵抗膜を作り詳細に検討した。本発明者は、スパッタリング成膜の際に、成膜室内に導入する窒素ガスの流量を変えて成膜することにより、歪抵抗膜の結晶構造が変化し、TCR及びTCSを調整することができるという知見を得た。
【0027】
すなわち、本発明者は、当該知見よりスパッタリング成膜中における窒素ガスの流量を所定の値とすることにより、歪抵抗膜の結晶構造を制御して、温度安定性が高い歪抵抗膜を製造することが可能である点に着想を得て、本発明を完成するに至った。
【0028】
本発明の歪センサにおいて、歪抵抗膜は、一般式Cr100-x-yAlxNyで表され、x、yは原子比率(at.%)であり、0<x≦50、25≦y≦50である。0<x≦50、25≦y≦50としたのは、この範囲で、Cr-Al-N薄膜の結晶構造がNaCl型の結晶構造を有するからである。
なお、yのより好ましい範囲は25≦y≦35である。yがこの範囲であると、TCR及びTCSの絶対値を小さくすることができる。
【0029】
さらに、本発明の歪センサにおいて、歪抵抗膜は、CuKα線をX線源とするX線回折チャートにおいて、回折角(2θ)が45°~47°の範囲に、回折ピークを有することが好ましい。特に2θが40°~50°の範囲において、2θが45°~47°の範囲に最大ピークを示すと好ましい。
スパッタリング成膜中における窒素ガスの導入量が多い(ガス導入量比が33%以上)場合には、CuKα線をX線源とするX線回折チャートにおいて、回折角(2θ)が45°~47°の範囲に、回折ピークを有するCr-Al-N薄膜が形成されやすい。
【0030】
スパッタリング成膜中における窒素ガスの導入量が少ない又は導入しない場合、CuKα線をX線源とするX線回折チャートにおいて、2θが43.5°~44.5°の範囲に、回折ピークを有するCr-Al-N薄膜が形成されやすい。
【0031】
このように、窒素ガスの導入量が多い場合、窒素ガスにより結晶構造が変化し、2θが40°~50°の範囲において、2θが45°~47°の範囲に最大ピークを示すCr-Al-N薄膜が形成されやすい。すなわち、多量の窒素ガスによりAl-Nの結晶構造へと変化し、この結晶構造によりTCR及びTCSが小さくなると推定される。
【0032】
本発明の歪センサにおいて、歪抵抗膜は、50℃以上450℃以下の温度範囲において、抵抗温度係数(TCR)が-100~+100ppm/℃の範囲内であり、且つゲージ率の温度係数(TCS)が-300~+300ppm/℃の範囲内であることが好ましい。
このとき、ゲージ率は50℃以上500℃以下の温度範囲において、ゲージ率が1.90以上であると好ましく、1.95以上であるとさらに好ましい。このようにゲージ率の低下を抑制しつつ、温度安定性が高い歪抵抗膜とすることができる。
【0033】
次に、本発明の歪抵抗膜および歪センサの製造方法について説明する。本発明では、基板上に歪抵抗膜として上述したCr-Al-N薄膜にガス導入量比が33%以上となるように窒素ガスを導入してスパッタ法により成膜した後、300℃以上500℃以下の温度で熱処理を施す。この際の熱処理は、大気中で30分以上の期間施すことが好ましい。
【0034】
上述したように、多量の窒素ガスを導入することにより、50℃から450℃の温度領域に亘ってTCRが-100~+100ppm/℃の範囲内であり、且つTCSが-300~+300ppm/℃の範囲内に低減調整が可能な歪センサが得られる。
【0035】
本発明において、Cr-Al-N薄膜を成膜する基材(起歪構造体)としては、ステンレス鋼(SUS)を好適に用いることができる。なお、起歪構造体は、SUS上に絶縁膜が形成されていると良い。具体的には、絶縁膜として、高周波電源を使ったスパッタリングでSUS上にSiO2膜3μmを成膜する。このように歪抵抗膜は、絶縁膜が形成された起歪構造体上に形成してなる。
また、ステンレス鋼(SUS)に限らず、他の種々の金属板に絶縁コートを施したものを用いることもできる。さらに、基材としてアルミナ等、種々のセラミックスを用いることもできる。
【0036】
Cr-Al-N薄膜を成膜する手法は、窒素ガスの雰囲気中でスパッタリングを行う反応性スパッタリングが好ましく、スパッタリングとしては特に高周波スパッタリングが好ましい。高周波スパッタリング装置としてはロードロック式かつマグネトロン方式のものが好適である。高周波スパッタリングの際のガス圧は、例えば5mTorr(0.67Pa)の低圧で行うことが好ましい。
【0037】
歪抵抗膜として用いる薄膜のパターンとしては、歪センサとして通常用いるパターンでよく、例えばミアンダ状のパターンを用いることができる。
また、高周波スパッタリングに用いるターゲットとしては、高純度のCr円盤にAlのチップを所定個数貼り付けた複合ターゲットでもよいが、予め所定組成のCr-Alに調製された合金ターゲットを用いてもよい。
【0038】
歪センサは、上述したCr-Al-N薄膜からなる歪抵抗膜を歪材料として歪構造体上に形成することにより得られる。
【実施例0039】
以下、本発明の実施例について説明する。
以下に示す製造条件により、基材(起歪構造体)としてのSUS基板上に、高周波スパッタリングにより、Cr-Al-N薄膜を成膜した。
【0040】
<製造条件>
1.成膜方法:Arガスと窒素ガス(導入量:0~5sccm)の雰囲気中でスパッタリングを行う反応性スパッタリング法
2.成膜装置:マグネトロン方式の高周波電源を用いたロードロック式スパッタリング装置を使用
3.ターゲット:Crに対するAlの組成が86:14at.%で直径100mmのCr-Ar合金の円盤
4.基板:厚さ0.1mmのSUS304
5.成膜条件
・成膜真空度(背景真空度):3×10-5Pa
・ターゲット-基板間距離(T-S距離):150mm
・スパッタガス圧:0.14Pa
・スパッタガス総流量:15sccm
・入力電力:1000W
・基板温度:無加熱
6.薄膜歪センサ(歪ゲージ)素子のパターニングおよび熱処理等
・受感部形状:15回の折り返しからなるミアンダ状
・格子の線幅および間隔:線幅0.04mm、間隔0.05mm
・ゲージ長:1mm
・薄膜の厚さ:約100nm
・パターン形状:フォトリソグラフィー技術とCrエッチング液による腐食整形技術を利用
・熱処理:大気中において所定の温度で30分間保持
・電極形成:センサ薄膜の所定位置にAu/Ni/Cr積層薄膜をリフトオフ法で重ねて形成
【0041】
窒素ガスの導入量を0sccm(ガス導入量比0%)、0.8sccm(ガス導入量比7%)、3sccm(ガス導入量比23%)、5sccm(ガス導入量比33%)で変化させて成膜した試料について、熱処理装置により、試料を大気中500℃で0.5時間の熱処理を施した後、500℃までの温度範囲における抵抗値及びゲージ率を測定した。
各試料のCr-Al-N薄膜の組成比は、Cr83Al15N2(0sccm)、Cr82Al13N5(0.8sccm)、Cr74Al10N16(3sccm)、Cr61Al8N31(5sccm)であった。
【0042】
ゲージ率の測定に際しては、試料を測定台の所定の位置にセットし、各温度に保持した状態で、マイクロメータにより歪印加用押し込み棒を操作して、試料に約0.05%の歪を印加する曲げ試験を行い、450℃までの各温度において抵抗測定を行った。各温度で得られた抵抗変化率を、別途100℃で測定したゲージ率で校正し、各温度でのゲージ率を求めた。
また、スパッタリングの際のガスをArのみとした以外は同様にしてミアンダ状パターンのCr-N薄膜を成膜し、同様にして、各温度で得られた抵抗変化率に基づいて各温度でのゲージ率を求めた。
【0043】
抵抗値の測定結果を
図1に示す。この図に示すように、窒素ガスの導入量が少ない(0sccm、0.8sccm)Cr-Al-N薄膜は、高温になるにつれて下がり、抵抗値が大きく変化することが確認された。
一方、窒素ガスの導入量が多い(3sccm、5sccm)Cr-Al-N薄膜は、50~500℃の範囲においてほぼ一定であり、高温(400℃以上)であっても抵抗値の変化が少ないことが確認された。
【0044】
ゲージ率の測定結果を
図2に示す。この図に示すように、窒素ガスの導入量が少ない(0sccm、0.8sccm)Cr-Al-N薄膜は、高温(400℃以上)になるにつれて下がり、ゲージ率が大きく変化することが確認された。
一方、窒素ガスの導入量が多い(3sccm、5sccm)Cr-Al-N薄膜は、50~500℃の範囲においてほぼ一定であり、高温(400℃以上)であってもゲージ率の変化が少ない(具体的には、450℃までのゲージ率の変化率が-1.5~+1.5%以内である)ことが確認された。
また、窒素ガスの導入量が多い(3sccm、5sccm)Cr-Al-N薄膜は、窒素ガスの導入量が少ない(0sccm、0.8sccm)Cr-Al-N薄膜と比較して、ゲージ率は小さいが、所定のゲージ率以上(1.9以上)であることが確認された。
【0045】
次に、窒素ガスの導入量を0sccm、0.8sccm、3sccm、5sccmで変化させて成膜した後、大気中500℃で0.5時間の熱処理を施した試料について、TCR及びTCSを求めた。
図3は、その際の測定温度とTCRとの関係を示す図である。
図4は、その際の測定温度とTCSとの関係を示す図である。
なお、各温度のプロットは、その温度からその温度+50℃でのTCR及びTCSをそれぞれ示す。つまり、150℃のプロットは、150~200℃でのTCR及びTCSをそれぞれ示す。
【0046】
図3に示すように、窒素ガスの導入量が少ない(0sccm、0.8sccm)Cr-Al-N薄膜では、高温になるにつれ、TCRが下がり-500~+500ppm/℃の範囲を超えたが、窒素ガスの導入量が最も多い(5sccm)Cr-Al-N薄膜では、高温(400℃以上)であってもTCRは-500~+500ppm/℃の範囲内であった。
【0047】
図4に示すように、窒素ガスの導入量が少ない(0sccm、0.8sccm)Cr-Al-N薄膜では、高温になるにつれ、TCSが下がり-500~+500ppm/℃の範囲を超えたが、窒素ガスの導入量が最も多い(5sccm)Cr-Al-N薄膜では、高温(400℃以上)であってもTCSは-500~+500ppm/℃の範囲内であった。
【0048】
ここで、窒素ガスの導入量が5sccmのCr-Al-N薄膜について、
図1及び
図2の値をもとに、下記式(1)~式(5)において、T=50℃、ΔT=400℃とした場合のTCR及びTCSを表1に示す。
Gf:ゲージ率
ΔR(ε):ひずみ印可時と無印可時の抵抗値差
R0:ひずみ無印可時の抵抗値
ε:ひずみ量
T:測定温度
【0049】
【0050】
表1に示すように、窒素ガスの導入量が5sccmのCr-Al-N薄膜では、50~450℃の温度領域において、ゲージ率(Gf)は2程度と小さくなる一方、TCR=+68ppm/℃、TCS=-102ppm/℃であり、TCR及びTCSは共に小さな絶対値であった。
したがって、本発明のCr-Al-N薄膜は、高温においてもゲージ率の低下を抑制しつつ、高い温度安定性を示すことが明らかになった。
【0051】
また、X線回析チャートの結果を
図5に示す。X線回析では、粉末X線回折装置(リガク製「SmartLab」)を用い、下記の条件で、out-of-plane測定を実施した。
X線源:CuKα線(波長:0.15418nm)、1.2kW
スキャン軸:2θ/θ
ステップ幅:0.04°
スキャン範囲:35.0°~100.0°
なお、X線回析では、Cr
74Al
10N
16(3sccm)の試料は、基板としてSUSの代わりに無アルカリガラスを用いた。
【0052】
図5に示すように、窒素ガスの導入量が少ない(0sccm、0.8sccm)Cr-Al-N薄膜では、2θが43.5°~44.5°の範囲に最大ピークが示された。窒素ガスの導入量が最も多い(5sccm)Cr-Al-N薄膜では、2θが45°~47°の範囲に最大ピークが示された。
このことより、Cr-Al-N薄膜は、窒素ガスの導入量に応じて、結晶構造に変化がみられることが明らかになった。
【0053】
なお参考として、
図6に窒素導入量を0~5sccmにして製造したCr-N薄膜のX線回折の結果を示す。窒素ガスの導入量が少ない(0sccm、0.8sccm)Cr-N薄膜では、2θが44.25°~44.75°の範囲に最大ピークが示された。窒素ガスの導入量が最も多い(5sccm)Cr-N薄膜では、2θが42.25°~42.75°の範囲に最大ピークが示された。
このことより、Cr-N薄膜についても、窒素ガスの導入量に応じて、結晶構造に変化がみられることが明らかになった。
【0054】
また、XPS測定(X線光電子分光分析法)とArイオンによるスパッタリングを繰り返してCr、Al、Nの各原子濃度(%)を測定した結果を
図7に示す。
この図に示すように、Cr-Al-N薄膜の各原子濃度(%)は、Cr:Al:N=約55~65:約5~10:約25~35であることが明らかになった。
【0055】
以上の結果から、成膜条件として窒素ガスの導入量を調整することにより、2θが45°~47°の範囲に回折ピークを示すCr-Al-N薄膜が得られ、高温領域においても、ゲージ率の低下を抑制しつつ高い温度安定性を示すことが分かった。
よって本発明により、温度変化の大きい環境での各種力学量の精密な測定が求められる場面に対して、TCR及びTCSの両方を小さく抑えた歪抵抗膜及び歪センサの提供が可能になる。